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第250回「応援は声出しに限る」(2023年10月8日)
今年から大会は大声で応援していいことになった。
3年前は大会そのものがコロナで中止になり、2年前は競技場に入場するのに制限があった。こども1人につき2名の保護者までOKとなったが、入退場はリストバンドでチェックされた。
同じ色のリストバンドを購入したら、敵もさるもので次の大会は色を変えた。しかも同じ緑でもメーカーによって違う。「自分の孫を応援するのになぜ私は見ることができないのでしょうか」と応援に来たおばあちゃんが肩を落としてつぶやいた。
私はいたたまれずコーチ用のピンクのリストバンドを差し上げた。
その後入場制限が緩和されても声をあげての応援はダメで、拍手で応援することのみゆるされた。しかし、拍手での応援は1位に対する敬意の応援なのか、後続の追い上げに対する励ましの応援なのか、遅くても最後まで走る選手へのいたわりの応援なのかわからない。
陸上競技場での声援は、個人名を叫んでいるのだが、他人の声援は個人名があまり聞こえず、「ワー」とか「オー」としか聞こえない。多分「エイジー」とか「ヒヨリー」とか発しても他のクラブのコーチにも「ワー」とか「オー」としか聞こえていないのだろう。
スタートして誰かが声援を始めると皆が応援し始める。それは選手が100m、150mと進んでいくにつれて段々と広がっていく。1周する頃にはその声が競技場全体に響き渡りさらに大きくなる。1人の声援が自分の応援したいこどもの名前を呼びやすくさせる呼び水となったが、私は観客の中で「共鳴」が起きたのだと思う。3年待った。皆、教え子や自分のこどもに対して大きな声で心の底から応援したかったのだ。
こどもの頃理科で習った「共鳴」とは、「振動体が、その固有振動数に等しい外部振動の刺激を受けると、振幅が増大する現象で、たとえば、振動数の等しいふたつの音叉の一方を鳴らすと、他方も激しく鳴りはじめる」というものである。
「頑張れ」「追いつけ」「抜け」「行け」などは競技場で多く飛び交う共通語だろう。こどもの名前を呼んで応援する場合も、名前が応援者の気持ちに縛られ、どんな名前でもあまり大きな波形の違いにならない。応援者は皆共通の周波数を持っている。同じ波形のものが重なると音の合成が起こり大きな音(ワー)に聞こえる。
外国人は虫の鳴き声を機械の音のように雑音として聞いている。機械の音がずっと続いている場合聴覚も慣れてしまい、鳴っていることすら忘れてしまう。だから外国人は虫の音が聞こえない。しかし、日本人は虫の音を「虫の声」として聴いている。
「あれ松虫が 鳴いている
ちんちろ ちんちろ ちんちろりん
あれ鈴虫も 鳴き出した
りんりんりんりん りいんりん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ
きりきりきりきり こおろぎや(きりぎりす)
がちゃがちゃ がちゃがちゃ くつわ虫
あとから馬おい おいついて
ちょんちょんちょんちょん すいっちょん
秋の夜長を 鳴き通す
ああおもしろい 虫のこえ」
と歌われ、虫の声として日本人は虫が鳴く音を聞き分けられる。
競技場の声はよく聞くと「ワー」だけではない。ア行の感嘆詞が多いのだ。それを競技場にいる日本人は虫の声と同様に意味のある感嘆詞として聞き分けることができる。
全体は音の合成の総和として「ワー」なのだが、個別ではいい記録が出そうだと「オー」、意外な選手が前に出てくると「エッ」、こどもらしくない大人の走法をとったときは「ウーン」というようにア行の言葉で表現し合う。そのため有望選手が転倒すると「アッ」の声が競技場全体にこだまする。競技場の外にいる人もこの声に何かアクシデントが起こったことに気づく。
やはり応援は声だしに限る。
第249回「強化指定選手」(2023年10月1日)
スポーツでは、統括する組織が独自に構築した選手強化システムを持っている。陸上競技は日本陸連の下に自治体ごとに陸上競技協会がある。協会は大会を開き、学年別に強化指定標準記録を作り、それを踏破した選手のみを集めて強化練習をする。
また、強化指定選手にのみ購入できるTシャツを販売し、エリート意識を芽生えさせる。強化指定選手になった者はバンビーニの練習着である黄色いTシャツを着てくれない。
練習場で強化選手のTシャツ(23年度は黒)に出会うと、彼らに対してこども達は一目を置く。しかし、毎年Tシャツの色を変えるから、強化指定選手のTシャツには自ずと賞味期限がある。
中学生になると地区、地域、全国と大会レベルが上がっていく。このヒエラルキー(階層)はモチベーションからも必要だ。また高校や大学のコーチたちにも見てもらえるチャンスが増える。
全国にはいろいろな才能があるこどもたちがいるが、スターとして花開くのはしかるべき人に会えるかどうかによるのである。それはほとんどが運によるところがおおきい。
古い話になる。名古屋市内のジャズ喫茶で行われた「松島アキラショー」で、ステージ上の松島アキラが『湖愁』を誰か一緒に歌わないかと客席に声を掛けた所、前列に居た高校生が勢いよく手を上げた。少年は隣に居た同級生に手首を掴まれて手を上げさせられたのであった。狐に摘まれた表情で舞台に上がった少年は、見事松島と共に「湖愁」を歌いきった。さらに偶然そこに取材に来ていた「週刊明星」の記者恒村嗣郎が目を付け、少年に氏名(上田成幸)と住所を聞き、東京に帰ると、早速ホリプロの会長だった堀威夫に名古屋での出来事を話し、興味を持った堀は、電話で上田少年に歌のテープを送ることを依頼。そのテープを聴いた堀は、翌年上田少年を上京させ、日本コロムビアのディレクターだった斎藤昇に紹介。斎藤は作曲家遠藤実にレッスンを受けさせることにし、少年は愛知から東京に転校し、デビューした。
上田少年は芸名を舟木一夫とし、ホリプロに所属し「高校三年生」「銭形平次のテーマソング」などで一世を風靡し、ホリプロ隆盛のきっかけをつくったのである。山口百恵がホリプロでデビューする10年前のことだった。
どんなに才能のある者でも「しかるべき人」にあわなければ才能が活かされない。だから自分の存在をいろいろな人に見てもらうチャンスは多いほどいい。
バンビーニに入会する保護者には、まず我々の目標は楽しく陸上競技をするのではなく「強化指定選手」になるための練習をするので、本人もその気で走ってくれないといけませんと説明する。
「そんなに、強化指定選手って価値があるのですか?大会で優勝すればいいのではないのですか」
「優勝も一つの価値ですが、指定選手は決められた大会で決められた記録を破らないとなれません。実力もさることながら、調整力もポイントになります」
「そうなのですか?まだ漠然としていて価値がわからないですが」
「お母さん、例えて言えば、陸上競技場の入口に強化委員会の委員が立っていたとします。
児童が入ろうとすると『ちょっと君たち、強化指定選手?』と尋ねます。『いえ、普通の陸上選手です』と答えると、『駄目、駄目、ここは強化指定選手しか入れないよ。シッシーあっち行って』と言われてしまいます。
次にS指定の選手が来ました。するとその委員は『おーい、遅いよ、何やってるの、さっさと入って入って、いい席なくなるよ。君らはあっちだったかな?ま、自分で捜して』と指示されます。
ところが、G指定選手が来ると『〇〇君、お待ちしておりました。さ、こちらにどうぞ、いい席ご用意してありますよ』と自ら先導していきます。
このように強化指定選手か否か、G指定かS指定かでは扱いが違います。
それほど強化指定選手はすごいのです。」
「そうですか・・・わかりました。バンビーニでお世話になります。息子はG指定でお願いします」
「えっ?」
第248回「私くたくたです」(2023年9月24日)
ある男が精神科を訪れた。
「先生、私くたくたなんです」
「ストレスですか」
「いや肉体的にです」
「そんなに働いているのですか?しかし、肉体的な疲れは当病院では扱っていないのですが・・・まあ、せっかく来てくれたのですからお話は聞きましょう。どんな1日をお過ごしですか」
「会社勤めをしていて、毎朝7時に起きて出勤し、帰宅は19時くらいです。お酒を飲みながら食事してお風呂に入って22時には寝ます」
「健康的じゃないですか」
「はい、しかし問題があります・・・それは毎日同じ夢を見ることなのです」
「それはどのような夢ですか」
「眠りにつくと朝出勤するところから夢が始まります。そして1日働いて帰宅してお酒を飲んでお風呂に入って22時に寝る夢なのです。朝の7時になると目覚まし時計の音でその夢から覚め、現実の世界が始まるのです。何か24時間働いている気がするので5日間でもうくたくたです。」
「ほう、それは珍しい。では、念のため筋肉の疲労度を測るCK値を見てみましょう」と採血した。上限値は258なのに878の数値を示していた。
「こりゃ、リアルに疲れていますね。」
「土日はどうですか?」
「金、土曜日の夜は夢を見ません。問題は日曜日に寝るときから始まります。勤務は他人より一日早く始まります。このままでは疲労で死んでしまいます」
「まあまあ、では、この薬をお飲みください。夢を見ないようにするには医学的には難しいですが、現代の医学では夢の中のあなたの行動を抑えることはできるようになりました。寝る前にこの薬を飲めば寝ている間のあなたはリラックスできます。ボーとした状態になります。どうせ夢の中ですからさぼっても成績には影響しません。うたたねが気持ちいいように、あなたの体が休まります。2週間分処方しますので、そのうち循環夢は見なくなるでしょう」
それから1週間ほどして男が血相を変えて病院に駆け込んできた。
「先生、私会社を首になってしまいました。あの薬のせいです。どうしてくれるのですか」
「どうしたのですか」
「会社で居眠りをしたりリラックし過ぎるようになったのです。上司の命令も軽く受け流してしまいました」
「ちゃんと薬は寝る前に飲んだのですか」
「はい、飲みました。ただ不思議なことに2週間分の薬をもらったのに薬がもうないのです」
この男にはパラソムニア(夢遊病)の持病があった。
この話ではないが、私は学童やかけっこ教室もあり1週間休みの日がほぼない。必ず休めるのは年末とバンビーニのない祝日だけだ。雨などで振り替えがあれば祝日も出となる。ただし、働くのはすべて午後からなので、1日の労働時間はたいしたことはない。年間を通せば普通のサラリーマンの半分以下の労働時間だ。
「土方殺すにや刃物は要らぬ 雨の3日も降ればいい」の都都逸ではないが、雨が大敵である。雨が降ればバンビーニは中止だが、その分振り替え日に四苦八苦する。しかも、雨天中止はいつ来るかわからない。人間は決められた日にちに休みがあるからリフレッシュできるのである。突然の中止による休みは休養にならない。しかし、仕事がこども相手で楽しいから、一瞬でも今の生活が「嫌だ」と思ったことはない。
ただ、大会申込や会員連絡のメールの時には状況が一変する。大会の募集が始まっていないかを皮切りに、保護者に私の大会のお知らせが届いているのか、申し込みをする際は名前は間違っていないか?学年は?種目は?と確認事項が多く気疲れする。保護者に一斉メールするのに個人情報管理としてBCCでメールするが、送る際はBCCになっているかどうか、資料はPDFにしてあるかを確認する。2度確認してそれでも「待ってよ」と打てない。
大会の当日もゼッケンを忘れていないか、安全ピンはと朝確認する。競技場に着くと急に大きな不安が襲ってくる。「そもそも申込してあるよな?」プログラムを見るまではドキドキものなのである(最近はプログラムがHP上に事前に発表されるので当日の不安はなくなったが、「申込してあるよな?」いう不安は、早く来るだけであって、なくなってはいない)
大会は毎日あるわけではないが、夢は毎日見る。
ついに10月15日の最後の強化指定大会(クラブ交流大会秋)の申し込みが始まった。
申し込み漏れで強化指定大会に出れなかったこどもがいたら、一生後悔する。
これから10月15日が終わるまで同じ夢を見るだろう。そうなると、精神的に「私くたくたです」の状態が大会終了まで続く。
第247回「日出処の天子」(2023年9月17日)
こどもが大人の言葉を理解するのはさほど難しくない。過去は調べればわかる。彼らはあるときは考古学者として我々の話を理解してくれる。「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」がいまだにこども達に視聴されていることからも、自分が「昭和」だからといって遠慮することはない。
一方、こどもには未来がある。未来は予想できないようにこどもの考えや会話はなかなか過去形の人間には理解しがたい。
だから、こどもと大人の会話では大人は不利なのだが、それでも恥ずかしがらずかつ臆することなく対等に会話をすれば楽しい。
「なんじゃもんじゃ」と言う遊びがある。引いたカードに漫画が描かれており、初めて登場した場合は自分で名前をつけられる。次に同じカードが出てきたらその名前を早く言った方が勝ちと言う遊びである。「カラーのパーマ」とか「ピンクの米粒」「鼻デカ」と自分が思った名前をつければいい。私が引いたときは同じものを「郷ひろみ「ピンクレディ」「ハナ肇」と名付ける。漫画のキャラクターを見た目で表現することはこどもは得意だが、実際の人の名前にするととたんに元気がなくなる。しかも私にとってなじみのある名前も彼らにとっては初めての名前だから思い出せない。しばらくは私の独壇場だ。ただし、私が引いたカードだけだが。
<こどものネーミング>
左:カラーのパーマ、真ん中:ピンクの米粒、右:鼻デカ
<私のネーミング>
左:郷ひろみ、真ん中:ピンクレディ、右:ハナ肇
腕相撲をしようとA子が言ってきた。机ギリギリまで耐え逆襲して勝つというお決まりのやり方で対応しようとしたが、いつもと違って今回はポパイ風にアレンジした。ギリギリで耐え、一人芝居で「ポパーイ、助けて」「オリーブ、待ってろ、今すぐ助けるよ」「よしホウレン草の缶詰を食べてパワーアップだ」缶詰を握り壊して食べるふりをする。すると「パラパラパツパー」という効果音と共にパワーアップしてこどもたちの腕を持ち上げ手の甲を机におしつけるのだ。ポパイは知らないと思うがこのホウレン草を食べてパワーアップするスチュエーションが面白いらしく、すぐに5,6人が寄って来た。人が入れ替わって何回もやっているうちに、「パラパラパツパー」と効果音を発した突端、見ていた5、6人が一斉に私の手を上から押さえた。そのタイミングの良さに笑ってしまった。
外遊びに行く途中でアゲハチョウが花に止まった。こども達が蝶を取ろうとしたので「可哀想だから取るな。夏も終わりだ。蝶がいなくなったら花は散る」と言ったら「何で?」と聞き返すから。「よくわからんが、昔から『花が女で男が蝶か 蝶の口づけうけながら 蝶が死ぬとき花が散る』と歌われている(森進一「花と蝶」)からさ」「ふ~ん」
ババ抜きの際、ババを引いたときにはこどもはしてやったりという顔をする。ある者は口元がほころび、ある者は目をパチクリする。どうせ皆にわかってしまうのだからとババを引いたら「アッと驚く為五郎」とハナ肇が麻雀の時に使った言葉(振り込んだ時に叫んだという)を発した。最初は何をいっているのだろうと疑問に思っていたようだが、だんだんババを引くと叫ぶらしいことがわかってきて、騒ぎ始めた。私がババを引いたのは元々持っていたこどもの反応で皆はわかるから、今度は「アッと驚く為五郎」の言葉を聞きたくて待っている。言えば大笑いする。自分たちも言いたいらしいが言葉を頭の中で作れない。このような意味のない言葉はこどもには苦手のようで、「アート引越センター!」というのが精いっぱいのようだった。
トランプの神経衰弱をすると小1にかなわない。記憶力が衰えているからだ。彼らはカード取りを間違えた私に「えっ、なんで、8はこれでしょう。こんなこともわからないの?歳だね」カード取りにいちいち解説が入り始め、私に説明するときは聖徳太子ではないが「日出処(ひいづるところ)の天子、書を、日没処(ひぼっするところ)の天子に致す。恙なき(つつがなき)や」の物言いで、自信に満ち溢れている。
年金の話、健康の話、お墓の話しかない我々の会話と違って、何事もプラス思考の未来あるこどもとの会話は楽しい。
第246回「ドップラー効果」(2023年9月10日)
電車に乗っているとき、踏み切りのカンカンカンという警報音を聞くと、通り過ぎる前は高い音に聞こえ、通り過ぎた後は低い音に聞こえる。また道を歩いていて、救急車がサイレンを鳴らして近づいてくるとき、音がだんだん大きくなるとともに高い音に聞こえ、救急車が通り過ぎたとたんに音が低い音に聞こえる。このように観測者と音源が互いに近づいたり遠ざかったりするときに音の高さが変わることをドップラー効果という。
陸上競技にもドップラー効果が存在する。
追いかけられ詰められるときは相手の足音が「ヒタヒタ」と聞こえ、抜かれる瞬間は「タッタタ」抜かれて離されると「ダッ、ダッ」と聞こえる。タータントラックとシンダートラック(黒い土)やアンツーカー(レンガ色の土)では周波数が違うので若干音が異なるが同じような変化となる。これを「陸上競技のドップラー効果」と言う。
自分が追いついたときは一挙に引き離せと教えている。相手に「ダッ、ダッ」と足音を聞こえさせ、もう追いつけないとあきらめさせるのである。「タッタタ」と聞こえてきていつまでも同じ足音に聞こえれば、それは自分の後ろにピッタリつかれた時である。心配はいらない。相手が限界まで来たから小休止なのかもしれない。逆に追い抜かれても離れずについていけば自分の足音は相手の足音で消える。その瞬間から前にいる選手はペースメーカーとしての存在となる。それらを見計らってのスパートも時には有効である。
また、長距離を極めていくと足音だけでなく「呼吸音」さらには「心臓の音」も聞こえ同じような現象が見られる。
呼吸音は「ハアハア、ゼイゼイ」である。音として聞こえれば周波数としてとらえることができる。舎人公園陸上競技場で練習していたころ大人の走者の中に「アー、セエー、アー」と声を出す人がいた。彼が近づくとすぐわかる。私はこども達の記録をとっているので常に静止状態だったので、時にはうるさいくらい聞こえた。ところが私の前を通過していくと彼の呼吸音が「ア“ー、ゼェー、ア“-」と聞こえる。救急車と同じである。
心音についてはE男の発言まで気づかなかったが、E男のような特殊能力を持つ者は相手の心音が聞こえるようだ。ライバルが来ると呼吸音でもわかるが、ライバルの心臓の鼓動が聞こえてくるという。後ろからくると「コンコンコン」と壁に釘を打ち付けるような音が聞こえ、並ばれると「ドキン、ドキン」となり、先に行かれるときは「ドクンドクン」という音となるそうだ。
オノマトベが得意なE男の独特の表現だが、心臓は鼓動しており音源を持っていることは事実であるので、通常は聞こえないと思うが可能性はある。
このように常日頃から陸上競技のドップラー効果があることをこども達に教えている。バンビーニでは最初から飛ばして記録を狙うのを信条としている。だから、後ろからライバルに迫られるシーンは多い。その際、足音や呼吸音(心音もと言いたいが、宮沢賢治並みの能力を持ったE男しか聞こえないので言わない)で迫るスピード、ライバルとの差を推測しろと指示している。逃げるなら足音の周波数が変わらなければ差は縮まっていないはずだ。抜かれても周波数の大きな変化が見られなければ相手は抜くのに一杯いっぱいだったと判断し、逆にラストスパートまでの目標にして備えろと教えている。
陸上選手は耳でライバルとの間合いを図るのも一つのテクニックだ。
第245回「ほめて育てる」(2023年9月3日)
連合艦隊司令長官山本五十六(海軍大将)には「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という有名な言葉がある。
人が取った望ましい行動に対しては、ポジティブなフィードバックとしてほめることがいい。ポジティブなフィードバックを受けることで、人は次に向けてますます頑張ろうと行動喚起へとつながるからだ。
ある日学童のミーティングの際、マネージャから「こどもたちの行動を促す際褒めてやりましょうよ。いかがでしょうか、皆さん。」と提案があった。古参の女性教師が「そうですね、今までも褒めた子はステップアップしていった気がします。何も言われない子より積極的に行動するようになると思います。些細なことでもほめてあげましょう」と同調した。
おやつを取る順番を決めるゲームをマネージャーが募集したところ、こども達は自分らのやり方をそれぞれに主張した。こどもだけではまとめる能力に欠けるものだから、ただのシュプレヒコールと化してしまったから、マネージャーの顔がだんだん曇って来た。それを敏感に察したK男が「皆静かにするよ!」と大声で叫び。そのことに即応したN子が「1人ずつ発言して」と付け加えた。
その後静かになった時に、マネージャーが「今日はK男くんやN子ちゃんは偉かった。皆を静かにさせてくれて。先生非常に助かりました。皆も2人のように周りを見ましょうね」とほめた。すると帰りの会で「なぞなぞ」をしたが、答えをそれぞれ発言するものだからこれまたうるさくなると、あっちこっちから「静かにするよ」「〇〇うるさいよ」「話を聞こう」など5人が口々に言うようになった。これが勝手に答えを発言するものより大きな声でかぶせてくるので「お前らの方がうるさい!」と言いたいが我慢した。2時間前にほめたものだからマネージャーも彼らをかばわないわけにはいかない。結果、半分以上のこどもたちが「静かにするよ」の大合唱。だから、今日はほめるの大安売りだった。
トイレで帰りがけスリッパを揃えたT男について報告したら、「皆さん!聞いてください。T男くんがトイレで皆が散らかしたスリッパを整頓してくれました。大変いいことだと思います。拍手!」
それから2.3日経ってもこどもたちをほめる雰囲気の中、換気扇の汚れを拭いてほしいとマネージャに言われた。私はいいですよと拭き掃除をし、プロペラの内側が洗いづらかったが、とりあえず終えた。すると「わあ、きれいになった。さすが入山先生。やっぱり学童では男手は必要ね」
古参教師が「そうだ、もう夏も終わるのでクーラーのフィルターを掃除してもらえたらうれしいわ、うふ」二階堂高校→日本女子体育大学陸上部出身の2年先輩に言われたらやらざるを得ない。陸上部というくくりで語られると学校が違っても絶対服従となる。私と話すときは気分がよくなるせいか、時々女学生に戻るようだ。私も絶対服従の先輩がいた方が気が楽で、わからないときはこの人の判断を仰げばいい。
そういえば昔陸上部の先輩に「あの女の子のグループを誘ってこい」と居酒屋で言われた。晩熟(おくて)であった私に女の子に声をかけるなんてできるわけないのだが、「あの先輩に言われて仕方なく声をかけたんだ、だからことわられても私のせいではなく恥ではない」という論理でずけずけ交渉に言った。こんな楽な立場はない。コーチである今は楽な立場ではないので昔が懐かしい。
懐かしんでいるうちに業務用クーラーの掃除が終わった。女の先生たちが異口同音に「さすが、男衆のやることはすごいね。頼りになるというのは入山先生のような人のことをいうのね。私たちかよわい女性ではなかなかできないわよね」「そうそう」
しかし、ほめられてもちっともうれしくない。なんなのだろうこの気持ち・・・
女性教師の間で「些細なことでも入山をほめて使おう」というミーティングがきっとあったのだと思う。
第244回「この子たち」(2023年8月27日)
家内が2週間ほど家を空けていた時、植木の手入れを頼まれた。彼女は大きなウンベラータから剪定したものを挿し木にし、10個の鉢をつくっていた。この時期は朝5時にベランダに出し水を遣り、10時に部屋に取り込まなければならない。枯らしたら大変だ。長い2週間に感じた。
家内はこの挿し木に対して「この子たち」という。「この子はあの子たちに比べて成長が遅いので心配だ」という。ユーチューブで専門家が葉を切った方がいいと言っていたので家内は葉をすべて切った。しかし1週間もするとまた生えてきた。「おい、葉っぱ切るんじゃなかったのか」と聞いたら「この子たちには、もうかわいそう」と今度は切らない。植木を子犬のように扱っている家内を見ていると、父親が盆栽を世話しているのと比較してしまう。
家内の対応はたくさん生まれた子犬を世話しているような感じで、はずむような明るさがある。
一方父親の盆栽については、「生きる」ということに対する執着であり「命」の尊厳を問うている気がする。まるで自分を世話している老々介護のようであり、はさみを入れる姿はこれまでの人生を回顧しているようでもある。
盆栽は野外で見られる大木の姿を鉢の上に縮小して再現するものである。そのために剪定を施したり、自然の景観に似せるために枝を針金で固定したり、時に屈曲させたり(針金掛け)、あるいは根を石の上に這わせたり土を掴むように露出させたりと、様々な技巧を競うのも楽しみの一つとされる(ウイッキペディアより)。
特に父親が好きなのは真柏という盆栽だが、この盆栽は木の一部が枯れて白くなってしまっても、わずかに生きている部分で水を吸い、そこから出る芽は青々としている。死んだ部分が朽ちることなく生きた部分と共存している不思議な木なのだ。
また、盆栽に仕立てる前のものを種木(たねぎ)というが、その取得方法は、「山取り」、「実生(みしょう)」、「挿し木」、「取り木」の4つがある。挿し木と取り木は育てるのは簡単だが自分の思うような形に育てるのは難しくなる。
山取りと実生について説明すると
山取りは、険しい山間部で自生している原木や古木を種木として使うために根株ごと採取する方法だ。自然の中で自生している原木や古木は野趣があるので、自然の美しさや雅味のある種木を採取することができる。また、山取りの原木や古木の多くは、既に盆栽としての樹形が出来ているので、良い種木として早く盆栽に仕立てることができる。
実生は種から発芽したばかりの直物のことで、松ぼっくりから種を取り出し発芽させ育てることなどである。自分の思うように育てることができるが、大変根気のいる方法だ。
バンビーニでは入会時すでに速く走れる能力はあるがそれを磨く方法がわからないこどもを「山取り」と呼んでいる。バンビーニのA男やM子が山取りに相当する。山取りはある程度形になっており、そのかたちからデザインすることが可能で、成功する確率は高い。
種から育てる「実生」は自分の走る能力も知らないで入ってくるこどもである。私の設計通り育てられるが、時間がかかるため低学年向きである。H2Oトリオやそのライバルのこどもたちが相当する。
最近私のストイックな練習方法は父親の盆栽のような育て方に重なるような気がしてきた。私の考えで剪定、針金掛けなど文字通り縛りつける盆栽より、自由に明るく何の先入観もなく若木(わかぎ)にする家内のウンベラータの育て方の方が明るく伸び伸び育つ。盆栽は限られた盆の中で育てようとするから窮屈になるのだ。盆栽は大自然や命に対し特別の思いがある趣味であり芸術である。だから、父親が盆栽を「この子たち」と言ったことは一度もない。盆栽は父にとってこどもではなく、自分の姿そのものなのだ。
植物はウンベラータのように育てる方がいいと思うが、それでも、父が亡くなったら彼の育てている盆栽は引き受けようと思う。父の思い入れのある盆栽をお世話することは、父への供養になると思っている。盆栽は何十年も生きる。生きている間は完成されることはない。盆栽は「未完成の芸術」といわれるゆえんだ。ただ、私は芸術家ではない。残った盆栽を芸術のレベルまで育てることは出来ない。父の頭にある設計図を推し量ることはできない。オヤジゆるせ、私にできることは水遣り程度だ。
バンビーニのこどもたちは6年生になったら卒業する。それまでに完成させなければならない。盆栽も観葉植物も一言もしゃべらないし、はっきりとした表情をだしてくれないので、毎日人間がしっかり観察し気づいてあげなければならない。おなじように長距離の子はほとんどが喋らない。うるさい子でも調子や悩み事など肝心なことについては喋らない。コーチである私は「この子たち」の変化をよく観察していなければならない。その変化によって、ある時は怒りある時は褒めある時は一緒になって考えることが肝要であると思っている。
第243回「日本のいちばん長い日」(2023年8月20日)
学童の夏休みの時間割は次の通りだ。
8:00登室
9:35朝の会
9:40~10:10学習
10:15自由遊び
12:00昼食お腹休め
14:00室内遊び
15:30おやつ
16:10自由遊び
17:00帰りの会
17:05学習
17:35室内遊び
19:00閉室
私は7時50分に登室する。8時まではこどもらが入らないようドアは絶対に開けない。暑い時などは開けてあげたいのだが、それをすると保護者が前回そうしたのだからと主張して登室時間がどんどん早くなっていくからだ。
私も一度よく知っているお母さんに校門で会って、急いでいるようだったのでこどもを預かった。2人で手をつないで登室したがマネージャーにこっぴどく怒られた。「学童の責任はドアを開けてこどもを受け入れ、お迎えに来た時にドアを開けてこどもをお返しすることです。いくら校内といえども学童には着いていないでしょう」なるほどだと思った。親切心や同情は学童では余計なことだ。ここは「安全安心」を提供する場所なのである。そのためには責任の厳格な区分が必要だ。
マネージャーの携帯のタイマーと同時にドアを開ける。数人が保護者に手を振って入ってくる。
お弁当の確認をして入れる。毎日やっているんだから持ってこない人はいないと思うだろうが、1週間に1人はいる。リックに入っていると言えばそれを信用するのがいけないのだが。こどもが忘れたのをその場で確認できれば保護者が工夫する。確認をしないでお弁当を食べるときにないことに気づくと、保護者に連絡するなど大変な手間がかかる。
以前、私のお弁当を分けてあげようとしたらマネージャに怒られた。「いりやま先生、それはあなたの優しさで好意だとおもいますが、余計なことです。連絡がつかなければ食べさせないことです。もし入山先生の愛妻弁当にその子の食べてはいけないアレルギー物質があったらどうするの?入山さんのお弁当がおいしいことがわかったらこどもは自分の母親のお弁当についてどう思います?」褒められながら怒られるのはつらいものだ。
夏休みはこどもの好きな遊び道具を2つまで持ってきていいことになっている。生意気なT男も狐と怪獣のぬいぐるみを持ってくる。電池物は持ってきてはいけない。壊れたらどうするの?ということらしい。朝の会までは自由遊びなだ。男の子はカードゲームをする子が多いが、なにがなんだかルールがわからないし、理解してもカードの文章がわからない。というより小さくて読めない。何で「破壊」されるのか理解できない。私ができるのはせいぜい麻雀くらいだ。
朝の会の後は勉強だが、学童は積極的に教えない。塾や先生の教え方と違ってはまずいからだ。また、ドリルの数をこなすのが目的なっている子がいる。わからないと答えを見て写している。叱ったが丸つけやっているだけだよと言われるとそれ以上は言わない。
バンビーニと違ってこの子らとは共通の目的がない。バンビーニではサボれば怒るし、怒らなくても嫌味を言い続けるが、ここでは見逃す。なにせここでは誰も高い教育は求めていない。「安全安心」を提供する場所なのだ。
毎年午前中は水遊び(水鉄砲など)をして午前中は終わるのだが、今年は熱中症アラートが午前中から発令されることが多く、まったく外にいけない。室内遊びも1日だと案外くたびれるものだ。自分の好きな遊びばかりではないからだ。
女の子は国旗かるたが得意で、なんどもお呼びがかかる。「アメリカ」とか「インド」といってくれれば取りやすいのだが、まわりくどく「波と太陽 グンカンドリのキリバス国旗」とか「わしがへびくわえた伝説メキシコ国旗」というので上の句を覚えているR子には勝てない。「野菜かるた」も駄目だ。じゃんけんで負けた瞬間私は1枚も取れず負ける。
この間もN男とY男が喧嘩するのを止めたり、小2の女の子の意地悪(もうこの年代で序列ができている)をやめさせたり、夏休みじゃないとできない諸々の修繕をしたり、忙しい。また、ハエが飛んで来たら、さあ大変だ。私が捕虫網で捕まえるまで騒ぐ。いわゆる小使いさん(雑用に従事するしもべ)状態である。
昼食の時間になると、遊びの体制から食事の体制に机を並べ替えて机の上を拭く。食べるのが遅い子がいる。前にも書いたがおかずとご飯を別々に食べるので、遅くなる。食べ終わらないとアルコール消毒ができないので困る。遅い子の前で催促のダンスをするが動じない。ペースは全く変わらず遅い。毎日が特定のこどもたちとの戦いである。
お腹休めとして食後昼寝がある。なんだ、休憩時間があるのだから楽だなと指摘するだろうが、この分1時間時給が減らされている。減らされているなら働かなくていいかといえば、休み中でもこどもはトイレに行く。通常は1年生だけはついていくのだが、夏休み中は全学年ついていく。教室などに行かれるとALSOKのシステムが作動してしまい、ガードマンが飛んでくるのだ。この昼寝の時間に我々は食事をとる。昼寝の時間だからカーテンを引いて電気を消す。暗いところで食事するのはあまり好きではない。
昼寝の時に水筒を取りに動き始めるとざわつくので寝ているそばに置きなさいと指示したら、A男がトイレに行く際にE男の水筒をひっかけ、寝ていたE男の顔に水筒を倒した。そのためE男は鼻血を出した。学童ではすべての出来事が記録として残る。怪我した背景、事故が起きた際の対応、今後の対策など提案した私には報告義務が生じる。
午前中外遊びをしていた時はほぼ全員寝ていたが、今のように午前中室内遊びだと昼寝ができない子がいる。じっとしていないので寝ているところででんぐり返しをしてしまう。
15時15分になるとおやつの準備に机を並べて机の上を拭き、彼らが食べ終わったら、昼食と同じように消毒だ。どこも出かけてないので昼食時に一度消毒すればいいじゃないかと思うが、ここは「安全安心」を提供する場所なのだ。
コロナの時はドアノブやおもちゃのアルコール消毒もあった。その時に比べればずいぶん楽になった。
おやつの時間も遅いこどもはお弁当の時間と同じメンバーだ。一向に改めないその輩(やから)は同じテーブルに並ばせてほしい。
16時10分になるとまた遊び時間が始まる。A子たちはトランプのスピード。Y子はトランプのたこ焼き、N男はオセロ、R男はオオトリオ、F子は2人ババ抜き。いろいろなところからお呼びがかかる学童の太鼓持ち的存在となる。
17時ごろからお迎えが来て段々といなくなっていく。人数が少なるとアルバイトの私は早く帰れるのだが、支援学級の児童と障害者の児童の2人のうちどちらか1人でも残っていると、3人体制を維持しなくてはならないので、帰れない。
19時15分やっと支援学級の児童の親が迎えに来たので、帰れるようになった。短いコースで帰ろうとしたら潔癖症のK男から「こっちから帰るのがルールでしょ」と遠い道から帰らされた。長い1日が終わった。
インターバルを書き始めて以来、文章も過去最長になってしまった。
第242回「先生!乳酸はいい奴でした」(2023年8月13日)
バンビーニでは「ケツ割れ」が起きたら全力疾走した証拠だと言っている。先日の浦和の大会で中学生のK子がベストを出して県大会出場を決めた。ゴール後担架で運ばれた。ケツ割れが起きたのだ。
昔、ケツ割れの原因は「乳酸が溜まるからだ」と説明していた。「筋肉疲労は乳酸が原因である」とする説が、広く一般に信じられるようになったのは、1冊の書籍の影響が大きかった。
ニュージーランドのアーサー・リディアードは、中長距離の優秀な選手を数多く育てたコーチである。彼の指導を受けたピーター・スネルは東京オリンピック(1964年)の男子800 mと1500 mで金メダルを獲得した。私が陸上競技を始めて最初に陸上関係の本を読んだのが彼の著書だ。そして、徹底的に練習を真似したので心の師として今でも尊敬している。最近また見直されているようだ。
そのリディアードが1983年に出版した書籍の中で「乳酸は運動選手のパフォーマンスにも、健康にも悪い」と説明した。スポーツ科学や競技指導者の間では乳酸悪者説が定説になったのは、リディアードの書籍が少なからず影響したと思う。なぜなら“ケツ割れ”が起こる800m、1500mに圧倒的な力を見せたことはリディアードコーチの乳酸対策練習の功績が大きいと評価されたからである。
1990年代から乳酸の蓄積はあまり疲労に影響しないという論文が増え、2000年代に入ってから悪さをしているのは乳酸ではなく筋細胞外のカリウムイオンではないかという学説が出てからは、乳酸に対する見方が変わってきた。
こうして、乳酸の立場は一転し、疲労の原因ではなく結果であり、むしろ回復の役に立っているのではないかという乳酸善人説が唱えられ始めた。
もう少し詳しく説明すると
身体を動かす(=運動する)時には筋肉が収縮するが、そのためのエネルギーが必要になる。人間のエネルギーは、主として糖を分解する方法と脂肪を分解する方法の2通りの生成方法があるが、今回は乳酸が発生する糖に焦点を当ててみたい。
車を動かすためにガソリンが必要なように、人間が筋肉を動かすときにはATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーが必要だ。特に激しいスポーツをするとき、ATPは主に筋肉に蓄えられたグリコーゲン(糖)から作られる。
グリコーゲンはミトコンドリア(細胞内にある小器官)のエネルギー生成回路に入るが、ミトコンドリアに入れる量には限りがあるので、入れなかった分は乳酸に変わる。しかし、乳酸に変わったらずっと乳酸のまま蓄積されていくわけではなく、血液を通して他の細胞のミトコンドリアに移動して、エネルギー生成回路に入っていく。つまり、乳酸は糖質と同じようにエネルギーへと変わる物質になるのである。
ミトコンドリアは、PGC-1αというタンパク質が活性化されることで分裂が促進され数が増えていくのだが、乳酸はそのタンパク質を活性化させることも分かってきた。エネルギー源になるだけでなく、エネルギーを作り出す工場のようなミトコンドリアを増やす役割も持っている。
乳酸の蓄積が、疲労の原因ではないのなら、体を動かしていて疲れると感じるのは何が影響しているのだろうか。
マラソンでは、長時間走っていると、突然体が動かなくなることがある。スタートしてから30km地点で急激に体が重くなることから、ランナーの間ではこの現象を「30kmの壁」と言う。
「30kmの壁」が起こるのは、人間の体に蓄えられているエネルギー源のグリコーゲンがなくなってしまうからだ。グリコーゲンは体内に蓄えられる量が決まっていて、2時間ほど走り続けるとなくなってしまう量しかない。
しかし、数十秒で終了する400m走や2分前後でゴールする800mの場合は、グリコーゲンは枯渇することはないので、グリコーゲンの枯渇が疲労の原因ではないはずだ。
最近では、乳酸が作られる過程で発生する水素イオンなどの作用で、筋肉のpHバランスが酸性に傾くことが疲労の一因と考えられている。
人間は脳からの指令を筋肉が受け取り、それにより筋肉が収縮することで運動を行っている。カリウムイオンは、脳からの電気刺激を筋肉に伝えるために必要な物質なのだが、激しい運動を行うと、体内では活性酸素や水素イオンなどが発生し、それによりカリウムイオンのバランスが乱れてしまう。すると筋肉は脳の命令通りにうまく収縮することができなくなり、疲労を感じるのである。
乳酸は、強度の高いトレーニングを行うと放出されるので、これからは乳酸の役割を理解して、トレーニングで乳酸をどんどん出させる練習を増やしていこうと思う。ミトコンドリアを増やせるし、水素イオンなどは筋肉以外にもたくさん存在するので、乳酸への対応力をつければ自ずとpHバランスもコントロールでき、疲労しにくい体になるはずである。
恩師アーサー・リディアードに背くことになるが、「先生!乳酸はいい奴でした!」
参考資料:厚生労働省eヘルスネット他
第241回「錦鯉」(2023年8月6日)
2021年M-1王者「錦鯉」のことではなく、泳ぐ「錦鯉」の話である。
錦鯉や金魚などの鑑賞魚の見方は2通りあり、ひとつは上から見る「上見」とアクリルまたはガラス越しで横から見る「横見」の方法である。
アクリルの水槽は発売されて100年もたっていない。金魚や錦鯉は元々は上見が基本であった。だから、上から見てきれいいな鱗をもつ魚に価値があった。横から見ると何これと言う魚でも背中や頭にきれいな模様や色彩をもつ魚は重宝がられた。
錦鯉は大きくなるため1つのケースに何匹も飼えないので、今でも横見で鑑賞することは少ない。しかし、池に放して育てると大きな体の背中に綺麗な文様があれば価値が出る。
一方金魚は室内で鑑賞できるため横見にふさわしいように、尾びれ背びれが優雅なもの、お腹や頭に独特な絵柄があるものが価値を持つ。今度は背中の模様は関係ないのである。しかし、大きな池に放つと金魚は小さいので見栄えが悪い。
このように同じ観賞魚でも、錦鯉や金魚は見方によって価値が大きく異なるのである。
金魚の寿命は10~20年くらいだが、錦鯉は50年ほど生きられるしギネスに認定された最高年齢は226歳であった。
元首相の田中角栄の目白の屋敷にあった庭を覚えているであろうか。地元の小千谷市産の大きな錦鯉を池で飼っていた。当時の人々は広大な敷地と大きな池は時の権力者であるからと妙に納得してしまった。
人間のこどもを観賞魚に例えるならば、多くの人々は金魚を選ぶ。育てるのが簡単だし、大きな池を持っていないとあきらめているからだ。人間の場合、大きな池とは保護者の人生観や度量の大きさのことを言う。自分のこともが埼玉県や日本で活躍できることを目指す心意気でもある。しかし、多くの保護者は、自分のこどもはこんなものと早くから錦鯉としてではなく金魚として育てようとしている。自分でコントロールしやすいからか、金魚として小さな水槽に押し込んでしまう保護者がたくさんいる。なぜこんな小さいうちから見限ってしまうのだろうか。
人生の中でどの分野でも埼玉県で20番以内に入るチャンスはそう多くはない(強化指定選手は1学年男女それぞれの種目で多くとも20人くらいまでしか標準記録を突破できない)。それはこどもにとって大きな自信になるはずだ。それを受験やサッカーや空手で陸上の練習を削るのはもったいない。バンビーニの過去の歴史にも多くの才能のある子が保護者の判断で小さな水槽に追いやられていた。しかし、あなたの挫折した経験をこどもに重ねてはいけないのです。
また、たとえ錦鯉として育てようと決意しても、大きな池でなく飼育しやすい水槽で飼おうとする人もいる。錦鯉という魚は周りの環境に合せて成長する特性をもっている。
約10cmの錦鯉を水槽と池でそれぞれ5年間飼育した結果、「水槽飼育で体長15cm」、「池での飼育で体長80cm」ということがある。水槽内で飼育するときは、水槽の大きさに合わせた体長で止まるため、際限なく大きくなることはない。
つまり、限られた広さでは錦鯉はほどほどのサイズで止まることが多い。錦鯉として育てる意気込みをもっても、こどもの指導はステップアップしたものに拡大していくべきだ。自分が陸上の経験がなくともユーチューブなどでの知識である程度育てることはできる。しかし、独学の強みは一点一点を深く勉強することはできるが、反面系統だった教育・体験を経ていないためブッツリ、ブッツリとした個別の知識の塊としてあるだけで、持っている知識が全体で昇華されていない弱みを持つ。目先の成果で自分のやり方が正しいと思ってしまう。そして全体像が見えないため、やり方を変える術がない。そして記録が止まるとそれが限界となってしまう。
スランプの対応や負けた時のくやしさや気持ちの高ぶりのコントロールは、ユーチューブでは教えてくれない。
こどもはある面たくましい。錦鯉は1,2週間餌を食べなくても生きていける生命力のある魚でもある。そもそも急激な変化が無ければ水温5~35℃ぐらいまで順応できる丈夫な魚なのである。
金魚は新参者にはつっついたり意地悪をする。共食いもする。しかし、錦鯉は新参者にもやさしいし共食いなどは全くない平和主義者なのである。
また、もともと錦鯉は頭がいい。人なつっこく飼い主を覚えて集まってきて、エサを手から食べることもある。さらに、錦鯉は音に敏感な魚なので、池で飼育されている錦鯉は人の足音を聞き分け、餌をくれる人が来るかどうかを判断している。このような魚をかわいいと思わない飼い主はいない。だから大切に育てられる。
自分の生きている環境が狭ければ所詮小さな考えしか浮かばないし、小さなエリアでは新参者には意地悪にもなる。環境が性格も左右するようになるのだ。
あなたの考えや人生観(こどもが泳ぐ場所)を変えない限り、優雅に泳ぐ錦鯉としてこどもは育たない。10年の寿命しかない金魚と数十年の錦鯉、せいぜい15cmの大きさにしかなれない金魚と池に放てば1mほどにもなる錦鯉とどちらがいいのか保護者として迷うことはない。
この原稿を書いていると、T男が私のそばに来て囁いた。「それはあなたの感想ですよね」
第240回「それはあなたの感想ですよね」(2023年7月30日)
T男はよく私とぶつかる。頭が私のお腹のあたりしかないので、後ろに黙って立たられると気づかない。ずっと私の後をついてくるがわからない。気づかずに振り返って戻ろうとする時にぶつかる。痛がるどころかニコニコする。「してやったり」という顔になる。
T男は鬼ごっこが得意だという。
「なぜ?」と聞いたら
「僕はね、気配を消すことができるんだ」
「気配?気配とはなんだ」
「へぇ~気配を知らないのですか?人間の存在そのものですよ。見えなくてもなんとなくいるような感覚です。僕は『木になれ、土になれ、壁になれ』と念じると僕の存在を消すことができるのです。なんとなくいるような感覚がなくなります。だから、友達は僕を発見できない」
そういえば鬼ごっこでT男が木の後ろに隠れても誰も裏に回って確認をしない。彼の言うように、こどもにはT男の気配が感じられないのかもしれない。
T男がK子に「K子ちゃん、このおもちゃ出しっぱなしだよ。」と指摘した。
「T男ちゃんも一緒に遊んだじゃない?」
「僕は前半で抜けたからもう楽しい感情はないよ。だから、僕にはそのおもちゃをかたづける責任はないと思うよ。昨日おやつを食べたから今になってお皿をかたづけろというよなものだよ」
「おい、T男、それは自分勝手な言い分じゃない?」
