バンビーニ陸上クラブ

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インターバル(第1回~第150回)

150回「博士の愛した数式」(2021116日)

「博士の愛した数式」は第一回本屋大賞に輝いた小川洋子氏の作品。交通事故の影響で80分しか記憶が続かない天才数学者と一組の母子の心温まる交流を描いた小説である。しかし、老人の年代になると交通事故に合わなくても記憶障害に陥る。

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居間にミカンを取りにいった際、家内が明日買い物に付き合ってよというので取り合うとそのまま自分の部屋に戻ってしまい「いけね、ミカンを取りに行ったんだっけ」とまた居間に行く。するとテレビで漫才をやっていたのでそれを見て部屋に戻り、椅子に座って気づく・・・「ミカン」

今度は忘れないぞと居間のミカンを先に手に取る。効率よく行動しようと思い、コーヒーも入れる。部屋に戻り机の上にコーヒーカップを置くと肝心なミカンがない。コーヒーメーカーのところに置いてきた。家内が持ってくるだろうと思っていたが、それもしばらくすると忘れ、翌朝そのままの姿のミカンを見つけて、昨夜のことを思い出す。私は博士よりひどい。私の記憶は1分しか続かない。しかも天才ではない。

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お笑いのタケシとさんまが凄いのは話術だけではない。先輩、後輩芸人の名前をフルネームで覚えていることだ。だから話がスムーズにいく。聞いている方も耳に心地良い。家内との話ではそうはいかない。「何と言ったけかな、黒くて柔らかいやつ、あれあれ」「わかる、わかる、おいしいよね。でも名前が出てこないね」「わかる?よかった」会話はここで終わってしまう。

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学童では子どもを呼ぶとき下の名前で呼ぶ。「ゆう」とか「れん」はいいのだが、5文字以上のこどもになると、私には大変な負担となる。ランドセルやロッカーに書かれている名前はほとんどがひらがななで記載されているので記憶することが難しい。漢字はギザギザしているので脳に引っかかる。ひらがなは丸いボールのようなもので脳の中を転がって行ってしまい止まってくれない。

学童でも毎年長い名前の子が入って来るが、1人なら覚えられる。しかし、今年は数名いる上さらに難しくしているのは近似名なのだ。「そういちろう」「りゅういちろう」「こういちろう」この子たちが交互に寄って来るので混乱してしまう。こうなると苗字で呼ぶしかない。ところがこんどは苗字が長いこどもがいる。「えのきぞの」は舌がもつれる。あだなでは呼べない・・・

お迎え時には親子の組み合わせを判別するのにさらに苦労する。ましてやこの子らの祖父母が迎えに来る組み合わせとなるともうわからない。顔が似ていればなんとかなるが、しわの多さが遺伝的特徴を相殺する。もうマネジャーにお任せするしかない。

学童は学校内にあるが、先日出勤する際女の人とK男が一緒に立っていた。「お、K男、今日は休みか、いいね、お母さんと一緒か」「えっ、そうなんですか?」「・・・(はっと気づいた)いや、今日じゃなかった・の・か・な?」女の人は学校の担任だった。

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 バンビーニでは柔軟体操などで号令をかけている最中に、話しかけてくるこどもがいる。「俺が号令かけている時に話しかけて来るな、ややっこしい」といつも言う。説教しているうちにいくつまで数えたか忘れてしまい、少な目の数から再開すると皆から非難轟々となる。混乱の原因を作ったこどもにはペナルティとして「数字を言いながら途中で20人くらいの人数を数えさせる」ことにしている。つまり「1,2,3・・・・と言いながら5くらいから、人数を数えさせる」のである。ほとんどの子は きちんと数えられない。数字の数え方も条件を複雑にするとむずかしい。“コーチの愛した数式”はこどもたちとの心温まる交流とは決して言えないのである。

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149回「太陽がくれた季節」(20211030日)

大会に出かける時に必ずすることがある。それは“青い三角定規”の「太陽がくれた季節」のCDを聞くことだ。

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昔母校の後輩を指導していた時、練習の始まる前に強制的にこの歌を唄わせた。当時は後輩に対してものわかりがいいわけもなく、上下関係も堅固なものであったから、誰も文句を言わない。毎日、1ヶ月間唄わせた。文句は言わないが、さりとて誰も喜んで唄ってはいなかった。しかし、それから半世紀も経って皆と逢うと「この歌を聞くとあの時のことを思い出す」と口々にいう。私もそうだ。大雨でも強風でも練習をした。むしろ水たまりを走るのが快感だった。練習を休むことに罪悪感を持つ年齢でもあったし、曲がったことや女々しいのが大嫌いな頃だった。妥協が一切ない青臭い時代だ。当時現役で走っていたので、「俺について来い」式だから規定タイムに誰も文句が言えなかった。ただついていくしかない。教えられた方は辛かっただろうと思う。小1の女の子に「コーチもやってよ」という私へのからかいに対し、「神様が走っちゃいけないという」との言い訳をする自分など、当時は想像もしていなかった。

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歌というものは過去の記憶を掘り起こす力がある。しかし、サザン・オールスターズのようにヒット曲が多いと記憶はもつれる。彼らの歌を聞いていると確かに懐かしいのだが、すべて同じメロディーで同じ唄い方だから聞いたことはあるが、いつの時代かわからなくなる。サザンの「いとしのエリー」の音楽が流れた時、家内に「あの頃が懐かしいね」といったら「ちょっと待ってよ、あの曲は私が会社に入った頃よ。あんたとつきあってないじゃない、誰と聞いたのよ」と余計なトラブルを引き起こす。

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 その点青い三角定規は「太陽がくれた季節」しかヒットがないから、思い出すのが簡単だ。青春真っ只中の頃の歌と断言できる。この歌を聞いて競技場に行くことによって、私は今人生2回目の青春を味わっているようだ。まさか、今のこども達にこの歌を強要することはできないので、CDを聞くことによって自分だけが若返るのを大会当日の秘かな楽しみにしている。そいえば、その日は老人ではなく20歳になっている私であることを、こども達は誰も気付いていない。

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会社を定年で辞める頃になると、多くのサラリーマンはサミュエル・ウルマンの「青春」の詩を声高に言うようになる。ウルマンは次のように謳いあげた。

「青春とは人生のある時期を言うのではなく、心の様相を言う。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。・・・」

男というものは10代後半から20代前半のあの青臭い時代をもう一度味わいたいが、それはかなわぬことだと悟っている。しかし、心の奥底では、もう一度と言う願望は捨ててはいない。ウルマンの詩は、年寄になりたくない男たちがすがりついた宗教的な「教え」ともいえる。

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「太陽がくれた季節」の歌詞も最後はこう結ばれている。

「青春は太陽がくれた季節

君も今日からはぼくらの仲間

燃やそうよ 二度とない日々を」

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青春とは人生の中で何事にもまぶしく見える時期だ。目を細くし手を額にかざさないと見えない時すらある。バンビーニに入ることは強化指定選手をねらわされることになる。1人で練習するより皆でねらうことが全体のレベルを上げ個の力を強くする。仲間となった皆と一緒に燃えて励まし合って、二度とない小学生時代の思い出づくりをしよう。

 

148回「シートート」(20211023日)

学童では学校から帰って来るとランドセルをロッカーにしまう。その際、いろいろな物が飛び出す子どもがいる。不審者対策のブザー、毎日体温を記載する月間シートなどが飛び出す。ある時1年生のM男に「出ているぞ」と注意したら、ランドセルを動かして対応しようとするので、一つのものをかたづけているうちに他の物がまた出てしまう。いたちごっこなのだが、その都度注意していると、

「注文の多い人だなあ」

「・・・お前な、お前が悪いから指摘しているのだぞ」

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こどもをからかうときは、膝の上にうつぶせにさせ「お尻ペンペン」と言ってお尻を叩くか、後ろから足を持ってこどもの腰を浮かして「はい、おしっこしましょうね、シートートー」と言っておしっこの真似に持って行く2つのやり方がある。「シートートー」とは外でおしっこをさせる時の母親の言葉だった。60年以上聞いていない言葉が咄嗟に出た。こども達は初めて聞く言葉のようだったので、ウケた。最近の親は言わないのだろうか。それもそうだ。野外でおしっこさせるような時代ではなくなったのだ。帰宅して家内に「シートートーって言葉知っているか」と聞いたら「ああ、SEAのトートバックね」「?????」

 

 

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外遊びの際、鬼ごっこの鬼がゾンビに替わった日があった。R子は眠りから覚めたゾンビとなって追いかけて来る。隠れていると、「ふん、ふん、何か人間のにおいがするぞ」といって薄目を開けて迫ってくる。加齢臭じゃないだろうなと心配しながら逃げる。

吸血鬼とゾンビの違いはゾンビは腐りかけた死体のはずだが、そんな細かいことはこどもにとってどうでもいいことだ。手を前に上げ目をつぶればそれがゾンビとなる。それよりも何よりも自分で「ゾンビだぞ」と言いながら来るのでわかる。モノマネが似ていない芸人が「芦田愛奈だよ」というのと同じだ。言わないとわからない。

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意識的に私を捕まえずに他のこどもを捕まえ、こども達が全員ゾンビになる。その後唯一の人間である私を皆で追いかけるというのがいつものパターン。壁際に追い込まれ1人のこどもは私の足に絡みつきさらにもう1人が反対の足に絡みつく。これ以上は力を入れるとこどもがケガをするので抵抗しないでいると1人が背中に乗ってきて思いきり体を傾けるので耐え切れず倒れる。シマウマがライオンに倒されるシーンと同じだ。そこにゾンビの女王になったR子様に首をかまれることになるが、首は跡が付くとまずいので腕にしてもらったが、本気で噛むので痛い。

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折角のスチュエーションなので私もゾンビになる。マイケル・ジャクソンのスリラー風にやると、もうこどもの笑いは止まらない。30秒ほどやって疲れたのと恥ずかしくなってきたのでやめようと思った。しかし、ここからがこども達の真骨頂だ。「やって、やって」の大合唱。飽きない。やりたくなくないので、もうひたすら逃げるしかないがすぐ捕まる。

 

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この光景は羨ましいと思う人がいるかもしれないが、こどもの期待に応えようとするのは疲れるものだ。このこども達が親や先生に期待され、いい成績を残さないといけないと思う日が何年かすると来る。その時私の苦労がわかる。

 

147回「細かいところが気になるのが僕の悪い癖」(20211016日)

TV「相棒」の主人公杉下右京の口癖である。私も右京と同じ気持ちになることが時々ある。出勤から帰宅までのある日の出来事である。

(以下『  』は杉下右京の口調を思い浮かべてお読みください)

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 改札を通る時、今ではほとんどの人がSuicaを利用する。

『おや?』『妙ですね』

スイカをタッチしようとすると、すぐ前の人の残額が23秒ほど表示され続けているので私の目に残像として焼き付き、自然と私の残額と比較してしまう。前の人の残額が1992円だとして私の残額が2014円だと私の勝ち、逆なら負けである。勝てば「生活に困っているのかな?」「苦学生かな、母子家庭かな、頑張れよ」との発想になり、逆だと「きっとスイカでコーヒーやパンなんかを買っている輩だな」高額な残額の相手が女性だと「どこかにパトロンがいるに違いない、いいなぁ、女って」と妄想が構内を駆け巡ってしまう。

『僕としたことが・・・あの人と同じ発想をするなんて』

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 さいたま新都心の駅の男子トイレは小便器が20基ある。たまに入ると誰もいない時間がある。ここぞとばかり左から10番目のところで用を足していると見知らぬ男が右から10番目のところにやってきた。そう、私の隣だ。誰もいなんだから他でやれと叫びたい。なんでここに来るのだ。そこの便器に愛着があるのかこだわりがあるのか

『たとえどんな理由があろうと、この状況下でこんなに近くに寄るのを、正当化することはできませんよ!』

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 電車が目的地の駅に入り、自分の乗った車両が階段付近で停まるようで停まらず、数メートル先まで行きそうになると、私の足の裏には力が入る。そうなのだ。私は無意識に自分の足の力で電車を停めようとしているのに気づいた。

『君の馬鹿げた発想が時として僕の脳みそを刺激するので助かります』

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 出張かけっこ教室のお昼は、マクドナルドの「ビックマックセット」(690円)と決めている。もう3年ほど続けている。その日の列は20m位になっていたが、習慣(週間)なので我慢して並んだ。あと3m位に来た時ふと後ろを見た。

『はぁい??』

なんと私の後ろに人がいない。17m並んだ忍耐は何も役に立たなかったのだ。いつもは並ぶ店は嫌いで避けるのだが、その健気な気持ちを逆なでするかのように私の後ろに人がいない。もうマクドナルドと言えども二度と行列には並ばない。

『もしも人に限界があるとすれば、それは諦めた瞬間でしょう』

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 帰りにスーパーのライフに寄った。100円のクーポンがあったのでビール6680円を580円で1セット買うことにした。家内には缶ビールは1本100円以下で缶コーヒーより安い、とビールを飲むことを正当化してきた。ところが店員のおばちゃんはクーポンの有効期間を見て「お客様、このクーポンは有効期限を過ぎていますので使えません。この券は破棄させてもらいます」と手をお大きく掲げ私のクーポンを引き裂いてしまった。「103日と108日を見間違えただけじゃないか。そこまでしなくとも・・・払いますよ、定価で。しかも現金で。たかがクーポンと言えども、先日ライフからもらい私の所有物になったのだ。それを私に断りもなく公衆の面前で破り捨てるとは・・・」

『あなた、人間として恥を知りなさい!』

『僕はね、穏やかな人間ですよ。でも、売られたケンカは買いますよ。そして必ず勝ちます』

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1日の出来事を最後まで読んで頂き

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146回「名探偵コナン」(2021109日)

タイムを狙うスポーツに従事しているせいか、時間について“こだわり”がある。

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まず、一つ目は「時は流れるものか刻むものか」のテーマである。

病院などにある壁掛け時計で「秒針が流れる様なものは」は嫌いだ。時は刻むものだと思う。小さい時から家にあったぜんまい時計のせいかもしれない。流れるような時計はせかされているようで落ち着かない。1秒の心の余裕は必要だ。

忙しい時は、大きな川に流されている様な気がする。時におぼれている自分がいる。暇なときや平和なときは浮き輪に乗ってゆったりとした川に身を置いている気分になる。その時は「時は流れている」ように思える。しかし、自分を真剣に直視している時、これから大事を成そうとするとき「時は刻む」と思う。

ロケットを打ち上げる時は「1098、・・・321」と数える。また、よく映画で時効が迫った犯人の気持ちを表現するために時計が出てくるが、かならず235955秒から始まり、56575859と時計の針が「カチ」という音とともに進み、000分を指すと安堵感が画面一杯に表れる。時は心に刻むものなのだ。

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ストップウオッチはデジタル式が多いが、数字が動くので1秒刻みの時計と同じと考えていい。ただ、競技場にある電光掲示板もデジタル式だが、100mのタイムは観客席から見るのとゴールした時の電光掲示板の結果表示がいつも違っている。ゴール手間で見た数値から予想するゴールタイムと電光掲示板の結果表示が異なるのは、そこに無意識に加わる「期待」というバイアスがかかるからだ。私から見るとうちのD男はいつも12秒台だし、A子は13秒台でゴールしているはずなのだが・・・

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もうひとつのこだわりは「時間は相対的なもの」ということである。

子どもと大人では時間の長さが異なり、大人にとって時間の進み方は速い。こどもが10歳、大人が50歳としたら、こどもの1年は1/10、大人は1/50にあたり、同じ1年でもこどもと大人では感じ方が異なるからだ。また、恋人といる時の時間は短く、教師に叱られている時は長い。このように時間は相対的なものだ。

科学でも時間は相対的なものだとしている。「時間は観測者ごとに異なり、光速で宇宙旅行をして戻ってくると、地球の方が早く時間が過ぎて、自分の子供が自分(宙旅行者)より年寄りになっている」と唱えたのがアイシュタインである。

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この理論をバンビーニのこども達に当てはめると、バンビーニで練習をし「走ることが速くなる」と、“光速で動いているこどもたち”から平穏無事な生活をしている“止まっている友達”は「早く年取っている」ように見える。陸上競技をやめて普通の生活に戻った時、そこはタイムマシンに乗ってたどり着いた未来の地球となる。時間的余裕があるため「年取った同級生」と比べ好奇心が旺盛で、かつ勝負勘、心構え、礼儀、同じ目的の友達や大人との付き合い、スランプの脱出法などをバンビーニで会得しているため、人間的な余裕もある。まるで名探偵コナンだ。楽しいだろうな。

 

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145回「百日紅」(2021101日)

スポーツ選手を花にたとえた話として有名なのが、野村監督が現役選手だった頃「王と長嶋はひまわり、俺は日本海の海辺に咲く月見草」いつもマスコミの注目は王と長嶋で自分が活躍してもほとんどとりあってくれないことを嘆いた言葉だ。

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さいたま新都心の通りには季節ごとに楽しませる街路樹がある。春には「桜」の優雅さが街をきらびやかにし、その後、はにかむように咲く「花水木」が落ち着きのある街に変える。しかし、夏になると「百日紅」が赤や白の花を咲かせ、他に花々がない季節にその華やかさが街の活気を支えてくれる。

近年の日本の酷暑の中にあっても、「百日紅」は暑さに負けずに長期間、次から次へと開花し続ける。漢字で書く「百日紅」は、初夏から秋までほぼ3ヶ月間、つまり100日間も咲き続けていることからつけられた名前だ。

バンビーニも74日の全国大会埼玉予選が終了して9月末までの3ヶ月よく練習をした。「百日紅」の開花と同じ期間、こども達は文句は言うが、やることはやった。たぶん一人で練習をしようとしたらできなかっただろう。920日には長距離はクロスカントリーコースでたっぷりと走った。脱落者は出なかったのは集団の効果だと思う。長距離はここに参加した者全員が指定選手になろうとしていたからだ。

「百日紅」の花は、一つひとつは小さくて縮れているが、これらがまとまって房状になり、豪華な咲き姿を見せる。バンビーニも同じように、1人が調子悪くても他の選手を目標に走れば知らず知らずのうちに調子は戻る。大会で1人が活躍すれば「あの子があのタイムを出せるなら、練習では私の方が前にいつも行っていたので、私でも出せる」と思う。

「百日紅」の花言葉は、「雄弁」だ。真夏の暑さに弱ることなく、枝先に花を密生させて堂々とした咲き姿を見せることから、「雄弁」という言葉が与えられたという。そういえば以前はほとんどの選手は無口で不愛想だったが、自信がつくにつれてうるさいことうるさいこと幼稚園児並みだ。本来の雄弁には程遠いが、おしゃべりを彼らの自己主張と捉えればこれも雄弁と言っていいだろう。

「百日紅」は放任してもよく育つ。そうでなければ街路樹にならない。こどもたちの多くは練習はガンガン行ってもなんでもない。体調に気を遣う必要がないのだ。もちろん若干暑さで参る子がいるが、まだまだ百日紅の領域まで育っていないからであり、指定選手を狙う子は酷暑にも強い。

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もし秋の大会でたくさんの指定選手を輩出できたら、この鍛練期である3ヶ月の練習期間を「百日紅トレーニング」と称して、来年以降の計画に位置付けていきたい。

「百日紅」は別名「サルスベリ」という。その名はあの樹肌がツルツルしていて猿も登れないので「サルスベリ」という名がついた。「猿も木から落ちる」を連想してしまうので、この練習を実施しても大会当日病気や怪我、転倒などミスのないレースを心がけなければいけない。いよいよ、大会の10月が始まる。

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144回「トムとジェリー」(2021925日)

こどもの人間関係は難しい。本当に仲がいいのか、虚構なのか、よく見ないとわからないことが多い。

学童でもいくつかの「仲良し組み」がいる。

Y男とK男はケンカばかりしている。多くの場合Y男がK男にちょっかいを出し、室内では執拗な攻撃にK男が耐え切れず泣き出すパターンが多い。Y男は懲りないこどもでしつこい、K男は自分の感情が抑えられないタイプで、その様子をみれば絶交してもおかしくない関係なのだが・・・校庭で遊んでいる時はY男を追っかけるが、Y男はすばしこいので捕まらない。血相変えて追っかけているので最初は止めに入ったが、それから12分経って彼らの方を見ると、もう肩を組んで歩いている。そのうち2人で私に絡んでくる。これも毎回同じで、学童版「トムとジェリー」と言える。

 Y男は毎日来る。K男はたまに休む。K男が休むと「おい、K男がいなくて寂しいか?」と聞くと「いや、別に」とうそぶく。他に友達はいそうにない。Y男は1人で本を読んでいることが多い。ちょっかいをだしてもつきあってくれるのはK男と私だけだ。私にちょっかいを出すのはいいが、度が過ぎるので頭を叩かれる。浣腸をやるのでその痛さによって頭を叩く度合いが異なる。「いいか、頭叩かれた痛さが私の痛さだ。わかったか」とすごんでも決して泣かないし懲りない。泣くのは私がK男に味方して責められた時だけだ。「なんで、僕だけ・・・」と泣く。ちょっと言い過ぎたかなと思うと、K男が「そうだよ、Y男だけが悪いんじゃないよ。イリが悪い」という。「なんで俺が悪いんだよ。俺はお前の味方じゃないか」「ううん、僕はY男の味方」なんだかわけがわからなくなる不思議な関係だ。

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女の子になると少し様相が異なる。2年生のM子とU子はいつも一緒で、周りから見ていても仲がいい。

「ねえ、イリ。M子ちゃんと遊んであげてよ。M子ちゃんイリと遊びたいんだって」

「・・・うん、遊んでもいいのだけど、『あやとり』以外にしようよ。私は男の子だったから『あやとり』をしたことがないのだよ」

ある時今度はM子が私のところに来て

「ねえ、U子ちゃんの髪の毛三つ編みにしてあげて」

「・・・うん、してあげてもいいんだけど、私は三つ編みをしたことがないのだよ」

「じゃ、やってみたら。お父さんは簡単にやっているよ」

「わかった・・・やってみる。・・・お~い、髪の毛の分量がわからないよ。どこで半分にしたらいいの?こんなものか。髪の毛を編むのは紐と同じように結んでいけばいいのかな?・・・こうかな?」

「痛い、イリ、痛いよ」

「ね、やっぱり私じゃダメでしょ」

その後、2人は二度と髪の毛を編めとは言わなくなった。

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もう一組、2年生でT子とE子という子の組み合わせが問題だ。

E子はT子を支配下に置いている。E子はいつもT子と一緒に座り他のこどもの接近をゆるさない。T子はE子がいなければ誰とでも遊ぶ、明るく楽しい子だ。ところがE子が来ると従属的関係に甘んじている。遊びも宿題もE子に指示される。もっといえば外遊びから帰って来ると「あなた、濡れているからお着替えしたら」といって着替えまで指示される。T子が宿題の答えがわからないと聞いてくるので教えようとすると、E子がしゃしゃり出てくる。学力はE子とT子ではT子の方が上なのだが・・・

以前は私とトランプのスピードをやるのが常だったが、「おい、T子、スピードやるぞ」と声をかけても、最近はE子が出てきて「ダメ、私と遊ぶのだから」と目をつりあげて言う。怒っているのだ。T子はあきらめ顔で従う。E子は自分の思い通りの子をつくりあげていこうとするママのようだ。

2人に何があったかわからないが、家が同じマンションというのもつらいだろうな。自分の母親にも言っていないようだが。困った関係だ。

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そんな悩んでいる私の後ろで、いつものようにトムとジェリーが仲良くケンカしていた。

 

 

143回「記録」(2021918日)

陸上競技の成績は「記録および順位」で表すことができるが、バンビーニでは特に「記録」を重視する。

吉田沙保里の全盛期時代にいた選手は彼女の出る大会では絶対に優勝することはできなかった。女子レスリングでは吉田沙保里を破らなければ正しい努力評価をしてもらえなかった。陸上競技でもこれから2,3年は田中希実がいる限り、他の選手は1500mで日本一になれないと思う。しかし、幸にも陸上競技や水泳競技には日本一という順位だけでなく、自己記録という目標がある。日本一が無理でも自己記録が更新できればこれまでの努力は報われる。ここが陸上競技と対戦型競技の違いである。

陸上競技の「記録」は時間とともに進化するので、その価値は時間と共に劣化するといえる。例えば、半世紀前には高校女子800m222秒で走れば関東大会で3位に入賞しインターハイに行けたが、今では入賞どころか予選通過もできない。冷静に言えば、バンビーニの女子(小6)でもこの記録を出す。「俺について来い」と先頭になって走っていたあの時の練習(青春)はいったいなんだったのだろう、と自問してしまう。

ただ、誤解しないでほしい。当時の記録を出した選手自身の価値を否定しているのではない。あの頃、我々は青い三角定規の「太陽がくれた季節」を聞いて頑張ってきたのだ。その価値は今もっても輝いている。

現在の選手が過去の選手以上の記録を出せるのは、栄養学やトレーニング方法の進化ばかりだけでなく、タータントラックの開発、それに伴うシューズの改良がおこなわれたからだと言ってよい。もし、1964年東京オリンピック100mで優勝した(タイムは1000)ボブ・ヘイズがいたらボルトに勝っていたかもしれない。ボルトの方がヘイズより環境条件は格段恵まれているからだ。

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人類の記録の更新はこれからも続くだろう、しかし、決して平等ではないと言うことを忘れてはならない。オリンピックが常にアフリカのサバンナで裸足で行われ、それで記録が更新されたなら絶対評価をしてあげるべきだが、ペースメーカーがいる時代で厚底シューズを履いたキプチョゲと給水もままならない時代の裸足のアベベ(ローマ五輪マラソン優勝者)を単純に比較はできない

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記録の面白さは絶対値だけではない。伸び率という相対値にも目を向ける必要がある。

素人がハイレベルの選手に追いつくのは並大抵の努力では追いつけない。練習中に挫折するかもしれない。伸び率はそれを乗り越えた努力の表れとして評価されるべきだ。

ただし、100m1200から0.1秒縮めるのはそれほど難しいことではないが 1100から同じ0.1秒縮めるのは難しい。すなわち、陸上を始めた時の記録が高いほど記録の改善(伸び率)に難易度(価値)が生じる。その価値は認めるが、「伸び率の絶対値」も評価してほしいと思っている

人類の記録は限りなく発展するのかいつか限界が来るのか、この命題はたくさんの異論があり結論を出すのは難しい。なぜなら、我々は人類の限界を予想する術がない。歴史や科学そしてスポーツは異端児によって未知の世界を切り開いてきた。いつ現れるかわからないがいつか現れる異端児(例:走り高跳びの背面跳びを考案したフォスベリーなど)により記録は伸び続けると考えられる。

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それはあくまでも人類としてであり、個人記録は確実に限界がある。長年トレーニングを続けていると記録は徐々に伸び率が小さくなり、やがて一定の状態となる。どんなに頑張っても越えられない壁にぶつかる。自己記録は停滞し、そして低下に転じる。自己の限界は誰にでも訪れる。陸上を継続するかの判断をする時がやがてやって来る。本人には残酷だが、決断は自分自身で行なわなければならない

だが、小学生については何の心配もいらない。小学生の段階では記録の限界はない。興味があり続ける限り伸びる。魚の一生にたとえるならば、サケが川を下って海にまさに出ようとしている瞬間である。遡上のことなど考える必要はまったくない。大海原で大きく育っていってほしい。

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第142回「天国に一番近い男」(2021911日)

こども達にキツイ練習を課すと必ず言われる言葉がある。

「コーチもやってよ」

200mのインターバルや110m加速走などは中学、高校、大学といやっというほどやってきた。その経験も踏まえての練習計画だ。以前こども達の煽りに乗ってしまい300m走をやったらお尻の筋肉を痛めてしまい、2度とこどもの挑発には乗らないことにしている。だから、こどもに言われたらこう答えている。

「コーチはね、こどもの頃、人一倍練習をしてきたので、神様が『入山、お前は十分努力してきた。もうこれ以上やる必要はないよ。よくやった』とおっしゃるのだ。もう神様と仲良くしなければならない年頃になった。神様のいうことは聞かないといけないから、やらないのだよ」

「・・・・」

「だから、神様とお友達である私の言うことを聞け、さあさあ始めるぞ」

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 学童では私が床屋に行くと必ず寄ってくる連中がいる。頭が坊主だからだ。肌触りが良いのだろうか、すぐ頭をいじりにくる。ある時2年生のY子が私の頭をさすりながら

「ねえ、ねえ、イリは学童に来ない時は何しているの?仏様をしてるの?」と尋ねてきた。

「?・・・Y子、それは『お坊様』というのじゃないのかな?仏様だと私はもう死んでいることになるからね」

「・・・」

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入会したこどもには最初に「もし君がオリンピックに出て金メダルを取ったら、1度でいいからNHKのテレビの前で『今あるのは小学校時代に教わったバンビーニの入山コーチのおかげです』」と言ってくれ、約束だよ」と言うことにしている。

 ある時この話をした小1の女の子が

「コーチ、今何歳?ちょっと考えてみて、私が大人になってオリンピックで活躍できるのは20年後だよ。その時、コーチ生きてる?」

「・・・う~ん、難しいかもしれないね」

「でしょう、じゃ『テレビの前』でなく『お墓の前』で言ってくれ、が正しい言い方じゃないの?」

「・・・」

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 学童では17時頃から保護者が迎えに来る。顔が似ている親子なら○○お迎えに来たよと言えるが、おじいさんが迎えに来るともう私には誰を迎えに来た人かわからない。そこで「お帰りなさい、お~い、お迎えに来たよ」と大声を出すと、腰を上げた子がおじいさんのお目当ての孫だ。こども達が少なくなると私に寄って来る子がいる。消毒作業の邪魔になるので時々「S男、お迎えだよ」」と言うと、私から離れて身支度をする。そして虚言だと知るとブーたれる。何回か引っかかったS男は、ある時意趣返しとばかり玄関付近から私に向かって「イリ、お迎えが来たよ」と言い放った。居合わせたこども達の目はすべて玄関に注がれた。

それにしても、言葉というのは不思議なものだ。今まで何気なく使っていた言葉も自分が言われてみると、妙に嫌な響きに聞こえる。私のお迎えはまだ早い。

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 141回「水を飲ませることはできない」(202194日)

「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」

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この言葉はイギリスの諺で、英語表記では「You  can  take  a  horse  to  the  water, but  you  cant  make  him  drink.」と書く。馬が水を飲むかどうかは馬次第なので、人は他人に対して機会を与えることはできるが、それを実行するかどうかは本人のやる気次第であるという意味だ。

うちのクラブにはかつてスーパー1年生と呼ばれた男の子が2人いる。入って来た時は先輩たちを抜くことを楽しんでいた。まるでチーターのこどもがガゼルをもてあそんでいるようだった。2人を見ているだけでワクワクした。しかし、練習に対する取り組みがなぜか年々後ろ向きになってきて、今では普通の4年生になっている。1人は勉強で、もう1人は水泳で頭角を現しているためだ。バンビーニの長距離女子は精鋭がいるが、不思議と長距離男子は5,6年生が1人も入会していない。クラブ運営の点からも男子4年生に期待がかかる。3年前はこの子らがバンビーニを背負うと思っていた。しかし、時の流れに押し流されてしまった。1年生で指定タイムがあったら即切っていた逸材なのだが、3年の時間は長すぎた。成果を出すには無理強いするのではなく、根気よく指導するべきなのだが、「水は飲ませることはできない」

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 途中で入ってきた野生児の3年生がいるが、この子はこの子で裸馬のように乗りこなすのが難しい。乗るというよりいつも抑え込んでいることの方が多い。何しろ目の付け所が違う。走ることより足元の昆虫や手元の新しい道具に関心がいってしまう。鞭を入れようが餌をやらないようにしようがめげない。これはこれでたいしたものだと思うが私のストレスはたまる。首を振ったりペースが上下するのを直せば、5年生で指定タイムをクリアできる力があるのに「水を飲ませることはできない」

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6年生のR子については、長い距離の練習が嫌いで何度も「これを克服しないとラストで逃げれないよ」と言うのだが、400mまでの練習は楽にこなせるのに、600m以上の距離になるとまったくふがいない。脅してもすかしてもダメだ。600m以上の練習に真剣に取り組まないからそれまでの「逃げ」が活きない。だから同じ過ち(ゴール直前で差される)を繰り返す。305秒は切れる実力があるのに「水を飲ませることはできない」

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この子が卒業するまで毎回声が枯れてしまうのかと思うと、「喉頭がん」が心配になる。

 4年生にはもう1人問題児がいる。その子が問題なのは、練習態度ではない。練習は一生懸命なのだが、「走り終わっても決して息が上がってない」ことが問題なのだ。たぶん全力走をしていない。いや、できないのだと思う。大人は全力で走ってくださいと言えば速い遅いは別にして全力で走れるだろう。ところがこどもは走れない子がいる。いつもいう自己防衛反応が働くのだ。しかし、「野良犬に追っかけさせれば全力で逃げる」と思う。私が彼に小言を言っているのはタイムではない。練習の時全力で走れ、ということだけなのだ。しかし、それができない。何度も怒るのだが、「水を飲ませることはできない」

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この子らは才能がないのではない。才能は有り余るほどある。後は気持ち次第だ。今からでも十分間に合う。「上昇意欲は人一倍あったが才能がなかった」私からすれば見過ごすことができない存在なのだ。「才能があるのに努力しない子には、クラブにいる限り喉頭がんを恐れず叱り続けて行く。水を飲まないなら馬面を水に浸けても飲んでもらう」

こう書くと「ほめて育てる」教育者からは非難されるだろう。しかし、私はこどもを無責任にほめない。結果的には「水を飲ませることはできない」だろうが、彼らを放っておくことはもっとできない。

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140回「集団免疫とラクチン」(2021829日)

 バンビーニは会員3名で始まった。クラブ運営は手探りで、1クラス1人の時もあった。そのうち数人がまとめて入会してくれたが、目標が違っていた。私は埼玉陸協の指定選手に育てたいと思っていたが、「とある大会で入賞することが目的」と言われ、3km用の練習がメインになった。練習にもどんどん割り込んできてインターバルの途中でこどもが疲れているからと子どもと一緒に帰ってしまうこともあった。やめたらどうしようという恐怖心があったのだろう。黙って見ているだけだった。

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道具の後片付けも、大会の準備も1人でやった。当時の保護者の方たちが冷たいというのではなく私が他人を受け付けない雰囲気だったのかもしれない。無償の方が楽かな、とも思った。しかし、昔有望なこどもに無償で練習をしたことがあるが、その時は相手がいいかげんになり遅刻したり休んだりで心が折れてしまった。

そのうち家内がクラブ運営を本格的に手伝ってくれるようになって気が楽になった。人は増えなくてもいいから強い選手「埼玉陸協指定選手」をつくることに専念できた。とある大会は優勝してもその後の面倒は見てくれない。埼玉陸協は認定後1年間指導してくれる。中学生になって私の手から離れても安心だ。また、強化指定選手のTシャツは強化指定選手しか買えない。こどもにとってステイタスそのものだ。強化指定選手はバンビーニの黄色いTシャツは着てくれないが、それでいいと思っている。

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指定選手の保護者からの情報がクラブ内に浸透し共有化され、段々と共通目的が形成されていった。そのため皆が誰々の記録は○○秒とか△△秒とか理解するようになった。親が関心あるのだから子どもにもその効果が及んだ。すると集団内で競争が起きた。サボっている子には皆で叱って励ますようにもなった。

集団(チーム)には、必ず「チームがどこに向かっていくのか」「チーム目標は何か」という、共通目標や目的が存在する。陸上クラブのバンビーニではやっと「埼玉陸協の指定選手記録」が共通目標として定着し、練習内容も1000mに絞れることになった。

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バンビーニの一定割合以上の人が強化指定をめざすと、他の目的の人が入って来ても影響が少なくなり、ふざけたりサボったりすることが流行せず、上昇志向の高い選手を守ることができた。

強化指定の記録もかつては1000320秒を切ることが大変であった。しかし、バンビーニではN子が初めて切った後、彼女を目標として練習してきた34人の選手が切るようになり、今では320秒は練習を重ねれば必ず切れるものと誰もが思うようになった。そのため「320秒」というウイルスに対して、ほぼすべてのこども達は免疫となった。

また、最近では後片付けや大会役員も自主的にやっていただけるようになり、気持ち的に楽になった。保護者の方とのコミュニケーションに努める家内の情報(家庭内のこどもの状況)は、練習計画にも指導方法にも大変役に立つようになった。こうしてバンビーニが集団として動き出せ、クラブ運営を楽にさせてくれたのである

ここまでお読みになった方は、「あれぇ」表題と違うじゃないか、と思ったことでしょう。コロナの話じゃなかったのかと。

申し訳ありませんが表題を今一度見直して頂きたい。皆さんがイメージした「集団免疫とワクチン」とは書いていません。今回は「集団免疫(がある)と(クラブ運営が)ラクチン(楽ちんになる)」というお話でした。

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*)参考

感染症は、病原体(ウイルスや細菌など)が、その病原体に対する免疫を持たない人に感染することで、流行します。ある病原体に対して、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなることで、感染症が流行しなくなり、間接的に免疫を持たない人も感染から守られます。この状態を集団免疫と言い、社会全体が感染症から守られることになります(厚生労働省のHPより)

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139回「転倒と落雷」(2021822日)

子どもが転んだときに、親が慌てて駆け寄れば子どもは過剰に泣くようになる。「早くしなさい」くらいの対応にしておけば、こどもは何事もなかったように、泣くこともなく平然と立ち上がる。年寄が転べば骨折が心配されるが、こども達にとって「転ぶ」ことは「大したことではない」と認識さていく。

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親には「いい親でいなければならない」という強迫観念のようなものがあるようだ。だから、どうしてもこどもをかばいすぎる傾向にある。

練習が乗り気でないこどもの保護者(その時はおじいちゃん)に「おじいちゃんからも何か意見言ってくださいよ」といっても「いや、私はM子に嫌われたくないから言えませんよ」

また、あきらかに自分の子供以外まったく興味がない人もいる。他人のこどもに対して悪口も言わないけれど気にもしない。自分のこども命である。思春期になって「うるせえなー」と言われたらどのくらい落ち込んでしまうのだろうか。今から子離れの準備をしておかないといけませんよ。

バンビーニでは口数の少ない子が多い。では、本当に無口なのかというと、事実はそうではないようだ。春合宿で何がキッカケかわからないが喋り始めたことがある。1人が喋ると皆が口を開いた。今までが猫をかぶっていたのかと思うほどだ。

保護者は自分の子どもが心配なあまり、子どもが傷つかないようにさまざまな場所で「この子は家では喋るのですが、コミュニケーション能力が低いので外ではしゃべらないのです」といっている。

しかしそうすると、子どもにどんどんその言葉が刷り込まれていき、自分はコミュニケーション能力が不足しているのだと認識するようになる。子どもは、大人が気にすることを気にするので、段々としゃべらなくなる。

最近は練習量が増えてきているので、足が痛かったり気持ち悪かったりすることが多くなったが、私からやめろとは言わない。だから自分から訴えるしかない。といっても、訴えてくるのはいつも決まった子で、入会が浅い子はめったに言わない。常連者の訴えはまず拒否する(この輩は申告して認められればもうけものとしか思っていない)が、初めての子はほぼ認めている。最初に拒否すると次に言ってこなくなるので怪我や熱中症などにつながってしまうのが怖いからだ。

無口は1人で参加しているこどもの傾向だが、3姉妹となると真逆になる。バンビーニの水曜日クラスは3姉妹が2組いる。そのうるさいことうるさいこと。アブラゼミとミンミンゼミが一つの木で鳴いているようなものだ

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「今日は200mx10をやりますが、まるお(大人のランニング集団)が来る前に終わらせるので、時間通り行かない場合、残りは400m走または600m走としてまとめておこないます。よって、必ず全部行います。覚悟してね」

「なにそれ、意味わかんない」(K家次女3年)

「ねえ、休み時間何分、まさかジョッグじゃないよね」(I家三女2年)

「コーチ、私は何本走ればいいの?皆と一緒というわけにはいかないよねぇ。私1年だよ」(K家三女1年)

一度落雷があって中止にしたことから「雷は練習中止」との刷り込みで、雷鳴が聞こえたり遠くの空が点滅すると「コーチ、雷だよ」(I家三女2年)と騒ぎ始める。

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わざと知らないふりをすると「コーチ、今の聞こえなかったの?補聴器付けた方がいいよ」(K家次女3年)

「コーチ、今空が光ったよ」振り向くと消えている。わざと反対方向を向いて時間を稼いでいると

「コーチ、動作が鈍いよ。何で反対方向向くかな。・・・歳には勝てないか」(K家三女1年)

この喧騒は延々続く。

しかし、私はセミたちに対して「話は聞くが言うことは聞かない」ことにしている。

第138回「正解!よくわかったね」(2021年8月15日)

学童でM子が「今日は誰の誕生日でしょうか」と聞いてきた。

「う~ん、待ってね。よく考えてみる・・・M子の誕生日かな?」

「正解!よくわかったね」

T男は「ミッケ!」という視覚探索絵本に載っている「●○」はどこにあるかと聞いてくる。彼はすでにクリアしている。案外難しいのですぐにはわからない。

「え、わからないの?教えてあげようか?」(ニコニコしている)

「いいよ、自分で探すから。おお、●○はもう見つけたよ」するとT男の目が本の左下隅に動く。私は彼の目の動きを見逃さない。

「ほら、見つけた」

「正解!よくわかったね」

 帰り際、F子が「イリ、問題出すよ。できるまで帰っちゃだめだよ」

「うん」

「問題、●●●。答えは1番□□、2番△△、3番●○、それに、えーと、4番□◆、答えはどれでしょうか」

「えーと、4番□◆」は答えから外せる(えーとで付けたしにすぎないことがわかる)。

「もう1回問題言って 」と言うと

「1番●○、2番△△、3番□□」

と前と違った順番になると、もう答えは2番△△と判断できる。

「2番かな?」

「正解!よくわかったね」

こどもの言動は慣れれば理解するのは簡単だ。社会に出て複雑怪奇な言動をする大人と長い間接してきたせいか、学童はゾウガメやイグアナたちがいるガラパゴス島に来た気がする。若干小賢しい者もいるが、多くは粘土のように自由自在に形を変えることができる。

この子らがこのまま大人になったらと期待するが、このままでは他人に騙されてしまうだろう。純粋な心のままで大人の世界に入れば到底生きていけない。その世界に順応するため姿かたちはおろか性格までかえなければならない。それをしないで生涯を全うできるのは天皇家と大谷翔平しかいない。

だから、私はゲームをやる時は手加減しない。オセロはどんなことがあってもコーナーを狙う。4つのコーナーをとれば勝てるからだ。トランプも真剣にやる。こどもが泣いても勝つ。大人げないと言われても勝つ。それがこどもたちのためになると信じている。UNOという遊びでかっこつけて「上がり!」とカードを叩きつけたら、こども達の順番を待っている間カードを伏せていたせいもあって、色も数字も上がりに関係のないカードであった。途中で思い込みがあったのだろう。「あっ」と慌てて戻したら、皆はその動作に腹を抱えて笑った。例のR男がいつもより激しく涙流して笑っていた。ヒール役の悲しい末路だった。

学童には4月から1年生が入会してきたので、K子という同じ名前のこどもが2人いるようになった。4年生の仕切り屋のK子とあどけない1年生のK子である。

落し物があったので「おい、K子」と呼びかけた。

「どっちのK子よ!」と4年生のK子が語気強く答える。

ちょっとムカッと来たので

「可愛い方のK子だ」

「・・・・」

4年生のK子に気を使ってか、皆下を向いた。普段低学年の多くは気遣いなどできないのに、このケースだけは無言で通した。このような場合、大人の世界でも同じような対応をすることが多い。

 

「正解!よくわかったね」

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第137回「届かぬバトン、つながらないタスキ」(2021年8月8日)

陸上競技の多くは個人種目だが、短距離ではリレー、長距離では駅伝が唯一チーム種目として存在する。ただ、サッカーや野球のように毎日練習をするのではなく、通常は個人練習が主体で、大会が近付くとチームとしてバトンやタスキの受け渡しの練習となる。だから、チームプレーに慣れていない多くの陸上選手には大きなプレッシャーとなる。

東京五輪の400mリレーは夜の10時50分スタートで、金メダルを取って幸せな気分で寝る予定だった。しかし、まさかの棄権。走り続けてもテークオーバーゾーン外での受け渡しとなり、失格だっただろう。寝苦しい夜となってしまった。

リレーは1走以外はスタートがない分速くなる。できる限り加速してバトンをもらえば記録はあがる。前走者がここまで来たらスタートするラインを歩数で計り、テープで印をつける。メンバーは何度も練習をしてきているのでスタートの位置の狂いはない。多田選手が急激に遅くなったとは思えないので、力の入った山縣選手がいつもより早く飛び出してしまったのだろう。オリンピックの雰囲気がもたらす過剰アドレナリン効果だ。

小学生のスピードでは通常はオーバーゾーンの失敗は少ないが、バトンパスについては渡す際の「はい」の他に、選手間の詰まりは「行け!」「速く!」、離れていると感じたら「待て!」「落として!」と声を掛けろと言ってある。次走者は目印のテープを超えたら飛出し後ろを見ないからだ。前の走者は次走者をコントロールする立場にある。多田選手が「待て」とか「速い」とか言葉をかけていればオーバーゾーンはなかったかと思う。これまでの練習ではあまり経験がない上、多田選手が山縣選手より4歳も年下だったので言葉が出なかったのかも知れない。自分で何とかしようとしたのだろう。しかし、言葉が出てもオリンピックのレベルではもうこの段階で入賞はなくなったといえる。

一方長距離では駅伝がある。大学では箱根駅伝が有名で、関東にある大学は箱根駅伝の優勝を目指す。しかし、ここでも悲劇を見てしまう。「繰り上げスタート」である。関東学連の規定では

①往路の鶴見(2区)・戸塚(3区)中継所は10分遅れたチーム。

②往路の平塚(4区)・小田原(5区)中継所は15分遅れたチーム。

③復路すべての中継所は20分遅れたチーム。

はすべて繰り上げスタートで、関東学連から与えられた繰り上げスタートのタスキ(白色と黄色のストライプ)で走らなければならない(繰り上げスタートは駅伝が一般公道を使うため交通規制の関係で設けられている)。

渡す相手がいない中継点にたどり着いた選手は事の顛末を知る。虚無感に襲われ自責の念にかられてしまう。これは仲間の実力から積り積もって行った遅れなのだ。決して君一人のせいじゃない、といっても長距離はストイックな人間が多く、自らを責めてしまう。伝統のタスキの重みで押しつぶされてしてしまう。まさに「車輪の下」だ。

ただ、このような過酷な環境の中に一筋の光明がある。関東学連では繰り上げスタートの際のタスキに関する特例がある。

往路のフィニッシュ地点である5区と、復路のフィニッシュ地点である10区に限っては、「チームのタスキを使用する」としている。自校のタスキへの思いを配慮し、戦い抜いてゴールをしたことに対する敬意がこの特例に込められている。粋な計らいである。

(関東学連には大会前に2つの自校タスキを預けることになっている。1本はスタート時にもらう。残りは関東学連が保管し、特例の場合に使用する)

一方バンビーニの小学生はバトンを落とそうが転倒しようがめげない。レースが終わればバッタを追いかけてキャキャ言っている。そこがこどものいいところで、一つの失敗でくよくよしない。「届けたよバトン、つないだよタスキ」と、結果はともあれルンルンしている。

 

メダルばかり追いかけるのではなく、たまにはバッタでも追いかけてみたらどうだろうか。そして気分転換出来たら、3年後のパリ大会で「頑張れ日本!」

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第136回「神経質な男」(2021年8月1日)

学童には神経質な男の子がいる。3種類の色の積み木で遊んだあと片づけをするのだが、私は適当に箱の中にしまうが、R男は必ず青色、黄色、赤色の順番に入れる。信号の色の順番に入れているようだ。でも信号は赤から始まっているのかもしれないよと茶化すが、自分の信条があるようで、意に介さない。

そういえばバンビーニでもマーカーを片づけるのに青、黄、赤、緑・・・ごとに集める子がいる。その点、私は全く気にしない。マーカーは直線又はエリアを示すものと考えているから、位置がずれてなければ何でもいい。ウエーブ走の時は「1個目まで全力、2個目まで80%で流し、3個目からまた全力で・・・」と指示する(青色まで全力、黄色まで80%で流し、次の青色からまた全力で・・・のがわかりやすのだと思うが)。

最近、ストライド走の練習は走路に目印の意味で細長く切ったマットを置く練習をしている。だが、その目印のマットの切り方がバラバラで太かったり細かったり、曲がっていたり、ギザギザになっていたりで、こどもらに指摘された。少しは失敗かなと思ったが、いつものように「ま、いいか」で使用することにした。こどもらの悪評にもめげない。

家内からはいつも「あんたは本当にA型か?」と言われる。人間77億人いるのに4つの型に分けるのは暴論だが、よく考えると家内の言っているのは間違ってないのかもしれない。親父がA型でお袋がO型だから必然的に私はAO型なのだ。そのO型が無神経な性格を構成しているのかもしれない。

