バンビーニ陸上クラブ

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インターバル(第1回~第100回)

第100回「ターザン」(2020年12月2日)

バンビーニの小瀧寧々は小学6年生の女子である。

今回は彼女に続くこども達に彼女を紹介しておきたい。バンビーニで練習をしている小瀧寧々は、埼玉県で今年最強の女子長距離選手であるが、水泳でも全国大会に出るほどのスイマーである。いわゆる水陸両用女子なのである。ターザンというと分かる方は少ないかもしれないが、私のこどもの時は憧れのヒローだった。類人猿に育てられ野生動物と同じように、泳ぎも速く足も速い人間なのである。通常水泳の筋肉と陸上の筋肉は異なるので、どうちらもすぐれた人間は、私の知る限りターザンと寧々しかいない。

私は第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」で背が小さい子は横のスポーツである水泳より縦のスポーツの陸上競技を勧めた。背の高さ腕の長さが異なれば長い方が飛び込んだ瞬間リードするし、その後も差が広がる。体格の違いは記録に大きく影響するのが水泳である。水泳の決勝でスタート台に立つ選手に小さい子はほとんどいない。寧々は陸上では水泳ほど不利がない分水泳で鍛えた肺活量で活躍している。持久力は並外れているが、その精神力がまた尋常ではない。

水泳をやりながらバンビーニに入ってきたときは、1000mで「勝ちたい」という意欲で練習を始めた。そのうち段々上位に入れるようになって「勝てる」という自信がついてきた。そして最近では「勝ってみせる」という情熱が溢れている。先週の日清カップでしらこばとの鴨狩さんに追いつかれそうになって、「ダメか」と思った。鴨狩さんの方が勢いがあったからだ。しかし、追いつかれそうになってそこからギアを入れ替えラストスパートのアクセルを踏み込んだのはすごかった。彼女は競馬でいう先行馬に見えるが、実は追いつかれても引き離すことができる「自在」馬なのだ(第9回「競走馬その2(脚質)」を参照)。水陸両用の筋肉、タフな精神力と練習内容を確実にこなす真面目さが彼女の原動力だ。残り少ないバンビーニ-の日々で、気になる腕振りを直しておきたい。腕振りが直れば、中学に入ってもどこかで彼女の雄叫びが聞こえそうだ。「あ~あ~あ!!!」

 嘆息

水泳と陸上長距離が強いのなら自転車を練習させ、トライアスロンでオリンピックを目指せばいいじゃないかという人がいる。私もそう思うが、自転車は彼女はやりたくないのだ。馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできないのである。

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第99回「高知1枚」(2020年11月25日)

11月25日は「憂国忌」、作家三島由紀夫を偲ぶ日である。この日になると三島事件(三島由紀夫の命日)を思い出す。思想的にではなく、私の「ああ勘違い」の1つを思い出すからだ。

1970年(昭和45年)11月25日三島は楯の会のメンバーと自衛隊市川駐屯地(今の防衛省のあるところ)でクーデターを訴えたがかなわぬと悟って、割腹自殺をした男である。当時予備校生だった私は受験に出ない三島の本は読んでいなかった。受験に関係のない作家は全く知らない。新聞に載った三島の写真を見た時、当時はやっていた「松の木小唄」の演歌歌手「三島敏夫」と混同した。「なんであいつが自衛隊で割腹自殺するんだ。なぜマスコミはこんなに騒ぐのだ(朝日は床にあった三島の首の写真を1面に掲載した)」と不思議に思って予備校の友達に話をして、大いに笑われた。

大学に入って、大学の生協に行った。そこには今流行っている曲のベスト10が飾られ、そのトップが「小椋佳」だった。アルバムのジャケットには可愛い女の子が載っていた。こんなかわいい子が売れているんだと思わず買った。レコード盤に針を静かに置いた。イントロも何か切ない入り方で、女の子の美声が聞こえてくるだろうと期待した。ところが、低音の男の声が聞こえて来た。「何なんだ、これは。男か、シマッタ。天地真理にすればよかった」と後悔した。しかし、その後小椋佳にはまってしまった。

会社に入り、配属先は初めての大阪だった。ある日、商社の人に連れられて伊丹空港から高松空港へ行くことになった。切符は総務の女の子が手配してくれた。実を言えば、その日は商談というよりTV観戦が主であった。ちょうど春の高校野球がやっていて地元高松商業が頑張っていた。商社の人は部員の名前とこれまでの成績をすらすら社長と話をしていた。未熟な私は「へえ、高松商業は強いんだ」くらいしか言えなかった。

夏になり、またこの得意先に出張することになった。今度は私1人だった。総務の女の子は忙しそうだったので、自分で切符を買いに行った。旅行会社に行く途中で人だかりがあり、よく見るとTVで高校野球をやっていた。「打った!ボールは転々とフェンスへ。高知商業逆転サヨナラ 準決勝進出!」と興奮したNHKのアナウンサーの声がした。「おう、勝ったか。すごいな。明日の話題にしよう」と旅行会社へ行き、窓口で「高知1枚」

<顛末>

 

高知空港に着いても気づかなかった。当時の地方空港は同じような外観に思えたのだ。しかし、間違いに気づくポイントはあった。出発する伊丹空港では前回とゲートが違っていた。1~2回のフライト経験では「天候状態でゲートはちょくちょく変わるんだな」と勝手に解釈してしまった。高知空港に着く時、飛行機は一旦海に出てまた入りなおした。前回は海から直接空港に入ったのに「おかしいな?」でもこれも風のせいだと自分を納得させていた。高知空港に着いてトイレに行ったが、高松空港では曲がって右だったのに今日は左にある。しかも新設ではない。前回と違う。言い知れない不安が身体全体を覆ってきた。外に出ると全く違った景色があり、そこで自分の置かれている状況を理解した。「ここは高松ではない」高知駅から電車で高松まで乗り得意先に着いた時、もう甲子園は終っていた。

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 第98回「心理的限界」(2020年11月18日)

ハンマー投げや重量挙げの選手が、大会本番に自己ベストをたたき出すケースがある。自分が思った以上の力、いわゆる「火事場の馬鹿力」が発揮された状態である。 もともと人間の脳は筋肉や骨の損傷を防ぐため、脳で意識的にコントロールして使える力を抑制するリミッター(安全装置)が掛けられている。通常時はどんなに頑張っても『心理的限界』とよばれる、『自分の意識の中での限界だと思っているところ』までしか力が発揮できないのである。しかしリミッターが外れた時は『心理的限界』を超えて普段は出せないところまで、筋肉の本来持っている力『生理的限界』と呼ばれるところまで、解き放つことが出来る。

人間はいくら火事が起こっても車を背負うことはできない。せいぜいタンスくらいだ。生理的限界は身体的限界と置き換えてもいい。

ちなみに『生理的限界』のおよそ70%~80%が『心理的限界』だと言われているが、こどもにおいてはもっと低いと思う。バンビーニ陸上クラブの低学年のこども達は、同じ練習をしても、高学年がヘトヘトなのに、休憩時間虫取りで遊ぶ全力走ができないこどもがいる。

生理的限界まで一時的に近づける方法の一つは、ハンマー投げの選手のように大声で叫ぶことである。叫ぶことによって脳の興奮水準が高まり、その瞬間に使いきれていなかった筋肉を動かすために必要な脳の一部が一気に覚醒して、無意識的に通常以上の力が発揮できる。

ただし、試験の時に大声で叫んでも「知識の馬鹿力」はない。つまみだされるのがオチだ。この場合は自分に暗示をかけるようにポジティブなイメージだけを持つ、これまで勉強したことで克服できると考え、『やればできる』と心のなかで言い聞かせるのが効果的である。

陸上競技でこども達の心理的限界を高めるためにはほめて育てるだけでは難しい。時には親に言われたことのないような叱り方も必要だ。この心理的限界を高めるだけでこども達の記録は20%も向上するのである。12月から日曜日に基礎クラスを設けるのはこの心理的限界を上げるためのもので、4年生になると始まる本格的練習に備える意味がある。全力で走ることを覚えるのである。

子ども同士のじゃれあいが狩りのテクニックを覚える場となる、ライオン世界をイメージして、クラス運営をしたいと思う。

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第97回「やればできる」(2020年11月11日)

昔流行った歌は、こどもには理解不能の歌詞も多かった。

♪ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団

勇気凛々 琉璃の色

望みに燃える呼び声は

朝焼け空にこだまする♪

(「少年探偵団」)

凛凛とはなんだろう、勇気は琉璃の色なのか、じゃあ琉璃色はクレヨンにあるのか、都心に声はこだまするのか、こどもには難しい歌詞だった。

♪どこの誰だか知らないけれど

誰もがみんな知っている

月光仮面のおじさんは♪

(「月光仮面は誰でしょう」)

こどもの時は「知らないのに知っているとはなんじゃこの歌は」と思っていた。

♪解けない謎をさらりと解いて

この世に仇なす者たちを

デンデントロリコやつける♪

(「七色仮面の歌」)

「あだなす」の言葉を「あだなのある者と」思っていたが、漢字がわかるようになって理解した。しかしながらデンデントロリコとやっつけるのはどういう状況を示すのだろうか。今もってわからない。

歌詞は大人が作るのだが、昔はこどものことは考えていないものが多かったし、それに対してこども達も深くは疑問に思わず、「ま、いいか」と歌った曲が多かったのである。

陸上の練習で「右足ケンケン」というと「右足で地面を蹴って走れ」という指示だが、「右足を上げて左足で地面を蹴って進む」子が20%いる。柔軟でも「足を開いて左から」というと右から行う子がいる。1人ではない。「左ってどっちよ?」という質問に、思わず「お茶碗持つ方だ」と言って苦笑してしまった。私の考えとこどものとらえ方が異なることが希にある。

こういうことがあると、こどもの世界と大人の世界の端境期とはいつだったのだろうかと考えてしまう。サンタクロースの正体を知った時だったのか、好きな子が出来て胸がキュンとした時からだったのか、大人になった私にはもうわからない。

明日昔の先輩に呼ばれて飲み会が開かれる。きっと病気と旅行と誰々が亡くなったという話しか出ないだろう。これまでもそうだったから。2時間の練習と2時間の飲み会ではその後の充実感が違う。さびしい時悲しい時には明るい曲は聞かない方がいい。失恋した時、水前寺清子の「365歩のマーチ」を聞いても何も癒されないのだ。余計に自分が疎外されてしまう。先輩たちの会合で私は今の仕事の話はしない。

「やってもできない」という言葉は受け入れられても「やればできる」という言葉はこの会合では禁句なのだ。大人とこどもの世界の境は分からないが、老人とこどもの世界の違いはこの2つの言葉で区別できそうだ。

 

やっぱり明日は行きたくないなぁ。

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第96回「いじめ」(2020年11月4日)

学童の話

Tという1年生の女の子は「ぼくね、漢字書けるんだよ」と自慢する。女の子で自分を「僕」と言う子は学童で3人いる。ただ、Tは変な言い回しで喋る癖がある。足し算カードをめくって足し算をやり始めた。「8+7=・・・」しばらく間を置き(本人わからないのだ)、ページをめくりながら15と答える。裏側に答えが書いてあるから絶対に答えを見てから答えているのだが、本人は認めない。「え~わかんな~い、ぼくね・・」と延々に舌足らずで言い訳をする。仕舞には私にからみついてくる。「おい、T、ぶりっこしてもダメだ」というと「ぶっりっこって何?」「可愛くなくても可愛いそぶりをする子を言うのだよ。大人では両手を口の前でグーして語尾がだらしなく伸びる女性のことだ」

これではこどもでも同性に嫌われる。1年生の女の子は5人いるがKという従順な女の子以外は遊んでもらえない。3人の小1の女の子は彼女が来ると立ち上がって他の場所に行ってしまう。ぶりっこは男性には通じても同性である女性には嫌悪の対象でしかない。小1でも女なのである。帰宅して母親に訴えているらしい。学童でいじめられていると。実態は本人が悪い。家でも同じような言い方をしているが、注意したことがないそうだ。容姿は残念ながらぶりっ子レベルであるため、今後学校でいじめられないように都度「ぶりぶりぶりっこ」と注意している。

Sという男の子がいた。宿題をやっていると寝てしまう子だった。水筒の紐をかじったり教科書のページの角を食べてしまう子だ。この子はふざけて怒られることが多いが憎めない子であった。そのためずっといろいろな先生に声を掛けられていた。自分でもそれは感じていたと思う。しかし、翌年Yが入って来てから学童の雰囲気はガラッと変わった。すべての先生の視線がYに向かったのだ。Yの家は母親の精神的問題から離婚し、女手1つでYを育てている。そのせいかYは場の雰囲気をわからず1人奇怪な行動をする。入会する前に情報が入っていたせいもあって、我々はYの行動に理解を示した上で対応した。Sはその方針のせいではじかれることが多くなった。今までゆるされた行動がゆるされなくなったのである。Sは私の態度の変化にいぶかしい気持ちでいたと思う。ひょうきんなSが大好きだったので、私にからんでくるとおじいちゃんと孫の関係になっていた。だからYさえいなければという感情からYに辛く当たるようになったと思う。Yは不思議に我慢強くつねられても泣くことも我々に訴えることもない。いじめは許さないのだが、本人がいじめと思っていないので対応が難しい。気づけば「何をするのだ。いじめるな」とSを叱っている自分がいた。

自分を指し置いていじめを主張する子もつねってきてもいじめと感じない子もいる。どちらも守ってあげないといけない。来春新しいこども達が入会するとYよりも同情する余地のある子が入ってくるかもしれない。そうなればYもSと同じ思いをするだろう。

 

私の注意力不足がなければSは学童を辞めることはなかったのだ。こどもにとっての教育の善し悪しは、人生のほんのわずかなタイミングによるのかもしれない。

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第95回「鬼滅けの刃」(2020年10月28日)

「入山さんってA型なんですか?信じられない、てっきりO型かと思っていた」「入山さんって、水瓶座なの?嘘!山羊座かと思っていた」といったように、人から勝手に血液型や星座を決めつけられたことがある。

決めつけとは、一方的なレッテル張りのことだ。そして、決めつけの内容は言われた側にとってだいたいは的外れなことが多い。決めつける側の頭の中には、「私」の固定化された像が映っている。その像は勝手に作り出したものなので、現実の私とは関係のないものだ。その「決めつける側の私」を現実の私自身と一方的に結びつけようとすることが、いわゆる「決めつけ」なのだ。

 困ったことに、決めつけは突き詰めれば「命令と同じようなもの」になる。たとえば、「あなたっておとなしい性格だよね」と言った場合、「あなたはおとなしいはずだ」という思い込みが前提となっている。言い換えれば、「あなたはおとなしい人で、ずっとそうあり続けるべきだ」と言っているのと同じだ。このように、決めつけられる側としては、唐突に、しかも心外な命令をされるわけだから、反発を覚えるのが自然な心理と言える。

 一方、若い人と話しをしていると、相手が「私って、いつも周りに気を配っているじゃないですか、本当に疲れるのですよね」(そうは見えないが)とか「僕って、小さい時からやんちゃだったじゃないですか」(そんなこと少しも知らない)と言って話を進めることがある。これは自分自身で自分を決めつけている例だと言える。

さらに、「思い込みが激しい」傾向のある人は、いったん「この人はこういう人だ」と思ってしまうと、その思考から脱却できないことが多い。このような上司に出逢った部下は一度過ちを犯すと、どちらかが転勤しない限り不幸な月日が続いてしまう。

決めつけの対処法は馬耳東風に対応すればいい。この点こどもは我々大人のように深くは感じず、あるがままの自分でいられるのだ。

 

 しかし、これまでの文脈と矛盾するが、バンビーニでは練習が進むにつれて、個々のこどもの理想の姿が私の頭の中で醸成されている。私がよく言うのは「好きな種目と適している種目は異なる」ということで、本人の希望に関わらず種目を100mから1000mに代えることがある。この場合コーチの言うことだからと反発せず、こどもはほとんどが応じている。時々不安になるのは、この指示が「決め付け」の刃(やいば)としてこども達を切り刻んでないかということだ。決め付けは避けたほうがいいに決まっている。しかし現場は理想通りには行かないものだ。だから、私は種目変更によりこども達が「無限劣者変」にならないよう常に気を配ることにしている。

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第94回「逃げろ!」(2020年10月21日)

小学生の長距離は1000mである。小学生の陸上競技では、スタート時肘や腕や脚がぶつかる唯一の「格闘技」となる種目である。気弱な選手ではすぐ後方に下がってしまう。

昨年チャレンジカップの600mでポケット状態となった苦い経験から、今回すべての長距離選手にスタートから飛び出すことを課題とした。今年初めての大会で確信したのは現在の高速レースではこのやりかたしかないということだ。

その理論的背景はこうだ。

(1)選手の不満

ある選手に2~3番手についていき、ラスト直線で抜けと指示したことがある。目標とした選手が不調だったのか「遅すぎて」こどもの不満が募り、自分からペースアップして集団から抜け出した。

(2)相手のリズムに乗ってしまう

後方で走るということは前方の選手を絶えず見ることになり、無意識に前方の選手のリズムに引き込まれてしまう。

(3)スピードのブレ

集団の場合手足がぶつからないように一定の距離を保たなければならない。一定の距離を保っていても、前の選手の小さなスピードの変動はある。トップの人間の小さな変動が集団の後方の選手に伝わるまでにはかなり増幅される。後方の選手ほどスピードのアップダウンで大きくペースを振られてしまう。

(4)水しぶき

10月17日のような雨天時は、先頭の選手が走った水たまりの水を受けてしまう。先頭の選手は水たまりが見えるが、心構えができていない後方集団は急に水たまりに入ることになり、対応に慌ててしまう。

以上のことより、1000mでは集団で走るより集団から飛び出すことの方が有利である。

段々スピードをあげてゴール寸前相手を抜くことを競馬では「差し切る」というが、見ていて絵になる。しかし、本当に強い馬は「逃げ」なのだ。競馬ではタイムは参考であって日本記録云々と騒ぐ者はいない。いくら記録を破っても関係ない。順位戦だからだ。

埼玉の小学生の大会は記録戦である。強化指定選手の選考は指定試合で規定タイムを破ることにある。そのためにはバンビーニでは徹底した「逃げ」で勝負することにしている。

きっと他のクラブの指導者からは「馬鹿の一つ覚え」と笑われ、「頭を使え」と言われそうだ。しかし、愚直に繰り返すことによって何かが変わる、何かが生まれるのである。

コロナの影響で競技場では大声を出せないため、この作戦を行うたびに私は心の中で叫んでいる。

 

 (半沢直樹の伊佐山部長【市川猿之助】の口調で)「逃げろ!逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、○○!(こどもの名前)」と

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第93回「ぼうず」(2020年10月14日)

学童の話

大人が自然と身に着けた言葉がこどもの世界では通じないことがある。

月に1回の「お楽しみ会」で「ジェスチャー」をすることになった。28人が二組に分かれて速くお題が終ればいいゲームだ。あるいは10分間でいくつできたかを争うのだ。お題は各組14件ずつ28件用意してある。同じものだと別の組の答えを聞いてわかってしまうからだ。お題(14件1括り)はくじ引きだ。

A組で問題がすぐ生じた。お題の「チャンバラ」がわからない。今の子はチャンバラごっこをしないのだ。時代劇のTVがほとんどないからだし、時代劇のヒーローがいない。丹下左膳や白馬童子など時代劇のヒーローが今や一人もいない。チャンバラトリオというお笑いグループがあったのに・・・これは慌ててパスにした。

B組では「うなぎ」がお題であった。そこでジェスチャーマンは固まってしまった。後で聞いたのだが「うなぎ」は食べたことはあるが見たことがないと言う。だから鰻重の四角と四角に切られたうなぎしか思い浮かばない。うなぎを串に刺して焼くかっこうもできないし、ましてや落語の「鰻屋」や「素人鰻」のように、鰻をつかむ際、右手、左手を握りながら交互に手を上げて行くしぐさができない。また、できたとしてもそれを見ているこどもが何か判断できない。考えてみれば当然で親に連れて行かれても調理場まで見ないからだ。味はジェスチャーでは表現できない。

答えが違う場合は、両手で箱を示し右側に置くフリをすれば「その話は置いておいて」でもう関係ないことを示す。丸く円を描くと「ほぼ正解だが、もう少し違った言い方をすると」という意味を表すなど教えながら行った。

「鶏」のお題では、ひょうきんもののKが首を前後に動かして「鳩」、はばたくかっこうをして「白鳥」、卵を産む格好をして「ダチョウ」、頭を盛んに左右に斜めにするのを繰り返して「からす」など皆はKの思惑とは違った方向に行った。さかんに「両手で箱を示し右側に置く」しぐさをしながら彼の否定する顔が、また必死でさらに盛り上がった。

こんなのでどこがおもしろいのだろうかと思うくらい笑う。笑う声が部屋全体を包み、何か自分は幸せな気分になる。年寄の集まりだと面白いことを言っても、耳が遠いので一部の人間が怒り出し、その反応にさらに勘違いして他の人間までも怒り出し、しっちゃかめっちゃかになるのとは大違いだ。こどもを作るのは、子孫を残し遺伝子をつないでいくといった大袈裟なものでなく、こども達の笑いとこども達の行動によって明るくなることにあると思う。年寄夫婦で大笑いすることはあまりない。こどもがいれば毎日が大笑いだ。大人にとってのこどもの存在はそこにある。笑いは百薬の長だ。

 

 1人欠席の為1枚のカードが余った。それはA組、B組全員で当てようということになった。その最後のお題は、どの先生の作成したものかわからないが「ぼうず」。ジェスチャーマンはそのお題を見て私を指差す。「ハゲ!」「ツル!」「ハゲツルピッチャン」ジェスチャーマンは首を静かに振って、丸く円を描く。皆一斉に「ぼうず!」

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第92回「発芽」(2020年10月7日)

スポーツの話

植物には「発芽の3条件」というものがある。タネは「酸素」「水」「温度」の3つが揃ってはじめて発芽する。たとえば、アサガオは発芽適温がおよそ20℃~25℃で、発芽には比較的高い温度が必要だ。もし、気温が10℃しかない時期にタネをまいても「酸素」「水」の条件が揃っていても「温度」が合わず発芽に至らない。逆に、発芽適温が18℃前後のパンジーを気温が30℃の時期にまいても「温度」が高すぎ、条件が合わずに発芽しにくい。

動物は寿命を操作することは殆んどできないが、植物は種子の中に生命の源と遺伝子を残していく。しかも、条件が整った時だけ発芽する。有名な大賀ハスは2000年の時間を有して発芽した。

子ども達を指導していて思うのだが、凄い子はたくさんいる。今までこんな凄い子はいないと思っていたら、まあびっくりするような子が翌年入ってくる。ただ、小学生のコーチはずっと育てることができない。塾や他のスポーツや手習いごとに取られてしまうからだ。受験だと言われればその子の将来がかかるため引き下がることにしている。子どもの人生を老人が左右してはいけない。また、バンビーニに入ってくる子にとって私は「路傍の石」だ。誰も今来た道にあった小石のことなど覚えていないように、10年後彼らには何も印象に残らないだろう。「なんだっけ・・・あの鹿のような名前のクラブで走ったことがある気がする」程度だろう。でも、私はコーチだったのだ。

発芽は条件が整った時だけ行われる。このことは子どもの能力の発揮でも言える。スポーツでの「発芽」の条件を3つに絞れば、1つ目は「子どもの負けず嫌いで辛抱強い性格」が必要だ。2つ目は塾や他の手習いごとに対し陸上競技を優先させる「親の寛容」さが大切だ。3つ目は「丈夫な体」を持っているかどうかだ。この3条件が揃った者のみが発芽できるのである。ただ、残念なことに植物と違ってタイムリミットがある。人間は動物だからだ。30歳以上を超えて発芽する人間はほとんどいない。30歳になって一年発起しても、羽生のような4回転ターンはできない。

チャンスに後ろ髪はない。人生の教訓でもある。私のような年齢になるとあああれがチャンスだったんだ後悔するが、現役の人にはわからない。言えることはチャンスは二度と来ないということだ。ワンチャンスをものにするのが大成する者だと思う。

自分が長距離が適しているのか、短距離がいいのかはコーチにしかわからない。短距離でも100mがいいのか400mがいいのかは総合的な面から判断すべきであり、好きな種目と適している種目とは別物だからだ。

 

コロナのせいで今年もあと2,3回の大会でシーズンが終わる。数少ない大会だが、その中でも発芽するタネを見るのがコーチの楽しみでもある。結果が伴えば自分が大賀博士になった気がする。それで充分。路傍の石にもいし(意志)がある。

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第91回「なに~!」(2020年10月1日)

営業の話

営業時代社内接待も仕事の内だった。納期管理をする部署のT課長は背が大きく腕っぷしも強いので工場も皆恐れていた。部下の女の子が困っていると工場に脅しの電話を入れる。ほとんどやくざの督促と同じ雰囲気となる。だから皆は寄り付かない。しかし、私とは妙に馬が合って時々飲みに行く。私が納期で困ってもT課長に頼めばいつも奇跡が起こるので、誰もが羨む仲と見える。「先生、そろそろ出番です」「おー」私にとっては用心棒みたいな人だった。

 飲みに行く時お金を出すのはいつも私だ。みかじめ料と言ってよい。ある時フグを食べての帰り、ヒレ酒を飲み過ぎてほとんどベロベロの状態のT課長。一人では帰れそうもないので、方向が違ったが自分が送ることになり、タクシーを呼んだ。

入山「Tさん、乗りますよ」

T課長「おー」

運転手「お客さん、どこまで?」

T課長「俺んちまで行ってくれ」

運転手「えっ、ちょっとわかんないですね」

T課長「なに~!お前、運転のプロだろう。わかんないとはなんだ」

入山「まあまTさん、運転手さんだってわからないこともありますよ。大体どのへんですか。たとえばいつも乗っている駅はどこですか」

T課長「千葉駅だ」

入山「運転手さん、じゃ千葉駅まで行ってください。近くなったらまた教えます」

イビキをかいて寝てしまったT課長を乗せ、千葉駅方面に向かった。

入山「Tさん、そろそろご自宅に近くなったようですが何か目印はありますか?」

T課長「う~ん、ダイエーのそばだ」

運転手「ダイエーてどの辺ですかね」

T課長「なに~!お前運転のプロだろう。なぜダイエーがわからない」

と運転席を蹴る。

入山「まあまあ、Tさん回り見て見覚えありますか」

T課長「おー、あの道を左だ」

運転手「お客さん、一通で入れないですが」

T課長「なに~!お前遠回りする気だな、善良な市民からぼったくろうとするんだな。表出ろ!」

入山「まあまあTさん、一方通行じゃ仕方ないですよ。警察に捕まったら運転手さん明日から商売できなくなりますよ」

T課長「わかった、じゃその先で曲がってくれ。・・・・ここが俺んちだ。いくらだ。」

運転手「12540円です」

T課長「なに~!地球1周したのか、なんでそんなに高いんだ」

入山「いや、Tさんここは私が払いますのでご心配いりません」

T課長「そうか、悪いな」

T課長を降ろし、千葉駅に行くように運転手さんに言った。

運転手「お客さん、助かりました。1人だったら殺されたかもしれません。千葉駅までメーター倒して送ります・・・・着きました」

入山「運転手さん、ありがとう。本当に12540円でいいんですか?はい、15000円出しますので、お釣りとレシートください」

運転手「いや、お客さん、さっき機械が壊れちゃってレシートが出ないんですよ」

 

 入山「なに~!」

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第90回「あ~りが~とさ~ん」(2020年9月24日)

アホの坂田(コメディNOの坂田利夫)を大阪のフェスティバルホールで初めてみた時、こんなアホなことを平気で出来る奴がいるんだと感心した。「あ~りが~とさ~ん」といって変な動きをして「ああ、こいつは常識人を捨てたな」とあっけにとられた。ところがその後「間寛平」が登場した。「かい~の」と言って物の角でお尻を上下させたり、お猿の物まねで舞台狭しと駆けずり回った。度肝を抜かれ「こんな男が世の中にいたのか」とただただ驚くだけだった。寛平はアホの坂田の上を行き「人間を捨てた」芸風だった。

他人より秀でる人間は出逢った時から何かが違う。そして不断の努力をしている。天才とはそういうものだ。

バンビーニ陸上クラブでも衝撃の出逢いの子ども達がいた。スーパー1年生だった男の子2人は先輩を抜くことに生きがいを感じ将来性を予感した。獲物をもてあそぶライオンの子どものようだった。手足が長いアフリカ人のような女の子も入ってきた。うちのエースはこの子だな、と直感した。しかし、彼らはここにきて練習をさぼることを覚えた。小学生にストイックなことを要求するのは無理なのは百も承知している。だが何度怒っても何度ペナルティを課しても、やれお腹が痛い、足が痛い、頭痛だ、最後はトイレで逃げられる。折角蕾が開きかけ花の色がおぼろげながらわかったのにまた閉じてしまった。一生懸命やっているとは思えないタイムで帰って来る。どんなに苦しい顔をしてもタイムがすべてを物語る。塾や他のスポーツを兼ねているので可哀想な気がするが、私は陸上競技のコーチであり、その才能は高く買っている。蕾はユリのように大きいのだ。しかしながら、「馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」という諺をいま身に染みて感じている。

 

 だが、私はあきらめない。懲りずに練習場で再トライしてみる。彼らがバンビーニをやめない限りストップウオッチが微笑むまで怒鳴り散らしてやるぞ、コーチに「あ~りが~とさ~ん」ではなく「ありがとう」と言える日まで。

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第89回「まんずまんず分かった」(2020年9月17日)

営業の話

安倍さんの後、菅官房長官が総理大臣になったが、出身が秋田と聞いて懐かしく思った。

以前勤めていた会社の工場が羽越線の仁賀保にあった。労使協定では秋田行きの夜行列車で行くのが暗黙の了解であった。あけぼの、天の川、鳥海、出羽と名前は変わったが、特に印象が強いのは寝台急行「鳥海」だった。この列車の寝台は3段式であった。寝ないと着替えられないくらい狭い。新潟過ぎると貨車の切り替えか何かで大きな音がして起こされた。羽越線は松本清張の「砂の器」でしか知らなかったし、入社するまで秋田には行ったことがなかった。その後30年秋田とは切っても切れない縁となった。

 その秋田の印象を思い出した。

社内の公用語は秋田弁だったが、なかなかわからなかったが、秋田の人とお酒を飲むと「秋田弁はフランス語に聞こえるだろう」と何人かの人に言われた。フランス語は習ったことがないのでそうなのかと思っていたら、口の悪い先輩が「秋田は寒いので雪が食道に入らないように、なるべく口を開かないでしゃべっているだけだ」という。

別の人は「秋田弁は世界で一番短いセンテンスがある。ギネス級だ」という。何かと言えば『「どさ」「ゆさ」』の会話だった。つまり、その意味は「どこさいくのさ(どこへ行くの)?」「湯さ(銭湯に行くのさ)」という文章で世界中でこの意味を文章にしたら、秋田弁より短い文章はないという。

そのくらいなら可愛いものだが、ある時秋田弁を甘くみて大失敗した。納期が差し迫っていて工場にお願いに上がった。すると生産担当者が「まんずまんず分かった」と言ってくれたので、その生産担当者を接待してその日の夜行で東京に帰った。お客に行き「工場を説得して納期通り入れると確約をもらいました」と報告。「若いのに頑張ったね」と得意先には褒められた。ところが納期が近くなって特便を手配するので納入日を確認したら、予定にないとのこと。慌てて先の生産担当者に電話した。「あなた、納期通り入れると言いましたよね」「なんだ、そんなこと言ってねぇ」「イヤ言いました。まんずまんずわかったと言ってくれましたよね」「ああ言ったよ」「じゃあ、なぜ守らないのですか」

その会話を聞いていた上司がいったん電話を切らせて私を会議室に呼んだ。「入山、いいか、秋田弁の『まんずまんず分かった』は『まんずまんず分かった』ではなく、『まんずまんず分かった』なのだ。アクセントが違うのだ。俺たち関東の人間はその言葉を『よーくわかった。後のことは俺たちに任せろ』と取る。しかし、工場の人間は『まあ、まあ、お前の言っていることは今わかった。別途考えておく』程度のものなのだ。決して前向きの回答ではない。何人の新人営業マンがその言葉に泣いたことか」と言われた。その時は上司が工場長にお願いして事なきを得たが、その後私は「日にちと時間」を聞くまでは帰らないしつこい営業マンとなった。

 秋田の人は1人の時はすごくいい人でほんわかするが、集団になると困ることが多い。市場で製品の不良が出、得意先と一緒に工場で会議を設けた。工場では「不良」という言葉は使わない「不具合」という。会議の途中どうも工場のミスでその不具合が発生したような空気が漂った。それまで標準語でやっていたのに急に事業部長が「これな○△%#・・・でな&$!@よって□▲◇」と喋り始め技術や品質保証の人間と話が10分くらい我々の前で行われたが、何の話かわからなかった。得意先の人も目をまんまるにするだけだった。

数年後にオランダのフィリップスの子会社の資材と話すことがあった。世界中のフィリップスの会社の資材が集まって国際会議が年2回開かれる。公用語は英語で行われるが、本社のミスでこうなったとある国の資材が発言したら、議事進行していた本社の人間がオランダ語で話し始めたという。何が起こったかオランダ人以外わからなかったという。私はすでに秋田で経験していた。

 

 コーチとして子供たちに教える場合、難しい言葉や曖昧な指示は混乱をもたらす。30分走をする際「歩く速度でいいが歩いてはいかん」と教えたことがある。ものの見事に子ども達は1周もしないうちに歩き出した。

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 第88回「猿の惑星」(2020年9月9日)

スポーツの話

職業柄ストップウオッチを押すことが多いが、短距離選手には「12秒という壁を意識して何度でもトライしろ。一度破ったら11秒6までは簡単に行き、次に11秒5の壁が待っている」と指導している。

1964年の東京オリンピックの頃、人類の100mの壁は“10秒0”であった。ゴリラのような筋肉質のボブ・ヘイズが挑戦したが、準決勝で追い風参考ながら9秒9を出し決勝での期待がかかった。しかし、金メダルは取ったが10秒は切れず、その後アメフトに転向した。人類が正式に10秒を切ったのは1968年6月20日全米選手権でハインズ、グリーン、スミスの3人が準決勝で同時に9秒9(手動計)を出したことによる。1960年に西ドイツのハリーが10秒0を出してから8年がかかった。

トップニュースとなり、人類の進歩(逆の意味で人類の壁)を意識させた日でもあった。今では日本人も含め何百人も10秒を切っている。

壁には人類という大きな壁と日本人、埼玉県、○○学校という壁がある。自己ベストという小さいが確実に意識できる壁もある。特に陸上競技の場合はタイムや距離や高さという自己記録が厳に存在するので意識しやすい。柔道やレスリングの場合運不運がある。吉田沙保里の時代にプレーした同期生は絶対に優勝できないのだ。沙保里という壁は破れなかった。その点陸上競技は努力が報われるスポーツだ。たとえ桐生祥秀と走ることになっても、「自己ベストという壁を破る」という目標がある。陸上選手は対人競技の選手と比べれば幸せだ。

 時間については、アイシュタインの「特殊相対性理論」における時間の概念に従った情景を見ることが多い。

特殊相対性理論では「運動する物体の時間は静止しているものに比べて進み方が遅くなる」としている。これは映画「猿の惑星」のアイデアに引用されたように「ロケットに乗った宇宙飛行士と地球とでは、時間は宇宙飛行士の方が遅くなる」という考えで、宇宙飛行士が6か月の飛行から帰ってきたら地球は700年も経って猿に支配されていたというストーリーとなった。

年寄はアクセクしないが、子ども達はいろいろなものに興味があり動き回る。だから「運動している物体(子ども)は静止しているもの(年寄)に比べて時間の進み方が遅くなる。よって、コロナの影響で短くなったといっても夏休みが長く感じる」のである。(*これについては第6回「ゾウとネズミ」に別の観点からも記載した)

時間は伸び縮みするということもアイシュタインは言っている。急いでいる時、電車に乗り遅れると次の電車が来る5分間が10分間のように長く感じられる。彼女を送る際あと5分後に電車が来るのに1分で来てしまったような気がする。「困ったことや苦しい時は楽しい時よりも時間の進み方は遅くなる」のである。

時間は気の持ちようである。先述したような100mにおいて12秒を壁とするか11秒5を壁とするかによっても違うと思う。11秒5を壁と考えれば11秒9は簡単だ。しかし、中学生に11秒0が壁だと言えば11秒2は簡単だというほど物事はたやすくない。壁(目標)を心理的に到達できないほどに高くすれば、12秒も切れずに中学生活が終ってしまう。

 

 ヘイズ.jpg猿の惑星2.jpg

 

第87回「時間かかったねぇ~」(2020年9月2日)

学童の話

学童は大人の世界の入り口のような気がする。子どもの世界と大人の世界の汽水域だ。子は親の映し鏡だと以前書いた(第46回「映し鏡」)が、大人の社会で使われる言葉使いや話し方をするのだ。また、その様子を見ていた1年生が上級生の真似をする。一人っ子で家から出ない子はずっと幼いのかもしれない。

 おやつを食べた後公園や学校に遊びに行く。列の前にはリーダーが立つ。リーダーが後ろを向いてはみ出している児童がいると「○○、列に戻って」との声を発する。ある時いつもリーダーに目をつけられてる△△はなんでもなくとも「△△」と言われる。名前を呼ばれたらアウトなのだ。△△の前に歩いていた児童が笑った。「△△、笑わないで」と指摘。後ろで見ていた私は「それは違う、濡れ衣だ」と訴えた。濡れ衣がわからないようなので説明したら「イリ、歩く時は口を開かない」と怒られた。帰りはリーダーが変更になるが、今度は前半のリーダーが後方から「△△」と指摘する。

というように言った者勝ちなので、名前を指摘することが自らを上位に位置づける方法なのだ。帰りの会でも「静かにするよ」「先生の方を向いて」という子が上位で、注意される子が下位に位置づけられる。年齢に関係ない。文字通り言った者勝ちだ。

 ある時子どもが私に問題を出した。「158+215」はいくつだという。

入山「うんと紙がないから太変だけど・・・」

児童「言い訳は止めようね」

入山「ちょっと待ってね。わかった、373」

児童「正解。でも、ずいぶん時間かかったねぇ~」

完全に上からの物言いいだ。

彼らの教師に対する見方は、マネージャーのS先生、ベテランのT先生、怖いI先生、そして私という順位づけである。何か許可がいる場合私より上位の教師に許しを請う。よって、私は下の下であるため教師として見ていない。

女の子が学校から帰ってくると汗びっしょりなので着替えをする。私を立たせカーテン代わりにして着替える。私を男としても見ていない。着替えがないと下着でいいかと聞くがどうみても色っぽい。女の先生に聞いてみる。案の定ダメだった。学童のTシャツを貸し出す。

 

女の子は髪の毛がうっとおしいのでゴムバンドでおさげにしてくれというが、女の子の髪を分けたことがない。二つに分けろと言うが髪の毛の目分量がわからないし、ゴムを二重にするのか三重にするのかがわからない。子どもにとって簡単なことと思われていた髪結びが私にはできない。「こりゃダメだ」がいつも聞かされる子どもの捨て台詞。学童での序列は当分変わらないようだ。

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第86回「夏模様」(2020年8月26日)

昔の話

コロナの影響で今年の夏はどこも盆踊りがない。盆踊りのない夏休みなんて、考えたこともない。

小学生の頃は自治会がしっかりしていた。毎年夏には自治会毎に順番に盆踊りが開催された。今は公園しかないが、昔は土地も余っており、盆踊りの開催場所に困ったことはなかった。

私の地元の盆踊りは足立区東和一丁目から始まり東和五丁目で終了する。毎週土日の2日間、雨天は順延だった。町内会ごとにお囃子と太鼓叩きがいた。祭りが近づくとどこかの家でお囃子の音が聞こえた。太鼓はうるさいので練習する場所がなく個人の経験に頼らざるを得なかった。そのため、一丁目から五丁目まで1人のおじさんが叩いていた。このおじさんの名前は知らないが、おじさんの太鼓は初めは踊りに合わせた静かなものだったが、休憩の際お酒を飲むと興に乗じて太鼓を乱打する。無法松の一生に出てくる「小倉祇園太鼓」の「暴れ打ち」が始まるともう舞台はおじさんのものとなった。皆がこのおじさんに集中し、踊りも放送も屋台もすべての音が止まった。夜空を見上げ、撥(バチ)を持った腕をまっすぐ伸ばして止め、しばしの間合いの後に叩く太鼓は、まるで広場の空気をすべて振動させたかのようだった。

 友達の岡部は盆踊りがうまかった。当時は東京音頭や炭坑節などが流行っていたが、彼はその他マイナーな踊りでも先頭に立つ。子どもだと馬鹿にしてはいけない。彼はすべての盆踊りを踊れるのだ。初心者は誰でも彼の動きを見ながら踊っていた。学校では目立たない存在で我々のパシリであったが、盆踊りでは大スターだった。真新しい着物を着て一丁目から五丁目まで踊りつくした。この時ばかりは彼には近づけなかった。

 私は他の友達と屋台巡りだった。昔は日立製作所亀有工場があり、日立の社宅の子ども達が多く50人クラスで6クラスあった。だから人出も多く、たかが盆踊りでも縁日なみの屋台が出た。お面や金魚すくいはどの盆踊りでもあったが、三丁目の盆踊りは「ひよこ売り」が出たのだ。ひよこ売りとは文字通り鶏のひよこを10円で売る商売だ。

ひよこ売りのおじさんには2度騙された。そこには通常の黄色いひよこの他に赤色や青色のひよこがいた。「これは珍しいひよこだよ」という。「これを下さい」と青色のひよこを選んだ。翌日暑かったので、ひよこが水飲み用のケースで水浴びをした。しばらくして、ひよこを出して拭いてあげると、拭いたタオルが青く染まった。

ひよこ売りのおじさんは「ぼうず、これ買って卵を産ませてお母さんを喜ばせてやれ」とも言っていた。しかし、ひよこは半年後「コケコッコー」と鳴き始めた。

 祭りが終わると翌日決まって子供たちの何人かは広場に行く。私もその一人だった。なぜ見に行くのかわからないが、柱や紅白の幕が片付けられるのを見ていた。一丁目の盆踊りの時はまだまだこの後も盆踊りはあると思っていたので何も感じなかったが、五丁目の時はもうこれで盆踊りも夏休みも終わりだと思うと言い知れぬ寂しさに襲われた。

 

ふとベンチを見ると、あの無法松のおじさんがいた。ビールの缶を片手に櫓(ヤグラ)が運び出されるのをじっと見ていた。豆腐屋がラッパを鳴らして通り過ぎた。帰ろうと広場を出たら、小走りに自宅に向かう岡部の後ろ姿があった。

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第85回「名前負け」(2020年8月19日)

営業の話

入山という名前は山に入るだから祖先は木こりか猟師だと思う。稲田は農夫、魚浜は漁師だったのだろう。名前にはそれなりの意味がある。

さて、私には営業をしていた時「名前負け」した男が2人いる。

1人は大王丸さんだ。

A社の営業部長だった彼は、得意先の協力会でも強烈なインパクトがあって得意先の担当者も名刺をもらったら絶対に忘れない。歌丸や金丸、五郎丸は有名だがこの人に比べたらインパクトがない。この名前を聞けば海賊の親分か山賊の大将か思い起こされ、少なくとも手下ではないはずだ。会ってみれば何か祖先の面影が出てくる人だった。同じ製品を競合していたが、彼が出てくると勝てない気がした。完全に名前負けした男だった。