間髪を入れずに
「それはあなたの感想ですよね」
「・・・ああ、私の感想だ。しかし万人共通の感想だ」
「ちょっと待ってください。あなたは皆さんに聞いたのですか?1人の感想ですべてを解決できるのは神様しかいないのです。あなたは神ですか?」
昭和のスポコン漫画「巨人の星」の星一徹(飛雄馬の父親)ならちゃぶ台をひっくり返ししてT男に平手を打っていたことだろう。ただ、私は歳をとり過ぎた。こどもの生意気さを楽しんでいる自分に気づいた。
その後私はある件でT男に意地悪を言った。
T男は「いけないんだ、それはいじめにつながる言い方だよ」と言ったので、
「それはあなたの感想ですよね」と言い返した。
するとT男は
「それが何?感想が言えない社会は民主主義社会ではないのですよ。プーチンのロシアとまったく変わりませんね。あなたは日本をロシアにしようというのですか」
こどもの生意気を楽しむと言ったが、この時は目の中で怒りの感情がメラメラと燃え上がり、わなわなと体が震えた。しかし、パートの身のため「表に出ろ!」と心の中で吠えるのが精いっぱいであった。
しかし、その後も掃除機をかけていると後ろについてきて何度もぶつかりそうになる。「邪魔だから、あっち行け」といっておっとばす(追い払う)も、気配を消せるT男はそれからもずっとついて来た。
18時になったので私は帰ることになった。外に出ると、先にお迎えが来ていたT男がお母さんの自転車の後部座席にちょこんと座っていた。なるほど気配がないのでよく見ないとわからない。校門近くでT男の自転車が私を追い抜こうとした時、T男が身を乗り出して「いりやま先生!さようなら」と大きく手を振った。私は小さく手を振った。ちぇ、さっきまであんなに生意気だったのに何だ、これは。これじゃ、母親は息子の生意気な本性に気づかないだろう。さらに「いりやま先生、明日も一緒に遊ぼうね。今日は楽しかったよ!さようなら」と大きな声で走り去った。よく見ると母親の横顔は満足そうであった。
「今日は楽しかったよ!」・・・それはあなたの感想ですよね。
第239回「遺伝子抑制因子」(2023年7月23日)
「同じ遺伝子を持つ3人の他人」(第234回)で、遺伝子がもたらす影響について不安な予想をした。関係者は100年経ったら人類は対処できると考えてデーターの公開を先送りしたが、気になって調べてみると、なるほど時間が経てば科学には対応する力があると思われる
それは、科学者が「人間には遺伝子を左右する因子がある」と考えている点だ。
一卵性の双子は遺伝的に全く同じなのに、大人になったときに、なぜ差が出るのか? それは、科学者は「遺伝子抑制因子」というものがあるからだという。
これまで遺伝子は環境の影響を受けないと思われていたが、最近、環境によって、遺伝子のスイッチがオンになったり、オフになったりすることがわかってきた。
つまり、外的要因によって、遺伝子の発現にすごく差が出るということだ。
今までは、一卵性の双子ががんになったりがんにならなかったりする理由が、よくわかっていなかった。 しかし、この分野の研究の発展により、環境的な要因でがん遺伝子がオン・オフすることがわかってきた。
人間の体は約60兆個の細胞からできており、これらの細胞は厳密にコントロールされ「必要な場所」で「必要な働き」をし、常に「必要な数が保たれて」、人間の身体の恒常性を保っている。例えば皮膚の細胞は、けがをすれば増殖して傷口をふさぐが、傷が治れば増殖を停止する。
しかし、がん細胞は、体からの命令を無視して増え続ける。勝手に増え続けて周囲の大切な組織を機能できないほどに壊したり、他の組織へと浸潤・転移したり、血管を詰まらせたり、血管を壊して大出血を起こさせたりする。そしてがんは増殖するために多量に栄養を必要とするので、正常な組織もがん細胞に栄養を奪われ、身体は栄養失調に陥り、そして免疫力も低下する。このようなメカニズムで「がん」は人間を死に至らしめるのである。
こんな凶暴な「がん細胞」が簡単にできては困るので、「がん細胞」ができないようにするためのシステムが人間の身体には備わっている。そのシステムのひとつが「がん抑制遺伝子」なのだ。
「がん抑制遺伝子」が細胞を守っているはずなのに、なぜ人間は「がん」になるのであろうか。
その理由の一つが、何らかの原因でがん抑制遺伝子が損傷すると、その機能が低下したり不活性化が起こり、がんへのブレーキが利かなくなるからだと思われる。
人間の体内では、日々大量の新しい細胞が生まれている。人間の体を構成する約60兆個の細胞のうち、1日に約2%の細胞が死に、細胞分裂によって新しい細胞と入れ替わっていると言われている。日々多くの細胞を作りだしているため、DNA複製時に自然にミスが生じてしまうことがある(母数が60兆個もあるのだから確率的に1,2個の複製ミスは起こりえる)。コロナの変異株も同じ理屈で誕生した。
さらに自然に発生する以外にも、さまざまな外的要因ががん抑制遺伝子の突然変異を引き起こしている。たとえば、タバコ、飲酒、さらに放射線や化学物質などが突然変異を誘発しているとされる。
だから、がんの遺伝子はがん抑制遺伝子によって制御されるが、その抑制遺伝子が偶然や外的要因によって機能しなくなることでがんが発生する。こうして、がんの研究から人間にはがん抑制遺伝子があることが発見され、遺伝子も環境によって変化するという結論にたどり着いたのである。
深読みすれば、がんだけでなく他の形質にもスイッチがオンオフするのに関係する因子があるのかもしれない。
250万年前の人類誕生から、人間が狩りのため走らずに生きていけるようになって、たかだか1万年の時間しかたっていない。だから、まだ人間には速くそして長く走る遺伝子が残っているはずだ。文明の発展がその遺伝子を必要としなくなったため、何らかの因子が走力増強遺伝子を抑制しているのだと思う。なぜなら跳んだり走ったり投げたりするなど余計な行動をし、体力的にすぐれた人間を作り出したら喧嘩をし戦争をし他の種族を皆殺しにするなど人類存続に大きな問題が生じる。人類は知能で生きることに決めたはずだ。
もし、この抑制遺伝子の機能をとりはずせたら、すぐれたランナーが誕生すると思われる。陸上競技の練習の本質は選手を強くすることではなく、抑制している遺伝子を取り除くことにあると思う。こどもの自己防衛本能、女性の母性本能など、実際にコーチをしていて遭遇した事実がそれを物語っている。
第238回「抱っこして」(2023年7月日)
こどもは時々予想もしない言葉を発したり行動をしたりすることで、大人をあわてさせる。
「いりやま先生は何歳?」とこどもは年齢を聞いてくる。前にも述べたがこどもは大人の年齢が当てられない。20歳~70歳はわからないのだ。若いか年を取っているかの比較論は展開できるが、私が38歳といっても間違っているかどうかの判断基準がない。いつもは「若大将」と呼べと言っているが、「若」がつくからこどもは実態とは違うと感じて言わない。ま、結論から言えば大人の年齢などはどうでもいいことだろうから気に留めていないのだ。だから、当たらない。
ところが機転の利く3年生のK男はわざと「おい、くそ婆」と言ってくる。これだと事実と違うので怒るに怒れない。
思わず「ばっきゃろう!俺はくそ婆じゃない、くそ爺だ」と韻を踏んで言い返す。笑いが起こる。そうすると1年生は私から「くそ爺」の言葉を言わしたくて同じように「くそ婆」と言ってくる。入れ替わり立ち代わりだ。1人に言ったから、皆に平等に言わなければならない。前例をつくるということは、後々困ることになるのだ。
3年生のJ子が「イリ」と言って小指を立てた。
「なんだよ、私の彼女になりたいってか?ダメだよ私には奥さん(小指を立てる)がいるから」
ところがJ子はきょとんとして
「何言っているの?小指を立てると『黙れ』と言う意味だよ」
私はこどものころから小指を立てるのは「女性、特に恋人を指す」ものと思っていた。
日本では生涯を共にする人同士を結ぶための「運命の赤い糸」が小指につながっているという言い伝えや迷信があるからだ。昔、禁煙パイポのCMで「私はこれで(小指を立てる)会社を辞めました」というのが印象に残っている。
なぜ小指を立てるのが黙れの意味になるのかを理解しようにも、こどもがいわれを理解していない。誰に聞いても理由はわからない。そういうもんだという程度である。
以前親指を下にしたり中指を立ててきた子は厳しくしかったが。小指の黙れはローカルな表現ということで叱りようがなかった。
外遊びから帰ってくるとこどもたちは上半身ビショビショだ。着替えは学童に置いてある。女子はカーテンを引いて着替えさせるが、学童では男の子には無頓着だ。こどもは周りの友達を気にしないので、上半身をその場で着替える。ところがパンツまで濡れている1年生のN男はまったく裸を気にしない。その場でパンツまで脱いで着替える。「おい、ここは風呂屋じゃないんだから、パンツは女子の次にカーテンの内側で着替えろ」というが面倒くさいようでその場で着替えてしまう。しかも、N男は脱いでから着替えを取り行くので素っ裸で闊歩する。ま、周りの友達も気にならないようだが。
1年生のY子は1人で本を読むのが好きな子だが飽きると必ず私のところに来る。でも他のこどもがいると遠慮して遠くで見ている。言葉は雑だが所詮言葉を知らないだけだ。自分のことを「ぼく」と呼ぶ女の子はいるが、この子は「おいら」という。数は少ないが、「俺」よりはいいかと思う。何の因果で自称の言葉を男言葉で言いうのかな。バンビーニにもかわいい顔をして「俺」という子がいる。「俺」なんかは秋田や茨城のおばあさんが使う言葉だ。
ポリ容器飲料「チューペット(現在生産終了で今販売されているのは類似品)がおやつに出たが、食べ方がわからない。はさみで切ったが溶けていないので、小さい吸引力ではすすっても出ない。
「Y子、横か下を強く推して氷の塊を上に押し出すんだ。そして吸い上げて飲むんだよ」とチューペットの食べ方を教えたほど世間を知らない。
ある日私が壊れた玩具を直しているとY子が近づいてきた。そのY子が「おい、いりやま・・・抱っこして」と言ってきた。
あぐらをかいているところに座ってくる子は過去何人もいたが、抱っこしては初めてだった。こどもは気分で行動する傾向にある。家で何かあったのかと心配したが、ここはまずは強く拒否しないといけない。
「ここで抱っこができるわけないだろう」と言い返した。
「じゃあ、校庭で」
「え?そういうことではなくって・・・ダメダメ 私は箸より重いものを持ったことがないからね」
「じゃあ、トランプのスピードをしよう?」
「よし、オーケーだ」
ゲームが始まると私の心配をよそにニコニコする。
第237回「第2の心臓」(2023年7月9日)
イメージ的には長距離選手、特にマラソン選手は細身がいいと言われている。しかし、だからといってふくらはぎが細いというわけではない。
写真の右端はモハメド・ファーラー選手(英)である。
オリンピック2大会連続5000m、10000mの金メダリストで細身であるがふくらはぎは非常に発達している。2位のバーナード・ラガト選手のふくらはぎも太いことがわかる。
日本人でも同じことが言える。青山学院大が初優勝した第89回箱根駅伝では、第8区を走った高橋宗司選手は区間賞の走りだったが、彼のふくらはぎも発達していた。
もう少しふくらはぎについて考えてみよう。
人体には網目のように血管が走っていて、血液を循環させる血管には「動脈」と「静脈」の二種類があることはご存じだと思う。
全身に通っている静脈は、筋肉の周辺や内部にも通っている。そして、筋肉周辺や内部の静脈は、筋肉が収縮することにより圧迫を受ける。静脈には逆流を防止するために弁が備わっており、筋収縮により圧迫を受けた静脈は、決められた方向(心臓方向)に血液を押し出す。
ふくらはぎはヒラメ筋と腓腹筋で構成されている。
膝の下から始まって、アキレス腱につながる筋肉がヒラメ筋で、ヒラメ筋に覆いかぶさるように膝上から始まってアキレス腱につながる筋肉が腓腹筋だ。
心臓から動脈を通ってつま先まで送られた血液は、静脈を通って心臓に戻る。つま先やふくらはぎは心臓から最も遠いうえに、さらに足元から上半身へと重力に逆う方向に血液を流して、心臓まで送り返さなければならない。心臓ポンプ作用だけで血液を心臓まで戻す力には限界があり、心臓にもかなりの負担となる。
ふくらはぎの筋肉が収縮と弛緩を繰り返すことによって、静脈の血液は体中の二酸化炭素や老廃物などを回収して、再び心臓に戻る。これが、ふくらはぎが「第二の心臓」と呼ばれる理由である。
長い間ふくらはぎを動かさないと罹患する「エコノミー症候群」などはふくらはぎの役割を示す代表例である。
だから、バンビーニではこども達に対して汗のかき方や呼吸の状態を見るだけでなく、ふくらはぎの発達具合も見る。最近ではこのふくらはぎが発達しているかどうかが長距離の強さに関係しているのではないかと思うようになった。写真はバンビーニのこどもたちのふくらはぎの写真である。この中には彩の国クラブ交流大会6年生女子1000mで優勝(3分06秒23)したM子や、同じ大会で6年生男子1000mで3位に入ったK男がいる。小学生は筋肉の発達が未成熟であり見た目の差異はわかりにくいが、触ってみたりジャンプさせたりするとよくわかる。
かつて私がインターハイに連れて行った時の女子選手のふくらはぎは次のような大きさ形であった。
当時はこの体形でなんで速いのか正直不思議だったが、世界で活躍する選手は細身だという私の固定観念が崩れた最初の選手である。もっと走らせてスマートなふくらはぎにすべきだったと当時は反省していたが、逆に、このコラムをまとめていて驚異的に疲れない体質はこの筋ポンプのせいだっただと思うようになった(この子は身長155cm体重50kgだったが、1度も練習をさぼらず、2年間練習計画のすべてこなした)。
姿かたちはかっこよくなくてもふくらはぎが発達していれば中長距離は強くなる。高校生であったのでマッサージを練習後にしたが、マッサージをするとこのふくらはぎがグニャグニャで柔らかく、走り始めるとガッと固くなる。この硬軟の差が大きいことが彼女の特徴でもあった。
参考:ウイッキペディア、厚生労働省eヘルスネット他
第236回「未練」(2023年7月2日)
「未練」とは、諦めなくてはいけないのに諦め切れない気持ちのことを指す。
例えば恋人と話し合って別れることを決めたはずなのに、いつまでも「別れないでいたい」「やり直したい」と思い続けることは「未練がある」と考えられる。反対に、別れた恋人に対して「やり直したい」と思う気持ちが一切ないのであれば、「未練がない」ということになる。すべての人がどんな状況においてもすっぱりと気持ちを切り替えられるわけではない。例えば何年もの時間をかけて付き合った恋人と別れるとき、頭では「もう一緒にいることはできない」と分かってはいても、「もしまだ付き合えるならば……」という気持ちを感じるのは自然なことだ。
未練が残っているのは、「良い思い出があった」という証拠でもある。本当に嫌な思い出ばかりであれば、未練が残るどころか、「思い出したくもない思い出」となっているはずだ。
別れというものは、相手があなたに未練を持っていないと理解しなければならない。相手が今でもあなたのことを好きでいるのであれば、そもそも二人の間に離別は起こりえなかったからだ。その際、自分のことをこれっぽちも思ってもいない相手に対して時間を使うのではなく、もっと建設的なことに時間や思いを使ってみるべきだ。
人生はいくつもの選択肢でできているから、ひとつ違う選択肢を選ぶことで、人生が大きく変わることがある。
恋人と別れることは確かにつらいことだが、もしかしたら別れたことでより良い未来が待っているかもしれない。例えば、「恋人と過ごす時間を勉強に充てたことで、レベルの高い学校に入学できた」などより良い未来が待っていることがある。
今バンビーニは4か月の夏の鍛錬期に入った。強化指定の大会はあと2回あるが、男子の600mは標準記録がアップして1000mでボーダーラインにいる選手は最後の600mに賭けても大変難しい。1000mに徹してトレーニングをしなければならない。しかし、そのチャンスあと1回である。
10月のクラブ交流大会で標準記録を切れなかったこどもに、この前半の文章を送るつもりでいた。しかし、失意の中1年以上も一緒に練習してきたこどもたちに言うのは酷だと思った。
「後悔先に立たず」という意味は、「何かしてしまった後で悔やんでも、もうすでに取り返しがつかないこと」で、終わってから反省では遅すぎる。
私の指摘したことを何もやらずに、結果が出ずに終えたら後悔するに違いない。最後の大会が終わって、仲間が強化指定選手になって自分がなれず泣き崩れる姿を見るくらいなら、先に後悔させてやれればと思う。だから、今この文章を送る。
まだ、トイレにかこつけて自分勝手に練習を抜け出すこどもがいる。この暑い季節に30分も経たないのに尿意をもよおすわけがない。汗が出ているだろう。後1本でセット間の休みに入るのになぜ待てない。それは逃げだ。
また、前半飛ばせといってもいまだにできないこどもがいる。1000mではトップクラスのライバルでも100mはせいぜい14秒だ。しかも、トップクラスの選手はベストの14秒じゃ突っ込まない。あなたは100m16秒で走れるのだから、100mまでは自分が全力を出せば集団の先頭になれるはずだ。後半バテてスピードが落ちてもいいと言っているのに、一度も試したことがない。じゃ、あなたは好きな人ができても、一度も好きだと告白することもなく卒業するとでもいうのか。
あと1回の大会にすべてをかけるのだ。それまで真剣に練習しなさい。埼玉陸協は差別しない。背の高さや顔の良さや性格のよさは対象ではない。唯一の条件が標準記録だ。それがたまたまであっても泥臭く練習してきた結果であっても、標準記録を出せれば、あなたを好きになってくれる。
それができなければ埼玉陸協との別れが待っている。埼玉陸協はあなたたちに未練はない。
来年中学生になるこどもたちは中学で陸上競技をしなければ、今度はあなたたちが埼玉陸協を忘れなければならない。そうしないと前に進まない。
日本語には「忘却」と言う言葉がある。
昭和27年から昭和29年のNHKラジオ連続放送劇「君の名は」は絶大なる人気で当時20時30分からの30分間は女湯が空になったという。その番組の冒頭で「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」という有名なナレーションが流れた。
私にはこれまで20人近い女性が忘却の彼方にいる。しかも別れたからではない。「告白し得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
昨年600mで0.2秒差で指定をとれなかった選手がいる。その時我々の時計は1分46秒98であったから大喜びしたが、その後の公式の発表では1分47秒02であった。標準記録は1分47秒0だったので、その差0.2秒だ。悲しみは倍増した。我々のいるゾーンだけが凍り付いてしまった。1秒以上の差ならかえって何も残らなかっただろうに。
強化指定選手のことは忘れろとアドバイスしたが、不屈な彼は中学生になって陸上部に入った。こうなると、まだ埼玉陸協を振り向かせることはできる。3年間ある。これからは“未練”を持っていいのだ。それが君のエネルギーになるのだから。
第235回「何言っているの?」(2023年6月25日)
正しいことからはずれて物を言うとこどもたちは決まって「〇〇だよ。何言っているの?」と言う。何人のこどもたちが言う。こども特有なのか、この学校特有なのかはわからない。相手を見下した言い方だ。
さらに私にいい聞かせようとすると「あなたはね・・・」と大上段にいう者もいる。
1年生と「ぶたのしっぽ」というトランプ遊びをした。
カードをめくって、前の人と同じ色か数字が出たら、それまで場の真ん中に出されたカードを引き取る。場にまるく広げたカードがなくなったとき、いちばん手札の少なかった人が勝ちだ。
「ちょっと待った!これなら『ブタの頭』って言ってもいいんじゃない」
T男が
「昔からぶたのしっぽって言っているんだよ。何言っているの?」
A子が
「あなたはね、先生でしょ。なんでそんなことも知らないの?豚のしっぽは丸くまいているでしょ。だから『ぶたのしっぽ』というの」
「じゃ『蚊取り線香』という名前でもいいんじゃない」
「シャラップ!あなたはね、先生でしょ。なんでそんなに自分勝手なの?『ぶ・た・の・し・っ・ぽ』」
「はいはい」
「返事は1回」
「はい」
お迎えが来た。
「S子のお母さんだな」と応対に立ちあがろうとしたら、T男がすかさず
「違うよ、K子のお母さんだよ、何言っているの?」間が悪いことにそばにA子がいた。
「あなたは先生でしょ、なぜK子ちゃんのお母さんがわからないの?誰もが知っているでしょう」
「だって、・・・」
「言い訳はやめようね、見苦しいよ」
「はいはい」
「返事は1回」
「はい」
私にはひげがある。60歳を過ぎた時、これまでの自分となにか変わらないといけないという強迫観念に駆られてひげを伸ばした。しかし、コロナが流行し人前で見せる機会がなくなったのでまったく意味をなさなくなった。コロナが収まっても完全に駆逐できない以上学童ではマスクをはずさない方針なので、バンビーニでも印西温水センターでもマスクははずさないことにしている。ただのどが渇くとお茶を飲むが、マスクを下に下げて飲む。その際白いひげが見える。A子は「あ、おひげだ」と目ざとく見つける。さらに、なぜひげが生えているのかを聞いてくる。まさか自分探しのためだとは言えずに咄嗟に
「あのね、A子、実は先生は12月になるとアルバイトでサンタクロースになるんだよ。それまでにおひげを長く伸ばさないといけないんだ」と言ってしまった。
「え~、サンタさんになるの?」
A子のそばには漏れなくT男がいる。
「実際はサンタさんなんていないんだ。サンタさんはお父さんだよ。何言っているの?」
「お前、夢のない奴だな。心の優しい子じゃないとサンタさんは来ないから、T男がかわいそうになってお父さんがサンタさん役をやっているんだよ。きっとお父さんもぼやいているよ。うちの息子がもう少し優しい子ならサンタさんに任せて私が買ってくる必要はないのだが、と」
そこに3年生のK男が割り込んできた。
「ぼくにはお父さんがいないんだけど毎年枕元にプレゼントがあるよ。お父さんがサンタさんならおかしいよね。僕は心が優しいからだよね。ね、イリ」
「うん」
「それじゃ、K男のサンタさんはお母さんだ」とT男は言い返す。
K男は顔を真っ赤にして
「女のサンタさんなんていないよ!何に言っているの?」
A子は自分を「あーちゃん」と呼ぶ。
「おい、小学生になったんだからもう『あーちゃん』はないだろう」
「でもね、皆は私のことあーちゃんって言うのよ、だからあーちゃん」
「そうかな、私にはあーちゃんとは聞こえないなあ、自分のことを『あーほー』って言っているように聞こえるよ」
「何言っているの?それパワハラだよ。先生に言うよ。S先生!いりやま先生があーちゃんのこと『あほ』って言いました」
Sマネージャーに直訴された。
「『あほ』じゃなくて『あーほー』と文字の間を伸ばして言ったのだ。A子に対する教育的指導だ。何言っているの?」
と心の中でつぶやいた。
第234回「同じ遺伝子の3人の他人」(2023年6月18日)
社会心理学者のレヴィンは、人が取る「行動」は「人間性」と「環境」の相互作用によるものであり、レヴィンの法則として「B=f(P・E)」であらわすことができると唱えた。
B=Behavior (行動)
f=Function (関数)
P=Personality (人間性、人格、個性、価値観、性格など)
E=Environment (周囲の状況、集団の規制、人間関係、風土など)
人の行動(B)は、たとえ同じ人間(P)だったとしても環境(E)が異なれば違いが現れ、たとえ同じ環境(E)だったとしても人間(P)が異なれば違ってくるというものだ。
わかりやすく言えば、こどもが独自で練習するのとバンビーニで練習するのでは、行動自体は大きく変わり、結果は違ってくる(1000m3分30秒を切るか切らないかのこどもが3分10秒を切る選手になる)。
サッカーや野球ではあるチームで実力を発揮できなかった選手が、チームが変わったりすると活躍しだすことがよくある。
人は一人ひとり個性がある。そして、その一人ひとりも、環境によって変わっていく。逆に言えば、人はいつでもどこからでも変われるということだ。
しかし、PとEの影響度合いは個々によって異なるはずだ。
Pを占めるのは多くは遺伝子であるが、自分の存在が親の遺伝子だけで決まるというなら父親より進歩しないことになる。私の息子は絶望感に襲われるであろう。しかし、たとえ環境が関わるとしてもどのようにどれほどの影響があるのだろうか。人間は「氏か育ちか」という根本的命題に行きつく。
ピーター・B・ヌーバウアー博士という精神医学者がこの疑問に対して終止符を打とうと、1960年代に密かに実験を開始した。しかし、2018年ドキュメンタリー映画『同じ遺伝子の3人の他人』が封切られ、その実験の存在が紹介され社会に衝撃を与えた。
映画によると、博士は、「同じ遺伝子を持っている双子をそれぞれ別の環境で育てたら、人の運命に大きく作用するのが遺伝子なのか環境なのかがわかるはず」という残忍な考えのもと、1960年代に生まれ、養子縁組のエージェントに登録された複数組の双子や三つ子たちを意図的に引き離して養育させ、その状況を追跡調査していたのである。本作は、まさか自分たちがそんな壮大な人体実験の被験者となっているとは知らずに生きてきた、ある三つ子の人生を紹介しながら、この研究の倫理を問うている(MIHOシネマ編集部より)。
養育家庭には、その赤ん坊が双生児または三つ子であることは知らせていない。赤ん坊たちがどこで育てられるのかについて決定権を握っていたのは博士と養子縁組のエージェントであって、本人たちではなかった。
大人になって初対面でもすぐに打ち解ける三つ子。それは遺伝子レベルで理解し合っている証拠であり、微妙な価値観の違いは、環境によるものと予想された。
彼らが育った環境はわかりやすく差が付けられている。労働者階級、中流階級、富裕層の家庭にそれぞれ意図的に振り分けられていた。
さらに、この実験は病歴のある親を選びその子供たちを別々の家庭に送り込んだというのだ。それも遺伝の力を確かめるためだった。ドキュメンタリー映画の3人は共に躁鬱病を患っていた。
養子縁組はすべて計算しつくされたものだった。彼らの日々を記録すべく、何年間にもわたり定期的に調査していたらしいが、その際も本当の研究目的は明かさず、養子の成長に関する調査、といった名目で各家庭を訪れていたという。
この3人が三つ子であることがわかったのは、顔が似ているということで評判になりマスコミにとりあげられたからであり、研究内容が漏れたためではない。偶然だったのである。
このおぞましい研究は現在に至るまで論文さえも発表されておらず、データの存在だけは明らかになっているものの、秘匿情報とされており、簡単にアクセスできない。2066年まで開示しないことになっている。そのため、研究の真の目的や結果については、いまだに明らかにされていない。しかもこの3人だけでなく、多くの双子や3つ子が養子縁組に出されているようだ。
残念ながら研究結果が公開されていないということは、人間として虚しさや無力感をもたらせる結果になっていると予想せざるを得ない。2066年とは実験開始から100年経っているので、その頃には人類もこの報告に耐えられる科学を確立していると判断されたのかもしれない。
だが、病気に限らずその人の人生のほとんどが、遺伝子の設計図通りに動くのだ、というような結論は運命論者を喜ばせるだけだ。そうだとしたら、日々の努力や苦労は一体なんのためにあるのだろうか。個性を持った自分として生きているのではなく、両親の遺伝子の乗り物としての身体をただ維持しているとしたら、バンビーニで練習するこども達がいなくなってしまう。
私は最近鏡を見ると父親が目の前にいるような気がする。60歳まで自分は母親似と思っていたが、今では父親とうり二つの顔となった。先日は鼻を親指と人差し指でつまむような父親のしぐさをしている自分に気がついた。やはり遺伝子がそうさせているのだろうか。
私はこの実験の結果を知ることはできないが、バンビーニのこどもたちは知ることができる。たとえどんな結論が公開されようと、君たちはその研究結果を突っぱねるような人生を歩んでいてほしい。
第233回「ポケモンvsモスラー」(2023年6月11日)
人には苦手なものが何かしらあるものだ。ニンジンが嫌いとか英語がダメだとか、あるいは太った男性が苦手だとか・・・
私の苦手なものは、まず、漢字を書くことだ。
大雑把な性格で、こどもの頃から漢字の書き順を適当に書いていたから、正確な書き順がわからない。
漢字や言葉の多くは「知っているか」「知らないか」のどちらかだ。いくら考えても知らないものは知らない。だから、こどもには算数と違って即教えることにしている。しかし、その際皆にゲラゲラ笑われる。書き順が違うと。
「いや、これは間違えではない。私がこどもの頃はこの書き方だったが、いつだったか文科省で見直しが入って、今の書き方に変わった。どれどれ、令和の書き方だとどう書くのかな?」と取り繕うのが精一杯だ。
つぎに算数だ。
記憶力が薄れ、こどもが質問する問題を覚えきれないのだ。
「イリ、問題出すよ。え~『125+361』は?」
(「361」を聞くと前の数字の「125」を忘れてしまう。自分を弁護すると、まったく忘れるのではなく正確に覚えていないということだ。本来は解けないのだが、相手は3年生だ、適当に「436」と答える。たぶん馬鹿にされるのだろうなと思って身構えていると
「う~ん、正解!」
ドリフターズじゃないけど、ずっこけてしまった。
こどもはとっさに作った問題は答えを知らないことが多い。大人は間違えないという先入観があり、ただただ「正解」と言いたいので問題を出すのである。正しい解であるかどうかは問題ではなく、問題を出して相手に答えさせ、「正解」という上から目線的な物言いで、優越感を味わっているものと思われる。
ただし、バンビーニではA男(そろばんの全国大会にも行く男の子)がいて、適当なことは言えない。ビルドアップの練習(1周60秒次の1周は58秒その次は56秒と段々ペースを上げる練習)ではスプリットタイムを読み上げているだけだが、唯一それを瞬時に計算してラップタイムに切り替えられるのがAである。他のこども達は「何秒かかった?」と大声で聞いてくる。私は答えることができない。「そんなこと自分で計算しろ、大会では場内アナウンスしか聞こえないから自分で計算することも練習だ」と怒鳴る。自分でも嫌な大人になったと思う。
こどもが何気なくポケモンの怪獣の名前を聞いてきた。
私はピカチュウしか知らない。
初めは恐る恐る聞いてきた。「キュレムって知っている?」答えられないと「じゃあ、グラードンは?」これも知らないとなるとさらにグイグイ来る。
「え、え、え、じゃあミュウツーは知っているよね?」
「知らない」
「えっ~」
寄ってきたこどもたちは全員ニコニコ顔だ。自分が知っているモンスターの名前を次々に言い始める。「ムゲンダイナは?」「レシラムは?」知ったかぶりすればさらに血祭りになる。
もう1年生は完全に馬鹿にしている。私はリカオンに噛みつかれたトムソン・ガゼルのようになってしまった。
ここで言い返さないとこれからもずっとまとわりつくだろう。
「じゃ、聞くよ。キングギドラという怪獣は知ってる?」」
「知らない」
「そう、ウルトラQに出てきたカネゴンは知っている?」
「ピグモンは?」
「知らない」
「え、え、え、じゃあ、聞くね、モスラは知っているよね。ま・さ・か、知らないの~?」
「なに、それ」
「よし、よし、では、今日はサービスでモスラを教えてあげる。
モスラはね、蛾の怪獣だ。
モスラを呼び出す踊りがある。A子とM子は顔が似ているから小美人(ザ・ピーナツ)の役ね。その他はインファント島の原住民だ。いいか、ザピーナツが歌を歌い始めたら原住民の皆はひざまずいて両手を上にあげたり下げたりしてお祈りするよ。するとモスラの幼虫が卵からかえり動き出す。幼虫は海を渡って日本に来て、東京タワーに上ったらそこで繭を作る。そして蛾に羽化して空を飛ぶ。羽が台風のようにあらゆるものを吹き飛ばす、という設定だ。いいか?」
A子とM子に歌を教えるが、むずかしいので「モスラヤ、モスラ」だけを歌い、あとは首を左右にかしげて時々目をあわせてそれを繰り返せばいいと教えた。本歌の「モスラヤ モスラ ドウンガン カサクヤン インドウムウ・・・」は私が歌った。
モスラの幼虫役は腰を上げ下げしてはって海を渡る(床を移動する)。幼虫役の子の動きがおもしろく皆クシャクシャに笑っていた。
東京タワーに見立てた柱に来ると、原住民は全員自衛隊員に変わる。柱で繭をつくってそれから自衛隊の攻撃を受けると柱からモスラに変身して東京の空を飛ぶと指示した。
するとワーワーうるさかったようで語気強く「皆さん、帰りの会の時間ですよ!さっさとかたづける」とマネージャーの声。皆はサーっといなくなった。
これからがおもしろくなるのに・・・まだ繭をつくっていない、モスラになっていないのだぁ・・・
「降る雨や 昭和は遠くなりにけり」
第232回「比較の基準」(2023年6月4日)
陸上競技を教える際、人間と動物のスピードを比較することがある。チーターは時速110km、ウサギは時速64km、ウサイン・ボルトは時速44.7kmだと。
しかし、人間と動物の走るスピードを比較する際、その基準は平等ではない。それを理解すると動物は人間に対してさらに速いことに気づく
(1)まず、比較する個体の選抜基準が異なる。
たいてい人間と他の動物とを比較する場合は、人間の世界記録を基準に考える。世界記録付近でパフォーマンス出来る人間は努力を積み重ねた一握りの人だけだ。
一方で動物の場合はその動物の平均値で語られる。そもそも動物には走るための自主的トレーニングも走るのをさぼることも無いので、多くの個体が大体同じ能力を獲得する。
頭脳が発達した人間は個体値が大きくばらつく動物になった。怠惰な生活によって100kgを超えた巨漢は100mも満足に走れない。そいう個体もいるが、厳しいトレーニングを経て100mを9秒台で走ってしまう個体もいる。
弓の発明や農業や家畜を育てるという知恵がついた人間は速く走ったり長く走ったりする必要がなくなった。だから、多くの人間は走る努力を放棄したのである。しかし、やめたのはここ4000~5000年であり人類が誕生した200万年の歴史から見れば“走る遺伝子”はまだ人間には残っている。だから高度なトレーニングを積めばウサイン・ボルト選手のように100mを9秒57で走ることができる。交通手段が飛行機になり、つながる車が登場するとなると人間はますます走らなくなる傾向にあるといえる。
こうして人間として平均値を出すことに意味がなくなったため、人間の走るスピードは人間のトップスターの記録すなわち世界記録を基準とすることになった。
自然界でここまで個体値がばらつく生物はいない。チーターは殆どの個体が時速100km程度で走れる。チーターも人間の様にトレーニグさせたらもっと記録は伸びるかもしれないし、人工的に大量の餌を与え続けたらまともに走れなくなるかもしれない。
至近の例でいえば、見沼田んぼのすずめとさいたま新都心駅付近のすずめでは大きさが違う。さいたま新都心駅のすずめはまん丸だ。だから、人間が近づく際の逃げ去るスピードが見沼田んぼのすずめに比べて遅い。
また、ウサイン・ボルトの世界記録は9秒57であるが、平均速度37.6km/時でなく、60~80mに出す最高速度44.7km/時とを比較する。動物の記録は平均であるが、人間の記録はトップスターがトップスピードになった時の記録である。
例えて言えば、浦和高校の2年生の学力と〇〇高校の2年生の学力を比較した場合、浦和高校は2年生全員のしかも1年間のテストの平均点だが、〇〇高校は2年生のトップの生徒の「1年間の中で一番いいテストの点数」と比較しているようなものだ。基準が違う。それでも浦和高校の平均点が〇〇高校の1番の生徒より上になるように、人間は短距離では動物に勝てない。
さらに細かく見ると差はもっと開くような気がする。
(2)走る環境が違う
この動物の記録は陸上競技場で1レーンをまっすぐ走ったものではない。チータの記録は、石ころがあったり、草深いところで右往左往する獲物を追ってのスピードである。
〇〇高校の期末テストは教科書に従った授業の教わった中から問題が出るが、浦和高校でのテストは東大や京大の受験問題を想定し、どういう問題が出てくるかわからない、というテスト環境にあるのと同じである。
(3)本気度が違う
ウサイン・ボルトは“速く走る”オリンピックに標準をあわせ調整した結果である。動物はそれぞれの環境下で走った普段着の記録で、獲物の動物のスピードが遅ければ速く走らないから、手を抜いたのか快調走なのか全力走なのかはその時の測定ではわからない。しかし多くは本気を出していない(本気出す前に捕捉した)という点でいえば、動物のスピード一覧表よりは速いかもしれない。
〇〇高校のトップの子は学内テストに集中してきたが、浦和高校生は東大受験に専念し校内テストにどれだけ本気なのかわからないのと同じだ。
こうして動物のスピード競争では、比較基準を平等にしたら、人間の存在感はどんどん薄くなっていくであろう。
ヘビといえばにょろにょろの鈍足のイメージだが、ある日ゴルフ場のフェアウエイをアオダイショウが横断していたのに遭遇した。2mの大きさで、小1の50m走のスピードで横断していったのである。これでは狙われたカエルはみな捕まってしまう。人間と違って自然界における動物のスピードはまだまだ知られざるところが多いのである。
第231回「タワマン」(2023年5月28日)
運動会の振り替えで朝から夕方まで勤務の日があった。
「今日は僕んちエレベーターが動かなくて、階段で降りてきたの。超くたびれた」
「そうか、それは大変だったね。私のところはタワマンだけど故障したことないし、たとえ故障しても平気だよ。丈夫な足があるからね」
「何階建て?」
「聞いて驚くなよ・・・7階建てだぞ!」
「えっ?」
2年生らがゲラゲラと笑った。
「皆!イリの家、7階建てだって。そんなのタワマンといわないよね、僕んちは27階建てだけどね。」
笑い声で皆が寄ってきて
「僕の家は30階建てだよ」
「私は22階だてだけど富士山は見えるよ。ところで、イリの住んでいる階は何階なの?」
「ちょっと言いにくくなったけど、3階だよ」
「えっ?」
また、ゲラゲラとなってしまった。
「それじゃ泥棒に入られるじゃないか」
「ばっきゃろう、3階は入れないだろう」
「はしごがあれば簡単じゃない?僕の家は30階建ての30階だよ」
「なんだ、地主か?」
「じぬし?」
「地主とはそこの土地の持ち主だったということだ」
「うん、おじいちゃんが昔農業をやっていた土地らしいよ。おじいちゃんは僕の部屋の隣だよ。3001号室だよ」
(そんなお金持ちが何でここにいるんだ。第一、祖父母のいる家は学童に入りにくいはずなのだがね。ま、いいか、荒立てると問題になっちゃうからな。くわばら、くわばら。よし、以後家のことは話さないようにしよう)
そうこうしているうちにお昼になった。
新1年生もお弁当を食べるときはご飯を先に食べるものとおかずを先に食べるものとが半々である。ご飯と一緒に食べるのは1割もいない。どうしてご飯と一緒に食べないんだと聞いても普段からそうだという。ふりかけがない子でも白いご飯をおかずと別々に食べる。これが不思議でならない。冷たいご飯だけでおいしいとは思えないのだが。
「イリはおうちへ帰ったら何食べるの?」と3年生のK男が聞いてきた。
「奥さんの手料理だよ」
「奥さんの料理は上手なの?」
「ああ、最高だ。お金があったら小料理屋をやらせてみたいくらいだ。」
「イリはお酒飲むの?」
「ああ、毎日飲むよ。ビールが大好きだ。ビールのために働いているような気がする。K男のお父さんも飲むんでしょ?」
「飲むよ。飲むと嫌なお父さんになる。汚い言葉で僕らにいろいろ言うんだ。あんなのお父さんじゃないよ!」
「おいおい、お父さんもストレスが溜まってお酒で気を紛らわしているのだと思うよ」
「違うよ!あの人は自分勝手なんだ。都合のいいときだけ僕をかまうがお酒が入ると『あいつが生まれてから生活が苦しくなった』とお母さんがつらくなるようなことばかり言う。あんなお父さん嫌いだ!イリはそんなこと言わないよね。」
「ああ、そりゃこどものいないひとに比べればお金はかかったけれど、その分楽しい日々を過ごせた気がする。きっとお父さんはそのことをまだ実感していないかもしれないね。お父さんいくつ?」
「36歳だよ」
「じゃ、君の存在のありがたみはわからないかもね。K男が家にいたら楽しいだろうね」
「僕、家じゃ、あまりしゃべらない」
ピカピカの1年生で入った時は、牧羊犬のように列が崩れると友達に声をかけまっすぐ歩かせた子で、文字通り曲がったことが大きらいな性格だ。しかし、その分寛容がない。学童では児童だけでなく教師にも間違った行動をただす。最近は学童で間違いをただすのはただすのだが、段々尻切れトンボのように語尾を濁すか小声になることが多くなった。たぶん2年前の調子で父親に反抗して痛い目にあったのかもしれない。
だから、私に対してもギョロ目でにらむが前ほど突っかかってこない。私は突っかかってきた方がやりやすい。思いっきり対応できるからだ。遠慮したり、用心した行動はこどもらしくない。
私は飲み過ぎてあばれることはないようだが、記憶を失ってしまうことはたまにある。4年前の誕生日に家内にフランス料理に連れて行ってもらった。お肉が出る前においしいワインを飲んでいたが、家で飲むより格段においしいワインだったのでメインのお肉が来る前にあっという間に1本飲んでしまった。ステーキの味もいつ帰宅したかも覚えていない。
翌日家内には覚えていないとは言えず、「ステーキおいしかったね、ありがとう」と言ったが、料理の感想を述べよと言われずによかった。
幻の肉をもう一度食べてみたいと思っているうちに、コロナになりインフレになり行くことができなくなってしまった。
加齢により私の脳の記憶容量は1MBしかない。もういっぱいである。何かを忘れないと新しいデーターは入らない。私にとってお酒はいいも悪いも余分なデーターを消去する役割を果たしているようだ。
第230回「人類の進化」(2023年5月21日)
ヒトとチンパンジーは共通の祖先から700万年前に枝分かれし、それぞれ進化していった。現代につながる人類は300万年~400万年前に猿人の誕生によって始まったと言われている。
猿人が他の猿と大きく違うのは、直立二足歩行を行ったということである。つまり二本足で立って歩いていたのだ。ゴリラやチンパンジーは二本足で歩くこともできるという程度だが、猿人はいつも歩いていた。
これは進化にとって重大なことである。なぜなら二本足(後ろ足)で立つと、空いた前足(手)に何かを持つことができるからだ。すなわち道具の使用が可能になったことを意味する。
もうひとつ、二本足で立つことのメリットは脳が大きくなることができたということである。四本足で歩く場合は、首は水平方向から頭を支えることになる。すると、あまり頭が重いと前のめりになってしまい歩きにくくなるが、二本足の場合は頭の重さは垂直方向に身体にかかるのでより重い頭を支えられるようになる。
第226回「太陽の子」で申し上げたように、人間にとって“走る”という行為は素早く動くことではなく、“長く遠くへ移動する”ことだった。今でも人間にはそれを証明するような身体的特徴が残されている。
人間が走ることにすぐれた動物になった原因は、同じ共通の祖先を持ちDNAが99%同じチンパンジーと比較すると簡単にわかる。森に暮らすチンパンジーと平地に出て暮らさざるを得なくなった人間との環境の差が「走る」能力の差を生じさせたものと思われる。
では、チンパンジーになくて人間にあるものは何か。
(1)アキレス腱は人間にあって、チンパンジーにはない。
エネルギー効率のよい走りをする上で大きな意味を持つ。アキレス腱は足関節の底屈(足首を下に伸ばす動き)と、ランニング時非常に短い接地時間の間に自分の体重を支え、身体を宙に浮かせられるくらい大きな力を地面に対して発揮する。さらに、着地した時に踵にかかる衝撃を緩和する役割もある。
(2)人間の足には土踏まずがあるが、チンパンジーにはない。
着地の際の衝撃を和らげるために必要である。偏平足であると人は疲れやすい。
バンビーニでも数人の偏平足の子がいる。極端な子は病院と相談してもらっている。
(3)人間のつま先は短くてまっすぐだが、チンパンジーは母趾が外側に大きく開いており、物をつかむのには便利だが走るのには適していない。
(4)また、人間には臀筋(でんきん)がたっぷりついているが、チンパンジーにはまったくない。
大きな尻も必要なのは走るときだけだ。走りだして初めて固く引き締まる。
お尻には臀筋(でんきん)という走る上で非常に重要な役割を果たす大臀筋と中臀筋という筋肉がある。特に大臀筋は前へ進む働きを、中臀筋は体幹を安定させる働きを担っていると言われており、この2つの筋肉をしっかり使いこなせると体幹のぶれの少ないランニングフォームが得られる。
(5)チンパンジーには項靱帯(こうじんたい:頭の後ろの腱)がない。
あるのは、犬、馬、そして人間だ。項靱帯は、動物が速く動くときに頭を安定させる働きをする。
(6)人間は無毛の皮膚を持つ。
毛皮で覆われた動物は、もっぱら呼吸によって涼をとり、体温調整システム全体が肺に託されている。汗腺が数百万もある人間は、史上最高の水冷エンジンを持っていると言っていい(この汗腺の役割については第227回「太陽の子」に詳しく記載)
(7)暑くて乾燥した大地で狩猟採集する生活に適応するよう身体を進化させてきたのがケニア人である。
熱の発散を容易にするため身体の表面積の比率が大きくなるように、背が高く、手足が長くほっそりした体型を形成してきた。我々日本人のような農耕民族とは明らかに違う。
(8)内耳にある平衡感覚器官である三半規管の発達
この器官の働きによって、安定した視線が保障されている。
生き延びるために生物は進化してきた。“走る”ことはチンパンジーと枝分かれした人類の進化の証明である。このことは、走ることを忘れたこどもたちには声を大にして伝えたいことだ。
