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第200回「H2O」(2022年10月22日)
10月16日の越谷カップで小学生の1000mレースを見た。バンビーニのこどもたちはすごいと思っていたが、他のクラブの小さい子もすごい。積極的に飛び出す姿も感心するし、ラストスパートもできる。この状況を見て、こどもの長距離練習の開始時期について考えてみた。
文科省の通達では小学生の長距離練習は推奨されていない。だから小学生の全国大会には長距離種目がない。たぶん、推奨すれば我々コーチが過酷な練習を課してこどもの体に障害をもたらせてしまうとの考えがあるのだろう。しかし、ケニアやエチオピアのこどもたちは小さいころから遠距離通学や遊びで走りまわっている。日本人との実力差は、1年中温暖で好天が続く気候、高地トレーニング、すぐれたコーチの存在など恵まれた環境だけでなく、ケニアのアスリートたちとスタートラインが大きく違うからではないか。本当に小学生の長距離練習は悪なのだろうか。
そんな最中いくつかのスポーツ論文を読んでいるうちに我が意を得たりという論文に出会った。大妻女子大の大澤清二教授の論文である。
この論文を長距離(持久力)にフォーカスしかつ自己流に構成しなおすと次のようなものになる。
マラソンと400m走とでは必要とされる持久力の中身が違ってくる。マラソンと聞いてイメージするのは全身持久力である。一方、400m走で必要なのは筋持久力で、筋持久力とは、大きなパワーをなるべく持続的に出し続ける力のことだ。
今回はこの2つの持久力を分析するため、文科省の新体力テストの「上体起こし」(筋持久力)と「20mシャトルラン」(全身持久力)のデータを利用した。
分析の前に、データの見方として「握力」を例に説明するが、「データの見方」は専門的になりすぎるので飛ばしても文脈に影響はない。
「データの見方」
文科省「新体力テスト」の平成11年から同21年までの「握力」の平均値から「筋力」の発達曲線を求める(握力は単純に握る力を計測しているわけではない。握力から全身に筋力がどれだけあるかという傾向が判断できる)。
トレーニングが最適な時期を筋力が最も発達する時期としておく。最も発達するとは、年間増加量が最大となる時期で動作の絶対値ではない。
グラフは座標上の横軸に年齢を、縦軸に年齢ごとの筋力の平均値をおき、これを用いて発達曲線を求める。この発達曲線を統計上の調整をし、単純な微分を行い(微分なので変化量=増加量を求めたことになり)、年間発達増加曲線として描いた。
(1)握力
筋力トレーニングは幼児や低学年でトレーニングをしても効果は薄いと思われる。筋力の発達曲線には幼児期のヤマがないから、世間で言われている「幼児期に筋力トレーニングは不要」の考えにマッチする。
(2)上体起こし
30秒間腹筋を繰り返すことで、筋肉を長く動かし続ける筋持久力が測定できる。
下記の図をみると男子の極大値は11.6歳、女子は11.1歳、
(3)20mシャトルラン
短距離の往復を走り続けることで全身の持久力を測定できる。
下記の図をみると男子の極大値は11.4歳、女子は10.5歳、
よって、持久力トレーニングの開始時期は極大値の2年くらい前からが相当と考えれば、9歳(女子は8歳)くらいから開始すべきである。残念ながら就学前のこどもは厚生労働省の管轄のためスポーツ庁(文科省)の新体力テストとの関連は追えないが、統計的には(グラフを見ると)大澤教授の言うように、7歳以前にも第1か第2の大きなヤマの存在が推測される。
これらのデータから、常識とは違い持久力トレーニングは低学年または幼児期に行うことが効果的であると考える。
そこでバンビーニの3人のこどもを継続的に追いかけデータを収集したいと思っている。1年生のH男、2年生のH子、2年生のO男は以前からデータを取ってある。特にH男は幼稚園の年中から通っているので、6年まで通ってくれれば大澤教授の仮説を証明できると信じている。H子もつきあいは幼稚園からだ。O男はグローバルな観点から興味深い。
この3人はとても速くなると思っているが、大澤教授の仮説のように練習開始時期の早期化が正しければ、彼らが6年生になった時、埼玉県のトップになっていると思われる。そうなったら、この欄で彼らの成長データを公開したい。
私は今後この3人を“H2O”トリオと呼び育成しながら、適切な長距離トレーニング開始時期はいつがいいのかを検証していきたいと思う。
第199回「禁じられた遊び」(2022年10月15日)
飛んでいる昆虫がいなくなってから、学童のこどもが、昆虫採集をしようといってきた。昨日はR子が蠅とゴキブリをつかまえて虫かごに入れた。箱を入れ替えるから虫を持ってよ、という。「嫌だな」昔からこの2種類は駆除の対象だった。こどものころ町内会で「蠅捕り大会」があった。捕まえた(生け捕りはない。すべて殺してから)数で1位から6位を争うもの。町内会のこどもたちが他人の家のトイレ(当時は汲み取り方式)の前で蠅たたきでペタンペタンと蠅をとっていた。魚屋と乾物屋には蠅トリガミがつるされていた。そこにくっついた蠅をもらったものだった。
ゴキブリは近所中木の家なので隙間から自由に出入りしていた。当時のゴキブリは図々しくも昼間も出現した。しかも大きい。蠅たたきで叩くのが失敗するとゴキブリの慌て方がおもしろく印象に残った。蠅たたきが振り落とされるまで悠々としていたのに急に体を横に2,3度小刻みに揺らしてから、すばやく体を動かし一目散に逃げる姿は滑稽でもあった。しかし、2種類とも死体は割りばしでつかんだ。こども心でも昆虫としてみておらず害虫との位置づけだ。手で持つなんてとんでもない。しかも生きている。
よって私が箱を用意してゴキブリと蠅をR子に対処させた。
そのR子が捕虫網と虫かごを持って外遊びに出かけることになった。10月も半ばになろうとするこの時期、飛んでいる昆虫がいない。R子が見つけたのはミツバチであった。捕まえたのはいいが虫かごに入れられない。仕方ないので私がミツバチを捕って虫かごに入れた。ミツバチは昆虫なので捕まえるのは平気だし、日本ミツバチはおとなしいから滅多に刺さない。皆が見に来た。その中には箱を開けるやつがいてハチが逃げた。皆は一斉に逃げ出す。
しばらくしてまたR子がミツバチを捕まえた。「おい同じミツバチじゃないの?」「たぶんそうだと思う」「じゃ、こいつは君が捕まえたのではなく飛び込み自殺だな」と全く笑いが起きないギャグを言いつつ虫かごに入れた。するとまた皆が飛んできた。ドクターX(バツ)ことK子は遅れてくるものだから、いつも逃げられた後に来る。だから、ハチが見れない。やっと3回目に(たぶん同じミツバチだと思う)虫かごに入れ学童に持ち帰ることにした。ドクターX(バツ)の報告があったようでマネージャーが日誌を持って飛んできた。
「入山先生、何捕まえたのですか?ミツバチ?え、ミツバチ捕まえてもいいんですか?こどもが刺されたらどうするのですか?ハチは捕まえてはいけません」お説教されてしまった。
ある時、鬼ごっこでくたびれたのでグーリンベルトのところで休んでいると、M子が遊ぼうと言ってやって来た。M子はすぐ膝の上に乗ってくる。事情の知らない本物の教師が見たら問題になる。だから可哀そうだが乗ろうとするM子を非情にも振り落とす。機嫌を得るためちょうど咲いていたキバナコスモスを取って「花占い」をしてあげた。「M子、いいか君の気持を占ってあげるよ。入山先生を『嫌い』、『好き』、『嫌い』・・・」と花びらを1枚ずつ取っていく。すると最後の1枚は『好き』の花びらが残る。なぜならこの花は八重咲の花だからだ。こどもはほとんどが「好き」から始めてしまう。だからコスモスのような8枚の花びらを持つ花に対して「好き」で始めると結果は「嫌い」になる。それを見ていた女の子たちが寄って来て「なに?なに?」花占いを説明したらみんながやり始めた。「〇〇君、好き、嫌い・・」結果はかわいそうなものとなる。花はキバナコスモスしかない。
しかし、小賢しいT子は「じゃ、イリのこと占うね。『嫌い』、『大嫌い』、『嫌い』・・・」最後の1枚は「大嫌い」「おい、『好き』が入っていないぞ!」と叱るが、逆に皆には大うけで、それからは占いではなく私いじりの花びらとりになってしまった。ドクターX(バツ)はいつも遅れて来るものだから、盛り上がった瞬間に立ち会えない。そのせいか輪に入らず気が付いたらマネージャーのところに行っていた。案の定マネージャーが日誌を持って鬼のような形相で飛んできた。
「入山先生、まずいよ、花を抜いて花びらをとるなんてこどもを指導する立場でよくできますね!」種がどこからか飛んできたのであろう。花壇ではなく茂みに生えていてしかもあっちこっちに咲いている。決して花壇の花をとったわけではなく、雑草を抜いた程度にしか感じていない。「ちょっと、ちょっと、たとえ雑草であったとしてもこんなにきれいなオレンジの花をよく取れますね。心痛みませんか?」「はい、すみません」
キバナコスモスの花ことばは「幼い恋心」なのだが、気が付くとこどもたちは1人もいなくなっていた。
第198回「こどもの非対称性」(2022年10月8日)
こどもには時間に対する“非対称性”がある。
学童では、いつも外遊びから帰り手を洗って17時から勉強だ。しかし、ざわざわしてなかなか始まらない。マネージャーは自発的に静かになるのを待つが、しびれを切らして「ちょっと、あんたたち、いったい何時だと思ってんのよ」と声をかけ、「じゃ、今17時05分だから17時35分までお勉強の時間にします。自由時間は17時35分からです」と説明してやっと勉強が始まる。ところが、17時32分ぐらいからこどもたちは「イリ、何時までだったけぇ?」「17時35分だよ」始める時間はなかなか順守されないが、終わる時間には厳しく3分前からカウントダウンが始まる。マネージャーが電話に出て終了宣言が出ないでいると「イリ、もう17時35分過ぎたよね。時間守ってくれないかな」とのたまう。
バンビー二でも、インターバルの休憩時間が終了する際「さ、いくぞ」と言って促すが「早い、早い、まだ3分経っていない」と腕時計を指さし文句を言う。ところが、あるこどもに対し説教をしていて3分が過ぎても誰も時間を指摘するものがいない。
これが時間に対する「こどもの非対称性」である。
非対称性で思い出すのが、生物の「対称性」だ。クラゲは回転対称、つまり、傘を上に触手を下にして漂っている状態では周囲の360度どの方向から見ても同じ形に見える。ヒトは外観に関してはほぼ左右対称、チーターもムカデも外観は同じく左右対称である。
一部例外はある。例えば、ハクセンシオマネキのオスは片方のハサミが巨大化するので、左右対称の体ではない。つまり、個体では左右の対称性が破れている。しかし、左右どちらのハサミが巨大化するかは決まっておらず、左ハサミが巨大化する個体と右ハサミが巨大化する個体が混在しており、ほぼ半々の比率だ。つまり、種のレベルでは対称性が保たれていると言える。
なぜ生物はこのように進化したのか。諸説あるが、「食べる」「逃げる」という目的のために、より速く移動するように進化した結果、「ある方向には素速く移動できる体」を獲得したという説がわかりやすい(陸上動物は頭が前であるが、人間やサルは知能が発達し直立歩行が生活に都合がいいため頭が上になった)。
体軸方向に素早く移動するためには骨格と筋肉が左右対称でなければならず、それが生物の体の見かけを左右対称にしている。
生物の対称性はある意味生物の「安定性」と言い換えてもいい。
一見すると、人間の体は左右対称に見える。しかしその中をのぞいてみると、臓器で2つあるのは肺と腎臓しかない。あとは単体だ。それも、心臓は左側に少しずれており、逆に肝臓は右半身に偏っている。人間の体の中は「非対称」なのだ。内臓までもが左右対称である必要はない。自らの移動に内臓は直接関係しないからだ。
対称性の乱れがヒトの脳を発達させた。下等動物のほとんどは、脳は左右対称で機能の差はない。ヒトは限られた大きさの脳を有効に活用するために、右脳と左脳に機能を分担させた。対称性の乱れは個体の内部では進化につながっている。
バンビーニの練習、たとえばインターバルにおいて休憩は基本ジョッグなのだが、ほとんどの選手は歩く。「歩く速度でいいがジョッグだ」と怒るがしばらくすると歩いてしまう。これが代々練習をこなすコツだとこどもたちが先輩から引き継いだ暗黙の安定性(対称性)なのだ。しかし、ある日指示通りジョッグで通す子が入ってきた。今は中学生になったK子が入ってきた時はスピードがなかったが、ジョッグではトップクラスのこどもがついていけなかった。スタート位置で足踏みしていつも他の子を待っていた。ゴールのタイムは目立つ記録ではなかったが、皆に追いつこうと努力していたから、皆は一緒の組になるのを嫌がっていた。
この子に抜かれた上にスタートで足踏みされて待たれたのではメンツがないとばかり、他の速いこどもたちも、規定タイムに対してスピードを上げてK子をつぶすか、つなぎをK子と同じ速さのジョッグで戻ることで対応しようとした。そのため今までと同じパターンで走るこどもと、対称性を壊してでもK子を引き離そうとするグループに分かれていった。
こうして対称性の乱れが生じ、それは言い換えればそれまでの秩序が崩れることであり、安定であったものがそうでなくなることである。結果的に対称性の乱れを生じさせたK子も強化指定選手になった。その上TVに出る選手にまで成長した。
ライバルのいる環境では練習方法、練習時間、指定タイムなどは常に揺らいでいる。その揺らぎに適応するには、対称性を乱して、自ら揺らぐ以外にない。
なぜなら、こどもは臆面もなく時間に対して“非対称性”になれる年代だからだ。
第197回「ドクターX」(2022年10月1日)
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、せん妄的ナンセンスと叩くとウソ泣きのスキルだけが彼女の武器、その名をK子、またの名をドクターX(バツ)。
この子がなぜ学童に入れたのか不思議だ。学童に入るときは厳正な点数計算がある。シングルマザーかシングルファザーか(シングルマザーの方が点数が高い)、近くに親せきがいるのかいないのか、などこと細かく審査項目があり点数化される。K子の家は父親が医者で母親が看護師だから、アドバンテージのシングルではない(X)、代々の病院経営だから祖父母も近くにいるはずだ(X)。母親が出産予定でもない(X)、皆X(バツ)なのに入れたのはなぜなんだろう。公的な施設ではない民間施設だからか。待機児童がいないからか、いや41名満員で入れない子もいると聞いている。日本医師会の力が加わったからか、評価点はX(バツ)ばかりなので、まったくの謎である。よって、私はこの子をドクターX(バツ)と心の中で呼んでいる。
というのは入室に至った経緯もさることながら、その性格の悪さに戸惑っているからだ。ドクターのこどものせいかわがままに育っているようだ。
こどもだから仕方ない面があるが、常に勝負事は自分が勝つものだと思っている。私はトランプでもカルタでも真剣に勝負するから、手加減する他の大人とは違う。いつも私が勝ってしまう。神経衰弱のときは自分で開けたカードを私に見せない。「こら、それは卑怯だ」と叱る。私が彼女の後で彼女が開けたカードと同じ数字のカードを開けると前に引いた自分のカードをごちゃごちゃに並び替えてしまう。私の網膜にあった残像がこなごなに崩れ去ってしまった。「こら、それは卑怯だ」これまた叱る。仕舞には自分の引いたカードを自分の近くに置き始める。
あるとき懲りずにまた神経衰弱をしようと呼ばれたが、すでにカードは並べられていた。しかし、並び方に不自然さがある。“不自然に整頓”されている。2枚ずつ揃って並べられているような配置なのだ。しかも「今日は私からやるね」ときたものだから、「ダメだ。じゃんけんだ」と言ってじゃんけんにする。この子はいつもチョキを先に出すからグーをだして勝ったので私から先に行う。右の5番目と6番目を引いたら同じだった。これはすべてそう並んでいると確信した。インディ・ジョーンズのジョーンズ博士のような気分でカードをめくっていく。案の定1人ですべてが揃った。ドクターX(バツ)は机に顔を伏せて泣く。
こどもが泣くとマネージャーが飛んでくる。なぜ泣いたのか経緯を日誌に書かなければならないからだ。彼女は涙が自然に出るので彼女の言い分がすべて採用される。「入山先生、大人げないですよ」と決めつけられる。「いや、実は・・・」と言っても言い訳になる。きっとマネージャーはこういうだろう。「教師なのに言い訳して“いいわけ”?」だからその場ではいつも「はい、すみません」というしかない。
このような状態なので、もう私には寄り付かないだろうと思っていると翌日「遊ぼう」と又来る。「だめ、いまT男とオセロをしているから」と無下に扱う。それでも離れない。左手を机の上に置いていたから。ドクターX(バツ)が私の左手の甲を叩こうとした。運動神経も悪く振り下ろした手が私に当たるまえに私は逃げられた。しつこくやるが当たらない。今度は私の手を押さえて叩こうとした。確実に当てられると思ったのだろう、それまでの力の3倍もの強さで振り下ろした。しかし、私も力を強めて引いたので彼女が押さえていた手を振り張って逃げられた。その結果、ドクターX(バツ)は3倍の力で机を叩いた。大きな音がしたのだから痛かったのだろう。やっぱり泣いた。泣きながら「私、よく失敗するので」と言ったらおもしろいのだが・・・
泣くということは・・・やっぱり、日誌を持ってマネージャーが飛んできた。
涙が瞬時に出るが瞬時に笑顔に戻る。赤ちゃんと同じく泣くのを武器にしているため、最後はこの子に勝てない。
本物のドクターX(エックス)のシーズン8は楽しみにしているが、目の前のドクターX(バツ)のウソ泣きはもう終わりにしてほしい。
第196回「ゴールデンエイジ理論」(2022年9月24日)
スポーツ界で有名な「ゴールデンエイジ理論」を支えるのが「スキャモンの発育曲線」である。
ヒトが大人になるまで体のいろんな部分が成長していくが、脳や臓器、体重や身長などそれぞれ成長のスピードが異なる。その成長具合をグラフで示したものがスキャモンの発育曲線で、20歳時点での発育を100(%)としたとき、ヒトの部位は4つの成長パターンに分類されるとした。
一般型(身長、体重、筋肉、骨格、心臓、肺など)
神経型(脳や脊髄、視覚器などの神経系や感覚器系の臓器)
生殖型(第2次性徴に関わる臓器)
リンパ型(胸腺などのリンパ組織)
の4つでそれぞれ下記のような成長グラフとなる。
しかし、スキャモンの発育曲線は、「The Measurement of Man」(1930年)という著書のごく一部分に掲載されているにすぎない。Measurementとはいわゆる計測・計量という意味だ。彼はもともと解剖学が専門で、臓器を取り出して計量し、それをグラフ化したものが「スキャモンの発育曲線」だ。人間のプロポーションがどのように変化していくかを見たもので、スポーツ科学の立場で分析されたものではない。あくまでヒトの成長を計測・計量しただけだ。しかも1人の成長過程を追ったものではなく、多くの検体を年齢ごとに解剖し、その結果をプロットしたものなのである。
このスキャモンの発育曲線は幼児・児童教育分野において一人歩きし、「神経型」の成長パターンからゴールデンエイジ理論が生まれた。
サッカーJリーグの誕生をきっかけに日本サッカーの強化方針が決められ、その内容をまとめた「強化指導指針 1996年版」の中で紹介された理論が「ゴールデンエイジ理論」で、今では文科省の指導方針もこの理論を採用している。
この理論は、スキャモンの発育曲線のうち、後世の人が「神経型」に焦点を当て「神経の量が増えたとき(脳の大きさが発達したとき)に高度な運動学習をすれば効率がいい」と考えて使ったものだ。
量が増えることで能力が左右されるなら、全部の子どもが同じ運動能力にならなければおかしいが、実際の運動能力は個々で大きく異なる。同じ年齢でも、教えたことをすぐにできる子、全くできない子、時間をかけて練習すればできる子、そもそも指導者の言うことを理解できない子等、千差万別である。スキャモンの神経型は「質」と「量」のうち、「量」のみしか考慮していないのである。人間がすべて20歳で成長のピークが来るという前提もおかしいのだ。
発育発達には個人差があるため、年齢のみで子どもの運動能力を判断してはいけない。しかし、ドイツの運動学者マイネルが9~12歳頃の年代がスポーツの技術を習得するのにもっとも適した時期であり、他のどの年代にも見られない「即座の習得」が可能な時期としたものだから、ゴールデンエイジ理論が児童教育において都合がいい理論となった。
「即座の習得」とは、新しい運動を何度か見ただけで、すぐにその運動をおおざっぱながらこなしてしまう能力のことだ。こどもに運動をやらせるのは、「即座の習得」ができるこの時期で、運動神経のいい子が育つ、と巷のスポーツクラブは盛んに宣伝している。
しかし、この「即座の習得」には大前提がある。
マイネルによると、「即座の習得」はすべての子どもに当てはまるものではなく、「幼児から低学年までの間に豊富な運動経験を持ち、見た運動に共感する能力がすでによく発達している場合」に限られるとしている。
したがって、「即座の習得」に関する9歳から12歳までが、必ずしも運動学習最適期だとは言えないわけで、12歳を過ぎたらもうダメかというわけでもない。発育には個人差があるからだ。
大事なことはそれ以前に基礎的運動を十分に経験したかどうかなのだ。走る、跳ぶ、投げる、捕るなどの基礎的運動から身体操作性やコツのようなものを習得しなければ、「即座の習得」は望めないのである。もたもたしていると、ゴールデンエイジを経験せずに成長のラストスパートに入ってしまう。もっともほとんどの人がこういう人生を送っているのだが。
基礎的運動は実は陸上競技が近似的運動であるのだが、現状は陸上競技は専門的であり基礎的運動は体操や水泳と思う保護者も多い。ヒトは器用な身のこなして樹上で獲物を獲ることはないし、魚を泳いで獲ることもない。ヒトの動きの原点は走り跳び投げることだ。だから、ゴールデンエイジおよびプレゴールデンエイジのときに陸上競技をやることは重要だといえる。陸上競技を小学生までやれば中学生からどのスポーツにも転向できるが、サッカーや野球などからラグビーやテニスに転向するというこどもは極めて少ない。
とはいえ、陸上競技を小学生からやってきたからといって、中学になってサッカーや野球を始めてもてっぺんを極めることは難しいだろう。専門競技をやりながら陸上競技を行うことが現実的な対応といえる。
何度もこの小欄で紹介したN子は、中学2生になった今でも水泳も陸上も続け、両分野で埼玉県のトップクラスにいる。どちらに重点を置いているのかと質問をしたが、微笑み返しをするのみである。また、指導に人一倍苦労しているが、バンビーニに在籍しているキムラエイジはその名のごとく、「金(キム)等(ラ)エイジ」=「ゴールデンエイジ」がいつ来るか楽しみの一人である。
*参考文献
1.「クリエイティブサッカー・コーチング」(小野剛:元JFA技術委員)
2.「スポーツ指導の常識「ゴールデンエイジ理論」を疑え」(小俣よしのぶ:育成システムアドバイザー)
3.「JFAキッズハンドブック」(日本サッカー協会)
第195回「場面緘黙(かんもく)」(2022年9月17日)
「場面緘黙(かんもく)」とは、家などではごく普通に話すことができるのに、例えば学校のような「特定の状況」では、1か月以上声を出して話すことができないことが続く状態をいう。典型的には、「家ではおしゃべりで、家族とのコミュニケーションは全く問題ないのに、家族以外や学校で全く話せないことが続く」状態のこと。この症状のために、本来持っている様々な能力を、人前で十分に発揮することができにくくなる。人見知りや恥ずかしがりとの違いは、「そこで話せない症状が何か月、何年と長く続くこと」「リラックスできる場面でも話せないことが続くこと」だ。
学童ではそれらしきこどもが、2人いる。おとなしいタイプなので、気づかないことが多い。4月1日入室以来しゃべったことがないので、名前が覚えられない。気づけば1人本を読んでいる。外では花を見たり砂遊びをしている。
バンビーニも1年半前までは「沈黙のクラブ」であった。場面緘黙の集団なのかと勝手に想像してしまった。しかし、第119回「お地蔵さまがしゃべった」(2021年4月4日)で書いたように、ほとんど声を聞いていなかった女の子たちが何かの拍子に突然しゃべりだしたのである。一度しゃべり始めると今度は止まらない。トラックは動き出すのは大変だが一度動き出すとこんどは止めるのが難しい。
とは言うもの、ほとんど声を聞いたことがない男子がまだ何人かいる。他のこれまた声を聞いたことのないこどもとは仲がいい。鬼ごっこもする。だから、彼らはテレパシーでコミュニケーションを図っているのかもしれないが、厳密な意味での場面緘黙ではないと思われる。
それは、ここでの目的が「強化指定選手になること」であり、他の目的はない。そこに向かって仲間意識が出ているし、練習時間は2時間余だからいじめもない。騒々しい子が皆を和ませてもいる。
よくクラブ活動でみんなの前で話をさせるコーチがいるが、気持ちはわかる(皆の前で話す度胸と考えをまとめる能力を養う)が、かえって状況を悪くする場合がある。話さないことを責めないことだ。特に、不安が高すぎる場面で発話を強要しないこと、みんなの前で「どうやったら速く走れるか言ってみろ」なんてことは最悪の質問となる。答えが返ってこなくても、適度の間をおいて他の子に振ってあげることだ。相手は小さな小さな小学生なのだから。
もっとも無言のアピールができるのがスポーツである。サッカーや野球のようにスポーツは外国語を話せなくとも何億円と稼げる。だから場面緘黙でも人生はやっていける。そのうち通訳をつけながらゆっくり現地の言葉を覚えればいい。
余計な話になるが、秋田の人は東京に来るとあまり積極的には話さない。訛を笑われるのではないかと推測できるからだ。ところが英語ができる秋田県民は外国のお客さんが来るととたんに雄弁に話す。英語に訛は無関係だと確信しているから伸び伸びと話をしている。要するに、場面緘黙は話をすることを苦痛とさせないことが一番の解決策なのだ。
最近私はインターバルトレーニングのとき、自分でストップウオッチを見てタイムを記載せずに、大声でタイムを読み上げ選手にタイムを覚えさせ、本人から聞いて書くことにしている。こどもにタイムを自覚させること、こどもに発言させることの一石二鳥だと考えた。
いいアイデアと思ったが、ここで問題が生じた。私の耳が遠くこどもの声が聞こえない。27秒が28秒に、33秒が36秒に聞こえる。悪いことにほとんどが遅いタイムに聞こえるのだ。かつ確認するまで何回も聞き返すものだから、こどもが嫌な顔をする。自分が聞き直すとみんながなんと思うだろう、「やっぱり年寄りは耳が遠い」など、自分の体の衰えをこどもに見透かされているような気がする。そんな不安の中、聞き返さない方が不安レベルは下がるので、段々聞き返さずその時私が理解したタイムを書くようになった。
困ったぞ、このままだと私が「場面緘黙」になってしまう。
第194回「こどもレストラン」(2022年9月10日)
学童の遊びの時間、新装オープンしたというレストランに呼ばれた。ドーナツやピザなどが置いてあった。
「いらっしゃいませ。何がいいですか」
「すみません、お金持っていないのですが・・」
「それは困りますね。では『いつもニコニコ現金払い貸付』を利用して2000円をお貸しします。次回お返しください」
「はい」
「あらためてお聞きします。何がいいですか」
「では、ドーナツをください」
「はい、揚げますか、揚げませんか」
「揚げないドーナツってあるのですか」
「はい」
「でも、揚げてください」
「はい、なぜか皆さん、そのように希望します。わかりました。ここで食べますか、お持ち帰りですか」
「どちらが安いですか」
「お客様、そりゃ、お持ち帰りですよ」
「じゃ、持ち帰りで」
「はい、できました」
「えっ、お皿に盛ってありますが」
「サービスです」
「へぇ、おいくらですか」
「200円です」
「はい、200円」
「毎度ありがとうございます。お客様、おつり100円です」
「えっ、ちょっと、お姉さん。だったら最初から100円にしたらいいじゃないですか」
「いや、おつりを渡した方がお客様は喜ぶでしょう」
「そう言われれば、そうだが」
「お客様、他のものはここで食べて行ってよ。なんでもあるからさ」
「うん、何があるの?」
「ピザ、チーズ、ジュース、トマト、キノコなどです」
「おすすめは何ですか?」
「キノコのジュースがおすすめです」
「キノコのジュース?まずそうだな」
「ところがどっこい、これがまた驚くようなうまさなんですよ。昔の人がよく言う『ほっぺたが落ちる』というものですね」
「じゃ、それください」
「はい、どうぞ召し上がれ」
「うん」ゴクゴクと飲んだ(振りをする)。「微妙な味だな。いくらですか?」
「200円です」
「はい、200円」
「ありがとうございます。ではおつり100円です」
「これもおつりがあるの?でも私はビールの方がよかったなあ。でもここはないんだよね、ドーナツ屋だもんね」
「ありますよ」
「え、あるの?じゃそれください。ついでになにかつまみあります?さすが、ここはつまみは作ってないよね。たとえばイカリングなんか」
「ありますよ」
「じゃ、それください」
「では少々お待ちください」ドーナッツを揚げたキッチンにイカみたいのを入れた。
「え、ドーナツと同じ油ですか」
「はい、お客様が喜ぶと思ってのサービスです」
「おいくらですか」
「300円です」
「はい、では100円」
「ちょっと、お客様、当店のルールはお守りください。お金は定価でいただきます。頂いた後にお釣りを差し上げます。そうしないとありがたみがないでしょ」
「そりゃそうだ。納得。じゃ、締めにカレーライスが食べたいが、ドーナツ屋さんにカレーはないよね」
「ありますよ」
「すごいね、ここは何でもあるんだね。じゃ、何でもあるならつまみに”秋田のいぶりがっこ”をください」
「お客様、うちはレストランですよ。なんでもありますが、“学校”は売ってませんよ」
「・・・・」
「はい、カレーが出来上がりました。当店のカレーはライスにゾンビになる成分が、ルーの方に普通の人間に戻る成分が入っています」
「いやだな、俺がゾンビになるの?」
「はい、みなさんそうしてます」
「心配なら先にルーを食べ次にライスを食べればゾンビになっている時間が制限できますよ。ライスはすぐ効きますが、ルーは効く時間を遅くしています。その間楽しんでください」
「でも、ゾンビは夜だよね」
「はい、それまではシルバニアのホテルに泊まっていただきます。ちょっと高いですが3000円です」
「あの、全部で2000円お借りしていて、いくつか食べたので1500円しかありません」
「わかりました。『いつもニコニコ現金払い貸付』は上限が2000円までですので、では、何かカードをお持ちですか」
「えーと、これしかないんですが」財布からヨーカドーのナナコカードを渡した。
レジでカードを通し
「はい、おつり2900円です」
「え、カード払いでお釣りが出るんですか」
「当然です。こどもレストランはお客様の笑顔が“利益”になりますので」
第193回「ピンポンダッシュ」(2022年9月3日)
バンビーニではA男が異次元の走りをする。他のクラブの選手にとってA男は自分たちとは違う人種に見えるだろう。若干修験僧のような雰囲気があるので気軽に声をかけにくいだろうが、それでも大会に出ると必ず話しかけられる。A男には「強い子は有名税がかかる。話しかけられたら丁寧に応対しなさい。話しかけるのに意を決して声をかける子もいる。その子に対する礼儀だ」と言ってある。
白鳥は湖面を優雅に泳いでいるが、水の中では足を懸命に動かし続けている。優雅さしか見えていない人間は、白鳥の見えないところの努力を知らない。
バンビーニでは昨年までA男と同じくらいのレベルだった子がたくさんいる。しかしA男は記録もさることながら真面目な練習態度や人への思いやりが周りのこどもとは大きく違う。だからバンビーニのこどもたちは大会で声をかけてくれたこどもとは違った見方をしている。大会で声をかける子は、いつの日か自分がA男を抜けると思っている。しかし、練習を一緒に行っているこどもたちはA男に追いつき追い越せは相当の苦労が伴うことを肌で知っている。体力面ではなんとかなっても精神面で勝てないことを自覚している。
私はその子たちには「ひたすらついていきなさい」とだけいう。インターバルの10本の練習のうち1本でもいいからA男に勝ちなさい、勝ったら次は2本勝ちなさい、そうすればいつの日か奇跡は起こるかもしれないと言い続けている。何度でもいうが、レースでも前半から飛ばさなければ奇跡は起きない。強化指定選手選考はタイムなのだから、後半上げていく走法では自分の殻を破れない。マラソンを見ていて35km地点で日本記録より20秒遅かったら日本記録はほとんど期待できない。
A男と一緒に練習できるのだから幸せだ。なぜ青山学院が強くなったのかをよく考えてほしい。優勝するまで苦労は多かっただろうが、一度優勝すると多くの優秀な高校生があこがれの先輩を慕って青山学院に入って来る。その学生らが競い合い皆で一緒に強くなったのだ。スポーツは優秀な選手のいるところに磁石のように生徒や学生が集まってくる。強い選手の後ろ姿をそばで見続けるだけで速くなるからだ。
最近体験に来ても会員になってくれるこどもはほとんどいない。昔は体験メニューがあったが、変に気を使ってもとすぐ現場に入れて皆と同じ実践体験をさせるが、練習の半分もいかないうちに息苦しくなったり足が痛い頭が痛いと言って二度と戻ってこない。もちろん、その後連絡もない。もう会員の数以上のこどもたちがバンビーニの門のブザーを押し「ピンポンダシュ」的に去って行ってしまった。