2人目は高杉さんだ。

会社の上司だった高杉春正さんのことだ。私が逢った有名人の子孫はオリンピックで優勝した田島直人のお子さんが大学の先輩であったのが最初だったが、歴史上の人物の子孫としては初めての出会いであった。幕末の動乱期、長州藩の志士として活躍した高杉晋作の血を引く高杉家本家筋の14代目である。晋作の実名は「春風」で、高杉家では代々、長男の名前に「春」の字が付く習わしになっているそうだ。東京の祐天寺に大きな家を構えている。

かつてお父さんが長州(山口県)出身者の人間を書生として養っていた。

ある時B社の取引で電子部品の挿入機(5000万円)の商談があった。競合は3社である。ただこのB社は電々ファミリーのひとつで購入先はほぼ決まっていた。資料作り(比較検討用に)にうちの会社の製品を利用されていると思ったので上司の高杉さんと相談しB社に行ってもらった。比較だけに利用されるなら時間がもったいないので、入札に不参加することを高杉さんに提案したのだ。

選定責任者の製造部長のC氏と名刺交換すると、「高杉さん、祐天寺に住んでいる高杉さんですか」と聞いてきた。「はい・・・」「ぼん、私です。Cです。学生時代お父さんにお世話になったCです」そこから話が盛り上がり、最後は「私が応援します。このままだとあそこに決まってしまいます。いいですか、ぼん、私の言うように工場も対応するよう指示してください」と述べて別れた。その後週1で連絡があり、その都度改良して対応した。最後は価格だが高杉さんが工場を説得して競合を出し抜いた。こうして4500万円になってしまったが受注に成功した。機械に慣れると作業員は同じものを欲しがる。こうしてこの会社に私が担当の間、合計3台納入した。

高杉家が書生として同郷の人間の面倒を見たことと、春正さんの底抜けの明るさで受注できたビジネスに居合わせたのは営業冥利に尽きる。

 

「おもしろきなき世をおもしろくすみなすものは心なりけり」(晋作辞世の句)

 

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第84回「大奥巡り」(2020年8月12日)

昔の話

私の母校「足立区立東淵江小学校」の校歌は古関裕而の作曲である。朝の番組「エール」を見て、ふと思った。小学校か中学校か高校の校歌が確かこの人が作曲したのではないかなと思って調べたら、小学校校歌だった。校歌などはその学校を出てないと全く興味がないと思う。私などは今聞いても小学校の校歌なのか中学校の校歌なのかよく思い出せない。ただ、高校の校歌はわかる。学校体操というのがあって校歌に合わせて体操をした。これが高校1年生の体育の授業で実施され、評価の対象であったので今でも体が覚えている。

さて、その高校での話。

いたずら好きなのか目立ちたがりなのかよくわからないが、昔から人のやらないようなことをした。小学校以来「情緒不安定」の文字が高校卒業まで通信簿に記載されていた。小学校の時はなんと読むのかわからなかった。高校になってやっとわかった。しかし、その時はもう遅かった。

高校には誰が考えたのか誰も成功したことがない伝説の「大奥巡り」という度胸試しがあった。高校は1、2組が女子(就職組)、3、4組が大学進学文系、5、6組が大学進学理系というクラス分けであった。1クラス50人の大所帯。度胸試しとは「この1組または2組の教室を授業中1周してくる」という内容だ。前の扉から入り後ろの扉から出る。ゆっくりと歩き慌ててはいけない。過去挑戦してみた先輩の中には、扉を開けたはいいが足がすくんで動けなかったり、教壇付近で引き返してしまった人がいたようだ。数年前にある先輩が入室に成功したが数学のT先生だったので、入って10歩も行かないうち胸ぐらをつかまれぶん殴られて終わり、その後誰も挑戦しなくなった。今冷静に書いていると全くくだらない度胸試しだった。

4組にいた私はある時自習授業になって何のきっかけかこの伝説に挑戦することになった。成功したら皆が1人100円くれるという。全員が賛成した。4900円は当時の私にしては大金だった。

1組は体操の時間でいなかったので、2組で挑戦するしかなかった。前の扉をノックし先生に頭を下げ、ゆっくりと先生の前を歩き窓際の机の列を通り後ろの壁にたどり着き皆を見ながら後ろの扉まで来た。入る時は張りつめた空気だった。「な、なんなんだ、こいつは」との雰囲気が蔓延していた。T先生だったら入ったとたんまた殴られて終わったのだろうが、女のS先生(おばあさん先生)だったので、何をしようとしているのかわかってゆるしてくれたのだと思う。窓際の列を歩いていた時皆は気づいた。これが伝説の「大奥巡りだ」と。ざわざわし始めた。一礼して扉を開けて出た時、拍手が起こった。扉を閉めると急に足がガクガクした。

一部始終を見ていた立会人のMたちからの情報で成功したことがわかると、クラスの皆からお金が集まった。数えてみると6000円は超えていた。

 

大奥巡りの成功はひとえに寛大で慈母愛に満ちたおばあさん先生のおかげだ。今日8月12日はおばあさん先生の命日である。献花

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第83回「世にも奇妙な物語」(2020年8月5日)

スポーツの話

私には癖がないと豪語している人が、靴を履く時右足からいつも履いていることを本人は知らない。初耳の時に瞬きを激しくする人がいて、このことは知らないんだとわかってしまう。「無くて七癖あって四十八癖」とは、癖が無いように見える人でも何かしらの癖があるもので、癖があるといわれる人ならば、尚更多くの癖があるものだということである。

さて、当クラブにはいろいろな子が入ってくる。僕をもっと速くしてくれと言ってくるが、入会しなくとも“癖”をなくせば速くなる。これからご紹介するのは、本当はもっと速いのにサイドブレーキを引いて走っていた子どもたちの癖である。

 (1)窮屈なスタート

学校ではパンチスタートを教わったようだが、体が固い上、腕や脚の力が不足しているため彼には不向きなスタートだった。構えた時腕が真っ直ぐ伸びず(体を支えられないため)腰を高く上げた分足の出るのがかえって遅れていた。つんのめった走りでハイヒールを履いて走っている様なものだ。ミディアムスタートに変えてスムーズに出れるようになった。

(2)利き腕で字を書いていない

スタートの練習では「利き足で出なさい」と小学生に教えていた時、利き足をチェックする動作を中学2年生の男子がやってみたいというのでやらせてみた。なんと逆だった。この子は川口市の100mではトップクラスの選手だ。片岡鶴太郎じゃあるまいしわざと利き手でない方で絵や文字を書くべきではない。陸上では「器用」なスタートは要らない。選手に合った「綺麗」なスタートを旨とすべきである。

(3)地面を叩くような腕振り

腕振りができていないのは腕の振りを教えていないからだ。地面を叩くように拳を下ろし肘を引いて上にあげる。さすがに最近は100mではやらないがロング走では時々やる。かなり私に怒られるが言われるまで気づかない。

(4)幽霊走り

手の甲を上に向けて走る“うらめしや”の腕振りをする子がいる。保護者の間で「幽霊走り」と言われていると聞いて可哀想になり対策グッズをつくってみた。ポンチ絵を渡し製作はすべて妻がおこなった。これは腕に巻いた布が本人に見えたら幽霊走り、見えないように走れたら直っているから、時々自分でチェックしなさいと指示。これがうまくいったようで綺麗になった。今後このグッズなしで腕が振れたらいいのだが。もともと地力があり腕振りがきちんとできれば同学年の速い子と同じくらいになると思う。

このように当クラブに入会する児童・生徒の中には、摩訶不思議な癖がある者がいる。

 

 (「世にも奇妙な物語」のタモリの口調で)この事例を笑っているあなた、そういうあなたのお子さんにも妙な癖が・・・身に覚えがありませんか・・・(ガラモンソングの『テゥルルルルン テゥルルルルー』♪のピアノ曲が流れる)

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 第82回「エイトマン」(2020年7月29日)

学童の話

おやつはじゃんけんで教師に勝った者から3人ずつ取りにいくことになった。今日のじゃんけんは私が担当である。「始めはグー、じゃんけんぽん」で4人が私に勝った。その中でまたじゃんけんして2人が決まった。あと1人だったが3年生と1年生だったので3年生の女子に「K、お前先輩だから1年生に譲れ」と言った。文句が出たがバンビーニと同じ調子で聞く耳を持たなかった。「さあ次行くよ」と進めたものだから女の子のKは泣き出してしまった。

そばにいたおせっかいのYが「イリ、謝りなさいよ」と言ってきた。こんなことぐらいで泣くなと思ったが、仕方ないので「ごめんね、ごめんね、ごめんね~」と漫才のU字工事の益子の口調で言ったものだから、火に油を注いでしまい、Kは号泣してしまった。優先させた1年生までがKの味方となり非難。他の先生に助けを求めたが、自らの仕事に専念し背を向けてしまった。「自分でまいた種だから、自分で始末しなさい」という無言の答え。完全に四面楚歌。「どうしよう・・・」と思った瞬間、口と体が動いた。

「すみません、これからは1年生と言えどもひいきしません。平等に対応します。・・・お詫びに歌を唄います。先生の子どもの頃流行った歌で『エイトマン』と言います。・・・では、いきま~す。*( )内は振付動作。

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

光る海(右の手のひらを水平にしておでこに当てながら広田ひかるの方を見る)

光る大空(同様に大空こうきを見る)

光る大地(同様にあきやま大地を見る)

行こう無限の地平線(遠くを指さし、左手を添えた後両手を外に広げ地平線を示す)

走るエイトマン(膝を高く上げその場モモ上げ)弾よりも速く(右手親指と人差し指で楕円をつくり弾を連想させ、前から後ろに流す。相対的に自分が弾より速いことを示す)

叫べ胸を張れ鋼鉄の胸を(右手を広げて口元へ。胸を張り、ゴリラのように胸を叩く) 

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイトマーン(両腕で輪を描き足は揃えてО脚にし全体で8を表す」

 途中から子どもが笑い始め、8の字を作る子、広田ひかるを見る者が出たりして大盛り上がり、ついにはKが机から顔を上げニコッとした。おやつがすべてに行きわたり「いただきます」の挨拶が終ると、Kから手でおいでおいでされ、行くといい子いい子され、おやつを分けてもらった。どっちが子どもかわからない。

 ここの児童3人の名前が歌詞につながっているのを心のどこかで引っかかっていたのだと思う。そうでないとエイトマンの歌は出てこない。私にとってエイトマンは宴会芸のひとつだった。ずいぶん久しぶりに唄い踊ったが不思議と体が覚えていたようだ。エイトマン、ありがとう!「やっぱり、君は正義の味方です」

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第81回「オリエント急行殺人事件」(2020年7月23日)

営業の話

30年ほど前、東京駅八重洲口の工事現場で人だかりがしていた。ふと覗いてみると将棋を指すお兄さんからハイと将棋駒を渡された。早指しの将棋だという。いや、将棋はそんなにうまくないので皆がやるのを見てからと言ったが、皆がやってみろと囃し立てた。本日はサービスだからとお兄さんが言ったので、それならとやってみた。

早指しはある局面から開始して持ち時間は2秒位で進める。3秒になると考えちゃいかんといって無理やり駒を進めさせられ1分間持たなかったように感じた。終わったので帰ろうとしたら「はい、本日は10駒で詰んだから1駒3,000円合計30,000円、通常15駒なので5駒少なかったから加算料金1駒5,000円でプラス25,000円、将棋連盟の指導料として1回30,000円、将棋駒の使用料20,000円、合計105,000円頂きます」「え、さっきサービスだって言ったじゃないですか」「だから通常の半分の値段にしてあげたんだ」「いや、サービスというのは無料だと思いますよね、そういってましたよね」と隣のお兄さんに助けを求めたら、対面のおじさんが「払えよ、見苦しいぞ」という。そのうち皆が「払えよ」の大合唱。私の後ろに若い衆が移動し逃げられないようにしていた。ここで気づいた。10人くらいの観客全員がグルだと。まるで映画のようだった。だが、もう遅い。仕方なく財布を出した。たまたま今日は給料日だったので財布に30,000円入れてあった。カード類はテレホンカードしかなかった。お金をすべて取り上げられて解放された。

現場から20m先に公衆電話があった。慌てずゆっくり歩いて電話ボックスに行き110番しようとして振り向いたらもう人っ子1人いない。どう逃げたか見届ければよかった。

 くやしいので中央警察署に行った。足取りは重くまるで奴隷が船に乗せられるようだった。「遅くまでお客と商談してたのに。なんで俺がこんな目にあうんだ。30,000円もあれば家族と旅行できたのに・・・なんとツイテない男なんだ俺は。日本で一番不幸な男だ」と心の中で繰り返し繰り返し後悔していた。警察署は20時を過ぎたせいか当直の刑事しかいなかった。背広を脱いでいたので、拳銃の入ったショルダーホルスターが印象的だった。調書は仕方なしに書いている感が強く誠意ある態度ではなかった。

「いや、旦那さん、あいつらは地域で3か所くらいやると逃げちゃうんだよ。真剣師(賭け将棋をして生計を立ててる者)はその都度変わるから特定できない。しかも、早指しと言っても絶対に勝てない局面図になっていない。大山名人が相手だったら真剣師が負けるかもしれない局面図になっているので、詐欺にもならない。お金がないと腹いせで殴ってくるがその時暴行罪として現行犯で逮捕するしかない。無料だとは言ってなかったでしょう、サービスするとは言ったと反論する。頭のいい奴らだ。警察官が最初から立ち会うなど特別なことがないかぎり立件は難しい」事実その後中央警察からの連絡はなかった。

 帰ろうとしたとき真っ青な顔して入ってきた者がいた。私より若かった。「い、今、将棋をしてお金をとられました」刑事「いくらですか」若者「10万円です」

 

 警察を出た時、何か幸せな気分になっていた。「俺より損をした奴がいる。俺は30,000円で済んだ。なんとツイテいるんだろう」繰り返し繰り返しつぶき、会社に戻る足が勝手にスキップした。

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 第80回「金魚」(2020年7月16日)

昔の話

子どもの頃東京の足立区に住んでいた。海抜0m地帯だ。よく中川や綾瀬川が氾濫した。家には雨戸がないので、台風が近づくと親父は板を窓枠に打った。その槌音が子供心にもこれから台風が来るのだと身構えさせた。台風が来ると昔はよく停電したものだった。その頃の人たちは心得ており、ろうそく台にろうそくを置いてそれを待った。電気が切れて真っ暗になった瞬間、マッチの火でろうそくに点火すると言い知れぬ神秘さがあった。子どもは電気が来なければ寝るしかないが、大人は寝るには早い。しかし、やることが限られるからだろうか親父が包丁を研ぎ始めた。薄目で見ていると親父やお袋の顔がろうそくの火でゆらゆらと揺れている。お袋が山姥となり私を生贄とする儀式が始まるかのようだった。布団を慌てて被って寝た。夜中トイレで起きると、風の音が強くなっていてワクワクした。いま風が強いと言うことは明日の朝は台風が去るということだ、そうすれば・・私はどうやって遊ぶかを考えていた。

待望の筏(いかだ)を使う事だった。近くにはため池があり親父が以前小さい丸太を5,6本鉄線でくくりつけ筏を作ってくれた。ただ、この池は浅くすぐ池底について動けなくなるので、これまで開店休業であった。この台風で床下浸水となった。水かさが増し筏を動かせる。隣の家の清吉と50m先の一男を呼んで筏に乗った。深い所でこけたら泳げたかと言えば無理だったろうが、こけるなど考えたこともない。リスク管理などまったくできない年齢だ。長い棒で池底を押して動かすとロビンソン・クルーソーになった気がした。

別の台風の時、東京を過ぎ去ったのを見て親父が朝早く自転車で出かけた。それから1時間して親父が慌てて帰って来た。「政夫!起きろ!母ちゃんはバケツをできるかぎり用意して」との声。自転車のハンドルにバケツ2個、荷台に1個乗せて親父に連れられて綾瀬川に向かう。なぜ行くかわからないが、親父が行くぞといえばついて行くしかない。着いてみると綾瀬川は氾濫していて、そばにあった金魚の養魚所から金魚が逃げていた。池なのか田んぼなのか見分けがつかなかったが、魚がピチャピチャ跳ねているのがわかった。持ってきたタモですくうと20匹以上出目金が、他を探ると琉金が10匹、ランチュウが5匹ほどすくえた。普通の金魚は捨てても十分バケツは一杯になった。親父と合わせて6個のバケツが一杯となったので帰宅する。養魚場のおじさんが見ていた気がする。でもタモを持っていたのは我々だけではない。何十人の人間がいたのでどうしようもなかったと思う。泥水では金魚は死んでしまうので家ではタライに水を入れてそこに金魚を入れた。金魚でタライは一杯だった。両手ですくうとたくさんの金魚がこぼれ落ちた。一生に1回だけの経験だった。だから金魚を見るとこの日のことが浮かんでくる。

しかし、翌朝水道水の塩素のせいで金魚は全滅した。そして養魚場のおじさんも死んだ。自殺だったと風の便りで知った。ろうそくの火.jpeg金魚.jpg

 

第79回「ああ、勘違い」(2020年7月9日)

学童の話

歳を取ると耳が悪くなる。冷めた珈琲を電子レンジに入れてTVを見ていると、温まったことを知らせる「チーン」が聞こえない。妻に何度も怒られる。外の雨音も聞こえない。学童に行くときに「雨大丈夫かな?」と聞いて呆れられる。最近スーパーのレジで支払う際従業員の言葉がマスク越しのため言っていることがわからない。面倒くさいのでうなづくしかなく、折角袋をもっているのにレジ袋を買わされてしまう。

 さて、私にとって周波数が高くその上ぼそぼそと話す子どものいうことを聞き分けるのは至難の業だ。時々勘違いして思わず笑ってしまったり、笑われてしまうことがある。

 ある時、私がいつもと違ってジャケットを着て学童に行った時がある。午前中バンビーニ陸上クラブの商談に行っていたからだ。その時初めてジャケット姿を見た児童Aが「イリ、浮気してきたの?」と言う。「何?突然。私には怖い奥さんいるから浮気などしないよ」児童A「何言ってんの?僕は『上着着てきたの?』と言ったのだよ」入山「・・・・」

ある時、児童Bが女子Cのいたずらに堪忍袋の緒が切れたようで、喧嘩になりそうだったから仲裁に入った。児童B「Cにはムラムラするんだよね」入山「えっ、まだそんな気になるのは早いよ」児童B「前からそう思っていたのだが、生意気なのだ、女子のくせに。僕はCのいたずらに腹が立ってしょうがないのだ」ここで気がついた。入山「もしかしてそれを言うならムカムカしたと言うのだよ。ムラムラだと違う意味になる」児童B「・・・・」

 ある時、コロナで学校が休みの際、午後に児童Dが学童に入るなり「フラフラしてきたよ」と言う。「こりゃ大変だ。気分はどうだ?体温は?脈拍も計らないと。池田先生アイスノンを用意してください」児童D「何言ってんの?イリが午前中どうしてたというから何もすることがなく公園で遊んでいたので、フラフラしてきたと言っただけじゃない」入山「ばかやろう、それを言うならブラブラしてきたと言うのだ。心配掛けやがって・・・」児童D「・・・・」

 ある時、お母さんが迎えに来たら、家族でご飯を食べに行くと言うので、入山「児童E、今日はどこに行くの?」と聞いたら、児童E「これからサンマ食う」入山「ほう、しぶいね。苦いけどワタがうまいんだよね」児童E「苦いって?」入山「サンマ食べに行くんだろう?」児童E「何言ってんの。サンマルクに行くんだよ」入山「・・・・」

お後がよろしいようで。

 

 

浮気と上着.jpgムラムラとサンマ食う.jpg

 

第78回「オルガナイザー」(2020年7月2日)

スポーツの話

高校の生物の教科書には、イモリやカエルの胚の実験から形成体という部位はその周囲の胚域に働きかけ器官の分化を誘導する、と教えている。Aのイモリの形成体をBのイモリに移植するとBのイモリの部位にAの器官(心臓や胃など)ができるため、器官は形成体によってコントロールされることがわかっている。

私にはここ8年間の小学生指導で感じ始め今では確信に変わった理論がある。

倫理上人間の身体の器官を司る形成体は操作できないが、能力(一定の課題を成し遂げることのできる力)は人為的に促進、強化、できると思っている。

身体の筋肉は誰もが生まれた時に持っている。しかし200kgのバーベルを持ち上げることは訓練をしなければできない。マラソンも2時間を切って走ることは普通の人間にはできないが、特殊訓練をすれば可能にするところまで人類はレベルアップしている。

こういうことから人間は通常生きるための生物的器官は生物的形成体のよってできあがるが、能力を高めるのは別の形成体として身体のどこかに存在している。この形成体をオルガナイザーと呼ぶことにする。

ここで能力とは運動能力だけではなく知能や芸術的才能、気配りなど「察する」能力も含む。このオルガナイザーは外的要因でスイッチが入るのであり、本能的に活発化するものではない。このオルガナイザーを刺激することによって通常の人間の能力の数百倍数千倍を持ち合わせることができる。

オルガナイザーと才能の組み合わせは多種多様だ。もしかすると才能のオルガナイザーはひとつでなくそれぞれに分かれた多数となって体の中に存在するのかもしれない。私が児童のオルガナイザーに刺激するのは陸上競技だが、もしかするとサッカーやラクビーのコーチの指導にあえばそのオルガナイザーが作動するのかもしれない。もっと飛躍した見方をするとその子が伸びるのは運動能力ではなく芸術面なのかもしれない。NHKの朝の番組の「エール」では蓄音機から流れた「威風堂々」の行進曲が主人公の作曲的能力を刺激したのを思い出した。

ただ、このオルガナイザーは目をつぶってしまうこと多々ある。スーパー1年生として期待していた児童が3年生になって普通の子になってしまったことは反省の余地がある。塾やコロナなど他の要因で走ることに興味がなくなったのかもしれない。また苦しいことから逃れる知恵がついたのかもしれない。

目をつぶるくらいならもっと大きな刺激を与えて目を覚ませればいいが、オルガナイザーには賞味期限があるようだ。小学生の頃は絵がうまくどのコンクールでも入賞していた私は、中学に入って陸上部になってからは絵と疎遠になり、今では学童の児童に笑われるくらい下手くそだ。

 

オルガナイザーはどの子どもでもある。どのオルガナイザーがあるのかをチェックすればいいのだが、お金も時間もない中、自分にあったオルガナイザーを見つけられる運のいい子が天才になるのだと思う。もしかするとオルガナイザーの上に「運」というウルトラオルガナイザーが存在するのかもしれない

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第77回「禁じられた遊び」(2020年6月25日)

昔の話

私が小学生の頃(昭和30年代後半)「三度ぶつけ」という遊びがあった。ドッヂボールのコートがない遊びで、どこまで追いかけてもいいのだ。3回ぶつけられたらゲーム終了で、当てられた子は「死刑」で壁に後ろ向きに立たされ皆に1回ずつぶつけられる。2度当てられると死刑になりたくないので、一番弱い子を選んでその子を狙い3度当てて逃れる。今思うとちょっといじめに近いが、皆はいじめている、いじめられていると思っていない。戦略の一環だからだ。校庭を逃げ惑う子が多いが、運動神経のいい子は下がりながらボールをとって逆に追いかけてくる。そのため後ろは見ずにボールに相対して下がるからスピードも出ている。

不幸は突然襲ってくる。当時はバレーボールのネットの支柱が4本~6本くらい校庭内に立っていた。材質は木なのだが運悪く角にあたってしまい。頭がパクリと割けて大量の出血、救急車で運ばれた。それ以降「三度ぶつけ」は禁止となった。

 2B弾が流行った時代でもあった。2B弾はマッチでこすって煙が出ると約10秒後に爆発する。武器で言えば手りゅう弾のようなものだ。しかも威力もそこそこあり小さな蛙ならバラバラになってしまう。ある時度胸試しに2B弾をギリギリどこまで持てるかという遊びをした。マッチですったあと手に持ち9秒で投げられれば英雄だった。私などは臆病だったから8秒くらいで投げていたと思う。須賀という男の子は自分を紹介する時「須賀でガス」というので皆のマスコットだった。勉強は苦ってだったが度胸はあった。夏、私の嫌いな蛇を首に巻いて涼をとっていた男だ。その男が度胸試しでも本領を発揮し、9秒0を出していた。正確な時間はわからないが投げた後爆発まで1秒くらいなので9秒0としていた。

彼が9秒5に挑戦するといって2B弾を持ち、まさにそれを投げようと耳元に右手が来た瞬間2B弾が爆発した。その時運悪く須賀は2B弾を至近距離で見てしまった。そのため右目が失明してしまった。見なければ耳がキーンとしただけだったろう。学校はそれ以降2B弾を禁止した。

 当時子供たちは大人は何でも禁止すると嘆いたものだが、今思うと「何か起こったら禁止だがそれまでは自由」の雰囲気の時代だった。「何でも禁止、何か要求があったら検討する」ような現代の空気とは大きな違いだ。教育方針の違いだからどちらがいいかはわからないが、菊地寛の「無事是名馬(ぶじこれめいば)」の考えでは明日の風雲児は生まれないような気がする風雲児は生まれないような気がする。

 

第76回「本能児の騙」(2020年6月18日)

スポーツの話

以前にもお話しした(第24回「女はいつだってアクトレス」(2019年6月25日))ように、女性は有事の際も20%の力を温存している。それはお腹の中に赤ちゃんがいた場合その子を守らなければならないからだ。精根尽き果てても後50m行けば避難所にたどり着ける、10m走れば野犬から逃れられるとわかった場合、あれほど立てないと言った状態から突如立ちあがて逃げる。これは女性特有の本能である。子どもは男女問わず苦しさや困難さから逃げる本能がある。中学生以上の男子は戦う本能からそれこそ99%全力を尽くしてしまう。陸上競技の800mに見られるケツワレは男子に多く見られる現象である。

小学生や女子選手の練習のポイントはいかに余力を残さず力を100%出せるか、なのである。正確に言えば100%は無理なので90%に目標を置いている。

今回は小学生における90%発出方法を紹介する。

子ども達に練習メニューを見せると必ず規定タイムより遅くなる。インターバルの本数や種類を知るとそれに合わせて力をセーブする傾向にある。練習時間をつつがなく過ごすためにはどう力を配分すればいいかを心得ている。

練習が始まると「今日は長いのはやめよう」「スピード練習がしたい」と練習内容をまず否定する。やめる気がないことがわかると「10本はやめよう」「7本なら何とかできる」と条件闘争に持ち込む。「まずはやってみよう」と走らせると「足が痛い」「お腹が痛い」「気持ち悪い」「頭が痛い」と体調不良を言い出す。「気のせいだ」と続けると「トイレ」という印籠を出す。少なくともこれで1本は休める。2,3回言えないのは子供なりにもわかっている。最後は「コーチ、もう時間無いよ」と競技場に申請した練習時間を持ち出す。

あいにく耳が遠いのでその他の苦情は聞こえない。聞こうとしないから余計に聞こえないのでもある。ここまでは反乱ではなく、主張して少しでも楽になればいいか程度のデモだ。私にとっては適温であり、心地よい。

だから練習の内容は教えないようにしている。実は規定タイムもサボることを予想して高く設定してある。

かけっこ教室は、手を抜く“本能”をもった“児童”を“騙し”ながら練習をさせることがポイントである。私はこの方法を「本能児の騙」と呼んでいる。小学生の100m走.jpg本能寺の変.jpg

 

第75回「ランドセルと体温計」(2020年6月11日)

学童の話

新型コロナの影響で、1年生にとって登校した日は2ケタいくかいかないかの状況である。その中で急にこの暑さだ。通常は4月から涼しい時期にランドセルの重さに慣れ、徐々に暑さに対応していくのだが、入学と同時に30℃の暑さとランドセルの重さと闘うことになったので、1年生にとっては大変な状態なのだ。分散登校で2組にわかれて登室してくる1年生は汗だくだくだ。髪の毛がお風呂上がりのようでかつ顔が赤い子が多い。学校から登室するまでの距離は10分くらいかかる。学校の登校エリアの最南端にあたるところがこの学童なのである。この距離は年寄の散歩には快適な距離だが、ランドセルと宿題や副教材の入った袋を持って歩く1年生にとっては行軍のようなものである。

着替えをさせてからうがい手洗いをして検温である。着替えも男の子の1人はパンツまで替えるのだが皆の前で平気で脱ぐので困る。多くの子はそこまでしないのだが、この子はまだ廉恥心は芽生えていない。トイレで着替えさせるよう教育していくうちに恥ずかしさの感情が生まれるのであろうか。といっても昔の子はこの子のような子供が多かった。私は小5の時小学校の担任の家(我孫子市)に数人の友達と遊びに行った。手賀沼がまだ綺麗だったころだからパンツを脱いで泳いだ。友人2人も泳いだ。女の子たちはさすがに見ているだけだったが、先生たちがいなかったら脱いだと思う。昔はそんなおおらかな子どもが多かった。

コロナが流行り、より心配性や潔癖症な子が多くなった。検温をする際、子ども達は体温計の数字をじっと見ている。中には36.9℃になると取ってしまう子がいる。37℃になると要注意、37.5℃だと帰宅させられるからだ。ハラハラドキドキなのだろう。3つある体温計の中でAは低め、Bは高め、Cはほぼ正しい値が出る傾向にあるが、子ども達は経験上Aを選ぶ。平熱が低い子は速く値が出るBを選ぶ。Cは正しいが、値が出るのに5分くらいかかるので嫌われている。我々も杓子定規には子ども達を扱ってはいない。37℃の子には体温計を替えて2回計るし、2回目の間のインターバルは10分以上置いている。

陸上教室には体温計を1日中離さず1日100回も自分で計っている子がいるという。その子はスタート練習でフライングすることが多い。今までせっかちかと思っていた。どうも心配性で遅れたらどうしようということでフライングになってしまうようだ。今からその性格を徐々に変えていかないと受験の時に困る。試験の前日、心配で眠れなくなってしまう。徹夜明けの状態で受験に臨んでも結果は予想できてしまう。スタートは私が治せても性格は治せない。これから新型コロナのせいで神経質な子が多くなるだろう。ズボラな性格がいいとは言わないが、精神的に弱いと社会に出た時に困る。

 

勤務を終え学童を出る時「イリ、バイバイ」と玄関まで送りに来た子どもに「ありがとう、また明日」と言ってその子と握手をした。ドアを開け振り向くとその子が右手をズボンで静かに拭いていた。

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 第74回「ゴルフ接待」(2020年6月4日)

営業の話

昔、ゴルフの接待をした。

ゴルフの接待は決して悪いことではない。コストパーフォーマンスから言うと、寿司―クラブ―タクシーのコースと比較すれば安く済む。また、お客との付き合う時間は夜の部が3時間とすればゴルフは少なくとも6時間は一緒である。必ずスコアを書く時に「入山、パーです」と言うので、名前を覚えてもらえる。その後得意先に行った際、一緒に回った得意先の事業部長や資材部長から声をかけられる、担当に注目される、といった具合に営業にとっては有利に展開するのである。

そのゴルフ接待にまつわるお話を2点ほど。

(1)思わず「足が出た」困った瞬間

1.部下の行為

ゴルフはボールが当たった時のショック緩和のため全員が帽子をかぶる。ゴルフでは風が吹くことがある。ある時風が吹きお客の帽子が飛んだ。私の部下は追いかけたが帽子は転々と転がる。風が弱くなったので取れると思った瞬間また風が強くなった。思わず部下は足を出し帽子を踏んでそれ以上転がることを防いだ。

残る3人はこれを見ていた。「馬鹿!」と心の中で叫んでしまった。いくら池に入る可能性があったのでやむを得ない行為だと思うが、「お客の帽子を見ている前で踏むな」池に入った方がましだった。クラブハウスに戻ってお客に帽子を買って詫びた。でも彼には直接叱らなかった。一連のお客に対する対応に同席させて暗に注意した。

2.見てはならないもの

お客のボールががけ下に転がった。崖下から打ったボールがどこにいくか見る為フェアウエイにいるがなかなか戻ってこない。おかしいなと思って見に行った。すると私が覗いた時、ボールが上がらずまた転がって行った。ボールが今打ったところより転がり、OBゾーンにいってしまう瞬間だった。お客は思わず足を出しボールを止めた。「こりゃ、まずい。もう何回打ったのだろうか」と見ないことにしてフェアに体を戻した。「○○さん、ここはローカルルールで無罰でラフに戻せるそうですよ」と嘘を言って崖下から上がってもらった。

(2)接待慣れ

1.ゴルフ接待が多いお客

8時集合なのに7時に来て朝からお酒を飲んでいた。昔はラウンドすれば帰りにはアルコールが抜けると考えていたのだろう、ゴルフ場にある一番高いお酒を飲んでいた。すべて費用はこちらもちだ。この人たちはスコア90で回る人たちなので練習もしない。ただただ接待されることを楽しんでいる。

2.せこいお客

清算する時ちょっと高いなと思って明細を見るとお客の1人がシャツとボール6個(1個800円)を買っている。我々が払うものと考えての確信犯だ。

3.ゴルフを要求するお客

「天気いいね」、「入山さん、やってる?」これで察しないと、「●●部長元気、この間2打差で負けたからね」それでも相手にしないと「ライバルの□□会社からゴルフ、ゴルフて言われてね。でも僕は入山さんたちと回るのが楽しいなぁ」となってくる。

新型コロナウイルスで夜の接待がなくなればゴルフしかないと思うが、石田純一がゴルフで感染したという。今の営業は辛い所がある。私の理想は子ども達にゴルフ場で走らせることだ。アップダウンが大きく、しかも走るところは芝生の上で膝に対する負担が少ない。かつて1500m世界記録保持者ジム・ライアンが練習していたのがゴルフ場だった。この人の練習方法がバンビーニの長距離練習の基礎となっている。

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 第73回「用心棒」(2020年5月28日)

昔の話

男らしさとは何か、仕事とは何か、ということを考えると、昔の男は偉かった。

子どもの頃、親父から終戦後の話を聞かされるとき必ず出てきたのが「用心棒」の話だった。

終戦後の米兵は「ギブミーチョコレート」の世界だったから日本人をなめてかかかったフシがあり、一部無銭飲食する輩がいた。たらふく食べて英語でまくしたてて帰ってしまう。体が大きいのでおおくは泣き寝入りになってしまう。そこで一部の商店は用心棒を雇った。その手の輩が現れると控えの場所にいる男に連絡する。通常の日本人だし終戦直後の栄養不足から身体の大きさは大人と小学生ほどの差がある。しかし、この男はひるまない。親指と人差し指をあわせて丸にして示し、「マネー、マネー」と請求する。それでも行こうとすると軍服を引っ張って殴りかかる。米兵は笑いながら殴り返す。大きな拳にはひとたまりもなく飛ばされる。しかしこの男はひるまない。相手は大きいので顔をなぐるには跳びかからないと届かない。その間上から殴られる。しかし、顔が倍以上に腫れてもこの男はひるまない。殴られている間も「マネー、マネー」と親指と人差し指の丸のサインを出している。ついに米兵も根負けして払った。特攻崩れの元軍人だったというこの男は社会情勢が落ち着くと出番はなくなった。これが親父が目にした「すごい男」の1人だ。

翻って私。親父の話に比べるとスケールは小さいが、昭和40年代大学生になって初めて行ったストリップ小屋の「見張り役」の男衆についてである。

携帯電話がない時代、男衆は必ず2人以上小屋の前に待機している。小屋に近づくと鋭い眼で見るが、お客と判断すると愛想笑いをして中に案内する。万一あやしい動き(集団で来る、陰に隠れる者がいる)があれば、立ち上がって警戒する。その姿はミーアキャットに似ている。もし警察なら1人が小屋の中に駆け込み危険を知らせ、残された男は警察の突入を体を張って止めるのである。止める男は1分間頑張ればいい。それ以上の時間は必要ない。その訳はこうだ。

公然わいせつ罪の構成要件(罪が成立するための条件)は実行行為だ。踊り子が全裸になった瞬間成立するが、逆に全裸になっている現場を警察に押さえられなければ実行行為がなかったことになる(実際はお客の証言でもいいのだが、賭博と違って見ているお客は罪に問われないので、通常は好きな踊り子が捕まってしまうような証言しない)。だから警官がスットリップ小屋に入るのを阻止し、踊り子が服を着てしまえば公然わいせつ罪は成立しない。よって踊り子は罪をまぬがれるということになる。

警察に踏み込まれた場合、「公然わいせつ罪」は6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金で済むが、「公務執行妨害罪」は3年以下の懲役または禁錮もしくは50万円以下の罰金となる。踊り子は罰せられない逃げ道があるが、男衆は警官が中に入るのを邪魔した瞬間公務執行妨害罪が成立してしまう。逃げ道はない。警察が来たことを踊り子に知らせた男も、“公然わいせつの捜査”という「公務」を妨害したことで同罪となる。踊り子の無事と引き換えに、確実に逮捕され3年も刑務所に入る割が合わない仕事なのだ。

2つに共通しているのは「体を張って他人を守るビジネス」ということだ。

私はたくさんの子ども達と接する仕事(陸上クラブ、学童)をしている。そのため、子ども達の誰か1人でもコロナにかかれば高齢者の私は死ぬことになる(子供たちは平気だろうが)。コロナのせいで、最近命をかけて仕事をしている様な気がする。しかし、昔の用心棒たちのレベルにはまだまだ遠いのだ。

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第72回「夢をあきらめないで」(2020年5月21日)

スポーツの話

小6や中3の子ども達へ

小6や中3の児童・生徒のモチベーションを維持するのは難しいかもしれません。もう出られる大会がほとんど期待できないからです。最高学年になってトップになることが当クラブの計画でもありました。年初は新型コロナウイルスのために大会が中止になるなんて誰も考えもしませんでした。

しかし、君たちの人生がこれで終わりになるわけではないのです。来年中学生、高校生の生活が待っています。だが、ここで練習をやめたらすぐには通用しないレベルまで下がってしまいます。中学生や高校生になって入ってくる初心者の子どもと変わりありません。ただ、彼らは希望を持って陸上を始めるわけですから、やっと練習を再開する子どもらとの差が必ず1年後に出てしまいます。練習を明るくとらえる子と暗く考えてしまう子とでは伸び方が違います。小学生で優れていても現実はそう甘くはないのです。

1年間大会に出られなくても、長い目で見れば無念ではありません。あの織田信長の無念を考えたらたいしことではありません。あと少しで天下をとれたのに明智光秀の裏切でそれができなくなると観念した時の無念さです。その時潔く死ねるのだろうか、光秀に首を渡すなと森蘭丸に下知し火を放した潔さはすごいとしか言えません。私なら女装して逃げたか、襲ってきた兵士に対して皆に金10両をやるから助けろとか見苦しい態度をしたと思います。だってあとわずかで天下をとれるのですから、生きることに執着したと思います。

夢は実現可能性がゼロにならない限り挑戦してみるべきです。外交官試験を受けようとする30歳の学生や身長が165cmにならないで止まってしまったお相撲さん志望の子どもなどを除いては・・・

陸上競技では中学生がオリンピックで優勝することはありません。水泳のような浮力もないし野球のように魔球もないからです(第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」を参照)。ただひたすら人類100万年の遺伝子をもって重力と闘う競技ですから、成熟した人間でないと記録は出ないのです。多くの種目のピークは20歳台なのです。今まで生きてきた分の年数を重ねなければ金メダルは狙えないのです。たった1年間ではありませんか。今はただただ我慢です。

君たちは知らないだろうが、岡村孝子の「夢をあきらめないで」の曲の一節に

「・・・あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 負けないように悔やまぬように あなたらしく輝いてね」があります。

献詞

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第71回「カラオケ」(2020年5月13日)

営業の話

現在のカラオケは通信を使ったもので、いつでも最新の曲とどんな古い曲でも選曲できるが、昔は歌を唄うのは非常に不自由なものだった。昭和50年代カラオケがあるクラブは少なく、歌を唄う時は専属のギターの先生がいた。酔うと唄うのは演歌が多いのでピアノよりギターの先生が多かった。ところが専属の先生はいつもその店にいるわけではなく、30分もすると他の店に行ってしまう。1曲いくらの世界だったのだろう。客の少ない店に長居は無用だ。1時間もするとまた戻ってくるが・・・

唄いたい時に唄えない不便さはあるが、カラオケと違って唄っているお客のレベルでキーやテンポを調整してくれるので下手な人間には便利だった。

私は無類の音痴のため歌は苦手なのだが、営業上仕方ないと観念していた。だから決まって高低差が狭いフランク永井と石原裕次郎の歌しか唄わない。唄わないと言えば聞こえはいいが、唄えないと言った方が正しい。松山千春や平井堅のような高い音は不思議に夢の中でも出ないのだ。小田和正の夢も見るがあの澄んだ声は発声することすらできない。夢の中だけでいいからいつか彼らと同じように唄いたい。

カラオケが8トラックからレーザーディスクになった頃、工場にお客を連れて行き食事の後2次会でクラブに行った。舞台に上がって上司がシナトラのマイウエイを唄い始めたら、すでにここに来ていた事業部長が見つけて「おい、K君それは俺の持ち歌だ」といってマイクを取り上げて唄い始めた。頭をかきかき戻ってきた上司。昔は我儘な事業部長が多かった。

すぐ司会者になる先輩がいた。社員の女の子をつれてクラブに行くとヨイショも兼ねてホステスが女の子にマイクを向ける。初めは断っていてもアルコールが増えると唄いだす。するとここで先輩が出てくる。歌が始まる前に「では次の曲は渡辺真知子のヒット曲『迷い道』・・(前奏始まる)・・・曲がり角ひとつ間違えることによって迷い道にはいりこむのが人生です。彼女はどこで間違えてうちの会社に入ったのでしょう。唄うは○○会社のマドンナ□□です・・(□□唄い出す)」これを得意とする。いつも連れて行ってもらうのはありがたいが、女の子を誘うのはいつも私の役目。最後は皆に嫌われた。

その先輩のもうひとつの得技は「そんな夕子に惚れました」という相撲の増位山の歌。

「・・・・そんな夕子に惚れました」で終わるのだが、夕子という歌詞を連れてきた女の子の名前に置き換えるのである。「・・・・・そんな□□に惚れました」となる。女の子がどう思おうが、女の子にウインクして自分は大満足で終わり、皆のタクシーを呼んでくれたのである。

新型コロナ対策と思って「コロナビール」(*)を毎日飲みながら、昔をなつかしんでいる今日この頃である。

 

*)コロナビールはメキシコのビールだが、子どもの頃親父の目を盗んで飲んだあの苦いビールの味がする。なつかしい。3月までは金麦だったが、緊急事態宣言が出てから倍以上するコロナビールに替えた。再延長でさらに出費がかさむ。

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第70回「子どもの目線」(2020年5月6日)

学童の話

4月第2週にイースターの遊びを行った。エッグハント(タマゴ探し)である。「子どもが隠すから先生は別の部屋に行って」ともう一つの部屋に追いやられる。5分位して「もういいよ」と声をかけてくる。学童なので隠すところがあると言えばあるし、ないと言えばない。なかなか難しいのだが、隠した場所に近くなると子どもの目が泳ぎ始め、違うとところを探していると安心したのか笑いながら隠している場所をチラチラ見始める。だから、見つける確率が高くなる。麻雀でテンパイタバコという言葉がある。テンパイすなわち上がる一歩手前になると安心感からか煙草を吸う上司がいて、その人が煙草を吸ったら気をつけろが合言葉になった。だから、その人はいつも負ける。上司の子どもの頃はここの学童の子どもと同じ行動をしたのだと思う。

 大人と子どもの身長差から来るのだろうか、上目づかいでこちらを見る子がいる。その癖が座っても継続されるため、時々色っぽく見えることがある。だから、妙にやさしくなる。女の子はこのことを敏感に感じ取って成長していくのだろう。上目づかいは女の武器となる。男の子は逆に「何だ、その目は」と怒られるから、高校生になると退化する癖である。

 子どもが悪いことをすれば怒られる。当たり前の話だが、皆でビデオを見ている時寝ながら見ていたので正座させて叱った。ところがトムジェリで皆の笑い声が聞こえると、TVを見せないように座っていた私を覆いかぶさるように頭が動く。それを邪魔するように私が動けば、目線が180度曲がって届くかのように目が動く。まったく怒られている自覚がない。本能的に目が動くのである。

ビデオの時は遊びたい人はトランプなどのゲームで別に遊んでもいいのだが、100%子どもはトランプに集中せず、笑い声に吸い込まれていく。子どもというものはそういうものだ、と思えば腹も立たない。それよりか何とかこの本能を邪魔してやれとほくそ笑んでしまう。

 

興味のあることはそれこそ目が開き瞳が輝く。疲れた時は瞼が重くなるためか薄目になり、生気がなくなる。子どもの目は心の窓である。いつもその窓を全開にしよと心がけている。しかし、現実に戻ると、新型コロナ感染予防のための換気で、窓という窓を開けっぱなしにしている学童は年寄にとっては寒い・・・・。

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第69回「ブラックスワン」(2020年5月1日)

スポーツの話

ブラックスワンとい言葉を聞いたことがありますか?