普段はO型が支配している私の身体だが、もう一方のA型の因子も時々顔をだすことがある。これが出てくると平穏無事に過ごせない。バンビーニ創設以来、いつもナーバスになることがある。こどもの記録ではない。こどもは練習をこなしてくれれば記録は出る、とO型の因子が勝手に判断してくれる。記録ではなく、「大会に申し込むこと」が最大の心配ごとなのだ。昨年足立区の大会に申し込んだら開始1分で一杯になったと言う。前日の23時59分だと受付前だからと拒否されるのも嫌だったので、受付日の0時01分に送ったら、2,3日して「お申し込み多数で締め切られた後なので受け付けられません」とのメールが来た。夜中だよ。たったの1分遅れだよ。

これ以降トラウマとなり、メールでの申し込みの際、漏れはないか、メールが届いているのか、選手名は間違っていないか、種目は正しく入っているかなど心配事が津波のように襲ってくる。最近も締め切りまで5日以上もあるので全員の回答を待って申し込んだら、なんと一杯で締め切られていた。じゃあ、他の大会では申込み初日に申込したら、大事な小2の男の子の名前を書き忘れた。いや、心臓がバクバクした。幸い保護者のご厚意でゆるしてもらったが、急いでいたせいか二重チェックをしていなかった。強化指定選手の最後の認定大会で6年生にこれをやってしまったら一生後悔してしまう。また、うまく申し込みが終っても今度は大会に出る時、ゼッケンが間違ってないか、安全ピンを忘れてないか、これまた心配事が絶えない。

 

私はこのようにA型人間、O型人間の二重人格なのだが、今後の人生うまく折り合っていかなければならないと言い聞かせている。しかし、A型人間が出てくると、臆病で神経質な自分に向き合うため、私はとたんに憂鬱になる。

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第135回「Dr.スランプ」(2021年7月25日)

アンドロイドの「アラレちゃん」を作った則巻千兵衛は天才発明家と言われていたが、長い間売れる製品を出せずに悩んでいた。そのため別名「Dr.スランプ」と呼ばれている。

このように心身の調子が不安定になって「記録の停滞」「技術の伸び悩み」などが起こることをスランプという。競技キャリアが長く、ある程度の実力を持った選手であれば、どんなスポーツにも一時的に伸びが停滞する時期がある。

こどもの停滞はこの他にこども特有の「成長期における身体の変化」がきっかけとなる場合(クラムジー)もある。まずは子供の気持ちや状態をしっかり把握する必要がある。変な走り方をしているのでこどもに聞いたら、「靴が小さくなって痛いので、痛くない走り方をした」という。帰る時お母さんに報告し、次の週は伸び伸び走っていた。

保護者からスランプのことを聞かれるが、小学生の「記録の停滞」はスランプ(いつもの調子が出せず「通常以下の状態」)ではなくプラトー(調子は通常通りだが成長を感じられない、練習などの成果が表れない停滞期のこと)のことが多い。

プラトーは悪い事ではない。ほとんどが“伸びるために停滞している状態”で、 その時期は“力を溜めている状況”だと思った方が良い。ジャンプするためには寸前で一瞬縮む行為をするのと同じだ。特に陸上競技を専門にやり始めるのは4年生くらいからで、さほど競技期間は長くないし、練習時間も限られるからだ。スランプは中学生以上になってからだと言ってよい。

陸上を始めてしばらくの間は、初めてのことが多いし、今までできなかったことができるようになり、記録も伸びる一方のためこどもは貪欲に練習をこなす。しかし、ある程度のレベルや年齢に達すると自然に「好きな練習」と「苦痛な練習」が発生し、コーチから言われた「するべき課題」を避けてしまうことがある。

バンビーニのR子は抜群の才能があるのに、練習に好き嫌いがあり、短い距離のトレーニングは好きだが長距離走は嫌いで手を抜く。これを繰り返すと「苦痛で地道な努力」ができなくなる。鍛練期の練習が始まると、とりあえず「何らかの練習」をやっておけば、努力を怠っていない気になったり、練習をちゃんとやっている気になる。その結果「頑張っているのに結果がついてこない」「努力をしているのに自己ベストが更新できない」と嘆くようになる。

それがスランプかと聞かれれば、答えは「否」で、それは「プラトー」と言える。プラトーならば、するべき課題を見つけだし「自分の苦手を克服する努力」を怠らなければいい。前半から飛ばして追いつかれたら「そこから引き離す力と精神力」を持て、というこの夏の課題を克服できれば、もっと記録は伸びるし、もう誰にも負けなくなる。こちらもゴール前でやきもきしないで済む。

R子の跡を継ぐと思われる女の子も今「プラトー」に陥っている。「最初に飛び出してもいいが、後半抜かれたらどうしよう」ということで、彼女の心の中には不安が広がっている。スピードもあり根性もあるのにいつも第2集団にいるから、折角のラストスパートも無駄になりメダル圏内からはずれる。「1年かけて500m、600m、800m・・・と、追いつかれるまでの距離を延ばす」という課題を与えることにした。飛ばしてその結果ヘトヘトになって抜かれるなら何も言わない、今のようにやさしい顔で走り終わるのはダメだと言っている。

 

元々美人顔だが「苦痛に悶える」顔が現れた時、本人も予想をしなかった記録が生まれる。「んちゃん砲」を繰り出し「地球わり」のパンチをお見舞いする「アラレちゃん」こと「則巻アラレ」が暴れるような姿を、大会で是非見たいものだ。

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第134回「衣食足りて礼節を知る」(2021年7月18日)

他のクラブでは帰る時にグラウンドに向かって礼をする。「ありがとうございました」の声をかける。うらやましい限りの光景だ。私はこの礼儀作法に憧れることはあっても反対するつもりはない。だが、幼稚園児までいる当クラブでは徹底させるのは無理だと思っている。ただ単にやらされているあるいは真似している限りでは、ぎこちなく、外人の神社参拝と同じ姿となるからだ。

礼儀というものは人間関係をスムーズにするために欠かせない作法のひとつだが、この礼儀を重要視しているのが剣道や柔道などの「武道」だ。

武道で礼儀が必要とされる理由のひとつとして、相手への敬意を表すことによって自分をコントロールできるからだ。剣道や柔道などの武道は一対一での対戦となり、技の未熟さや心の未熟さがケガやトラブルの元ともなりかねない。礼というものは形式的なものだが、その型に自分を押し込むことで、ややもすると失いがちな理性を取り戻すことができる。

また、武道の稽古や試合において、道場や試合場に入るとき礼をするのは、「道場を使わせて頂きます」という感謝の気持ちからでるものだ。稽古を付けてくれる指導者や先輩、自分を向上させてくれる対戦相手に「お願いします」と敬意を表し、終わると「有難うございました」と感謝し、頭を下げる。 

羨ましいならお前のクラブもやれ、と友達の武道家に言われる。 

コロナのせいで、あれほど当たり前に使っていた陸上競技場が使えないことが、どれほど不便なものか身に染みた。使える日、グラウンドに入る際自然と頭が下がる。

しかし、現状が当たり前の小学生には無理だ。小学生のこども達に礼儀作法を説いても翌週には忘れる。すると、友達の武道家からは根気よくやれとさらに言われる。

小学生では剣道の先生に勝つことは絶対にない。だから先生は神様に近い。その威厳で礼儀作法を徹底させることができるかもしれない。絶対的な存在は信仰に近くなる。

陸上においては逆に私の年齢ではこどもに絶対勝てない。インターバルをやるぞというと「じゃ、コーチやってみてよ」とよく言われる。その時私は即座に「うん、しないよ。私は小さいころからよく練習をしていたので、神様がね、『入山、もうお前は十分頑張ったから走らなくていいよ』とおっしゃる。そろそろ神様と仲良くしないといけない年齢になった。だから神様の言うとおりにしようと思っている」と答える。幸いこどもたちはここまででそれ以上私を追いつめはしない。威厳がないのでこどもたちを誘導することができないが、人柄もさほどいいわけでもないので自然に従ってくれることもない。困ったものだ。

バンビーニでは昔の言葉の「衣食足りて礼節を知る」というのが現実的で、私はそれでいいのかなと思っている。すなわち、「衣服や食糧といった生きるために必要なものが十分にあるようになって初めて、礼儀や節度といった、社会の秩序を保つための作法・行動が期待できる」ようになると思っている。

写真の女の子は3月の越谷カップに出た時の写真である。この子は本当に素人の選手だったが、普通の女の子でも努力次第で指定選手になれるという見本だ。この子にグランドに対して頭を下げろ、と教えたことは一度もない。なのに、ゴールした後グランドに自然と頭を垂れた。これが真の礼儀であり感謝の気持ちの表れだ。「衣食足りて(自分が指定選手を狙えるようになって)、礼節を知る(この機会を与えてくれたグランドにライバルの同級生に感謝したくなる)」のだ。

 

今、私がこどもたちに厳しく説いているのは、「競技場のトラックの中から外に出る時は、右側を見て走って来る人がいないことを確認してから、渡れ」だけである。

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第133回「そうだ、いいこと考えた」(2021年7月11日)

 こどもの「そうだ、いいこと考えた」という言葉はろくなものではない。

学童の時の鬼ごっこはなんだかんだで私が鬼になる。「イリから逃げろ!」という鬼ごっこは文字通り私が最後まで鬼だ。交代がないので「やらない」と言うと、「そうだ、いいこと考えた。氷鬼にしよう。皆捕まったら交代ね」氷鬼はくせもので、捕まえたこどもはその場で氷になって動けなくなるが、残りのこどもが2手に別れて行動するので、すぐに氷は解けて捕まったこどもは開放される。「交代」という言葉があるからとりあえず私の要望には応えたわけだが、「皆捕まったら」という条件付きのため、実際はこれもエンドレスになる。

トランプの神経衰弱をやると「そうだ、いいこと考えた。こどもたち対イリでやろう」5人のこどもと私1人だから、順番が回ってこない上こどもたちの暗黙の協力があって、根こそぎ取られてしまう。

シルバニアファミリーをやっても「そうだ、いいこと考えた。今日のイリは犬ね」「いやだ、パパがいい」「パパはT男に決まっているので、イリは強そうだから犬ね。何かあったら私たちを守ってね」といいながら、シルバニアファミリーは一家団欒の楽しい場面が進行する。だから私が登場する余地がない。「ワンワン」「ワオーン」と吠えても「今日はうるさいわね」で終わり、家に入れてくれない。

つまり、こどもたちの「そうだ、いいこと考えた」は「そうだ、いいこと(こどもたちにとって得になること・都合のいいことを)考えた」のである。決して私を含めた全体最適を考えたのではない。

バンビーニにおいても、実際にその現象がおこる。

時間が押していて2時間の練習の中で計画したインターバルが全部できないことがある。有料のグラウンドを使っている時はこどもたちも時間内で練習は終わることを知っている。

あと30分しかない時に400mx5、200mx5が残っていると、まとめ役のS子が私のところに来て「コーチ、時間がないですよね。どうでしょう、いいこと考えたのですが、200mを7本でどうでしょうか。そうすれば時間通りに終わりそうです。400とか200の組み合わせに固執していると時間が無くなるのです。善は急げです」「・・・・」「いや、ダメなら200x10本までなら何とか頑張れると思います」

「・・・・そうだ、いいこと考えた。400mと200mに分けるので休みの時間が多くなり時間が足りなくなるのだ。S子に言われなきゃわからなかった。400mと200mにこだわるからいけないんだ。あわせて600mにすればいいんだ。よしそうしよう、善は急げだ」

「・・・・・」

 

急遽残りは600mx5の練習に替わった。ダウンは外になったが無事予定の距離は走れた。その後、S子らの「そうだ、いいこと考えた」発言はなくなった。

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第132回「同期現象」(2021年7月4日)

長距離は個人で練習するよりも集団で練習する方が伸びる傾向にある。

では、なぜ集団だとこどもたちは伸びるのであろうか。

①ランナーは1人で走るよりは数人の集団の中で走る方が楽に感じる。

単独走よりも能力の拮抗した複数走の方が速くなる。これは複数走では自然に心理的にやる気が高まっているからである。酪農家は1匹で飼うよりは群れで飼う方がエサをよく食べ、早く成長することを経験的に知っている。個別には無口な子が多いバンビーニだが、集団になるとよく喋る。だから練習の合間の休みは笑顔が絶えない。それは疲れを癒す。

②同期現象

ランニングは単調である。それだけ走るリズムは大切であるが、ランナーが集団の中で走ると、相手を見るともなく見ているため自然に前の選手のリズムに引き込まれる。こうして個々のリズムが失われ、後続のこどもには坂道の下りを走るようなもので、通常より走る回転数は多くなってくる。

これは、同期現象というもので、例えば、2台の振り子時計を1枚の薄い板を挟んで背中合わせに吊るすと、何日かすると2つの時計の振り子の振れる方向が一致してくる。すなわち、同期現象が現れる。生物学では、蛍やコオロギを虫かごに入れると同時に発光したり鳴いたりする。集団に1,2名の速い選手がいれば同期現象が起きる。

③ペースの変化に対する対応力

集団の中で走ることは集団のペースが変化するたびに前走者にぶつからないようにしたり、追いつこうとしたり、スピードの調整をしなければならない。丁度高速道路が渋滞している時に加速や減速を繰り返すことによって走行効率が低下する状態である。レース中では避けるべきことだが、通常の練習に対して過負荷として選手を鍛えることになる。

④ライバルに勝つという意欲が強くなる

力がある者にはトップである自覚を持てといつも言ってある。そのためインターバルの最後の1本で後続の選手が抜こうものなら(逆に後続の選手には最後の1本くらいはトップの選手を抜こうとする意欲が必要だと、これもいつも言ってある)、集団の雰囲気は一変して順位争い・記録争いに転じる。すなわち、持ちタイムの差があるためこれまで不本意にも耐えてきた“共存”ムードが“競争”ムードに変る瞬間である。ここに新たな闘争エネルギーが生まれる。ラストスパートの練習にもなる。これが最後の1本だけではなく、徐々に競争本数が増えてくるようになる。練習が終われば親友だが練習ではライバルだ。バンビーニでは複数人がライバルとして交錯している。今はいい方向に進んでいると言える。

 

さて、7月4日の大会で試合期は終わった。明日からまたしばらく鍛練期に入るし、あと半年でシーズンも終わる。ステップアップでなくステージアップして終わるために、皆でもう少し頑張ろう。

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第131回「命の恩人」(2021年6月27日)

学童の散歩(4月より小学校内に移転したため、散歩といっても校庭に遊びに行くこと)の時、小学1年生の女の子が私のところに来た。

「イリ、何か胸のあたりがおかしいの」

「気持ち悪いの?」

「ううん」

「頭は痛くないのか?熱は?」手をH子の額に当てたが、熱はない。

「熱中症ではないようだが」

「違うの、胸がドキドキ言うの」

「えっ、・・・」

H子の様子が落ち着いてきたのに連れて、いたずら心が湧いてきた。

「H子、それもしかしたら恋かもしれないよ」

「こい?」

「ある人の前に立つと胸がドキドキするのは、その人に恋した証拠だよ」

「こい?」

「その人を大好きになることだよ」

「だって前にいるのはイリしかいないよ」

「おいおい、私には妻も子供もいる。君が大人になる頃には私はこの世にいないよ。やめておきなさい」

「???」

そばでこの話を聞いていたおばあさん先生が笑いながら

「この子は鉄棒で連続逆上がりをやって目を回しただけですよ。私達だったら心筋梗塞じゃないかと心配するけど、ねぇ入山さん(お願いだから何かに連れてあなたの世界に引きずり込まないで・・)」

以前「スケベ」と言ってきた小2のR男は性格が真面目で探究心もある。室内ではよく歴史の本や科学の本を読んでいる。校庭で遊んでいる際、アザミの花に触れたようだ。私のところに来て

「イリ、あの花のトゲには毒があるの?」

「ああ、あれはアザミと言って猛毒の植物だ。まさか触ったんじゃないだろうね」

「触った」

「そりゃ大変だ。血は出たか?」

「ううん、痛かっただけ。僕死んじゃうの?」

「うん、可能性は高い。腫れてこなければ命は助かるのだが。家族を呼ぼうか?」

「・・・イリ、何か腫れてきた気がする」

「どれどれ、わかんないな。君は体全体が腫れているからな」

ここまで来ると冗談もまったく通じなくなった。とぼとぼとベンチに向かって歩きはじめた。座ると同時に泣いているようだ。空を見上げたと思えばとげが刺さった足を見る。その動作を何度も行っている。思い残すことがたくさんあるのだろうか。もっといじりたかったが、ここまでかなと思い、ベンチに救急箱を持って行く。

「R男、君は運がいいよ、救急箱にマキロンというアザミの毒に効く特効薬があったよ」「特効薬?」

「ああ、毒消しの薬のことだよ。これを塗れば毒は消えていく。毒が心臓にいくまでに塗らなければならない、急ぐぞ」

病は気からとはよくいうもので、

「イリ、段々腫れが引いて来たよ」

「おお、効いてきたか。よかった、よかった」

「うん、僕今度の土曜日にお父さんにゲームのソフトを買ってもらう約束をしたんだ。そのゲームをやらないで死ぬのは嫌だから、治って良かった。イリは命の恩人だね」

涙の跡がある顔にはいつもの笑顔が戻った。

生死をさまよった散歩から帰り、宿題を終わらせて自由時間になったので、R男と積み木で城をつくる遊びになった。

「イリはやっちゃだめ。ここは僕が作るのだからイリは見張りをしてて」

「少しはやらせてよ」

「ダメ、イリはいい加減に作るから」

「おいおい、私は命の恩人じゃなかったの?」

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 第130回「ケツワレ」(2021年6月20日)

陸上競技のケツ割れとは、400mや中距離競技で全力疾走した後に起こる尻から太もも裏の部位が痛む(筋肉が固まってしまう)症状だ。ひどい時は立てなくなる。日常生活にはない独特の違和感で、「ケツがいくつもに割れてしまうような痛み」と表現されることが語源だが、全力疾走しないと起きないのである。発生しても一過性なため、病院に行ったり治療をしたりする必要はない。5分もすれば元に戻る。

 ケツ割れが起こる原因は、短い間に全力を出し切ったことによって生じる疲労物質(乳酸)のせいだ。ケツ割れをする種目は、400m・800m・1500mなどの短中距離で、走っている時間が短い100mやペース配分を伴うマラソンなどではほとんど起こらない。

 ケツ割れをする場面は主にゴール直後だ。陸上選手はゴールするときには最大の力を発揮している訳だから、ゴール後力を緩めると同時に疲労物質が急速に増え、ケツ割れの激しい痛みとなる。ケツ割れは痛くて・苦しくて・二度と味わいたくないと感じるような辛いものである反面、自分が全力を出し切ったことを示す重要な証ともなる。

小学生は本能的に自分を究極まで追い込むことはしない。疲労がピークに達する前に自分を守る安全弁が作動してしまう。これは女性が「お腹の中にいる子を守るために体力を温存する」本能を持っているのと同じメカニズムだ。かよわいこども特有の本能で、非難しているのではない。小学生女子の1000mは「こども」と「女性」という2重の本能が重なりあい、安全弁が強固となりなかなか外せない。小学生のコーチの手腕は、どのようにしてその本能的安全弁を外すかということに尽きる。

埼玉陸協は強化指定制を布いて個人の記録の向上を狙っている。予選、準決勝があるわけではないので順位狙いは無用だ。「1周目飛出し2周目スピードを維持して残り200mをラストスパート」がバンビーニの1000m走の基本だ。

大会に出てくる選手でS指定を目指すこどもたちは記録的に拮抗している。これまでのような前半から中盤にかけた和やかな集団的雰囲気はもういい。前半から飛ばして集団のざわめき(位置に対する動き)を大きくする。600mで集団に飲みこまれたら次は800mまで持つ練習をこなせばよい。そして小学生最後の大会で誰も追いつけないようにすればいい。

最初のスピードについていけない子は取り残され、集団は最初から縦長型となって、離合集散を繰り返しながら、最後の第4コーナーを回る。そしてゴールするとお尻の筋肉が固まって立てなくなる。そう、それが「ケツワレ」というものだ。それを体験することによって、真の1000mランナーになったと言える。

 

 

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第129回「お尻ペンペン事件」(2021年6月13日)

大会を控えて5,6年生は厳しい練習を繰り返している。一方で、土曜日の出張かけっこ教室、日曜日の基礎クラスには幼稚園児ないし小1のこどもらがいる。彼らが相手だと5,6年生らとは違った世界がある。

<仰向けになって>

変形スタートという練習は、体育座りから始めていろいろなスチュエイションからのスタート練習である。ある日、順調に練習が進んでいたが「仰向けになって」という段階で、言葉の問題にぶつかった。「コーチ、仰向けって?」「天井を見ることだ」と言ったら全員天井を見た。しかし、立ったまま見るとは思わなかった。まるでミーアキャッツのようだった。「床に寝て天井をみるということだよ」「初めからそう言ってよ、わかんないじゃない」「ごめんごめん」

<左からだよ>

柔軟体操で足を揃えた前屈柔軟は何とかなるが、足を広げてV字開脚での柔軟は「左から始めるよ」と言っても1割の人間は右から行う。その時は直っても「左足からだよ」と毎回言っている。

ケンケンでは3割のこどもが右から始める子がいる。私が言う左ケンケンは左足で地面を蹴ることだが、3割は左足を上げて右足で地面を蹴る。「お前ら俺の言うことを聞いてるのか」と怒ると「左ってどっちの足からよ?」と言われ、完全に頭に血が上っていたせいか思わず「お茶碗持つ方の足だ」と言ってしまった。こども達は「????」

<目で訴える>

「ダッシュを10本する」と言っても、小さい子は「言えば何本か減るかな」と思うようだ。男の子は条件闘争に持ち込もうとして、まずは「5本にしてくれ」と言ってくる。無視していると、「ダメなら7本で手を打つ」と言う。ちょっと待ってくれ、私には君らと妥協するような弱みはない。一方女の子はとにかくお願いの戦略。ぶりっ子、お世辞、支離滅裂な幸福論を出してくる。態度が悪い時にはペナルティで本数を増やすことがあるが、その際はふてくされのポーズ。「ぐちゃぐちゃ言うと本数がさらに増える」と言うと「それは困る」とばかり走り出す。それで練習をやめてしまったら、私は困ってしまうが、幸いこれまでふてくされて練習をやめた子はいない。

<お尻ペンペン事件>

 

 自分が一番でないと気が済まない子がいるのが低学年教室の問題だ。「僕の方が速い」と言った瞬間、相手が「僕の方がもっと速い」ということでケンカになる。お互い妥協することはない。そばにいる間は何とか抑えられるが、ダウンに行って来いと送り出したそのダウンの際に起こった「お尻ペンペン事件」は防ぎようがなかった。指導をしている際、全力走をしない子に「おまえ、一生懸命走らないとお尻ペンペンするぞ」と言った。その時は皆がゲラゲラ笑ったが、それをダウンの際ある子が蒸し返した。言われた方はコーチが言うなら仕方ないがなぜ自分より年下の幼稚園児に言われなきゃいけないのだと怒り出し「お前の方こそ僕より遅いのだからお尻ペンペンだ」と「お尻ペンペン」をダウンで走っている間20回余りも幼稚園児に浴びせたようだ。当然幼稚園児は泣きだし私のところに戻った際、事の次第を訴えたのだが、泣きながら言うものだから何言っているのかわからない。小学生にも異次元の言葉を浴びせるものだから、その勢いに押されて小学生も泣き出してしまった。たかがこどものケンカだ。これからも起こる。殴り合いにまでに至らなければギリギリまで放っておくようにしている。私のこどもの頃のガキ大将は仲間のケンカを怪我しないギリギリで止めていた。こどもの世界はガス抜きが必要なのかも知れない。翌週、2人は笑いながら仲良く練習していた。

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第128回「イタキモチイイ」(2021年6月6日)

 子どもたちは、それがサッカーでも、バスケットボールでも、野球でも、「このスポーツがやりたいから」、「このスポーツが好きだから」という純粋な気持ちでチームに入ってくる。その子たちにとって、スポーツをする場所は「楽しい」時間であるべき場所なのである。それを壊しているのは、多くは大人の都合だ。陸上道を説くコーチや支配的指導方法をよしとするコーチが犯す誤りかもしれないし、私のように自由奔放にやらせる自由主義者が陥る欠点かもしれない。

アメリカと日本のスポーツ指導法に大きな違いがあるのは「楽しむ」という観点だ。英語では○○スポーツをすることはplay tennis、play baseball,というようにplay(遊ぶ)がつく。日本では「修行」とか「極める」という意味が漂う。

水泳では日本はバタ足から始める。「顔をつけてはい上げて・・・」と。日本は苦しさが伴う。アメリカでは背泳ぎから始め、顔をつけないで水に慣れさせ、それから浮く感覚を身に着けて楽しく泳がせる。

スキーでも日本はブーツを1人で履く練習をさせ、ゲレンデに出ればまずガリ股で斜面を登らせる。アメリカではブーツは大人が履かせ、少しスキーに慣れたらすぐにリフトに乗って上から徐々に滑り降りスキーの楽しみを体験させる。

このようにこどもにとってスポーツはまず楽しむことが大切だ。

 とここまで書くとバンビーニの口うるさいR子やS子は「言っていることとやっていることが違う」と口をとんがらせて詰め寄ってくるに違いない。しかし、大人の世界では本音と建て前というものがあるのだ。さらに私には屁理屈という武器がある。

 陸上競技の楽しみは「苦しさを快感に変える楽しみ」なのだ。君たちにわかりやすく言えば「痛気持ちいい」ということだ。例えば足裏のツボを刺激するマッサージなどは、激痛を伴うが身体のコリがほぐれていく快感が得られる。バンビーニに入ってくるこどもたちの多くは困ったこと、苦しいこと、辛いことなどを味わったことがない。だから、日曜日のひとときの間、苦しい目にあうことは、君たちにとって知らず知らずの内に1週間の楽しみとなっているのだ。バンビーニに来なければ苦しいことは何一つ体験することはないからだ。

 その代り陸上競技は神様からのご褒美がある。野球やサッカーは大会に出場する人数に制限があるので、試合に出られない選手が出る。その点、陸上競技は人数制限がない競技だ。小学生のうちは希望者は誰でもどの種目でも出れるのだ。つまり「いつも君たちはレギュラー」なのだ。また、柔道のように組んだ相手が優勝候補だったら1回戦敗退で早々とお弁当を食べるはめになる。組んで5秒で負ければ1年間の練習は何だったんだろうとの気持ちが起きてもおかしくない。だが、陸上はたとえ最下位であっても「自己ベスト」という基準がある。他人にはわからない自分なりの満足曲線があるのだ。

そういう点で君たちはplay athletics を堪能していると言っていいだろう。

 大会の中止があってもめげてはいけない。一発で強化指定記録をクリアする「本番に強い子」になるための機会を与えられたと思いなさい。また、前述のように「イタキモチイイ」とは足つぼを押されている時に味あう感覚なのだが、押されなければ(厳しい練習をしなければ)快感(ベスト記録)は得られないということを意味する。

 

 頑張れ!こどもたち!

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第127回「ババのいないババ抜き」(2021年5月30日)

先日、運動会の振替で月曜日が休校、終日学童は開放された。春休みのように1日こども達と一緒だった。

学童の流れとして、1日の時はお腹休めと称し昼食後1時間DVDを見る。こども達の中では「トムジェリ」や「ドラえもん」が人気があるが、「シンデレラ」や「千と千尋の神隠し」も人気がある。多数決が原則なのだが主張の強い子もいる。皆は根負けして「千と千尋の神隠し」にするが、お腹休めはきっちり1時間で終わるのでいつも途中までだ。以前も1日開放の時にDVDを見たが、同じ手順で同じように「千と千尋の神隠し」に決まった。よって1時間経つと同じ画面で終わる。1日開放がたまになのでどこで終わったか覚えていないようだし、前に来なかったこどももいるからまた始めからDVDは始まる。私はもう何回も同じ画面(ハクが白龍となって千尋のところに来る場面)で終わるのを経験している。最近ではストレスになっている・・・・続きが見たい。しかし、私がここにいる間はこのDVDは終わりまで進むことはないようだ。

 オセロゲームをすると途中でこどもの形勢が不利になれば不正が起こる。2人でやっていると応援団が周りに集まってくる。途中、小1の男の子をトイレに連れて行って戻ると、白い石が増殖している。私の黒い石が少なくなっているのだ。周りの子に聞くと「いや、あっているんじゃない」「イリ、負けているよ。」「男らしくない言い訳するね」と相手の子に味方する。勘違いか、でもおかしいなと思いながらやっているうちに盛り返した。すると今度は「冷たいお茶下さい」という子が出て、一旦ゲームを止めてその子にお茶を出して戻った。「お待たせ、君の番だったね」と促した。相手の子は自分の石を黒い石として置いた。そして白い石を次々に黒い石にひっくり返していった。流れから、その後の私は白い石を置くことになった。普段の生活で時々健忘症が発症し自分の行動に自信のない私は、その時は言われるまま行ったが、何手か進むうちに気づき「おい、俺黒い石じゃなかった?」皆は「違うよ、イリは白い石だったよ」とニヤニヤ顔で答える。これじゃいつまでたっても勝てない。

 トランプをやると、「神経衰弱」では自分のめくった札をそのままにしておかず、私が札を脳に焼き付ける前にぐちゃぐちゃにする子がいる。私がめくった時はそのままなので、こどもはそろうことがたまにあるが、私は終わるまで「偶然の札めくり」が続き、いつも負ける。

「ババ抜き」の場合は、ババを持っている子はすぐわかる。違う札を引こうとすると強く握って引かせない。ババを中央に高くそびえさせて引かせようとする。他の子はそこまでひどくはないが、ババに触れるとニコッとする。他の札を引こうとすると顔がこわばる。だから答えはわかっているのだが、こども達の期待にも応えなければいけない・・・その結果「イリは弱いね」といつも言われ続けることになる。

 

M子がババ抜きをしようと友達をつれて私のところに来た。3人でやっていたが、終盤になって気づいた。「ねえ、おかしくない?」3人ともカードを2枚ずつ持っている。「いやおかしくないよ」と配ったM子が言う。じゃあ、最後までやってみようとやってみると全員のカードが2枚ずつ揃った。つまりババがいない。「M子、なんでババを入れないの?」「だって、私、ババ嫌いなんだもん」 

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第126回「スプーン一杯の幸せ」(2021年5月23日)

埼玉陸協で強化指定の標準記録が改訂となった。来年ならまだしも今年からなので、現場は混乱している。バンビーニは、HPにも謳っているのだが、強化指定選手になることを最終目的にしている。しかし、現実は中学受験などで5年生後半になると辞めていく子がいたり、大会とか記録にまったく興味を持たない子も入ってくる。経営的にはお客様のご意向に従うが、個人的にはこどもを強くしたいと願っている。

今度の改訂は女子1000mが少しだけ標準記録を下げて貰っており、女子の長距離にとって3分20秒を切らずに済むことは「スプーン一杯の幸せ」である。しかし、男子にとっては「スコップ一杯の不幸」となっている。

目標にあと少しまできてシーズンを迎えたので、選手ともども「えっ」と言った感じである。ただ、これはいつか来る日が来ただけであって、強化委員会の狙いは理解できる。結論は「対応しなければならない」のだ。

筑波山(877m)登山から赤城山(1828m)登山になったのだから、装備と登山計画を急きょ変更しなければならない。問題は時間だ。今シーズンで新標準タイムを切ることは、選手にとって目標タイムの大幅なアップを迫られることになる。男子1000mであと6秒でクリアと思っていた選手は12秒先まで引き上げられたのだから、選手によってはステップアップではなくステージアップとなった。神様は乗り越えられない試練は与えないと言われているが、自分だけが「スコップ一杯の不幸」を掘り起こしていると感じる子も出てきた。

 だが、晩年になって人生にはこういうことはよくあることに気づく。だからカール・ブッセが「山のあなた」の詩をつくり、多くの人たちがそれに共鳴するのだ。

『山のあなたの 空遠く

幸い住むと 人のいふ

噫われひとと 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ かへりきぬ

山のあなたに なほ遠く

幸い住むと 人のいふ』

 口語体で書くと

「幸せってどこにあるの?」

「ずっと遠くの山の向こうよ」

「友だちと行ったよ。でもなんにもなかった」

「あんな高い山まで登れたの?すごいわね」

「だって、“幸せ”があるって言ったから」

「あの山のもっと向こうにあるのね。あなたがもっと大きくなったらきっと見つかるわ」

 目標としていた標準記録は山の向うに行ってしまったが、またそばまで一緒に出掛けよう。そして今度こそ君の「幸せ」を見つけよう。今後も「なほ遠く」に行ってしまうことがあるかもしれない。それでも落ち込むのはやめよう。君たちは「幸せ」があることはわかっている。問題は、いかに幸せのある所までに行く「体力と気力」を鍛えるか、ということに尽きる。

 

 周りをよく見てごらん。多くの友達は、「幸せ」が何であるかもわからないし、どこをさがせばいいかもわからないのだ。

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第125回「言い訳」(2021年5月16日)

5月5日に新座市で記録会があった。ベスト記録を狙って参加したが、結果はあえなく全員討ち死に。その日は強風が吹き荒れていた。

長距離(1000m)のアップ前のミーティングでは「今日は風が強く(5~8m/s)、記録は狙えない、よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないし120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」とアドバイスした。

しかし、結果は実力者3人に最初から離されラストスパートもかけられないくらいの差となった。レース後のミーティングで「なんで、最初からあんなに離されたの?あれだけ離されたらラストスパートなんか効きやしないじゃないか」と選手に聞いた。

「だって、風が強かったから」「昨日野球の大会があって疲れてたから足が思うように動かなかった」若いころだったら、こども達の発言は言い訳に聞こえたはずだ。

 これはアップ前のアドバスが私の意図と彼らの受け取った意味が違っていたことによるものと思われる。

私は「今日は風が強く(5~8m/s)、記録は狙えない。よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないしは120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」と言ったつもりだが、

こども達は「今日は風が強く(5~8m/s)、記録は狙えない。よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないしは120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」と捉えた。このように私とこども達の間で同じ話でもアクセントの箇所が異なっていた。

 こどもが言い訳をする場合は多々あるが、大きく4つのパターンがあると思う。

一つは、自分が悪い割合を軽くしようという狙いがある。「悪いことはしたけれど、それは “誰か” あるいは “何か” のせいでもある。自分だけが悪いのではない」という人間の本能的な心理が働く。いわゆる自己防衛だ。

二つ目は、日ごろから周囲の大人に「いい子」と褒められている子どもは、「いい子でなければ、親や先生に認められない」といった不安を抱えている。そのため、叱られたり注意されたりする状況に直面すると、とっさに人のせいにしてしまう。

三つ目は、自分の可能性を残しておきたいからだ。

状況を限定的にすることで『本当はできる』という可能性を残しておきたいという意味がある。

たとえば、「時間がなかったからできなかった」は「時間があればできたのに」という可能性を、「風が吹いていたから」は「風がなければ記録は出たのに」という意味を含ませている。

コーチや親にがっかりされないように、自分への期待を持ち続けてもらえるように、子どもなりに考えた答えなのだ。

 四つ目は聞かれたから答えたという単純な理由だ。

コーチや親が発する「なんで○○なの!」という言葉は、彼らにとっていわゆる “質問”なのだ。「なんで」と聞かれているから、「だって(その理由は)……」と答える。子どもは単純に理由を述べているに過ぎないのだ。問題は、それを大人が言い訳と捉えているパターンが非常に多いということだ。そうなのだ。5月5日もレース後こども達は目を伏せ反省していたのだ。それを私が「なぜ」と聞いたから答えただけなのだ。

 

 さて、みなさん、ここでお気づきでしょうか。この文章そのものが私の「言い訳」であることを。

 

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第124回「いいわね、最近の若い子は」(2021年5月9日)

「ねえ、最近の若い子は元気があっていいわね」「そうよ、私たちもあの子らに負けないようにしないとね」「若い子って、元気があるけど落ち着きがないのよね。私たちがあの子らと同じ頃あんなのだったのかな、いやね。」「でも半年もするとしっかりするものよ」「そうだね」

これはおばさんの会話ではない、小学2年生の女子の会話である。そばで聞いていた私は思わず顔を見てしまった。T子とU子はあまり騒ぐこどもではない。学年が上の子に言われれば反論せず従ってきた。その子らが今年入ってきた1年生の騒々しさに思わず発した言葉である。

 新1年生のK男はすぐ学童の「言ったもん勝ち」という雰囲気を会得したようで、うるさいなと感じ始めマネージャーが注意する動きを見せると、真っ先に「静かにするよ!」と大声で発言。入学して1ヶ月、すでに先輩たちがマネージャーからほめられるのを見て真似している。ただ、個人的にはこの発言をほめることはあまり賛成できない。まず、自分がうるさくても「静かにするよ」と言えば形勢が逆転し、何かいつも自分は静かで義憤に駆られて発言したように感じるが現実は異なる。「○○、静かにして」と言えば○○が悪い子、自分は良い子になってしまう。SNSで発言者は匿名だが言われた方がフェイクニュースの被害者になるのと同じように思える。

 「M子、3時15分になったから宿題やめて、手を洗っておやつの準備をするよ」と1年生のK男が4年生の女子に言ったものだから、さあ大変。「そんなことわかっているわよ。私は3年間ここに通っているのよ。昨日今日入ったあんたに言われたくないわよ!」「でもルールだから」「わかっていると言っているでしょう!!」一番うるさい世話好きのM子を怒らしたので、こちらはヒヤヒヤだ。大人の世界ならM子に遠慮し誰もK男に声をかける者がいなくなる。でもK男はめげない。翌日もその次の日もバトルを続けていた。結局M子が根負けした。いっさいK男に反論しなくなった。

 K男は問題児だが悪い子ではない。最年長の男子にも遠慮がない。また屈託もないので自分がケンカをふっかけているということがわからず、最年長男子とのバトルから5分もしない内に一緒に遊ぼうとする。意地でも遊ばないと思ったA男もM子と同じように根負けした。K男はダンプに突っ込んでいく自転車のようなものだが、おじいさんの運転のようにチリンチリンとうるさいほどベルを鳴らせばダンプも避けるようだ。

 このようなこどもなので我々もK男に注意が行きがちだ。今年2年生のY男が1年の時2年のS男にいじめられたが、その際我々は全面的にY男を守った。母1人子1人で他にも事情があったので守らざるを得なかった。S男も1年生の時は超情緒不安定であったので皆から守ったのだが、Y男が入って来て以来S男に手が回らなかったせいで辞めてしまった。かわいそうなことをした。

 

 今年はY男に手が回らないだろう。Y男もきっと覚悟しているのだろうか、あれほどからみついてきたのに今は読書している。K男が早帰りでいなくなると本を急いでしまい私のところに駆け寄ってくる。「イリ、遊ぼう!」この時だけおじいちゃんと孫の関係になる。

 

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第123回「幸福の黄色いTシャツ」(2021年5月2日)

バンビーニ陸上クラブを作った時、こどもたちはわずか3人だった。こども達が着る黄色いTシャツが競技場を跳ねまわっているのをいつの日か見たいね、と妻と話をしたことがあった。

 小1から出場できる大会は少ないが、越谷市陸協は小学生の育成に積極的だ。5月1日の大会が開催されることになってこどもたちと喜んだ。大会は冬の厳しい練習でどれだけ伸びたか結果が出るところだ。その結果はすべて私の責任だ。だから、私の臆病で弱虫の性格が競技場に入ることを躊躇させた。これまで一緒に練習してきたこども達への思いを考えると結果を見るのが怖い。人生では私の予想や期待は裏切られることが多かった。だから、結果を見るのに直前まで目をつぶり恐る恐る片目を開けそして薄目で見て、もう一つの目を開けずに帰ることが多かった。織田信長なら目をカッと見開いて戦を見るだろう、秀吉なら皆に声をあげさせニコニコして見るだろうし、家康ならどっしり構えて選手に圧力をかけることだろう。

その点、家内の方が度胸がある、ためらう私を競技場に押し入れた。「大会を見ないで今後こどもたちを指導できるの?」そこには先ほどまで一緒にアップをしていたこどもたちがいた。目立つ黄色いTシャツは善きにしろ悪しきにしろすぐわかる。D男がボールのように跳ねていた。練習では何度も怒られていたK子も、顔がすぐ上がるT男もベストだった。練習と大会では別人のようだ。こどもたちはやる時はやるんだ、彼らを信じてよかったと思う。練習の方法は間違っていなかったようだ。今日1日怒らなかった、いや怒れなかった。

 黄色いTシャツの躍動を目の当たりに見た私は、帰りの車の中、住宅地と畑の間にあった農家の鯉のぼりが目に入った。その瞬間、以前見た「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーンがフラッシュバックした。

 高倉健扮する勇作はある日ケンカで人を殺めてしまう。刑務所で妻光枝に離婚を提案していた勇作は刑期を終え、「まだ一人暮らしで、俺を待っていてくれるのなら、鯉のぼりの竿に黄色いハンカチを吊るしてほしい、もし何も無かったら黙ってその場を去る」と書いた手紙を送ったことを旅の途中で知り合った鉄也と朱美に話す。それを聞いた2人は夕張に同行することにした。夕張に近づいて来ると、勇作が動揺し「やっぱり引き返そう」「どう考えたってあいつが一人でいるはずがない」「誰かと一緒になっているよ」と臆病になる勇作は、引き返すことを要求し一度はそうするが、朱美の「万一ということがあるでしょ、万一待っていたらどうするの?」という説得に応えて翻意し、再び夕張に向かう。

車が夕張の町に入ると、勇作が「自分では、ハンカチを確かめる勇気がない」と告げる。欽也と朱美が車から出て家を探すがなかなか家が見つからない。不安になっていると、欽也が声をあげた。欽也の指差す先にたくさんの黄色いハンカチが風にたなびいていた。力強く勇作の背中を押し出す二人。妻光枝との再会に、言葉は要らなかった。二人は見つめ合い、そして仲良く家の中に消えて行った。

 頭の中で鯉のぼりと黄色いTシャツが重なり合い「幸福の黄色いハンカチ」として思い起こされたのだ。黄色いTシャツを着たこどもたちが記録を出すことを信じ、練習してきてよかったと思う。人間ホッとしたらうれしくなるものだ。

 

 ラストシーンの勇作の気持ちとシンクロされる時が来ようとは、映画を見た時には夢にも思わなかった。

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 第122回「すけべ」(2021年4月25日)

言葉はスチュエーションが変わると意味の取り方が大きく変わる。「馬鹿」という言葉も相手に「バカ」ととらえられれば、軽く怒った場合、注意した時などのワードとして有効である。「馬鹿野郎!」ではケンカになるが「ば~か♪」とか「おばかさん」では恋人同士の会話になる。また、地域によっては同じ言葉でも捉え方が違う。関西では「馬鹿」が、関東では「アホ」が地元の人間には侮辱的ワードとしてとらえられる。

関東では時間によって「おはよう」なのか「こんにちは」なのか、「こんにちは」なのか「こんばんは」なのか悩むが、関西では非常な便利な言葉がある。「まいど」というワードである。いついかなる時でも使用可、タイガーバームのような万能薬だ。一度会って時間がそれほど経ってない間に再び逢った時などはどんな声をかけたらいいか迷う時があるが、関西では何回逢っても「まいど」で済む。関東では「ごめんなさい」は深刻な意味がついてまわるが、「すんまへん」は自分としてはなにも間違ったことはしていなが、気まずいよりはいいかということで「すんまへん」である。関東人の「すんまへん」は関西の人は気を付けた方がいい。

学童の自由時間の時、R男と遊ぶ約束をしていた。この男の子は心の底から笑う。腹の筋肉が震えているし、時には目から涙が出ている。演技であんな笑いが出来るとは思えない。笑うきっかけの多くは私が失敗した時だ。大人はミスをしないと思っているらしく、お手玉やけん玉で失敗すればゲラゲラだ。なぞなぞで私が答えられないものなら、人類史上最低の人間と思うらしく、笑い声が震えている。

 この日はR男が野球盤をしようと言ってきた。準備にもたもたしていたので、小1の女の子と先に神経衰弱をやることにした。R男の準備が整った。「イリ、やろうよ」「ダメ、まだ途中だから」冷たくあしらった。彼は私と女の子の周りをゆっくりとまわり始め、催促しているようだった。しかし、かまわず女の子と興じていたら、しびれを切らしたのか、私に近づくなり耳元で小さな声で「す・け・べ」と言ってきた。彼が私のそばに来るのは催促であることはわかっていたが、まさか「すけべ」と言われるとは。3月までは1年生だったのに。

昔なら教師に「すけべ」などと言ったらその場で殴られていた。先生たちの野球大会で担任が大きな当たりを打った。「○○先生、いいぞ!給料もボールと同じようにどんどん上がるぞ。・・・・ああ、下がっちゃた」とセンターフライになった時にヤジをとばしたら、1時間後職員室に呼ばれて殴られた。

 しかし、その言葉は長らく言われていなかったせいか、私には新鮮に聞こえた。野球盤は1人ではできないので私がいないと遊べない。イライラしていたのはわかる。それをあの言葉一言で、抗議し催促してきたのだ。タイミングといい音量といい、声質といいドンピシャで、私の心に響いた。苦笑いするしかなかった。言葉はやはり言霊(ことだま)だ。どんな言葉にも精霊は宿る。すぐに神経衰弱を終わらし、彼と野球盤をしたことは言うまでもない。

ああ、また聞きたいなぁ、何か幸せな気分になるあのまろやかな言葉・・・「すけべ」

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121回「こどもの目線」(2021418日)

こどもとつきあう時には、大人とこどもの観点は異なることを肝に命じなければならない。大人では常識であってもこどもの世界では通じないことがある。また、大人ならうまくあしらえることもこどもの時はどうしていいかわからないことがある。

 学童のY男は思ったことを口に出すので女の子に嫌われている。鼻血を出した女の子に「なんで、なんで鼻血が出たの?教えて」としつこく、女の子が答えに窮していると「T子ちゃんね、鼻くそほじくって鼻血が出たんだって」と皆に聞こえるように言い、女の子は恥ずかしそうにしていた。「好きなんだろうがちょっかい出し過ぎだ。もう少し工夫できないか。今は対等であっても、顔立ちのいいT子には10年後口もきいてもらえないよ。大人の私が言うのだから間違いない。『恋に焦がれて泣く蝉よりも泣かぬ蛍が身を焦がす』という都々逸の意味が10年後わかる」と、ふと思った。

 バンビーニに入ってくる子のなかには不思議だが全力走が出来ない子がいる。練習量が多いので力の配分を考えているのかなと思っていたが、タイムを計っても全力疾走しない。いや、全力疾走できないのだ。大人にとっての常識が通じない一つの例だ。全力疾走させるのに1年半かかった。「犬に追っかけさせれば全力疾走させるのは簡単なのですが・・・」と保護者に話をしたことがある。長距離になればさらに該当者は増える。低学年は体力温存の防御システムが働く。賢い子は疲れた顔もつくることができる。この防護システムは強靭だ。だから、我々コーチはこの防御システムの破壊に日々余念がない。

 100mのタイムトライアルをしているとどうも人のコースに入ってくる子がいる。スターターを保護者にお願いしてゴールでタイムを計っているとおかしなことにゴールすると1レーンに2人いる場合がある。直線コースで何で2人になるんだと怒る。他人のレーンに入った子を叱ったのだが「僕は間違っていない。J君が僕の前に入ってきた」と主張する。2度目も同じように走ったので、検証をしてみた

 驚いたことにH男の走りは決して間違いではなかった。我々大人がこのコースだと「破線が入った直線」と簡単に考え、かつ直線は疑いもない景観として見える。バンビーニではスタートして20mは下を向いて走れといってあるので、彼は忠実に実行していた。だがH男には実線しか見えないのだ。だから「なぜ僕が悪い」といわれて納得した。「指導方法が悪い」のだ

 コーチはこどもの目線に立たないといけない。小さい子に対して上から物を言うことはそもそも目線が違う話なのだ。景観が違うのだから理解も異なる。我々コーチはひざまずきこどもの目線で説明しなければならない。そうでなければこどもにものを教えることはできない。

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第120回「ねずみの恩返し」(2021年4月11日)

学童では新1年生が入ってきた。しかも18人なので、この学童の主流派を占めた(40%)。学童は4月1日から学校内の施設に移転し、廊下から入れないようにして運営されるようになった。思い起こせば、ここに移転できたのはあいつのおかげだ。

 昨年の秋、学童に小ネズミが出た。大きな広間と小さな広間の2つしかない施設だ。食べ物と言えばおやつのお菓子しかないが、これまでネズミの被害が出たことはなかったし、フンも見たことがなかった。あるお母さんがお迎えに来た際にチョロチョロと出てきた。こども達が悲鳴を上げる中、小ネズミは行っちゃ止まり、行っちゃ止まりで、ぜんまいネズミのような動きで逃げた。

こども達と女先生たちの目線はすべて私に集まり、「あんたが何とかしなさいよ」との空気が漂った。「そうだよな、ここは俺しかいないんだよな・・・」仕方ないので棒で叩くか虫取り網で獲るかの選択だったが、棒だと血が出るといけないので、虫取り網に決めたが、夏も過ぎ押入れの奥の方にしまってあり時間がかかりそうだったので、ビニール袋で生捕ることにした。しかし、実際はビニール袋では動いているネズミを捕まえるのは無理で、外に逃げれば、それはそれでいいわけができたのに、あろうことか台所に逃げた。ところが今日に限って切れ端を集めた大きな袋が2個置いてあり、行き止まりになっていた。小ネズミのせいか2つの袋の間に頭を突っ込み動かなくなった。そこで持っていた袋をかぶせ生け捕りにしたが、噛まれると感染症にかかると思い慎重に行った。親父はかつてネズミは尻尾を持つと観念して動かなくなると言っていたが、嫌な予感がして尻尾を持つのは避けた。後日親父に尻尾を持ったら動かなくなる動物は何だっけと話を向けたら、「蛇」は尻尾を持つと観念して動かなくなると言い出した。ネズミの尻尾を持たなくてよかった。