バンビーニの長距離は中学生のN子、短距離では中学生になったD男の存在が大きい。彼らは速いが練習で手を抜いたことはない。だから強くなるためには練習をシナケレバナラナイということが後輩のこども達にもわかる。特に長距離は一定以上の練習量が必要だ。
問題はそれをどうやって小学生にやらせるのかが難しいのだ。バンビーニを立ち上げた頃は保護者が苦しいと見るとこどもを勝手に引き上げさせてしまった。折角作ったインターバルのメニューが3本で終わってしまった。
その時の無念さに比べると、今はやりがいがある。一番にスタートラインに着いて「早く出してよ」と無言で訴えるH子もいれば、スタートラインに着くまではグチャグチャ言うK男も一度ゴーと言ったら走り出す。時々カチンとくることもあるが悪態をついても走り続ける子は可愛い。誰か1人でも走らない者が出たらこの環境は崩壊してしまう。
いいかげんに走っている子には練習中聞き捨てならない言葉をあびせることがある。トラックを無配慮に横切ればロシア兵に対するウクライナ人の罵声と同じようになじる。でもそれはその子のためだ。今は我慢してほしい。
幸いにも私の心配をよそに、それでも練習はやめないし、次回も笑顔で来る。
かたやピンポンダシュする子が多い中、苦しい練習を続けているこの子らには強化指定選手に挑戦できる力を是非与えたい。それが私を信じてここまでついてきたこどもたちへの恩返しだ。
「ピンポーン!」
また、誰か来たみたいだ。
第192回「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」(2022年8月27日)
学童での遊びではとんでもないことが起きることがある。
ババ抜きを2人だけでやろうという。家内も同じことを言うが家内とは馬鹿馬鹿しくてやらない。大勢でやった方が楽しいと思っているが、コロナ禍でもあり、密集を避けるという意味で学童では2人でもやることにしている。ところがある日カードを配っているうちにこどもがニヤニヤしてきた。私が配っているうちに同じ数字のカードが揃っているようでどんどん持ち札が少なくなっている。背中にカードを隠しているが満面の笑み。感情を抑えることができないようで「早くやろう」と言ってきた。それはそうだろう、最初にカードを取るのは私だと一方的に決めてきたのだから。
ところがカードを配り終えて私のカードを2枚の同じ数字にあわせて場に捨てていくとなんと私のカードはなくってしまった。つまり、背中にあるこどものカードは1枚、すなわちババは私に引かれることもなくゲームは終わってしまった。これまでのババ抜きの歴史で初めての出来事だ(2人でやるのは最近だが・・・)。
私は教育者としては不適切な人間だと思う。満面の笑みがこぼれ、体が動き出し「やった!やったと!」とこどもを刺激する。K子だったら泣き出してしまうところだ。Y男だったので肩を落としてトランプを片付けるだけで済んだ。
オセロでも珍事があった。
こどもは自分の色が多くなる打ち方をするので時々起こるのだが、自分の駒(白)を置くことができない場面がある。一般的ルールはパスなのだがここではアウトにしている。終盤に起こるがまれに前半に起こることもある。
(白の番だがはさむ黒がない)
(黒の番だがはさむ白がない)
オセロは四隅を取ることが肝要だが、こどもはたくさんの駒を自分の色に変えることを好み四隅にこだわらないため、負けることはない。「わあ、E男は強いなあ」というと鼻高々になる。その時を狙って反撃し1,2分で形勢が逆転する。
ある時四隅を取る前に珍事が起きた。なんと9手目でこどもの駒(白)が全滅してしまった。いわゆるパーフェクトである。パーフェクトは難しいので(私は初めて)、記念に携帯で写真を撮ろうとしたらE男が盤をひっくり返してしまった。今ではどういう手順でそうなったのか思い出せない。
(黒を置くとすべてが黒になる)
野球をしたいというR子とボール投げをしたが、ボールを顔で受けてしまう。「ボールは手で取るんだよ」といって取り方を示すが、手の動きが遅い。手を出す前に顔に当たってしまう。ボールが柔らかいせいなのか顔に当たるまで逃げもしない。まともに当たる。瞬きもしないのだからすごいのかどんくさいのかわからない。
増やし鬼で最初に手をつないで鬼ごっこをしていたS子とM子のペアが私を追いかけて来た。2人はほぼほぼ一緒の速度なのでうまく立ち回っていたが、S子が転びそうになった。S子はM子を利用して転ばなかったが、利用されたM子はその反動で転んでしまった。見ていてわざと転ばしたのではなく偶然だった。でも、こどもの世界には自分が友達に利用されてもわからない子は多いと思う。
飽きっぽいのはこどもの性(さが)である。上記のこども達は同じ遊びを15分続けることはできない。遊ぶ時間は多かったが遊ぶ種類が少なかった時代に育った私は、何日も何日も休み時間ごとに「馬飛び」や「駆逐水雷」など同じ遊びを繰り返していた。
(馬飛び=馬跳びとも書く)
(駆逐水雷=艦長だけ1人あとの水雷・駆逐の人数は作戦によって自由)
ここでは、昨日オセロをしつこくせがんだこどもは今日はオセロには全く興味を示さずカルタをしようという。さすがカルタは2人ではできないだろうと問いかけるが、こどもは自分が取り手と読み手の二刀流でカルタをするから大丈夫であるという。何が大丈夫なのか聞きたいところだ。読む前に黙読している。その札がどこにあるかを確認した後、読み出す。最初の一言で取らないと取られてしまうが、目で追っているのでおおよその位置はわかるので慣れればさほど難しくはない。私はここでも全力疾走だ。同時でも譲らない、じゃんけんだ。
私が教えることができるのは勝負の厳しさとルールを守ること、うれしかったらうれしいと表現できること、くやしかったら負けないこと。
オランダの歴史学者ホイジンガは、人間とは「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」のことであり、遊びは文化に先行し人類が育んだあらゆる文化はすべて遊びの中から生まれた。つまり、遊びこそが人間活動の本質であるといっている。
第191回「ヒーローズ」(2022年8月20日)
オリンピックでは出る杭は打たれるではないが、あまりにも強いと選手はあらぬ疑いをかけられることになる。女性なら「男性じゃないか」とか、男性なら「薬をやっているのではないか」とか羨望と裏腹のやっかみから魔女狩りが始まる。
男性アスリートが女性アスリートを装って不当な優位性を持つという恐れから、オリンピックでは、「医師団の前を全裸で歩く」よう女性アスリートは求められた。これが女性にとって侮辱的な扱いであることから、その後染色体検査となり、後にテストステロン値の検査となった。
衝撃的なニュースが1980年の暮れに世界中を駆け巡った。1932年ロサンゼルス大会女子100mで金メダルを取った女性スプリンターステラ・ウオルシュ選手が買い物に出かけた際、運悪く暴漢に遭遇して射殺され、事件後の死体解剖によって彼女が卵巣と精巣の両方を有することが判明したからである。彼女は両性具有(インターセックス)だった。そして、彼女がスプリンターとして成功したのは精巣からのアナボリックステロイドの分泌によるものであったとみなされた(Denny, 2008より)。
旧東ドイツや旧ソ連では国を挙げてのドーピングが問題になった。分析などまだ初歩的な段階であったため、多くの選手が逃げ切った。1988年カナダ国籍のベン・ジョンソンが「筋肉の塊」といわれて世界記録でカール・ルイスを破ってソウルオリンピックで優勝した。しかし、その後の検査でステロイド系のドービングの陽性反応が出てメダルははく奪されたのである。
一方、フィンランドのノルディックスキー選手のE.マンティランタはインスブルック冬季五輪やワールドカップなどの国際大会で数多くのメダルを獲得するなど華々しい戦歴の持ち主であった。余りにも超人的な身体能力を持っていたことから、1968年のグルノーブル冬季五輪ではドーピングの疑惑がかけられた。
ところが、大会医療チームによる徹底した医科学的検査がおこなわれ、血液中のヘモグロビン(Hb)やエリスロポエチン(造血因子)が他の選手に比べ約1.5倍濃度が高く、それがドーピングによるものではなく彼自身の特異な生理機能によるものであることが判明した(P.Nouvel2011より)。
2009年世界陸上ベルリン大会の女子800mで2位を2秒近く引き離して金メダルに輝いた南アフリカ共和国の女子陸上選手キャスター・セメンヤ(1981年生まれ)も男性に多いホルモンであるテストロン値が生まれつき高い女性であった。そのため世界陸連では400m~1マイルに出る場合テストステロン値を下げる薬を飲むことを条件と課した。
世界のトップ選手は、このように天から授かった身体の超人的特殊能力に加えて誕生後の厳しいトレーニングが加わることで、夢のような大記録を樹立するものが出る可能性がある。
筋肉増強ホルモンであるテストステロイドは主に精巣でつくられるホルモンであり(女性は卵巣から若干分泌される)、これが人一倍の量があれば、トレーニング次第で筋肉は人一倍増加する。体内で生成される“持って生まれた身体的特徴”まで制限を加えたら逆の意味で差別であろう。
普通の人間の内在的能力での陸上競技の記録向上は確実に極限に近づいていると思われる。であるならば、スポーツ特に陸上に限ってはこのエスパー(超人的特殊能力を持つもの)の出現を期待するしかない。国連世界人口推計によると1986年50億人だった世界人口が2022年80億人、2058年に100億人になるという。この増加数の中に何人かのエスパーが確率的に生まれてくる。
そのエスパーを見つけ出すことが陸上の世界記録更新につながると思われる。日本陸連が彼らを集めてトレーニングをしたら・・・まるでアメリカドラマの「HEROES(ヒーローズ)」を見ているようだ。しかし、「狭き門」(新約聖書のマタイ福音書第7章第13節)ではないが、「これを見出すもの少なし」であることも事実である。
バンビーニにいる小さな巨人A男が秋の大会で驚異的な記録を出せると思われる。彼はもしかするとエスパーかもしれない。大人の辛抱強さ、練習を真面目にしなければならないという克己主義を持つこどもは普通のこどもではない。まるで名探偵コナンみたいだ。小学生のスポーツで秀でるのは決して肉体の強さだけではない。精神的・心理的な強さが必要だからだ。
*)「エスパー(特異な選手)」
エスパーとはextrasensory perception(超能力)の頭文字ESPに、行為者を表す英語の接尾辞erを付けたもの》人間の知覚以外の力、テレパシー・テレキネシス・テレポーテーションなど、常人にはない力をもつ人間。超能力者。(Weblio辞書より)
第190回「都合のいい存在」(2022年8月13日)
「学園ドラマ」は若い先生が1人で学園の問題点を解決している。しかし、何十人もの生徒、児童を相手にしている現場ではそう簡単にシナリオ通りにはいかないのである。
1人で活躍することは、教育側から進んでこどもたちに踏み込まなければならない。それでは時間が足りないし、見逃してしまうこどももでてくる。児童問題の対処法は、問題点や悩み事があるこども達が、病院のように自分で教育側に来てもらう環境をつくることにある。
学校の職員がすべて他校から来た学年主任ばかりだったら、1人、1人に問題解決能力はあるだろうが校風として管理学園となってしまうだろう。問題児でなければ腰を上げないなら、結果的に多くの普通のこどもたちを置き去りにしてしまう。
いつもは問題ないのに何か事件があると、極端に意地を張り、教師の指摘に対して頑固なほど背を向ける子もいる。自分をコントロールすることができない領域まで追いやられると潜在的なもう一人の自分が現れる。こういう子は決して少なくない。
ただし、そういう子は学年主任の先生方の前ではもう一人の自分を出現させないと思われる。身構えている。だから学年主任クラスの先生たちは問題児のみ管理すれば学校は平穏無事であると思う。問題児はマグロのように大きく強く速く泳ぐ。だから大間の漁師のように気合が入るが、アジやイワシのような魚は目に入らないのだ。
だからといって決して大げさな教育システムを叫んでいるわけではない。問題解決の主役は必要だが脇役の教育者も必要だということだ。まずはこどもたちが気楽に話しかけられる環境をつくるべきだと思う。
学童ではハゲの私、学校ではおデブちゃんのN先生にこどもが寄ってくる。これはどの集団でもこどもが慣れてくるとよくみられる現象である。ハゲとデブはまだ差別用語になっていないようだが、そのうちなるかもしれないので今のうちに書いておきたい。
ハゲに対してこどもは「ハゲツルピッカン」とか「ツンツルテン」など異なる言い回しをする。「俺はハゲじゃない、毛が少し残っているので坊主だ」というと、百人一首を出してきて「坊主はハゲだ」と彼らなりの証拠を持ってくる。なるほどこれが根拠か、それ以後「坊主だ」の主張は取り下げた。
彼らの友達にもいわゆる坊主はいるが、頭が黒く見えるため髪を極端に短く刈ったものと考える。私の場合は散髪の直後は肌色に見えるから髪がなくなったと考える。友達に髪がなくなったものはいない。だから異様に思える。触ってみたい衝動に駆られるようだ。座っていると必ずこどもは頭を触っていく。「俺はとげぬき地蔵じゃない」と怒るが懲りない。
つまり私はこどもたちの集団にはない個体なのである。
一方おデブちゃんについては肥満児はいるがその子に「デブ」とは言わない。通常動作は鈍いが、背の高さはほとんど同じである。ところがN先生は体が大きくかつ身軽に動ける先生である。だからこどもは畏敬の目で見る。つまりN先生もこどもたちの集団にはいない個体なのである。
少し近づいてみてみたい衝動に駆られる。余談だが大人でも「おデブちゃんと東北弁」は人を油断させる。
2人は人寄せパンダである。こどもたちも一緒に遊ぶと本音が出る。「私ね。K男が好きなの、でもねK男は私と遊んでくれない」とか「パパとママが喧嘩してパパ出ていっちゃた」「僕のパパコロナになっちゃった。でもパパは自分の部屋にいるので濃厚接触者にならないんだって、とお母さんが言っていた。だから僕来ちゃった」
こどもは上手に聞けば、隠し事はほとんどしない。いやできないのだ。だから、問題点を把握しやすい。
ただし、こどもは学童ではマネージャー、学校では教頭に対しては身構える反面、自分の主張を通すときは彼らに話をする。酷暑の中、外遊びをするかどうかは私には聞かない。必ず決断権限のあるマネージャーに聞く。N先生も自分の担当学年以外の児童には遠慮があるためか即断しない場合がある。その時こどもは教頭に訴える。
つまりこどもはしたたかであり、私もN先生もこどもたちにとって都合のいい存在にしか過ぎないのである。しかし、それでも「沈黙の集団」にさせるより「かまびすしい集団」にさせることの方が重要であると2人は考えている。
この学童は校内にあるのでN先生は毎日のようにやってくる。2人がアイコンタクトするとき、「芋洗坂係長のような歌って踊れるデブ」になれと密かに私はエールを送っている。N先生も私に対して「ユル・ブリンナーのようなかっこいいハゲ」になれとエールを送っているような気がする。
第189回「The Sixth Sense」(2022年8月6日)
私はかつては、威厳があった。家でこどもらがテレビでの言葉がわからなければ私に聞いて納得した。それがたとえ口から出まかせであったとしても。しかし、最近は質問に答えてもスマホで確認する。答えが違うと「違うじゃない」とスマホを見せる。じゃ、聞くな、最初からスマホを見ろ、と言いたいところだが・・・私も時々ウイキペディアで調べている。
先日バンビーニで足が痛いというのでテーピングをしてあげたら、横からおせっかいなK子が「違うよ、そうじゃないよ。ユーチューブではそうしてないよ」とスマホで動画を見せられた。「コーチの若いころはこうだった」と押し返したが、周りはほとんど疑いの目で覆い尽くされていた。
最近は科学的情報が溢れ、便利になっている。私も天候によって練習ができるかどうかは「雨雲レーダー」に頼っている。雨雲が練習時間に練習場に来る予報であれば中止としている。現在大雨でも2時間後雨雲が移動する予報であれば中止にしない。昔であれば、勘で決めた結果雨中の練習となってしまったら「大会は雨でもやるので、今日はこのままやります」と言い訳したり、練習中の雷鳴を「年取ったのかな、雷鳴が聞こえない」ととぼけたりすることが時々あったが、今ではほとんどない。
科学が発達して、人間が兼ね備えた五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)に頼ることが生活において少なくなった。
動物は獲物を追いかけたり、敵から逃げる術を匂いで行っている。ヒトの世界では職場や家庭で体臭、加齢臭、等のさまざまな匂いが消臭剤等で消され芳香剤で人工の匂いに置き換えられている。がっちりとした体格の青年が甘ったるいブルガリの匂いでは・・・スポーツマンは汗臭いほうがいい。
またかつてヒトは、食べられるか否かを視覚や嗅覚で見分けていた。こどもの頃、家の隣がパン屋だったので時々夜の8時ごろパンをもらった。どうせ捨てるのだから、と言われてもその意味を深く考えずにありがたいと思っていた入山家だった。ただし、親父の“鼻の検閲”がないと食べれられなかった。パンの匂いを嗅いだ親父の判断でOKなら食べられた。冷蔵技術が貧弱だった頃だったので、サンドイッチ系は少々異臭があった。アンパン系は無検査でOKであった。
今は、匂いがなくても賞味期限を見て食品の良し悪しを判別する主婦が多い。決して鼻で判断はしない。
このように科学やテクノロジーの進歩に伴って五感で判断する機会が少なくなる一方で、スポーツや芸術の世界では長年究極の美や技術を追求し感性を研ぎ澄ましてきた者の中に、超人の域に達している者が少なくない。
スポーツの世界では、特にテニスの選手は8角形状のラケットグリップの感触を手で確かめることで、ラケットの面の方向性を記憶しラケットを手の一部のように操れる。また、小学生でも1000mで強化指定の選手に選ばれるこどもは、練習中のインターバルで400m75秒±0.5秒で10本揃えてくることができる。
これらのスポーツ選手にみられる超一流の感性は、試行錯誤を何度も何度も繰り返すことによって本能として身体に刷り込まれている。ヒトの高度な感性の質はこれまでにどれだけ五感を使ったかによって決まるのである。
具体的な例として、陸上の100m走では“五感”が次のように使われている。
「オン・ユア・マーク」で手をついた瞬間、タータントラックのラバーの匂い(嗅覚)がし、乾いた喉を湿らせる唾液(味覚)が口の中に広がり、それに続く「セット」「バン(ピストルの音)」この間合いはスターターが変わらなければ予選から同じ間隔であり、“本日の間合い”を会得して0.01秒の誤差もなしに順応している(聴覚)。スタートして15mは顔を上げないがライバルの足の運びは見える(視覚)。顔をあげればゴールまで何メートルかが目で判別できる(視覚)。顔に当たる風の強さで自分の調子がいいか悪いかを判断する(触覚)。
ゴール間際相手より胸を出して差し切らなければならないが、早く胸を出せばスピードは落ちる。どのタイミングで胸を突き出すか、最後は「第六感(シックス・センス)」となる。
第188回“The Sun Also Rises.”(2022年7月30日)
大会の日、両親はワクワクして出かけていると思う。今日は、強化指定記録を破ってくれるか、そうでなくともベスト記録を出してくれるか、いやいや、そういった走りができなくても、一生懸命に打ち込んでいる様子を見せてほしい、両親は期待で一杯になっているはずだ。
脳は心地良い刺激があると、それを再度求める機能がある。たとえば「自己記録を破った時」、その満足感が「期待以上だった時」、同じような心地良さを再度求めようとすると、想像するだけでも、人は快感を得ることができる。これは脳科学では“脳の報酬系回路(神経)”の働きだという。親も我が子と同じように報酬系回路が作動するが、実際に走るこどもとは違って、時によいことが起こらなかったとき、悪いことが起こってしまったときには、期待の度合いに比例した“落胆”を味わうことになる。
親の期待に反して、子どもが最後の直線で抜かれたり、消極的な走りをしたりするとがっかりしてしまう。私が大リーガーの大谷選手を応援するようにいい時しかいいところしか観ない(ビデオ)応援の仕方はできないであろう。自分のこどもだから、送り迎えも兼ねるので、観戦しないわけにはいかない。
ここで危険なのは、親が自分の期待通りにこどもは走るものだと考えたときである。
こどもの成長やスポーツする楽しみを脇に置き、こどもの走りを通して自分が快感を得たいという気持ちがあるかないかをまずはチェックしてほしい。さらに、こどもが速ければ自分も他の親から尊敬されるから、自分の存在を子どもの走りに重ねていないかを自問自答してほしい。
期待通りのことが起こらなかったときには期待が大きい分がっかりする。自分のなかでその感情を処理できればよいが、その不満を子どもにぶつける、ということも起こり得る。
罵倒したり殴ったりしなくとも、帰りの夕食が前回は「ステーキのどん」だったのが今日は「吉野家」の牛丼になったら、こどもはお父さんは怒っていると思う。前は雄弁だったのに今回は寡黙であるのは、お父さんは今日の成績に不満である、と敏感なこどもにはわかってしまう。
感情コントロールが下手な父親は寝るまで不機嫌だ。こどもは親から逃げることができない。こどもにとっては、レースが終わってから寝るまでの10時間余の沈黙のミーティングが続くことになる。
親にとって実際の報酬の量が少なかったときは、次の機会からそれを少なく見積もるようになる。期待が裏切られる苦痛を人は繰り返したくないからだ。だから、今まで「お前は私の生きがいだ」と言っていたのに「頑張れよ」くらいのテンションに下げてくる。そして、そのうち何も言わなくなる。
負けた時(ベスト記録が出なかったとき)、こどもはわざと遅く走ったのではないのだから、叱咤激励の言葉より“The Sun Also Rises.”(日はまた昇る)の言葉をかけてあげるべきだ。小学生のスランプは、あってもごくわずかな時間だけだ。大会当日雨なら「やまない雨はない」でもいい。こどもが二度と走らないと言ったら困るのはあなただ。
なぜなら、これまでこどもが大会に出るまでは、あなたは何の感情のさざなみもひとつの小さな楽しみもなかったのだから。
第187回「高慢と偏見」(2022年7月23日)
社会人でラグビー部の監督をしていたころ、有名大学のラグビー部員を数人入社させようとしたが、その時決まって言う学生の言葉は「体力だけは他人に負けません」という。「それ以外は劣っているのか」と指摘して、人事部への面接指導をしたことがある。
昔スポーツ選手は“頭の鈍い腕力の獣である”とみなしてきたが、サン・ホセ州立大学での総合心理テストの結果は、「主要なスポーツのチャンピオンたちはすべての質問項目で高い順応性を持ち、機知に富み、物事に精力的に取り組み、自らの行為に対して責任を持って対応する能力があり、特に優れたスポーツ選手は高い記憶力、頭脳明晰な判断力、集中力とその持続性、創造力等に優れ、知的能力と感情コントロール能力にも長けていた」ことを示した(マーフィー&ホワイト共著「スポーツと超能力」より)。
プロ野球では、投手が投げる150 km/hを超えるようなスピードボールをよく見てから判断していては振り遅れる。ましてや大リーグのようにスプリットやスライダー、シンカーなど変化するボールばかりでは、何を投げてくるかをあらかじめ決めないと打てない。大谷選手が空振り三振するのは“読み”が外れたからである。その代わり読みが当たればホームランになる。大谷選手は投手が次にどんなボールを投げるかを予想している。いろいろな条件を組み合わせて予想するわけだから賢くないと当たらない。予想的中率が高い人はほど打撃成績はいいのである。
そもそも、運動が優れた人は頭が悪いというのは大人の“高慢”であり、頭のいい子は運動ができないというのはこどもの“偏見”である。
浦和高校ラグビー部は2013年に54年ぶり2回目の花園へ出場し、最近では2015年~017年埼玉県準優勝校という準決勝常連組である。言うまでもなく県のトップの進学校である。ラグビーの場合は鍛え上げた体だけでは上位に行けない。仲間とのあうんの呼吸が必要な連係プレーや、トレーニングだけでは鍛えられない知的で感性に基づく高度で瞬時の判断が必要である。
足が速いだけではトライできない。ウイングがボールを持って走っても敵のウイングやフルバックがタックルに来る。いくら11秒0の速さで走れてもコースを読まれてはタックルポイントでつかまる。一流のウイングといえる選手にはスピードのほかにチェンジオブペースの武器を持っている。敵にタックルポイントをつくらせないのだ。スピードの緩急だけでなく、止まることさえある。敵が戸惑う瞬間方向を変えて走り出す。
東大の学生は運動音痴だと思う人が多い。東大の陸上部は他の学校より練習時間も短い上に、高校時代の陸上経験もない。ところが100m10“56が学内記録である(2016年、2020年)。800m1‘48“07(2022年)は2021年学生ランキングで6位相当の記録であり、その他の種目でもかなりハイレベルの記録を出している。もし、高校時代の受験勉強一辺倒を捨てて陸上一筋で行ったらかなりの成績が残せていたと思われる。もちろん、そのような選択をする高校生がいるわけはないが・・・東大生が運動ができないというのは紛れもない偏見である。
暴論だが、旧東ドイツではないが陸上競技を国技として小学生から育てれば(たとえば小1の頃から小学生全員の記録を取り、上位100人ずつを選抜し、毎年入れ替え制にしてインターハイまで国家指導制にする)、オリンピックで金メダルを取れるこどもが育つ。そこまでしなくとも東大の受験科目に陸上の種目を必修としたら、抜け目のない東大受験生はとてつもない記録を出す者が現れると思われる。練習内容の工夫、食生活の改善、陸上に対するモチベーションアップなど超一流にすることができる才能がある。浦和高校に学びながらバンビーニに通う生徒がでてくるかもしれない。もちろんこの制度が多種多様なスポーツを愛好している国民に認められるわけはない。
ただ、これだけは言える。「頭がいい人がスポーツで必ずしも一流になれるとは言えないが、スポーツで一流になれる人は必ず頭がいい」
第186回「ミクロの決死圏(2022年7月16日)
学童での仕事は消毒が半分近くになってきたような気がする。ドアノブから本まであらゆるところの消毒である。おやつ前にテーブルを消毒し、おやつが食べ終わると同じく消毒と床に落ちた食べかすの掃き掃除である。
お菓子を食い散らすこどもは決まっている。4人だ。2人はテーブルの上にもお菓子のカスがあるが、一向に気づかない。床に落ちたのは仕方ないがテーブルのものはお皿を返す際拾えと指示する。こどもがごみを捨てに行ったのでアルコール消毒していたら、「今日はおやつの追加がありますよ」とのこと。アメならいいが時々せんべいが追加され、必ずこぼすのでまた掃除だ。おやつ前にテーブルを消毒し、おやつが食べ終わると同じく消毒と床に落ちた食べかすの掃き掃除である。
彼らは床に落ちたお菓子は拾って食べない。床に落ちて3秒経っていないのだからと思っても、コロナ禍において学童側で食べさせなくなってからだ。校庭で転んで擦り傷なのに必ず消毒やカットバンなど治療に大げさだ。水道水で洗い流せばいいだろうと思うが、学童側が慎重だ。
虫にさされるとムヒを塗るのだが、教師はぬらない。傷口に触れないということで、刺されたところにムヒを絞り出し、自分で広めて染み込ませる。虫にさされるとムヒを塗るのだが、教師はぬらない。傷口に触れないということで、刺されたところにムヒを絞り出し、自分で広めて染み込ませる。
水筒の水を慌てて飲んで気管に入ったこどもが水を吐いた。同じテーブルにいたこどもを退避させ、まずは緊急的に新聞紙を25平方メートルにひきつめ、その後アルコール消毒、テーブルはそれよりもっと強烈な消毒薬で、本人は他のこどもより10m15分間隔離。ものものしい対応だ。昔なら背中を叩いてすませた事件だ。
最近はミクロの生物のおかげで、こどもへの対応のほとんどが慎重かつ消極的あるいは否定的対応になっている。
人類が誕生した頃の人間は、食肉獣などの脅威にさらされながら生活していた。またその時代は、ケガや病気をしても病院はない。自分の体にある「抵抗力」だけが病気を防ぐ、あるいは治癒する手段であった。
ヨーロッパではペストが江戸時代の日本ではコレラが流行し多くの人間が亡くなったが、科学的予防も根本的治療もできないうちに時間によって終息した。種に備わる「抵抗力」によって一定の割合の人間が生き残ったのである。
そんな時代の人類は、近代化された水道が整備され、衛生学が確立された現代人よりもはるかに生命力や回復力が優れていた。つまり、人間は科学的進歩に伴って自ら生きる力が弱まってきたと言ってよい。
私のこどもの頃、ビー玉が流行っていた。東京の下町だったせいもあり、衛生環境は必ずしもよくなかった。家々には側溝(ドブ)という小さな排水溝があり、家庭の台所からいろいろなものが流れていた。掃除(ドブさらい)をしないとヘドロになる。その中に遊んでいるビー玉が落ちる。それを何のためらいもなく手で拾っていた。そしておやつの時間になると皆で分け合って食べた。手には乾いたヘドロの跡があるが、手を洗うものはいない。
町の魚屋には必ず蠅取り紙(リボン上の吊り下げタイプ)があった。その罠を逃れた蠅が魚の上にとまっている。魚屋が手を振って追い払う。だが、当時そのことを気にする買い物客はいない。焼けば問題ないと考えていた。今では信じられないことだが、事実だった。
私のこどもの頃、ビー玉が流行っていた。東京の下町だったせいもあり、衛生環境は必ずしもよくなかった。家々には側溝(ドブ)という小さな排水溝があり、家庭の台所からいろいろなものが流れていた。掃除(ドブさらい)をしないとヘドロになる。その中に遊んでいるビー玉が落ちる。それを何のためらいもなく手で拾っていた。そしておやつの時間になると皆で分け合って食べた。手には乾いたヘドロの跡があるが、手を洗うものはいない。
町の魚屋には必ず蠅取り紙(リボン上の吊り下げタイプ)があった。その罠を逃れた蠅が魚の上にとまっている。魚屋が手を振って追い払う。だが、当時そのことを気にする買い物客はいない。焼けば問題ないと考えていた。今では信じられないことだが、事実だった。
父は大正生まれだが、その弟たちも元気だ。昭和の一桁生れだ。私のこどもの頃より、さらに衛生環境も栄養環境も悪かったと思う。その頃の人間のほうが元気だ。日本が高齢化社会になっているのは出生数の低下ばかりではないのではないか。
現代のコロナ禍において、我々は衛生環境の充実を唱え実施している。その効果は確かにあるのだが、そのことによってもっと恐ろしいことにつながるのではないかと思うようになった。
アルコール消毒など無菌状態に慣れたこどもたちがコロナが去り油断したとたん、ワクチンのできる時間よりはるかに速い感染力を持ったウイルスに襲われたとき、今のこどもたちは耐えられるのだろうか。父は大正生まれだが、その弟たちも元気だ。昭和の一桁生れだ。私のこどもの頃より、さらに衛生環境も栄養環境も悪かったと思う。その頃の人間のほうが元気だ。日本が高齢化社会になっているのは出生数の低下ばかりではないのではないか。
現代のコロナ禍において、我々は衛生環境の充実を唱え実施している。その効果は確かにあるのだが、そのことによってもっと恐ろしいことにつながるのではないかと思うようになった。
蚊が2匹飛んできただけ大騒ぎし、蠅1匹で逃げ惑うこどもたちを見て心配になった。
第185回「青い果実」(2022年7月9日)
こどものころ家にブドウの木があった。デラウエアだと思う。しかし、ある程度大きくなると色づく前に食べてしまった。当時は成熟するまで待てなかった。
モモの木もあったが、モモは固い果物だと思っていた。すこし赤みが出てくると成熟するまで待てない。親父に何度も怒られたが、昼間は親父がいないので上のほうのモモから食べていた。
バンビーニには小学1年生と2年生がいる。大きな大会は4年生まではない。強化指定認定大会は5年生からだ。今から練習を重ねていけば4年生になったら注目されると思われるこどもがいる。これまでの10年間で小学生の能力を見定める力はついたように思える。今から鍛えればとんでもない選手になれると確信している。
しかし、私はもうこどもではない。青い果実を食べることはしない。練習中に低学年の子が訴えてきたら休みを認めている。4年生以上に言う嫌味は言わないし、無視することもない。陸上競技が嫌いにならないように気を付けている。スタッフからは高学年と低学年とでは言葉遣いが異なるといわれる。そりゃそうでしょう。写真のような1,2年生たちに「バッキャろう、そんな走り方するとぶっとばすぞ」といえるだろうか。子犬が足元にじゃれついてくるようなものだ。苦しそうだったら抱きかかえてしまう衝動に駆られる。
この子らでも怪我や興味がなくなってやめていく可能性がある。強化指定選手といっても何のことかわからないだろう。多くの子は5年生になると文句を言う、インターバルの本数について条件闘争もする。それはそれで自我が目覚めてきたのであって、練習を続けている限り“流して”いる。しかし、うちのクラブで何も文句を言わずに黙々と練習をするのはこの1,2年生のこどもたちなのだ。ミーティングでは、人さらいにあって連れてこられたところの山賊の親分を見るような目で私を見る。
気のせいかH子はいつもはディズニーのミニーに見えるのに、時々TVドラマ「おしん」のようにも思えてしまうことがある。なぜなら、彼女はやれと言ったら最後までやる。メニューでは5,6年生が10本のところ1,2年生は7本で抑えているが、気づくと8本目のスタートラインに立っている。