ブラックスワン(Black Swan)とは、マーケットにおいて事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象のことです。従来、すべてのスワン(白鳥)は白色と信じられていましたが、1697年にオーストラリアで黒いスワンが発見されたことにより、鳥類学者の常識が大きく覆されました。このことから確率論や従来の知識や経験からは予測できない極端な事象が発生し、それが人々に多大な影響を与えることをブラックスワンと呼んでいます。具体例としては2008年のリーマンショック、最近では2016年6月の英国EU離脱、12月のアメリカのトランプ大統領当選などが挙げられます。

 投資家は一般的に先行き不透明な状況に恐怖を感じるため、金融市場・株式市場で事前に予測していなかったブラックスワン的なイベントが起こると、相場が大きく変動しやすくなります。また、資産を守るためにリスクを取らないリスクオフの状況に陥り、株式などのリスク資産は売られやすくなります。

 1月の段階では新型コロナウイルスがここまで大ごとになるなんてWHOだって思わなかったのです。ところが日本で緊急事態宣言を発出してからブラックスワンが現れたとして、すべての日本人がリスクオフになってしまいました。時々湘南やパチンコ屋に行くリスクオンの人間が出ますが、世論の圧力にはかなわずすぐいなくなります。

ワクチンができるまでは仕方ないと思いますが、スポーツ界では今の状態は困るのです。

中3や小6の子ども達は大会がなくなり、モチベーションが下がっています。他の学年の子ども達も練習場所がなく、系統だった練習ができていません。集団で走っていると警察に訴えられます。警察も罰することはできませんが、道徳に訴える「教育的指導」を行います。新型コロナウイルスはスポーツ界のブラックスワンなのです。

 私が憂うのは、子どものゴールデンエイジが失われるのではないかということです。子どもにはゴールデンエイジという時期が必ず来ます。個々人によってゴールデンエイジの時期がずれますが、少なくとも小学生の内のどこかで一生に一度訪れる神経系が著しく発達する時期が来ます。よく、運動神経は遺伝であると勘違いをしている方も多いのですが、運動神経は遺伝しないのです。運動神経は、このゴールデンエイジといった時期にいかにさまざまな運動体験をしたかによって決まるからです。

つまり、このゴールデンエイジの時期にチャンピオンやスーパースターがつくられるといっても過言ではないのです。

当クラブの人員構成は小1~中3です。同じ年代だけではなく年上のお兄さんお姉さんと練習するのですから、低学年の子どもは体内にある「まねっこ細胞」によって運動神経を大きく高めているのです。まさにゴールデンエイジをつくりあげるのに集団は役立っているのだ思います。決して自主練だけではゴールデンエイジは見過ごされて終わってしまうのです。

 

自粛は十分理解しますが、子どもたちに勉強だけでなく、みすみすゴールデンエイジを逃すことは断じて避けなければなりません。勉強は大学に行くまでに取り返せます。また自習だけでもある程度の知識吸収はできます。しかし、ゴールデンエイジに後ろ髪はありません。

白鳥と黒鳥.jpgゴールデンエイジ.png

 

 

第68回「ホステスさん」(2020年4月24日)

営業の話

コロナウイルスの問題でナイトクラブやキャバレーなどが休業に追い込まれている。困っているのは経営者だけでなくそのビジネスを支えているホステスであろう。営業をやっていた頃の話をシーリズに加えたい。

 クラブ経営は美人ママだからといって成功するわけではない。

もちろん若い時はバイトに徹すれば、座っているだけでもお金はもらえる。あとはママたちが段取りしてくれる。問題は座っているだけでチーママやママになれるかということだ。「ナイトクラブで成功するホステスの秘訣は何か」を今回のテーマとしたい。

 社会人になって部長らにクラブに連れて行ってもらった。そこのママやチーママのすごさに唖然としたものだ。

一つはその記憶力だ。いきつけのクラブならまだしも、2、3年ぶりで行くクラブでのこと。

年数回しかいかないで3年後に久しぶりに行ったようだが、ドアを開けるとこちらを見て「あら、○○会社のT部長さん、お久しぶり」と挨拶。ボトルもとってあった。この店には2年後仲間と行ったら「あら、入山さん、出世した?」とT部長のボトルを出してきた。どういう覚え方で2年間も会っていない顔を覚えていられるのだろうか。名刺の裏に似顔絵を書いて備忘録にしているのか。中にはフルネームで覚えている猛者もいる。フルネームで呼ばれると妙にくすぐったくて、どんな子でもかわいく見えてしまう。

 やり手のママは「入山さん、私が1人で接客しようとしたら何人出来ると思う?」「そうだな、3人かな?」「ううん」と言って右手の指が5本、左手の指が2本立っていた。

「部長さんの横に座り膝に手を置き、対面の課長さんに軽く会釈、係長さんに元気?と声をかけ、一般社員には軽く視線を万遍なく送る。会話が始まったら係長さんに目で指示してカラオケを操作させ歌に持ち込む。うぶな新人には『私の好み』と言えばいい。トイレから帰って来た社員には途中まで迎えおしぼりを渡す際、流し目で『今度1人で来て』といった雰囲気を浴びせればいいのよ。これで7人までは私1人でオーケー。でもこれは20分間くらいしかもたないので、早く若い子が来てくれないとね」

この話をなぜ私にしたかというとT部長はクラブに行くのが他社より早いからだ。もっと遅く来るようにT部長に言いなさいという暗示だったと思う。T部長は18時から寿司屋で飲んで20時前にクラブに行き、21時にはタクシーで帰る人だった。

 「男という動物は不思議なもので細い子がいいという殿方もいるけど、反対に太った子でないとダメだという人もいるの。バタ臭い顔を好む男は多いけど和風顔を贔屓にする人間もいるわ。だから人材をたくさんプールしていて、予約のお電話いただければT部長さん好みの太めの△△ちゃんをご用意したのに。こう見えて私も大変なのよ」

これも「T部長に言っておきなさい『予約して来い』」というサジェションだ。

 現在こんな賢いホステスはもう銀座・新宿にはいない。したたかなホステスは盛岡や長野など休業要請が甘い所に出稼ぎに行っているに違いない。東京の半分くらいしか稼げないが、地方に行き細々生計を維持する。彼女らには全国にネットワークがあるのだ。そして、彼女らが東京に戻り始めたら、近いうちにコロナの終息が予見されるのである。

 

 様々なやり方で賢く強く生きている彼女らを、敬意をこめ私は「ホステスさん」と心では呼んでいる。

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第67回「ピカピカの1年生」(2020年4月17日)

学童の話

卒業生が出ると新1年生が入ってくる。これが通常の流れだ。4月1日から続々新人が登室してきた。

 弥生子という子が入ってきた。最近は男の子に●●男、女の子に○○子とついた名前をとんと見ない。久しぶりの○○子という名前だ。1年生の愛くるしさもあってか「やえこ!」と妙にかまいたくなる。ゲームをしているのを脇で見ている。ちょこんと座ってうなずきながらニコニコしている。後ろに尻尾があったらびゅんびゅん動いているのではないかと思う。これではどんな子犬でも勝てない。

生意気な子もいる。勉強を見回っていると「イリ(早速先輩たちの言い方を真似る)、ここがわからない」「足し算だから自分でやってみて」「? あなたはね、あなたは先生でしょう。先生が子どもに教えなくていいの?」同時に右手の人差し指が天井に向かってそそり立っている。でも憎めないのだ。この子はクオーターできっとこの調子で一生男をリードしていくことが予見される。末恐ろしい。

男の子では「たもん」が久しぶりの坊主頭だ。子どもが私を「ハゲ」と言った時「俺はハゲではない坊主だ」と反論してきたが「たもん」が入ってきてその頭髪の多さに理論的主柱を折られた。土地で例えると「ハゲ」は「砂漠」で、私は木のあるところとないところがある「山を守るために間伐した里山」風だが、毛を短く刈り込んでありこれを坊主といっていた。ところが「たもん」はぎっしりつまった短い毛でおおわれた頭、つまり「芝生」だ。「たもん」を坊主としたら私は安いゴルフ場だ(一部芝生がなくなって地肌が見えている)。もう「ハゲ」と言われても何も反論できない、正真正銘の「坊主」が来たのだ。

これから楽しい1年が過ごせそうだ。ただ、この子らは卒園式も入学式も正式なものがない世代として今後語られる。この子らの為にも早くコロナ騒動が終息してくればと祈る。

 一方で他の子ども達がそれぞれ1学年昇級した。しかし、急にやめる子が出てきた。引越しのためだと子ども達には説明するが、実は離婚が決まって母親が実家に連れて行くからなのだ。子どもたちの中では離婚は決して暗い事ではなく案外あっさりしている。離婚または離婚協定中の家は31人中5家族ある。しかし、子どもは離れる方の親に対して悪口は言わない。母親が「あの飲んだくれが」と言っていても私にはいいお父さん(またはお母さん)と言う。子供なりの見栄なのか、虚勢なのか。今はいないあの問題児のA男ですら、別れたお父さんの悪口は言わなかった。もちろん語りたくないほど嫌っていたのかもしれないが、表面上はけなげなほどかばう。それが私にはたまらなく切ない。「イリがお父さんだったらなぁ・・・いやおじいちゃんか」とぼそぼそと言われる私は、他人という気楽さとアルバイトという無責任さからか、肩から力が抜けていて、彼らにとっては適温な人間何だろうなあと思う。

 

やめる子が出てきたので待機児童の1人が繰り上げ当選で入って来る。どんな子なのだろう。3年生が離婚で学童をやめなければ、入会することなく決して会うことはなかった子なのだ。この出会いも運命と言える。どうか普通の子であるように。

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 第66回「気合いだ、気合いだ!」(2020年4月10日)

スポーツの話

 昨年、日大アメフト部で無防備の相手にレイトタックルで怪我をさせた事件がありました。ラグビーやアメフトではレイトタックルやアーリータックルという反則は厳罰です。

なぜなら受ける方はタックルされるとは思っていないから、心の準備がなく大怪我する可能性が高いのです。

相手がタックルしに来た時やこちらがタックルにいく場合、緊張が生じます。相手がタックルしてくる時はこちらが倒されることを念頭に「来るぞ、来るぞ」と心の中で叫びながらいくのです。もちろんタックルしに行く場合は相手が当たってくるので「痛いぞ、痛いぞ」と思いながら行くのです。そうするとコンタクトしても不思議に痛くないのです。

私はタックルに行って相手の膝に当たり鎖骨を折りました。しかし、その後終了まで5分間ぐらい試合に出ていたと思います。終了のホイッスルでロッカールームに戻りシャワーを浴びようとユニフォームを脱ごうとした際、手が上がらないことに気付いたのです。脳の信号が身体の部位に伝わらないのはまことに摩訶不思議な体験でした。仲間は鼻の骨が折れ曲がっているのに自分で直してテーピングをして再びコートに戻っていきました。気合を入れていればできるのだと思います。

昔レスリング協会には八田一朗という会長がいて、合宿中に電気をつけた部屋で寝かせる、ライオンの檻の前でにらみ合い眼力を養うなど奇抜な練習をさせました。その甲斐あってたくさんのメダルを獲得させた実績があります。心の弱さを克服させるためなのですが、今の子は敬遠するでしょうね。

 公園での練習は競技場と違って凸凹があるので、捻挫しないか心配です。そのため子ども達には「いいかここは地面が凸凹して捻挫しやすい、穴は気を付けろ。くじくことがあると思って走れ」といいます。それは無防備な気持ちではなく緊張した気持ちで走れば怪我をしないと思っているからです。

 新型コロナウイルスについてはどう対応したらいいでしょうか。

コロナウイルスは目に見えません。これにむやみやたらに突っ込んでいくのはいかがなものかと思います。しかし、手を消毒し換気をよくしマスクをすることをルーティン化することで、見えない敵にも身構えることができます。非科学的なことかもしれませんが、できることをすべて実行した後は「気合いだ、気合いだ」

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第65回「卒業」(2020年4月3日)

学童の話

3月も終わりに近づき今日で最後という男の子がいた。頭がいいわけではないが人柄がいいので気になる子であった。他の子とくらべて雰囲気を察することに長けていて、場を和ませようとか盛り上げていこうとかを意識している子どもである。時には異常なくらい盛り上がる子なのでうるさいので叱るほどだ。

連絡帳返しという1日の最後のセレモニーの時に、手を挙げて皆にお礼を言いたいとして挨拶を始めた。小学2年生の男の子である。3年間勤めて初めての光景である。私がいつもの時間になったので帰ろうとした時、その子が手紙をくれた。「学どうの人へ」という表題だったのだろうが、「学童の入へ」と書いてあった。あまり漢字は得意ではないので「人」と「入」を間違えた。皆は「学どうの入(山先生)へ」と思ったのだろう(通常子どもたちは、自分と同等以下という位置づけなのだろうか、私を『入(イリ)』と呼ぶ)。読んで読んでとせがまれた。

「そうか、面倒みたからなぁ」と思い、封筒を開けて読んでみた。「学どうの入へ。2年間ぼくのめんどうを見てくれてありがとう(そりゃそうだ、お前が2番目に手がかかった。:カッコ内は私の心のつぶやき、以下同じ)。ふな木先生、つのせ先生、池田先生、名くら先生、ぼくとあそんでくれて楽しかったです(私の名前は後で出てきて他の先生より一番お世話になったという、よくある修辞方法だ)。けんかもしました。公園にも行きました。きっとぼくの思い出としてのこると思います。(おいおいそろそろ私の名前を出さないと文章終わっちゃうよ)・・・(略)・・・お元気で」

(便箋は2枚ない、裏も見たが書いてない)これで手紙は終わってしまった。

何か“森の石松”の話(*)のように自分の名前がいつ出るか出るかと引っ張られた挙句、無い。「お~い!俺の名前がないぞ!」先生方は大笑い。その子はやっと気づいて「ごめんなさい」と小さな声で謝ってきた。

小学3年生の女の子は甘え上手だ。容姿は十人並みだが小学3年生とは思えない、笑い方やしぐさに大人っぽさがある。他の女の子には絶対にマネできない。同学年の女の子には嫌われるタイプなのだろうな。校庭で遊ぶとき「私を追いかけて」と促して逃げる。無視したらかわいそうだよなと思って追いかけていると、それを冷静に見ているもうひとりの自分がいた。「これじゃ『大きく年齢の離れた女(ひと)と再婚した小金持ちのじいさん』みたいで恥ずかしい」と思いながら追いかけている。この子も3月一杯であった。私の手をとったり後ろから平気で抱きついてくるこの子でも、半年後には道で逢っても無視されるのだろうな。それが学童という世界の宿命だ。

博打打みたいな子もいれば数学や絵の天才的な子もいる。また学力などは平凡だが周りに気を配る天才もいる。甘え上手な子もいる。学童は千差万別な子どもの集団と言える。

 

*)浪曲に「石松三十石船」という演目がある。大阪の八軒家から淀川を遡上して京都の伏見へ渡す三十石船(米を三十石積める大きさの旅客船)に乗り込み、石松は寿司を肴に酒を飲んでいると、乗合衆の噂話が聞こえてくる。海道一の親分は誰かという話題に神田生まれの江戸っ子が次郎長の名を挙げたのがうれしくて石松は彼に酒と寿司を勧めた。この場面は「江戸っ子だってねえ」「神田の生れよ」「寿司を食いねぇ」のセリフと共によく知られている。清水次郎長が海道一の親分でいられるのはいい子分が揃っているからだという江戸っ子に石松は子分の中で誰が一番強いのか尋ねる。一番は大政、二番は小政ときて、大瀬の半五郎、増川の仙右ヱ門、法印の大五郎となかなか自分の名前が出てこないのに石松はだんだん不機嫌になっていく。しつこく尋ねる彼に「下足番じゃあるまいし」と素っ気なく答える江戸っ子にとうとう堪忍袋の緒が切れた石松は振る舞った酒と寿司を取り上げて「誰か一人忘れちゃいませんか」と大騒ぎ。江戸っ子が再度暗誦すると「大政、小政、・・・そうだ遠州森の石松」。やっと自分の名前が出てきて大喜びの石松に江戸っ子が「強いにゃ強いがあいつは馬鹿だからなぁ」というのがこの浪曲のオチである。

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第64回「免疫力」(2020年3月28日)

昔の話

昭和30年代東京オリンピックをアジアで初めて開く五輪として日本中が盛り上がっていた頃、我が家もたくましく生きていた。

私が小学生の頃はビー玉遊びが全盛期だった。このビー玉遊びは相手のビー玉を当てるのであり、当たれば当たった方がその対角線上に飛ばされる。するとビー玉はドブに落ちる(当時のドブは排水を目的とした溝状の水路である)。とぎ汁やニンジンなどが流れてくる。家の前のドブ浚い(どぶさらい)は各家の責任なので、無責任の家の前のドブはヘドロ状になっている。そこに相手のビー玉が落ちても自分のビー玉となるので平気で手を突っ込む。それをポケットに入れてまた遊ぶ。せんべいをばあちゃんが持ってくると皆で食べる。手を洗う暇などない。食べたらまたビー玉。ポケットの周りは泥だらけ。ばあちゃんはそれを見ても怒らないし注意もしない。よくもまあ病気にならないで済んだものだ。

転んで傷ができてもばあちゃんが唾をつけて終わりだった。白い泡をふくオキシドールより効果ありと教えられていた。喉が痛ければうがい薬ではなくネギを首に巻いて寝かせられた。風邪をひいてよかったと思うのは、ばあちゃんがりんごを布巾で絞って作ってくれたりんごジュースを飲めることだった。

ばあちゃんは明治の女なので強かったが、お袋は戦争をくぐりぬけた女だったからもっと強かった。戦争でアメリカのグラマン戦闘機が川崎に墜落した時、低空を滑走する際、ほうきをもって追いかけたという女だ。

ある時食事中にゴキブリが出た。当時のゴキブリは図々しく明るい所でも出没した。新聞紙をまるめてやっつけるのが常識だが、そんなゴキブリにとっての常識は我が家では通じない。新聞紙を丸めているうちに敵は逃げてしまう。子ども達が騒いでいる時にお袋は素手でゴキブリを叩きつぶした。唖然として見ていた我々の前でごみ箱までゴキブリを運んで捨てた。さすが戦争を経験した女だ。問題はその後だ。当時はティッシュというものがないので、ティッシュで手をふくこともなく、ただゴミ箱の上で手を叩き敵の残骸を散骨しただけで、その手で私の茶わんにご飯をよそった。いまでこそぞっとする光景だが、当時はすごいなぁと感心するだけだった。

当時の家は長屋を改造したもので屋根裏は通じている。ネズミの運動会が毎日行われている。あの音は実際に聞いてみないとわからないと思うが、トムとジェリーの世界だ。猫いらずなどの対策はしていたようだが、どこでどう察するのかなかなか食べない。やはりネズミ捕りが一番だ。捕獲した後の処理はご存じだろうか。100%水死である。近くに用水があるのでそこにネズミ捕りごと紐をつけて沈めるのである。5分間くらいつけたらネズミは死ぬ。そしてゴミと一緒に捨てるのである。当時は分別の必要はなかった。

子どもの頃はドブ、ゴキブリ、ネズミなど非衛生的な世界が広がっていた時代だった。だから我々の時代の子ども達は少しくらいのバイキンなら自然治癒の範囲だった。

 

 インフルエンザの遺伝子異常であろうコロナウイルスに戦々恐々としているのは、人類が弱くなったのだろうか、それともウイルスが強くなったのだろうか。考えさせられる今日この頃である。

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第63回「ケガの予防には」(2020年3月21日)

スポーツの話

先日の練習で転んで足首を痛めた選手がいました。後続ランナーとぶつからないようにダッシュの後、急な角度でフィールドに入ったことによる転倒です。翌日の病院では靭帯損傷とのことで3週間の安静が必要とのことでした。

 今回はスポーツ選手のケガについてお話ししたいと思います。ケガについては以前お話ししました(第19回「ケガ」)が、今回の件からもう一度お話ししたいと思います。

一般にスポーツのケガには今回のケースのように1度で大きな力が加わる事で起こるものと小さな力が繰り返し加わる事で起こるものがあります。前者は一般的にスポーツ外傷、後者はスポーツ障害と呼ばれます。

 では、スポーツ障害とはどんなものでしょう?

それは、スポーツをする人なら当たり前のように繰り返す動作によって加わる力です。

 1.野球選手が何十回・何百回と繰り返すボールを投げると言う動作。

 2.バレーやバスケの選手が何百回・何千回と繰り返すジャンプと着地動作。

 3.サッカー選手が何百回・何千回と繰り返すキック動作。

 4.陸上競技ならランニング動作、つまり何百回・何千回・何万回と繰り返す、地面を蹴って身体を前に運ぶと言う動作。

これらを繰り返す事でケガが起こるのです。これだけを聞くとスポーツ動作自体がケガの原因? と言う事になります。では、スポーツをしている人がみんなケガをしていますか? 答えはNO です。

ケガをするには繰り返し行う動作の中にちょっとした問題がある場合が多いのです。

 走ることを指導されてない子はちょっとしたクセや個性を持っています。それは身体の負担のかかる場所の違いとなり、積み重なる事でその部位の痛みやケガの原因となります。

このちょっとしたクセや個性を形づくっているものは、関節の硬さや柔らかさ、微妙な骨の配列の違い(O脚やX脚など)、筋力の強さや弱さ、それまでの運動経験、育ってきた生活環境……と様々です。

 同じチームで同じ練習をしていても、痛みの出る選手・痛みの出ない選手がいます。どこのチームにも必ずと言っていいほど故障の多い選手がいると思います。ケガの多い選手・ケガの少ない選手 この違いは何でしょう?

筋肉・腱・骨・靱帯など組織の強さの差は1つの要因として考えられます。少々の力を加えても平気な関節や・筋腱を持つ選手もいるでしょう。長時間走るとふくらはぎが疲れる人がいれば、向うずねの前側が疲れる人もいます。脚よりも先に腰が辛くなる人もいます。腰よりもう少し上の背中が辛くなる人もいます。

ただ、走ると言う運動だけでも、人それぞれ負担のかかる場所は違ってきます。

だから、バンビーニ陸上クラブでは入会してすぐに腕振りや前傾姿勢や膝の上げ方などを徹底的に直します。正しい姿勢が体に優しいのです。速い選手に奇抜なフォームで走る人はいません。愚直に正しい姿勢で走ることがケガをしない面でも重要です。

以前ドナルドダックのようなガリ股で走る選手を指導したことがあります。静止の状態でつま先が外を向いているのです。空手をやっているためガリ股になっているとのことでしたが、指導困難な選手でした。基本のモモ上げができないし、ストライドを伸ばせないのです。あのままやっていたらいつかケガをしたでしょう。お母様に報告するのは辛かったのですが、空手に専念してもらうことにしました。

 スポーツ障害はスポーツ外傷と異なり予防が可能です。ランナーの場合には、いつも履いている靴を見ただけで、どこに障害が現れているかがわかるのです。障害を予防するには、インソールを作ることが一番です。靴の外側が減っている人には外側のアーチを、内側が減っている人には内側のアーチを高くすれば、地面に対して足がまっすぐに着くので障害を減らせるのです。偏平足の子には真ん中にアールをつくってあげるのがベストです。

 ケガで泣いた選手を多く見てきました。せっかく才能があるのに残念でなりません。でも、大人になって開花するのが陸上競技です。焦らずゆっくり体を鍛えて私の目が間違ってないことを証明してください。

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第62回緊急報告「コロナウイルス下の学童の状況」(2020年3月14日)

学童の話

いま話題の学童について実態を報告する。春休のシフトは先月決定していたが、今回の休校につては他の学童と同じく準備していなかった。緊急事態なのでスケジュールについてはすべて対応すると学童には申し上げ、国家存亡の時だと意気込んでいたが、実際は拍子抜けだった。

実際に対応した3月2日~13日については、児童の出席率が思ったほど高くないのだ。普段だと定員31名のところ24~30名が出席するが、今回の休校対応においては12名が平均の出席数である。

子どもを学校が預かる場合でも通常の学童の登室時間(だいたい14時頃)には子供を帰す。この14時過ぎに来る子をあわせても14~15名ほどにしかならない。

この会社の他の児童クラブ(5つくらいあるが)はもっと少なく、それぞれの平均出席数は3~10名である。

これは親が学童での感染を嫌って親戚に預けたり自ら対応していることが主な理由である。

確かに学童では2m間隔で生活するのは無理だ。また、自由時間では子ども達がストレスのせいか私にまとわりついてくる。すくなくともこの学童で感染者が出たら「高齢で持病あり」の私が真っ先に重篤な患者となるであろう。

 1日の流れはこうだ。開室まえにドアノブなど子どもの触れるところをアルコール消毒する。8時開室、登室と同時に検温。37.5℃以上は親に連絡して帰宅させることになっている。9時まで自由時間(長期休みの際は子どもは自分のおもちゃを持って来ていい)、9時~9時半まで勉強。9時半から自由時間(トランプ、曼荼羅、将棋など学童の玩具で遊ぶ)通常の長期休みは午前中に散歩に行くのだが、今回は外出禁止。彼らのエネルギーの発散の場がないので時間的やりくりが難しい。12時に昼食、その前に検温。全員が食事を終えるとお腹休めでDVDを見る。13時半くらいまで見るのだが、毎回来る子が替わるため、いつも「トムとジェリー」だ。他のものを見ればいいのだが、DVDの中身を決めるのが昨日見ていない子なので、皆大好きなトムジェリにする。しかもここの学童ではトムジェリは1つしかない。時間は決まっているからいつも同じところまでしか見れない。毎日来る子もいるのだが、誰も文句を言わない。子どもは同じ内容でも飽きないのである。私は続きが見たい。15時半までは自由時間。15時半から16時までおやつ。その前に3度目の検温。16時から17時まで自由時間。17時に連絡帳返し。17時から17時半まで勉強。17時半から19時まで自由時間で、卓球など午前中とは違った遊びができる。18時からお迎えが来て段々人数が減ってくる。なお、今は児童および教師全員がマスク着用を義務付けされている。

 今回は教師の数は普段より多く4人で15名を見ている。検温や消毒など普段の業務以外の仕事がありかつロングになりやすいため、正社員の人の負担が大きいからだ。普段は子ども10名ごとに1名の教師対応が基本で、かつ子どもが1人の場合でも2人は確保している。以前に事故があり、救急車の手配と看護および児童クラブの鍵かけなど1人で同時にできないためだ。

今週でイレギュラーシフトは終わりかと思ったが、また来週も続く。昼間は室内をアルコール消毒、帰宅したら胃の中をビールやウイスキーでアルコール消毒。アルコール漬けの毎日である。困ったものだ。

 

 

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第61回「昭和の音色」(2020年3月7日)

昔の話

昭和(30年代)には音が織りなす世界があった。

「あっさり、死んじめぇ」としか聞こえない売り声は朝の定番(本当は「あさり、しじみよ」)。味噌汁に入れる具を売りに来たのだ。夕方はプープー♪と鳴る豆腐屋のラッパが「トーフー」と聞こえ、決まって2丁の豆腐を買いに行かされた。夏の日には「キンギョ~~やキンギョ(金魚や金魚)」の声が聞こえる。金魚屋はリヤカーにたくさんの金魚を積んで自転車で引っ張ってやって来る。その際水がバシャバシャと動いていた。あんなに水が動いたら金魚死んじゃうよと思っていた。後でわかったのだが、このおかげで空中の酸素が水の中に入ってポンプなどの高額装置が不要だったのだ。

 子どもがワクワクする音が聞こえてきた。

ボンという爆弾の音が聞こえると、爆弾屋というポン菓子職人が来た証だ。爆弾屋のおじさんがリヤカーを引いてやってくる。子どもにとっては物々しい装置が荷台にある。荷台の真ん中に鎮座した大砲のような物がまさしく爆弾あられを作る機械なのだ。荷台にはその機械と大きな網(針金の網で出来ている)と薪、材料や色々のものが積まれていた。当時あられの購入方法は変わっていた。支払いはお金ではなくお米であった。まさしくそこは「米本位制」の世界だった。お米を持っていくとそのうち何割か取られて残りをポン菓子にしてくれる。おじさんの目分量だから2割から4割とられる。いいかげんなのだが、子どもはお菓子が食べれればいいので気にしない。味付けはサッカリンだけだった。しかし、甘い物のない時代のおやつには持ってこいだった。親もお金ではなく家にあるお米でいいので気軽に子どもに渡した。

 カチカチと拍子木が聞こえて来た。待ちに待った紙芝居屋がやってきたのだ。決して役者顔とは思えないおじさんは、紙芝居を始めるととたんに絵と一体となって芝居を演じる役者となる。音楽の先生がモーツアルト物語を子ども達にみせるような絵語りでなく、1人で演じる芝居・演劇なのだ。おじさんはどんな場所でも演劇空間に変えるのだった。その語り口に、黄金バットが自分の目の前にいるかのようだった。

しかし、いくら存在意義や文化の担い手と持ち上げようとも、おじさんにとって紙芝居はあくまでも飴や駄菓子を売るための道具にすぎなかった。紙芝居を見る前に飴かソースせんべいを買う。口の中で飴を転がしている子どもかソースせんべいを食べている子供以外はそばに寄せない。「シッシー、あっち行け」なのだ。お金のない子は遠くからかあるいは斜めから見るしかない。誰も同情はしない。自分だけがよければいいのだ。子どもはとかく残酷だ。

三橋美智也や三波春夫といった演歌歌手が多かった時代だった。子ども用の曲として三橋美智也は「快傑ハリマオ」を歌っていたので彼のレコードが流れると何はともあれ飛出しって行った。 当時はレコードをかけてスピーカーで曲を流していた。詐欺まがいの型屋というおじさんが来たのだ。

この型屋というのは、粘土を型に押し込み型から取り出し、色のついた粉をつけて出来バイを競うのだ。いいか悪いかはおじさんが決める。これは5点、これは10点、として今でいうポイントがもらえる。紙におじさんが赤鉛筆で書いたそのポイントを集めると、100点はAという型を、200点だともっといいBという型をもらえる。ポイントを貯めるためには何回も粘土と変な粉(金色や銀色などキラキラしたものだ)を買わなければならない。1回毎に申請でき、その作品におじさんがポイントをくれるからだ。高いポイントをもらうには大きくデザインのいい型が必要であった。タコやねずみのような単純な型では芸術点は5点が精一杯だった。やっと100点貯まったので、今度おじさんが来たときにポイント分の型と取り換えてもらおうと公園で待っていたが、もうそれっきりおじさんは来なかった。毎日毎日「岸壁の母」の気持ちで待っていたが、いつしか自然にあきらめた。

 

 楽しくも切ない昭和の路地裏物語があった。

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 第60回「子どもごころ」(2020年3月1日)

学童の話

ママゴトの話の中でいつも犬役の子(第46回「映し鏡を参照」)に「なぜいつも君は犬役をするの?」と尋ねた。すると「だって、先生、犬になるとママが優しくしてくれるからだよ。僕には勉強だとか躾だとかで厳しいのに犬のキャンディにはいつも優しいんだ。怒ったことがないのさ。だから僕はママゴトの時はキャンディになりたいの」という答えが返ってきた。なるほどそうか、彼はママゴトで犬に成り下がったのではなく犬に成り上がったのだった。

 ママの愛情が欲しいのは彼だけではない。もう来なくなって久しいがA男の噂が聞こえてきた。ここの学童は親切で、来なくても権利のある3月末までは1日でも来れば受け入れることになっている。ただし、問題は月謝が半年間未納だ。規約ではとうに除籍になってもおかしくない。それでも杓子定規に拒否するなとの指示があった。立派な教育方針だと思っていた。ところがどうも勝手が違うようで、A男の学費が未納でも彼が在籍している限り補助金が出るので、省けるおやつ代や教員の精神的疲労から考えて今の状態は経営者側にとってベストの状態なのだ。しかも、A男は通っている学校とここの学童との共通問題児ということなので、情報交換は頻繁に行われていたから行政も簡単には除籍できないのだ。

 最近は学校にも行ってないようなので、学校側がお母さんに電話をするが、電話に出ない。連絡帳を出していないので、学童もどうせ来ないとは思いつつ、登室するかどうかの確認を毎日している。しかし、やはり出ない。そこで学校は学童と合同で家庭訪問をした。家にはA男が1人でゲームをしていた。彼は決して内向的ではない、できれば皆と遊びたいし目立ちたい性格なのだ。話をしたら、「学童も含めて男の先生は暴力教師だ、だから行きたくない」とのことだった。学童にはもう一人男の教師がいて、熱血漢でA男の行為に時々我慢できないことがあった。よく散歩に行く当中で1人残して怒っていた。素直にごめんなさいが言えるタイプではないので、我々の見ていないところで手を上げていたのかもしれない。女教師が叩いてもさほど問題にならないが、男教師が叩くと暴力になるのはいかがなものかと抗弁したくなるが、イメージとはそんなものだ。だからライオンの世界になってしまう(第33回「ねえさん先生」参照)。

 学校からのレポートを見せてもらった。「・・・クラスの皆は『A男が来ないのはさびしい』とか『A男はどうしているの』」と書いてあった(そうか学校では少しは人気あるのだなと見直した)。しかし、レポートの1枚目の文章がここで終わり次のページをめくったら、「という言う子は1人もいない。それよりか『授業が途切れることがない』、『遊びがルール通り行われて楽しい』という意見の子がたくさんいた。・・・」となっていた。

人が遊んでいると割り込んでかき回してどこかに行ってしまう。学校の先生に悪態をついて授業が進まないことを決して子供たちはゆるしていないのだ。

 でも、日本の教育は見捨てない。家庭訪問の後、学校の教師と学童の責任者がA男と一緒に母親の職場に行ったのだ。しかし、思惑と違い、ずいぶん怒鳴れたらしい。「シングルで働いているのだから子どものことは学校で考えてよ。子どもが学校に行かなくなったのはあんたらのせいだ」そこに話し合いの余地はなかった。A男を家まで送った時、彼は「ママと一緒の部屋に寝ていたのに、今は別々の部屋になった」と話し始めた。「昼食はスーパーのお弁当を買って食べている。学校に行かないことも怒られないし、かえって時間つぶしにタブレット端末を買ってくれた。でも楽しくないのだ、何かが違うのだよね」

 A男を家に入れドアを閉める時、片隅に大きな男物の靴が置いてあるのをねえさん先生は見逃さなかった。

 

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 第59回「Simple is best」(2020年2月23日)

 陸上競技、特に100mで速くなるための理論は単純で、「足の速さ=ストライド(歩幅)xピッチ(足の回転数)」の式であらわせます.

長距離は心肺系の強化やレースの戦略、ラストスパートなど様々なファクターがこの公式にプラスされるため、簡単には表現できませんが、100mにおいてライバルに勝つ方法は単純に「歩幅を大きくして、回転数を多くする」ことなのです。

野球や柔道など対戦するスポーツと違いあまりにも単純な理屈のため、「じゃどうするのよ」といった疑問が出ます。単純明快な理論には地道な基本練習が重要なのです。短距離の練習の中で基本中の基本は「モモ上げ」です。

 モモ上げ練習が重要なのはそれによって二つの効果が期待できるからなのです。

 一つは足の切り替え動作をスムーズに行えるようにするためです。

モモ上げの練習というのは大腰筋を鍛えることができ、スタートダッシュの動きをスムーズにするために必要な筋肉の一つになります。大腰筋というのは足の骨から背骨のあたりをつなぐ筋肉で、足を上げる際に重要な筋肉でもあります。モモ上げをすることによって、片足を地面に接地している際に逆足を上げる動作がより動かせるようになるため、ストライドが伸びやすくなります。また、走る際に重要な要素の一つであるピッチを高めるのにもモモ上げは有効です。これはより速い動作でモモ上げを行うことにより、より高い効果が期待できます。モモ上げを高速でできるようになると両足それぞれの動きが速い動作に慣れていきます。そうすると、それぞれの足で地面を接地する際に、無駄な力が抜けたような、より地面を捉える感覚が洗練されていきます。結果、ピッチが速くなりやすくなるのです。

 二つ目は、地面反力を得るためにモモ上げをするのです。

モモ上げは地面を捉える際に必要な感覚である地面反力を鍛えるのに有効な手段なのです。地面反力とは地面に力を加えたことに対する反発のことです。私たちは走るという動作に限らず、歩くなど、日常生活の中でも常に地面に力を加えながら生活しています。そして、考えてみれば単純な話ですが、重い物体は軽い物体よりも地面に落ちた際の地面へ加えるパワーが大きくなります。また、その分だけ地面から反発する力も大きくなり物体も大きな力をもらえます。速く走るためにはより大きな力を地面に加えただけではダメで、その加えた力の反発を地面から上手くもらうことで、走りは加速していくということです。モモ上げという練習は地面に加えた力を、反発力という推進力の形で体に受ける感覚を身につけるための練習なのです。おデブちゃんはガリちゃんよりはやく走れるはずなのです。

 基本をきちんとこなすことが重要なのですが、小学生特に低学年は単純なことに飽きてしまうというこれまた児童心理学の基本がデーンと構えています。飽きないように工夫して練習させることがこれまたコーチの基本です。陸上競技の練習は基本の複合体と言えるでしょう。

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 第58回「テレビ」(2020年2月17日)

昔の話

インターバルの話は古いと家内に言われ、しょげてしまいました。でも、時が経つにつれ「俺が昭和の語り部になる」と思うようになりました。時々昔の話をしたいと思います。内容が思い出話ですので「である」調で語っていきたいと思います。お聞き苦しいと思いますが、よろしくお願いします。

 昭和36年、手塚治虫作品「ふしぎな少年」を原作としたTV番組が始まった。主人公サブタンは時間を止められる能力があり、そのおかげで交通事故を防いだり犯罪を未然に防いだりすることができた。しかし、当時の番組は大部分が生放送で行なわれたため、サブタンが時間を止めたり動かしたりする場面を表現するのに、サブタンが「時間よ止まれ」と言った瞬間に、周囲のすべての演技者が直前の姿勢のまま動きを止めるのだが、片足立ちのまま静止した登場人物が、次第に足をぐらつかせる場面や瞬きをしてしまった俳優などがいたりした。生放送だからどうしようもないのだが、その失敗を見つけるのが楽しみのひとつだった。

 「金曜10時!うわさのチャンネル!! 」に和田アキ子がゴッドねぇちゃんとして登場した。デストロイヤーやせんだみつおのカラミがおもしろかった。この番組のおかげでその後和田アキ子が姉御歌手としてのイメージが定着してしまった。ある時特別番組で「ローマの休日」を9時から妹2人が見ていた。10時になったのでいつものように1階に下りチャンネルをカチャカチャと替えた。当然妹たちからは猛抗議。「俺は1週間これを楽しみにしてきた」「私たちは1ヶ月も前から楽しみにしてきた」と。結局力づくでチャンネルを4番に替えてしまった。ただ、喧嘩してバラエティー番組を視ても全然面白くないことに気付いた。妹に声をかけたが15分も過ぎたら筋が分からないと拒否された。私は2階に上がり居間には誰も視ていない「うわさのチャンネル」がむなしく流れていた。

 昔のTVはお化け番組が多く、その視聴率と同じくらいの割合で子供たちはTV番組を見ていた。月光仮面は平均視聴率40%最高67.5%、紅白歌合戦においては平均70%以上、最高81.4%、レコード大賞も沢田研二が大賞を取った時は50.8%であった。つまり、この時代はお化け番組が多く、友達が見るのは私とほぼ同じTV番組だった。だから話題が無くなれば昨日のTVの話をすれば盛り上がった。

「大正テレビ寄席」という番組では三遊亭歌奴がお客と喧嘩したのが映っていた。ビデオ撮りではない生放送だからどうしょうもないのだが、お客が歌奴の人気ネタ「授業中」(これについては第17回「山のあなた」をご参照ください)について「同じことばかりやるなよ」とヤジを飛ばしたことによる売り言葉に買い言葉的喧嘩であったが、歌奴は怒って帰ってしまった。TVの編成局はあわてただろうな。週刊誌もとりあげなかった。おおらかな時代だった。 

TVの操作について。昔はリモコンなんかなかった。チャンネルを回すしかない。寝ながら見ているとチャンネルを替えるのに起き上がっていかなければならないから、妹がテレビの前を通るのを待って声をかける。人間リモコンだ。入山家ではチャンネルの回し方も決まっていて常に右回りだ。1チャンネルのNHKを見て10チャンネルのテレビ朝日をみるのには時間がかかるのだ。左に回せばすぐなのに、日本のネジは右ネジだからチャンネルを回すのに右回りならはずれないという教えがあるからだ。理屈など関係ない。親父が右と言えば右なのだ。今から思うと可笑しくなる。しかし、親父の教えでも、このチャンネルはよくはずれるのだ。妹が大きくなると私と喧嘩した時はこのチャンネルをはずして部屋に持っていってしまう。仕方ないので残ったネジをペンチで回してチャンネルを替えた記憶がある。

 カラーテレビが出てくると白黒しか視ていない家に対するPRなのだろう、カラー番組になると画面の右下に「総天然色」という文字が出る。この番組はカラーだからカラーテレビを買いなさいとの暗示である。すぐに買えない私の家では吸着盤で付くスクリーンを画面にかぶせた。セピア色とか靑色とかがあり、結局1色なのだが何かカラーTVを見ているような錯覚に陥った。日本中に子供だましの商品が氾濫していた。

 昔のTVは故障もかなりあった。砂嵐のような画面の時は親父が出てきてTVを叩くと直った。なぜだか理由はわからない。故障の理由はわからないけど、結果的に直せる親父は偉いと思った。3Dテレビなど考えもつかない時代であった。

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 第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」(2020年2月11日)

 バンビーニの他に水泳クラブに入っているお子さんのお母さんから聞きました。「うちの子は他のお子さんと比べて背が小さいので、最近伸び悩んでいる。水泳は背の大きさが記録に関係し、ひとかきで差が出てくる」と。