しかし、先日バンビーニの合宿で筑波山に登ったが、小1の男の子はまるで猿のように登ったり下ったりしていた。私の後ろにいた時は彼の持つお守りの鈴がチリンチリンと静かにそしてせわしく、私をあおっていた。先に行かせたら、大人の私をあっという間に置いて行ってしまった。やっとの思いで下山しハアハアゼーゼー言っている私を横目に皆と楽しく遊び回っている。疲れないのか?この子を見ていると人類は本当に正しい進化を歩んだのかと疑問に思うようになった。
第229回「おい、早くしろ!」(2023年5月14日)
1年生には意識してやさしく接するが、得てして2,3年生には強く接することが多い。意地悪というのではなく、1,2年間のつきあいによって気心が知れた間柄になったからだと思う。
ドッチボールでF男が年下の1年生を泣かした。自分の方がうまく1年生が下手だという。
「おい、なぜそんな意地悪を言う。経験が違うだろう。そう言うなら俺とお前を比較すれば、お前は俺より下手くそだ!」
「違うよ、大人と比較するのはおかしいよ。僕は塾でIQ60だよ。E男とは大きな差があるんだ。スポーツは頭の回転が重要だからね」
「・・・そうか、だからそんな意地悪を言うわけだ。所詮IQ60だな」
F男は塾の偏差値とIQ(知能指数)を取り違えていた。
この子は知ったかぶりが多く、先日も使えなくなったガラケー(辞めた先生の寄付)をおもちゃ箱から取り出し遊んでいた。私の手を取り電話を無線機のようにして「本部、本部、ホシを逮捕、逮捕」と連呼。私が「何の罪だ?」と問いただすと「公務執行妨害、逮捕」と声高に言う。「えっ?」こどもは耳にした言葉を躊躇なく使う。
こうなると、いたずらしたくなってくる。逆に私がガラケーを持ちF男と役割を交代した。
「F男だな、お前を逮捕する」逃げるF男を羽交い絞めにして「本部、本部、17時40分、F男現行犯逮捕」と言って、あやとりのヒモを手錠代わりにして拘束した。F男が「何の罪だ?」と言った。「教師に対する不敬罪だ」「僕は違う、こどもだ」「?」「父兄じゃない」
こどもは大人の年齢を当てるのが苦手のようだ。大人は20歳~80歳までの年齢幅があるためまず当たらない。私が20代と言っても70代と言っても若干の疑問はあっても否定はしない。ましてや40代と言えば疑う余地はない。小学生という池ぐらいの大きさのエリアでは小1と小2の学年差はわかるようだ。しかし、大人というくくりでは大海原に出たようなもので、方向感覚がわからない。
「いりやま先生、何歳?」
「28歳だよ」
「えっ、うちのパパより若い。パパは38歳、ママは36歳だよ。おかしいなあ、パパは髪の毛がたくさんあるよ。いりやま先生は病気なの?」
「ああ、金欠病という病気だ」
「ふ~ん、何『近鉄病』って?」
「パパに聞いてみな」
この会話を聞いていたマネージャーが飛んできた。
「入山先生、まずいよ、こどもに金欠病なんっていったら、必ず家で言いますよ。学童の先生がそんな病にかかっていたら問題です」
「はい」
マネージャーには従順な部下であった。
1年生がお迎えで全員帰った後、残った旧知のこどもたちと遊んだ。最近入荷したオートリオをした。
このボードゲームは単純だけどおもしろい。
プレイヤーは大・中・小の〇(輪)を3つづつ各一色保有し自分の色の○を条件に合うように並べれば勝ちである。最大4人で遊べる。
並べる条件は以下の3つ
・一ヶ所に大・中・小の○を重ねる
・一列に大・中・小の順に○を並べる
・一列に大のみ/中のみ/小のみ○を並べる
である。自分のことしか考えないと相手のリーチに気が付かないものでその時は落ち込んでしまう。だからリーチがかかるのを防ぐのに少し考えないといけない。
M子はすごく甘えてくる女の子だが、勝負の時はあえて冷たくあしらう。私の攻撃(先行が有利だと思う)で途中考え込んでしまう。その時間が長いので、思わず言ってしまう。
「おやつ食べるのも遅い、算数を解くのも遅い、ゲームするのも遅い・・・おい、早くしろ!」
「ちょっと待ってよ!」
私も終盤他の3人の動きを見て考える時がある。その時待ってましたとばかり、M子が先ほどの私の口調で言う。
「歩くのも遅い、掃除するのも遅い、ゲームするのも遅い・・・おい、早くしろ!」
「ちょっと待ってよ!」
第228回「リカオンをめざして」(2023年5月7日)
オオカミ、ハイエナ、リカオンの共通点は持久走が得意なこと、群れを作って狩りをすることだ。しかし、これらの集団はそれぞれ性格が異なる。
オオカミは最高速度の時速55キロメートルなら3km、速度を抑えれば1時間獲物を追い回す事ができる。しかし、追いかける途中で諦める事が多く、狩りの成功率は低い。ローンウルフという言葉があるように一匹オオカミでいることもある。
ハイエナは女帝社会でライバルの存在を認めない。オスは最後に食べる小さな存在である。
一方リカオンは時速50kmで5kmは追い回せる。オオカミと同じように速度を落とせば長い時間追い回すことができる。
また、これに加えて、群れのチームワークも抜群で、獲物を追っている個体が疲れてくると、スピードを抑えて走っていた別の個体が、入れ代わって波状攻撃を仕掛ける。そうしながら、より捕まえやすい獲物に的を絞っていく。
草食動物も持久力においては、かなり優れている種が多いが、リカオンのスタミナとこのような波状攻撃の前に、スタミナを使い果たしてしまい、捕食されてしまう。
リカオンの集団は他のオオカミやハイエナなどの種と異なり人間に近い社会集団である。
リカオンは自立できるようになる生後14カ月あたりまで、おとなから大切に養育される。おとなたちによって狩りが成功すると、現場で最初に肉をあずかるのはこどもたちだ。こどもたちは群れの未来を担う存在だからこそ、群れで一丸となって世話をする。
リカオンの群れは基本的にとても友好的で、お互いに鼻を近づけあって挨拶したり、スキンシップしたりすることで争いを回避している。
だから、弱ったりケガをしたりするメンバーが現れると、狩りから帰ってきたメンバーが肉を吐き戻して与えるなど、リカオンの群れは積極的にサポートをするのである。仲間をいたわるという強い絆がうかがえる。
さらに、民主主義も形成され士気も高い。
リカオンは狩りの前に会議(ラリー)する。頭をぶつけたりくしゃみのような行動で互いに意思を表明し狩りに参加する個体を決定する。なので、群れのトップに引き連れられて狩りに行く場合よりも狩りに対するやる気や士気が高いので、リカオンの狩りの成功率が高いといえる(80%と言われている。オオカミの20%と比較し大変高い数字だ)。
さらにオオカミと違って獲物に対する執念がすごいのが、リカオンの集団である。リカオンのボスは狙いを定めた獲物はあきらめない。ライオンやハイエナなどの邪魔者が現れなければ限りなく100%の成功率なのだ。
バンビーニが目指す集団はリカオンである。集団で練習をし、グループ分けでより近い実力者同士で競わせる。少々の雑談は目をつぶり話しやすい環境下でコミュニケーションを図る。休み時間くらい明るく楽しい時間をもってもらいたい。さらに、自分が休んでいるときは別グループの仲間に声をかける
本人や保護者があきらめない限り強化指定選手に執着する。毎年11月のチャレンジカップが終わるまではあきらめない。
この時期、毎年あきらめてしまう子が出てくる。こどもの調子が悪いから大会に出ても無駄だ、と結論付けてしまうのは獲物をあきらめることと同じだ。
小学生にスランプ(本来出せるパフォーマンスが出せずに結果や成績などが下がってしまうこと)はない。あるのはプラトー(成長過程において一時的に停滞すること)だけだ。そこまで登らなければ決して到達することのできない停滞地点なのだ。だからプラトー(高原)という。低学年はベストが続くが、ある時期記録が停滞する。そしてまた伸びる。
あきらめたらその時点で終わりだ。オオカミで終わるのかリカオンになるのか、自分の置かれている環境をよく見てほしい。バンビーニについてこれなかったとすれば、「あきらめない気持ち」がないからだ。皆と同じように練習してきたし素質もあるのだから、一時の成績によってトボトボと巣穴に帰える動物になってはいけない。どこかで殻を破らないと、この小学生の体験がトラウマになって一生前向きの行動がとれなくなってしまう。99回叩いて壊れない壁も100回叩けば壊れるかもしれないのだ。
競技場で他の人が少ないとき「追い抜き走」を時々行う。追い抜き走をしているこどもたちを見ていると、こどもたちが獲物を追い詰めるリカオンのように見える時がある。元気のあるものが前に出て獲物を疲れさせる。自分が疲れたら次のものが前に出てまた獲物を追い詰める。この繰り返しに似ている。
3年生以下は記録ではなく、同じ年代のライバルに勝つことしか興味がない。男も女も関係ないのだ。勝てば笑い負ければ悔し涙が出てくる。設定タイムを守るという練習ではなくレースに近い練習になる。しかし、低学年にペース走は難しい。低学年はライバルに勝つ練習をおこなっていくにつれて力がついてくる。4年生になってペースを覚えればいいと思っている。
バンビーニではペースは高学年が守る。ライバルとの競争をしながらその高学年についていけば、自ずと速くなる。それは、高学年が獲った(守った)肉(ペース)は低学年が先に食べる(良い呼吸法を学び、持久力アップの栄養源になり、自然とペースがわかってくる)ということだ。
第227回「ピカピカの1年生」(2023年4月30日)
春合宿があったので春休みはほとんど学童には行けなかったが、4月3日から新しい1年生が登室していた。他の先生たちの話では今年の子は例年と比べて物おじしない子が多いとのことであった。
学童に登室してきたので、早速お相手をした。トランプやオセロはまだできないので「もったいないばあさんかるた」をする。今年は12人の新1年生が入ってきた。その分新2,3年生のうち12人が落ちて去っていった。
新1年生でも読み手は読む前に目で正解の札を探す。目の動きでだいたいの方向はわかるが、広く札がばらまかれており、1年生たちが平均して配置されているためこどもたちより速く取れない。一部の1年生の歓声で1年生全員が集まった。“二十四の瞳”でサーチされるのでこどもたちはすぐ見つけられる。こども達同士で声を掛け合うから、団結力が強くなって、個人戦ではなく「1年生」対「私」の構図になっていく。
こどもの声がマスク越しでは聞き取りにくい上、全部読むまで取ってはいけない、同時の場合は大人はこどもに譲るなど、こども有利のルールが加算される。困ったのは、読み手の1年生は1字1句がたどたどしいので、途中で出だしの文字を忘れてしまい何を探せばいいのかわからなくなるのだ。カードは末尾がほとんどが「もったいない」で終わるから皆おなじように聞こえ余計思い出せない。結局1枚も取れずに終わってしまう。1年生の中には「よっしゃ!」と雄叫びを上げるものも出てくる。チーターにつかまったトムソンガゼルがこどもたちの狩りの練習にされたみたいだった。
終わってかたづけをしているときにR男が突拍子のない質問をした。
「いりやま先生、大きくなったら何になりたいの?」
「えっ?私はもうずいぶん大きくなったんだけどなあ・・・そうだなあ、あと20年あったら死ぬ気で投資家になりたい」
「死ぬ気でとうしか?・・・凍死か?・・・雪の中で死にたいということ?ダメだよ、まだ若いんだからそんなこと考えちゃ」
「・・・う~ん」
「君のお名前は何というのかな?」
「私は○○メイです」
「そうか、メエちゃんか、メエメエ森の子ヤギ・・だね」
「あの~すみませんが、メエじゃなくてメイです。どうせ間違えるなら子羊ちゃんにしてくれませんか?」
「メエメエ鳴くのはヤギだろう」
「いりやま先生『メリーさんのひつじ メエメエひつじ メリーさんのひつじ まっしろね』ていう歌知ってますか?そちらの方が有名でしょう?」
「そうだね、そういえばどちらも『メエメエ』だね。この歳になって初めて気が付いたよ。ヤギもヒツジも同じ鳴き声だったとは」
「どうして同じなのかなあ?」
「アメリカ人も日本人も言葉は異なるけど、泣けば皆『エーン、エーン』と泣くのと同じだよ」
「ふ~ん、でも、いりやま先生はヤギだね」
「なんで?」
「だってあごひげがあるもん」
「そうだ、そうだ、羊は毛を取る動物だけどヤギは毛が無い。いりやま先生も毛が無いもんね。ヤギだよ」とS男が加勢する。
「ちょっと待った。ヤギはヤギでも私はカシミヤヤギだ。高級なヤギだぞ」
「でも、ハゲはハゲでしょ」
といって頭をなぜられる。皆が一斉に頭をなぜ始める。これまでの1年生は頭をなでるのに3ヶ月かかったのに・・・
「よせ、私は善光寺のおびんずる様ではない」
皆はさらに面白がって触る。二十四の手が私の頭をそれぞれなでる。いつも思うところだが、こどもはハゲとデブが大好きなのである。
「いいか君たちに言っておくことがある。これはハゲじゃない。おでこだ。私は小さい時からおでこが人一倍広くて頭のてっぺんまである。だから毛のないここは頭じゃなくておでこなのだ。おでこに毛があるものはいないでしょ。だから一般に言われるハゲじゃない。坊主だ。私はこどもの頃からあだ名は『でこ』だった」
「『べこ』?」
「それは『牛』、おでこだ」
とこどものおでこを触る。
たわいもない会話だが皆声を出して笑う。普段大人に対して言えない言葉がここでは自由に言えることが楽しいことなのかもしれない。こどももなんとなくハゲとデブは普段は言ってはいけない単語であると心得ているようだ。いつか差別用語になるに違いない。しかし、私にとってハゲは決して不快な言葉ではない。ロマンスグレーであれば逆にこども達は今ほど寄ってこないであろう。
気が付くと、これらのやり取りを2,3年生は遠くから見ている。3月まで一緒に遊んでいたのに、巣立ちなのだろうな。毎年春はキタキツネの赤ちゃんや冬眠中生まれた子熊に遭えるが、かつて遊んだこどもたちとのお別れの季節でもある。
学童に初めて勤めた時の1年生は4月から隣の中学校に通っている。宿題をやりながら寝てしまったR男も散歩の途中お漏らしをしてしまったY子も天才数学者のR子も、もうこの小学校にはいない。
第226回「太陽の子」(2023年4月23日)
人間は動物陸上競技協会所属の「陸上で生活する哺乳類」に短距離走ではほとんど勝てない。チーターはもちろんのことウサギや象やゴリラの走りにも勝てないのだ。しかし、長距離走では人間は馬や狼と共にトップクラスにいる。
ほとんどの動物は汗をかく機能をもっていない。だから呼吸で取り込んだ空気で体内を冷やしている(空冷式エンジン)。そのため無理に走り続けると、体温が上がり続けて熱中症になって死んでしまう。それに対して、人間には、呼吸による空冷式エンジンに加えて、200万~500万個の汗腺があるので、気化熱による強力な水冷式エンジンを持っていると言える。
さらに、直立していることで直射日光に当たる表面積が少ないこともあって、他の動物よりも体温が上昇しにくい。
人間が狩りに弓矢を用いたのは約2万年前、槍を使っての狩りは50万年前の技術だ。200万年前に誕生した人類は長い間道具を持たず素手または石や木の枝で狩りをしていた。その時の狩猟方法は“足”だった。足を使って獲物を死ぬまで走らせるのだ。キリンやトムソンガゼルを死ぬまで走らせるには、暑い日におどして全力で走らせるだけでいい。しつこく10km~15kmほど走らせれば、体温が異常に高くなって倒れこむだろう。人間は走りながら熱を発散できるが、動物は疾走しながら放熱することはできない。汗をかかない分、「ハアハア」と口呼吸することで、体内の熱を吐きだし、涼しい空気を吸いこむ。また舌や口の中の水分が蒸発するときに起こる気化熱を利用し、口腔内の熱を放出する。だからどんなに危機が迫っても放熱の際は止まる。止まらなければ熱中症での突然死が待っている。どちらに転んでも人間に狩られてしまう。
バンビーニの練習ではこどもたちの頭がいつもビショビショである。冬だと湯気が見える。こどもは熱放散が活発である。我々大人は気持ち悪いので頭をタオルで拭くが、こどもたちはそのままでも平気である。ベトベトしていないいい汗だからである。
こどもも大人も汗を出す汗腺は生まれた時から200万~500万個あり、生涯変わらない。生後間もない赤ちゃんは、汗腺の機能が未熟で汗をかけないが、成長とともに、身の回りの環境に合わせて徐々に汗腺の働きを発達させていく。暑さや寒さのほか、運動、泣いたり笑ったりといった感情の動きなどの刺激も受けて、汗腺が「汗をかく能力」を獲得していくのだ。汗をかく能力が不十分なこどもは汗腺だけでなく皮膚から直接熱を放出させて、体温調節をしている。だから、小さい子が暑いところにいたり、活発に運動したりした後は、赤ちゃんが激しく泣いたときと同じように真っ赤な顔になる。皮膚の表面に近い毛細血管を広げ、熱の逃げていく面積を増やしているので、血液の色が透けて見えるからだ。
汗腺数が大人と変わらないので、汗をかく能力を身につければ小学生でも大人と同じ量の汗をかける。そうであれば、バンビーニのH子(小3)は体の大きさは大人の1/3だから、大人の3倍の冷却システムを持っているのだ。さらに、彼女の場合呼吸筋が発達しているため、軽自動車並みの車両重量で大型車並みの排気量の大きいエンジンを持っていると言える(第219回「イチャモンの成長曲線」を参照)。だから長距離が強いのだ。
汗をかける体質は、3歳くらいまでにある程度決まってしまうと言われている。熱中症を恐れ小さいうちから冷房の効いた部屋に閉じ込めておくのは本末転倒の育児法だと思う。
生まれてすぐの頃から、暑さ寒さを日々しっかり経験させないと、日本の気候に適応した体が作れない。特に日本は近年、20年前と比べて真夏日や真冬日が増え、春と秋が短くなっている。大きな寒暑の差にも対応できなければならない。汗をかきづらい体では、大人になっても熱中症になりやすくなる。乳幼児期に毎年「夏の暑い日々」を経験させることが必要不可欠だ。だから、夏の暑い日にバンビーニで練習することはあながち間違った行動ではない。ロシアでは、乳児を乗せたベビーカーを極寒の屋外に1時間以上あえて放置するお母さんが多くいて、自身はカフェでお茶をしながら、ガラス越しにベビーカーを見守っていたりする。そうやって、赤ちゃんが寒さに適応できる体作りをしているそうだ。
こどもは風の子と言うが、太陽の子でもある。これから暑くなっていく中、大人が見守りながら、熱中症に強い体を作り、人類が築き上げた長距離の能力を存分に活かさせてあげることが大人の義務だと思う。
第225回「いや、そうじゃなくって」(2023年4月16日)
こどもは場の空気が読めない。大人はこどもの心が読めない。
学童で5時から5時30分まで2回目の勉強の時間がある。その際教師たちでミーティングをする。ある日サッカーのボールが頭に当たり女教師が倒れた。学童以外の6年生の子が蹴ったボールが当たったのだ。試合球なので硬かったので、もし子供に当たったら救急車を呼ぶことになっただろう。その反省会をしていた。
学校の校庭を借りているので部外者の6年生をグラウンドから排斥できない。今後こういうこどもに対してどう扱うか真剣に話しているのに、その輪の中に「ねえ、もう5時30分になるよ?」と入ってくるH子。5分後「もう過ぎたよ。まだ?」と催促してきたK男。「お前らな、この空気がわからないか?」
バンビーニでも保護者と話しているのにその保護者が見えないかのように私に話しかけてくる子がいる。私は平家の亡霊に弾き語りをしている耳なし芳一か、よく場の空気を感じろと怒る。しかし、こどもには無理なのだ。こどもに「暗黙の了解」を求めてはいけない。
バンビーニに入会すると最初の注意はトラック横断時の注意だ。走っている大人にもしぶつかれば大けがをする、1m80cm、80kgが11秒5で走ってきたら車に当たったのと同じ衝撃となる。100mがスタートすると12秒以内で来るだろうから、10人のこどもを400mのスタートラインにならべているうちに来てしまうのでゴールしてから走ろうとトラックの外で待っていた。するとこともあろうにトイレに行って遅れてきた4年生がトラックを横切ろうとした。しかも走ってきた大人が80mくらいまで来てから飛び出す。幸い事なきを得たが、以前は相手に怒鳴られた。松戸で合宿した際は衝突しそうになって屈強な相手に詰め寄られた。こどもは時々車にひかれる猫のようだ。猫は車がくるのを待って自殺するかのように飛び出す。トラックに飛び出すこどもたちも同じだ。なんでここで飛び出すのか、ということが多い。
私は30年以上前に猫をひいた。車のライトに猫が見えたが止まっていたのでまさか飛び出すとは思っていなかった。ほんの10mまで来たときに飛び出し車に衝撃があったから轢いたと思う。怖くて確認できずそのまま車を進めてしまった。いわゆるひき逃げだ。それ以来まったくお金に縁がなくなった。いつも損ばかりしている。きっと猫の祟りだと思う。そういえば飛び出す寸前、ライトに照らしだされた猫は右手を上げて座っていたような気がする。横断するので手を挙げていたのか、金運をもたらす「招き猫」だったのか今では確かめようもない。懺悔。
指導には無言という方法もある。
学童ではおやつの際ベラベラ喋ったり、後ろをむいてジャンケンをしたりしている者がいる。何度も注意するが効かない。ある時マネージャーはだんまり戦術に変えた。静かになるまでおやつはお預けだ。1人、2人と気づき始めた。最後まで気づかないのはK男、R子、N男だ。気づいたのはシーンとした空気の中自分たちの声しか聞こえなくってからだった。
練習でこどもたちから1本終わってからすぐに「後何本?」と聞かれることがある。1月から年末のカウントダウンを始めるようなものだ。バカバカしくて答える気にならず黙っている。
アップが終わって練習メニューを発表していると、高学年は練習内容に注文をつける。今日は600mのインターバルというと200mがいいと言ってくる。ダメに決まっているじゃないかと突っぱねると、じゃ400mでいいと条件闘争に切り替える。君たちと交渉するメリットは私にはひとつもないといってその後口をきかない。何も答えなければ彼らは仕方なく走り始める。
もう一つの対処方歩は年寄り特有の「ボケる」というものだ。
終盤2時間近くなると時計を気にするこどもが出てくる。
「コーチ、もう時間だよ」
「気にする必要はないよ。延長料金は頂かないから」
「いや、そうじゃなくって・・・・」
「あ、そうか私の体を気にしてくれているのか、ありがとう。大丈夫だ。疲れていないから」
「いや、そうじゃなくって・・・・」
「駒場競技場の時間が・・・」と仲間が助け舟を出す。
「そんなことにも気を配っていただき申し訳ない。事前に3時間でお金払ってあるから安心して・・・」
「いや、そうじゃなくって・・・・」
「駐車場代か?大丈夫だよ、舎人公園陸上競技場と違ってここは無料だから。最近のこどもは気配りがすごいね」
「・・・・・」
再び走り始めた。
第224回「スペシャリスト」(2023年4月9日)
幼少期から一つの競技や種目だけを専門的に特化し能力を高めるのをスペシャリスト化と呼び、それに対して一つの競技や種目に特化せず複数の種目を経験していく事をゼネラリスト化と呼ぶことにする。
私のように早期スペシャリスト化を唱えると、必ず次のように言われる。「早期トレーニングはオーバーユースによる怪我をもたらし、燃え尽き症候群に追いやり早い引退をもたらす」ため、やめた方がいいと。
これに対して、一つの競技種目に特化せずに複数の種目を経験させるゼネラリスト化においては、複数種目を行うことで特定の動作による関節の酷使や慢性的な疲労が少なく、比較的障害には繋がりにくく、本人が楽しそうなのでやってみたいという希望に沿っているので、のびのび動作を覚える。さらに、本人にとって多くを経験することで他の競技と比較出来たり飽きを感じにくいという利点がある。
多様化練習に反対はしないが、これらのことだけを根拠に「スポーツの早期スペシャリスト化は悪」で「複数のスポーツをすることは善」と単純に二元論的に論じるのは、危険だと思う。
複数のスポーツであっても、それぞれで負荷のかかるトレーニングをさせられたら、けがの発症や燃え尽き症候群につながる可能性もある。また、単に多くの種目を経験するだけではその種目の本質を捉えられず、ただの身体を使った遊びになってしまう。複数種目それぞれにおいて自身で向上を目指してこそ、その真価が発揮されるはずで、そうでなければ才能が発揮できる種目に力を入れる時間が短くなってしまうだけだ。
一方で、早期に専門化していても、その環境の中で仲間との適度な競争と協調があり、トレーニングの量や強度、タイミングが適切に調整されるなどの条件が整えば、そのスポーツを心から楽しみながら競技パフォーマンスを向上させることができる。
水泳、体操、といった競技では、オリンピックで活躍するようなトップ選手の多くが、ごく低年齢のうちに競技を始めている。それは“高度な技術”が必要な種目だからだ。
水泳は水中という特殊環境下で行うスポーツで、「水の感覚」というある種「高度な技術」を必要とするスポーツである。体操は柔軟性、回転運動、バランス感覚、空中動作など総合運動能力が長けていなければならない。ラグビーでは人に当たる、敵をかわす、などの人間から消えかけている闘争本能が必要なスポーツである。だから、スペシャリストが必要なのである。
一方、陸上の長距離において早期トレーニングがいけないという主張は、長距離=持久力=スキャモンの成長曲線(呼吸器・循環器系は12歳以降に発達する)の論法で小学生には早すぎると考えている人がほとんどだからである。
自己保存の本能が働く幼少期に、スタートしてからずっと苦しい中で走り切る長距離走は“高度な技術”を要するスポーツといってよい。なぜなら、呼吸筋をうまく使って大人の「大きな肺÷多い体重」と比べて「小さな肺÷少ない体重」で効率のいい走りをすることができるのである。
このような特殊な種目を高校から始めた一流選手は少ない。多くの選手は小学生から始めているのである。
陸上競技でも短距離は足の長さ、筋肉量など身体的な面で早期スペシャリスト化がアドバンテージになることは少ないが、長距離に関しては心理的な面で早期スペシャリスト化は重要となる。小さいころから長距離練習を始めると、心理的な強さがついてくる。集団で練習するから、決められた量、決められたタイムをこなせる、ラストスパートで負けないことを覚える、などが早くから鍛えられるのである。普通の子はインターバルトレーニングが耐えられない。たとえできても、タイムをコントロールすることはできない。
また、早期スペシャリスト化には副次的なメリットもある。
子どもの頃から競技成績が優秀であれば、強化指定選手に選ばれたり、上のクラスで練習をすることができる。よりレベルの高い子どもたち、優秀なコーチ、恵まれた設備環境で練習をする機会が多くなるので競技成績がさらに伸びる可能性が高い。また、競技成績次第で高校や大学の推薦や奨学金を手にするチャンスが多くなる。スポーツでいい学校に入ることは決して後ろめたいことではない。逆に名誉である。
早期スペシャリスト化に反対の人たちはこれらの点に気づいていないか、無視しているのである。ケニアやエジプトの選手はトレーニングだけではなく日常生活で走りの早期スペシャリストになっているが、それを特別な国の人と突き放している。
こどもに寄り添った練習をと唱えるのは、犬が疲れてかわいそうだから帰りは胸に抱えて帰ってくる飼い主のようなものだ。一度抱えたら必ず次も要求してくる。スポーツでトップクラスになる子はそんなやわではない。品種改良し小さいころから鍛えている警備犬のドーベルマンは犬のサラブレッドといわれている。こどもだからと言って抱えて帰る人はいない。もっとも、ドーベルマンは一般の飼い主ではコントロールがむずかしい犬種であることも事実である。
第223回「心の声」(2023年4月2日)
A男は普段はおとなしい子で皆と遊ぶことが少ないが、皆がいないとニコニコしながら私に近づいて相撲など戦いをせがむ。私がマネージャーから相撲は危ないからダメだと言われているといって断るが、その日はたまたまマネージャーが教頭と話すため外遊びに同伴しなかった。A男は「今日はいいでしょう?S先生いないから・・・ねえ、相撲やろうよ。」と誘う。まぁたまにはいいかと立ち上がる。
校庭の入口から砂場までの40mの道のりで横から小さな声が聞こえた。耳を澄ませると「お前よ、いい気になるなよ。俺を誰だと思っているんだ。お前をボコボコにしてやる。お前はな、俺の前だと赤ん坊のようなものだ。簡単にやっつけることができる。その禿げ頭の残った毛を1本残らず抜いてやる。もうお前は俺の手の中にある。ごめんなさいを言ってもゆるさない」私が横を向いてA男を確認してもA男の目は砂場に向いている。私が心の声を聞いているとも知らずにつぶやいている。
人は心の中で何かしらつぶやいているものだ。携帯を見ながら突進してくるような傍若無人な女性にも、マクドナルドで注文に迷っている家族にも、何かしら思うことがあるが、その声が外に漏れることはない。誰でも生徒だった頃、先生に怒られる際「そういったって、悪いのは俺じゃない。俺に罪を着せるな。教師のお前が悪いんだ」と心の中で思うことがあっただろう。しかし、その心の声は漏れない。もしそれが教師に聞こえたらぶん殴られただろう。心の声が聞こえると街中がうるさいし、喧嘩が多くなるに違いない。神様は人間同士争いをさせないために、心の声は他人に聞こえないようにコントロールしてくれているのだ。
そんな自然の摂理に逆らうようにA男は心の声を発する。普段優しい子だけれど、男の子だからいつもは勇ましいことを思っているのかもしれない。室内では聞こえない、鬼ごっこしても聞こえない、他のこどもがいる相撲でも聞こえない。2人だけで相撲をすることになった今日、初めて聞こえた。
実際に相撲をすることになって、蹲踞(そんきょ)の姿勢から立ちあがるとなんと「キャーキャー」言って逃げ回る。そのギャップに笑ってしまう。捕まえて大外刈りをかけようとすると手ごたえがない。よくみると自分から尻もちを着いている。技をゆるめにかけても尻もちを着く。じゃ次は技をかけるふりをしてみた。すると勝手に後ろに尻もちを着く。痛くないように逃げの一種で自分から倒れていることがわかった。
「A男、しっかり戦え」と言っているうちに、ドッチボールチームが私を呼びに来た。そちらに顔を出すことにした。しばらくしてA男が「イリ、また相撲をしようよ」と迎えに来る。「ちょ、ちょっと待ってね。S男が生意気なのであいつをぶつけてから行くから」S男にぶつけるまで待っていた。少しはやる気が出たのかなと一緒について砂場に行く。
今度は20mほどの距離だったが、また心の声が聞こえた。「あのな、俺が早く来いと言ったら来いよ。俺は世界中で一番短気で狂暴な男と言われているのだ。俺をこれ以上怒らせないでくれ。さもないとお前の奥さんや子供が悲しい目にあってしまうぞ。あれ?こいつ結婚していたっけかな」「おい、俺に聞こえるぞ」といっても目は砂場に集中している。私が何を言っているかわかろとしていない。心の声を出していることに気づいていないのだ。結末は最初と同じように「キャーキャー」言って砂場を逃げ回る。
サブマネージャーの外遊び終了の笛が鳴った。
A男は歩きながら「あのな、お前は本当に運のいいやつだ。今日はこのくらいにしてやるよ。時間があったら俺にボコボコにされたぞ。わかったか。今度やるときは覚悟しておけ」と心の声を発している。
「何だ、こいつは。この子が大人になっても心の声が出るのかな?それともこの学校のこの砂場で相撲を取るときだけなのかな、初めて出会ったよ、心の声を発するやつと。本当にたまげた」と心の中でつぶやいた。
前を歩いていたA男が振り返り「イリ、何ブツブツ言っているの? 皆並んでいるよ。早く行こう」
「えっ?」
第222回「水は方円の器に従う」(2023年3月26日)
英語にはかつて、無駄な努力を表す言葉として、「黒い白鳥(ブラックスワン)を探すようなものだ」ということわざがあった。それほど黒い白鳥はいないと信じられていたが、1697年オーストラリアでコクチョウ=「黒い白鳥」が発見され、当時の人々からは驚きをもって迎えられた。このコクチョウは渡りをしないオーストラリア固有のハクチョウなので、欧州人がオーストラリアに到達するまでコクチョウの存在は知られていなかった。
この発見によって「常識を疑うこと」、「物事を一変させること」、「自分を絶対視しないこと」の象徴としてブラックスワンという言葉が使われるようになった(ウイキペディアより)。
3月21日の足立長距離選手権大会は、私にとってブラックスワンに遭った欧州人の驚き以上のものだった。今回男子1000mで2分47秒で優勝した小学生がいた。この目で47秒台を見たのは初めてだった。さらに3位までが50秒を切ったのである。男子小学生で1000mは3分を切ればいいと思っていた(それで満足だと考えていた)が、実にぬるま湯的考えであったことを身にしみて感じた。
上には上がいるのはこれまでの人生経験でよくわかっているが、ちょっとショックが強すぎた。このレース、大きく遅れたうちの5年生のA男、K男は、今日は調子が悪いと思って見ていたが、結果を見るとK男は大幅ベストであった。異次元の走りのため、相対的にうちのこどもたちが遅く見えたに過ぎない。
高学年がダメでも2年生のD男やH子は楽に優勝すると思っていたが、高学年と同じように2人は大幅なベスト記録だったが、D男が12秒、H子が15秒もトップから離された。これまた二重にショックである。彼らは私にとって天才児として位置付けているこどもたちなのだ。
これまで強化指定選手をたくさん出して、我々より厳しい練習をしているこどもはいないと自分にいいかせていた。それが私の誇りであり励みであった。
こどもたちの走りをみれば他のクラブの練習の内容はおおよそ見当がつく。同じチームで上位を占めていて明らかにチーム内の集団効果が表れている。その上積極的に飛ばす意識が強い。我々が目指すチーム作りと同じだが、レベルが違い過ぎた。これだけ離されれば言い訳のしようがない。
こどもたちは私の言うことに従って練習してきたのだから今回の差は彼らのせいではない。
水は器の大きさや形に従う。こども(水)はコーチの度量ややり方(器の大きさ)に従っているのだ。私は2023年度男子1000mで3分10秒、何人かのこどもには3分切りを目標とさせている。だからそのタイムに向かってこどもたちは意識と調子をあわせてきている。私は、高い目標はオーバーワークや挫折感が伴うということで、心のどこかにしまいこんでしまっていたようだ。私が2分50秒を目指させばそのレベルの子が育つことを忘れていた。すなわち、こどもは水であることを忘れていたのだ。器を変えなければこどもをいくら鍛えても器より大きく育つことはできない。私の考え方、目標の設定の仕方、練習のスピード化を大きく変えないとこの大会の上位者にはいつになっても勝てないだろう。
天才と位置付けていた1,2年のこどもたちには、そのイニシャルにちなんでH2Oトリオ(H子、H男、O男)と名付けたのに、肝心なことを忘れていた。水は方円の器に従う(水は、容器の形が四角ければ四角になり、円ならば円になる)ことを。
第221回「二刀流」(2023年3月19日)
WBCで大谷選手の二刀流の活躍が話題となっている。
リトルリーグのときは投手で4番という野球選手は珍しくない。野球センスがある子は投げて打つからだ。指導者が大谷のようになることを教えれば可能性はある。でも、これまでの野球の常識では投手は投げてなんぼの世界だから、DH制の大リーグでは打撃練習などはしない。監督も観客も打者としての活躍は期待していないからだ。だからホームランを打つ大谷投手はすごいのだ。
陸上競技に目を向けてみよう。
まず、一般的には短距離は速いが長距離はからっきしダメだったり、長距離は得意だが徒競走は苦手という子が多い。両方速い子もいるが、校内の範囲だったり、せいぜい市内、区内でのレベルだ。埼玉県、全国レベルではそう多くはいない。
ところが、バンビーニにはタイプの違う二刀流の女子選手がいる。
1人目は古閑明里である。
短距離・長距離両方共優れた成績を残した子である。
彼女は埼玉県で100mを5年生で優勝、6年生では3位をはずしたことがないスプリンターである。
しかし、駅伝やロードレースを走らせてみるとこれがまた速い。試しに昨年11月に600mを走らせてみたらなんと1分43秒、G指定記録で優勝してしまった。骨格がしっかりしている上に根性も人一倍優れている。大会は1種目に制限されていることが多いので、コーチとしてどれをやらせるか悩むのだが、この他にもジャべリックボール投げも走り幅跳びも単独で練習させれば指定記録を破れる力がある。
100mを深耕すれば長距離練習がおろそかになり、1000mを専門にやれば短距離の時間が短くなる。短距離と長距離は一般的に弱いトレードオフの関係にあるが、彼女はヘッチャラだ。100mでも速く、1000mでも速いなら「足して2で割るという計算」方法はプラスαをもたらす魔法の数式に代わる。2つの距離を得意とする選手が少ないのだから400mか800mでは必ず成功するといえる。
バンビーニを卒業するにあたって中学生になったら400mか800mがいいと提案しているのだが、100mに固執している。1000mも走れというなら走るが、100mをやらせてくれるなら走るという。クラブチームのコーチのできることには限界がある。しかし、中学校でいい先生に当たれば、きっと400mか800mをやるようになると期待している。好きな種目と優れた種目は別物であることにもうすぐ気づくであろう。
もう一人の女子は中学生の小瀧寧々である。バンビーニが強くなったきかっけは彼女のおかげだ。この子が皆を引っ張っていってくれたからだ。秀吉の正妻の「ねね」と同じ響きの「寧々」で入会以来興味があった。
この子はこの小論「インターバル」によく出てくる子だが、今回あらためて引っ張り出したい。陸上競技の中で長短で秀でている明里はすごいが、寧々は異種競技で優れているのだ。
一つは昔から練習していた水泳だ。このことに関しては第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」(2020年2月11日)で水泳より陸上のメリットを科学的に説いたが、マイペースで心の変化はない。第100回「ターザン」(2020年12月2日)では、映画のターザンのように水陸両用女子は貴重であることを強調した。
彼女は中学生になっても活躍し、昨年(2022年)埼玉県ジュニア水泳強化合宿に選抜された。これは埼玉陸上協会の強化指定選手(2022年は800mで選ばれた)相当である。つまり、水泳と陸上の両方で将来有望と判断されたのである。いわゆる女ターザンなのだ。
使われる筋肉が異なる上、練習場所も異なるわけで、2つを使い分けるのは相当の努力が必要かと思われる。大谷が”WBC”と”FIFA World Cup”に出るようなものだ。
誰もが同じように考えるだろうが、この子にはトライアスロン(水泳+バイク+ランニング)を勧めている。しかし、バイク(自転車)が嫌いだといって、検討すらしてくれない。寧々は3つの種目のうち2種目は超優秀で残りの1種目も彼女にとってはさほど難しくもなかろう。3つとも優れた人はスポーツ界でさらに少なくなる。いい指導者について練習すればオリンピックも夢じゃない。
歴史は韻を踏む(歴史は繰り返さないがしばしば同じようなことが起こる)といわれている。過去何人のこどもたちが私の提案を顧みなかったことか。好きな種目と自分に合った種目は異なると言っているのに。子どもの自由にさせると、多くのこどもが生まれ持った才能を置き忘れていってしまう。チャンスに後ろ髪はないのである。「老いては子に従え」という言葉があるが、陸上競技においては「子は老いたコーチに従え」なのである。
でも「ダメなんだよなぁ、これだけ言っても・・・」
野球やサッカーのように高額な報酬がない陸上競技では、親孝行のために走るといった動機付けができないが、私は成功するための時間がある間は何度でもいう。
二人のような人間は、勉強もできる上書道もうまい等マルチすぎて1つに絞ることができない。小中学生のうちから引き出しがたくさんあるのだ。才能がなく努力しか生きる術がなかった私には、大谷選手と同様遠い存在なのである。
第220回「あこがれ」(2023年3月12日)
強化指定選手、それもシルバー(S指定)ではなくゴールド(G指定)が、バンビーニのこどもたちの憧れである。埼玉陸協もこどもたちをあおる。強化指定選手になると彼らだけが着れるTシャツを販売する。しかも毎年色を変えている。昔のTシャツ(色が異なるだけ)を着ていると今年はなれなかったんだと思われるから着ない。強化指定選手は埼玉陸上界のステータスなのだ。
人にはそれぞれ憧れというものがある。私は歳をとり過ぎたせいか今は憧れるものがない。しかし、過去には私にも憧れはあった。
こどもの頃怪我した友達が三角巾をしていた。不思議にもかっこいいと思った。松葉杖なんかしている友達を見ると「貸してくれ」と頼んだこともあった。怪我をしないという前提で憧れていたのだと思うが、負傷=松葉杖=英雄の図式であった。
隣の家の子が夏祭りでバイクにはねられた。その時は自分でなくてよかったと思った。歩道の外側にいたか内側にいたかの1mの差だった。翌日病院にお見舞いに言ったら事故の相手が持ってきたのだろう、果物が入った籠とお菓子の缶があった。「入山君も食べたら」といってくれた。きっと高級なお菓子だったのだろう「とてもおいしい」と思った。なぜ自分が外側にいなかったのか、外側にいたらきっとあのお菓子を独り占めできたはずだ。本当に自分はついていないこどもで隣の子がうらやましく、ベットに寝ている姿に憧れてしまった。
テレビでホウレン草を食べると強くなるポパイが放映されていた。その時ウインピーさんが食べているものが何かわからなかった。いつも食べているのでおいしいものなのだろうと思うが、親父やおふくろに聞いても知らないという。それがハンバーガーであることを知ったのはずいぶん後だった。以来ハンバーガーには特別な思いがあり、ビックマックは憧れの的だった。給料をもらえるようになったら、ビックマックを4つ食べたいと思っていた。しかし、いまとなってはビックマックセット1つで十分お腹が膨れる。
学生になって憧れたスターは加山雄三だった。団塊の世代の先輩たちは石原裕次郎だった。私が小学生だった頃ゴジラなどの怪獣映画と併映(封切り映画は当時2本立てだった)されていた「若大将シリーズ」を、大学時代オールナイトで4本連続で見た。実は小学生の頃ゴジラは鮮明に覚えているが「若大将シリーズ」は記憶にない。小学生にはおもしろくなかったのだろう。大学生になって見た加山雄三の「若大将シリーズ」は筋書きは単純だが痛快で、楽器を駆使して歌っていた。また、主人公は映画ではスキーなどスポーツ万能の青年なのだ。そんな田沼雄一こと加山雄三にあこがれていた。今も歌って踊れるコーチになりたいと密かに思っている。
加山雄三、サザンが茅ケ崎、石原裕次郎が逗子、湘南にはいつも私のあこがれの波が押し寄せている。一度だけ社宅を自由に選んでいいと言われ家内と北鎌倉の一軒家を探したことがある。不動産屋が通勤は大変ですよ、北鎌倉では絶対に座れないから逗子にしなさいと言われた。逗子を見に行ったら夏は海水浴客で身動き取れませんよと言われた。結局気の小さい私は、北鎌倉ではなく北浦和に家を構えることになった。
一方、言葉においては「広島弁」にあこがれた。菅原文太主演の「仁義なき戦い」で使っていた広島弁である。菅原文太扮する広能昌三が渋い声で発する広島弁が任侠にあこがれた学生時代には魅力的に聞こえた。
「おどれの胸に聞いてみたら分かろうが」
「わし、ずっと待ちよりますけえのう」
「最後じゃけん言うとったるがのう」
社会人になると車にあこがれた。テレビの車のCMで「いつかクラウン」というのが流れていた。今ならベンツかレクサスなのだろう。働いたお金で買おうと思っていた。しかし、入社してたまたま同期に話をしたら「そうなの?俺なんかいつもクラウンだよ」と言われて急に興味が無くなった。それ以降いつになってもカローラだった。
誰でもあこがれはある。しかも、人生の節々でその対象は変わる。
加山雄三にあこがれながら菅原文太にも魅力を感じていた。山口百恵を好きだったのに桜田淳子が私を好きだといったら、淳子でもいいだろうと節操がなかった。思えば青春のあこがれは複雑怪奇で、混沌そのものであったのかもしれない。
入院した患者に手を伸ばして、届くか届かないぎりぎりのところに欲しいものを置くのが究極の意地悪だそうだ(実際は物理的に届かないところに置いてある)。
バンビーニのこどもたちにとって、埼玉の強化指定選手はあこがれだろうが夢ではない。いまそこにある現実そのものだ。これまでの練習は神様がずっと見てきた。
神様は人間のように意地悪はしない。あこがれは手を伸ばせば届くところに必ず置いてある。
第219回「イチャモンの成長曲線」(2023年3月5日)
スキャモンの成長曲線(発育発達曲線ともいう)はスポーツの世界では絶対視され、解釈論の研究は行われても発展的研究は少ない。もちろんスキャモンの時代と違って、かたっぱしから死体を解剖していい時代ではなくなっているからでもある。
そこで科学的検証もしていないので説得力に乏しいが、「スキャモンの成長曲線」に対して、「イチャモンの成長曲線」を紹介したい。
スキャモンはスポーツ科学者ではない。スキャモンの成長曲線はただ単に解剖学的見地から臓器の重量などで人間の成長を調べたにすぎない。多くのコーチたちが支持するゴールデンエイジ理論はこのスキャモンの成長曲線に基づいている。スキャモンの成長曲線では、身体を動かすための運動神経系を意味する「神経系」の発達は生後から急激に発達して5歳頃には80%まで発達し、12歳頃には100%発達をすると記されている。そのため、コーチたちはその時期を運動の発達に重要な時期であると位置づけ、ゴールデンエイジと呼び、現在に至っている。
しかし、ゴールデンエイジはあくまでも技術獲得の敏感期であり、臨界期ではない。この時期を過ぎると技術が身につかないというわけではない。この解釈を間違えると、指導者や保護者は「この時期しか技術が身につかない」と思い込み、長時間の単一的な技術練習が重要、と思い込んでしまうかも知れない。しかし、イチャモンは逆の意味で危惧している。コーチたちが、この時期が来るまでは、怪我しない総花的な練習でいいのだと考えてしまうことだ。
すなわち、ゴールデンエイジにおけるトレーニング効果はそれ以前の運動経験や、その時の成長段階によって異なる可能性が大いにあるのだが、幼児期の指導の難しさから「幼児から長距離の練習は・・・」と戸惑っているコーチは多い。