H子はお兄ちゃんの練習を見に来ていた幼稚園児のころから知っている。車で駅まで送ってもらったとき、車内ではず~としゃべり放なしであった。「コーチ、なんでしゃべらないの?」「・・・うん、それはね、私がしゃべろうにも君のお話に入っていくすき間がないからだよ。コーチはまるでさんまとたけしの会話に割り込めない売れない芸人みたいだ」
今では目が合うとニコッとするだけで、ほとんど歯を食いしばって練習しているから一言もしゃべってくれない。時々ペナルティなどで“バービー”などをやらせると「コーチ、私ね、バービー大好き!」と言ってくれる。5年生以上は「なんで、こんなのやるの?意味不明」などど悪態をつく。
H子らの練習データーは1年生からとってあるので、この子らが強化指定選手になったら、後輩たちのランドマークになることだろう。2年生の10月で○○のタイムが出たら4年生になったらこうなるなどのデーターができる。データーは多いほどいい。
H子は5年生になったらまた楽しく会話してくれるのかな?悪態つかれても笑いが絶えないのがいいなあ、いやいやストイックになって冗談言うと睨まれるかもしれない。
スイカは出荷されればいつ食べてもおいしく食べられるものだが、高級メロンだけはいつが食べ時かわからない。熟さないうちにメロンを切ったら、高級であってもうまくない。ドンピシャ熟したときに食べる高級メロンの味は最高だ。こどもに鞭を入れるタイミングはメロンの完熟度を見定めるより難しいが、大事に育てていきたい。
第184回「量質転化の法則」(2022年7月2日)
スポーツや勉強に関して『量質転化の法則』というものがある。
量は、積み重ねると、それ自体が質に変わるという意味だ。そもそも量をこなしていかないと、質の良い練習や勉強なんて分からないと思う。
「圧倒的な量」こそが「高い質」を生み出すのである。慣れないうちは、とにかく「量をこなすこと」を意識すべきだ。
こう主張すると“「量」は「質」に転化しない”というアンチテーゼ(反対意見)が出てくるのが常で、そのアンチテーゼを踏まえて話を進めたい。
アンチテーゼでは、仕事特に現場経験などで「ぐちゃぐちゃ言わずに毎日朝から晩までお客のところへ回って来い」という根性論で部下を教育する上司は無能になってしまう。
私達日本人は「日本語」を生活の中で、何万回も書いているが、日を重ねるごとにうまくなっているかといえば、多分そんなに上達していないと思われる。ただ書くだけで上達するならば、日本人全員が字はうまいはずだ。・・・私は自分の書いた文字を15分後には自分でも読めない。
この事実を見て「量は質に転化する」と言えるのだろうか?と反論されるだろう。
少なくとも上のような状態ではダメだ。同じ「文字を書く」という行動でも、例えば、ドリルに沿って、美しい文字をなぞったり、見本を見ながら集中して真似をする。そういう綺麗な字を書くための練習を毎日行ったらどうだろうか?これはやればやるほど、うまくなると思う。
この場合は、「量は質に転化する」ということになる。
バンビーニは短距離も長距離も他のクラブに比較して量が多いクラブだ。
私は身体でペースを覚えるまで何度でも走らせる。これを過酷な練習方法だとのご意見がたびたび寄せられる。たしかに基礎的な練習は少ない。アクロバット的な練習は私が教えられない。それは中学校の先生にお任せすることにして、それまでは小学生の中にある“走る因子”を活性化させることに専念している。
学校では算数の足し算、引き算は毎日繰り返し習う。8+5、5+8、15+18、28+35など同じような問題の計算を暗算でできるくらい行う。それはもっと大きくなったら習う因数分解や微積分につながるための下準備なのだ。
バンビーニでも繰り返し規定タイムで還れるよう練習をしている。1000mでは飛ばせと言ってもやみくもに飛ばしているわけではない。3分20秒で走るためには1分15秒で400mを駆け抜けなければダメで、目標が3分10秒なら1分10秒で駆け抜けることを課題にしている。その後ペースが落ちるのも計算している。これ以上落ちてはダメだのタイムも選手はわかっている。だからペースを体で覚えてくれないと困る。そのためには学校の足し算引き算の勉強方法と同じように繰り返し学ばなければならない。1000mの練習でも200mを40秒、36秒と走り分けられる選手は速くなる。なんとなく前の選手について行くだけではペースは覚えられない。自分でペースを作るには練習をたくさんやって“時間”を体で会得することだ。ペースを覚えれば「飛ばして」も決して無理な展開にはならないが、時にこどもは大人なの常識を超えてしまう。
短距離の100mでは80mから立ちふさがる空気の壁を感じろと言ってある。12秒を切るための壁の厚さと13秒を切るための壁の厚さとは異なる。ましてや11秒、10秒の壁はさらに厚い。13秒の壁は20回叩けば壊れるが12秒の壁は99回叩いても壊れない。しかし、100回叩いたら壊れるかもしれない。11秒の壁は1999回叩いても壊れない。しかし、2000回叩いたら壊れることもある。10秒の壁は陸上を引退するまで破れないかもしれない。しかし、引退する前日に破れるかもしれない。壁はたくさん叩いた方が壊す確率が高くなるのだから必然的に練習量は多くなる。
トイレに逃げ込んだり走り終わっても息が上がらないなど、まだまだ高い目的を持っているとは思えないこどもがバンビーニにもいる。周りの子に刺激されいつの日か全力で練習するようになることを祈っている。
ダラダラ練習するだけでは「量質転化」はせず、ただ長い苦痛の時間を持っただけだ。要は高い達成意欲を持って練習に臨めば、たくさん練習することは、「量は質に転化する」といってよい。
第183回「男の子女の子」(2022年6月25日)
岩谷時子作詞、筒美京平作曲「男の子女の子」は明るく楽しい未来に思いを馳せたこどもの気持ちを歌ったものだが、この子らの未来はというと・・・
こどもは学童にくる時、家庭とのコミュニケーションを図る連絡帳ノートを出さなければならない。ある時、1名が出していなかった。マネージャーは「連絡帳ノート出してないお友達がいるよ」と大声を出して提出を求めていたが、誰も返事がない。「毎回言っているのですが、毎日出すものを忘れるってどういうこと?」と語気を荒げて言った。
Y男はすぐに「そうだよ。連絡帳はS子先生の言うように大事な物なんだよ」と1年生に諭していた。「先生、何年生ですか?」「2年生です。1年生が出来て2年生が出来ないってどういうこと?」「それじゃ、責任感がないということだね。皆、やるべきことはやろうよ。1年生に見本を見せる学年でしょ」と2年生のY男がこれまた甲高い声で煽り立てる。
「わかりました。じゃ、名前を呼びます。R男、S子・・・以上です。呼ばれてない人が出してないと言うことです」間髪を入れず「先生、僕呼ばれていないのですが」とY男。皆の視線が彼に飛ぶ。「えっ、僕? そんなことはないよ」とロッカーに行きランドセルの中を探す。「あれ?あったよ。おかしいな、さっき出したのに、いや出したような気がしたのだけど・・・アハ、ハ、ハ、きっと疲れてたんだね。よくあることだよ。はい先生」シーンとした学童内で悪びれないY男は、吉本新喜劇のオチにつながるような人生を歩むのではないかと陰ながら心配になった。
教師の間で「デストロイヤー」と呼ばれている2人の女の子がいる。R子、K子2人に共通しているのは、誘ってもいないのにゲームをしているグループにずかずか入って来て、勝手にルールを変えてしまい、自分らが勝つようにしてしまうことだ。決して私と一緒に遊んでいるこどもたちは勝つことばかり考えてはいない。楽しみたいのに。こういうタイプの子には関係したくないのだが・・・
最近はかるたが流行っている。R子は強引に入ってきてメンバーを女の子対私の構図に変えてしまい、自分が読み手になり自分も参加すると言い出した。他の子は黙って従う。ま、大勢に影響ないだろうと認めたたがこれがまた問題になった。読むまでの間が長いので早くしろよと言おうとしたら、R子は読む前に自分で黙読して見渡しながら札を見つけておいて、読み札を読んでいることに気がついた。だから1人舞台になってしまう。行事がまわしをつけている相撲のようなものだ。「おい、ずるはやめろ」と注意するが一向に気にしない。
しまいには「文章を全部読むのは面倒くさいから頭文字だけでやろう」と勝手に「め」とか「よ」と読んで、取らせる。こどもがマスク越しに出す声は聴きとりづらく「ぬ」なのか「す」なのかわからない。かるたは読んでいる文章と絵札の描かれている内容で確かめることができるが、頭文字だけでは幼稚園の「いろはかるた」のようなもので、文字探しのゲームになってしまう。
ある日、なぞなぞカルタをしようとK子が言い出す。なぞなぞを言ってその答えがカルタの頭文字になっているカルタだ。なぞなぞが入っている分こどもたちの頭の回路が長くなり、私の取り札が多くなる。そのためK子は全部読み終わるまで取ってはダメとルールを変更して、難しいなぞなぞはゆっくり読むし、答えがわかって私が手を伸ばす準備をしただけでフライングとなり、女の子のグループの戦利品となってしまう。ま、どっちみちどんなゲームでも彼女らの勝ちになるようにルールが曲げられるのだ。刑務所でヤクザの親分と博打しているようなものだ。
このK子の特技は、いつでもどんな時でも涙を出せることだ。外遊びでサッカーをしようと言ってきたのでつきあう。2m離れて私にボールを当てるという都合のいいゲーム。しかし、まっすぐ蹴れない上、力を入れようと蹴る瞬間目をつぶる癖のあるK子のボールは、私に当たることはない。当たらないからぐちゃぐちゃ言い出したので、後ろに下がって走って来て蹴る寸前に私がちょこっと蹴ってしまった。こともあろうに、ないボール蹴るものだからスッテンコロリン。思わず笑ってしまった。彼女のプライドが傷ついたことは言うまでもない。
マネージャーに泣きながら訴えた。訴えによると「イリがわざと私を転ばし、ボールを遠くに蹴たりしていじめられた」とのこと。面倒くさいので「すみません」、厳重注意処分となった。
女というものは、生まれた時からアクトレスなのかもしれない。
第182回「SHOWTIME」(2022年6月18日)
スター選手とはファンが望んだ通りの結果を実現させ、皆のこころのよりどころとなる選手のことである。
大リーグの大谷翔平選手が活躍すると気持ちが躍る。大谷選手が不調だと、重い気持ちになってしまう。ここぞと言う時に三振すると、こころにさざ波が生じ、時には大きな波となり1日気が滅入ってしまう。
もう見ない、といっても気になるので片目で見る。片目で見てもショックの度合いは変わらない。
もう完全に見ないと決めても、ビデオには撮る。帰宅してビデオを大谷選手の場面だけ見るが、調子が悪ければ短い時間の視聴でもめげてしまう。
ならば、ネットニュースで結果を見てよければビデオを見ることにした。しかし、14連敗中の時は1度もビデオを見ることはなかった。
もうこうなったら、大谷選手の出るテレビはビデオも撮らない、としたら投打の大活躍。私が見なければ活躍するのか。活躍すれば見たい、でもビデオは撮っていない。今度は撮らなかったことがストレスになる。しかし、私の対応で大谷選手が活躍するなら・・・
大谷選手に対するこのような気持ちからこどもの頃を思い出した。昔巨人の長嶋選手が活躍していた時はビデオもない頃だったし、ネットニュースもない。良くも悪くも見なければならない。打たなかったときは右側を下にして寝ながらテレビを見ていたので、今度は左側を下にして見ることにした。それでもダメなときは立ってみた。そうしたらホームラン。以降長嶋選手が打席に立つ時は、家にいても立ってみることにした。
私の頭は、経済用語の「尻尾が頭を振り回す」状態になっていた。当時自分の行動が長嶋選手の好不調を左右していると本気で思っていた。
スポーツ観戦の醍醐味はスリルとサスペンスにある。打つか打たないか、大技が出るのかそれとも鉄棒から落下してしまうのか、ドキドキして、体をよじりながらリアルタイムで選手のプレーを見るのが最高の観戦方法なのだ。
しかし、大谷選手の場合私はこの最高の観戦方法より、こころの安らぎの方を取った。彼のホームランでこころは弾むが、彼の三振は見たくない。打った時にはテレビのスポーツニュースを見る。NHKが終わったらテレ朝で、次はフジで見る。大リーグはすべてアメリカの1テレビ局の配信だから同じ画面を何回も見ていることになる。しかし、楽しい画面は何度見てもいい。私はスポーツの醍醐味を捨てて、しばらくはこの方法でこころ穏やかな生活を送りたいと思っている。
大谷選手以上に大好きなバンビーニのこども達を引率する場合、話は別だ。一緒に長い間練習してきたこどもたちの成長を見ないでいられようか。よい時も悪い時もあるが、すべて受け入れる責任がある。小学生の場合不調は怪我や病気でもしていない限り長くはない。だから、悪い時にはめげないように指導すればいい。調子のいいこどもは放っておけばいい。こどもは調子のいい時は木に登る。落ちないよう声をかけるだけでいい。
バンビーニの方針である「飛ばせ!」を実行しているこどもを見ると、何か幸せな気分になる。あと100mで抜かれたので、ではこの夏猛練習して秋にはトップに立つという思いが頭を駆け巡る。こう考えるだけでワクワクする。全力走できないこどもも見捨てない。君の先輩もそうであったが、今ではどうどう飛び出していく。彼らができて君が出来ないわけがない。
5年男子1000mでA男が3分10秒を大幅に切って優勝した。それだけでもうれしかったが、2位の選手は絶対王者だったので喜びはさらに増した。前回の「インターバル」で大会ではレース中ライバルを意識しないと書いたが、それはこどもであって、私はライバルに対してかなり敏感である。私にはこどもに言えない本音の部分があるのだ。
先日の大会で初めて挑戦した種目は入賞の可能性が高かったので、ハラハラドキドキだった。新種目に挑戦しているこども達はバンビーニのパイオニアであり、後輩たちが挑戦する時のランドマークになる。新種目に出たT男はガラスの心臓の持ち主だ。しかし、ガラスの心臓は非難されるものではない。それだけその種目に真剣に立ち向かっている証しなのだ。ガラスを鋼(はがね)に変えるのは場数を踏まなければならない。あと半年、ただそれだけだ。
個別にはT男のようなこどもがたくさんいる。それぞれに課題はあるが地道に練習を繰り返すことが必要だ。短距離は長距離ほどいつもベストが出るわけではないが、ある時0.5秒も記録を縮める時がある。壁は何度も叩けばいつか破れるものだ。ベストを出す子は見ているとレース展開に勢いがある。グイグイ感がある。これには「お~お」と声が漏れてしまう。
バンビーニのこども達のレースは、時に大谷選手が逆転満塁サヨナラホームランを打った気持ちにさせてくれることがある。その時、大会はまさにSHOWTIMEと化す。
第181回「克己至上主義」(2022年6月11日)
先日の日経新聞のスポーツ欄に「勝利至上主義」に対する評論が載っていた。趣旨はこうだ。
勝利至上主義が批判的に取り上げられることが多い。日本では体罰や不合理で過酷な練習など精神主義や根性論と結びつくものだから余計だ。しかし、こども達のスポーツは楽しむもので勝敗にこだわる必要はないと言われると「それではスポーツから得られる充実感や楽しさ価値が半減する」
スポーツから得られる意義は1.ライバルへのリスペクトであり、2.敗北が教えてくれるものだ こうしたスポーツの果実は、勝つための努力を積み重ねるほど大きくなる。勝利を目指すのはスポーツの価値をさらに高めるための方法や手段なのである。それを目的と勘違いしてしまうのが問題なのだ。
という内容のものだった。
「勝利至上主義で何が悪い」と書くと炎上してしまうので、誤解のないようにするには「克己至上主義で何が悪い」である。
バンビーニが強化指定記録を目指すのはライバルに勝つということではなく自分に勝つことを意味している。自己記録を更新しなければ強化指定記録は切れない。我々はライバルの子はリスペクトしているが、大会でその選手についていくということはしない。結果的に付いていくことになる場合があるが、自分の計画したスピードで飛ばすことを心がけている。後半落ちてもそれは気にしない。また練習を積んで距離を延ばせばいい、ライバルは落ちなかっただけだと考えているからだ。
大会ではライバルを意識しない走りを心がけるが、通常の練習では大いに意識する。○○君ならこのくらいの練習はしているはずだ、□□さんの練習態度はきっと謙虚なのだろう、であるならば、自分はそれ以上の練習をしなければ勝てないと思って練習している。結果的にライバルの存在感が自分を高めてくれたことに感謝するようになる。ライバルが記録を伸ばせない時ライバルの不調を本当に心配する気持ちが芽生えれば、本物のスポーツ選手となったと言える。
レスリングの吉田沙保里が全盛期の頃(2004年~2016年)55kgの階級では他の選手(何千人、何万人の同期、後輩たち)は誰1人オリンピックに選ばれなかった。どんなに練習しても彼女に勝てなければ認めてもらえない。下手すると4回戦で当たってしまい、新聞に名前さえ出ない時もある。その時はこれまでの練習は何だったんだろうと思ってしまう。
しかし、陸上競技には順位だけでなく、自分のこれまでの記録を破れたかどうかという価値観がある。
冬の寒い中のトレーニング、夏の暑さの中の練習をクリアしたことは、自分の欲望や邪念にうち克った証しである。その結果大会で自己新が出れば己(おのれ)にうち克(か)つたことになるのだ。
こどもは理屈なしに選ばれし者にあこがれる。強化指定記録を破れば強化指定練習や指定選手だけが着れるTシャツがもらえるのだ(実際は買うのだが)。埼玉県で男女各100人くらいが毎年選ばれる(5、6年生の合計なので1学年なら男女各50人程度だ)。小学生にとって大きな自信になる。強化指定選手に選ばれるかどうかは、自分の努力だけの実力の世界なのだ。態度が悪いとか学業の成績が悪いなどで減点されることはない。埼玉はライバルに勝たないと選ばれないという条件もない。標準記録突破だけが唯一の条件である。
大会で12位でもベスト記録が出れば褒めてあげたい。1位でもベストが出ないと「もっと練習せい」と言わざるを得ない。小学生の内はスランプは少ない。練習すれば毎回ベストが出る。だから私はお気楽だ。「飛ばせ!」と吠えているだけだ。
明大ラグビー部の北島監督が言っていた「前へ!」という掛け声と同じだ。歳をとると主義主張は簡単なワードになるようだ。
その点、中学生以上のこどもを預かるコーチや先生の苦労は大変だと思う。私は指定選手に育て上げ、こども達が中学高校の先生の目にとまればいいと思っている。その後のこどもの将来は先生たちにお任せするだけだ。
無責任の物言いに聞こえるだろうが、日本の陸上界は、学校に陸上部がほとんどない小学生の時は民間クラブが受け持ち、毎日の練習が始まる中高の生徒らは学校の部活が主体、というのが実態だからである。そのためバンビーニのこどもたちが成長してオリンピックに出ても、小学生時代のコーチの名前は忘れられる運命にある。
私は入会時にこども達に決まってこう言う。
「オリンピックで金メダルを取ったら、その時NHKかCNNのカメラの前で必ず言ってくれ。『こうして金メダルを取ったのは小学生時代にバンビーニの入山コーチに出逢ったおかげです』と。その言葉を聞いて、泣きながら私はあの世に走り出す」
これまでうなずいたこどもは1人もいない。
第180回「お主も悪よのう」(2022年6月4日)
こどもの世界にも大人の世界のようにいい奴と悪い奴がいる。大人の目からするとすごくいい子に見える子も実は・・・という例がある。
ある日学童で物が無くなることがあった。勉強が終って、S子の消しゴムがなくなった。我々大人も探すが見つからない。ロッカーから皆のランドセルの中も見た。間違って入れることもあるからだ。しかし見つからない。時間がないので仕方なくあきらめおやつにした。2時間後遊びの時間中に見つかった。見落としか、でもそれは絶対にありえないのだ。道志村女児行方不明事件のように見つかった場所は何回も見た。見落とすことは考えられない。
第一発見者のY男は以前も同じように紛失したハンカチの第一発見者なのだ。偶然が重なったのか、そう考えないといけない。まずはこどもを信用するべきだ。誰かが置いたものを目ざといY男が発見したことは充分考えられる。しかし、誰かが置いたのだろうが、誰が置いたのか見た者はいない。証拠がない。学童に監視カメラがなかったことは不幸中の幸いだ。ビデオを見て犯人が分かることは辛いことだ。これだけ大袈裟になった(いやマネージャーは今後の為にわざと大袈裟にしたと思う)のだから、犯人は事の重大さはわかっただろう。願うことは二度としないことだ。
帰りの会でクイズをした。R男の行動に困惑する。問題を出すと2秒で手を挙げ答えを言いに来る。積極さは買うが、答えはいつも外れている。違うと言われてもすぐ他の答えが浮かぶらしく、席に戻るとまた手を挙げる。他の子は黙っているので仕方なくまた当てる。と今度はとんでもない答えを持ってくる。4回連続で手をあげるが、すべて外れだ。仕舞いにはマネージャーが「R男、出てくればいいと言うものじゃないわよ。ちょっとは考えなさい」と怒り出してしまう。折角の遊びが台無しになる。R男の独壇場となり、以降クイズはなくなった。R男の行為がわざとではないことを祈る。
ボールを取られると怒りが収まらず器具を蹴ったり叩いたり。自分をコントロールできない子がいる。T男は最初は石をけるくらいだったが、段々怒りが増してきた様子が見て取れる。するとバスケの支柱を覆っているマットを蹴り始めた。そのうち跳び蹴りになった。体が揺れ始め目がつり上がってく。これ以上怒って他の子を傷つけたり本人が怪我をしてはいけないのでずっとそばにいた。跳び蹴りに失敗して地面にひっくり返って動きが止まった。
そこでバスケで「私に勝てるか」ゲームを皆に提案した。私が後ろ向きでボールをバスケに入れる。こども達は自分の好きなように入れる。どちらが多く入れられるかというゲーム。皆の歓声で立ちあがったのでT男を呼ぶ。ボールを渡したら今までがなんだったのだというくらいニコニコしてやる。私が失敗すると大声で笑う。この手のこどもは気に入らなければ今後もキレる。家でも同じことが起きていると思うが、力で抑え込めなくなる高校生になっても治らなければそれは問題だ。それまでに心のコントロール能力をつけさせることが必要になる。
3人兄弟の末っ子で兄たちは後輩の面倒見がいい子であったため、3男もいい子だと思っていた。挨拶もきちんとできる。ある日のこと、外遊びの休憩時間に水筒のある場所に皆は戻ることになったが、その際最後に戻ることになったE男が、女の子たちが砂場で作っていた造形物を蹴って壊していった。私は見てしまった。休憩時間が終って何というかと見ていたら、泣いている女の子たちのそばで第3者のように様子を見ていた。その様子は放火魔が火事の現場で見ているようだった。
女の子たちがいないところで「E男、お前が壊していたのを俺は見ていた。なぜ謝らない」と怒ってもあっち向いてだんまり。私が前の方に回って目を見るが、さらに90度向いてしまい目を合わさない。「僕何もしていない」の一点張りだ。その後女の子に砂をかけた。弱い女の子にしかやらない。その時は捕まえてお尻ペンペンをしてやった。「ごめんなさい、もうしません」と泣く。開放するがそれが嘘泣きであったことは5分後にわかった。私がドッチボールの方に行っている間、また女の子に砂をかけた。女の子の訴えに事実確認はせずに追いかけた。“逃げるのだからそれが自白”だ。40分の外遊びの時間が終った。終わればそれ以上は追及しない。
お兄ちゃんたちがいい子でも3男がいい子とは限らない。教育は個人が基本であることを忘れていた。思い込みはいけない。母親が迎えに来ると「ママ、僕寂しかったよ。早くママに会いたかった」と甘えた声がしらじらしい。
「E男、お主も悪よのう」
第179回「あぁ~あ」(2022年5月28日)
雰囲気・物事に感じて、悲観の情を表す声(weblio辞書)
巨人阪神戦で巨人は甲子園で勝てないことが多い。「甲子園の雰囲気に飲まれる」とはサッカーなどでいう完全アウェイ状態であり、観客の応援にうまく阪神が乗っかている現象といえる。巨人の投手も3ボール2ストライクの場面では投げづらいと思われる。うなりのような応援が巨人の投手の身体を縛り付ける。阪神ファンは負けることを考えていないように思える。
一方東京ドームでは巨人にとってホームグラウンドなのだが、同じ場面で逆に凡打となることが多い。これは慎重派の巨人ファンが醸し出す「打てないのじゃないか」という球場全体の雰囲気がバッターの筋肉を委縮させてしまっている。その結果、東京ドームに響く声は「あぁ~あ」となる。この雰囲気は「気」であり、「気」が勝敗を分けていると言える。
風は大気の流れであり、それまで無風であった球場がダイナミックに動き、一瞬にして大風を吹かせる。甲子園ではその大気が阪神の選手に呼吸されることで、「打つ」という「気」が体内に充満し、力として働く。東京ドームでは巨人の選手の打つ活力を吹き飛ばしてしまっている。
ほぼ9割の阪神ファンの甲子園と30%のアンチ巨人の存在する東京ドームでは、球場内に漂う“ホーム球団が「勝つ」”と言う「気」の量が異なる。しかも巨人ファンの多くは阪神ファンのような熱狂的信者が少ないから“絶対勝つ”という「気」の質も大きく違う。だから一度動き出した「気」は一方的に傾きやすい。こうなると原監督でも手の打ちようがなくなる。
この「気」の存在は野球のような大掛かりなスポーツだけでなく、1人のテニス選手の様子からもわかる。
テニスの東レ・パンパシフィック・オープンでクルム伊達公子が観客のため息に激高した一件が波紋を広げた。スポーツニュースでも伝えられていたので多くの人が見ていたと思う。
2011年全米優勝のサマンサ・ストーサー相手に、第2セットのタイブレーク最初のポイントでダブルフォールト。観客から「あぁ~あ」と大きなため息が漏れると、クルム伊達が「ため息ばっかり!」とブチ切れたのだ。ほかにも、ミスした時の観客のため息に「シャラップ!(黙れ!)」と叫ぶなど、この日のクルム伊達は終始イラついた様子。今大会前、自身のブログで「観客がため息をつくと、やる気を削がれる」と訴えていた。そして当日ついに我慢の限界を超えてしまった。
観客に怒鳴ったことに対し「お客さんに対して失礼だ」と思う人もいるだろうが、これは伊達選手が観客の「気」に飲みこまれないようにしている証拠ともいえる。
28日の彩の国KID陸上大会を皮切りに小学生の強化指定大会がこれから順次行われていく。保護者の方はその際自分のこどもやバンビーニの他のこどもたちが走っているのを見て、段々抜かれていく姿に「あぁ~あ」と言わないでほしい。そう思っていると、「気」がその子のスピードをより減速させてしまう。バンビーニの戦術は単純で「飛ばせ」である。今日600mしか持たなければまた練習して次は700mもてばいい、その次は800mまでと延ばしていき最後のレースで1000mまで持てばいいと教えている。だから、今日後塵を拝しても、次の大会での進歩(どれだけ持つようになったか)を見てほしい。そうすれば最後の大会で洩れる声は「あぁ~あ」ではなく、きっと「おお~」となっているはずだ。
第178回「聞いてないよォ」(2022年5月21日)
孫が来年小学校に上がるのでランドセルを買うことになった。山形に住んでいるのでお金を送って済ませようと思っている。それにしても、黄色いビニールのカバーで覆われているランドセルを歯を食いしばり背負って帰って来るのを見ると、ランドセルは子泣き爺に見えてくる。
「お疲れさん」と声をかけると「このランドセル重いよ」と汗だくで話す。学校の玄関から200mくらいなのだが・・・まるで昔家に来ていた行商のおばちゃんのようだ。「どっこいしょ」といって家の玄関に60kgある竹かごを置き、かごを覆っていた黒い風呂敷をほどき野菜を売りに来るおばちゃんを思い出す。
体重60kgの人が4kgの荷物を背負うのと体重20kgのこどもが4kgのランドセルを背負うのでは、4/60(6.7%)と4/20(20%)の負荷の差すなわち3倍こどもの負荷が大きいことになる。学校の資料は持ち帰えらせ家で勉強させるという大人目線で物事を考えると、弱者のこどもにしわ寄せが行く。金曜日になると学校にある荷物をすべてランドセルに入れて帰るので金曜日は地獄のようだ。こどもに文句を言われるともっともだが、思えば行商のおばちゃんは110%の負荷だった。君たち、まだまだ人生は長いよ。上には上がいるのだ。
コロナ禍である今は仕方ないが、学童ではマスク着用が厳格に義務付けられている。着用していないのは当然だが、マスクが鼻から下がっていても注意される。少しぐらいと思うのだが、マネージャーは絶対にゆるさない。以前ここの学童が濃厚接触者になった子がいたため神経質になっている。鼻からマスクが常時落ちる子は決まっているが、ほとんどの子がちょくちょく落ちる。よく考えてみればマスクは1年生には酷なのだ。マスクの真ん中をいくら折っても引っかける鼻の高さが低い。また大人の鼻と比べて軟らかい。彼らの鼻は大人の岩山と違って脆い砂山なのだ。これでは落ちるのが当然だ。しかし、マネージャーは理解していても妥協はいっさいしない。戦時下の司令官である。この時期学童にはまだ戒厳令が敷かれている。
おやつの時間はその重点管理項目のマスクをはずさなくてはいけない。司令官は13分で食べろと命令を下す。距離は1.2mm離す。(*) お喋りは厳禁で、その命令を破るとおやつは取り上げられる。
おやつを13分で完食できるのはほとんどが3年生だ。1年生の大半は食べきれない。なんで遅いのかなと思ってよく見ると、変な食べ方をしている。歯がないのだ。歯が抜けている子が多いため、残存している歯でやっとの思いでせんべいを食べているので遅い。
奥歯が抜けている子は、残っている脇の歯を使って噛んでいる。その歯もぐらぐらしているのだから恐る恐る噛んでいる。上下がっちり残っている歯は少ない。おばあちゃんのように歯が全く無くなれば自然に歯茎で食べるのだが、中途半端に歯が残っている。大人は1度は通る道とばかりこどもの歯については全然気にかけない。若いのでせんべいをお湯につけて軟らかくする芸当もない。それを13分で食べると言うのは酷というものだ。
こども達の気持ちを代弁すれば、「聞いてないよォ」
*マネージャーの根拠とする指針
国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」
1.患者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった方
2.手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)で、マスクなどの必要な感染予防策なしで、「患者」と15分以上の接触があった方(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)
3.適切な感染防護無しに患者を診察、看護若しくは介護していた方
4.患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い方
が濃厚接触者に該当する
第177回「勝ち癖」(2022年5月14日)
学童での話。
1人6個のおはじきを争奪する“おはじきじゃんけん”を学童全員で行った。しかし、早々と6個のおはじきを取られたこどもがいた。6個取られるとゲームセットである。その子は見ていて負けるなという雰囲気が漂っていた。
案の定負ける。負けると親が死んだような泣き方(慟哭)でいつまでたっても涙が止まらない。身体中の水分がすべて涙で出てしまうのではないかと思えるほどだ。他のこども達は関わらないようにその子からスーと離れていく。
2年前にはジャンケンが大好きでいつもおやつの順番ジャンケン(グループの代表ジャンケン)にしゃしゃり出る3年生のK男がいた。ところがこの子がすこぶる弱い。
1人負けで早々席に戻っていくが、必ずくやしさで机の上で泣く。この子は顔を上げず静かに泣く。決勝まで残る場合も10回に1回はある。しかし、相手の意気込みが強く必ず負ける。決勝まで行ったのだから泣く必要はないと思うのだが、負けた瞬間涙があふれ出る。「泣くならもうやるな!」と怒るが、翌日また元気よく手を挙げる。懲りないのだ。2人負けで4番争いのじゃんけんとなったことがある。なんとか勝つと「イエ―」と席に戻りグループの子にハイタッチをする。5グループしかないので、皆は複雑な目で見ている。K男は気にしない。その時勝てばいいのだ。こういう子が大人になった時問題となる。
ヤクザが博打で誘うのはこういう男だ。最初に勝たせて大きく賭けて来た時にごそっと巻き上げるのだ。その時はショックでやらなくなるがその後「たった1回失敗しただけじゃないか」と自分で自分を慰める。今度は勝つと思い、また同じような展開で負ける。これを財産が無くなるまで続ける。いかさまをしなくても、素人に対してはヤクザは決して負けない。場数を踏んでいるからだ。もちろんヤクザにも勝負ごとに向かない輩もいる。しかし、ヤクザにはケンカに強い男がいる、女にもてる男がいる。法律に滅法強い男もいる。それぞれ役割りが違うが、その道のプロを擁しているのがヤクザ組織だ。
博打に向いている男は小さい時から“勝ち癖”を身に付けている。
つまり、勝負強い人間とは勝ち癖を持っている人間を言うのである。皆さんの周りにもいるでしょう、あらゆる勝負になんだかんだ勝ってしまう人。
しかし、勝ち癖がある人間も100戦100勝出来るわけではない。負ける時もある。しかし、ここぞという時には勝つのである。
野球ではかつて巨人に長嶋と言う選手がいた。首位打者をとっても3割3分だから3回に1回しか打たない。それでも巨人の4番として不動のものだったのは、勝負強い選手だったからだ。9回裏2死満塁、点差は1点、巨人ファンは固唾を飲んで打席の長嶋を見ている。ホームランは要らないがヒットを打ってもらいたい、ファンがそう思った瞬間、長嶋は1,2塁間を破るヒットを打つ。それまでの2回の打席は帽子を飛ばして三振しているのだが・・・