 水泳と陸上競技の違いをデフォルメしてみますと、前者が「横のスポーツ」で後者が「縦のスポーツ」と言えます。

水泳はスタートと同時に横になります。スタートの脚力が同じなら水に入った瞬間から身長差分の差が出ることになります。さらに自由形なら手の長さも効いてきます。女性で170cmの人と150cmの選手では身長差が20cmでも、横のスポーツである水泳をすれば手の長さの差7cmが加わり27cm差となります。*)資料1

 一方陸上競技は「縦のスポーツ」ですから、身長の差は関係ありませんが、股下の差が関係してきます。通常身長170cmの人と身長150cmの人の股下はそのまま計れば5cmの差があります。足が前後45度ずつ広げて走ると仮定すると、ストライドの差は12cmの差になります。*)資料2

 腕のひとかきを伸ばすのは至難の業ですが、ストライドを伸ばすのは努力すればできます。小学生の頃の身体的差は水泳の方が大きいのです。

 また、横のスポーツである水泳は浮力があるため、中学生でも活躍できます(当時中学生だった岩崎恭子さんがバルセロナで金メダルをとりました)が、若い人がどんどん出てくるため、精神的な強さがつく前に「燃え尽き症候群」になる場合が多いのです。陸上競技では地面を蹴る力や腕振りの筋肉をつけるのには時間がかかるため、高校生以下がオリンピックで優勝したことはありません。強くなるためには長い年月が必要で、その間に精神的なタフネスさが身についてきます。水泳より陸上の方が、努力が報われるスポーツと言えます。陸上に専念すべきです。

 <資料1>

身長170cmの女性と身長150cmの女性では平均肩幅に差があります。

身長170cmの女性は肩幅38cm、身長150cmの女性は肩幅33cmです。一般的に両腕を広げると身長になると言われていますので、身長から肩幅を引くと、

①身長170cmの人は132cmですから2で割って66cmが腕の長さになります。

②150cmの人は同様に考えると117cm÷2=59cmが腕の長さに なります。

すると、身長で20cmの差が水の上では20cm(170cm-150cm)+7cm(68cm-59cm)=27cmとなります。

参考データ

身長(㎝)肩幅(㎝)

150        33.0

155        35.2

160        36.3

165        37.3

170        38.0

→kirari「肩幅の平均サイズ」より

 <資料2>

股下のデータは日本人女子の平均である45%として計算しました。

身長      股下     

150cm   68.0cm 

155cm   69.8cm 

160cm   72.0cm

165cm 74.3cm

170cm   76.5cm

→Celestia358「股下座高の平均」より

蛇足ですが、藤原紀香さんは 身長 171cm 股下 88cm、ローラさんは 身長 165cm と小柄ながら 股下は 83cm あるそうなので、彼女らが陸上競技をやっていたらと面白かったと思います。

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 第56回「九九と漢字」(2020年2月1日)

学童の話

小学2年生になると掛け算が始まる。学童では勉強については深くは追及しない。勉強は学校と塾に任せこちらは宿題のお手伝いだけだ。新人の教師は肩に力が入ってしまい遊ぶ時間に食い込んで教えている。ここはアメリカと同じくチャイムが鳴ったらあと少しで終わるところでも、終わりにしないといけない。もっともこの学童ではチャイムなどはなく、できる子の「時間だよ」の一声がその代りとなる。

掛け算で気づいたことがある。九九の勉強は、1~9まで言うのを間違ってないか聞くだけだが、8x5=40、8x6=48、8x7=56・・・に違和感があり、咄嗟に答えが出てこない。どうも私は5x8=40、6x8=48、7x8=56と覚えているようだ。調べてみると九九は前の数字が小さく掛ける数字は大きくないとできないようで、無意識のうちに数字を入れ替えていることに気付いた。特に6の段以上は必ず入れ替えている。だから早口で6の段以上を言われると無意識に入れ替えているうちに子どもの九九が終ってしまい、正誤の判断ができなくなってしまう。

さらに、私には大きな欠点があった。子どもの頃のいいかげんさから、日本語の基礎ができていない。書き順がデタラメで黒板で書くのが恥ずかしい。今ではもう何が何だかわからない。まだ小学生低学年では指摘されないが、自分の姓名が出てくるとうるさく言われる。皆に大声で「イリ、田邊の邊の書き方が間違っているよ!」と言われる。冗談じゃない「田邊」の字は難しくスラスラ書けるわけがない。そう言えば、家内が旧姓濱田なので手紙を送る際「浜田」と書いて、何度も指摘されたのを思い出した。

漢字で大人になるまで勘違いしていたのが「自暴自棄」という言葉。ずっと「自爆自棄」と思っていた。もちろん発音も文字通りの発音をしていた。その他「止血」を「とけつ」と読んでいた。学童に勤務するようになって、急に恥ずかしくなってきた。いつか時間が取れたら漢字を勉強しよう。

親父ギャグについて子どもからお説教された。地球儀でいろいろなところを説明する際「マダガスカル島でまだ助かるどう」「ロシアの殺し屋は恐ろしあ「これ誰の?おらんだ(オランダ)」と言っているうちは良かったが、「御食事券の汚職事件」とか「厚揚げをカツアゲ」や「草刈ったら臭かった」「卓球で脱臼」と調子になったら、小4の女の子から指摘された。「だから年寄りはダメなんだよ。親父ギャグばかりでつまらない」「・・・じゃお聞きしますが、親父ギャグと子どもギャグの違いって何なの?教えてよ」「それは、聞いてすぐ笑えるのがギャグ。親父ギャグは説明を聞かないとわからない。解説付きのギャグではつまらない」

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 第55回「歌は世に連れ世は歌に連れ」(2020年1月27日)

 最近、紅白歌合戦を見ても、ミュージックステーションを見ても何も印象に残りません。歌が身に染みていないのです。ところが、ある時天地真理の「恋する夏の日」が聞こえてきました。するとその瞬間大学生で高校の後輩を指導していた頃がまざまざと思いだされたのです。当時インターハイ(三重県)に行くお金を捻出するため、夜北千住の緑屋の屋上でビアガーデンのアルバイトをしました。家庭教師のお金は月末のため、間に合わないのです。当時コーチにはインターハイ引率のお金は出なかったのです。ビアガーデンではこの曲が流れていました。その時は覚えようとも聞きたいとも思っていなかったのに、いまこの曲が流れるとこの頃を思い出すのです。

 「歌は世に連れ、世は歌に連れ」というのが「ロッテ歌のアルバム」の名司会者玉置宏のオープニングの言葉でした。そういえば時代の節々に歌がありました。昔は子どもには難しい歌詞も多かったのです。月光仮面では「どこの誰かは知らないけれど、誰もが皆知っている。月光仮面のおじさんは・・・」の冒頭の句は子どもながら「知っているのか知らないのか、どっちなんだ?」とイライラしました。少年探偵団では「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団 勇気凛々 琉璃の色・・・」という歌詞。「凛凛」って何?瑠璃の色ってどんな色?疑問に思ったけれどそんなもの一瞬であって、子どもには関係ないのです。歌えればいいのです。

「青春とはなんだ」「これが青春だ」などの青春ものは学生の頃です。そのシリーズものの主題歌で青い三角定規の「太陽がくれた季節」がヒットしました。その歌はまさに陸上部での思い出に他なりません。当時部員に歌わせました。絶対服従だから嫌という生徒はいません。今では考えらない世界でした。

 現在の歌は、私にとっては横文字が多く歌詞を覚えられない、速くて高くてリズムがとれず歌えないものばかりです。今の子ども達は大人になったら、どんな歌を思い出すのでしょうか。1964年の東京オリンピックの頃、私には夢、希望、そして無限の可能性がありました。植木等(クレージーキャッツ)のサラリーマンものを見て大人に憧れました。ネクタイを頭に巻いて飲んで騒いで・・・しかし、サラリーマンを卒業するまでその姿を見たのはたった1回だけでした。「サラ―リーマンは気楽な稼業と来たもんだ」という唄はサラリーマンをおちょくった唄でしたが、明るく楽しい雰囲気の歌でした。早く大人になりたかったのです。

現在子供たちは塾などに忙しく私の頃に比べ余裕がありません。その合間を見てバンビーニ通ってくれています。歌を聴くことは少ない中、思い出の曲は何になるのでしょう。また、その曲を聴いてバンビーニのことを思い出してくれるのでしょうか。いつの日か一緒にお酒が飲めるようになったら、聞いてみたいものです。

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 第54回「鶴の恩返し」(2020年1月20日)

日本昔話

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

部屋の中には夫婦の着物や道具を風呂敷に包んで肩にしょった娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はサギです」と言って、両手を広げて鷺(サギ)の姿となり、呆然とする二人をそのままにして空へと帰っていきました。

 サギ(鷺)は詐欺にひっかけたもので意外な結末に驚かれたと思います。サギの恩返しは知人から教えてもらった落語のマクラのはなしですが、調べてみるとその後いろいろな創作落語家によって、このマクラは様々なバージョンがあることがわかりました。では、下線部を次にあげるバージョンに置き換えお読みいただき、出てくる鳥との関係でお考えください。

1.部屋の中にはやつれた顔で寝ている娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はガンです」

2.娘は屋根伝いにピョンピョン走って逃げていきました。ツルだとおもったら娘はトビだったのです。

3.娘は箪笥や火鉢をドンドン運び出している、ツルだとおもったら娘はペリカンだったのです

4.パソコンでフェイクニュースを流していました。おじいさんは娘に問い詰めました。「お前はツルかい?」「いぇ ウソです」

 もう読者のみなさんは飽きてきたと思いますので、原作を記載し原作の良さを改めて味わってください。

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

するとそこには一羽の鶴が自分の体から羽を抜いて布に織り込んでいたのです。

娘は二人に気がつくと、「隠していても仕方ありません。私はおじいさんに助けられた鶴です。ご恩を返したいと思い、娘になっていましたが、正体を見られたのでもうお別れのときです。」と言い、一羽の鶴になって空に舞い上がりましたとさ。

小学生のコーチに鶴の恩返しはないと悟っています。陸上競技で花開くのは高校大学に行ってからです。その時はその学校の監督やコーチに心酔しているでしょうから、きっと忘れ去られてしまっているでしょう。そんな殺生なと言っても「私はツルではありません。あなたのことは最初からひとつも頭に入っていません。なぜなら私はシジュウカラなのです」という答えが返って来るだけです。おあとがよろしいようで。

<解説>

 ガン(雁):癌、トビ(トンビともいう):鳶(とび職)は高所での作業を得意とする職人、ペリカン:引越しのペリカン便(日本通運)を指しています、ウソ(鷽):スズメ目阿戸理アトリ科ウソ属に分類される鳥類の一種、嘘にかけている シジュウカラ:始終空とかけている

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第53回「だまされたぁ~!」(2020年1月13日)

私が高校生の頃、新橋を歩いていたら、テキヤのおじさんから声をかけられました。「おい、あんちゃん、いいものあるから見て行け」と。そこには憧れのアディダスのバックがあったのです。当時5000円していたのが2000円でありました。安いなあと思ったが、手持ちはギリギリ2000円です。購入したら亀有駅まで帰れるかその時は不安でした。そのため、なかなか決断できませんでした。テキヤのおじさんはきっとイライラしていたのでしょうね、「おい、いくらあるんだ?」「1500円」「じゃ、いいよ1500円で」なんか得したような気がしてしまい購入してしまいました。

翌日学校に持っていき級友に自慢しました。何人もの友達が褒め称えてくれました。買い物上手だとか目の付け所が違うとか。しかし、冷静な1人が私に質問しました。「入山、それ本当にアディダスか?」「だって、三つ葉のマークも字体もホンモノじゃないか」「いや、俺にはアディドスとしか読めないのだが・・・」言われてみてよく見ると何と「adidas 」ではなく「adidos」とバックにはプリントされてあったのです。それに気づき皆は大笑いしました。私も笑うしかありませんでした。その時、テキヤのおじさんはアディダスとは一言も言ってないことに気付きました。よく考えてみると「いいものがあるよ」としか言ってないのです。捨てるほどの男気もなかったので、「ま、アディダスのバックと言わなければいいか」と卒業までひっそりと使いました。

中学生の頃は先生に騙されました。体育教官室に呼ばれ「入山、いいか水泳で黒人選手がいないのはなぜかわかるか」「わかりません」「黒人の選手は比重が大きい。だから水に入ると沈んでしまうのだ。メラニン色素が重いからだ。日焼けすると体重が増え、走りが遅くなる。だから夏休みプールは禁止だ」という指示に納得してしまったのです。野球部のエースも同じ内容で説得されてしまいました。こうして2人は中学3年生の夏、楽しいはずのプール遊びをしていないのです。

今、この恩師に抗議するつもりはありません。筋肉を冷やしていいものでもないし野球部のエースも私もすぐ木に登るタイプだから自制は必要だったと思いますが・・・・

さて、大人になった私は、今度は子どもたちを騙す場合がある、ことを事前に宣言しておきます。

 

1000mを3分30秒が切れない子に対し、記録会で3分29秒8を作り出すことがあります。大会2週間前ではもう練習は限られ、あとは精神的なものしか残っていません。ならば気持ちよく大会に押し出すために1000mの記録会で私がストップウオッチを早く押すことがあり得ます。3分30秒2と3分29秒8では本人の心の響きが違います。たとえ3分30秒2が正しくても3分29秒8と錯覚して大会に出た方が、効果が大きいのです。通常は嘘や騙しはいけないことですが、時と場合によっては堂々と大胆に使わして頂きます。それで子供たちの記録が伸びるのならいつでもテキヤのおじさんになります。実際友達に指摘されるまでなんとツイテいる男だと思っていたのですから。

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 第52回「子どもの食べ方」(2020年1月6日)

学童の話

もう子育てしてずいぶん経つせいか(こう言うと、家内は「あんたは何もしていない」と冷たく言い放つので、家では決して言わない)、子ども達に驚かされることがある。今回はその食べ方について驚いた。決して全員がそうしているわけではないが、そういう子は確実にいる。

ケース1:せんべいの重ね食い

おやつで薄焼きせんべいが出る時がある。私の子どもの頃は1枚ずつ味わって食べたが、何人かの子どもたちは一度に薄焼きせんべいを重ねて食べる。一瞬でせんべいのおやつが無くなる。1枚ずつ食べることによって美味しい時間を伸ばそうという気持ちがないのだ。小学生の頃、友達とお好み焼き屋に行って延々2時間ねばったことがある。当時金属カップに1人前ずつ盛られたお好み焼きを水で薄めながらせんべい状態にして美味しい時間を延ばしていた。昔は子どもたちの魂胆を許容する土壌があった。

ケース2:最中の皮とあんこの別食い

子どもたちは最中が出ると皮とあんこを別にして食べる。表蓋を開けあんこだけをうまく食べる。と言っても皮を捨てることはせず、あんこを食べた後皮をゆっくり食べる。同じように饅頭の場合も皮とあんこを別々にして、皮は皮だけであんこはあんこだけで食べる。最中と違って皮が原型をとどめることは少ない。私が福島の柏屋の薄皮饅頭が好きなのは、皮が薄くあんこの量が多いからだが、あんこだけでは食べられない。黒糖の入った皮と一緒だからおいしいのだ。

ケース3:ご飯とおかずの別食い

御弁当の時に気づいたのだが、ある子どもはご飯とおかずを別々に食べるのだ。白いご飯を先に食べ、なくなってからおかずを攻略していく。私の子どもの頃は、食べものは寿司のように食べろと教わった。親父に言いたいのは寿司を食べさせてもらってないのに「寿司のように・・・」と言われても困った。親戚の葬式で食べたことはあるのでおおよそ言いたいことは分かったが・・・要するにおかずとご飯を一緒に食べろということだった。それの方がご飯が進むからだ。

若い時先輩に工場でご馳走になった時がある。その時食堂で頼んだのが「カレーライス丼」である。決して「カレー丼」ではない。つまり、カレーライスとご飯だけのどんぶりが出てくるのだ。カレーライスにあるルーをどんぶりにかけてまず食べる。どんぶりが終わったら、ルーが少なくなったカレーライスを念入りに混ぜドライカレーのようにして食べるのだ。(最初からカレーライスの大盛りにすればいいと思うのだが・・この先輩は他にもカツ丼ライスなるものも注文する時がある。カツ丼のカツを盛り飯の上に乗せて食べる。完食した後カツ丼のタレを利用してカツが1つしか残っていないカツ丼を食べるのだ。我々世代では常にご飯とおかずは対だった)。

ケース4:白いご飯は食べれない

ご飯が嫌いなのかと思ったら、白いご飯は嫌いだがその上にフリカケを乗せれば食べられる、チャーハンやカレーライスやオムライスなら食べるという子がいる。この子の苦手なのは旅行に行った際の朝食だ。旅行の朝食は焼き魚と卵焼きと味噌汁が定番である。これでは白いご飯となってしまうからだ。猫飯は我々世代の考えで決して彼はその行動に出ようとしない。ふりかけを要求するか、母親が事前に買っておくやり方でやり過ごすらしい。

食事の方法については家によって様々な違いがあり、正解は複数あるのだと思う。この子らも大人になったら講釈を垂れる私より必ず大きくなると思う。陸上競技とは違って私の意見が正しいとは限らないのである。

とは言うものの、子どもたちとワイワイガヤガヤ食べるのは楽しくまたおいしいものだ。冬休み子どもたちとお弁当を食べることによって、大家族主義のよさを満喫している。

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第51回「宣言効果」(2020年1月1日)

あけましておめでとうございます。

 我が家では、毎年元旦に今年の目標を子ども達に書かせてきましたが、いつの日かなくなってしまいました。今では逆に、新しい遺言書は書いたかと子どもに言われています。財産はいらないから借金だけは残すなと諭されています。それはともかく、1年の初めに目標を設定することは有意義なことだと思います。

 これまで、皆さんが目標を掲げて挑んだことがあると思います。

しかし、実際は失敗や挫折してしまい、諦めたまま今まで来てしまった人が多いのではないでしょうか。続かない理由の一つに、モチベーションがあります。

モチベーションは徐々に下がるもので、失敗や停滞があると一気になくなります。そして、続かない理由を自ら作ってしまい諦めてしまいます。喫煙は実は思ったほど体に悪くないのだとか、12月は忘年会があったのでダイエットはできなくても仕方ない、等と。

 心理学でいう「宣言効果」とは、ある目標を達成するのにあらかじめ目標を周囲に宣言してしまうと達成率が上がるという現象のことです。自分の夢や目標を周囲の人に宣言してしまうと後に引けなくなり達成しないといられなくなり、その結果、その夢や目標を達成しやすくなるという効果があります。

例えば闘病している少年のためにホームラン宣言をし、実際にホームランを打ったベーブ・ルースの「約束のホームラン」などは、宣言効果によるものともいえましょう。

テスト前には「100点を取る」と宣言して自分を追い込むことによって、実際に100点を取るのはとても難しいかもしれませんが、言った手前後にはひけずに勉強をして、100点に近い点を取ることができるのではないでしょうか。

 目標を周囲に宣言をすることにより、やらざるをえないところまで自分を持っていき、

続かない理由を作れない状況まで追い込むことにより、成功率を上げ、達成できるようになる、これが宣言効果です。

 周りに宣言できないという人が多いのは、達成できなかった時、揶揄されるのではないかという不安があるからです。しかし、そういう不安を抱えた人のほうが、有言実行する可能性は高いです。それは、不安の大きさがモチベーションの後押しをするためであり、不言不実行の人が多い中、宣言効果に乗ると頭一つ抜けると思います。

また、自分はできるのだ、自分は夢をかなえる力があるのだと思うことは、自分に対するピグマリオン効果(第28回「ピグマリオン効果」を参照してください)を期待できるのです。

 末尾にイチローの卒業文集をアップします。結果的には、彼が小学生で掲げたのは「夢」ではなく「目標」であったのかもしれません。この目標に向かって彼は努力したのです。

 人生に夢があるのではなく、夢が人生をつくるのです。保護者の方はお子さんに夢を語らせ文章として残させ、苦しい時悲しい時に読み返す習慣をつけさせてください。何度も言うことになりますが、小学生のコーチ(陸上競技)の役割は、持っている種を発芽させることです。身体的ピークが遅い陸上競技では、大輪の花を咲かせるのは大人になってからです。それまでお子さんを陸上競技につなぎとめるのは保護者の方の役割です。

昨年は生意気なことばかり言ってきましたが、今年もよろしくお願いします。

 

 <参考文献>ウィキペディア

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第50回「サンタさんはいるのか」(2019年12月28日)

学童の話

クリスマス会での話である。24日夜、子どもはサンタさんから自分のほしいものがもらえるが、そのことを事前にお願いしなければならない。七夕のように短冊に書く子もいれば、ただ念じる子もいる。願いの仕方は子どもによって千差万別だ。お願いポーズも合掌するもの、指を組むもの2種類がいる。

 学童ではサンタの存在について議論することはしない。学年が上の者が下の者に入れ知恵することもしない。信じる信じないは別に置いておいて、クリスマス会は年間行事に含まれる「学童行事の定番」なのだ。我々教師は12月下旬は飾り付けや買い出しで忙しい。

 Kという3年生の女の子が「先生、今日はね、サンタさんが来たらサインしてもらうようにTVの前にメモ用紙とサインペンを置いておくんだ。私の手作りのクッキーも一緒に置いて食べてもらうの」と内緒話をしてくれた。後日「どうだった?サンタさん来た?」と聞いたら、「うん、クッキー完食だった」「サインは?」もうこうなると教師ではなく興味津々の芸能レポーターになってしまった。「うん、サインもあったよ。『Thank You!』て書いてあった。プレゼントも私の思っていたように○○だった。サンタさんはなぜ私の希望がわかるのかな?」と楽しそうな顔をしていた。

 そういえば昔、我が家では何日か前にサンタさんにお願い事をしなさいと希望のものを書かせた。24日夜寝る時間に玄関前に希望の物を購入して置いておく。玄関には鈴をつけておき、糸を部屋まで延ばす。私が糸を引くとチリンと音がする。「おい、今音が聞こえなかったか?シー静かに」と発言。兄弟2人は「うむ?」と耳をそばだてる。もう一度静かに糸を引く。すると玄関の方から鈴の音が聞こえる。「サンタさんだぁ」と弟が反応し駆けていく。長男は恐る恐るついて行った。弟が「あ、僕の名前が書いてある」と言って、気が狂ったように家内が丁寧に包装した包み紙を引きちぎる。「あ!怪獣だ!」とすっとんきょうな声をあげソフビの怪獣を手に取った。兄は任天堂のゲームソフトを見つける。「サンタさんが来た!」と大喜び。この光景を見ると苦労して購入し演出した努力が報われる。子も親も「幸せ」を感じる1コマである。

 ところが、学童でいろいろな子どもの言動を垣間見ると、Kのような純粋な子ども達ばかりではないことに気づいた。中には知能犯的子供もいるのである。彼にとって、サンタさんは自分の欲しいものを手に入れるための都合のいい存在にしかすぎないのだ。

子どもがサンタさんにお願いしているのは、実はそのサンタさんの使徒である保護者に『こういうものが欲しいのだよ。違うものを間違えて購入しないように』と念をおしているのかもしれない。子どもの方が騙されているフリをして逆に保護者を操っているような気がしてならない。子どもは賢いのだ。保護者に直接言うのは懐具合も考えて言いにくい。サンタさんにお願いする形を取ることによって、心が痛まずにお願いできるのだ。ダメな場合は何らかの反応が保護者からある。その時は次善の策に切り替えればいいのだ。

 

 誰が純粋にその存在を信じ、誰がサンタの存在を利用しているか、外見上はよくわからない。子どもはいつも愛らしい純粋無垢の顔をしているからだ。しかし、プレゼントを手に入れ、「してやったり」という保護者の喜びから背を向けた瞬間、ニヤッとする子どもはいる。しかし、ここで保護者ががっかりする必要はない。低学年から高学年の端境期にはよくある現象なのだ。こうして子どもは大人になっていき、保護者は子離れしていくのである。

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第49回クロストレーニング(2019年12月22日)

バンビーニ陸上クラブに通っていた女子のNが強豪県である長野県のスピードスケートの大会で優勝しました。お母様からの電話では500mでは4位でしたが、1500mでは2分32秒89で優勝したそうです。スピードスケートは長野県、北海道がダントツでその中の長野県で優勝することは意義あることです。何しろ高梨、小平を生んだ県であり、幼児を含めた育成ヒエラルキーがしっかりしている県だからです。スケートのシーズンオフである4月から9月までの条件で通って頂いたのですが、少しはお役にたてたのかな?と思うとうれしい限りです。

スピードスケートでは自転車やローラースケートを取り入れた練習が有名です。橋本聖子選手は夏場の練習で自転車をこいでいました(実際橋本選手は自転車でもオリンピックに出たくらいです。今ではスケート連盟会長の他自転車競技連盟の会長も兼任しています)

今回はこの異分野のスポーツを積極的に取り入れようとする「クロストレーニング」について考えてみたいと思います。

 スピードスケート大会の会場に足を運んでみると、選手控え室付近にはサイクルトレーナーが整然と設置されています。このようにスケートと自転車は切っても切れない関係にあるのです。

サイクルトレーナーは主に筋力アップの他、心肺機能を鍛えたり、長時間身体を酷使することによって精神力を鍛えたりもできます。さらに大会中にはウォーミングアップやクールダウン時に使用されます。

スピードスケート選手はサイクルトレーナーに限らず、日頃の練習では選手の環境によって、自転車の種類は違いますがサイクルトレーナー、エアロバイク、ピストバイク、ロードバイクなどに乗ってトレーニングをしているのです。

 クロストレーニングとは、自分の専門種目以外のトレーニング・スポーツを行って、身体能力が偏らないようにするトレーニングのことです。ここではスピードスケートの選手が自転車で練習することをいいます。Nのお母様は先見性があり、今年の春先にご相談がありバンビーニに加入して頂いた次第です(第21回「スケートと自転車と私」をご参照ください)。

 クロストレーニングの効果

まず第一に、ケガの予防です。

専門種目ばかりやっていると同じ筋肉ばかりを使うことになり、オーバーワークになりやすいので、身体への負荷を抑えてフィットネスレベルを上げるという点に置いてもクロストレーニングは有効です。また、特定の動きが多くなるため、動きにも偏りが出てきます。

例えば野球のピッチャーは片手で投げる動作の繰り返し、サッカー選手は足をメインに使うので上半身より下半身の筋肉を多く使います。このように、一部の筋肉や関節に疲労がたまるとオーバーユース症候群や、じん帯の損傷・炎症などのスポーツ障害を引き起こすリスクが高まります。

 次にリハビリにも効果的です。

陸上選手でケガをした人が水泳や自転車練習に回されるのはそういった理由です。

専門種目で痛めた筋肉を使うわけにいきませんから、別の筋肉を使うトレーニングをするという至極普通の考えです。

 第三に普段使わない筋肉を鍛えることが出来るので、パフォーマンスは向上します。

ウエイトトレーニングなどの筋トレを行うことも正確にはクロストレーニングです。

専門種目でメインに使う筋肉でなくても時には集中して鍛えなくてはいけません。

例えば走り込み練習の翌日など、足回りに集中して筋肉痛がきても、腹筋や背筋などは筋肉痛にならない場合があります。だからと言って、走りに腹筋背筋を使っていない訳ではありません。高速で走るためには身体がぶれないよう強靭な体幹が必要です。

これらは走っていても鍛えられる筋肉ではありますが、集中して筋トレをした方が効果的に鍛えられるという理論です。

 最後に、練習のマンネリ化を解消できる点も挙げられます。

子どもですので、同じことを長期間にわたって繰り返せば、精神的な飽きがきます。また、技術的にも体力的にも上達が足踏みし停滞期に陥ることもあります。日本のスポーツは武士道的な精神修養の一面が強調されるあまり、一つのことに打ち込むことを良しとする土壌があり(第34回「陸上道」をご参照ください)、それは高いレベルの技術を生み出す場合があります。少年野球でもサッカーでも、世界的に見て日本の子供達の競技レベルは非常に高いです。その一方で、高校、大学と年齢が上がるにつれて、燃え尽き症候群やスポーツ障害などの弊害が数多く発生していることもまた否定できません。

 N選手がバンビーニの練習で長距離の呼吸法、腕振りの重要性、ペース配分、ラダーなどによる敏捷性など、スケート以外の練習を学んだことで今回の結果に結びついたと思います。N選手の今後のご健闘をお祈りします。

(写真左がN選手、右は自転車練習の小平奈緒選手)

<参考文献>

高橋大智氏のHP、FRAMEのHP、αランナーズHP、SPORTIEのHP

 

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第48回「巣立ち」(2019年12月15日)

学童の話

11月22日までの新規応募(2020年4月から)に対し問題児のA男は申し込みをしなかった。猶予期間の12月13日を過ぎたのでもう来期は来ないことが確定した。来年の3月末までは在籍の権利はある。ただ、月謝を持ってこなければその権利もなくなる。

彼の学童での姿を見たのはハロウイン前だったのでかれこれ2ヶ月見てなかった。先週子供たちを公園に連れて行ったとき、彼は友達と車座になってあぐらをかきながら、ポケモンカードをしていた。札の投げ方、札の取り方は堂に入っていた。たばこの吸い方の真似もうまいが、カードで遊んでいる姿は博徒の面影がある。学童で4時間拘束される窮屈さよりいいと思っているのだろう。

母親も女手一つで育てた子なので、我々が彼の所業を訴えても「うちの子は悪くない」の一点張りで、なおかつ最後は「学童の先生は何を見ているのですか、それでも教育者なのですか」と食ってかかる。学童内では悪いことをすれば怒るが、そのことは母親には言わない、が暗黙の了解となってきた(A男は怒られたことを自分からは決して言わない。母親に心配かけたくないからだ)。ウリ坊を見つけて「まあ、かわいい」と抱き上げると、母親のイノシシが猪突猛進してくるようなものだ。ウリ坊を見たら目をそらさずあとずさりして逃げるのが一番だ。見ていて可哀想なくらいの盲目愛はイノシシと同じで逃げるのが得策である。

A男は夏休みの朝母親に学童まで送ってもらい、その別れ際ちぎれんばかりに手を振り、「いってらしゃい」を連呼をする。この母子の固いきずなは永遠なのだろうなと思いつつ、彼の行動が演技でないことを祈っている。ただ、母親を見る限り、退室19時の約束なのに15分~30分の遅刻は平気、19時5分の場合は「セーフ」といって教室に入ってくる人なので、母親の態度や文句は何をか言わんや、である。学童では何回ももめ事を起こしてきたが、ついにそのA男も巣立っていく。

2年前1年生で入ってきたB男は宿題をやりながら寝てしまう子で、歩きながら寝る強者である。学童ではいろいろな子に逢ったが、彼はナルコレプシー(*)なのである。

学校でも寝ているらしい。学童では宿題の途中で寝たり、連絡帳を渡す際座って待っている間に寝てしまう。歩きながら寝たのは、おやつ後のお腹休めの時間に寝てしまい、散歩の時間になったので子供たちに起こされて、仕方なく外に出たのだ。様子が夢遊病者のようなのでおかしいと判断して、手をつないで出発したら10歩と歩かないうちに膝がガクンとしていた。明らかに寝たのである。公園に行くまで5回も膝を折った。

家で「お休みなさい」と言ってから自分の部屋で遅くまでYouTubeを見ているという。当時ニュースは北朝鮮のことが多かったので、朝鮮語が飛び交っているのを見たのだろう、朝鮮語を流暢に話す。正しい文章かどうかは問題ではなく、その話があたかも朝鮮語のように聞こえるのである。昔オヤジギャグとして「足臭せよ」→「アシクセヨ」→「아시쿠세요」と朝鮮語もどきを話してウケたことがあるが、そんなもんじゃない。本物のように1分間しゃべれるのだ。だから、可愛かったし、表情が豊かで愛着があった。学童内に白けた雰囲気が出た場合、B男に振ればおもしろい回答が返って来た。場をなごませる男として重宝していた。

しかし、1年前問題児のC男が入ってきてから雰囲気が変わった。C男はいろいろな事情があり、同情すべきことが多かった。だから、教員の間ではC男にエネルギーが偏り、B男に接する時間がなくなっていった。そのため、B男はC男に対し意地悪をしたり、中指を立てて侮辱したりするようになった。きっと、今までの自分に対する愛情を取られたような気がしたのだろう。自分にとって代わったC男のことは気に入らなかったのだと思う。ところが相手が悪い。C男は背も高く、頭もいい、さらに自己主張も強い(キレる傾向でもある)。意地悪されたり、物を壊されたりすれば、すぐ言いつけに来る。その度にB男は我々に呼び出され反省させられる。こうしてB男の反乱も3ヶ月で終わった。

その後にとった彼の行動は意外なものだった。連絡帳渡しや宿題の際、人一倍大きな声でかつわけのわからないことをつぶやき、ねえさん先生に怒られる。皆も「またか」とげんなり。彼は怒られることによって我々の歓心を買おうとしていたのである。大人しくすれば我々に怒られないが、声もかけられないより怒られても声をかけてもらいたいと思ったのだろう。彼のとった態度は涙が出るほどいじらしい行動なのだ。そのB男も親父さんの転勤で今月でやめる。

A男、B男が去っていく。教育現場ではよくあることだ。今度はC男が我々に立ちはだかる番かと思う。心しなければならない年を迎えることになりそうだ。

*)ナルコレプシーは、

日本語では「居眠り病」といわれる、睡眠障害の一つです。ナルコレプシーのいちばん基本的な症状は、昼間に強い眠気がくりかえしておこり、どうしても耐えられなくなってしまう「日中の眠気」です。

 

もちろん、日中の眠気は、前夜の睡眠不足のときや食後などの条件によっては誰にでも起こりますが、ナルコレプシーの場合、よく眠っていても空腹でも関係なく眠気がおそい、また毎日くりかえして眠くなり、しかも一日に何度もおこり、それが最低3ヶ月以上続くというものです。(認定NPO法人日本ナルコレプシー協会HPより)

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 第47回「子どもの脚質」(2019年12月10日)

第43回「ヒーロー」でもお話しさせて頂いたように、2019年埼玉チャレンジカップで子ども達が1人を除いて全員「ポケット」状態になり、思い描いたレースにならなかったことがあります。子ども達は大人しく黙々と練習をするタイプのため(相手を押しのける気性ではないため)、600mではスタートの出遅れは致命的でした。改めて子供たちの性格を見極めたレース展開をすべきだと思いました。

*)「ポケット」:スタートで出遅れると前にも横にも動けずしばらく後方に位置する状態

 競馬では、競走馬がレース中どの位置にいると能力を発揮できるか、その位置取りでレースを進めることを脚質といいます(第9回「競馬その2」【脚質】に詳しく記載していますので、そちらもお読みください)。

脚質は大きく分けて

(1)逃げ

(2)先行

(3)差し

(4)追い込み

(5)自在

の5種類です。

もう一度記述しますと、脚質を決めるのは、主に馬の精神面(気性)と走行能力(脚力)です。

1.精神面について詳しく見ると、

他の馬より前に出ようとする闘争心、最後まで諦めずに走る粘り強さ、騎手の指示に対する従順さ(折り合い)、馬群の中でレースをしてもひるまない図太さなどがあります。

2.走行能力について詳しく見ると、

脚の速さの他にスタート直後の加速力・瞬発力やレース終盤での瞬発力、持久力などがあります。

 小学生特に低学年はゴールしても力が有り余っていることが多いです。

精神面では、遅くなっても抜かれても「くやしくない」のです。まだ、他人と争うことを知らないのです。走行の能力の面では、驚くことに全力走ができないのです。脈拍を計ってもレース前とレース直後とダウン前と脈拍数が変わっていない子がいます。全力走とは何かを教えるということがまず必要です。極端なことを言えば、犬を子ども達の前で放して追いかけさせればきっと全力走をします。転んだり、動物に対する極度の怯えなど情操教育上よくないのでしませんが、やってみたい衝動に駆られます。

 このような初期的問題点を乗り越えた子供たちを対象にすれば、だいたい競走馬と同じタイプに子供たちは分けられます。

バンビーニ厩舎の牝馬たちの中では

「逃げ」で成功したのがIです。一人で抜け出しそのままゴールしました。1度もトップを譲りませんでした(越谷カップ)。勝ち気ですが優しいので競ったら押しのけるか譲るか微妙な動きをするので「逃げ」がよかったのでしょうね。

「先行」を得意とするのがNです。しかし、この子の真骨頂は「自在」です。「先行」は周りの子が遅いことが多いので仕方なく前に出てしまうからです。相手によって戦法を変えられる自由度があり、真に強い馬です(彩の国クラブ交流大会)。川口マラソンではRが先行の脚質を持っていました。先頭はあの田口倖菜さんなので、途中で2位狙いに変えました。

Sはスピードがあるため「差し」の脚質でうまく先頭集団についていけば成功することができます。先行する集団がスパートする前に、あるいはスパートする際に反応よく前に出れば勝てます。

一方、牡馬たちは全般的に気が弱く馬群の中でレースをするのを嫌うのが5年生のT,YやZです。気の弱い逃げ馬はペースの緩急をつけるのが苦手で単調なペースで走ることが多く、彼らに共通の課題でもあります。他の馬に追いつかれた途端に気力をなくしてしまうことも多く、今後の練習では先行の脚質練習をさせ、精神(気性)を変えさせていければと思います。

逆にKやTという子は低学年ながら根性があり「先行」タイプでもありますが、もう一度伸びる二の脚を使い、最後に後続を突き放して勝利することが多いのです(越谷カップ)。

先週、今年最後の大会である川口マラソンでは私が大ポカをやらかしてしまいました。

第38回川口マラソンでNがずっと先頭を走り1位で競技場に入ってきましたが、最後に同タイムで差し切られました。ゴールの際、私はいつも胸を出してフィニッシュしろと教えています。ルールでは、頭でも足でもない、ゴールは胴体がゴールラインに到達した時だからです。ところが川口マラソンは足に記録用のチップをつけてこれがセンサーに感知された時がゴールなわけです(他の大会ではゼッケンにつけるタイプもあります)。

どういうことかというと胴体がゴールラインに到達しても足がゴールラインに届いていなければ(考えられる例としては倒れ込んだ時です)、まだゴールではないのです。このことをNに教えていませんでした。川口マラソンの「ゴールの仕方」はゴールの際足を前に出すことなのです。もう一つポイントがあります。チップは1つのため右足につけるか左足につけるかは個人の自由です。自分のつけた足を覚えていて、つけた足を前に出すのです。

Nにはかわいそうなことをしてしまいました。ルールを熟知することはコーチの責任です。またそれを伝えることもコーチの仕事です。反省の1年になってしまいましたが、来年はうちの子ども達が各部門とも最上級生になるので、この経験を生かし上位独占を狙います。

 

 

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 第46回「映し鏡」(2019年12月1日)

学童の話

勉強の時間(だいたい30分くらいだが)は本読みと計算カードをする。計算カードではズルする者が少なからずいる。計算カードはたとえば「5+7」のカードをめくると裏に「12」と答えが書いてある。それが30枚あり、何分で計算できるかという勉強の仕方だ。しかし、これには文字通り「裏」がある。「5+7」で答えを言ってから裏を確認するならいいが、早くめくろうとして「ごうたすななは」と言っているうちにカードをめくるので答えがわかってしまう。「お前、答えを見て答えているだろう」と言っても「ぼく、見てないもん」と言われればそれ以上は言えない。でも絶対見ている。もう一つはカードを順番に並べてあるのをシャッフルしないから、「5+7」の次は「5+8」の問題になるので、順に1を加えていく問題になるから、問題を見ずに答えていく不届き者もいる。自宅では親は忙しいし、面倒くさいから野放しなのかもしれない。しかし、そういうずる賢い子も1年たつとできるようになるので、目くじらを立てることはしない。

学童では、その後帰る時間まで遊び時間である。

小3の男の子(E男)が遊び時間にママゴトをする。小1の女の子(F子)に誘われるからだ。この子は私の「UNO」の遊び仲間で、ママゴトに彼を取られるのは辛い。仕方ないので、小3の女の子と曼荼羅をして遊ぶ。隣ではE男がシルバニアファミリーのママゴトに夢中だ。曼荼羅で相手が考えている間にE男の声が聞こえる。「ぼくね、ご飯がほしいなあ」「それはお父さんにいいなさい。今日の当番はお父さんですよ。まったく、私ばかり当てにしないでね」「はあ~い、お父さんは今日はどこかな?」「どうせパチンコですよ」「じゃあ、いつ食べれるの?ぼくお腹空いちゃった」と舌足らずの幼児言葉でE男は喋る。曼荼羅の相手の女の子に「E男はずいぶん赤ちゃん言葉で話すな。何歳の設定なのだ」と「聞いたら「ああ、E男は赤ちゃんではなく今日は犬だよ」「何、犬をやってるの?」、1年生がママで3年生が犬か、思わず笑ってしまった。シルバニアファミリーのママゴトセットは動物が主体だからやむをえないか。ママゴトは「飯事」だから自分の生活の一部が入ってくる。現実と願望が織りなす世界となる。F子はE男に「がまんできない子は家に入れませんよ」と答えている。きっと、ママゴトの世界はF子の家庭を反映しているのだろう。

問題児のA男はおやつのポッキーを食べる際、煙草を吸うマネをする。ところがこれがまたうまいのだ。ほっぺを少し凹ませて煙を吸い込み次に吐く。吐くのもゆっくりと恍惚の雰囲気を漂わせ、こいつ自分が吸ってるいるのではないかと思わせるほどの力量だ。

子は親の映し鏡、親は気をつけた方がよいのかもしれない。

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 第45回「戦友」(2019年11月25日)

昨日、第14回彩の国小学生陸上クラブ駅伝競走大会(熊谷陸上競技場)に初めて出場しました。結果は56チーム中真ん中くらいでした。1区女子2区男子3区女子4区男子5区女子6区男子の6人で1チーム、バンビーニは全員5年生での構成でした。

駅伝の魅力はいろいろありますが、早稲田大学スポーツ科学学術院の松岡宏高教授は、大学駅伝のおもしろさを次のように指摘しています。

 「『結果がわからないものを見る楽しみ』。襷をつないで走り、ときに何が起こるかわからない『ドラマ性』。今年はどこが強い、どの選手が楽しみかと頭をひねる『予想、予測性』、そして、自分自身や家族の出身校など特定の大学を応援する『カレッジ・アイデンティティ』がより顕著に現われている」

今回は初めてだったので相手の分析はしていませんが、優勝を争うなら相手のメンバーの1000mのタイムを調べ、バンビーニの子どもの持ちタイムと比較して、3区で30秒以内ならいける、6区で10秒差なら勝ったなどと計算する楽しみがあります。小学生は周回コースなので地形的、性格的なコースの得手不得手は考えませんでしたが、大学駅伝なら監督は選手が山登りが得意なのか、山下りがすぐれているのかも考慮します。

箱根駅伝では、意識がもうろうとして走る選手、実業団駅伝では怪我で走れずに這いつくばってタスキを渡す女子選手などに感動し、またそれを期待するスポ根(スポーツ根性物語)的興味が自分をTVに向かわせているようです。

もしうちの愛泉が這ってタスキを渡すことになったら、気が狂っちゃうほど動揺してしまうでしょうね。そのまま声を大きくして応援するか(きっと涙声で何を言っているかわからないでしょうが)、冷静に彼女を抱きかかえレースを止めるか、自分の行動がどうなるかわかりません。このことを書いているうちに想像して涙が止まりません。基本軸が定まらないのでは、指導者として失格かもしれません。