一説によると「スキャモンの成長曲線における神経系の発達は身体の成長に伴う物量的な増加を示しており、神経の質と必ずしもリンクしていないのではないか」という。それは神経の量が増える事より、その増えた神経を使いこなせるか否かでこどもの運動能力が決まるのではないか、という仮説を意味する。運動神経は脳からつながる背骨の骨髄から枝分かれして筋肉へと向かい、その筋肉にのみ脳からの指令を伝える。
日本女子体育大学学長の深代千之氏によると、「運動神経がいい」は、スポーツ科学的には「自分のイメージ通りに体を動かせること」と定義した。そもそも“運動神経”は脳と筋肉をつなぐ神経のことで、神経そのものに個人差はなく、脳から筋肉に情報を伝える「伝達速度」にも個人差はないという。ただ、「運動神経のいい子」と「運動神経の悪い子」の違いについて、スポーツや運動に必要な “動きのパターン” を経験しているかどうか、つまり、「脳の神経回路をたくさんつくったかどうか」という「後天的な環境の違い(トレーニング)によって決まる」と述べている。
「運動神経がいい」というと敏捷性のある子を想像しがちだが、深代氏のいうように「体をイメージ通り動かすこと」であるならば、長距離に強い子を「運動神経がいい」と言ってもいい。
持久力は「肺機能」が重要だが、その肺は自力では動かない。呼吸筋(横隔膜や肋間筋など)というものが動かしている。呼吸筋は心臓のような不随意筋ではなく、脳の指令で動く随意筋である。我々は息を深く吸い込むこともできるし、短くハアハアゼイゼイすることもできる。その動きは小さいときに育まれるといっていい。小さいときから長距離を走れば呼吸筋をスムーズに動かせる神経回路が出来上がり、長距離を速く走っても疲れないようになる。多くのコーチは肺が随意筋によって動いていることを忘れている。
スキャモンの成長曲線とは「神経系統は生まれた直後から5歳ごろまでに約80%成長し、12歳ごろには約100%近くになる。」と示しているだけだが、イチャモンの成長曲線は「運動神経の良さ(神経系統の質の高さ)」に注目して、「運動神経」は運動の「成功体験」と「反復練習」を繰り返すことで、誰にでも身につけることができる。運動神経は努力した者だけに与えられるものであるとしている。
スキャモンは肺の重量しか計測していない。そこから成人と比べて肺重量の小さいこどもの持久力トレーニングは無駄、と後世のコーチたちは判断しているようだ。トラックと軽自動車を比較して、トラックのエンジンが大きいからといってトラックがすべての点で優れているとは思わないであろう。軽自動車は小型軽量ゆえに燃費性能はすぐれており、航続距離は長い。
成人は小学生にくらべれば倍以上体重がある。肺の大きさも比例して大きい。バンビーニの小2のH子にいたっては体重20kgなので開きは3倍となる。だが、普通の成人は1000mでは彼女に勝てない。彼女は肺を効率的に動かしている“運動神経のいい”子なのである。
だから、イチャモンは、長距離選手は肺を有効にコントロールできる「運動神経」を小さいうちからトレーニングするべきであると主張する。
第218回「負けに不思議の負けなし」(2023年2月26日)
「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」
負けたときには、必ず負ける理由がある。しかし、負ける理由があっても外的要因などにより勝つということもある。だから勝負に勝ったとしてもおごることなく、さらなる努力が必要であるという意味で野村克也監督が好んでこの言葉を使った。
旧日本軍が太平洋戦争でアメリカに負けた。野口氏や戸張氏が共同で「失敗の本質」をまとめ、敗戦の理由を分析した。当時の日本軍の考えは場末の博徒よりレベルが低い。この将官たちに自分の運命を託した当時の若者はたまったものではない。
男の世界は自分の意志の有無にかかわらず、いろいろな面で勝負の世界が待っている。中学受験において友達と争う、恋人を巡った戦いも出てくる。課長選別の頃から入社したての仲良し〇〇年組から脱しライバルを意識するはずだ。家をいつ買うかも勝負である。
こどもの行動を見ていて、大人になって勝負強い者とそうでない者との違いはこどものうちに決まるのではないかと思うようになった。私がバンビーニでよく口にする「早期トレーニング」は運動だけではない。勝ち癖も小さいうちから養うべきだと思う。
学童ではおやつの順番を決めるのにいろいろなじゃんけんをする。先生じゃんけんは先生と子供たちが一斉にじゃんけんをして先生がじゃんけん前に「私に負けた人」と条件を付ける。「あいこ」も負けとカウントされる。ただおやつをもらう順番を決めるだけなのだが、こどもたちは真剣だ。おやつの中身は同じなのに気づいているのだろうか。
ある日、月のお誕生会でもあったので趣向を変えて、「おはじきじゃんけん」をした。事前におはじきを6個渡す。いろいろな友達とじゃんけんしてたくさん取った子からおやつがもらえる。早くからなくなった子は何人の子とやったかでその序列が決まる。
私はR男の後をついていった。以前からR男は勝負事は大好きだが、弱い。どうして負けるのかを観察したかった。
初めはニコニコしてじゃんけんをする。2回負けると3回目からはやる前から首をかしげる。そして肩を落とす。じゃんけんを出す手が緩慢になる。じゃんけんを出すのに力強さがなくなる。
この時のR男は心の内圧が下がっていたのである。「心の内圧が下がっている」というのは、空気の抜けた「自転車のタイヤ」みたいなものだ。空気がシッカリと入っていれば、多少の段差があってもなんの問題もないが、内圧が下がっていると小石の衝撃でもパンクしてしまう。
それと同じで、心も内圧が低いと傷つきやすくなってしまう。「心が強い人」と「心が弱い人」の違いは「心の内圧」に違いがあるだけだと思う。自転車のタイヤであれば、「空気入れ」で空気を入れたらいいわけだが。心の場合はそう簡単にはいかない。
頑張りが足りないと発破をかけたりして内圧を上げさせようとすると、“自己保存” の本能が働き苦痛を避けようとしてしまう。だからだんだんと勝負の世界から遠のいてしまう。しかし、成長するにつれて勝負の世界が嫌でも待っている。いま勝ち癖をつけずにいつ勝ち癖をつけるのだ。
「勝てる気がしない」「早く終わらないかな」といったことは、勝負のときは思ってはいけない。負けのスパイラルはちょっとした弱気で築かれてしまう。いわゆる負けが負けを呼んでしまうのだ。反対に勝つこどもは雄叫びをあげて勝ち進む。まるで自分には敵はいないかのように。たとえ1度負けても長くは引きずらない。だから、おはじきは最終的には一番増えていた。毘沙門天の化身といわれた上杉謙信のようなオーラがあった。
学童はアフリカの動物保護区のようなものだ。保護区では弱い動物だからといってライオンから助けてはならないという基本ルールがある。
学童の教師はこども同士の勝負にどちらかに加担してはいけない。しかし、やむにやまれぬ気持からR男に一言アドバイスしたい。
「いつもチョキばかり出すな!たまにはパーも出せ!」
負けに不思議の負けなし。
第217回「ポリアンナ効果」(2023年2月19日)
実力があるのに記録が出ないこどもは多い。集中するのはいいが逆に緊張するので、走り始めるといつもより体が重く感じる。それが「調子が悪いぞ」というシグナルにつながる。速い子は自信を持っているので微塵たりとも調子が悪いとは感じない。バンビーニもいろいろな大会に出ているこどもがいる。頻繁に大会に出ることはたとえ1000m走1本でも通常の練習より体の消耗が激しいのであまり勧めないが、最近は馬なりにしている。自信のない子は逆に場数を踏ませるようにしている。否定的な考えを捨てさせ本番を楽しむ前向きの子になってもらいたいと思う。
どうせ走るのなら自信をもって走るべきだ。チャンスは年に6回(長距離は5回)しかないのである。そこでベストタイムをださないといけない。自己否定的な言葉(どうせダメなんだ、指定記録はかなり厳しいあとは運だけだ等)より自己肯定的な言葉(やってやろうじゃないか、あの黒いTシャツかっこいいね、指定選手って陸上のエリートかな?僕これだけ練習やっているのだからいけるよね等)が出ればしめたものである。
ポジティブな考えはそうでない考えの人と大きく差が開くのである。これを「ポリアンナ効果」という。
ポリアンナ効果とは、心理学用語の一つで、否定的(悲観的、後向き)な言葉よりも肯定的(楽観的、前向き)な言葉の方が大きな影響を及ぼすという効果である。1964年にアメリカ合衆国の心理学者チャールズ・E・オスグッドが提唱した言葉だ。
名称は1913年にエレナ・ホグマン・ポーターが書いたベストセラー小説『少女ポリアンナ』にちなんでいる。
内容としては「父親を亡くして孤児となったポリアンナが貧しさと不幸に負けず、身の回りで自分に優しくしてくれる人たちの存在に気付いて喜ぶ『よかった探し』で、自らが置かれた絶望的な状況を受け入れつつ生きるための勇気を出す」という物語である。この「ネガティブな事態でも常にポジティブであろうとする」特徴からこのように言われている。(ウィキペディアより)
普段悪口ばかり言っている人からは皆、離れて行ってしまう。常にネガティブな人は、周囲の人に良い影響を与えることができないのである。
一方で、人の良いところを見つけ、周囲の人を褒めたり好意的な言葉をかけたりする人の周りには自然と人が集まってくる。
バンビーニでも長距離クラスのA男のところには人が集まる。多弁な子ではないので積極的に集まるというより、他のこどもたちが彼から離れようとしない。彼が弱気や否定的な言動をすることはないから、1000m走にポジティブな思考の持ち主であり皆もそれを肌で感じている。練習中ふざける子もいるが、楽しいこどもというより練習に対する態度がネガティブだという印象を持たれてしまう。だから皆はずっとそばにはいない。
ポジティブかネガティブかは言葉だけでなく雰囲気でもわかるのである。
歴史的にも偉人はプラス思考を好む傾向にある。
チャーチル元イギリス首相は「悲観主義者はあらゆる好機に困難を見出し、楽観主義者はあらゆる困難に好機を見出す」と述べたのは有名だ。
イギリス作家のオスカー・ワイルドは「楽観主義者はドーナツを見るが、悲観主義者はその穴を見る」と語った。
ただ、注意しなくてならないのは、ポジティブな考えは必要なのだが、ポリアンナ効果の派生語である“ポリアンナ症候群”におちいってはいけない。この症状は「直面した問題に含まれる微細な良い面だけを見て負の側面から目を逸らすことにより、自己満足に陥る心的症状」のことである。別の言い方で表すと、悪い部分から目を逸らしたり、自分にとって都合の良い情報ばかり集めてしまうような状況はただの現実逃避に過ぎない。
主な特徴として「少しだけの良い部分を見て自己満足してしまう」「現状より悪い状況を考え、今そうなっていないことに満足しようとする」ことが挙げられる。
1000mで猛然とラストスパートをかけて3分18秒を出し、3分20秒を切ったと満足してしまうこどもがいる。だが、私は怒る。最初から飛ばしていれば3分10秒を切っていたと。こどもだからと言っていつもほめればいいというものではない。
また、ある時、3万円詐欺にあった人が、50万円詐欺にあった人がいたことを知って、自分はついている、47万円も得したと思ってしまう。この性格では再び詐欺にあってしまう。
第216回「ギフテッド」(2023年2月12日)
学童にK男というこどもがいる。私と神経衰弱のゲームをする際、ほとんどこの子がとってしまう。抜群の記憶力である。すごいのはこれだけではなく、落とし物の持ち主を探し出す能力がある。つまり、このハンカチはS君のです、この鉛筆はE子ちゃんのですと、言い当てる。何気ないことでも記憶をしている。学童では落とし物があったら、必ずK男に聞くことにしている。警察犬よりするどいのだ。
N男は大人の口を利く。このインターバルの第207回「ほほう」に出てくる男の子だ。この子は癇癪持ちであるが、私とは対等の口の利き方で内容も大人の会話で話が進む。国旗はすべてどの国か言い当てることができる。ウルグアイやパプアニューギニアの国旗も知っている。ドル円や日銀のことも知っている。これが正真正銘の1年生。
過去には天才かと思える女の子がいた。夏休みに算数の宿題(といっても公文のドリル)を持ってきた。その3年生の女の子の内容を見たらなんと高校3年生の積分をやっていた。それをいとも簡単に・・・この能力では学校の算数は物足りないだろうな、というよりバカバカしいほどの時間だろうなと思う。友達は2桁の掛け算で四苦八苦しているのだから。
この子たちはもしかすると「ギフテッド」ではないかと思う。
ギフテッドとは、生まれつき知性が高く、特定の能力が突出している先天的な特性を持つ人のことを称した言葉で、神様からの贈り物として「Gifted」と表現すると定義されている。
生まれつきであり、後天的に努力して獲得した能力とは異なり、教育によってギフテッドに育てることはできないのである。
一般にギフテッドは大きく二つの型に分けられる。
まず、まんべんなく優れている英才型だ。
記憶力や理解力、論理的思考力などの能力が高く、数学のみならず国語や社会、理科、英語、美術、体育における全ての科目で成績優秀であることが特徴的で、彼らの対応は問題ない。
周囲からも「天性の才能」であると見られ、その才能を活かすために周囲も理解しやすいので
より一層才能を発揮できるようになる。
しかし、不幸にも大多数のギフテッドは発達障害の特性もあわせもつタイプなのである。
数学や芸術、スポーツなど、ある分野で突出した才能を現す一方で、発達障害であるネガティブな印象や苦手な分野が強調されてしまう。
そのため、ギフテッドとしての才能に気付かれることなく生活し、発達障害を持つ子どもとして支援を受けるケースが多くなる。
K男も通級のこどもになっている。彼はルールに厳しく学校の玄関を出る時から学童の玄関に着くまで列が乱れようものなら牧羊犬のように列を直しに駆けずり回る。妥協は許されない。私が出勤するときにその列と一緒になったが、私が話しかけようものならぎょろ目でにらめつけられる。学童に入るとすぐに「イリ、遊ぼう」とすり寄ってくるのだが、帰る途中のルールは変えられないのだ。
さらに、何かあると先生やほかの児童の間違いを指摘する。注意されても本人は悪気はなく、間違いを正したい、教えてあげたいという気持ちから繰り返す。こういう行為が一律に発達障害として切り捨てられる。
このコミュニケーションが取れない、授業を妨害する、場の雰囲気を理解できないというだけで「発達障害」に追い込んでいるのが今の学校教育だ。同じ年齢の友達と話が合わなかったり、授業で習う内容が簡単すぎて面白くなかったりといった悩みが生まれ、通学が苦痛になってしまう。
だから、我々大人は彼らの苦痛を取ってやることが何よりも必要なのだ。
その子の得意なことを優先的に伸ばし、苦手な分野を人並みにする関わりが大切だ。
しかし、発達障害を併発している場合の問題点は、ギフテッドの特性に気付かないケースの場合だ。ギフテッドは個人差が大きく、どの分野で才能を発揮するか、どのような学問で高い学習能力を持っているかは、それぞれ違う。
算数は桁違いの理解力があっても文章を読むのは苦手、漢字を覚えるのは得意だが作文が書けないなど、得意な分野が偏る場合がある。
そのため、ギフテッドの子どもが才能を発揮するためには、個性を尊重し、それぞれに合った学習環境が必要になる。
文部科学省が、欧米などで「ギフテッド」と呼ばれる特異な才能を持つ子どもを支援するため、2023年度予算で8000万円を計上する、と昨年12月22日の「日経新聞」が報じた。
今からでも遅くはない、日本も才能のある子を見殺しにしない教育をすべきである。戦後の平等主義の弊害が取り外されるきっかけになってほしい。ギフテッド先進国のアメリカでは飛び級など、「ギフテッド」に対する教育プログラムが用意されており、フェイスブック(現メタ)創業者のマーク・ザッカーバーグも、そのプログラムの卒業生であるなどかなりの天才が見出されている。
アメリカのテレビドラマ「HEROES」に出てくるようなこどもたちは日本にも必ず存在する。
第215回「赤い鳥、青い鳥、そして白い鳥」(2023年2月5日)
こどもが自由に動き回っているのを見ると、こどもはもともと「鳥」なんだと思うことがある。しかし、よく見ると、親の教育方針によって3種類の鳥が飛びまわっている。
赤い鳥、青い鳥、そして白い鳥だ。
過去児童教育に登場した鳥たちを思い出してほしい。
まずは、「赤い鳥」だ。
鈴木三重吉は子供の純性を育むための話・歌を創作し世に広める一大運動を宣言し『赤い鳥』を発刊した。創刊号には芥川龍之介、有島武郎、北原白秋、らが賛同の意を表明した。その後菊池寛、谷崎潤一郎、らが作品を寄稿した。大人の作った子供のための芸術的な歌としての童謡普及運動、あるいはこれを含んだ児童文学運動は一大潮流となっていった。しかし、宮沢賢治などの申し出についてはまったく取り上げなかった。
つまり、鈴木三重吉のイメージに合わない作家は参加できなかったのが、この運動の限界であった。こどもが喜ぶ児童文学ではなく、大人が作った権威主義の児童文学となってしまったのである。
次に「青い鳥」だ。
ベルギーの劇作家メーテルリンクの童話劇である。貧しい木こりの子チルチル、ミチル兄妹がクリスマスの夜にみた夢のなかで魔法使いのおばあさんの病気の孫のために、青い鳥を探すようにいわれ、「思い出の国」「夜の御殿」「未来の国」などの国々を旅したが、青い鳥を連れ出すことができなかった。しかし、目覚めると部屋の青い鳥は鳥籠の中にいたというものだ。
魔法使いのおばあさんは二人に、しあわせはすぐそばにあっても、なかなか気がつかないものだと教えてくれた。
この物語から、「青い鳥症候群」という言葉が生まれた。チルチルとミチルが青い鳥を探し続ける姿から、現実を直視せずに理想ばかりを追い求める人の様子を指す。
最後は「白い鳥」だ。
ピーター・パンはスコットランドの劇作家ジェームス・マシュー・バリーの小説「小さな白い鳥」に初めて登場する。
ピータパンの原作であるこの小説をご存じない方も多いと思うので、この話のあらすじを簡単にご紹介する。
人間の子供は生まれる前は小鳥だったという設定になっていて、ピーター・パンは生まれて一週間後にまだ小鳥のつもりで窓から飛び出し、ケンジントン公園の中の小鳥の島に舞い戻ってしまう。完全な人間になれず・・・さりとて小鳥でもない・・・中途半端な存在としてケンジントン公園で妖精たちと暮らすことになる。
一度、家に帰りたいと願い、妖精たちの力を借りて家の窓まで飛んでいき、自分がいなくなって悲しむ母親を見つめる。でもその時はまだ決心がつかず・・・やがて「今度こそ」と本当に人間に戻る決心をして二度目に家に飛んで行ったら、窓は閉ざされていて、母親には既に新しい男の子がいることを知り、失意のうちに公園に帰る。
ピーター・パンは人間にもなれず、鳥にもなれず成長することがないまま、公園に居続ける・・・。
ピータパン症候群はその後の話として「大人という年齢に達しているが精神的に大人になれない男女」を指す言葉だが、「白い鳥症候群」はそれ以前の「人間になるか鳥になるか妖精になるか中途半端な状況」を表している。
これが「赤い鳥」、「青い鳥」、「白い鳥」の3種類の鳥たちだ。そして、この3種類の「鳥」はバンビーニにおいても飛翔している。
赤い鳥は権威主義を象徴しており、父親が「俺の敷いたレールの上を走れ」と言われたこどもたちだ。「俺は学生時代走り高跳びをしていた。お前は身長も遺伝で高くなる。だから走り高跳びをやれ。その教室に入ることでお金がいくらかかってもいい、だからやれ」と親の権威で種目まで決められてしまうこどもが「赤い鳥」だ。
青い鳥は理想を追いかけてどこまでも行くタイプのこどもたちだ。自分は100mが得意だ。小学生までは埼玉県1位だった。だから100mを極めたい。コーチが適性からすればほかの種目がいいと提案しても、いつも「青い鳥」を追いかけしまう。
白い鳥はいろいろなことをやっているどっちつかずのこどもたちだ。親は自分のこどもの可能性を追求するがために、水泳や空手やサッカーなどを陸上競技と並行してやらせてしまう。陸上が大事なのかサッカーが大事なのかその時によって軸足が違う。こどもはやらされている感が強い。これが「白い鳥」だ。
こどもは自由に伸び伸び育ってほしいと誰もが望んでいるはずだ。しかし、赤い鳥や白い鳥は窮屈な生き方だ。場合によってはこどもを籠の鳥に追いやってしまう。青い鳥は鳩が鷹を目指すような生き方になるかもしれない。
中島みゆきの「この空を飛べたら」ではないが、我々は「鳥」を思い浮かべる際、大空を飛ぶことを前提にして考えてしまう。また色鮮やかな鳥が地味な色の鳥よりも価値があるとも考えてしまう。
しかし、多種多様な現代だからこそ発想を変えて、飛ばない鳥「ヤンバルクイナ」のような鳥を目指すこどもが出てもいいと思う。
ヤンバルクイナは飛べない鳥だからこそ2足歩行となり、人間と同じように脳が発達している鳥だ。大空を飛び回ることはできなくとも、知恵と工夫で生き抜くことができる。
第214回「オノマトペ」(2023年1月29日)
学童のこどもが学校から帰って来て、「イリね、今日学校でH君がブワーンとぶつかって来て体がカコーンと言った。思わず目から涙がザ~と出て来た。交差点の青信号の点滅みたいにチカチカ痛かった」と語りかけた。
こどもはいろいろな事象に対してオノマトぺを使う。よく聞くと長々と説明する大人に比べて状況や本人の体の状態を的確に述べているような気がする。
「オノマトペ」とは「ケラケラ笑う」「雨がシトシト降る」など、日頃から何気なく使っている擬音語や擬声語、擬態語を総称したものだ。これを駆使した作家に有名な宮沢賢治がいる。
「どっどど どどうど どどうど どどう」(風の又三郎)や「さあ、もうみんな、嵐のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。」(オツベルと象)
ビジネスの世界でもアップルの創始者スティーブ・ジョブズは「オノマトペの魔術師」とも呼ばれ、特に注目してほしい時や商品の素晴らしさを伝えたい時、「ブン」「ボン」というオノマトペを使い、観客を楽しませ、想像力を膨らませるプレゼンを行っていた、という。
スポーツ界では巨人の長嶋選手が野球を教える時に、オノマトベを使っていた。こうした指導や言葉から、この長嶋選手の指導方法は天才にしかわからない、とでも言わんばかりにマスコミが面白おかしく報道していたことを思い出した。
『球がこうスッと来るだろ。そこをグゥーッと構えて腰をガッとする。
あとはバァッといってガーンと打つんだ。』
カーブの打ち方については、
『ボールがキューッとくるだろ。そしてググッとなったらウンッっと溜めてパッ。』
素人がこのような指導をされたら、どんなことかわからないだろう。
スポーツの良い動作とは、動作をしている本人ではなく、それ以外の人がみて感じるものであり、実際に体を動かしている本人にとっては自分の動作を確認できず、自分の感覚に頼って行なっている。たとえビデオで自分の動作を確認できても、それを他人に伝える際はとても言葉で充分に言いあらわせるものではない。
陸上競技の指導中、私も知らず知らずのうちにオノマトペを使っているのに気がついた。
「ちんたら走るな」
(のろのろと行動するさま、動作が緩慢でだらけている様子、などを意味する表現。怠慢な様子を咎める際などに用いる場合が多い)
「さっさとやれ」
(すばやく / 迅速に / 早急に / 迷わず / 手際よく 、という意味合い)
「とっとやれ」
(早くやれといった程度を強調する意を表す。「さっさとやれ」よりも強い表現)
「走り幅跳びのコツは“トントントーン”と跳べ、と語尾を上げて教えている。
バンビーニではこのオノマトペ以外にも単語を自分流に解釈して言いたいことを表現するこどもがいる。E男がその筆頭だ。この子の言葉は時には難解で、例えば厳しい練習を課すと「コーチは悪夢だ」という。最初は単語の使い方が間違っていると思っていたが、そのうち言葉のいい違いではなく、この子独特の表現であることに気がついた。「悪魔は人間が悪魔と取引をするとその後の人間の行動によっては怖い存在となるが、悪魔は何もしなければ何でもなく存在そのものは怖くない。悪夢はそのこと自体が恐怖なのだ。見たくない夢を悪夢という。だから、私を悪魔というよりも悪夢と言った方が、この子の置かれている状況を的確に示している」のだと思う。
このような経験から、陸上競技の1000mの極意を聞かれたら、私はこう言うことにしている。
「介護施設のおじいさんのようにちんたらスターラインに行くのではなく、
サーと位置について、号砲と共に福袋目当ての大阪のおばちゃんのようにバーと飛び出す。
しばらくすると離陸後10000mに達した飛行機のようにスーとペースが落ち着く。
そうしたらガツガツ行って、警察のネズミ捕り装置の手前のように相手がスピードを上げて来なかったらグングン前に進む。
ラスト300mになると出世競争に勝ちあがった社長のように自信をもって直線をタターンと走る。
しかし、ライバルがスッスッと迫まる気配を感じれば、お金を借りた相手に街で気がつき逃げるかのようにツーツーと走る。
根性の情熱でフツフツとスピードが沸いてくれば、第4カーブを曲がると長岡の三尺玉の花火のようにドカーンとラストスパートをかける。
そして最後は御柱の木落しみたいにドドーとゴールする」と。
第213回「1万時間の法則」(2023年1月22日)
「1万時間の法則」というのを聞いたことがあるだろうか。
心理学者アンダース・エリクソン教授が行った研究がベースとなっており、マルコム・グラッドウェル氏が著書の中で紹介している。将来的な成功に導くための法則の一つとして、世界中で注目を集めた。
もともとこの法則はエリクソンの研究チームがバイオリニストを対象に調べていたところ、バイオリンを専攻している学生と国際的な活躍をしているバイオリニストや交響楽団のバイオリニストには大きな違いを見つけたことがきっかけで生まれたとされている。プロとして活躍しているバイオリニストたちは、20歳になるまでに1万時間以上の練習時間を積み重ねていた。そこから「ある分野でトップレベルの実力を身につけるためには、1万時間の練習・努力・学習が必要だ」という法則として発表されるようになった。
1万時間とは週1日休みを入れて1日3時間の練習で10年が必要だ。
しかし、米プリンストン大学が2014年に行った研究では、この法則には不備があったとされ、練習量が少なくてもトップレベルになるような天才が一部にいて、逆にどんなに練習しても上達しない人もいるというのが彼らの指摘であった。
大学生になって頭角を現した選手が出ると人知れず消えていった選手とあわせて「ほら、児童練習は必要ない」と言ったり、練習時間が短い選手が成功すると「長いだけが練習ではない、質の高い練習が大事だ」というコーチや評論家が出てくる。
私はそれらの選手が児童の時から陸上の練習をしていたり、もっと走りこんでいたらオリンピックで入賞していただろうと言いたい。ラグビー選手であった中道貴之は高校3年のときの1987年、試しに出た大会で100m10秒1を出したが、陸連の誘いににもかかわらず高校時代はラグビーで押し通した。大学に入って本格的に陸上競技をやり始めたが、その後記録更新には至らなかった。
すくなくとも一流演奏家はひとり残らず練習の虫だ。彼らは朝から晩まで、時を忘れて練習をしている。舞台に上がる直前になっても、ピアニストは舞台袖で楽譜をピアノの鍵盤に見立てて指を動かし続けている。しかし不思議なことに、彼らは練習をあまり苦にしてない。
野球の世界でも、長嶋選手や王貞治選手は練習の虫だった。練習が修行のような感じだったが決して苦にしていなかった。むしろ楽しんでいた。こうなると努力自体、生まれ持った才能だと言わざるを得ない。
ドイツサッカー連盟登録選手数は全部で710万人ほど。うちU-19以下の育成選手登録数は約240万人で、そのうち50%以上が4〜12歳までの子どもたちだ。ただU-11、U-13、U-15と上の学年に上がっていくにつれて、やめていく子どもがどんどん増えていく。1万時間になる前にやめていくのだ。
理由は簡単だ。サッカーをやりたいのにサッカーができないからだ。
ドイツではU-10年代からリーグ戦が始まる。U-12〜U-13年代になるとリーグの昇格、降格もある。結果を出したい指導者は勝ちたい気持ちからうまい子ばかりを起用するようになる(第211回「早生まれと遅生まれ」でも紹介した)。不用意なミスをしない子を起用しようとする。
サッカーがしたくて、楽しみにして試合会場に来たのに、出場時間はわずか10分。中にはかわいそうに出場できない子も出てくる。次こそは出れますようにと祈ってまた試合に向かう。何度もそうしたことが繰り返されたら、いつの日か失望に押しつぶされて、サッカーを離れていってしまうのだ。何万回対面でパス練習をしても、それは試合の中でのパスとは別物なのだ。出場するこどもと出場しない子との差はますます開いていく。
その点、陸上競技は出たいと思えば大会に必ず出れる。「陸上競技はいつでも誰でもレギュラーなのだ」こんなすばらしい競技はない。努力する目標はライバルではなく自己記録だ。それを何度も更新していくうちに、さらに努力して結果として1万時間が視野に入ってくる。
我々コーチも「1万時間の練習もまったく苦にはならないくらい陸上競技の魅力を伝えて、夢中にさせることができたら、陸上競技でトップレベルの人材が育つ」と考えなければならない。
サッカーアカデミーの募集があったのをHPで見つけた。小3から育成しその練習量は自主練も含め週18時間である。高校生の時に1万時間を超える計算になる。
<2022年度 鹿島アントラーズノルテジュニア(新3年生)選考会のお知らせ>
2021.12.09(木)
【対象・募集人数】
新小学3年生(現2年生):若干名
※応募資格として、原則的に週4日(火・木・土・日)の練習に毎回通っていただくことを条件といたします。
※GKも対象になります。
第212回「日向者(ひなたもん)と日陰者(ひかげもん)」(2022年1月13日)
学童では大声を出したり、何度も発言して先生の話を覆いつぶすような行動に出て目立とうとする子がいる。
2年生のY男は腹の底から大声で話す。「Y男、ここは道場じゃないから大声を出すな!」と怒るがどこ吹く風だ。笑い声も昔の浪越徳治郎(マリリン・モンローの胃痙攣を治したという伝説の指圧師)のように「アーッハッハ」とわざとらしく笑う。
マネージャーがコロナやインフルエンザの注意事項を説明しているのに「はい」をセンテンスごとに入れた。
「みなさん(「は~い」)最近またコロナが流行っていますね(「はい!」)コロナ対策で何が必要ですか(「はい、はい、はい」)じゃ、Y男君(○○でしょう、XXでしょう、それと・・)はい、そこまで、他の人も答えてみましょう。(「はいはい、思い出した◇◇と▲▲です」)」
すべてを言い尽くしてしまった。誰が答えてもY男の答えと同じになる。だからこの後誰も答えない、いや答えられない。
「で、そういう対策をしてもかかった場合はどうすればいいのでしょうか(「はいはい、病院に行って保健所に連絡して学校や学童の先生に連絡します」)ちょっと、1年生に聞いているのよ。はいはい蝉じゃないんだから、少し黙ってて」
でも、それもインスタントラーメンができる時間までだ。
「では、これからおやつにします(「はい」)。今日のおやつの順番の決め方は(「学年別じゃんけんがいい」「いや、先生じゃんけんがいいかな」「待てよ、それは昨日やったから今日は勝ち抜きじゃんけんがいいかな」)ねえ、あなたが先生なの?決めるのは、わ・た・し。 さっきからペラペラしゃべって、この教室あんたと2人きりじゃないのよ。これからあんたはしゃべっちゃダメ」
やり手のマネジャーも頭に来たらしい。
宿題をやっている時、Y男が1年生の女の子にちょっかいを出した。後ろ向きにしゃべりかけていたので相手の女の子のR子も呼ばれた。ところがあろうことかY男が「R子ちゃんが僕の肩を叩いて質問したので振り向いて答えただけです」という。勝手に振り向いてしゃべり始めたのを私は見ていた。ところがR子は否定するどころか「ごめんなさい」と言った。マネージャーもY男の言葉を鵜吞みにしてはいないようで、「R子ちゃん今度気をつけようね」といって解放した。
「R子、いいんだよ、本当のこと言って。なぜY男をかばうの?」
「いいの、Y男くんはいつも私に声をかけてくれるの。Y男くんが話をしてくれなければ遊ぶ人がいなくなるから、私が我慢して済むのならそれでいいの」
でもその相手はまったく悪びれずR子に対する感謝のかの字もない。この性格大人になるまで引きずるなよ。この性格では「日陰の女」になってしまう。いや、それ以上にDV男から別れられない女になってしまう。とっても心配だ。
出張かけっこ教室では初級クラスから上級クラスまで3クラスがあり、幼稚園児から5年生までの児童が来る。印西市主催になっているので多くは語れないが、どのクラスも自信のない子は列の後ろに回る。俺の走りを見ろという自信家は一番前に並ぶ。レッスンのしやすさから言えば、自信のある子が先頭の方がいい。ところがあるクラスでは実力が伴わない自信家がいつも先頭に立つので困っている。モモ上げ足前振りはこうするんですよと見本を示した後、先頭をやらせるがこれができない。そのためいつも出だしでレッスンが止まってしまう。バウンド走でもスキップになってしまうので後ろに行ってほしいのだが、後ろを振り向いている間にグイグイと列の先頭に行ってしまう。保護者がすぐそばで見ているため下がれとも言えずじれたい思いをしている。
一方逆にできないのを恥ずかしく思う子は、何の種目でもスーと列の後ろに回ってしまう。日陰者の身であることを心得ている。ところがこれがいつも裏目に出る。みんなに見られたくないから後ろに行くのだが、最後だから全員が終わっていて結局皆にじっと見られてしまう。
あるこどもはできないと両手の肘をあげ手のひらを上にして「お手上げ」のポーズをする。「僕は本当はできるのに、コーチの教え方が悪く僕は何をしていいのかわからない。もっと丁寧に教えろ」とアピールしているようだ。
10人以上の集団になれば、必ずこの日向者(ひなたもん)と日陰者(ひかげもん)は存在する。
第211回「早生まれと遅生まれ」(2023年1月8日)
「相対的年齢効果」という言葉がある。簡単にいうと、同学年における遅生まれ(4月生まれ)と早生まれ(3月生まれ)の運動能力や体格の差のことだ。小学生、場合によっては中学生でも、同学年における4月生まれは、3月生まれよりも体格や運動能力に優れる傾向がある。
もちろん、3月生まれの子どもの全てが晩熟、4月生まれの子どもの全てが早熟というわけではないが、概してその傾向が強いということだ。それは、各種スポーツのセレクションの際に「見落とされる子どもたち」を生み出している。
プロスポーツやオリンピックの大舞台での活躍を夢見る子どもたちは、概ね小学生の間に、各競技のセレクションを受験する。その後に、優れた環境でトレーニングをするために通らなければならない「狭き門」と言える。
サッカーでは、Jリーグアカデミーのセレクションがそれに当たるが、この過程を経て子どもたちが入団したあるチームで、選手たちの生まれ月の分布を調べたところ、50%以上が遅生まれ(4~6月生まれ)で、早生まれ(1~3月生まれ)の子どもは10%にも満たないという傾向が見られた。
同じ年代の国内で出生した子どもたちの生まれ月は、統計的には1~3月、4~6月ともに約25%ずつのはずだ。この比率から判断すると、セレクションの場では、早生まれの子どもの半分は見落とされてしまい、逆に、遅生まれの子どもたちは高い合格率だった。セレクションで評価をつける大人たちが、遅生まれのためにその時点で体格や運動能力が優れていた子どもたちを積極的に選んだ結果と考えられるからだ。
この時点では生まれ月の影響による早熟・晩熟の成長の差があったとしても、一般的には18歳以降にほぼ等しくなると考えられる。しかし、将来的に運動能力が高くなるかもしれない子どもを、早期のセレクションでは「選抜しきれていない」ため、オミットされたこの子らが成長するにつれてサッカーや野球をやめてしまう結果をもたらしている。そのため、下記の表でも実際にプロになっている選手に早生まれ遅生まれの痕跡が残っている。
ジョッキー(騎手)は体重の軽い方がいいので、ジョッキーのセレクションでは逆の現象がみられる。
さて、よその競技はさておき陸上競技について考えてみよう。残念ながら陸上競技においても、早生まれの不利がある。
短距離や投擲や跳躍種目は体格差の影響が出る。
身長の差はストライドの差となって体の小さい早生まれのこどもには100mでは不利に働く。ジャべリックボール投げもリリースポイントが高い方が遠くに飛ぶ。よって学年別の大会が続く高校までは早生まれのハンディは常にある。ただ、幸いにも陸上競技の場合は選手として大会に出られないというサッカー選手の悲哀さはない。出場を希望すれば必ず出れる。
しかし、早生まれ遅生まれの違いは小学生のうちは影響が大きいのだが、長距離種目では時として早生まれのハンディが該当しないケースがある。
バンビーニでは1000m3分6秒のU子が1月生まれ、3分5秒のA男が2月生まれである。バンビーニの1位、2位が早生まれである。
では、なぜ長距離だけが早生まれの不利が小さいのであろうか。
2人の共通点は足の回転数が他のこどもに比べて多いこと、さらに長い距離になればなるほど強いことである。
長距離が速くなるには、“走る姿勢”や“呼吸筋に弾力性がありかつ筋肉が互いに補完しあっていること”および“精神的な強さ”などが影響している。
これらのファクターは成長(体の大きさ)に左右されないものなので、これらが秀でている子が早生まれのハンディを克服しているものと思われる。
もっとも陸上の場合、早生まれ遅生まれの影響はインターハイ(高校)までで、その後は影響はみられない。サッカーや野球と異なり我慢強ければ自主的に練習を重ね、成長のピークである大学まで続ける選手が多い。というより大学になって長距離選手が他の種目に移る可能性は能力的に低いからでもある。
日本のスポーツの場合は、早生まれを若い段階から可能性を鑑みる事無く切り捨てている育成体制、その時に優れている選手のみを使うという試合環境の悪影響が大きいと思われる。ところが、陸上競技の問題点は「早生まれ遅生まれ」というより一緒くたに“小さいこども”という概念で、この程度が限界と練習を制限してしまうことにある。精神的に大人びたこどもや、呼吸筋が発達している子が実際にいるのを無視している。
大人のルールで子供たちが犠牲にならない練習体制の見直しを、スポーツ界では再考する時期が来ているかと思われる。最近の子は、もっと厳しく指導してくれとは口が裂けても言わないだろうが、我々大人が思っているほどヤワじゃないのは確かである。
第210回「染之助・染太郎」(2023年1月1日)
東京の寄席で落語や講談以外の芸のことを色物(いろもの)という。主に漫才、漫談、手品、や曲芸などだ。つまり、寄席では落語と講談以外の芸はすべて色物なのだ(講談は落語以前の演芸なので寄席でも敬意を払っている)。
寄席は落語を中心にプログラムが組まれていて、構成からいえば落語が7だとすると色物は3という割合が普通である。
なぜ、色物と呼ばれるのか
出演する芸人名が木札に書かれ、寄席の表、入り口付近や場内に掲げられているのが番組表というが、落語家や講談師の名前はみな黒文字で書かれている。しかし、芸種を赤文字で書かれている出演者がいて、この人達が色物と呼ばれている。
だから、寄席では落語家が一番ランクが高い。特に昭和の時代は柳家小さん、三遊亭圓生や林家正蔵などは脂がのっていた頃だったので最優遇対応であった。
しかし、その寄席でも初代林家三平という落語家は、圓生や正蔵とは違った芸風であった。林家三平は、昭和の落語界のスーパースターである。1960年代テレビから生まれた演芸ブームの立役者、落語界の異端児でありながら、寄席への集客力で最も貢献した落語家と言える。この点では、圓歌も談志も円鏡も敵わない。
「異端児」と呼ぶのは、寄席では紋付き袴姿で登場しながら、まともに落語を一席もやらずに、ダジャレの小噺をつないだだけの高座、または、最初から立ち姿で、歌謡曲、シャンソンなどを歌う高座ぶりだからである。そのダジャレは「お正月」を「和尚がtwo」、「サイトシーイング」を「斎藤寝具店」という程度の内容。これでも、三平が言うと、客席は沸いた。小噺がうけないと、「これはどこが面白いかというと」とスベッた噺を説明しながら、拳を額にやって「どうもスイマセン」。これで、また爆笑。つまり、出てくるだけで可笑しく、何をやっても笑ってしまう。
さらに、客席を「いじる」。客の笑いの反応が今一つだと、客席を二つに分け、「(ウケないほうに向かって)こちらを重点的にやりますから、(ウケてるほうに向かい)こっちは休め!」。噺の途中で寄席に客が入ってこようものなら、そのお客に向かって「今、お越しになるかと、みんなで噂をしていたところです」と笑いの種にしてしまう。
歌う高座では、アコーディオンの「小倉義雄」を登場させ、フランク永井ばりに『有楽町で逢いましょう』を歌い、最後には「よしこさーん」と叫んで笑わせた。このアコーディオン師の小倉は三平がどんなにおかしなことを連発しても、クスリとも笑わず、最後まで無表情でアコーディオンを弾いていたので、高座の面白さが倍増した。こうして、三平は寄席の落語のタブーを次々と破ってしまい、新しいファンを開拓した天才と言ってよい。(落語評論家山本益博氏評)
それでも三平は色物ではなく落語家と扱われ、笑いの取れる芸人としてTVに重宝がられた。
一方、私の知っている限り色物で有名なのは、海老一(えびいち)染之助・染太郎だ。
「おめでとうございま〜す」と言いながら和傘の上で毬や桝を回す芸で有名であった。特に正月のテレビ番組には数多く出演した。染太郎が病気をするまでこの2人を観ない年はなかった。染之助が芸を見せ、目が大きく出っ歯な染太郎が話術で楽しませるというスタイルの芸であった。
「ミスターお正月 お正月と言ったら誰?」というアンケートで、1位をとったことがある。
途中で拍手が起こると「ありがとうございまーす!!」
お客が飽きてくると「いつもより余計に回しております」
疲れているなとお客が思う頃には「喜んでやっております」
終盤になると「弟は肉体労働、兄は頭脳労働、これでギャラは同じです」
と言って笑わせる。
内容は毎年毎回同じ内容のものが多いが、それでも観て聴いて楽しくなる芸風だった。
バンビーニは私と家内のユキさんと2人でやりくりしている。バンビーニ創設のときはこどもが3人くらいであったので私1人でやっていたが、会員が増えると私の性格である大雑把さで無料で追加レッスンをやったり、選手に入れ込んで練習をするが相手は嫌がっていたなどちぐはぐなことも多かった。ユキさんが加わってお金の管理をしたり保護者の意見などを吸いあげて私にアドバイスするようになって、経営や運営は楽になった。こどもに専念できるのが何よりだ。
練習中雨が降ってくるときがあるが、私に「やめる?」と言って来る。大雨でなければやめるわけがないのだが、保護者の手前もあるのかなと思い躊躇するポーズはする。しかし、一度でもやめれば、やめる基準をこどもらなりに見極めるから、口実づくりをさせないためにもやめない。
時々私が染之助でユキさんが染太郎と思うときがある。私が肉体労働者でユキさんが頭脳労働者かと自嘲してしまうが、どんな会社でも営業をしてお客さんを引き寄せる方が偉い。お客さんが来なかったり、離れていってしまったら私の存在意義はなくなる。ユキさんあっての私だ。
今年も今日から始まる。
改めて、皆さん、「おめでとうございま〜す」
学童や出張かけっこ教室もあるので休みはほとんどないですが、「喜んでやっております」
また、今年もたくさんの強化指定選手を輩出していきたいと思います。こどもがいい子に育つように「善し子さ~ん!」
もし、だめだったらその時は拳を頭に置いて「どうもスイマセン」
今回の小論“インターバル”は正月でもあり「いつもより余計に文字を使っております」
今年もどうぞよろしくお願いします。
第209回「テセウスの船」(2022年12月25日)
今年もあと1週間となった。いい年だったと思う。しかし、年末で小6のこどもたちが10人も卒業していく。小さなクラブであるバンビーニにとっては大きな痛手だ。金銭的にも心理的にも。やはり、クラブの良さは引っ張っていく人間がいてこそ効果がある。それを失うのが一番大きい。どうしようか思いあぐねているうちに眠ってしまった。
やめていくこどもたちが全員で一つのランニングクラブを作ったら、それは“バンビーニ”になるのではないのか。集団走のいいところは彼らの存在があったからで、その利点はそのまま持っていける。残った我々はいったいなんなのだろうか。これは学生時代習った「テセウスの船」の命題と同じではないのか。この歳になって実際にこの命題にぶつかるなんてその時は想像もしていなかった。
「テセウスの船」とは、ある船の部品を少しずつ新しい部品に交換したとしたら、最終的に出来上がる船は元の船と同じものなのだろうか?古代ギリシャから問い続けられてきた命題だ。また、置き換えられた古い部品を集めて何とか別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船なのかという疑問が生じる。
同じことが人間でも言える。生きている間に私たちの細胞のほとんどが死に、また新たに入れ替わる。服装や髪型など、私たちの見た目はどんどん変化するし、年をとればシワが刻まれ、白髪になったり禿げたりする。自分が自分であるという「自己同一性(アイデンティティ)」は、心が基盤になっていて外見や体ではないと考える人がいるかもしれない。だが、心だって変わる。高校時代好きだった人も今会えばなんの引っかかりもない。人生観は経験を積むにつれて違ってくるだろうし、友人や配偶者だっていつまでも自分が思っている人間ではなくなる。自分のこどもだって大人になれば変わるのだ。
ならば、これだけ変化する人生において、私たちは本当にずっと同じ人間なのだろうか?今日の自分は明日の自分と同一人物なのか?