 袋の中でもがいていたが、念のためもう一枚袋をかぶして二重にした。生ごみの日が翌日だったので、そのままゴミ収集場に持っていこうとしたら、こども達から拍手と「入山先生ありがとう」「ネズミを捕ってくれてありがとう」とのシュープレヒコール。女先生たちには「男手はやはり必要だね。うちの用心棒だね」とおだてられた。人生で唯一ヒーローになった瞬間であった。

 ネズミは小ネズミであったので殺すに忍び難く、ビニール袋を二重にしただけでゴミ収集場に置いた。「袋を噛み切ることは容易だ。噛み切ったらどこかに逃げろ。明日の9時までに噛み切れば逃げられる。逃げられなければゴミ収集車に入れられ殺されてしまう。しかも、早く脱出しないと袋を二重にしているので、空気もなくなる。後はお前の運次第、いや努力次第だ」と言い残して学童に戻った。

 その後ネズミの出る施設ではマズイと理事長が施設の移転を考え始め、内部では移転が決まった。学校の近くにいい物件があったようだ。そんな時に学校から教室を貸すから来ないかとの話が起こった。学童を希望する家庭が多くなったので管理上学校内のがいいと校長が判断したようだ。教育委員会もゴーサインを出し、入札の結果、うちの学童に決まった。

あいつはどこかで生きている。これがきっと「ねずみの恩返し」なのだ。小ネズミが出なければ移転を考えなかったし、入札の際、新施設のアピールもなく、決め手不足となり、他の大手学童クラブに仕事を取られたかもしれない。

 

おかげで「チョロチョロこども」を相手に、学校内の綺麗な施設で私は今勤務している。

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第119回「お地蔵さまがしゃべった」(2021年4月4日)

むかし、むかし、ひと里離れた山の奥におじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは毎日お地蔵さまにお水をやり、家内安全、村のこども達の無事をお願いしていました。でも、お地蔵さまは一言もお話になりません。

寒い日も暑い日も毎日通っていました。田んぼの世話がない時はイグサで編んだ笠を売って生活していました。

年も迫った大晦日、おじいさんは雪の中を笠を売りに町に出かけますが、ひとつも売れませんでした。おじいさんは吹雪になりそうな気配がしたので、笠を売ることをあきらめ家に帰ることにしました。

吹雪の中の帰り道、お地蔵様は真っ白に雪をかぶって、なんとも寒そうです。

「これはこれは、お地蔵様。こんなに雪をかぶってさぞ寒いでしょう。この笠をかぶってください。」

そういって、おじいさんは、売るはずだった笠をお地蔵様の頭にかけてあげました。

ところが6体ある最後のお地蔵様の分がひとつ足りませんでした。そこでおじいさんは自分のかぶっていた手ぬぐいをかぶせてあげました。

おじいさんはおばあさんにこの話をすると、おばあさんはとても喜び、

「おじいさん、いいことをしたね。」

その晩のこと、ズシン、ズシンという音が遠くから聞こえてきました。

おじいさんとおばあさんはそっと外をのぞいてみました。

すると、雪の中を、笠をかぶったお地蔵様が重そうな荷物を引っぱりながら歩いてきます。

一番後ろのお地蔵様はおじいさんの手ぬぐいをかぶっていました。

「親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。」お地蔵さまがしゃべりました。6体のお地蔵さまが一緒になってしゃべりました。その騒がしい事、まるでこどもたちの遠足のようです。

声はだんだんと大きくなって、おじいさんの家の前まで来ると、田舎の子が初めて東京スカイツリーを見たように「ここじゃ、ここじゃ」と歓声を上げ、お地蔵様は大きな荷物をおき、また雪の中へ帰っていきました。

おじいさんとおばあさんは、お地蔵さまがいなくなると家の戸をあけてみました。そこには、米俵が六つ置いてありました。

こうして、二人は楽しいお正月をむかえることができました。

 3月29日から4月2日まで通い合宿をした。お弁当を一緒に食べた。いつもは練習内容を説明してもまるでお地蔵さまに話しかけているようで、一言もしゃべらない子が多い。本人から電話がかかって来ても誰だかわからない子が少なくとも6人はいる。声の印象がないのだ。ある子はいつもお父さんの後ろに隠れてしまうので、お父さんと話をするだけ。もちろん、練習はきちんとこなすので成長はしているのだが、私は嫌われている、練習の内容からして、さもありなんと思っていた。

それがこの合宿で何がきっかけなのかわからないが、ついに食いついてきた。サンジャゴが釣り上げたカジキより強い引きだった。1人食いついたことによって他の女の子も輪をかけて食いついた。まあ、そのうるさいことうるさいこと。私の家は男の子だけで女の子はいなかったが、きっと女の子だけの家庭はさぞ騒々しいだろうと思う。

でも、おしゃべりは周りを明るくし夢と希望をもてるような雰囲気となる。喋らないと本来と異なる性格像が私の中に形成されてしまう。それは避けたい。

バンビーニのお地蔵さまへ

 「米俵はいらないが、賞状とメダルをたくさん見せてほしい。そして、その感想をピーチクパーチクかしましいほどに聞かせてほしい」合掌

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第118回「老人と海」(2021年3月28日)

「老人と海」と書くと誰もがヘミングウエーの「老人と海(うみ)」を思い浮かべるであろう。

あらすじはこうだ。

キューバに住む老人サンチャゴは、漁師である。助手の少年と小さな帆かけ舟でメキシコ湾の沖に出て、一本釣りで大型魚を獲って暮らしを立てている。あるとき数ヶ月にわたり一匹も釣れない不漁が続き、両親から見切られ、少年は別の船に乗ることを命じられる。

ある日、助手なしの一人で沖に出た老人の針に、巨大なカジキが食いついた。

老人は魚のかかった糸を素手で操り、獲物が弱るのを忍耐強く待ちながら、昔船員だった若い頃にアフリカの岸辺で見たライオンの群れのこと、力自慢の黒人と演じた一晩がかりの腕相撲勝負のことなど、過ぎた昔のことをとりとめもなく思い出す。

3日にわたる孤独な死闘ののち、老人はカジキを仕留めるが、獲物が大きすぎて舟に引き上げられず、横に縛りつけて港へ戻ることにした。しかし、傷ついた魚から流れる血の臭いにつられ、老人の舟はアオザメの群れに追跡される。

舟に結びつけたカジキを執拗に襲い、肉を食いちぎるサメの群れと、老人は必死に闘う。しかし鮫がカジキに食いつき、老人が鮫を突き殺すたび、新しく流れだす血がより多くの鮫を惹きつけ、カジキの体は次第に喰いちぎられていく。望みのない戦いを繰り返しながら老人は考える。人間は殺されることはある、しかし、敗北するようにはできていないのだと。

ようやく漁港にたどりついたとき、仕留めたカジキは鮫に食い尽くされ、巨大な骸骨になっていた。港に帰ってきた老人の舟と横のカジキの残骸を見た助手の少年が、老人の粗末な小屋にやってきた時、老人は古新聞を敷いたベッドで眠っていた。老人はライオンの夢を見ていた。

 サンチャゴがカジキと出会ったのは、数か月も魚が獲れないという「漁師としての名誉」をとりもどすチャンスだった。しかし、捕まえたカジキは港に戻る途中、鮫に食べられてしまった。それは人生の残酷さを象徴しているかのようだった。少年は彼から教えてもらった技術や経験を活かして、漁師として成長している。老人はすべてを失ってしまったが、少年に技術と希望を伝えることはできた。下の世代に価値あることを伝えられたことで、老人の人生は報われたのかもしれない。

 バンビーニ陸上クラブには優秀な選手がいる。少なくともその能力を持った子はたくさんいる。この子らの真摯な態度、向上心に出逢い、自分の生きているうちに彼らを強くしたいと思うようになった。例えば、5年生の男の子で「得田 海(かい)」と言う子がいる。長距離は苦手だが短距離では綺麗なフォームで走る。体格もしっかりしている。この子が6年になった時うちのエースになれるかもしれないと考えるとワクワクする。女子にも「海詩」という児童(初めての子は「うた」と読めず、必ず「かいし?」というので、あだなは「海(かい)」となっている)が練習をしている。跳びぬけた力を持つ同級生や埼玉県1位の先輩らにもまれるとさらに飛躍できる。

 

 このようなこどもたちに囲まれている自分は、彼らが記録を更新するたびに「ライオンの夢」を見るだろう。だから、2人が「やった!」と言う結果を出した時、その委細を書く小欄の表題は「老人と海(かい)」と決めている。

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第117回「ちびっこギャング」(2021年3月21日)

学童で決闘ごっこという遊びがある。ファイテイングポーズをとって好きなように戦っていい。Dという男の子が盛んに私を煽ってくる。「よし、やろう」と立ち上がるが、彼の目線がどうも低い。背の低い小2だから仕方ないと思っていたが、彼は最初から私の股間を狙っている。低い上に低い箇所を狙ってくるから防御がしづらい。また、江戸時代の敵討ちではないが、助太刀が多く現れ、彼らは背後からお尻の穴を狙ってくる。浣腸と称してやるのは私のこどものころからの遊びだから慣れている。しかし、こどもの指は細いためジーパンの時は問題ないが、ジャージの時は危ない。生地が軟らかいのでまさにヒットすれば大変なことになる。こどもはそんなこと何も考えないから「危険な遊び」となる。こどもの遊びは流行があるので、早くすたれてほしいと祈っている。

オニゴとは鬼ごっこの略である。しかし、この遊びも危険で、遊び時間中ずっと私が鬼になる可能性が高い。

皆で足を出して「リングリング、月火水木金土日曜日(に、ち、よ、う、び)」とリーダーの指先が日「び」で止まった人から抜けるわけだが、私の3つ手前から速度が遅くなったり早くなったり、調整して私にならないようにしている。「おい、いま俺の前で足踏みしただろう。ずるい」と怒るが「いや、してないよ」ととぼけ「ねえ皆、してないようね」と他のこどもに同意を求めると、全員「してないよ」と答える。結局私が鬼になる。

鬼になって捕まえようとすると、H男は「いま休憩しようと思ってたのよ」と水筒の水を飲む。学童では水分を取ることを第一に指導しているが、3度同じ手を使ったので、「わかった、じゃ俺のいる前で飲んでみろ。見てるから」もう無理やり飲んでいるのがわかる。口元から水がじゃあじゃあこぼれている。

ずる賢いY子は捕まる瞬間「バリアー」と言う。バリアーというとバーチャル防御壁が完成し捕まえることができない。理屈っぽいT男は「ちょっと待ってよ。あのね、僕はね・・・」と延々わけのわからない鬼ごっこの持論を語り始め面倒くさいのでパス。S男は気があっちこっち散るので「僕、オニゴやめたよ。ドッヂボールにいくよ」といってドッヂに行きしばらくしてまた戻る。M男は捕まりそうになると「ねえ、なんで僕ばっかり狙うの。そんなのずるい」といって切れる。こいつも面倒くさいのでパスすると、10秒もしないうちにお尻ぺんぺんして煽ってくる。

鬼返しなしだよといってある。捕まった子はすぐ直前の鬼(ほとんど私)をタッチしてはいけない。ところが捕まると瞬時に新手の仲間が現れ、わざとタッチされに行く。そしてすぐさま私を捕まえる。これは鬼返しにならないと彼らは主張する。

こうして公園や学校での鬼ごっこがほぼ最初から最後まで私の鬼で終わる。息が切れるし、アキレス腱を切らないよう気を遣い、こどもがぶつからないよう速度を加減するなどなど、肉体的にも精神的も辛い遊びとなる。

 

両方ともこども達のやりたい放題。まるで禁酒法時代のアメリカのギャングと同じだ。何度怒られても、しつこくつきまとう彼らを「ちびっこギャング」と私は呼んでいる。

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第116回「子泣き爺」(2021年3月15日)

高校生の頃から女性に「あんたは重いのよ」と言われた。メールなどない時代だったからよく手紙を書いた。投函すると数日後は家のポストが気になる。返信が来ればさらにまた書く。段々枚数が多くなり便箋が1回10枚以上になった。尽くしたがりで彼女を迎えに行ってあげたり喜ばせるための労力を惜しまなかった。何を言われても「だって好きなんだもん」これが男女関係の機微を知らない私の主張だった。だからつきあってしばらくすると「あんたは段々重くなっていくんだよ」と言われた。だんだん重くなるなんて、俺は『子泣き爺』か。

友達が入院した時、皆で病院に見舞いに行った。その時私は彼に「頑張れ」と言った。病院を出てから「病人に頑張れは言ってはいけない言葉だ。彼は十分頑張っているのだから」とお見舞い行った全員に非難された。「でも、頑張れとしか言いようがない」相手を本気で想ってのことなのだから、気持ちを込めて「頑張れ」と応援の言葉をかけても良いのではないかと心の中で叫んだ。でも、その場の険悪な雰囲気を収めるためには「ごめんなさい」と言わざるを得なかった。

だが、今でも「頑張れ」という言葉以外は浮かばない。私も私なりに頑張って生きているのだから「お前も頑張れ。そして生きろ。生きていれば何とかなる。家族も俺もお前の墓ではなく直接お前と話をしたいのだ。今頑張っているのだろうが、もっと頑張れ。どんな困難にも打ち勝てる気構えを持て。365日弱気なことを考えても何も起こらない。1日でも前向きに考えることが大事だ」と。

バンビーニでも才能のある児童にはその種を開花させるため水をかけ肥料をあげている。お世話しているうちに喜怒哀楽の感情は出る。自信のない子には褒め、自惚れた子はけなす。自分の気を注入したせいかそれなりに力はついてきたと思っていた。ところがある時中学進学を機に他の大手クラブに移動したいと数人の保護者が言ってきた。中学校3年間の計画が出来た日だったのでその衝撃は大きかった。家をやっとの思いで建てた日に離婚してくれと言われたようなものだ。しかし、よく考えてみれば大手クラブは事務能力も礼儀作法も徹底している。冷静沈着のコーチが一声号令をかければその通りこどもは行動する。1人怒鳴り散らしているのと比べ、保護者が安心できるクラブだろうと思う。それに改めて気づいたせいか、自信は崩れ落ち、その日は夜中の2時くらいまで飲んでいた。落ち込んだ時のお酒は決して自分を酔わしてくれない。

翌日二日酔いの中、意を決して家内に報告したら、「頑張れ」と言われた。「こんな時に何てことを・・・」でもきっと彼女はこう言いたかったのだろう。「私も私なりに頑張っている。あんたも頑張れ。そして気持ちを切り替えろ。切り替えれば何とかなる。私もこどもたちも弱虫なあなたでなくノー天気なあなたと夢を語り合いたいのだ。これまで頑張ってきたのだろうが、もっと頑張れ。どんな困難にも打ち勝てる気構えを持て。365日弱気なことを考えても何も起こらない。1日でも前向きに考えることが大事だ」と。

 

人間はあることが吹っ切れると強くなるようだ。正しいと思った練習をすれば強い子は育つ。以前は辞めはしないかと保護者の顔色を伺っていたようなフシがあった。今では埼玉県でトップクラスの子が育ってきた。そんな中、本日2人が中学校を卒業する。「小6と中3は12月にバンビーニを卒業」と規約に書いたのは、来るか来ないかわからない不安をこちらから断ち切るためだった。それにもかかわらず、2人の中学生は昨日まで休まず練習に参加してくれた。信じて貰えたのだと心底うれしい。可愛い孫のようでオリンピックに出るまで応援したい。しかし、「だからコーチは重いんだよ」と言われないよう、彼らが心地よく感じる絶妙な距離感を保たなければならない。人との関係は所詮難しい。

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第115回「ホワイトデー」(2021年3月8日)

学童ではホワイトデーが近くなり騒々しくなってきた。

D男は

「イリ、僕ね、今度K子ちゃんに『仕返し』しようと思うんだ」

「おいおい物騒だな。何されたんだ」

「うふ、バレンタインでチョコレートもらったんだ」

「ん?・・・それなら『仕返し』じゃなくって『お返し』というんじゃないかな」

Y男は

「ホワイトデーで僕K子ちゃんに『ゴジラ』をあげるんだ」

「ん?何で?・・・そういうことか、それは『GODIVA』だね」

R男は

「僕ね、ゲーム買ってしまってお金持ってないから、K子ちゃんの『ボディーソープ』になるんだ」

「ん?・・・それを言うなら『ボディーガード』だね。ボディーソープだと風呂屋の三助(お客さんの背中を流す人)になっちゃうよ」

こどもは聞きかじりが絶えず、真顔で言うので思わず笑ってしまう。つい漫才のミルクボーイを思い浮かべてしまう。

 彼らがホワイトデーについて漫才をするときっとこうなる。

ボケ「うちのオカンがね 記念日の名前をちょっと忘れたらしくてね。でまあ色々聞くんやけどな 全然分からへんねんな」

ツッコミ「分からへんの? いや ほな俺がね オカンが思っている記念日を ちょっと一緒に考えてあげるから どんな特徴ゆうてたかってのを教えてみてよ」

ボケ「女の子にもらったチョコレートのお礼の日らしい。昔はマシュマロだったと言うねんな」

ツッコミ「おー ホワイトデーやないかい その特徴はもう完全にホワイトデーやがな」

ボケ「ホワイトデーなぁ」

ツッコミ「すぐ分かったやん こんなんもー」

ボケ「でもこれちょっと分からへんのやな」

ツッコミ「何が分からへんのよー」

ボケ「いや俺もホワイトデーと思うてんけどな」

ツッコミ「いやそうやろ?」

ボケ「オカンが言うには、それは不二家の宣伝から始まった日だったと言うねんな」

ツッコミ「ほなホワイトデーちゃうがなこれ 不二家の宣伝はペコちゃんポコちゃん、ポパイだもんな」

ボケ「そやねん」

ツッコミ「ほなもう一度詳しく教えてくれる?」

ボケ「バレンタインはじれったい男の子に女の子が催促する日だと言うねん。その日はそれに気づいた男の子が決意表明する日で、お返しであげるものは最近はチョコレートやアクセサリーなど何でもいいらしいねん」

ツッコミ「ホワイトデーやないかい チョコレートメーカーがバレンタインンとホワイトデーの2回稼ごうと言う魂胆や。俺の目は騙されへんよ 俺騙したら大したもんや」

ボケ「オカンが言うにはお葬式は招待状なしでも出れるが、その日は結婚式と同じで招待状がないと出れないものらしい。」

ツッコミ「ほなホワイトデーちゃうやないかい ホワイトデーに招待状は要らない・・・待てよ、女の子はどんな男の子にもあげあられるが、ホワイトデーはバレンタインでチョコレートをもらった男の子だけがあげられるという意味なんかな」

ボケ「分からへんねん」

ツッコミ「ホンマに分からへんがなこれ どうなってんねんもう」

ボケ「んでオトンが言うにはな」

ツッコミ「オトン?」

ボケ「ホワイトクリスマスとちゃうか?って言うねん」

 

 ツッコミ「いや絶対ちゃうやろ もうええわー」

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第114回「走って走ってランランラン」(2021年3月1日)

表題だけ見ると何か楽しそうだが、「走って走ってRun Run Run」と文字を置き換えるととたんにこどもは嫌な顔をする。3月となり、12月~2月までの「走って走ってRun Run Run」の期間が終わり、スピード練習と持久力トレーニングとの汽水域の期間に入る。天気にも恵まれ今年の冬はよく走った。

当クラブは長距離は言うまでもなく短距離も走り込む。ドリルという練習は他のクラブに比べて少ない。多くのこどもは1週間に1回の練習なので指導の時間は限られているから、自ずと冬は「走り込み」中心の練習となる。走り慣れすることに軸足を置くが、ここが小学生トレーニングの問題点があり、走り過ぎ、過酷と言われる。しかし、ケニアやエチオピアのこども達が毎日10km以上離れた学校に走って通っているのに、1週間に1度の練習で10kmも走らなければ国際大会では勝てない。走り込みは陸上選手にとっての「走る場数」だ。

最近のこどもは取っ組み合いのケンカはしない。せいぜい小突く程度だ。これまでの経験から言えば、ケンカ慣れしている者の方がケンカは強い。ヤクザが強いのはケンカの場数を踏んでいるからである。普通の人は他人を殴らずに一生を終える。もしケンカすることがあっても殴るタイミングがわからない。ヤクザは自分より大きい柔道部やレスリング部の大学生にも立ち向かう。ヤクザにはルールがないから、急所蹴り、頭突き、こん棒での一撃など勝つために手段は選ばない。学生は競技ルールの下では強いが、ケンカの場数には負ける。

釣り師も場数を踏んでいる。同じ船に乗ってもなぜかビギナーズラックは少ない。必ずベテランから釣れる。しゃくりのコツなのか、タナ取りの妙味なのか、ベテランは経験でわかっているようだ。夏の三浦半島でタイを釣る場合は素人は「エビ」を用意するが、ベテランは「スイカ」を餌にする。夏の三浦海岸では海水浴客が食べ残したスイカが海に浮かんでいる。タイはこの時期このスイカを食するからだ。知識も豊富だ。

銀座のクラブのママはほとんどのお客の名前を憶えている。私は1度しか行ってないのにしかもお金は上司が払ったのに、2年ぶりに行っても「あら?お久しぶり、入山さん」と会社のボトルが出てくる。ママに秘訣を聞いたら「ヒ・ミ・ツ」だそうだ。これも場数を踏んだ結果だと思う。

 

場数を踏むことは何かを究める際の必要十分条件だ。1000mの強化指定タイムを切るためには1000mを何回も走らなければならない。100回で壊れる壁があっても、人は100回で壊れることを知らないから、99回叩いて諦める場合が多い。だからバンビーニでは「諦めきれない」ほどの練習をする。そのための「走って走ってRun Run Run」なのだ。時間は限られている。バンビーニでは「Time is money」は「タイム イズ もう、ねえ~」と読み替える。

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第113回「学校群」(2021年2月23日)

2月26日埼玉で公立高校の受験がある。

半世紀前になるが、中3年になってすぐ受験の相談会に母親と一緒に出席した。東京では日比谷高校が一番であった時代だ。中学校の担任は「入山君の成績ではB高校ですかね」と母親に告げ、母親は反論もせず「先生のいうことに従います」

翌日職員室に呼ばれ「昨日はお母さんにB高校と言ったが、お前の英語の成績ではB高校もおぼつかないぞ。だが、これからいくら勉強しても英語の能力が上がるとは思えないから英語を捨てろ。他の教科で頑張れ。英語が0点でも他の8科目が80点なら平均70点となり合格する」と言われた。今から思うと乱暴な進路指導だった。でも、入山家は親子とも先生には従順だった。

ところが7月の学校改革で高校は“学校群”制度になり、しかも受験科目は詰め込み教育廃止で、それまでの9科目から3科目(英語、数学、国語)になった。その他内申点重視、学校に対する積極的行動重視という制度が今年からの実施が決まった。

学校の先生もどういうものか計りかねていた。しかし、その発表があってまもなく職員室に呼び出され「入山、ダメだ。作戦変更。英語は捨てられない。数学と国語が満点でも英語が0点なら平均70点に届かない。頑張って英語をもっと勉強せえ」受験まであと6ヶ月になって言わないでよ、と思ったが、先生には相変わらず従順だった。

塾に行くお金はなかったから、参考書を何冊か買ってもらい勉強した。おふくろは疲れていたのに11時頃夜食を作ってくれて「頑張って、もう寝るからね」その甲斐あって英語は奇跡的大勝利。翌日英作文が1か所間違えただけで95点だったと先生に報告したら「嘘だ」と職員室ですべての先生から笑われた。顔が赤くなって下を向いてしまったが、「・・・それでも95点」ガリレオの気持ちがよくわかった。

B高校に進学してすぐは同級生を見下していた。俺ほど英語のできる奴はいないと。1ヶ月くらいたって、担任が「クラス分けの際の書類」を教壇に忘れ、それを盗み見したら、50人クラスで40人が英語100点だった。新制度は記述式を取り入れた新しい試験方法でもあったので第1回目は難しくできなかったという。自信が大崩れした。

さらにこの制度はA高校とB高校が53群というグループの中に組み込まれたものだった。それまでは単願であったが、学校間の学力格差をなくすためグループ化された。当時はA高校がB高校よりレベルが高く全員A高校に行きたかった。A高校かB高校かは運不運の問題となった。

合格発表をA高校に見に行こうとワクワクドキドキして向かっていたら、発表を見て戻ってきた同級生に出逢い「入山君、B高校だったよ」と言ったため感動も何もなくなってしまった。時代の流れを受け数々の出来事のおこる高校に入学したことになろうとは、その時知る由もなかった。

 20年後会社で2歳下の同僚と偶然飲む機会があり、その際彼がA高校であったことを知った。彼は私がB高校であると知ったとたん態度が変わった。こどもの時の強く刻んだ誇りは大人になっても変わらない。あまりにも見下す態度に私は言った。「入試の成績順に1番A、2番B,・・・499番A、500番Bというように配分されるため、お前は499番でA高校、俺は2番でB高校だったんだ」真相は不明。

 

陸上競技は天候でタイムが左右される。埼玉県は強化指定選手制度でタイムによってA指定、B指定が決まる。その大会で優勝してもタイムが悪ければ選ばれない。2.26は雪のイメージがある。天候には左右されない受験だが体調には左右される。風邪もコロナにも負けず普段通りの成績を出せるよう、頑張って!

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第112回「ねえ~、自己紹介してよ」(2021年2月17日)

学童の話

おやつの後の散歩で、公園に行った。

鬼ごっこで木の陰に隠れていると、1年生の女の子がやってきて、ベンチの方に連れていかれた。そこにはお母さんと思しき人がいた。「ねえ~、自己紹介してよ」という。目の前で嫌だとは言えず名前と趣味だけ言う。お母さんは「いつもYから聞いています。よろしくお願いします」とニコニコしていた。

2週間後、私が帰る時Yのお母さんが迎えに来てYと一緒に学童を出た。すると、Yが私の手をとった。「イリ、一緒に帰ろう。お家まで来てよ」と言う。学童では絶対に見せない行動だった。翌日マネージャーに報告したら、「Yはいつも先生と遊びたがっているのに、他の子が来ると遠慮して身を引いているのですよ」マネージャーは見ていた。

1ヶ月後公園に行くと、また「ねえ~、自己紹介してよ」と言われた。よく見ると遠くのベンチに母親がいる。

「なんで自己紹介するの。前もしたじゃない?」と聞いた。 

「付き合う時は自己紹介するでしょ」

「???」

「お母さん昨日酔っぱらって言ってたよ。外見はどうでもいい、私はストライクドーンが広いからって」

「それはたぶんストライクゾーンだね」

「そんなことはどうでもいいの。お母さんはYの好きな人でいいって。Yのためなら相手は50歳まではオーケー、少々出ていても可。それ以上だと要相談だって。イリいくつ?」

常日頃、学童のこどもには30歳から60歳までその都度適当に言っているので、自分の学童における公式年齢がわからない。こどもは40歳以上の人物では年齢の見分けがつかないから、いくつと言っても信じる。

「あのね、Yがね、お嫁さんに行く前にたぶん私はこの世にいないと思う」

「探すから大丈夫」

「いや、探せないと思うよ。あの世にいるから」

「??? ところで奥さんいるの?」

「怖い人が1人いるよ」

「別れてよ」

「えー!!!これまで苦労ばっかり掛けてきたから、これからは奥さん孝行しなければいけない。夫婦って、友達と違う、磁石のようにくっついて離れたくとも離れられない関係なのだよ」

 「ふ~ん。夫婦って磁石のようなものなの。じゃあ、なんでお父さんとお母さん別れたの?」

 

「・・・」

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111回「警察犬」(2021210日)

犬の特徴はその嗅覚にある。人間の100万倍の能力があるという。警察犬は犬の持っている嗅覚を利用した警察の武器である。しかし、普通の犬はその嗅覚の能力をまったく発揮していない。ただの玩具にしか過ぎないのだ。多くの飼主はそれで充分で、彼らにとって愛犬は癒しの対象でしかない。警察犬はすばらしい能力をもっているのではなく、犬の嗅覚という感覚を100%発出させた結果である。すべての犬は訓練すれば警察犬になれる可能性があるのだ。犯人確保を目的としたシェパードやドーベルマンの犬種は別にして、犯人追跡または不明者の捜索に適した能力はどの犬でもある。実際、警察犬の中には追跡・捜索部門でチワワやトイプードルも採用されている。ただし、嗅覚に優れていると言ってもどの動物でも“警察犬”になれるわけではない。犬の倍の嗅覚能力をもつ動物はゾウだが、移動に手間取る上狭い場所に入れない。そのため“警察象”は存在しないのである。

日本人の先祖はイノシシやシカを追いかけていた。またオオカミやトラなどから逃げ回っていたので、“速く走る遺伝子”は持っている。知能が発達し、走らなくても狩りはできるし難も逃れるようになったため、その能力は徐々に衰退している。しかし、まだ日本人は縄文時代から2800年しかたっていない。少なくともエジプト人や中国人より速く走る遺伝子が多く残っているはずだ。この遺伝子を100%発揮すれば、日本人は「速い」のである。しかし、塾に行ったりダンスをしたり、遺伝子から離れるにつれて「遅く」なってしまった。

我々陸上競技のコーチ達は児童が100%全力走ができるように指導している。たまにはキツイ練習もある。しかし、多くの人は別段辛ければクラブをやめさせてもいいと考えている。愛犬家と同じように明るく楽しい時間をこどもと過ごせればいい。こどもの隠れた能力を知ろうとはしない。自分の描いた人生像があり大学までのレールを敷いている。大学からこどもの望むように行動させても、こと陸上競技では遅い。「持っている嗅覚を研ぎ澄ます」ことで警察犬になれるように、「速く走る遺伝子を活性化させる」ことで日本一、いや世界一のランナーになれる可能性がある。我々は決して天才児を探しているのではない。

 得てして私は大上段に振りかぶる傾向にある。しかし、訓練によって犬の嗅覚能力が100%発揮できても、一般の家庭で何の役に立てるかを考えてみると、私の主張は急に怪しくなる。コロナウイルスに匂いがあってそれを犬が嗅ぎ分けることが出来れば話は別だが・・・

(蛇足:今回は第111回のため「ワンワンワン」で、犬について語りました)

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110回「おのぞみの結末」(202123日)

少年は悩んでいた。自分はスポーツ万能だが特に秀でたものがなかった。走るのも速いが、かといって11秒台を出すほどでもない。何か記録を出さないと高校からオファーがかからない。内心焦っていた。

 そんな日が続くある日、部活の帰り道、何やら怪しい古民家があった。「無料で悩み解決します。ココア付」との張り紙が気にかかった。こんなところに古民家などあったけと訝しんだが「ココアが飲めてただならいいか」と戸を叩いてみた。そこには老人がいて「いらっしゃい」と言った後は無言だった。

「あの、相談してもいいですか。僕、陸上部にいて速くなりたいんです。どうしたらいいでしょうか」

「わかった、占って進ぜよう。私の占いは珍しい『ココア占い』じゃ。ココアを飲み干した後、ソーサーをカップの上にかぶせ逆さにする。 すると残ったココアが垂れて、カップを持ち上げると、そのココアによって模様ができ、この模様がどのように見えるかによってお前の将来を占うのじゃ」

「飲んでいいんですか」飲み干すのにずいぶん長い時間がかかったような気がする。

「ああ、どれどれ、どんな模様になったかな? これは・・・鹿の絵柄になっている。鹿には角がある。角は神や宇宙からの交信を受け取るアンテナを意味する。さらに鹿は草を食べる時は悠然とし神からの指令があれば颯爽と走る、精神と肉体のバランスの象徴だ。鹿を見つけて鹿に乗れ」

「???」相談の趣旨には答えてないが、ココアを飲んだだけ得をしたような気分になった。翌日ここを通ったが、古民家はなくなっていた。

 それからしばらく経って、ネットで探した陸上クラブに入った。毎回、嫌というほど走らされた。小学生と走らされても少年は手を抜かない。コーチには「あほ、小学1年生に勝ったから喜んでいるなんて。お前は自分と闘っていない。精神と肉体のバランスが欠けている」どこかで聞いたことのある言葉だった。コーチは1年で結果を出すには時間がないから週3日来いと言う。クラブ活動で毎日走った上に3日来いと言うなんて1週間1日も休みがないじゃないか、こんなんで速くなれるのかよと思いつつ、100100位には入りたかった。

 そんな日が続くある日、帰り道ふと見ると前に見たココアを飲ませてくれた古民家があった。「無料で悩み解決します。ココア付」の張り紙がまたあった。一杯ココアを飲んで帰ろうと立ち寄った。

「この間の少年じゃな。鹿は見つかったか」と老人は問うた。

「はい、鹿らしき名前のクラブに偶然入りました」

言っている間に急に少年は思い出した。そのクラブの練習場のひとつに「としのう」があり、そのバス停が「鹿浜五丁目」であったことを。前と同じようにココア占いをした。

「おお、今度はキツネの形となったぞ。お前の中学校は確か十二月田中学校だったな。その地域は、昔飢饉の時きつねが田植えの真似をし豊作を祈願した十二月田(しわすだ)村じゃ、今度はキツネそのものになれ」

「???」

少年は何が何だか理解できなかったが、老人の勢いに押されその場を後にした。翌日そこを通ると古民家はなくなっていた。しかし、思いを巡らしていくうちに学校の近くに十二月田稲荷神社がありそこにキツネがいたことを思い出した。なんとなくお参りした。また、念のため「きつねうどん」を事あるごとに食べた。キツネが自分に何の関わりがあるかわからないが、たぬきはひょうきんなものに、キツネは妖しいものに化けるものだとバアチャンが言っていた・・・

 コーチから「持久力もあるからお前400mをやってみたらどうだ。そろそろ100mランナーから400mランナーに化けて見ろ」と400mの練習をさせられた。2年生の秋の大会では200mまでは1位だったが、残りの距離で失速し60秒を過ぎてしまった。それを見たコーチはその後さらに練習量を増してきた。しごきに近い。これじゃジイチャンの頃の野球部の監督だ。「そうだ、コーチの好きな大リーグのチーム名がWhite Foxだったな」と少年は急に思い出した。白狐は福を人間にもたらす動物だし稲荷神の神使だ。これも占い師のいうキツネに関係している。少年は運命を感じた。英語の苦手な少年の聞き違いで実際のチーム名はWhite Soxだが、そんなことはもう関係ない。信心は盲目的に何かに頼ることである。その後コーチの作る練習を完璧にこなした。すると春には57秒、そしてコロナや猛暑を乗り切った秋には535で埼玉県8位になった。キツネのように「大化け」した。

 その後はM-1で優勝した漫才師のように次から次へと高校から誘いが来た。

しかし、高校が彼をセレクションにかけるのは535の記録ではなく、彼の将来的可能性に魅力を感じたからだ。少年は自分の価値をまだ理解していない。強靭な筋肉、頑固なほど真面目に練習に取り組む態度、小学生のような純真さを評価したからだ。もっとも記録がなければスカウトマンは見過ごしたかもしれないが・・・

 少年は最初に声をかけてもらった高校に恩義を感じながら、124日憧れの高校に進学が決まった。本人がのぞんだ結末だった。

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109回「上を向いて歩こう」(2021127日)

学童の話

私と話をする時、四方八方に目を配る子がいる。目線があっちこっち飛ぶので落ち着かない。シングルマザーのせいか週明け月曜日は特にテンションが高く、大声でのお喋りが多い。マネージャーが、遊ぶ時間室内が騒々しくなってきたので「皆さ~ん、ちょっと聞いて下さい。大声出すと飛沫が飛ぶと学校で教わらなかったですか」場の雰囲気がわからないYはすかさず「先生は静かに話しなさいとは言っていたが、大声出すなとは言ってないよ」と大声で発言「それを大声出すというのだよ」「でもね、マスクしているとよく聞こえないからはっきり喋ろとイリが言ってたよ」(俺を引きずり込むな!)全体に対する訓話が個人的な説教になってしまった。

このように指導しづらい子なのだが、私を同級生と思っているのかおじいちゃんと思っているのか、妙に馴れ馴れしい。でも、時々「おまえ、誰に対して言ってるんだ。3尺下がって師の影踏まずだ」と小突く。「えー、イリ死んでるの?イリの影踏むと僕らも死んじゃうの?ワー大変、皆逃げろ」屁理屈というのか機転が利くというのかよくわからない男だ。時々さらなる悪態をつく時がある。しかし、その際は発言しているうちに気づくようでまずベテランのおばあちゃん先生見て、さらにマネージャーが見ているかどうかを確認してここまでは大丈夫か、と思いながら視線が私に戻り、それからさらに私につっかかてくる。私はどうしても発言が許せない場合頭を叩く。咄嗟の時はお尻より間近な頭に手がいってしまう。暴力教師と騒ぐが、Yはその痛さ加減で自分の行為の悪さの度合いを判断している。でも、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」ではないが、叩いてもからみついてくる子はかわいい。この子が早お迎えの時は、その後の学童の時間は静かに流れ何の苦労もない。

いつものお散歩では殿をつとめるのが私の役目だが、今回はおばあちゃん先生がお休みのため私が先頭を歩くことになった。こどもにも先頭の当番がいて、今日はKという3年生の男の子であった。痩せているのに、この時期Tシャツである。以前記述したジャンケンで負けると瞬間的に泣く子である。その子が不思議なことに下ばかり見て歩く。しばらく見ていたが一向に頭をあげる雰囲気ではない。

「いいか、K、男は堂々と胸を張って歩け」と言うと胸を張るが、2,3歩歩くと下を見る。「K、乞食みたいに歩くな。さもしいぞ。上を向いて歩こうだ」すぐ頭を上げるが、また下を見て歩く。同級生の姉さん児童がしゃしゃり出る。「イリ、こいつね、登校中犬のうんこ踏んじゃったんだよ。それも2回続けて。今度踏んだら、うんこ野郎と言われるのが嫌で、踏まないよう気をつけて歩いているんだよ」「そうか、でも逆に運のいい奴じゃないのかなぁ」「うふ、オヤジギャグね。Kは間が抜けているだけだよ」女の子は辛辣である。でもKは反論もせず行き帰りとも下を見て歩き続けていた。

 こどものおかしな行動は、こどものこころの様相をあらわしているのかもしれない。

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108回「朝三暮四」(2021120日)

冬季練習は真っ盛りである。長い距離の練習をやる際、高学年と低学年で反応が異なる。低学年に「2000m走」というとブーイングが起こるが「2km走」というとさほど非難は起こらない。高学年は逆で、「2km走」というと嫌な顔をする。「2000m走」のが彼らの耳には心地良いようだ。

こちらも面白くなって「200,000cm走をやるぞ」「いや、やめて2,000,000mm走をやる」というと、さらに彼らの心を固くさせてしまったようだ。黙って立ち上がる子が多い

低学年は2000m走を2km走と言うと喜び、高学年は2km走を2000m走と言えば安心する様子を見ていると、ふと「朝三暮四」*の言葉を思い出してしまい思わず吹いてしまった(低学年と高学年の距離に対するニュアンスは数字で考えるか単位で考えるかの学習度合の違いによるものだと思う)。

 *)中国、宋の狙公(そこう)が、飼っている猿にトチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだという 目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと

 他にも似たようなことがある。練習で400mx15というと騒ぎ出す児童が出てきて本数を減らそうとあらゆる手を打ってくる。やれ時間内に終わらないとか、トラックの1コースを独占して使うのは他のクラブに迷惑だとか、「そんなのあんたが心配することではない」と思いつつ、しばらくガス抜きしてから行う。基本的に主張は聞くが、それによって練習内容は変えないし変わることは絶対にない。毎回文句を言うので、最近は400mx20とまず言う。するといつもの児童がやはり一番にブーたれる。あと2,3人が追随して文句を言い、他の皆は目でエールを送っている。

「わかった、じゃあ10本規定タイムで還って来たなら5本減らして15本にしよう」というと歓声が沸く。実は前もって用意した私の記録表にはもともとタイムを記載する欄は15個しかない。ある時、自分の記録が気になるので表を見に来て、それに気づく女の子がいた。雰囲気でわかった。「よろしくお願いします」と「ありがとうございました」練習の途中に「トイレ行っていいですか」の3つのセンテンスしか言わない子だ。だから、私の言動を疑っても決して他の子には言わないと思うので安心している。

だが、これからは念には念を入れて記録表はいつも2倍近い欄を設けることにしよう。

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107回「あの人は今」(2021113日)

20159月大手スポーツクラブからの依頼で、千葉県南房総市のAKBの撮影に携わったことがあった。当時売り出し中の宮脇咲良のランニング指導の依頼であった。走り方が独特で、キモ可愛いが受けていたが、プロモーションビデオを「素人が練習を重ね陸上競技で活躍する」というストーリーにしたいとのことだった。

現場では咲良とその友人役の松井珠理奈の2人を指導した。咲良は決してわざと変な走り方をしていたのではなく、ただ単に走り方を知らなかっただけだった。珠理奈は陸上が好きなだけあって、走り方を修正する必要はなかった。咲良も30分ほど教えたらすぐ会得した。きっとずいぶん前からきちんと走れたのだろうが、キモ可愛いという流れで直さなかったのだろうと思う。顔かたちは綺麗な人たちだと思うが、どこでもいるような感じでもあった。バンビーニにも同じくらい可愛い子がいる(たぶん)。きっと化粧やステージなど環境を準備すると「お姫様」になるのだと思う。

1日目は10時半から15時まで拘束され、2日目は朝6時集合10時半まで拘束された。教えた時間は2日間で30分~40分くらいだった。特に2日目は指導のオファーがなかった。委託料以上に時間がかかり割が合わないビジネスだった。大手クラブはやはり賢い。

余談だが、AKBの偉いところはメンバーの仕事に対する厳しさである。私は15時に終わりホテルに戻ってゆっくり温泉に入ってビールを飲み夕食を食べ、ウイスキーを飲んでTVを見て寝てしまった。トイレに起きたら、バスがホテルに到着し彼女らが降りてきた。時計を見ると0時半であった。翌朝6時集合なので5時に起きたら彼女らはもう出発していた。挨拶もキチンとしていた。衣食住足りて礼節を知るのかもしれない。別の表現を使えば地位が人をつくるだ。AKBのことはよく知らないが、仕事人としてはやはり超一流だ。

 2017年の5月に今度は狭山スキー場でジャニーズWESTの指導を委託された。バラエティ番組で78脚をやることになったので、その指導をお願いしたいとの事だった。この程度の事ならわざわざお金かけなくてもと思ったが、監督にアドバイスをお願いしますと言われ「転倒の際、顔を守るために手は前の人の肩ではなく腰を触る」「用意ドンと言ってから『せーの1、2』というのはワンテンポずれているように感じる。すぐスタートできるようにすべき」と提案。縦一列から横一列に並びかえるやり方(途中でバレーボールが飛んできたりする)だけを指導した。後は撮影を見ているだけだった。朝の7時~1950分まで拘束。電車が事故で動かず帰宅は22時過ぎだった。ロケ弁はおいしかったが、やっぱり割が合わない。

バラエティ番組では大の大人がいろいろ工夫している姿を見て笑ってしまった。監督が真面目に鶏を追いかけて見たり、ほんの些細なことが気になりなかなか進まなかったりで、こういう仕事だったら毎日学芸会の練習みたいで楽しいだろうな、いやウケなかったら次に使ってもらえないから精神的にはしんどいのかな、と思いを巡らした。

気になったのが、主役のグループと争う偽グループたちだった。出番がない時は、ジャニーズWESTを見ず声がかかるまで体育座りで反対方向を見ていた。誰1人喋らず哀愁さが漂っていた。きっとそれが彼らのプライドなのかもしれない。無駄口はたたかない、監督の言うことには全力で挑む、それは簡単にはできないことだ。バンビーニの一部のこどもたちに見せてあげたい光景だった。

それにしても、名前も知らないし顔も覚えていないが、偽グループのメンバーは今どうしているのか、気になる。

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106回「体内時計」(202116日)

大人は月曜日から仕事始めだ。初日は朝起きるのが辛かった人もいただろう。先日新聞で「ソーシャルジェットラグ」という言葉を知った。「平日と休日の起床時間が異なることで、体内時計が狂い、体や精神に不調が出る状態を指す」ことらしい。「人間の体内時計は後ろの時間にはずれやすいが前には調整しにくい傾向があるからだ」としている。「ジェットラグ」とはそもそも「時差ぼけ」を意味するから、週末夜更かしをして土日に朝寝坊すれば、時差が大きい国に旅行するようなもので体は休まらない。増してやそれを習慣にしている人は疲れが蓄積していくに違いない。

バンビーニはこの体内時計を重視している。長距離のこども達にインターバルをするときには制限タイムは設けている。タイムを読み上げているだけが練習ではないとお叱りの指導者もおられようが、こども達の体内時計のスイッチを入れるにはこれしか方法がない。200m毎を40秒平均で走るには「40秒という時間」を計る体内時計が必要だ。距離が長くなればもっと正確な時計が必要となってくる。時計が曖昧であれば誤差が拡がりペース配分がガタガタになってしまう。こども達を見ると高学年になればなるほど、持ちタイムが速い選手ほど時間は正確だ。低学年は誤差と言えるレベルではない。赤ちゃんのように時計がないとは言わないが、日時計程度の時計だ。これをクオーツ時計にするには何回も何回もタイムを覚え込ませなければならない。

ジェット機が音速(340/秒)を超えると衝撃波が生じ、地上から遠ければ減衰して衝撃音として聞こえるが、近ければ家の窓ガラスを割ってしまう。飛行機も音速を超える直前に機体が揺れ操縦が困難になるが超えると安定する。パイロットはこのマッハ1に達する直前のマッハ0.9から音速の壁を体感するという。

短距離の100mでも壁はある。100の壁である。これを破る時選手は大きな衝撃波を受ける。この瞬間の達成感、マスコミの取材、周りの期待、オリンピックへの夢が押し寄せてくる。

小学生の時計には13秒の壁や12秒の壁がある。しかし、その程度の速度では衝撃波は起こらない。ただ、何かひとつのカーテンはくぐり抜けた感触は得られたはずだ。13秒を切った瞬間、風を感じると思う。12秒を切れば何か違う世界にたどり着く。あるいは逆に無音の世界になっているのかもしれない。君たちが本当の衝撃波を感じるのは、あくまでも100の時なのだ。飛行機は流体力学から衝撃波を説明できるが、100mの場合、選手の体内には、標準時間に対応した時計と身体に密接した速度計があると思う。測定可能な速度はマックス10010秒0なのかもしれない。それを超えた時機体が震えるような感触を得るのだ。人間の場合一度破るとその後突破しても衝撃波は起こらない。といってもこの感触を得たものは日本人で3人しかいない。しかも、私は10010秒を切ったことがないので、まことに説得力に欠ける話でもある。

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 第105回「ライバルは三浦友和」(2021年1月1日)

正月のゆったりとした時間の中で、山口百恵の「プレイバック」が入ったCDを聞いていた。懐かしい思いを抱きつつ、いつの間にか眠ってしまった。

<夢の中に大学生の自分がいた>(夢によくある「タイムマシン的話の展開」)

1974年、当時ブレイクし始めていた山口百恵初主演の映画「伊豆の踊子」の相手役募集が新聞に掲載された。誰もが応募できるものではなかった。条件が3つ、年齢:17~23歳、身長:170cm以上、印象:「さわやかな感じ」で「大正時代の一高生の雰囲気」この条件に15000人が申し込んだ。当然その1人に私も加わった。私はチャンスがあれば挑戦する。しかし、4000人の1次通過者の中には私の名前はなかった。きっとこれは書類が郵便局の手違いで届いていなかったのだ。そうでなければ東宝から連絡が来ないわけがない。そうだ、きっとそうなんだ。なんてついてないのだろう。三浦友和が選ばれたのは私がいなかったからだ。・・・・ここから三浦友和とのライバル対決が始まった。

<急に結婚式の場面に変わる>(夢によくある「断続的な不調和」)

私の誕生日は1月23日、彼は私の後を追うように5日後1月28日に生まれた。その仕返しか、結婚式は1980年11月9日、私より2週間早く赤坂の霊南坂教会であげた。生まれた日にちの遅れがそんなにもくやしいのか、意趣返しに山口百恵と結婚した。私の結婚式は、今はつぶれてなくなった麻布グリーン会館。そこから教会には2~3kmしか離れていない。その教会を見に行き、私の親戚は式に遅れた。親戚とは所詮そんなものなのだ。私の結婚式の出鼻をくじいたことで三浦友和とのわだかまりはさらに深まってしまった。

<時の流れに乗ってこども達の成長を俯瞰的に見ている>(夢によくある「時間の加速的進行」)

何か私を意識するかのように子どもも私のところと同じ男2人、しかも生まれた年が2人とも同じだ。ここまでぶつけてこなくてもいいのに。そんなに私の存在を消したいのか。もしかすると私の応募用紙を捨てたのは彼かもしれない。

中学受験がどうだとかマスコミが騒いでいた。私は地産地消で息子たちを地元の学校に進学させた。今はお互い大きくなった。TVに友和の息子が出ていたが、他人とは思えなかった。

<ここから手紙を書く場面に変わる>(夢によくある「幻覚的シーン」)

三浦友和君へ

君の髪は相変わらずふさふさしているね。剛毛だな。私は砂漠化してきた(笑い)。

百恵さんも元気か、私の家内も元気だ。今は一緒に仕事をして頼もしい存在だ。

君の家も離婚もせず病気もしていないようだね。

これまでのわだかまりはお互い捨てて、近いうちにさいたま新都心で飲まないか?