勝ち癖をつけるには小さな「成功体験」を積み重ねることが肝心だ。いきなり高いところを目指そうとすると、当然上手くいかない。まずは「最終的なゴール」を決めて、そこに至るまでの道筋を細分化し、「小さなゴール」をいくつも決めて、それを達成していく。
バンビーニでは6年生になって1000m3分を切れといった目標を課すが、4年生ではまずは1000m3分30秒を目指させる。5年生になったら3分20秒、6年生の春になったら3分10秒とステージを上げていき6年生の秋の大会で3分を切るのである。
これはそんなに難しいことではない。最初は気負わずに「小さな勝ち」を取りに行くのだ。練習の際バンビーニで一番速い選手を抜くことだ。インターバル20本のうちのたった1本だが、その「小さな勝ち」の積み重ねが「大きな勝ち」を生み出し、勝ちの「良い流れ」に乗ることができる。そうやって「成功体験」を積み重ねることで、自分に自信を付けることが出来る。それが「勝ち癖」を付けるということなのだ。
また、組織の世界で「くせ」というと、それは組織に属する人々が当たり前だと思っている感覚のことを指す。
バンビーニという組織の中でこども達が無意識のうちに共有している価値観や雰囲気は「最初から飛ばす。800mまでもたなかったら次は850m、900mと延ばしていけばいい、そうすれば記録は出る。練習では一番速い仲間に1回勝つことを目指す。勝てたら次に2回勝つ・・・こうして切磋琢磨していけば皆指定選手に成れる」だ。
これがバンビーニの“勝ち癖”というものである。
176回「犬笛」(2022年5月7日)
1年生のお世話で部屋を動き回っていたら「イリ、お金頂戴」とこどもに言われ「何で?第一お金なんかあるわけないだろう」と言い返したら、ニヤッと笑ってズボンのポケットを指差した。手を突っ込んでみるとお金があった。スーパーで買い物をしたが小銭入れがないのでズボンのポケットに入れ学童に出勤、しばしお金のことは忘れていた。自分で持っていてもジャージだと硬貨がすれた音がわからない。それでもこどもは硬貨が2枚以上あれば聞き分けることができる。他の金属音と硬貨音も区別できるみたいだ。
さらに、リックに入れた携帯電話のメールの小さな着信音が聞こえるのだ。仕方ないので振動モードにして入れておくが、彼らは振動音も聞こえる。彼女から?警察からかな?などと勘繰りうるさい。
蚊が飛んでくると私に助けを求めてくるが、私には見えないし聞こえない。私のこどもの頃遊んでいた綾瀬公園では、若いお兄ちゃんたちがたむろするのを追い払うためにモスキート音を流したら効果があったと聞いている。
こども達は小さな声でマスク越しで会話している。どうして、どうして聞こえるのだ?私には聞こえない。笑っているから通じ合っているのだろうな。私はこどもと話をしている際、小さい声を聞こうとして頑張っている時は、なんとかいくつか単語が聞こえるが、「もうダメだ。わからない」と心の中で諦めた瞬間、その後の言葉は音としか聞こえない。皆さんもいつかわかるようになる。
ゲームのUNOでは小声を利用してズルをされる。後ろに回って私の持ち札を仲間に知らせている。小さい声で言えば聞こえないと分かっているからだ。彼らは私がもっていない色ばかりを出してくる。ドロー4(フォー)という強力な武器が1枚ある事を知らせているので、私のドロー4のカードが出るまでこども達は自分のドロー4のカードは出さない。ドロー4のカードを出すと次の人は4枚カードを引かなければならいが、スタック(ドロー4返しの積み重ね)をすると自分はもらわずにそのカードがない次の人が8枚もらうことになる。つまり私がドロー4のカードを切るまでこども達は我慢する。私が切った瞬間、こども達は一斉に自分の持っているドロー4のカードを切ってくる。私が1枚しかないことを知っているから安心して切ってくる。結局私は自分で勝負して12枚のカードを背負い込んでしまった。
先日水曜日、バンビーニの練習があった。スタートの位置まで歩いていくことになった。R男とK男が会話をしながら20m先を歩いていたので、夜だしわからないだろうと我慢していたおならをした。すると2人は即座に振り向き「コーチ、今おならしたでしょう」とニコニコして寄ってくる。「いや、してないよ」ととぼけても、もう彼らの顔が確信に変わっていた。無口のK男は身体が震えている。顔を見るとくしゃくしゃに笑っている。逃れられないなとなかば諦めた。
「聞こえたか」「うん、はっきりと」「そうか、それはおならじゃなくって『祇園精舎の鐘の声』だ」「なにそれ?」「『諸行無常の響きあり』ということだ・・・誰にも言うなよ」「うん、だ~れにも言わないよ」とR男は「デヘヘへ」の笑顔をした。ダメだこりゃ、R男のイントネーションも「だ」と「れ」の間が無駄に長かったし「言わないよ」の「わ」が上に丸くつりあがっていた。こういう時は絶対に喋る。ここで話さなくても家に帰ってから喋る。間違いない。これでまた威厳が無くなった。きっと来週からは殺人の現場を見られた犯人のような気持ちで接することになるのだろう。
それにしても、こども達は2人で喋りながらなぜ偶然の音に気づくのだろうか、こどもは犬と同じ聴覚を持っているとしか思えない。これまで400mのトラックでは、200mのスタートは、周りに迷惑のかかるホイッスルではなく手を振ったり帽子を振ったりして合図していた。しかし、今後は犬笛を吹いてスタートさせようかと真剣に考えている。
第175回「生存者バイアス」(2022年4月30日)
人は先入観や偏見をもつことがある。東北弁を話す人は素朴で、関西弁を話す人はうさんくさいと色眼鏡で見てしまうのはその典型だ。先入観や偏見は多くの場合は取るに足らないものだが、これが国家や企業などが計画を作ったり分析をする場合に現れると、その結論は危険なものとなる。
「生存者バイアス」という言葉がある。
「バイアス」とは多くの場合、「偏りを生じさせる何か」を意味する。例えば「評価にバイアスがかかっている」と表現した場合、「評価者が持つ先入観や偏見が影響して偏った評価がなされている」ことを意味する。
第二次世界大戦中、爆撃機の生存(帰還)確率を上げるため、戦場から帰ってきた爆撃機の被弾の痕をアメリカ軍が調べたところ主翼や尾翼などの特定の部位に集中していた(図はウイキペディアより引用)。
この結果を見て、軍部は「被弾の痕が集中している部位のボディを強化しよう」と提案した。しかし、統計学者のエイブラハム・ウォールドは、これに異議を唱え「むしろ、被弾の痕が無い部分のボディを強化するべき」と提案した。
軍部は、戦場で生き残って帰還した爆撃機の状態を基準に対策を練った。一方、ウォールドは、戦場で生き残れなかった爆撃機の状態を踏まえることで、致命傷を避けられるとした。
つまり、彼は帰ってきた爆撃機の被弾の痕が無い部分をもし撃たれたら、帰ってこれないような致命的な損傷につながるのではないかと考えた。軍部は墜落した飛行機を探すのは大変だ、大なり小なり帰還した飛行機と同じでそれ以上に撃たれたから墜落したとした。その結果、生存したもののみを基準に判断を行い、生き残らなかったサンプルを除外して結論を出す。すなわち、生存者(帰還した飛行機)だけで判断するという(「バイアス=先入観、偏見」がかかっている)軍部の過ちを指摘した。
ここまで極端な例を出さずとも身近にも「生存者バイアス」の例がある。いろいろなスポーツで実績のあるコーチや監督が、たびたび体罰の有用性について主張することがある。彼らの主張は、おおむね「実績のある選手はみな、体罰を受けて成長した」となる。
しかしこの主張は、体罰が日常的におこなわれたその集団の生き残り(生存者)にしか目を向けていない。活躍できる才能を持った選手が、体罰によって芽を摘み取られてしまった可能性を無視している。彼らは最後まで部活を続けず辞めてしまうか、辞めなくともやる気をなくしてしまっている。もし体罰をせず指導していれば・・・
もうすぐ5月だ。バンビーニでも新規入会する子もいるが辞めていくこどももいる。強化指定選手に成ることを最終目標にしていることは、HPにも記載しているし入会の時に説明しているのでこの前提でバンビーニは練習している。
こどもは誰もが指定選手になれる可能性を持っている。しかし、実際にはバンビーニでは4割の人間は強化指定選手になっていない。小学生の時はつきたての餅のようにどんな形にもなれる。その4割の人間をどう育てるのかが問題だ。鏡餅のようになってからでは遅い。
ラストスパートに生きがいを感じているこどもがいる。平均ペースで走る子もいる。しかし、バンビーニではこの走法を封じている。埼玉県の陸上の方針が強化指定選手育成にあるのだから、記録をクリアすることが必須である。そうでなければ指導する中学高校の先生たちに気づいてもらえない。記録を出すためには最初から飛ばすということが必要であり、これが当クラブの原点だ。
しかし、我々大人はこれまでの経験から知らず知らずに偏った独自の発想に陥っていく。いったん形成されると誤りに気づき、正していくことは至難の技となる。
強化指定になれたのは人一倍の練習をした各自の努力の結実なのだが、練習メニューや運営の仕方が強化指定選手になれたとコーチは思いたい。しかし、強化指定選手に育った子どもたちと同じ練習メニューを実行しても、残りの子に効果がなかったのはなぜだったのかという疑問が生じる。塾のせいなのか、自主練をしなかったからか、逆に過剰な自主練のせいなのか、兼用している他種目の運動のせいなのか、はたまた私の性格や指導方法を嫌ってのことなのか、辞めていったこどもたちに聞きたいところだが、小心者の私には追いかけて聞く勇気がない。
第174回「記憶術」(2022年4月23日)
兄弟姉妹で同時に入る子もいるため、バンビーニのこども達は苗字ではなく名前で呼んでいる。今年の特徴はラ行う段の「ル」から始まる名前の子がたくさんいることだ。ルリ、ルイ、ルキ、ルナ、ルル、覚えるのが大変だ。最初は一種のあだ名で覚えることにしている。例えば、ルルは3人きょうだいの3番目に当たるので「ルル3錠(三女)」と覚えている。しかし、この覚え方は薬のCMを知らないこども達にはまったくウケない。
「たいが」と呼ぶと同じ名前の子が2人いる。ある時、生意気な方の子が「どっちのたいがよ?」と質問することがあった。「いい男の方だ」と答える。皆納得。しかし、よせばいいのに学童でもやってしまった。ある日「こはる」と呼びかけた。いつも小うるさい女の子が「どっち?!」言い方もカチンと来たので「可愛い方のこはるだ!」マネージャーにこっぴどく怒られた。
バンビーニではタイムや順位などが人物についてくるのでさほど苦労せずに名前は覚えてしまうが、学童のように安全安心な場をつくるだけの集団だとよっぽど個性的でないと名前は覚えられない。大人しいあるいはいい子だけだと私の印象には残らない。
こどもの名前は、通常次のようなことをきっかけとして覚えることが多い。
(1)変わった名前かなつかしい名前
学童でも名前で呼ぶことが多いので苗字は関係ないのだが、本人が強く苗字を強調するので覚えてしまった。「僕の名前は“えのきぞの”Yです」確かに「えのきぞの」は人生初めてであった。社会人のときには「大王丸」という人がいた。この人には名前ではかなわない。取引先の人は絶対に彼の名前は忘れないし、おもしろがって積極的に名刺をもらおうとしていた。私のような入山という名前では所詮先祖は「木こり」か「またぎ」と想像されてしまう。取引先の人にとっては単なる“路傍の石”的名前だ。だから、覚えてもらおうと自然に多弁になった。
バンビーニには女の子に「○○子」という名前の子がいない。学童には唯一「やえこ」がいる。なつかしい名前なので忘れない。一方「△△男」はバンビーニにも学童にも1人もいない。昔はクラスの1/3が△△男だった。私だって“まさお”なので親父のような偏屈な人でなければ「政男」になった可能性が高い(実際は「政夫」)。同級生に双子の兄弟がいた。名前は「一男(かずお)」と「次男(つぐお)」だ。我々は「カズ」「ツグ」と呼んでいた。いまから思うと双子という条件下では安直な名前だった。こどもの時は凄いなぁと思った金太郎、銀次郎、銅三郎の3兄弟もいいかげんな付け方だった。昔は父親が真剣に画数や言われや吉兆の漢字などに無頓着な家が多かった。8人の兄姉の後、祖母は末っ子(その時は)として生まれ、これ以上増えないようにと「とめ」という名をつけられた。しかし、父親の願いに反しその後弟2人が生まれた。
「大次郎」「拓蔵」など昔風の名前はすんなり頭に入る。
内緒で言葉遊びもしている。ここにはネネという速い女子中学生と漫才の中川家のお兄ちゃんに似ているジュンという3年生の子がいる。私はいつも好んで「ジュンとネネ」と続けて呼んで1人ウケている。私の若い頃の女性デュオ「じゅんとネネ」の響きと重なり、なつかしく思えるからだ(バンビーニのジュンは男の子だが、まもなく活躍をお見せできると思う)。
(2)怒っても離れないこども
学童ではいつもちょっかいを出してくる子やズルをする子を怒るが、まったく懲りない。時々頭に来て懲らしめ泣かしてしまうが、それでもまた寄ってくる。飼い猫のようにまとわりつく。喧嘩しても大人同士の世界と違い「二度と口をきかない」ということはない。「トムとジェリー」の関係がまた心地よく、表の態度とは違って「また来ないかな」と思っているくらいだから、自然と覚えてしまう。
(3)問題児
リョウタという子が中学に入ったので学童に挨拶に来た。昔はちょっとした問題児で道路でカードゲームを仕切ったり、煙草を吸うモノマネが板についていたり、女先生達と取っ組み合いのケンカをした。お母さんも閉室を5分過ぎた19時05分に「セーフ」といって入って来たり、息子のことを報告すると自分のこどもを守ろうと異常に熱くなるタイプだったが、そのお母さんも落ち着いてきた。あの頃は苦しかったのであろう、2人で犯罪を犯すのではないかと心配するくらいだった。どんなに問題児でもいや問題児であったからこそ礼儀正しく成長する姿にほっとする。お母さんにそっくりな顔をした「りょうた」はお母さんと共に忘れることはない。頑張れ、リョウタ!
第173回「初年兵と1等兵」(2022年4月16日)
学童は新1年生が入学して2週間が経った。今年は1年生と2年生で35人を超えたため、評価点が低くなる3、4年生で残れたのは4、5人であった。
2年生は新一年生に学童の玄関から外遊びの校庭までの行き帰りを教える。リーダーは積極的に手を挙げたK男となった。K男は曲がったことが大嫌いでルールを厳格に適用する。お喋りは厳禁、列の曲がりもゆるさない。曲がっていると走って行き注意をする。まるで羊を誘導する牧羊犬のようであった。
R男は外遊びの際ケンカしている1年生に「H男が言うのはわかるが、ここはそうじゃない、僕は○○と思うんだ」と諭していた。つい最近まで「抱っこ!」の男の子だったのに・・・こどもは成長するものだ。彼らは過去先輩たちの行動を見ていた。今度は僕らの番だと自覚してきたのだと思う。
K男が私のところにやってきた。「イリ、ちょっと聞いてよ。S男(新1年生)が僕に対して『黙ってて』と言った。先輩の僕に対してだよ。失礼だと思わない。怒ってやったよ」と訴えてきた。
「えっ」と思わず言ってしまった。「先輩」「失礼」などという言葉がK男から出て来るとは思わなかった。以前私が彼に何回も言った言葉だ。半年前までの君の行動を思い起こしてみたらと言いたくなるが、言葉の意味はわかっていてくれていたようだ。
こうしてあらゆる場面で1等兵に昇進した2年生が初年兵である1年生を教育し始めている。
マネージャーのほめるテクニックも1等兵の行動を後押ししている。皆が騒いでいる時に「静かにするよ」と言った2年生の子に「S君えらいね、皆に注意してくれた。皆もルールは守ろうね」と褒めた。
しかし、こどもは機を見るのに敏である。それからは少しでも喋るとあらゆる子が「静かにするよ」と大声をあげる。皆が我負けじと注意するものだから「そっちのがうるさい!」と私は心の中で怒鳴っている。
名前で注意する子も出てきたが、言った者勝ちである。寸前まで自分がうるさかったのに場の雰囲気が変わってくると「○○くん静かにして!」という。途端に自分の方が上位の立場になる。言われた方はとんだいいがかりである。注意をした子は顔もきちんと「怒り顔」になっているし「呆れた奴だ」の顔になるのだからたいしたものだ。しかし、意地悪から出てきた行為ではない。機を見るのに敏なこどもの特性が感じられる行動である。
一方新1年生側では変わった子が入ってきたので波風が立った。その子は体が大きい。背も横幅も大きい。関脇のような体格だ。
女の先生だと弾き飛ばされてしまう。校庭では砂を持ったり石を持つこともある。まだ同級生とはケンカしていないようだが、多分誰も勝てないだろう。2年生でもやられてしまうに違いない。だが、問題は体ではない、A男の口の利き方にある。外遊びにいったとき女先生に「ばか」とか「くそ(ババア)」とか言った。初年兵は口の利き方、正しい行動を教えなければならない。幼稚園とは違うことを厳しく教えなければならない。
天から黄門様の声が聞こえたような気がした。「イリさん、懲らしめてやりなさい」と。仰せのとおり砂場で懲らしめてやった。悔しかったのだろう、砂場で大の字で涙を流しながらしばらく空を見ていた。
学童に帰ってきて遊びの時間になぞなぞをした。J子が「パパやママにはなくておじいちゃんやおばあちゃんにあるもの、な~んだ?」と問いかけてきた。
「しわだ」と自信を持って答えた。「違うよ・・・わかんない?答えは『くそ』だよ。くそじじいやくそばばぁとは言うが、くそパパやくそママという言葉はない」とJ子に鼻で笑われた。
言われてみるとそうだな。私も女先生も年寄だからAの表現はまんざら的外れな言葉ではなかったのではないか、少なくとも懲らしめるほどではなかったのではと自戒の念が湧いてきた。
第172回「ステップアップとステージアップ」(2022年4月9日)
私が高校生の頃、陸上の大会は城東支部、東京都、関東大会、インターハイと上がってくシステムだった。2年生までは東京都大会でライバルとしてきた同級生がいたが、その子が東京都大会で3位入賞し関東大会、インターハイと進んだ。その子とライバルだった(東京都大会は7位)のに翌年はまったく歯が立たなかった。今から思うとその子はステージアップしたのだ。私はステップアップしていたのだがステージアップの人間には勝てない。このようにステップアップとステージアップは大きな差があるのだ。
バンビーニで教えた選手で凄い子はたくさんいるが、S子のステージアップは特筆する。
S子は2019年まではA子に歯が立たなかった。しかし、2020年コロナ禍の中大会数はほとんどなくなったが、休まずに練習をして追いついた。バトミントンに関心が移ったA子とはその後4ヶ月で劇的に力の差をつけた。S子は2021年3月27日以降ステージアップをしたと言える。それは練習態度にも現れ、サボる子に同調しなくなった。サボる人間を積極的に諭すことはしないが、我関せずの態度で押し通した。2022年3月27日には1000m3分18秒70まで記録を伸ばし卒業していった。
惜しむらくはA子で、血統的にもスピードを持っていたので、S子と続けていたらS子より先に指定をとっていたと思われる。もっと練習に関心を持たせる工夫をしてあげればよかったと反省している。
2019年 |
2020年 |
2021年 |
|||||||
9月22日 |
2月5日 |
3月27日 |
|||||||
1000m(草加選手権) |
400mx5インターバルの一環 |
1000m(越谷選手権) |
|||||||
A子 |
4.01.69 |
A子 |
1.35 |
1.45 |
1.41 |
1.37 |
1.44 |
A子 |
3.36.31 |
S子 |
4.14.57 |
S子 |
1.38 |
1.49 |
1.46 |
1.48 |
1.47 |
S子 |
3.27.08 |
|
3月11日 |
|
|||||||
400mx5インターバルの一環 |
A子は3月から |
||||||||
A子 |
1.43 |
1.43 |
1.43 |
1.37 |
1.30 |
バトミントンへ転籍 |
|||
S子 |
1.46 |
1.45 |
1.46 |
1.37 |
1.42 |
|
|||
9月9日 |
|||||||||
400mx5インターバルの一環 |
|||||||||
A子 |
1.29 |
1.30 |
1.39 |
1.43 |
1.40 |
||||
S子 |
1.29 |
1.31 |
1.33 |
1.36 |
1.39 |
||||
11月28日 |
|||||||||
1000m(日清カップ) |
|||||||||
A子 |
3.48.88 |
11月以降A子練習頻度激減 |
|||||||
S子 |
3.43.39 |
この子がステージアップしたと感じるようになったのは、タイムだけではない。その態度振る舞いにある。以前にも書いたが練習がまじめで“速くなりたい”の一心で自分を変えようとしていた。
人間は人生の節目や事故、事件、病気、受験などで自分を変える衝動に囚われるものだ。それを実践すると物の見方や好みが激変する。
例えば、今までずっと彼氏がいなくて友達と遊ぶことを人生の楽しみとしていたとする。しかし、大学に入って突然彼氏ができた。会う時間は減ったけど、友達は応援してくれているし話も聞いてくれる。でも、なんだかしっくりしない。…昔は好きなものや選ぶものも一緒だったし、行きたい場所も同じだったのに、なんでだろう?
自分が出す周波数が変わったために、友達と見ている世界が少し変わってしまったのだ。似たような波動域にない人とは繋がることが難しく、話をしていても「言葉は通じるけど、会話ができない」状態になり、ついには会うこともなくなってくる。
今までは仲間だと思っていたのに、急にキラキラし始め別の人のようになってしまった場合、周りの人は居心地が悪くなって今までのステージに引きとめようとする。所謂ドリームキラーと呼ばれる人たちがいる。この手の人間に係ってはいけない。
人間ステージが上がると、過去に大好きだったものに興味がなくなる可能性がある。波動が上がる場合、自分の視野は広くなる。そのため、選択肢が増え、過去好きだったものがそんなに魅力のないものに見えるようになることがある。いま好きな韓国のアイドルグループはあと5年で忘れるよ(これを言うと皆怒るだろうけど・・・)。
中学校は小学生だからでゆるされたことも、中学生になるとゆるされない半大人社会だ。陸上においてもステージが3つも4つも上の先輩をみることになる。だからこそ、自分自身のさらなる変化を必要とする。人生が次のステージに進もうとしているのに、そのサインを無視すれば、成長はストップする。チャンスに後ろ髪はない。しかし、チャンスが何なのかわかる人間は稀である。
これからは脱皮して大きくなる蝶のように振る舞えるかどうかが問われることになる。
第171回「模倣犯」(2022年4月2日)
小学生は友達と同じキャラクターグッズを集めたり、同じアイドルグループを追いかけたりする。友達と同じ靴を履いたり、給食を同じ順番で食べようとするなど、こどもの「友達の真似」に悩む保護者は少なくない。独創性がないとか個性がないとか。しかし、ご心配なく。
心理学の有川教授は「周囲の行動を真似るのは成長の過程」だと言い、「真似」が子供の成長において重要なものだとしている。
周りの人たちの動作を見て真似ようとするのは、周囲を見ている・関わろうとしているということ。社会性を身につけようとする健全な成長で、むしろ、その子の個性や独創性は周囲の「真似」の積み重ねによって成り立っている。
たとえば、隣の子と同じ絵を描いてみようと真似ることや、ごっこ遊びの中で友達と同じキャラクターを演じること。そんな「一度おなじことをしてみよう」という体験が積み重なって、「自分はこうしてみよう」という発想がわいてくる。
逆に「まったく真似をしない子どものことも、気にかけてほしい」と有川教授は言う。子どもの「真似」が成長に欠かせない過程である、ということは、子どもがまったく「真似」をしない場合は対人関係や発達に困難を抱えているケースがあるとしている。
陸上の世界でも模倣はちょくちょく起こる現象である。次の写真を見てほしい。
柔軟体操で開脚して左足に体をつける練習だ。他の選手は体を左足に倒しているが、A男とB男は右足に倒している。A男とB男が間違っているのだが、状況はA男が人の話を聞かないタイプ、B男はA男に一目を置いている。B男は無条件にA男に従う傾向にあり、A男と同じように行動することが多い。左からと言っても必ず何人かは右足からやる子がいる。印西のかけっこ教室のように全く知らない者同士でもこどもは比較する人間がいるようである。その子が間違えると数人の人間が間違える。コーチの言うことより自分が意識するこどもの真似をする。
強い選手の走り方を真似るこどもがいる。何が良くて何が悪いかは本人はわからない。ただ彼が速いということだけは事実なのだ。まずは同じ走り方をすれば速くなるというのは自然な考えである。自分なりに彼の特徴をとらえている。我々コーチから見ると矯正しようとするところまで真似てしまうことがあり、どんなに速い選手でも悪い点は皆の前で指摘している。それは速い選手を教育すると同時にこれから真似ようとするこどもにも注意を喚起している。
しかし、いいことばかりでなくサボることも真似をする。バンビーニでは「トイレ」というワードが重要となっている。足が痛いとか気持ち悪いとかで休むことはあまり許されない。ただし、「トイレ」と言えば「仕方ない。皆の前で漏らしてしまうのは本人がひどく傷つく」と思っているので、簡単に許可してしまう傾向にある。こどもたちはこの様子を見ているので、苦しくなると「トイレ」となる。模倣犯を地でいっている。だからインターバルでは1本どころか2本も休める。強くなりたい子はこのような行動はとらないが、目的がはっきりしていない子に多い。
家庭内でも「真似」がある。次男は長男の真似をする。しかも何がダメで何んだったら許されるのかをじっと見ている。父親が怒るのはどういうときか、褒められるのは何をした時か、そしてそれを見て自分はうまく家庭内を渡ってる。
意味があるのか疑わしい行動も真似をする。大会で100m種目の場合ほとんどの選手は大地に一礼してスタートラインに着く。スタブロの足を置く前にジャンプする選手もいる。100mではスタートが最大の注目点で、短距離選手は先輩たちの一挙手一投足を注視しているからだ。誰かに教わったわけではないしコーチが指導したわけではない。長距離の選手はこのような形はあまりない。
こどもにはよい手本(先輩)がいれば全体がアップする。長距離の集団的効果は練習の際、速い子の戦術(走り方)やラストスパートをするタイミングなどを学ぶ、有効な真似のできる環境を提供していることである。
第170回「大人の童話」(2022年3月26日)
学童の“帰りの会”で、童話の「浦島太郎」を朗読した。
浦島太郎の話は、おじいさんになってしまう玉手箱をなぜ乙姫様は渡したのだ、という疑問が小さい時からある。その日は考え過ぎて夢を見た。「大人の童話」を朗読している自分がいた。
時は昔、出だし中盤は同じなので割愛、後半も似たようなもので省略。大人の童話は終盤から話が始まる。
「一度ふるさとに帰って両親に会ってきたい」
乙姫様はそれを聞くと、私より両親が大切なのかと内心怒ったが、したたかな女性なので、その心を抑えて言った。
「この玉手箱を大事に持っていてください。そうすればまた竜宮城に戻れますよ。それまでは決して(あなたが自分で)この箱を開けてはいけませんよ」。
太郎が亀の背に乗って村に帰ると、自分の家はおろか村の様子がすっかり変わっていて、太郎の知っている人が一人もいなくなっていた。村のおじいさんに昔のことを聞いた。「ここの1人息子は釣りに行って行方不明になり浦島家は途絶えたらしい。その親が死ぬとき家や土地や家財を村に寄付したそうだ。太郎が帰ってきたら面倒を見てくれとな。しかし、戻らなかった。そのため100年経って記念に建てたのがその人の墓だ」という。
浦島太郎が竜宮城で過ごしているうちに、地上では300年も経っていたのだった。困った太郎は、玉手箱以外にもらったお土産を少しずつ売って生活の糧にした。そこそこのお金になった。ある日、噂を聞いた女が尋ねてきて一夜を伴にした。女は太郎が寝ている間に玉手箱を盗んで逃げようとしたが、玉手箱の中身を見ようとした途端白い煙がモクモク・・・女の姿はおばあさんになった後消えてしまった。猜疑心の強い乙姫様は太郎の浮気はゆるしてもその相手は絶対にゆるさないのだ。玉手箱はそもそも女の化粧箱で女性なら興味がない者はいない。だから太郎に近づく女は必ずさわると乙姫様は読んでいた。玉手箱は浮気防止器だったのだ。翌朝起きた太郎は女がいなくなったことに気づき、転がっていた玉手箱に蓋をしていつものところにしまった。
数日後太郎が借りていた家に強盗が入った。「やい、お前は骨董品をもっているそうじゃないか、ここに出せ」という。怖くなった太郎は玉手箱を差し出した。強盗が蓋を開けると白い煙がモクモク・・・強盗はおじいさんになった後消えてしまった。太郎は驚き急いで玉手箱の蓋を閉めた。玉手箱の煙は消えてなくなる効果があるらしい。警戒心の強い乙姫様は太郎をないがしろにする者は許さないのだ。玉手箱はそのための武器のようなものでもあった。
しかし、逆に太郎はそんな恐ろしいものはいらない、売ってしまえと骨董商のところに持って行った。しかし、骨董商は品定めのため、必ず玉手箱の蓋を開けるのだ。そのたびに骨董商は消えて行ってしまい、取引が成立しない。ほとほと困り果てた太郎は、こんな状態なら玉手箱を開けて自分も消えようと思った。自殺しようとしたのだ。
ただ、消えるのを目の前で何度も見て来たので、小心者の太郎は腰が引けて少しずつ開けた。そのためかかる煙の量が少なくなってしまい、太郎はおじいさんまでで煙はなくなってしまった。
一度死にかけた人間は生にこだわる。
しかし、おじいさんでは働くこともできない。蓋は鼈甲で装飾されていたため、それだけでも価値があった。太郎は転がっている蓋を売ってたくさんのお金をもらった。蓋を売ってしまったので、白い煙も溜まらず、消える心配はなくなった。箱の中には真ん中に大きな真珠がほどこされていた。これを引っ張ってとった。この真珠を売ればさらに家一軒買える。死ぬまでは困らないであろう、そう思うと明日売ることにした。
寝ていた時、暗闇で真珠のあった穴から光が出ていた。その穴を覗くと300年前の亀を助けている若者がいた。しかし、よく見ると亀をいじめている少年の1人は自分であった。亀を助けた男も成長した自分であった。見方を変えると村に戻った時に最初に話しかけたおじいさんは今の自分であった。そこは時空の中を駆け巡っている自分が見えた。
真珠を売りに行く途中、竜宮城に行くことになったあの海岸に立ち寄った。「乙姫様はどうしているのかな」とふと思った。でも玉手箱はなくなったので帰れない、そう思った時亀が陸にあがってきた。自分の前まで進んで来ると亀は乙姫様に変身したのだ。「さあ、ご両親も亡くなられたし、今度はずっと私と一緒にいれますね」「うん」太郎は頷いてしまった。その途端、太郎は鶴になり気持ちも体力も若返った気がした。乙姫様も亀の姿に戻り鶴を上に乗せ竜宮城に向かった。
なぜ竜宮城というのか、それは乙姫様の前の夫が竜だったからだ。今度は鶴だ。鶴にちなんで竜宮城を鶴ヶ城と改名した。名称などは乙姫様にとってはどうでもいいことなのだ。なぜなら、もともとはシーパラダイスというテーマパークだったのだから。
鶴は千年、亀は万年という。
めでたい言葉だが、よく考えると、乙姫様は1万年の寿命、鶴になった太郎の寿命は千年なのだ。長い時間を過ごすことになるが、700年後乙姫様はそわそわし始めるであろう。そう、乙姫様は太郎の死後、あと8人の男と生活を伴にする計画になっている。太郎はそのことを知らないのだ。1万年の時間をどう飽きずに過ごすかが乙姫様の重要な問題なのだ。
そもそも乙姫様は御伽草子の作者がつけた名前であり、本当の名前は「貶め(おとしめ)様」なのだ。
第169回「リンゲルマン効果」(2022年3月19日)
20世紀初頭「人間のサボりのしくみ」をドイツのリンゲルマンという農学者が「綱引きでの牽引力を測定する実験」で解明しようとした。
その結果,1人だけで綱を引いた時の力を100%とすると、2人で引っ張ると1人当たり93%、3人では85%、8人では半分になってしまうことが分かった。
これにより、「集団で作業を行う場合、メンバーの人数が増えれば増えるほど1人あたりの貢献度が低下する」という現象が確認された。
人が増えると無意識に手を抜くこの心理現象が、「社会的手抜き」あるいは「リンゲルマン効果」と呼ばれている。
そのしくみはこうだ。
他にも参加している人がいる場合、「何も自分が頑張らなくても誰かがやるだろう」という共同作業の落とし穴に落ちてしまう。昔、祭りで神輿をかついでも私はぶらさがっているだけだった。それでも神輿は動いた。
また、他の参加者が有能である場合、自分が努力してもその成果はあまり目立たない、「そんな中で努力しても報われない」と考え、手を抜くというケースもある。
逆に、他の参加者が不熱心な場合、「自分一人頑張ってもバカらしいのでサボってしまおう」と考えるケースなどもこれに該当する。
2015年には、NHKの番組で、リンゲルマン効果を検証するため綱引きのプロである「綱引き連盟」の人たちに同じ綱引きしてもらった。この場合1人→3人→8人と試してみても、一人あたりの力は全く低下しなかった。リンゲルマンの実験にランダムに参加した人間と比べ、綱引きに対する意識が違っていたからだ、と容易に想像できる。
NHKは無差別に集めた学生に手抜きさせないためにはどうするかと考えた。そこで、応援のチアリーダーを投入したところ、1人の時と同じ力が発揮された。社会的手抜きが消えたのだ。