とここまで考えると、たとえ夢でも頭が痛くなり目が覚めた。
巨人とヤクルトが1対1のトレードを全員に施したら、いったいどっちが巨人でどっちがヤクルトかわからなくなるだろうが、実際は一部に限られ、引退、新人の加入なども加わってもそれでも巨人は巨人、ヤクルトはヤクルトとして存在している。
青山学院大も佐久長聖高校も過去の優勝時の学生や生徒とは異なっているが、たとえ優勝から何年たっていても伝統は活きている。うなぎ屋の秘伝のタレと同じで、伝統の継ぎ足し継ぎ足しの効果が出ているからだ。
ちなみに秘伝のタレが衛生上問題ないのは実は継ぎ足しのタレは低温殺菌されることによって菌類が繁殖出来ないようになっている。低温殺菌とは、「63℃~68℃」ぐらいの高温で殺菌することだ。焼いたうなぎをタレに浸けることにより、タレの温度が上がり、結果的に低温殺菌される。「名店ほどタレが腐らない」のは名店にはお客さんがたくさん来るため注文も多く、常にタレが低温殺菌されるため、菌が繁殖しづらい環境となっているからだ。
中学生は学校が育成するのが日本陸連の方針だ。小6のこどもたちと別れるのは辛いが、彼らが残してくれた生真面目なほどの練習態度、最初から飛ばす積極性は後輩たちが間近で見ていた。それを自然と引き継ぐよう指導することが私の役割だ。バンビーニは継ぎ足しの手法で伝統を維持していきたい。それには毎年強化指定選手を輩出していくことだ。うなぎとタレの相乗効果でおいしいうなぎの店となっていくのと同じように、バンビーニは普通の子を強化指定選手まで育て、その子が新しく入ってきた子を引っ張っていき、新しく入ってきた子は翌年同じように次の子を引っ張っていくという“陸上クラブの名店”として存在していきたいと思う。
本日の超ロング走で卒業していく6年生、これまでの努力に敬意をもって“さようなら”だ。 中国語で「さようなら」は「再見」である。また会いましょう。これまでありがとう。
第208回「集団効果」(2022年12月18日)
感染症は、病原体(ウイルスや細菌など)が、その病原体に対する免疫を持たない人に感染することで、流行します。ある病原体に対して、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなることで、感染症が流行しなくなり、間接的に免疫を持たない人も感染から守られます。この状態を集団免疫と言い、社会全体が感染症から守られることになります。(厚生労働省HP)
こどものスポーツクラブにおいてサボることは特異なことではない。こども特有の自己防衛本能だ。しかし、放っておけばクラブに蔓延する。あまり強くなることを意識していない子に多く見られる。ひょうきんにして笑いを誘い、私に怒られることで皆の注目を浴び、サボって怒られてもいつものことかと皆は流すと考えているようだ。そのうち、この子に同調する子が出てくるようになる。段々と真面目に練習する子が嫌な顔をしてくる。クラブ全体が機能不全に陥てしまう。
「陸上クラブにおける集団免疫」を取得するとは、強い子を1人出すことである。3人出せばワクチン3回分、5人出せばワクチン5回分の効果がある。強くなるためには厳しい練習が当たり前だとの考えが浸透すれば、サボる子に誰も同調しなくなる。強い子はサボるこどものことなど無視して練習を行う。コーチが怒鳴っても効くのはその時だけだが、仲間から無視されると練習をするかクラブをやめていくかの選択となる。こうして、「サボるという感染」から小さいこどもたちを守ることができ、集団免疫が完成する。
しかし、時には集団に加わることが弊害となる場合がある。心理学で有名な「内集団・外集団バイアス」が発生した時である。
イギリスの社会心理学者が、人の集団について、つぎのような実験を行った。
最初に、お互いに、まったく見ず知らずの人を何人も集める。そして、コインを投げて、表か裏かで、この人たちを2つの集団A、Bに分ける。ただし、集団に分けられた当人たちには、コイン投げでランダムに分けたことは伝えない。そのかわりに、集団Aのメンバーに対して、「この集団の方々は、みなさん、独特の芸術を好んでおられます」と伝える。さて、なにが起こっただろうか。
まず、集団Aのメンバーは、もともとまったく見ず知らずどうしのはずなのに、お互いを理解し合うようになった。「独特の芸術」という共通の嗜好があるように伝えられて、お互いに親近感がわいたのである。そして、それは「自分たちの集団は、もう片方の集団よりも優れている」という集団意識の形成にもつながった。これは「内集団バイアス」または「内集団びいき」などと呼ばれる。
つぎに、集団Aのメンバーは、「集団Bは、特徴がなくみな同じような人たちの集まりだ」と感じるようになった。実際には、集団Bに入った人には、さまざまな個性があるはずだが、集団Aのメンバーにはそれが見えなくなった。そして単に、「自分たちとは別の集団に入っている人たち」というレッテルを貼ったのである。これは、「外集団同質性バイアス」と呼ばれる。固定観念や偏見が始まるきっかけとなる。内集団の多様性を外集団よりも高く認識し、外集団をステレオタイプ化して平均的な集団だと認識してしまうのである。
注意しなくてはならないのは、最初はあまり意識せずに、なんとなく集団に属していたはずなのに、ふと気がついてみると、いつの間にか自分の集団に対して強い愛着心が芽生えていることである。バイアスは、知らず知らずのうちに生じてくるのである。
バンビーニの練習が厳しく他のクラブは緩いと考えるのが外集団同質性バイアスの弊害だ。
自分が強くなったのはバンビーニ内でライバルがいたからだが、さらに、大会でしか会わないライバルのおかげでもあるのだ。大会でしか会わないライバルは我々よりもっと厳しいトレーニングを積んでいて、そのライバルの所属するクラブは多様性のある集団であると考える方が自然なのだが、時として「外集団同質性バイアス」はその集団が自分たちの集団より劣っていると考えるようになる。問題はそこにある。
問題の解決策としては、バイアスとは偏りあるいは思い込みであるから、「外集団同質性“バイアス”」の解釈を「他のクラブの練習はバンビーニより高いレベルで厳しく、速い選手と同質の多くの個性的選手がいる」と逆に考えればいいだけなのだ。
我々は謙虚に厳しいトレーニングをこの冬行い、来シーズに向けて切磋琢磨しないといけない。そうしないとライバルクラブの質の高い練習に負けてしまう。
第207回「ほほう」(2022年12月11日)
学童でこどもとオセロをやることがある。すべて親父か祖父の口癖であろうが、大人に言われればカチンとくる言葉でもこどもから言われると口元が緩む。
「イリ、どうですか、久しぶりにこれしませんか?」と将棋を指すようなそぶりをする。N男は将棋ができないからオセロだなとわかる。「いいよ、今日は誰とも約束してないから」「そう、じゃすぐやろう。そうじゃないとR子やT男にイリをとられちゃうから」と急いでオセロの箱をおもちゃの棚から持ってくる。
「じゃ、僕が白でイリが黒ね。僕からやるよ」
「おいおい、普通は黒から始めるんだけどね」
最初はあまり考えずにどんどん打っていくとN男は
「いいね、いいね。ぐいぐい来るね。イリ、そのリズムだよ。オセロはリズムが大事」
「・・・」
中盤に入ると複雑な状況が続く。とたんにN男のペースが遅くなる。
「オセロはリズムじゃないの?」
「高速道路は100kmで走れるけど、浦和の街を100kmで走れる?スピードは臨機応変でないとね」(きっと親父の口癖だ)
私も角(かど)をとるためにどうしようと考えるときがある。すると
「ねえ、早くしてくんない。下手の考え安めに煮えたりだよ」
「うん?それを言うなら下手の考え休むに似たりじゃないの」
「そうともいう」
ある時は、「今だ!」と言って白い石を置く。
「おい、おい、剣道じゃないのだからその言葉は必要ないんじゃない?」
「なに言っているの?オセロは血で血を洗う男の戦いの場だよ」
「そうかもしれないが・・・ところで、一体私のどこにスキがあった?」
N男の考えと違う置き方をすると上から目線で
「ほほう、そうきたか。面白い打ち方するね。山ちゃん」
「なんだ、山ちゃんって」
「入山だから、山ちゃん」
「イリちゃんじゃないのか」
「山ちゃんのがいいやすいね、山に入るというので入山なら、山が先に来るので山入り、すなわち山ちゃんでもいいんじゃない」
「勝手に名前を変えるな!」
怒るとかえってN男はニコニコする。
「引っかかったな、これでどうだ」と白い石を置かれ、直線5個、斜め2個と白にひっくり返された。引っかけるようなトリキーなことをされたわけではないが、このあともたくさん白にした時N男は必ずこういう。勝どきの言葉だと理解した。
黒い石を白い石に裏返ししてから
「ちょっと待った。これやめてこう」
「おいおい、やり直しは認めるけど、ひっくり返してからやり直すとなると、どこが黒だったか、どこが白だったかわからないよ」
「大丈夫、大丈夫、きっとこうだと思う」
あきらかに形勢が違う。でも反論するほどの記憶力もない。
「これ違うんじゃない?」
「キョーレツゥ! チッチャイことは気にするな! それ、ワカチコ! ワカチコ!」
「なんじゃそりゃ」
ゲームは続く。
私はいつも4つの角(かど)を目指して、石を打つ。その戦略以外に石を打つことはない。
「イリね、角(かど)をとりゃいいというものではないよ。ほら、こんなに黒が白になっちゃた」
とうれしそうに言う。半分馬鹿にしている。それでも角(かど)とりを目指すと
「あのさ、馬鹿の一つ覚えで角(かど)しか頭にないの?まるで北朝鮮と同じだね」
「なんで?」
「北朝鮮はミサイルしか打たない。笑っちゃうね。」
「それ、親父の言葉だろう?ちょっと、親父呼んで来い!」
「パパは大事なお仕事しているの。こんなところには来ないよ」
「こんなところ?おい、表に出ろ!」
「まあまあ、大人げないよ、山ちゃん」
「皆さん、時間ですよ。おもちゃをかたづけて帰りの会始めますよ」とマネージャの声。
「よしゃ、山ちゃん、今日はこのくらいにしておくよ」
どう見ても黒の数が優勢なのだが・・・
こうして60年の悠久の時を経た1年生との戦いは終わった。
第206回「二十四の瞳」(2022年12月4日)
1年をひと昔というならば、この物語の発端は今からふた昔半も前のことになる。世の中のできごとはといえば、緊急事態宣言が出され、外出の自粛をよぎなくされていたが、ワクチンがやっと承認されようとしていた。そんな中、海なし県のサッカーの街へ年老いた男のコーチが赴任してきたのである。
さいたま市や川口市に住むバンビーニの子供たちは、4年生までは駒場競技場に通い、5年生になったら水曜日の舎人公園陸上競技場にも通うようになる。コーチはさいたま新都心から自転車で20分かけて浦和の駒場競技場に通う。サングラスをかけ自転車で通うモダンなコーチを見てこどもたちは目を輝かせるが、保守的な大人たちは目をそむけた。
バンビーニの長距離には当時可愛い4年生4人と3年生の8人がいた。練習中コーチは彼らの記録をメモした。キラキラした二十四の瞳が、コーチを見つめていた。こどもたちはコーチに亀仙人のあだ名をつけていた。
こどもたちとの毎日は充実していた。コーチとこどもたちはたくさんの練習を行い、競技場や野外での練習を楽しんだ。コーチは練習しすぎるという大人たちの冷たい視線に落ち込むこともあったが、純真なこどもたちの二十四の瞳を思い出すと元気が出るのだった。こどもたちも、決して恵まれているとはいえない背丈の中で、懸命に練習してきた。
練習は厳しくこどもたちは途中で疲れて泣き出してしまうことがあったが、のちにコーチのために強くなるというこどもたちの健気な気持ちを知り、胸を打たれたのであった。コーチはこどもたちにきつねうどんを振る舞い、みんなで記念撮影をした。
その後新型コロナは色々な変種に変わり、経済は麻痺し日本の巣ごもり主義は激しさを増し、大会は次々と中止になっていった。
そんな中ひたむきに練習を続け今年の大会で強化指定をとったメンバーの呼びかけにより、12人が集まった。会合では、ケガから塗炭の苦しみを余儀なくされた者、勉強のし過ぎで視力が悪くなった者など時代の傷を背負って育った教え子たちは、コーチを囲んで小学3,4年生のあの日皆で一緒に撮った写真を見た。
ジュースを飲みながら1人の女子が、厳しい練習についていくしか強化指定選手として生き残れなかったことを振り返り、ZARDの「負けないで」を歌った。その中で目を悪くした男の子が一人一人名前を呼びながら写真の顔を指さすが、少しずつずれていた。
コーチが「そう、そうだ、そうだ」と笑いながら肩を抱いて、歌を聞きながら涙がほほを伝うと、皆はしんとし、歌った同級生に女の子がしがみついて、むせび泣いた。
バンビーニ版「二十四の瞳」には後日談がある。
この12人の選手が2チームに分かれて駅伝チームを作ろうと言い出したのだ。皆で「伝統」というものをつくりたいという。黙食、1m以上の間隔、大声の禁止など、これでは思い出は作れない。駅伝を走りタスキを手で渡し「任せたぞ」「おお、任せておけ」の声を出してゴールして皆で肩を組んでオイオイ泣いてみたい、そんな思いからチームを作らせてくれと言ってきた。このひと月タスキを挟んでよりひとつになった。
大会当日、Aチームの走りを見ながら走っていたせいかBチームも予想以上に頑張った。そのため7位に入賞することができた。Aチームが準優勝できたのもBチームが7位に入ったのも、すれ違った際のお互いの目での応援、すなわち“二十四の瞳”があったからだ。大会が終わって、泣き笑いしながらまた皆で記念撮影をした。
12人の物語はこれで終わりだが、何十年か後に人生で困難に接した時、この駅伝のときに撮った記念撮影の写真を見て泣くことがあるかもしれない。
しかし、その時私はもういない。だから、今から言っておきたい。
「この時の努力と感動を思い出し、今の困難を乗り切りなさい。
山で道に迷ったら確信のとれるところまで戻ってまた登ることが鉄則だ。そのまま突き進むのは愚の骨頂に過ぎない。
人生で迷ったら、栄光の出発点になった駅伝の日まで戻りなさい。写真を見るだけでいい。ライバルたちと比べたら出遅れているかもしれないが、君は長い距離を得意としてきたじゃないか、まだ間に合う。頑張れ!」と。
第205回「Snow Man」(2022年11月26日)
長距離は皆で走ることで集団効果がもたらされる種目である。
佐久長聖高校、世羅高校など駅伝名門校では、これまでに成功者を多く生み出し、その環境下で練習すれば新入生もいつしか「先輩のように強くなれる」と思っている。
青山学院大では、TVで見ていた箱根の選手が合宿所で同室の場合がある。「自分にとってのスター」が身近にいるわけだが、スターがいればそのノウハウを自分のモノにするとき、成功のイメージが具体的に浮かんでくる。スターと一緒にいるだけでも刺激をもらい自分のレベルが上がることが多い。
スポーツだけでなく芸能界でもそれは言える。バナナマンはコント赤信号の、、有吉弘行はオール巨人の、井ノ原快彦は稲垣吾郎の、松平健は勝新太郎の付き人だった。
世界の長距離界を引っ張っているケニアでは、通常の練習方法は集団走がメインである。先頭の選手たちと一緒にできるだけ長く走るのが下位選手の練習方法でもある。
「いい天候で、高地で、幼少期から走っていて、同時に才能を持った人たちが集まる。才能を持った人は、すぐにその才能を試し、勝利に向けてメンタルを鍛え始める。ここにいる選手たちは、隣に常に世界クラスの選手がいる状態だ。“彼が走れれば、自分も走れる。彼が勝てれば、自分も勝てる” 。周りにたくさんの世界レベルの選手がいるということは、自分の自信に繋がるということだ」とケニアの選手は言う。
しかも、ケニア人のトレーニンググループは練習メニューのすべてが終了するまでに多くのランナーがドロップアウトするのが普通である。その後集団走から離れて速い選手のイメージを持って、自分で練習するのである。
集団走については賛否両論があるが、バンビーニではそれでこどもたちが速くなったと思っている。
通常小学生が一人で練習する場合、練習計画をつくるのは親である。コーチである親は、他人を気にすることなく距離・ペース・時間・などをこどものために自分でコントロールすることができる。また、親はこどもの性格や体調および食事などすべてを知り尽くしている理想的コーチである。
しかし、こどもが不調になったとき、血縁という強みが逆に大きな弱みになることもまた事実である。大会で不本意な結果となった場合、24時間365日選手のそばにいるコーチであるから、こどもは気が抜けない。緊張感から解放されるためには陸上をやめるしかないという極端な選択肢しか残らなくなる。
親も順調に記録を伸ばしてきたこどもの落ち込みにどう対応していいかわからなくなるであろう。結果これまでの厳しいトレーニングをまろやかなものにしてしまう。ましてや反抗期になったらさらに問題解決が難しくなってしまう。
赤の他人であるからか、その点クラブのコーチは冷めている。「やれと言ったらやれ」と突き放した言い方もできる。時にはクラブに任せるのも不調解決法の一つでもある。 たとえば気温が低く雨が降っている日は、単独走のモチベーションを高めるのは難しい。モチベーション向上に効果があるのはグループでの練習である。
ランニングクラブに加入した場合、クラブにはコーチがいるし、様々なレベルのランナーがいる。クラブに入るとルート・ペース・距離などを親が自分で計画する必要がない。煩わしい計画というプレッシャーから解放される。
また、こどもはたとえコーチに怒られても2時間たてば解放される。週2回くる子でも次回会うのは3日後だ。それだけの時間の経過があれば怒ったことも怒られたこともお互い忘れてしまう。
集団走のメリットは技術やペースについて学ぶことであり、速い選手と一緒に走れば、よりハイスピードで走るという機会となり、充実した練習となる。他者からの適度なプレッシャーによる刺激を意味する。トップアスリートたちがグループで競い合いながらトレーニングするのはこれが主な理由である。
速いこどももこれまでライバルとは思っていない子が一緒についてくるようになれば、負けずと自分のペースを上げ、相乗効果が生まれる。普通の子は一緒に走ることで、速い子の息遣い位置取りなどを肌で感じるのである。自然と相撲で言う“見取り稽古”となっている。こうして速い子を核にして皆は雪だるま式に強くなっていく。
今バンビーニでは5年生を中心にこどもたちが力を伸ばしている。長い下積みの時代を経てスターになったグループと重ね合わせて、長時間の練習で速くなっていくこどもたちを私は”Snow Man”と呼んでいる
第204回「黒い羊」(2022年11月19日)
白い羊の中にたまに黒い羊が産まれることがある。黒く色づいた羊は、群れの中で目立つ存在であり、加えて、黒い羊毛は染色できなかったため、旧来より価値の低いものだと考えられていた。このことから集団の中で好ましくないと見なされる特徴や、欠点を持つ成員に対して使われる言葉として「黒い羊」という言葉が生まれた(ウイキペディアより)。
たった40名くらいの集団(学童)でも黒い羊(異質なこども)はいる。
どのような黒い羊かというと、我々も手を焼く「感情が抑えられないこども」がまずあげられる。
自分がやりたいことができないと、ふつふつと怒りの感情が込み上げてくるのだ。大声を出し涙を流し物に当たる。困った男なのだが、怒りが爆発する前に蓋をすることはできる。私とオセロで遊んでいると強引に2年生が私を連れ出そうとする。口をまげ眉間にしわを寄せ始め、こりゃ危ないなと思った時に「ダメだ。俺がN男とやることに決めたのだ。だからあっちにいけ」といえば納得して笑顔になる。それも涙が出る寸前までが限界で、涙が出ると私でも無理だ。爆発したらしばらくは私の言葉も耳に入らず、私は爆風や熱湯を浴び続けることになる。だからこどもたちはこの子に極力近づかない。
以前会社勤めのとき部下にこういうタイプのものがいた。挨拶から仕事の取り方まで教えていたが、ずいぶん我慢していたのだろう。飲み屋で先輩が「だから、お前は入山さんに迷惑をかけるんだ」と説教をし始めた。始めは大人しく聞いていたようなので、放っておいて女の子と談笑していたら、「なにー!」と声が聞こえたので振り向いた瞬間ビール瓶を数本テーブルから振り払い床にビールをまき散らした。想像していない光景だったので「どうした?」と聞いたらその部下の目が吊り上がり下がらない。こころの状態が目尻を吊り上げ、弁慶が1人戦っているような状態で立っていた。その異常さはわかったので、気の利く女の子に彼を駅まで送らせた。翌日辞表を持って私のところに来たが、目尻はまだ吊り上がっていた。目尻が下がったのは翌々日だった。もう誰も彼のそばに寄らなくなった。辞表は私が握りつぶした。人事と相談して他の部署に配置替えをしてもらい、心機一転やり直せとアドバイスした。しかし、後年結婚もするが逃げられてしまい、その後退社した。
そんな大人にならなければいいがと願っているが、やめた男と違うのは、自分の気持ちが抑えられない反面自分の気持ちを素直に表す。学童に途中から入ってきた女の子に対して、「僕S子ちゃん大好き。学童に入ってきてうれしい」と自分が好きな子には照れずに好きだという。ただ、N男はぐいぐいいくのでS子が辟易していることに気づいていない。
次に、可哀そうだが「主張が全く通らない子」がいる。
鬼ごっこを主張しても誰も聞いてくれない。遠慮気味に小さい声でしゃべるから主張が聞こえない。鬼ごっこが終わる頃入って来て「代わり鬼がいいなあ」というがもう終わるのだからシステムを変えるのは面倒くさいと思っているので、皆は否決はしないが応えない。そうしているうちに外遊び終了の笛がなる。
たまに参加しても足が遅いので誰も捕まらない。だから最初は参加をちゅうちょする。しかし、根は好きなので入りたいが決断が遅く、参加を決めた時は終盤になっていることが多い。途中で入った者はまずは鬼になるが、彼は通常1人も捕まえられずに終了してしまう。
トランプでも「7並べ」か「ババ抜き」かを皆で決めようとしているときに、「神経衰弱」しようと言って入ってくる。どちらかというと間が悪い。自己主張の強いグループの中では難しい存在だ。ひとつも思い通りに進まない。場の雰囲気がわからず「雑踏の中の孤独」にさいなまれている。他のこどもたちは無視しても怒らない彼への対応を心地よく感じているみたいだ。
最後に「意地っ張りなこども」がいる。
意地っ張りなこどもは損をしている。先生が注意しても聞かない。素直に「ごめんなさい」が言えないのだ。注意されて愁傷な顔でもすればゆるされるのに、気に入らないと反対方向を向いてしまう。
やるなということをわざとすることもある。本を片付けろと言っているのに、2冊目を本棚から出してくる。本を取り上げてもすぐに取り返す行動に出る。そのうち先生の怒りは増してくる。はた目にも先生の心の中で怒りが爆発しているのがわかる。そのうち声も大きくなってくる。もうあとは説教ではなく自分の感情をこどもにぶつけている。腕をつかんで強引に自分に引き寄せて話を聞かせようとする。こういう子は泣きもしない。その態度に我々がいなかったらきっと頭を叩いていることだろう。感情が抑えられない。
あれ?どっかのこどもと同じだよ。
大人になると、黒い羊は落ちている白い毛を身にまとい、白い羊として存在しているようだ。
第203回「是非に及ばず」(2022年11月12日)
600mに出場したルイが1分47秒の指定記録にあと0.2秒のところで指定選手枠を取れなかった。前の選手は1分46秒89であったし、右隣の選手は同タイムであったがルイが胸を出した分写真判定でルイが勝っていた。
限界、限界と大げさに大人は言うが、所詮限界とはこの程度の差なのだ。正式タイムを聞いたときはルイの周りの電磁場が乱れ、ルイを大きく揺さぶったことであろう。世界中の不幸を一身に背負った思いであったろう。しかし、あとわずかという時間の残酷さは歴史上ルイだけではない。あと少しで天下を逃した人間とくらべれば、0秒2はたいしたことではない(奇しくも大会のあった11月6日は信長まつりが岐阜で開催されていた)。
1582年、織田信長が数名の臣下とともに本能寺に宿泊をしていた明け方のこと。信長は、明智光秀の軍に周囲を囲まれ、襲撃を受けた。側近の森蘭丸が「謀反!敵は明智光秀なり」と伝えると、その時信長が放った言葉が「是非に及ばず」だった。後世「光秀のような周到な人間の企てたことなので逃げることができない、仕方ない、あきらめた」と解釈された。
あと半年生きていれば毛利も屈服させ九州征伐も終わって天下統一ができたのに、その無念さはいかほどだっただろう。
しかも、森蘭丸に介錯をさせ自害した信長の潔さは決してまねすることができない。私ならあとわずかなのだから、なんとか逃げようと考える。縁の下に穴掘って隠れるか女中に変装して逃げようとし、結果敵に見つかり生き恥を天下に晒したことだろう。人生あきらめることも必要だ。
ルイはきっとまだイジイジしているのだろと思って、私はたくさんの励ます言葉を持ってきた。しかし、水曜日に練習に来たルイは、これまでの彼とは思えない饒舌な明るい姿に変身していた。夜空ではお月様も地球に隠れた昨日の赤暗い皆既月食から、煌々と輝く普段のお月様に戻っていた。
お母さんの話ではここ1ヶ月大会の朝まで家では無言で家族から離れていたそうだ。大会から帰って恐る恐るルイを見たら、鼻歌が出て食事中も冗談が出てお風呂では大声で歌っていたという。
ここ2ヶ月間の練習ではケガの箇所を何度も気にしていたし、私から1分9秒で400mを通過しろと言われたがそれがかなわず毎回怒られ涙がこぼれる日々が続いていた。今になって相当のプレッシャーだったのだろうなと考えるとかわいそうな気がした。大会は一度も練習中出せなかった1分9秒で400mを通過した。450m~500mで一度失速したが最後追い上げた。その結果としての0.2秒だ。見事復活と言っていいタイムなのだ。励ますたくさんの言葉は無駄になったが、吹っ切れていてくれてありがとう。
小学生の強化指定大会はもうない。潔くあきらめよう。しかし、中学生の強化指定大会はこれからたくさん待っている。練習をしっかりやりそれに向って前に進もう。12月で小6はバンビーニを卒業だが、やる気があればあと4ヶ月半お手伝いさせてもらうよ。
「是非に及ばず」の言葉にはもうひとつの解釈がある。
気がついた時にはすでに敵に囲まれ打つ手のない状況だったことから、「是非に及ばず」は信長の「仕方ない」という諦めの気持ちであることが通説とされてきた。しかし、その直後、自ら弓を持ち雑兵と戦ったことから
1. 攻めてきたのが本当に明智であるのか考えても仕方ない
2. この場で明智の襲撃の善悪を論じても仕方ない
3. 相手がだれであれ攻め込んできた以上は戦わなければ仕方がない
長く持ちこたえれば味方が駆けつけてくるかもしれない。「是非に及ばず」という言葉は、つべこべ考えず「まずは戦え」との奮励の言葉だったという解釈もできる。
光秀は信長の首を晒せば謀反を正当化できたのだが、信長は自害し火をつけ跡形もなく消えていってしまった。それは信長が光秀に対して加えた最後で最強の攻撃となった。そのため信長は生きているというフェイクニュースを秀吉に流がさせられ、光秀に味方する武将が出なかったのが、光秀最大の失敗であった。
ルイよ、今回は「是非に及ばず」(あきらめよう)だ。しかし、今後も「是非に及ばず」(つべこべいわず練習しよう)だ。この言葉を君に捧げる。
第202回「もう一つの発達曲線」(2022年11月5日)
バンビーニに入ってくるこどもの中には「全力走ができない」子がいる。それも1人だけではない。1000mのタイムトライアルをやらせてもゴール後息も切れていないし、休憩時間に鬼ごっこか何かで遊ぶ。何度もそして強く怒ってもダメだった。しかし、ある大会で3組目で出場し自分が皆を引っ張る立場となった。その時は最後まで力を抜かなかった。いや、抜けなかった。ゴール後動けなくなったが、これが全力を出し切ったということだ。それ以降練習ではゼーゼー、ハアハアと毎回うるさいくらいになった。
こどもは楽をすることを選ぶ。こどもだけでなく大人も含め人間すべてがそうかもしれない。しかし、速く走れるこどもは目標を達成するために忍耐や我慢をすることを知っている。
忍耐をしたり我慢をすることを示す「粘り強さ」は、IQや才能には無関係でかつ先天的なものではなく誰でも意識すれば得られるものだ。人生何度も失敗をして晩年大企業の社長になった人がいる。しかし、スポーツにおいては、大学生になってからこの能力(粘り強さ)が得られるとは思えない。
たとえばラグビーで成功した人間は小学生の頃から、先輩たちが血を流したり骨折をそばで見ており、ラグビーをするならば多少のリスクは仕方のないことだと自分にいいきかせてきた。高校や大学になって足が速いからとか体が大きいからだと言ってラグビーを始めても成功する確率は低い。負傷する人間を見てしりごみしたり目をそむけたりすればラグビーは強くなれない。ラグビーでは小さい時から恐怖心や過酷さに耐えないといけない。
つまり、スポーツおける粘り強さは幼児期、低学年からつけさせるべきだと思う。
人間はおおむね3歳頃になると自制心が育ち始めるので、4歳になると自分の思いを我慢して周りの状況やルールに合わせた行動ができるようになる。
そして、認知力や言語力がより発達し、目の前の状況や言葉をより深く理解できるようになる(コーチの言うことを理解できる)。未来を想像する力がつくので、自分の希望や達成したいこと(大会で優勝することなど)に向けて我慢したり、頑張って取り組んだりすることができるようになる(練習を真面目にこなす)。
だから、ものごとを判断し、想像し、自制できるようになる4歳頃から「粘り強さ」を育てるべきだ。
粘り強さがない子は練習をやらせてもすべてこなせない。バンビーニでも途中で練習をやめる子がいる。足やおなかが痛い等を理由とするが、何回も言うので無視して走らせるとそのうち「トイレ」と言い出し、何とか練習を完遂させようとしてきた私もこの言葉であきらめてしまう。
その点、小1のH男と小2のH子は絶対に手を抜かない。本数はすべてこなす。高学年が10本のところ彼らには7本にして量を調整しているが、気づくと10本すべてをやっている。
しかも、2人はお互いをライバルであると意識している。
ある日H男の調子が悪くすべてH子に抜かれた時、走りながら泣いていた。次の週はリベンジとばかり家を出る時から気合が入っていた。一方は気合が入り一方は暑さで体調不良では勝負は見えていた。今度はH子が全部負けた。予想通りH子は帰りの車の中ではボロボロだったらしい。
H男は全力走あるいは力を出し切る能力に長けていて、少しきつめのインターバルでは毎回次のような状態である。
この写真を見るとスパルタとかやらせ過ぎという非難が起こるが、このあと休憩時間が終わってまた走り始める頃には元気いっぱいスタートラインに並ぶ。私を非難する前にこの子をほめてほしい。
H子はあまり表情を変えないが、終わりという声がないかぎりやめない。通常2組で練習するが1組目が終わる頃にはもうスタート近くにいる。よく掲載する写真だが誰かがスタートラインに着くのが遅く、私のスタートの合図ができない状態になっている場面であり、「早くしてよ」と無言の催促をしている態度である。勝気はある意味努力至上主義の表れだ。
10月30日の練習では1年生のU子がずっと泣きながら走った。「辛いか?」と聞くとしゃべらないがうなづく。「じゃ、次やめていい」というが、やめない。考えてみれば、1年生と言っても2月生まれだからまだ6歳、実質幼稚園児と同じなのだ。400mのインターバルができる幼稚園児が何人いるだろうか。重要なのはタイムではない、やり遂げる心意気だ。きっとこの子なら5年生になったらどんな練習でも簡単にこなすことだろう。
さぼる子とそうでない子で根本的に違うのは、忍耐力、すなわち目的のため(強化指定選手になること)に我慢する(言われたメニューを完遂する)気持ちを持っているかどうかだ。
その粘り強さの年間発達増加量(精神的心理的な面のため数値化はできないのでイメージ)は下記のようになると思われる。
これは幼児期、低学年に持久走トレーニングをすることが正しいか否か以前の問題で、経験的に言えるスポーツにおける「もう一つの発達曲線」(「粘り強さ」の発達曲線)である。
人生における粘り強さは遭遇する困難によって生涯の間鍛えられるが、スポーツにおける粘り強さは、幼少期に身に付けなければ体力の低下とともに衰え、そしていつの日か消える。
第201回「お~い!突っ込んでよ!」(2022年10月29日)
学童でいたずらをするこどもがいると、間髪入れずお尻を叩く。外遊びのときは帽子のつばを思いっきり叩く。叩くと泣きそうになるがその時は必ずこう言う。
「叫べ、わめけ、そしてひざまずけ!ゆるしを乞うのじゃ。社会がゆるしてもこのワシがゆるさん。我は神なり、ハレルヤ!」
だいたいこういうと意味が分からないためか意地が出てくるせいか、泣かずに終わる。泣くとマネージャが飛んでくるからややこしくなる。
ある時これを聞いていた1年生のS子は
「イリ、イリはカミナリ様なの?」
「なんで?」
「だって、我は神なりといっているから」
「・・・」
外遊びの際、列の先頭にいる私の影をわざと踏む子がいる。
「ばきゃやろう、昔から『三尺下がって師の影ふまず』という言葉があるんだぞ。少しは尊敬しろ」
「なにそれ?『しのかげふまず』って、『死の影踏まず』ってこと?イリはもう死んでいるの?・・・お~い、皆!イリが死んでいるんだって」
「・・・」
こうやって突っ込んでくれると助かるのだが、こどもの場合そうでないときがある。
宿題の時間、勉強をさぼって「かいけつゾロリ」を読んでいる子に対して
「おい、しっかり勉強せぇ」
「何で勉強するの?」
「馬鹿だなぁ、そうしないと俺みたく偉くなれねえぞ」
「・・・」
(お~い!黙るなぁ、ここは突っ込め!)
バンビーニでは、こどもらにインターバルをやらせると必ず
「じゃ、コーチも走ってよ」という。
10年若ければ走ってもいいがもうそんな歳じゃない。そこで
「俺は若い時は人一倍走った。神様はその努力を知っているから『入山、もうそんなに頑張らなくていいんだよ。もうお前は十分努力したんだから。無理しなくていい』と神様がいうので、俺は走りたくても走らないんだ。もうこの歳になると神様の言うことには従わないとね。そもそも神様は・・・」
こどもたちは諦めて走り出す。
小さな女の子が「コーチは学生時代モテたの?」と聞くものだから、
「ああ、モテたよ。俺は陸上部だったから、高校のときはすごいのなんのって。うちの高校はグランドの周りにグリーンベルトがあり、そこに桜やハナミズキなどの木が10m置きに植えてあった。グランド全体では50本くらいあったかな?その1本1本に1人ずつ女の子が隠れるようにして俺を応援しているんだ」
「ふむふむ、それで」
「最初は無言で応援していたのに、自分の感情に勝てなかったんだろうな、『いりやまく~ん!』て声を出してしまった。無理ないよね、女子高生だもんね。その女の子を皮切りに皆が声を出し始めた。みんな一様に『いりやまく~ん!』って言うんだ。だから「いりやまく~ん、いりやまく~ん」って、まるでイリヤマゼミが泣いているようだった。他のクラブに迷惑がかかるので、みんなの練習の邪魔になるよと注意したら、今度は俺が走り出すとサクラの木から順番にハナミズキの木が終わるまで拍手するようになった。今から思うと球場で起こるウエーブのような感じだったな」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃ、バレンタインのチョコレートは一杯もらったの?」
「ああ、もうそれが大変だった。持ちきれないので親父に軽トラを出してもらって持ち帰ったよ。あまりにも多く入山家でも食べ切れないので近くの老人ホームにあげた」
「じゃ、ホワイトデーが大変だったんじゃないの?」
「うん、でも皆ウインクでいいというから、ウインクでお返しさせてもらったよ」
「ふ~ん。すごいね」
(お~い!ここは突っ込んでよ!)
第200回「H2O」(2022年10月22日)
10月16日の越谷カップで小学生の1000mレースを見た。バンビーニのこどもたちはすごいと思っていたが、他のクラブの小さい子もすごい。積極的に飛び出す姿も感心するし、ラストスパートもできる。この状況を見て、こどもの長距離練習の開始時期について考えてみた。
文科省の通達では小学生の長距離練習は推奨されていない。だから小学生の全国大会には長距離種目がない。たぶん、推奨すれば我々コーチが過酷な練習を課してこどもの体に障害をもたらせてしまうとの考えがあるのだろう。しかし、ケニアやエチオピアのこどもたちは小さいころから遠距離通学や遊びで走りまわっている。日本人との実力差は、1年中温暖で好天が続く気候、高地トレーニング、すぐれたコーチの存在など恵まれた環境だけでなく、ケニアのアスリートたちとスタートラインが大きく違うからではないか。本当に小学生の長距離練習は悪なのだろうか。
そんな最中いくつかのスポーツ論文を読んでいるうちに我が意を得たりという論文に出会った。大妻女子大の大澤清二教授の論文である。
この論文を長距離(持久力)にフォーカスしかつ自己流に構成しなおすと次のようなものになる。
マラソンと400m走とでは必要とされる持久力の中身が違ってくる。マラソンと聞いてイメージするのは全身持久力である。一方、400m走で必要なのは筋持久力で、筋持久力とは、大きなパワーをなるべく持続的に出し続ける力のことだ。
今回はこの2つの持久力を分析するため、文科省の新体力テストの「上体起こし」(筋持久力)と「20mシャトルラン」(全身持久力)のデータを利用した。
分析の前に、データの見方として「握力」を例に説明するが、「データの見方」は専門的になりすぎるので飛ばしても文脈に影響はない。
「データの見方」
文科省「新体力テスト」の平成11年から同21年までの「握力」の平均値から「筋力」の発達曲線を求める(握力は単純に握る力を計測しているわけではない。握力から全身に筋力がどれだけあるかという傾向が判断できる)。
トレーニングが最適な時期を筋力が最も発達する時期としておく。最も発達するとは、年間増加量が最大となる時期で動作の絶対値ではない。
グラフは座標上の横軸に年齢を、縦軸に年齢ごとの筋力の平均値をおき、これを用いて発達曲線を求める。この発達曲線を統計上の調整をし、単純な微分を行い(微分なので変化量=増加量を求めたことになり)、年間発達増加曲線として描いた。
(1)握力
筋力トレーニングは幼児や低学年でトレーニングをしても効果は薄いと思われる。筋力の発達曲線には幼児期のヤマがないから、世間で言われている「幼児期に筋力トレーニングは不要」の考えにマッチする。
(2)上体起こし
30秒間腹筋を繰り返すことで、筋肉を長く動かし続ける筋持久力が測定できる。
下記の図をみると男子の極大値は11.6歳、女子は11.1歳、
(3)20mシャトルラン
短距離の往復を走り続けることで全身の持久力を測定できる。
下記の図をみると男子の極大値は11.4歳、女子は10.5歳、
よって、持久力トレーニングの開始時期は極大値の2年くらい前からが相当と考えれば、9歳(女子は8歳)くらいから開始すべきである。残念ながら就学前のこどもは厚生労働省の管轄のためスポーツ庁(文科省)の新体力テストとの関連は追えないが、統計的には(グラフを見ると)大澤教授の言うように、7歳以前にも第1か第2の大きなヤマの存在が推測される。
これらのデータから、常識とは違い持久力トレーニングは低学年または幼児期に行うことが効果的であると考える。
そこでバンビーニの3人のこどもを継続的に追いかけデータを収集したいと思っている。1年生のH男、2年生のH子、2年生のO男は以前からデータを取ってある。特にH男は幼稚園の年中から通っているので、6年まで通ってくれれば大澤教授の仮説を証明できると信じている。H子もつきあいは幼稚園からだ。O男はグローバルな観点から興味深い。
この3人はとても速くなると思っているが、大澤教授の仮説のように練習開始時期の早期化が正しければ、彼らが6年生になった時、埼玉県のトップになっていると思われる。そうなったら、この欄で彼らの成長データを公開したい。
私は今後この3人を“H2O”トリオと呼び育成しながら、適切な長距離トレーニング開始時期はいつがいいのかを検証していきたいと思う。
第199回「禁じられた遊び」(2022年10月15日)
飛んでいる昆虫がいなくなってから、学童のこどもが、昆虫採集をしようといってきた。昨日はR子が蠅とゴキブリをつかまえて虫かごに入れた。箱を入れ替えるから虫を持ってよ、という。「嫌だな」昔からこの2種類は駆除の対象だった。こどものころ町内会で「蠅捕り大会」があった。捕まえた(生け捕りはない。すべて殺してから)数で1位から6位を争うもの。町内会のこどもたちが他人の家のトイレ(当時は汲み取り方式)の前で蠅たたきでペタンペタンと蠅をとっていた。魚屋と乾物屋には蠅トリガミがつるされていた。そこにくっついた蠅をもらったものだった。
ゴキブリは近所中木の家なので隙間から自由に出入りしていた。当時のゴキブリは図々しくも昼間も出現した。しかも大きい。蠅たたきで叩くのが失敗するとゴキブリの慌て方がおもしろく印象に残った。蠅たたきが振り落とされるまで悠々としていたのに急に体を横に2,3度小刻みに揺らしてから、すばやく体を動かし一目散に逃げる姿は滑稽でもあった。しかし、2種類とも死体は割りばしでつかんだ。こども心でも昆虫としてみておらず害虫との位置づけだ。手で持つなんてとんでもない。しかも生きている。
よって私が箱を用意してゴキブリと蠅をR子に対処させた。
そのR子が捕虫網と虫かごを持って外遊びに出かけることになった。10月も半ばになろうとするこの時期、飛んでいる昆虫がいない。R子が見つけたのはミツバチであった。捕まえたのはいいが虫かごに入れられない。仕方ないので私がミツバチを捕って虫かごに入れた。ミツバチは昆虫なので捕まえるのは平気だし、日本ミツバチはおとなしいから滅多に刺さない。皆が見に来た。その中には箱を開けるやつがいてハチが逃げた。皆は一斉に逃げ出す。
しばらくしてまたR子がミツバチを捕まえた。「おい同じミツバチじゃないの?」「たぶんそうだと思う」「じゃ、こいつは君が捕まえたのではなく飛び込み自殺だな」と全く笑いが起きないギャグを言いつつ虫かごに入れた。するとまた皆が飛んできた。ドクターX(バツ)ことK子は遅れてくるものだから、いつも逃げられた後に来る。だから、ハチが見れない。やっと3回目に(たぶん同じミツバチだと思う)虫かごに入れ学童に持ち帰ることにした。ドクターX(バツ)の報告があったようでマネージャーが日誌を持って飛んできた。
「入山先生、何捕まえたのですか?ミツバチ?え、ミツバチ捕まえてもいいんですか?こどもが刺されたらどうするのですか?ハチは捕まえてはいけません」お説教されてしまった。
ある時、鬼ごっこでくたびれたのでグーリンベルトのところで休んでいると、M子が遊ぼうと言ってやって来た。M子はすぐ膝の上に乗ってくる。事情の知らない本物の教師が見たら問題になる。だから可哀そうだが乗ろうとするM子を非情にも振り落とす。機嫌を得るためちょうど咲いていたキバナコスモスを取って「花占い」をしてあげた。「M子、いいか君の気持を占ってあげるよ。入山先生を『嫌い』、『好き』、『嫌い』・・・」と花びらを1枚ずつ取っていく。すると最後の1枚は『好き』の花びらが残る。なぜならこの花は八重咲の花だからだ。こどもはほとんどが「好き」から始めてしまう。だからコスモスのような8枚の花びらを持つ花に対して「好き」で始めると結果は「嫌い」になる。それを見ていた女の子たちが寄って来て「なに?なに?」花占いを説明したらみんながやり始めた。「〇〇君、好き、嫌い・・」結果はかわいそうなものとなる。花はキバナコスモスしかない。
しかし、小賢しいT子は「じゃ、イリのこと占うね。『嫌い』、『大嫌い』、『嫌い』・・・」最後の1枚は「大嫌い」「おい、『好き』が入っていないぞ!」と叱るが、逆に皆には大うけで、それからは占いではなく私いじりの花びらとりになってしまった。ドクターX(バツ)はいつも遅れて来るものだから、盛り上がった瞬間に立ち会えない。そのせいか輪に入らず気が付いたらマネージャーのところに行っていた。案の定マネージャーが日誌を持って鬼のような形相で飛んできた。
「入山先生、まずいよ、花を抜いて花びらをとるなんてこどもを指導する立場でよくできますね!」種がどこからか飛んできたのであろう。花壇ではなく茂みに生えていてしかもあっちこっちに咲いている。決して花壇の花をとったわけではなく、雑草を抜いた程度にしか感じていない。「ちょっと、ちょっと、たとえ雑草であったとしてもこんなにきれいなオレンジの花をよく取れますね。心痛みませんか?」「はい、すみません」
キバナコスモスの花ことばは「幼い恋心」なのだが、気が付くとこどもたちは1人もいなくなっていた。
第198回「こどもの非対称性」(2022年10月8日)
こどもには時間に対する“非対称性”がある。
学童では、いつも外遊びから帰り手を洗って17時から勉強だ。しかし、ざわざわしてなかなか始まらない。マネージャーは自発的に静かになるのを待つが、しびれを切らして「ちょっと、あんたたち、いったい何時だと思ってんのよ」と声をかけ、「じゃ、今17時05分だから17時35分までお勉強の時間にします。自由時間は17時35分からです」と説明してやっと勉強が始まる。ところが、17時32分ぐらいからこどもたちは「イリ、何時までだったけぇ?」「17時35分だよ」始める時間はなかなか順守されないが、終わる時間には厳しく3分前からカウントダウンが始まる。マネージャーが電話に出て終了宣言が出ないでいると「イリ、もう17時35分過ぎたよね。時間守ってくれないかな」とのたまう。
バンビー二でも、インターバルの休憩時間が終了する際「さ、いくぞ」と言って促すが「早い、早い、まだ3分経っていない」と腕時計を指さし文句を言う。ところが、あるこどもに対し説教をしていて3分が過ぎても誰も時間を指摘するものがいない。
これが時間に対する「こどもの非対称性」である。
非対称性で思い出すのが、生物の「対称性」だ。クラゲは回転対称、つまり、傘を上に触手を下にして漂っている状態では周囲の360度どの方向から見ても同じ形に見える。ヒトは外観に関してはほぼ左右対称、チーターもムカデも外観は同じく左右対称である。
一部例外はある。例えば、ハクセンシオマネキのオスは片方のハサミが巨大化するので、左右対称の体ではない。つまり、個体では左右の対称性が破れている。しかし、左右どちらのハサミが巨大化するかは決まっておらず、左ハサミが巨大化する個体と右ハサミが巨大化する個体が混在しており、ほぼ半々の比率だ。つまり、種のレベルでは対称性が保たれていると言える。
なぜ生物はこのように進化したのか。諸説あるが、「食べる」「逃げる」という目的のために、より速く移動するように進化した結果、「ある方向には素速く移動できる体」を獲得したという説がわかりやすい(陸上動物は頭が前であるが、人間やサルは知能が発達し直立歩行が生活に都合がいいため頭が上になった)。
体軸方向に素早く移動するためには骨格と筋肉が左右対称でなければならず、それが生物の体の見かけを左右対称にしている。
生物の対称性はある意味生物の「安定性」と言い換えてもいい。
一見すると、人間の体は左右対称に見える。しかしその中をのぞいてみると、臓器で2つあるのは肺と腎臓しかない。あとは単体だ。それも、心臓は左側に少しずれており、逆に肝臓は右半身に偏っている。人間の体の中は「非対称」なのだ。内臓までもが左右対称である必要はない。自らの移動に内臓は直接関係しないからだ。
対称性の乱れがヒトの脳を発達させた。下等動物のほとんどは、脳は左右対称で機能の差はない。ヒトは限られた大きさの脳を有効に活用するために、右脳と左脳に機能を分担させた。対称性の乱れは個体の内部では進化につながっている。
バンビーニの練習、たとえばインターバルにおいて休憩は基本ジョッグなのだが、ほとんどの選手は歩く。「歩く速度でいいがジョッグだ」と怒るがしばらくすると歩いてしまう。これが代々練習をこなすコツだとこどもたちが先輩から引き継いだ暗黙の安定性(対称性)なのだ。しかし、ある日指示通りジョッグで通す子が入ってきた。今は中学生になったK子が入ってきた時はスピードがなかったが、ジョッグではトップクラスのこどもがついていけなかった。スタート位置で足踏みしていつも他の子を待っていた。ゴールのタイムは目立つ記録ではなかったが、皆に追いつこうと努力していたから、皆は一緒の組になるのを嫌がっていた。
この子に抜かれた上にスタートで足踏みされて待たれたのではメンツがないとばかり、他の速いこどもたちも、規定タイムに対してスピードを上げてK子をつぶすか、つなぎをK子と同じ速さのジョッグで戻ることで対応しようとした。そのため今までと同じパターンで走るこどもと、対称性を壊してでもK子を引き離そうとするグループに分かれていった。
こうして対称性の乱れが生じ、それは言い換えればそれまでの秩序が崩れることであり、安定であったものがそうでなくなることである。結果的に対称性の乱れを生じさせたK子も強化指定選手になった。その上TVに出る選手にまで成長した。
ライバルのいる環境では練習方法、練習時間、指定タイムなどは常に揺らいでいる。その揺らぎに適応するには、対称性を乱して、自ら揺らぐ以外にない。
なぜなら、こどもは臆面もなく時間に対して“非対称性”になれる年代だからだ。
第197回「ドクターX」(2022年10月1日)
群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、せん妄的ナンセンスと叩くとウソ泣きのスキルだけが彼女の武器、その名をK子、またの名をドクターX(バツ)。
この子がなぜ学童に入れたのか不思議だ。学童に入るときは厳正な点数計算がある。シングルマザーかシングルファザーか(シングルマザーの方が点数が高い)、近くに親せきがいるのかいないのか、などこと細かく審査項目があり点数化される。K子の家は父親が医者で母親が看護師だから、アドバンテージのシングルではない(X)、代々の病院経営だから祖父母も近くにいるはずだ(X)。母親が出産予定でもない(X)、皆X(バツ)なのに入れたのはなぜなんだろう。公的な施設ではない民間施設だからか。待機児童がいないからか、いや41名満員で入れない子もいると聞いている。日本医師会の力が加わったからか、評価点はX(バツ)ばかりなので、まったくの謎である。よって、私はこの子をドクターX(バツ)と心の中で呼んでいる。