抜かれた時の罪悪感、順位を上げた時の高揚感、他人の頑張りを心底応援する期待感、子どもは今回純粋に体験しました。

南サブゲートから善が現れた時は(途中まで観戦できますが200mくらいはスタンドの裏に隠れたコースで南ゲートから出てくるまで見えません)、「海難事故で助けを待っていたら大きな日の丸をつけた捜索救難機が現れた」ようなもので、頼もしくまた仲間でよかった気がします。

今回お腹が痛いと手を斜めに上に上げたり下げたりする奇怪な動作をしたアンカーの奏冬が絶好調だったら10人抜きをして、それはそれは白馬の騎士が現れたように思うでしょう。子どもの頃TVで見た「ローンレンジャーが白馬シルバーに乗って崖の上で立ち上がる場面」が思い出されます。アンカーはおいしいところ皆持って行ってしまうのです。来年誰をアンカーにするか楽しみです。

友達を信頼すること、これは決して簡単なことではありません。人生において何人の人間にできるでしょうか。戦争は生きるか死ぬかの極限にあります。家族以外に命をかけて守る相手、また守られる自分、それが戦友でしょう。だから「戦友」は誰よりも絆が強いのです。4位で帰って来た寧々に対して2区の怜吾は「ワァー、何でこんなに速く来るの?責任が重大になってしまう」と思ったでしょう。逆に前の選手が順位を落として帰ってきても、タスキをもらったらあいつの分も取り返すと頑張る子も出てきます。「頼むぞ」と言ってタスキを渡す子ども達。こうして彼らは段々「戦友」になっていくのでしょうね。1人で戦う陸上競技に唯一仲間意識が出るのが短距離のリレーであり長距離の駅伝なのです。

今回は順位はたいしたことありませんでしたが、来年全員が最上級学年ですので、最後のレースとして入賞させてあげたくなってきました。力が入り過ぎるとろくなことがないのですが・・・

 

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 第44回「天才」(2019年11月18日)

学童での話

才能のある子が世にいる、ことを学童で教わった。

サヴァン症候群の子が実際にいたことだ。ある時、宿題を見るということで室内を巡回していた。その子は公文に行っており、公文の問題をしていた。もちろん我々が教える必要もないし、質問に答えることもない。ベテランの先生からはあの子に近寄らない方がいいと言われていた。なぜかはそのうちわかると言われた。その子と一緒に勉強していた友達が九九をお願いしますと言ってきた。九九の勉強とは、本人の九九を聞いていればいい。間違ってないか、何分でできたかをチェックすればいいのだ。つっかえ、つっかえ言うので、つい隣の件の子のやっていることを見てしまった。というより見えてしまった。彼女は何と積分をやっていたのだ。小2の同級生は九九で四苦八苦なのにこの子は数学の積分をしている。高3でやる積分、そう私が一番嫌いだった積分をいとも簡単に解いている。質問されても答えることができない問題をやっているのだ。これは近寄らない方がいいとベテランの先生が言うわけだ。女の子は、我々に聞いてもダメだろうという顔で質問をしない。他の学問たとえば国語などのレベルは高くない。自分からは仲間に加わらない。1人遊びが多い。しかし、数学においては天才なのだ。これじゃ算数の時間が馬鹿バカしいだろうな。

次に小1の男の子の描いた絵だ。何も見ずにすらすらと絵をかいた。ZOZOの前澤社長の購入した絵で注目されたバスキアの絵と比べてそん色がない。もちろん油絵とデッサンの差があり、単純な比較はできないが。この子は私の学童日記に出てくるC男である。鼻くそをほじくって鼻血を出した、と女の子をからかった男の子だ。場の雰囲気を察することができない生活における問題児だ。怒られた時はその時はシュンとするが、5分もしないうちに同じことを繰り返す懲りない男の子だ。いまはクレヨンだが、この子の才能に気づき、デッサンや色遣いの教育をすれば123億円の絵を描くことも可能なのではないかと思った。

子どもの能力は計り知れないのだ。この才能を生かすのも殺すのも我々大人の責任だ。

*)サヴァン症候群

知的障害や発達障害等のある者の内、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言う。

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 第43回「ヒーロー」(2019年11月12日)

先日の埼玉チャレンジカップでバンビーニの子ども達のほぼ全員がスタートでポケット状態となり、前にも横にも行けない状態となってしまいました。600mですので200mのスピード練習はしてきましたが、スタートから100mの練習はしていませんでした。うちの子は性格がやさしく他人を押しのけてまで前に行くようなタイプではありませんので、その差が1位との差になってしまいました(前半の差が心に諦めの気持ちを芽生えさせてしまいました)。完全に私の指導ミスです。

スポーツにおいて、性格は勝利を左右する大きな要因であります。戦闘的かつ英雄願望を持たなければいけません。子ども達がもっていなければ、無理やりにでも考えを変えさせる(性格的には納得できないがコーチの方針なら仕方がないと思わせる)ことが必要です。落語家は家に帰ると無口な人間に戻る人がいるようです。AKBのメンバーの中には内気な子がいるそうです。陸上の大会は舞台です。舞台に立った時は、落語家やAKBのように普段の自分を変えないといけません。ある面二重人格でいいのです。

行動心理学においては、人間の行動のベースに『何かを手に入れるためにリスクをとる』促進フォーカスと『リスクを避けようとする』予防フォーカスがあり、それぞれ別の神経系が関係しているとしています。この志向は試合中に『勝つためプレー』をするか『負けないようなプレー』するかの選択のベースとなります。

高梨選手は以前は圧倒的な力があり、他者を寄せ付けませんでした。適切なライバルが存在しない中、周囲のメダルへの期待とそのプレッシャーから目先の短期目標であるオリンピックで勝利することだけに意識が向いてしまい、予防フォーカスがかなり強く働いてしまったと考えられます。違う性格なら絶対優勝できたでしょう。

選手の心理がわかりやすいのはラグビーです。勝っているチームは残りわずかな時間になると反則をしないようにかつミスをしないようにと心がけます。負けているチームはミスを恐れず突き進むだけです。勝っているチームは時間が長く感じられ、負けている方は時間が短く感じられます。気持ちの持ちようなのです。

各国の国民性を表現するジョーク(エスニックジョーク)に「沈没船ジョーク」という有名なものがあります。

沈没しかけた船に乗り合わせる様々な国の人たちに、海に飛び込むよう船長が説得を行います。その時の決め台詞が次の言葉です。

アメリカ人に 「飛び込めばあなたはヒーローになれます」

イギリス人に 「飛び込めばあなたはジェントルマン(紳士)になれます」

ドイツ人に 「飛び込むのはルールです」

イタリア人に 「飛び込めばあなたは女性に愛されます」

日本人に 「皆さん飛び込んでいますよ」

韓国人に 「日本人はもう飛び込んでいますよ」

アメリカ人アスリートが世界記録を出すのは「ヒーローになれると思う」国民性なのかもしれません。バンビーニの子ども達には大会で走る時だけアメリカ人になってもらいたいと思います。

 

 

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第42回「未来予図」(2019年11月3日)

学童での話

 ある日、鼻血を出した子がいた。服が血で汚れたため体操着で帰って来た。一年生のC男が盛んに何で鼻血出したの?と聞いていたが、答えたくなかったようだ。ずっと黙っていた。C男は業を煮やして「○○ちゃんは鼻くそほじくって鼻血出したんだって」と皆に聞こえるように言った。もちろんフェイクニュース。○○は驚いたように「ちぇ」とばかり嫌な顔をした。しかし、C男は全然空気が読めず大声で繰り返していた。○○は可愛い顔立ちで将来きれいな女性になると思われる。女の子というものは自分が可愛いとか綺麗とかを小さいうちからわかるのだろう。体操着で帰って来たことを盛んに悔いていた(体操着には大きく○○と書いてあった)。自分の名前が変な人に知れたのではないかと・・・名札は学校内だけで行き帰りははずすことになっていたことを最近知った。

B男は女の子にちょっかいを出すくせがある。女の子が泣きながら学童に帰って来た。B男がXXに手を上げたらしい。学童では暴力はゆるさないから、女の子の訴えを取り上げてB男に詰問した。するとB男は「XXちゃんが僕のことを気持ち悪いといったから」と反論。帰り道に女の子の耳のうしろからねこじゃらしを当てたようだ。女の子はねこじゃらしでくすぐられるのを「気持ち悪い」と言ったのだが、B男は自分が言われたと思ったのだ。普段からえげつないことをするので時々皆から総スカンをくっている。自業自得だ。手をあげたことはいけないことだからきちんと謝らせた。か細い声で「ごめんなさい」と。この言葉でXXのゆるしを得た。

 これで終わりかと思ったらB男が「僕にも謝って」という。何に?と思ったが、気持ち悪いと言ったことに対してらしい、大人の女の人なら「ふざけんじゃないわよ、自分が勝手に勘違いしたのでしょ、何で私が謝らなきゃいけないの?」と怒鳴られるところだが、長引くとおやつの時間にかかるため、強引に「そうだね、XXも誤解するようなことは言わないようにね。これでお互いめでたし、めでたし。はい、仲直り」という支離滅裂な言葉で喧嘩を終わらせた。結局XXは謝っていないが、私の言葉で、B男は謝って貰ったような気がして納得したようだ。

 XXは容姿は普通だが、姉御肌で将来面倒見のいい大人になると思う。飲み屋のママでもやっていける能力はある。

アルバイトで責任がない、孫のような年齢の子どもたちだが血がつながっていない、人生長く生きてきたが器用に生きることはできなかった、などのことから、個々の児童の未来予想図を書くことができると思う。すべての子の未来を当てることはできないだろうが、確実に言えることは、10年後この2人の男の子に口をきいてくれる女の子はいない。

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第41回「ピア効果」(2019年10月28日)

ローンウルフ(一匹狼)は気楽でしょうが、決して効率のいいものではありません。漫画のゴルゴ13(謎のスナイパー)はかっこいいが生きるのは大変だと思います。長生きはしないだろうと思います(といっても50年以上いまだに連載しているので、主人公デユーク東郷は単純に計算すれば80歳を超えています。普通なら老眼で300m先の相手など見えないはずですが・・・もう出生のいわれもグシャグシャになっているはずです)。

 さて、現実に目を向けると、1人で何かをやろうとするよりも、競い合いや切磋琢磨する仲間がいた方がモチベーションも上がるし、やる気も持続しやすいと思います。さらに、互いに励まし合うことができるために挫折しにくくなります。チーム、組織、集団による効率の向上を行動心理学では「ピア効果」といいます。

難関大学を目指す進学校のように、高い意識や能力を持った人間が集まりお互いを刺激・感化させることで、集団全体のレベルアップに加え個々の成長に相乗効果をもたらすのは、ピア効果を利用したものなのです。

企業では個人ではなくチームで作業する組織にしています。チームで生産を行うことによって、互いに補完的な生産活動をしたり、互いに教えあうことによって知識や技術が熟練されたものになったりするなどの効果があります。また、自分がサボることによって迷惑がかかる人がいる、という意識が社会的な規範やプレッシャーとなり、生産性が上がるのです。

陸上競技でも川内選手のように独自で考えたメニューを実践して力を付けた選手もいますが、オリンピック選手になれませんでした。独学はある面強いですが、体系的な観点が弱く、通常の学生が知っている基本知識が剥落しているところがあるのです。陸上界でも同じ現象が起きるのです。冷静に自分を分析して練習を課せないこともあります。

陸上競技それも長距離に当たっては協働の環境は必要不可欠です。

また、集団では協働ばかりではなく競争でも効率がよくなる場合があります。自転車の競争で、単独で走っている人と複数で走っている人の速さを比べた研究があります。その結果、複数で走っている人の方が単独で走っている人よりも速かったのです。目に見えるところに頑張っている競争相手がいることで、ピア効果が働き、自分も頑張ろうという意識が自然と強くなります。

しかし、競争相手のレベルによっては、ピア効果の大きさは変わってきます。例えば、相手のレベルが自分と比べて高すぎる場合、どう頑張っても相手には敵わないから、と力を出し切ることを諦めてしまうということが起こり得ます(中2男子Aの川口の短距離選手森本君に対する態度)

逆に、相手のレベルが自分よりも低い場合には、本気を出さなくても勝てる、と手を抜いてしまうのです(中2男子Aの学校のクラブの部員に対する態度)。よって、ピア効果が発揮されるためには、競争相手は互いに油断したら負けるくらいのレベルの人が望ましいことになります。だいたい同じレベルの相手であれば、ピア効果が存分に発揮されやすく、切磋琢磨して能力を高めていくことができるのです(中2男子Aの中1男子Bへの変化)。

競い合うことで人間は大きく力を発揮し成長します。まさに資本主義社会はそのように経済を発展させてきたわけですし、スポーツの世界もそうです。

フィギュアスケートのキムヨナ選手と浅田選手、羽生選手とチェン選手、競泳の萩野選手と瀬戸選手などがライバルとしてお互いにしのぎを削ったのです。その結果お互いにレベルが上がったのです。「あいつには負けたくない!」と強く思うことが必要です。「自分とあいつは条件が違うから、この先自分が劣ってしまってもしょうがない」などと言い訳を考えてはいけません。

ライバルに設定した相手には何としてでも勝とうと努力しなくてはいけません。

「ライバルを力にする」そんな雰囲気がバンビーニ陸上クラブで芽生えてきてくれればと願っています。

 *)ピア (peer) とは仲間、同級生、同僚、地位・能力などが同等の者という意味を持つ単語。

 

 参考文献:ウイキペディア、行動心理学におけるピア効果、ゴルゴ13(小学館「ビックコミック」)

 

 

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第40回「ある女子選手の一考察」(2019年10月22日)

第33回彩の国小学生クラブ交流大会でバンビーニの5年生の女子選手が2位に入りました。1位の選手のスプリットタイムは200m32秒、400m72秒、600m1分54秒、800m2分36秒、1000m3分19秒66でした。一方バンビーニの子は200m35秒、400m75秒、600m1分57秒、800m2分38秒、1000m3分19秒87でした。800mの時点のタイムから予測するとラストでかわせたと思います。タイム決勝の綾ですね。

今回はこの子について考察してみます。

(1)記録の変遷

ベスト記録の更新は7月28日越谷カップ3分33秒06、9月22日草加市選手権3分28秒94、10月16日越谷市内小学校陸上競技大会3分24秒95、10月20日3分19秒87です。

この記録の伸びは私の指導の結果ではありません。3ヶ月で1000mのタイムを13秒以上縮めることは、指導の範囲を超えています。

彼女の抜群の素質によるものと思われます。

(2)個人分析

彼女をもう少し分析してみましょう。

①誰も彼女を脅威と思っていない。強いというオーラが感じられない。

②見た目も速いという際立った走り方ではない。

③本人は飄々としていて、かつお母さんがガツガツしていない。子供たちの自由にさせている。

④食事を好き嫌いなくたくさん食べる。

⑤骨太(体幹がしっかりしている)である

⑥もともと彼女の専門は水泳である。基礎体力を鍛えるつもりでバンビーニに入会した経緯がある。

⑦文科省の体力テストはダントツでAランク

⑧ゴールデンエイジに入っている

そのため、前回33秒で入ったため後半落ちてしまった経験から、200mの入りは若干遅くして入れというと、1,2回の練習でそれをこなせる(35秒~36秒)。今回同組の32秒で駆け抜けた先頭の子に左右されなかった。ラストスパートはラスト150mからというとそれを実行していた。くどい指導をする前にこなしてしまう。今回のレース展開は200m毎のラップタイムが200m:35秒、400m:40秒、600m:42秒、800m41秒、1000m41秒で、練習で課題にしていた40秒/200mの平均タイムを意識して走れた。

(3)感想

クラブに在籍して練習してくれている中2の女子のように長距離に強い(200mインターバル20本を36秒で帰って来いといえば、ほとんど±1秒で全数クリア出来る)タイプでもなければ、中1の女子のように切れ味鋭いラストスパート力もありません。ただただレースが終わってみると前に誰もいないのです。

剣道で言えば、上手くも速くもないのに「構えが崩れず下がらず」、無理に崩そうとすると逆に自分が崩れて打たれてしまう相手なのです。

「うまい人は、試合にしろ稽古にしろ、終わったあとに相手に清々しい気持ちを残してくれる。試合で自分が負けた時は本当に負けたと言う気持ちを残し、後腐れがない。自然に頭が下がる。ところが、前述のタイプの人間と試合して負けた時には、もやもやした気持ちが残りすっきりしない。なぜ負けたのかわからない」

彼女は相手にそう思わせるタイプなのです。だから手ごわいのです

(4)2020年の彼女

来年から小学生の長距離の全国大会が予定されています。これまで小学生のうちから長距離をやらせるのはどうかということで全国大会がなかったのですが、現実を調査しやっと認めたのでしょう。800mか1000mかまだ決まっていないのですが、どちらでも対応できるようにしたいと思います。ここで認められて中学では他のレベルの高いクラブに入ってもっと上をめざしてもらいたいと思います。それまでにバンビーニの他の選手の良い目標になってもらいたいと思います。

 参考文献:ウイキペディア、全日本剣道連盟HP

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 第39回「暗黙知」(2019年10月12日)

「得られた客観的データ(数値)を統計的に処理し、結論を導き出す。さらに、多くの人に理解・応用してもらうために、他の研究者の研究結果と合わせて考察して客観的データを基に、言語や図表を用いて説明する」その結果人類に貢献したと認められる発見、応用や理論に対しノーベル賞はもらえます。

しかし、一般人である我々は「私たちは言葉にできるよりも多くのことを知っているが、それを言葉で相手に理解させるのは難しい」ことを知っています。マイケル・ポランニーは、知ってはいるが言葉で表現できない知識を「暗黙知」と呼びました。

巨人の長嶋元監督のように野球界でのスーパースターが少年野球教室で子供たちに「球がこうスッと来るだろ」「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」「あとはバッといってガーンと打つんだ」と教えたそうです。たとえ野球界で天才といわれた選手でも、自分が会得した技術を皆にわかるように教えることは難しいのです(別の話でも使いました。第31回「夜と霧」を参照してください)

運動会対策イベントなどで、初めての子どもを指導する時、ポイントは3つあります。一つ目は腕振り、二つ目はモモ上げ、三つ目はスタートの構えにあります。腕振りは、1.手を伸ばして走る、2.腕を体から離して振る、3.太鼓叩きのように振る 子が多いのです。腕を曲げて走れといっても、どうやら本人は腕を曲げて走っているらしい。確かに腕を前にあげて下ろす際、体に近くなるまでは、合っています。問題は体まで肘が降りた際、肘を後ろに突きあげれば問題ないのですが、肘ではなく前腕または手首を後ろに持っていくものだから、手が伸びてしまうのです。これを指摘しないで腕が伸びているというと子どもの気持ちでは「僕、ちゃんと腕を曲げているのに」との不満が出てきます。運動会対策イベントを催すと必ずこうなりますが、1時間のレッスンでスタートからゴール、カーブの曲がり方等を教えるため、腕振りだけに多くの時間はさけないので、ある時間経つとスルーしてしまいます。最後まで腕が伸びている子には申し訳ないと思います。

当クラブで腕振りが個性的だという子はいません。すべて入会して1ヶ月間たっぷりと時間をかけて直してしまうからです。紐を持たせて走らせるなど、これまでの経験で得た方法で強制的に直してしまうのです。そこには納得した説明にはならない場合がありますが、つい「習うより、慣れろ」方式を取ってしまうのです。

指導者は暗黙知ではなく形式知として指導すべきですが、言い訳に聞こえるでしょうが、たとえば自転車の乗り方を子どもに教える場合、皆さんは理論的に教えられますか?自転車の後ろを持ってあげて練習しているうちに、手を放し本人が持ってもらっているものとして一人で運転した後、後ろを振り向いて「できた!」、とお決まりのコースではなかったでしょうか。初めての自転車の乗り方は、ほとんどの人が言語化できないのです。

ラクビーや野球のように個人技の他に「作戦」がある競技は数量化と体系化が必要ですが、芸術(絵画、音楽、写真・画像、彫刻や陶芸、舞踏やダンス等々)や多くのスポーツ(柔道、体操、陸上競技など)では、視覚や聴覚などの感覚器官を通して教育されます。しかし、この分野の教育は、言葉では語り継げないもの「暗黙知の伝授」なのです。

つまり、この分野では師匠は何も教えない、ただ弟子は師匠のやっていることを見て自分のものにするというのが、教育であるとしています。「グッとラック!」の司会をしている立川志らくは立川談志(笑点の大喜利を企画した落語家で初代司会者)の弟子ですが、談志の物まねがうまい。きっと師匠の動きや語り口を一生懸命勉強したからだと思います。

先日当クラブに、小学生の陸上界では有名な4年生の女の子が練習に来ました。ところがその子には幼稚園の妹がいました。いつもセットです。一緒に走っていい?というので走らせたら、なんと速いこと速いこと。3年生以下は皆置いてかれました。幼稚園児で、しかも400m走のインターバルなのです。ところがよく見ると、その走り方は腕振りからモモの上げ方までお姉ちゃんそっくりなのです。顔も似ているので背の高さで判別しています。これなどは「門前の小僧」的教育だと思います。お姉ちゃんの練習や試合にいつもついていくから目でフォームができあがったのだと思います。「持久力も見るだけでアップするのか?」と言われると何も言えなくなりますが、少なくともフォームは見ているだけでよくなるのでしょう。

実験はしていませんが、もしかすると見ることが持久力をアップさせるのかもしれません、このテーマに興味が湧いてきました。そういえばバンビーニにも長距離クラスにキョウダイが3組います。姉弟2組、兄妹1組、このキョウダイも共に速い。妹や弟は姉、兄に比べて競技歴は短いのですが上の子の同学年時に比較して速いのです。3組に共通しているのは「いつも一緒に行動している」ことです。

自分の好奇心を満たすために、TDCAサイクルの手法を活用していきたいと思います。

Theory(理論):従来の実績や将来の予測などをもとにして理論を作成する(「仮説」を立てる)

Do(実行):理論に沿って練習を行う(練習のすべてのタイムを記録します。1人で来ている子との比較なども行います)。

Check(評価):練習の結果が理論に沿っているかどうかを評価する(実際の伸び率を計算する)。

Act(改善):実行が理論に沿っていない部分を調べてTを修正する(伸び率が他の子より小さいことが起きた。「やる気の問題」という仮説)。

改善したTをTDCAサイクルの中心に置き、再びTDCAサイクルを動かすのです。

このキョウダイの下の子が速いのはなぜか?まずは「速くなる理由は、上の子の練習を見てきたので、練習に関する不安も恐怖もない。そのため、すんなり練習に溶け込めるからだ。暗黙知の習得を自然にしている」という仮説を立ててみたいと思います。

参考文献:ウイキペディア、暗黙知の次元

 

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第38回「愛称」(2019年10月5日)

学童では教師を愛称または短縮形で呼んでいます。私は「イリ」池田先生は「イケ」と呼ばれています。これは、子どもが上から目線の態度をとろうとしているからです。巨人の長嶋茂雄選手は同僚の王選手などからは「チョウサン」と呼ばれていましたが、監督の川上氏には「シゲ」と呼ばれて怒られていました。彼らは川上監督になろうとしているのです。

我々は子ども達に〇〇先生と呼びなさいなどと強制するつもりはありません。彼らは自分たちが困った時や負い目がある時は自然に○○先生と呼ぶからです。公園で怪我をしたり、水を床にこぼした時には我々に対して「イリ」とか「イケ」とは言わないのです。

 さて、その愛称または短縮形で思い出したことがあります。「ロシア文学に対する挫折」です。

若い時、有名作家の本を教養のひとつとして読もうと文学にのめり込んだことがあります。しかし、トルストイ、ドストエフスキーらのロシア文学に挑戦した時は読破どころか、50ページも進まないうちに心が萎えて断念してしまいました。まだ家に埃にまみれておいております。たぶん死ぬまで読まないと思います。家内は捨てろといいますが、学生時代食事をけちって買ったものだから、捨てられないのです。本を見ると、もう今ではすっかりなくなってしまった向学心に燃えた若い頃を思いだすのです(だからと言って、どうってことはないのですが)。

 ロシア文学は、人物の名前が長く、登場人物がやたら多い、なんだかわけのわからないサイドストーリーがいろいろとあってあらすじを追うだけでは理解が難しいのです。

戦争と平和では主な登場人物が559名いるらしいのです(47ページでやめましたから、ウイキペディアで知ったのです)。

さらなる問題は人物を愛称で呼ぶ場合と父称、正式名で呼ぶ場合とに作家は分けるのです。つまり、登場人物の名前が場面によって変化するのです。カラマーゾフの兄弟の一人に「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」という人物がいます。これが彼の正式名前ですが、小説の中では、ミーチャと呼ばれ、「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」と「ミーチャ」のどこをどうとったら同一人物になるのか、わかりません。日本語では久子、久男が「ちゃこちゃん」「チャ―ボー」と呼ばれます。ひさこは幼児や外人には呼びにくいらしく「ひさこ→ひちゃこ→ちゃこ」という変化で「久」のつく人は「ちゃこ」と呼ばれるとお袋に教わりました(お袋は久江でした)。

また、日本語でも官位がつく正式な呼び名は昔ありましたが、真田左衛門佐信繁(さなださえもんのすけのぶしげ)が真田幸村であることはすぐ覚えられます。

しかし、慣れないロシア語では発音するのも億劫になるため長く感じられるのでしょう、人物名が覚えられないのです。用事があって3日間放っておいてから読むと、もう誰が誰だかわからなくなり、始めに戻ります。これを繰り返すと47ページが我慢の限界となるのです。

愛称や短縮形の呼称において、日本人、日本語は世界一です。

 *)ロシア文学に挫折した頃、ロシア人の名前を挙げろと言われ「スケべビッチ・オンナスキー」と言ってウケていました。今から思うと挫折者の捨てゼリフでした。

参考文献:ウイキペディア、河出書房「世界文学全集」 

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 第37回「嫌な上司」(2019年10月1日)

 

 多くの保護者様は現在会社勤めしていると思いますが、定年まで嫌な上司と出逢うことは少なくありません。底意地の悪いのやパワハラは問題外ですが、普通のタイプと思われる上司の中でも嫌な上司がいました。

 私は現在陸上競技のコーチをしていますが、コーンやマーカーは直線やダッシュのゴールを示せればよいという考えで、色についてはバラバラでも全く気になりません。子どもの中には片付けろ!というと、きちんと色分けして持ってくる子がいます。几帳面な性格の子だと思います。しかし、可哀想に次に使う時は私はまた適当に置いてしまいます。もしこれが逆だったら、子どもは大変です。折角手伝ってくれたのに色が違うとお説教されていやな気分で終わってしまいます。

 そうです。まず1人目は性格が真逆な上司で、上司が几帳面である場合が困ります。皆で作った事業計画書を上司に持って行ったところ、内容ではなく、字は明朝体を使え、グラフでは減少は赤、増加は青、棒グラフは3D形にしろと言われ、嫌な顔をすると「ようござんすか、計画書というのはな・・・」と慣れない江戸弁を駆使して延々10分間言われ、参りました。私は資料をどういう形式にするかを気にしていないから納得しないのです。上司のお名前も「藤原さん」でしたが「ふじわら」さんというと怒るのです。俺は「ふじはら」なんだ、と。

 次に曖昧な指示をする上司です。「いいか、入山。今度の戦略は『たとえば』だな、○○というやり方がいいと思う。いいか、あくまでも『例えば』だが・・・云々」成功すれば「な、言った通りだろう」失敗すると「入山、あれは『例えば』と言っただろう、よく自分の頭で考え、臨機応変に行動するべきだったな。反省しろ」

 最後に、なんとでもなる指示をする上司です。業種によって違うので普遍的な事例で述べます。「入山、風邪ひくなよ」という指示です。

風邪を引いたら大変です。「あれほど、風邪ひくなと言っただろう。お前は俺の指示を全然守らない奴だ」風邪をひかなければ「な、お前は俺の指示を守ったから風邪をひかなかったのだ。風をひかなかったのは俺のおかげだ」というタイプです。

具体的に申し上げると「いいか、競合が安売り攻勢でくるかもしれない、皆気を付けろ」と言いながら個々の得意先の売価決定申請書(得意先に売る商品の値段)を提出すると「こんな値段で売るなんて、工場が納得するわけはないし、安ければ誰だって売れる。いい営業マンは不良品だって売って来るものだ」といってOKしません。そのうち競合にシェアを喰われる羽目となりました。「そらみたことか、あれほど競合の低価格攻勢に気を付けろといっただろう」と怒る上司です。

 翻って今の自分は子供たちに常に指示及び指導をしていますが、指示・指導は明確にかつ途中で変えないようにするべきだと考えています。

「今日はインターバル10本の練習だが、苦しければやめてもいいが、やり通すことが大切である。本数より規定タイムを守ることが必要だが、熱中症で倒れても困るから規定タイムをクリアできないのは仕方ない」という指示だけは出さないようにしています。

子どもが混乱するのはどうともとれる指示であり、優柔不断の態度です。

本日の練習は5本シリーズ(*)と言ったら、すべての練習項目は5本です。子どもの「くたびれたぁ!」圧力で3本に変えてはいけません。決めたことはやるのです。

どんなことがあっても変更しないので、最近はさかんに私に時間を聞いてきます。としのうでの練習の時は17時になると「蛍の光」が流れ、練習を止めなくてはなりません。逆算してあと10分しかない、もう終わりだと思うと、トイレとか水だとか時間稼ぎが始まります。賢い子どもたちとの駆け引きは今後も続きます。

子どもは素直ですが自分の判断では行動できないのです。そのため、コーチの役割は社会人の上司以上に重要だと思います。嫌な上司にならないよう肝に銘じて精進します。

*)バンビーニ陸上クラブの練習の本数は七五三シーリーズになっていて、内容によって7本の時や5本の時、負荷が大きい時は3本です。なぜ奇数かというと、7本やる場合4本をめざし、それをクリアすれば後半は半数未満です。そう思えば、気が楽になります。

 

 

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 第36回「頑張る心と頑張れる体」(2019年9月24日)

 

体力を測る時、暗黙の了解として“全力を出し切る”ことが求められます。しかし本当に全力を出し切っているかを確かめる手立てはありません。苦しい顔をされれば全力を出しているように思えます。しかし、私の前を通った後ろ姿はサボっていることを示している時があります。私はサボれば怒鳴ります。言い返せば目をつりあげて怒ります。大人げないという方もいますが、相手は小学生なので決して長時間お説教をすることはありません。怒るのは祭りの合いの手みたいなものです。子どもはコーチの見えないところではゆるめることは本能だと思っています。子ども達は「我に艱難辛苦を与え賜え」と言ったという昔の武将ではないのです。

当クラブの1年生は全力走をやらせても全力で走っていないことがわかりました。というのもある時心拍数を計りながら練習した日がありました。練習前、100m走直後、3分後と3回計りましたが、心拍数はほぼ同じでした。彼は多分全力走を知らないと思われます。2月生まれだから体は普通の幼稚園児と同じと思っていいです。だが、私生活ではお父さんが厳しく育て練習にも車でなく自転車で来ます。練習は我々に預けて下さる。親を頼ることはできません。しっかりしている反面、生意気な物言いをするからいじられます。でも、めげないのです。私はめげない子が好きです。学童でよく登場するA男は決していい子ではありませんが、めげない子です。めげなければ明日が来るのです。目が覚めた時環境や本人そのものが変わっているかもしれないのです。当クラブはいじめはゆるしませんが、イジリは大目に見ています。

ある時ペナルティ(タイムが悪いとバービーをやらせる)を課すと言ったら、頑張りました。バービー20回は辛いことがわかっているのです。見ていても全力で走り規定タイムをクリアしました。やればできるのです。きっと犬を放し追っかけさせたら、子どもは全力で逃げると思います。それが大会だったらすごい記録が出るのです。

ここからが、私の理論の裏付けです。

スポーツ生理学の権威である猪飼道夫(元東大教授)は次のような実験を行いました。

「手の母指内転筋を支配する前腕の尺骨神経に50ボルトの電流を流すと(他の指を支配する神経と異なるため他の指は働かないが、念のため石膏で固めている)被験者の意志と無関係に母指内転筋が収縮し筋力を発揮する。電気刺激を与えて発揮される最大筋力(生理的限界)は自発的に発揮される最大筋力(心理的限界)よりも平均約31%大きい値であった。さらに精査すると被験者(10名)によって18%~48%と増加幅に大きな差があった。すなわち、頑張るこころと頑張れるからだに個人差が顕著であることが分かった」

猪飼はこのメカニズムを、「ヒトは平常“こころの殻”という(抑制)が本来の自由を奪っているが、外部からの気合いやかけごえ等の強い刺激がこころの抑制(無理をしない)に作用し脱抑制を引き起こすことによって、抑制が一時的に消退したものである。すなわち、大脳の運動野に対する抑制的作用が外からの刺激によって一時的に中断することによる」と説明しています。

簡単に言えば“火事場の馬鹿力”のメカニズムを説明するものです。普段は抑制がかかっているため子どもは生理的限界まで力を出すことが困難ですが、外的環境や、あるいは個人の強い意志によって生理的限界値近くまで力を発揮することが可能であることを示唆しています。恐らく、厳しいトレーニングによって自発的最大筋力を限りなく生理的限界まで近づけることができるでしょう。

ただ、口ばかりの私の姿はこれに逆行して、加齢に伴って生理的限界が限りなく心理的限界に近づき、少し頑張ると筋肉に異常をきたします。そのため、子どもたちの「コーチもやってよ、見本見せてよ」という挑発には決して応じないのです。

以前、米国でベストセラーになった一冊の本があります。それを野中さんが翻訳して『脳を鍛えるには運動しかない!』の刺激的なタイトルをつけ出版しています。

それはどういう内容かといいますと、イリノイ州ネーパーヴィルの中・高等学校へ一人の体育教師が赴任してから学校が大きく変わった話です。その教師の体育授業の特徴は、楽な楽しいことに流れる現代的生徒に対して、心拍計をからだに付け比較的高強度の運動を20~30分間頑張って走らせる厳しい授業を課したことにあります。

しばらくすると生徒たちが今まで味わったことのない達成感や爽快感、あるいは充実感や効力感(充実感)を体験するようになりました。その頃になると生徒の姿勢や行動にも変化が現れ、こころとからだに自信が芽生え、苦しいことにも積極的にも立ち向かう勇気、体力、忍耐力が強化され、物事を自発的・積極的に行おうとするエネルギーが高まってきました。その結果、肥満が米国の子どもの平均30%に対してわずかに3%まで減少し、かつて平凡な学校が全米有数の優秀校にのし上がったのです。

この訳本のタイトル“脳を鍛える”とは、“こころを鍛える”ことであり、高強度のランニングを比較的長い時間頑張ることによってからだの鍛錬にとどまらずこころの強化にまで好影響を与えた事例を紹介したものです。

バンビーニ陸上クラブの練習が小学生には過酷すぎるとの非難のメールがきたことがあります。しかし、私もめげません。以上の理論的背景によって、改めて思います。「頑張るこころと頑張れるからだは表裏一体をなす」と。

参考文献:ウイキペディア、猪飼道夫論文集、山地啓司(初代ランニング学会会長)評論集

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 第35回「水風船」(2019年9月17日)

夏休みの終わりに、学童では水風船で遊ぶことになった。水風船は屋台のヨーヨーみたいなもので、それをぶつけあう遊びだ。暑い日には楽しいゲームとなる。制限時間は15分。ところが問題がある。予算の関係で1人2個までだ。だから、子ども達はなかなかぶつけない。投げるふりをしても投げない。なくなったら遊べなくなるのだから当然だ。追いかけても投げはしない。

5分が経過して、我慢できなくなった小1から投げ始めた。やっと開戦だ。なんだか関ヶ原の合戦で様子をうかがっていた西軍みたいだった。ラスト5分になったところで左手には1個残っている。どうするのかなと見ていたら、皆はそれぞれ右手に持ち換えて1人を見つめている。その瞳にはあのお騒がせ男のA男が映っていた。小3の男の子は自分の工作を壊され、小2の女の子はおはじき遊び中おはじきを足で引っ掻き回され、小1の男の子は彼のズルでいつもつまらないゲームをさせられていた。皆はそれぞれ普段から言い知れない恨みがあったのだろう。最後の1個は彼向けにとってあったのだ。

彼が走り回っているところへ小3の男の子が投げた。それを見て小2の女の子が投げた。皆それぞれの思いを持って投げた。ところがA男の悪運はたいしたもので、皆の水風船はある時は前にある時は後ろへある時は手前に落ちるなどして当たらない。農民が槍を持たされて敵将に攻撃してもへっぴり腰では刺すことができないのと同じだ。一騎当千とはこのことか。

同級生のY男がA男を公園の壁に追い詰めた。その時残り時間は1分。だが、A男の右手にもひとつの水風船が残っていた。A男はついに投げた。きっとY男をライバルとし彼を最大の敵と考えていたのだろう。Y男は男気があり時々A男の不正を正していた。喧嘩慣れしているようで、言われれば言い返すがA男もむやみには挑んでいかなかった。そのためA男の最後の1個はY男にとっておいたようだ。しかし、悪運もここまで。丸腰になった彼にY男の水風船が当たった。残り30秒、水風船が残っていた子供たちは一斉に彼めがけて投げた。いくら農民の槍でも数が多ければ敵将を刺す者も出てくるものだ。5個が当たった。服はびしょびしょ。

そこで、終了の笛の合図。時間には厳しい学童だ。一斉に引いて集合し点呼が始まった。そして、何事もなく学童に戻った。しかし、その帰り道、誇らしげな顔を見せた子、満足そうな顔をした子がいたことを私は見てしまった。教室では保護者のお迎えまでいつもと変わらない雰囲気。彼は気づいたのだろうか、皆が自分を狙っていたことを。たぶんA男は知っていたのだろう。でも、今が楽しければいいA男はめげない。彼はそういう男だ。30年後、日本経済がおかしなことになっても彼だけはたくましく生きているのだろう。そんな彼を私はあの世でじっくり見届けるつもりだ。

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 第34回「陸上道」(2019年9月9日)

日本人は、「○○道」が好きです。武士道はもとより、茶道や華道、柔道や剣道など、日本古来のジャンルに多くあります。とりわけアスリートには「○○道」好きの人が多いのか、相撲道や野球道なんてことを言いだす人までいます。

「○○道」の「道」は、一本道です。日本では「ひとつのことを続ける」ことに、「いろいろやる」ことよりも高い価値が置かれています。野村元楽天監督は、現役時代に自分のことを「生涯いち捕手」と呼んでいましたが、この「生涯いち○○」みたいな人生に対するスタンスは、今でも日本人の生き方として、あるいは職業倫理として、好意的にとらえられることが多いのです。諺にも石の上にも3年、嵐の後には凪がくる、牛の歩みも千里、待てば海路の日和あり、など辛抱して続けなさいというものが多いのです。

 「○○道」には、ひとつの重要な前提があります。「道」を極めた先には、「達人の境地」のような万事に通じる普遍的な世界が開けている、と言うものです。だから「道を知る者」同士は、たとえまったく違う世界の人間でも分かり合えると考えるのです。名人同士が対談して、「うん、わかる、わかる」みたいな話になるのです。大学の一芸入試も、メダリストの政界デビューも、そもそも日本ではこの「極めたる者の普遍性」のような観念を背景に成り立っているのだと思います。。

だからと言って、私は小学生、中学生に「陸上道」を勧める気はありません。

陸上は楽しくやりなさい、タイムが伸びていく喜びを感じなさい、将来人生で辛いことがあったら陸上を思い出しなさい。記録が伸びた過程を思い出す、それがきっと役に立つと思うからです。礼に始まり礼に終わるとか、直立不動でコーチの話を聞くことは求めていません。

そもそも陸上競技の練習に「うちの伝統は・・・」とする意思が私にはないのです。クラブは道場ではありません。個人の資質によっては今までのやり方を大きく変えた練習が必要になることがあります。私よりも経験豊富なコーチに預けることもやぶさかではありません。その子の将来のために、バンビーニという組織を超えた指導が必要な場合があるからです。

型にはめた教育をしても自然体のケニアの選手にはかないません。オリンピックで世界記録を出すためには、爆発的エネルギーを出すことが必要です。じわじわした力ではありません。すなわち、爆発するということは型にはまっていないことを意味します。

短距離は最大筋力を発揮する練習があるため休憩が長めのせいか、生意気なお子さんがたくさんいます。若い時なら生意気な子どもを怒鳴りつけたでしょうが、今は生意気なら生意気のまま育てようとしています。ただ、心底強くなりたいという気持ちがないといけません。ただの走り屋ではダメなのです。

一方長距離はほとんど走っているせいか、当クラブでは無口な子が多いのです。特に長距離は2時間の練習のうち会話は10分間、私が9分間を受け持ち10人全員で1分間の持ちタイムとなっています。しかし、無口の子ども達には「なにくそ」の雰囲気が漂っています。2つのタイプの子ども達に臨機応変に対応していきたいと思います。

もし、一生懸命陸上競技をやっていくうちに、自分なりの「陸上道」を見つけたら(その時は高校生以上だと思いますが)それはそれでいいと思います。その時は相当上のレベルになっているはずです。そのハイレベルの人の「陸上道」を否定することはしません。もう私の範疇を超えているからです。

この文章を読んでいる当クラブの子どもがいたならば、こう言いたい。「オリンピックで金メダルをとったら、インタビューで『今ある自分は、小学生の時に習ったバンビーニ陸上クラブの入山コーチのおかげです』と一言言ってください。TVを見ながらニヤッと笑って永久の眠りにつくでしょう」

参考文献:ウイッキペディア、石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授氏論文

 

 

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 第33回「ねえさん先生」(2019年9月1日)

学童における夏休みの極々些細なできごと。

夏休みも終わりに近づいたある日、1日子供を預かっているのだから、当然遊ぶ時間も増える。曼荼羅、オセロ、将棋、トランプ、あやとり、けん玉、おはじき、人生ゲーム、ツイスト等いろいろなゲームがある。近代ゲームでは私はすべて子供に勝つことにしている。それが教師の役割だからだ。ただし、ポケモンカードなど現代のゲームに関してはグリコ(お手上げ)だ。だから、見ているだけ。他の教師も同じだ。支配人の若い女の先生(ねえさん先生)を除いては。

私が曼荼羅を小1の女の子とやっている時、事件は起きた。「A男、あんたズルしたでしょ。○○君に謝ってよ」と件のねえさん先生の声。「僕ズルなんてしてないもん」といつもの会話が始まった。ところが今回は皆が見ていたためA男には断然不利な状況であった。監視カメラ5台作動中に万引きをやって捕まったようなものだ。逃げようがないのだが、ここからが意地っ張りの損なところが出る。「ごめんなさい」と一言言えば済む話なのに・・・段々お互いに引けなくなってきたのは声のトーンでわかった。

ねえさん先生はA男の身体を押さえ謝らせようとしたが、A男は興奮し、暴れる。上体は押さえられているため、足で蹴り始めた。少しひるんだ隙にA男は学童から逃げようとした。しかし、学童の鍵はその開け方にコツがいるため子供では開かない。その間にA男に追いついたねえさん先生はA男をつかんで「払い腰」で床に倒した。

後程聞いた話だが、子どもを迎え入れた後いちいち施錠するのは、こうしたケースで子供が学童を飛出し自動車や自転車、歩行者とぶつかるのを防止するためだという。それで合点がいった。子どもが学校から帰って来るたびに施錠するという面倒な意味が。それと、ねえさん先生は柔道をしたことがなく、咄嗟に出た技だといっていたが、見事な「払い腰」だった。