NHKではさらに一捻り加えた。別の学生のチームに対して、「特定の一人だけの名前を呼んで応援」するというものだった。その結果、その応援された一人の部員だけは手抜きをせずに頑張ったものの、他の部員はさらに手を抜いてしまうという結果となった。
この実験の教訓は、こどもたちが集団の中でも手を抜かずに頑張るには、自分のことを見てくれている誰か、応援してくれている誰かの存在が必要不可欠ということだ(もっともこれはこどもだけでなく大人にも当てはまるが・・・)。こどもの気が散るからといって見学を控えてもらうクラブもあるが、バンビーニでは保護者の存在を必要としているし、コーチの声掛け(褒めるだけでなく怒ることも)はさらに必要だと考えている。
「練習課題を魅力あるものにする」「その集団に属していることへの魅了を高める」といった工夫も、社会的手抜きを防ぐ効果がありそうだ。
バンビーニでは通常長距離を年齢・実力によって3つの集団に分けている。一度ある子をAクラスにあげてみたら前のクラスの方がタイムがよかった。下げてみたらAクラスの最下位のこどものタイムより速かったという不思議な現象が起きた。
上げた時モチベーションは上がるのか、ランクを下げたらどうなるか、今後その効果を科学的に解明したいと思う。この場合こども1人ずつの個性が影響するのだろうと予想される。また、練習内容によってグループ分けの変更も行ってみたい。それは「練習の課題を魅力あるものにしたい」し、「バンビーニのAグループに所属していることの魅力を高める」ようにもしていきたい。
あまりにもタイムにバラツキの多いグループ分けはあきらめるこどもも出てくるなど非効率的な面がある。同じようなレベルで構成されるグループ分けの方が伸びると思っているが、同じレベルだとリンゲルマン効果が表れるが、この場合少し速い選手を1人入れることで手抜きを避けることができると考えている。綱引きとは違った「長距離走の集団効果」を引き出し、いつの日かその効果をご報告したい。
第168回「ちょっと、待った!」(2022年3月12日)
学童での話。
2年生のD男が私のところにニコニコしてやって来た。「D男、馬鹿にうれしそうだね」「うん、僕ねA子ちゃんとF子ちゃんとT子ちゃんに『しかえし』しようと思っているんだ」「仕返し?おいおい物騒なこと言うなよ、何があったんだ?」不思議そうな顔をした彼はニヤッと笑って「イリはバレンタインにチョコレートもらえなかたから心配いらないよね、気楽だね。僕はね、チョコレートを3人からもらっちゃったんだ、うふ。ホワイトデーになったら、もらった男子は女子に『しかえし』しなきゃいけないらしい。何がいいと思う?」
「ちょっと、待った!」
「D男、それはきっと『しかえし』ではなく『おかえし』というじゃないかな。仕返しは『嫌なことをされた者に対してやり返すこと』なのだよ。皆と喧嘩になっちゃうよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
女の子と遊んでいた時、突然小1のR子が「イリ、K子ちゃんがイリとキスしたいんだって」、「えっ、ないないない」とK子。よせばいいのにR子がさらに囃し立てるものだから、K子は強く否定したかったのだろう「私ね、イリとは『二度と』キスしないから!」という。
「ちょっと待った!」
「K子、私との関係を強く否定したいのだろうが、『二度と』というのは『一度過ちを犯してそれを悔い改める時に使う言葉』なんだよ。こういう場合は『二度と』ではなく『絶対に』しない、というのだよ。ここをはっきりしないと私は学童をクビになってしまうし、浦和警察署に連れて行かれてしまうよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「俺を怒らせたらどうなるかわかっているか。お前をボコボコにしてやる」R男は外遊びの際、必ずこうタンかを切ってくる。校庭に出て、「ヨシ闘うぞ」というと逃げまどう。今度は「俺の逃げ足は日本一すばやい」といって逃げるが、20mくらいで追いついてしまう。捕まえてお尻ペンペンをして解放してやる。10mくらい離れてから「今日はこのくらいにしてやる」と言う。まるで吉本新喜劇のようなオチを入れる。彼は池乃めだかを知らないのに・・・笑ってしまうが、言わないわけにはいけないので、
「ちょっと、待った!」
「決闘の場合、その言葉は勝った者が言うのであって負けたものは『参りました』というのだよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
入会した頃「先生、抱っこ!」と言っていた1年前から比べれば進歩したのだが・・・
1年生のR子が帰りの身支度をしていた。「今日のお迎えは誰だ。おじいちゃんか」「うん、おじいちゃんだけど、来週からは違うんだ。わたしんち、お父さんのお父さんとお母さんと一緒に住むことになったの。お母さんのお父さんとお母さんはそばにいるので、以前からおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいたの。でも、同じ呼び方をするとどっちかわからなくなるのでジジーとババァと言うことにするって、お母さん言ってたよ。だから来週からはババァが来る」
「ちょっと、待った!」
「おいおい、それを言うならジージーとバーバーだろう。いくらお母さんにとって義理のお父さんお母さんでも短縮形では呼ばせないと思うよ。言葉を縮めると怒られるよ」
「ふーん、そうなんだ」
こどもは言葉を覚えるのは速いが、聞き違って覚えることも多い。しかし、この聞き違はそれなりの理由なり背景がある。大人がはなから無視したり理解しようとしないと、こどもとの間に溝が出来てしまう。
なぜこの子はこのようなことを言うのか、何と勘違いしているのか、と考えると何を言いたいのか段々わかってくるものだ。
間違った言葉はそれはそれで微笑ましい。初めて聞くとなんか楽しくなってしまう。本音を言うと、もう少しその言葉をころがしていたいのだが、その子の将来の為に訂正しなければならないのは、ちょっぴり残念なのである。
しかし、世の中正解ばかりで間違いのない世界だったら、何と味気ないことだろうか。
第167回「永遠の0」(2020年3月5日)
昨年12月に男子マラソンの日本記録保持者・鈴木健吾(富士通)選手が女子マラソンで東京五輪8位入賞を果たした一山麻緒(ワコール)選手と結婚した。
この2人の間に生まれたこどもは将来マラソン選手になり、父親を超えることだろう。遺伝的には非常にシンプルな組み合わせだ。つまり長距離に強い父と長距離に強い母の遺伝子を併せ持つからだ。さらに、鈴木健吾選手の父親は高校駅伝に出た長距離ランナーでもあった。競馬で研究されている祖父の血も優れているのだから、生まれた子は長距離が強いと思われる。
中距離のエースである田中希美選手もサラブレッドである。父健智氏は3000m障害で日本選手権に出場、母千洋氏は北海道マラソンに2度優勝している。
しかし、陸上競技を遺伝という観点から研究をする人間はいない。なぜなら鈴木・一山夫妻の子が成人するまで(結果が出るのに)20年はかかるのである。またそのこども(鈴木選手の孫にあたる子)を研究するにはさらに20年以上がかかる。また最悪の場合18歳でこどもに走る意思がなくなり勉学に進まれたら、研究はそこで終わってしまう。自分のタイプでもない人と結婚したくないと言い出すかもしれない。そんなリスクのある学問に優秀な学生は向かわない。「陸上競技と遺伝の関係」という学問は「永遠の0」の学問だ。
一般に言えることは、カエルの子はカエルなのである。トンビが鷹を産むことはない。しかし、時間軸を長くとれば別の話になる。生物学は進化というものを認めている。
ラマルクの「用不用説」は「獲得形質が遺伝することで、生物が進化する」としている。生涯の間に身につけた形質(獲得形質:機能、特徴、形態など)は小さくとも子孫に伝わる。蓄積されたものはごくわずかでもその形質が何世代も続けば大きな変化となる。
ラマルクは代表的な例としてキリンをあげた。
キリンはほ乳類の中にあって、他のものと比べて首が異様に長い。それを進化で説明しようとすれば、元は首が短かったと考える。キリンの首が長いのは高い枝にある木の葉を食べようとして、いつも首を伸ばしていた。そのために次第に首が長くなり、大人になるまでには首が長く、強くなる。
そのようなキリンが子供を生めば、生まれた子供にはその形質がわずかに伝わるので、親が生まれたときよりも、その子供の首は少しだけ長くなっている(はずだ)。
キリンはそのような生活を何千年にもわたってアフリカのサバンナで繰り返していた。その結果長い年月の間に首が伸びた(と思われる)。
もし、日本が国と国民をあげて支援し、鈴木選手のこども(男の子と仮定する)が20年後、同じように女子マラソンの優勝者と結婚し、これを100年間同じような結婚が繰り返えされたら、第57回オリンピック競技大会で1時間55分の世界記録での金メダルを獲得する(かもしれない)。
しかし、人間は感情があり意志がある。学者がコントロールできるエリアは少ない。競走馬の配合のようにはいかない倫理的な問題も存在する。しかし、陸上競技の中距離やマラソンで、田中選手や鈴木選手のような世界のトップクラスの選手になれるのは、遺伝子にめぐまれていることが必要条件とはなるだろう。しかし、十分条件ではない。たとえ遺伝的優位性があってもその素質を充分に伸ばす環境に恵まれなければ、世界のトップレベルにはなれないのである。
多くの陸上選手は遺伝的アドバンテージがないが、実際はその後の環境次第でかなりのレベルの選手になれるということがしばしばみられる。
こどもは親を選べない。だから自分の生まれた環境を嘆くのではなく、トンビなら鷹になるよう爪を研ぎ降下スピードを増す練習を続けるのだ。しかし、小さいうちから自分で練習メニューをつくることは難しい。その場合、所属するクラブのコーチに任せることだ。小学生のうちは指導者の影響が大きいのは当然のことで、私達コーチの責任は重い。
生育していく環境の要因によって、カエルの子がカエルのままで終わることもあるし、カエルの子が一挙に鷹にもなることもある。
バンビーニには剣道の達人の保護者が2人いる。そのこどもがとても速い。親は陸上の経験はない。剣道の何が陸上競技に影響を及ぼすのか、礼儀か、気合いか、左足か、考えるだけでワクワクする。
第166回「うちの子に限って」(2022年2月26日)
印西のかけっこ教室において、感動的なシーンに出くわした。ある子が入会した時、腕振りを指導したことがあった。こどもはそれが恐いと思ったらしく、翌週親に「うちの子は精神的に弱いので、優しく指導してほしい」と言われた。しかし、私には強く指導した覚えがない、何が問題なのかわからない。その旨話をしたら「うちの子に限って嘘は言わない。うちの子が自分の意志で嫌だと言ったのは生まれて初めてなのです。コーチのおかげです。ありがとうございます。もう一度家で話し合ってみます」褒められたのかけなされたのか理解できなかった。
そして翌週を迎えた。「うちの子は他にやりたいことがあるようなので、今日でかけっこ教室をやめてそちらにいきたいといいます。コーチに対して自分から言いいなさいとしました。言えたら望み通りにしていいとしたのです。さ、コーチに自分の口から言いなさい」と○○に促した。「○×÷▲?」「何々、はっきりいいなさい」「絵を勉強したいのでかけっこ教室をやめたい」「なに、聞こえないよ」とお父さん。私も聞こえなかったが「そうか、わかった、頑張って」といったが、お父さんが納得しない。「もっと大きい声で」「・・・絵を勉強したいので、かけっこ教室をやめたい」と今度は父親にも私にも聞こえた。「よく言えた!!パパは○○が自分で言えたのがうれしい。コーチ、自分で自分の将来を決めてくれました。コーチ、褒めてやってください」と彼女を抱きしめ泣き出した。
出演者が観客を置き去りにし自分の演技に感動している。1人氷の上に取り残された自分はどうすればいいのだ・・次の授業の時間が迫っている、と思ったその時、父親は振り向きざま「ということで、退会の手続きは事務所に言えばいいですか?」と冷静に質問したので「はい、そうしてください」
感動的なシーンの後はコントの落ちになってしまった。
バンビーニ創成期の頃、週2回練習するなど可愛がっていた女の子が大会で記録が伸びなかった。練習時のインターバルなどのタイムは良いので、記録が出ないのが不思議だった。ある時お母さんから「コーチ、なぜうちの子は記録が出ないのですか?こどもが真面目にやっていたら必ず記録は出る、出ないのはコーチの責任だとおしゃっていましたよね!」と詰問された。「すみません、私にもわかりません。怪我か病気をしていませんか」「うちの子に限ってそのようなことはございません!」かなりご立腹で怖かった。しかし、念のために病院に行ったところ「甲状腺ホルモン異常」とのことだった。発症すると倦怠感が出て運動には不向きの病気だ。
しかし、このお母さんのすごいところはここからで、私とのコミュニケーションを深め、病院との連携を強くし、この病気を克服または軽減させてしまい、6年生最後の大会(認定試合はこれで最後という大会)でS指定どころかG指定選手にしてしまった。このお母さんとの感動的シーンは事情をよく知った家内にとられてしまったが、いい思い出となった。
同じ頃、強い選手だったこどもが弱いこどもに意地悪をしていた。自分の荷物を持たせたり、練習中わざと速度を落として弱いこどもに抜かさせ最後の10mで抜き返す。俺はお前より速いのだと見せつけるためだ。お母さんに「お宅の子はいじめをしていますよ」と注意をしたが「うちの子に限ってそんなことはありません。もしいじめられているという子がいるならば、それはコーチの指導力不足ではないのですか?!」
いじめられた子は受験勉強でやめていったので、大ごとになる前に問題はなくなった。
このように「うちの子に限って」と言うのは、自分のこどもに対し「心配することを放棄してしまう」ということだ。
こどもを信じるのは保護者として当然だが、自分のこどもの問題点に目をつぶるのは危険だ。道路に飛び出すこどもに対して「うちの子に限って事故にはあわない」という保護者はいるのだろうか。いないはずだ。事故の可能性を否定できないからだ。
だが、自分のこどもの立ち振る舞いを第3者に指摘されると、まずはこどもを信じようとして否定してしまう。うがった見方をすると自分の子育て方法を非難されたと思うのかもしれない。最近は、私のこどもの頃に比べて教育熱心な保護者が多い。しかし、熱心さは結果的にこどものために道をつくってしまうことになる。だから、道の途中でこどもが道をはずれているといっても信じようとしない。こどもが行方不明になるまでは。
こどもが成長する過程で多くのこどもは親離れする。こどもは常に直線の道を歩くとは限らないのだ。保護者にとって悲しい事実なのだが・・・
ここまで「そうだ、そうだと」と賛同して読んでくれた保護者も多いだろう。しかし、実際に自分のこどもの問題点を指摘すると、多くの保護者は決まってこう答える。
「うちの子に限って・・・」
第165回「農耕民族的狩猟民族」(2022年2月19日)
北京オリンピックが終ろうとしている。夏冬オリンピックでいつも思うことがある。
なぜ日本人は自己ベストも出せずに終わってしまうのだろうか、また大事なところでミスを犯してしまうのだろうか。反対になぜ西欧人は世界記録(つまり自己ベスト)で優勝したり、プレッシャーのかかる最終滑走で一つのミスなく演技ができるのだろうか
我々日本人は気配りの国民であることは誰もが認めるところだ。気配りとは要するに他人の目を気にしているということである。他人の目を気にするということは、他人が自分をどう思っているかと考えることになる。失敗したら自分に対する評価が下がると思い、心が荒縄で縛られ身体が委縮し競技に影響が出てしまう。いつもは練習で伸び伸び演技できるのに本番で半分の力も出せないという現象が起きる。
この現象を「日本人は農耕民族だからだ」と解説する評論家がいる。
彼らは狩猟民族と農耕民族の違いを次のように説明する。
狩猟民族は文字通り生活の基盤を狩猟に置き、森や平原、海などに生息する動物や魚を狩り、生活の糧を得てきた。彼らは一つの地に定住せずに、小集団で移動しながら生活していた。この動物を獲らなければ自分らが餓死する、と思えば狩りに対する気迫は鬼気迫るものであり、ここぞと言う際の力は最大限に発揮される。獲物のいるところは他の小集団には教えることはない(win-lose)。
一方の農耕民族は、主に河川流域に住んで麦や稲を育てて日々の生活を営んできた。作物を育てるために一箇所に定住し、河川の増水や収穫時期を知るため天文学や地政学が発達し、計画的に作物が育てられるようになった。少なくとも餓死する心配は少なくなった。
種まき、田植え、刈取りなど他の人たちとほとんど同時に行う農耕民族は共生が生き方の基本であった。他の人たちと同じように行動することが一番生活しやすく、それゆえ農耕民族は他の人々と競争することはない(win-win)。
だから、「農耕民族である日本人は、競技のオリンピックでは、ゲルマン人やスラブ人およびアフリカ人のような狩猟民族の西欧人には勝てない」と言う論理になる。
この論理は2つの命題から構成されている。一つ目の命題は「農耕民族は狩猟民族に勝てない」ということ、二つ目は「日本人は農耕民族である」ということだ。
アルペンスキーでは過去日本人のメダルは1個しかない。クロスカントリーではゼロだ。夏の大会である陸上競技では「より速く、より高く、より遠くへ」を競うスポーツで体重制も採用されていないので、これらの種目では「農耕民族は狩猟民族に勝てない」という命題は体格とパワーの違いからほぼほぼ正しいと言える。
しかし、日本人は今回の北京大会で高木美帆がスピードスケートで小林陵侑がスキージャンプで金メダルを取っている。パワーゲームの陸上競技でもマラソンやハンマー投げで過去金メダルを取っている。このことを先の評論家はどう説明するのだろうか。
説明できないのは、2つ目の「日本人は農耕民族である」という命題に問題があるからだ。
歴史から考えると日本での水田稲作はたかだか3000年の歴史しかない。日本に渡って来た祖先は12万年前の無土器時代まで溯る。その時は狩猟民族だったはずだ。長い間ナウマンゾウやニホンオオカミと闘ってきたのだ。その時間と稲作の時間を比較すれば、日本人には狩猟民族の遺伝子が身体のどこかに眠っていると考えるのが自然である。
そう考えると、「日本人は農耕民族である」という命題が疑わしいのだ。
長いおもちゃやキュウリのような太く曲がりくねったものをネコに気づかずに置いておくとそれに気づいたときネコは飛び上がって驚く。ヘビとネコは長い間捕食者と捕食対象者の関係であったので、ヘビを知らないネコが跳び上るのは本能的(遺伝的)恐怖からなのであり、遺伝子が飛び上がる行動をもたらしている。
実際こども達を長年見ていると、小学生低学年は知識が少ない(経験不足である)ので、本能的な行動をすることが多い。得意な種目ではグイグイ来る。絶対に負けないと思ったら何回でもやろうとする。恐怖心もないからどんな大会でも真面目に練習すれば、ベストで走れる。相手をいたわる配慮もないからゴールして相手を見ながらガッツポーズをする。狩猟民族の姿が見え隠れしている。
しかし、それは3年生くらいまでで4年生頃から徐々に調和の教育を受け共生の農耕民族の生活に染まってくる。だが、稀にその環境に染まらず狩猟民族の遺伝子発現が行われた日本人がいて、その人たちがさらに人一倍努力した結果、金色のメダルに辿りつけたのである。彼らは農耕民族ではなく、新しい民族(皆と仲良く生活できる狩猟民族)と言える。
バンビーニでも練習メニューの工夫(遺伝子組み換え的練習)によって、こどもたちの体内に隠れている狩猟民族遺伝子を刺激させ、「農耕民族的狩猟民族」のこども達を育てていきたいと思う。農耕民族的狩猟民族は陸上競技で1番になれるのと同時に、これから広がるデジタル社会(自ら開拓することで、新市場を独占又は寡占できる狩猟社会)の勝利者なのである。
第164回「形」(2021年2月12日)
バンビーニの最終目標は埼玉県の強化指定選手になることだ。しかし、強化指定選手になると、こども達はバンビーニの黄色いTシャツは着てくれなくなる。
指定選手になると、「強化指定選手のTシャツ」が1枚だけ購入できる。今年はピンクのTシャツで、毎年色を変えているのがミソである。
このTシャツを競技場で着て練習していると多くのこども達はこの人は速い選手なのだと判断する。昨年、他のクラブの選手と競争することがあったが、強化指定選手(昨年のTシャツはグレー)に他のクラブの選手はついて行こうとしなかった。後半バテテしまうと思っているからだ。
ある時、バンビーニのひょうきん者のE男がこのTシャツを借りて走った。E男は真ん中ぐらいの選手で強化指定にはほど遠かったが、他のクラブの選手は彼の飛出しについて行かなかった。しかし、半分を過ぎてからは他の選手に実力を見透かされ抜かれてしまった。E男も半分以上先頭で気持ち良かったせいかタイムはベストを出した。
このこどもたちの様子を見ていて、菊池寛の短編小説「形」を思い出した。
あらすじはこうだ。
「中村新兵衛は、槍の達人で、身につけている陣羽織と兜を見ただけで敵が恐れおののくほどであった。新兵衛は、初陣に出る若武者からその陣羽織と兜を貸してもらえないかと頼まれる。守役だった新兵衛はその頼みをこころよく受け入れる。 翌日の戦いで、新兵衛から借りた陣羽織と兜を身につけた若武者は、大きな手柄を立てる。しかし、新兵衛自身はいつもと違う「形」(陣羽織と兜)をしていたため、勝手が違っていた。いつもは虎に向かっている羊のような怖気が敵にあった。彼らが、狼狽、血迷うところを突き伏せるのになんの雑作もなかった。今日は、彼らは勇み立っていた。敵は、相手が中村新兵衛とは思わず、怖じ気づくことなく、十二分の力を発揮し、新兵衛はいつも以上に奮闘したにもかかわらず、破れ、命を落としてしまう」
ある人が、一生懸命努力し、高い能力をつけ、結果を出したとしても、その結果を目に見える形に変えておかなければ、他の人にとっては、その人がどれだけの力を持ち、成果を残した人なのか、初見で認識することはできない。この小説の主人公であるところの中村新兵衛にとっては「猩々緋(しょうじょうひ)の陣羽織」という「形」が威圧感の源となり、そこから生まれる雰囲気、イメージ、空気の力を借りて、戦場において大いに勇を奮うことができたのである。不幸なことに、当人がその事実に気づいたのは、絶命する直前だった。
情報が溢れている現代では、ほとんどのこどもは自分より速い子の過去の実績という威圧に簡単に負けてしまう。強いチームの黒いユニフォーム、青いユニフォームを見ただけで「強いチーム=速い選手」のイメージで「やはり実力が違う」と思い諦めてしまう。最初の飛出しで彼より前に出ても「いつか抜かれる」とビクビクして走ることになる。これでは勝てない。
ライバルの子と練習が出来たなら、一緒に練習していくうちにインターバルの1本でも勝ち、次に3本勝つようになると、それがいつしか自信につながっていく。過去の実績という「形」はその子の頭からは徐々になくなっていく。
コロナ禍の今、ライバルと練習する機会はほとんどなくなったので、OG,OBを利用し、彼らを仮想ライバルとして心に焼き直しして練習に臨んでほしい。
強化指定のTシャツほどの効果はないにしても、こどもたちの活躍によって、バンビーニのオレンジのユニフォームを着ているだけで他のクラブの選手に勝てる日がきっと来る。バンビーニというブランド(形)が形成されれば後輩たちはアドバンテージがもらえるのである。
いつだったか日経新聞は、ブランドとは「顧客のあこがれを引き受ける存在」と定義していた。ルイヴィトンやロレックスのイメージは長い年月がかかっているが、陸上競技においては3,4年で認めてもらえることがある。だが、逆にその権威は翌年消滅することがあるのも事実である。
野球のPL学園をはじめスポーツでの「形」はあっという間になくなってしまうものだ。今後も心して精進していかなければならない。
第163回「待合室」(2022年2月5日)
午前中薬をもらいにかかりつけの診療所に行った。若い時の放蕩のつけだ。この時間帯労働力人口はいない。地域に残っているのは60歳以上のジジババだ。彼らがそれぞれの思惑で集まってきている。
待合室は誰も声を出す者がいない。知らない者同士の集まりだ。また、クラッシクを流しているが、半分は聞こえていないと思われる。
診察室からから出てきた看護師が「さとうまさおさん!」と呼んだ。
3人が立ちあがった。「えっ」と無関係な間柄だが、我々全員が驚いた(1人を除いてだが・・・)。
「あの、お名前は?」1人の白髪の男(全員老人なので以降男と女と表現しても問題ないと思う)に看護師は聞いた。「私がささきまさしです」「いえ、さとうまさおさんをお呼びしたのですが」「そうか、聞き違いか」(全員心の中で「『さ』しかあってないだろう!」)
あらためて看護師が「さとうまさおさん」と呼んだ。「はい!」と女が手を上げて答えた(全員「えっ、なぜあなたが?」)。
「私がさとうまさこです」看護師「さとうまさおさん、男性をお呼びしていますので、非常に近いですが、お間違いかと思います」
さらに看護師が立ちあがっている3番目の男に「あなたがさとうまさおさんですね」と尋ねた。「はい、私が『かとうまさお』です」と得意げに答えた(全員心の中で「さとう、といったでしょう」)。
もう一度大きな声で呼びかけたら、看護師の目の前で競馬新聞を見ていた男が、落とした赤鉛筆を拾おうとして、自分が呼ばれていることに気が付いた。本人が一番自分の名前に無頓着だった。
耳を澄ませるとモーツアルトの「きらきら星協奏曲」が流れていた。
消毒もせず診察券を出して座った男に「田中さん、健康保険証は出しましたか?」と看護師が聞いた。「出したよ!何言ってるの?最初に出したでしょ」看護師は逆らうことなく受付に戻って健康保険証を探し始めた。「やっぱり診察券しか出してないようですが・・」
「何言ってるの?じゃ、俺がぼけているとでもいうの」
「いや、そのようには・・・」「じゃあ、俺の財布を見てよ。診療所に来るときはいつもこの中に入れて来るのです~。ほれ、ないだろう、だから受付に出したのに決まっている」看護師が財布を覗きながら「ああ、ありました。このブルーのものです」「なに?これか。それならそうとキチンと言いなさいよ。俺は診察券だと思ったよ」(全員「最初から保険証と言ってたぞ!」)
BGMはモーツアルトのレクイエム「怒りの日」に代わっていた。
3回目のワクチンの予約を取りに男が入ってきた。受付にフーテンの寅さんの調子で、「忙しいか?医療従事者も大変だね。今日予約申し込みに来たよ。俺エッセンシャルワーカーだから、優先してね」「車の運転手さんですか?」「いや、違うよ。お風呂の時に花王の『エッセンシャル』を使っている労働者だよ。アハハハ」(全員固まる)
看護師が予約表を持って男のそばに来た。「では、お名前からおっしゃってください」「綾小路です」(全員「えっ?」)「綾小路こと小林八十二(やそじ)だよ。知ってる?俺の爺さんが銀行の頭取でその銀行の名前を取ってつけた名前だって」
看護師は嫌な顔をせず「はい、綾小路小林さん、ではいま一番近い日にちで言うと2月7日になります。この日でいいですか?」「いいね、バッチグーだよ」「11時でよろしいでしょうか」「その日は先勝だ。とってもいい時間だね。あんた、俺に気使っているな」「じゃ、それで」と予定表に小林八十二の名前を書いた。看護師が受付に戻るため3歩歩くと「ちょ、ちょっと待って。その日は友達の葉子ちゃんとカラオケに行く約束をしてたっけ、ダメだな」
「わかりました。では、いつがよろしいでしょうか。次に一番近いところでは、8日ではいかがでしょうか」「いいね、ドンピシャいいね」「ではお時間も11時でよろしいですか」「任せるよ」看護師が予定表の8日の欄に小林八十二と書いて受付に戻ろうとして、5歩歩いたところで「ちょちょっと待って。その日は岸田総理と会食があるんだっけ」(全員小林八十二に耳目を向けた)
看護師が「綾小路小林さん、どこで食事するのですか?」「北浦和の丸福だよ。」(全員、「えっ、お忍びで」)「綾小路小林さん、本当に岸田首相ですか?」
「いや、岸田総理だ。本名岸田弥太郎で昔はキシちゃん、キシちゃんと言っていたんだが、岸田文雄が総理になったのであだ名を岸田総理に今年から変更したんだ」(全員「やぱり」)
「わかりました。では2月9日でどうですか」「そうだね。でも、その日は先負だから午後がいいね」「では、2月9日15時で予約を御取りします」「うん、お願い」看護師は慎重に7歩歩いたところで戻る足を止め、一瞬小林八十二の方を振り返った。
音楽はドボルザークの「新世界」が終ろうとしていた。
私は小学生を相手に陸上クラブを運営していて、言うことを聞かない、あるいは言っていることが分からないと、事あるごとに嘆いて来たが、ここの看護師に比べれば今の苦労は苦労ではないことがわかった。
そう気づいた時、ベートーヴェンの「喜びの歌」が静かに流れ始めた。
第162回「普通の女の子に戻りたい」(2022年1月29日)
今回は、バンビーニの「普通の女の子」であった2人を紹介したい。
1人目は、バンビーニの入会時は4年生で、身体を動かす程度にしか考えていなかった永尾志穂である。新郷東部公園で練習をしていた頃は当時の先輩や同期の女の子には到底かなわなかったし、本人も勝てるとは思ってもいなかっただろう。当時は楽しければよかった。
越谷市選手権での1000m4分10秒16が4年生でのデビュータイムであった(2019年7月28日)。9月22日の草加選手権でも1000m4分14秒57であったので、この頃の実力は4分10秒前後だった。
練習場所を2019年10月23日から舎人公園陸上競技場に移したことで練習のレパートリーが格段に増えた。新郷東部公園の手探りの走りと違って、照明のある競技場で決められたペースでたくさん走れたのだが、コロナの感染拡大から2020年の大会は秋のほんの短い期間しかなかった。2020年11月14日越谷カップで3分39秒29をだしたが11月28日の日清カップでは3分43秒39に落ちてしまった。この頃の実力は3分40秒前後といえる。
もう少し速くなりたいと言って、5年生の2020年12月から日曜日クラスにも参加し週2回の練習に増やした。この日曜日練習が効いた。速い選手と競うようになって発芽したのである。今でこそ皆を代表して練習の軽減を訴えに来るが、当時は黙々と練習をこなしていた。練習の時は毎回精根尽き果てるまで走った。
コロナ対策が緩和された昨年2021年にその成果がいかんなく発揮されたのである。
2021年3月27日越谷市記録会で3分27秒08と第一関門の30秒を切り、5月1日の第1回不破杯も3分27秒72で、この頃の実力は3分27秒前後になっていた。
6月26日新座市記録会では3分23秒06までタイムを縮め、ついに8月29日のチャレンジトライアルで3分19秒74、S指定を獲得した。1年間で20秒、2年間で50秒縮めたことになる。
もう1人は1月8日放送の「炎の体育会TV」に出た木原來南(くるみ)である。
志穂より1年遅く入った來南は入会後しばらく寡黙な子で通っていた。昨年春ある事からブレークした。お地蔵様が雲雀(ヒバリ)に変身したのである。もうピーチクパーチクしゃべるしゃべる。しかし、そのことが彼女の原動力となった。
志穂と同じ大会で比較すると2020年11月28日日清カップでは3分46秒69であったが、2021年3月27日越谷市記録会で1000m3分30秒14、5月1日第1回不破杯で1000m3分27秒14、そして夏を過ぎ涼しくなった10月24日、小学生クラブ交流大会で1000m3分19秒45を出してS指定選手になった。1年間で30秒近く縮めたことになる。
2人に共通しているのは練習に対する「真面目さ」である。大人のように我慢強い。このひたむきな努力で、年間で20秒、2年間で50秒(あるいは1年間で30秒)を縮めることができる子は「普通の女の子ではなかった」のかもしれない。
しかし、何もしなければ2人は今も「普通の女の子」だったのだ。このような伸び代が大きいこどもに今後何人会えるのだろうか。
ティモンディ高岸の「やればできる」ではないが、要は成功するためには、目標に向かって頑張る気持ちをずっと維持できるかどうかなのだ。練習をパーフェクトにこなせれば、後はコーチの私の責任だ。
以前、この子らが指定を取ったら泣いちゃうだろうなと家内と話をしていたが、あれよあれよとタイムを縮め、指定タイムを突破するのは確実視されるようになった。指定タイムを切った当日も他のこどものアップに気を取られ、放送でタイムを知ったのであった。泣く準備をしていたのに、抱きしめたかったのに、合格発表の掲示板を見る前に先に見に行った友人から「入山、受かってたよ」と言われたようなものだ。
目標を達成した今、もう走りたくないかもしれないが、君たちが「普通の女の子に戻りたい」と思うのはまだまだ先の話だ。これまでの一生懸命さは認める。しかし、女性アイドルグループのキャンディーズがそう思ったのは、平均3時間くらいの睡眠で年間休みなく唄っていた4年間があったからだ。キャンディーズの追っかけであった私から言わせれば、キャンディーズに比べたら努力はまだまだだ。
君たちは2年間の厳しい練習をこなしたせいか、「春一番までは年下の男の子(篤人)には負けないと思っている。今中学生活を占っても、なかなかハートのエースは出てこない。自分の魂を売ってでも速くなりたいと思った時現れたやさしい悪魔は、よく見ると微笑み返しをしている。暑中お見舞い申し上げる頃までは一層の努力が必要になる。中学でもしばらくは何もしなくても速いだろうが、それはやさしい悪魔のわなだ。アン・ドウ・トロワ、新たな気持ちで中学の陸上部の練習に励んでほしい」
第161回「ルビンの壺」(2022年1月22日)
皆さん、この絵は何に見えますか?