そしてお互い妻のことを語り合いたいものだ

 棚からDVDが落ちてきて目が覚めた。それは「赤い衝撃」だった。道理で痛いはずだ。気づくと音楽は最後の楽曲「夢先案内人」がまさに終わろうとしていた。

 今年もよろしくお願いします。

 

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第104回「お袋の言葉」(2020年12月28日)

年末になると思いだすのが「築地の年末警備のアルバイト」だ。私が学生の頃築地のアルバイトがあった。夜の10時~翌朝6時までの警備である。それまでは様々な学校から学生が集められていたが、お互い面識がないので泥棒と善人の区別ができなかった。当時の築地市場の社長が大学の先輩だったため、私が通っている大学だけで警備することになり、100人が集められた。そのうちの1人だった。泥棒被害がゼロだった場合報奨金として別途3000円上乗せする条件がついていた。

しかし、30日の夜、泥棒は慣れたもので鯵や鰯などの安い魚を下ろし高額な魚(マグロなど)を持って行ってしまった。我々が警備していたのだが、一夜干しのイカなどを持参し「お兄さんら、お疲れさんだね。これでも食べてよ」と声をかけてくる。イカをくれる人はイカした人とばかりコロリと騙され「ありがとうございます」と礼まで言ってしまった。翌朝市場の人から詰問され、事の真実を知ったのである。そんな築地も今はない。豊洲は警備会社が守ってくれている。時代の流れかもしれない。いろんな輩のいる高度経済成長時代末期のことだった。

小学生の頃は家が雑貨屋だったので、年末29日から31日まで店でアルバイトをした。小学生だったのと買ってくれる客に帽子を脱いで最敬礼したのがウケて、お袋にはずっとそのやり方を強要された。一番売れたのは餅網、次に祝箸だった。1日千円もらった。3日間で3千円だ。当時伊藤博文の新札が出たときだったのでピン札でうれしかったのを覚えている。隣が鳶職でしめ飾りや門松を買いに来るお客さんが多く、そのついでもあったので繁盛した。餅網がなくなってきたので、お袋がダイエーに買いに行った。家の仕入れ値より安いと言って50枚ほど買い、うちの店の価格をつけても、それでも売れた。情報が少ない売り手市場の時代だった。しかし、時代の大きな流れには勝てず、10年後店を閉めることとなった。

お袋は用事で時々店を留守にするが、ある時しめ飾りを持ったお客が店に寄った。「お兄ちゃん、お母さんは?」「出かけてます」「そう、じゃあ、ここにあるやつ頂くわ。これはお母さんと約束しているので、お金は払ってあるからね」「はい」と言って茶碗と箸と餅網を包み最敬礼で渡した。お袋が帰ってきて説明したら「政夫、そんな約束をした覚えはない。それはお前が騙されているんだよ。顔を覚えているかい?」「いや、思い出せない」「詐欺師は堂々として、弱い者、知らない者を騙すんだ。人を見たら泥棒と思え、だよ。よく覚えておきなさい」「うん、ごめんなさい」

20年後お袋は布団詐欺にあった。

*)正月のしめ飾りは昔から鳶職が製作販売している。高い所で仕事をしている鳶は年初家に降臨する歳神様を迎える手助けをする役割だと考えれられていた。

 

*)布団詐欺:ティッシュや洗剤など無料商品を与えて客をセール会場のようなところに集め、集団催眠のごとくハイテンションにした上で、品質の悪い羽毛布団を高額で売りつける悪徳商法のこと。

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 第103回「型破り」(2020年12月23日)

歌舞伎の世界で、こんな言葉がある。

「型のある人が型を破ることを『型破り』といい、型のない人が演技をすることを『型なし』という」

簡単に言えば、「型なし」とは基本がないもの、「型破り」とは基本をわきまえた上でそこから独自性を導き出したもの、ということである。一見すると、どちらも自由奔放で同じように見える。しかしながら、実体は似て非なるものだ。

「型ができていない者が芝居をすると型なしになり、メチャクチャな演技となることが多い。型がしっかりした者がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。」

陸上において、走る「型」は腕振りとモモ上げである。バンビーニでは腕振りを最初に覚える。入会する子で「幽霊走り」や「いや~ん、いや~ん」走りをする子は少なからずいる。大人の市民ランナーの中には膝の負担を軽減させるため忍者走りをする方がいて、こどもたちがまねるが、足の基本はストライドを広げるためのモモ上げが絶対条件となる。諸々の基本を覚えた上で骨格にあった腕振りやオーバーストライドに修正している。それをプチ「型破り」と呼んでいる。

戦法についても「型」がある。一般的に長距離では目標とする選手がいれば「後方待機でラスト50mで抜く」ということを指示する指導者は多いと思う。力を温存する方が得だと計算するからだ。ラグビーで言えば、早大の展開ラクビー並みの「かっこいい」戦法だ。しかし、私は最近このオーソドックスの戦法を「初めからどんどん飛ばせ」という戦法に変えた。この戦法は、まるで明大の重戦車フォワードで「前へ前へ」という戦法と同じだ。展開ラクビーはボールを回してもタックルされれば終わりだ。しかしスクラムやモールは強ければ防ぎようがまったくない。モール、ラック、スクラムは苦し紛れに故意に崩せばペナルティが待っている。

 最初から飛ばせば後は自分のペースで行ける、練習と同じやりかたでいい、ライバルとの駆け引きもいらないのである。この戦法は選手から教わった。ある時ライバルのいる大会で「後方待機の型」で行くことを確認したが、150mくらいでトップに立ってしまいそのまま行ってしまった。レース終了後「なぜ俺のやり方でいかないんだ」と叱ったことがある。その時選手は「コーチから言われた選手が遅かったので前へ出たかった。1000mだと200m通過の際電光掲示板でラップが見えるが400mはない。1位なら放送で通過タイムをアナウンスする。600mはまた電光掲示板を見ればいい。800mは電光掲示板がないが、1位ならラップタイムを放送するし、いいタイムが出そうだとそれなりの興奮がアナウンサーの声質でわかる。だからペースを知る上でも先頭がいい」という。その時は「型破り」の戦法だと思ったが、いくつかの大会での成果を見て納得。この歳で小学生に教わった。

しかし、型破りの戦法も何度もやればそれが「型」として定着する。「型破り」は新しい型の創造者でもある。

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 第102回「もみじ」(2020年12月16日)

紅葉(もみじ)を手にとるのなら、小さい方が綺麗でかわいらしい。落葉した際の傷もなく、本のしおりにも使える。昔の人は小さなこどもの手をもみじと表現した。言い得て妙である。

学童ではおやつの後、公園や学校に散歩するのが習わしだ。その際、隊列を組んでいくのだが、全体の安全を見るため私は隊列の最後から行く。ある時、列の最後の女の子の歩みがゆっくりとなり私の横に来ると私の右手を握った。握り返すともみじは私の手のひらにすっかり覆い尽くされてしまった。

1年生のKは私によくなつきそばに寄ってくる。なつくといえば偉そうだが、小さなもみじが風に揺れるようなしぐさでおいでおいでをされ、そそくさとKのところに行くのが実態だ。おやつのせんべいの袋が開かないとか、シルバニアのおもちゃを取ってくれとか、ほとんど召使的扱いである。外に出る時だけはおいでおいでができないため、Kは目で私を追ってくる。しかし、後方はいつも活発な女の子に取られてしまっている。今日はその子らがクラブの練習でいない。それでも周りの同級生に茶化されないため慎重だ。こどもも気を使っている。他のこども達が手をつないでいるのを見つけると「ラブラブだ」と囃し立てるが、その時は絶対に手を離さない。こどもはこちらが照れたり隠したりすればしつこいが、堂々としていればあきらめも早くすぐ他のことに気が行ってしまう。そして、Kとのお散歩は続く。公園や学校に行けばドッチボールや鬼ごっこで私は皆の慰めものになるので、束の間の2人の世界だ。

4年生のAという女の子はバスケをやっているだけあって、大きい。家内より大きいのだ。口は悪くいつも喧嘩腰で来る。父子家庭で「うちのパパはね、イリと違って・・・」と言って私と比較しては、私に冷たく当たる。「え、え、そうですか、あんたのパパと私はどうせ違いますよーだ」といつも心の中では暴れている。

ある時、Aが最後尾に来るなり私の手を握った。初めてなのでどうしたのかと訝ったが、その手は到底もみじとは言えずヤツデのようだった。

「イリ、お酒飲む?」

「ああ、大好きだ。飲まないと生きていけない」

「ふ~ん」

「パパも飲むのでしょう?」

「うん、でも飲むと人が変わってしまう。そんなパパ大嫌い」

「パパも外ではいろいろな人に気を使って大変なのだと思うよ。家では自分の思うように、ゆっくりしたいのだよ」

「それってストレスというやつ?」

「そうだね、大人はいろいろあるからね。私だって君にいじめられて、帰宅したらストレス解消でついついたくさん飲んでしまうよ」

「・・・わかった、パパのことは我慢する。今後イリをいじめない、やさしくするからね」と言った。握る手がヤツデからもみじに変わった瞬間だった。

 「自分を気にかけている人しか手をつないでくれない」ことを、こどもは知っている。手をつなぐと、手をつないでくれた人から子どもへ、愛情のエネルギーが流れていき、それはこどもでも感じることができるのだと思う。逆に私も新芽の息吹を感じ、老化の進行をとめてくれるような気がする。

 手をつなぐことは決して恋人たちだけの特権ではない。

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第101回「やかん」(2020年12月9日)

スポーツには含蓄ある言葉がたくさんあるが、私は次の言葉が好きだ。

努力して結果が出ると、自信になる。

努力せず結果が出ると、傲りになる。

努力せず結果も出ないと、後悔が残る。

努力して結果が出ないとしても、経験が残る。

小学生が理解するにはまだ早いかもしれない。でも、スポーツを続ければ必ずこの言葉の意味が分かってくる。

 先人の言葉に従って間違った道を避けられるこどもは、ほとんどいない。また、本人にとって重要なことであっても、それが人生においては些細な出来事であることを知らない。失恋したこどもに「社会に出ればもっと素敵な人に逢えるよ」といってもその子にとってはこの世の終わりに等しい。しかし、先人は言う。「自分の結婚式でたくさんの写真を撮った。いくら撮っても足りないような気がした。しかし、その後写真を見ただろうか。いまではアルバムをどこにしまったかもわからない。大方結婚というものはそういうものなのだ」と。でも舞い上がっているこどもには何を言っても聞く耳がない。まるで「耳なし芳一」なのだ。だから失恋の痛手の回復に多くの時間を費やす、という先人たちと同じ失敗を繰り返す。

小学生は諭すように話をしても、誰かが道具につまずいてひっくりかえるようなことをすれば、こどもの関心はそちらにとられてしまう。こどもへのアドバイスの時間は、ウルトラマンやカップラーメンと同じように3分間だけだ。アドバイスを理解したくない子は「意味がわからない」と私の話を切って捨てる。だから「ぐちゃぐちゃ言うな。まずは俺の言うことを聞け!」と怒鳴ってしまう。そうすると「ガミガミ言うコーチは時代遅れだ」という非難が起こる。こども本人からではなく、まわりの大人たちからだ。「じゃ、どうすればいいんだ」と言いたくなる。そういう人は必ず次に「勝ち負けにこだわるのはくだらない」という。それは勝てない人間が吐く言葉だ。「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」のだ。 ここまでやるのかと言われるくらいまでやって、初めて他のこどもと差別化できる。

 

 人間は動物と異なり未経験のことを言葉で理解し危険を避けられるのだ。湯気の出ているやかんに触ると火傷するぞと言えば、火傷しないで済む。しかし、小学生には「生きる道」や「努力とは何か」というと、言葉のわからない赤ん坊と同じになる。その子には痛い目をみてもらうしかないのだが、小学生とはそういうものだと思えば腹も立たない。腹も立たないから、何度でも頭から湯気を出して怒る。コーチが湯気を出しているから逆らうと火傷するぞと思って、言うことを聞いてくれれば、それも指導法のひとつだと自分を納得させている。帰宅して一杯飲んでいると、「俺とやかんは一緒か」とつい考えてしまう。

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第100回「ターザン」(2020年12月2日)

バンビーニの小瀧寧々は小学6年生の女子である。

今回は彼女に続くこども達に彼女を紹介しておきたい。バンビーニで練習をしている小瀧寧々は、埼玉県で今年最強の女子長距離選手であるが、水泳でも全国大会に出るほどのスイマーである。いわゆる水陸両用女子なのである。ターザンというと分かる方は少ないかもしれないが、私のこどもの時は憧れのヒローだった。類人猿に育てられ野生動物と同じように、泳ぎも速く足も速い人間なのである。通常水泳の筋肉と陸上の筋肉は異なるので、どうちらもすぐれた人間は、私の知る限りターザンと寧々しかいない。

私は第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」で背が小さい子は横のスポーツである水泳より縦のスポーツの陸上競技を勧めた。背の高さ腕の長さが異なれば長い方が飛び込んだ瞬間リードするし、その後も差が広がる。体格の違いは記録に大きく影響するのが水泳である。水泳の決勝でスタート台に立つ選手に小さい子はほとんどいない。寧々は陸上では水泳ほど不利がない分水泳で鍛えた肺活量で活躍している。持久力は並外れているが、その精神力がまた尋常ではない。

水泳をやりながらバンビーニに入ってきたときは、1000mで「勝ちたい」という意欲で練習を始めた。そのうち段々上位に入れるようになって「勝てる」という自信がついてきた。そして最近では「勝ってみせる」という情熱が溢れている。先週の日清カップでしらこばとの鴨狩さんに追いつかれそうになって、「ダメか」と思った。鴨狩さんの方が勢いがあったからだ。しかし、追いつかれそうになってそこからギアを入れ替えラストスパートのアクセルを踏み込んだのはすごかった。彼女は競馬でいう先行馬に見えるが、実は追いつかれても引き離すことができる「自在」馬なのだ(第9回「競走馬その2(脚質)」を参照)。水陸両用の筋肉、タフな精神力と練習内容を確実にこなす真面目さが彼女の原動力だ。残り少ないバンビーニ-の日々で、気になる腕振りを直しておきたい。腕振りが直れば、中学に入ってもどこかで彼女の雄叫びが聞こえそうだ。「あ~あ~あ!!!」

 嘆息

水泳と陸上長距離が強いのなら自転車を練習させ、トライアスロンでオリンピックを目指せばいいじゃないかという人がいる。私もそう思うが、自転車は彼女はやりたくないのだ。馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできないのである。

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第99回「高知1枚」(2020年11月25日)

11月25日は「憂国忌」、作家三島由紀夫を偲ぶ日である。この日になると三島事件(三島由紀夫の命日)を思い出す。思想的にではなく、私の「ああ勘違い」の1つを思い出すからだ。

1970年(昭和45年)11月25日三島は楯の会のメンバーと自衛隊市川駐屯地(今の防衛省のあるところ)でクーデターを訴えたがかなわぬと悟って、割腹自殺をした男である。当時予備校生だった私は受験に出ない三島の本は読んでいなかった。受験に関係のない作家は全く知らない。新聞に載った三島の写真を見た時、当時はやっていた「松の木小唄」の演歌歌手「三島敏夫」と混同した。「なんであいつが自衛隊で割腹自殺するんだ。なぜマスコミはこんなに騒ぐのだ(朝日は床にあった三島の首の写真を1面に掲載した)」と不思議に思って予備校の友達に話をして、大いに笑われた。

大学に入って、大学の生協に行った。そこには今流行っている曲のベスト10が飾られ、そのトップが「小椋佳」だった。アルバムのジャケットには可愛い女の子が載っていた。こんなかわいい子が売れているんだと思わず買った。レコード盤に針を静かに置いた。イントロも何か切ない入り方で、女の子の美声が聞こえてくるだろうと期待した。ところが、低音の男の声が聞こえて来た。「何なんだ、これは。男か、シマッタ。天地真理にすればよかった」と後悔した。しかし、その後小椋佳にはまってしまった。

会社に入り、配属先は初めての大阪だった。ある日、商社の人に連れられて伊丹空港から高松空港へ行くことになった。切符は総務の女の子が手配してくれた。実を言えば、その日は商談というよりTV観戦が主であった。ちょうど春の高校野球がやっていて地元高松商業が頑張っていた。商社の人は部員の名前とこれまでの成績をすらすら社長と話をしていた。未熟な私は「へえ、高松商業は強いんだ」くらいしか言えなかった。

夏になり、またこの得意先に出張することになった。今度は私1人だった。総務の女の子は忙しそうだったので、自分で切符を買いに行った。旅行会社に行く途中で人だかりがあり、よく見るとTVで高校野球をやっていた。「打った!ボールは転々とフェンスへ。高知商業逆転サヨナラ 準決勝進出!」と興奮したNHKのアナウンサーの声がした。「おう、勝ったか。すごいな。明日の話題にしよう」と旅行会社へ行き、窓口で「高知1枚」

<顛末>

 

高知空港に着いても気づかなかった。当時の地方空港は同じような外観に思えたのだ。しかし、間違いに気づくポイントはあった。出発する伊丹空港では前回とゲートが違っていた。1~2回のフライト経験では「天候状態でゲートはちょくちょく変わるんだな」と勝手に解釈してしまった。高知空港に着く時、飛行機は一旦海に出てまた入りなおした。前回は海から直接空港に入ったのに「おかしいな?」でもこれも風のせいだと自分を納得させていた。高知空港に着いてトイレに行ったが、高松空港では曲がって右だったのに今日は左にある。しかも新設ではない。前回と違う。言い知れない不安が身体全体を覆ってきた。外に出ると全く違った景色があり、そこで自分の置かれている状況を理解した。「ここは高松ではない」高知駅から電車で高松まで乗り得意先に着いた時、もう甲子園は終っていた。

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 第98回「心理的限界」(2020年11月18日)

ハンマー投げや重量挙げの選手が、大会本番に自己ベストをたたき出すケースがある。自分が思った以上の力、いわゆる「火事場の馬鹿力」が発揮された状態である。 もともと人間の脳は筋肉や骨の損傷を防ぐため、脳で意識的にコントロールして使える力を抑制するリミッター(安全装置)が掛けられている。通常時はどんなに頑張っても『心理的限界』とよばれる、『自分の意識の中での限界だと思っているところ』までしか力が発揮できないのである。しかしリミッターが外れた時は『心理的限界』を超えて普段は出せないところまで、筋肉の本来持っている力『生理的限界』と呼ばれるところまで、解き放つことが出来る。

人間はいくら火事が起こっても車を背負うことはできない。せいぜいタンスくらいだ。生理的限界は身体的限界と置き換えてもいい。

ちなみに『生理的限界』のおよそ70%~80%が『心理的限界』だと言われているが、こどもにおいてはもっと低いと思う。バンビーニ陸上クラブの低学年のこども達は、同じ練習をしても、高学年がヘトヘトなのに、休憩時間虫取りで遊ぶ全力走ができないこどもがいる。

生理的限界まで一時的に近づける方法の一つは、ハンマー投げの選手のように大声で叫ぶことである。叫ぶことによって脳の興奮水準が高まり、その瞬間に使いきれていなかった筋肉を動かすために必要な脳の一部が一気に覚醒して、無意識的に通常以上の力が発揮できる。

ただし、試験の時に大声で叫んでも「知識の馬鹿力」はない。つまみだされるのがオチだ。この場合は自分に暗示をかけるようにポジティブなイメージだけを持つ、これまで勉強したことで克服できると考え、『やればできる』と心のなかで言い聞かせるのが効果的である。

陸上競技でこども達の心理的限界を高めるためにはほめて育てるだけでは難しい。時には親に言われたことのないような叱り方も必要だ。この心理的限界を高めるだけでこども達の記録は20%も向上するのである。12月から日曜日に基礎クラスを設けるのはこの心理的限界を上げるためのもので、4年生になると始まる本格的練習に備える意味がある。全力で走ることを覚えるのである。

子ども同士のじゃれあいが狩りのテクニックを覚える場となる、ライオン世界をイメージして、クラス運営をしたいと思う。

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第97回「やればできる」(2020年11月11日)

昔流行った歌は、こどもには理解不能の歌詞も多かった。

♪ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団

勇気凛々 琉璃の色

望みに燃える呼び声は

朝焼け空にこだまする♪

(「少年探偵団」)

凛凛とはなんだろう、勇気は琉璃の色なのか、じゃあ琉璃色はクレヨンにあるのか、都心に声はこだまするのか、こどもには難しい歌詞だった。

♪どこの誰だか知らないけれど

誰もがみんな知っている

月光仮面のおじさんは♪

(「月光仮面は誰でしょう」)

こどもの時は「知らないのに知っているとはなんじゃこの歌は」と思っていた。

♪解けない謎をさらりと解いて

この世に仇なす者たちを

デンデントロリコやつける♪

(「七色仮面の歌」)

「あだなす」の言葉を「あだなのある者と」思っていたが、漢字がわかるようになって理解した。しかしながらデンデントロリコとやっつけるのはどういう状況を示すのだろうか。今もってわからない。

歌詞は大人が作るのだが、昔はこどものことは考えていないものが多かったし、それに対してこども達も深くは疑問に思わず、「ま、いいか」と歌った曲が多かったのである。

陸上の練習で「右足ケンケン」というと「右足で地面を蹴って走れ」という指示だが、「右足を上げて左足で地面を蹴って進む」子が20%いる。柔軟でも「足を開いて左から」というと右から行う子がいる。1人ではない。「左ってどっちよ?」という質問に、思わず「お茶碗持つ方だ」と言って苦笑してしまった。私の考えとこどものとらえ方が異なることが希にある。

こういうことがあると、こどもの世界と大人の世界の端境期とはいつだったのだろうかと考えてしまう。サンタクロースの正体を知った時だったのか、好きな子が出来て胸がキュンとした時からだったのか、大人になった私にはもうわからない。

明日昔の先輩に呼ばれて飲み会が開かれる。きっと病気と旅行と誰々が亡くなったという話しか出ないだろう。これまでもそうだったから。2時間の練習と2時間の飲み会ではその後の充実感が違う。さびしい時悲しい時には明るい曲は聞かない方がいい。失恋した時、水前寺清子の「365歩のマーチ」を聞いても何も癒されないのだ。余計に自分が疎外されてしまう。先輩たちの会合で私は今の仕事の話はしない。

「やってもできない」という言葉は受け入れられても「やればできる」という言葉はこの会合では禁句なのだ。大人とこどもの世界の境は分からないが、老人とこどもの世界の違いはこの2つの言葉で区別できそうだ。

 

やっぱり明日は行きたくないなぁ。

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第96回「いじめ」(2020年11月4日)

学童の話

Tという1年生の女の子は「ぼくね、漢字書けるんだよ」と自慢する。女の子で自分を「僕」と言う子は学童で3人いる。ただ、Tは変な言い回しで喋る癖がある。足し算カードをめくって足し算をやり始めた。「8+7=・・・」しばらく間を置き(本人わからないのだ)、ページをめくりながら15と答える。裏側に答えが書いてあるから絶対に答えを見てから答えているのだが、本人は認めない。「え~わかんな~い、ぼくね・・」と延々に舌足らずで言い訳をする。仕舞には私にからみついてくる。「おい、T、ぶりっこしてもダメだ」というと「ぶっりっこって何?」「可愛くなくても可愛いそぶりをする子を言うのだよ。大人では両手を口の前でグーして語尾がだらしなく伸びる女性のことだ」

これではこどもでも同性に嫌われる。1年生の女の子は5人いるがKという従順な女の子以外は遊んでもらえない。3人の小1の女の子は彼女が来ると立ち上がって他の場所に行ってしまう。ぶりっこは男性には通じても同性である女性には嫌悪の対象でしかない。小1でも女なのである。帰宅して母親に訴えているらしい。学童でいじめられていると。実態は本人が悪い。家でも同じような言い方をしているが、注意したことがないそうだ。容姿は残念ながらぶりっ子レベルであるため、今後学校でいじめられないように都度「ぶりぶりぶりっこ」と注意している。

Sという男の子がいた。宿題をやっていると寝てしまう子だった。水筒の紐をかじったり教科書のページの角を食べてしまう子だ。この子はふざけて怒られることが多いが憎めない子であった。そのためずっといろいろな先生に声を掛けられていた。自分でもそれは感じていたと思う。しかし、翌年Yが入って来てから学童の雰囲気はガラッと変わった。すべての先生の視線がYに向かったのだ。Yの家は母親の精神的問題から離婚し、女手1つでYを育てている。そのせいかYは場の雰囲気をわからず1人奇怪な行動をする。入会する前に情報が入っていたせいもあって、我々はYの行動に理解を示した上で対応した。Sはその方針のせいではじかれることが多くなった。今までゆるされた行動がゆるされなくなったのである。Sは私の態度の変化にいぶかしい気持ちでいたと思う。ひょうきんなSが大好きだったので、私にからんでくるとおじいちゃんと孫の関係になっていた。だからYさえいなければという感情からYに辛く当たるようになったと思う。Yは不思議に我慢強くつねられても泣くことも我々に訴えることもない。いじめは許さないのだが、本人がいじめと思っていないので対応が難しい。気づけば「何をするのだ。いじめるな」とSを叱っている自分がいた。

自分を指し置いていじめを主張する子もつねってきてもいじめと感じない子もいる。どちらも守ってあげないといけない。来春新しいこども達が入会するとYよりも同情する余地のある子が入ってくるかもしれない。そうなればYもSと同じ思いをするだろう。

 

私の注意力不足がなければSは学童を辞めることはなかったのだ。こどもにとっての教育の善し悪しは、人生のほんのわずかなタイミングによるのかもしれない。

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第95回「鬼滅けの刃」(2020年10月28日)

「入山さんってA型なんですか?信じられない、てっきりO型かと思っていた」「入山さんって、水瓶座なの?嘘!山羊座かと思っていた」といったように、人から勝手に血液型や星座を決めつけられたことがある。

決めつけとは、一方的なレッテル張りのことだ。そして、決めつけの内容は言われた側にとってだいたいは的外れなことが多い。決めつける側の頭の中には、「私」の固定化された像が映っている。その像は勝手に作り出したものなので、現実の私とは関係のないものだ。その「決めつける側の私」を現実の私自身と一方的に結びつけようとすることが、いわゆる「決めつけ」なのだ。

 困ったことに、決めつけは突き詰めれば「命令と同じようなもの」になる。たとえば、「あなたっておとなしい性格だよね」と言った場合、「あなたはおとなしいはずだ」という思い込みが前提となっている。言い換えれば、「あなたはおとなしい人で、ずっとそうあり続けるべきだ」と言っているのと同じだ。このように、決めつけられる側としては、唐突に、しかも心外な命令をされるわけだから、反発を覚えるのが自然な心理と言える。

 一方、若い人と話しをしていると、相手が「私って、いつも周りに気を配っているじゃないですか、本当に疲れるのですよね」(そうは見えないが)とか「僕って、小さい時からやんちゃだったじゃないですか」(そんなこと少しも知らない)と言って話を進めることがある。これは自分自身で自分を決めつけている例だと言える。

さらに、「思い込みが激しい」傾向のある人は、いったん「この人はこういう人だ」と思ってしまうと、その思考から脱却できないことが多い。このような上司に出逢った部下は一度過ちを犯すと、どちらかが転勤しない限り不幸な月日が続いてしまう。

決めつけの対処法は馬耳東風に対応すればいい。この点こどもは我々大人のように深くは感じず、あるがままの自分でいられるのだ。

 

 しかし、これまでの文脈と矛盾するが、バンビーニでは練習が進むにつれて、個々のこどもの理想の姿が私の頭の中で醸成されている。私がよく言うのは「好きな種目と適している種目は異なる」ということで、本人の希望に関わらず種目を100mから1000mに代えることがある。この場合コーチの言うことだからと反発せず、こどもはほとんどが応じている。時々不安になるのは、この指示が「決め付け」の刃(やいば)としてこども達を切り刻んでないかということだ。決め付けは避けたほうがいいに決まっている。しかし現場は理想通りには行かないものだ。だから、私は種目変更によりこども達が「無限劣者変」にならないよう常に気を配ることにしている。

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第94回「逃げろ!」(2020年10月21日)

小学生の長距離は1000mである。小学生の陸上競技では、スタート時肘や腕や脚がぶつかる唯一の「格闘技」となる種目である。気弱な選手ではすぐ後方に下がってしまう。

昨年チャレンジカップの600mでポケット状態となった苦い経験から、今回すべての長距離選手にスタートから飛び出すことを課題とした。今年初めての大会で確信したのは現在の高速レースではこのやりかたしかないということだ。

その理論的背景はこうだ。

(1)選手の不満

ある選手に2~3番手についていき、ラスト直線で抜けと指示したことがある。目標とした選手が不調だったのか「遅すぎて」こどもの不満が募り、自分からペースアップして集団から抜け出した。

(2)相手のリズムに乗ってしまう

後方で走るということは前方の選手を絶えず見ることになり、無意識に前方の選手のリズムに引き込まれてしまう。

(3)スピードのブレ

集団の場合手足がぶつからないように一定の距離を保たなければならない。一定の距離を保っていても、前の選手の小さなスピードの変動はある。トップの人間の小さな変動が集団の後方の選手に伝わるまでにはかなり増幅される。後方の選手ほどスピードのアップダウンで大きくペースを振られてしまう。

(4)水しぶき

10月17日のような雨天時は、先頭の選手が走った水たまりの水を受けてしまう。先頭の選手は水たまりが見えるが、心構えができていない後方集団は急に水たまりに入ることになり、対応に慌ててしまう。

以上のことより、1000mでは集団で走るより集団から飛び出すことの方が有利である。

段々スピードをあげてゴール寸前相手を抜くことを競馬では「差し切る」というが、見ていて絵になる。しかし、本当に強い馬は「逃げ」なのだ。競馬ではタイムは参考であって日本記録云々と騒ぐ者はいない。いくら記録を破っても関係ない。順位戦だからだ。

埼玉の小学生の大会は記録戦である。強化指定選手の選考は指定試合で規定タイムを破ることにある。そのためにはバンビーニでは徹底した「逃げ」で勝負することにしている。

きっと他のクラブの指導者からは「馬鹿の一つ覚え」と笑われ、「頭を使え」と言われそうだ。しかし、愚直に繰り返すことによって何かが変わる、何かが生まれるのである。

コロナの影響で競技場では大声を出せないため、この作戦を行うたびに私は心の中で叫んでいる。

 

 (半沢直樹の伊佐山部長【市川猿之助】の口調で)「逃げろ!逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、○○!(こどもの名前)」と

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第93回「ぼうず」(2020年10月14日)

学童の話

大人が自然と身に着けた言葉がこどもの世界では通じないことがある。

月に1回の「お楽しみ会」で「ジェスチャー」をすることになった。28人が二組に分かれて速くお題が終ればいいゲームだ。あるいは10分間でいくつできたかを争うのだ。お題は各組14件ずつ28件用意してある。同じものだと別の組の答えを聞いてわかってしまうからだ。お題(14件1括り)はくじ引きだ。

A組で問題がすぐ生じた。お題の「チャンバラ」がわからない。今の子はチャンバラごっこをしないのだ。時代劇のTVがほとんどないからだし、時代劇のヒーローがいない。丹下左膳や白馬童子など時代劇のヒーローが今や一人もいない。チャンバラトリオというお笑いグループがあったのに・・・これは慌ててパスにした。

B組では「うなぎ」がお題であった。そこでジェスチャーマンは固まってしまった。後で聞いたのだが「うなぎ」は食べたことはあるが見たことがないと言う。だから鰻重の四角と四角に切られたうなぎしか思い浮かばない。うなぎを串に刺して焼くかっこうもできないし、ましてや落語の「鰻屋」や「素人鰻」のように、鰻をつかむ際、右手、左手を握りながら交互に手を上げて行くしぐさができない。また、できたとしてもそれを見ているこどもが何か判断できない。考えてみれば当然で親に連れて行かれても調理場まで見ないからだ。味はジェスチャーでは表現できない。

答えが違う場合は、両手で箱を示し右側に置くフリをすれば「その話は置いておいて」でもう関係ないことを示す。丸く円を描くと「ほぼ正解だが、もう少し違った言い方をすると」という意味を表すなど教えながら行った。

「鶏」のお題では、ひょうきんもののKが首を前後に動かして「鳩」、はばたくかっこうをして「白鳥」、卵を産む格好をして「ダチョウ」、頭を盛んに左右に斜めにするのを繰り返して「からす」など皆はKの思惑とは違った方向に行った。さかんに「両手で箱を示し右側に置く」しぐさをしながら彼の否定する顔が、また必死でさらに盛り上がった。

こんなのでどこがおもしろいのだろうかと思うくらい笑う。笑う声が部屋全体を包み、何か自分は幸せな気分になる。年寄の集まりだと面白いことを言っても、耳が遠いので一部の人間が怒り出し、その反応にさらに勘違いして他の人間までも怒り出し、しっちゃかめっちゃかになるのとは大違いだ。こどもを作るのは、子孫を残し遺伝子をつないでいくといった大袈裟なものでなく、こども達の笑いとこども達の行動によって明るくなることにあると思う。年寄夫婦で大笑いすることはあまりない。こどもがいれば毎日が大笑いだ。大人にとってのこどもの存在はそこにある。笑いは百薬の長だ。

 

 1人欠席の為1枚のカードが余った。それはA組、B組全員で当てようということになった。その最後のお題は、どの先生の作成したものかわからないが「ぼうず」。ジェスチャーマンはそのお題を見て私を指差す。「ハゲ!」「ツル!」「ハゲツルピッチャン」ジェスチャーマンは首を静かに振って、丸く円を描く。皆一斉に「ぼうず!」

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第92回「発芽」(2020年10月7日)

スポーツの話

植物には「発芽の3条件」というものがある。タネは「酸素」「水」「温度」の3つが揃ってはじめて発芽する。たとえば、アサガオは発芽適温がおよそ20℃~25℃で、発芽には比較的高い温度が必要だ。もし、気温が10℃しかない時期にタネをまいても「酸素」「水」の条件が揃っていても「温度」が合わず発芽に至らない。逆に、発芽適温が18℃前後のパンジーを気温が30℃の時期にまいても「温度」が高すぎ、条件が合わずに発芽しにくい。

動物は寿命を操作することは殆んどできないが、植物は種子の中に生命の源と遺伝子を残していく。しかも、条件が整った時だけ発芽する。有名な大賀ハスは2000年の時間を有して発芽した。

子ども達を指導していて思うのだが、凄い子はたくさんいる。今までこんな凄い子はいないと思っていたら、まあびっくりするような子が翌年入ってくる。ただ、小学生のコーチはずっと育てることができない。塾や他のスポーツや手習いごとに取られてしまうからだ。受験だと言われればその子の将来がかかるため引き下がることにしている。子どもの人生を老人が左右してはいけない。また、バンビーニに入ってくる子にとって私は「路傍の石」だ。誰も今来た道にあった小石のことなど覚えていないように、10年後彼らには何も印象に残らないだろう。「なんだっけ・・・あの鹿のような名前のクラブで走ったことがある気がする」程度だろう。でも、私はコーチだったのだ。

発芽は条件が整った時だけ行われる。このことは子どもの能力の発揮でも言える。スポーツでの「発芽」の条件を3つに絞れば、1つ目は「子どもの負けず嫌いで辛抱強い性格」が必要だ。2つ目は塾や他の手習いごとに対し陸上競技を優先させる「親の寛容」さが大切だ。3つ目は「丈夫な体」を持っているかどうかだ。この3条件が揃った者のみが発芽できるのである。ただ、残念なことに植物と違ってタイムリミットがある。人間は動物だからだ。30歳以上を超えて発芽する人間はほとんどいない。30歳になって一年発起しても、羽生のような4回転ターンはできない。

チャンスに後ろ髪はない。人生の教訓でもある。私のような年齢になるとあああれがチャンスだったんだ後悔するが、現役の人にはわからない。言えることはチャンスは二度と来ないということだ。ワンチャンスをものにするのが大成する者だと思う。

自分が長距離が適しているのか、短距離がいいのかはコーチにしかわからない。短距離でも100mがいいのか400mがいいのかは総合的な面から判断すべきであり、好きな種目と適している種目とは別物だからだ。

 

コロナのせいで今年もあと2,3回の大会でシーズンが終わる。数少ない大会だが、その中でも発芽するタネを見るのがコーチの楽しみでもある。結果が伴えば自分が大賀博士になった気がする。それで充分。路傍の石にもいし(意志)がある。

 発芽.jpg大賀ハス.jpg

 

 

第91回「なに~!」(2020年10月1日)

営業の話

営業時代社内接待も仕事の内だった。納期管理をする部署のT課長は背が大きく腕っぷしも強いので工場も皆恐れていた。部下の女の子が困っていると工場に脅しの電話を入れる。ほとんどやくざの督促と同じ雰囲気となる。だから皆は寄り付かない。しかし、私とは妙に馬が合って時々飲みに行く。私が納期で困ってもT課長に頼めばいつも奇跡が起こるので、誰もが羨む仲と見える。「先生、そろそろ出番です」「おー」私にとっては用心棒みたいな人だった。

 飲みに行く時お金を出すのはいつも私だ。みかじめ料と言ってよい。ある時フグを食べての帰り、ヒレ酒を飲み過ぎてほとんどベロベロの状態のT課長。一人では帰れそうもないので、方向が違ったが自分が送ることになり、タクシーを呼んだ。

入山「Tさん、乗りますよ」

T課長「おー」

運転手「お客さん、どこまで?」

T課長「俺んちまで行ってくれ」

運転手「えっ、ちょっとわかんないですね」

T課長「なに~!お前、運転のプロだろう。わかんないとはなんだ」

入山「まあまTさん、運転手さんだってわからないこともありますよ。大体どのへんですか。たとえばいつも乗っている駅はどこですか」

T課長「千葉駅だ」

入山「運転手さん、じゃ千葉駅まで行ってください。近くなったらまた教えます」

イビキをかいて寝てしまったT課長を乗せ、千葉駅方面に向かった。

入山「Tさん、そろそろご自宅に近くなったようですが何か目印はありますか?」

T課長「う~ん、ダイエーのそばだ」

運転手「ダイエーてどの辺ですかね」

T課長「なに~!お前運転のプロだろう。なぜダイエーがわからない」

と運転席を蹴る。

入山「まあまあ、Tさん回り見て見覚えありますか」

T課長「おー、あの道を左だ」

運転手「お客さん、一通で入れないですが」

T課長「なに~!お前遠回りする気だな、善良な市民からぼったくろうとするんだな。表出ろ!」

入山「まあまあTさん、一方通行じゃ仕方ないですよ。警察に捕まったら運転手さん明日から商売できなくなりますよ」

T課長「わかった、じゃその先で曲がってくれ。・・・・ここが俺んちだ。いくらだ。」

運転手「12540円です」

T課長「なに~!地球1周したのか、なんでそんなに高いんだ」

入山「いや、Tさんここは私が払いますのでご心配いりません」

T課長「そうか、悪いな」

T課長を降ろし、千葉駅に行くように運転手さんに言った。

運転手「お客さん、助かりました。1人だったら殺されたかもしれません。千葉駅までメーター倒して送ります・・・・着きました」

入山「運転手さん、ありがとう。本当に12540円でいいんですか?はい、15000円出しますので、お釣りとレシートください」

運転手「いや、お客さん、さっき機械が壊れちゃってレシートが出ないんですよ」

 

 入山「なに~!」

用心棒.jpgタクシー.png

 

第90回「あ~りが~とさ~ん」(2020年9月24日)

アホの坂田(コメディNOの坂田利夫)を大阪のフェスティバルホールで初めてみた時、こんなアホなことを平気で出来る奴がいるんだと感心した。「あ~りが~とさ~ん」といって変な動きをして「ああ、こいつは常識人を捨てたな」とあっけにとられた。ところがその後「間寛平」が登場した。「かい~の」と言って物の角でお尻を上下させたり、お猿の物まねで舞台狭しと駆けずり回った。度肝を抜かれ「こんな男が世の中にいたのか」とただただ驚くだけだった。寛平はアホの坂田の上を行き「人間を捨てた」芸風だった。

他人より秀でる人間は出逢った時から何かが違う。そして不断の努力をしている。天才とはそういうものだ。

バンビーニ陸上クラブでも衝撃の出逢いの子ども達がいた。スーパー1年生だった男の子2人は先輩を抜くことに生きがいを感じ将来性を予感した。獲物をもてあそぶライオンの子どものようだった。手足が長いアフリカ人のような女の子も入ってきた。うちのエースはこの子だな、と直感した。しかし、彼らはここにきて練習をさぼることを覚えた。小学生にストイックなことを要求するのは無理なのは百も承知している。だが何度怒っても何度ペナルティを課しても、やれお腹が痛い、足が痛い、頭痛だ、最後はトイレで逃げられる。折角蕾が開きかけ花の色がおぼろげながらわかったのにまた閉じてしまった。一生懸命やっているとは思えないタイムで帰って来る。どんなに苦しい顔をしてもタイムがすべてを物語る。塾や他のスポーツを兼ねているので可哀想な気がするが、私は陸上競技のコーチであり、その才能は高く買っている。蕾はユリのように大きいのだ。しかしながら、「馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」という諺をいま身に染みて感じている。

 

 だが、私はあきらめない。懲りずに練習場で再トライしてみる。彼らがバンビーニをやめない限りストップウオッチが微笑むまで怒鳴り散らしてやるぞ、コーチに「あ~りが~とさ~ん」ではなく「ありがとう」と言える日まで。

坂田.jpg間寛平.jpg

 

第89回「まんずまんず分かった」(2020年9月17日)

営業の話

安倍さんの後、菅官房長官が総理大臣になったが、出身が秋田と聞いて懐かしく思った。

以前勤めていた会社の工場が羽越線の仁賀保にあった。労使協定では秋田行きの夜行列車で行くのが暗黙の了解であった。あけぼの、天の川、鳥海、出羽と名前は変わったが、特に印象が強いのは寝台急行「鳥海」だった。この列車の寝台は3段式であった。寝ないと着替えられないくらい狭い。新潟過ぎると貨車の切り替えか何かで大きな音がして起こされた。羽越線は松本清張の「砂の器」でしか知らなかったし、入社するまで秋田には行ったことがなかった。その後30年秋田とは切っても切れない縁となった。

 その秋田の印象を思い出した。

社内の公用語は秋田弁だったが、なかなかわからなかったが、秋田の人とお酒を飲むと「秋田弁はフランス語に聞こえるだろう」と何人かの人に言われた。フランス語は習ったことがないのでそうなのかと思っていたら、口の悪い先輩が「秋田は寒いので雪が食道に入らないように、なるべく口を開かないでしゃべっているだけだ」という。

別の人は「秋田弁は世界で一番短いセンテンスがある。ギネス級だ」という。何かと言えば『「どさ」「ゆさ」』の会話だった。つまり、その意味は「どこさいくのさ(どこへ行くの)?」「湯さ(銭湯に行くのさ)」という文章で世界中でこの意味を文章にしたら、秋田弁より短い文章はないという。

そのくらいなら可愛いものだが、ある時秋田弁を甘くみて大失敗した。納期が差し迫っていて工場にお願いに上がった。すると生産担当者が「まんずまんず分かった」と言ってくれたので、その生産担当者を接待してその日の夜行で東京に帰った。お客に行き「工場を説得して納期通り入れると確約をもらいました」と報告。「若いのに頑張ったね」と得意先には褒められた。ところが納期が近くなって特便を手配するので納入日を確認したら、予定にないとのこと。慌てて先の生産担当者に電話した。「あなた、納期通り入れると言いましたよね」「なんだ、そんなこと言ってねぇ」「イヤ言いました。まんずまんずわかったと言ってくれましたよね」「ああ言ったよ」「じゃあ、なぜ守らないのですか」

その会話を聞いていた上司がいったん電話を切らせて私を会議室に呼んだ。「入山、いいか、秋田弁の『まんずまんず分かった』は『まんずまんず分かった』ではなく、『まんずまんず分かった』なのだ。アクセントが違うのだ。俺たち関東の人間はその言葉を『よーくわかった。後のことは俺たちに任せろ』と取る。しかし、工場の人間は『まあ、まあ、お前の言っていることは今わかった。別途考えておく』程度のものなのだ。決して前向きの回答ではない。何人の新人営業マンがその言葉に泣いたことか」と言われた。その時は上司が工場長にお願いして事なきを得たが、その後私は「日にちと時間」を聞くまでは帰らないしつこい営業マンとなった。

 秋田の人は1人の時はすごくいい人でほんわかするが、集団になると困ることが多い。市場で製品の不良が出、得意先と一緒に工場で会議を設けた。工場では「不良」という言葉は使わない「不具合」という。会議の途中どうも工場のミスでその不具合が発生したような空気が漂った。それまで標準語でやっていたのに急に事業部長が「これな○△%#・・・でな&$!@よって□▲◇」と喋り始め技術や品質保証の人間と話が10分くらい我々の前で行われたが、何の話かわからなかった。得意先の人も目をまんまるにするだけだった。

数年後にオランダのフィリップスの子会社の資材と話すことがあった。世界中のフィリップスの会社の資材が集まって国際会議が年2回開かれる。公用語は英語で行われるが、本社のミスでこうなったとある国の資材が発言したら、議事進行していた本社の人間がオランダ語で話し始めたという。何が起こったかオランダ人以外わからなかったという。私はすでに秋田で経験していた。

 

 コーチとして子供たちに教える場合、難しい言葉や曖昧な指示は混乱をもたらす。30分走をする際「歩く速度でいいが歩いてはいかん」と教えたことがある。ものの見事に子ども達は1周もしないうちに歩き出した。

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 第88回「猿の惑星」(2020年9月9日)

スポーツの話

職業柄ストップウオッチを押すことが多いが、短距離選手には「12秒という壁を意識して何度でもトライしろ。一度破ったら11秒6までは簡単に行き、次に11秒5の壁が待っている」と指導している。

1964年の東京オリンピックの頃、人類の100mの壁は“10秒0”であった。ゴリラのような筋肉質のボブ・ヘイズが挑戦したが、準決勝で追い風参考ながら9秒9を出し決勝での期待がかかった。しかし、金メダルは取ったが10秒は切れず、その後アメフトに転向した。人類が正式に10秒を切ったのは1968年6月20日全米選手権でハインズ、グリーン、スミスの3人が準決勝で同時に9秒9(手動計)を出したことによる。1960年に西ドイツのハリーが10秒0を出してから8年がかかった。

トップニュースとなり、人類の進歩(逆の意味で人類の壁)を意識させた日でもあった。今では日本人も含め何百人も10秒を切っている。

壁には人類という大きな壁と日本人、埼玉県、○○学校という壁がある。自己ベストという小さいが確実に意識できる壁もある。特に陸上競技の場合はタイムや距離や高さという自己記録が厳に存在するので意識しやすい。柔道やレスリングの場合運不運がある。吉田沙保里の時代にプレーした同期生は絶対に優勝できないのだ。沙保里という壁は破れなかった。その点陸上競技は努力が報われるスポーツだ。たとえ桐生祥秀と走ることになっても、「自己ベストという壁を破る」という目標がある。陸上選手は対人競技の選手と比べれば幸せだ。

 時間については、アイシュタインの「特殊相対性理論」における時間の概念に従った情景を見ることが多い。

特殊相対性理論では「運動する物体の時間は静止しているものに比べて進み方が遅くなる」としている。これは映画「猿の惑星」のアイデアに引用されたように「ロケットに乗った宇宙飛行士と地球とでは、時間は宇宙飛行士の方が遅くなる」という考えで、宇宙飛行士が6か月の飛行から帰ってきたら地球は700年も経って猿に支配されていたというストーリーとなった。

年寄はアクセクしないが、子ども達はいろいろなものに興味があり動き回る。だから「運動している物体(子ども)は静止しているもの(年寄)に比べて時間の進み方が遅くなる。よって、コロナの影響で短くなったといっても夏休みが長く感じる」のである。(*これについては第6回「ゾウとネズミ」に別の観点からも記載した)

時間は伸び縮みするということもアイシュタインは言っている。急いでいる時、電車に乗り遅れると次の電車が来る5分間が10分間のように長く感じられる。彼女を送る際あと5分後に電車が来るのに1分で来てしまったような気がする。「困ったことや苦しい時は楽しい時よりも時間の進み方は遅くなる」のである。

時間は気の持ちようである。先述したような100mにおいて12秒を壁とするか11秒5を壁とするかによっても違うと思う。11秒5を壁と考えれば11秒9は簡単だ。しかし、中学生に11秒0が壁だと言えば11秒2は簡単だというほど物事はたやすくない。壁(目標)を心理的に到達できないほどに高くすれば、12秒も切れずに中学生活が終ってしまう。

 

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第87回「時間かかったねぇ~」(2020年9月2日)

学童の話

学童は大人の世界の入り口のような気がする。子どもの世界と大人の世界の汽水域だ。子は親の映し鏡だと以前書いた(第46回「映し鏡」)が、大人の社会で使われる言葉使いや話し方をするのだ。また、その様子を見ていた1年生が上級生の真似をする。一人っ子で家から出ない子はずっと幼いのかもしれない。