床に押さえて「謝れ!」と言っていたが、足をバタバタさせいたため、おばさん先生がさらに足を押さえた。我々男衆の教師は見ているだけ。男の教師がこれをやると思わず殴ったり蹴ったりすることが起きこるため、腕白どもを力でねじ伏せることは規則としてできない。なぐったら跡が残り訴訟になるという、辞職だけでは済まないのだ。見ているだけでは辛いものがあるが、雌ライオンの狩りを見ている雄ライオンみたいだった。

さて、A男は押さえられて身動きが取れないのだが、押さえている先生の手を押さえられた手の指の爪を立てて攻撃。「痛い」とねえさん先生、そのため押さえていた腕によけいに力が入り、「痛いよ」とA男。これからは売り言葉に買い言葉のラッシュ。「痛いよ、くそ婆」「うるさいわ、お前が思うほど歳とってないわ。くそガキ」「こんなところやめてやる」「ああ、とっとと出てけぇ」結局自由を奪われたA男が静かに流した涙がねえさん先生の心に触れた。柔道で寝技をかけられ負けを覚悟した選手の涙に通じるところがあったのかもしれない。

もう暴れることもなくなったA男は解放され、母親が迎えに来るまで隅でじっと耐えていた。私は時間が来たので帰ったが、その日はねえさん先生とおばさん先生の二人で話し合い、迎えに来る母親には話さないことにしたようだ。

翌日、私の目の前で、A男は元気よく「ただいま!」と言って学童に入ってきた。

 

 

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 第32回「スランプ」(2019年8月28日)

スポーツをするうえで「記録の停滞」や「パフォーマンスの伸び悩み」など、一時的に調子が落ちて力を十分に発揮することができない状態を「スランプ」と言いますが、子供がスポーツをする中でスランプに陥ってしまった時に「手助けをしてあげたい」「支えてあげたい」と考える保護者の方も少なくないと思います。

保護者にとって、子供が苦しんでいる姿を見ることはとても辛いことです。「この子は自力でここから抜け出せるのだろうか」「このままでは辞めたいと言ってくるのではないだろうか」「このことをコーチに相談するべきか」などの「悩み」や「不安」と葛藤することもあるかもしれません。

しかし最終的にスランプを乗り越えるのは子供自身です。

そこで保護者としてするべきことは、転んでいる子供を抱き起すことでも、「立ち上がりなさい!」と叱咤することでもありません。

まずは「記録の停滞」の原因を分析し、子供が安心してスポーツに取り組める環境を整えてあげることではないでしょうか。

一般的にスポーツをする子供達がスランプへ陥る原因としては

1.過度の練習によって、身体的・精神的過労の状態に陥っているとき(疲労骨折など)

2.自覚しない栄養障害や慢性の病気である場合(甲状腺亢進症など)

3.フォームの修正など、練習によっていったん無意識化・自動化された動作に、さらに高度な技術を習得しようとして、意識的動作が加わったとき、

4.自分の現在の技能水準に飽きたらなさを感じ、最高級の技術を習得しようとして、コツが上手く見いだせず、技術的な悩みや焦りが生じたとき、

5.日常生活における悩みや競技生活に対する迷いなど、精神的な悩みごとや動揺があるとき、

6.埼玉県県強化指定選手規定タイムを切った時など、自己の目標を達成したことによる気のゆるみから、練習に対する意欲や情熱を失ったとき、

7.練習プランが新鮮味に欠けているとか、技術面の課題が容易で固定化しているなど、マンネリ化練習内容に陥っているとき、

8.仲間との関係、練習目標、チーム目標に疑問や不満を抱き、練習に対する意欲や情熱を失っている場合

に見られます。

このようにスポーツをする子供達がスランプに陥る原因には様々なことが考えられ、中には心がボロボロになるまで本人さえ気づかないケースもあります。

さらに、「記録の停滞」には「スランプ」ではなく、陸上競技を始めたばかりの子が陥る「プラトー(停滞)」もあります。

スランプ状態というのは、通常は既に高いレベルにある選手が本来の力を出せなくなるようなときのことを指すのに対して、プラトー現象というのは、これから力を付けようとしている成長過程にある子に見られる現象のことであり、基本的にスランプとは似ていても異なるものです。

すなわち、スポーツを始めてしばらくの間は、初めてのことが多いし、今までできなかったことができるようになるため、急激な成長を感じることができます。しかしある程度のレベルや年齢に達すると「得意なこと」と「苦手なこと」、「好きな練習」と「苦痛な練習」に合わせて、身体的な特徴などから「するべき課題」を避けてしまったり、「苦痛で地道な努力」ができなくなってしまうことがあります。そして子供達はとりあえず「何らかの練習」をやっておけば、努力を怠っていない気になったり、練習をちゃんとやっている気になります。

その結果「頑張っているのに結果がついてこない」「努力をしているのに自己ベストが更新できない」となるわけですが、それがスランプかと聞かれれば、答えは「NO」で、それは「プラトー」に当てはまりますので、自分の苦手を克服する努力を怠らないことが大切になります。

「停滞」という意味では、スランプもプラトーも似ていますが、停滞の原因が「心身の疲労」などであれば「休息」が必要となりますし、プラトーであれば自分の課題ときちんと向きあう必要があり、それぞれに対処法が真逆なため注意が必要です。

また、「記録の停滞」には身体の急激な成長に脳がついていけず、パフォーマンスが一時的に落ちてしまうという成長期の子供特有のスランプ「クラムジー」があります。

クラムジー(英語:Clumsy)とは、不器用な、ぎこちないという意味を持つ形容詞です。スポーツの世界では、急激に身体が成長する第二次性徴期に、身体と感覚のバランスが崩れ、以前に習得した技術を思うように発揮できなくなる時期を指します。同時に成長痛(オスグッド)によるひざ痛を発症する子どもも多く、精神的にも肉体的にも「何をやってもダメ」な状態に陥ることも少なくありませんが、これはその時期を通過すれば問題ないのです。しかし、多くの子どもはその時に競技をやめてしまうのです。

「スランプを経験したことがない=強いメンタルの持ち主」とは限りません。適当にやっている人は、大きな成果をあげることもない代わりに、壁にぶつかったり、スランプを感じることもないでしょう。

子供がスランプに陥って悩んだり苦しんでいるということは 「ひとつのことを真剣に取り組んでいる証」だということです。

スランプに陥っている子供達は、保護者から「今の自分を認めてもらえる」ことで、安心して前へ進むことができますし、逆に保護者からも否定的な態度を示されれば、さらに状態を悪くしてしまうばかりです。負のループに陥ってしまいます。

スランプを乗り越えるのは子供自身ですが、それを見守り支えてあげるのは保護者の役割だと思います。

もしお子さんが相談してきた時は、とにかく話をしっかり聞いてあげてください。

その際に「自分がそうだったから子供もそうだろう」と自分の経験に基づいた決めつけは危険ですし、うまく伝えられず脱線しかけている子供の話を遮って先に結論を言ってしまうようなことがないようにしなければなりません。

子供の気持ちをしっかり受け止めるためには100%の話を聞いてあげなければいけません。 99%では子供は満足しませんし、その残りの1%にとても大きな意味が隠されているかもしれません。

子供の結果ばかりを評価するのではなく、たとえ結果が悪くてもそれまでの努力を認め、子供の未熟な部分も受け入れてあげることが大切です。

 それができるのは保護者だけだと思いますし、 子供達が自分の努力を一番認めてもらいたいのはやはり保護者だと思います。

大人達はつい子供達の欠けている部分を指摘して改善しようとしがちで、そのせいで子供達の努力や良い部分が曇ってしまうことがあります。日頃から「頑張っていること」「努力していること」をきちんと認めて子供の気持ちを満たしてあげることが大切です。

子供達は、良いことも悪いことも経験したことがそのまま体と脳に染み込んでいきます。スランプを乗り越えた経験は、子供達の心の成長に良い影響として体の中に刻まれることでしょう。スランプを自分の力で乗り越えた子供達は、この先も同じような壁にぶつかった時、自分で道を切り開く力がついているはずです。

そこで得た自信や力は、スポーツの場面だけでなく、社会人になってからも自分の財産となりこの先もずっと子供達の支えとなってくれることでしょう。

参考文献:ウイッキペディア、大和部屋、サカイク

 

 

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第31回「夜と霧」(2019820日)

「コーチは必要か」というテーマを挙げると、「自己否定するわけがないから、答えは簡単」と見透かれそうです。今回はそうだと居直って話を進めます。自分の存在意義が問われたテーマだからです。

オリンピックでメダルを取った選手は競技力が高いことで、我々の”知らない世界”を経験しているかもしれません。しかし、経験したから”できる”と言うのは間違いです。東大に合格した人が家庭教師になって教え子を東大に合格させることができるのかと一緒です。

「競技力=指導」と考えてしまいがちですが、「競技力≠指導」です。野球界でのスーパースター「巨人の4番」長嶋茂雄は少年野球教室で子供たちに「球がこうスッと来るだろ」「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」「あとはバッといってガーンと打つんだ」と教えたそうです。たとえ野球界で天才といわれた選手でも、自分が会得した技術を皆にわかるように教えることは別の様です。

指導と競技では求められる能力が異なります。競技力の高さはアドンバンテージにはなりますが、コーチの能力を決定づける要因ではありません。

もし知っている範囲でしか指導できないのであれば、到底世界記録を出す選手を育成することはできません。

コーチをしていると知らない世界に挑戦していくことからは避けられません。自分が日本記録を出していなくとも、その世界を知らなければその分、工夫して学べば良いのです。

実績がないからコーチが出来ないと悲観せず、謙虚に学び続けるコーチでいたいと思います。

コーチが必要なことはゴルフでもあります。

最近復活したタイガーにコーチが必要ないといわれているのは”ゴルフがうまい”からではなく、”自分のスイングや体について熟知している”からです。プロだから自分のスイングを理解していて当たり前だと思うかもしれません。しかし、ゴルフが上手いからといって自分のスイングメカニズムや構築方法に関してロジカルに説明できるかというとそうとは限りません。そこにはスイングを理解するための知識が必要になるからです。

 今までタイガーはブッチ・ハーモン、ハンク・ヘイニー、ショーン・フォーリーという一流コーチたちからそれぞれタイプの違うスイング理論を学んできました。スイング理論だけではなく体やスイングの癖、スイングの修正の仕方などを20年以上学び、すでにコーチがいなくても自分自身をティーチングできる知識レベルにあるはずです。そんなタイガーでもコモという参謀役を重用するのは、スイング構築が複雑で狂いが生じやすいものだと理解しているからです。タイガーといえどもすべてのスイング理論を理解しているわけではないし、自分で気づかないスイングのズレもあります。無駄な試行錯誤を省くために、コモの幅広い知識を活用しようと考える合理性はタイガーが強かった理由の一つだと思います。

さて、低迷したゴルファーがコーチに指導を依頼すること”は、ふた通りのパターンがあります。

(1)ひとつは、”何かを変えたい”ときです。

自分でがむしゃらにがんばってみたが、それでもうまくいかず、「何かを変えなければいけない」と感じて、指導者に助けを求めるパターンです。

 ただしこの場合、自分はなぜ成績が低迷しているのか、その状態を打破するためには何をすべきなのか――そうした現状分析ができていないので、コーチの人選を適切に行なえていないことが多いのです。「実績があるコーチだから」とか、「知り合いで人柄がいいから」とか、技術的な部分でのマッチングを考えずに、依頼してしまいがちだからです。

(2)もうひとつのパターンは、”課題をクリアするために必要なものを取り入れるため”です。

この場合は、自らの現状分析を行なって、自分の進むべき道を理解し、そのためにコーチに習いたいことは何なのか――それが、明確であることが多いのです。そういう選手であれば、適切な指導者を選択できます。

 選手の成績の浮き沈みに関しては、一般的にコーチの指導力が問われることが多いですが、実はそれ以上に、選手側の人材登用のスキルが、そのカギを握っているのです。

欧米には優れたコーチがたくさんおり、スイングだけでなく、ショートゲームやパッティングなど、分業制も進んでいます。また、コーチにもさまざまな種類があって、ひとつのメソッドを教えるタイプもいれば、選手に対して柔軟に対応し、さまざまなスイングモデルを提案するタイプのコーチもいます。

つまり、選手が何をしたいのかによって、適切なコーチの人選は変わります。選手としては、たくさんの選択肢の中から、選手自身がコーチから何を教わる必要があるのか、それを明確にしてスタートを切らなければ、適切なコーチを選ぶことができないし、まして理想のゴールにはたどり着くことができない、ということです。

ウッズの話に戻します。

ウッズは、2014年にクリス・コモという、ほぼ無名のコーチと契約しました。『ゴルフスイングコンサルタント』と名乗る彼は、全米中の有名なコーチたちに弟子入りしていて、さらに、テキサス女子大学のヤン・フー・クォン教授から学んだバイオメカニクス(生体力学)をゴルフのスイングに取り入れていました。

無論、一部のプロゴルファーやメディアは、コモに懐疑的な目を向けていました。その論調の大半は以下のようなものでした。

かつては世界のトップに君臨していたウッズです。その指導を、何の実績もなく、バイオメカニクスという訳のわからない話をする”若造”に任せていいのか、というものでした。

だが、ウッズには「自分自身の持っている特性を生かした、体に負担をかけないスイングを確立したい」という明確なビジョンがありました。そのために必要なのが、コモであり、バイオメカニクスの知識でした。

事実、見事に復活を果たしたウッズですが、彼のようにすれば、誰にでも同様の結果がもたらされるわけではありません。もしも、ウッズと同じように復活を期すプレーヤーがいるなら、まずはウッズのスイングを真似るのではなく、ウッズのスイング構築のプロセスを真似るべきです。

今回のウッズの復活によって、改めてわかったことは、コーチ選びに大事なことは、名声や実績ではない、ということです。

もちろん、実績を残しているコーチはいいコーチである確率が高いのですが、だからといって、ある選手、あるいはあなたにとって、必要な知識や気づきを与えてくれるコーチかどうかはわからないのです。

小学生や中学生の場合はもっと簡単です。コーチの役割は技術論ではなく、子ども達が陸上競技を好きになり、持っている潜在的才能を発芽させることなのです。大輪の花は高校生、大学生になってから咲きます。その時はきっと私の存在は忘れ去れていることでしょう。でも、たとえそうなる運命でも、私は大賀ハスの大賀博士のように子どもの才能を発芽させることに、自分の存在意義があると思っています。ただし、大輪の花が何色なのかはわかりませんが・・・

*)「夜と霧」

著者は、強制収容所から奇跡的な生還を果たしたユダヤ人のヴィクトール・フランクルです。精神科医だったフランクルは、冷静な視点で収容所での出来事を記録するとともに、過酷な環境の中、囚人たちが何に絶望したか、何に希望を見い出したかを克明に記しました。

「夜と霧」は戦後まもなく出版され、世界的なベストセラーとなります。アメリカでは、「私の人生に最も影響を与えた本」でベスト10入りした唯一の精神医学関係の書となっています。日本でも、重いテーマにもかかわらず、これまでに累計100万部が発行されました。2002年には新訳本も刊行され、その人気は衰えていません。

「夜と霧」が時代を超えて人を引きつけるのは、単なる強制収容所の告発ではなく、“人生とは何か、自分の存在意義とは何か”を問う内容だからです。

戦後、フランクルは「人生はどんな状況でも意味がある」と説き、生きがいを見つけられずに悩む人たちにメッセージを発し続けました。彼が残した言葉は、先が見えない不安の中に生きる今の私たちにとって、良き指針となるはずです。

収容所という絶望的な環境の中で希望を失わなかった人たちの姿から、人間の“生きる意味(存在意義)”とは何なのかを探ります。そして苦境に陥った時の“希望”の持ち方について考えています。(みすず書房)(NHK放送「夜と霧」)

*)大賀ハス

大賀ハスは、1951年、千葉県千葉市検見川にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘された、今から2000年以上前の古代のハスの実から発芽・開花したハスのこと。発見されたハスの実3個の中の1個が発芽したのです。

参考文献:ウイキペディア、TRACコーチ 大西正裕談、ゴルフスイングコンサルタント吉田洋一郎談、NHK放送「

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第30回「レコード大賞」(2019年8月11日)

昔、場末のバーで飲んだ時酔っぱらいのお客が歌う唄には共通点がありました。お姉ちゃんに聞くと港、冬、かもめ、ひとり、恋に破れて、が共通ワードだといいます。そうだろうな、こんなところに来る人は、少々人生に疲れた人が多いと思います。

でも、恋愛に縁遠い男が失恋や別れの唄をなぜリクエストするのでしょうか。テレサテンが好きな男はたくさんいますが、ほとんどの男はテレサテンのハイレベルの恋はしていないはずです。それなのにリクエストするのは「恋」を「出世」に置き換えている者がいるからです。唄に出てくる彼女は、部長や役員、いや社長のことなのです。彼女は会社そのものかもしれません。ライバルが出世するとそれは失恋になります。配置転換や肩たたきにあうと、それは「別れ」になるのです。サラリーマンは恋多き人種なのです。

さて、本日申し上げたいのは酔っぱらいの論理ではなく、「データースポーツ」としての統計学のことです。場末のバーではワードが限られてしまうため、ネットの歌詞検索サイト「Uta―Net」から抽出したデーターで日本人が好む唄をつくりました。

その前提条件は

1.このサイトに登場する数が多いワードを選びました。

2.ワードを使って展開すると私の文章がつなぎで入ってしまうので、極力私は「てにをは」に限定します。そのため人気の高いワードの入った「曲名」で文章を構成することにしました。

3.ただし、このワードの登場回数は同じ唄を複数の人間がレコード化した場合もカウントされるため若干修正が必要ですが、今回は問題視しません。あくまでも例なので。

4.引用した歌手ならび作詞者の原文の内容は考慮していません。そのイメージを思い出さずに唄を読み下してください。

(1)登場頻度の高いワード

①10,000件以上登場するワード

 

1.夢:96,987件

2.目:68,894件

3.風:64,484件

4.恋:53,558件 

5.道:46,595件

6.光:44,895件

7.幸せ:23,977件

8.鳴:20,278件

9.願い:18,280件

10.波:17,970件

11.神:13,429件

12.希望:12,716件

13.晴:12,548件

14.自由:11,658件

②同じジャンルで比較して、多かったワード

1.星と月

星:33,469件 月:28,536件

2.好きと愛

好き:38,837件、愛:92,297件

3.海と空

海:24,682件、空:79,385件

4.男と女

男:16,738件、女:30,481件

5.春夏秋冬

春:16,855件、夏:17,997件、秋:5,736件、冬:9,090件

③特殊な条件で多かったワード

1.あなたとおまえ

あなた:60,116件、おまえ:5,093件

2.夜と朝

夜:79,423件、朝:28,524件

3.昨日、今日、明日

昨日:13,488件、今日:42,232件、明日:48,340件

(2)(1)を参考に創作した「唄」  題名は「真夏の夢追い人」

「新しい朝に吹く風は」「あなたへと続く道」にいざなう

「迷想少女」だった私が「幸せについて本気出して考えてみた」

「星降る夜に」「お願い」をしたら「希望という名の光」が降りてきた

「あなたの愛に包まれながら」

「うれしい!たのしい!大好き!」な気持ちになるのは、きっと「恋の波動」

このまま「もう少しの夢」を見させてください「自由な女神」さま

私のほしいのは「鳴らない目覚まし時計です」

「目覚めた時には晴れていた」「あー夏休み」

*)曲名

1.「新しい朝に吹く風は」:SUPER GIRLS(作詞:NOBE)

2.「あなたへと続く道」:コブクロ(作詞:小渕健太郎)

3.「迷想少女」:Bury(作詞:高舘圭介)

4.「幸せについて本気出して考えてみた」:ポルノグラフィティ(作詞:新藤晴一)

5.「星降る夜に」:THE ALFEE(作詞:高見沢俊彦)

6.「お願い」:アンジェラ・マキ(作詞:アンジェラ・マキ)

7.「希望という名の光」:山下達郎(作詞:山下達郎)

8.「あなたの愛に包まれながら」:森昌子(作詞:紙中礼子)

9.「うれしい!たのしい!大好き!」:DREAMS COME TRUE(作詞:吉田美和)

10.「恋の波動」:突然段ボール(作詞:Syunji Tsutaki)

11.「もう少しの夢」:西野七瀬(乃木坂46)(作詞:秋元康)

12.「自由な女神」:READY TO KISS(作詞:石谷光)

13.「鳴らない目覚まし時計」:チャン・グンソク(作詞:加藤哉子)

14.「目覚めた時には晴れていた」:ビリー・バンバン(作詞:阿久悠)

15.「あー夏休み」:TUBE(作詞:前田亘輝)

人気のワードを使って創ったのだから、きっとこれが今年の「日本レコード大賞」となるはずです。

さて、バンビーニ陸上クラブは子ども達のデーターを作成しています。そのため、指導の他にインターバルのタイムや心拍数をとったり、走った時の歩数を数えたり様々なデーター取りをしています。マネージャーがいないコーチの動きはバタバタです。頼りないように見えるかもしれませんね。

例えば心拍数測定の際、小1の男の子の心拍数は走る前と走った後でほとんど変わりありませんでした。つまり全力走をしていなかったのです。まだ会員の方が少なくデーターの母数が足りないため、学術的データーには程遠いですが、数年かけて整備していきたいと思います。そして日本レコード大賞ならぬ陸上日本一のお子さんを創作していきたいと思います。

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第29回「いじめっ子、家に帰ればいじめられっ子」(2019年8月6日)

学童の仕事をやっていると子どもの生態に驚かされます。皆さんはご自分に関係あるお子さんしか接しないと思いますので、機会あるごとにその生態をご紹介します。ご自分のお子さんと比較してみてください(日記からの転用なので、である調での記述をしています。生意気な雰囲気が漂っていればおゆるしください)。

(1)子どもはやっぱり役者

大人から見れば実にたわいない「じゃんけん」だが、子どもにとっては大勝負だ。

しかも、懸賞はおやつの順番。勝った者から取っていくだけのものだが、おやつを用意する我々は知っている。1番だろうがビリだろうが、おやつの中身は変わらないのだ。勝負は2回。2つの机をあわせて1組とし、それが2組、多い時で3組で、まずはその机の、前に座ったもの同士の代表決めジャンケン。勝つと両手を上に突きあげ顔も天井に向けて勝利の雄叫びをする。ところが代表ジャンケン(通常4人、多い時で6人)で1人負けした時、その瞬間、落涙。瞬きせず大きな目からボロボロと涙が、そして自分の席に戻って机に伏せて腕で顔を覆う。この子はもう2年生だが1年の時から相変わらずやっている。この子が代表ジャンケンに出ると我々教師は何はさておき彼の行動を凝視。そして、いつも期待通りの結果に終わる。でも彼はくじけない。泣いたことを忘れて最後におやつを取りに行く。きっとまた明日挑戦するだろう。私の唯一の楽しみだ。

(2)絶対失敗する手品

あやとりの中に「腕抜き」という手品がある。巻いたはずのひもが腕から抜けてしまうというあやとりの簡単マジックだ。まず相手の手首にひもを1回巻く。自分の両手の親指と小指にひもをかけ、あやとりの基本のスタイルを取る。それから自分の両手の親指と小指の間にあるひもを、反対側の中指で互いに取る。それから中指にかかった2本のひもの間に、相手の手首を下からくぐらせる。それから自分の両手の親指と小指のひもを外すと、あら不思議、腕が抜けてしまうというあやとりの簡単マジックだ。

教えてくれる先輩は実にうまくやるが、当の本人はうわべだけでやろうとしているから、反対側の中指で取らないで思いっきり引っ張るため、はずれない。やられる私がうめき声をあげるからますますうけて、子どもは腕抜きの登竜門として私のところに来る。私の腕には二重三重の紐の跡が残っている。恐怖の時間だ。

(3)いじめっ子、家に帰ればいじめられっ子

母親が学童に怒鳴り込んできた。問題児のA男の母である。自分の子どもが学童でいじめられているというのだ。皆が自分を無視し遊んでくれないという。一方的にまくしたてられた。

事実は違う。年下とゲームをすると必ず無知につけこんでズルをしかける。ポケモンカードで順番を跳ばしたり、点数をごまかして相手のカードを排除する。気骨のある奴は「僕やめた」と言ってゲームから抜ける。抜けることを言えない子はずるずると彼の奴隷と化していく。それではおもしろいわけがない。だから、次回A男から誘われても参加しない子が出てくる。これを家に帰ると皆に無視され仲間外れにされたと母親に言いつけたのである。母親は息子を盲目的な愛で支えているから、頭に血が上っておりどんなに説明しても納得してくれない。それどころか「隠ぺいだ」とのたまう。

私はお手伝いの立場だから、あとはマネージャーに任せる。マネージャーの説得が効いたのだろう、翌日何事もなくA男は来る。母親が怒鳴り込んでいくことを留めないのだから本人は自分が悪いとは思っていない。罪悪感がない子どもは鉛筆の芯で友達を傷つけても芯が折れたことに怒る。世の中一方の話だけで善悪を判断してはならない。

(4)おなら

夏休みに入ると13時~14時半までお昼寝タイムがある。ある時皆が寝掛かった時「ボッ」という音が・・・私の近くだとは思ったが、もう子供より早く寝掛かっていたので気にならなかったが、「入山先生!」とこの学童を運営している女性のマネージャーからお叱りの声が・・「えっ、お、お、俺ですか?」とんだ濡れ衣だ。しかし周りの人間は大きい音は大人だと先入観を持っている。大人と同じ大きさの音は子どもでも出るのだ。きっと世の中の冤罪はきっとこうした先入観から起こるのだろう。否定し続けるのも惨めなのでそれ以上の反論はしなかった。笑い声も聞こえたので子どもたちも私を疑っているはずだ。威厳が無くなる。

おやつの時間になってまた「ボッ」とおならの音。先ほどの音と同じだ。皆は私を見た。皆も音源と私の位置からして私ではないことはわかっていたのに、私をまず疑った。犯人の子どものすぐそばにいた子が「○○」がしたと、証言。はっきり白黒言ってくれる子が犯人のそばにいてくれて助かった。やはり世の中監視カメラは必要だと思った。

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 第28回「ピグマリオン効果」(2019年7月28日)

「ピグマリオン効果」という言葉、お聞きになったことはありますか? 「教師が特別に期待した子どもは成績が伸びる」という心理学の有名な実験結果です。心理学や教育学に関係しない方にはなじみがないと思いますので、簡単にご説明すると、こんな具合です。

1.有名大学の教授からの依頼で、小学生に独自の知能テストを実施する→ただし、このテストは何の意味もないダミー。

2.教授から担任の先生に、テストの分析結果として「今後、成績が大きく伸びる子どもたち」を知らせる→テストに意味はなく、当然ながら「分析結果」もウソ。ランダムに選んだ子どもの名前を挙げただけ。

3.その後を追跡調査すると、名前を挙げられた子どもたちの成績が実際に伸びていた

という実験結果を示すものです。

この実験をした学者(ロバート・ローゼンタール)は「担任が特別に期待して、子ども自身も期待を感じるため、成績が伸びた」と結論づけています。別名ローゼンタール効果ともいいます。

この実験結果は

1.どの子も大きな可能性・伸びる力を秘めている

2.それを信じ、適切に接していれば、自然と伸びるもの。信じずに接すれば、伸びるものも伸びない

ということを示しています。

この実験では、名前の挙げられた子ども全員の成績が向上したわけではありません。名前が挙がった中で向上しなかった子は、おそらく「学校の勉強」ではない別の分野に可能性を持っていた子、あるいは実験の時期ではないタイミングで伸びる可能性を持っていた子なのでしょう。

つまり

伸びる分野・伸びる方向・伸びる時期は、一人ひとりまちまちである

とも考えられています。

誰が、いつ、どのように伸びるのかが事前にわからないのは、自分の寿命がいつなのかがわからないのと同じ自然の摂理なのです。

私も小学生の頃、習字ではいつも金賞、絵は都知事賞をもらうなど必ず応募大会では入賞していました。習字では躍動感が、絵では物の見方および色使いに関して他の子供と違うと通信簿には書かれていました。しかし、中学で陸上部に入って以来その分野と縁遠くなってからは、まったく進歩はなくいや退化したようで、いつも学童では文字と絵で子供たちに笑われています。

この結果、私はこう思うようになりました。

我々大人が子供たちにするべきことは

1.いつ、どこで、誰が、どんな風に伸びるのかはわからないけど

2.「すべての子は何か大きく伸びるものを必ず持っている」と信じ

3.日々、発芽のチャンスを子どもに提供する

ことであり、

そのための姿勢としては

1.いつ芽が出ても見逃すことがないよう丁寧に子どもを観察し

2.「これは芽かな?」と思うものがあれば、その成長を支えてあげる

ことだと思います。

また、

1.自分の期待・予想にだけ焦点を絞らず、広く子どもの可能性を信じる

2.(自分の子だけでなく)関わることのできるすべての子どもに対してこの姿勢を持って接するのが望ましい

と思います。

 

バンビーニ陸上クラブのコーチの私は、保護者の方より子供たちに冷静に相対していますが、冷静であるが故に逆に思い入れが強く、時に空回りすることが多く、正直申し上げるとピグマリオン効果の恩恵にまだあずかっていません・・・・

*)ピグマリオンという名称は、ギリシャ神話を収録した古代ローマのオウィディウス『変身物語』("Metamorphosen"、訳に『転身物語』とも)第10巻に登場するピグマリオン王が自らつくった女性の彫像に恋い焦がれ、その願いに応えたアプロディテ神の力で人間化したと言う伝説に由来します。

参考文献:ウイキペディア、はてなブログ2018年9月19日

 

  

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第27回「君はモーツアルトになれるか?」(2019年7月18日)

お子さんの能力開発(自己啓発)において保護者の皆さんの努力には頭が下がります。塾やお稽古ごとなどにお金をかけていますし、自らの時間も犠牲にしています。私の過去を振り返ると恥ずかしくって隠れたい気持ちです。

しかし、先日その皆さんの努力を無にする本を見てしまいました。「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」(橘玲)という本です。

それは、双子の研究から「やればできるという自己啓発の考えは間違いでやってもできないのが現実。それを受け入れるべきである」というものです。双子の片方が養子に出された後の研究で、2人は環境の差によって違った性格や学歴が生じるかと思ったら、双子の兄弟は恐ろしく同質な人間に育つケースが多かったのです。そのため「人間の能力は遺伝によって決定される」と結論づけています。「遺伝」が左右するとなると学習塾やスポーツ教室へ子供を送り出す努力が無駄になってしまうことになります。「そりゃないよ」です。だから、著者はわざわざ本の表題に「残酷な世界」との文言を入れたのです。

世の中その通りなら、高いお金をとるバンビーニ陸上クラブには誰も来ません。だって、努力しても速くなれないのですから。子どもから言わせると「お父さんが練習して速くなってよ。そうすればその遺伝子のある僕も速くなる」との屁理屈をつけてきそうです。

でも皆さん、安心してください。「善は急げ」に対して「急いては事を仕損じる」のように世の中には相対する警句があります。もっともらしい理論に対抗する正当な理論がどこかにあるのです。その理論を見つけました。

「天才!成功する人々の法則」(マルコム・グラッドウエル著)」です。

ここでは能力の高い人間というのは、「生まれつきの才能」によるものではなく、「好機」と「熱心な努力」、つまり遺伝子ではなく、後天的な要素によるとしています。

音楽の世界で天才の名をほしいままにしたのは「ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト」です。

1756年にザルツブルグ(現在のオーストリアの都市)で生まれ、幼いころより宮廷おかかえのヴァイオリン奏者の父親から英才教育を受けてきました。3歳のころにはチェンバロを弾き始め、5歳の時には最初の曲を作曲します。父親と共に音楽旅行を重ね、宮廷などで演奏を披露し大絶賛されました。

「トルコ行進曲」や「フィガロの結婚」などの代表曲を作曲した後、626曲目の「レクイエム」の作曲に取り組んでいる途中、35歳という若さで短い生涯を終えます。

彼は一度聞いた曲をすぐにピアノで弾いたりアレンジしたり、目隠ししながらピアノを奏でたりと、彼の音楽の才能は誰もが認めていました。また、600曲を超える曲の数もそうですが、彼の楽譜にはほとんど書き直した跡がありません。試行錯誤しながらの作曲ではなく、頭の中に思い描き完成した楽譜をそのまま譜面に起こすという、常人離れした才能によるものだと言われています。

音に関しては特に敏感で、ヴァイオリンの音色を「バターみたい(柔らかい音色なので)」と表現したり、演奏の中でのわずかな不協和音にも反応し、どの楽器がどのようなミスをしたかが把握できたりしました。幼いころから音楽に触れられるという環境があったことにより、彼の個性と才能を最大限に発揮することができたことは、世界に多大な財産を残すことになりました。

もし、モーツアルトがヨーロッパではなく江戸時代宝暦~天明の時代(田沼意次の時代)にいたら、三味線奏者、よくて雅楽演奏家で終わったことでしょう。オーストリアに生まれて幸いでした。

 「天才!成功する人々の法則」の著者グラッドウエルは、さらに「一万時間の法則」といって「世界レベルの技術に達するにはどんな分野でも一万時間の練習が必要だ」としています。まるで脳がそれだけの時間を必要としているかのようです

 モーツアルトは3歳の頃から1日12時間も楽器に触れて育ったため5歳の時には優に一万時間を超えていたのです。彼は天才ですが、それに加えての練習が天才の芽を開花させたのです。遺伝の要素だけで能力が決まるなら、NHK交響楽団の楽団員の子息は皆モーツアルトになっているはずです。

歌手・女優のジュディオングは「魅せられて」のヒットの後、版画において棟方志功の愛弟子井上勝江の指導を長らく受けていました。上岡龍太郎に勧められ岡本太郎に認められたお笑いのジミー大西が芸能界から離れ画家になりました。アフリカにもいきました。いろいろ見学して彼独自の色遣いを会得しました。世間が認めるまで一万時間の修行がかかりましたが、最高で数百万円の値がつく絵を描くことになったのです。彼らは素質もさることながら努力してきたのです。

 1781年にアマデウス・モーツァルトは、自分より24歳年上のヨーゼフ・ハイドンと親しい友人になりました。ある時ハイドンはモーツァルトの父親に言いました。

「神に誓って、また、正直者として私はあなたに申し上げますが、私が直接知っている人物、もしくは、名前を知っているすべての人々の中でも、あなたの息子は最高の作曲家です。彼には素晴らしいセンスがあり、その上、非常に深遠な作曲の知識があります」と。

それから時は流れ238年後、バンビーニ陸上クラブのコーチは自分より50才離れた子どもと出逢いました。ある時コーチはその子の保護者に言いました。

「神に誓って、また、正直者として私はあなたに申し上げますが、私が直接知っている人物、もしくは、名前を知っているすべての人々の中でも、あなたのお子さんは最高のランナーです。素晴らしいセンスがあり、その上、走ることにおいて非常に深い潜在能力があります」と。

私がヨーゼフ・ハイドンとすれば、陸上界のモーツァルトはあなたのお子さんかもしれません。

参考文献:ウイキペディア、モーツアルト物語、「残酷な世界で生き延びるたった一つの方法」(橘玲)、「天才!成功する人々の法則」(グラッドウエル)

 

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第26回「ドキドキしちゃう わたしの胸♪」(2019年7月12日)

先日当クラブでは練習内容が変わる場面で心拍数のチェックを行いました。いろいろなデーターが取れて有意義でした。心臓は練習内容の強度や選手自身の能力まで推測できる臓器だということがわかりました。

心臓については過去に「心拍数を減らすことは長生きの秘訣」という話を記載しました。読み返すのは面倒だと思いますので、要約します(第6回「ゾウとネズミ」)。

「寿命は心拍数に比例します」

心臓は休みなく動き続けていますが、正確には休みながら断続的に動いているのです。心臓が収縮を終えてから次に始めるまで心臓は休んでいることになるからです。その休息時間が長ければ長いほど1分間の心拍数が少なくなり、寿命が長くなります。例えば、からだの小さいハツカネズミの1分間の心拍数はおおよそ500拍/分であることから、休息時間は著しく短くなり、最長寿命は2~3年と短いのです。

 それに対して、ゾウやクジラの心拍数は5~10拍/分と少ないため心臓の休息時間も長くなり、最長寿命も70~100年と長いのです。従って、動物の種間では、1分間の心拍数と寿命とは反比例するという法則性が成り立ちます。

 「ヒトの生涯に打つ心拍数はすべて等しく25億回が与えられている」、これが事実と仮定して単純計算すると、1分間の心拍数が50拍、60拍、70拍、80拍の者の寿命はそれぞれ95歳、79歳、68歳、59歳となります。仮に、定期的に運動することによって心臓が肥大化(スポーツ心臓)し、1回の収縮で心臓から送り出される血液量が多くなると、当然心拍数は少なくなります。従って、寿命は長くなります。70拍の人が50拍になったら27年長生きできるということになります。運動をしてスポーツ心臓になることは長生きの秘訣なのです。

という内容でした。

 その心拍数は心臓の鼓動です。心臓は丈夫です。どんなことがあっても規則正しく動かなければならない臓器なのです。そのため、規則正しく動くための仕掛けがあります。水晶発信器のような定期的な電気信号を出す機能がついているのです。洞結節という部位です。心臓はそのことによって動き続けているのです。

さらにその電気信号を出している部分が故障するともうひとつ電気信号をだす部位(房室結節)があります(房室結節は普段は動かず、洞結節が動かなくなったときに活動を始めるのです)。

いずれにしろ “心臓自身が心臓を動かしている”この特殊な現象は、他の臓器には見られず“心臓の自動能”と名づけられています。動かし方も自転車と同じようにフル回転の時もあれば、軽井沢観光のようにゆるやかにこぐときもあります。自動能で自由に調整できます。

だから、敵が攻めてきたときなどには、心臓は血液量を多くして体の筋肉を動かして対応します。陸上競技においては、体が大変な運動量だと判断した時は心臓は目一杯動きます。ジョッグのようなアップ程度のものではあまり動きません。この心臓の臨機応変さ(心拍数の変化)で与えられた練習がきついか否かがわかります。さらに、その選手の潜在能力も推測できます。このことを利用して、今後当クラブでは心拍数を定期的、継続的に測定していきたいと思います。

 最後に、

かわいい子どもたちへ

小さい時から心拍数を計る癖をもちなさい。そうすれば、複数の好きな人に同時に出会った時でも迷いませんよ。ママに相談しても「何にも言わずに黙っているだけ」ですから、困っちゃうよ。

恋は自分で判断しなければいけません。A君に会うと心拍数110、B君に会うと心拍数120だとしたら、B君を選ぶべきです。「ドキドキ度」が大きい人があなたの意中の人です。なぜなら脳はいろいろなことを考えてしまいます。親や友人や将来設計などでいろいろ忖度してしまいます。心臓は不随意筋ですので、意識の束縛がない愚直の臓器なのです。

青春時代は心臓に従いなさい。歳をとったら脳に従いなさい。

一つだけ気を付けなければならないことがあります。あなたが風邪をひき熱がある時A君に会ってはいけません。熱は心拍数をあげてしまいます。熱がある時にA君に会うと心拍数が130になってしまうかもしれません。恋は正しいドキドキ度で判断しないといけません。

参考文献:ウイキペディア、「ゾウの時間、ネズミの時間」、ランニング学会山地啓司氏論文、山本リンダ「こまちゃうナ」(ミノルフォン)26回「ドキドキしちゃう わたしの胸♪」

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第25回「こわっぱめ」(2019年7月4日)

バンビーニ陸上クラブがない時は、学童のお仕事をさせてもらっています。バンビーニ陸上クラブに来ている子は目標を持って来ているので、さほど指導に苦労したことはありません。学童の子は家庭の事情で来ている子が多いためか、いろいろなお子さんがいます。勉強をさせたりおやつを食べさせたり遊ばせたりであっという間の4時間ですが、本日はその中の生活のひとコマをご紹介します。

(1)「仕返しとお返し」(小2男子)

「先生、バレンタインでチョコレートいくつもらった?何?ゼロ、まあ仕方ないね。僕はね、明日たくさんの『仕返し』をしなければいけないので大変なんだよ」「・・・・?おいおい、それは全国的に『お返し』って言うのだよ」

(2)「おのれ!」(小3男子)

チャンバラをした時、「先生危ない」といって後ろを振り向かせられ切られた(叩かれた)ときがある。すかさず「おのれ!卑怯者」と言ってかかっていったら、「先生、『おのれ』って何なの?」「うん、咄嗟に出た言葉だよ。チャンバラの時に言う言葉かな?私もよくわからない」

(3)「狭き門」(小2女子)

公園で遊ぶ時は、ブランコやジャングルジムはチェックしているが、滑り台は安全なのでそれほど注意はしていない。ところがある時帰る間際に滑り台で女の先生が叫んだ。慌てて駆け付けた時、女の子の足が滑り台の隙間にすっぽり入ってしまい、取れなくなってしまっていた。男の子からここを通れるかとの挑発があってトライしたようだ。女の子を出そうとしたらまったく動かず、レスキューを呼ばなくてはいけないかと思った。幸い右側に若干の隙間があったので横にずらしたら彼女が少し動いたので、そこから引っ張り上げた。我慢強い子だったのがせめてもの救いだった。子どもは予想外のことをするものだ。

(4)「人間になりたかった鬼」(小3女子)

どろけい(泥警)、氷鬼、替わり鬼、など鬼ごっこは多種多様あるが、私が入ると必ず私が鬼になる。鬼を決める時も「鬼決め、鬼決め・・・」の掛け声で足を指で順番に触っていて指が最後に止まった子供からはずれていく(鬼の「役割からはずれる」)。でも、よく見ていると絶対私に指が止まると思う瞬間に指は私をすり抜け隣の子の足に、結局鬼はいつも私になる。鬼になってなんとかタッチ寸前になると「バリア!」といって見えないバリアがあるらしく、捕まえることができない。バリアがなくてもタッチ寸前に「休憩タイム!」(水を飲むための時間)と言って「熱中症対策」で休憩しなくてはいけないことを強調する。それでも言い訳できない雰囲気で捕まえると「あのね、先生。私ばかり捕まえるとそれはいじめになるよ、学校の先生が言っていたよ、だってね・・・」延々と抗議が続くのであきらめて他の子どもを捕まえにいく。振り向くと抗議の子ははるか遠くに走り去っていた。

(5)「ツィッター」(小2女子)

2年生の女の子は何かぶつぶつ言っている。スピードというトランプゲームに負けたらしい。子どもの声は高く小さく速いためもう呪文のようにしか聞こえない私は傍に寄り耳を傾けた。するとこう言っていた。「私が負けたのは私のせいじゃない。□□が泣きそうになったので、私がわざと負けてあげたのだ。□□は幼いから喜んでいた。私がしっかりしているからうまくいったのだ。私は賢い、決して負けたのは私のせいではなく私の思いやりだ。それを□□は・・・男の子はかわいいものだ。うふ」

(6)「曼荼羅」(小2女子)

曼荼羅というゲームはひっくり返したカップの底におはじきを3個~5個置き、自陣にある5個のカップのおはじきがなくなれば勝ちというゲーム。2つの陣地の間におはじきを最後に置くオアシスがある(これはカップがひっくり返らずに置いてある)。どちら回りでもいい。おはじきを1個ずつカップに入れ、最後にここに入れられないと順番が代わる。

子ども達は5個をどうすれば効率よくオアシスに入れられるかを体で覚えている。だから順番を決めるジャンケンにこだわる。何か理由をつけられいつも後攻は私だ。私が意地悪して予想もしないことをすると、因縁をつけられやり直しをさせられる。目がいつも置いてほしい所にいっているので、すぐわかる。でも、意地悪する。しないと3分持たないで負ける。7個も溜まっているおはじきを子供が持った。どうやってもオアシスには入らない、と思っていたのに、最後のおはじきが入った。オアシスで終われば連続してできるのだ。 