これは認知心理学における有名な「ルビンの壺」である。2つの絵が描かれている。一つが壺、もう一つは2人の顔である。
通常は白い「壺」を見たときは、黒い顔が見えない。黒い「2つの顔」を見たときは、白い壺が見えない。ルビンの壺では白地(つまり壺のように見える部分)を図(*)として認識すると、黒地(つまり2人の横顔のように見える部分)は地(*)としてしか認識されず(逆もまた真である)、決して2つが同時には見えない。*)1つのまとまりのある形として認識される部分を「図」、図の周囲にある背景を「地」と呼び、認知心理学は「人間は図と地の分化によって初めて形を知覚する」と考えている。(ウイキペディアより)
人間は,一度こうだと「思い込む」と,ほかに何も見えなくなってしまうことがある。恋愛中の相手は清廉潔白でこの世の中で最高の人だと思う。だから後先考えず家を売って街中のバラを女性に捧げたという男も出てくる(加藤登紀子「100万本のバラ」)。
「思い込み」を一度取り去って,あの人は「こんな人だ」と決めつけないようにすることが大切だ。
人には多面性がある。自分にとって,「嫌だなあ」と感じる面もあるが、つきあってみると実はいい奴だったということがある。
このことは,自分自身のことについても同じことが言える。自分は勉強ができないとか,運動が苦手だとか,思い込んでいる子がいる。苦手だと思っていたことも,挑戦してみると案外簡単だったり,楽しくなったりすることがある。そうなれば、新しい自分を発見することができる。「できない」と思い込まないで,あきらめずに,いろいろなことに挑戦することが大切だ。
バンビーニのA子は100mで埼玉県1位で全国大会に出るほどの実力派短距離選手であるが、5年生のG指定には手が届かなかった。持久力もある選手なのでためしに全国大会以降長距離クラスに籍を移して練習していたところ、600m走でG指定選手になった。この冬はジャベリックボールも始めた。自分の隠れた才能を見つけようと努力しているし親の理解もあるので、この子は100mだと決めつけない指導にこころがけている。
ルビンの壺の教訓は「同じモノを見ていても、人によって見え方が違う」ということで、「ある人にとっては人の横顔に見えて、ある人にとっては壺に見える絵だが、人の横顔にも壺にも見える絵である事は間違いない」のである。それなのに「ルビンの壺の絵は壺にしか見えない絵であり、人の横顔に見える事はありえない」と言ったら、それはその人の見え方、考え方がおかしいのである。
発達障害の子は「ルールはルールだ」として決して譲らない。学校の玄関から学童の玄関までコースも並ぶ順番も決められた通り歩く。誰かがふざけて順番を変えようものなら鬼の形相で怒る。出勤途中の私が話しかけても、ギョロ目で睨まれる。歩く時は黙って歩くルールだからだ。世の中は「There is no rule but has exceptions.」なのだが、彼にとってはゆるされない考えなのだ。
たんにどっちに見ても自分には害の及ばない「ルビンの壺」のような例の場合には「見方を切り替える」ことは比較的簡単だが、人生観や理論などそこに自分の善悪感情や利害が絡んでくると、相手の見方を認めると自己否定になったり、自分の利益が損なわれたりするので、おいそれとそれを認めることができなくなる。
スポーツ界でもよく見られる行動である。長距離が強くなっているクラブには「小学生から心拍数の上がる練習はよくない」と非難する人がいる。「毎日練習しているわけではないので、ある程度才能を発芽させるには刺激が必要だ。粘り強い精神は低学年から養う必要がある」との意見は無視する。心拍数を高める練習は邪悪なものでこどもの成長を阻害すると主張するコーチは「スキャモンの発育曲線」をバイブルとしているが、その理論を裏付ける自分なりのエビデンスがどれほどあるのだろうか。
さて、皆さんにもう1枚絵をお見せします。さて、今度は何に見えますか。
ヒントはこの絵の題名が「少女と老婆」。若い時は老婆もすぐわかったのだが、いまはなかなか見つけられない。気づいても明日になればまたわからなくなる。老婆を認識するまで時間がかかり、老人性発達障害になっているようだ。そういえば最近頑固になったと息子に言われている。
第160回「私と一緒に逃げて!」(2021年1月15日)
学童でこどもと遊ぶ時、男の子は私に戦いを挑んでくることが多い。「ダブルキックアタック」とか「○*△÷♯▲?$」とか言って蹴りを入れて来るが、足の長さを考え一定の距離を設けていれば当たることはない。こどもに距離感はまだない。漫画チックだが頭を手で押さえていれば拳が私に当たることもない。だからこどもたちは私に勝てるわけがない。
タイマンの時(対峙している時)、何も動きがないのに「今だ!」といってかかってくる。何が「今」なのか聞いたが、テレビでそう言っているからだと言う。
ドッヂボールの変形で、制限枠がなくどこまで追いかけてもいい“メチャぶつけ”をすることがある。この時は柔らかいボールでもあるので、こどもには思いっきり当てる。手加減はしない。跳ね返ったり外れたボールを私が取りに行くことはない。必ずこども達が走って取りにいく。そのうち僕の方が早く取った、いや僕のが先だ、ということでもめる。その時はボールを思いっきり高く上げて3度弾んだら取っていいことにする。2人は競うが、取られた方はぶつけられるから一種のチキンレースで、気の弱い方が負ける。
ある時H子が「入山先生!私と一緒に逃げて!」と叫び、血相を変えて私の手を取り走り出した。その勢いは何か暴走車が来たのかと思うほどだった。「私が隠れるところを知っているから、早く早く」屋外バスケットコートのバスケ台まで連れて行かれた。「ここなら安心、R男らが入山先生を泥団子で攻撃しようと準備しているのを見たの。私から離れないで、私が入山先生を守るから。ずっとここにいてもいいのよ」
H子だけが私を「イリ」と呼ばす、入会以来ずっと「入山先生」と呼んでいる。よく見ると砂場の砂を水で固めた泥団子を両手に持った悪ガキたちが私を探している。バスケ台には衝撃を緩和させるラバーで覆われているので方向によっては彼らからは見えない。H子はそこから離れて間合いを見ている。「入山先生、左から逃げて!」と叫ぶ。H子は一生懸命なので、寺田屋事件で襲われた坂本龍馬がお竜(りょう)に促され逃げているような気分になった。
雨降りの時は室内でゲームやけん玉などをするが、それに飽きたR男が私に「イリ、何か遊ぼう」と言って寄ってくる。私はトランプのスピードやオセロが好きなのだが、こどもが寄って来ればまずはそちらを優先する。
静かにかつ動きのあるものといえば、「真剣白刃取り(しんけんしらはどり)」がいい。手刃をこどもの頭に振り下ろす、こどもは両手でそれを挟み込む。うまく挟めたらこどもの勝ち、頭に私の右手が当たったら私の勝ちだ。だいたいが私のスピードについていけない。手が間に合わないので、そのうち頭に手を置いてやるようになった。頭に当たっているのに事後手を添えることができるので、「イェイ」と言って勝ったつもりでいる。「お前、今頭に当たっただろう」「いや、当たってないよ」彼の頭に当たり続けるので逆に私の手が痛い。相当な石頭だ。何しろ私は手加減をしない大人なのだ。R男はその後も永遠にやろうとするが、18時だ、帰らなきゃ。
翌日も雨だった。R男がニコニコしながら私のところにやって来てこう言った。
「イリ、またやろうよ、あの『新年白髪取り(しんねんしらがどり)』」
第159回「スポーツ選手は引き算が苦手」(2022年1月8日)
携帯電話は機能がたくさんあり決済機能も付くようになっては、手放せない存在となった。もう通話とメールだけでは売れないであろう。その点では携帯電話は足し算の産物であるといえる。
一方で足し算ではなく引き算で成功した商品もある。
その筆頭はソニーのウォークマンであろう。
当時のテープレコーダーは、まず録音ができてそれを聴く、というのが常識だった。社内からは、録音機能の無いテープレコーダーは絶対に売れないと反発されたが、創業者で当時の名誉会長の井深大と会長の盛田昭夫が押し切る形で生まれた。
いざ販売してみると、不安の声に反して、ウォークマンは空前の世界的大ヒットとなる。1号機の発売後13年で累計1億台を突破した。
顧客が求めた価値は「録音ができること」ではなかった。「外出中でも音楽を楽しむことができる」「いつでもどこでも好きな音楽を聴ける」という価値だったのである。
ポイントになるのは、引きをしたときに新しい価値が生み出されることにある。もし、新しい価値が生まれなければ、それは「引き算」ではなく、単に「無駄を省いた」ものに過ぎない。「機能」を引き算をしたが、これによって生み出されたのは「新たなライフスタイル」だった。
この他にも「アイスクリーム専用スプーン」「卵かけご飯専用醤油」のように用途の引き算が、商品の「価値」を高めたのである。
陸上競技では、速くなる子の多くは自主練をしている。そうでないと速くならないのだが、問題点がある。スポーツ選手は引き算が苦手なのだ。調子が悪くなると練習量を落とすのではなく、逆にもっと増やしてしまう傾向にある。調子の悪いのは「走り込み」が足りないからだとか、ライバルに後れを取るのはスピードが不足しているからで、もっと「スピード練習」を増やさなければならないと思うのだ。小学生の場合、多くは保護者がストイックな性格をもっており、後押しをしているか、率先してやらせている。
私も昔は365日走らないといけないと思っていた。ニュージーランドのリディアードやオーストラリアのセルッティの理論に心酔していたからだ。私もご多分に洩れず調子が悪いと練習量を増やした。そのため疲労が抜けないままシーズンが終わってしまった。毎日がだるかったのである。当時瀬古選手が1ヶ月1000km走っていた時代だった。
成功した選手からすれば練習を重ねていたからだと声高に言うだろう。そうすると自分はまだ努力が足りないと思う。だから練習量を増やす。
今から思えば、毎日練習することが譲れないのなら、走り込みではなく短距離の練習でもよかったし、バスケや水泳でもよかったのだ。目先を変えた練習が必要だった。当時は「走り込み」という言葉が呪縛となっていた。
バンビーニには今故障で離れている有望な選手たちがいる。故障を見抜けなかった私の責任である。この子たちは思い切って練習を休んでいるが、そろそろ帰って来る。今度は、「走り込み」の呪縛から解き放し、引き算を取り入れた練習も実践していきたいと思う。つまり長距離だけでなく短距離的な練習も加えたい、と書くと「加えたい=増やす」と読み解かれてしまうので、正しくは「長距離練習の量を引き算し、その分走る距離は減るが、他種目の練習を取り入れることによって力をつける」ということだ。思い切って完全休養の日をつくり、怪我をさせずに育てることに心がける。実力が上がるにつれて第二コーチの保護者との連携がますます必要となってくる。力がついて来たこどもたちに引き算をしてあげるのは大人の責任である。
第158回「日の丸弁当」(2022年1月1日)
冬休み、学童のこどもらとお昼ご飯を食べる機会があった。私が違和感を抱いたのは、黙食もそうだが、問題はその食べ方だ。
ご飯とおかずを別々に食べる子が2/3を占めるのだ。私などはご飯におかずを乗せて一緒に食べるのが普通だと思っているので驚いた。おかずを先に平らげる派とご飯を先に平らげる派がいて、見ていると半分半分だった。両派ともその大きな順番は変わらない。ご飯だけでよく食べられるなと思う。しかし、おかずは残す子がいるがご飯を残す子はいない。
私が小学生のころは給食制度が今ほど確立されていなかったから、お弁当になることも多かった。当時の児童の多くはおかずと一緒にご飯を食べた。私のお弁当箱は蓋を開けると蓋の裏側には赤いものがべっとりついていた。おかずのウインナーの着色料のせいだ。卵焼きは必須だが、野菜炒めも時々入る時がある。
コロナ時代の今では信じられないが大声でワイワイガヤガヤと食べていた。ご飯粒が飛んでくることはしょっちゅうだった。先生は注意することなくニコニコ笑いながら食べていた。
ふと左隣のT子を見ると、アルマイト製のお弁当箱の蓋を45度の角度で開けながら、隠すように食べている。何を食べているのだろうと見ると、白いご飯の真ん中に赤い梅干しがあるだけのお弁当だ。日の丸弁当だ。T子の家が貧しいことは薄々聞いていたので、お喋りで無神経の私も何も言わなかった。見て見ぬふりをしていた。しかし、ご飯だけで美味しいのかなぁと思いつつも、私はウインナーを美味しく食べた。「うまい、うまい」が当時の口癖であった。T子には酷な言葉だったに違いない。
T子は貧しかったのかもしれないが、勉強はできた。ある時社会で先生が質問をした。アメリカの初代大統領は誰でしょうと。10人くらいが手を上げた。私は分からなかったが、知らないと思われるのはシャクだから、どうせ当てないだろうとあとから「ハイハイハイ」と手を上げた。誰よりも大きな声で、まるで俺は知っているから俺を指せば答えるぞとの勢いであった。先生はその勢いに負けたのか私を指した。いつもは指さないのになんで知らない時に指すの?勢いは急速にしぼんでしまった。「あの、その・・・」知らないのか思い出せないのか皆が判断するギリギリのタイミングで横からT子が「ワシントン」と小声でささやいた。T子は知っていても手を上げる子ではなかった。ワシントンかワトソンかわかないがとりあえず神の声と思い「ワシントン」と答え、なんとか笑われずに済んだ。
その日のお弁当の時、T子に「礼だ」と言ってウインナーを1個上げた。T子は固辞したが「それじゃ、俺の気が済まない」とこれまた勢いだけで受け取らせた。T子は1個のウインナーをちょびりちょびり歯で刻みながらお弁当を食べていた。いつもに比べておいしそうな顔に見えた。
次のお弁当の日の朝「母ちゃん、ウインナー美味しいから4個にしてよ」とおねだりした。
弁当の時間、「T子、俺ウインナー嫌いなのに、俺の母ちゃん好きだと勘違いして4個も入れてきた。笑っちゃうよね。到底食べられないので、お願い、2個食べて」と今度はお願いの姿勢で受けとらせた。前の時と比べて歯で刻むウインナーの小片が倍になったように見えた。
それからT子は休むことが多くなり、まもなくいなくなってしまった。夜逃げしたとの噂が立った。夜逃げとはどういうものかわからなかったが、決していいものではないことはこどもながらも感じていた。
いま学童のこどもが白いご飯だけをおいしそうに食べる姿を見て、T子に取った対応は間違っていたのではないかと思うようになった。あの時の家庭環境においては彼女なりに美味しいお弁当だったのかもしれない。
日の丸の国旗を見るたびにT子のことを思い出す。今頃は孫のお弁当作りに創意工夫していることだろう。
今年もよろしくお願いします。
第157回「さよなら」(2021年12月25日)
バンビーニでは6年生は12月でいったん卒業としている。大会もなくなり燃え尽き症候群の子もいるし、他の手習いに重点を移す子もいる。それでは、1月、2月の冬期トレーニングはこなせないだろう。これまで一緒に練習してお互いの熱いこころの状況から「やめます」とはいいにくいと考え、やめるキッカケになればと12月を卒業としている。8月の暑い時はまだまだこの子らと離れることは考えてもいなかったのに、もう12月。名残惜しいが「さようなら」だ。
アメリカでは「さようなら」を表す言葉は「Good bye」で「God be with you」(=神はあなたとともに)の短縮形だ。神に相手の無事を願う別れの言葉を意味する。
ヨーロッパの「さようなら」はフランス語の「アデュー」やスペイン語の「アディオス」があるが、二度と会えないような深刻な別れの時に使うらしい。語源が十字軍遠征の際に述べた「神のもとへ」だからだろうか。
「さようなら」という日本語の語源は、実は世界中で珍しい「接続詞」だという。竹取物語や源氏物語では「さようならば」という接続詞は別れの場面で多く使われ、そこで、後世「さようならば」=別れの言葉というイメージが出来上がり、現代では「さようならば」の「ば」も省略され「さようなら」となり独立語になった、と鎌倉女子大学の竹内整一教授は、述べている。
日本人は神との関係からなどと大袈裟な観点からではなく、「別れ」を「いったん立ち止まって、今までのことを確認し、次のことへ進むための節目とする」と考えている。
状況や背景は個々によって異なるが、1例としてあげるなら、結婚40年、熟年離婚に至った夫婦の「さようなら」は、「いやいや何とかやってきたけれども、あなたは全く変わろうとしなかった。さよう(である)ならば、明日からはそれぞれに人生を楽しんでいきましょう。」という意味が込められている。もし、今家内に「さようなら」と言われたら、私はそれこそこの世と「さようなら」だ。だから、「ねえ、ちょっと!」と呼ばれるとギクッとする。おそるおそる居間に行くと、「ゴミ捨ててきて」と言われ、嬉々として捨てに行く。
高校生になればスランプも経験するだろう、勉学に苦労し、恋愛に悩むこともあろう。自分でブレークスルーできない時はまたバンビーニにおいで、待っている。12月で「さようなら」だけど、二度と逢わないと言っているのではない。薬師丸ひろ子がかつて「セーラー服と機関銃」で「♪さようならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの 遠い約束♪」と唄っていた。私は気の利いた言葉もかけられないだろうが、人生の「雨宿り」の場所として、気が晴れるまでいていい。
皆が追いつき追い越せと目標にしてきた子がいた。2度も差し切られ涙の2位の子もいた。努力のカガミの子がいた。バンビーニの大黒柱として支えてくれた万能のキャプテンもいた。長くなるとさらに強くなる長距離馬がいた。勉強の合間に練習に来て強化指定をとった根性娘もいた。野球がうまいため陸上の大会に出なかった男の子がいた。短期間で強くなったうえ皆となじむのも記録的短時間で実現した子もいた。あと1ヶ月早く入部したら指定選手になれた超明るい6年生がいた。
君たちと練習した時間は楽しかった。
再び逢うまでの 遠い約束・・・「さようなら」
第156回「G線上のアリア」(2021年12月18日)
ドイツの作曲家J・S・バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲は、別名「G線上のアリア」(*)と呼ばれている。
*)ドイツの作曲家J・S・バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲を、アウグスト・ヴィルヘルミがヴァイオリン独奏用に編曲したもの。原題《Air》。名称はヴィルヘルムが原曲のニ長調をハ長調に移調し、ヴァイオリンのG線(ヴァイオリンには4本の弦が張られていて、音の高い順にE線、A線、D線、G線と呼ばれる)のみで演奏できるよう編曲したことに由来する。アリア(叙情的なメロディーをもった歌の形式)をヴァイオリンのG線のみを使って演奏することが可能なため、こう呼ばれる。(ウイキペディアより)
先日の駅伝において、6人のこども達が一つの目標に向かって練習をし、レース後の一体感を味わったのは、「G線上のアリア」の演奏と同じようだった。
終わってみれば、学年も男女も異なる選手たちが、たった1本の弦(タスキ)の上に集まり、ひとつの曲(駅伝協奏曲)を奏でていくようなそんなイメージだった。指の押さえる位置によって圧力によってメロディーをG線上で表現していくのが「G線上のアリア」であるが、駅伝でも適材適所にこどもたちを配置すれば、ヴィルヘルミが意図したような旋律となり、ワクワクドキドキする。今回1秒差で逃げ切ったバンビーニの保護者の方は、胸が締め付けられるような最終楽章だった駅伝協奏曲を堪能してくれたと思う。
1870年代、この演奏方法(「G線上のアリア」)は、ヴァイオリンは4つの弦で弾くものと思っていた人達には目新しいものに映ったはずだ。
もし、強引にこども教育を4つの視点で考えるとすれば、次のようになるであろう。勉強をE線(Education)、自分で判断し行動できることをA線(Action)、しつけをD線(Discipline)、全力で物事に打ち込めることをG線(Gallop)とすることができる。
教育はそれぞれの親によって微妙に重点の置き方が異なる。小学生の親なら、ヴァイオリンが美しく弾けるためにバランスよく各弦に通じた練習を行うように教育していることが多い。しかし、駄洒落ではないが、人生はG線だけで生きていくのでもいいのではないかと思う。私は子育てを卒業しているから無責任に聞こえるだろうが、経験上こういう結論になった。一つのことに打ち込めたらノーベル賞も獲得できるし、野球の大谷選手にもなれるのだ。中華も蕎麦もオムライスも寿司も提供できる食堂は便利だが、味はすべて並み以下であることが多い。
大谷選手が野球でなくサラリーマンだったらまだ係長にもなっていないだろうし、藤井君が棋士にならなかったら、ボーとした大学生だっただろう。1本の弦(G線)だけでは人生は窮屈かもしれない。でも自分の好きなことに全力投球できる集中力があるならば他人よりすぐれた能力が開花し、大谷選手のように世界中から注目される選手となる。野球のように週5日できるものではないので、陸上競技はなかなかお金の面で魅力あるスポーツに発展しないが、オリンピックで金メダルをとるものなら一生歴史に残るだろう。野球において2015年のパリーグの首位打者の名前を言える人が何人いるだろうか。藤井棋士、羽生棋士以外の棋士の名前を何人の人がどれだけの名前をいえるだろうか。しかし、1964年東京五輪のマラソン金メダリストのアベベ(エチオピア)選手のことは、年配の日本人で知らない者はいない。
私がことあるごとに、陸上において才能があると言っても、保護者は半信半疑だし、「スポーツのコーチなら、大多数がこの子には野球より陸上競技を選ばせる」と言っても「本人は野球が好きだ」と言って陸上1本化に同意しない。
ハンカチ王子が絶頂の時に、彼とマー君を選ぶとしたらどちらがいいかと質問したアナウンサーに対して、間髪を入れずに「マー君」と答えたのは野村監督だった。野村監督を含めプロの評論家のほとんどがマー君であった。あれから15年、結果はご存知の通りとなった。
もうバンビーニを卒業するので、インターバルにおいての彼女へのエールもこれが最後になるが、今一度「G線上のアリア」を聞いて1本の弦だけで演奏する価値を確認してもらえればと願っている。才能はなくならない。問題はある年齢までにその才能を発芽させられるかどうかだ。それを過ぎると人間の場合、才能が開花しないで一生を終わってしまう。
第155回「走れメロス」(2021年12月11日)
人間不信となり、こどもは皆サボるものであるとの偏見から過酷なトレーニングを課している暴君コーチ、ディオニス・イリヤマが、駅伝は8位入賞が精一杯と言っているという話を聞き、メロス・ワタナベは激怒した。あれほど練習して8位で終わるわけないと。
メロスはコーチに意見を言うため、意を決して熊谷競技場に侵入するが、あえなく警護係に捕らえられ、ディオニスのもとに引き出された。
人間など私欲の塊だ、他人の為に走るなんて信じられぬ、と断言するディオニスにメロスは人を疑うのは恥ずべきだと真っ向から反論した。当然反抗の代償としてのペナルティは2倍の練習量を課されることになるのだが、メロスは親友のセリヌンティウス・ヒデト・シノキを人質にし、シホ、ルイ、ウタ、イツキ、クルミにベスト記録を出させ、ディオニスが予想していない駅伝3位で帰って来るから、大会終了までのペナルティの猶予を願う。ディオニスはメロスを信じず、3位になるなど根拠のない自信に過ぎず、かつ通常の倍の練習ために再び戻って来るはずはないと考えた。セリヌンティウスを見せしめに400mx30を課して人を信じることの馬鹿らしさを証明してやる、との思惑でそれを許した。熊谷競技場に観戦に来ていたセリヌンティウスはメロスの願いを快諾し、縄を打たれる。
メロスは急いで練習場に行き、誰にも真実を言わずアップを行い、皆には全力を尽くすように声をかけた。シホからルイへ8位でたすきを渡し、ルイは強豪ひしめく中9位で戻り、引き継いだウタは前半を慌てることなく走り、後半一挙にごぼう抜きして3位まで順位を上げてイツキへ、イツキは激戦の中3位をキープしクルミへ、クルミは区間賞争いを繰り広げ、それぞれの役割をはたしてメロスにタスキをつないだ。
アンカーとしてメロスは3位入賞に向けて走り出した。余裕で到着するつもりが、500mで足に痙攣、700mでは他の走者と接触事故が起きたり、折り返し地点では曲がる際捻挫をするなど度重なる不運に出遭った。足の痙攣を抑え、接触でのロスを取戻し、捻挫の痛みに耐え必死に駆けるが、無理を重ねたメロスはそのために心身ともに疲労困憊し一度は競技場に戻ることをあきらめかけた。このままセリヌンティウスを裏切って逃げてやろうかとも思った。しかし、コースにいる仲間の応援が背中を押してくれた。自分がここまで強くなったのにはシホの努力を見て来たからだし、練習ではクルミの後について行ったからだ。夏の暑さでふらふらになった時、ふと水を差しだしてくれたルイのやさしさがあったからだ。頭の中で走馬灯のように駆け巡った。ここで僕があきらめたらこの1年の皆の苦労がダメになる、そう思うと力が湧いてきた。すると、疲労回復とともに義務遂行の希望が生まれ、再び走り出した。人間不信のコーチを見返すために、自分を信じて疑わない友人を救うために、そして自分の身体を捧げるために。
こうしてメロスは全力で、体力の限界まで達するほどに走り続けたが、競技場に入って4位の選手が迫って来た。4年生と5年生ではスピードの違いは歴然だった。北口ゲートから入ってきた時の30mの差が残り50mでは5mになった。誰もが抜かれることを覚悟した。悲鳴に近い叫びがあった。しかし、メロスはラスト50mからはその差を縮めさせなかった。彼の使命感が格上の選手に優ったのだ。
そして目標の3位を獲得し、サブグラウンドで今まさにセリヌンティウス・ヒデト・シノキが過酷トレーニングを課されようとするところに到着し、約束を果たした。
メロスはセリヌンティウスにただ1度だけ裏切ろうとしたことを告げて詫び、セリヌンティウスも1度だけメロスを疑ったことを告げて詫びた。そして、走り終わった仲間たちもメロスが競技場に入った時最後に抜かれ、4位に落ちてしまうと疑ったことを詫び、泣いた。彼らの真の友情を見た暴君コーチ・ディオニスは改心し、2人を釈放したのであった。
第154回「部屋とYシャツと私」(2021年12月4日)
無くて七癖有って四十八癖と言われ、人は誰しも多かれ少なかれ癖がある。年端もいかない学童のこどもたちにも癖がある。
何か言われると涙目になる子がいる。
K男はY男にいじられると涙目になる。これで感情が抑えられれば問題はないのだが、2人を引き離した後、Y男が遠目でちょっかいを出すと限界値を超えてしまう。嫌ならY男を見なけりゃいいのにと思うのだが、K男は何されてもY男が気にかかるようだ。限界を超えると、こころの抑制が効かなくなり自らの怒りを体全体で表してしまう。大人しいK男から激しく世の中を憤る姿に一変してしまう。高校生になってもこの傾向が残っていたら危険なタイプの男だ。普段はおとなしい良い子だった、と何かあった時の周りの反応につながりかねない。
そのY男には目線が飛ぶ癖がある。
Y男は我々に怒られる時、目線があっちこっちに飛ぶ。その動きはマネジャーを探しているのだ。私は必要以上に怒らないし親に言いつけることはしないが、マネージャーは本人を叱るとともに情報共有として親に言うからだ。Y男はお母さんと2人暮らしで土日はお母さんの前ではいい子になっているから、月曜日はテンションが高い。悪い時は思い切り頭を叩く。彼はよけない。泣きもしない。しばらくすると「ごめん、さっきはイリを怒らせるようなことをしてしまって」と言ってくる。ほろっとする言葉だが油断してはいけない。心からあやまっているわけではない。「次もまた怒らせるけど優しく殴ってね」という意味だ。まったくもって懲りない。
女の子の中には口が尖る子がいる。
A子は外遊びの際私と一緒に鉄棒やろうねと言ってくる。ところがグラウンドに出ると皆が鬼ごっこや足踏みをしようとすると必ず私を巻き込む。だからA子の約束が守れないことがある。その時は皆の後ろから口をとがらせてこちらを見ている。彼女が不満のときに見せる癖だ。これをフォローしないと憎悪の顔に変わっていく。いつもはかわいい顔立ちなのに・・・こうなると何をやってもダメなのだが、高い高いとある子を抱え上げているとニコニコして「私もやって!」と近づいてくる。動物的行動に右往左往してしまう。要は約束を守らなかった私が悪いのだが。皆も心得ているので、A子の対応に私が抜けることは大目に見てくれる。
自分で言って自分で空笑いする子がいる。
お母さんとお姉ちゃんと3人暮らしのK子は無口でお母さんが迎えに来るまで1人本を読んでいる。私と目が合うとモミジのような手でおいでおいでをする。その時は何があっても彼女のところに行く。曲がったことが嫌いで、私がこどもたちにゲームでズルをされている時、私の味方になってくれる。そのせいか皆と遊ぶことが少ない。私と話をする際、自分の話に空笑いをすることがある。これが出る頻度が彼女のストレスの大きさを示している。その時は何でも言うことを聞くことにしている。
腕相撲しようという。彼女はぎっちょなので左手でやる時は負ける。必死の形相で負ける。得意げなK子、しかし右手は左手での勝利を引き立てるため必ず勝つ。手加減はしない。
K子は腕相撲の後、私の手を握りながら家庭内のことをいろいろと話をしてくれる。私のあぐらの上に乗りたがっているが、それは禁止になっているので手を握るだけだ。若い頃だったら恥ずかしさがあって手を握ることもできなかったと思う。今は酸いも甘いも嚙み分けた年齢になった。銀座のホステスの百戦練磨の手と比較すれば言葉に尽くせない純粋な手だ。私も手を放すことはしない。小さすぎて恋人握りはできないが、彼女の手を包むように握っている。しかし、時間が来ると私は手を放してさっさと帰ってしまう。子泣き爺になってはいけない、なぜなら家には砂かけ婆が待っているからだ。
最後に、漫画のように眉毛の動く子供がいる。
E男は普段眉毛は通常の位置にあり、違和感はないのだが、怒り出すと一変する。ふたつの直線が突端にへの字に変わる。外遊びではまとわりついたり蹴ったりするので、払い腰で地面に投げ倒した。E男の怒りが頂点に達したようだ。への字の角度がさらに鋭角になった。こんなにも心の動きがわかりやすい眉毛があったのか?