 おやつを食べた後公園や学校に遊びに行く。列の前にはリーダーが立つ。リーダーが後ろを向いてはみ出している児童がいると「○○、列に戻って」との声を発する。ある時いつもリーダーに目をつけられてる△△はなんでもなくとも「△△」と言われる。名前を呼ばれたらアウトなのだ。△△の前に歩いていた児童が笑った。「△△、笑わないで」と指摘。後ろで見ていた私は「それは違う、濡れ衣だ」と訴えた。濡れ衣がわからないようなので説明したら「イリ、歩く時は口を開かない」と怒られた。帰りはリーダーが変更になるが、今度は前半のリーダーが後方から「△△」と指摘する。

というように言った者勝ちなので、名前を指摘することが自らを上位に位置づける方法なのだ。帰りの会でも「静かにするよ」「先生の方を向いて」という子が上位で、注意される子が下位に位置づけられる。年齢に関係ない。文字通り言った者勝ちだ。

 ある時子どもが私に問題を出した。「158+215」はいくつだという。

入山「うんと紙がないから太変だけど・・・」

児童「言い訳は止めようね」

入山「ちょっと待ってね。わかった、373」

児童「正解。でも、ずいぶん時間かかったねぇ~」

完全に上からの物言いいだ。

彼らの教師に対する見方は、マネージャーのS先生、ベテランのT先生、怖いI先生、そして私という順位づけである。何か許可がいる場合私より上位の教師に許しを請う。よって、私は下の下であるため教師として見ていない。

女の子が学校から帰ってくると汗びっしょりなので着替えをする。私を立たせカーテン代わりにして着替える。私を男としても見ていない。着替えがないと下着でいいかと聞くがどうみても色っぽい。女の先生に聞いてみる。案の定ダメだった。学童のTシャツを貸し出す。

 

女の子は髪の毛がうっとおしいのでゴムバンドでおさげにしてくれというが、女の子の髪を分けたことがない。二つに分けろと言うが髪の毛の目分量がわからないし、ゴムを二重にするのか三重にするのかがわからない。子どもにとって簡単なことと思われていた髪結びが私にはできない。「こりゃダメだ」がいつも聞かされる子どもの捨て台詞。学童での序列は当分変わらないようだ。

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第86回「夏模様」(2020年8月26日)

昔の話

コロナの影響で今年の夏はどこも盆踊りがない。盆踊りのない夏休みなんて、考えたこともない。

小学生の頃は自治会がしっかりしていた。毎年夏には自治会毎に順番に盆踊りが開催された。今は公園しかないが、昔は土地も余っており、盆踊りの開催場所に困ったことはなかった。

私の地元の盆踊りは足立区東和一丁目から始まり東和五丁目で終了する。毎週土日の2日間、雨天は順延だった。町内会ごとにお囃子と太鼓叩きがいた。祭りが近づくとどこかの家でお囃子の音が聞こえた。太鼓はうるさいので練習する場所がなく個人の経験に頼らざるを得なかった。そのため、一丁目から五丁目まで1人のおじさんが叩いていた。このおじさんの名前は知らないが、おじさんの太鼓は初めは踊りに合わせた静かなものだったが、休憩の際お酒を飲むと興に乗じて太鼓を乱打する。無法松の一生に出てくる「小倉祇園太鼓」の「暴れ打ち」が始まるともう舞台はおじさんのものとなった。皆がこのおじさんに集中し、踊りも放送も屋台もすべての音が止まった。夜空を見上げ、撥(バチ)を持った腕をまっすぐ伸ばして止め、しばしの間合いの後に叩く太鼓は、まるで広場の空気をすべて振動させたかのようだった。

 友達の岡部は盆踊りがうまかった。当時は東京音頭や炭坑節などが流行っていたが、彼はその他マイナーな踊りでも先頭に立つ。子どもだと馬鹿にしてはいけない。彼はすべての盆踊りを踊れるのだ。初心者は誰でも彼の動きを見ながら踊っていた。学校では目立たない存在で我々のパシリであったが、盆踊りでは大スターだった。真新しい着物を着て一丁目から五丁目まで踊りつくした。この時ばかりは彼には近づけなかった。

 私は他の友達と屋台巡りだった。昔は日立製作所亀有工場があり、日立の社宅の子ども達が多く50人クラスで6クラスあった。だから人出も多く、たかが盆踊りでも縁日なみの屋台が出た。お面や金魚すくいはどの盆踊りでもあったが、三丁目の盆踊りは「ひよこ売り」が出たのだ。ひよこ売りとは文字通り鶏のひよこを10円で売る商売だ。

ひよこ売りのおじさんには2度騙された。そこには通常の黄色いひよこの他に赤色や青色のひよこがいた。「これは珍しいひよこだよ」という。「これを下さい」と青色のひよこを選んだ。翌日暑かったので、ひよこが水飲み用のケースで水浴びをした。しばらくして、ひよこを出して拭いてあげると、拭いたタオルが青く染まった。

ひよこ売りのおじさんは「ぼうず、これ買って卵を産ませてお母さんを喜ばせてやれ」とも言っていた。しかし、ひよこは半年後「コケコッコー」と鳴き始めた。

 祭りが終わると翌日決まって子供たちの何人かは広場に行く。私もその一人だった。なぜ見に行くのかわからないが、柱や紅白の幕が片付けられるのを見ていた。一丁目の盆踊りの時はまだまだこの後も盆踊りはあると思っていたので何も感じなかったが、五丁目の時はもうこれで盆踊りも夏休みも終わりだと思うと言い知れぬ寂しさに襲われた。

 

ふとベンチを見ると、あの無法松のおじさんがいた。ビールの缶を片手に櫓(ヤグラ)が運び出されるのをじっと見ていた。豆腐屋がラッパを鳴らして通り過ぎた。帰ろうと広場を出たら、小走りに自宅に向かう岡部の後ろ姿があった。

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第85回「名前負け」(2020年8月19日)

営業の話

入山という名前は山に入るだから祖先は木こりか猟師だと思う。稲田は農夫、魚浜は漁師だったのだろう。名前にはそれなりの意味がある。

さて、私には営業をしていた時「名前負け」した男が2人いる。

1人は大王丸さんだ。

A社の営業部長だった彼は、得意先の協力会でも強烈なインパクトがあって得意先の担当者も名刺をもらったら絶対に忘れない。歌丸や金丸、五郎丸は有名だがこの人に比べたらインパクトがない。この名前を聞けば海賊の親分か山賊の大将か思い起こされ、少なくとも手下ではないはずだ。会ってみれば何か祖先の面影が出てくる人だった。同じ製品を競合していたが、彼が出てくると勝てない気がした。完全に名前負けした男だった。

2人目は高杉さんだ。

会社の上司だった高杉春正さんのことだ。私が逢った有名人の子孫はオリンピックで優勝した田島直人のお子さんが大学の先輩であったのが最初だったが、歴史上の人物の子孫としては初めての出会いであった。幕末の動乱期、長州藩の志士として活躍した高杉晋作の血を引く高杉家本家筋の14代目である。晋作の実名は「春風」で、高杉家では代々、長男の名前に「春」の字が付く習わしになっているそうだ。東京の祐天寺に大きな家を構えている。

かつてお父さんが長州(山口県)出身者の人間を書生として養っていた。

ある時B社の取引で電子部品の挿入機(5000万円)の商談があった。競合は3社である。ただこのB社は電々ファミリーのひとつで購入先はほぼ決まっていた。資料作り(比較検討用に)にうちの会社の製品を利用されていると思ったので上司の高杉さんと相談しB社に行ってもらった。比較だけに利用されるなら時間がもったいないので、入札に不参加することを高杉さんに提案したのだ。

選定責任者の製造部長のC氏と名刺交換すると、「高杉さん、祐天寺に住んでいる高杉さんですか」と聞いてきた。「はい・・・」「ぼん、私です。Cです。学生時代お父さんにお世話になったCです」そこから話が盛り上がり、最後は「私が応援します。このままだとあそこに決まってしまいます。いいですか、ぼん、私の言うように工場も対応するよう指示してください」と述べて別れた。その後週1で連絡があり、その都度改良して対応した。最後は価格だが高杉さんが工場を説得して競合を出し抜いた。こうして4500万円になってしまったが受注に成功した。機械に慣れると作業員は同じものを欲しがる。こうしてこの会社に私が担当の間、合計3台納入した。

高杉家が書生として同郷の人間の面倒を見たことと、春正さんの底抜けの明るさで受注できたビジネスに居合わせたのは営業冥利に尽きる。

 

「おもしろきなき世をおもしろくすみなすものは心なりけり」(晋作辞世の句)

 

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第84回「大奥巡り」(2020年8月12日)

昔の話

私の母校「足立区立東淵江小学校」の校歌は古関裕而の作曲である。朝の番組「エール」を見て、ふと思った。小学校か中学校か高校の校歌が確かこの人が作曲したのではないかなと思って調べたら、小学校校歌だった。校歌などはその学校を出てないと全く興味がないと思う。私などは今聞いても小学校の校歌なのか中学校の校歌なのかよく思い出せない。ただ、高校の校歌はわかる。学校体操というのがあって校歌に合わせて体操をした。これが高校1年生の体育の授業で実施され、評価の対象であったので今でも体が覚えている。

さて、その高校での話。

いたずら好きなのか目立ちたがりなのかよくわからないが、昔から人のやらないようなことをした。小学校以来「情緒不安定」の文字が高校卒業まで通信簿に記載されていた。小学校の時はなんと読むのかわからなかった。高校になってやっとわかった。しかし、その時はもう遅かった。

高校には誰が考えたのか誰も成功したことがない伝説の「大奥巡り」という度胸試しがあった。高校は1、2組が女子(就職組)、3、4組が大学進学文系、5、6組が大学進学理系というクラス分けであった。1クラス50人の大所帯。度胸試しとは「この1組または2組の教室を授業中1周してくる」という内容だ。前の扉から入り後ろの扉から出る。ゆっくりと歩き慌ててはいけない。過去挑戦してみた先輩の中には、扉を開けたはいいが足がすくんで動けなかったり、教壇付近で引き返してしまった人がいたようだ。数年前にある先輩が入室に成功したが数学のT先生だったので、入って10歩も行かないうち胸ぐらをつかまれぶん殴られて終わり、その後誰も挑戦しなくなった。今冷静に書いていると全くくだらない度胸試しだった。

4組にいた私はある時自習授業になって何のきっかけかこの伝説に挑戦することになった。成功したら皆が1人100円くれるという。全員が賛成した。4900円は当時の私にしては大金だった。

1組は体操の時間でいなかったので、2組で挑戦するしかなかった。前の扉をノックし先生に頭を下げ、ゆっくりと先生の前を歩き窓際の机の列を通り後ろの壁にたどり着き皆を見ながら後ろの扉まで来た。入る時は張りつめた空気だった。「な、なんなんだ、こいつは」との雰囲気が蔓延していた。T先生だったら入ったとたんまた殴られて終わったのだろうが、女のS先生(おばあさん先生)だったので、何をしようとしているのかわかってゆるしてくれたのだと思う。窓際の列を歩いていた時皆は気づいた。これが伝説の「大奥巡りだ」と。ざわざわし始めた。一礼して扉を開けて出た時、拍手が起こった。扉を閉めると急に足がガクガクした。

一部始終を見ていた立会人のMたちからの情報で成功したことがわかると、クラスの皆からお金が集まった。数えてみると6000円は超えていた。

 

大奥巡りの成功はひとえに寛大で慈母愛に満ちたおばあさん先生のおかげだ。今日8月12日はおばあさん先生の命日である。献花

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第83回「世にも奇妙な物語」(2020年8月5日)

スポーツの話

私には癖がないと豪語している人が、靴を履く時右足からいつも履いていることを本人は知らない。初耳の時に瞬きを激しくする人がいて、このことは知らないんだとわかってしまう。「無くて七癖あって四十八癖」とは、癖が無いように見える人でも何かしらの癖があるもので、癖があるといわれる人ならば、尚更多くの癖があるものだということである。

さて、当クラブにはいろいろな子が入ってくる。僕をもっと速くしてくれと言ってくるが、入会しなくとも“癖”をなくせば速くなる。これからご紹介するのは、本当はもっと速いのにサイドブレーキを引いて走っていた子どもたちの癖である。

 (1)窮屈なスタート

学校ではパンチスタートを教わったようだが、体が固い上、腕や脚の力が不足しているため彼には不向きなスタートだった。構えた時腕が真っ直ぐ伸びず(体を支えられないため)腰を高く上げた分足の出るのがかえって遅れていた。つんのめった走りでハイヒールを履いて走っている様なものだ。ミディアムスタートに変えてスムーズに出れるようになった。

(2)利き腕で字を書いていない

スタートの練習では「利き足で出なさい」と小学生に教えていた時、利き足をチェックする動作を中学2年生の男子がやってみたいというのでやらせてみた。なんと逆だった。この子は川口市の100mではトップクラスの選手だ。片岡鶴太郎じゃあるまいしわざと利き手でない方で絵や文字を書くべきではない。陸上では「器用」なスタートは要らない。選手に合った「綺麗」なスタートを旨とすべきである。

(3)地面を叩くような腕振り

腕振りができていないのは腕の振りを教えていないからだ。地面を叩くように拳を下ろし肘を引いて上にあげる。さすがに最近は100mではやらないがロング走では時々やる。かなり私に怒られるが言われるまで気づかない。

(4)幽霊走り

手の甲を上に向けて走る“うらめしや”の腕振りをする子がいる。保護者の間で「幽霊走り」と言われていると聞いて可哀想になり対策グッズをつくってみた。ポンチ絵を渡し製作はすべて妻がおこなった。これは腕に巻いた布が本人に見えたら幽霊走り、見えないように走れたら直っているから、時々自分でチェックしなさいと指示。これがうまくいったようで綺麗になった。今後このグッズなしで腕が振れたらいいのだが。もともと地力があり腕振りがきちんとできれば同学年の速い子と同じくらいになると思う。

このように当クラブに入会する児童・生徒の中には、摩訶不思議な癖がある者がいる。

 

 (「世にも奇妙な物語」のタモリの口調で)この事例を笑っているあなた、そういうあなたのお子さんにも妙な癖が・・・身に覚えがありませんか・・・(ガラモンソングの『テゥルルルルン テゥルルルルー』♪のピアノ曲が流れる)

タモリ.jpg慶悟スタート修正前後.jpgコウ腕振り修正前後.jpg

 

 第82回「エイトマン」(2020年7月29日)

学童の話

おやつはじゃんけんで教師に勝った者から3人ずつ取りにいくことになった。今日のじゃんけんは私が担当である。「始めはグー、じゃんけんぽん」で4人が私に勝った。その中でまたじゃんけんして2人が決まった。あと1人だったが3年生と1年生だったので3年生の女子に「K、お前先輩だから1年生に譲れ」と言った。文句が出たがバンビーニと同じ調子で聞く耳を持たなかった。「さあ次行くよ」と進めたものだから女の子のKは泣き出してしまった。

そばにいたおせっかいのYが「イリ、謝りなさいよ」と言ってきた。こんなことぐらいで泣くなと思ったが、仕方ないので「ごめんね、ごめんね、ごめんね~」と漫才のU字工事の益子の口調で言ったものだから、火に油を注いでしまい、Kは号泣してしまった。優先させた1年生までがKの味方となり非難。他の先生に助けを求めたが、自らの仕事に専念し背を向けてしまった。「自分でまいた種だから、自分で始末しなさい」という無言の答え。完全に四面楚歌。「どうしよう・・・」と思った瞬間、口と体が動いた。

「すみません、これからは1年生と言えどもひいきしません。平等に対応します。・・・お詫びに歌を唄います。先生の子どもの頃流行った歌で『エイトマン』と言います。・・・では、いきま~す。*( )内は振付動作。

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

光る海(右の手のひらを水平にしておでこに当てながら広田ひかるの方を見る)

光る大空(同様に大空こうきを見る)

光る大地(同様にあきやま大地を見る)

行こう無限の地平線(遠くを指さし、左手を添えた後両手を外に広げ地平線を示す)

走るエイトマン(膝を高く上げその場モモ上げ)弾よりも速く(右手親指と人差し指で楕円をつくり弾を連想させ、前から後ろに流す。相対的に自分が弾より速いことを示す)

叫べ胸を張れ鋼鉄の胸を(右手を広げて口元へ。胸を張り、ゴリラのように胸を叩く) 

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイトマーン(両腕で輪を描き足は揃えてО脚にし全体で8を表す」

 途中から子どもが笑い始め、8の字を作る子、広田ひかるを見る者が出たりして大盛り上がり、ついにはKが机から顔を上げニコッとした。おやつがすべてに行きわたり「いただきます」の挨拶が終ると、Kから手でおいでおいでされ、行くといい子いい子され、おやつを分けてもらった。どっちが子どもかわからない。

 ここの児童3人の名前が歌詞につながっているのを心のどこかで引っかかっていたのだと思う。そうでないとエイトマンの歌は出てこない。私にとってエイトマンは宴会芸のひとつだった。ずいぶん久しぶりに唄い踊ったが不思議と体が覚えていたようだ。エイトマン、ありがとう!「やっぱり、君は正義の味方です」

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第81回「オリエント急行殺人事件」(2020年7月23日)

営業の話

30年ほど前、東京駅八重洲口の工事現場で人だかりがしていた。ふと覗いてみると将棋を指すお兄さんからハイと将棋駒を渡された。早指しの将棋だという。いや、将棋はそんなにうまくないので皆がやるのを見てからと言ったが、皆がやってみろと囃し立てた。本日はサービスだからとお兄さんが言ったので、それならとやってみた。

早指しはある局面から開始して持ち時間は2秒位で進める。3秒になると考えちゃいかんといって無理やり駒を進めさせられ1分間持たなかったように感じた。終わったので帰ろうとしたら「はい、本日は10駒で詰んだから1駒3,000円合計30,000円、通常15駒なので5駒少なかったから加算料金1駒5,000円でプラス25,000円、将棋連盟の指導料として1回30,000円、将棋駒の使用料20,000円、合計105,000円頂きます」「え、さっきサービスだって言ったじゃないですか」「だから通常の半分の値段にしてあげたんだ」「いや、サービスというのは無料だと思いますよね、そういってましたよね」と隣のお兄さんに助けを求めたら、対面のおじさんが「払えよ、見苦しいぞ」という。そのうち皆が「払えよ」の大合唱。私の後ろに若い衆が移動し逃げられないようにしていた。ここで気づいた。10人くらいの観客全員がグルだと。まるで映画のようだった。だが、もう遅い。仕方なく財布を出した。たまたま今日は給料日だったので財布に30,000円入れてあった。カード類はテレホンカードしかなかった。お金をすべて取り上げられて解放された。

現場から20m先に公衆電話があった。慌てずゆっくり歩いて電話ボックスに行き110番しようとして振り向いたらもう人っ子1人いない。どう逃げたか見届ければよかった。

 くやしいので中央警察署に行った。足取りは重くまるで奴隷が船に乗せられるようだった。「遅くまでお客と商談してたのに。なんで俺がこんな目にあうんだ。30,000円もあれば家族と旅行できたのに・・・なんとツイテない男なんだ俺は。日本で一番不幸な男だ」と心の中で繰り返し繰り返し後悔していた。警察署は20時を過ぎたせいか当直の刑事しかいなかった。背広を脱いでいたので、拳銃の入ったショルダーホルスターが印象的だった。調書は仕方なしに書いている感が強く誠意ある態度ではなかった。

「いや、旦那さん、あいつらは地域で3か所くらいやると逃げちゃうんだよ。真剣師(賭け将棋をして生計を立ててる者)はその都度変わるから特定できない。しかも、早指しと言っても絶対に勝てない局面図になっていない。大山名人が相手だったら真剣師が負けるかもしれない局面図になっているので、詐欺にもならない。お金がないと腹いせで殴ってくるがその時暴行罪として現行犯で逮捕するしかない。無料だとは言ってなかったでしょう、サービスするとは言ったと反論する。頭のいい奴らだ。警察官が最初から立ち会うなど特別なことがないかぎり立件は難しい」事実その後中央警察からの連絡はなかった。

 帰ろうとしたとき真っ青な顔して入ってきた者がいた。私より若かった。「い、今、将棋をしてお金をとられました」刑事「いくらですか」若者「10万円です」

 

 警察を出た時、何か幸せな気分になっていた。「俺より損をした奴がいる。俺は30,000円で済んだ。なんとツイテいるんだろう」繰り返し繰り返しつぶき、会社に戻る足が勝手にスキップした。

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 第80回「金魚」(2020年7月16日)

昔の話

子どもの頃東京の足立区に住んでいた。海抜0m地帯だ。よく中川や綾瀬川が氾濫した。家には雨戸がないので、台風が近づくと親父は板を窓枠に打った。その槌音が子供心にもこれから台風が来るのだと身構えさせた。台風が来ると昔はよく停電したものだった。その頃の人たちは心得ており、ろうそく台にろうそくを置いてそれを待った。電気が切れて真っ暗になった瞬間、マッチの火でろうそくに点火すると言い知れぬ神秘さがあった。子どもは電気が来なければ寝るしかないが、大人は寝るには早い。しかし、やることが限られるからだろうか親父が包丁を研ぎ始めた。薄目で見ていると親父やお袋の顔がろうそくの火でゆらゆらと揺れている。お袋が山姥となり私を生贄とする儀式が始まるかのようだった。布団を慌てて被って寝た。夜中トイレで起きると、風の音が強くなっていてワクワクした。いま風が強いと言うことは明日の朝は台風が去るということだ、そうすれば・・私はどうやって遊ぶかを考えていた。

待望の筏(いかだ)を使う事だった。近くにはため池があり親父が以前小さい丸太を5,6本鉄線でくくりつけ筏を作ってくれた。ただ、この池は浅くすぐ池底について動けなくなるので、これまで開店休業であった。この台風で床下浸水となった。水かさが増し筏を動かせる。隣の家の清吉と50m先の一男を呼んで筏に乗った。深い所でこけたら泳げたかと言えば無理だったろうが、こけるなど考えたこともない。リスク管理などまったくできない年齢だ。長い棒で池底を押して動かすとロビンソン・クルーソーになった気がした。

別の台風の時、東京を過ぎ去ったのを見て親父が朝早く自転車で出かけた。それから1時間して親父が慌てて帰って来た。「政夫!起きろ!母ちゃんはバケツをできるかぎり用意して」との声。自転車のハンドルにバケツ2個、荷台に1個乗せて親父に連れられて綾瀬川に向かう。なぜ行くかわからないが、親父が行くぞといえばついて行くしかない。着いてみると綾瀬川は氾濫していて、そばにあった金魚の養魚所から金魚が逃げていた。池なのか田んぼなのか見分けがつかなかったが、魚がピチャピチャ跳ねているのがわかった。持ってきたタモですくうと20匹以上出目金が、他を探ると琉金が10匹、ランチュウが5匹ほどすくえた。普通の金魚は捨てても十分バケツは一杯になった。親父と合わせて6個のバケツが一杯となったので帰宅する。養魚場のおじさんが見ていた気がする。でもタモを持っていたのは我々だけではない。何十人の人間がいたのでどうしようもなかったと思う。泥水では金魚は死んでしまうので家ではタライに水を入れてそこに金魚を入れた。金魚でタライは一杯だった。両手ですくうとたくさんの金魚がこぼれ落ちた。一生に1回だけの経験だった。だから金魚を見るとこの日のことが浮かんでくる。

しかし、翌朝水道水の塩素のせいで金魚は全滅した。そして養魚場のおじさんも死んだ。自殺だったと風の便りで知った。ろうそくの火.jpeg金魚.jpg

 

第79回「ああ、勘違い」(2020年7月9日)

学童の話

歳を取ると耳が悪くなる。冷めた珈琲を電子レンジに入れてTVを見ていると、温まったことを知らせる「チーン」が聞こえない。妻に何度も怒られる。外の雨音も聞こえない。学童に行くときに「雨大丈夫かな?」と聞いて呆れられる。最近スーパーのレジで支払う際従業員の言葉がマスク越しのため言っていることがわからない。面倒くさいのでうなづくしかなく、折角袋をもっているのにレジ袋を買わされてしまう。

 さて、私にとって周波数が高くその上ぼそぼそと話す子どものいうことを聞き分けるのは至難の業だ。時々勘違いして思わず笑ってしまったり、笑われてしまうことがある。

 ある時、私がいつもと違ってジャケットを着て学童に行った時がある。午前中バンビーニ陸上クラブの商談に行っていたからだ。その時初めてジャケット姿を見た児童Aが「イリ、浮気してきたの?」と言う。「何?突然。私には怖い奥さんいるから浮気などしないよ」児童A「何言ってんの?僕は『上着着てきたの?』と言ったのだよ」入山「・・・・」

ある時、児童Bが女子Cのいたずらに堪忍袋の緒が切れたようで、喧嘩になりそうだったから仲裁に入った。児童B「Cにはムラムラするんだよね」入山「えっ、まだそんな気になるのは早いよ」児童B「前からそう思っていたのだが、生意気なのだ、女子のくせに。僕はCのいたずらに腹が立ってしょうがないのだ」ここで気がついた。入山「もしかしてそれを言うならムカムカしたと言うのだよ。ムラムラだと違う意味になる」児童B「・・・・」

 ある時、コロナで学校が休みの際、午後に児童Dが学童に入るなり「フラフラしてきたよ」と言う。「こりゃ大変だ。気分はどうだ?体温は?脈拍も計らないと。池田先生アイスノンを用意してください」児童D「何言ってんの?イリが午前中どうしてたというから何もすることがなく公園で遊んでいたので、フラフラしてきたと言っただけじゃない」入山「ばかやろう、それを言うならブラブラしてきたと言うのだ。心配掛けやがって・・・」児童D「・・・・」

 ある時、お母さんが迎えに来たら、家族でご飯を食べに行くと言うので、入山「児童E、今日はどこに行くの?」と聞いたら、児童E「これからサンマ食う」入山「ほう、しぶいね。苦いけどワタがうまいんだよね」児童E「苦いって?」入山「サンマ食べに行くんだろう?」児童E「何言ってんの。サンマルクに行くんだよ」入山「・・・・」

お後がよろしいようで。

 

 

浮気と上着.jpgムラムラとサンマ食う.jpg

 

第78回「オルガナイザー」(2020年7月2日)

スポーツの話

高校の生物の教科書には、イモリやカエルの胚の実験から形成体という部位はその周囲の胚域に働きかけ器官の分化を誘導する、と教えている。Aのイモリの形成体をBのイモリに移植するとBのイモリの部位にAの器官(心臓や胃など)ができるため、器官は形成体によってコントロールされることがわかっている。

私にはここ8年間の小学生指導で感じ始め今では確信に変わった理論がある。

倫理上人間の身体の器官を司る形成体は操作できないが、能力(一定の課題を成し遂げることのできる力)は人為的に促進、強化、できると思っている。

身体の筋肉は誰もが生まれた時に持っている。しかし200kgのバーベルを持ち上げることは訓練をしなければできない。マラソンも2時間を切って走ることは普通の人間にはできないが、特殊訓練をすれば可能にするところまで人類はレベルアップしている。

こういうことから人間は通常生きるための生物的器官は生物的形成体のよってできあがるが、能力を高めるのは別の形成体として身体のどこかに存在している。この形成体をオルガナイザーと呼ぶことにする。

ここで能力とは運動能力だけではなく知能や芸術的才能、気配りなど「察する」能力も含む。このオルガナイザーは外的要因でスイッチが入るのであり、本能的に活発化するものではない。このオルガナイザーを刺激することによって通常の人間の能力の数百倍数千倍を持ち合わせることができる。

オルガナイザーと才能の組み合わせは多種多様だ。もしかすると才能のオルガナイザーはひとつでなくそれぞれに分かれた多数となって体の中に存在するのかもしれない。私が児童のオルガナイザーに刺激するのは陸上競技だが、もしかするとサッカーやラクビーのコーチの指導にあえばそのオルガナイザーが作動するのかもしれない。もっと飛躍した見方をするとその子が伸びるのは運動能力ではなく芸術面なのかもしれない。NHKの朝の番組の「エール」では蓄音機から流れた「威風堂々」の行進曲が主人公の作曲的能力を刺激したのを思い出した。

ただ、このオルガナイザーは目をつぶってしまうこと多々ある。スーパー1年生として期待していた児童が3年生になって普通の子になってしまったことは反省の余地がある。塾やコロナなど他の要因で走ることに興味がなくなったのかもしれない。また苦しいことから逃れる知恵がついたのかもしれない。

目をつぶるくらいならもっと大きな刺激を与えて目を覚ませればいいが、オルガナイザーには賞味期限があるようだ。小学生の頃は絵がうまくどのコンクールでも入賞していた私は、中学に入って陸上部になってからは絵と疎遠になり、今では学童の児童に笑われるくらい下手くそだ。

 

オルガナイザーはどの子どもでもある。どのオルガナイザーがあるのかをチェックすればいいのだが、お金も時間もない中、自分にあったオルガナイザーを見つけられる運のいい子が天才になるのだと思う。もしかするとオルガナイザーの上に「運」というウルトラオルガナイザーが存在するのかもしれない

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第77回「禁じられた遊び」(2020年6月25日)

昔の話

私が小学生の頃(昭和30年代後半)「三度ぶつけ」という遊びがあった。ドッヂボールのコートがない遊びで、どこまで追いかけてもいいのだ。3回ぶつけられたらゲーム終了で、当てられた子は「死刑」で壁に後ろ向きに立たされ皆に1回ずつぶつけられる。2度当てられると死刑になりたくないので、一番弱い子を選んでその子を狙い3度当てて逃れる。今思うとちょっといじめに近いが、皆はいじめている、いじめられていると思っていない。戦略の一環だからだ。校庭を逃げ惑う子が多いが、運動神経のいい子は下がりながらボールをとって逆に追いかけてくる。そのため後ろは見ずにボールに相対して下がるからスピードも出ている。

不幸は突然襲ってくる。当時はバレーボールのネットの支柱が4本~6本くらい校庭内に立っていた。材質は木なのだが運悪く角にあたってしまい。頭がパクリと割けて大量の出血、救急車で運ばれた。それ以降「三度ぶつけ」は禁止となった。

 2B弾が流行った時代でもあった。2B弾はマッチでこすって煙が出ると約10秒後に爆発する。武器で言えば手りゅう弾のようなものだ。しかも威力もそこそこあり小さな蛙ならバラバラになってしまう。ある時度胸試しに2B弾をギリギリどこまで持てるかという遊びをした。マッチですったあと手に持ち9秒で投げられれば英雄だった。私などは臆病だったから8秒くらいで投げていたと思う。須賀という男の子は自分を紹介する時「須賀でガス」というので皆のマスコットだった。勉強は苦ってだったが度胸はあった。夏、私の嫌いな蛇を首に巻いて涼をとっていた男だ。その男が度胸試しでも本領を発揮し、9秒0を出していた。正確な時間はわからないが投げた後爆発まで1秒くらいなので9秒0としていた。

彼が9秒5に挑戦するといって2B弾を持ち、まさにそれを投げようと耳元に右手が来た瞬間2B弾が爆発した。その時運悪く須賀は2B弾を至近距離で見てしまった。そのため右目が失明してしまった。見なければ耳がキーンとしただけだったろう。学校はそれ以降2B弾を禁止した。

 当時子供たちは大人は何でも禁止すると嘆いたものだが、今思うと「何か起こったら禁止だがそれまでは自由」の雰囲気の時代だった。「何でも禁止、何か要求があったら検討する」ような現代の空気とは大きな違いだ。教育方針の違いだからどちらがいいかはわからないが、菊地寛の「無事是名馬(ぶじこれめいば)」の考えでは明日の風雲児は生まれないような気がする風雲児は生まれないような気がする。

 

第76回「本能児の騙」(2020年6月18日)

スポーツの話

以前にもお話しした(第24回「女はいつだってアクトレス」(2019年6月25日))ように、女性は有事の際も20%の力を温存している。それはお腹の中に赤ちゃんがいた場合その子を守らなければならないからだ。精根尽き果てても後50m行けば避難所にたどり着ける、10m走れば野犬から逃れられるとわかった場合、あれほど立てないと言った状態から突如立ちあがて逃げる。これは女性特有の本能である。子どもは男女問わず苦しさや困難さから逃げる本能がある。中学生以上の男子は戦う本能からそれこそ99%全力を尽くしてしまう。陸上競技の800mに見られるケツワレは男子に多く見られる現象である。

小学生や女子選手の練習のポイントはいかに余力を残さず力を100%出せるか、なのである。正確に言えば100%は無理なので90%に目標を置いている。

今回は小学生における90%発出方法を紹介する。

子ども達に練習メニューを見せると必ず規定タイムより遅くなる。インターバルの本数や種類を知るとそれに合わせて力をセーブする傾向にある。練習時間をつつがなく過ごすためにはどう力を配分すればいいかを心得ている。

練習が始まると「今日は長いのはやめよう」「スピード練習がしたい」と練習内容をまず否定する。やめる気がないことがわかると「10本はやめよう」「7本なら何とかできる」と条件闘争に持ち込む。「まずはやってみよう」と走らせると「足が痛い」「お腹が痛い」「気持ち悪い」「頭が痛い」と体調不良を言い出す。「気のせいだ」と続けると「トイレ」という印籠を出す。少なくともこれで1本は休める。2,3回言えないのは子供なりにもわかっている。最後は「コーチ、もう時間無いよ」と競技場に申請した練習時間を持ち出す。

あいにく耳が遠いのでその他の苦情は聞こえない。聞こうとしないから余計に聞こえないのでもある。ここまでは反乱ではなく、主張して少しでも楽になればいいか程度のデモだ。私にとっては適温であり、心地よい。

だから練習の内容は教えないようにしている。実は規定タイムもサボることを予想して高く設定してある。

かけっこ教室は、手を抜く“本能”をもった“児童”を“騙し”ながら練習をさせることがポイントである。私はこの方法を「本能児の騙」と呼んでいる。小学生の100m走.jpg本能寺の変.jpg

 

第75回「ランドセルと体温計」(2020年6月11日)

学童の話

新型コロナの影響で、1年生にとって登校した日は2ケタいくかいかないかの状況である。その中で急にこの暑さだ。通常は4月から涼しい時期にランドセルの重さに慣れ、徐々に暑さに対応していくのだが、入学と同時に30℃の暑さとランドセルの重さと闘うことになったので、1年生にとっては大変な状態なのだ。分散登校で2組にわかれて登室してくる1年生は汗だくだくだ。髪の毛がお風呂上がりのようでかつ顔が赤い子が多い。学校から登室するまでの距離は10分くらいかかる。学校の登校エリアの最南端にあたるところがこの学童なのである。この距離は年寄の散歩には快適な距離だが、ランドセルと宿題や副教材の入った袋を持って歩く1年生にとっては行軍のようなものである。

着替えをさせてからうがい手洗いをして検温である。着替えも男の子の1人はパンツまで替えるのだが皆の前で平気で脱ぐので困る。多くの子はそこまでしないのだが、この子はまだ廉恥心は芽生えていない。トイレで着替えさせるよう教育していくうちに恥ずかしさの感情が生まれるのであろうか。といっても昔の子はこの子のような子供が多かった。私は小5の時小学校の担任の家(我孫子市)に数人の友達と遊びに行った。手賀沼がまだ綺麗だったころだからパンツを脱いで泳いだ。友人2人も泳いだ。女の子たちはさすがに見ているだけだったが、先生たちがいなかったら脱いだと思う。昔はそんなおおらかな子どもが多かった。

コロナが流行り、より心配性や潔癖症な子が多くなった。検温をする際、子ども達は体温計の数字をじっと見ている。中には36.9℃になると取ってしまう子がいる。37℃になると要注意、37.5℃だと帰宅させられるからだ。ハラハラドキドキなのだろう。3つある体温計の中でAは低め、Bは高め、Cはほぼ正しい値が出る傾向にあるが、子ども達は経験上Aを選ぶ。平熱が低い子は速く値が出るBを選ぶ。Cは正しいが、値が出るのに5分くらいかかるので嫌われている。我々も杓子定規には子ども達を扱ってはいない。37℃の子には体温計を替えて2回計るし、2回目の間のインターバルは10分以上置いている。

陸上教室には体温計を1日中離さず1日100回も自分で計っている子がいるという。その子はスタート練習でフライングすることが多い。今までせっかちかと思っていた。どうも心配性で遅れたらどうしようということでフライングになってしまうようだ。今からその性格を徐々に変えていかないと受験の時に困る。試験の前日、心配で眠れなくなってしまう。徹夜明けの状態で受験に臨んでも結果は予想できてしまう。スタートは私が治せても性格は治せない。これから新型コロナのせいで神経質な子が多くなるだろう。ズボラな性格がいいとは言わないが、精神的に弱いと社会に出た時に困る。

 

勤務を終え学童を出る時「イリ、バイバイ」と玄関まで送りに来た子どもに「ありがとう、また明日」と言ってその子と握手をした。ドアを開け振り向くとその子が右手をズボンで静かに拭いていた。

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 第74回「ゴルフ接待」(2020年6月4日)

営業の話

昔、ゴルフの接待をした。

ゴルフの接待は決して悪いことではない。コストパーフォーマンスから言うと、寿司―クラブ―タクシーのコースと比較すれば安く済む。また、お客との付き合う時間は夜の部が3時間とすればゴルフは少なくとも6時間は一緒である。必ずスコアを書く時に「入山、パーです」と言うので、名前を覚えてもらえる。その後得意先に行った際、一緒に回った得意先の事業部長や資材部長から声をかけられる、担当に注目される、といった具合に営業にとっては有利に展開するのである。

そのゴルフ接待にまつわるお話を2点ほど。

(1)思わず「足が出た」困った瞬間

1.部下の行為

ゴルフはボールが当たった時のショック緩和のため全員が帽子をかぶる。ゴルフでは風が吹くことがある。ある時風が吹きお客の帽子が飛んだ。私の部下は追いかけたが帽子は転々と転がる。風が弱くなったので取れると思った瞬間また風が強くなった。思わず部下は足を出し帽子を踏んでそれ以上転がることを防いだ。

残る3人はこれを見ていた。「馬鹿!」と心の中で叫んでしまった。いくら池に入る可能性があったのでやむを得ない行為だと思うが、「お客の帽子を見ている前で踏むな」池に入った方がましだった。クラブハウスに戻ってお客に帽子を買って詫びた。でも彼には直接叱らなかった。一連のお客に対する対応に同席させて暗に注意した。

2.見てはならないもの

お客のボールががけ下に転がった。崖下から打ったボールがどこにいくか見る為フェアウエイにいるがなかなか戻ってこない。おかしいなと思って見に行った。すると私が覗いた時、ボールが上がらずまた転がって行った。ボールが今打ったところより転がり、OBゾーンにいってしまう瞬間だった。お客は思わず足を出しボールを止めた。「こりゃ、まずい。もう何回打ったのだろうか」と見ないことにしてフェアに体を戻した。「○○さん、ここはローカルルールで無罰でラフに戻せるそうですよ」と嘘を言って崖下から上がってもらった。

(2)接待慣れ

1.ゴルフ接待が多いお客

8時集合なのに7時に来て朝からお酒を飲んでいた。昔はラウンドすれば帰りにはアルコールが抜けると考えていたのだろう、ゴルフ場にある一番高いお酒を飲んでいた。すべて費用はこちらもちだ。この人たちはスコア90で回る人たちなので練習もしない。ただただ接待されることを楽しんでいる。

2.せこいお客

清算する時ちょっと高いなと思って明細を見るとお客の1人がシャツとボール6個(1個800円)を買っている。我々が払うものと考えての確信犯だ。

3.ゴルフを要求するお客

「天気いいね」、「入山さん、やってる?」これで察しないと、「●●部長元気、この間2打差で負けたからね」それでも相手にしないと「ライバルの□□会社からゴルフ、ゴルフて言われてね。でも僕は入山さんたちと回るのが楽しいなぁ」となってくる。

新型コロナウイルスで夜の接待がなくなればゴルフしかないと思うが、石田純一がゴルフで感染したという。今の営業は辛い所がある。私の理想は子ども達にゴルフ場で走らせることだ。アップダウンが大きく、しかも走るところは芝生の上で膝に対する負担が少ない。かつて1500m世界記録保持者ジム・ライアンが練習していたのがゴルフ場だった。この人の練習方法がバンビーニの長距離練習の基礎となっている。

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 第73回「用心棒」(2020年5月28日)

昔の話

男らしさとは何か、仕事とは何か、ということを考えると、昔の男は偉かった。

子どもの頃、親父から終戦後の話を聞かされるとき必ず出てきたのが「用心棒」の話だった。

終戦後の米兵は「ギブミーチョコレート」の世界だったから日本人をなめてかかかったフシがあり、一部無銭飲食する輩がいた。たらふく食べて英語でまくしたてて帰ってしまう。体が大きいのでおおくは泣き寝入りになってしまう。そこで一部の商店は用心棒を雇った。その手の輩が現れると控えの場所にいる男に連絡する。通常の日本人だし終戦直後の栄養不足から身体の大きさは大人と小学生ほどの差がある。しかし、この男はひるまない。親指と人差し指をあわせて丸にして示し、「マネー、マネー」と請求する。それでも行こうとすると軍服を引っ張って殴りかかる。米兵は笑いながら殴り返す。大きな拳にはひとたまりもなく飛ばされる。しかしこの男はひるまない。相手は大きいので顔をなぐるには跳びかからないと届かない。その間上から殴られる。しかし、顔が倍以上に腫れてもこの男はひるまない。殴られている間も「マネー、マネー」と親指と人差し指の丸のサインを出している。ついに米兵も根負けして払った。特攻崩れの元軍人だったというこの男は社会情勢が落ち着くと出番はなくなった。これが親父が目にした「すごい男」の1人だ。

翻って私。親父の話に比べるとスケールは小さいが、昭和40年代大学生になって初めて行ったストリップ小屋の「見張り役」の男衆についてである。

携帯電話がない時代、男衆は必ず2人以上小屋の前に待機している。小屋に近づくと鋭い眼で見るが、お客と判断すると愛想笑いをして中に案内する。万一あやしい動き(集団で来る、陰に隠れる者がいる)があれば、立ち上がって警戒する。その姿はミーアキャットに似ている。もし警察なら1人が小屋の中に駆け込み危険を知らせ、残された男は警察の突入を体を張って止めるのである。止める男は1分間頑張ればいい。それ以上の時間は必要ない。その訳はこうだ。

公然わいせつ罪の構成要件(罪が成立するための条件)は実行行為だ。踊り子が全裸になった瞬間成立するが、逆に全裸になっている現場を警察に押さえられなければ実行行為がなかったことになる(実際はお客の証言でもいいのだが、賭博と違って見ているお客は罪に問われないので、通常は好きな踊り子が捕まってしまうような証言しない)。だから警官がスットリップ小屋に入るのを阻止し、踊り子が服を着てしまえば公然わいせつ罪は成立しない。よって踊り子は罪をまぬがれるということになる。

警察に踏み込まれた場合、「公然わいせつ罪」は6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金で済むが、「公務執行妨害罪」は3年以下の懲役または禁錮もしくは50万円以下の罰金となる。踊り子は罰せられない逃げ道があるが、男衆は警官が中に入るのを邪魔した瞬間公務執行妨害罪が成立してしまう。逃げ道はない。警察が来たことを踊り子に知らせた男も、“公然わいせつの捜査”という「公務」を妨害したことで同罪となる。踊り子の無事と引き換えに、確実に逮捕され3年も刑務所に入る割が合わない仕事なのだ。

2つに共通しているのは「体を張って他人を守るビジネス」ということだ。

私はたくさんの子ども達と接する仕事(陸上クラブ、学童)をしている。そのため、子ども達の誰か1人でもコロナにかかれば高齢者の私は死ぬことになる(子供たちは平気だろうが)。コロナのせいで、最近命をかけて仕事をしている様な気がする。しかし、昔の用心棒たちのレベルにはまだまだ遠いのだ。

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第72回「夢をあきらめないで」(2020年5月21日)

スポーツの話

小6や中3の子ども達へ

小6や中3の児童・生徒のモチベーションを維持するのは難しいかもしれません。もう出られる大会がほとんど期待できないからです。最高学年になってトップになることが当クラブの計画でもありました。年初は新型コロナウイルスのために大会が中止になるなんて誰も考えもしませんでした。

しかし、君たちの人生がこれで終わりになるわけではないのです。来年中学生、高校生の生活が待っています。だが、ここで練習をやめたらすぐには通用しないレベルまで下がってしまいます。中学生や高校生になって入ってくる初心者の子どもと変わりありません。ただ、彼らは希望を持って陸上を始めるわけですから、やっと練習を再開する子どもらとの差が必ず1年後に出てしまいます。練習を明るくとらえる子と暗く考えてしまう子とでは伸び方が違います。小学生で優れていても現実はそう甘くはないのです。

1年間大会に出られなくても、長い目で見れば無念ではありません。あの織田信長の無念を考えたらたいしことではありません。あと少しで天下をとれたのに明智光秀の裏切でそれができなくなると観念した時の無念さです。その時潔く死ねるのだろうか、光秀に首を渡すなと森蘭丸に下知し火を放した潔さはすごいとしか言えません。私なら女装して逃げたか、襲ってきた兵士に対して皆に金10両をやるから助けろとか見苦しい態度をしたと思います。だってあとわずかで天下をとれるのですから、生きることに執着したと思います。

夢は実現可能性がゼロにならない限り挑戦してみるべきです。外交官試験を受けようとする30歳の学生や身長が165cmにならないで止まってしまったお相撲さん志望の子どもなどを除いては・・・

陸上競技では中学生がオリンピックで優勝することはありません。水泳のような浮力もないし野球のように魔球もないからです(第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」を参照)。ただひたすら人類100万年の遺伝子をもって重力と闘う競技ですから、成熟した人間でないと記録は出ないのです。多くの種目のピークは20歳台なのです。今まで生きてきた分の年数を重ねなければ金メダルは狙えないのです。たった1年間ではありませんか。今はただただ我慢です。

君たちは知らないだろうが、岡村孝子の「夢をあきらめないで」の曲の一節に

「・・・あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 負けないように悔やまぬように あなたらしく輝いてね」があります。

献詞

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第71回「カラオケ」(2020年5月13日)

営業の話

現在のカラオケは通信を使ったもので、いつでも最新の曲とどんな古い曲でも選曲できるが、昔は歌を唄うのは非常に不自由なものだった。昭和50年代カラオケがあるクラブは少なく、歌を唄う時は専属のギターの先生がいた。酔うと唄うのは演歌が多いのでピアノよりギターの先生が多かった。ところが専属の先生はいつもその店にいるわけではなく、30分もすると他の店に行ってしまう。1曲いくらの世界だったのだろう。客の少ない店に長居は無用だ。1時間もするとまた戻ってくるが・・・

唄いたい時に唄えない不便さはあるが、カラオケと違って唄っているお客のレベルでキーやテンポを調整してくれるので下手な人間には便利だった。

私は無類の音痴のため歌は苦手なのだが、営業上仕方ないと観念していた。だから決まって高低差が狭いフランク永井と石原裕次郎の歌しか唄わない。唄わないと言えば聞こえはいいが、唄えないと言った方が正しい。松山千春や平井堅のような高い音は不思議に夢の中でも出ないのだ。小田和正の夢も見るがあの澄んだ声は発声することすらできない。夢の中だけでいいからいつか彼らと同じように唄いたい。

カラオケが8トラックからレーザーディスクになった頃、工場にお客を連れて行き食事の後2次会でクラブに行った。舞台に上がって上司がシナトラのマイウエイを唄い始めたら、すでにここに来ていた事業部長が見つけて「おい、K君それは俺の持ち歌だ」といってマイクを取り上げて唄い始めた。頭をかきかき戻ってきた上司。昔は我儘な事業部長が多かった。

すぐ司会者になる先輩がいた。社員の女の子をつれてクラブに行くとヨイショも兼ねてホステスが女の子にマイクを向ける。初めは断っていてもアルコールが増えると唄いだす。するとここで先輩が出てくる。歌が始まる前に「では次の曲は渡辺真知子のヒット曲『迷い道』・・(前奏始まる)・・・曲がり角ひとつ間違えることによって迷い道にはいりこむのが人生です。彼女はどこで間違えてうちの会社に入ったのでしょう。唄うは○○会社のマドンナ□□です・・(□□唄い出す)」これを得意とする。いつも連れて行ってもらうのはありがたいが、女の子を誘うのはいつも私の役目。最後は皆に嫌われた。

その先輩のもうひとつの得技は「そんな夕子に惚れました」という相撲の増位山の歌。

「・・・・そんな夕子に惚れました」で終わるのだが、夕子という歌詞を連れてきた女の子の名前に置き換えるのである。「・・・・・そんな□□に惚れました」となる。女の子がどう思おうが、女の子にウインクして自分は大満足で終わり、皆のタクシーを呼んでくれたのである。

新型コロナ対策と思って「コロナビール」(*)を毎日飲みながら、昔をなつかしんでいる今日この頃である。

 

*)コロナビールはメキシコのビールだが、子どもの頃親父の目を盗んで飲んだあの苦いビールの味がする。なつかしい。3月までは金麦だったが、緊急事態宣言が出てから倍以上するコロナビールに替えた。再延長でさらに出費がかさむ。

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第70回「子どもの目線」(2020年5月6日)

学童の話

4月第2週にイースターの遊びを行った。エッグハント(タマゴ探し)である。「子どもが隠すから先生は別の部屋に行って」ともう一つの部屋に追いやられる。5分位して「もういいよ」と声をかけてくる。学童なので隠すところがあると言えばあるし、ないと言えばない。なかなか難しいのだが、隠した場所に近くなると子どもの目が泳ぎ始め、違うとところを探していると安心したのか笑いながら隠している場所をチラチラ見始める。だから、見つける確率が高くなる。麻雀でテンパイタバコという言葉がある。テンパイすなわち上がる一歩手前になると安心感からか煙草を吸う上司がいて、その人が煙草を吸ったら気をつけろが合言葉になった。だから、その人はいつも負ける。上司の子どもの頃はここの学童の子どもと同じ行動をしたのだと思う。

 大人と子どもの身長差から来るのだろうか、上目づかいでこちらを見る子がいる。その癖が座っても継続されるため、時々色っぽく見えることがある。だから、妙にやさしくなる。女の子はこのことを敏感に感じ取って成長していくのだろう。上目づかいは女の武器となる。男の子は逆に「何だ、その目は」と怒られるから、高校生になると退化する癖である。

 子どもが悪いことをすれば怒られる。当たり前の話だが、皆でビデオを見ている時寝ながら見ていたので正座させて叱った。ところがトムジェリで皆の笑い声が聞こえると、TVを見せないように座っていた私を覆いかぶさるように頭が動く。それを邪魔するように私が動けば、目線が180度曲がって届くかのように目が動く。まったく怒られている自覚がない。本能的に目が動くのである。

ビデオの時は遊びたい人はトランプなどのゲームで別に遊んでもいいのだが、100%子どもはトランプに集中せず、笑い声に吸い込まれていく。子どもというものはそういうものだ、と思えば腹も立たない。それよりか何とかこの本能を邪魔してやれとほくそ笑んでしまう。

 

興味のあることはそれこそ目が開き瞳が輝く。疲れた時は瞼が重くなるためか薄目になり、生気がなくなる。子どもの目は心の窓である。いつもその窓を全開にしよと心がけている。しかし、現実に戻ると、新型コロナ感染予防のための換気で、窓という窓を開けっぱなしにしている学童は年寄にとっては寒い・・・・。

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第69回「ブラックスワン」(2020年5月1日)

スポーツの話

ブラックスワンとい言葉を聞いたことがありますか?