というのは入室に至った経緯もさることながら、その性格の悪さに戸惑っているからだ。ドクターのこどものせいかわがままに育っているようだ。
こどもだから仕方ない面があるが、常に勝負事は自分が勝つものだと思っている。私はトランプでもカルタでも真剣に勝負するから、手加減する他の大人とは違う。いつも私が勝ってしまう。神経衰弱のときは自分で開けたカードを私に見せない。「こら、それは卑怯だ」と叱る。私が彼女の後で彼女が開けたカードと同じ数字のカードを開けると前に引いた自分のカードをごちゃごちゃに並び替えてしまう。私の網膜にあった残像がこなごなに崩れ去ってしまった。「こら、それは卑怯だ」これまた叱る。仕舞には自分の引いたカードを自分の近くに置き始める。
あるとき懲りずにまた神経衰弱をしようと呼ばれたが、すでにカードは並べられていた。しかし、並び方に不自然さがある。“不自然に整頓”されている。2枚ずつ揃って並べられているような配置なのだ。しかも「今日は私からやるね」ときたものだから、「ダメだ。じゃんけんだ」と言ってじゃんけんにする。この子はいつもチョキを先に出すからグーをだして勝ったので私から先に行う。右の5番目と6番目を引いたら同じだった。これはすべてそう並んでいると確信した。インディ・ジョーンズのジョーンズ博士のような気分でカードをめくっていく。案の定1人ですべてが揃った。ドクターX(バツ)は机に顔を伏せて泣く。
こどもが泣くとマネージャーが飛んでくる。なぜ泣いたのか経緯を日誌に書かなければならないからだ。彼女は涙が自然に出るので彼女の言い分がすべて採用される。「入山先生、大人げないですよ」と決めつけられる。「いや、実は・・・」と言っても言い訳になる。きっとマネージャーはこういうだろう。「教師なのに言い訳して“いいわけ”?」だからその場ではいつも「はい、すみません」というしかない。
このような状態なので、もう私には寄り付かないだろうと思っていると翌日「遊ぼう」と又来る。「だめ、いまT男とオセロをしているから」と無下に扱う。それでも離れない。左手を机の上に置いていたから。ドクターX(バツ)が私の左手の甲を叩こうとした。運動神経も悪く振り下ろした手が私に当たるまえに私は逃げられた。しつこくやるが当たらない。今度は私の手を押さえて叩こうとした。確実に当てられると思ったのだろう、それまでの力の3倍もの強さで振り下ろした。しかし、私も力を強めて引いたので彼女が押さえていた手を振り張って逃げられた。その結果、ドクターX(バツ)は3倍の力で机を叩いた。大きな音がしたのだから痛かったのだろう。やっぱり泣いた。泣きながら「私、よく失敗するので」と言ったらおもしろいのだが・・・
泣くということは・・・やっぱり、日誌を持ってマネージャーが飛んできた。
涙が瞬時に出るが瞬時に笑顔に戻る。赤ちゃんと同じく泣くのを武器にしているため、最後はこの子に勝てない。
本物のドクターX(エックス)のシーズン8は楽しみにしているが、目の前のドクターX(バツ)のウソ泣きはもう終わりにしてほしい。
第196回「ゴールデンエイジ理論」(2022年9月24日)
スポーツ界で有名な「ゴールデンエイジ理論」を支えるのが「スキャモンの発育曲線」である。
ヒトが大人になるまで体のいろんな部分が成長していくが、脳や臓器、体重や身長などそれぞれ成長のスピードが異なる。その成長具合をグラフで示したものがスキャモンの発育曲線で、20歳時点での発育を100(%)としたとき、ヒトの部位は4つの成長パターンに分類されるとした。
一般型(身長、体重、筋肉、骨格、心臓、肺など)
神経型(脳や脊髄、視覚器などの神経系や感覚器系の臓器)
生殖型(第2次性徴に関わる臓器)
リンパ型(胸腺などのリンパ組織)
の4つでそれぞれ下記のような成長グラフとなる。
しかし、スキャモンの発育曲線は、「The Measurement of Man」(1930年)という著書のごく一部分に掲載されているにすぎない。Measurementとはいわゆる計測・計量という意味だ。彼はもともと解剖学が専門で、臓器を取り出して計量し、それをグラフ化したものが「スキャモンの発育曲線」だ。人間のプロポーションがどのように変化していくかを見たもので、スポーツ科学の立場で分析されたものではない。あくまでヒトの成長を計測・計量しただけだ。しかも1人の成長過程を追ったものではなく、多くの検体を年齢ごとに解剖し、その結果をプロットしたものなのである。
このスキャモンの発育曲線は幼児・児童教育分野において一人歩きし、「神経型」の成長パターンからゴールデンエイジ理論が生まれた。
サッカーJリーグの誕生をきっかけに日本サッカーの強化方針が決められ、その内容をまとめた「強化指導指針 1996年版」の中で紹介された理論が「ゴールデンエイジ理論」で、今では文科省の指導方針もこの理論を採用している。
この理論は、スキャモンの発育曲線のうち、後世の人が「神経型」に焦点を当て「神経の量が増えたとき(脳の大きさが発達したとき)に高度な運動学習をすれば効率がいい」と考えて使ったものだ。
量が増えることで能力が左右されるなら、全部の子どもが同じ運動能力にならなければおかしいが、実際の運動能力は個々で大きく異なる。同じ年齢でも、教えたことをすぐにできる子、全くできない子、時間をかけて練習すればできる子、そもそも指導者の言うことを理解できない子等、千差万別である。スキャモンの神経型は「質」と「量」のうち、「量」のみしか考慮していないのである。人間がすべて20歳で成長のピークが来るという前提もおかしいのだ。
発育発達には個人差があるため、年齢のみで子どもの運動能力を判断してはいけない。しかし、ドイツの運動学者マイネルが9~12歳頃の年代がスポーツの技術を習得するのにもっとも適した時期であり、他のどの年代にも見られない「即座の習得」が可能な時期としたものだから、ゴールデンエイジ理論が児童教育において都合がいい理論となった。
「即座の習得」とは、新しい運動を何度か見ただけで、すぐにその運動をおおざっぱながらこなしてしまう能力のことだ。こどもに運動をやらせるのは、「即座の習得」ができるこの時期で、運動神経のいい子が育つ、と巷のスポーツクラブは盛んに宣伝している。
しかし、この「即座の習得」には大前提がある。
マイネルによると、「即座の習得」はすべての子どもに当てはまるものではなく、「幼児から低学年までの間に豊富な運動経験を持ち、見た運動に共感する能力がすでによく発達している場合」に限られるとしている。
したがって、「即座の習得」に関する9歳から12歳までが、必ずしも運動学習最適期だとは言えないわけで、12歳を過ぎたらもうダメかというわけでもない。発育には個人差があるからだ。
大事なことはそれ以前に基礎的運動を十分に経験したかどうかなのだ。走る、跳ぶ、投げる、捕るなどの基礎的運動から身体操作性やコツのようなものを習得しなければ、「即座の習得」は望めないのである。もたもたしていると、ゴールデンエイジを経験せずに成長のラストスパートに入ってしまう。もっともほとんどの人がこういう人生を送っているのだが。
基礎的運動は実は陸上競技が近似的運動であるのだが、現状は陸上競技は専門的であり基礎的運動は体操や水泳と思う保護者も多い。ヒトは器用な身のこなして樹上で獲物を獲ることはないし、魚を泳いで獲ることもない。ヒトの動きの原点は走り跳び投げることだ。だから、ゴールデンエイジおよびプレゴールデンエイジのときに陸上競技をやることは重要だといえる。陸上競技を小学生までやれば中学生からどのスポーツにも転向できるが、サッカーや野球などからラグビーやテニスに転向するというこどもは極めて少ない。
とはいえ、陸上競技を小学生からやってきたからといって、中学になってサッカーや野球を始めてもてっぺんを極めることは難しいだろう。専門競技をやりながら陸上競技を行うことが現実的な対応といえる。
何度もこの小欄で紹介したN子は、中学2生になった今でも水泳も陸上も続け、両分野で埼玉県のトップクラスにいる。どちらに重点を置いているのかと質問をしたが、微笑み返しをするのみである。また、指導に人一倍苦労しているが、バンビーニに在籍しているキムラエイジはその名のごとく、「金(キム)等(ラ)エイジ」=「ゴールデンエイジ」がいつ来るか楽しみの一人である。
*参考文献
1.「クリエイティブサッカー・コーチング」(小野剛:元JFA技術委員)
2.「スポーツ指導の常識「ゴールデンエイジ理論」を疑え」(小俣よしのぶ:育成システムアドバイザー)
3.「JFAキッズハンドブック」(日本サッカー協会)
第195回「場面緘黙(かんもく)」(2022年9月17日)
「場面緘黙(かんもく)」とは、家などではごく普通に話すことができるのに、例えば学校のような「特定の状況」では、1か月以上声を出して話すことができないことが続く状態をいう。典型的には、「家ではおしゃべりで、家族とのコミュニケーションは全く問題ないのに、家族以外や学校で全く話せないことが続く」状態のこと。この症状のために、本来持っている様々な能力を、人前で十分に発揮することができにくくなる。人見知りや恥ずかしがりとの違いは、「そこで話せない症状が何か月、何年と長く続くこと」「リラックスできる場面でも話せないことが続くこと」だ。
学童ではそれらしきこどもが、2人いる。おとなしいタイプなので、気づかないことが多い。4月1日入室以来しゃべったことがないので、名前が覚えられない。気づけば1人本を読んでいる。外では花を見たり砂遊びをしている。
バンビーニも1年半前までは「沈黙のクラブ」であった。場面緘黙の集団なのかと勝手に想像してしまった。しかし、第119回「お地蔵さまがしゃべった」(2021年4月4日)で書いたように、ほとんど声を聞いていなかった女の子たちが何かの拍子に突然しゃべりだしたのである。一度しゃべり始めると今度は止まらない。トラックは動き出すのは大変だが一度動き出すとこんどは止めるのが難しい。
とは言うもの、ほとんど声を聞いたことがない男子がまだ何人かいる。他のこれまた声を聞いたことのないこどもとは仲がいい。鬼ごっこもする。だから、彼らはテレパシーでコミュニケーションを図っているのかもしれないが、厳密な意味での場面緘黙ではないと思われる。
それは、ここでの目的が「強化指定選手になること」であり、他の目的はない。そこに向かって仲間意識が出ているし、練習時間は2時間余だからいじめもない。騒々しい子が皆を和ませてもいる。
よくクラブ活動でみんなの前で話をさせるコーチがいるが、気持ちはわかる(皆の前で話す度胸と考えをまとめる能力を養う)が、かえって状況を悪くする場合がある。話さないことを責めないことだ。特に、不安が高すぎる場面で発話を強要しないこと、みんなの前で「どうやったら速く走れるか言ってみろ」なんてことは最悪の質問となる。答えが返ってこなくても、適度の間をおいて他の子に振ってあげることだ。相手は小さな小さな小学生なのだから。
もっとも無言のアピールができるのがスポーツである。サッカーや野球のようにスポーツは外国語を話せなくとも何億円と稼げる。だから場面緘黙でも人生はやっていける。そのうち通訳をつけながらゆっくり現地の言葉を覚えればいい。
余計な話になるが、秋田の人は東京に来るとあまり積極的には話さない。訛を笑われるのではないかと推測できるからだ。ところが英語ができる秋田県民は外国のお客さんが来るととたんに雄弁に話す。英語に訛は無関係だと確信しているから伸び伸びと話をしている。要するに、場面緘黙は話をすることを苦痛とさせないことが一番の解決策なのだ。
最近私はインターバルトレーニングのとき、自分でストップウオッチを見てタイムを記載せずに、大声でタイムを読み上げ選手にタイムを覚えさせ、本人から聞いて書くことにしている。こどもにタイムを自覚させること、こどもに発言させることの一石二鳥だと考えた。
いいアイデアと思ったが、ここで問題が生じた。私の耳が遠くこどもの声が聞こえない。27秒が28秒に、33秒が36秒に聞こえる。悪いことにほとんどが遅いタイムに聞こえるのだ。かつ確認するまで何回も聞き返すものだから、こどもが嫌な顔をする。自分が聞き直すとみんながなんと思うだろう、「やっぱり年寄りは耳が遠い」など、自分の体の衰えをこどもに見透かされているような気がする。そんな不安の中、聞き返さない方が不安レベルは下がるので、段々聞き返さずその時私が理解したタイムを書くようになった。
困ったぞ、このままだと私が「場面緘黙」になってしまう。
第194回「こどもレストラン」(2022年9月10日)
学童の遊びの時間、新装オープンしたというレストランに呼ばれた。ドーナツやピザなどが置いてあった。
「いらっしゃいませ。何がいいですか」
「すみません、お金持っていないのですが・・」
「それは困りますね。では『いつもニコニコ現金払い貸付』を利用して2000円をお貸しします。次回お返しください」
「はい」
「あらためてお聞きします。何がいいですか」
「では、ドーナツをください」
「はい、揚げますか、揚げませんか」
「揚げないドーナツってあるのですか」
「はい」
「でも、揚げてください」
「はい、なぜか皆さん、そのように希望します。わかりました。ここで食べますか、お持ち帰りですか」
「どちらが安いですか」
「お客様、そりゃ、お持ち帰りですよ」
「じゃ、持ち帰りで」
「はい、できました」
「えっ、お皿に盛ってありますが」
「サービスです」
「へぇ、おいくらですか」
「200円です」
「はい、200円」
「毎度ありがとうございます。お客様、おつり100円です」
「えっ、ちょっと、お姉さん。だったら最初から100円にしたらいいじゃないですか」
「いや、おつりを渡した方がお客様は喜ぶでしょう」
「そう言われれば、そうだが」
「お客様、他のものはここで食べて行ってよ。なんでもあるからさ」
「うん、何があるの?」
「ピザ、チーズ、ジュース、トマト、キノコなどです」
「おすすめは何ですか?」
「キノコのジュースがおすすめです」
「キノコのジュース?まずそうだな」
「ところがどっこい、これがまた驚くようなうまさなんですよ。昔の人がよく言う『ほっぺたが落ちる』というものですね」
「じゃ、それください」
「はい、どうぞ召し上がれ」
「うん」ゴクゴクと飲んだ(振りをする)。「微妙な味だな。いくらですか?」
「200円です」
「はい、200円」
「ありがとうございます。ではおつり100円です」
「これもおつりがあるの?でも私はビールの方がよかったなあ。でもここはないんだよね、ドーナツ屋だもんね」
「ありますよ」
「え、あるの?じゃそれください。ついでになにかつまみあります?さすが、ここはつまみは作ってないよね。たとえばイカリングなんか」
「ありますよ」
「じゃ、それください」
「では少々お待ちください」ドーナッツを揚げたキッチンにイカみたいのを入れた。
「え、ドーナツと同じ油ですか」
「はい、お客様が喜ぶと思ってのサービスです」
「おいくらですか」
「300円です」
「はい、では100円」
「ちょっと、お客様、当店のルールはお守りください。お金は定価でいただきます。頂いた後にお釣りを差し上げます。そうしないとありがたみがないでしょ」
「そりゃそうだ。納得。じゃ、締めにカレーライスが食べたいが、ドーナツ屋さんにカレーはないよね」
「ありますよ」
「すごいね、ここは何でもあるんだね。じゃ、何でもあるならつまみに”秋田のいぶりがっこ”をください」
「お客様、うちはレストランですよ。なんでもありますが、“学校”は売ってませんよ」
「・・・・」
「はい、カレーが出来上がりました。当店のカレーはライスにゾンビになる成分が、ルーの方に普通の人間に戻る成分が入っています」
「いやだな、俺がゾンビになるの?」
「はい、みなさんそうしてます」
「心配なら先にルーを食べ次にライスを食べればゾンビになっている時間が制限できますよ。ライスはすぐ効きますが、ルーは効く時間を遅くしています。その間楽しんでください」
「でも、ゾンビは夜だよね」
「はい、それまではシルバニアのホテルに泊まっていただきます。ちょっと高いですが3000円です」
「あの、全部で2000円お借りしていて、いくつか食べたので1500円しかありません」
「わかりました。『いつもニコニコ現金払い貸付』は上限が2000円までですので、では、何かカードをお持ちですか」
「えーと、これしかないんですが」財布からヨーカドーのナナコカードを渡した。
レジでカードを通し
「はい、おつり2900円です」
「え、カード払いでお釣りが出るんですか」
「当然です。こどもレストランはお客様の笑顔が“利益”になりますので」
第193回「ピンポンダッシュ」(2022年9月3日)
バンビーニではA男が異次元の走りをする。他のクラブの選手にとってA男は自分たちとは違う人種に見えるだろう。若干修験僧のような雰囲気があるので気軽に声をかけにくいだろうが、それでも大会に出ると必ず話しかけられる。A男には「強い子は有名税がかかる。話しかけられたら丁寧に応対しなさい。話しかけるのに意を決して声をかける子もいる。その子に対する礼儀だ」と言ってある。
白鳥は湖面を優雅に泳いでいるが、水の中では足を懸命に動かし続けている。優雅さしか見えていない人間は、白鳥の見えないところの努力を知らない。
バンビーニでは昨年までA男と同じくらいのレベルだった子がたくさんいる。しかしA男は記録もさることながら真面目な練習態度や人への思いやりが周りのこどもとは大きく違う。だからバンビーニのこどもたちは大会で声をかけてくれたこどもとは違った見方をしている。大会で声をかける子は、いつの日か自分がA男を抜けると思っている。しかし、練習を一緒に行っているこどもたちはA男に追いつき追い越せは相当の苦労が伴うことを肌で知っている。体力面ではなんとかなっても精神面で勝てないことを自覚している。
私はその子たちには「ひたすらついていきなさい」とだけいう。インターバルの10本の練習のうち1本でもいいからA男に勝ちなさい、勝ったら次は2本勝ちなさい、そうすればいつの日か奇跡は起こるかもしれないと言い続けている。何度でもいうが、レースでも前半から飛ばさなければ奇跡は起きない。強化指定選手選考はタイムなのだから、後半上げていく走法では自分の殻を破れない。マラソンを見ていて35km地点で日本記録より20秒遅かったら日本記録はほとんど期待できない。
A男と一緒に練習できるのだから幸せだ。なぜ青山学院が強くなったのかをよく考えてほしい。優勝するまで苦労は多かっただろうが、一度優勝すると多くの優秀な高校生があこがれの先輩を慕って青山学院に入って来る。その学生らが競い合い皆で一緒に強くなったのだ。スポーツは優秀な選手のいるところに磁石のように生徒や学生が集まってくる。強い選手の後ろ姿をそばで見続けるだけで速くなるからだ。
最近体験に来ても会員になってくれるこどもはほとんどいない。昔は体験メニューがあったが、変に気を使ってもとすぐ現場に入れて皆と同じ実践体験をさせるが、練習の半分もいかないうちに息苦しくなったり足が痛い頭が痛いと言って二度と戻ってこない。もちろん、その後連絡もない。もう会員の数以上のこどもたちがバンビーニの門のブザーを押し「ピンポンダシュ」的に去って行ってしまった。
バンビーニの長距離は中学生のN子、短距離では中学生になったD男の存在が大きい。彼らは速いが練習で手を抜いたことはない。だから強くなるためには練習をシナケレバナラナイということが後輩のこども達にもわかる。特に長距離は一定以上の練習量が必要だ。
問題はそれをどうやって小学生にやらせるのかが難しいのだ。バンビーニを立ち上げた頃は保護者が苦しいと見るとこどもを勝手に引き上げさせてしまった。折角作ったインターバルのメニューが3本で終わってしまった。
その時の無念さに比べると、今はやりがいがある。一番にスタートラインに着いて「早く出してよ」と無言で訴えるH子もいれば、スタートラインに着くまではグチャグチャ言うK男も一度ゴーと言ったら走り出す。時々カチンとくることもあるが悪態をついても走り続ける子は可愛い。誰か1人でも走らない者が出たらこの環境は崩壊してしまう。
いいかげんに走っている子には練習中聞き捨てならない言葉をあびせることがある。トラックを無配慮に横切ればロシア兵に対するウクライナ人の罵声と同じようになじる。でもそれはその子のためだ。今は我慢してほしい。
幸いにも私の心配をよそに、それでも練習はやめないし、次回も笑顔で来る。
かたやピンポンダシュする子が多い中、苦しい練習を続けているこの子らには強化指定選手に挑戦できる力を是非与えたい。それが私を信じてここまでついてきたこどもたちへの恩返しだ。
「ピンポーン!」
また、誰か来たみたいだ。
第192回「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」(2022年8月27日)
学童での遊びではとんでもないことが起きることがある。
ババ抜きを2人だけでやろうという。家内も同じことを言うが家内とは馬鹿馬鹿しくてやらない。大勢でやった方が楽しいと思っているが、コロナ禍でもあり、密集を避けるという意味で学童では2人でもやることにしている。ところがある日カードを配っているうちにこどもがニヤニヤしてきた。私が配っているうちに同じ数字のカードが揃っているようでどんどん持ち札が少なくなっている。背中にカードを隠しているが満面の笑み。感情を抑えることができないようで「早くやろう」と言ってきた。それはそうだろう、最初にカードを取るのは私だと一方的に決めてきたのだから。
ところがカードを配り終えて私のカードを2枚の同じ数字にあわせて場に捨てていくとなんと私のカードはなくってしまった。つまり、背中にあるこどものカードは1枚、すなわちババは私に引かれることもなくゲームは終わってしまった。これまでのババ抜きの歴史で初めての出来事だ(2人でやるのは最近だが・・・)。
私は教育者としては不適切な人間だと思う。満面の笑みがこぼれ、体が動き出し「やった!やったと!」とこどもを刺激する。K子だったら泣き出してしまうところだ。Y男だったので肩を落としてトランプを片付けるだけで済んだ。
オセロでも珍事があった。
こどもは自分の色が多くなる打ち方をするので時々起こるのだが、自分の駒(白)を置くことができない場面がある。一般的ルールはパスなのだがここではアウトにしている。終盤に起こるがまれに前半に起こることもある。
(白の番だがはさむ黒がない)
(黒の番だがはさむ白がない)
オセロは四隅を取ることが肝要だが、こどもはたくさんの駒を自分の色に変えることを好み四隅にこだわらないため、負けることはない。「わあ、E男は強いなあ」というと鼻高々になる。その時を狙って反撃し1,2分で形勢が逆転する。
ある時四隅を取る前に珍事が起きた。なんと9手目でこどもの駒(白)が全滅してしまった。いわゆるパーフェクトである。パーフェクトは難しいので(私は初めて)、記念に携帯で写真を撮ろうとしたらE男が盤をひっくり返してしまった。今ではどういう手順でそうなったのか思い出せない。
(黒を置くとすべてが黒になる)
野球をしたいというR子とボール投げをしたが、ボールを顔で受けてしまう。「ボールは手で取るんだよ」といって取り方を示すが、手の動きが遅い。手を出す前に顔に当たってしまう。ボールが柔らかいせいなのか顔に当たるまで逃げもしない。まともに当たる。瞬きもしないのだからすごいのかどんくさいのかわからない。
増やし鬼で最初に手をつないで鬼ごっこをしていたS子とM子のペアが私を追いかけて来た。2人はほぼほぼ一緒の速度なのでうまく立ち回っていたが、S子が転びそうになった。S子はM子を利用して転ばなかったが、利用されたM子はその反動で転んでしまった。見ていてわざと転ばしたのではなく偶然だった。でも、こどもの世界には自分が友達に利用されてもわからない子は多いと思う。
飽きっぽいのはこどもの性(さが)である。上記のこども達は同じ遊びを15分続けることはできない。遊ぶ時間は多かったが遊ぶ種類が少なかった時代に育った私は、何日も何日も休み時間ごとに「馬飛び」や「駆逐水雷」など同じ遊びを繰り返していた。
(馬飛び=馬跳びとも書く)
(駆逐水雷=艦長だけ1人あとの水雷・駆逐の人数は作戦によって自由)
ここでは、昨日オセロをしつこくせがんだこどもは今日はオセロには全く興味を示さずカルタをしようという。さすがカルタは2人ではできないだろうと問いかけるが、こどもは自分が取り手と読み手の二刀流でカルタをするから大丈夫であるという。何が大丈夫なのか聞きたいところだ。読む前に黙読している。その札がどこにあるかを確認した後、読み出す。最初の一言で取らないと取られてしまうが、目で追っているのでおおよその位置はわかるので慣れればさほど難しくはない。私はここでも全力疾走だ。同時でも譲らない、じゃんけんだ。
私が教えることができるのは勝負の厳しさとルールを守ること、うれしかったらうれしいと表現できること、くやしかったら負けないこと。
オランダの歴史学者ホイジンガは、人間とは「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」のことであり、遊びは文化に先行し人類が育んだあらゆる文化はすべて遊びの中から生まれた。つまり、遊びこそが人間活動の本質であるといっている。
第191回「ヒーローズ」(2022年8月20日)
オリンピックでは出る杭は打たれるではないが、あまりにも強いと選手はあらぬ疑いをかけられることになる。女性なら「男性じゃないか」とか、男性なら「薬をやっているのではないか」とか羨望と裏腹のやっかみから魔女狩りが始まる。
男性アスリートが女性アスリートを装って不当な優位性を持つという恐れから、オリンピックでは、「医師団の前を全裸で歩く」よう女性アスリートは求められた。これが女性にとって侮辱的な扱いであることから、その後染色体検査となり、後にテストステロン値の検査となった。
衝撃的なニュースが1980年の暮れに世界中を駆け巡った。1932年ロサンゼルス大会女子100mで金メダルを取った女性スプリンターステラ・ウオルシュ選手が買い物に出かけた際、運悪く暴漢に遭遇して射殺され、事件後の死体解剖によって彼女が卵巣と精巣の両方を有することが判明したからである。彼女は両性具有(インターセックス)だった。そして、彼女がスプリンターとして成功したのは精巣からのアナボリックステロイドの分泌によるものであったとみなされた(Denny, 2008より)。
旧東ドイツや旧ソ連では国を挙げてのドーピングが問題になった。分析などまだ初歩的な段階であったため、多くの選手が逃げ切った。1988年カナダ国籍のベン・ジョンソンが「筋肉の塊」といわれて世界記録でカール・ルイスを破ってソウルオリンピックで優勝した。しかし、その後の検査でステロイド系のドービングの陽性反応が出てメダルははく奪されたのである。
一方、フィンランドのノルディックスキー選手のE.マンティランタはインスブルック冬季五輪やワールドカップなどの国際大会で数多くのメダルを獲得するなど華々しい戦歴の持ち主であった。余りにも超人的な身体能力を持っていたことから、1968年のグルノーブル冬季五輪ではドーピングの疑惑がかけられた。
ところが、大会医療チームによる徹底した医科学的検査がおこなわれ、血液中のヘモグロビン(Hb)やエリスロポエチン(造血因子)が他の選手に比べ約1.5倍濃度が高く、それがドーピングによるものではなく彼自身の特異な生理機能によるものであることが判明した(P.Nouvel2011より)。
2009年世界陸上ベルリン大会の女子800mで2位を2秒近く引き離して金メダルに輝いた南アフリカ共和国の女子陸上選手キャスター・セメンヤ(1981年生まれ)も男性に多いホルモンであるテストロン値が生まれつき高い女性であった。そのため世界陸連では400m~1マイルに出る場合テストステロン値を下げる薬を飲むことを条件と課した。
世界のトップ選手は、このように天から授かった身体の超人的特殊能力に加えて誕生後の厳しいトレーニングが加わることで、夢のような大記録を樹立するものが出る可能性がある。
筋肉増強ホルモンであるテストステロイドは主に精巣でつくられるホルモンであり(女性は卵巣から若干分泌される)、これが人一倍の量があれば、トレーニング次第で筋肉は人一倍増加する。体内で生成される“持って生まれた身体的特徴”まで制限を加えたら逆の意味で差別であろう。
普通の人間の内在的能力での陸上競技の記録向上は確実に極限に近づいていると思われる。であるならば、スポーツ特に陸上に限ってはこのエスパー(超人的特殊能力を持つもの)の出現を期待するしかない。国連世界人口推計によると1986年50億人だった世界人口が2022年80億人、2058年に100億人になるという。この増加数の中に何人かのエスパーが確率的に生まれてくる。
そのエスパーを見つけ出すことが陸上の世界記録更新につながると思われる。日本陸連が彼らを集めてトレーニングをしたら・・・まるでアメリカドラマの「HEROES(ヒーローズ)」を見ているようだ。しかし、「狭き門」(新約聖書のマタイ福音書第7章第13節)ではないが、「これを見出すもの少なし」であることも事実である。
バンビーニにいる小さな巨人A男が秋の大会で驚異的な記録を出せると思われる。彼はもしかするとエスパーかもしれない。大人の辛抱強さ、練習を真面目にしなければならないという克己主義を持つこどもは普通のこどもではない。まるで名探偵コナンみたいだ。小学生のスポーツで秀でるのは決して肉体の強さだけではない。精神的・心理的な強さが必要だからだ。
*)「エスパー(特異な選手)」
エスパーとはextrasensory perception(超能力)の頭文字ESPに、行為者を表す英語の接尾辞erを付けたもの》人間の知覚以外の力、テレパシー・テレキネシス・テレポーテーションなど、常人にはない力をもつ人間。超能力者。(Weblio辞書より)
第190回「都合のいい存在」(2022年8月13日)
「学園ドラマ」は若い先生が1人で学園の問題点を解決している。しかし、何十人もの生徒、児童を相手にしている現場ではそう簡単にシナリオ通りにはいかないのである。
1人で活躍することは、教育側から進んでこどもたちに踏み込まなければならない。それでは時間が足りないし、見逃してしまうこどももでてくる。児童問題の対処法は、問題点や悩み事があるこども達が、病院のように自分で教育側に来てもらう環境をつくることにある。
学校の職員がすべて他校から来た学年主任ばかりだったら、1人、1人に問題解決能力はあるだろうが校風として管理学園となってしまうだろう。問題児でなければ腰を上げないなら、結果的に多くの普通のこどもたちを置き去りにしてしまう。
いつもは問題ないのに何か事件があると、極端に意地を張り、教師の指摘に対して頑固なほど背を向ける子もいる。自分をコントロールすることができない領域まで追いやられると潜在的なもう一人の自分が現れる。こういう子は決して少なくない。
ただし、そういう子は学年主任の先生方の前ではもう一人の自分を出現させないと思われる。身構えている。だから学年主任クラスの先生たちは問題児のみ管理すれば学校は平穏無事であると思う。問題児はマグロのように大きく強く速く泳ぐ。だから大間の漁師のように気合が入るが、アジやイワシのような魚は目に入らないのだ。
だからといって決して大げさな教育システムを叫んでいるわけではない。問題解決の主役は必要だが脇役の教育者も必要だということだ。まずはこどもたちが気楽に話しかけられる環境をつくるべきだと思う。
学童ではハゲの私、学校ではおデブちゃんのN先生にこどもが寄ってくる。これはどの集団でもこどもが慣れてくるとよくみられる現象である。ハゲとデブはまだ差別用語になっていないようだが、そのうちなるかもしれないので今のうちに書いておきたい。
ハゲに対してこどもは「ハゲツルピッカン」とか「ツンツルテン」など異なる言い回しをする。「俺はハゲじゃない、毛が少し残っているので坊主だ」というと、百人一首を出してきて「坊主はハゲだ」と彼らなりの証拠を持ってくる。なるほどこれが根拠か、それ以後「坊主だ」の主張は取り下げた。
彼らの友達にもいわゆる坊主はいるが、頭が黒く見えるため髪を極端に短く刈ったものと考える。私の場合は散髪の直後は肌色に見えるから髪がなくなったと考える。友達に髪がなくなったものはいない。だから異様に思える。触ってみたい衝動に駆られるようだ。座っていると必ずこどもは頭を触っていく。「俺はとげぬき地蔵じゃない」と怒るが懲りない。
つまり私はこどもたちの集団にはない個体なのである。
一方おデブちゃんについては肥満児はいるがその子に「デブ」とは言わない。通常動作は鈍いが、背の高さはほとんど同じである。ところがN先生は体が大きくかつ身軽に動ける先生である。だからこどもは畏敬の目で見る。つまりN先生もこどもたちの集団にはいない個体なのである。
少し近づいてみてみたい衝動に駆られる。余談だが大人でも「おデブちゃんと東北弁」は人を油断させる。
2人は人寄せパンダである。こどもたちも一緒に遊ぶと本音が出る。「私ね。K男が好きなの、でもねK男は私と遊んでくれない」とか「パパとママが喧嘩してパパ出ていっちゃた」「僕のパパコロナになっちゃった。でもパパは自分の部屋にいるので濃厚接触者にならないんだって、とお母さんが言っていた。だから僕来ちゃった」
こどもは上手に聞けば、隠し事はほとんどしない。いやできないのだ。だから、問題点を把握しやすい。
ただし、こどもは学童ではマネージャー、学校では教頭に対しては身構える反面、自分の主張を通すときは彼らに話をする。酷暑の中、外遊びをするかどうかは私には聞かない。必ず決断権限のあるマネージャーに聞く。N先生も自分の担当学年以外の児童には遠慮があるためか即断しない場合がある。その時こどもは教頭に訴える。
つまりこどもはしたたかであり、私もN先生もこどもたちにとって都合のいい存在にしか過ぎないのである。しかし、それでも「沈黙の集団」にさせるより「かまびすしい集団」にさせることの方が重要であると2人は考えている。
この学童は校内にあるのでN先生は毎日のようにやってくる。2人がアイコンタクトするとき、「芋洗坂係長のような歌って踊れるデブ」になれと密かに私はエールを送っている。N先生も私に対して「ユル・ブリンナーのようなかっこいいハゲ」になれとエールを送っているような気がする。
第189回「The Sixth Sense」(2022年8月6日)
私はかつては、威厳があった。家でこどもらがテレビでの言葉がわからなければ私に聞いて納得した。それがたとえ口から出まかせであったとしても。しかし、最近は質問に答えてもスマホで確認する。答えが違うと「違うじゃない」とスマホを見せる。じゃ、聞くな、最初からスマホを見ろ、と言いたいところだが・・・私も時々ウイキペディアで調べている。
先日バンビーニで足が痛いというのでテーピングをしてあげたら、横からおせっかいなK子が「違うよ、そうじゃないよ。ユーチューブではそうしてないよ」とスマホで動画を見せられた。「コーチの若いころはこうだった」と押し返したが、周りはほとんど疑いの目で覆い尽くされていた。
最近は科学的情報が溢れ、便利になっている。私も天候によって練習ができるかどうかは「雨雲レーダー」に頼っている。雨雲が練習時間に練習場に来る予報であれば中止としている。現在大雨でも2時間後雨雲が移動する予報であれば中止にしない。昔であれば、勘で決めた結果雨中の練習となってしまったら「大会は雨でもやるので、今日はこのままやります」と言い訳したり、練習中の雷鳴を「年取ったのかな、雷鳴が聞こえない」ととぼけたりすることが時々あったが、今ではほとんどない。
科学が発達して、人間が兼ね備えた五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)に頼ることが生活において少なくなった。
動物は獲物を追いかけたり、敵から逃げる術を匂いで行っている。ヒトの世界では職場や家庭で体臭、加齢臭、等のさまざまな匂いが消臭剤等で消され芳香剤で人工の匂いに置き換えられている。がっちりとした体格の青年が甘ったるいブルガリの匂いでは・・・スポーツマンは汗臭いほうがいい。
またかつてヒトは、食べられるか否かを視覚や嗅覚で見分けていた。こどもの頃、家の隣がパン屋だったので時々夜の8時ごろパンをもらった。どうせ捨てるのだから、と言われてもその意味を深く考えずにありがたいと思っていた入山家だった。ただし、親父の“鼻の検閲”がないと食べれられなかった。パンの匂いを嗅いだ親父の判断でOKなら食べられた。冷蔵技術が貧弱だった頃だったので、サンドイッチ系は少々異臭があった。アンパン系は無検査でOKであった。
今は、匂いがなくても賞味期限を見て食品の良し悪しを判別する主婦が多い。決して鼻で判断はしない。
このように科学やテクノロジーの進歩に伴って五感で判断する機会が少なくなる一方で、スポーツや芸術の世界では長年究極の美や技術を追求し感性を研ぎ澄ましてきた者の中に、超人の域に達している者が少なくない。
スポーツの世界では、特にテニスの選手は8角形状のラケットグリップの感触を手で確かめることで、ラケットの面の方向性を記憶しラケットを手の一部のように操れる。また、小学生でも1000mで強化指定の選手に選ばれるこどもは、練習中のインターバルで400m75秒±0.5秒で10本揃えてくることができる。
これらのスポーツ選手にみられる超一流の感性は、試行錯誤を何度も何度も繰り返すことによって本能として身体に刷り込まれている。ヒトの高度な感性の質はこれまでにどれだけ五感を使ったかによって決まるのである。
具体的な例として、陸上の100m走では“五感”が次のように使われている。
「オン・ユア・マーク」で手をついた瞬間、タータントラックのラバーの匂い(嗅覚)がし、乾いた喉を湿らせる唾液(味覚)が口の中に広がり、それに続く「セット」「バン(ピストルの音)」この間合いはスターターが変わらなければ予選から同じ間隔であり、“本日の間合い”を会得して0.01秒の誤差もなしに順応している(聴覚)。スタートして15mは顔を上げないがライバルの足の運びは見える(視覚)。顔をあげればゴールまで何メートルかが目で判別できる(視覚)。顔に当たる風の強さで自分の調子がいいか悪いかを判断する(触覚)。
ゴール間際相手より胸を出して差し切らなければならないが、早く胸を出せばスピードは落ちる。どのタイミングで胸を突き出すか、最後は「第六感(シックス・センス)」となる。
第188回“The Sun Also Rises.”(2022年7月30日)
大会の日、両親はワクワクして出かけていると思う。今日は、強化指定記録を破ってくれるか、そうでなくともベスト記録を出してくれるか、いやいや、そういった走りができなくても、一生懸命に打ち込んでいる様子を見せてほしい、両親は期待で一杯になっているはずだ。
脳は心地良い刺激があると、それを再度求める機能がある。たとえば「自己記録を破った時」、その満足感が「期待以上だった時」、同じような心地良さを再度求めようとすると、想像するだけでも、人は快感を得ることができる。これは脳科学では“脳の報酬系回路(神経)”の働きだという。親も我が子と同じように報酬系回路が作動するが、実際に走るこどもとは違って、時によいことが起こらなかったとき、悪いことが起こってしまったときには、期待の度合いに比例した“落胆”を味わうことになる。
親の期待に反して、子どもが最後の直線で抜かれたり、消極的な走りをしたりするとがっかりしてしまう。私が大リーガーの大谷選手を応援するようにいい時しかいいところしか観ない(ビデオ)応援の仕方はできないであろう。自分のこどもだから、送り迎えも兼ねるので、観戦しないわけにはいかない。
ここで危険なのは、親が自分の期待通りにこどもは走るものだと考えたときである。
こどもの成長やスポーツする楽しみを脇に置き、こどもの走りを通して自分が快感を得たいという気持ちがあるかないかをまずはチェックしてほしい。さらに、こどもが速ければ自分も他の親から尊敬されるから、自分の存在を子どもの走りに重ねていないかを自問自答してほしい。
期待通りのことが起こらなかったときには期待が大きい分がっかりする。自分のなかでその感情を処理できればよいが、その不満を子どもにぶつける、ということも起こり得る。
罵倒したり殴ったりしなくとも、帰りの夕食が前回は「ステーキのどん」だったのが今日は「吉野家」の牛丼になったら、こどもはお父さんは怒っていると思う。前は雄弁だったのに今回は寡黙であるのは、お父さんは今日の成績に不満である、と敏感なこどもにはわかってしまう。
感情コントロールが下手な父親は寝るまで不機嫌だ。こどもは親から逃げることができない。こどもにとっては、レースが終わってから寝るまでの10時間余の沈黙のミーティングが続くことになる。
親にとって実際の報酬の量が少なかったときは、次の機会からそれを少なく見積もるようになる。期待が裏切られる苦痛を人は繰り返したくないからだ。だから、今まで「お前は私の生きがいだ」と言っていたのに「頑張れよ」くらいのテンションに下げてくる。そして、そのうち何も言わなくなる。
負けた時(ベスト記録が出なかったとき)、こどもはわざと遅く走ったのではないのだから、叱咤激励の言葉より“The Sun Also Rises.”(日はまた昇る)の言葉をかけてあげるべきだ。小学生のスランプは、あってもごくわずかな時間だけだ。大会当日雨なら「やまない雨はない」でもいい。こどもが二度と走らないと言ったら困るのはあなただ。
なぜなら、これまでこどもが大会に出るまでは、あなたは何の感情のさざなみもひとつの小さな楽しみもなかったのだから。
第187回「高慢と偏見」(2022年7月23日)
社会人でラグビー部の監督をしていたころ、有名大学のラグビー部員を数人入社させようとしたが、その時決まって言う学生の言葉は「体力だけは他人に負けません」という。「それ以外は劣っているのか」と指摘して、人事部への面接指導をしたことがある。
昔スポーツ選手は“頭の鈍い腕力の獣である”とみなしてきたが、サン・ホセ州立大学での総合心理テストの結果は、「主要なスポーツのチャンピオンたちはすべての質問項目で高い順応性を持ち、機知に富み、物事に精力的に取り組み、自らの行為に対して責任を持って対応する能力があり、特に優れたスポーツ選手は高い記憶力、頭脳明晰な判断力、集中力とその持続性、創造力等に優れ、知的能力と感情コントロール能力にも長けていた」ことを示した(マーフィー&ホワイト共著「スポーツと超能力」より)。
プロ野球では、投手が投げる150 km/hを超えるようなスピードボールをよく見てから判断していては振り遅れる。ましてや大リーグのようにスプリットやスライダー、シンカーなど変化するボールばかりでは、何を投げてくるかをあらかじめ決めないと打てない。大谷選手が空振り三振するのは“読み”が外れたからである。その代わり読みが当たればホームランになる。大谷選手は投手が次にどんなボールを投げるかを予想している。いろいろな条件を組み合わせて予想するわけだから賢くないと当たらない。予想的中率が高い人はほど打撃成績はいいのである。
そもそも、運動が優れた人は頭が悪いというのは大人の“高慢”であり、頭のいい子は運動ができないというのはこどもの“偏見”である。
浦和高校ラグビー部は2013年に54年ぶり2回目の花園へ出場し、最近では2015年~017年埼玉県準優勝校という準決勝常連組である。言うまでもなく県のトップの進学校である。ラグビーの場合は鍛え上げた体だけでは上位に行けない。仲間とのあうんの呼吸が必要な連係プレーや、トレーニングだけでは鍛えられない知的で感性に基づく高度で瞬時の判断が必要である。
足が速いだけではトライできない。ウイングがボールを持って走っても敵のウイングやフルバックがタックルに来る。いくら11秒0の速さで走れてもコースを読まれてはタックルポイントでつかまる。一流のウイングといえる選手にはスピードのほかにチェンジオブペースの武器を持っている。敵にタックルポイントをつくらせないのだ。スピードの緩急だけでなく、止まることさえある。敵が戸惑う瞬間方向を変えて走り出す。
東大の学生は運動音痴だと思う人が多い。東大の陸上部は他の学校より練習時間も短い上に、高校時代の陸上経験もない。ところが100m10“56が学内記録である(2016年、2020年)。800m1‘48“07(2022年)は2021年学生ランキングで6位相当の記録であり、その他の種目でもかなりハイレベルの記録を出している。もし、高校時代の受験勉強一辺倒を捨てて陸上一筋で行ったらかなりの成績が残せていたと思われる。もちろん、そのような選択をする高校生がいるわけはないが・・・東大生が運動ができないというのは紛れもない偏見である。
暴論だが、旧東ドイツではないが陸上競技を国技として小学生から育てれば(たとえば小1の頃から小学生全員の記録を取り、上位100人ずつを選抜し、毎年入れ替え制にしてインターハイまで国家指導制にする)、オリンピックで金メダルを取れるこどもが育つ。そこまでしなくとも東大の受験科目に陸上の種目を必修としたら、抜け目のない東大受験生はとてつもない記録を出す者が現れると思われる。練習内容の工夫、食生活の改善、陸上に対するモチベーションアップなど超一流にすることができる才能がある。浦和高校に学びながらバンビーニに通う生徒がでてくるかもしれない。もちろんこの制度が多種多様なスポーツを愛好している国民に認められるわけはない。
ただ、これだけは言える。「頭がいい人がスポーツで必ずしも一流になれるとは言えないが、スポーツで一流になれる人は必ず頭がいい」
第186回「ミクロの決死圏(2022年7月16日)
学童での仕事は消毒が半分近くになってきたような気がする。ドアノブから本まであらゆるところの消毒である。おやつ前にテーブルを消毒し、おやつが食べ終わると同じく消毒と床に落ちた食べかすの掃き掃除である。
お菓子を食い散らすこどもは決まっている。4人だ。2人はテーブルの上にもお菓子のカスがあるが、一向に気づかない。床に落ちたのは仕方ないがテーブルのものはお皿を返す際拾えと指示する。こどもがごみを捨てに行ったのでアルコール消毒していたら、「今日はおやつの追加がありますよ」とのこと。アメならいいが時々せんべいが追加され、必ずこぼすのでまた掃除だ。おやつ前にテーブルを消毒し、おやつが食べ終わると同じく消毒と床に落ちた食べかすの掃き掃除である。
彼らは床に落ちたお菓子は拾って食べない。床に落ちて3秒経っていないのだからと思っても、コロナ禍において学童側で食べさせなくなってからだ。校庭で転んで擦り傷なのに必ず消毒やカットバンなど治療に大げさだ。水道水で洗い流せばいいだろうと思うが、学童側が慎重だ。
虫にさされるとムヒを塗るのだが、教師はぬらない。傷口に触れないということで、刺されたところにムヒを絞り出し、自分で広めて染み込ませる。虫にさされるとムヒを塗るのだが、教師はぬらない。傷口に触れないということで、刺されたところにムヒを絞り出し、自分で広めて染み込ませる。
水筒の水を慌てて飲んで気管に入ったこどもが水を吐いた。同じテーブルにいたこどもを退避させ、まずは緊急的に新聞紙を25平方メートルにひきつめ、その後アルコール消毒、テーブルはそれよりもっと強烈な消毒薬で、本人は他のこどもより10m15分間隔離。ものものしい対応だ。昔なら背中を叩いてすませた事件だ。
最近はミクロの生物のおかげで、こどもへの対応のほとんどが慎重かつ消極的あるいは否定的対応になっている。
人類が誕生した頃の人間は、食肉獣などの脅威にさらされながら生活していた。またその時代は、ケガや病気をしても病院はない。自分の体にある「抵抗力」だけが病気を防ぐ、あるいは治癒する手段であった。
ヨーロッパではペストが江戸時代の日本ではコレラが流行し多くの人間が亡くなったが、科学的予防も根本的治療もできないうちに時間によって終息した。種に備わる「抵抗力」によって一定の割合の人間が生き残ったのである。
そんな時代の人類は、近代化された水道が整備され、衛生学が確立された現代人よりもはるかに生命力や回復力が優れていた。つまり、人間は科学的進歩に伴って自ら生きる力が弱まってきたと言ってよい。
私のこどもの頃、ビー玉が流行っていた。東京の下町だったせいもあり、衛生環境は必ずしもよくなかった。家々には側溝(ドブ)という小さな排水溝があり、家庭の台所からいろいろなものが流れていた。掃除(ドブさらい)をしないとヘドロになる。その中に遊んでいるビー玉が落ちる。それを何のためらいもなく手で拾っていた。そしておやつの時間になると皆で分け合って食べた。手には乾いたヘドロの跡があるが、手を洗うものはいない。
町の魚屋には必ず蠅取り紙(リボン上の吊り下げタイプ)があった。その罠を逃れた蠅が魚の上にとまっている。魚屋が手を振って追い払う。だが、当時そのことを気にする買い物客はいない。焼けば問題ないと考えていた。今では信じられないことだが、事実だった。
私のこどもの頃、ビー玉が流行っていた。東京の下町だったせいもあり、衛生環境は必ずしもよくなかった。家々には側溝(ドブ)という小さな排水溝があり、家庭の台所からいろいろなものが流れていた。掃除(ドブさらい)をしないとヘドロになる。その中に遊んでいるビー玉が落ちる。それを何のためらいもなく手で拾っていた。そしておやつの時間になると皆で分け合って食べた。手には乾いたヘドロの跡があるが、手を洗うものはいない。
町の魚屋には必ず蠅取り紙(リボン上の吊り下げタイプ)があった。その罠を逃れた蠅が魚の上にとまっている。魚屋が手を振って追い払う。だが、当時そのことを気にする買い物客はいない。焼けば問題ないと考えていた。今では信じられないことだが、事実だった。
父は大正生まれだが、その弟たちも元気だ。昭和の一桁生れだ。私のこどもの頃より、さらに衛生環境も栄養環境も悪かったと思う。その頃の人間のほうが元気だ。日本が高齢化社会になっているのは出生数の低下ばかりではないのではないか。
現代のコロナ禍において、我々は衛生環境の充実を唱え実施している。その効果は確かにあるのだが、そのことによってもっと恐ろしいことにつながるのではないかと思うようになった。
アルコール消毒など無菌状態に慣れたこどもたちがコロナが去り油断したとたん、ワクチンのできる時間よりはるかに速い感染力を持ったウイルスに襲われたとき、今のこどもたちは耐えられるのだろうか。父は大正生まれだが、その弟たちも元気だ。昭和の一桁生れだ。私のこどもの頃より、さらに衛生環境も栄養環境も悪かったと思う。その頃の人間のほうが元気だ。日本が高齢化社会になっているのは出生数の低下ばかりではないのではないか。