E男に会うまで、私の知っている限り眉毛が動く男は平松愛理の歌に出てくる男だけだった。
♪「・・・いつわらないで 女の勘はするどいもの
あなたは嘘つくとき 右の眉が上がる
あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて
私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう・・・
もし私が先立てば オレも死ぬと云ってね
私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ
あなたの右の眉 見とどけたあとで・・・」♪
この子らに幸多かれと祈る。
第153回「駅伝ノススメ」(2021年11月27日)
「駅伝ノススメ」という本の冒頭には「天ハ火トノ上ニ火トヲ造ラズ(炎)、卑トノ下二誹トヲ造ラズトイエリ」とある。
つまり駅伝選手はアドレナリンを出し過ぎて熱くなって炎のように飛ばし過ぎてもいけない、相手をなめたり、逆に根拠のない理由で自己を卑下してはいけないし、調子の悪かった選手を責めてもいけない、いうことが書かれている。
埼玉県の小学生駅伝が12月5日に開催される。レース観戦の参考になればと思い、「駅伝ノススメ」の中から駅伝の魅力を紹介したい。
(1)息遣い
息遣いによってその選手が調子いいのか悪いのかわかってしまう。息遣いが荒くて調子のいい者はいない。大人になれば我慢して抑える練習をしなければいけないが、小学生では無理だ。よって1kmを過ぎたらこの息遣いに気を配るといい。息遣いの荒い者と並走してはならない。自分もその重力の中に引きこまれてしまう。目標がその選手だったら見捨てるに限る。
(2)足音
追いつかれてくると、ある時点から足音が聞こえてくる。大会はアスファルトなので「ヒタヒタ」という表現がぴったりの音である。追いつかれる者にとってはシューベルトの「魔王」に怯えるこどもの様になる。
「魔王」では悲しい結末を迎えることになっている。
(3)相手を抜く時
抜けるのに抜かないのはゲームで言う「舐めプ」状態だ。相手をいたぶってはいけない。それどころか、油断すると逆に疲れたライバルに塩をおくることになりかねない。寸前まで自分一人では諦めかけていた相手に元気を与えかねない。結果的に自分がそのライバルのペースメーカーになってしまう。抜く時は一挙に抜き去り、ライバルを絶望の淵に追いやるのである。
(4)タスキを渡す時
渡す方は「まかせたぞ」、もらう方は「よしゃ」の言葉が自然に出てくる。外部から見ると、抜かれて来て「まかせたぞ」は無責任な言い方に聞こえるが、「俺は今日調子悪かった。申し訳ないが、俺の分も頑張ってくれ、頼む」という心の中に上の句があり、下の句の「(だから)まかせたぞ」の発言につながっているのである。渡す方は懇願の顔になっている。
逆に数人抜いてきてタスキを渡す場合、顔が険しくなり「俺がここまで頑張ったんだからお前も頑張れ!抜かれたら承知しないぞ」と恫喝の上の句に、念のための「(だから、後は)まかせたぞ」の下の句が続く。
(5)南サブゲートから出てくる瞬間
これは熊谷競技場のコース独特の現象なのだが、入口正面を過ぎて競技場に入るまで200m位の距離があり、その間の争いは見えない。入口付近で応援してすぐ競技場に入っても、南サブゲートから出てくるまでの30秒間は期待の電界と不安の磁界とが入り混じる時間である。その見えない舞台裏での攻防で、ライバルを抜いて南サブゲートから現れることがある。チームとって大歓声が生じる瞬間だ。ローンレンジャーが愛馬「シルバー」に乗って崖の上に現れたのと同じだ。我々にとってはヒーローだ。この感動がたまらない。
(6)戦友
同じコースを走り、頑張る姿を見てきたメンバーには自ずと一体感が出てくる。目的と努力が一緒で、さらに絆の象徴である1本の“タスキ”が神秘的な力をもたらす。最後の走者がゴールした時、皆が真の“戦友”となる。
(7)ルール
こどもは何するかわからないので、犯しやすいルールを紹介する。
①中 継
1. 中継線は幅50㎜の白線で示す。たすきの受け渡しは、中継線から進行方向20mの間に手渡しで行わなければならず、中継線の手前からたすきを投げ渡したりしてはならない。
→通常は受けてはもらうまで動かないことが多い。リレーとは異なるので加速のための引っ張りは要らない。
→リレーの際のバトンパスはテークオーバーゾーンの外での受け渡しは(身体が中でも手が外だと)失格であるが、駅伝は身体が中であれば受け取る手は外でもいい。
2. たすきを受け取る走者は、前走者の区域(中継線の手前の走路)に入ってはならない。
→前走者が中継点の手前5mで倒れても、その選手を思いやってもらいに行ってはいけない。あらん限りの声で励ますしかない。
②たすき
1.たすきは布製で長さ1m60~1m80、幅6㎝を標準とする。
2. たすきは、必ず肩から斜めに脇の下に掛けなければならない。
3.たすき渡しに際して、前走者がたすきを外すのは中継線手前400mから、次走者がたすきをかけるのは中継後200mまでをおおよその目安とする。
③ 助 力
1. 競技者は競技中、いかなる助力も受けてはならない。
2. 人または車両による伴走行為は、いっさい認めない。
3. 正常な走行ができなくなった競技者を一時的に介護するために、競技者の体に触れるのは助力とはみなさない。
→プリンセス駅伝の脱水症状や箱根駅伝のような低体温症は考えられないので、転倒して骨折をしたとか、極度の緊張で気分が悪くなったとかが予想される。最悪の場合が起きた時躊躇なく潔く行動すること、その際の保護者、選手の決断は誰も責められない。
ということで、8位入賞をめざしたい。
第152回「日陰の女」(2021年11月20日)
演歌やTVでは、妻帯者を好きになった女性が描かれることが多い。なぜなのか。それは、男も女もそんな立場にはなりたくないが、そういう状況が2,3日で終わるなら、一度は経験してみたいと思っているからだ。
またその悲しい結末を癒すのに、カモメの鳴き声を聞きながら1人港や海岸で歩くのがお決まりのパターンである。しかし、それは決して特異な行動ではない。普通の大人は失恋を癒すのに銀座を歩くことはしない。周りのにぎやかな話し声や銀座の華やかな雰囲気の中で歩くことは「雑踏の中の孤独」に陥ってしまうからだ。悲しい時落ち込んだ時に水前寺清子の「365歩のマーチ」を聞いても決して立ち直ることはできない。悲しい時は悲しい曲を聞いた方が回復は早い。人間は自分のテンションと同じ曲を好ましいと感じるものなのだ。だから失恋の時に歩く場所はうらびれた所と決まっている。
バンビーニにはかけもちのこどもがたくさんいる。塾はもとより、サッカー、野球、空手、水泳、ラクビーなどのクラブにも入っている。最近の傾向はオリンピックのせいなのか空手が目立つ。対戦型のスポーツはおもしろいものだ。こどもの優先順位では陸上は最下位に近い。何かあれば他のスポーツを選ぶ。多くのこどもたちにとってバンビーニは大人の世界でいう「日陰の女」の存在なのである。
水曜日クラスはその典型だ。S男は才能があるが、大会に出てくれない。彼は川口では1,2番の野球クラブのエースで4番だ。日曜日の試合や練習があればそちらが優先だから陸上の大会には縁遠い。バンビーニのエースであるR子も小さいころからやっている野球が優先である。S男と違って大会には出てくれるが日曜日の練習では野球が優先になってしまう。H子は4年生だが、空手で全国大会の上位者だ。彼女と喧嘩しても上段廻し蹴りでのされてしまう。全国大会と埼玉県大会とでは比べようもない。でも走るのは速いし、なによりも根性がある。
陸上のコーチとしてはジュクジュクした思いがある。他のクラブのコーチはこういう思いはないのだろうか。強く言えば彼らは陸上をやめる。遠い昔、女性に「だから、あんたは重いのよ」とまるで子泣き爺かのように言われたことがある。確かに若いころから物事に熱中してしまい思い入れの強い癖があった。OBとなって元いた会社の部下に電話した。新しい会社の仕事上元の会社の組織図が欲しかったのである。しかし、何度か居留守をつかわれ、諦めた。あれほど面倒をみたのに。バンビーニを作った時、教え子のオリンピック選手に電話をし、バンビーニ主催のマラソン大会に出てくれないかとお願いをしようとした。しかし、要件を伝える前に「長距離を教える小学生クラブに推薦状は書けない」と言われてしまった。「自分は陸連側だ」とも言っていた。タダとは言わないが安く出場を依頼しようと思っただけなのに、推薦状の話で電話したわけではないのに。
このことがあって以来、人との縁は線ではなく点であると思った。そう思ったら気が楽になった。しかし、最近優秀なこどもたちに出逢うようになり、また子泣き爺になりかけている。
入会して来るこどもたちにはメインのスポーツや塾がある。ある子は入会しても都合で来れないことが多い。「今日も来てくれなかったか・・・」カラスがねぐらに飛び急ぐのを見ながら、見沼田んぼのあぜ道を涙さしぐみ帰宅する。しかし、会える時だけで満足しなければいけない。来てくれた時目一杯指導すればいいのだ、それ以上のことを期待してはいけない。彼らがこちらを振り向くまで待つだけだ。バンビーニは所詮彼らにとっては日陰の女なのだ。
テレサ・テンは熱唱する。
「あなたが好きだからそれでいいのよ
たとえ一緒に街を歩けなくても
この部屋にいつも帰ってくれたら
私は待つ身の女でいいの・・・」
第151回「あの、ハゲー!」(2021年11月13日)
春先その日のR子は荒れていた。帰宅するなりタオルやスパイクの入ったリックを放り投げ、冷蔵庫からコーラを取り出し一気飲みをして、ソファに仰向けに倒れ込んだ。
「何なんだ、いつも私ばかり怒って。たまには他の子も怒ればいいのに、絶対私を嫌っている。教育委員会に訴えてやる。パワハラだ」
「何怒っているの?」
母親の質問にひとりごとのように答えた。
「あいつ、私を車にたとえやがって、『お前の走り方はポルシェが銀座を走っているようなものだという。ポルシェが信号で停まり、歩行者をよけながら走っている。ポルシェは速く走るために作られた車だ。銀座でちょこまか走るのではなく、ドイツのアウトバーンで200km以上で走るのがふさわしい。お前はただみんなに見せるために銀座を走っているのか、ドアホー』という。“ち〜が〜う〜だ〜ろ〜!”私が何で車なんだ。わけがわからない。私はディズニーの『カーズ』じゃないんだ」
「600m以上の練習になるとサボるというが、私だって一生懸命練習しているのに200mと600mとどう走り方が違うというのだ。具体的に説明しろ。きっと言えないんだ。嫌そうな雰囲気が顔に出ているとかK子ちゃんに抜かれても平気な顔をしているとか、顔なんかいくらでも演技できる!もっと科学的に指摘しろ!
ああ、そうですよ、私は野球が好きですよ。何も陸上を自分から好んでやっているわけではない、ママに『足が速くなれば野球クラブでより活躍できる』と言われたから入ったんだ。
何が将来だ、何が中学生になった時の準備だ、私は今の私でいい。キリギリスでいいのだ。それなのに態度が悪いからと練習を追加させやがって、私はもうクタクタ。コーチのせいだ。あの、ハゲー!」
まな板でニンジンを切りながら「まあまあ、いまカレーをつくっているから、もう少し待っててね。」という言う母親の声に応えることもなく、疲れのせいなのか涙のせいなのか、R子はそのまま意識が遠ざかってしまった。
秋、陸上の大会の表彰台にいた。「何だ、これは」アナウンスでは小学生女子の長距離で表彰されたらしい。
表彰式が終ってコーチのところに行ったら頭を叩かれた。そのせいでやっとレースのことが思い出された。コーチはバカの一つ覚えで「飛ばせ!」としか言わない。「飛ばしていけるところまで行き、ダメなら練習を重ね力尽きた地点をどんどん先に伸ばせばいい」と言っていた。
コーチは「いつも陸上競技は科学だ」と言っているのに、「残り50mは根性だ」と漫画の「巨人の星」の事を引き合いに出す。パパですら知らない漫画を引き合いに出すな!言っていることが首尾一貫していない。根性は科学じゃない! ただ今回はこころが身体を押してくれたようだった。最後までねばれた。これがコーチの言う「根性」なのだろうか
コーチがごほうびにキチンカーのカレーパンをおごってくれた。できたてのパンだ。食べようとしたら、ママの声が聞こえて来た。
「R子、カレーができたよ。さあ、起きて起きて」
カレーを食べたら、なんだか怒るのがバカバカしくなってきた。明日から春合宿が始まる。長い距離のジョッグから始まるのだろうな、嫌だけどちょっとだけ頑張ってみるか。夏合宿やインターバルなど本当はやりたくないけど、何か表彰台に上がっていい気分だったことをR子は思いだした。
その時見た夢は、今秋正夢となった(第37回全国小学生陸上競技交流大会女子1000m第2位、第37回彩の国小学生クラブ交流大会女子1000m2位、第12回埼玉チャレンジカップ女子600m3位)。
第150回「博士の愛した数式」(2021年11月6日)
「博士の愛した数式」は第一回本屋大賞に輝いた小川洋子氏の作品。交通事故の影響で80分しか記憶が続かない天才数学者と一組の母子の心温まる交流を描いた小説である。しかし、老人の年代になると交通事故に合わなくても記憶障害に陥る。
居間にミカンを取りにいった際、家内が明日買い物に付き合ってよというので取り合うとそのまま自分の部屋に戻ってしまい「いけね、ミカンを取りに行ったんだっけ」とまた居間に行く。するとテレビで漫才をやっていたのでそれを見て部屋に戻り、椅子に座って気づく・・・「ミカン」
今度は忘れないぞと居間のミカンを先に手に取る。効率よく行動しようと思い、コーヒーも入れる。部屋に戻り机の上にコーヒーカップを置くと肝心なミカンがない。コーヒーメーカーのところに置いてきた。家内が持ってくるだろうと思っていたが、それもしばらくすると忘れ、翌朝そのままの姿のミカンを見つけて、昨夜のことを思い出す。私は博士よりひどい。私の記憶は1分しか続かない。しかも天才ではない。
お笑いのタケシとさんまが凄いのは話術だけではない。先輩、後輩芸人の名前をフルネームで覚えていることだ。だから話がスムーズにいく。聞いている方も耳に心地良い。家内との話ではそうはいかない。「何と言ったけかな、黒くて柔らかいやつ、あれあれ」「わかる、わかる、おいしいよね。でも名前が出てこないね」「わかる?よかった」会話はここで終わってしまう。
学童では子どもを呼ぶとき下の名前で呼ぶ。「ゆう」とか「れん」はいいのだが、5文字以上のこどもになると、私には大変な負担となる。ランドセルやロッカーに書かれている名前はほとんどがひらがななで記載されているので記憶することが難しい。漢字はギザギザしているので脳に引っかかる。ひらがなは丸いボールのようなもので脳の中を転がって行ってしまい止まってくれない。
学童でも毎年長い名前の子が入って来るが、1人なら覚えられる。しかし、今年は数名いる上さらに難しくしているのは近似名なのだ。「そういちろう」「りゅういちろう」「こういちろう」この子たちが交互に寄って来るので混乱してしまう。こうなると苗字で呼ぶしかない。ところがこんどは苗字が長いこどもがいる。「えのきぞの」は舌がもつれる。あだなでは呼べない・・・
お迎え時には親子の組み合わせを判別するのにさらに苦労する。ましてやこの子らの祖父母が迎えに来る組み合わせとなるともうわからない。顔が似ていればなんとかなるが、しわの多さが遺伝的特徴を相殺する。もうマネジャーにお任せするしかない。
学童は学校内にあるが、先日出勤する際女の人とK男が一緒に立っていた。「お、K男、今日は休みか、いいね、お母さんと一緒か」「えっ、そうなんですか?」「・・・(はっと気づいた)いや、今日じゃなかった・の・か・な?」女の人は学校の担任だった。
バンビーニでは柔軟体操などで号令をかけている最中に、話しかけてくるこどもがいる。「俺が号令かけている時に話しかけて来るな、ややっこしい」といつも言う。説教しているうちにいくつまで数えたか忘れてしまい、少な目の数から再開すると皆から非難轟々となる。混乱の原因を作ったこどもにはペナルティとして「数字を言いながら途中で20人くらいの人数を数えさせる」ことにしている。つまり「1,2,3・・・・と言いながら5くらいから、人数を数えさせる」のである。ほとんどの子は きちんと数えられない。数字の数え方も条件を複雑にするとむずかしい。“コーチの愛した数式”はこどもたちとの心温まる交流とは決して言えないのである。
第149回「太陽がくれた季節」(2021年10月30日)
大会に出かける時に必ずすることがある。それは“青い三角定規”の「太陽がくれた季節」のCDを聞くことだ。
昔母校の後輩を指導していた時、練習の始まる前に強制的にこの歌を唄わせた。当時は後輩に対してものわかりがいいわけもなく、上下関係も堅固なものであったから、誰も文句を言わない。毎日、1ヶ月間唄わせた。文句は言わないが、さりとて誰も喜んで唄ってはいなかった。しかし、それから半世紀も経って皆と逢うと「この歌を聞くとあの時のことを思い出す」と口々にいう。私もそうだ。大雨でも強風でも練習をした。むしろ水たまりを走るのが快感だった。練習を休むことに罪悪感を持つ年齢でもあったし、曲がったことや女々しいのが大嫌いな頃だった。妥協が一切ない青臭い時代だ。当時現役で走っていたので、「俺について来い」式だから規定タイムに誰も文句が言えなかった。ただついていくしかない。教えられた方は辛かっただろうと思う。小1の女の子に「コーチもやってよ」という私へのからかいに対し、「神様が走っちゃいけないという」との言い訳をする自分など、当時は想像もしていなかった。
歌というものは過去の記憶を掘り起こす力がある。しかし、サザン・オールスターズのようにヒット曲が多いと記憶はもつれる。彼らの歌を聞いていると確かに懐かしいのだが、すべて同じメロディーで同じ唄い方だから聞いたことはあるが、いつの時代かわからなくなる。サザンの「いとしのエリー」の音楽が流れた時、家内に「あの頃が懐かしいね」といったら「ちょっと待ってよ、あの曲は私が会社に入った頃よ。あんたとつきあってないじゃない、誰と聞いたのよ」と余計なトラブルを引き起こす。
その点青い三角定規は「太陽がくれた季節」しかヒットがないから、思い出すのが簡単だ。青春真っ只中の頃の歌と断言できる。この歌を聞いて競技場に行くことによって、私は今人生2回目の青春を味わっているようだ。まさか、今のこども達にこの歌を強要することはできないので、CDを聞くことによって自分だけが若返るのを大会当日の秘かな楽しみにしている。そいえば、その日は老人ではなく20歳になっている私であることを、こども達は誰も気付いていない。
会社を定年で辞める頃になると、多くのサラリーマンはサミュエル・ウルマンの「青春」の詩を声高に言うようになる。ウルマンは次のように謳いあげた。
「青春とは人生のある時期を言うのではなく、心の様相を言う。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。・・・」
男というものは10代後半から20代前半のあの青臭い時代をもう一度味わいたいが、それはかなわぬことだと悟っている。しかし、心の奥底では、もう一度と言う願望は捨ててはいない。ウルマンの詩は、年寄になりたくない男たちがすがりついた宗教的な「教え」ともいえる。
「太陽がくれた季節」の歌詞も最後はこう結ばれている。
「青春は太陽がくれた季節
君も今日からはぼくらの仲間
燃やそうよ 二度とない日々を」
青春とは人生の中で何事にもまぶしく見える時期だ。目を細くし手を額にかざさないと見えない時すらある。バンビーニに入ることは強化指定選手をねらわされることになる。1人で練習するより皆でねらうことが全体のレベルを上げ個の力を強くする。仲間となった皆と一緒に燃えて励まし合って、二度とない小学生時代の思い出づくりをしよう。
第148回「シートート」(2021年10月23日)
学童では学校から帰って来るとランドセルをロッカーにしまう。その際、いろいろな物が飛び出す子どもがいる。不審者対策のブザー、毎日体温を記載する月間シートなどが飛び出す。ある時1年生のM男に「出ているぞ」と注意したら、ランドセルを動かして対応しようとするので、一つのものをかたづけているうちに他の物がまた出てしまう。いたちごっこなのだが、その都度注意していると、
「注文の多い人だなあ」
「・・・お前な、お前が悪いから指摘しているのだぞ」
こどもをからかうときは、膝の上にうつぶせにさせ「お尻ペンペン」と言ってお尻を叩くか、後ろから足を持ってこどもの腰を浮かして「はい、おしっこしましょうね、シートートー」と言っておしっこの真似に持って行く2つのやり方がある。「シートートー」とは外でおしっこをさせる時の母親の言葉だった。60年以上聞いていない言葉が咄嗟に出た。こども達は初めて聞く言葉のようだったので、ウケた。最近の親は言わないのだろうか。それもそうだ。野外でおしっこさせるような時代ではなくなったのだ。帰宅して家内に「シートートーって言葉知っているか」と聞いたら「ああ、SEAのトートバックね」「?????」
外遊びの際、鬼ごっこの鬼がゾンビに替わった日があった。R子は眠りから覚めたゾンビとなって追いかけて来る。隠れていると、「ふん、ふん、何か人間のにおいがするぞ」といって薄目を開けて迫ってくる。加齢臭じゃないだろうなと心配しながら逃げる。
吸血鬼とゾンビの違いはゾンビは腐りかけた死体のはずだが、そんな細かいことはこどもにとってどうでもいいことだ。手を前に上げ目をつぶればそれがゾンビとなる。それよりも何よりも自分で「ゾンビだぞ」と言いながら来るのでわかる。モノマネが似ていない芸人が「芦田愛奈だよ」というのと同じだ。言わないとわからない。
意識的に私を捕まえずに他のこどもを捕まえ、こども達が全員ゾンビになる。その後唯一の人間である私を皆で追いかけるというのがいつものパターン。壁際に追い込まれ1人のこどもは私の足に絡みつきさらにもう1人が反対の足に絡みつく。これ以上は力を入れるとこどもがケガをするので抵抗しないでいると1人が背中に乗ってきて思いきり体を傾けるので耐え切れず倒れる。シマウマがライオンに倒されるシーンと同じだ。そこにゾンビの女王になったR子様に首をかまれることになるが、首は跡が付くとまずいので腕にしてもらったが、本気で噛むので痛い。
折角のスチュエーションなので私もゾンビになる。マイケル・ジャクソンのスリラー風にやると、もうこどもの笑いは止まらない。30秒ほどやって疲れたのと恥ずかしくなってきたのでやめようと思った。しかし、ここからがこども達の真骨頂だ。「やって、やって」の大合唱。飽きない。やりたくなくないので、もうひたすら逃げるしかないがすぐ捕まる。
この光景は羨ましいと思う人がいるかもしれないが、こどもの期待に応えようとするのは疲れるものだ。このこども達が親や先生に期待され、いい成績を残さないといけないと思う日が何年かすると来る。その時私の苦労がわかる。
第147回「細かいところが気になるのが僕の悪い癖」(2021年10月16日)
TV「相棒」の主人公杉下右京の口癖である。私も右京と同じ気持ちになることが時々ある。出勤から帰宅までのある日の出来事である。
(以下『 』は杉下右京の口調を思い浮かべてお読みください)
改札を通る時、今ではほとんどの人がSuicaを利用する。
『おや?』『妙ですね』
スイカをタッチしようとすると、すぐ前の人の残額が2~3秒ほど表示され続けているので私の目に残像として焼き付き、自然と私の残額と比較してしまう。前の人の残額が1992円だとして私の残額が2014円だと私の勝ち、逆なら負けである。勝てば「生活に困っているのかな?」「苦学生かな、母子家庭かな、頑張れよ」との発想になり、逆だと「きっとスイカでコーヒーやパンなんかを買っている輩だな」高額な残額の相手が女性だと「どこかにパトロンがいるに違いない、いいなぁ、女って」と妄想が構内を駆け巡ってしまう。
『僕としたことが・・・あの人と同じ発想をするなんて』
さいたま新都心の駅の男子トイレは小便器が20基ある。たまに入ると誰もいない時間がある。ここぞとばかり左から10番目のところで用を足していると見知らぬ男が右から10番目のところにやってきた。そう、私の隣だ。誰もいなんだから他でやれと叫びたい。なんでここに来るのだ。そこの便器に愛着があるのかこだわりがあるのか
『たとえどんな理由があろうと、この状況下でこんなに近くに寄るのを、正当化することはできませんよ!』
電車が目的地の駅に入り、自分の乗った車両が階段付近で停まるようで停まらず、数メートル先まで行きそうになると、私の足の裏には力が入る。そうなのだ。私は無意識に自分の足の力で電車を停めようとしているのに気づいた。
『君の馬鹿げた発想が時として僕の脳みそを刺激するので助かります』
出張かけっこ教室のお昼は、マクドナルドの「ビックマックセット」(690円)と決めている。もう3年ほど続けている。その日の列は20m位になっていたが、習慣(週間)なので我慢して並んだ。あと3m位に来た時ふと後ろを見た。
『はぁい??』
なんと私の後ろに人がいない。17m並んだ忍耐は何も役に立たなかったのだ。いつもは並ぶ店は嫌いで避けるのだが、その健気な気持ちを逆なでするかのように私の後ろに人がいない。もうマクドナルドと言えども二度と行列には並ばない。
『もしも人に限界があるとすれば、それは諦めた瞬間でしょう』
帰りにスーパーのライフに寄った。100円のクーポンがあったのでビール6缶680円を580円で1セット買うことにした。家内には缶ビールは1本100円以下で缶コーヒーより安い、とビールを飲むことを正当化してきた。ところが店員のおばちゃんはクーポンの有効期間を見て「お客様、このクーポンは有効期限を過ぎていますので使えません。この券は破棄させてもらいます」と手をお大きく掲げ私のクーポンを引き裂いてしまった。「10月3日と10月8日を見間違えただけじゃないか。そこまでしなくとも・・・払いますよ、定価で。しかも現金で。たかがクーポンと言えども、先日ライフからもらい私の所有物になったのだ。それを私に断りもなく公衆の面前で破り捨てるとは・・・」
『あなた、人間として恥を知りなさい!』
『僕はね、穏やかな人間ですよ。でも、売られたケンカは買いますよ。そして必ず勝ちます』
1日の出来事を最後まで読んで頂き「ありがとう」
第146回「名探偵コナン」(2021年10月9日)
タイムを狙うスポーツに従事しているせいか、時間について“こだわり”がある。
まず、一つ目は「時は流れるものか刻むものか」のテーマである。
病院などにある壁掛け時計で「秒針が流れる様なものは」は嫌いだ。時は刻むものだと思う。小さい時から家にあったぜんまい時計のせいかもしれない。流れるような時計はせかされているようで落ち着かない。1秒の心の余裕は必要だ。
忙しい時は、大きな川に流されている様な気がする。時におぼれている自分がいる。暇なときや平和なときは浮き輪に乗ってゆったりとした川に身を置いている気分になる。その時は「時は流れている」ように思える。しかし、自分を真剣に直視している時、これから大事を成そうとするとき「時は刻む」と思う。
ロケットを打ち上げる時は「10、9、8、・・・3、2、1」と数える。また、よく映画で時効が迫った犯人の気持ちを表現するために時計が出てくるが、かならず23時59分55秒から始まり、56、57、58、59と時計の針が「カチ」という音とともに進み、0時00分を指すと安堵感が画面一杯に表れる。時は心に刻むものなのだ。
ストップウオッチはデジタル式が多いが、数字が動くので1秒刻みの時計と同じと考えていい。ただ、競技場にある電光掲示板もデジタル式だが、100mのタイムは観客席から見るのとゴールした時の電光掲示板の結果表示がいつも違っている。ゴール手間で見た数値から予想するゴールタイムと電光掲示板の結果表示が異なるのは、そこに無意識に加わる「期待」というバイアスがかかるからだ。私から見るとうちのD男はいつも12秒台だし、A子は13秒台でゴールしているはずなのだが・・・
もうひとつのこだわりは「時間は相対的なもの」ということである。
子どもと大人では時間の長さが異なり、大人にとって時間の進み方は速い。こどもが10歳、大人が50歳としたら、こどもの1年は1/10、大人は1/50にあたり、同じ1年でもこどもと大人では感じ方が異なるからだ。また、恋人といる時の時間は短く、教師に叱られている時は長い。このように時間は相対的なものだ。
科学でも時間は相対的なものだとしている。「時間は観測者ごとに異なり、光速で宇宙旅行をして戻ってくると、地球の方が早く時間が過ぎて、自分の子供が自分(宙旅行者)より年寄りになっている」と唱えたのがアイシュタインである。
この理論をバンビーニのこども達に当てはめると、バンビーニで練習をし「走ることが速くなる」と、“光速で動いているこどもたち”から平穏無事な生活をしている“止まっている友達”は「早く年取っている」ように見える。陸上競技をやめて普通の生活に戻った時、そこはタイムマシンに乗ってたどり着いた未来の地球となる。時間的余裕があるため「年取った同級生」と比べ好奇心が旺盛で、かつ勝負勘、心構え、礼儀、同じ目的の友達や大人との付き合い、スランプの脱出法などをバンビーニで会得しているため、人間的な余裕もある。まるで名探偵コナンだ。楽しいだろうな。
第145回「百日紅」(2021年10月1日)
スポーツ選手を花にたとえた話として有名なのが、野村監督が現役選手だった頃「王と長嶋はひまわり、俺は日本海の海辺に咲く月見草」いつもマスコミの注目は王と長嶋で自分が活躍してもほとんどとりあってくれないことを嘆いた言葉だ。
さいたま新都心の通りには季節ごとに楽しませる街路樹がある。春には「桜」の優雅さが街をきらびやかにし、その後、はにかむように咲く「花水木」が落ち着きのある街に変える。しかし、夏になると「百日紅」が赤や白の花を咲かせ、他に花々がない季節にその華やかさが街の活気を支えてくれる。
近年の日本の酷暑の中にあっても、「百日紅」は暑さに負けずに長期間、次から次へと開花し続ける。漢字で書く「百日紅」は、初夏から秋までほぼ3ヶ月間、つまり100日間も咲き続けていることからつけられた名前だ。
バンビーニも7月4日の全国大会埼玉予選が終了して9月末までの3ヶ月よく練習をした。「百日紅」の開花と同じ期間、こども達は文句は言うが、やることはやった。たぶん一人で練習をしようとしたらできなかっただろう。9月20日には長距離はクロスカントリーコースでたっぷりと走った。脱落者は出なかったのは集団の効果だと思う。長距離はここに参加した者全員が指定選手になろうとしていたからだ。
「百日紅」の花は、一つひとつは小さくて縮れているが、これらがまとまって房状になり、豪華な咲き姿を見せる。バンビーニも同じように、1人が調子悪くても他の選手を目標に走れば知らず知らずのうちに調子は戻る。大会で1人が活躍すれば「あの子があのタイムを出せるなら、練習では私の方が前にいつも行っていたので、私でも出せる」と思う。
「百日紅」の花言葉は、「雄弁」だ。真夏の暑さに弱ることなく、枝先に花を密生させて堂々とした咲き姿を見せることから、「雄弁」という言葉が与えられたという。そういえば以前はほとんどの選手は無口で不愛想だったが、自信がつくにつれてうるさいことうるさいこと幼稚園児並みだ。本来の雄弁には程遠いが、おしゃべりを彼らの自己主張と捉えればこれも雄弁と言っていいだろう。
「百日紅」は放任してもよく育つ。そうでなければ街路樹にならない。こどもたちの多くは練習はガンガン行ってもなんでもない。体調に気を遣う必要がないのだ。もちろん若干暑さで参る子がいるが、まだまだ百日紅の領域まで育っていないからであり、指定選手を狙う子は酷暑にも強い。
もし秋の大会でたくさんの指定選手を輩出できたら、この鍛練期である3ヶ月の練習期間を「百日紅トレーニング」と称して、来年以降の計画に位置付けていきたい。
「百日紅」は別名「サルスベリ」という。その名はあの樹肌がツルツルしていて猿も登れないので「サルスベリ」という名がついた。「猿も木から落ちる」を連想してしまうので、この練習を実施しても大会当日病気や怪我、転倒などミスのないレースを心がけなければいけない。いよいよ、大会の10月が始まる。
第144回「トムとジェリー」(2021年9月25日)
こどもの人間関係は難しい。本当に仲がいいのか、虚構なのか、よく見ないとわからないことが多い。
学童でもいくつかの「仲良し組み」がいる。
Y男とK男はケンカばかりしている。多くの場合Y男がK男にちょっかいを出し、室内では執拗な攻撃にK男が耐え切れず泣き出すパターンが多い。Y男は懲りないこどもでしつこい、K男は自分の感情が抑えられないタイプで、その様子をみれば絶交してもおかしくない関係なのだが・・・校庭で遊んでいる時はY男を追っかけるが、Y男はすばしこいので捕まらない。血相変えて追っかけているので最初は止めに入ったが、それから1、2分経って彼らの方を見ると、もう肩を組んで歩いている。そのうち2人で私に絡んでくる。これも毎回同じで、学童版「トムとジェリー」と言える。
Y男は毎日来る。K男はたまに休む。K男が休むと「おい、K男がいなくて寂しいか?」と聞くと「いや、別に」とうそぶく。他に友達はいそうにない。Y男は1人で本を読んでいることが多い。ちょっかいをだしてもつきあってくれるのはK男と私だけだ。私にちょっかいを出すのはいいが、度が過ぎるので頭を叩かれる。浣腸をやるのでその痛さによって頭を叩く度合いが異なる。「いいか、頭叩かれた痛さが私の痛さだ。わかったか」とすごんでも決して泣かないし懲りない。泣くのは私がK男に味方して責められた時だけだ。「なんで、僕だけ・・・」と泣く。ちょっと言い過ぎたかなと思うと、K男が「そうだよ、Y男だけが悪いんじゃないよ。イリが悪い」という。「なんで俺が悪いんだよ。俺はお前の味方じゃないか」「ううん、僕はY男の味方」なんだかわけがわからなくなる不思議な関係だ。
女の子になると少し様相が異なる。2年生のM子とU子はいつも一緒で、周りから見ていても仲がいい。
「ねえ、イリ。M子ちゃんと遊んであげてよ。M子ちゃんイリと遊びたいんだって」
「・・・うん、遊んでもいいのだけど、『あやとり』以外にしようよ。私は男の子だったから『あやとり』をしたことがないのだよ」
ある時今度はM子が私のところに来て
「ねえ、U子ちゃんの髪の毛三つ編みにしてあげて」
「・・・うん、してあげてもいいんだけど、私は三つ編みをしたことがないのだよ」
「じゃ、やってみたら。お父さんは簡単にやっているよ」
「わかった・・・やってみる。・・・お~い、髪の毛の分量がわからないよ。どこで半分にしたらいいの?こんなものか。髪の毛を編むのは紐と同じように結んでいけばいいのかな?・・・こうかな?」
「痛い、イリ、痛いよ」
「ね、やっぱり私じゃダメでしょ」
その後、2人は二度と髪の毛を編めとは言わなくなった。
もう一組、2年生でT子とE子という子の組み合わせが問題だ。
E子はT子を支配下に置いている。E子はいつもT子と一緒に座り他のこどもの接近をゆるさない。T子はE子がいなければ誰とでも遊ぶ、明るく楽しい子だ。ところがE子が来ると従属的関係に甘んじている。遊びも宿題もE子に指示される。もっといえば外遊びから帰って来ると「あなた、濡れているからお着替えしたら」といって着替えまで指示される。T子が宿題の答えがわからないと聞いてくるので教えようとすると、E子がしゃしゃり出てくる。学力はE子とT子ではT子の方が上なのだが・・・
以前は私とトランプのスピードをやるのが常だったが、「おい、T子、スピードやるぞ」と声をかけても、最近はE子が出てきて「ダメ、私と遊ぶのだから」と目をつりあげて言う。怒っているのだ。T子はあきらめ顔で従う。E子は自分の思い通りの子をつくりあげていこうとするママのようだ。