ブラックスワン(Black Swan)とは、マーケットにおいて事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象のことです。従来、すべてのスワン(白鳥)は白色と信じられていましたが、1697年にオーストラリアで黒いスワンが発見されたことにより、鳥類学者の常識が大きく覆されました。このことから確率論や従来の知識や経験からは予測できない極端な事象が発生し、それが人々に多大な影響を与えることをブラックスワンと呼んでいます。具体例としては2008年のリーマンショック、最近では2016年6月の英国EU離脱、12月のアメリカのトランプ大統領当選などが挙げられます。

 投資家は一般的に先行き不透明な状況に恐怖を感じるため、金融市場・株式市場で事前に予測していなかったブラックスワン的なイベントが起こると、相場が大きく変動しやすくなります。また、資産を守るためにリスクを取らないリスクオフの状況に陥り、株式などのリスク資産は売られやすくなります。

 1月の段階では新型コロナウイルスがここまで大ごとになるなんてWHOだって思わなかったのです。ところが日本で緊急事態宣言を発出してからブラックスワンが現れたとして、すべての日本人がリスクオフになってしまいました。時々湘南やパチンコ屋に行くリスクオンの人間が出ますが、世論の圧力にはかなわずすぐいなくなります。

ワクチンができるまでは仕方ないと思いますが、スポーツ界では今の状態は困るのです。

中3や小6の子ども達は大会がなくなり、モチベーションが下がっています。他の学年の子ども達も練習場所がなく、系統だった練習ができていません。集団で走っていると警察に訴えられます。警察も罰することはできませんが、道徳に訴える「教育的指導」を行います。新型コロナウイルスはスポーツ界のブラックスワンなのです。

 私が憂うのは、子どものゴールデンエイジが失われるのではないかということです。子どもにはゴールデンエイジという時期が必ず来ます。個々人によってゴールデンエイジの時期がずれますが、少なくとも小学生の内のどこかで一生に一度訪れる神経系が著しく発達する時期が来ます。よく、運動神経は遺伝であると勘違いをしている方も多いのですが、運動神経は遺伝しないのです。運動神経は、このゴールデンエイジといった時期にいかにさまざまな運動体験をしたかによって決まるからです。

つまり、このゴールデンエイジの時期にチャンピオンやスーパースターがつくられるといっても過言ではないのです。

当クラブの人員構成は小1~中3です。同じ年代だけではなく年上のお兄さんお姉さんと練習するのですから、低学年の子どもは体内にある「まねっこ細胞」によって運動神経を大きく高めているのです。まさにゴールデンエイジをつくりあげるのに集団は役立っているのだ思います。決して自主練だけではゴールデンエイジは見過ごされて終わってしまうのです。

 

自粛は十分理解しますが、子どもたちに勉強だけでなく、みすみすゴールデンエイジを逃すことは断じて避けなければなりません。勉強は大学に行くまでに取り返せます。また自習だけでもある程度の知識吸収はできます。しかし、ゴールデンエイジに後ろ髪はありません。

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第68回「ホステスさん」(2020年4月24日)

営業の話

コロナウイルスの問題でナイトクラブやキャバレーなどが休業に追い込まれている。困っているのは経営者だけでなくそのビジネスを支えているホステスであろう。営業をやっていた頃の話をシーリズに加えたい。

 クラブ経営は美人ママだからといって成功するわけではない。

もちろん若い時はバイトに徹すれば、座っているだけでもお金はもらえる。あとはママたちが段取りしてくれる。問題は座っているだけでチーママやママになれるかということだ。「ナイトクラブで成功するホステスの秘訣は何か」を今回のテーマとしたい。

 社会人になって部長らにクラブに連れて行ってもらった。そこのママやチーママのすごさに唖然としたものだ。

一つはその記憶力だ。いきつけのクラブならまだしも、2、3年ぶりで行くクラブでのこと。

年数回しかいかないで3年後に久しぶりに行ったようだが、ドアを開けるとこちらを見て「あら、○○会社のT部長さん、お久しぶり」と挨拶。ボトルもとってあった。この店には2年後仲間と行ったら「あら、入山さん、出世した?」とT部長のボトルを出してきた。どういう覚え方で2年間も会っていない顔を覚えていられるのだろうか。名刺の裏に似顔絵を書いて備忘録にしているのか。中にはフルネームで覚えている猛者もいる。フルネームで呼ばれると妙にくすぐったくて、どんな子でもかわいく見えてしまう。

 やり手のママは「入山さん、私が1人で接客しようとしたら何人出来ると思う?」「そうだな、3人かな?」「ううん」と言って右手の指が5本、左手の指が2本立っていた。

「部長さんの横に座り膝に手を置き、対面の課長さんに軽く会釈、係長さんに元気?と声をかけ、一般社員には軽く視線を万遍なく送る。会話が始まったら係長さんに目で指示してカラオケを操作させ歌に持ち込む。うぶな新人には『私の好み』と言えばいい。トイレから帰って来た社員には途中まで迎えおしぼりを渡す際、流し目で『今度1人で来て』といった雰囲気を浴びせればいいのよ。これで7人までは私1人でオーケー。でもこれは20分間くらいしかもたないので、早く若い子が来てくれないとね」

この話をなぜ私にしたかというとT部長はクラブに行くのが他社より早いからだ。もっと遅く来るようにT部長に言いなさいという暗示だったと思う。T部長は18時から寿司屋で飲んで20時前にクラブに行き、21時にはタクシーで帰る人だった。

 「男という動物は不思議なもので細い子がいいという殿方もいるけど、反対に太った子でないとダメだという人もいるの。バタ臭い顔を好む男は多いけど和風顔を贔屓にする人間もいるわ。だから人材をたくさんプールしていて、予約のお電話いただければT部長さん好みの太めの△△ちゃんをご用意したのに。こう見えて私も大変なのよ」

これも「T部長に言っておきなさい『予約して来い』」というサジェションだ。

 現在こんな賢いホステスはもう銀座・新宿にはいない。したたかなホステスは盛岡や長野など休業要請が甘い所に出稼ぎに行っているに違いない。東京の半分くらいしか稼げないが、地方に行き細々生計を維持する。彼女らには全国にネットワークがあるのだ。そして、彼女らが東京に戻り始めたら、近いうちにコロナの終息が予見されるのである。

 

 様々なやり方で賢く強く生きている彼女らを、敬意をこめ私は「ホステスさん」と心では呼んでいる。

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第67回「ピカピカの1年生」(2020年4月17日)

学童の話

卒業生が出ると新1年生が入ってくる。これが通常の流れだ。4月1日から続々新人が登室してきた。

 弥生子という子が入ってきた。最近は男の子に●●男、女の子に○○子とついた名前をとんと見ない。久しぶりの○○子という名前だ。1年生の愛くるしさもあってか「やえこ!」と妙にかまいたくなる。ゲームをしているのを脇で見ている。ちょこんと座ってうなずきながらニコニコしている。後ろに尻尾があったらびゅんびゅん動いているのではないかと思う。これではどんな子犬でも勝てない。

生意気な子もいる。勉強を見回っていると「イリ(早速先輩たちの言い方を真似る)、ここがわからない」「足し算だから自分でやってみて」「? あなたはね、あなたは先生でしょう。先生が子どもに教えなくていいの?」同時に右手の人差し指が天井に向かってそそり立っている。でも憎めないのだ。この子はクオーターできっとこの調子で一生男をリードしていくことが予見される。末恐ろしい。

男の子では「たもん」が久しぶりの坊主頭だ。子どもが私を「ハゲ」と言った時「俺はハゲではない坊主だ」と反論してきたが「たもん」が入ってきてその頭髪の多さに理論的主柱を折られた。土地で例えると「ハゲ」は「砂漠」で、私は木のあるところとないところがある「山を守るために間伐した里山」風だが、毛を短く刈り込んでありこれを坊主といっていた。ところが「たもん」はぎっしりつまった短い毛でおおわれた頭、つまり「芝生」だ。「たもん」を坊主としたら私は安いゴルフ場だ(一部芝生がなくなって地肌が見えている)。もう「ハゲ」と言われても何も反論できない、正真正銘の「坊主」が来たのだ。

これから楽しい1年が過ごせそうだ。ただ、この子らは卒園式も入学式も正式なものがない世代として今後語られる。この子らの為にも早くコロナ騒動が終息してくればと祈る。

 一方で他の子ども達がそれぞれ1学年昇級した。しかし、急にやめる子が出てきた。引越しのためだと子ども達には説明するが、実は離婚が決まって母親が実家に連れて行くからなのだ。子どもたちの中では離婚は決して暗い事ではなく案外あっさりしている。離婚または離婚協定中の家は31人中5家族ある。しかし、子どもは離れる方の親に対して悪口は言わない。母親が「あの飲んだくれが」と言っていても私にはいいお父さん(またはお母さん)と言う。子供なりの見栄なのか、虚勢なのか。今はいないあの問題児のA男ですら、別れたお父さんの悪口は言わなかった。もちろん語りたくないほど嫌っていたのかもしれないが、表面上はけなげなほどかばう。それが私にはたまらなく切ない。「イリがお父さんだったらなぁ・・・いやおじいちゃんか」とぼそぼそと言われる私は、他人という気楽さとアルバイトという無責任さからか、肩から力が抜けていて、彼らにとっては適温な人間何だろうなあと思う。

 

やめる子が出てきたので待機児童の1人が繰り上げ当選で入って来る。どんな子なのだろう。3年生が離婚で学童をやめなければ、入会することなく決して会うことはなかった子なのだ。この出会いも運命と言える。どうか普通の子であるように。

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 第66回「気合いだ、気合いだ!」(2020年4月10日)

スポーツの話

 昨年、日大アメフト部で無防備の相手にレイトタックルで怪我をさせた事件がありました。ラグビーやアメフトではレイトタックルやアーリータックルという反則は厳罰です。

なぜなら受ける方はタックルされるとは思っていないから、心の準備がなく大怪我する可能性が高いのです。

相手がタックルしに来た時やこちらがタックルにいく場合、緊張が生じます。相手がタックルしてくる時はこちらが倒されることを念頭に「来るぞ、来るぞ」と心の中で叫びながらいくのです。もちろんタックルしに行く場合は相手が当たってくるので「痛いぞ、痛いぞ」と思いながら行くのです。そうするとコンタクトしても不思議に痛くないのです。

私はタックルに行って相手の膝に当たり鎖骨を折りました。しかし、その後終了まで5分間ぐらい試合に出ていたと思います。終了のホイッスルでロッカールームに戻りシャワーを浴びようとユニフォームを脱ごうとした際、手が上がらないことに気付いたのです。脳の信号が身体の部位に伝わらないのはまことに摩訶不思議な体験でした。仲間は鼻の骨が折れ曲がっているのに自分で直してテーピングをして再びコートに戻っていきました。気合を入れていればできるのだと思います。

昔レスリング協会には八田一朗という会長がいて、合宿中に電気をつけた部屋で寝かせる、ライオンの檻の前でにらみ合い眼力を養うなど奇抜な練習をさせました。その甲斐あってたくさんのメダルを獲得させた実績があります。心の弱さを克服させるためなのですが、今の子は敬遠するでしょうね。

 公園での練習は競技場と違って凸凹があるので、捻挫しないか心配です。そのため子ども達には「いいかここは地面が凸凹して捻挫しやすい、穴は気を付けろ。くじくことがあると思って走れ」といいます。それは無防備な気持ちではなく緊張した気持ちで走れば怪我をしないと思っているからです。

 新型コロナウイルスについてはどう対応したらいいでしょうか。

コロナウイルスは目に見えません。これにむやみやたらに突っ込んでいくのはいかがなものかと思います。しかし、手を消毒し換気をよくしマスクをすることをルーティン化することで、見えない敵にも身構えることができます。非科学的なことかもしれませんが、できることをすべて実行した後は「気合いだ、気合いだ」

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第65回「卒業」(2020年4月3日)

学童の話

3月も終わりに近づき今日で最後という男の子がいた。頭がいいわけではないが人柄がいいので気になる子であった。他の子とくらべて雰囲気を察することに長けていて、場を和ませようとか盛り上げていこうとかを意識している子どもである。時には異常なくらい盛り上がる子なのでうるさいので叱るほどだ。

連絡帳返しという1日の最後のセレモニーの時に、手を挙げて皆にお礼を言いたいとして挨拶を始めた。小学2年生の男の子である。3年間勤めて初めての光景である。私がいつもの時間になったので帰ろうとした時、その子が手紙をくれた。「学どうの人へ」という表題だったのだろうが、「学童の入へ」と書いてあった。あまり漢字は得意ではないので「人」と「入」を間違えた。皆は「学どうの入(山先生)へ」と思ったのだろう(通常子どもたちは、自分と同等以下という位置づけなのだろうか、私を『入(イリ)』と呼ぶ)。読んで読んでとせがまれた。

「そうか、面倒みたからなぁ」と思い、封筒を開けて読んでみた。「学どうの入へ。2年間ぼくのめんどうを見てくれてありがとう(そりゃそうだ、お前が2番目に手がかかった。:カッコ内は私の心のつぶやき、以下同じ)。ふな木先生、つのせ先生、池田先生、名くら先生、ぼくとあそんでくれて楽しかったです(私の名前は後で出てきて他の先生より一番お世話になったという、よくある修辞方法だ)。けんかもしました。公園にも行きました。きっとぼくの思い出としてのこると思います。(おいおいそろそろ私の名前を出さないと文章終わっちゃうよ)・・・(略)・・・お元気で」

(便箋は2枚ない、裏も見たが書いてない)これで手紙は終わってしまった。

何か“森の石松”の話(*)のように自分の名前がいつ出るか出るかと引っ張られた挙句、無い。「お~い!俺の名前がないぞ!」先生方は大笑い。その子はやっと気づいて「ごめんなさい」と小さな声で謝ってきた。

小学3年生の女の子は甘え上手だ。容姿は十人並みだが小学3年生とは思えない、笑い方やしぐさに大人っぽさがある。他の女の子には絶対にマネできない。同学年の女の子には嫌われるタイプなのだろうな。校庭で遊ぶとき「私を追いかけて」と促して逃げる。無視したらかわいそうだよなと思って追いかけていると、それを冷静に見ているもうひとりの自分がいた。「これじゃ『大きく年齢の離れた女(ひと)と再婚した小金持ちのじいさん』みたいで恥ずかしい」と思いながら追いかけている。この子も3月一杯であった。私の手をとったり後ろから平気で抱きついてくるこの子でも、半年後には道で逢っても無視されるのだろうな。それが学童という世界の宿命だ。

博打打みたいな子もいれば数学や絵の天才的な子もいる。また学力などは平凡だが周りに気を配る天才もいる。甘え上手な子もいる。学童は千差万別な子どもの集団と言える。

 

*)浪曲に「石松三十石船」という演目がある。大阪の八軒家から淀川を遡上して京都の伏見へ渡す三十石船(米を三十石積める大きさの旅客船)に乗り込み、石松は寿司を肴に酒を飲んでいると、乗合衆の噂話が聞こえてくる。海道一の親分は誰かという話題に神田生まれの江戸っ子が次郎長の名を挙げたのがうれしくて石松は彼に酒と寿司を勧めた。この場面は「江戸っ子だってねえ」「神田の生れよ」「寿司を食いねぇ」のセリフと共によく知られている。清水次郎長が海道一の親分でいられるのはいい子分が揃っているからだという江戸っ子に石松は子分の中で誰が一番強いのか尋ねる。一番は大政、二番は小政ときて、大瀬の半五郎、増川の仙右ヱ門、法印の大五郎となかなか自分の名前が出てこないのに石松はだんだん不機嫌になっていく。しつこく尋ねる彼に「下足番じゃあるまいし」と素っ気なく答える江戸っ子にとうとう堪忍袋の緒が切れた石松は振る舞った酒と寿司を取り上げて「誰か一人忘れちゃいませんか」と大騒ぎ。江戸っ子が再度暗誦すると「大政、小政、・・・そうだ遠州森の石松」。やっと自分の名前が出てきて大喜びの石松に江戸っ子が「強いにゃ強いがあいつは馬鹿だからなぁ」というのがこの浪曲のオチである。

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第64回「免疫力」(2020年3月28日)

昔の話

昭和30年代東京オリンピックをアジアで初めて開く五輪として日本中が盛り上がっていた頃、我が家もたくましく生きていた。

私が小学生の頃はビー玉遊びが全盛期だった。このビー玉遊びは相手のビー玉を当てるのであり、当たれば当たった方がその対角線上に飛ばされる。するとビー玉はドブに落ちる(当時のドブは排水を目的とした溝状の水路である)。とぎ汁やニンジンなどが流れてくる。家の前のドブ浚い(どぶさらい)は各家の責任なので、無責任の家の前のドブはヘドロ状になっている。そこに相手のビー玉が落ちても自分のビー玉となるので平気で手を突っ込む。それをポケットに入れてまた遊ぶ。せんべいをばあちゃんが持ってくると皆で食べる。手を洗う暇などない。食べたらまたビー玉。ポケットの周りは泥だらけ。ばあちゃんはそれを見ても怒らないし注意もしない。よくもまあ病気にならないで済んだものだ。

転んで傷ができてもばあちゃんが唾をつけて終わりだった。白い泡をふくオキシドールより効果ありと教えられていた。喉が痛ければうがい薬ではなくネギを首に巻いて寝かせられた。風邪をひいてよかったと思うのは、ばあちゃんがりんごを布巾で絞って作ってくれたりんごジュースを飲めることだった。

ばあちゃんは明治の女なので強かったが、お袋は戦争をくぐりぬけた女だったからもっと強かった。戦争でアメリカのグラマン戦闘機が川崎に墜落した時、低空を滑走する際、ほうきをもって追いかけたという女だ。

ある時食事中にゴキブリが出た。当時のゴキブリは図々しく明るい所でも出没した。新聞紙をまるめてやっつけるのが常識だが、そんなゴキブリにとっての常識は我が家では通じない。新聞紙を丸めているうちに敵は逃げてしまう。子ども達が騒いでいる時にお袋は素手でゴキブリを叩きつぶした。唖然として見ていた我々の前でごみ箱までゴキブリを運んで捨てた。さすが戦争を経験した女だ。問題はその後だ。当時はティッシュというものがないので、ティッシュで手をふくこともなく、ただゴミ箱の上で手を叩き敵の残骸を散骨しただけで、その手で私の茶わんにご飯をよそった。いまでこそぞっとする光景だが、当時はすごいなぁと感心するだけだった。

当時の家は長屋を改造したもので屋根裏は通じている。ネズミの運動会が毎日行われている。あの音は実際に聞いてみないとわからないと思うが、トムとジェリーの世界だ。猫いらずなどの対策はしていたようだが、どこでどう察するのかなかなか食べない。やはりネズミ捕りが一番だ。捕獲した後の処理はご存じだろうか。100%水死である。近くに用水があるのでそこにネズミ捕りごと紐をつけて沈めるのである。5分間くらいつけたらネズミは死ぬ。そしてゴミと一緒に捨てるのである。当時は分別の必要はなかった。

子どもの頃はドブ、ゴキブリ、ネズミなど非衛生的な世界が広がっていた時代だった。だから我々の時代の子ども達は少しくらいのバイキンなら自然治癒の範囲だった。

 

 インフルエンザの遺伝子異常であろうコロナウイルスに戦々恐々としているのは、人類が弱くなったのだろうか、それともウイルスが強くなったのだろうか。考えさせられる今日この頃である。

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第63回「ケガの予防には」(2020年3月21日)

スポーツの話

先日の練習で転んで足首を痛めた選手がいました。後続ランナーとぶつからないようにダッシュの後、急な角度でフィールドに入ったことによる転倒です。翌日の病院では靭帯損傷とのことで3週間の安静が必要とのことでした。

 今回はスポーツ選手のケガについてお話ししたいと思います。ケガについては以前お話ししました(第19回「ケガ」)が、今回の件からもう一度お話ししたいと思います。

一般にスポーツのケガには今回のケースのように1度で大きな力が加わる事で起こるものと小さな力が繰り返し加わる事で起こるものがあります。前者は一般的にスポーツ外傷、後者はスポーツ障害と呼ばれます。

 では、スポーツ障害とはどんなものでしょう?

それは、スポーツをする人なら当たり前のように繰り返す動作によって加わる力です。

 1.野球選手が何十回・何百回と繰り返すボールを投げると言う動作。

 2.バレーやバスケの選手が何百回・何千回と繰り返すジャンプと着地動作。

 3.サッカー選手が何百回・何千回と繰り返すキック動作。

 4.陸上競技ならランニング動作、つまり何百回・何千回・何万回と繰り返す、地面を蹴って身体を前に運ぶと言う動作。

これらを繰り返す事でケガが起こるのです。これだけを聞くとスポーツ動作自体がケガの原因? と言う事になります。では、スポーツをしている人がみんなケガをしていますか? 答えはNO です。

ケガをするには繰り返し行う動作の中にちょっとした問題がある場合が多いのです。

 走ることを指導されてない子はちょっとしたクセや個性を持っています。それは身体の負担のかかる場所の違いとなり、積み重なる事でその部位の痛みやケガの原因となります。

このちょっとしたクセや個性を形づくっているものは、関節の硬さや柔らかさ、微妙な骨の配列の違い(O脚やX脚など)、筋力の強さや弱さ、それまでの運動経験、育ってきた生活環境……と様々です。

 同じチームで同じ練習をしていても、痛みの出る選手・痛みの出ない選手がいます。どこのチームにも必ずと言っていいほど故障の多い選手がいると思います。ケガの多い選手・ケガの少ない選手 この違いは何でしょう?

筋肉・腱・骨・靱帯など組織の強さの差は1つの要因として考えられます。少々の力を加えても平気な関節や・筋腱を持つ選手もいるでしょう。長時間走るとふくらはぎが疲れる人がいれば、向うずねの前側が疲れる人もいます。脚よりも先に腰が辛くなる人もいます。腰よりもう少し上の背中が辛くなる人もいます。

ただ、走ると言う運動だけでも、人それぞれ負担のかかる場所は違ってきます。

だから、バンビーニ陸上クラブでは入会してすぐに腕振りや前傾姿勢や膝の上げ方などを徹底的に直します。正しい姿勢が体に優しいのです。速い選手に奇抜なフォームで走る人はいません。愚直に正しい姿勢で走ることがケガをしない面でも重要です。

以前ドナルドダックのようなガリ股で走る選手を指導したことがあります。静止の状態でつま先が外を向いているのです。空手をやっているためガリ股になっているとのことでしたが、指導困難な選手でした。基本のモモ上げができないし、ストライドを伸ばせないのです。あのままやっていたらいつかケガをしたでしょう。お母様に報告するのは辛かったのですが、空手に専念してもらうことにしました。

 スポーツ障害はスポーツ外傷と異なり予防が可能です。ランナーの場合には、いつも履いている靴を見ただけで、どこに障害が現れているかがわかるのです。障害を予防するには、インソールを作ることが一番です。靴の外側が減っている人には外側のアーチを、内側が減っている人には内側のアーチを高くすれば、地面に対して足がまっすぐに着くので障害を減らせるのです。偏平足の子には真ん中にアールをつくってあげるのがベストです。

 ケガで泣いた選手を多く見てきました。せっかく才能があるのに残念でなりません。でも、大人になって開花するのが陸上競技です。焦らずゆっくり体を鍛えて私の目が間違ってないことを証明してください。

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第62回緊急報告「コロナウイルス下の学童の状況」(2020年3月14日)

学童の話

いま話題の学童について実態を報告する。春休のシフトは先月決定していたが、今回の休校につては他の学童と同じく準備していなかった。緊急事態なのでスケジュールについてはすべて対応すると学童には申し上げ、国家存亡の時だと意気込んでいたが、実際は拍子抜けだった。

実際に対応した3月2日~13日については、児童の出席率が思ったほど高くないのだ。普段だと定員31名のところ24~30名が出席するが、今回の休校対応においては12名が平均の出席数である。

子どもを学校が預かる場合でも通常の学童の登室時間(だいたい14時頃)には子供を帰す。この14時過ぎに来る子をあわせても14~15名ほどにしかならない。

この会社の他の児童クラブ(5つくらいあるが)はもっと少なく、それぞれの平均出席数は3~10名である。

これは親が学童での感染を嫌って親戚に預けたり自ら対応していることが主な理由である。

確かに学童では2m間隔で生活するのは無理だ。また、自由時間では子ども達がストレスのせいか私にまとわりついてくる。すくなくともこの学童で感染者が出たら「高齢で持病あり」の私が真っ先に重篤な患者となるであろう。

 1日の流れはこうだ。開室まえにドアノブなど子どもの触れるところをアルコール消毒する。8時開室、登室と同時に検温。37.5℃以上は親に連絡して帰宅させることになっている。9時まで自由時間(長期休みの際は子どもは自分のおもちゃを持って来ていい)、9時~9時半まで勉強。9時半から自由時間(トランプ、曼荼羅、将棋など学童の玩具で遊ぶ)通常の長期休みは午前中に散歩に行くのだが、今回は外出禁止。彼らのエネルギーの発散の場がないので時間的やりくりが難しい。12時に昼食、その前に検温。全員が食事を終えるとお腹休めでDVDを見る。13時半くらいまで見るのだが、毎回来る子が替わるため、いつも「トムとジェリー」だ。他のものを見ればいいのだが、DVDの中身を決めるのが昨日見ていない子なので、皆大好きなトムジェリにする。しかもここの学童ではトムジェリは1つしかない。時間は決まっているからいつも同じところまでしか見れない。毎日来る子もいるのだが、誰も文句を言わない。子どもは同じ内容でも飽きないのである。私は続きが見たい。15時半までは自由時間。15時半から16時までおやつ。その前に3度目の検温。16時から17時まで自由時間。17時に連絡帳返し。17時から17時半まで勉強。17時半から19時まで自由時間で、卓球など午前中とは違った遊びができる。18時からお迎えが来て段々人数が減ってくる。なお、今は児童および教師全員がマスク着用を義務付けされている。

 今回は教師の数は普段より多く4人で15名を見ている。検温や消毒など普段の業務以外の仕事がありかつロングになりやすいため、正社員の人の負担が大きいからだ。普段は子ども10名ごとに1名の教師対応が基本で、かつ子どもが1人の場合でも2人は確保している。以前に事故があり、救急車の手配と看護および児童クラブの鍵かけなど1人で同時にできないためだ。

今週でイレギュラーシフトは終わりかと思ったが、また来週も続く。昼間は室内をアルコール消毒、帰宅したら胃の中をビールやウイスキーでアルコール消毒。アルコール漬けの毎日である。困ったものだ。

 

 

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第61回「昭和の音色」(2020年3月7日)

昔の話

昭和(30年代)には音が織りなす世界があった。

「あっさり、死んじめぇ」としか聞こえない売り声は朝の定番(本当は「あさり、しじみよ」)。味噌汁に入れる具を売りに来たのだ。夕方はプープー♪と鳴る豆腐屋のラッパが「トーフー」と聞こえ、決まって2丁の豆腐を買いに行かされた。夏の日には「キンギョ~~やキンギョ(金魚や金魚)」の声が聞こえる。金魚屋はリヤカーにたくさんの金魚を積んで自転車で引っ張ってやって来る。その際水がバシャバシャと動いていた。あんなに水が動いたら金魚死んじゃうよと思っていた。後でわかったのだが、このおかげで空中の酸素が水の中に入ってポンプなどの高額装置が不要だったのだ。

 子どもがワクワクする音が聞こえてきた。

ボンという爆弾の音が聞こえると、爆弾屋というポン菓子職人が来た証だ。爆弾屋のおじさんがリヤカーを引いてやってくる。子どもにとっては物々しい装置が荷台にある。荷台の真ん中に鎮座した大砲のような物がまさしく爆弾あられを作る機械なのだ。荷台にはその機械と大きな網(針金の網で出来ている)と薪、材料や色々のものが積まれていた。当時あられの購入方法は変わっていた。支払いはお金ではなくお米であった。まさしくそこは「米本位制」の世界だった。お米を持っていくとそのうち何割か取られて残りをポン菓子にしてくれる。おじさんの目分量だから2割から4割とられる。いいかげんなのだが、子どもはお菓子が食べれればいいので気にしない。味付けはサッカリンだけだった。しかし、甘い物のない時代のおやつには持ってこいだった。親もお金ではなく家にあるお米でいいので気軽に子どもに渡した。

 カチカチと拍子木が聞こえて来た。待ちに待った紙芝居屋がやってきたのだ。決して役者顔とは思えないおじさんは、紙芝居を始めるととたんに絵と一体となって芝居を演じる役者となる。音楽の先生がモーツアルト物語を子ども達にみせるような絵語りでなく、1人で演じる芝居・演劇なのだ。おじさんはどんな場所でも演劇空間に変えるのだった。その語り口に、黄金バットが自分の目の前にいるかのようだった。

しかし、いくら存在意義や文化の担い手と持ち上げようとも、おじさんにとって紙芝居はあくまでも飴や駄菓子を売るための道具にすぎなかった。紙芝居を見る前に飴かソースせんべいを買う。口の中で飴を転がしている子どもかソースせんべいを食べている子供以外はそばに寄せない。「シッシー、あっち行け」なのだ。お金のない子は遠くからかあるいは斜めから見るしかない。誰も同情はしない。自分だけがよければいいのだ。子どもはとかく残酷だ。

三橋美智也や三波春夫といった演歌歌手が多かった時代だった。子ども用の曲として三橋美智也は「快傑ハリマオ」を歌っていたので彼のレコードが流れると何はともあれ飛出しって行った。 当時はレコードをかけてスピーカーで曲を流していた。詐欺まがいの型屋というおじさんが来たのだ。

この型屋というのは、粘土を型に押し込み型から取り出し、色のついた粉をつけて出来バイを競うのだ。いいか悪いかはおじさんが決める。これは5点、これは10点、として今でいうポイントがもらえる。紙におじさんが赤鉛筆で書いたそのポイントを集めると、100点はAという型を、200点だともっといいBという型をもらえる。ポイントを貯めるためには何回も粘土と変な粉(金色や銀色などキラキラしたものだ)を買わなければならない。1回毎に申請でき、その作品におじさんがポイントをくれるからだ。高いポイントをもらうには大きくデザインのいい型が必要であった。タコやねずみのような単純な型では芸術点は5点が精一杯だった。やっと100点貯まったので、今度おじさんが来たときにポイント分の型と取り換えてもらおうと公園で待っていたが、もうそれっきりおじさんは来なかった。毎日毎日「岸壁の母」の気持ちで待っていたが、いつしか自然にあきらめた。

 

 楽しくも切ない昭和の路地裏物語があった。

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 第60回「子どもごころ」(2020年3月1日)

学童の話

ママゴトの話の中でいつも犬役の子(第46回「映し鏡を参照」)に「なぜいつも君は犬役をするの?」と尋ねた。すると「だって、先生、犬になるとママが優しくしてくれるからだよ。僕には勉強だとか躾だとかで厳しいのに犬のキャンディにはいつも優しいんだ。怒ったことがないのさ。だから僕はママゴトの時はキャンディになりたいの」という答えが返ってきた。なるほどそうか、彼はママゴトで犬に成り下がったのではなく犬に成り上がったのだった。

 ママの愛情が欲しいのは彼だけではない。もう来なくなって久しいがA男の噂が聞こえてきた。ここの学童は親切で、来なくても権利のある3月末までは1日でも来れば受け入れることになっている。ただし、問題は月謝が半年間未納だ。規約ではとうに除籍になってもおかしくない。それでも杓子定規に拒否するなとの指示があった。立派な教育方針だと思っていた。ところがどうも勝手が違うようで、A男の学費が未納でも彼が在籍している限り補助金が出るので、省けるおやつ代や教員の精神的疲労から考えて今の状態は経営者側にとってベストの状態なのだ。しかも、A男は通っている学校とここの学童との共通問題児ということなので、情報交換は頻繁に行われていたから行政も簡単には除籍できないのだ。

 最近は学校にも行ってないようなので、学校側がお母さんに電話をするが、電話に出ない。連絡帳を出していないので、学童もどうせ来ないとは思いつつ、登室するかどうかの確認を毎日している。しかし、やはり出ない。そこで学校は学童と合同で家庭訪問をした。家にはA男が1人でゲームをしていた。彼は決して内向的ではない、できれば皆と遊びたいし目立ちたい性格なのだ。話をしたら、「学童も含めて男の先生は暴力教師だ、だから行きたくない」とのことだった。学童にはもう一人男の教師がいて、熱血漢でA男の行為に時々我慢できないことがあった。よく散歩に行く当中で1人残して怒っていた。素直にごめんなさいが言えるタイプではないので、我々の見ていないところで手を上げていたのかもしれない。女教師が叩いてもさほど問題にならないが、男教師が叩くと暴力になるのはいかがなものかと抗弁したくなるが、イメージとはそんなものだ。だからライオンの世界になってしまう(第33回「ねえさん先生」参照)。

 学校からのレポートを見せてもらった。「・・・クラスの皆は『A男が来ないのはさびしい』とか『A男はどうしているの』」と書いてあった(そうか学校では少しは人気あるのだなと見直した)。しかし、レポートの1枚目の文章がここで終わり次のページをめくったら、「という言う子は1人もいない。それよりか『授業が途切れることがない』、『遊びがルール通り行われて楽しい』という意見の子がたくさんいた。・・・」となっていた。

人が遊んでいると割り込んでかき回してどこかに行ってしまう。学校の先生に悪態をついて授業が進まないことを決して子供たちはゆるしていないのだ。

 でも、日本の教育は見捨てない。家庭訪問の後、学校の教師と学童の責任者がA男と一緒に母親の職場に行ったのだ。しかし、思惑と違い、ずいぶん怒鳴れたらしい。「シングルで働いているのだから子どものことは学校で考えてよ。子どもが学校に行かなくなったのはあんたらのせいだ」そこに話し合いの余地はなかった。A男を家まで送った時、彼は「ママと一緒の部屋に寝ていたのに、今は別々の部屋になった」と話し始めた。「昼食はスーパーのお弁当を買って食べている。学校に行かないことも怒られないし、かえって時間つぶしにタブレット端末を買ってくれた。でも楽しくないのだ、何かが違うのだよね」

 A男を家に入れドアを閉める時、片隅に大きな男物の靴が置いてあるのをねえさん先生は見逃さなかった。

 

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 第59回「Simple is best」(2020年2月23日)

 陸上競技、特に100mで速くなるための理論は単純で、「足の速さ=ストライド(歩幅)xピッチ(足の回転数)」の式であらわせます.

長距離は心肺系の強化やレースの戦略、ラストスパートなど様々なファクターがこの公式にプラスされるため、簡単には表現できませんが、100mにおいてライバルに勝つ方法は単純に「歩幅を大きくして、回転数を多くする」ことなのです。

野球や柔道など対戦するスポーツと違いあまりにも単純な理屈のため、「じゃどうするのよ」といった疑問が出ます。単純明快な理論には地道な基本練習が重要なのです。短距離の練習の中で基本中の基本は「モモ上げ」です。

 モモ上げ練習が重要なのはそれによって二つの効果が期待できるからなのです。

 一つは足の切り替え動作をスムーズに行えるようにするためです。

モモ上げの練習というのは大腰筋を鍛えることができ、スタートダッシュの動きをスムーズにするために必要な筋肉の一つになります。大腰筋というのは足の骨から背骨のあたりをつなぐ筋肉で、足を上げる際に重要な筋肉でもあります。モモ上げをすることによって、片足を地面に接地している際に逆足を上げる動作がより動かせるようになるため、ストライドが伸びやすくなります。また、走る際に重要な要素の一つであるピッチを高めるのにもモモ上げは有効です。これはより速い動作でモモ上げを行うことにより、より高い効果が期待できます。モモ上げを高速でできるようになると両足それぞれの動きが速い動作に慣れていきます。そうすると、それぞれの足で地面を接地する際に、無駄な力が抜けたような、より地面を捉える感覚が洗練されていきます。結果、ピッチが速くなりやすくなるのです。

 二つ目は、地面反力を得るためにモモ上げをするのです。

モモ上げは地面を捉える際に必要な感覚である地面反力を鍛えるのに有効な手段なのです。地面反力とは地面に力を加えたことに対する反発のことです。私たちは走るという動作に限らず、歩くなど、日常生活の中でも常に地面に力を加えながら生活しています。そして、考えてみれば単純な話ですが、重い物体は軽い物体よりも地面に落ちた際の地面へ加えるパワーが大きくなります。また、その分だけ地面から反発する力も大きくなり物体も大きな力をもらえます。速く走るためにはより大きな力を地面に加えただけではダメで、その加えた力の反発を地面から上手くもらうことで、走りは加速していくということです。モモ上げという練習は地面に加えた力を、反発力という推進力の形で体に受ける感覚を身につけるための練習なのです。おデブちゃんはガリちゃんよりはやく走れるはずなのです。

 基本をきちんとこなすことが重要なのですが、小学生特に低学年は単純なことに飽きてしまうというこれまた児童心理学の基本がデーンと構えています。飽きないように工夫して練習させることがこれまたコーチの基本です。陸上競技の練習は基本の複合体と言えるでしょう。

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 第58回「テレビ」(2020年2月17日)

昔の話

インターバルの話は古いと家内に言われ、しょげてしまいました。でも、時が経つにつれ「俺が昭和の語り部になる」と思うようになりました。時々昔の話をしたいと思います。内容が思い出話ですので「である」調で語っていきたいと思います。お聞き苦しいと思いますが、よろしくお願いします。

 昭和36年、手塚治虫作品「ふしぎな少年」を原作としたTV番組が始まった。主人公サブタンは時間を止められる能力があり、そのおかげで交通事故を防いだり犯罪を未然に防いだりすることができた。しかし、当時の番組は大部分が生放送で行なわれたため、サブタンが時間を止めたり動かしたりする場面を表現するのに、サブタンが「時間よ止まれ」と言った瞬間に、周囲のすべての演技者が直前の姿勢のまま動きを止めるのだが、片足立ちのまま静止した登場人物が、次第に足をぐらつかせる場面や瞬きをしてしまった俳優などがいたりした。生放送だからどうしようもないのだが、その失敗を見つけるのが楽しみのひとつだった。

 「金曜10時!うわさのチャンネル!! 」に和田アキ子がゴッドねぇちゃんとして登場した。デストロイヤーやせんだみつおのカラミがおもしろかった。この番組のおかげでその後和田アキ子が姉御歌手としてのイメージが定着してしまった。ある時特別番組で「ローマの休日」を9時から妹2人が見ていた。10時になったのでいつものように1階に下りチャンネルをカチャカチャと替えた。当然妹たちからは猛抗議。「俺は1週間これを楽しみにしてきた」「私たちは1ヶ月も前から楽しみにしてきた」と。結局力づくでチャンネルを4番に替えてしまった。ただ、喧嘩してバラエティー番組を視ても全然面白くないことに気付いた。妹に声をかけたが15分も過ぎたら筋が分からないと拒否された。私は2階に上がり居間には誰も視ていない「うわさのチャンネル」がむなしく流れていた。

 昔のTVはお化け番組が多く、その視聴率と同じくらいの割合で子供たちはTV番組を見ていた。月光仮面は平均視聴率40%最高67.5%、紅白歌合戦においては平均70%以上、最高81.4%、レコード大賞も沢田研二が大賞を取った時は50.8%であった。つまり、この時代はお化け番組が多く、友達が見るのは私とほぼ同じTV番組だった。だから話題が無くなれば昨日のTVの話をすれば盛り上がった。

「大正テレビ寄席」という番組では三遊亭歌奴がお客と喧嘩したのが映っていた。ビデオ撮りではない生放送だからどうしょうもないのだが、お客が歌奴の人気ネタ「授業中」(これについては第17回「山のあなた」をご参照ください)について「同じことばかりやるなよ」とヤジを飛ばしたことによる売り言葉に買い言葉的喧嘩であったが、歌奴は怒って帰ってしまった。TVの編成局はあわてただろうな。週刊誌もとりあげなかった。おおらかな時代だった。 

TVの操作について。昔はリモコンなんかなかった。チャンネルを回すしかない。寝ながら見ているとチャンネルを替えるのに起き上がっていかなければならないから、妹がテレビの前を通るのを待って声をかける。人間リモコンだ。入山家ではチャンネルの回し方も決まっていて常に右回りだ。1チャンネルのNHKを見て10チャンネルのテレビ朝日をみるのには時間がかかるのだ。左に回せばすぐなのに、日本のネジは右ネジだからチャンネルを回すのに右回りならはずれないという教えがあるからだ。理屈など関係ない。親父が右と言えば右なのだ。今から思うと可笑しくなる。しかし、親父の教えでも、このチャンネルはよくはずれるのだ。妹が大きくなると私と喧嘩した時はこのチャンネルをはずして部屋に持っていってしまう。仕方ないので残ったネジをペンチで回してチャンネルを替えた記憶がある。

 カラーテレビが出てくると白黒しか視ていない家に対するPRなのだろう、カラー番組になると画面の右下に「総天然色」という文字が出る。この番組はカラーだからカラーテレビを買いなさいとの暗示である。すぐに買えない私の家では吸着盤で付くスクリーンを画面にかぶせた。セピア色とか靑色とかがあり、結局1色なのだが何かカラーTVを見ているような錯覚に陥った。日本中に子供だましの商品が氾濫していた。

 昔のTVは故障もかなりあった。砂嵐のような画面の時は親父が出てきてTVを叩くと直った。なぜだか理由はわからない。故障の理由はわからないけど、結果的に直せる親父は偉いと思った。3Dテレビなど考えもつかない時代であった。

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 第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」(2020年2月11日)

 バンビーニの他に水泳クラブに入っているお子さんのお母さんから聞きました。「うちの子は他のお子さんと比べて背が小さいので、最近伸び悩んでいる。水泳は背の大きさが記録に関係し、ひとかきで差が出てくる」と。

 水泳と陸上競技の違いをデフォルメしてみますと、前者が「横のスポーツ」で後者が「縦のスポーツ」と言えます。

水泳はスタートと同時に横になります。スタートの脚力が同じなら水に入った瞬間から身長差分の差が出ることになります。さらに自由形なら手の長さも効いてきます。女性で170cmの人と150cmの選手では身長差が20cmでも、横のスポーツである水泳をすれば手の長さの差7cmが加わり27cm差となります。*)資料1

 一方陸上競技は「縦のスポーツ」ですから、身長の差は関係ありませんが、股下の差が関係してきます。通常身長170cmの人と身長150cmの人の股下はそのまま計れば5cmの差があります。足が前後45度ずつ広げて走ると仮定すると、ストライドの差は12cmの差になります。*)資料2

 腕のひとかきを伸ばすのは至難の業ですが、ストライドを伸ばすのは努力すればできます。小学生の頃の身体的差は水泳の方が大きいのです。

 また、横のスポーツである水泳は浮力があるため、中学生でも活躍できます(当時中学生だった岩崎恭子さんがバルセロナで金メダルをとりました)が、若い人がどんどん出てくるため、精神的な強さがつく前に「燃え尽き症候群」になる場合が多いのです。陸上競技では地面を蹴る力や腕振りの筋肉をつけるのには時間がかかるため、高校生以下がオリンピックで優勝したことはありません。強くなるためには長い年月が必要で、その間に精神的なタフネスさが身についてきます。水泳より陸上の方が、努力が報われるスポーツと言えます。陸上に専念すべきです。

 <資料1>

身長170cmの女性と身長150cmの女性では平均肩幅に差があります。

身長170cmの女性は肩幅38cm、身長150cmの女性は肩幅33cmです。一般的に両腕を広げると身長になると言われていますので、身長から肩幅を引くと、

①身長170cmの人は132cmですから2で割って66cmが腕の長さになります。

②150cmの人は同様に考えると117cm÷2=59cmが腕の長さに なります。

すると、身長で20cmの差が水の上では20cm(170cm-150cm)+7cm(68cm-59cm)=27cmとなります。

参考データ

身長(㎝)肩幅(㎝)

150        33.0

155        35.2

160        36.3

165        37.3

170        38.0

→kirari「肩幅の平均サイズ」より

 <資料2>

股下のデータは日本人女子の平均である45%として計算しました。

身長      股下     

150cm   68.0cm 

155cm   69.8cm 

160cm   72.0cm

165cm 74.3cm

170cm   76.5cm

→Celestia358「股下座高の平均」より

蛇足ですが、藤原紀香さんは 身長 171cm 股下 88cm、ローラさんは 身長 165cm と小柄ながら 股下は 83cm あるそうなので、彼女らが陸上競技をやっていたらと面白かったと思います。

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 第56回「九九と漢字」(2020年2月1日)

学童の話

小学2年生になると掛け算が始まる。学童では勉強については深くは追及しない。勉強は学校と塾に任せこちらは宿題のお手伝いだけだ。新人の教師は肩に力が入ってしまい遊ぶ時間に食い込んで教えている。ここはアメリカと同じくチャイムが鳴ったらあと少しで終わるところでも、終わりにしないといけない。もっともこの学童ではチャイムなどはなく、できる子の「時間だよ」の一声がその代りとなる。

掛け算で気づいたことがある。九九の勉強は、1~9まで言うのを間違ってないか聞くだけだが、8x5=40、8x6=48、8x7=56・・・に違和感があり、咄嗟に答えが出てこない。どうも私は5x8=40、6x8=48、7x8=56と覚えているようだ。調べてみると九九は前の数字が小さく掛ける数字は大きくないとできないようで、無意識のうちに数字を入れ替えていることに気付いた。特に6の段以上は必ず入れ替えている。だから早口で6の段以上を言われると無意識に入れ替えているうちに子どもの九九が終ってしまい、正誤の判断ができなくなってしまう。

さらに、私には大きな欠点があった。子どもの頃のいいかげんさから、日本語の基礎ができていない。書き順がデタラメで黒板で書くのが恥ずかしい。今ではもう何が何だかわからない。まだ小学生低学年では指摘されないが、自分の姓名が出てくるとうるさく言われる。皆に大声で「イリ、田邊の邊の書き方が間違っているよ!」と言われる。冗談じゃない「田邊」の字は難しくスラスラ書けるわけがない。そう言えば、家内が旧姓濱田なので手紙を送る際「浜田」と書いて、何度も指摘されたのを思い出した。

漢字で大人になるまで勘違いしていたのが「自暴自棄」という言葉。ずっと「自爆自棄」と思っていた。もちろん発音も文字通りの発音をしていた。その他「止血」を「とけつ」と読んでいた。学童に勤務するようになって、急に恥ずかしくなってきた。いつか時間が取れたら漢字を勉強しよう。

親父ギャグについて子どもからお説教された。地球儀でいろいろなところを説明する際「マダガスカル島でまだ助かるどう」「ロシアの殺し屋は恐ろしあ「これ誰の?おらんだ(オランダ)」と言っているうちは良かったが、「御食事券の汚職事件」とか「厚揚げをカツアゲ」や「草刈ったら臭かった」「卓球で脱臼」と調子になったら、小4の女の子から指摘された。「だから年寄りはダメなんだよ。親父ギャグばかりでつまらない」「・・・じゃお聞きしますが、親父ギャグと子どもギャグの違いって何なの?教えてよ」「それは、聞いてすぐ笑えるのがギャグ。親父ギャグは説明を聞かないとわからない。解説付きのギャグではつまらない」

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 第55回「歌は世に連れ世は歌に連れ」(2020年1月27日)