目が悪いからかな、と思って眼鏡をかけて見ていたら、同じような場面で4番目のカップに2個落としていた。「ずるい」と指摘したら、取ってやり直しをしたが、不思議とまたオアシスで終わって、もう1回できる。「えっ」と思ったがもう遅い。彼女は始める位置をずらしてリプレーしていたのだ。恐るべき「こわっぱ」だ。 

(7)「オセロ」(小2男子)

オセロを挑戦してきた子がいた。他の先生を破ったので残るは私のみになったようだ。私は容赦しない。冷たい鉄の男。しかし、さすが他の先生を破っただけある。あと7個くらいまでは圧倒的に子どもの勝利という陣形、カドも2個取られ3個目も危なかった。へたすると歴史的敗北かと思われた瞬間、勝利を確信した子どもは綺麗に黒を揃えようとして、ミスをした。私の次の一手によってもう黒駒を置けなくなった(白を挟めなくなった)のである(正式なルールではこの場合パスするのだが、ここの学童ではアウトにしている。)。柔道で言えば圧倒的大差で勝っていたのに禁じ手を出して失格した選手みたいだった。

 しょげていたがここで力の差を見せておかないと、小ばかにされる。学童と言えども序列はあるのだ。私の毛づくろいをさせないといけない。私は先生なのだ。

(8)「お迎え」(小1男子)

17時を過ぎると保護者がちらほらとお迎えに来る。その度に「○○ちゃん、お母さんお迎えだよ」と声をかける。時々騒いでいる子には「お父さんがお迎えに来たよ」と嘘をつくことがある。大人しくなった子が嘘とわかるとホッとしたのか、しばらくすると私に「先生、お迎え来たよ」と仕返しの言葉があった。初めての言葉にギックとした。私のお迎えはまだ早い・・・ 

 

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第24回「女はいつだってアクトレス」(2019年6月25日)

日曜日、阪神競馬で第60回宝塚記念が行われ、牝馬(メス)のリスグラショーが1番人気のキセキ(牡馬オス)を押さえて優勝しました。陸上競技の小学生1000mで女子が男子を押さえ優勝したようなものです。

人間の世界では、小学生での男女の体力差はそれほどではありませんが、中学生からは男女差が出てきます。1000mの埼玉県の強化選手B指定のタイムが小学6年生で男子が3分15秒、女子が3分20秒で5秒差です。ところが、中学生になると1000mはなくなり800mとなりますが、B指定のタイムは中3で男子2分2秒、女子は2分18秒で距離が短くなった上にその差は16秒と開いてしまいます。男女差は小学生の内は競走馬と同じ世界だと考えていいかもしれません。

競馬では牡馬(オス)は牝馬(メス)より速く、その差を埋めるべく牡馬は牝馬より錘を2Kg余計に背負って走ります。それで平等だとJRAは判断しています。

陸上の大会は男女別ですので、ハンディはありません。陸連が奇をてらって男女混合レース(今年から小学生でも男女混合リレーが始まりましたが・・・)を企画したらどんなハンディでしょうか。女子のスタート位置を前にする、男子はつねに女子の外側のレーンを走るなどでしょうか。

当クラブの子供たちのトップクラスはタイムでの男女差が出ますが、そうでない子供たちでは差はありません。時には女子が前に出ることがあります。インターバルでの設定タイムは女子が遅いのですが、途中のジョッグは速く、何時もスタートで男子を待つ状況です。

小学生のうちは女子に負けてもくやしいとか恥ずかしいとかの感情は少ないようです。気が強い女子がいると男子を叱咤します。よって、当クラブでは男女合同練習が基本です。学年によって練習の質量は変えますが、男女間ではいつも同じ内容です。

女子のコーチングでの悩みは「どうやったら全力を出し切らせるか」ということです。男の子は「ケツワレ」状態になることはありますが、女子はありません。苦しい顔はするけれど、セットが終わると1分もしないうちにケラケラ笑い出します。だから心の中で「もう1セットあるけど、ここで終わってあげようか」と思っても、あの笑い声で「さ、最後のセット行くよ」と立ち上がってしまいます。軽減する気がなくなってしまうのです。岩崎宏美じゃないけれど。女はいつだって、アクトレス(女優)なのです。練習中の苦しい顔に騙されちゃいけない。

これは彼女らの性格が悪いということではないのです。なぜなら全力を出し切らないのは「本能」だから仕方ないのです。女性は自分の子供を本能的に守ります。だからどんなに疲れ切っても子供の為に若干の余力を残しているのです。山登りをしても男子より疲労が先に来ますが、疲労度100%ではなく、90%です。お腹の中に赤ちゃんがいたら80%でしょう(もちろん妊娠していたら山登りなどしませんが)。子どものために必ず力を残すのです。疲労度100%になる前に疲れ切ってしまう演技をするのです。だって、女はいつだって女優なのですから。

男子は罵れば「なにくそ」と思いますが、女子は罵ろうがおだてようがダメです。相手は女の本能だからです。女子の選手は、「苦しみの縦糸と好奇心の横糸を織って楽しさの風を通すサマーニット」の練習を欲しがるものです。つまり、練習に対して女は恋するような気持になれば変身します。

「あなたにくちづけされたくて 私は花になりました あなたに甘えてみたくて私は子猫になりました だからいつでも だからいつでも 私を優しく愛してね 私のほかにはどなたへも あなたの愛をあげないで 姿を変えても恋をする 私を愛してくださいね」(ちあきなおみ「変身」)ですから。

しかし、熱中させても飽きるのも早い。

「私の誕生日に22本のローソクをたて ひとつひとつが みんな君の人生だねって言って 17本目からはいっしょに火をつけたのが 昨日のことのように 今はただ5年の月日が長すぎた春といえるだけです あなたの知らないところへ嫁いでいく 私にとって」(伊勢正三「22才の別れ」)。だから手を替え品を変えて様々なサマーニットを作るのです。

たとえば、インターバルトレーニングで200mx40ではなくって、200mx7+400mx5+600mx3+400mx5+200mx7とするのです。

また、うちの子は喋らない代わりに目で訴えてきます。インターバルで本数を間違えるようなものなら一斉にこちらに「眼球」が動きます。疲れれば「上目使い」で訴えます。これに騙されないようにしないといけません。マムシは産まれてすぐの子供でも毒があります。人間の女の子も・・・

 私がとびきりのハンサムなら何も悩みませんが・・・女子をコーチするのはとかく難しいものです。

 

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第23回「ゆらぎ」(2019年6月18日)

「気持ちがゆらぐ」「決意がゆらぐ」など、"ゆらぐ"という言葉にはあまりいいイメージがありません。ぐらぐらとして、定まることのない不安定な感じがするからでしょうか。大人には信念というものが確立していて、「ゆらぐ」ことは少ないのかもしれません。しかし、子どもは心理的には「ゆらぐ」ものなのです。また、陸上競技の記録でも「ゆらぎ」が見られます。

スポーツトレーニングを専門的に始めた頃には記録が順調に伸びるが、同時に好・不調による記録の波も大きいのです。すなわち、トレーニング初期には変動係数が大きいものなのです。そのため長い期間で見れば記録は右肩上がりの直線になりますが、ある時点では平均直線よりはるか下にあることもあります。ペース配分がわからない初期にはよくあることなのです。君の出場する組は強豪が多いよと言われただけで足がすくむこともあります。ペースは性格により乱れるのです。

 長距離選手の性格要素を測定した実験があります。

トレッドミル(室内用で固定式のベルトコンベアみたいなもの)では決められた速度で何分走れたか、グラウンドでは1500mを何分で走れるか、という実験を毎日同じ時間に測定して各実施日の記録をプロットします。2つの方法での違いを確認します。

結論は「トレッドミルで走るより(距離の変動)グラウンドで走る方が変動係数(タイムの変動)は小さい」ということでした。

その原因の1つは、トレッドミル走では持続時間のゴールが特に決まっておらず、いつ運動を中止するかは個人の主観的判断にまかされるため、個人の性格的特徴が現れてきたと考えられます。

もう1つはグラウンド走では主体はランナーであるのに対して、トレッドミル走では主体は機械の側にあります。そのため、ヒトは機械の一定のペースに自分のリズムを合わせなければならない心理的負担や束縛感が疲労を早めたり、あるいは単調さによる飽きが頑張る意欲を萎えさせたのかもしれません。一方、グラウンドでのタイムトライアルではゴールが明確であるので、残りの距離を考えながら自分でリズムやペースを調整しながら走ることができるからです。

当クラブで両方の特徴を利用した「タイム走」をやることがあります。タイム走とは40分間でどれだけ走れるかの練習です。頭のいい子はロードであれば目標の建物を、トラックであれば何周かを決めて走ります。こうすればゴールがないトレッドミルと同じような状況にはなりません。他の子も嫌がらずに早くこのことに気づけば楽なペースで遠くまで走れるのです。この練習をする目的はペースの把握です。大会では何秒で200mを走ったかなど自分のペースは自分で把握することが大切です。いわゆる体で覚えるのです。

ケープタウン大学のノックス(Noakes,T)は、「ランニングペースを決定するのは大脳である。活動筋(心肺機能や脚筋)からの情報が求心性神経を介して逐一大脳に送られ、大脳はからだの疲労度と残りの距離を勘案しながら最善のペースを構築している」とヒトのからだの素晴らしさを強調しています。

小学生の内はゆらぎが大きいのは当たり前です。とんでもない記録も出す代わり、ふがいない、やる気のないような記録も出すことがあります。平均タイムを挟んで大きくゆらぐ年代なのです。しかし、5年、10年とトレーニングを積み重ねるにつれて徐々にその伸びも小さくなり、それに伴って気象条件や好・不調等による記録変動も小さくなり、安定してきます。すなわち、トレーニング初期には変動係数は大きいですが、競技生活も晩年に近づくと変動係数が小さくなるわけです。ベストタイムから大きく下がらないけれども大きく破ることもない状況です。この現象は長く競技を続けた選手にみられる宿命的な現象です。その頃になると選手は他人に言われるまでもなく自分の限界を感じるようになります。

ちびっ子たちよ、小学生の時代は、大きく「ゆらぐ」ものなのです。たった1回の記録にくよくよしてはいけません。君たちの限界は当分きませんよ。だって、本格的練習を始めたばかりじゃないですか。

参考文献:ウイキペディア、山地啓司(初代ランニング学会会長)氏論文 

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22回「本番に弱い子」(2019613

今週末に「彩の国小学生クラブ交流大会」が行われます。当クラブでも7人の選手が出場します。楽しみだという子もいれば、緊張している子もいます。

いつも練習ではいいタイムを出し期待されているのに、本番に弱い子がいます。運動会でも普通に走ればダントツで優勝するのにスタートでミスして思うような結果がでない、お互い歯がゆい思いをしています。当クラブにはこのような子が数人います。

この子らの特徴は

1.過去の失敗がトラウマになっている

2.完璧主義者

3.ネガティブ思考

4.緊張になれていない

であり、一つ以上または全部が該当する子です。

(1)過去の失敗がトラウマになっている

100mのスタートで失敗したり、長距離で速い人と一緒に飛出し、後半足が重くなって思うように動けず、後続に抜かれて行ったこと、などを思いだし体が委縮してしまうのです。

(2)完璧主義者

①神経質

練習の際いろいろな色のマーカーを置きます。テーマが終わるごとに子どもたちに撤収させますが、その際赤は赤、黄色は黄色、青は青ときちんと色別に分けて回収する子がいます。10分くらいしてマーカーを使った別の練習の際、コーチは適当にマーカーを置きます。コーチにとっては目印にしか過ぎないので、色の区別が気になりません。撤収する際その子はやっぱり青は青、赤は赤と分けて回収してくるのです。几帳面というか神経質というのか、総じて完璧主義者なのです。

②完璧主義者/真面目

「自己の欠点」ばかりにフォーカスする癖があります。また、自分のミスを許すこともできません。自己に対して厳しいのです。

そのため「自分は無能」だという結論になりがちで、自己嫌悪や自信喪失につながっているようです。

(3)ネガティブ思考が人一倍強い子

完璧主義者だけでなく、基本的に人間は「ネガティブに考える癖」があります。これは、危険を予知し、身を守るための本能であり、人間なら誰にも備わっている癖です。しかし、その程度が問題なのです。

街でばったり会った友達に声をかけたら、友達がそっけなかった。「あの人は自分のことを嫌っているのだ」などと考えます。友達は急いでいたのかもしれない、後で聞いてみようなどと確認することなく早合点してしまいます。成功は「まぐれ」と思い、失敗は「やっぱり自分は失敗する」と考えます。よい事を無視するだけでなく、ネガティブな出来事を進んで拾い上げる癖があります。

失敗恐怖症の行き着く先は、本番に弱くなるどころか、本番を避けるようになり、何も成し遂げられない人生で終わってしまうほど危険な症状なのです。

(4)緊張に慣れていない

陸上競技場の空間を広いと感じ、ライバルの殺気や声援の大きさなど大会の雰囲気に飲まれてしまうことが多いのです。「あがってしまって何もできなかった」が常套句になってしまいます。

では、こういう子ども達にどう対応したらいいのでしょうか。当クラブでは次のようにしようと心得ています。

 (1)ルーズになる

本番に弱い完璧主義者や真面目な人は、小さなことを大きく過大視する特徴があります。

まだ起こってもいないことに恐怖し、ネガティブになることは「時間の無駄」です。いいえ、それは大会に弱い人間にしてしまう、百害あって一利なしの悪癖なのです。正直、それなら何も考えない方がマシです。ルーズになって開き直った方が、パフォーマンスを下げることがなくなり、大会に強い人間に近づいていくのです。

つまり、「今度の大会は記録会と考えている。君たちの本当の目標は6年生になった時に強化指定タイムを切れるかだ」と来年の大会に子どもの目標を先延ばしにして、目の前の大会に気楽に出場させるのです。これを繰り返していくことによって本番にリラックスして望む精神力を養うのです。

(2)目標を段階的に上げて行く

完璧主義者は、合格ラインを高く設定する傾向にあります。高く設定し過ぎると、達成できずに自信喪失に終わることが多いのです。その結果、行動することが恐くなり、成功を手にできずに終わるのです。

目指している成功とは「小さな成功の集まり」です。つまり、合格ラインを下げることが「小さな成功体験」を増やし、本当のゴールに到達する最短距離なのです。

1000340秒を切るために200mx10200m=44秒ペースで走る。10本出来たら次は43秒に目標を切り上げる。要するに強化指定選手になるために最初から41秒にペースを設定したら毎日が未達で、自信喪失につながってしまうからなのです。

(3)失敗はフィードバックにすぎないと考える

何一つ失敗せず成功できるものは「すでに達成したこと」だけです。当然、達成済みのタスクを繰り返したところで成長はありません。123+・・・+1055を何回も計算するだけでは計算の能力は上がりません。

成長するためには失敗は不可欠です。「1000m、平均タイムで走る子が前半から果敢に飛び出していく。ラスト100mで足が上がらなくなった。次は950mまでもった。次はゴールまで届いた」失敗と改善の繰り返しで、成長した自分になれるのです。

失敗体験とは「目標に一歩近づいた証」であって誇らしいことです。この思考を身につけることで、失敗の恐怖がなくなり、大会に強い性格が育まれていきます。

(4)やり遂げる覚悟を持つ

他人に悪く見られたくない、自分の醜態をさらしたくない、これらは「覚悟のない人の思考」です。

当クラブにいるZ君は練習中苦しい顔をし、インターバルが終わるたびに首を絞められているかのような声を出します。所定の設定タイムもクリアしていません。スタッフの人間は心配をして声をかけますが、私はあえて無視するのです。これを超えないと彼の演じる舞台のカーテンは決して開かないのです。

(5)準備(練習)をやれるだけやる

大会に弱い子は、自分への評価が冷静にできていない状態、感情的な状態であることが多いのです。自己評価の奴隷と化しているのです。

つまり、練習による確認作業によって「正当な自己評価」ができるようになります。200mのインターバルを40秒で10本できれば、326秒は手の中にあることがわかるはずです。

また、完璧主義な人は、練習を徹底することで気持ちが楽になり、不当な自己卑下をすることなく大会に挑めます。

(6)緊張する場に身をおく工夫をする

大会に弱い子は「緊張の環境」に慣れていない傾向があります。

受験でも公開模試に一度も出たことがない子は、きっと雰囲気に飲まれてしまうでしょう。一斉にテスト用紙をめくる音が大きく聞こえたり、試験官の靴音が気になったり、トイレが心配になったりします。テストに強い子はそれをなくすために、公開模試を何度でも受けるのです。

 陸上競技でも同じです。200mのトラックで練習していた自分は、初めて全日本中学校放送陸上競技大会で国立競技場に出た時、何と大きいグランドなのかと固まり、2000mが3000mに感じた記憶があります。メロメロでした。

当クラブでは練習スケジュールを鑑み、小さな大会も含め参加を繰り返すことで、緊張への耐性がつき、大会に強い性格をつくっていきます。

まとめ

大会に強い子、自分が望むものを全て手に入れている子は、突き詰めると「失敗の恐怖がない」のが共通した特徴です。

当クラブではトレーニングと遊びを兼ねて「運命ジャンケン」をします。トラックに15m間隔で数人並べ、1人が全力で走って行ってジャンケンをする、負けたらスタートラインに戻る、勝ったら次の人とジャンケンする。全員に勝ったら終了。勝てない場合は5分で終了というものです。あと1人でスタートラインに戻るのはくやしいでしょう。しかし、それに勝たないと文字通り前に進まないのです。現状は、すんなり勝つ子は「自分は負けない」と思う子なのです。

参考文献:<ヤギコーチ>のコラム、<ダイレクトコミュニケーション>のコラム

 

 

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 第21回「スケートと自転車と私」(2019年6月3日)

スピードスケートで全国25位以内に入る高校生とその妹に、不定期でパーソナル練習を実施しています。お母様がご熱心な方で、スケートにおける知識の深さと他種目の練習を取り入れるダイバシティにおいては群を抜いています。私も教わることが多くお会いするのが楽しみです。

さて、そのお母様に私を雇った理由を尋ねたところ「アイススケートに似ている競技は自転車競技であり、学校でもシーズンオフは自転車を取り入れている」「じゃあ、なぜ私を雇うのですか?私はランニングコーチですよ」「同じチームの子に陸上部出身の子がいる。妙に速い。陸上競技に何かいいトレーニングがあるのではないか」ということらしいのです。

 では、スケートの選手がなぜ自転車競技をとりいれているのでしょうか。

その理由として,二つが考えられます。1つは2つの競技で使う筋肉が似ているからなのです。両者の鍛えるべき重要な筋肉は、大腿四頭筋とハムストリングスです。陸上の長距離選手とスピードスケート選手では筋肉の鍛え方が違うように、通常ならばスポーツそれぞれの特性によって必要なところに必要な分の筋肉をつけていく必要があります。しかしどちらの競技も長時間の前傾姿勢を維持できるように身体のバランスを鍛える必要があるため、必然的に選手として必要となる肉体の理想像が似通っているのです。そのため、わざとギアを重くして自転車で坂道を繰り返し登り、両者ともに足を太くし鍛える訓練をしています。

大腿四頭筋は太腿の前部であり、跳躍力を重視されるスポーツで重宝され、瞬発力を発揮するには欠かせない筋肉です。ハムストリングは大腿の後部のことです。主に下肢の動き作ったり、運動能力に大きく影響したりする部分であるとされています。

こうして、スピードスケート選手も競輪の選手も、身体全体を鍛えつつも下半身の筋肉に効果的に力を伝えられるようなトレーニングをしているのです。

さらにもうひとつ大事な要素はこの2つの競技のスピードが近いからなのです。例えば平昌オリンピックの男子1000メートルの優勝記録は1:07.95でした.これは自転車競技の男子1000メートルの記録にとても近いのです.リオデジャネイロ・オリンピックのオムニアム(陸上の10種競技のような総合競技)の男子1000メートルの1位の記録は1:00.923でした。

自転車はギアと車輪を用いて,スピードスケートは氷という抵抗の極めて少ない物質を用いて,それぞれ最速を目指しているのです。このスピードになると,使うエネルギーのほとんどは,空気抵抗をどのように克服するかに用いられます.そのためにスピードスケートにとって自転車競技は相性がいいのです。

スピードスケートは競馬で言う逃げや先行(インターバル第9回「競馬その2」脚質をご参照ください)が勝つことはほとんどありません。空気抵抗のために,先頭に立つのが圧倒的に不利だからなのです.誰もが誰かの後で走ろうとしますから,ゲーム理論からしてもスピードが上がりません。そして最後に全体のスピードが上がると,先頭集団の選手の数が絞られ,先頭から2番手に付けていた選手が,トップがコーナーで膨らんだところを,インを突いて優勝ということが多いのです。

スケートの選手に陸上競技を教えるにあたって、自転車練習では得られない下肢をすばやく動かせるアジエリティや太腿をしなやかに動かせる筋持久力を教えていきたいと思います。

では、逆に陸上競技が取り入れる他のスポーツはあるのでしょうか。

うちのクラブで自転車競技の選手の子がいます。まだまだ太腿の筋肉はついていませんが、どのくらい陸上競技の記録が伸びるか楽しみです。自転車で効果が上がるなら来シーズンは自転車を取り入れたいと思います。ただ彼はうちでは長距離選手なのです。

私事ですが、自分が高校生の時、抜群の持久力を自慢していました。すると、恩師が「じゃあ、お前、バスケットボール部の練習に参加してみろ」とバスケの練習に誘われました。今日は遊びだと運動靴の底を洗って体育館で参加しました。楽しいはずの練習がなんと40分間で根を上げてしまいました。陸上競技はただただまっすぐ走るスポーツであり、横の動きには全くついていけず、バテバテでした。

これをおもしろがった恩師が、水泳の練習にも私を参加させました。これは横の動きがないし浮力もあるから大丈夫だろうと思っていました。なんと今度は30分で足が動かなくなりました。ビート板での泳ぎについていけなかったのです。地面を蹴る動作と違った筋肉を使うため危なく溺れるところでした。

さらに恩師は「俺とバトミントンの試合をしてみろ」と悪ふざけが増してきました。年寄には負けないぞ、時間が経てば私が勝つと思いましたが、恩師のシャトルが私の前や後ろに自由自在に飛んでいきバタバタと動かされ、強打の後のフェイントに翻弄され、「持久力の入山」の名前は粉々に崩れ去っていったのです。

陸上競技には絶対にない横への動きがどれほど前進する力の補助になるか、すべての筋肉を鍛えればいいのか、実験していきたいと思います。でもマラソンの選手は不必要な筋肉は自然に落ちて行ってしまうので理屈はあわないのですが、もしかするとすべての筋肉を鍛え上げた先には2時間を切れるという理論に行き着くのかもしれません。

参考文献:ウイキペディア、FRAME、橋都浩平のCanopy Walk

 

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第20回「無口」(2019年5月28日)

困ったことに、当クラブには練習中一言も発しない子供たちがたくさんいます。

こちらが喋ってもほとんど言葉が返ってこず、ハイの代わりに頭を縦に振り、ノーを表現するのに細かく横に振る子供たちはまるで動物園の小動物の様です。念を押さなければそのそぶりもしないので、ある時はまるでお地蔵様にお願い事をしているようです。

練習メニューを発表すると、キツイと言って抗議してくる子はいますが、少数派で皆の顔色を窺って発言しているせいか、他の子供たちが無言でその練習の準備を始めるとしぶしぶ準備を始めます。

当クラブには無口または口数が少ない子は、家ではめちゃめちゃ喋るのに、いざ練習に来ると喋らないのが特徴です。あるお母さんには「家で喋っている時の声をボイス・レコーダーで録音してください」とお願いしているのですが、未だに実現はしていません。

コーチの私はもともとお喋りで、小学生の時の通信簿にはいつも「情緒不安定」と書かれていました。子供の時はこの字が読めず、きっと「他人に対する情けのかけ方が人によって異なる」タイプの子供と書いてあるのだと本気で思っていました。

家では、妻と喧嘩すると妻は黙ってしまいます。いえ、大人しくなるという意味ではなく、意識して口をきいてくれなくなるのです。原因はあきらかに彼女のミスなのですが、家の中での沈黙に私は耐えきれず、2日後には私が謝って落着し、普段の生活に戻ります。

だから、無口の子供たちと一緒にいるといつも一人芝居になってしまいます。最初はストレスになっていましたが、いまでは彼らを理解してきたので平気です。しゃべらなくても問題は何も起こらない、言語を取り交わすことは最小限のことだけでいいのです。彼らが私の指示を聞いている時、彼らの眉毛や目の動きで察しがつくようになりました。

無口の子供たちは決して手を抜きません。伸びる子の多くは無口が多いのです。

日常生活では夫婦同士は日々の習慣や行動をおおよそ理解しているので、ほとんど言葉は要りません。私の家のように、「あれ、あのひと、あのこと」で通じます。若い人たちでは「それ、そのひと、そのこと」は理解しても、ア系列でわかるまでは時間がかかるでしょうが、いずれわかるようになります。ただし、そのため相互の思い込み(推測)に齟齬が生じて、とんでもない方向にいく危険性もあります。

先日カードで買い物に行くと言って私のカードを持っていく際に「1、5、つかっていい?(15,000円使っていい?)」と彼女は言ったのですが、私は「いちご(つ)買っていい?」と聞こえたので「だめ、いちごは季節はずれだから、スイカにして」と言ったら「わかった、Suicaにチャージする。でもチャージは現金だよ」、「ジャージは暑いよ、トレーナーにしなさいよ。ユニクロはカードきくよ」話はどんどん核心から離れて行きました。

自分の家庭の事をしゃべりすぎました。話を子供のことに戻します。

無口の子または口数が少ない子は練習では損することがあります。喋らないことによって体調管理、練習の理解度などの把握がコーチたちに伝わらないことが多いからです。ただ、これまでの練習によって、当クラブではお喋りな子と比べて下記のようなことがなければ、さほど問題がないことがわかっています。。

①上達に関する大切な情報を聞いていない。

②自分の失敗を指摘されても聞いていない。

③聞いているフリをしているけど頭では何も考えていない

無口や口数が少ない子には彼らなりの対処法があります。こちらが5聞いてほしい場合、100喋って5聞いてくれればいいように、何べんでも同じことを喋るようにします。眉が動いたらこっちのものです。目が泳がなければ私の言うことを理解したのです。

いつの日か私と一緒にお酒を飲む頃には、「無口」であることを肴に大いに語り合えると思っています。頑張れ!お地蔵様。

参考文献:ウイキペディア 

 

 

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 19回「ケガ」(2019521日)

先日サニブラウンがついに9“99を出しました。

彼は高校生の時リオ・オリンピックの選考大会である日本選手権を左太ももの違和感で欠場し、リオ・オリンピックをあきらめました。当時違和感があるだけであきらめたのは不可解でしたが、良く考えてみれば違和感を持ってレースに勝てるほど甘くはなかったでしょうし、レースに出て筋断裂のような大怪我をすれば選手生命を失うことになったでしょう。コーチの英断です。彼はまだ若いのです。

バンビーニ陸上クラブに今年中学生になった子がいます。今でもコーチに気を使って通ってきています。ただ、中学生となっては週1の当クラブの練習では当然不足するので、他のクラブで足りない分をまかなっています。自主トレする子もいます。その一方で怪我で苦しむ子も出てきました。

日本のトップレベルであろう、中学生であろうが、スポーツをやっていれば怪我はつきものです。そのためか「怪我をしなければトップレベル」という声をこれまで沢山聴いてきました。

どのスポーツもそうですが、現在に到るまで「怪我さえなければ」と言われてきた選手なんて星の数ほどいたのです。プロ野球でドラフト1位選手がどれほど1軍で活躍できたでしょうか。

一方、水泳の萩野公介、バトミントンの奥原希望、柔道のウルフ・アロンなど怪我を克服し活躍した選手もいます。

生活に支障をきたし、今までできていた当たり前の生活ができなくなるくらいの怪我ですから、大半の選手はここで挫折してしまいます。

では、怪我は仕方のないものなのでしょうか?

野村監督の言う「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」であって、怪我をするのは必ず原因があったはずです。

 

怪我をしやすい状況(原因)とは大きく次の4つが考えられます。

(1)疲労が蓄積しているとき

 疲労が蓄積しているときは言うまでもなく、怪我をしやすい状態にあります。疲労により筋力やパワー、柔軟性などが低下した状態でいつもと同じ動作をしたときに、筋肉が必要以上の力を発揮したり、いつもより大きな力で引き伸ばされたりすることがあります。このようなときに怪我は起こりやすいです。

①疲労の原因

 疲労の原因はトレーニングから来るものと考えがちですが、それだけではありません。仕事や学校生活、居住環境や人間関係など、人は生活する上で様々なストレスが降りかかります。そのストレスが許容量を超えた場合、疲労となり身体に悪影響を及ぼします。疲労はトレーニングだけではなく、生活環境によるストレスにも影響される事があります。

②予防策

 練習量を減らしたり、練習の頻度を少なくしたりするなど、全体のトレーニング量を調整することで防ぐことができます。目安としては全体の半分~3分の1程度、トレーニング量を減らします。減らすのはトレーニング量のみで、強度はそのままにしておきます。1週間程度、様子をみて調子が戻れば元のトレーニング量に戻し、調子が戻らなければそのままトレーニング量を減らした状態で練習します。

(2)ウォーミングアップに問題があるとき

 スポーツをする前にウォーミングアップを行うことは、とても大切な事です。ウォーミングアップ無しにいきなり全速力で走ったり、重たいものを持ち上げたりするのは、筋肉に対してのダメージがかなり大きくなります。スポーツをする前は必ずウォーミングアップをするようにしましょう。

a)ウォーミングアップは短すぎても長すぎてもダメ

 ウォーミングアップの目的は「身体の状態を最高レベルにする」ことです。例えばウォーミングアップが以下のように

・ランニング5

・体操5

 と内容も時間も不足している場合は、身体の状態を最高レベルまで引き上げることは難しいと思います。この様に身体が完全に目覚めていない状態で急に筋肉などに負荷をかけると、怪我を起こしやすいです。

 また、反対に

・ランニング30

・ストレッチ15

・ドリル20

・ダッシュ10

 と時間が長すぎたり量が多すぎたりすると、メインの練習や試合前に疲れてしまい、却って怪我を引き起こしやすくなります。最近の例をみるとこのケースが多いと思います。昨年は当クラブのアップの前に保護者が子供に体を温めると称してやらしていたことがありました。クレームをつけるとクラブのアップでは量が足りないと言われ、お客さんでもあるためそれ以上の論争は避けてきました。経営者としてはヨシとしても、コーチとしては猛省しています。

b)身体を最高の状態にするために

 アップは奇抜なものは要りません。普段の練習をやる前のアップを少し工夫して行うのが安心です。そうすることで身体の状態を把握しやすくなります。身体の状態が把握できると、例えば「今日は太もも裏の筋肉が張っているから、入念にストレッチやドリルを行おう」と怪我の芽を摘むことができます。

(3)トレーニングの内容がガラッと変わるとき

①慣れていない・新しいトレーニングを取り入れる場合

1.オフシーズン⇔シーズンの移行期

2.重要な試合が終わり、次の試合に向けて準備するとき

3.強化合宿

などがあると思います。これらの時期は慣れていない・新しいトレーニングに取り組むことが多いです。実はこの「慣れていない・新しいトレーニング」をするときに怪我をするリスクが潜んでいます。

②慣れていない・新しいトレーニングの適応

トレーニングはストレスであり、人間はそのストレスを受けたときに「適応」という現象を引き起こし、また同じストレスに晒されたときに備えようとします 慣れていない・新しいトレーニングを行ったときは、今までに無かったストレスが身体に降りかかるので、ストレスを大きく感じてしまいます。したがって、慣れていない・新しいトレーニングを大量に行うと、ストレスに抵抗できずに怪我に繋がりやすくなります。

③慣れていない・新しいトレーニングを取り入れるには

怪我をしないためには、適応能力の限界を超えないことが大切です。慣れていない・新しいトレーニングをする場合は徐々に取り入れるようにすればいいのです。

(4)練習量や強度が急激に増えたとき

 練習量や強度を増やすことができればその分、ハードなトレーニングに耐える力がつくので、体力も向上しやすくなります。特に体力や記録が伸び悩んでいるときや、ビギナーから脱却したいときに練習量を増やすことは重要です。ここで大事なのは徐々に練習量や強度を増やすことです。

徐々に練習量や強度を増やすことで怪我のリスクは確実に減少します。

①キツイ練習=効果のある練習ではない

 競技スポーツでよくあるのが、毎回の練習で体力の限界まで追い込んでしまうことです。確かに体力を向上させるにはハードな練習が必要になりますが、身体の適応能力の限界を超える練習量は、逆に体力を低下させてしまいます。例えば100mダッシュを2030本という練習はキツイ練習ですが、得られる効果はある本数から減ってしまい、仕舞いにはヘトヘトになるでしょう。それを毎日、毎週のように行なうと回復が間に合わず体力が低下し、最終的には怪我に繋がります。追い込めば追い込むほど体力が向上するわけではありません。

②トレーニングは計画的に~

  競技スポーツをやっている方は、重要な試合から逆算してトレーニングの計画を組むことが大切になります。そうすることで、「試合まで期間があるから練習量を増やして、ハードな練習に耐える身体を作ろう」「大会が近づいてきたので、練習量を落として筋力を上げよう」などと、自分に必要なトレーニングを判断しやすくなります。行き当たりばったりでトレーニングをしていると、身体のコンディションの変化に気付きにくく、怪我の芽を見逃しやすくなります。

 

<結論>

練習を工夫し体をケアしスケジュールを管理することで怪我は防げる場合が多いのです。特に陸上競技の場合はコンタクトスポーツではないので克己に努めれば可能です。

怪我で休部をメールしてきたので、多分もう会えない気がします。ここに怪我で落ち込んでいる教え子に「Never Give Up」とエールを送りたいと思います。

いつかどこかの競技場で会える日を・・・・

 

参考文献:ウイキペディア、厚別公園HP、TABIMINTON

 

 

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第18回「ホットレッグ」(2019年5月14日)

5月11日(土)バスケットボールBリーグチャンピオンシップで千葉ジェッツが相手に5分間得点をやらずに19点差を2点差まで縮めました。その間エース富樫にボールを集め彼は期待に応え連続得点を演出しました。

これがバスケットでよく言われる“ホットハンド(hot hand)”というものです。ホットハンドとは、試合中や練習中に神懸かりしたようにゴールを繰り返して決めるような時に使われる言葉で、正に“絶好調”と言う感じのことです。好調であれば味方からのパスも自然に多くなり、それに応えればますますボールが集まってきます。そのため1試合のゴール数が選手本人もビックリするような得点数になります。

例えば、2006年1月22日に行われたロサンゼルス対トロントの試合でアメリカNBA界のスーパスター、コービー・ブライアントが1試合81ポイントの驚異的な新記録を作りました(松浦俊介訳『科学で勝負の先を読む』)。これらこそ正に“スーパーホットハンド”と言えましょう。このような現象は恐らくバスケットボールだけでなくサッカーやラグビーなど多くのスポーツでみられる現象です。

バスケットボールにみられるホットハンド現象がランニングにも現れるのではないかと初代ランニング学会会長の山地啓司さんは考えています。「筆者がかつて選手であった頃、マラソンや駅伝のレース中にこの種の絶好調の状態を何回か経験したことがある。この現象をバスケットボールのホットハンドになぞらえて“ホットレッグ(hot leg)”と命名しよう。本来、駅伝やマラソンを走っていると生理的にはだんだん疲れてきて脚が思うように動かなくなるのが一般的現象であるが、レースの後半に差し掛かって何かの拍子に急に脚が快調に動き呼吸も楽になり、どんなにスピードを上げても走れそうな錯覚さえ感じられる時がある。それは長い時は数キロ続く。中盤にそんな状態になると自重しないと大きな落とし穴が待っているので用心する必要があるが、レースのゴール数キロ前になると大きく崩れる心配がないので思い切ってどんどんペースを高められる。そんな現象を経験した時はほとんど自己新記録を更新する」

一般に市民ランナーでも“ランナーズハイ”と言って長い距離を走っていると心身の陶酔感に浸る時があります。これを体感した時はもうランニングをやめることは難しくなります。ゴルフでナイスショットをした時や釣りで大物を釣り上げた際に竿の震えを味あうともうやめられなくなるのと同じです。

しかし、山地さんは「ホットレッグは酸素の収支のバランスが最高のレベルで調和し、しかも疲れた中で大脳は冴え攻撃的・闘争的状態、しかも脚は毒素が一気に抜けたような軽やかさを感じるものである」としてランナーズハイをさらに超越したものとしています。

小学生にこのことを感じさせるのは距離的に無理ですが、疑似的体感はできるのではないかと思います。何度も何度もハイスピードで1000mを走っていれば、脳ではそれがその子の最大距離と認識されます。いままで最後の第3コーナーでへばったのに第4コーナーまで何でもない、こりゃいけるかもと感じさせればそれがホットレッグの降臨となります。

苦しくないレベルのジョグとかFunランでは、ランナーズハイやホットレッグは得られません。走っていて「ちょっとキツいかも」「ヤバっ、苦しい」っていう段階を超えたときに、突然訪れることが多いようで、心臓にある程度の負荷をかけて辛くなるくらいのペースで走ることが必要になると思われます。一定以上の長い距離を走っていると、さっきまで苦しかったのに突然脚が軽くなって、呼吸もラクになり、気分がよくなる。なんだかどこまでも走れるような気がしてくるのですが、なんでそうなるのかは諸説がありますが、よく言われるのが「エンドルフィン」説です。肉体を苦痛から解放するために、ある種の「脳内麻薬」のような働きをする物質が脳から出るのです。それはこれまで厳しい練習をしてきた選手へのご褒美なのかもしれません。

 

 参考文献:ウイキペディア、山地啓司(初代ランニング学会会長)論文

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17回「山のあなた」(201956日)

55日の日曜日クラスの長距離の部で、小3の女の子が400mのインターバルを練習しました。タイムが落ちる中なんとかついてきたのですが、17時になり競技場を出なければならないと思った私は「残念だが練習はこれで終わりだ。競技場の外でダウンしよう」と言いました。保護者からは今日は夜間もあるのでまだいいのでは、というご指摘があり、事務所に聞きに行ったところその通りでした。そのため、選手らには「よかった。時間はたっぷりあるので残りの3本やるぞ!」と言って練習を再開しました。すると小3の女の子は思わず涙がこぼれ、お母さんのところで泣いてしまいました。もう終わったと思い、これまで耐えてきた気持ちが雲散霧消してしまったのでしょう。私はもうシャワーを浴びたような彼女に練習しなさいとは言えませんでした。

ここで思い出しました。私が中1の時大正テレビ寄席で三遊亭歌奴の「授業中」という落語を聞いていたことを。この創作落語はカール・ブッセの詩で上田敏訳の「山のあなた」が基になっていました。

山のあなたの 空遠く

「幸い」住むと 人のいう

噫(ああ)われひとと 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ かえりきぬ

山のあなたに なお遠く

「幸い」住むと 人のいう

山の向こう、ずっと遠い空の彼方まで行けば、幸福があるのだと誰かが言った。

それならばと私も他の人を誘って探しに行ったけれど、欲しかった幸福は見つからず、涙を浮かべて帰ってくるしかなかった。

すると、さらに誰かが言う。

その幸福なら、あなたが探しに行った場所よりも、確かもっとずっと遠い山の向こうにあるのに、と・・・。

という意味です。

「コーチよ、しっかりしろ。こっちは一生懸命やっているのだ。追加などできるか。終わりと言ったら終わりだ。あと3本なんて気持ちがもたない」

コーチは子供たちの身体のことだけでなく、心もケアしなければなりません。今また小3の女の子に教わった気がします。

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16回「目標設定」(201951日)

年号が「令和」に変わりました。新たな元号が始まり、これから20年、30年自分にとってどういう時代にしようかと思いを巡らしていらっしゃる方も多いのではありませんか。

毎年新年の目標を明確に立てる人もいれば、立てない人もいます。立てて意識し続けることができる人もいれば、意識し続けられない人もいます。もう私のような年齢になるとここ数年間の目標は「家内安全、健康第一」しか思い浮かびませんでした。少なくともバンビーニ陸上クラブを立ち上げるまでは・・・・

 目標を意識し続けることは簡単ではないかもしれません。しかし、目標を持ち続けることで人の意識の状況はずいぶん変わり、その結果、行動もその後の展開も大きく変わります。

心理カウンセラーの藤田耕司さんは

「人間の脳は脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたいふかつけい)という部位で視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚からインプットされる五感情報の取捨選択を行っている。人間は五感を通じて絶えず情報をインプットしているが、その情報のすべてを同じレベルで同時に認識し続けると情報がオーバーフローしてしまう。

 そのため、脳幹網様体賦活系で重要な情報と重要ではない情報との選別が行われる。重要だと判断された情報は意識に残るが、重要ではないと判断された情報は五感で感じたとしてもスルーされ、意識に残ることはない。

 例えば、試験勉強をしている時、靴下が足に触れている感覚を意識していたり、かすかに聞こえる空調の音を意識していたりすることはないだろう。ほぼすべての意識は英単語が書かれた参考書に向けられているはずである。このように五感からのインプット情報を取捨選択しているのだが、強い関心を持っている情報に関しては重要情報だと判断し、優先的に意識にあげてくれる」(一部加筆)と言っています。

 新しいスーツを買うという目標を考えている時、街を歩くと他の人のスーツが目につくようになります。携帯電話を買い替えようとしている時は携帯電話のCMが目に留まりやすくなったり、他の人の携帯電話が目につくようになったりします。こういった経験は皆さんおありだと思います。

毎年「今年こそ平均体重になるぞ!」「簿記1級を取ろう!」「今年こそ結婚!」こんな目標を立てようとしている方は残念ながら思いは遂げられる確率は低いです。年末になって「また今年も出来なかった」と絶望するよりも、新年の目標設定の仕方を少し工夫して達成できる目標にするべきです。

目標の立て方に失敗すると、自信喪失につながってしまいます。皆さんも目標を達成できなくて落ち込んだことはありませんか? それは、目標を達成できないあなたが悪いのではなく、達成できない目標設定をしてしまったからかもしれません。

方や臨床心理士林田一氏はおもしろい例をあげています。

あるギャンブル依存症の方がいるとしましょう。この方は月に10万円パチンコでお金を失っています。そして彼はある日こう思います。

「もう金輪際パチンコはやめよう! 」

しかし、次の給与が出ると、財布にお金が沢山入っていることに気づきます。彼は我慢することができずにパチンコをして給料をすべて失ってしまいました。「こんな俺は生きている価値がない。」彼はすっかり自信を失ってしまいました。

 この場合も、パチンコに行ってしまった彼が悪いというより、目標設定の仕方が悪いのです。もちろん、依存症の場合パチンコを辞めるというゴールが大前提です。しかし、いきなり「パチンコを辞める」とだけ目標設定をしてそれに挑戦するのは、山に登ったことがない人がマッターホルンの登頂を目指すようなものです。極端な話ですが、この目標を「財布に1,000円しか入れない」、「繁華街に近づかない」などに変えてあげることで達成可能な目標になります。達成可能な目標を細かく達成することで、自信もつき前向きな気持ちになるでしょう。