現代のコロナ禍において、我々は衛生環境の充実を唱え実施している。その効果は確かにあるのだが、そのことによってもっと恐ろしいことにつながるのではないかと思うようになった。
蚊が2匹飛んできただけ大騒ぎし、蠅1匹で逃げ惑うこどもたちを見て心配になった。
第185回「青い果実」(2022年7月9日)
こどものころ家にブドウの木があった。デラウエアだと思う。しかし、ある程度大きくなると色づく前に食べてしまった。当時は成熟するまで待てなかった。
モモの木もあったが、モモは固い果物だと思っていた。すこし赤みが出てくると成熟するまで待てない。親父に何度も怒られたが、昼間は親父がいないので上のほうのモモから食べていた。
バンビーニには小学1年生と2年生がいる。大きな大会は4年生まではない。強化指定認定大会は5年生からだ。今から練習を重ねていけば4年生になったら注目されると思われるこどもがいる。これまでの10年間で小学生の能力を見定める力はついたように思える。今から鍛えればとんでもない選手になれると確信している。
しかし、私はもうこどもではない。青い果実を食べることはしない。練習中に低学年の子が訴えてきたら休みを認めている。4年生以上に言う嫌味は言わないし、無視することもない。陸上競技が嫌いにならないように気を付けている。スタッフからは高学年と低学年とでは言葉遣いが異なるといわれる。そりゃそうでしょう。写真のような1,2年生たちに「バッキャろう、そんな走り方するとぶっとばすぞ」といえるだろうか。子犬が足元にじゃれついてくるようなものだ。苦しそうだったら抱きかかえてしまう衝動に駆られる。
この子らでも怪我や興味がなくなってやめていく可能性がある。強化指定選手といっても何のことかわからないだろう。多くの子は5年生になると文句を言う、インターバルの本数について条件闘争もする。それはそれで自我が目覚めてきたのであって、練習を続けている限り“流して”いる。しかし、うちのクラブで何も文句を言わずに黙々と練習をするのはこの1,2年生のこどもたちなのだ。ミーティングでは、人さらいにあって連れてこられたところの山賊の親分を見るような目で私を見る。
気のせいかH子はいつもはディズニーのミニーに見えるのに、時々TVドラマ「おしん」のようにも思えてしまうことがある。なぜなら、彼女はやれと言ったら最後までやる。メニューでは5,6年生が10本のところ1,2年生は7本で抑えているが、気づくと8本目のスタートラインに立っている。
H子はお兄ちゃんの練習を見に来ていた幼稚園児のころから知っている。車で駅まで送ってもらったとき、車内ではず~としゃべり放なしであった。「コーチ、なんでしゃべらないの?」「・・・うん、それはね、私がしゃべろうにも君のお話に入っていくすき間がないからだよ。コーチはまるでさんまとたけしの会話に割り込めない売れない芸人みたいだ」
今では目が合うとニコッとするだけで、ほとんど歯を食いしばって練習しているから一言もしゃべってくれない。時々ペナルティなどで“バービー”などをやらせると「コーチ、私ね、バービー大好き!」と言ってくれる。5年生以上は「なんで、こんなのやるの?意味不明」などど悪態をつく。
H子らの練習データーは1年生からとってあるので、この子らが強化指定選手になったら、後輩たちのランドマークになることだろう。2年生の10月で○○のタイムが出たら4年生になったらこうなるなどのデーターができる。データーは多いほどいい。
H子は5年生になったらまた楽しく会話してくれるのかな?悪態つかれても笑いが絶えないのがいいなあ、いやいやストイックになって冗談言うと睨まれるかもしれない。
スイカは出荷されればいつ食べてもおいしく食べられるものだが、高級メロンだけはいつが食べ時かわからない。熟さないうちにメロンを切ったら、高級であってもうまくない。ドンピシャ熟したときに食べる高級メロンの味は最高だ。こどもに鞭を入れるタイミングはメロンの完熟度を見定めるより難しいが、大事に育てていきたい。
第184回「量質転化の法則」(2022年7月2日)
スポーツや勉強に関して『量質転化の法則』というものがある。
量は、積み重ねると、それ自体が質に変わるという意味だ。そもそも量をこなしていかないと、質の良い練習や勉強なんて分からないと思う。
「圧倒的な量」こそが「高い質」を生み出すのである。慣れないうちは、とにかく「量をこなすこと」を意識すべきだ。
こう主張すると“「量」は「質」に転化しない”というアンチテーゼ(反対意見)が出てくるのが常で、そのアンチテーゼを踏まえて話を進めたい。
アンチテーゼでは、仕事特に現場経験などで「ぐちゃぐちゃ言わずに毎日朝から晩までお客のところへ回って来い」という根性論で部下を教育する上司は無能になってしまう。
私達日本人は「日本語」を生活の中で、何万回も書いているが、日を重ねるごとにうまくなっているかといえば、多分そんなに上達していないと思われる。ただ書くだけで上達するならば、日本人全員が字はうまいはずだ。・・・私は自分の書いた文字を15分後には自分でも読めない。
この事実を見て「量は質に転化する」と言えるのだろうか?と反論されるだろう。
少なくとも上のような状態ではダメだ。同じ「文字を書く」という行動でも、例えば、ドリルに沿って、美しい文字をなぞったり、見本を見ながら集中して真似をする。そういう綺麗な字を書くための練習を毎日行ったらどうだろうか?これはやればやるほど、うまくなると思う。
この場合は、「量は質に転化する」ということになる。
バンビーニは短距離も長距離も他のクラブに比較して量が多いクラブだ。
私は身体でペースを覚えるまで何度でも走らせる。これを過酷な練習方法だとのご意見がたびたび寄せられる。たしかに基礎的な練習は少ない。アクロバット的な練習は私が教えられない。それは中学校の先生にお任せすることにして、それまでは小学生の中にある“走る因子”を活性化させることに専念している。
学校では算数の足し算、引き算は毎日繰り返し習う。8+5、5+8、15+18、28+35など同じような問題の計算を暗算でできるくらい行う。それはもっと大きくなったら習う因数分解や微積分につながるための下準備なのだ。
バンビーニでも繰り返し規定タイムで還れるよう練習をしている。1000mでは飛ばせと言ってもやみくもに飛ばしているわけではない。3分20秒で走るためには1分15秒で400mを駆け抜けなければダメで、目標が3分10秒なら1分10秒で駆け抜けることを課題にしている。その後ペースが落ちるのも計算している。これ以上落ちてはダメだのタイムも選手はわかっている。だからペースを体で覚えてくれないと困る。そのためには学校の足し算引き算の勉強方法と同じように繰り返し学ばなければならない。1000mの練習でも200mを40秒、36秒と走り分けられる選手は速くなる。なんとなく前の選手について行くだけではペースは覚えられない。自分でペースを作るには練習をたくさんやって“時間”を体で会得することだ。ペースを覚えれば「飛ばして」も決して無理な展開にはならないが、時にこどもは大人なの常識を超えてしまう。
短距離の100mでは80mから立ちふさがる空気の壁を感じろと言ってある。12秒を切るための壁の厚さと13秒を切るための壁の厚さとは異なる。ましてや11秒、10秒の壁はさらに厚い。13秒の壁は20回叩けば壊れるが12秒の壁は99回叩いても壊れない。しかし、100回叩いたら壊れるかもしれない。11秒の壁は1999回叩いても壊れない。しかし、2000回叩いたら壊れることもある。10秒の壁は陸上を引退するまで破れないかもしれない。しかし、引退する前日に破れるかもしれない。壁はたくさん叩いた方が壊す確率が高くなるのだから必然的に練習量は多くなる。
トイレに逃げ込んだり走り終わっても息が上がらないなど、まだまだ高い目的を持っているとは思えないこどもがバンビーニにもいる。周りの子に刺激されいつの日か全力で練習するようになることを祈っている。
ダラダラ練習するだけでは「量質転化」はせず、ただ長い苦痛の時間を持っただけだ。要は高い達成意欲を持って練習に臨めば、たくさん練習することは、「量は質に転化する」といってよい。
第183回「男の子女の子」(2022年6月25日)
岩谷時子作詞、筒美京平作曲「男の子女の子」は明るく楽しい未来に思いを馳せたこどもの気持ちを歌ったものだが、この子らの未来はというと・・・
こどもは学童にくる時、家庭とのコミュニケーションを図る連絡帳ノートを出さなければならない。ある時、1名が出していなかった。マネージャーは「連絡帳ノート出してないお友達がいるよ」と大声を出して提出を求めていたが、誰も返事がない。「毎回言っているのですが、毎日出すものを忘れるってどういうこと?」と語気を荒げて言った。
Y男はすぐに「そうだよ。連絡帳はS子先生の言うように大事な物なんだよ」と1年生に諭していた。「先生、何年生ですか?」「2年生です。1年生が出来て2年生が出来ないってどういうこと?」「それじゃ、責任感がないということだね。皆、やるべきことはやろうよ。1年生に見本を見せる学年でしょ」と2年生のY男がこれまた甲高い声で煽り立てる。
「わかりました。じゃ、名前を呼びます。R男、S子・・・以上です。呼ばれてない人が出してないと言うことです」間髪を入れず「先生、僕呼ばれていないのですが」とY男。皆の視線が彼に飛ぶ。「えっ、僕? そんなことはないよ」とロッカーに行きランドセルの中を探す。「あれ?あったよ。おかしいな、さっき出したのに、いや出したような気がしたのだけど・・・アハ、ハ、ハ、きっと疲れてたんだね。よくあることだよ。はい先生」シーンとした学童内で悪びれないY男は、吉本新喜劇のオチにつながるような人生を歩むのではないかと陰ながら心配になった。
教師の間で「デストロイヤー」と呼ばれている2人の女の子がいる。R子、K子2人に共通しているのは、誘ってもいないのにゲームをしているグループにずかずか入って来て、勝手にルールを変えてしまい、自分らが勝つようにしてしまうことだ。決して私と一緒に遊んでいるこどもたちは勝つことばかり考えてはいない。楽しみたいのに。こういうタイプの子には関係したくないのだが・・・
最近はかるたが流行っている。R子は強引に入ってきてメンバーを女の子対私の構図に変えてしまい、自分が読み手になり自分も参加すると言い出した。他の子は黙って従う。ま、大勢に影響ないだろうと認めたたがこれがまた問題になった。読むまでの間が長いので早くしろよと言おうとしたら、R子は読む前に自分で黙読して見渡しながら札を見つけておいて、読み札を読んでいることに気がついた。だから1人舞台になってしまう。行事がまわしをつけている相撲のようなものだ。「おい、ずるはやめろ」と注意するが一向に気にしない。
しまいには「文章を全部読むのは面倒くさいから頭文字だけでやろう」と勝手に「め」とか「よ」と読んで、取らせる。こどもがマスク越しに出す声は聴きとりづらく「ぬ」なのか「す」なのかわからない。かるたは読んでいる文章と絵札の描かれている内容で確かめることができるが、頭文字だけでは幼稚園の「いろはかるた」のようなもので、文字探しのゲームになってしまう。
ある日、なぞなぞカルタをしようとK子が言い出す。なぞなぞを言ってその答えがカルタの頭文字になっているカルタだ。なぞなぞが入っている分こどもたちの頭の回路が長くなり、私の取り札が多くなる。そのためK子は全部読み終わるまで取ってはダメとルールを変更して、難しいなぞなぞはゆっくり読むし、答えがわかって私が手を伸ばす準備をしただけでフライングとなり、女の子のグループの戦利品となってしまう。ま、どっちみちどんなゲームでも彼女らの勝ちになるようにルールが曲げられるのだ。刑務所でヤクザの親分と博打しているようなものだ。
このK子の特技は、いつでもどんな時でも涙を出せることだ。外遊びでサッカーをしようと言ってきたのでつきあう。2m離れて私にボールを当てるという都合のいいゲーム。しかし、まっすぐ蹴れない上、力を入れようと蹴る瞬間目をつぶる癖のあるK子のボールは、私に当たることはない。当たらないからぐちゃぐちゃ言い出したので、後ろに下がって走って来て蹴る寸前に私がちょこっと蹴ってしまった。こともあろうに、ないボール蹴るものだからスッテンコロリン。思わず笑ってしまった。彼女のプライドが傷ついたことは言うまでもない。
マネージャーに泣きながら訴えた。訴えによると「イリがわざと私を転ばし、ボールを遠くに蹴たりしていじめられた」とのこと。面倒くさいので「すみません」、厳重注意処分となった。
女というものは、生まれた時からアクトレスなのかもしれない。
第182回「SHOWTIME」(2022年6月18日)
スター選手とはファンが望んだ通りの結果を実現させ、皆のこころのよりどころとなる選手のことである。
大リーグの大谷翔平選手が活躍すると気持ちが躍る。大谷選手が不調だと、重い気持ちになってしまう。ここぞと言う時に三振すると、こころにさざ波が生じ、時には大きな波となり1日気が滅入ってしまう。
もう見ない、といっても気になるので片目で見る。片目で見てもショックの度合いは変わらない。
もう完全に見ないと決めても、ビデオには撮る。帰宅してビデオを大谷選手の場面だけ見るが、調子が悪ければ短い時間の視聴でもめげてしまう。
ならば、ネットニュースで結果を見てよければビデオを見ることにした。しかし、14連敗中の時は1度もビデオを見ることはなかった。
もうこうなったら、大谷選手の出るテレビはビデオも撮らない、としたら投打の大活躍。私が見なければ活躍するのか。活躍すれば見たい、でもビデオは撮っていない。今度は撮らなかったことがストレスになる。しかし、私の対応で大谷選手が活躍するなら・・・
大谷選手に対するこのような気持ちからこどもの頃を思い出した。昔巨人の長嶋選手が活躍していた時はビデオもない頃だったし、ネットニュースもない。良くも悪くも見なければならない。打たなかったときは右側を下にして寝ながらテレビを見ていたので、今度は左側を下にして見ることにした。それでもダメなときは立ってみた。そうしたらホームラン。以降長嶋選手が打席に立つ時は、家にいても立ってみることにした。
私の頭は、経済用語の「尻尾が頭を振り回す」状態になっていた。当時自分の行動が長嶋選手の好不調を左右していると本気で思っていた。
スポーツ観戦の醍醐味はスリルとサスペンスにある。打つか打たないか、大技が出るのかそれとも鉄棒から落下してしまうのか、ドキドキして、体をよじりながらリアルタイムで選手のプレーを見るのが最高の観戦方法なのだ。
しかし、大谷選手の場合私はこの最高の観戦方法より、こころの安らぎの方を取った。彼のホームランでこころは弾むが、彼の三振は見たくない。打った時にはテレビのスポーツニュースを見る。NHKが終わったらテレ朝で、次はフジで見る。大リーグはすべてアメリカの1テレビ局の配信だから同じ画面を何回も見ていることになる。しかし、楽しい画面は何度見てもいい。私はスポーツの醍醐味を捨てて、しばらくはこの方法でこころ穏やかな生活を送りたいと思っている。
大谷選手以上に大好きなバンビーニのこども達を引率する場合、話は別だ。一緒に長い間練習してきたこどもたちの成長を見ないでいられようか。よい時も悪い時もあるが、すべて受け入れる責任がある。小学生の場合不調は怪我や病気でもしていない限り長くはない。だから、悪い時にはめげないように指導すればいい。調子のいいこどもは放っておけばいい。こどもは調子のいい時は木に登る。落ちないよう声をかけるだけでいい。
バンビーニの方針である「飛ばせ!」を実行しているこどもを見ると、何か幸せな気分になる。あと100mで抜かれたので、ではこの夏猛練習して秋にはトップに立つという思いが頭を駆け巡る。こう考えるだけでワクワクする。全力走できないこどもも見捨てない。君の先輩もそうであったが、今ではどうどう飛び出していく。彼らができて君が出来ないわけがない。
5年男子1000mでA男が3分10秒を大幅に切って優勝した。それだけでもうれしかったが、2位の選手は絶対王者だったので喜びはさらに増した。前回の「インターバル」で大会ではレース中ライバルを意識しないと書いたが、それはこどもであって、私はライバルに対してかなり敏感である。私にはこどもに言えない本音の部分があるのだ。
先日の大会で初めて挑戦した種目は入賞の可能性が高かったので、ハラハラドキドキだった。新種目に挑戦しているこども達はバンビーニのパイオニアであり、後輩たちが挑戦する時のランドマークになる。新種目に出たT男はガラスの心臓の持ち主だ。しかし、ガラスの心臓は非難されるものではない。それだけその種目に真剣に立ち向かっている証しなのだ。ガラスを鋼(はがね)に変えるのは場数を踏まなければならない。あと半年、ただそれだけだ。
個別にはT男のようなこどもがたくさんいる。それぞれに課題はあるが地道に練習を繰り返すことが必要だ。短距離は長距離ほどいつもベストが出るわけではないが、ある時0.5秒も記録を縮める時がある。壁は何度も叩けばいつか破れるものだ。ベストを出す子は見ているとレース展開に勢いがある。グイグイ感がある。これには「お~お」と声が漏れてしまう。
バンビーニのこども達のレースは、時に大谷選手が逆転満塁サヨナラホームランを打った気持ちにさせてくれることがある。その時、大会はまさにSHOWTIMEと化す。
第181回「克己至上主義」(2022年6月11日)
先日の日経新聞のスポーツ欄に「勝利至上主義」に対する評論が載っていた。趣旨はこうだ。
勝利至上主義が批判的に取り上げられることが多い。日本では体罰や不合理で過酷な練習など精神主義や根性論と結びつくものだから余計だ。しかし、こども達のスポーツは楽しむもので勝敗にこだわる必要はないと言われると「それではスポーツから得られる充実感や楽しさ価値が半減する」
スポーツから得られる意義は1.ライバルへのリスペクトであり、2.敗北が教えてくれるものだ こうしたスポーツの果実は、勝つための努力を積み重ねるほど大きくなる。勝利を目指すのはスポーツの価値をさらに高めるための方法や手段なのである。それを目的と勘違いしてしまうのが問題なのだ。
という内容のものだった。
「勝利至上主義で何が悪い」と書くと炎上してしまうので、誤解のないようにするには「克己至上主義で何が悪い」である。
バンビーニが強化指定記録を目指すのはライバルに勝つということではなく自分に勝つことを意味している。自己記録を更新しなければ強化指定記録は切れない。我々はライバルの子はリスペクトしているが、大会でその選手についていくということはしない。結果的に付いていくことになる場合があるが、自分の計画したスピードで飛ばすことを心がけている。後半落ちてもそれは気にしない。また練習を積んで距離を延ばせばいい、ライバルは落ちなかっただけだと考えているからだ。
大会ではライバルを意識しない走りを心がけるが、通常の練習では大いに意識する。○○君ならこのくらいの練習はしているはずだ、□□さんの練習態度はきっと謙虚なのだろう、であるならば、自分はそれ以上の練習をしなければ勝てないと思って練習している。結果的にライバルの存在感が自分を高めてくれたことに感謝するようになる。ライバルが記録を伸ばせない時ライバルの不調を本当に心配する気持ちが芽生えれば、本物のスポーツ選手となったと言える。
レスリングの吉田沙保里が全盛期の頃(2004年~2016年)55kgの階級では他の選手(何千人、何万人の同期、後輩たち)は誰1人オリンピックに選ばれなかった。どんなに練習しても彼女に勝てなければ認めてもらえない。下手すると4回戦で当たってしまい、新聞に名前さえ出ない時もある。その時はこれまでの練習は何だったんだろうと思ってしまう。
しかし、陸上競技には順位だけでなく、自分のこれまでの記録を破れたかどうかという価値観がある。
冬の寒い中のトレーニング、夏の暑さの中の練習をクリアしたことは、自分の欲望や邪念にうち克った証しである。その結果大会で自己新が出れば己(おのれ)にうち克(か)つたことになるのだ。
こどもは理屈なしに選ばれし者にあこがれる。強化指定記録を破れば強化指定練習や指定選手だけが着れるTシャツがもらえるのだ(実際は買うのだが)。埼玉県で男女各100人くらいが毎年選ばれる(5、6年生の合計なので1学年なら男女各50人程度だ)。小学生にとって大きな自信になる。強化指定選手に選ばれるかどうかは、自分の努力だけの実力の世界なのだ。態度が悪いとか学業の成績が悪いなどで減点されることはない。埼玉はライバルに勝たないと選ばれないという条件もない。標準記録突破だけが唯一の条件である。
大会で12位でもベスト記録が出れば褒めてあげたい。1位でもベストが出ないと「もっと練習せい」と言わざるを得ない。小学生の内はスランプは少ない。練習すれば毎回ベストが出る。だから私はお気楽だ。「飛ばせ!」と吠えているだけだ。
明大ラグビー部の北島監督が言っていた「前へ!」という掛け声と同じだ。歳をとると主義主張は簡単なワードになるようだ。
その点、中学生以上のこどもを預かるコーチや先生の苦労は大変だと思う。私は指定選手に育て上げ、こども達が中学高校の先生の目にとまればいいと思っている。その後のこどもの将来は先生たちにお任せするだけだ。
無責任の物言いに聞こえるだろうが、日本の陸上界は、学校に陸上部がほとんどない小学生の時は民間クラブが受け持ち、毎日の練習が始まる中高の生徒らは学校の部活が主体、というのが実態だからである。そのためバンビーニのこどもたちが成長してオリンピックに出ても、小学生時代のコーチの名前は忘れられる運命にある。
私は入会時にこども達に決まってこう言う。
「オリンピックで金メダルを取ったら、その時NHKかCNNのカメラの前で必ず言ってくれ。『こうして金メダルを取ったのは小学生時代にバンビーニの入山コーチに出逢ったおかげです』と。その言葉を聞いて、泣きながら私はあの世に走り出す」
これまでうなずいたこどもは1人もいない。
第180回「お主も悪よのう」(2022年6月4日)
こどもの世界にも大人の世界のようにいい奴と悪い奴がいる。大人の目からするとすごくいい子に見える子も実は・・・という例がある。
ある日学童で物が無くなることがあった。勉強が終って、S子の消しゴムがなくなった。我々大人も探すが見つからない。ロッカーから皆のランドセルの中も見た。間違って入れることもあるからだ。しかし見つからない。時間がないので仕方なくあきらめおやつにした。2時間後遊びの時間中に見つかった。見落としか、でもそれは絶対にありえないのだ。道志村女児行方不明事件のように見つかった場所は何回も見た。見落とすことは考えられない。
第一発見者のY男は以前も同じように紛失したハンカチの第一発見者なのだ。偶然が重なったのか、そう考えないといけない。まずはこどもを信用するべきだ。誰かが置いたものを目ざといY男が発見したことは充分考えられる。しかし、誰かが置いたのだろうが、誰が置いたのか見た者はいない。証拠がない。学童に監視カメラがなかったことは不幸中の幸いだ。ビデオを見て犯人が分かることは辛いことだ。これだけ大袈裟になった(いやマネージャーは今後の為にわざと大袈裟にしたと思う)のだから、犯人は事の重大さはわかっただろう。願うことは二度としないことだ。
帰りの会でクイズをした。R男の行動に困惑する。問題を出すと2秒で手を挙げ答えを言いに来る。積極さは買うが、答えはいつも外れている。違うと言われてもすぐ他の答えが浮かぶらしく、席に戻るとまた手を挙げる。他の子は黙っているので仕方なくまた当てる。と今度はとんでもない答えを持ってくる。4回連続で手をあげるが、すべて外れだ。仕舞いにはマネージャーが「R男、出てくればいいと言うものじゃないわよ。ちょっとは考えなさい」と怒り出してしまう。折角の遊びが台無しになる。R男の独壇場となり、以降クイズはなくなった。R男の行為がわざとではないことを祈る。
ボールを取られると怒りが収まらず器具を蹴ったり叩いたり。自分をコントロールできない子がいる。T男は最初は石をけるくらいだったが、段々怒りが増してきた様子が見て取れる。するとバスケの支柱を覆っているマットを蹴り始めた。そのうち跳び蹴りになった。体が揺れ始め目がつり上がってく。これ以上怒って他の子を傷つけたり本人が怪我をしてはいけないのでずっとそばにいた。跳び蹴りに失敗して地面にひっくり返って動きが止まった。
そこでバスケで「私に勝てるか」ゲームを皆に提案した。私が後ろ向きでボールをバスケに入れる。こども達は自分の好きなように入れる。どちらが多く入れられるかというゲーム。皆の歓声で立ちあがったのでT男を呼ぶ。ボールを渡したら今までがなんだったのだというくらいニコニコしてやる。私が失敗すると大声で笑う。この手のこどもは気に入らなければ今後もキレる。家でも同じことが起きていると思うが、力で抑え込めなくなる高校生になっても治らなければそれは問題だ。それまでに心のコントロール能力をつけさせることが必要になる。
3人兄弟の末っ子で兄たちは後輩の面倒見がいい子であったため、3男もいい子だと思っていた。挨拶もきちんとできる。ある日のこと、外遊びの休憩時間に水筒のある場所に皆は戻ることになったが、その際最後に戻ることになったE男が、女の子たちが砂場で作っていた造形物を蹴って壊していった。私は見てしまった。休憩時間が終って何というかと見ていたら、泣いている女の子たちのそばで第3者のように様子を見ていた。その様子は放火魔が火事の現場で見ているようだった。
女の子たちがいないところで「E男、お前が壊していたのを俺は見ていた。なぜ謝らない」と怒ってもあっち向いてだんまり。私が前の方に回って目を見るが、さらに90度向いてしまい目を合わさない。「僕何もしていない」の一点張りだ。その後女の子に砂をかけた。弱い女の子にしかやらない。その時は捕まえてお尻ペンペンをしてやった。「ごめんなさい、もうしません」と泣く。開放するがそれが嘘泣きであったことは5分後にわかった。私がドッチボールの方に行っている間、また女の子に砂をかけた。女の子の訴えに事実確認はせずに追いかけた。“逃げるのだからそれが自白”だ。40分の外遊びの時間が終った。終わればそれ以上は追及しない。
お兄ちゃんたちがいい子でも3男がいい子とは限らない。教育は個人が基本であることを忘れていた。思い込みはいけない。母親が迎えに来ると「ママ、僕寂しかったよ。早くママに会いたかった」と甘えた声がしらじらしい。
「E男、お主も悪よのう」
第179回「あぁ~あ」(2022年5月28日)
雰囲気・物事に感じて、悲観の情を表す声(weblio辞書)
巨人阪神戦で巨人は甲子園で勝てないことが多い。「甲子園の雰囲気に飲まれる」とはサッカーなどでいう完全アウェイ状態であり、観客の応援にうまく阪神が乗っかている現象といえる。巨人の投手も3ボール2ストライクの場面では投げづらいと思われる。うなりのような応援が巨人の投手の身体を縛り付ける。阪神ファンは負けることを考えていないように思える。
一方東京ドームでは巨人にとってホームグラウンドなのだが、同じ場面で逆に凡打となることが多い。これは慎重派の巨人ファンが醸し出す「打てないのじゃないか」という球場全体の雰囲気がバッターの筋肉を委縮させてしまっている。その結果、東京ドームに響く声は「あぁ~あ」となる。この雰囲気は「気」であり、「気」が勝敗を分けていると言える。
風は大気の流れであり、それまで無風であった球場がダイナミックに動き、一瞬にして大風を吹かせる。甲子園ではその大気が阪神の選手に呼吸されることで、「打つ」という「気」が体内に充満し、力として働く。東京ドームでは巨人の選手の打つ活力を吹き飛ばしてしまっている。
ほぼ9割の阪神ファンの甲子園と30%のアンチ巨人の存在する東京ドームでは、球場内に漂う“ホーム球団が「勝つ」”と言う「気」の量が異なる。しかも巨人ファンの多くは阪神ファンのような熱狂的信者が少ないから“絶対勝つ”という「気」の質も大きく違う。だから一度動き出した「気」は一方的に傾きやすい。こうなると原監督でも手の打ちようがなくなる。
この「気」の存在は野球のような大掛かりなスポーツだけでなく、1人のテニス選手の様子からもわかる。
テニスの東レ・パンパシフィック・オープンでクルム伊達公子が観客のため息に激高した一件が波紋を広げた。スポーツニュースでも伝えられていたので多くの人が見ていたと思う。
2011年全米優勝のサマンサ・ストーサー相手に、第2セットのタイブレーク最初のポイントでダブルフォールト。観客から「あぁ~あ」と大きなため息が漏れると、クルム伊達が「ため息ばっかり!」とブチ切れたのだ。ほかにも、ミスした時の観客のため息に「シャラップ!(黙れ!)」と叫ぶなど、この日のクルム伊達は終始イラついた様子。今大会前、自身のブログで「観客がため息をつくと、やる気を削がれる」と訴えていた。そして当日ついに我慢の限界を超えてしまった。
観客に怒鳴ったことに対し「お客さんに対して失礼だ」と思う人もいるだろうが、これは伊達選手が観客の「気」に飲みこまれないようにしている証拠ともいえる。
28日の彩の国KID陸上大会を皮切りに小学生の強化指定大会がこれから順次行われていく。保護者の方はその際自分のこどもやバンビーニの他のこどもたちが走っているのを見て、段々抜かれていく姿に「あぁ~あ」と言わないでほしい。そう思っていると、「気」がその子のスピードをより減速させてしまう。バンビーニの戦術は単純で「飛ばせ」である。今日600mしか持たなければまた練習して次は700mもてばいい、その次は800mまでと延ばしていき最後のレースで1000mまで持てばいいと教えている。だから、今日後塵を拝しても、次の大会での進歩(どれだけ持つようになったか)を見てほしい。そうすれば最後の大会で洩れる声は「あぁ~あ」ではなく、きっと「おお~」となっているはずだ。
第178回「聞いてないよォ」(2022年5月21日)
孫が来年小学校に上がるのでランドセルを買うことになった。山形に住んでいるのでお金を送って済ませようと思っている。それにしても、黄色いビニールのカバーで覆われているランドセルを歯を食いしばり背負って帰って来るのを見ると、ランドセルは子泣き爺に見えてくる。
「お疲れさん」と声をかけると「このランドセル重いよ」と汗だくで話す。学校の玄関から200mくらいなのだが・・・まるで昔家に来ていた行商のおばちゃんのようだ。「どっこいしょ」といって家の玄関に60kgある竹かごを置き、かごを覆っていた黒い風呂敷をほどき野菜を売りに来るおばちゃんを思い出す。
体重60kgの人が4kgの荷物を背負うのと体重20kgのこどもが4kgのランドセルを背負うのでは、4/60(6.7%)と4/20(20%)の負荷の差すなわち3倍こどもの負荷が大きいことになる。学校の資料は持ち帰えらせ家で勉強させるという大人目線で物事を考えると、弱者のこどもにしわ寄せが行く。金曜日になると学校にある荷物をすべてランドセルに入れて帰るので金曜日は地獄のようだ。こどもに文句を言われるともっともだが、思えば行商のおばちゃんは110%の負荷だった。君たち、まだまだ人生は長いよ。上には上がいるのだ。
コロナ禍である今は仕方ないが、学童ではマスク着用が厳格に義務付けられている。着用していないのは当然だが、マスクが鼻から下がっていても注意される。少しぐらいと思うのだが、マネージャーは絶対にゆるさない。以前ここの学童が濃厚接触者になった子がいたため神経質になっている。鼻からマスクが常時落ちる子は決まっているが、ほとんどの子がちょくちょく落ちる。よく考えてみればマスクは1年生には酷なのだ。マスクの真ん中をいくら折っても引っかける鼻の高さが低い。また大人の鼻と比べて軟らかい。彼らの鼻は大人の岩山と違って脆い砂山なのだ。これでは落ちるのが当然だ。しかし、マネージャーは理解していても妥協はいっさいしない。戦時下の司令官である。この時期学童にはまだ戒厳令が敷かれている。
おやつの時間はその重点管理項目のマスクをはずさなくてはいけない。司令官は13分で食べろと命令を下す。距離は1.2mm離す。(*) お喋りは厳禁で、その命令を破るとおやつは取り上げられる。
おやつを13分で完食できるのはほとんどが3年生だ。1年生の大半は食べきれない。なんで遅いのかなと思ってよく見ると、変な食べ方をしている。歯がないのだ。歯が抜けている子が多いため、残存している歯でやっとの思いでせんべいを食べているので遅い。
奥歯が抜けている子は、残っている脇の歯を使って噛んでいる。その歯もぐらぐらしているのだから恐る恐る噛んでいる。上下がっちり残っている歯は少ない。おばあちゃんのように歯が全く無くなれば自然に歯茎で食べるのだが、中途半端に歯が残っている。大人は1度は通る道とばかりこどもの歯については全然気にかけない。若いのでせんべいをお湯につけて軟らかくする芸当もない。それを13分で食べると言うのは酷というものだ。
こども達の気持ちを代弁すれば、「聞いてないよォ」
*マネージャーの根拠とする指針
国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」
1.患者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった方
2.手で触れることの出来る距離(目安として1メートル)で、マスクなどの必要な感染予防策なしで、「患者」と15分以上の接触があった方(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)
3.適切な感染防護無しに患者を診察、看護若しくは介護していた方
4.患者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い方
が濃厚接触者に該当する
第177回「勝ち癖」(2022年5月14日)
学童での話。
1人6個のおはじきを争奪する“おはじきじゃんけん”を学童全員で行った。しかし、早々と6個のおはじきを取られたこどもがいた。6個取られるとゲームセットである。その子は見ていて負けるなという雰囲気が漂っていた。
案の定負ける。負けると親が死んだような泣き方(慟哭)でいつまでたっても涙が止まらない。身体中の水分がすべて涙で出てしまうのではないかと思えるほどだ。他のこども達は関わらないようにその子からスーと離れていく。
2年前にはジャンケンが大好きでいつもおやつの順番ジャンケン(グループの代表ジャンケン)にしゃしゃり出る3年生のK男がいた。ところがこの子がすこぶる弱い。
1人負けで早々席に戻っていくが、必ずくやしさで机の上で泣く。この子は顔を上げず静かに泣く。決勝まで残る場合も10回に1回はある。しかし、相手の意気込みが強く必ず負ける。決勝まで行ったのだから泣く必要はないと思うのだが、負けた瞬間涙があふれ出る。「泣くならもうやるな!」と怒るが、翌日また元気よく手を挙げる。懲りないのだ。2人負けで4番争いのじゃんけんとなったことがある。なんとか勝つと「イエ―」と席に戻りグループの子にハイタッチをする。5グループしかないので、皆は複雑な目で見ている。K男は気にしない。その時勝てばいいのだ。こういう子が大人になった時問題となる。
ヤクザが博打で誘うのはこういう男だ。最初に勝たせて大きく賭けて来た時にごそっと巻き上げるのだ。その時はショックでやらなくなるがその後「たった1回失敗しただけじゃないか」と自分で自分を慰める。今度は勝つと思い、また同じような展開で負ける。これを財産が無くなるまで続ける。いかさまをしなくても、素人に対してはヤクザは決して負けない。場数を踏んでいるからだ。もちろんヤクザにも勝負ごとに向かない輩もいる。しかし、ヤクザにはケンカに強い男がいる、女にもてる男がいる。法律に滅法強い男もいる。それぞれ役割りが違うが、その道のプロを擁しているのがヤクザ組織だ。
博打に向いている男は小さい時から“勝ち癖”を身に付けている。
つまり、勝負強い人間とは勝ち癖を持っている人間を言うのである。皆さんの周りにもいるでしょう、あらゆる勝負になんだかんだ勝ってしまう人。
しかし、勝ち癖がある人間も100戦100勝出来るわけではない。負ける時もある。しかし、ここぞという時には勝つのである。
野球ではかつて巨人に長嶋と言う選手がいた。首位打者をとっても3割3分だから3回に1回しか打たない。それでも巨人の4番として不動のものだったのは、勝負強い選手だったからだ。9回裏2死満塁、点差は1点、巨人ファンは固唾を飲んで打席の長嶋を見ている。ホームランは要らないがヒットを打ってもらいたい、ファンがそう思った瞬間、長嶋は1,2塁間を破るヒットを打つ。それまでの2回の打席は帽子を飛ばして三振しているのだが・・・
勝ち癖をつけるには小さな「成功体験」を積み重ねることが肝心だ。いきなり高いところを目指そうとすると、当然上手くいかない。まずは「最終的なゴール」を決めて、そこに至るまでの道筋を細分化し、「小さなゴール」をいくつも決めて、それを達成していく。
バンビーニでは6年生になって1000m3分を切れといった目標を課すが、4年生ではまずは1000m3分30秒を目指させる。5年生になったら3分20秒、6年生の春になったら3分10秒とステージを上げていき6年生の秋の大会で3分を切るのである。
これはそんなに難しいことではない。最初は気負わずに「小さな勝ち」を取りに行くのだ。練習の際バンビーニで一番速い選手を抜くことだ。インターバル20本のうちのたった1本だが、その「小さな勝ち」の積み重ねが「大きな勝ち」を生み出し、勝ちの「良い流れ」に乗ることができる。そうやって「成功体験」を積み重ねることで、自分に自信を付けることが出来る。それが「勝ち癖」を付けるということなのだ。
また、組織の世界で「くせ」というと、それは組織に属する人々が当たり前だと思っている感覚のことを指す。
バンビーニという組織の中でこども達が無意識のうちに共有している価値観や雰囲気は「最初から飛ばす。800mまでもたなかったら次は850m、900mと延ばしていけばいい、そうすれば記録は出る。練習では一番速い仲間に1回勝つことを目指す。勝てたら次に2回勝つ・・・こうして切磋琢磨していけば皆指定選手に成れる」だ。
これがバンビーニの“勝ち癖”というものである。
176回「犬笛」(2022年5月7日)
1年生のお世話で部屋を動き回っていたら「イリ、お金頂戴」とこどもに言われ「何で?第一お金なんかあるわけないだろう」と言い返したら、ニヤッと笑ってズボンのポケットを指差した。手を突っ込んでみるとお金があった。スーパーで買い物をしたが小銭入れがないのでズボンのポケットに入れ学童に出勤、しばしお金のことは忘れていた。自分で持っていてもジャージだと硬貨がすれた音がわからない。それでもこどもは硬貨が2枚以上あれば聞き分けることができる。他の金属音と硬貨音も区別できるみたいだ。
さらに、リックに入れた携帯電話のメールの小さな着信音が聞こえるのだ。仕方ないので振動モードにして入れておくが、彼らは振動音も聞こえる。彼女から?警察からかな?などと勘繰りうるさい。
蚊が飛んでくると私に助けを求めてくるが、私には見えないし聞こえない。私のこどもの頃遊んでいた綾瀬公園では、若いお兄ちゃんたちがたむろするのを追い払うためにモスキート音を流したら効果があったと聞いている。
こども達は小さな声でマスク越しで会話している。どうして、どうして聞こえるのだ?私には聞こえない。笑っているから通じ合っているのだろうな。私はこどもと話をしている際、小さい声を聞こうとして頑張っている時は、なんとかいくつか単語が聞こえるが、「もうダメだ。わからない」と心の中で諦めた瞬間、その後の言葉は音としか聞こえない。皆さんもいつかわかるようになる。
ゲームのUNOでは小声を利用してズルをされる。後ろに回って私の持ち札を仲間に知らせている。小さい声で言えば聞こえないと分かっているからだ。彼らは私がもっていない色ばかりを出してくる。ドロー4(フォー)という強力な武器が1枚ある事を知らせているので、私のドロー4のカードが出るまでこども達は自分のドロー4のカードは出さない。ドロー4のカードを出すと次の人は4枚カードを引かなければならいが、スタック(ドロー4返しの積み重ね)をすると自分はもらわずにそのカードがない次の人が8枚もらうことになる。つまり私がドロー4のカードを切るまでこども達は我慢する。私が切った瞬間、こども達は一斉に自分の持っているドロー4のカードを切ってくる。私が1枚しかないことを知っているから安心して切ってくる。結局私は自分で勝負して12枚のカードを背負い込んでしまった。
先日水曜日、バンビーニの練習があった。スタートの位置まで歩いていくことになった。R男とK男が会話をしながら20m先を歩いていたので、夜だしわからないだろうと我慢していたおならをした。すると2人は即座に振り向き「コーチ、今おならしたでしょう」とニコニコして寄ってくる。「いや、してないよ」ととぼけても、もう彼らの顔が確信に変わっていた。無口のK男は身体が震えている。顔を見るとくしゃくしゃに笑っている。逃れられないなとなかば諦めた。
「聞こえたか」「うん、はっきりと」「そうか、それはおならじゃなくって『祇園精舎の鐘の声』だ」「なにそれ?」「『諸行無常の響きあり』ということだ・・・誰にも言うなよ」「うん、だ~れにも言わないよ」とR男は「デヘヘへ」の笑顔をした。ダメだこりゃ、R男のイントネーションも「だ」と「れ」の間が無駄に長かったし「言わないよ」の「わ」が上に丸くつりあがっていた。こういう時は絶対に喋る。ここで話さなくても家に帰ってから喋る。間違いない。これでまた威厳が無くなった。きっと来週からは殺人の現場を見られた犯人のような気持ちで接することになるのだろう。
それにしても、こども達は2人で喋りながらなぜ偶然の音に気づくのだろうか、こどもは犬と同じ聴覚を持っているとしか思えない。これまで400mのトラックでは、200mのスタートは、周りに迷惑のかかるホイッスルではなく手を振ったり帽子を振ったりして合図していた。しかし、今後は犬笛を吹いてスタートさせようかと真剣に考えている。
第175回「生存者バイアス」(2022年4月30日)
人は先入観や偏見をもつことがある。東北弁を話す人は素朴で、関西弁を話す人はうさんくさいと色眼鏡で見てしまうのはその典型だ。先入観や偏見は多くの場合は取るに足らないものだが、これが国家や企業などが計画を作ったり分析をする場合に現れると、その結論は危険なものとなる。
「生存者バイアス」という言葉がある。
「バイアス」とは多くの場合、「偏りを生じさせる何か」を意味する。例えば「評価にバイアスがかかっている」と表現した場合、「評価者が持つ先入観や偏見が影響して偏った評価がなされている」ことを意味する。
第二次世界大戦中、爆撃機の生存(帰還)確率を上げるため、戦場から帰ってきた爆撃機の被弾の痕をアメリカ軍が調べたところ主翼や尾翼などの特定の部位に集中していた(図はウイキペディアより引用)。
この結果を見て、軍部は「被弾の痕が集中している部位のボディを強化しよう」と提案した。しかし、統計学者のエイブラハム・ウォールドは、これに異議を唱え「むしろ、被弾の痕が無い部分のボディを強化するべき」と提案した。
軍部は、戦場で生き残って帰還した爆撃機の状態を基準に対策を練った。一方、ウォールドは、戦場で生き残れなかった爆撃機の状態を踏まえることで、致命傷を避けられるとした。
つまり、彼は帰ってきた爆撃機の被弾の痕が無い部分をもし撃たれたら、帰ってこれないような致命的な損傷につながるのではないかと考えた。軍部は墜落した飛行機を探すのは大変だ、大なり小なり帰還した飛行機と同じでそれ以上に撃たれたから墜落したとした。その結果、生存したもののみを基準に判断を行い、生き残らなかったサンプルを除外して結論を出す。すなわち、生存者(帰還した飛行機)だけで判断するという(「バイアス=先入観、偏見」がかかっている)軍部の過ちを指摘した。
ここまで極端な例を出さずとも身近にも「生存者バイアス」の例がある。いろいろなスポーツで実績のあるコーチや監督が、たびたび体罰の有用性について主張することがある。彼らの主張は、おおむね「実績のある選手はみな、体罰を受けて成長した」となる。
しかしこの主張は、体罰が日常的におこなわれたその集団の生き残り(生存者)にしか目を向けていない。活躍できる才能を持った選手が、体罰によって芽を摘み取られてしまった可能性を無視している。彼らは最後まで部活を続けず辞めてしまうか、辞めなくともやる気をなくしてしまっている。もし体罰をせず指導していれば・・・
もうすぐ5月だ。バンビーニでも新規入会する子もいるが辞めていくこどももいる。強化指定選手に成ることを最終目標にしていることは、HPにも記載しているし入会の時に説明しているのでこの前提でバンビーニは練習している。
こどもは誰もが指定選手になれる可能性を持っている。しかし、実際にはバンビーニでは4割の人間は強化指定選手になっていない。小学生の時はつきたての餅のようにどんな形にもなれる。その4割の人間をどう育てるのかが問題だ。鏡餅のようになってからでは遅い。
ラストスパートに生きがいを感じているこどもがいる。平均ペースで走る子もいる。しかし、バンビーニではこの走法を封じている。埼玉県の陸上の方針が強化指定選手育成にあるのだから、記録をクリアすることが必須である。そうでなければ指導する中学高校の先生たちに気づいてもらえない。記録を出すためには最初から飛ばすということが必要であり、これが当クラブの原点だ。
しかし、我々大人はこれまでの経験から知らず知らずに偏った独自の発想に陥っていく。いったん形成されると誤りに気づき、正していくことは至難の技となる。
強化指定になれたのは人一倍の練習をした各自の努力の結実なのだが、練習メニューや運営の仕方が強化指定選手になれたとコーチは思いたい。しかし、強化指定選手に育った子どもたちと同じ練習メニューを実行しても、残りの子に効果がなかったのはなぜだったのかという疑問が生じる。塾のせいなのか、自主練をしなかったからか、逆に過剰な自主練のせいなのか、兼用している他種目の運動のせいなのか、はたまた私の性格や指導方法を嫌ってのことなのか、辞めていったこどもたちに聞きたいところだが、小心者の私には追いかけて聞く勇気がない。
第174回「記憶術」(2022年4月23日)
兄弟姉妹で同時に入る子もいるため、バンビーニのこども達は苗字ではなく名前で呼んでいる。今年の特徴はラ行う段の「ル」から始まる名前の子がたくさんいることだ。ルリ、ルイ、ルキ、ルナ、ルル、覚えるのが大変だ。最初は一種のあだ名で覚えることにしている。例えば、ルルは3人きょうだいの3番目に当たるので「ルル3錠(三女)」と覚えている。しかし、この覚え方は薬のCMを知らないこども達にはまったくウケない。
「たいが」と呼ぶと同じ名前の子が2人いる。ある時、生意気な方の子が「どっちのたいがよ?」と質問することがあった。「いい男の方だ」と答える。皆納得。しかし、よせばいいのに学童でもやってしまった。ある日「こはる」と呼びかけた。いつも小うるさい女の子が「どっち?!」言い方もカチンと来たので「可愛い方のこはるだ!」マネージャーにこっぴどく怒られた。
バンビーニではタイムや順位などが人物についてくるのでさほど苦労せずに名前は覚えてしまうが、学童のように安全安心な場をつくるだけの集団だとよっぽど個性的でないと名前は覚えられない。大人しいあるいはいい子だけだと私の印象には残らない。
こどもの名前は、通常次のようなことをきっかけとして覚えることが多い。
(1)変わった名前かなつかしい名前
学童でも名前で呼ぶことが多いので苗字は関係ないのだが、本人が強く苗字を強調するので覚えてしまった。「僕の名前は“えのきぞの”Yです」確かに「えのきぞの」は人生初めてであった。社会人のときには「大王丸」という人がいた。この人には名前ではかなわない。取引先の人は絶対に彼の名前は忘れないし、おもしろがって積極的に名刺をもらおうとしていた。私のような入山という名前では所詮先祖は「木こり」か「またぎ」と想像されてしまう。取引先の人にとっては単なる“路傍の石”的名前だ。だから、覚えてもらおうと自然に多弁になった。
バンビーニには女の子に「○○子」という名前の子がいない。学童には唯一「やえこ」がいる。なつかしい名前なので忘れない。一方「△△男」はバンビーニにも学童にも1人もいない。昔はクラスの1/3が△△男だった。私だって“まさお”なので親父のような偏屈な人でなければ「政男」になった可能性が高い(実際は「政夫」)。同級生に双子の兄弟がいた。名前は「一男(かずお)」と「次男(つぐお)」だ。我々は「カズ」「ツグ」と呼んでいた。いまから思うと双子という条件下では安直な名前だった。こどもの時は凄いなぁと思った金太郎、銀次郎、銅三郎の3兄弟もいいかげんな付け方だった。昔は父親が真剣に画数や言われや吉兆の漢字などに無頓着な家が多かった。8人の兄姉の後、祖母は末っ子(その時は)として生まれ、これ以上増えないようにと「とめ」という名をつけられた。しかし、父親の願いに反しその後弟2人が生まれた。
「大次郎」「拓蔵」など昔風の名前はすんなり頭に入る。
内緒で言葉遊びもしている。ここにはネネという速い女子中学生と漫才の中川家のお兄ちゃんに似ているジュンという3年生の子がいる。私はいつも好んで「ジュンとネネ」と続けて呼んで1人ウケている。私の若い頃の女性デュオ「じゅんとネネ」の響きと重なり、なつかしく思えるからだ(バンビーニのジュンは男の子だが、まもなく活躍をお見せできると思う)。
(2)怒っても離れないこども
学童ではいつもちょっかいを出してくる子やズルをする子を怒るが、まったく懲りない。時々頭に来て懲らしめ泣かしてしまうが、それでもまた寄ってくる。飼い猫のようにまとわりつく。喧嘩しても大人同士の世界と違い「二度と口をきかない」ということはない。「トムとジェリー」の関係がまた心地よく、表の態度とは違って「また来ないかな」と思っているくらいだから、自然と覚えてしまう。
(3)問題児
リョウタという子が中学に入ったので学童に挨拶に来た。昔はちょっとした問題児で道路でカードゲームを仕切ったり、煙草を吸うモノマネが板についていたり、女先生達と取っ組み合いのケンカをした。お母さんも閉室を5分過ぎた19時05分に「セーフ」といって入って来たり、息子のことを報告すると自分のこどもを守ろうと異常に熱くなるタイプだったが、そのお母さんも落ち着いてきた。あの頃は苦しかったのであろう、2人で犯罪を犯すのではないかと心配するくらいだった。どんなに問題児でもいや問題児であったからこそ礼儀正しく成長する姿にほっとする。お母さんにそっくりな顔をした「りょうた」はお母さんと共に忘れることはない。頑張れ、リョウタ!