 最近、紅白歌合戦を見ても、ミュージックステーションを見ても何も印象に残りません。歌が身に染みていないのです。ところが、ある時天地真理の「恋する夏の日」が聞こえてきました。するとその瞬間大学生で高校の後輩を指導していた頃がまざまざと思いだされたのです。当時インターハイ(三重県)に行くお金を捻出するため、夜北千住の緑屋の屋上でビアガーデンのアルバイトをしました。家庭教師のお金は月末のため、間に合わないのです。当時コーチにはインターハイ引率のお金は出なかったのです。ビアガーデンではこの曲が流れていました。その時は覚えようとも聞きたいとも思っていなかったのに、いまこの曲が流れるとこの頃を思い出すのです。

 「歌は世に連れ、世は歌に連れ」というのが「ロッテ歌のアルバム」の名司会者玉置宏のオープニングの言葉でした。そういえば時代の節々に歌がありました。昔は子どもには難しい歌詞も多かったのです。月光仮面では「どこの誰かは知らないけれど、誰もが皆知っている。月光仮面のおじさんは・・・」の冒頭の句は子どもながら「知っているのか知らないのか、どっちなんだ?」とイライラしました。少年探偵団では「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団 勇気凛々 琉璃の色・・・」という歌詞。「凛凛」って何?瑠璃の色ってどんな色?疑問に思ったけれどそんなもの一瞬であって、子どもには関係ないのです。歌えればいいのです。

「青春とはなんだ」「これが青春だ」などの青春ものは学生の頃です。そのシリーズものの主題歌で青い三角定規の「太陽がくれた季節」がヒットしました。その歌はまさに陸上部での思い出に他なりません。当時部員に歌わせました。絶対服従だから嫌という生徒はいません。今では考えらない世界でした。

 現在の歌は、私にとっては横文字が多く歌詞を覚えられない、速くて高くてリズムがとれず歌えないものばかりです。今の子ども達は大人になったら、どんな歌を思い出すのでしょうか。1964年の東京オリンピックの頃、私には夢、希望、そして無限の可能性がありました。植木等(クレージーキャッツ)のサラリーマンものを見て大人に憧れました。ネクタイを頭に巻いて飲んで騒いで・・・しかし、サラリーマンを卒業するまでその姿を見たのはたった1回だけでした。「サラ―リーマンは気楽な稼業と来たもんだ」という唄はサラリーマンをおちょくった唄でしたが、明るく楽しい雰囲気の歌でした。早く大人になりたかったのです。

現在子供たちは塾などに忙しく私の頃に比べ余裕がありません。その合間を見てバンビーニ通ってくれています。歌を聴くことは少ない中、思い出の曲は何になるのでしょう。また、その曲を聴いてバンビーニのことを思い出してくれるのでしょうか。いつの日か一緒にお酒が飲めるようになったら、聞いてみたいものです。

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 第54回「鶴の恩返し」(2020年1月20日)

日本昔話

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

部屋の中には夫婦の着物や道具を風呂敷に包んで肩にしょった娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はサギです」と言って、両手を広げて鷺(サギ)の姿となり、呆然とする二人をそのままにして空へと帰っていきました。

 サギ(鷺)は詐欺にひっかけたもので意外な結末に驚かれたと思います。サギの恩返しは知人から教えてもらった落語のマクラのはなしですが、調べてみるとその後いろいろな創作落語家によって、このマクラは様々なバージョンがあることがわかりました。では、下線部を次にあげるバージョンに置き換えお読みいただき、出てくる鳥との関係でお考えください。

1.部屋の中にはやつれた顔で寝ている娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はガンです」

2.娘は屋根伝いにピョンピョン走って逃げていきました。ツルだとおもったら娘はトビだったのです。

3.娘は箪笥や火鉢をドンドン運び出している、ツルだとおもったら娘はペリカンだったのです

4.パソコンでフェイクニュースを流していました。おじいさんは娘に問い詰めました。「お前はツルかい?」「いぇ ウソです」

 もう読者のみなさんは飽きてきたと思いますので、原作を記載し原作の良さを改めて味わってください。

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

するとそこには一羽の鶴が自分の体から羽を抜いて布に織り込んでいたのです。

娘は二人に気がつくと、「隠していても仕方ありません。私はおじいさんに助けられた鶴です。ご恩を返したいと思い、娘になっていましたが、正体を見られたのでもうお別れのときです。」と言い、一羽の鶴になって空に舞い上がりましたとさ。

小学生のコーチに鶴の恩返しはないと悟っています。陸上競技で花開くのは高校大学に行ってからです。その時はその学校の監督やコーチに心酔しているでしょうから、きっと忘れ去られてしまっているでしょう。そんな殺生なと言っても「私はツルではありません。あなたのことは最初からひとつも頭に入っていません。なぜなら私はシジュウカラなのです」という答えが返って来るだけです。おあとがよろしいようで。

<解説>

 ガン(雁):癌、トビ(トンビともいう):鳶(とび職)は高所での作業を得意とする職人、ペリカン:引越しのペリカン便(日本通運)を指しています、ウソ(鷽):スズメ目阿戸理アトリ科ウソ属に分類される鳥類の一種、嘘にかけている シジュウカラ:始終空とかけている

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第53回「だまされたぁ~!」(2020年1月13日)

私が高校生の頃、新橋を歩いていたら、テキヤのおじさんから声をかけられました。「おい、あんちゃん、いいものあるから見て行け」と。そこには憧れのアディダスのバックがあったのです。当時5000円していたのが2000円でありました。安いなあと思ったが、手持ちはギリギリ2000円です。購入したら亀有駅まで帰れるかその時は不安でした。そのため、なかなか決断できませんでした。テキヤのおじさんはきっとイライラしていたのでしょうね、「おい、いくらあるんだ?」「1500円」「じゃ、いいよ1500円で」なんか得したような気がしてしまい購入してしまいました。

翌日学校に持っていき級友に自慢しました。何人もの友達が褒め称えてくれました。買い物上手だとか目の付け所が違うとか。しかし、冷静な1人が私に質問しました。「入山、それ本当にアディダスか?」「だって、三つ葉のマークも字体もホンモノじゃないか」「いや、俺にはアディドスとしか読めないのだが・・・」言われてみてよく見ると何と「adidas 」ではなく「adidos」とバックにはプリントされてあったのです。それに気づき皆は大笑いしました。私も笑うしかありませんでした。その時、テキヤのおじさんはアディダスとは一言も言ってないことに気付きました。よく考えてみると「いいものがあるよ」としか言ってないのです。捨てるほどの男気もなかったので、「ま、アディダスのバックと言わなければいいか」と卒業までひっそりと使いました。

中学生の頃は先生に騙されました。体育教官室に呼ばれ「入山、いいか水泳で黒人選手がいないのはなぜかわかるか」「わかりません」「黒人の選手は比重が大きい。だから水に入ると沈んでしまうのだ。メラニン色素が重いからだ。日焼けすると体重が増え、走りが遅くなる。だから夏休みプールは禁止だ」という指示に納得してしまったのです。野球部のエースも同じ内容で説得されてしまいました。こうして2人は中学3年生の夏、楽しいはずのプール遊びをしていないのです。

今、この恩師に抗議するつもりはありません。筋肉を冷やしていいものでもないし野球部のエースも私もすぐ木に登るタイプだから自制は必要だったと思いますが・・・・

さて、大人になった私は、今度は子どもたちを騙す場合がある、ことを事前に宣言しておきます。

 

1000mを3分30秒が切れない子に対し、記録会で3分29秒8を作り出すことがあります。大会2週間前ではもう練習は限られ、あとは精神的なものしか残っていません。ならば気持ちよく大会に押し出すために1000mの記録会で私がストップウオッチを早く押すことがあり得ます。3分30秒2と3分29秒8では本人の心の響きが違います。たとえ3分30秒2が正しくても3分29秒8と錯覚して大会に出た方が、効果が大きいのです。通常は嘘や騙しはいけないことですが、時と場合によっては堂々と大胆に使わして頂きます。それで子供たちの記録が伸びるのならいつでもテキヤのおじさんになります。実際友達に指摘されるまでなんとツイテいる男だと思っていたのですから。

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 第52回「子どもの食べ方」(2020年1月6日)

学童の話

もう子育てしてずいぶん経つせいか(こう言うと、家内は「あんたは何もしていない」と冷たく言い放つので、家では決して言わない)、子ども達に驚かされることがある。今回はその食べ方について驚いた。決して全員がそうしているわけではないが、そういう子は確実にいる。

ケース1:せんべいの重ね食い

おやつで薄焼きせんべいが出る時がある。私の子どもの頃は1枚ずつ味わって食べたが、何人かの子どもたちは一度に薄焼きせんべいを重ねて食べる。一瞬でせんべいのおやつが無くなる。1枚ずつ食べることによって美味しい時間を伸ばそうという気持ちがないのだ。小学生の頃、友達とお好み焼き屋に行って延々2時間ねばったことがある。当時金属カップに1人前ずつ盛られたお好み焼きを水で薄めながらせんべい状態にして美味しい時間を延ばしていた。昔は子どもたちの魂胆を許容する土壌があった。

ケース2:最中の皮とあんこの別食い

子どもたちは最中が出ると皮とあんこを別にして食べる。表蓋を開けあんこだけをうまく食べる。と言っても皮を捨てることはせず、あんこを食べた後皮をゆっくり食べる。同じように饅頭の場合も皮とあんこを別々にして、皮は皮だけであんこはあんこだけで食べる。最中と違って皮が原型をとどめることは少ない。私が福島の柏屋の薄皮饅頭が好きなのは、皮が薄くあんこの量が多いからだが、あんこだけでは食べられない。黒糖の入った皮と一緒だからおいしいのだ。

ケース3:ご飯とおかずの別食い

御弁当の時に気づいたのだが、ある子どもはご飯とおかずを別々に食べるのだ。白いご飯を先に食べ、なくなってからおかずを攻略していく。私の子どもの頃は、食べものは寿司のように食べろと教わった。親父に言いたいのは寿司を食べさせてもらってないのに「寿司のように・・・」と言われても困った。親戚の葬式で食べたことはあるのでおおよそ言いたいことは分かったが・・・要するにおかずとご飯を一緒に食べろということだった。それの方がご飯が進むからだ。

若い時先輩に工場でご馳走になった時がある。その時食堂で頼んだのが「カレーライス丼」である。決して「カレー丼」ではない。つまり、カレーライスとご飯だけのどんぶりが出てくるのだ。カレーライスにあるルーをどんぶりにかけてまず食べる。どんぶりが終わったら、ルーが少なくなったカレーライスを念入りに混ぜドライカレーのようにして食べるのだ。(最初からカレーライスの大盛りにすればいいと思うのだが・・この先輩は他にもカツ丼ライスなるものも注文する時がある。カツ丼のカツを盛り飯の上に乗せて食べる。完食した後カツ丼のタレを利用してカツが1つしか残っていないカツ丼を食べるのだ。我々世代では常にご飯とおかずは対だった)。

ケース4:白いご飯は食べれない

ご飯が嫌いなのかと思ったら、白いご飯は嫌いだがその上にフリカケを乗せれば食べられる、チャーハンやカレーライスやオムライスなら食べるという子がいる。この子の苦手なのは旅行に行った際の朝食だ。旅行の朝食は焼き魚と卵焼きと味噌汁が定番である。これでは白いご飯となってしまうからだ。猫飯は我々世代の考えで決して彼はその行動に出ようとしない。ふりかけを要求するか、母親が事前に買っておくやり方でやり過ごすらしい。

食事の方法については家によって様々な違いがあり、正解は複数あるのだと思う。この子らも大人になったら講釈を垂れる私より必ず大きくなると思う。陸上競技とは違って私の意見が正しいとは限らないのである。

とは言うものの、子どもたちとワイワイガヤガヤ食べるのは楽しくまたおいしいものだ。冬休み子どもたちとお弁当を食べることによって、大家族主義のよさを満喫している。

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第51回「宣言効果」(2020年1月1日)

あけましておめでとうございます。

 我が家では、毎年元旦に今年の目標を子ども達に書かせてきましたが、いつの日かなくなってしまいました。今では逆に、新しい遺言書は書いたかと子どもに言われています。財産はいらないから借金だけは残すなと諭されています。それはともかく、1年の初めに目標を設定することは有意義なことだと思います。

 これまで、皆さんが目標を掲げて挑んだことがあると思います。

しかし、実際は失敗や挫折してしまい、諦めたまま今まで来てしまった人が多いのではないでしょうか。続かない理由の一つに、モチベーションがあります。

モチベーションは徐々に下がるもので、失敗や停滞があると一気になくなります。そして、続かない理由を自ら作ってしまい諦めてしまいます。喫煙は実は思ったほど体に悪くないのだとか、12月は忘年会があったのでダイエットはできなくても仕方ない、等と。

 心理学でいう「宣言効果」とは、ある目標を達成するのにあらかじめ目標を周囲に宣言してしまうと達成率が上がるという現象のことです。自分の夢や目標を周囲の人に宣言してしまうと後に引けなくなり達成しないといられなくなり、その結果、その夢や目標を達成しやすくなるという効果があります。

例えば闘病している少年のためにホームラン宣言をし、実際にホームランを打ったベーブ・ルースの「約束のホームラン」などは、宣言効果によるものともいえましょう。

テスト前には「100点を取る」と宣言して自分を追い込むことによって、実際に100点を取るのはとても難しいかもしれませんが、言った手前後にはひけずに勉強をして、100点に近い点を取ることができるのではないでしょうか。

 目標を周囲に宣言をすることにより、やらざるをえないところまで自分を持っていき、

続かない理由を作れない状況まで追い込むことにより、成功率を上げ、達成できるようになる、これが宣言効果です。

 周りに宣言できないという人が多いのは、達成できなかった時、揶揄されるのではないかという不安があるからです。しかし、そういう不安を抱えた人のほうが、有言実行する可能性は高いです。それは、不安の大きさがモチベーションの後押しをするためであり、不言不実行の人が多い中、宣言効果に乗ると頭一つ抜けると思います。

また、自分はできるのだ、自分は夢をかなえる力があるのだと思うことは、自分に対するピグマリオン効果(第28回「ピグマリオン効果」を参照してください)を期待できるのです。

 末尾にイチローの卒業文集をアップします。結果的には、彼が小学生で掲げたのは「夢」ではなく「目標」であったのかもしれません。この目標に向かって彼は努力したのです。

 人生に夢があるのではなく、夢が人生をつくるのです。保護者の方はお子さんに夢を語らせ文章として残させ、苦しい時悲しい時に読み返す習慣をつけさせてください。何度も言うことになりますが、小学生のコーチ(陸上競技)の役割は、持っている種を発芽させることです。身体的ピークが遅い陸上競技では、大輪の花を咲かせるのは大人になってからです。それまでお子さんを陸上競技につなぎとめるのは保護者の方の役割です。

昨年は生意気なことばかり言ってきましたが、今年もよろしくお願いします。

 

 <参考文献>ウィキペディア

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第50回「サンタさんはいるのか」(2019年12月28日)

学童の話

クリスマス会での話である。24日夜、子どもはサンタさんから自分のほしいものがもらえるが、そのことを事前にお願いしなければならない。七夕のように短冊に書く子もいれば、ただ念じる子もいる。願いの仕方は子どもによって千差万別だ。お願いポーズも合掌するもの、指を組むもの2種類がいる。

 学童ではサンタの存在について議論することはしない。学年が上の者が下の者に入れ知恵することもしない。信じる信じないは別に置いておいて、クリスマス会は年間行事に含まれる「学童行事の定番」なのだ。我々教師は12月下旬は飾り付けや買い出しで忙しい。

 Kという3年生の女の子が「先生、今日はね、サンタさんが来たらサインしてもらうようにTVの前にメモ用紙とサインペンを置いておくんだ。私の手作りのクッキーも一緒に置いて食べてもらうの」と内緒話をしてくれた。後日「どうだった?サンタさん来た?」と聞いたら、「うん、クッキー完食だった」「サインは?」もうこうなると教師ではなく興味津々の芸能レポーターになってしまった。「うん、サインもあったよ。『Thank You!』て書いてあった。プレゼントも私の思っていたように○○だった。サンタさんはなぜ私の希望がわかるのかな?」と楽しそうな顔をしていた。

 そういえば昔、我が家では何日か前にサンタさんにお願い事をしなさいと希望のものを書かせた。24日夜寝る時間に玄関前に希望の物を購入して置いておく。玄関には鈴をつけておき、糸を部屋まで延ばす。私が糸を引くとチリンと音がする。「おい、今音が聞こえなかったか?シー静かに」と発言。兄弟2人は「うむ?」と耳をそばだてる。もう一度静かに糸を引く。すると玄関の方から鈴の音が聞こえる。「サンタさんだぁ」と弟が反応し駆けていく。長男は恐る恐るついて行った。弟が「あ、僕の名前が書いてある」と言って、気が狂ったように家内が丁寧に包装した包み紙を引きちぎる。「あ!怪獣だ!」とすっとんきょうな声をあげソフビの怪獣を手に取った。兄は任天堂のゲームソフトを見つける。「サンタさんが来た!」と大喜び。この光景を見ると苦労して購入し演出した努力が報われる。子も親も「幸せ」を感じる1コマである。

 ところが、学童でいろいろな子どもの言動を垣間見ると、Kのような純粋な子ども達ばかりではないことに気づいた。中には知能犯的子供もいるのである。彼にとって、サンタさんは自分の欲しいものを手に入れるための都合のいい存在にしかすぎないのだ。

子どもがサンタさんにお願いしているのは、実はそのサンタさんの使徒である保護者に『こういうものが欲しいのだよ。違うものを間違えて購入しないように』と念をおしているのかもしれない。子どもの方が騙されているフリをして逆に保護者を操っているような気がしてならない。子どもは賢いのだ。保護者に直接言うのは懐具合も考えて言いにくい。サンタさんにお願いする形を取ることによって、心が痛まずにお願いできるのだ。ダメな場合は何らかの反応が保護者からある。その時は次善の策に切り替えればいいのだ。

 

 誰が純粋にその存在を信じ、誰がサンタの存在を利用しているか、外見上はよくわからない。子どもはいつも愛らしい純粋無垢の顔をしているからだ。しかし、プレゼントを手に入れ、「してやったり」という保護者の喜びから背を向けた瞬間、ニヤッとする子どもはいる。しかし、ここで保護者ががっかりする必要はない。低学年から高学年の端境期にはよくある現象なのだ。こうして子どもは大人になっていき、保護者は子離れしていくのである。

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第49回クロストレーニング(2019年12月22日)

バンビーニ陸上クラブに通っていた女子のNが強豪県である長野県のスピードスケートの大会で優勝しました。お母様からの電話では500mでは4位でしたが、1500mでは2分32秒89で優勝したそうです。スピードスケートは長野県、北海道がダントツでその中の長野県で優勝することは意義あることです。何しろ高梨、小平を生んだ県であり、幼児を含めた育成ヒエラルキーがしっかりしている県だからです。スケートのシーズンオフである4月から9月までの条件で通って頂いたのですが、少しはお役にたてたのかな?と思うとうれしい限りです。

スピードスケートでは自転車やローラースケートを取り入れた練習が有名です。橋本聖子選手は夏場の練習で自転車をこいでいました(実際橋本選手は自転車でもオリンピックに出たくらいです。今ではスケート連盟会長の他自転車競技連盟の会長も兼任しています)

今回はこの異分野のスポーツを積極的に取り入れようとする「クロストレーニング」について考えてみたいと思います。

 スピードスケート大会の会場に足を運んでみると、選手控え室付近にはサイクルトレーナーが整然と設置されています。このようにスケートと自転車は切っても切れない関係にあるのです。

サイクルトレーナーは主に筋力アップの他、心肺機能を鍛えたり、長時間身体を酷使することによって精神力を鍛えたりもできます。さらに大会中にはウォーミングアップやクールダウン時に使用されます。

スピードスケート選手はサイクルトレーナーに限らず、日頃の練習では選手の環境によって、自転車の種類は違いますがサイクルトレーナー、エアロバイク、ピストバイク、ロードバイクなどに乗ってトレーニングをしているのです。

 クロストレーニングとは、自分の専門種目以外のトレーニング・スポーツを行って、身体能力が偏らないようにするトレーニングのことです。ここではスピードスケートの選手が自転車で練習することをいいます。Nのお母様は先見性があり、今年の春先にご相談がありバンビーニに加入して頂いた次第です(第21回「スケートと自転車と私」をご参照ください)。

 クロストレーニングの効果

まず第一に、ケガの予防です。

専門種目ばかりやっていると同じ筋肉ばかりを使うことになり、オーバーワークになりやすいので、身体への負荷を抑えてフィットネスレベルを上げるという点に置いてもクロストレーニングは有効です。また、特定の動きが多くなるため、動きにも偏りが出てきます。

例えば野球のピッチャーは片手で投げる動作の繰り返し、サッカー選手は足をメインに使うので上半身より下半身の筋肉を多く使います。このように、一部の筋肉や関節に疲労がたまるとオーバーユース症候群や、じん帯の損傷・炎症などのスポーツ障害を引き起こすリスクが高まります。

 次にリハビリにも効果的です。

陸上選手でケガをした人が水泳や自転車練習に回されるのはそういった理由です。

専門種目で痛めた筋肉を使うわけにいきませんから、別の筋肉を使うトレーニングをするという至極普通の考えです。

 第三に普段使わない筋肉を鍛えることが出来るので、パフォーマンスは向上します。

ウエイトトレーニングなどの筋トレを行うことも正確にはクロストレーニングです。

専門種目でメインに使う筋肉でなくても時には集中して鍛えなくてはいけません。

例えば走り込み練習の翌日など、足回りに集中して筋肉痛がきても、腹筋や背筋などは筋肉痛にならない場合があります。だからと言って、走りに腹筋背筋を使っていない訳ではありません。高速で走るためには身体がぶれないよう強靭な体幹が必要です。

これらは走っていても鍛えられる筋肉ではありますが、集中して筋トレをした方が効果的に鍛えられるという理論です。

 最後に、練習のマンネリ化を解消できる点も挙げられます。

子どもですので、同じことを長期間にわたって繰り返せば、精神的な飽きがきます。また、技術的にも体力的にも上達が足踏みし停滞期に陥ることもあります。日本のスポーツは武士道的な精神修養の一面が強調されるあまり、一つのことに打ち込むことを良しとする土壌があり(第34回「陸上道」をご参照ください)、それは高いレベルの技術を生み出す場合があります。少年野球でもサッカーでも、世界的に見て日本の子供達の競技レベルは非常に高いです。その一方で、高校、大学と年齢が上がるにつれて、燃え尽き症候群やスポーツ障害などの弊害が数多く発生していることもまた否定できません。

 N選手がバンビーニの練習で長距離の呼吸法、腕振りの重要性、ペース配分、ラダーなどによる敏捷性など、スケート以外の練習を学んだことで今回の結果に結びついたと思います。N選手の今後のご健闘をお祈りします。

(写真左がN選手、右は自転車練習の小平奈緒選手)

<参考文献>

高橋大智氏のHP、FRAMEのHP、αランナーズHP、SPORTIEのHP

 

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第48回「巣立ち」(2019年12月15日)

学童の話

11月22日までの新規応募(2020年4月から)に対し問題児のA男は申し込みをしなかった。猶予期間の12月13日を過ぎたのでもう来期は来ないことが確定した。来年の3月末までは在籍の権利はある。ただ、月謝を持ってこなければその権利もなくなる。

彼の学童での姿を見たのはハロウイン前だったのでかれこれ2ヶ月見てなかった。先週子供たちを公園に連れて行ったとき、彼は友達と車座になってあぐらをかきながら、ポケモンカードをしていた。札の投げ方、札の取り方は堂に入っていた。たばこの吸い方の真似もうまいが、カードで遊んでいる姿は博徒の面影がある。学童で4時間拘束される窮屈さよりいいと思っているのだろう。

母親も女手一つで育てた子なので、我々が彼の所業を訴えても「うちの子は悪くない」の一点張りで、なおかつ最後は「学童の先生は何を見ているのですか、それでも教育者なのですか」と食ってかかる。学童内では悪いことをすれば怒るが、そのことは母親には言わない、が暗黙の了解となってきた(A男は怒られたことを自分からは決して言わない。母親に心配かけたくないからだ)。ウリ坊を見つけて「まあ、かわいい」と抱き上げると、母親のイノシシが猪突猛進してくるようなものだ。ウリ坊を見たら目をそらさずあとずさりして逃げるのが一番だ。見ていて可哀想なくらいの盲目愛はイノシシと同じで逃げるのが得策である。

A男は夏休みの朝母親に学童まで送ってもらい、その別れ際ちぎれんばかりに手を振り、「いってらしゃい」を連呼をする。この母子の固いきずなは永遠なのだろうなと思いつつ、彼の行動が演技でないことを祈っている。ただ、母親を見る限り、退室19時の約束なのに15分~30分の遅刻は平気、19時5分の場合は「セーフ」といって教室に入ってくる人なので、母親の態度や文句は何をか言わんや、である。学童では何回ももめ事を起こしてきたが、ついにそのA男も巣立っていく。

2年前1年生で入ってきたB男は宿題をやりながら寝てしまう子で、歩きながら寝る強者である。学童ではいろいろな子に逢ったが、彼はナルコレプシー(*)なのである。

学校でも寝ているらしい。学童では宿題の途中で寝たり、連絡帳を渡す際座って待っている間に寝てしまう。歩きながら寝たのは、おやつ後のお腹休めの時間に寝てしまい、散歩の時間になったので子供たちに起こされて、仕方なく外に出たのだ。様子が夢遊病者のようなのでおかしいと判断して、手をつないで出発したら10歩と歩かないうちに膝がガクンとしていた。明らかに寝たのである。公園に行くまで5回も膝を折った。

家で「お休みなさい」と言ってから自分の部屋で遅くまでYouTubeを見ているという。当時ニュースは北朝鮮のことが多かったので、朝鮮語が飛び交っているのを見たのだろう、朝鮮語を流暢に話す。正しい文章かどうかは問題ではなく、その話があたかも朝鮮語のように聞こえるのである。昔オヤジギャグとして「足臭せよ」→「アシクセヨ」→「아시쿠세요」と朝鮮語もどきを話してウケたことがあるが、そんなもんじゃない。本物のように1分間しゃべれるのだ。だから、可愛かったし、表情が豊かで愛着があった。学童内に白けた雰囲気が出た場合、B男に振ればおもしろい回答が返って来た。場をなごませる男として重宝していた。

しかし、1年前問題児のC男が入ってきてから雰囲気が変わった。C男はいろいろな事情があり、同情すべきことが多かった。だから、教員の間ではC男にエネルギーが偏り、B男に接する時間がなくなっていった。そのため、B男はC男に対し意地悪をしたり、中指を立てて侮辱したりするようになった。きっと、今までの自分に対する愛情を取られたような気がしたのだろう。自分にとって代わったC男のことは気に入らなかったのだと思う。ところが相手が悪い。C男は背も高く、頭もいい、さらに自己主張も強い(キレる傾向でもある)。意地悪されたり、物を壊されたりすれば、すぐ言いつけに来る。その度にB男は我々に呼び出され反省させられる。こうしてB男の反乱も3ヶ月で終わった。

その後にとった彼の行動は意外なものだった。連絡帳渡しや宿題の際、人一倍大きな声でかつわけのわからないことをつぶやき、ねえさん先生に怒られる。皆も「またか」とげんなり。彼は怒られることによって我々の歓心を買おうとしていたのである。大人しくすれば我々に怒られないが、声もかけられないより怒られても声をかけてもらいたいと思ったのだろう。彼のとった態度は涙が出るほどいじらしい行動なのだ。そのB男も親父さんの転勤で今月でやめる。

A男、B男が去っていく。教育現場ではよくあることだ。今度はC男が我々に立ちはだかる番かと思う。心しなければならない年を迎えることになりそうだ。

*)ナルコレプシーは、

日本語では「居眠り病」といわれる、睡眠障害の一つです。ナルコレプシーのいちばん基本的な症状は、昼間に強い眠気がくりかえしておこり、どうしても耐えられなくなってしまう「日中の眠気」です。

 

もちろん、日中の眠気は、前夜の睡眠不足のときや食後などの条件によっては誰にでも起こりますが、ナルコレプシーの場合、よく眠っていても空腹でも関係なく眠気がおそい、また毎日くりかえして眠くなり、しかも一日に何度もおこり、それが最低3ヶ月以上続くというものです。(認定NPO法人日本ナルコレプシー協会HPより)

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 第47回「子どもの脚質」(2019年12月10日)

第43回「ヒーロー」でもお話しさせて頂いたように、2019年埼玉チャレンジカップで子ども達が1人を除いて全員「ポケット」状態になり、思い描いたレースにならなかったことがあります。子ども達は大人しく黙々と練習をするタイプのため(相手を押しのける気性ではないため)、600mではスタートの出遅れは致命的でした。改めて子供たちの性格を見極めたレース展開をすべきだと思いました。

*)「ポケット」:スタートで出遅れると前にも横にも動けずしばらく後方に位置する状態

 競馬では、競走馬がレース中どの位置にいると能力を発揮できるか、その位置取りでレースを進めることを脚質といいます(第9回「競馬その2」【脚質】に詳しく記載していますので、そちらもお読みください)。

脚質は大きく分けて

(1)逃げ

(2)先行

(3)差し

(4)追い込み

(5)自在

の5種類です。

もう一度記述しますと、脚質を決めるのは、主に馬の精神面(気性)と走行能力(脚力)です。

1.精神面について詳しく見ると、

他の馬より前に出ようとする闘争心、最後まで諦めずに走る粘り強さ、騎手の指示に対する従順さ(折り合い)、馬群の中でレースをしてもひるまない図太さなどがあります。

2.走行能力について詳しく見ると、

脚の速さの他にスタート直後の加速力・瞬発力やレース終盤での瞬発力、持久力などがあります。

 小学生特に低学年はゴールしても力が有り余っていることが多いです。

精神面では、遅くなっても抜かれても「くやしくない」のです。まだ、他人と争うことを知らないのです。走行の能力の面では、驚くことに全力走ができないのです。脈拍を計ってもレース前とレース直後とダウン前と脈拍数が変わっていない子がいます。全力走とは何かを教えるということがまず必要です。極端なことを言えば、犬を子ども達の前で放して追いかけさせればきっと全力走をします。転んだり、動物に対する極度の怯えなど情操教育上よくないのでしませんが、やってみたい衝動に駆られます。

 このような初期的問題点を乗り越えた子供たちを対象にすれば、だいたい競走馬と同じタイプに子供たちは分けられます。

バンビーニ厩舎の牝馬たちの中では

「逃げ」で成功したのがIです。一人で抜け出しそのままゴールしました。1度もトップを譲りませんでした(越谷カップ)。勝ち気ですが優しいので競ったら押しのけるか譲るか微妙な動きをするので「逃げ」がよかったのでしょうね。

「先行」を得意とするのがNです。しかし、この子の真骨頂は「自在」です。「先行」は周りの子が遅いことが多いので仕方なく前に出てしまうからです。相手によって戦法を変えられる自由度があり、真に強い馬です(彩の国クラブ交流大会)。川口マラソンではRが先行の脚質を持っていました。先頭はあの田口倖菜さんなので、途中で2位狙いに変えました。

Sはスピードがあるため「差し」の脚質でうまく先頭集団についていけば成功することができます。先行する集団がスパートする前に、あるいはスパートする際に反応よく前に出れば勝てます。

一方、牡馬たちは全般的に気が弱く馬群の中でレースをするのを嫌うのが5年生のT,YやZです。気の弱い逃げ馬はペースの緩急をつけるのが苦手で単調なペースで走ることが多く、彼らに共通の課題でもあります。他の馬に追いつかれた途端に気力をなくしてしまうことも多く、今後の練習では先行の脚質練習をさせ、精神(気性)を変えさせていければと思います。

逆にKやTという子は低学年ながら根性があり「先行」タイプでもありますが、もう一度伸びる二の脚を使い、最後に後続を突き放して勝利することが多いのです(越谷カップ)。

先週、今年最後の大会である川口マラソンでは私が大ポカをやらかしてしまいました。

第38回川口マラソンでNがずっと先頭を走り1位で競技場に入ってきましたが、最後に同タイムで差し切られました。ゴールの際、私はいつも胸を出してフィニッシュしろと教えています。ルールでは、頭でも足でもない、ゴールは胴体がゴールラインに到達した時だからです。ところが川口マラソンは足に記録用のチップをつけてこれがセンサーに感知された時がゴールなわけです(他の大会ではゼッケンにつけるタイプもあります)。

どういうことかというと胴体がゴールラインに到達しても足がゴールラインに届いていなければ(考えられる例としては倒れ込んだ時です)、まだゴールではないのです。このことをNに教えていませんでした。川口マラソンの「ゴールの仕方」はゴールの際足を前に出すことなのです。もう一つポイントがあります。チップは1つのため右足につけるか左足につけるかは個人の自由です。自分のつけた足を覚えていて、つけた足を前に出すのです。

Nにはかわいそうなことをしてしまいました。ルールを熟知することはコーチの責任です。またそれを伝えることもコーチの仕事です。反省の1年になってしまいましたが、来年はうちの子ども達が各部門とも最上級生になるので、この経験を生かし上位独占を狙います。

 

 

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 第46回「映し鏡」(2019年12月1日)

学童の話

勉強の時間(だいたい30分くらいだが)は本読みと計算カードをする。計算カードではズルする者が少なからずいる。計算カードはたとえば「5+7」のカードをめくると裏に「12」と答えが書いてある。それが30枚あり、何分で計算できるかという勉強の仕方だ。しかし、これには文字通り「裏」がある。「5+7」で答えを言ってから裏を確認するならいいが、早くめくろうとして「ごうたすななは」と言っているうちにカードをめくるので答えがわかってしまう。「お前、答えを見て答えているだろう」と言っても「ぼく、見てないもん」と言われればそれ以上は言えない。でも絶対見ている。もう一つはカードを順番に並べてあるのをシャッフルしないから、「5+7」の次は「5+8」の問題になるので、順に1を加えていく問題になるから、問題を見ずに答えていく不届き者もいる。自宅では親は忙しいし、面倒くさいから野放しなのかもしれない。しかし、そういうずる賢い子も1年たつとできるようになるので、目くじらを立てることはしない。

学童では、その後帰る時間まで遊び時間である。

小3の男の子(E男)が遊び時間にママゴトをする。小1の女の子(F子)に誘われるからだ。この子は私の「UNO」の遊び仲間で、ママゴトに彼を取られるのは辛い。仕方ないので、小3の女の子と曼荼羅をして遊ぶ。隣ではE男がシルバニアファミリーのママゴトに夢中だ。曼荼羅で相手が考えている間にE男の声が聞こえる。「ぼくね、ご飯がほしいなあ」「それはお父さんにいいなさい。今日の当番はお父さんですよ。まったく、私ばかり当てにしないでね」「はあ~い、お父さんは今日はどこかな?」「どうせパチンコですよ」「じゃあ、いつ食べれるの?ぼくお腹空いちゃった」と舌足らずの幼児言葉でE男は喋る。曼荼羅の相手の女の子に「E男はずいぶん赤ちゃん言葉で話すな。何歳の設定なのだ」と「聞いたら「ああ、E男は赤ちゃんではなく今日は犬だよ」「何、犬をやってるの?」、1年生がママで3年生が犬か、思わず笑ってしまった。シルバニアファミリーのママゴトセットは動物が主体だからやむをえないか。ママゴトは「飯事」だから自分の生活の一部が入ってくる。現実と願望が織りなす世界となる。F子はE男に「がまんできない子は家に入れませんよ」と答えている。きっと、ママゴトの世界はF子の家庭を反映しているのだろう。

問題児のA男はおやつのポッキーを食べる際、煙草を吸うマネをする。ところがこれがまたうまいのだ。ほっぺを少し凹ませて煙を吸い込み次に吐く。吐くのもゆっくりと恍惚の雰囲気を漂わせ、こいつ自分が吸ってるいるのではないかと思わせるほどの力量だ。

子は親の映し鏡、親は気をつけた方がよいのかもしれない。

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 第45回「戦友」(2019年11月25日)

昨日、第14回彩の国小学生陸上クラブ駅伝競走大会(熊谷陸上競技場)に初めて出場しました。結果は56チーム中真ん中くらいでした。1区女子2区男子3区女子4区男子5区女子6区男子の6人で1チーム、バンビーニは全員5年生での構成でした。

駅伝の魅力はいろいろありますが、早稲田大学スポーツ科学学術院の松岡宏高教授は、大学駅伝のおもしろさを次のように指摘しています。

 「『結果がわからないものを見る楽しみ』。襷をつないで走り、ときに何が起こるかわからない『ドラマ性』。今年はどこが強い、どの選手が楽しみかと頭をひねる『予想、予測性』、そして、自分自身や家族の出身校など特定の大学を応援する『カレッジ・アイデンティティ』がより顕著に現われている」

今回は初めてだったので相手の分析はしていませんが、優勝を争うなら相手のメンバーの1000mのタイムを調べ、バンビーニの子どもの持ちタイムと比較して、3区で30秒以内ならいける、6区で10秒差なら勝ったなどと計算する楽しみがあります。小学生は周回コースなので地形的、性格的なコースの得手不得手は考えませんでしたが、大学駅伝なら監督は選手が山登りが得意なのか、山下りがすぐれているのかも考慮します。

箱根駅伝では、意識がもうろうとして走る選手、実業団駅伝では怪我で走れずに這いつくばってタスキを渡す女子選手などに感動し、またそれを期待するスポ根(スポーツ根性物語)的興味が自分をTVに向かわせているようです。

もしうちの愛泉が這ってタスキを渡すことになったら、気が狂っちゃうほど動揺してしまうでしょうね。そのまま声を大きくして応援するか(きっと涙声で何を言っているかわからないでしょうが)、冷静に彼女を抱きかかえレースを止めるか、自分の行動がどうなるかわかりません。このことを書いているうちに想像して涙が止まりません。基本軸が定まらないのでは、指導者として失格かもしれません。

抜かれた時の罪悪感、順位を上げた時の高揚感、他人の頑張りを心底応援する期待感、子どもは今回純粋に体験しました。

南サブゲートから善が現れた時は(途中まで観戦できますが200mくらいはスタンドの裏に隠れたコースで南ゲートから出てくるまで見えません)、「海難事故で助けを待っていたら大きな日の丸をつけた捜索救難機が現れた」ようなもので、頼もしくまた仲間でよかった気がします。

今回お腹が痛いと手を斜めに上に上げたり下げたりする奇怪な動作をしたアンカーの奏冬が絶好調だったら10人抜きをして、それはそれは白馬の騎士が現れたように思うでしょう。子どもの頃TVで見た「ローンレンジャーが白馬シルバーに乗って崖の上で立ち上がる場面」が思い出されます。アンカーはおいしいところ皆持って行ってしまうのです。来年誰をアンカーにするか楽しみです。

友達を信頼すること、これは決して簡単なことではありません。人生において何人の人間にできるでしょうか。戦争は生きるか死ぬかの極限にあります。家族以外に命をかけて守る相手、また守られる自分、それが戦友でしょう。だから「戦友」は誰よりも絆が強いのです。4位で帰って来た寧々に対して2区の怜吾は「ワァー、何でこんなに速く来るの?責任が重大になってしまう」と思ったでしょう。逆に前の選手が順位を落として帰ってきても、タスキをもらったらあいつの分も取り返すと頑張る子も出てきます。「頼むぞ」と言ってタスキを渡す子ども達。こうして彼らは段々「戦友」になっていくのでしょうね。1人で戦う陸上競技に唯一仲間意識が出るのが短距離のリレーであり長距離の駅伝なのです。

今回は順位はたいしたことありませんでしたが、来年全員が最上級学年ですので、最後のレースとして入賞させてあげたくなってきました。力が入り過ぎるとろくなことがないのですが・・・

 

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 第44回「天才」(2019年11月18日)

学童での話

才能のある子が世にいる、ことを学童で教わった。

サヴァン症候群の子が実際にいたことだ。ある時、宿題を見るということで室内を巡回していた。その子は公文に行っており、公文の問題をしていた。もちろん我々が教える必要もないし、質問に答えることもない。ベテランの先生からはあの子に近寄らない方がいいと言われていた。なぜかはそのうちわかると言われた。その子と一緒に勉強していた友達が九九をお願いしますと言ってきた。九九の勉強とは、本人の九九を聞いていればいい。間違ってないか、何分でできたかをチェックすればいいのだ。つっかえ、つっかえ言うので、つい隣の件の子のやっていることを見てしまった。というより見えてしまった。彼女は何と積分をやっていたのだ。小2の同級生は九九で四苦八苦なのにこの子は数学の積分をしている。高3でやる積分、そう私が一番嫌いだった積分をいとも簡単に解いている。質問されても答えることができない問題をやっているのだ。これは近寄らない方がいいとベテランの先生が言うわけだ。女の子は、我々に聞いてもダメだろうという顔で質問をしない。他の学問たとえば国語などのレベルは高くない。自分からは仲間に加わらない。1人遊びが多い。しかし、数学においては天才なのだ。これじゃ算数の時間が馬鹿バカしいだろうな。

次に小1の男の子の描いた絵だ。何も見ずにすらすらと絵をかいた。ZOZOの前澤社長の購入した絵で注目されたバスキアの絵と比べてそん色がない。もちろん油絵とデッサンの差があり、単純な比較はできないが。この子は私の学童日記に出てくるC男である。鼻くそをほじくって鼻血を出した、と女の子をからかった男の子だ。場の雰囲気を察することができない生活における問題児だ。怒られた時はその時はシュンとするが、5分もしないうちに同じことを繰り返す懲りない男の子だ。いまはクレヨンだが、この子の才能に気づき、デッサンや色遣いの教育をすれば123億円の絵を描くことも可能なのではないかと思った。

子どもの能力は計り知れないのだ。この才能を生かすのも殺すのも我々大人の責任だ。

*)サヴァン症候群

知的障害や発達障害等のある者の内、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言う。

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 第43回「ヒーロー」(2019年11月12日)

先日の埼玉チャレンジカップでバンビーニの子ども達のほぼ全員がスタートでポケット状態となり、前にも横にも行けない状態となってしまいました。600mですので200mのスピード練習はしてきましたが、スタートから100mの練習はしていませんでした。うちの子は性格がやさしく他人を押しのけてまで前に行くようなタイプではありませんので、その差が1位との差になってしまいました(前半の差が心に諦めの気持ちを芽生えさせてしまいました)。完全に私の指導ミスです。

スポーツにおいて、性格は勝利を左右する大きな要因であります。戦闘的かつ英雄願望を持たなければいけません。子ども達がもっていなければ、無理やりにでも考えを変えさせる(性格的には納得できないがコーチの方針なら仕方がないと思わせる)ことが必要です。落語家は家に帰ると無口な人間に戻る人がいるようです。AKBのメンバーの中には内気な子がいるそうです。陸上の大会は舞台です。舞台に立った時は、落語家やAKBのように普段の自分を変えないといけません。ある面二重人格でいいのです。

行動心理学においては、人間の行動のベースに『何かを手に入れるためにリスクをとる』促進フォーカスと『リスクを避けようとする』予防フォーカスがあり、それぞれ別の神経系が関係しているとしています。この志向は試合中に『勝つためプレー』をするか『負けないようなプレー』するかの選択のベースとなります。

高梨選手は以前は圧倒的な力があり、他者を寄せ付けませんでした。適切なライバルが存在しない中、周囲のメダルへの期待とそのプレッシャーから目先の短期目標であるオリンピックで勝利することだけに意識が向いてしまい、予防フォーカスがかなり強く働いてしまったと考えられます。違う性格なら絶対優勝できたでしょう。

選手の心理がわかりやすいのはラグビーです。勝っているチームは残りわずかな時間になると反則をしないようにかつミスをしないようにと心がけます。負けているチームはミスを恐れず突き進むだけです。勝っているチームは時間が長く感じられ、負けている方は時間が短く感じられます。気持ちの持ちようなのです。

各国の国民性を表現するジョーク(エスニックジョーク)に「沈没船ジョーク」という有名なものがあります。

沈没しかけた船に乗り合わせる様々な国の人たちに、海に飛び込むよう船長が説得を行います。その時の決め台詞が次の言葉です。

アメリカ人に 「飛び込めばあなたはヒーローになれます」

イギリス人に 「飛び込めばあなたはジェントルマン(紳士)になれます」

ドイツ人に 「飛び込むのはルールです」

イタリア人に 「飛び込めばあなたは女性に愛されます」

日本人に 「皆さん飛び込んでいますよ」

韓国人に 「日本人はもう飛び込んでいますよ」

アメリカ人アスリートが世界記録を出すのは「ヒーローになれると思う」国民性なのかもしれません。バンビーニの子ども達には大会で走る時だけアメリカ人になってもらいたいと思います。

 

 

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第42回「未来予図」(2019年11月3日)

学童での話

 ある日、鼻血を出した子がいた。服が血で汚れたため体操着で帰って来た。一年生のC男が盛んに何で鼻血出したの?と聞いていたが、答えたくなかったようだ。ずっと黙っていた。C男は業を煮やして「○○ちゃんは鼻くそほじくって鼻血出したんだって」と皆に聞こえるように言った。もちろんフェイクニュース。○○は驚いたように「ちぇ」とばかり嫌な顔をした。しかし、C男は全然空気が読めず大声で繰り返していた。○○は可愛い顔立ちで将来きれいな女性になると思われる。女の子というものは自分が可愛いとか綺麗とかを小さいうちからわかるのだろう。体操着で帰って来たことを盛んに悔いていた(体操着には大きく○○と書いてあった)。自分の名前が変な人に知れたのではないかと・・・名札は学校内だけで行き帰りははずすことになっていたことを最近知った。

B男は女の子にちょっかいを出すくせがある。女の子が泣きながら学童に帰って来た。B男がXXに手を上げたらしい。学童では暴力はゆるさないから、女の子の訴えを取り上げてB男に詰問した。するとB男は「XXちゃんが僕のことを気持ち悪いといったから」と反論。帰り道に女の子の耳のうしろからねこじゃらしを当てたようだ。女の子はねこじゃらしでくすぐられるのを「気持ち悪い」と言ったのだが、B男は自分が言われたと思ったのだ。普段からえげつないことをするので時々皆から総スカンをくっている。自業自得だ。手をあげたことはいけないことだからきちんと謝らせた。か細い声で「ごめんなさい」と。この言葉でXXのゆるしを得た。

 これで終わりかと思ったらB男が「僕にも謝って」という。何に?と思ったが、気持ち悪いと言ったことに対してらしい、大人の女の人なら「ふざけんじゃないわよ、自分が勝手に勘違いしたのでしょ、何で私が謝らなきゃいけないの?」と怒鳴られるところだが、長引くとおやつの時間にかかるため、強引に「そうだね、XXも誤解するようなことは言わないようにね。これでお互いめでたし、めでたし。はい、仲直り」という支離滅裂な言葉で喧嘩を終わらせた。結局XXは謝っていないが、私の言葉で、B男は謝って貰ったような気がして納得したようだ。

 XXは容姿は普通だが、姉御肌で将来面倒見のいい大人になると思う。飲み屋のママでもやっていける能力はある。

アルバイトで責任がない、孫のような年齢の子どもたちだが血がつながっていない、人生長く生きてきたが器用に生きることはできなかった、などのことから、個々の児童の未来予想図を書くことができると思う。すべての子の未来を当てることはできないだろうが、確実に言えることは、10年後この2人の男の子に口をきいてくれる女の子はいない。

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第41回「ピア効果」(2019年10月28日)

ローンウルフ(一匹狼)は気楽でしょうが、決して効率のいいものではありません。漫画のゴルゴ13(謎のスナイパー)はかっこいいが生きるのは大変だと思います。長生きはしないだろうと思います(といっても50年以上いまだに連載しているので、主人公デユーク東郷は単純に計算すれば80歳を超えています。普通なら老眼で300m先の相手など見えないはずですが・・・もう出生のいわれもグシャグシャになっているはずです)。

 さて、現実に目を向けると、1人で何かをやろうとするよりも、競い合いや切磋琢磨する仲間がいた方がモチベーションも上がるし、やる気も持続しやすいと思います。さらに、互いに励まし合うことができるために挫折しにくくなります。チーム、組織、集団による効率の向上を行動心理学では「ピア効果」といいます。

難関大学を目指す進学校のように、高い意識や能力を持った人間が集まりお互いを刺激・感化させることで、集団全体のレベルアップに加え個々の成長に相乗効果をもたらすのは、ピア効果を利用したものなのです。

企業では個人ではなくチームで作業する組織にしています。チームで生産を行うことによって、互いに補完的な生産活動をしたり、互いに教えあうことによって知識や技術が熟練されたものになったりするなどの効果があります。また、自分がサボることによって迷惑がかかる人がいる、という意識が社会的な規範やプレッシャーとなり、生産性が上がるのです。

陸上競技でも川内選手のように独自で考えたメニューを実践して力を付けた選手もいますが、オリンピック選手になれませんでした。独学はある面強いですが、体系的な観点が弱く、通常の学生が知っている基本知識が剥落しているところがあるのです。陸上界でも同じ現象が起きるのです。冷静に自分を分析して練習を課せないこともあります。

陸上競技それも長距離に当たっては協働の環境は必要不可欠です。

また、集団では協働ばかりではなく競争でも効率がよくなる場合があります。自転車の競争で、単独で走っている人と複数で走っている人の速さを比べた研究があります。その結果、複数で走っている人の方が単独で走っている人よりも速かったのです。目に見えるところに頑張っている競争相手がいることで、ピア効果が働き、自分も頑張ろうという意識が自然と強くなります。