2人に何があったかわからないが、家が同じマンションというのもつらいだろうな。自分の母親にも言っていないようだが。困った関係だ。
そんな悩んでいる私の後ろで、いつものようにトムとジェリーが仲良くケンカしていた。
第143回「記録」(2021年9月18日)
陸上競技の成績は「記録および順位」で表すことができるが、バンビーニでは特に「記録」を重視する。
吉田沙保里の全盛期時代にいた選手は彼女の出る大会では絶対に優勝することはできなかった。女子レスリングでは吉田沙保里を破らなければ正しい努力評価をしてもらえなかった。陸上競技でもこれから2,3年は田中希実がいる限り、他の選手は1500mで日本一になれないと思う。しかし、幸にも陸上競技や水泳競技には日本一という順位だけでなく、自己記録という目標がある。日本一が無理でも自己記録が更新できればこれまでの努力は報われる。ここが陸上競技と対戦型競技の違いである。
陸上競技の「記録」は時間とともに進化するので、その価値は時間と共に劣化するといえる。例えば、半世紀前には高校女子800mを2分22秒で走れば関東大会で3位に入賞しインターハイに行けたが、今では入賞どころか予選通過もできない。冷静に言えば、バンビーニの女子(小6)でもこの記録を出す。「俺について来い」と先頭になって走っていたあの時の練習(青春)はいったいなんだったのだろう、と自問してしまう。
ただ、誤解しないでほしい。当時の記録を出した選手自身の価値を否定しているのではない。あの頃、我々は青い三角定規の「太陽がくれた季節」を聞いて頑張ってきたのだ。その価値は今もっても輝いている。
現在の選手が過去の選手以上の記録を出せるのは、栄養学やトレーニング方法の進化ばかりだけでなく、タータントラックの開発、それに伴うシューズの改良がおこなわれたからだと言ってよい。もし、1964年東京オリンピック100mで優勝した(タイムは10秒00)ボブ・ヘイズがいたらボルトに勝っていたかもしれない。ボルトの方がヘイズより環境条件は格段恵まれているからだ。
人類の記録の更新はこれからも続くだろう、しかし、決して平等ではないと言うことを忘れてはならない。オリンピックが常にアフリカのサバンナで裸足で行われ、それで記録が更新されたなら絶対評価をしてあげるべきだが、ペースメーカーがいる時代で厚底シューズを履いたキプチョゲと給水もままならない時代の裸足のアベベ(ローマ五輪マラソン優勝者)を単純に比較はできない
記録の面白さは絶対値だけではない。伸び率という相対値にも目を向ける必要がある。
素人がハイレベルの選手に追いつくのは並大抵の努力では追いつけない。練習中に挫折するかもしれない。伸び率はそれを乗り越えた努力の表れとして評価されるべきだ。
ただし、100mを12秒00から0.1秒縮めるのはそれほど難しいことではないが、 11秒00から同じ0.1秒縮めるのは難しい。すなわち、陸上を始めた時の記録が高いほど記録の改善(伸び率)に難易度(価値)が生じる。その価値は認めるが、「伸び率の絶対値」も評価してほしいと思っている
人類の記録は限りなく発展するのかいつか限界が来るのか、この命題はたくさんの異論があり結論を出すのは難しい。なぜなら、我々は人類の限界を予想する術がない。歴史や科学そしてスポーツは異端児によって未知の世界を切り開いてきた。いつ現れるかわからないがいつか現れる異端児(例:走り高跳びの背面跳びを考案したフォスベリーなど)により記録は伸び続けると考えられる。
それはあくまでも人類としてであり、個人記録は確実に限界がある。長年トレーニングを続けていると記録は徐々に伸び率が小さくなり、やがて一定の状態となる。どんなに頑張っても越えられない壁にぶつかる。自己記録は停滞し、そして低下に転じる。自己の限界は誰にでも訪れる。陸上を継続するかの判断をする時がやがてやって来る。本人には残酷だが、決断は自分自身で行なわなければならない
だが、小学生については何の心配もいらない。小学生の段階では記録の限界はない。興味があり続ける限り伸びる。魚の一生にたとえるならば、サケが川を下って海にまさに出ようとしている瞬間である。遡上のことなど考える必要はまったくない。大海原で大きく育っていってほしい。
第142回「天国に一番近い男」(2021年9月11日)
こども達にキツイ練習を課すと必ず言われる言葉がある。
「コーチもやってよ」
200mのインターバルや110m加速走などは中学、高校、大学といやっというほどやってきた。その経験も踏まえての練習計画だ。以前こども達の煽りに乗ってしまい300m走をやったらお尻の筋肉を痛めてしまい、2度とこどもの挑発には乗らないことにしている。だから、こどもに言われたらこう答えている。
「コーチはね、こどもの頃、人一倍練習をしてきたので、神様が『入山、お前は十分努力してきた。もうこれ以上やる必要はないよ。よくやった』とおっしゃるのだ。もう神様と仲良くしなければならない年頃になった。神様のいうことは聞かないといけないから、やらないのだよ」
「・・・・」
「だから、神様とお友達である私の言うことを聞け、さあさあ始めるぞ」
学童では私が床屋に行くと必ず寄ってくる連中がいる。頭が坊主だからだ。肌触りが良いのだろうか、すぐ頭をいじりにくる。ある時2年生のY子が私の頭をさすりながら
「ねえ、ねえ、イリは学童に来ない時は何しているの?仏様をしてるの?」と尋ねてきた。
「?・・・Y子、それは『お坊様』というのじゃないのかな?仏様だと私はもう死んでいることになるからね」
「・・・」
入会したこどもには最初に「もし君がオリンピックに出て金メダルを取ったら、1度でいいからNHKのテレビの前で『今あるのは小学校時代に教わったバンビーニの入山コーチのおかげです』」と言ってくれ、約束だよ」と言うことにしている。
ある時この話をした小1の女の子が
「コーチ、今何歳?ちょっと考えてみて、私が大人になってオリンピックで活躍できるのは20年後だよ。その時、コーチ生きてる?」
「・・・う~ん、難しいかもしれないね」
「でしょう、じゃ『テレビの前』でなく『お墓の前』で言ってくれ、が正しい言い方じゃないの?」
「・・・」
学童では17時頃から保護者が迎えに来る。顔が似ている親子なら○○お迎えに来たよと言えるが、おじいさんが迎えに来るともう私には誰を迎えに来た人かわからない。そこで「お帰りなさい、お~い、お迎えに来たよ」と大声を出すと、腰を上げた子がおじいさんのお目当ての孫だ。こども達が少なくなると私に寄って来る子がいる。消毒作業の邪魔になるので時々「S男、お迎えだよ」」と言うと、私から離れて身支度をする。そして虚言だと知るとブーたれる。何回か引っかかったS男は、ある時意趣返しとばかり玄関付近から私に向かって「イリ、お迎えが来たよ」と言い放った。居合わせたこども達の目はすべて玄関に注がれた。
それにしても、言葉というのは不思議なものだ。今まで何気なく使っていた言葉も自分が言われてみると、妙に嫌な響きに聞こえる。私のお迎えはまだ早い。
第141回「水を飲ませることはできない」(2021年9月4日)
「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」
この言葉はイギリスの諺で、英語表記では「You can take a horse to the water, but you can’t make him drink.」と書く。馬が水を飲むかどうかは馬次第なので、人は他人に対して機会を与えることはできるが、それを実行するかどうかは本人のやる気次第であるという意味だ。
うちのクラブにはかつてスーパー1年生と呼ばれた男の子が2人いる。入って来た時は先輩たちを抜くことを楽しんでいた。まるでチーターのこどもがガゼルをもてあそんでいるようだった。2人を見ているだけでワクワクした。しかし、練習に対する取り組みがなぜか年々後ろ向きになってきて、今では普通の4年生になっている。1人は勉強で、もう1人は水泳で頭角を現しているためだ。バンビーニの長距離女子は精鋭がいるが、不思議と長距離男子は5,6年生が1人も入会していない。クラブ運営の点からも男子4年生に期待がかかる。3年前はこの子らがバンビーニを背負うと思っていた。しかし、時の流れに押し流されてしまった。1年生で指定タイムがあったら即切っていた逸材なのだが、3年の時間は長すぎた。成果を出すには無理強いするのではなく、根気よく指導するべきなのだが、「水は飲ませることはできない」
途中で入ってきた野生児の3年生がいるが、この子はこの子で裸馬のように乗りこなすのが難しい。乗るというよりいつも抑え込んでいることの方が多い。何しろ目の付け所が違う。走ることより足元の昆虫や手元の新しい道具に関心がいってしまう。鞭を入れようが餌をやらないようにしようがめげない。これはこれでたいしたものだと思うが私のストレスはたまる。首を振ったりペースが上下するのを直せば、5年生で指定タイムをクリアできる力があるのに「水を飲ませることはできない」
6年生のR子については、長い距離の練習が嫌いで何度も「これを克服しないとラストで逃げれないよ」と言うのだが、400mまでの練習は楽にこなせるのに、600m以上の距離になるとまったくふがいない。脅してもすかしてもダメだ。600m以上の練習に真剣に取り組まないからそれまでの「逃げ」が活きない。だから同じ過ち(ゴール直前で差される)を繰り返す。3分05秒は切れる実力があるのに「水を飲ませることはできない」
この子が卒業するまで毎回声が枯れてしまうのかと思うと、「喉頭がん」が心配になる。
4年生にはもう1人問題児がいる。その子が問題なのは、練習態度ではない。練習は一生懸命なのだが、「走り終わっても決して息が上がってない」ことが問題なのだ。たぶん全力走をしていない。いや、できないのだと思う。大人は全力で走ってくださいと言えば速い遅いは別にして全力で走れるだろう。ところがこどもは走れない子がいる。いつもいう自己防衛反応が働くのだ。しかし、「野良犬に追っかけさせれば全力で逃げる」と思う。私が彼に小言を言っているのはタイムではない。練習の時全力で走れ、ということだけなのだ。しかし、それができない。何度も怒るのだが、「水を飲ませることはできない」
この子らは才能がないのではない。才能は有り余るほどある。後は気持ち次第だ。今からでも十分間に合う。「上昇意欲は人一倍あったが才能がなかった」私からすれば見過ごすことができない存在なのだ。「才能があるのに努力しない子には、クラブにいる限り喉頭がんを恐れず叱り続けて行く。水を飲まないなら馬面を水に浸けても飲んでもらう」
こう書くと「ほめて育てる」教育者からは非難されるだろう。しかし、私はこどもを無責任にほめない。結果的には「水を飲ませることはできない」だろうが、彼らを放っておくことはもっとできない。
第140回「集団免疫とラクチン」(2021年8月29日)
バンビーニは会員3名で始まった。クラブ運営は手探りで、1クラス1人の時もあった。そのうち数人がまとめて入会してくれたが、目標が違っていた。私は埼玉陸協の指定選手に育てたいと思っていたが、「とある大会で入賞することが目的」と言われ、3km用の練習がメインになった。練習にもどんどん割り込んできてインターバルの途中でこどもが疲れているからと子どもと一緒に帰ってしまうこともあった。やめたらどうしようという恐怖心があったのだろう。黙って見ているだけだった。
道具の後片付けも、大会の準備も1人でやった。当時の保護者の方たちが冷たいというのではなく私が他人を受け付けない雰囲気だったのかもしれない。無償の方が楽かな、とも思った。しかし、昔有望なこどもに無償で練習をしたことがあるが、その時は相手がいいかげんになり遅刻したり休んだりで心が折れてしまった。
そのうち家内がクラブ運営を本格的に手伝ってくれるようになって気が楽になった。人は増えなくてもいいから強い選手「埼玉陸協指定選手」をつくることに専念できた。とある大会は優勝してもその後の面倒は見てくれない。埼玉陸協は認定後1年間指導してくれる。中学生になって私の手から離れても安心だ。また、強化指定選手のTシャツは強化指定選手しか買えない。こどもにとってステイタスそのものだ。強化指定選手はバンビーニの黄色いTシャツは着てくれないが、それでいいと思っている。
指定選手の保護者からの情報がクラブ内に浸透し共有化され、段々と共通目的が形成されていった。そのため皆が誰々の記録は○○秒とか△△秒とか理解するようになった。親が関心あるのだから子どもにもその効果が及んだ。すると集団内で競争が起きた。サボっている子には皆で叱って励ますようにもなった。
集団(チーム)には、必ず「チームがどこに向かっていくのか」「チーム目標は何か」という、共通目標や目的が存在する。陸上クラブのバンビーニではやっと「埼玉陸協の指定選手記録」が共通目標として定着し、練習内容も1000mに絞れることになった。
バンビーニの一定割合以上の人が強化指定をめざすと、他の目的の人が入って来ても影響が少なくなり、ふざけたりサボったりすることが流行せず、上昇志向の高い選手を守ることができた。
強化指定の記録もかつては1000m3分20秒を切ることが大変であった。しかし、バンビーニではN子が初めて切った後、彼女を目標として練習してきた3、4人の選手が切るようになり、今では3分20秒は練習を重ねれば必ず切れるものと誰もが思うようになった。そのため「3分20秒」というウイルスに対して、ほぼすべてのこども達は免疫となった。
また、最近では後片付けや大会役員も自主的にやっていただけるようになり、気持ち的に楽になった。保護者の方とのコミュニケーションに努める家内の情報(家庭内のこどもの状況)は、練習計画にも指導方法にも大変役に立つようになった。こうしてバンビーニが集団として動き出せ、クラブ運営を楽にさせてくれたのである
ここまでお読みになった方は、「あれぇ」表題と違うじゃないか、と思ったことでしょう。コロナの話じゃなかったのかと。
申し訳ありませんが表題を今一度見直して頂きたい。皆さんがイメージした「集団免疫とワクチン」とは書いていません。今回は「集団免疫(がある)と(クラブ運営が)ラクチン(楽ちんになる)」というお話でした。
*)参考
感染症は、病原体(ウイルスや細菌など)が、その病原体に対する免疫を持たない人に感染することで、流行します。ある病原体に対して、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなることで、感染症が流行しなくなり、間接的に免疫を持たない人も感染から守られます。この状態を集団免疫と言い、社会全体が感染症から守られることになります(厚生労働省のHPより)
第139回「転倒と落雷」(2021年8月22日)
子どもが転んだときに、親が慌てて駆け寄れば子どもは過剰に泣くようになる。「早くしなさい」くらいの対応にしておけば、こどもは何事もなかったように、泣くこともなく平然と立ち上がる。年寄が転べば骨折が心配されるが、こども達にとって「転ぶ」ことは「大したことではない」と認識さていく。
親には「いい親でいなければならない」という強迫観念のようなものがあるようだ。だから、どうしてもこどもをかばいすぎる傾向にある。
練習が乗り気でないこどもの保護者(その時はおじいちゃん)に「おじいちゃんからも何か意見言ってくださいよ」といっても「いや、私はM子に嫌われたくないから言えませんよ」
また、あきらかに自分の子供以外まったく興味がない人もいる。他人のこどもに対して悪口も言わないけれど気にもしない。自分のこども命である。思春期になって「うるせえなー」と言われたらどのくらい落ち込んでしまうのだろうか。今から子離れの準備をしておかないといけませんよ。
バンビーニでは口数の少ない子が多い。では、本当に無口なのかというと、事実はそうではないようだ。春合宿で何がキッカケかわからないが喋り始めたことがある。1人が喋ると皆が口を開いた。今までが猫をかぶっていたのかと思うほどだ。
保護者は自分の子どもが心配なあまり、子どもが傷つかないようにさまざまな場所で「この子は家では喋るのですが、コミュニケーション能力が低いので外ではしゃべらないのです」といっている。
しかしそうすると、子どもにどんどんその言葉が刷り込まれていき、自分はコミュニケーション能力が不足しているのだと認識するようになる。子どもは、大人が気にすることを気にするので、段々としゃべらなくなる。
最近は練習量が増えてきているので、足が痛かったり気持ち悪かったりすることが多くなったが、私からやめろとは言わない。だから自分から訴えるしかない。といっても、訴えてくるのはいつも決まった子で、入会が浅い子はめったに言わない。常連者の訴えはまず拒否する(この輩は申告して認められればもうけものとしか思っていない)が、初めての子はほぼ認めている。最初に拒否すると次に言ってこなくなるので怪我や熱中症などにつながってしまうのが怖いからだ。
無口は1人で参加しているこどもの傾向だが、3姉妹となると真逆になる。バンビーニの水曜日クラスは3姉妹が2組いる。そのうるさいことうるさいこと。アブラゼミとミンミンゼミが一つの木で鳴いているようなものだ
「今日は200mx10をやりますが、まるお(大人のランニング集団)が来る前に終わらせるので、時間通り行かない場合、残りは400m走または600m走としてまとめておこないます。よって、必ず全部行います。覚悟してね」
「なにそれ、意味わかんない」(K家次女3年)
「ねえ、休み時間何分、まさかジョッグじゃないよね」(I家三女2年)
「コーチ、私は何本走ればいいの?皆と一緒というわけにはいかないよねぇ。私1年だよ」(K家三女1年)
一度落雷があって中止にしたことから「雷は練習中止」との刷り込みで、雷鳴が聞こえたり遠くの空が点滅すると「コーチ、雷だよ」(I家三女2年)と騒ぎ始める。
わざと知らないふりをすると「コーチ、今の聞こえなかったの?補聴器付けた方がいいよ」(K家次女3年)
「コーチ、今空が光ったよ」振り向くと消えている。わざと反対方向を向いて時間を稼いでいると
「コーチ、動作が鈍いよ。何で反対方向向くかな。・・・歳には勝てないか」(K家三女1年)
この喧騒は延々続く。
しかし、私はセミたちに対して「話は聞くが言うことは聞かない」ことにしている。
第138回「正解!よくわかったね」(2021年8月15日)
学童でM子が「今日は誰の誕生日でしょうか」と聞いてきた。
「う~ん、待ってね。よく考えてみる・・・M子の誕生日かな?」
「正解!よくわかったね」
T男は「ミッケ!」という視覚探索絵本に載っている「●○」はどこにあるかと聞いてくる。彼はすでにクリアしている。案外難しいのですぐにはわからない。
「え、わからないの?教えてあげようか?」(ニコニコしている)
「いいよ、自分で探すから。おお、●○はもう見つけたよ」するとT男の目が本の左下隅に動く。私は彼の目の動きを見逃さない。
「ほら、見つけた」
「正解!よくわかったね」
帰り際、F子が「イリ、問題出すよ。できるまで帰っちゃだめだよ」
「うん」
「問題、●●●。答えは1番□□、2番△△、3番●○、それに、えーと、4番□◆、答えはどれでしょうか」
「えーと、4番□◆」は答えから外せる(えーとで付けたしにすぎないことがわかる)。
「もう1回問題言って 」と言うと
「1番●○、2番△△、3番□□」
と前と違った順番になると、もう答えは2番△△と判断できる。
「2番かな?」
「正解!よくわかったね」
こどもの言動は慣れれば理解するのは簡単だ。社会に出て複雑怪奇な言動をする大人と長い間接してきたせいか、学童はゾウガメやイグアナたちがいるガラパゴス島に来た気がする。若干小賢しい者もいるが、多くは粘土のように自由自在に形を変えることができる。
この子らがこのまま大人になったらと期待するが、このままでは他人に騙されてしまうだろう。純粋な心のままで大人の世界に入れば到底生きていけない。その世界に順応するため姿かたちはおろか性格までかえなければならない。それをしないで生涯を全うできるのは天皇家と大谷翔平しかいない。
だから、私はゲームをやる時は手加減しない。オセロはどんなことがあってもコーナーを狙う。4つのコーナーをとれば勝てるからだ。トランプも真剣にやる。こどもが泣いても勝つ。大人げないと言われても勝つ。それがこどもたちのためになると信じている。UNOという遊びでかっこつけて「上がり!」とカードを叩きつけたら、こども達の順番を待っている間カードを伏せていたせいもあって、色も数字も上がりに関係のないカードであった。途中で思い込みがあったのだろう。「あっ」と慌てて戻したら、皆はその動作に腹を抱えて笑った。例のR男がいつもより激しく涙流して笑っていた。ヒール役の悲しい末路だった。
学童には4月から1年生が入会してきたので、K子という同じ名前のこどもが2人いるようになった。4年生の仕切り屋のK子とあどけない1年生のK子である。
落し物があったので「おい、K子」と呼びかけた。
「どっちのK子よ!」と4年生のK子が語気強く答える。
ちょっとムカッと来たので
「可愛い方のK子だ」
「・・・・」
4年生のK子に気を使ってか、皆下を向いた。普段低学年の多くは気遣いなどできないのに、このケースだけは無言で通した。このような場合、大人の世界でも同じような対応をすることが多い。
「正解!よくわかったね」
第137回「届かぬバトン、つながらないタスキ」(2021年8月8日)
陸上競技の多くは個人種目だが、短距離ではリレー、長距離では駅伝が唯一チーム種目として存在する。ただ、サッカーや野球のように毎日練習をするのではなく、通常は個人練習が主体で、大会が近付くとチームとしてバトンやタスキの受け渡しの練習となる。だから、チームプレーに慣れていない多くの陸上選手には大きなプレッシャーとなる。
東京五輪の400mリレーは夜の10時50分スタートで、金メダルを取って幸せな気分で寝る予定だった。しかし、まさかの棄権。走り続けてもテークオーバーゾーン外での受け渡しとなり、失格だっただろう。寝苦しい夜となってしまった。
リレーは1走以外はスタートがない分速くなる。できる限り加速してバトンをもらえば記録はあがる。前走者がここまで来たらスタートするラインを歩数で計り、テープで印をつける。メンバーは何度も練習をしてきているのでスタートの位置の狂いはない。多田選手が急激に遅くなったとは思えないので、力の入った山縣選手がいつもより早く飛び出してしまったのだろう。オリンピックの雰囲気がもたらす過剰アドレナリン効果だ。
小学生のスピードでは通常はオーバーゾーンの失敗は少ないが、バトンパスについては渡す際の「はい」の他に、選手間の詰まりは「行け!」「速く!」、離れていると感じたら「待て!」「落として!」と声を掛けろと言ってある。次走者は目印のテープを超えたら飛出し後ろを見ないからだ。前の走者は次走者をコントロールする立場にある。多田選手が「待て」とか「速い」とか言葉をかけていればオーバーゾーンはなかったかと思う。これまでの練習ではあまり経験がない上、多田選手が山縣選手より4歳も年下だったので言葉が出なかったのかも知れない。自分で何とかしようとしたのだろう。しかし、言葉が出てもオリンピックのレベルではもうこの段階で入賞はなくなったといえる。
一方長距離では駅伝がある。大学では箱根駅伝が有名で、関東にある大学は箱根駅伝の優勝を目指す。しかし、ここでも悲劇を見てしまう。「繰り上げスタート」である。関東学連の規定では
①往路の鶴見(2区)・戸塚(3区)中継所は10分遅れたチーム。
②往路の平塚(4区)・小田原(5区)中継所は15分遅れたチーム。
③復路すべての中継所は20分遅れたチーム。
はすべて繰り上げスタートで、関東学連から与えられた繰り上げスタートのタスキ(白色と黄色のストライプ)で走らなければならない(繰り上げスタートは駅伝が一般公道を使うため交通規制の関係で設けられている)。
渡す相手がいない中継点にたどり着いた選手は事の顛末を知る。虚無感に襲われ自責の念にかられてしまう。これは仲間の実力から積り積もって行った遅れなのだ。決して君一人のせいじゃない、といっても長距離はストイックな人間が多く、自らを責めてしまう。伝統のタスキの重みで押しつぶされてしてしまう。まさに「車輪の下」だ。
ただ、このような過酷な環境の中に一筋の光明がある。関東学連では繰り上げスタートの際のタスキに関する特例がある。
往路のフィニッシュ地点である5区と、復路のフィニッシュ地点である10区に限っては、「チームのタスキを使用する」としている。自校のタスキへの思いを配慮し、戦い抜いてゴールをしたことに対する敬意がこの特例に込められている。粋な計らいである。
(関東学連には大会前に2つの自校タスキを預けることになっている。1本はスタート時にもらう。残りは関東学連が保管し、特例の場合に使用する)
一方バンビーニの小学生はバトンを落とそうが転倒しようがめげない。レースが終わればバッタを追いかけてキャキャ言っている。そこがこどものいいところで、一つの失敗でくよくよしない。「届けたよバトン、つないだよタスキ」と、結果はともあれルンルンしている。
メダルばかり追いかけるのではなく、たまにはバッタでも追いかけてみたらどうだろうか。そして気分転換出来たら、3年後のパリ大会で「頑張れ日本!」
第136回「神経質な男」(2021年8月1日)
学童には神経質な男の子がいる。3種類の色の積み木で遊んだあと片づけをするのだが、私は適当に箱の中にしまうが、R男は必ず青色、黄色、赤色の順番に入れる。信号の色の順番に入れているようだ。でも信号は赤から始まっているのかもしれないよと茶化すが、自分の信条があるようで、意に介さない。
そういえばバンビーニでもマーカーを片づけるのに青、黄、赤、緑・・・ごとに集める子がいる。その点、私は全く気にしない。マーカーは直線又はエリアを示すものと考えているから、位置がずれてなければ何でもいい。ウエーブ走の時は「1個目まで全力、2個目まで80%で流し、3個目からまた全力で・・・」と指示する(青色まで全力、黄色まで80%で流し、次の青色からまた全力で・・・のがわかりやすのだと思うが)。
最近、ストライド走の練習は走路に目印の意味で細長く切ったマットを置く練習をしている。だが、その目印のマットの切り方がバラバラで太かったり細かったり、曲がっていたり、ギザギザになっていたりで、こどもらに指摘された。少しは失敗かなと思ったが、いつものように「ま、いいか」で使用することにした。こどもらの悪評にもめげない。
家内からはいつも「あんたは本当にA型か?」と言われる。人間77億人いるのに4つの型に分けるのは暴論だが、よく考えると家内の言っているのは間違ってないのかもしれない。親父がA型でお袋がO型だから必然的に私はAO型なのだ。そのO型が無神経な性格を構成しているのかもしれない。
普段はO型が支配している私の身体だが、もう一方のA型の因子も時々顔をだすことがある。これが出てくると平穏無事に過ごせない。バンビーニ創設以来、いつもナーバスになることがある。こどもの記録ではない。こどもは練習をこなしてくれれば記録は出る、とO型の因子が勝手に判断してくれる。記録ではなく、「大会に申し込むこと」が最大の心配ごとなのだ。昨年足立区の大会に申し込んだら開始1分で一杯になったと言う。前日の23時59分だと受付前だからと拒否されるのも嫌だったので、受付日の0時01分に送ったら、2,3日して「お申し込み多数で締め切られた後なので受け付けられません」とのメールが来た。夜中だよ。たったの1分遅れだよ。
これ以降トラウマとなり、メールでの申し込みの際、漏れはないか、メールが届いているのか、選手名は間違っていないか、種目は正しく入っているかなど心配事が津波のように襲ってくる。最近も締め切りまで5日以上もあるので全員の回答を待って申し込んだら、なんと一杯で締め切られていた。じゃあ、他の大会では申込み初日に申込したら、大事な小2の男の子の名前を書き忘れた。いや、心臓がバクバクした。幸い保護者のご厚意でゆるしてもらったが、急いでいたせいか二重チェックをしていなかった。強化指定選手の最後の認定大会で6年生にこれをやってしまったら一生後悔してしまう。また、うまく申し込みが終っても今度は大会に出る時、ゼッケンが間違ってないか、安全ピンを忘れてないか、これまた心配事が絶えない。
私はこのようにA型人間、O型人間の二重人格なのだが、今後の人生うまく折り合っていかなければならないと言い聞かせている。しかし、A型人間が出てくると、臆病で神経質な自分に向き合うため、私はとたんに憂鬱になる。
第135回「Dr.スランプ」(2021年7月25日)
アンドロイドの「アラレちゃん」を作った則巻千兵衛は天才発明家と言われていたが、長い間売れる製品を出せずに悩んでいた。そのため別名「Dr.スランプ」と呼ばれている。
このように心身の調子が不安定になって「記録の停滞」「技術の伸び悩み」などが起こることをスランプという。競技キャリアが長く、ある程度の実力を持った選手であれば、どんなスポーツにも一時的に伸びが停滞する時期がある。
こどもの停滞はこの他にこども特有の「成長期における身体の変化」がきっかけとなる場合(クラムジー)もある。まずは子供の気持ちや状態をしっかり把握する必要がある。変な走り方をしているのでこどもに聞いたら、「靴が小さくなって痛いので、痛くない走り方をした」という。帰る時お母さんに報告し、次の週は伸び伸び走っていた。
保護者からスランプのことを聞かれるが、小学生の「記録の停滞」はスランプ(いつもの調子が出せず「通常以下の状態」)ではなくプラトー(調子は通常通りだが成長を感じられない、練習などの成果が表れない停滞期のこと)のことが多い。
プラトーは悪い事ではない。ほとんどが“伸びるために停滞している状態”で、 その時期は“力を溜めている状況”だと思った方が良い。ジャンプするためには寸前で一瞬縮む行為をするのと同じだ。特に陸上競技を専門にやり始めるのは4年生くらいからで、さほど競技期間は長くないし、練習時間も限られるからだ。スランプは中学生以上になってからだと言ってよい。
陸上を始めてしばらくの間は、初めてのことが多いし、今までできなかったことができるようになり、記録も伸びる一方のためこどもは貪欲に練習をこなす。しかし、ある程度のレベルや年齢に達すると自然に「好きな練習」と「苦痛な練習」が発生し、コーチから言われた「するべき課題」を避けてしまうことがある。
バンビーニのR子は抜群の才能があるのに、練習に好き嫌いがあり、短い距離のトレーニングは好きだが長距離走は嫌いで手を抜く。これを繰り返すと「苦痛で地道な努力」ができなくなる。鍛練期の練習が始まると、とりあえず「何らかの練習」をやっておけば、努力を怠っていない気になったり、練習をちゃんとやっている気になる。その結果「頑張っているのに結果がついてこない」「努力をしているのに自己ベストが更新できない」と嘆くようになる。
それがスランプかと聞かれれば、答えは「否」で、それは「プラトー」と言える。プラトーならば、するべき課題を見つけだし「自分の苦手を克服する努力」を怠らなければいい。前半から飛ばして追いつかれたら「そこから引き離す力と精神力」を持て、というこの夏の課題を克服できれば、もっと記録は伸びるし、もう誰にも負けなくなる。こちらもゴール前でやきもきしないで済む。
R子の跡を継ぐと思われる女の子も今「プラトー」に陥っている。「最初に飛び出してもいいが、後半抜かれたらどうしよう」ということで、彼女の心の中には不安が広がっている。スピードもあり根性もあるのにいつも第2集団にいるから、折角のラストスパートも無駄になりメダル圏内からはずれる。「1年かけて500m、600m、800m・・・と、追いつかれるまでの距離を延ばす」という課題を与えることにした。飛ばしてその結果ヘトヘトになって抜かれるなら何も言わない、今のようにやさしい顔で走り終わるのはダメだと言っている。
元々美人顔だが「苦痛に悶える」顔が現れた時、本人も予想をしなかった記録が生まれる。「んちゃん砲」を繰り出し「地球わり」のパンチをお見舞いする「アラレちゃん」こと「則巻アラレ」が暴れるような姿を、大会で是非見たいものだ。
第134回「衣食足りて礼節を知る」(2021年7月18日)
他のクラブでは帰る時にグラウンドに向かって礼をする。「ありがとうございました」の声をかける。うらやましい限りの光景だ。私はこの礼儀作法に憧れることはあっても反対するつもりはない。だが、幼稚園児までいる当クラブでは徹底させるのは無理だと思っている。ただ単にやらされているあるいは真似している限りでは、ぎこちなく、外人の神社参拝と同じ姿となるからだ。
礼儀というものは人間関係をスムーズにするために欠かせない作法のひとつだが、この礼儀を重要視しているのが剣道や柔道などの「武道」だ。
武道で礼儀が必要とされる理由のひとつとして、相手への敬意を表すことによって自分をコントロールできるからだ。剣道や柔道などの武道は一対一での対戦となり、技の未熟さや心の未熟さがケガやトラブルの元ともなりかねない。礼というものは形式的なものだが、その型に自分を押し込むことで、ややもすると失いがちな理性を取り戻すことができる。
また、武道の稽古や試合において、道場や試合場に入るとき礼をするのは、「道場を使わせて頂きます」という感謝の気持ちからでるものだ。稽古を付けてくれる指導者や先輩、自分を向上させてくれる対戦相手に「お願いします」と敬意を表し、終わると「有難うございました」と感謝し、頭を下げる。
羨ましいならお前のクラブもやれ、と友達の武道家に言われる。
コロナのせいで、あれほど当たり前に使っていた陸上競技場が使えないことが、どれほど不便なものか身に染みた。使える日、グラウンドに入る際自然と頭が下がる。
しかし、現状が当たり前の小学生には無理だ。小学生のこども達に礼儀作法を説いても翌週には忘れる。すると、友達の武道家からは根気よくやれとさらに言われる。
小学生では剣道の先生に勝つことは絶対にない。だから先生は神様に近い。その威厳で礼儀作法を徹底させることができるかもしれない。絶対的な存在は信仰に近くなる。
陸上においては逆に私の年齢ではこどもに絶対勝てない。インターバルをやるぞというと「じゃ、コーチやってみてよ」とよく言われる。その時私は即座に「うん、しないよ。私は小さいころからよく練習をしていたので、神様がね、『入山、もうお前は十分頑張ったから走らなくていいよ』とおっしゃる。そろそろ神様と仲良くしないといけない年齢になった。だから神様の言うとおりにしようと思っている」と答える。幸いこどもたちはここまででそれ以上私を追いつめはしない。威厳がないのでこどもたちを誘導することができないが、人柄もさほどいいわけでもないので自然に従ってくれることもない。困ったものだ。
バンビーニでは昔の言葉の「衣食足りて礼節を知る」というのが現実的で、私はそれでいいのかなと思っている。すなわち、「衣服や食糧といった生きるために必要なものが十分にあるようになって初めて、礼儀や節度といった、社会の秩序を保つための作法・行動が期待できる」ようになると思っている。
写真の女の子は3月の越谷カップに出た時の写真である。この子は本当に素人の選手だったが、普通の女の子でも努力次第で指定選手になれるという見本だ。この子にグランドに対して頭を下げろ、と教えたことは一度もない。なのに、ゴールした後グランドに自然と頭を垂れた。これが真の礼儀であり感謝の気持ちの表れだ。「衣食足りて(自分が指定選手を狙えるようになって)、礼節を知る(この機会を与えてくれたグランドにライバルの同級生に感謝したくなる)」のだ。
今、私がこどもたちに厳しく説いているのは、「競技場のトラックの中から外に出る時は、右側を見て走って来る人がいないことを確認してから、渡れ」だけである。
第133回「そうだ、いいこと考えた」(2021年7月11日)
こどもの「そうだ、いいこと考えた」という言葉はろくなものではない。