第173回「初年兵と1等兵」(2022年4月16日)
学童は新1年生が入学して2週間が経った。今年は1年生と2年生で35人を超えたため、評価点が低くなる3、4年生で残れたのは4、5人であった。
2年生は新一年生に学童の玄関から外遊びの校庭までの行き帰りを教える。リーダーは積極的に手を挙げたK男となった。K男は曲がったことが大嫌いでルールを厳格に適用する。お喋りは厳禁、列の曲がりもゆるさない。曲がっていると走って行き注意をする。まるで羊を誘導する牧羊犬のようであった。
R男は外遊びの際ケンカしている1年生に「H男が言うのはわかるが、ここはそうじゃない、僕は○○と思うんだ」と諭していた。つい最近まで「抱っこ!」の男の子だったのに・・・こどもは成長するものだ。彼らは過去先輩たちの行動を見ていた。今度は僕らの番だと自覚してきたのだと思う。
K男が私のところにやってきた。「イリ、ちょっと聞いてよ。S男(新1年生)が僕に対して『黙ってて』と言った。先輩の僕に対してだよ。失礼だと思わない。怒ってやったよ」と訴えてきた。
「えっ」と思わず言ってしまった。「先輩」「失礼」などという言葉がK男から出て来るとは思わなかった。以前私が彼に何回も言った言葉だ。半年前までの君の行動を思い起こしてみたらと言いたくなるが、言葉の意味はわかっていてくれていたようだ。
こうしてあらゆる場面で1等兵に昇進した2年生が初年兵である1年生を教育し始めている。
マネージャーのほめるテクニックも1等兵の行動を後押ししている。皆が騒いでいる時に「静かにするよ」と言った2年生の子に「S君えらいね、皆に注意してくれた。皆もルールは守ろうね」と褒めた。
しかし、こどもは機を見るのに敏である。それからは少しでも喋るとあらゆる子が「静かにするよ」と大声をあげる。皆が我負けじと注意するものだから「そっちのがうるさい!」と私は心の中で怒鳴っている。
名前で注意する子も出てきたが、言った者勝ちである。寸前まで自分がうるさかったのに場の雰囲気が変わってくると「○○くん静かにして!」という。途端に自分の方が上位の立場になる。言われた方はとんだいいがかりである。注意をした子は顔もきちんと「怒り顔」になっているし「呆れた奴だ」の顔になるのだからたいしたものだ。しかし、意地悪から出てきた行為ではない。機を見るのに敏なこどもの特性が感じられる行動である。
一方新1年生側では変わった子が入ってきたので波風が立った。その子は体が大きい。背も横幅も大きい。関脇のような体格だ。
女の先生だと弾き飛ばされてしまう。校庭では砂を持ったり石を持つこともある。まだ同級生とはケンカしていないようだが、多分誰も勝てないだろう。2年生でもやられてしまうに違いない。だが、問題は体ではない、A男の口の利き方にある。外遊びにいったとき女先生に「ばか」とか「くそ(ババア)」とか言った。初年兵は口の利き方、正しい行動を教えなければならない。幼稚園とは違うことを厳しく教えなければならない。
天から黄門様の声が聞こえたような気がした。「イリさん、懲らしめてやりなさい」と。仰せのとおり砂場で懲らしめてやった。悔しかったのだろう、砂場で大の字で涙を流しながらしばらく空を見ていた。
学童に帰ってきて遊びの時間になぞなぞをした。J子が「パパやママにはなくておじいちゃんやおばあちゃんにあるもの、な~んだ?」と問いかけてきた。
「しわだ」と自信を持って答えた。「違うよ・・・わかんない?答えは『くそ』だよ。くそじじいやくそばばぁとは言うが、くそパパやくそママという言葉はない」とJ子に鼻で笑われた。
言われてみるとそうだな。私も女先生も年寄だからAの表現はまんざら的外れな言葉ではなかったのではないか、少なくとも懲らしめるほどではなかったのではと自戒の念が湧いてきた。
第172回「ステップアップとステージアップ」(2022年4月9日)
私が高校生の頃、陸上の大会は城東支部、東京都、関東大会、インターハイと上がってくシステムだった。2年生までは東京都大会でライバルとしてきた同級生がいたが、その子が東京都大会で3位入賞し関東大会、インターハイと進んだ。その子とライバルだった(東京都大会は7位)のに翌年はまったく歯が立たなかった。今から思うとその子はステージアップしたのだ。私はステップアップしていたのだがステージアップの人間には勝てない。このようにステップアップとステージアップは大きな差があるのだ。
バンビーニで教えた選手で凄い子はたくさんいるが、S子のステージアップは特筆する。
S子は2019年まではA子に歯が立たなかった。しかし、2020年コロナ禍の中大会数はほとんどなくなったが、休まずに練習をして追いついた。バトミントンに関心が移ったA子とはその後4ヶ月で劇的に力の差をつけた。S子は2021年3月27日以降ステージアップをしたと言える。それは練習態度にも現れ、サボる子に同調しなくなった。サボる人間を積極的に諭すことはしないが、我関せずの態度で押し通した。2022年3月27日には1000m3分18秒70まで記録を伸ばし卒業していった。
惜しむらくはA子で、血統的にもスピードを持っていたので、S子と続けていたらS子より先に指定をとっていたと思われる。もっと練習に関心を持たせる工夫をしてあげればよかったと反省している。
2019年 |
2020年 |
2021年 |
|||||||
9月22日 |
2月5日 |
3月27日 |
|||||||
1000m(草加選手権) |
400mx5インターバルの一環 |
1000m(越谷選手権) |
|||||||
A子 |
4.01.69 |
A子 |
1.35 |
1.45 |
1.41 |
1.37 |
1.44 |
A子 |
3.36.31 |
S子 |
4.14.57 |
S子 |
1.38 |
1.49 |
1.46 |
1.48 |
1.47 |
S子 |
3.27.08 |
|
3月11日 |
|
|||||||
400mx5インターバルの一環 |
A子は3月から |
||||||||
A子 |
1.43 |
1.43 |
1.43 |
1.37 |
1.30 |
バトミントンへ転籍 |
|||
S子 |
1.46 |
1.45 |
1.46 |
1.37 |
1.42 |
|
|||
9月9日 |
|||||||||
400mx5インターバルの一環 |
|||||||||
A子 |
1.29 |
1.30 |
1.39 |
1.43 |
1.40 |
||||
S子 |
1.29 |
1.31 |
1.33 |
1.36 |
1.39 |
||||
11月28日 |
|||||||||
1000m(日清カップ) |
|||||||||
A子 |
3.48.88 |
11月以降A子練習頻度激減 |
|||||||
S子 |
3.43.39 |
この子がステージアップしたと感じるようになったのは、タイムだけではない。その態度振る舞いにある。以前にも書いたが練習がまじめで“速くなりたい”の一心で自分を変えようとしていた。
人間は人生の節目や事故、事件、病気、受験などで自分を変える衝動に囚われるものだ。それを実践すると物の見方や好みが激変する。
例えば、今までずっと彼氏がいなくて友達と遊ぶことを人生の楽しみとしていたとする。しかし、大学に入って突然彼氏ができた。会う時間は減ったけど、友達は応援してくれているし話も聞いてくれる。でも、なんだかしっくりしない。…昔は好きなものや選ぶものも一緒だったし、行きたい場所も同じだったのに、なんでだろう?
自分が出す周波数が変わったために、友達と見ている世界が少し変わってしまったのだ。似たような波動域にない人とは繋がることが難しく、話をしていても「言葉は通じるけど、会話ができない」状態になり、ついには会うこともなくなってくる。
今までは仲間だと思っていたのに、急にキラキラし始め別の人のようになってしまった場合、周りの人は居心地が悪くなって今までのステージに引きとめようとする。所謂ドリームキラーと呼ばれる人たちがいる。この手の人間に係ってはいけない。
人間ステージが上がると、過去に大好きだったものに興味がなくなる可能性がある。波動が上がる場合、自分の視野は広くなる。そのため、選択肢が増え、過去好きだったものがそんなに魅力のないものに見えるようになることがある。いま好きな韓国のアイドルグループはあと5年で忘れるよ(これを言うと皆怒るだろうけど・・・)。
中学校は小学生だからでゆるされたことも、中学生になるとゆるされない半大人社会だ。陸上においてもステージが3つも4つも上の先輩をみることになる。だからこそ、自分自身のさらなる変化を必要とする。人生が次のステージに進もうとしているのに、そのサインを無視すれば、成長はストップする。チャンスに後ろ髪はない。しかし、チャンスが何なのかわかる人間は稀である。
これからは脱皮して大きくなる蝶のように振る舞えるかどうかが問われることになる。
第171回「模倣犯」(2022年4月2日)
小学生は友達と同じキャラクターグッズを集めたり、同じアイドルグループを追いかけたりする。友達と同じ靴を履いたり、給食を同じ順番で食べようとするなど、こどもの「友達の真似」に悩む保護者は少なくない。独創性がないとか個性がないとか。しかし、ご心配なく。
心理学の有川教授は「周囲の行動を真似るのは成長の過程」だと言い、「真似」が子供の成長において重要なものだとしている。
周りの人たちの動作を見て真似ようとするのは、周囲を見ている・関わろうとしているということ。社会性を身につけようとする健全な成長で、むしろ、その子の個性や独創性は周囲の「真似」の積み重ねによって成り立っている。
たとえば、隣の子と同じ絵を描いてみようと真似ることや、ごっこ遊びの中で友達と同じキャラクターを演じること。そんな「一度おなじことをしてみよう」という体験が積み重なって、「自分はこうしてみよう」という発想がわいてくる。
逆に「まったく真似をしない子どものことも、気にかけてほしい」と有川教授は言う。子どもの「真似」が成長に欠かせない過程である、ということは、子どもがまったく「真似」をしない場合は対人関係や発達に困難を抱えているケースがあるとしている。
陸上の世界でも模倣はちょくちょく起こる現象である。次の写真を見てほしい。
柔軟体操で開脚して左足に体をつける練習だ。他の選手は体を左足に倒しているが、A男とB男は右足に倒している。A男とB男が間違っているのだが、状況はA男が人の話を聞かないタイプ、B男はA男に一目を置いている。B男は無条件にA男に従う傾向にあり、A男と同じように行動することが多い。左からと言っても必ず何人かは右足からやる子がいる。印西のかけっこ教室のように全く知らない者同士でもこどもは比較する人間がいるようである。その子が間違えると数人の人間が間違える。コーチの言うことより自分が意識するこどもの真似をする。
強い選手の走り方を真似るこどもがいる。何が良くて何が悪いかは本人はわからない。ただ彼が速いということだけは事実なのだ。まずは同じ走り方をすれば速くなるというのは自然な考えである。自分なりに彼の特徴をとらえている。我々コーチから見ると矯正しようとするところまで真似てしまうことがあり、どんなに速い選手でも悪い点は皆の前で指摘している。それは速い選手を教育すると同時にこれから真似ようとするこどもにも注意を喚起している。
しかし、いいことばかりでなくサボることも真似をする。バンビーニでは「トイレ」というワードが重要となっている。足が痛いとか気持ち悪いとかで休むことはあまり許されない。ただし、「トイレ」と言えば「仕方ない。皆の前で漏らしてしまうのは本人がひどく傷つく」と思っているので、簡単に許可してしまう傾向にある。こどもたちはこの様子を見ているので、苦しくなると「トイレ」となる。模倣犯を地でいっている。だからインターバルでは1本どころか2本も休める。強くなりたい子はこのような行動はとらないが、目的がはっきりしていない子に多い。
家庭内でも「真似」がある。次男は長男の真似をする。しかも何がダメで何んだったら許されるのかをじっと見ている。父親が怒るのはどういうときか、褒められるのは何をした時か、そしてそれを見て自分はうまく家庭内を渡ってる。
意味があるのか疑わしい行動も真似をする。大会で100m種目の場合ほとんどの選手は大地に一礼してスタートラインに着く。スタブロの足を置く前にジャンプする選手もいる。100mではスタートが最大の注目点で、短距離選手は先輩たちの一挙手一投足を注視しているからだ。誰かに教わったわけではないしコーチが指導したわけではない。長距離の選手はこのような形はあまりない。
こどもにはよい手本(先輩)がいれば全体がアップする。長距離の集団的効果は練習の際、速い子の戦術(走り方)やラストスパートをするタイミングなどを学ぶ、有効な真似のできる環境を提供していることである。
第170回「大人の童話」(2022年3月26日)
学童の“帰りの会”で、童話の「浦島太郎」を朗読した。
浦島太郎の話は、おじいさんになってしまう玉手箱をなぜ乙姫様は渡したのだ、という疑問が小さい時からある。その日は考え過ぎて夢を見た。「大人の童話」を朗読している自分がいた。
時は昔、出だし中盤は同じなので割愛、後半も似たようなもので省略。大人の童話は終盤から話が始まる。
「一度ふるさとに帰って両親に会ってきたい」
乙姫様はそれを聞くと、私より両親が大切なのかと内心怒ったが、したたかな女性なので、その心を抑えて言った。
「この玉手箱を大事に持っていてください。そうすればまた竜宮城に戻れますよ。それまでは決して(あなたが自分で)この箱を開けてはいけませんよ」。
太郎が亀の背に乗って村に帰ると、自分の家はおろか村の様子がすっかり変わっていて、太郎の知っている人が一人もいなくなっていた。村のおじいさんに昔のことを聞いた。「ここの1人息子は釣りに行って行方不明になり浦島家は途絶えたらしい。その親が死ぬとき家や土地や家財を村に寄付したそうだ。太郎が帰ってきたら面倒を見てくれとな。しかし、戻らなかった。そのため100年経って記念に建てたのがその人の墓だ」という。
浦島太郎が竜宮城で過ごしているうちに、地上では300年も経っていたのだった。困った太郎は、玉手箱以外にもらったお土産を少しずつ売って生活の糧にした。そこそこのお金になった。ある日、噂を聞いた女が尋ねてきて一夜を伴にした。女は太郎が寝ている間に玉手箱を盗んで逃げようとしたが、玉手箱の中身を見ようとした途端白い煙がモクモク・・・女の姿はおばあさんになった後消えてしまった。猜疑心の強い乙姫様は太郎の浮気はゆるしてもその相手は絶対にゆるさないのだ。玉手箱はそもそも女の化粧箱で女性なら興味がない者はいない。だから太郎に近づく女は必ずさわると乙姫様は読んでいた。玉手箱は浮気防止器だったのだ。翌朝起きた太郎は女がいなくなったことに気づき、転がっていた玉手箱に蓋をしていつものところにしまった。
数日後太郎が借りていた家に強盗が入った。「やい、お前は骨董品をもっているそうじゃないか、ここに出せ」という。怖くなった太郎は玉手箱を差し出した。強盗が蓋を開けると白い煙がモクモク・・・強盗はおじいさんになった後消えてしまった。太郎は驚き急いで玉手箱の蓋を閉めた。玉手箱の煙は消えてなくなる効果があるらしい。警戒心の強い乙姫様は太郎をないがしろにする者は許さないのだ。玉手箱はそのための武器のようなものでもあった。
しかし、逆に太郎はそんな恐ろしいものはいらない、売ってしまえと骨董商のところに持って行った。しかし、骨董商は品定めのため、必ず玉手箱の蓋を開けるのだ。そのたびに骨董商は消えて行ってしまい、取引が成立しない。ほとほと困り果てた太郎は、こんな状態なら玉手箱を開けて自分も消えようと思った。自殺しようとしたのだ。
ただ、消えるのを目の前で何度も見て来たので、小心者の太郎は腰が引けて少しずつ開けた。そのためかかる煙の量が少なくなってしまい、太郎はおじいさんまでで煙はなくなってしまった。
一度死にかけた人間は生にこだわる。
しかし、おじいさんでは働くこともできない。蓋は鼈甲で装飾されていたため、それだけでも価値があった。太郎は転がっている蓋を売ってたくさんのお金をもらった。蓋を売ってしまったので、白い煙も溜まらず、消える心配はなくなった。箱の中には真ん中に大きな真珠がほどこされていた。これを引っ張ってとった。この真珠を売ればさらに家一軒買える。死ぬまでは困らないであろう、そう思うと明日売ることにした。
寝ていた時、暗闇で真珠のあった穴から光が出ていた。その穴を覗くと300年前の亀を助けている若者がいた。しかし、よく見ると亀をいじめている少年の1人は自分であった。亀を助けた男も成長した自分であった。見方を変えると村に戻った時に最初に話しかけたおじいさんは今の自分であった。そこは時空の中を駆け巡っている自分が見えた。
真珠を売りに行く途中、竜宮城に行くことになったあの海岸に立ち寄った。「乙姫様はどうしているのかな」とふと思った。でも玉手箱はなくなったので帰れない、そう思った時亀が陸にあがってきた。自分の前まで進んで来ると亀は乙姫様に変身したのだ。「さあ、ご両親も亡くなられたし、今度はずっと私と一緒にいれますね」「うん」太郎は頷いてしまった。その途端、太郎は鶴になり気持ちも体力も若返った気がした。乙姫様も亀の姿に戻り鶴を上に乗せ竜宮城に向かった。
なぜ竜宮城というのか、それは乙姫様の前の夫が竜だったからだ。今度は鶴だ。鶴にちなんで竜宮城を鶴ヶ城と改名した。名称などは乙姫様にとってはどうでもいいことなのだ。なぜなら、もともとはシーパラダイスというテーマパークだったのだから。
鶴は千年、亀は万年という。
めでたい言葉だが、よく考えると、乙姫様は1万年の寿命、鶴になった太郎の寿命は千年なのだ。長い時間を過ごすことになるが、700年後乙姫様はそわそわし始めるであろう。そう、乙姫様は太郎の死後、あと8人の男と生活を伴にする計画になっている。太郎はそのことを知らないのだ。1万年の時間をどう飽きずに過ごすかが乙姫様の重要な問題なのだ。
そもそも乙姫様は御伽草子の作者がつけた名前であり、本当の名前は「貶め(おとしめ)様」なのだ。
第169回「リンゲルマン効果」(2022年3月19日)
20世紀初頭「人間のサボりのしくみ」をドイツのリンゲルマンという農学者が「綱引きでの牽引力を測定する実験」で解明しようとした。
その結果,1人だけで綱を引いた時の力を100%とすると、2人で引っ張ると1人当たり93%、3人では85%、8人では半分になってしまうことが分かった。
これにより、「集団で作業を行う場合、メンバーの人数が増えれば増えるほど1人あたりの貢献度が低下する」という現象が確認された。
人が増えると無意識に手を抜くこの心理現象が、「社会的手抜き」あるいは「リンゲルマン効果」と呼ばれている。
そのしくみはこうだ。
他にも参加している人がいる場合、「何も自分が頑張らなくても誰かがやるだろう」という共同作業の落とし穴に落ちてしまう。昔、祭りで神輿をかついでも私はぶらさがっているだけだった。それでも神輿は動いた。
また、他の参加者が有能である場合、自分が努力してもその成果はあまり目立たない、「そんな中で努力しても報われない」と考え、手を抜くというケースもある。
逆に、他の参加者が不熱心な場合、「自分一人頑張ってもバカらしいのでサボってしまおう」と考えるケースなどもこれに該当する。
2015年には、NHKの番組で、リンゲルマン効果を検証するため綱引きのプロである「綱引き連盟」の人たちに同じ綱引きしてもらった。この場合1人→3人→8人と試してみても、一人あたりの力は全く低下しなかった。リンゲルマンの実験にランダムに参加した人間と比べ、綱引きに対する意識が違っていたからだ、と容易に想像できる。
NHKは無差別に集めた学生に手抜きさせないためにはどうするかと考えた。そこで、応援のチアリーダーを投入したところ、1人の時と同じ力が発揮された。社会的手抜きが消えたのだ。
NHKではさらに一捻り加えた。別の学生のチームに対して、「特定の一人だけの名前を呼んで応援」するというものだった。その結果、その応援された一人の部員だけは手抜きをせずに頑張ったものの、他の部員はさらに手を抜いてしまうという結果となった。
この実験の教訓は、こどもたちが集団の中でも手を抜かずに頑張るには、自分のことを見てくれている誰か、応援してくれている誰かの存在が必要不可欠ということだ(もっともこれはこどもだけでなく大人にも当てはまるが・・・)。こどもの気が散るからといって見学を控えてもらうクラブもあるが、バンビーニでは保護者の存在を必要としているし、コーチの声掛け(褒めるだけでなく怒ることも)はさらに必要だと考えている。
「練習課題を魅力あるものにする」「その集団に属していることへの魅了を高める」といった工夫も、社会的手抜きを防ぐ効果がありそうだ。
バンビーニでは通常長距離を年齢・実力によって3つの集団に分けている。一度ある子をAクラスにあげてみたら前のクラスの方がタイムがよかった。下げてみたらAクラスの最下位のこどものタイムより速かったという不思議な現象が起きた。
上げた時モチベーションは上がるのか、ランクを下げたらどうなるか、今後その効果を科学的に解明したいと思う。この場合こども1人ずつの個性が影響するのだろうと予想される。また、練習内容によってグループ分けの変更も行ってみたい。それは「練習の課題を魅力あるものにしたい」し、「バンビーニのAグループに所属していることの魅力を高める」ようにもしていきたい。
あまりにもタイムにバラツキの多いグループ分けはあきらめるこどもも出てくるなど非効率的な面がある。同じようなレベルで構成されるグループ分けの方が伸びると思っているが、同じレベルだとリンゲルマン効果が表れるが、この場合少し速い選手を1人入れることで手抜きを避けることができると考えている。綱引きとは違った「長距離走の集団効果」を引き出し、いつの日かその効果をご報告したい。
第168回「ちょっと、待った!」(2022年3月12日)
学童での話。
2年生のD男が私のところにニコニコしてやって来た。「D男、馬鹿にうれしそうだね」「うん、僕ねA子ちゃんとF子ちゃんとT子ちゃんに『しかえし』しようと思っているんだ」「仕返し?おいおい物騒なこと言うなよ、何があったんだ?」不思議そうな顔をした彼はニヤッと笑って「イリはバレンタインにチョコレートもらえなかたから心配いらないよね、気楽だね。僕はね、チョコレートを3人からもらっちゃったんだ、うふ。ホワイトデーになったら、もらった男子は女子に『しかえし』しなきゃいけないらしい。何がいいと思う?」
「ちょっと、待った!」
「D男、それはきっと『しかえし』ではなく『おかえし』というじゃないかな。仕返しは『嫌なことをされた者に対してやり返すこと』なのだよ。皆と喧嘩になっちゃうよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
女の子と遊んでいた時、突然小1のR子が「イリ、K子ちゃんがイリとキスしたいんだって」、「えっ、ないないない」とK子。よせばいいのにR子がさらに囃し立てるものだから、K子は強く否定したかったのだろう「私ね、イリとは『二度と』キスしないから!」という。
「ちょっと待った!」
「K子、私との関係を強く否定したいのだろうが、『二度と』というのは『一度過ちを犯してそれを悔い改める時に使う言葉』なんだよ。こういう場合は『二度と』ではなく『絶対に』しない、というのだよ。ここをはっきりしないと私は学童をクビになってしまうし、浦和警察署に連れて行かれてしまうよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「俺を怒らせたらどうなるかわかっているか。お前をボコボコにしてやる」R男は外遊びの際、必ずこうタンかを切ってくる。校庭に出て、「ヨシ闘うぞ」というと逃げまどう。今度は「俺の逃げ足は日本一すばやい」といって逃げるが、20mくらいで追いついてしまう。捕まえてお尻ペンペンをして解放してやる。10mくらい離れてから「今日はこのくらいにしてやる」と言う。まるで吉本新喜劇のようなオチを入れる。彼は池乃めだかを知らないのに・・・笑ってしまうが、言わないわけにはいけないので、
「ちょっと、待った!」
「決闘の場合、その言葉は勝った者が言うのであって負けたものは『参りました』というのだよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
入会した頃「先生、抱っこ!」と言っていた1年前から比べれば進歩したのだが・・・
1年生のR子が帰りの身支度をしていた。「今日のお迎えは誰だ。おじいちゃんか」「うん、おじいちゃんだけど、来週からは違うんだ。わたしんち、お父さんのお父さんとお母さんと一緒に住むことになったの。お母さんのお父さんとお母さんはそばにいるので、以前からおじいちゃん、おばあちゃんと呼んでいたの。でも、同じ呼び方をするとどっちかわからなくなるのでジジーとババァと言うことにするって、お母さん言ってたよ。だから来週からはババァが来る」
「ちょっと、待った!」
「おいおい、それを言うならジージーとバーバーだろう。いくらお母さんにとって義理のお父さんお母さんでも短縮形では呼ばせないと思うよ。言葉を縮めると怒られるよ」
「ふーん、そうなんだ」
こどもは言葉を覚えるのは速いが、聞き違って覚えることも多い。しかし、この聞き違はそれなりの理由なり背景がある。大人がはなから無視したり理解しようとしないと、こどもとの間に溝が出来てしまう。
なぜこの子はこのようなことを言うのか、何と勘違いしているのか、と考えると何を言いたいのか段々わかってくるものだ。
間違った言葉はそれはそれで微笑ましい。初めて聞くとなんか楽しくなってしまう。本音を言うと、もう少しその言葉をころがしていたいのだが、その子の将来の為に訂正しなければならないのは、ちょっぴり残念なのである。
しかし、世の中正解ばかりで間違いのない世界だったら、何と味気ないことだろうか。
第167回「永遠の0」(2020年3月5日)
昨年12月に男子マラソンの日本記録保持者・鈴木健吾(富士通)選手が女子マラソンで東京五輪8位入賞を果たした一山麻緒(ワコール)選手と結婚した。
この2人の間に生まれたこどもは将来マラソン選手になり、父親を超えることだろう。遺伝的には非常にシンプルな組み合わせだ。つまり長距離に強い父と長距離に強い母の遺伝子を併せ持つからだ。さらに、鈴木健吾選手の父親は高校駅伝に出た長距離ランナーでもあった。競馬で研究されている祖父の血も優れているのだから、生まれた子は長距離が強いと思われる。
中距離のエースである田中希美選手もサラブレッドである。父健智氏は3000m障害で日本選手権に出場、母千洋氏は北海道マラソンに2度優勝している。
しかし、陸上競技を遺伝という観点から研究をする人間はいない。なぜなら鈴木・一山夫妻の子が成人するまで(結果が出るのに)20年はかかるのである。またそのこども(鈴木選手の孫にあたる子)を研究するにはさらに20年以上がかかる。また最悪の場合18歳でこどもに走る意思がなくなり勉学に進まれたら、研究はそこで終わってしまう。自分のタイプでもない人と結婚したくないと言い出すかもしれない。そんなリスクのある学問に優秀な学生は向かわない。「陸上競技と遺伝の関係」という学問は「永遠の0」の学問だ。
一般に言えることは、カエルの子はカエルなのである。トンビが鷹を産むことはない。しかし、時間軸を長くとれば別の話になる。生物学は進化というものを認めている。
ラマルクの「用不用説」は「獲得形質が遺伝することで、生物が進化する」としている。生涯の間に身につけた形質(獲得形質:機能、特徴、形態など)は小さくとも子孫に伝わる。蓄積されたものはごくわずかでもその形質が何世代も続けば大きな変化となる。
ラマルクは代表的な例としてキリンをあげた。
キリンはほ乳類の中にあって、他のものと比べて首が異様に長い。それを進化で説明しようとすれば、元は首が短かったと考える。キリンの首が長いのは高い枝にある木の葉を食べようとして、いつも首を伸ばしていた。そのために次第に首が長くなり、大人になるまでには首が長く、強くなる。
そのようなキリンが子供を生めば、生まれた子供にはその形質がわずかに伝わるので、親が生まれたときよりも、その子供の首は少しだけ長くなっている(はずだ)。
キリンはそのような生活を何千年にもわたってアフリカのサバンナで繰り返していた。その結果長い年月の間に首が伸びた(と思われる)。
もし、日本が国と国民をあげて支援し、鈴木選手のこども(男の子と仮定する)が20年後、同じように女子マラソンの優勝者と結婚し、これを100年間同じような結婚が繰り返えされたら、第57回オリンピック競技大会で1時間55分の世界記録での金メダルを獲得する(かもしれない)。
しかし、人間は感情があり意志がある。学者がコントロールできるエリアは少ない。競走馬の配合のようにはいかない倫理的な問題も存在する。しかし、陸上競技の中距離やマラソンで、田中選手や鈴木選手のような世界のトップクラスの選手になれるのは、遺伝子にめぐまれていることが必要条件とはなるだろう。しかし、十分条件ではない。たとえ遺伝的優位性があってもその素質を充分に伸ばす環境に恵まれなければ、世界のトップレベルにはなれないのである。
多くの陸上選手は遺伝的アドバンテージがないが、実際はその後の環境次第でかなりのレベルの選手になれるということがしばしばみられる。
こどもは親を選べない。だから自分の生まれた環境を嘆くのではなく、トンビなら鷹になるよう爪を研ぎ降下スピードを増す練習を続けるのだ。しかし、小さいうちから自分で練習メニューをつくることは難しい。その場合、所属するクラブのコーチに任せることだ。小学生のうちは指導者の影響が大きいのは当然のことで、私達コーチの責任は重い。
生育していく環境の要因によって、カエルの子がカエルのままで終わることもあるし、カエルの子が一挙に鷹にもなることもある。
バンビーニには剣道の達人の保護者が2人いる。そのこどもがとても速い。親は陸上の経験はない。剣道の何が陸上競技に影響を及ぼすのか、礼儀か、気合いか、左足か、考えるだけでワクワクする。
第166回「うちの子に限って」(2022年2月26日)
印西のかけっこ教室において、感動的なシーンに出くわした。ある子が入会した時、腕振りを指導したことがあった。こどもはそれが恐いと思ったらしく、翌週親に「うちの子は精神的に弱いので、優しく指導してほしい」と言われた。しかし、私には強く指導した覚えがない、何が問題なのかわからない。その旨話をしたら「うちの子に限って嘘は言わない。うちの子が自分の意志で嫌だと言ったのは生まれて初めてなのです。コーチのおかげです。ありがとうございます。もう一度家で話し合ってみます」褒められたのかけなされたのか理解できなかった。
そして翌週を迎えた。「うちの子は他にやりたいことがあるようなので、今日でかけっこ教室をやめてそちらにいきたいといいます。コーチに対して自分から言いいなさいとしました。言えたら望み通りにしていいとしたのです。さ、コーチに自分の口から言いなさい」と○○に促した。「○×÷▲?」「何々、はっきりいいなさい」「絵を勉強したいのでかけっこ教室をやめたい」「なに、聞こえないよ」とお父さん。私も聞こえなかったが「そうか、わかった、頑張って」といったが、お父さんが納得しない。「もっと大きい声で」「・・・絵を勉強したいので、かけっこ教室をやめたい」と今度は父親にも私にも聞こえた。「よく言えた!!パパは○○が自分で言えたのがうれしい。コーチ、自分で自分の将来を決めてくれました。コーチ、褒めてやってください」と彼女を抱きしめ泣き出した。
出演者が観客を置き去りにし自分の演技に感動している。1人氷の上に取り残された自分はどうすればいいのだ・・次の授業の時間が迫っている、と思ったその時、父親は振り向きざま「ということで、退会の手続きは事務所に言えばいいですか?」と冷静に質問したので「はい、そうしてください」
感動的なシーンの後はコントの落ちになってしまった。
バンビーニ創成期の頃、週2回練習するなど可愛がっていた女の子が大会で記録が伸びなかった。練習時のインターバルなどのタイムは良いので、記録が出ないのが不思議だった。ある時お母さんから「コーチ、なぜうちの子は記録が出ないのですか?こどもが真面目にやっていたら必ず記録は出る、出ないのはコーチの責任だとおしゃっていましたよね!」と詰問された。「すみません、私にもわかりません。怪我か病気をしていませんか」「うちの子に限ってそのようなことはございません!」かなりご立腹で怖かった。しかし、念のために病院に行ったところ「甲状腺ホルモン異常」とのことだった。発症すると倦怠感が出て運動には不向きの病気だ。
しかし、このお母さんのすごいところはここからで、私とのコミュニケーションを深め、病院との連携を強くし、この病気を克服または軽減させてしまい、6年生最後の大会(認定試合はこれで最後という大会)でS指定どころかG指定選手にしてしまった。このお母さんとの感動的シーンは事情をよく知った家内にとられてしまったが、いい思い出となった。
同じ頃、強い選手だったこどもが弱いこどもに意地悪をしていた。自分の荷物を持たせたり、練習中わざと速度を落として弱いこどもに抜かさせ最後の10mで抜き返す。俺はお前より速いのだと見せつけるためだ。お母さんに「お宅の子はいじめをしていますよ」と注意をしたが「うちの子に限ってそんなことはありません。もしいじめられているという子がいるならば、それはコーチの指導力不足ではないのですか?!」
いじめられた子は受験勉強でやめていったので、大ごとになる前に問題はなくなった。
このように「うちの子に限って」と言うのは、自分のこどもに対し「心配することを放棄してしまう」ということだ。
こどもを信じるのは保護者として当然だが、自分のこどもの問題点に目をつぶるのは危険だ。道路に飛び出すこどもに対して「うちの子に限って事故にはあわない」という保護者はいるのだろうか。いないはずだ。事故の可能性を否定できないからだ。
だが、自分のこどもの立ち振る舞いを第3者に指摘されると、まずはこどもを信じようとして否定してしまう。うがった見方をすると自分の子育て方法を非難されたと思うのかもしれない。最近は、私のこどもの頃に比べて教育熱心な保護者が多い。しかし、熱心さは結果的にこどものために道をつくってしまうことになる。だから、道の途中でこどもが道をはずれているといっても信じようとしない。こどもが行方不明になるまでは。
こどもが成長する過程で多くのこどもは親離れする。こどもは常に直線の道を歩くとは限らないのだ。保護者にとって悲しい事実なのだが・・・
ここまで「そうだ、そうだと」と賛同して読んでくれた保護者も多いだろう。しかし、実際に自分のこどもの問題点を指摘すると、多くの保護者は決まってこう答える。
「うちの子に限って・・・」
第165回「農耕民族的狩猟民族」(2022年2月19日)
北京オリンピックが終ろうとしている。夏冬オリンピックでいつも思うことがある。
なぜ日本人は自己ベストも出せずに終わってしまうのだろうか、また大事なところでミスを犯してしまうのだろうか。反対になぜ西欧人は世界記録(つまり自己ベスト)で優勝したり、プレッシャーのかかる最終滑走で一つのミスなく演技ができるのだろうか
我々日本人は気配りの国民であることは誰もが認めるところだ。気配りとは要するに他人の目を気にしているということである。他人の目を気にするということは、他人が自分をどう思っているかと考えることになる。失敗したら自分に対する評価が下がると思い、心が荒縄で縛られ身体が委縮し競技に影響が出てしまう。いつもは練習で伸び伸び演技できるのに本番で半分の力も出せないという現象が起きる。
この現象を「日本人は農耕民族だからだ」と解説する評論家がいる。
彼らは狩猟民族と農耕民族の違いを次のように説明する。
狩猟民族は文字通り生活の基盤を狩猟に置き、森や平原、海などに生息する動物や魚を狩り、生活の糧を得てきた。彼らは一つの地に定住せずに、小集団で移動しながら生活していた。この動物を獲らなければ自分らが餓死する、と思えば狩りに対する気迫は鬼気迫るものであり、ここぞと言う際の力は最大限に発揮される。獲物のいるところは他の小集団には教えることはない(win-lose)。
一方の農耕民族は、主に河川流域に住んで麦や稲を育てて日々の生活を営んできた。作物を育てるために一箇所に定住し、河川の増水や収穫時期を知るため天文学や地政学が発達し、計画的に作物が育てられるようになった。少なくとも餓死する心配は少なくなった。
種まき、田植え、刈取りなど他の人たちとほとんど同時に行う農耕民族は共生が生き方の基本であった。他の人たちと同じように行動することが一番生活しやすく、それゆえ農耕民族は他の人々と競争することはない(win-win)。
だから、「農耕民族である日本人は、競技のオリンピックでは、ゲルマン人やスラブ人およびアフリカ人のような狩猟民族の西欧人には勝てない」と言う論理になる。
この論理は2つの命題から構成されている。一つ目の命題は「農耕民族は狩猟民族に勝てない」ということ、二つ目は「日本人は農耕民族である」ということだ。
アルペンスキーでは過去日本人のメダルは1個しかない。クロスカントリーではゼロだ。夏の大会である陸上競技では「より速く、より高く、より遠くへ」を競うスポーツで体重制も採用されていないので、これらの種目では「農耕民族は狩猟民族に勝てない」という命題は体格とパワーの違いからほぼほぼ正しいと言える。
しかし、日本人は今回の北京大会で高木美帆がスピードスケートで小林陵侑がスキージャンプで金メダルを取っている。パワーゲームの陸上競技でもマラソンやハンマー投げで過去金メダルを取っている。このことを先の評論家はどう説明するのだろうか。
説明できないのは、2つ目の「日本人は農耕民族である」という命題に問題があるからだ。
歴史から考えると日本での水田稲作はたかだか3000年の歴史しかない。日本に渡って来た祖先は12万年前の無土器時代まで溯る。その時は狩猟民族だったはずだ。長い間ナウマンゾウやニホンオオカミと闘ってきたのだ。その時間と稲作の時間を比較すれば、日本人には狩猟民族の遺伝子が身体のどこかに眠っていると考えるのが自然である。
そう考えると、「日本人は農耕民族である」という命題が疑わしいのだ。
長いおもちゃやキュウリのような太く曲がりくねったものをネコに気づかずに置いておくとそれに気づいたときネコは飛び上がって驚く。ヘビとネコは長い間捕食者と捕食対象者の関係であったので、ヘビを知らないネコが跳び上るのは本能的(遺伝的)恐怖からなのであり、遺伝子が飛び上がる行動をもたらしている。
実際こども達を長年見ていると、小学生低学年は知識が少ない(経験不足である)ので、本能的な行動をすることが多い。得意な種目ではグイグイ来る。絶対に負けないと思ったら何回でもやろうとする。恐怖心もないからどんな大会でも真面目に練習すれば、ベストで走れる。相手をいたわる配慮もないからゴールして相手を見ながらガッツポーズをする。狩猟民族の姿が見え隠れしている。
しかし、それは3年生くらいまでで4年生頃から徐々に調和の教育を受け共生の農耕民族の生活に染まってくる。だが、稀にその環境に染まらず狩猟民族の遺伝子発現が行われた日本人がいて、その人たちがさらに人一倍努力した結果、金色のメダルに辿りつけたのである。彼らは農耕民族ではなく、新しい民族(皆と仲良く生活できる狩猟民族)と言える。
バンビーニでも練習メニューの工夫(遺伝子組み換え的練習)によって、こどもたちの体内に隠れている狩猟民族遺伝子を刺激させ、「農耕民族的狩猟民族」のこども達を育てていきたいと思う。農耕民族的狩猟民族は陸上競技で1番になれるのと同時に、これから広がるデジタル社会(自ら開拓することで、新市場を独占又は寡占できる狩猟社会)の勝利者なのである。
第164回「形」(2021年2月12日)
バンビーニの最終目標は埼玉県の強化指定選手になることだ。しかし、強化指定選手になると、こども達はバンビーニの黄色いTシャツは着てくれなくなる。
指定選手になると、「強化指定選手のTシャツ」が1枚だけ購入できる。今年はピンクのTシャツで、毎年色を変えているのがミソである。
このTシャツを競技場で着て練習していると多くのこども達はこの人は速い選手なのだと判断する。昨年、他のクラブの選手と競争することがあったが、強化指定選手(昨年のTシャツはグレー)に他のクラブの選手はついて行こうとしなかった。後半バテテしまうと思っているからだ。
ある時、バンビーニのひょうきん者のE男がこのTシャツを借りて走った。E男は真ん中ぐらいの選手で強化指定にはほど遠かったが、他のクラブの選手は彼の飛出しについて行かなかった。しかし、半分を過ぎてからは他の選手に実力を見透かされ抜かれてしまった。E男も半分以上先頭で気持ち良かったせいかタイムはベストを出した。
このこどもたちの様子を見ていて、菊池寛の短編小説「形」を思い出した。
あらすじはこうだ。
「中村新兵衛は、槍の達人で、身につけている陣羽織と兜を見ただけで敵が恐れおののくほどであった。新兵衛は、初陣に出る若武者からその陣羽織と兜を貸してもらえないかと頼まれる。守役だった新兵衛はその頼みをこころよく受け入れる。 翌日の戦いで、新兵衛から借りた陣羽織と兜を身につけた若武者は、大きな手柄を立てる。しかし、新兵衛自身はいつもと違う「形」(陣羽織と兜)をしていたため、勝手が違っていた。いつもは虎に向かっている羊のような怖気が敵にあった。彼らが、狼狽、血迷うところを突き伏せるのになんの雑作もなかった。今日は、彼らは勇み立っていた。敵は、相手が中村新兵衛とは思わず、怖じ気づくことなく、十二分の力を発揮し、新兵衛はいつも以上に奮闘したにもかかわらず、破れ、命を落としてしまう」
ある人が、一生懸命努力し、高い能力をつけ、結果を出したとしても、その結果を目に見える形に変えておかなければ、他の人にとっては、その人がどれだけの力を持ち、成果を残した人なのか、初見で認識することはできない。この小説の主人公であるところの中村新兵衛にとっては「猩々緋(しょうじょうひ)の陣羽織」という「形」が威圧感の源となり、そこから生まれる雰囲気、イメージ、空気の力を借りて、戦場において大いに勇を奮うことができたのである。不幸なことに、当人がその事実に気づいたのは、絶命する直前だった。
情報が溢れている現代では、ほとんどのこどもは自分より速い子の過去の実績という威圧に簡単に負けてしまう。強いチームの黒いユニフォーム、青いユニフォームを見ただけで「強いチーム=速い選手」のイメージで「やはり実力が違う」と思い諦めてしまう。最初の飛出しで彼より前に出ても「いつか抜かれる」とビクビクして走ることになる。これでは勝てない。
ライバルの子と練習が出来たなら、一緒に練習していくうちにインターバルの1本でも勝ち、次に3本勝つようになると、それがいつしか自信につながっていく。過去の実績という「形」はその子の頭からは徐々になくなっていく。
コロナ禍の今、ライバルと練習する機会はほとんどなくなったので、OG,OBを利用し、彼らを仮想ライバルとして心に焼き直しして練習に臨んでほしい。
強化指定のTシャツほどの効果はないにしても、こどもたちの活躍によって、バンビーニのオレンジのユニフォームを着ているだけで他のクラブの選手に勝てる日がきっと来る。バンビーニというブランド(形)が形成されれば後輩たちはアドバンテージがもらえるのである。
いつだったか日経新聞は、ブランドとは「顧客のあこがれを引き受ける存在」と定義していた。ルイヴィトンやロレックスのイメージは長い年月がかかっているが、陸上競技においては3,4年で認めてもらえることがある。だが、逆にその権威は翌年消滅することがあるのも事実である。
野球のPL学園をはじめスポーツでの「形」はあっという間になくなってしまうものだ。今後も心して精進していかなければならない。
第163回「待合室」(2022年2月5日)
午前中薬をもらいにかかりつけの診療所に行った。若い時の放蕩のつけだ。この時間帯労働力人口はいない。地域に残っているのは60歳以上のジジババだ。彼らがそれぞれの思惑で集まってきている。
待合室は誰も声を出す者がいない。知らない者同士の集まりだ。また、クラッシクを流しているが、半分は聞こえていないと思われる。
診察室からから出てきた看護師が「さとうまさおさん!」と呼んだ。
3人が立ちあがった。「えっ」と無関係な間柄だが、我々全員が驚いた(1人を除いてだが・・・)。
「あの、お名前は?」1人の白髪の男(全員老人なので以降男と女と表現しても問題ないと思う)に看護師は聞いた。「私がささきまさしです」「いえ、さとうまさおさんをお呼びしたのですが」「そうか、聞き違いか」(全員心の中で「『さ』しかあってないだろう!」)
あらためて看護師が「さとうまさおさん」と呼んだ。「はい!」と女が手を上げて答えた(全員「えっ、なぜあなたが?」)。
「私がさとうまさこです」看護師「さとうまさおさん、男性をお呼びしていますので、非常に近いですが、お間違いかと思います」
さらに看護師が立ちあがっている3番目の男に「あなたがさとうまさおさんですね」と尋ねた。「はい、私が『かとうまさお』です」と得意げに答えた(全員心の中で「さとう、といったでしょう」)。
もう一度大きな声で呼びかけたら、看護師の目の前で競馬新聞を見ていた男が、落とした赤鉛筆を拾おうとして、自分が呼ばれていることに気が付いた。本人が一番自分の名前に無頓着だった。
耳を澄ませるとモーツアルトの「きらきら星協奏曲」が流れていた。
消毒もせず診察券を出して座った男に「田中さん、健康保険証は出しましたか?」と看護師が聞いた。「出したよ!何言ってるの?最初に出したでしょ」看護師は逆らうことなく受付に戻って健康保険証を探し始めた。「やっぱり診察券しか出してないようですが・・」
「何言ってるの?じゃ、俺がぼけているとでもいうの」
「いや、そのようには・・・」「じゃあ、俺の財布を見てよ。診療所に来るときはいつもこの中に入れて来るのです~。ほれ、ないだろう、だから受付に出したのに決まっている」看護師が財布を覗きながら「ああ、ありました。このブルーのものです」「なに?これか。それならそうとキチンと言いなさいよ。俺は診察券だと思ったよ」(全員「最初から保険証と言ってたぞ!」)
BGMはモーツアルトのレクイエム「怒りの日」に代わっていた。
3回目のワクチンの予約を取りに男が入ってきた。受付にフーテンの寅さんの調子で、「忙しいか?医療従事者も大変だね。今日予約申し込みに来たよ。俺エッセンシャルワーカーだから、優先してね」「車の運転手さんですか?」「いや、違うよ。お風呂の時に花王の『エッセンシャル』を使っている労働者だよ。アハハハ」(全員固まる)
看護師が予約表を持って男のそばに来た。「では、お名前からおっしゃってください」「綾小路です」(全員「えっ?」)「綾小路こと小林八十二(やそじ)だよ。知ってる?俺の爺さんが銀行の頭取でその銀行の名前を取ってつけた名前だって」
看護師は嫌な顔をせず「はい、綾小路小林さん、ではいま一番近い日にちで言うと2月7日になります。この日でいいですか?」「いいね、バッチグーだよ」「11時でよろしいでしょうか」「その日は先勝だ。とってもいい時間だね。あんた、俺に気使っているな」「じゃ、それで」と予定表に小林八十二の名前を書いた。看護師が受付に戻るため3歩歩くと「ちょ、ちょっと待って。その日は友達の葉子ちゃんとカラオケに行く約束をしてたっけ、ダメだな」
「わかりました。では、いつがよろしいでしょうか。次に一番近いところでは、8日ではいかがでしょうか」「いいね、ドンピシャいいね」「ではお時間も11時でよろしいですか」「任せるよ」看護師が予定表の8日の欄に小林八十二と書いて受付に戻ろうとして、5歩歩いたところで「ちょちょっと待って。その日は岸田総理と会食があるんだっけ」(全員小林八十二に耳目を向けた)
看護師が「綾小路小林さん、どこで食事するのですか?」「北浦和の丸福だよ。」(全員、「えっ、お忍びで」)「綾小路小林さん、本当に岸田首相ですか?」
「いや、岸田総理だ。本名岸田弥太郎で昔はキシちゃん、キシちゃんと言っていたんだが、岸田文雄が総理になったのであだ名を岸田総理に今年から変更したんだ」(全員「やぱり」)
「わかりました。では2月9日でどうですか」「そうだね。でも、その日は先負だから午後がいいね」「では、2月9日15時で予約を御取りします」「うん、お願い」看護師は慎重に7歩歩いたところで戻る足を止め、一瞬小林八十二の方を振り返った。
音楽はドボルザークの「新世界」が終ろうとしていた。
私は小学生を相手に陸上クラブを運営していて、言うことを聞かない、あるいは言っていることが分からないと、事あるごとに嘆いて来たが、ここの看護師に比べれば今の苦労は苦労ではないことがわかった。
そう気づいた時、ベートーヴェンの「喜びの歌」が静かに流れ始めた。
第162回「普通の女の子に戻りたい」(2022年1月29日)
今回は、バンビーニの「普通の女の子」であった2人を紹介したい。
1人目は、バンビーニの入会時は4年生で、身体を動かす程度にしか考えていなかった永尾志穂である。新郷東部公園で練習をしていた頃は当時の先輩や同期の女の子には到底かなわなかったし、本人も勝てるとは思ってもいなかっただろう。当時は楽しければよかった。
越谷市選手権での1000m4分10秒16が4年生でのデビュータイムであった(2019年7月28日)。9月22日の草加選手権でも1000m4分14秒57であったので、この頃の実力は4分10秒前後だった。
練習場所を2019年10月23日から舎人公園陸上競技場に移したこ