しかし、競争相手のレベルによっては、ピア効果の大きさは変わってきます。例えば、相手のレベルが自分と比べて高すぎる場合、どう頑張っても相手には敵わないから、と力を出し切ることを諦めてしまうということが起こり得ます(中2男子Aの川口の短距離選手森本君に対する態度)

逆に、相手のレベルが自分よりも低い場合には、本気を出さなくても勝てる、と手を抜いてしまうのです(中2男子Aの学校のクラブの部員に対する態度)。よって、ピア効果が発揮されるためには、競争相手は互いに油断したら負けるくらいのレベルの人が望ましいことになります。だいたい同じレベルの相手であれば、ピア効果が存分に発揮されやすく、切磋琢磨して能力を高めていくことができるのです(中2男子Aの中1男子Bへの変化)。

競い合うことで人間は大きく力を発揮し成長します。まさに資本主義社会はそのように経済を発展させてきたわけですし、スポーツの世界もそうです。

フィギュアスケートのキムヨナ選手と浅田選手、羽生選手とチェン選手、競泳の萩野選手と瀬戸選手などがライバルとしてお互いにしのぎを削ったのです。その結果お互いにレベルが上がったのです。「あいつには負けたくない!」と強く思うことが必要です。「自分とあいつは条件が違うから、この先自分が劣ってしまってもしょうがない」などと言い訳を考えてはいけません。

ライバルに設定した相手には何としてでも勝とうと努力しなくてはいけません。

「ライバルを力にする」そんな雰囲気がバンビーニ陸上クラブで芽生えてきてくれればと願っています。

 *)ピア (peer) とは仲間、同級生、同僚、地位・能力などが同等の者という意味を持つ単語。

 

 参考文献:ウイキペディア、行動心理学におけるピア効果、ゴルゴ13(小学館「ビックコミック」)

 

 

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第40回「ある女子選手の一考察」(2019年10月22日)

第33回彩の国小学生クラブ交流大会でバンビーニの5年生の女子選手が2位に入りました。1位の選手のスプリットタイムは200m32秒、400m72秒、600m1分54秒、800m2分36秒、1000m3分19秒66でした。一方バンビーニの子は200m35秒、400m75秒、600m1分57秒、800m2分38秒、1000m3分19秒87でした。800mの時点のタイムから予測するとラストでかわせたと思います。タイム決勝の綾ですね。

今回はこの子について考察してみます。

(1)記録の変遷

ベスト記録の更新は7月28日越谷カップ3分33秒06、9月22日草加市選手権3分28秒94、10月16日越谷市内小学校陸上競技大会3分24秒95、10月20日3分19秒87です。

この記録の伸びは私の指導の結果ではありません。3ヶ月で1000mのタイムを13秒以上縮めることは、指導の範囲を超えています。

彼女の抜群の素質によるものと思われます。

(2)個人分析

彼女をもう少し分析してみましょう。

①誰も彼女を脅威と思っていない。強いというオーラが感じられない。

②見た目も速いという際立った走り方ではない。

③本人は飄々としていて、かつお母さんがガツガツしていない。子供たちの自由にさせている。

④食事を好き嫌いなくたくさん食べる。

⑤骨太(体幹がしっかりしている)である

⑥もともと彼女の専門は水泳である。基礎体力を鍛えるつもりでバンビーニに入会した経緯がある。

⑦文科省の体力テストはダントツでAランク

⑧ゴールデンエイジに入っている

そのため、前回33秒で入ったため後半落ちてしまった経験から、200mの入りは若干遅くして入れというと、1,2回の練習でそれをこなせる(35秒~36秒)。今回同組の32秒で駆け抜けた先頭の子に左右されなかった。ラストスパートはラスト150mからというとそれを実行していた。くどい指導をする前にこなしてしまう。今回のレース展開は200m毎のラップタイムが200m:35秒、400m:40秒、600m:42秒、800m41秒、1000m41秒で、練習で課題にしていた40秒/200mの平均タイムを意識して走れた。

(3)感想

クラブに在籍して練習してくれている中2の女子のように長距離に強い(200mインターバル20本を36秒で帰って来いといえば、ほとんど±1秒で全数クリア出来る)タイプでもなければ、中1の女子のように切れ味鋭いラストスパート力もありません。ただただレースが終わってみると前に誰もいないのです。

剣道で言えば、上手くも速くもないのに「構えが崩れず下がらず」、無理に崩そうとすると逆に自分が崩れて打たれてしまう相手なのです。

「うまい人は、試合にしろ稽古にしろ、終わったあとに相手に清々しい気持ちを残してくれる。試合で自分が負けた時は本当に負けたと言う気持ちを残し、後腐れがない。自然に頭が下がる。ところが、前述のタイプの人間と試合して負けた時には、もやもやした気持ちが残りすっきりしない。なぜ負けたのかわからない」

彼女は相手にそう思わせるタイプなのです。だから手ごわいのです

(4)2020年の彼女

来年から小学生の長距離の全国大会が予定されています。これまで小学生のうちから長距離をやらせるのはどうかということで全国大会がなかったのですが、現実を調査しやっと認めたのでしょう。800mか1000mかまだ決まっていないのですが、どちらでも対応できるようにしたいと思います。ここで認められて中学では他のレベルの高いクラブに入ってもっと上をめざしてもらいたいと思います。それまでにバンビーニの他の選手の良い目標になってもらいたいと思います。

 参考文献:ウイキペディア、全日本剣道連盟HP

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 第39回「暗黙知」(2019年10月12日)

「得られた客観的データ(数値)を統計的に処理し、結論を導き出す。さらに、多くの人に理解・応用してもらうために、他の研究者の研究結果と合わせて考察して客観的データを基に、言語や図表を用いて説明する」その結果人類に貢献したと認められる発見、応用や理論に対しノーベル賞はもらえます。

しかし、一般人である我々は「私たちは言葉にできるよりも多くのことを知っているが、それを言葉で相手に理解させるのは難しい」ことを知っています。マイケル・ポランニーは、知ってはいるが言葉で表現できない知識を「暗黙知」と呼びました。

巨人の長嶋元監督のように野球界でのスーパースターが少年野球教室で子供たちに「球がこうスッと来るだろ」「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」「あとはバッといってガーンと打つんだ」と教えたそうです。たとえ野球界で天才といわれた選手でも、自分が会得した技術を皆にわかるように教えることは難しいのです(別の話でも使いました。第31回「夜と霧」を参照してください)

運動会対策イベントなどで、初めての子どもを指導する時、ポイントは3つあります。一つ目は腕振り、二つ目はモモ上げ、三つ目はスタートの構えにあります。腕振りは、1.手を伸ばして走る、2.腕を体から離して振る、3.太鼓叩きのように振る 子が多いのです。腕を曲げて走れといっても、どうやら本人は腕を曲げて走っているらしい。確かに腕を前にあげて下ろす際、体に近くなるまでは、合っています。問題は体まで肘が降りた際、肘を後ろに突きあげれば問題ないのですが、肘ではなく前腕または手首を後ろに持っていくものだから、手が伸びてしまうのです。これを指摘しないで腕が伸びているというと子どもの気持ちでは「僕、ちゃんと腕を曲げているのに」との不満が出てきます。運動会対策イベントを催すと必ずこうなりますが、1時間のレッスンでスタートからゴール、カーブの曲がり方等を教えるため、腕振りだけに多くの時間はさけないので、ある時間経つとスルーしてしまいます。最後まで腕が伸びている子には申し訳ないと思います。

当クラブで腕振りが個性的だという子はいません。すべて入会して1ヶ月間たっぷりと時間をかけて直してしまうからです。紐を持たせて走らせるなど、これまでの経験で得た方法で強制的に直してしまうのです。そこには納得した説明にはならない場合がありますが、つい「習うより、慣れろ」方式を取ってしまうのです。

指導者は暗黙知ではなく形式知として指導すべきですが、言い訳に聞こえるでしょうが、たとえば自転車の乗り方を子どもに教える場合、皆さんは理論的に教えられますか?自転車の後ろを持ってあげて練習しているうちに、手を放し本人が持ってもらっているものとして一人で運転した後、後ろを振り向いて「できた!」、とお決まりのコースではなかったでしょうか。初めての自転車の乗り方は、ほとんどの人が言語化できないのです。

ラクビーや野球のように個人技の他に「作戦」がある競技は数量化と体系化が必要ですが、芸術(絵画、音楽、写真・画像、彫刻や陶芸、舞踏やダンス等々)や多くのスポーツ(柔道、体操、陸上競技など)では、視覚や聴覚などの感覚器官を通して教育されます。しかし、この分野の教育は、言葉では語り継げないもの「暗黙知の伝授」なのです。

つまり、この分野では師匠は何も教えない、ただ弟子は師匠のやっていることを見て自分のものにするというのが、教育であるとしています。「グッとラック!」の司会をしている立川志らくは立川談志(笑点の大喜利を企画した落語家で初代司会者)の弟子ですが、談志の物まねがうまい。きっと師匠の動きや語り口を一生懸命勉強したからだと思います。

先日当クラブに、小学生の陸上界では有名な4年生の女の子が練習に来ました。ところがその子には幼稚園の妹がいました。いつもセットです。一緒に走っていい?というので走らせたら、なんと速いこと速いこと。3年生以下は皆置いてかれました。幼稚園児で、しかも400m走のインターバルなのです。ところがよく見ると、その走り方は腕振りからモモの上げ方までお姉ちゃんそっくりなのです。顔も似ているので背の高さで判別しています。これなどは「門前の小僧」的教育だと思います。お姉ちゃんの練習や試合にいつもついていくから目でフォームができあがったのだと思います。「持久力も見るだけでアップするのか?」と言われると何も言えなくなりますが、少なくともフォームは見ているだけでよくなるのでしょう。

実験はしていませんが、もしかすると見ることが持久力をアップさせるのかもしれません、このテーマに興味が湧いてきました。そういえばバンビーニにも長距離クラスにキョウダイが3組います。姉弟2組、兄妹1組、このキョウダイも共に速い。妹や弟は姉、兄に比べて競技歴は短いのですが上の子の同学年時に比較して速いのです。3組に共通しているのは「いつも一緒に行動している」ことです。

自分の好奇心を満たすために、TDCAサイクルの手法を活用していきたいと思います。

Theory(理論):従来の実績や将来の予測などをもとにして理論を作成する(「仮説」を立てる)

Do(実行):理論に沿って練習を行う(練習のすべてのタイムを記録します。1人で来ている子との比較なども行います)。

Check(評価):練習の結果が理論に沿っているかどうかを評価する(実際の伸び率を計算する)。

Act(改善):実行が理論に沿っていない部分を調べてTを修正する(伸び率が他の子より小さいことが起きた。「やる気の問題」という仮説)。

改善したTをTDCAサイクルの中心に置き、再びTDCAサイクルを動かすのです。

このキョウダイの下の子が速いのはなぜか?まずは「速くなる理由は、上の子の練習を見てきたので、練習に関する不安も恐怖もない。そのため、すんなり練習に溶け込めるからだ。暗黙知の習得を自然にしている」という仮説を立ててみたいと思います。

参考文献:ウイキペディア、暗黙知の次元

 

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第38回「愛称」(2019年10月5日)

学童では教師を愛称または短縮形で呼んでいます。私は「イリ」池田先生は「イケ」と呼ばれています。これは、子どもが上から目線の態度をとろうとしているからです。巨人の長嶋茂雄選手は同僚の王選手などからは「チョウサン」と呼ばれていましたが、監督の川上氏には「シゲ」と呼ばれて怒られていました。彼らは川上監督になろうとしているのです。

我々は子ども達に〇〇先生と呼びなさいなどと強制するつもりはありません。彼らは自分たちが困った時や負い目がある時は自然に○○先生と呼ぶからです。公園で怪我をしたり、水を床にこぼした時には我々に対して「イリ」とか「イケ」とは言わないのです。

 さて、その愛称または短縮形で思い出したことがあります。「ロシア文学に対する挫折」です。

若い時、有名作家の本を教養のひとつとして読もうと文学にのめり込んだことがあります。しかし、トルストイ、ドストエフスキーらのロシア文学に挑戦した時は読破どころか、50ページも進まないうちに心が萎えて断念してしまいました。まだ家に埃にまみれておいております。たぶん死ぬまで読まないと思います。家内は捨てろといいますが、学生時代食事をけちって買ったものだから、捨てられないのです。本を見ると、もう今ではすっかりなくなってしまった向学心に燃えた若い頃を思いだすのです(だからと言って、どうってことはないのですが)。

 ロシア文学は、人物の名前が長く、登場人物がやたら多い、なんだかわけのわからないサイドストーリーがいろいろとあってあらすじを追うだけでは理解が難しいのです。

戦争と平和では主な登場人物が559名いるらしいのです(47ページでやめましたから、ウイキペディアで知ったのです)。

さらなる問題は人物を愛称で呼ぶ場合と父称、正式名で呼ぶ場合とに作家は分けるのです。つまり、登場人物の名前が場面によって変化するのです。カラマーゾフの兄弟の一人に「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」という人物がいます。これが彼の正式名前ですが、小説の中では、ミーチャと呼ばれ、「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」と「ミーチャ」のどこをどうとったら同一人物になるのか、わかりません。日本語では久子、久男が「ちゃこちゃん」「チャ―ボー」と呼ばれます。ひさこは幼児や外人には呼びにくいらしく「ひさこ→ひちゃこ→ちゃこ」という変化で「久」のつく人は「ちゃこ」と呼ばれるとお袋に教わりました(お袋は久江でした)。

また、日本語でも官位がつく正式な呼び名は昔ありましたが、真田左衛門佐信繁(さなださえもんのすけのぶしげ)が真田幸村であることはすぐ覚えられます。

しかし、慣れないロシア語では発音するのも億劫になるため長く感じられるのでしょう、人物名が覚えられないのです。用事があって3日間放っておいてから読むと、もう誰が誰だかわからなくなり、始めに戻ります。これを繰り返すと47ページが我慢の限界となるのです。

愛称や短縮形の呼称において、日本人、日本語は世界一です。

 *)ロシア文学に挫折した頃、ロシア人の名前を挙げろと言われ「スケべビッチ・オンナスキー」と言ってウケていました。今から思うと挫折者の捨てゼリフでした。

参考文献:ウイキペディア、河出書房「世界文学全集」 

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 第37回「嫌な上司」(2019年10月1日)

 

 多くの保護者様は現在会社勤めしていると思いますが、定年まで嫌な上司と出逢うことは少なくありません。底意地の悪いのやパワハラは問題外ですが、普通のタイプと思われる上司の中でも嫌な上司がいました。

 私は現在陸上競技のコーチをしていますが、コーンやマーカーは直線やダッシュのゴールを示せればよいという考えで、色についてはバラバラでも全く気になりません。子どもの中には片付けろ!というと、きちんと色分けして持ってくる子がいます。几帳面な性格の子だと思います。しかし、可哀想に次に使う時は私はまた適当に置いてしまいます。もしこれが逆だったら、子どもは大変です。折角手伝ってくれたのに色が違うとお説教されていやな気分で終わってしまいます。

 そうです。まず1人目は性格が真逆な上司で、上司が几帳面である場合が困ります。皆で作った事業計画書を上司に持って行ったところ、内容ではなく、字は明朝体を使え、グラフでは減少は赤、増加は青、棒グラフは3D形にしろと言われ、嫌な顔をすると「ようござんすか、計画書というのはな・・・」と慣れない江戸弁を駆使して延々10分間言われ、参りました。私は資料をどういう形式にするかを気にしていないから納得しないのです。上司のお名前も「藤原さん」でしたが「ふじわら」さんというと怒るのです。俺は「ふじはら」なんだ、と。

 次に曖昧な指示をする上司です。「いいか、入山。今度の戦略は『たとえば』だな、○○というやり方がいいと思う。いいか、あくまでも『例えば』だが・・・云々」成功すれば「な、言った通りだろう」失敗すると「入山、あれは『例えば』と言っただろう、よく自分の頭で考え、臨機応変に行動するべきだったな。反省しろ」

 最後に、なんとでもなる指示をする上司です。業種によって違うので普遍的な事例で述べます。「入山、風邪ひくなよ」という指示です。

風邪を引いたら大変です。「あれほど、風邪ひくなと言っただろう。お前は俺の指示を全然守らない奴だ」風邪をひかなければ「な、お前は俺の指示を守ったから風邪をひかなかったのだ。風をひかなかったのは俺のおかげだ」というタイプです。

具体的に申し上げると「いいか、競合が安売り攻勢でくるかもしれない、皆気を付けろ」と言いながら個々の得意先の売価決定申請書(得意先に売る商品の値段)を提出すると「こんな値段で売るなんて、工場が納得するわけはないし、安ければ誰だって売れる。いい営業マンは不良品だって売って来るものだ」といってOKしません。そのうち競合にシェアを喰われる羽目となりました。「そらみたことか、あれほど競合の低価格攻勢に気を付けろといっただろう」と怒る上司です。

 翻って今の自分は子供たちに常に指示及び指導をしていますが、指示・指導は明確にかつ途中で変えないようにするべきだと考えています。

「今日はインターバル10本の練習だが、苦しければやめてもいいが、やり通すことが大切である。本数より規定タイムを守ることが必要だが、熱中症で倒れても困るから規定タイムをクリアできないのは仕方ない」という指示だけは出さないようにしています。

子どもが混乱するのはどうともとれる指示であり、優柔不断の態度です。

本日の練習は5本シリーズ(*)と言ったら、すべての練習項目は5本です。子どもの「くたびれたぁ!」圧力で3本に変えてはいけません。決めたことはやるのです。

どんなことがあっても変更しないので、最近はさかんに私に時間を聞いてきます。としのうでの練習の時は17時になると「蛍の光」が流れ、練習を止めなくてはなりません。逆算してあと10分しかない、もう終わりだと思うと、トイレとか水だとか時間稼ぎが始まります。賢い子どもたちとの駆け引きは今後も続きます。

子どもは素直ですが自分の判断では行動できないのです。そのため、コーチの役割は社会人の上司以上に重要だと思います。嫌な上司にならないよう肝に銘じて精進します。

*)バンビーニ陸上クラブの練習の本数は七五三シーリーズになっていて、内容によって7本の時や5本の時、負荷が大きい時は3本です。なぜ奇数かというと、7本やる場合4本をめざし、それをクリアすれば後半は半数未満です。そう思えば、気が楽になります。

 

 

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 第36回「頑張る心と頑張れる体」(2019年9月24日)

 

体力を測る時、暗黙の了解として“全力を出し切る”ことが求められます。しかし本当に全力を出し切っているかを確かめる手立てはありません。苦しい顔をされれば全力を出しているように思えます。しかし、私の前を通った後ろ姿はサボっていることを示している時があります。私はサボれば怒鳴ります。言い返せば目をつりあげて怒ります。大人げないという方もいますが、相手は小学生なので決して長時間お説教をすることはありません。怒るのは祭りの合いの手みたいなものです。子どもはコーチの見えないところではゆるめることは本能だと思っています。子ども達は「我に艱難辛苦を与え賜え」と言ったという昔の武将ではないのです。

当クラブの1年生は全力走をやらせても全力で走っていないことがわかりました。というのもある時心拍数を計りながら練習した日がありました。練習前、100m走直後、3分後と3回計りましたが、心拍数はほぼ同じでした。彼は多分全力走を知らないと思われます。2月生まれだから体は普通の幼稚園児と同じと思っていいです。だが、私生活ではお父さんが厳しく育て練習にも車でなく自転車で来ます。練習は我々に預けて下さる。親を頼ることはできません。しっかりしている反面、生意気な物言いをするからいじられます。でも、めげないのです。私はめげない子が好きです。学童でよく登場するA男は決していい子ではありませんが、めげない子です。めげなければ明日が来るのです。目が覚めた時環境や本人そのものが変わっているかもしれないのです。当クラブはいじめはゆるしませんが、イジリは大目に見ています。

ある時ペナルティ(タイムが悪いとバービーをやらせる)を課すと言ったら、頑張りました。バービー20回は辛いことがわかっているのです。見ていても全力で走り規定タイムをクリアしました。やればできるのです。きっと犬を放し追っかけさせたら、子どもは全力で逃げると思います。それが大会だったらすごい記録が出るのです。

ここからが、私の理論の裏付けです。

スポーツ生理学の権威である猪飼道夫(元東大教授)は次のような実験を行いました。

「手の母指内転筋を支配する前腕の尺骨神経に50ボルトの電流を流すと(他の指を支配する神経と異なるため他の指は働かないが、念のため石膏で固めている)被験者の意志と無関係に母指内転筋が収縮し筋力を発揮する。電気刺激を与えて発揮される最大筋力(生理的限界)は自発的に発揮される最大筋力(心理的限界)よりも平均約31%大きい値であった。さらに精査すると被験者(10名)によって18%~48%と増加幅に大きな差があった。すなわち、頑張るこころと頑張れるからだに個人差が顕著であることが分かった」

猪飼はこのメカニズムを、「ヒトは平常“こころの殻”という(抑制)が本来の自由を奪っているが、外部からの気合いやかけごえ等の強い刺激がこころの抑制(無理をしない)に作用し脱抑制を引き起こすことによって、抑制が一時的に消退したものである。すなわち、大脳の運動野に対する抑制的作用が外からの刺激によって一時的に中断することによる」と説明しています。

簡単に言えば“火事場の馬鹿力”のメカニズムを説明するものです。普段は抑制がかかっているため子どもは生理的限界まで力を出すことが困難ですが、外的環境や、あるいは個人の強い意志によって生理的限界値近くまで力を発揮することが可能であることを示唆しています。恐らく、厳しいトレーニングによって自発的最大筋力を限りなく生理的限界まで近づけることができるでしょう。

ただ、口ばかりの私の姿はこれに逆行して、加齢に伴って生理的限界が限りなく心理的限界に近づき、少し頑張ると筋肉に異常をきたします。そのため、子どもたちの「コーチもやってよ、見本見せてよ」という挑発には決して応じないのです。

以前、米国でベストセラーになった一冊の本があります。それを野中さんが翻訳して『脳を鍛えるには運動しかない!』の刺激的なタイトルをつけ出版しています。

それはどういう内容かといいますと、イリノイ州ネーパーヴィルの中・高等学校へ一人の体育教師が赴任してから学校が大きく変わった話です。その教師の体育授業の特徴は、楽な楽しいことに流れる現代的生徒に対して、心拍計をからだに付け比較的高強度の運動を20~30分間頑張って走らせる厳しい授業を課したことにあります。

しばらくすると生徒たちが今まで味わったことのない達成感や爽快感、あるいは充実感や効力感(充実感)を体験するようになりました。その頃になると生徒の姿勢や行動にも変化が現れ、こころとからだに自信が芽生え、苦しいことにも積極的にも立ち向かう勇気、体力、忍耐力が強化され、物事を自発的・積極的に行おうとするエネルギーが高まってきました。その結果、肥満が米国の子どもの平均30%に対してわずかに3%まで減少し、かつて平凡な学校が全米有数の優秀校にのし上がったのです。

この訳本のタイトル“脳を鍛える”とは、“こころを鍛える”ことであり、高強度のランニングを比較的長い時間頑張ることによってからだの鍛錬にとどまらずこころの強化にまで好影響を与えた事例を紹介したものです。

バンビーニ陸上クラブの練習が小学生には過酷すぎるとの非難のメールがきたことがあります。しかし、私もめげません。以上の理論的背景によって、改めて思います。「頑張るこころと頑張れるからだは表裏一体をなす」と。

参考文献:ウイキペディア、猪飼道夫論文集、山地啓司(初代ランニング学会会長)評論集

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 第35回「水風船」(2019年9月17日)

夏休みの終わりに、学童では水風船で遊ぶことになった。水風船は屋台のヨーヨーみたいなもので、それをぶつけあう遊びだ。暑い日には楽しいゲームとなる。制限時間は15分。ところが問題がある。予算の関係で1人2個までだ。だから、子ども達はなかなかぶつけない。投げるふりをしても投げない。なくなったら遊べなくなるのだから当然だ。追いかけても投げはしない。

5分が経過して、我慢できなくなった小1から投げ始めた。やっと開戦だ。なんだか関ヶ原の合戦で様子をうかがっていた西軍みたいだった。ラスト5分になったところで左手には1個残っている。どうするのかなと見ていたら、皆はそれぞれ右手に持ち換えて1人を見つめている。その瞳にはあのお騒がせ男のA男が映っていた。小3の男の子は自分の工作を壊され、小2の女の子はおはじき遊び中おはじきを足で引っ掻き回され、小1の男の子は彼のズルでいつもつまらないゲームをさせられていた。皆はそれぞれ普段から言い知れない恨みがあったのだろう。最後の1個は彼向けにとってあったのだ。

彼が走り回っているところへ小3の男の子が投げた。それを見て小2の女の子が投げた。皆それぞれの思いを持って投げた。ところがA男の悪運はたいしたもので、皆の水風船はある時は前にある時は後ろへある時は手前に落ちるなどして当たらない。農民が槍を持たされて敵将に攻撃してもへっぴり腰では刺すことができないのと同じだ。一騎当千とはこのことか。

同級生のY男がA男を公園の壁に追い詰めた。その時残り時間は1分。だが、A男の右手にもひとつの水風船が残っていた。A男はついに投げた。きっとY男をライバルとし彼を最大の敵と考えていたのだろう。Y男は男気があり時々A男の不正を正していた。喧嘩慣れしているようで、言われれば言い返すがA男もむやみには挑んでいかなかった。そのためA男の最後の1個はY男にとっておいたようだ。しかし、悪運もここまで。丸腰になった彼にY男の水風船が当たった。残り30秒、水風船が残っていた子供たちは一斉に彼めがけて投げた。いくら農民の槍でも数が多ければ敵将を刺す者も出てくるものだ。5個が当たった。服はびしょびしょ。

そこで、終了の笛の合図。時間には厳しい学童だ。一斉に引いて集合し点呼が始まった。そして、何事もなく学童に戻った。しかし、その帰り道、誇らしげな顔を見せた子、満足そうな顔をした子がいたことを私は見てしまった。教室では保護者のお迎えまでいつもと変わらない雰囲気。彼は気づいたのだろうか、皆が自分を狙っていたことを。たぶんA男は知っていたのだろう。でも、今が楽しければいいA男はめげない。彼はそういう男だ。30年後、日本経済がおかしなことになっても彼だけはたくましく生きているのだろう。そんな彼を私はあの世でじっくり見届けるつもりだ。

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 第34回「陸上道」(2019年9月9日)

日本人は、「○○道」が好きです。武士道はもとより、茶道や華道、柔道や剣道など、日本古来のジャンルに多くあります。とりわけアスリートには「○○道」好きの人が多いのか、相撲道や野球道なんてことを言いだす人までいます。

「○○道」の「道」は、一本道です。日本では「ひとつのことを続ける」ことに、「いろいろやる」ことよりも高い価値が置かれています。野村元楽天監督は、現役時代に自分のことを「生涯いち捕手」と呼んでいましたが、この「生涯いち○○」みたいな人生に対するスタンスは、今でも日本人の生き方として、あるいは職業倫理として、好意的にとらえられることが多いのです。諺にも石の上にも3年、嵐の後には凪がくる、牛の歩みも千里、待てば海路の日和あり、など辛抱して続けなさいというものが多いのです。

 「○○道」には、ひとつの重要な前提があります。「道」を極めた先には、「達人の境地」のような万事に通じる普遍的な世界が開けている、と言うものです。だから「道を知る者」同士は、たとえまったく違う世界の人間でも分かり合えると考えるのです。名人同士が対談して、「うん、わかる、わかる」みたいな話になるのです。大学の一芸入試も、メダリストの政界デビューも、そもそも日本ではこの「極めたる者の普遍性」のような観念を背景に成り立っているのだと思います。。

だからと言って、私は小学生、中学生に「陸上道」を勧める気はありません。

陸上は楽しくやりなさい、タイムが伸びていく喜びを感じなさい、将来人生で辛いことがあったら陸上を思い出しなさい。記録が伸びた過程を思い出す、それがきっと役に立つと思うからです。礼に始まり礼に終わるとか、直立不動でコーチの話を聞くことは求めていません。

そもそも陸上競技の練習に「うちの伝統は・・・」とする意思が私にはないのです。クラブは道場ではありません。個人の資質によっては今までのやり方を大きく変えた練習が必要になることがあります。私よりも経験豊富なコーチに預けることもやぶさかではありません。その子の将来のために、バンビーニという組織を超えた指導が必要な場合があるからです。

型にはめた教育をしても自然体のケニアの選手にはかないません。オリンピックで世界記録を出すためには、爆発的エネルギーを出すことが必要です。じわじわした力ではありません。すなわち、爆発するということは型にはまっていないことを意味します。

短距離は最大筋力を発揮する練習があるため休憩が長めのせいか、生意気なお子さんがたくさんいます。若い時なら生意気な子どもを怒鳴りつけたでしょうが、今は生意気なら生意気のまま育てようとしています。ただ、心底強くなりたいという気持ちがないといけません。ただの走り屋ではダメなのです。

一方長距離はほとんど走っているせいか、当クラブでは無口な子が多いのです。特に長距離は2時間の練習のうち会話は10分間、私が9分間を受け持ち10人全員で1分間の持ちタイムとなっています。しかし、無口の子ども達には「なにくそ」の雰囲気が漂っています。2つのタイプの子ども達に臨機応変に対応していきたいと思います。

もし、一生懸命陸上競技をやっていくうちに、自分なりの「陸上道」を見つけたら(その時は高校生以上だと思いますが)それはそれでいいと思います。その時は相当上のレベルになっているはずです。そのハイレベルの人の「陸上道」を否定することはしません。もう私の範疇を超えているからです。

この文章を読んでいる当クラブの子どもがいたならば、こう言いたい。「オリンピックで金メダルをとったら、インタビューで『今ある自分は、小学生の時に習ったバンビーニ陸上クラブの入山コーチのおかげです』と一言言ってください。TVを見ながらニヤッと笑って永久の眠りにつくでしょう」

参考文献:ウイッキペディア、石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授氏論文

 

 

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 第33回「ねえさん先生」(2019年9月1日)

学童における夏休みの極々些細なできごと。

夏休みも終わりに近づいたある日、1日子供を預かっているのだから、当然遊ぶ時間も増える。曼荼羅、オセロ、将棋、トランプ、あやとり、けん玉、おはじき、人生ゲーム、ツイスト等いろいろなゲームがある。近代ゲームでは私はすべて子供に勝つことにしている。それが教師の役割だからだ。ただし、ポケモンカードなど現代のゲームに関してはグリコ(お手上げ)だ。だから、見ているだけ。他の教師も同じだ。支配人の若い女の先生(ねえさん先生)を除いては。

私が曼荼羅を小1の女の子とやっている時、事件は起きた。「A男、あんたズルしたでしょ。○○君に謝ってよ」と件のねえさん先生の声。「僕ズルなんてしてないもん」といつもの会話が始まった。ところが今回は皆が見ていたためA男には断然不利な状況であった。監視カメラ5台作動中に万引きをやって捕まったようなものだ。逃げようがないのだが、ここからが意地っ張りの損なところが出る。「ごめんなさい」と一言言えば済む話なのに・・・段々お互いに引けなくなってきたのは声のトーンでわかった。

ねえさん先生はA男の身体を押さえ謝らせようとしたが、A男は興奮し、暴れる。上体は押さえられているため、足で蹴り始めた。少しひるんだ隙にA男は学童から逃げようとした。しかし、学童の鍵はその開け方にコツがいるため子供では開かない。その間にA男に追いついたねえさん先生はA男をつかんで「払い腰」で床に倒した。

後程聞いた話だが、子どもを迎え入れた後いちいち施錠するのは、こうしたケースで子供が学童を飛出し自動車や自転車、歩行者とぶつかるのを防止するためだという。それで合点がいった。子どもが学校から帰って来るたびに施錠するという面倒な意味が。それと、ねえさん先生は柔道をしたことがなく、咄嗟に出た技だといっていたが、見事な「払い腰」だった。

床に押さえて「謝れ!」と言っていたが、足をバタバタさせいたため、おばさん先生がさらに足を押さえた。我々男衆の教師は見ているだけ。男の教師がこれをやると思わず殴ったり蹴ったりすることが起きこるため、腕白どもを力でねじ伏せることは規則としてできない。なぐったら跡が残り訴訟になるという、辞職だけでは済まないのだ。見ているだけでは辛いものがあるが、雌ライオンの狩りを見ている雄ライオンみたいだった。

さて、A男は押さえられて身動きが取れないのだが、押さえている先生の手を押さえられた手の指の爪を立てて攻撃。「痛い」とねえさん先生、そのため押さえていた腕によけいに力が入り、「痛いよ」とA男。これからは売り言葉に買い言葉のラッシュ。「痛いよ、くそ婆」「うるさいわ、お前が思うほど歳とってないわ。くそガキ」「こんなところやめてやる」「ああ、とっとと出てけぇ」結局自由を奪われたA男が静かに流した涙がねえさん先生の心に触れた。柔道で寝技をかけられ負けを覚悟した選手の涙に通じるところがあったのかもしれない。

もう暴れることもなくなったA男は解放され、母親が迎えに来るまで隅でじっと耐えていた。私は時間が来たので帰ったが、その日はねえさん先生とおばさん先生の二人で話し合い、迎えに来る母親には話さないことにしたようだ。

翌日、私の目の前で、A男は元気よく「ただいま!」と言って学童に入ってきた。

 

 

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 第32回「スランプ」(2019年8月28日)

スポーツをするうえで「記録の停滞」や「パフォーマンスの伸び悩み」など、一時的に調子が落ちて力を十分に発揮することができない状態を「スランプ」と言いますが、子供がスポーツをする中でスランプに陥ってしまった時に「手助けをしてあげたい」「支えてあげたい」と考える保護者の方も少なくないと思います。

保護者にとって、子供が苦しんでいる姿を見ることはとても辛いことです。「この子は自力でここから抜け出せるのだろうか」「このままでは辞めたいと言ってくるのではないだろうか」「このことをコーチに相談するべきか」などの「悩み」や「不安」と葛藤することもあるかもしれません。

しかし最終的にスランプを乗り越えるのは子供自身です。

そこで保護者としてするべきことは、転んでいる子供を抱き起すことでも、「立ち上がりなさい!」と叱咤することでもありません。

まずは「記録の停滞」の原因を分析し、子供が安心してスポーツに取り組める環境を整えてあげることではないでしょうか。

一般的にスポーツをする子供達がスランプへ陥る原因としては

1.過度の練習によって、身体的・精神的過労の状態に陥っているとき(疲労骨折など)

2.自覚しない栄養障害や慢性の病気である場合(甲状腺亢進症など)

3.フォームの修正など、練習によっていったん無意識化・自動化された動作に、さらに高度な技術を習得しようとして、意識的動作が加わったとき、

4.自分の現在の技能水準に飽きたらなさを感じ、最高級の技術を習得しようとして、コツが上手く見いだせず、技術的な悩みや焦りが生じたとき、

5.日常生活における悩みや競技生活に対する迷いなど、精神的な悩みごとや動揺があるとき、

6.埼玉県県強化指定選手規定タイムを切った時など、自己の目標を達成したことによる気のゆるみから、練習に対する意欲や情熱を失ったとき、

7.練習プランが新鮮味に欠けているとか、技術面の課題が容易で固定化しているなど、マンネリ化練習内容に陥っているとき、

8.仲間との関係、練習目標、チーム目標に疑問や不満を抱き、練習に対する意欲や情熱を失っている場合

に見られます。

このようにスポーツをする子供達がスランプに陥る原因には様々なことが考えられ、中には心がボロボロになるまで本人さえ気づかないケースもあります。

さらに、「記録の停滞」には「スランプ」ではなく、陸上競技を始めたばかりの子が陥る「プラトー(停滞)」もあります。

スランプ状態というのは、通常は既に高いレベルにある選手が本来の力を出せなくなるようなときのことを指すのに対して、プラトー現象というのは、これから力を付けようとしている成長過程にある子に見られる現象のことであり、基本的にスランプとは似ていても異なるものです。

すなわち、スポーツを始めてしばらくの間は、初めてのことが多いし、今までできなかったことができるようになるため、急激な成長を感じることができます。しかしある程度のレベルや年齢に達すると「得意なこと」と「苦手なこと」、「好きな練習」と「苦痛な練習」に合わせて、身体的な特徴などから「するべき課題」を避けてしまったり、「苦痛で地道な努力」ができなくなってしまうことがあります。そして子供達はとりあえず「何らかの練習」をやっておけば、努力を怠っていない気になったり、練習をちゃんとやっている気になります。

その結果「頑張っているのに結果がついてこない」「努力をしているのに自己ベストが更新できない」となるわけですが、それがスランプかと聞かれれば、答えは「NO」で、それは「プラトー」に当てはまりますので、自分の苦手を克服する努力を怠らないことが大切になります。

「停滞」という意味では、スランプもプラトーも似ていますが、停滞の原因が「心身の疲労」などであれば「休息」が必要となりますし、プラトーであれば自分の課題ときちんと向きあう必要があり、それぞれに対処法が真逆なため注意が必要です。

また、「記録の停滞」には身体の急激な成長に脳がついていけず、パフォーマンスが一時的に落ちてしまうという成長期の子供特有のスランプ「クラムジー」があります。

クラムジー(英語:Clumsy)とは、不器用な、ぎこちないという意味を持つ形容詞です。スポーツの世界では、急激に身体が成長する第二次性徴期に、身体と感覚のバランスが崩れ、以前に習得した技術を思うように発揮できなくなる時期を指します。同時に成長痛(オスグッド)によるひざ痛を発症する子どもも多く、精神的にも肉体的にも「何をやってもダメ」な状態に陥ることも少なくありませんが、これはその時期を通過すれば問題ないのです。しかし、多くの子どもはその時に競技をやめてしまうのです。

「スランプを経験したことがない=強いメンタルの持ち主」とは限りません。適当にやっている人は、大きな成果をあげることもない代わりに、壁にぶつかったり、スランプを感じることもないでしょう。

子供がスランプに陥って悩んだり苦しんでいるということは 「ひとつのことを真剣に取り組んでいる証」だということです。

スランプに陥っている子供達は、保護者から「今の自分を認めてもらえる」ことで、安心して前へ進むことができますし、逆に保護者からも否定的な態度を示されれば、さらに状態を悪くしてしまうばかりです。負のループに陥ってしまいます。

スランプを乗り越えるのは子供自身ですが、それを見守り支えてあげるのは保護者の役割だと思います。

もしお子さんが相談してきた時は、とにかく話をしっかり聞いてあげてください。

その際に「自分がそうだったから子供もそうだろう」と自分の経験に基づいた決めつけは危険ですし、うまく伝えられず脱線しかけている子供の話を遮って先に結論を言ってしまうようなことがないようにしなければなりません。

子供の気持ちをしっかり受け止めるためには100%の話を聞いてあげなければいけません。 99%では子供は満足しませんし、その残りの1%にとても大きな意味が隠されているかもしれません。

子供の結果ばかりを評価するのではなく、たとえ結果が悪くてもそれまでの努力を認め、子供の未熟な部分も受け入れてあげることが大切です。

 それができるのは保護者だけだと思いますし、 子供達が自分の努力を一番認めてもらいたいのはやはり保護者だと思います。

大人達はつい子供達の欠けている部分を指摘して改善しようとしがちで、そのせいで子供達の努力や良い部分が曇ってしまうことがあります。日頃から「頑張っていること」「努力していること」をきちんと認めて子供の気持ちを満たしてあげることが大切です。

子供達は、良いことも悪いことも経験したことがそのまま体と脳に染み込んでいきます。スランプを乗り越えた経験は、子供達の心の成長に良い影響として体の中に刻まれることでしょう。スランプを自分の力で乗り越えた子供達は、この先も同じような壁にぶつかった時、自分で道を切り開く力がついているはずです。

そこで得た自信や力は、スポーツの場面だけでなく、社会人になってからも自分の財産となりこの先もずっと子供達の支えとなってくれることでしょう。

参考文献:ウイッキペディア、大和部屋、サカイク

 

 

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第31回「夜と霧」(2019820日)

「コーチは必要か」というテーマを挙げると、「自己否定するわけがないから、答えは簡単」と見透かれそうです。今回はそうだと居直って話を進めます。自分の存在意義が問われたテーマだからです。

オリンピックでメダルを取った選手は競技力が高いことで、我々の”知らない世界”を経験しているかもしれません。しかし、経験したから”できる”と言うのは間違いです。東大に合格した人が家庭教師になって教え子を東大に合格させることができるのかと一緒です。

「競技力=指導」と考えてしまいがちですが、「競技力≠指導」です。野球界でのスーパースター「巨人の4番」長嶋茂雄は少年野球教室で子供たちに「球がこうスッと来るだろ」「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」「あとはバッといってガーンと打つんだ」と教えたそうです。たとえ野球界で天才といわれた選手でも、自分が会得した技術を皆にわかるように教えることは別の様です。

指導と競技では求められる能力が異なります。競技力の高さはアドンバンテージにはなりますが、コーチの能力を決定づける要因ではありません。

もし知っている範囲でしか指導できないのであれば、到底世界記録を出す選手を育成することはできません。

コーチをしていると知らない世界に挑戦していくことからは避けられません。自分が日本記録を出していなくとも、その世界を知らなければその分、工夫して学べば良いのです。

実績がないからコーチが出来ないと悲観せず、謙虚に学び続けるコーチでいたいと思います。

コーチが必要なことはゴルフでもあります。

最近復活したタイガーにコーチが必要ないといわれているのは”ゴルフがうまい”からではなく、”自分のスイングや体について熟知している”からです。プロだから自分のスイングを理解していて当たり前だと思うかもしれません。しかし、ゴルフが上手いからといって自分のスイングメカニズムや構築方法に関してロジカルに説明できるかというとそうとは限りません。そこにはスイングを理解するための知識が必要になるからです。

 今までタイガーはブッチ・ハーモン、ハンク・ヘイニー、ショーン・フォーリーという一流コーチたちからそれぞれタイプの違うスイング理論を学んできました。スイング理論だけではなく体やスイングの癖、スイングの修正の仕方などを20年以上学び、すでにコーチがいなくても自分自身をティーチングできる知識レベルにあるはずです。そんなタイガーでもコモという参謀役を重用するのは、スイング構築が複雑で狂いが生じやすいものだと理解しているからです。タイガーといえどもすべてのスイング理論を理解しているわけではないし、自分で気づかないスイングのズレもあります。無駄な試行錯誤を省くために、コモの幅広い知識を活用しようと考える合理性はタイガーが強かった理由の一つだと思います。

さて、低迷したゴルファーがコーチに指導を依頼すること”は、ふた通りのパターンがあります。

(1)ひとつは、”何かを変えたい”ときです。

自分でがむしゃらにがんばってみたが、それでもうまくいかず、「何かを変えなければいけない」と感じて、指導者に助けを求めるパターンです。

 ただしこの場合、自分はなぜ成績が低迷しているのか、その状態を打破するためには何をすべきなのか――そうした現状分析ができていないので、コーチの人選を適切に行なえていないことが多いのです。「実績があるコーチだから」とか、「知り合いで人柄がいいから」とか、技術的な部分でのマッチングを考えずに、依頼してしまいがちだからです。

(2)もうひとつのパターンは、”課題をクリアするために必要なものを取り入れるため”です。

この場合は、自らの現状分析を行なって、自分の進むべき道を理解し、そのためにコーチに習いたいことは何なのか――それが、明確であることが多いのです。そういう選手であれば、適切な指導者を選択できます。

 選手の成績の浮き沈みに関しては、一般的にコーチの指導力が問われることが多いですが、実はそれ以上に、選手側の人材登用のスキルが、そのカギを握っているのです。

欧米には優れたコーチがたくさんおり、スイングだけでなく、ショートゲームやパッティングなど、分業制も進んでいます。また、コーチにもさまざまな種類があって、ひとつのメソッドを教えるタイプもいれば、選手に対して柔軟に対応し、さまざまなスイングモデルを提案するタイプのコーチもいます。

つまり、選手が何をしたいのかによって、適切なコーチの人選は変わります。選手としては、たくさんの選択肢の中から、選手自身がコーチから何を教わる必要があるのか、それを明確にしてスタートを切らなければ、適切なコーチを選ぶことができないし、まして理想のゴールにはたどり着くことができない、ということです。

ウッズの話に戻します。

ウッズは、2014年にクリス・コモという、ほぼ無名のコーチと契約しました。『ゴルフスイングコンサルタント』と名乗る彼は、全米中の有名なコーチたちに弟子入りしていて、さらに、テキサス女子大学のヤン・フー・クォン教授から学んだバイオメカニクス(生体力学)をゴルフのスイングに取り入れていました。

無論、一部のプロゴルファーやメディアは、コモに懐疑的な目を向けていました。その論調の大半は以下のようなものでした。

かつては世界のトップに君臨していたウッズです。その指導を、何の実績もなく、バイオメカニクスという訳のわからない話をする”若造”に任せていいのか、というものでした。

だが、ウッズには「自分自身の持っている特性を生かした、体に負担をかけないスイングを確立したい」という明確なビジョンがありました。そのために必要なのが、コモであり、バイオメカニクスの知識でした。

事実、見事に復活を果たしたウッズですが、彼のようにすれば、誰にでも同様の結果がもたらされるわけではありません。もしも、ウッズと同じように復活を期すプレーヤーがいるなら、まずはウッズのスイングを真似るのではなく、ウッズのスイング構築のプロセスを真似るべきです。

今回のウッズの復活によって、改めてわかったことは、コーチ選びに大事なことは、名声や実績ではない、ということです。

もちろん、実績を残しているコーチはいいコーチである確率が高いのですが、だからといって、ある選手、あるいはあなたにとって、必要な知識や気づきを与えてくれるコーチかどうかはわからないのです。

小学生や中学生の場合はもっと簡単です。コーチの役割は技術論ではなく、子ども達が陸上競技を好きになり、持っている潜在的才能を発芽させることなのです。大輪の花は高校生、大学生になってから咲きます。その時はきっと私の存在は忘れ去れていることでしょう。でも、たとえそうなる運命でも、私は大賀ハスの大賀博士のように子どもの才能を発芽させることに、自分の存在意義があると思っています。ただし、大輪の花が何色なのかはわかりませんが・・・

*)「夜と霧」

著者は、強制収容所から奇跡的な生還を果たしたユダヤ人のヴィクトール・フランクルです。精神科医だったフランクルは、冷静な視点で収容所での出来事を記録するとともに、過酷な環境の中、囚人たちが何に絶望したか、何に希望を見い出したかを克明に記しました。

「夜と霧」は戦後まもなく出版され、世界的なベストセラーとなります。アメリカでは、「私の人生に最も影響を与えた本」でベスト10入りした唯一の精神医学関係の書となっています。日本でも、重いテーマにもかかわらず、これまでに累計100万部が発行されました。2002年には新訳本も刊行され、その人気は衰えていません。

「夜と霧」が時代を超えて人を引きつけるのは、単なる強制収容所の告発ではなく、“人生とは何か、自分の存在意義とは何か”を問う内容だからです。

戦後、フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。彼が残した言葉は、先が見えない不安の中に生きる今の私たちにとって、良き指針となるはずです。

収容所という絶望的な環境の中で希望を失わなかった人たちの姿から、人間の“生きる意味(存在意義)”とは何なのかを探ります。そして苦境に陥った時の“希望”の持ち方について考えています。(みすず書房)(NHK放送「夜と霧」)

*)大賀ハス

大賀ハスは、1951年、千葉県千葉市検見川にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘された、今から2000年以上前の古代のハスの実から発芽・開花したハスのこと。発見されたハスの実3個の中の1個が発芽したのです。

参考文献:ウイキペディア、TRACコーチ 大西正裕談、ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎談、NHK放送「

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第30回「レコード大賞」(2019年8月11日)

昔、場末のバーで飲んだ時酔っぱらいのお客が歌う唄には共通点がありました。お姉ちゃんに聞くと港、冬、かもめ、ひとり、恋に破れて、が共通ワードだといいます。そうだろうな、こんなところに来る人は、少々人生に疲れた人が多いと思います。

でも、恋愛に縁遠い男が失恋や別れの唄をなぜリクエストするのでしょうか。テレサテンが好きな男はたくさんいますが、ほとんどの男はテレサテンのハイレベルの恋はしていないはずです。それなのにリクエストするのは「恋」を「出世」に置き換えている者がいるからです。唄に出てくる彼女は、部長や役員、いや社長のことなのです。彼女は会社そのものかもしれません。ライバルが出世するとそれは失恋になります。配置転換や肩たたきにあうと、それは「別れ」になるのです。サラリーマンは恋多き人種なのです。

さて、本日申し上げたいのは酔っぱらいの論理ではなく、「データースポーツ」としての統計学のことです。場末のバーではワードが限られてしまうため、ネットの歌詞検索サイト「Uta―Net」から抽出したデーターで日本人が好む唄をつくりました。

その前提条件は

1.このサイトに登場する数が多いワードを選びました。

2.ワードを使って展開すると私の文章がつなぎで入ってしまうので、極力私は「てにをは」に限定します。そのため人気の高いワードの入った「曲名」で文章を構成することにしました。

3.ただし、このワードの登場回数は同じ唄を複数の人間がレコード化した場合もカウントされるため若干修正が必要ですが、今回は問題視しません。あくまでも例なので。

4.引用した歌手ならび作詞者の原文の内容は考慮していません。そのイメージを思い出さずに唄を読み下してください。

(1)登場頻度の高いワード

①10,000件以上登場するワード