自信を失いやすい方は、日々の目標設定の仕方を少し見つめなおすだけで、明るく健康な毎日を送れるかもしれません。

バンビーニ陸上クラブは埼玉県の強化指定選手をつくりあげることを目標にしていますが、最初から厳しいタイム設定はしていません。長距離における練習で、インターバルトレーニングをします。

インターバルトレーニングは平均スピードを徐々に上げて行くトレーニングで、コーチである私が子供たちの成長具合を見て設定します。設定してもできない子が出てきます。努力してできない子には「200mx10の時まず半分の5本を設定タイムで帰ることをめざしなさい。それができたら次は7本、8本最後は10本すべて設定タイムをクリアする。すると今度はステージを上げて強化選手B指定のタイムを、クリアしたらA指定のタイムを、と目標を上げて行く」と教えています。最初からA指定のタイムは設定しません。まずは自己ベストから設定していきます。

達成可能な目標設定は、「重要性」と「出来ると思うかどうか」がポイントです。「出来ると思うかどうか」の意義は、以前書いた「人類の壁」でも申し上げました。当クラブでは、子供たちには達成可能な目標設定にしてあげています。

もう一つの要素「重要性」が揃うと、その目標は達成可能な目標となります。重要性とは、その目標を自分が重要だと思っているかどうかです。

例えば「禁煙する!」という目標にした場合、「本当はやめたくないけど嫁がうるさいし、とりあえず禁煙宣言しようかな」とか思っていると100%うまく行きません。人間は思ってもいないことを言うことがあるのです。新年の目標の場合、よくあるのは「とりあえず言っとけ、できなかったらできないでまあいいや」です。

「目標は立てたからには絶対に、100%、なにがなんでもやりきる」という強い想いがないならば、それは重要性を認識している目標とは言えません。逆にこれだけ強い想いのない目標は達成不可能です。「一応目標たてといてできたらラッキー」という気持ちでは目標達成はできません。

このように「重要性」と「出来るかどうか」に着目して目標を立てると達成可能な目標設定となります。

元号改変は、大きな目標を立ててしまいがちです。勢いでその目標のまま走り抜けてしまうと「また今年も出来なかった」と何年も同じような絶望感に襲われてしまうことでしょう。今、一歩立ち止まって、「重要性」と「出来るかどうか」に着目し、目標設定をし直してみることが大切です。そうすることが目標達成した一皮むけた自分に近づく最初の一歩なのです。

 

参考文献:臨床心理士林田一氏談、心理カウンセラー藤田耕司談

 

 

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 第15回スポーツおける「菊と刀」(2019年4月22日)

私が学生だったとき、「菊と刀」(*)という本を読んだことがあります。アメリカ人が日本との開戦を予測して日本および日本人を研究したことを後日まとめた本でした。アメリカ人はこんな風に日本や日本人を観ていたのだとあきれるやら感心したことがあります。ここまで分析されたら戦争に負けるわけです。アメリカ軍は日本人の行動を熟知しており、カレンダーで4月29日は天皇誕生日、11月23日は新嘗祭、2月11日は紀元節と日本人のけじめある祝日を理解し、この日は防備を徹底しています。なぜなら追い詰められた日本人が「万歳突撃」をする心理的決断日になることが多いのです。

(*)『菊と刀』は、アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトの戦時中の調査研究をもとに1946年に出版されました。ベネディクトは、フランツ・ボアズより教わった急進的な文化相対主義の概念を日本文化に適用するべく、恩や義理などといった日本文化『固有』の価値を分析しました。本書は戦争情報局の日本班チーフだったベネディクトがまとめた5章から成る報告書「Japanese Behavior Patterns (日本人の行動パターン)」を基に執筆されたものです。蛇足ですが、ベネディクトは女性でかつ日本に行ったことのない文化人類学者でした。日本人の書物を読み、日系人に会ってまとめたものだったのです。

さて、「インターバル」に掲載する資料を集めているうちにライトナー・カトリン・ユミコさん(ウイーン大学卒哲学博士)の『外国人からみた日本のスポーツにおける「ふしぎ」─ 2016 リオ五輪における日本人アスリートの立ち居振る舞いに着目して─』の研究ノートを見つけました。

スポーツにおける「菊と刀」を見つけたようで懐かしい気がしましたので、ご紹介します。

長いので、要約しますと、日本人は必ずオリンピックになると「金メダル宣言」をし、負けたらTVの前で「謝る」。さらに相手を称えるなどレースまた試合の駆け引きや敗因の分析をしない傾向にある、としています。謙虚である日本人の行動を非難するのでなく、外国人ではやらない行為に不思議かつ称賛の念を抱いているとのことでした。

彼女以外でも、きっとどこかライバルの国が、陰で「スポーツでの日本人の行動」を事細かく分析し、対戦競技では丸裸にされてしまうのでしょうね。怖い、怖い。

<論文抜粋>

1.「金メダル宣言」

「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」という近代オリンピックの創立者であるピエール・ド・クーベルタン男爵による有名な言葉は世界的に知られているが、近年のオリンピックに出場するトップアスリートの多くにとって、オリンピックにおいて金メダルを取ることの方が、競技人生の最大目標であるに違いない。 しかし、そうした中で、多くの日本人選手が、メダル候補でない選手を含め、大会前に「金メダルを宣言」する風景は、日本の「Rio 2016」報道で初めて目の当たりにした。柔道やレスリングをはじめ、体操や水泳等の選手でも、特に、メディアに対するインタビューにおいて、「必ず金メダルをとる」や「絶対に金メダルを持って帰る」というような宣言をするアスリートを見て、「堂々と宣言ができてすごい」と率直に思った一方で、「このようなことを言ってしまって大丈夫か」と心配にもなり、複雑な気持ちであった。

 世界ランクの上位に入り、オリンピック前の様々な国際大会において優勝の経験もあり、優勝の最有力候補と言われる選手であれば、金メダルが取れる自信もあるであろうことから、実際にその目標を言葉にすることによって、自分自身の目標をより明確に現実的なものにしようと意識を高めることは、選手によってはオリンピックへの一つの備え方であるかもしれない。しかし、それほど金メダルが期待されていなくても金メダルを取る宣言する選手を見ると、自分自身に余計なプレッシャーをかけているようにしか見えず、なぜこのような発言をするのか「ふしぎ」に感じる。

 オーストリア人選手のメディア対応と比較をしてみると、金メダルを取る可能性について聞かれる場合は、多くの選手が「金メダルについてはあまり考えずに一試合一試合を大事にして全力を尽くしたい」や「特にオリンピックでは、何が起きるかはわからないので、金メダルについては深く考えていない」等のようにコメントをする。つまり、どちらかというと、とにかく自分自身に余計なプレッシャーをかけないように慎重に答えるアスリートが多いのだ。

それだけでなく、その競技の誰もが認める、ほぼ金メダル確実といわれる選手でさえ、メディア側が世の中の注目が集まるであろうビッグ・ニュースになりうるメダル獲得宣言という答えを引き出そうと、しつこくメダルに関する質問を繰り返しても、以上のようなコメントで交わし、メダル宣言は極力しないような対応をするアスリートがほとんどなのである。

 この「金メダル宣言」をジャパノロジー分野においてもよく議論されている性格的特徴という観点からみてみると、一般的には謙虚で控えめ、アピールを好まないといわれる日本人が積極的にメダルを取る宣言をしているのに対して、普段の生活ではアピール感が強いといわれる欧米人の方がむしろメダルを取る確率について慎重に答えているという姿は、非常に「ふしぎ」なことであると考えられよう。

個人的には、歴史的に「根性論」に基づいて語られてきた日本のスポーツだからこそ、「実力を度外視して、誰もがとにかく強い気持ちや志をみせなければならない」等のようなスポーツというものに対する精神力を賛美する理由から、多くの選手が、義務のように金メダル獲得を宣言してしまうのではないかと考える。

2.「負けたら謝る」

金メダル宣言と同様に、「負けたら謝る」という 2016 リオ五輪に出場した多くの日本人アスリートにみられた立ち居振る舞いも、外国人からみる日本のスポーツにおける謎の一つであるといえる。その中で、そもそもそこまで金メダル候補として期待されなかったであろうという選手でさえ、インタビューで泣きながらも謝るというのは、「ふしぎ」な光景であった。

オーストリアにおいて、サッカー等といったチームスポーツの場合は、個人のミスでチームが負けたときは、テレビのインタビュー等のメディア対応においてチームメイトに謝るという風景は度々見受けられる。しかし、個人競技の場合は、アスリートが、特に「なぜ」という理由も、「誰に」という対象となる人物も述べずに、とにかく金メダルが取れなかったことを「謝る」ということはない。この場合には、期待に応えられなかったこととその原因について、自分自身の感情や感想を表現し、試合のパフォーマンスを分析するということが一般的であるのではないかと考えられる。

おそらく日本人の場合には、応援してくれている人やサポートしてくれている指導者、あるいは家族及び友人に対して謝っているのではないかと推察はできるが、実際に「誰に」そして「なぜ」謝っているのかは、日本人でない身としては理解しがたいことであるといえよう。

常負ける原因を考えてみても、「何等かの理由で実力や持っている力を発揮できなかった」、「その日は相手が自分自身より強かった」や、「判断ミスをしてしまった」等は推察される。いずれも意図的に負けるようなものでなく、したがって、(当事者が)謝らなければならないものとして受け止めなくてもいいと解釈される。

また、「Rio 2016」における報道を振り返ってみても、「謝って当然」や「謝るべき」と、選手の謝る姿に納得するメディア関係者や元アスリートであるテレビの解説者もいないように捉えられる。それだけでなく、「十分に頑張っていましたね。本当にお疲れ様です。」という日本的な言い回しで、むしろ選手を励ます場面が多くみられたことから、むしろアスリート以外の様々な人には選手たちが金メダルを取る難しさと、彼らが競技以外の生活を犠牲にしてまでその目標に向けて世界と戦って頑張っている過程こそが評価されているようにみえる。このような対応のズレをみていると、選手以外の人々の方が、オリンピックで金メダルを取ることの難しさをアスリートより理解し、オリンピックというものをより現実的に捉えているような印象は受けてしまう。

しかし、日本人ならではの性格やそれによる考え方という視点から謝っている日本人選手の立場になってみると、もしかすると負けた原因を分析すると世間的に言い訳や責任逃れと批判される恐れがあるということから、対外的にはわざと試合内容やパフォーマンスを冷静に分析しないのではないかとも考えられる。応援されている人にどのように見られるかという、周りの目を本人の評価に直結するものとして受け止め、それが「負けたら謝る」という立ち居振る舞いにつながるのではないかとも考えることはできよう。

3.「相手を称えない」

スポーツにおいて試合で負けるというのは、様々な理由はあるものの、基本的には、相手がより強かった、速かった等、パフォーマンスがより優れていたからであるといえるのではないだろうか。さらに、より優れたパフォーマンスを発揮できたその相手を称えるという行為も、オリンピック等といった国際的なスポーツイベントではよく目にする。しかし、筆者が日本でみた2016リオ五輪の報道で取り上げられた日本人選手には、そのような行為をとるアスリートを一人も見ることがなかったというのは、本稿で述べる日本のスポーツやアスリートにおける3つ目の「ふしぎ」である。

もちろんどうしても相手を称えなければならないわけではなく、また外国人選手の誰もがそのようなことを行うわけでもないが、今まで多くの外国人選手にみられたこのような行為を日本人選手において(筆者が見る限りにおいては)一切目にしなかったというのは、衝撃的なことであった。

「負けたら謝る」という行為に対する解釈に類似しているが、相手を称えることによって敗因を自分自身に起因させるのではなく、誰かのせいにするような言い訳や責任逃れと思われる可能性がこのような行動をとる原因の一つとして考えられるのではないだろうか。しかし、可能な限り準備や調整を経て、最高の状態で臨んだ大会において、自分自身のベストパフォーマンスや実力をすべて発揮ができたのに、最終的に負けて銀メダルに終わるという展開も、特にオリンピックにおいて度々みられるが、その場合には、優勝をした相手とそのパフォーマンスを率直に称えていいのではないかと筆者は考える。ましてや僅差で勝負した相手は、常に競い合って厳しいトレーニングや練習を乗り越えてきた者同士としてその苦労を一番に理解できるからこそ、金メダル獲得を称賛するというのは、むしろスポーツマンシップそのものなのではないかとも考えられる。それは、自分自身を否定してしまうということではなく、さらには、競技人生を終えなければならないことを認めることでもないであろう。

外国人の日本人アスリートに対する「疑問と尊敬」

「ふしぎ」だから非難をするのではなく、むしろ外国人として到底考えが及ばない彼らの行動の背景を認めるだけでなく、さらに一歩踏み込んで自分自身にはできないであろうという考えから尊敬を払う人すら多くいるのではないかともいえる。それは、本稿のテーマである日本人のオリンピックアスリートに関していえば、彼らの多くが金メダルという大きな責任を負い、誰にも頼らずに一人で世界と競おうとする覚悟でオリンピックに臨む姿に対してであり、多くの外国人アスリートがそのことに敬意を表するものであるからに違いない。

参考文献:ウイキペディア、『外国人からみた日本のスポーツにおける「ふしぎ」─ 2016 リオ五輪における日本人アスリートの立ち居振る舞いに着目して─』の研究ノート

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第14回「タイガー・ウッズ」(20019年4月16日)

昨日終わったゴルフのマスターズではタイガーウッズが優勝しました。タイガーウッズは、母親の勧めで始めた習慣で最終日は赤系のシャツを着ます。タイガーの写真は赤いシャツで写っていればどこかの大会の最終日と考えて間違いありません。タイガーが優勝することは期待していた人は老若男女多かっただろうと思います。なぜなら昔の彼は強かった。一番強い時の印象は神がかったパットです。グリーンの傾斜、芝目などあらゆるファクターをインプットしてあさっての方向に打ち出し、しばらくするとボールはゆっくりとカップに向かって行きました。さらに、追いかけるタイガーは積極的に攻めます。あと10cm後ろだったら池ポッチャになる場合でも負けている時はガンガンピンにからめてきます。まるで1位でなければゴルフでないがごとくです。マスターズは1位2億3千万円、2位1億4千万円、3位8千7百万円ですので、2位でもいいんじゃないのと思うのですが・・・

タイガー・ウッズの強さの秘密は、いろいろありますが、藤原和博さん(メンタルトレーナー)は彼の「脳の使い方」にあるといっています。タイガー・ウッズは「自分は世界ナンバーワンのゴルファーだ」という自分自身の能力に関する自己評価を持っています。

この自分自身の能力に関する自己評価のことを『エフィカシー』といいます。

エフィカシーの高い人は、新しいことにチャレンジするとき、チャンスの場面、逆境に立たされたとき、「自分なら素晴らしい結果を出せる!」と考えます。エフィカシーを上げていくのに、過去は一切関係なく、根拠はいりません。なぜなら、「自分自身の能力に関する自己評価」だからです。他者からの評価ではありません。

2005年10月、世界ゴルフ選手権の最終日に、タイガー・ウッズとジョン・デーリーという2人のゴルファーが優勝争いをしていました。最終の18番ホールが終わった段階で、同スコアで並び、勝負はプレーオフに持ち越されたのです。そして、迎えたプレーオフ2ホール目。タイガー・ウッズは先にパー・パットを決め、ジョン・デーリーが距離1メートルのパー・パットを決めれば、さらに次のホールへと勝負が持ち越される場面。もしあなたがタイガー・ウッズの立場だったら、このとき、どう思うでしょうか?おそらく、たいていの人は「外せ!」と思うのではないでしょうか。ジョン・デーリーが外せば、タイガー・ウッズの優勝が決まる場面で、タイガー・ウッズは、なんとジョン・デーリーのパットを本気で「入れ!」と願っていたのです。「外せ!」と思ってしまうことで、無意識に自分は相手と同じであるか下であると評価していることになってしまいます。「相手が外すことで優勝できる」と考えるということは、「相手が外してくれないと自分は勝てない」と自分に言っているのと同じです。タイガー・ウッズには「自分は世界ナンバーワンのゴルファーだ」というエフィカシーがあります。このエフィカシーを維持するためには、ジョン・デーリーが最後のパットで「外せ!」なんて思ってはいけません。

「世界ナンバーワンのゴルファーの自分が、相手のミスによって優勝が決まるなんて、自分らしくない。もっと自分はすごいプレーができる人間なんだ!」と思っていました。実際に、ジョン・デーリーが最後のパットを外した瞬間、タイガー・ウッズは本当にガッカリした顔をしていました。それは、最高のプレーで優勝するイメージがタイガー・ウッズの頭の中にあったからです。

 藤原さんは決して、エフィカシーはタイガー・ウッズだけが特別ということではないとも言っています。脳の使い方なので、練習していけば誰でも上手に脳を使いこなすことができるのです。

人はみな、天才として生まれてきているのです。生きていく過程の中で、そう思えなくなっただけです。小学生の頃出展した絵のコンクールでいつも3位までに入った自分や一度聞いた音楽をほぼ同じようにギターでひけた自分を思い出してください。あの時学校や親の理解や援助があったらきっと今頃は1号200万円の画家になったし、カーネギーホールが一杯になる音楽家になっただろうと考える方はいらっしゃると思います。

自分の子どものことを低く見なさないでください。子どもたちは、とてつもない可能性を秘めています。つまり、子供たちの能力・価値はまだまだそんなものではないということです。今度はあなたが理解と援助を与えてやる巡り合わせなのです。

「自分はただのゴルファー」だと思っていれば、本当はもっとできるのに、脳はそのエフィカシーに合わせて力をセーブします。「自分ならもっと上手にプレーすることができる!」と思うこと。そこに過去は一切関係なく根拠もいりません。

エフィカシーを上げていくためには、陸上競技・人間関係・学業、何か一側面の上手くいかなかったことを見て、自分のことを責めないことです。その時はその子らしくなかっただけです。

このパットが入れば2億円、外せば1億円、つまり1パット1億円になるわけで、私なら1mの距離でも手が動かなくなり打てません。タイガーは7mの距離でもウインニングパットが入ったイメージしか持っていません。入らないことを考えていないのです。みんなタイガーのようになりましょう。

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 第13回「ルーティン」(2019年4月10日)

ラグビーの五郎丸選手で有名になったルーティン(routine)は、スポーツ心理学では「アスリートがパフォーマンスの前に行う儀式的な動作の事」を指します。

五郎丸選手の前にはイチロー選手のユニフォームの袖をつかみバットをセンター方向にバットを立てる動作が有名でした。まず何人かの有名選手のルーティンをご紹介しましょう。

(1)琴奨菊(相撲)

立会直前の胸を反る動作「琴バウアー」

(2)内村航平(体操)

跳馬の前に両手を前に差し出すポーズ

(3)ウサイン・ボルト(陸上)

スタート前胸で十字を切るしぐさ

(4)C・ロナウド(サッカー)

フリーキックを蹴る前に右足から後方に4歩、最後に左に1歩動き仁王立ちする。

(5)浅田真央(フィギア) 

左足からリンクに入る。前進、後進の周回、左右交互の足で滑るジグザグ滑走などの一連の動作。プロの選手は多かれ少なかれこのようなルーティンがあります。

では、なぜこのようなルーティンがあるのでしょうか。まず一つ目は短時間で極度の集中状態をつくれるからです。

受験勉強やダイエットのための運動はなかなかやる気が起きません。脳は他の臓器に比べて怠け者で疲れることが嫌いです。脳の負担を軽減するためには、脳をなるべく使わない無意識の動作をすることです。それがルーティンなのです。やることややる手順が決まっていたり、同じ時間に行動することで体が自然に反応してくれます。

サラリーマンでも同じです。ある人は、会社に着いたらまず缶コーヒーを飲み、PCを開いてヤフーニュースを見る。毎日の売り上げを確認し、生産管理の某さんに電話する。これが仕事に入るルーティンなのです。

次に、ルーティンをすることは、自分を客観視することができるからなのです。毎日同じ動作を重ねれば重ねるほど、ちょっとした自分の体調の良し悪しに気づきやすくなります。今の自分が不調なのか普通なのか好調なのか確実に区別できる人は少ないと思います。不調も続けば普通になってしまうからです。

相撲は古いスポーツですが、そのせいか体験や経験に裏付けられており、練習方法にも多くの型があります。最初中卒で入門する子は型を守るのに窮屈な思いをしますが、慣れてくると結果的に自分を自由にしてくれます。型どおり練習していればちょっとした食い違い(好調か不調か怪我をしているか否かなど)を親方らが指摘してくれるからです。

ルーティンが流行っている現在、間違ったルーティンもあります。

当クラブに在籍したお子さんでルーティンだと言って大会当日アップ前に「納豆巻き」を食べる子がいました。保護者様もわざわざ買ってきて納豆巻きを食べさせます。それはある大会で時間がなく納豆巻きを食べて出たら、たまたまベストが出ただけなのです。ルーティンとゲン担ぎとは違います。さらにそのお子さんの保護者様は大会当日アップ前にマッサージをします。小学生にマッサージはどうかと思っているのに試合直前にマッサージをするなんて・・・しかし、これもルーティンだと言ってコーチの言うことを聞きません。独断偏見のルーティンもまた危険です。

プロ野球の野村監督が試合に勝つとパンツを変えないというゲン担ぎは有名な話ですが、試合で勝つ理由にはなりません。データー野球の神様でも最後はわけのわからない行為をするものです。

参考文献:ウイキペディア、予防医学研究者石川善樹論文

 

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 第12回「イノベーション」(2019年4月2日)

社会ではイノベーションという言葉をよく耳にします。

イノベーションとはそれまでのモノ・仕組みなどに対して全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことと言われています。

陸上競技の世界にもイノベーションがありました。ただ、ルールという規制で折角のアイデアがつぶれてしまうことも希にあります。

(1)ルール改正によって消えて行ったイノベーション

まずは走り幅跳びに登場した「回転跳び」です。

そり跳びやはさみ跳びなど従来の跳躍方法はすべて、踏み切り時に踏切足をつっかえ棒のように地面に叩きつけ、その反発力を上方向への上昇力に変えて飛距離を生み出すという考え方に基づいています。踏み切ったあとは前方上方向への推進力がかかっているため、放っておくと上半身に前方向への回転がかかってしまい着地でつんのめってしまいます。体を反ったり手足を交互に動かす空中動作は、その回転力を打ち消すための工夫なのです。

回転跳びでは踏切足をつっかえ棒にはしません。むしろ走り抜けていきます。そして前方への回転力を打ち消す動作をするどころか、逆に積極的に回転を加えます。そこが革新的なのです。

従来の跳び方に比べ記録が伸びる理由は、そり跳びやはさみ跳びの場合、踏切足をつっかえ棒にして上方への推進力を生み出すために、踏み切り前にいったん上体を後ろにそらし「ため」をつくる動作を入れる必要があり、なおかつ、踏み切りの際にブレーキ効果が発生してしまうのに対して、回転跳びの場合、助走の姿勢をそのままに走り抜けることができ、ブレーキがかかりにくいことが挙げられます。また、着地の際に記録を伸ばすため、足をできるだけ前方に振り出して着地したいのですが、そり跳びやはさみ跳びの場合、あまり振り出し過ぎると尻もちをつくか背中が付いてしまって結果的に記録が落ちてしまいがちです。

それに対して、回転跳びの場合、前方宙返りで前回転の力がかかっているので、目一杯足を振り出しても尻もちを付きにくいのです。

私が学生の頃「陸マガ」や「陸上競技」に紹介され、一時ブームになりました。しかし、ブームが起こって半年たつかたたないころ、世界陸上競技連盟は、危険性が高いという理由により、回転跳びの禁止を決定しました。現在でも日本陸上競技連盟編陸上競技ルールブック第185条には「助走あるいは跳躍動作中に宙返りのようなフォームを使ったときには無効試技とする」と規定されています。 

悲運なアイデアは「やり投げ」にもあります。

現在の国際基準ルールでは、助走からクロスステップをつけながら、やりを前方に真っ直ぐ投てきするという、スタンダードな方法しか認められていません。

しかし実は、このような現在の投法とは全く違った「回転投法」が、やり投げの世界にも存在していたということをご存知でしょうか。

投げる方向に対して背を向け、そこから一気に体をひねることで、やりを飛ばすための推進力を生みだします。この方法では助走をつけることができませんが、回転によって生まれる遠心力を使った投てきは、非常に強力だったそうです。また、通常の投法ではやりの中心部あたりを持ちますが、回転投法ではやりの後端を握っていました。あえて後端をもつことにより、いわばハンマー投げのように、大きな遠心力を生み出すという狙いがあったのでしょう。

すでに禁止されてしまった回転投法ですが、その威力は本当にすさまじいものでした。

というのも、かつて回転投法によって叩き出された記録は、技術の進歩した現在のアスリートたちをもってしても、越えられない壁となり立ちはだかっているからです。記録に残っているなかで、一番最初にやり投げの回転投法が確認されたのは1950年代のことでした。名前は不明ですが、当時のスペインの選手がやり投げの大会で、回転投げを披露したことが記録されています。しかし彼はこの方法を用いて、なんと100m以上もの飛距離を叩き出しているのです。この時代の世界記録が86m04だったことを考えても、100m越えという記録が、いかに飛びぬけたものだったのかが分かります。

その後、数々の選手がスタンダードな投法で飛距離を伸ばし続けてきました(現在の世界記録は98m48)が、残念ながら現在に至るまで、回転投法による記録を超えるものは現れていません。

回転投法が禁止された理由はいたってシンプルで、「危険だから」という一点につきます。上手くいけば100mを軽く超えてしまうポテンシャルを秘めた回転投法…裏を返せば、失敗すると客席に向かって飛んでいく確率が高い、危険な投法でもあったのです。

残念ながら禁止されてしまった回転投法ですが、もしも今でも回転投法が有効だったとしたら、世界記録は120mや130mに到達していたかもしれません。

最後に走り高跳びについてお話しします。体操の床運動を見たことがあると思いますが、お気づきのように白井が跳んだ時の足先は優に2mを超えています。たぶん、彼の床運動のジャンプをそのまま走り高跳びにつなげたら世界記録(2m45cm)は超えると思います。ただ、日本陸連の規定では走り高跳びにおいて「競技者は片足で踏み切らなければならない」となっており、白井のオリンピックで走り高跳びの金メダルは実現しないのです。白井が高く跳ぶ時、実は両足踏切なのです。

「より速く、より高く、より強く(遠くへ)」のオリンピックのモットーは今後も様々な制約内でおこなわれることでしょう

(2)ルール内でのイノベーション

ルール内においてイノベーションをもたらした最大の功労者は、走り高跳びのフォスベリー(アメリカ)でした。彼は背面跳びの考案者兼実践者だったのです。

いまや選抜競技の世界ではほぼ100%の選手がこの背面跳びで跳んでいます。しかし初めからこのような状況になったわけではありません。

私が中学生の頃は、ほとんどがはさみ跳びかベリーロールでした。ベリーロールはお腹を中心にしてバーの回りを巻くように回転しながらクリアする跳躍方法で、助走開始からバーをクリアして着地するまで終始バーを見続けることができ、体の先端から順次バーを巻いていくことにより、比較的低重心でバーをクリアすることが可能です。ただし習得が難しく高度なテクニックを要求されます。特に最後の抜き足をバーに触れずにどう処理するかが最大の課題になります。空中でお腹を中心に回転する動作を十二分に完結できないため、最後に足が触れてしまうのです。

高校生から大学生時代のフォスベリーは元々正面跳びの選手でしたが伸び悩みを感じていました。そしてご多分にもれずベリーロールに転向しましたがなかなかうまく使いこなせません。そんなある日の大会でバーが限界近くに上がりベリーロールの難しさを感じて試技の途中で正面跳びに戻して跳躍したところ、バーをクリアしようとして無理矢理腰を上げて頭と腰がほぼ水平状態になった際に、この新しい跳躍法の着想を得たようです。おそらく腰を上げた際に頭が天空を仰ぐ形になると同時に、頭が先に流れていき、ちょうど背面跳びに近いようなクリアの仕方になったのではないかと想像します。

フォスベリーは正面跳びとベリーロールの限界に見切りをつけ、本格的に背面跳びへの挑戦を始めます。そして周りの者が奇異の目で見つめる中、全米大学選手権に優勝し、オリンピック代表選考会も見事に通過し、1968年メキシコオリンピックで金メダルを獲得します。メキシコオリンピックで背面跳びはフォスベリーひとりでした。

背面跳びが登場し、記録もそこそこ出るようになっても、すべての専門家がはじめから背面跳びの優位性を簡単には認めたわけではありません。

跳躍時にわざわざ体をひねってまでして後ろ向きになること、バーがほとんど見えない状態でクリアしなければならないこと、体の屈曲は背中で海老反るより腹で曲げる方が容易なことなど、背面跳びを否定する要素はいくらもありました。そして何より、それまでは最終的に着地する足からバーに飛び込んでいくのが常識ななか、無謀にも頭(それも後頭部)から飛び込んでいき、着地も背中やへたをすると頭から落ちていくことへの心理的な抵抗、危険性の指摘は大きかったと思います。

 しかしそんな否定論など、実際に跳んでみて背面跳びの優秀さを目の当たりにした選手にとっては何の障害にもなりません。実際に跳んでみると、跳ぶ前に抱いていた「背中でバーを越えることの難しさ」が実は意外なほど難しくないことに気づきます。そしてベリーロールの抱えていた抜き足の難しさが一連の自然な動作の中で見事に克服されていることにも気づきます。また、バーに背を向けることで高さへの恐怖をいくばくか和らげることができる利点にも気づきます。

そして何より、これまで正面跳びとかベリーロールで何とか跳んでいた自己ベスト記録をいとも簡単に更新できることに気づいたとき、もう背面跳びから逃れられなくなります。

(3)今後のイノベーション

当クラブは走るのが主体のクラブですが、走法のイノベーションには限界があります。ただ、練習方法には工夫の余地があります。画期的な練習法をつくることはコーチの役割と心得ております。ザトペックが実践したインターバルトレーニングは練習方法のイノベーションでした。これはこれで実施し、さらに子供たちにあった新トレーニングをつくっていきたいと考えています。

 

 参考文献:ウイキペディア、上智まさはるの陸上競技、うさりく先生の陸上教室

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第11回「人類の壁」(2019年3月25日)

 陸上競技で1マイル走という競技がありました(1マイルは1609メートル、ヤード・ポンド法を採用している国、アメリカやイギリスなどでは根強い人気)。

 1923年に空飛ぶフィンランド人と呼ばれたパーヴォ・ヌルミ選手が4分10秒3という驚異的な記録を打ち立て、「もう二度とこの記録は破られないだろう」「1マイル4分を切ることは人類の運動能力では不可能だ」と言われ、それが定説となりました。そして、その記録は長い間破られることはありませんでした。

 それから31年経った1954年、当時オックスフォードの医学生であったロジャー・バニスター選手が3分59秒4という記録を出し1マイル4分の壁を破りました。ついに人類の壁を超えたのです。

 さて、ここからが面白いところです。ロジャー・バニスター選手が3分59秒4という31年ぶりの大記録を出したわずか46日後、オーストラリアのジョン・ランディ選手が3分58秒0という記録をだし、あっさりと世界記録を塗り替えてしまいました。31年破られなかった記録がわずか46日で。

 まだまだ続きます。その年になんと37人が1マイル4分の壁を突破したのです。そして、翌年にはなんと300人もの選手が1マイル4分の壁を破りました。

 1マイル4分の壁、そんな壁は果たして本当に存在したのでしょうか。その壁とは人間が作り出した固定観念や思い込みです。しかし、たった一人がそこに壁などないことを証明すれば他の人も続くことができます。このように、「できない」「不可能」と思っていることでも、「できるかもしれない」「できた」という経験や認識によって、今までできなかったことができるようになります。世界記録を更新する鍵は、「更新できるかもしれない」という「認識」だと思います。

 誰もがロジャー・バニスター選手のように自ら先頭に立って壁を破ることは難しいしでしょうが、ジョン・ランディ選手やその後に続く37人、300人にはなれるのではないでしょうか。

自分の常識の壁(小学生なら1000m3分10秒)を取り払ってくれるぶっ飛んだ人(1000m2分55秒)と多くの時間を過ごし、その人が苦しんでいた過去(3分10秒を切れなかった頃)を知り、一緒に練習することで彼の実力(2分55秒)を肌で感じ、あなた自身も自分の狭い壁を取り払ってほしいと思います。そうすれば、一人の人が頑張って突破した壁をみんなで超えていくことができ、バンビーニ陸上クラブの進化が早まるのではないかと考えています。

明後日、それを実践しに合宿に行ってきます。

参考文献:ウイッキペディア、河上信之輔氏コラム、MAX氏コラム

 

 

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 第10回「ポジティブ思考」(2019年3月19日)

陸上競技でいつも結果が振るわない人。練習を誰よりも頑張っているのに、結果が出せなくていつも周りの期待を裏切ってしまう。そんなお子さんは少なくありません。当クラブは保護者様の目が厳しいので、そのような場合いつもコーチの自分が針のむしろに座らせられている気がします。しかし、この場合原因の多くはお子さんの性格や心理的な面にあるのです。その場でコーチがこのことを言うものなら「言い訳するな」と糾弾され、つるし上げられそうなので言いません。ここでこっそり主張します。あくまでもこっそりです。

大会で入賞できないのは、子どもの頭がいいからなのです。頭のいい子はネガティブ思考に陥りやすいのです。ネガティブ思考を持つ子は、練習や試合でほんの少し思い通りにいかないだけで落ち込む児童です。いつも現状に満足しない謙虚すぎる児童も当てはまります。コーチや保護者に怒られて、根に持つ児童も該当します。

これらは全部、陸上競技に関してマイナスへ働いてしまいます。心と体は繋がっています。これを心理学では心身相関と言い、顕著な例が、飲んでいるジュースに毒を入れたと言われたら、それが事実でなくとも人はだんだん気分が悪くなり嘔吐してしまうでしょう。このように自分がイメージしたことは行動にそのまま出てしまうものです。自分が疲れたと思い込めば、本当に疲れてしまうし、できるイメージが強い人ほど上達スピードが早いのです。できないと思えば、できない確率が高まります。決勝で「負けるイメージ」をしてしまえば、パフォーマンスも負けることを前提としたものになってしまいます。

 一方ポジティブ思考の代表例が低学年の小学生です。無邪気でそれこそノー天気で自分を見ているのかもしれません。褒められたら木に登ってしまう。そのくせダメになった自分のことはこれっぽっちも考えていない。叱られても5分後はどこ吹く風、くよくよしていない。我々大人では考えられない心境なのです。

この子らのようにスポーツにおいては「絶対に俺は勝つ」と思うことが必要です。成功イメージを持つことです。

昔、マイク・タイソンというボクサーは、重量級とは思えないすばやさと、相手のガードごとなぎ倒すパンチ力を持ち、ゴングが鳴るのを待てずに飛び出す気迫がありました。彼は身長180cmですが、相手が2m近い大男に対しても同じように飛び出していきました。その気迫に負けてしまったと試合に負けた選手が感想を述べていました。彼は誰にも負けないとの考えで試合に臨んでいたのです。ある試合でセコンドが相手はタイソンよりリーチが長いので離れて打ってくるから気をつけろと言っても、ぐいぐい中に入っていて打ちのめすのです。入る時に一発殴られても中に入ってダイナマイトパンチをあびせればダウンさせられるとの考えで進んでいきます。彼には負けるというマイナスイメージはありませんでした。

 当クラブではシーズンオフの時「運命ジャンケン」をさせました。これは並んだ10人に順番にジャンケンをして前に進むゲームです。勝てば進み負ければ戻ります。8人までいって戻ることはざらです。もちろん陸上競技の練習の一環ですから1人ずつの距離があり、8人目で負けて戻るのは精神的にしんどいです。1人ずつ負かしていくうちに、そろそろ負けるのではないかという思いが浮かんできた者から負けていきます。皆に言い聞かせているのは、最後まで勝つことを心に刻み込みなさい、負けることは考えないでジャンケンしなさいということです。

東海大学体育学部 教授 高妻容一氏は、ポジティブ思考になるために今すぐできることは

「普段から物事をプラスに考える思考を身につけるための習慣を持つことです。まず、人には笑顔で接すること。〈ありがとう〉と感謝の言葉を素直に言うこと。そして、いつも自信のあるポーズをとってください。上を向いて、胸を張る。肩も足も大きく開いて立つ。歩くときも大股で。不思議なことに本当に自信がみなぎってきますから。うなだれて、肩をすぼめたポーズをとっていると実際に元気がなくなってしまいます。それから口にする言葉は、独り言も会話もすべてポジティブにし、あいさつは、強く、大きな声で、語尾を上げる。ぜひやってみて習慣化してください。驚くほどすべてが変わりますから」

と唱えています。是非子供たちに実践してみたいと思います。

 

 

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9回「競馬その2」【脚質】(2019312日)

子どもたちはシーズンに入ると大会に出るのですが、短距離と違って長距離ではレース展開という特徴があります。コーチは平均タイムで走ることを勧めその練習を子供たちに与えています。しかしながら、大会になると平均タイムで走らない子がいます。また、大会前になると大会を全く意識しない子とガチガチになる子がいます。最初に飛び出すと終盤ガタガタになる子もいます。なんだか競走馬を見ているようです。

そこで、今回は競走馬のいろいろな戦法というか走り方をご説明しますので、お子さんがどのタイプなのかお考えください。

馬は基本的に臆病であり、他馬がいるとそれを追走する習性をもつので、概ねレース中は縦長な展開になります。そのため、レースに参加する馬によっては、その位置取りが有利に働くこともあれば、不利に働くこともあります。これは基本的にその馬の性格や能力によるものであり、レース中にどの位置にいると能力を発揮しやすいか、その「位置取り」で競馬を進めることを「脚質(きゃくしつ)」と言います。

では具体的に、どのような脚質があるのでしょうか。

脚質を決めるのは、主に馬の精神面(気性)と走行能力(脚力)です。精神面について詳しく見ると、他の馬より前に出ようとする闘争心、最後まで諦めずに走る粘り強さ、騎手の指示に対する従順さ(折り合い)、馬群の中でレースをしてもひるまない図太さなどがあります。走行能力については、脚の速さの他にスタート直後の加速力・瞬発力やレース終盤での瞬発力、持久力などがあります。

(1)「逃げ」

スタート直後から先頭に立って、ゴールまで先頭で走り切る戦法を得意とします。

単純に考えれば自分自身でペースを作るために、出走メンバーの中で能力が抜けている馬が逃げた場合、他馬は勝つ事はできません。一般に、レースのペースが遅いほど有利です。

逃げの戦法をとるのは、他の馬より前に出ようとする闘争心の強い馬や、気が弱く馬群の中でレースをするのを嫌う馬です。前者はよほど早いペースで走らない限り堅実な走りを見せますが、後者は他の馬に追いつかれた途端に気力をなくしてしまうことが多いのです。また、気の弱い逃げ馬はペースの緩急をつけるのが苦手で単調なペースで走ることが多く、後続馬のペースメーカーになりやすいのです。気性が荒いと騎手の制御に従わずに逃げるケースもありますので、このタイプは走るペースが早くなりがちです。

逃げ馬は基本的に周囲に競争相手がいないため、最短最良の走路を走ることが出来るメリットがある反面、他の競争相手から目標にされやすいのです。また、空気抵抗を他の馬より受けるというデメリットがあります。勝つときは一度も競争相手に先頭を譲らないため「逃げて勝つのが一番強い」と言われています。一方で人気薄の競走馬が勝利を挙げるときもこのパターンが多いのです。なぜなら、この場合は警戒されにくいためマイペースで競走することが可能だからです。

(2)「先行」

逃げ馬の直後に位置づける戦法を取る馬です。出走頭数にもよるが、大体先頭を走っている馬から4~5頭が先行馬と思ってもらってもいいです。先行馬は逃げ馬の次に不利なくレースを進める事が出来る為、競馬をする上で理想のポジションと言えます。

レースの要所で反応よく前方へ進出する気性と、後方からの追撃を凌ぐ脚力が要求される。逃げ馬と同様、一般にレースのペースが遅いほど有利です。

(3)「差し」

レース前半は馬群の中団から後方で待機させ、最終コーナー付近から徐々に進出し、ゴール前で前を行く馬を交わす戦法を身上とします。

基本的には先行馬と同様の能力が必要です。しかし、先行馬よりも前半でのスタミナロスが少ないため、ゴール前で前を交わす力は先行馬よりも上です。

その分、先行馬よりも瞬発力がなければ務まりません。さらに前を行く先行馬に進路をふさがれる危険性もあります。

性格的に馬群の中に入っても怖がらない、前の馬が巻き上げた砂などを浴びても嫌がらない気性の持ち主で、前述のとおり瞬発力を武器とする競走馬がとる戦法であるといえます。

(4)「追い込み」

レース前半は馬群の後方に待機させ、直線に入ってスパートし、前を行く馬を交わしていく戦法を展開する馬です。スタート自体や、スタート直後にスピードを出す能力が低い馬の他、馬群に入ると怯んでしまう気性の馬が、よく使う戦法です。

ハイペースで前を行く馬がスタミナを切らしてしまうと、この戦法は有効ですが、逆にスローペースになってしまうと、前を行く馬も最後まで衰えないため、勝ちきれないことも多いのです。

また追い込む際、基本的に馬群の外を通って前方への進出を図るほかなく、走行距離が他の馬よりも長くなりスタミナが必要です。

(5)「自在」

どのようなレース展開であっても、騎手の指示に従って自在に走るポジションを決めることができる馬のことです。明確に自在と分けられる場合は少なく、騎手の指示に即座に応えられる素直な性格と、どの位置からでも力を発揮できる根性やスピードの全てを持ち合わせた馬のことです。また、逆に気性が荒いためにレース前の馬の状況に応じて脚質を変えるケースもあります。本来の脚質が使えなかった場合に直線一気の追い込みで勝つなど新境地を見出すこともあります。例外はあるものの「自身の勝ちパターン」や「決め手」を持たない場合が多いのです。

競走馬はおおざっぱにこのようなタイプに分類されます。○○馬と表現されますが、このような戦法や走法を取った方がこの馬にとっては勝率がいいので、多くのレースでこのように走るのです。

お子さんの脚質(走り方)を変えると、多くは記録が出ません。事前の作戦や励ましもお子さんの脚質に合わせてすべきだと思います。

ちなみに私は学生時代は先行馬で、いつも1500mでは1000mまで高校記録のペースでした。この距離を延ばしていけばいいとの考えを頑なに守っていました(青春期によくあるパターンですが)。

最後に競走馬は馬場状態や競馬場そのものに好き嫌いがあります(陸上競技場は規格が決まっておりランナーは競走馬ほど競技場の好き嫌いはないのですが、記録が出るのは青地の競技場が多いようです)。

パドックでの様子や馬体重(前走より増えたか減ったか)も調子のバロメータとして投資家(赤鉛筆片手に競馬新聞を見ている人たち)は分析ツールとしています。競馬は前回の「血統」とあわせて、データースポーツなのです。

参考文献:ウイキペディア、JRAのHP、ゼロから始める競馬入門

 

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第8回「競馬その1」【血統】(2019年3月4日)

 競馬=ギャンブルとお考えの方がいらっしゃると思いますが、偏見です。競馬は鞍上騎手によるスポーツですし、馬券を買う人にとってはデータ勝負の投資の場でもあります。

私が競馬に興味があるのは競馬における「血統」と馬の気質による「脚質」が陸上競技に通じる様な気がするからです。今回は競馬における「血統」について、次回は馬の「脚質」についてお話しします。

サラブレッドという名称は、「THOROUGHBRED」というスペルからわかるように、「徹底的に(THOROUGH)品種改良されたもの(BRED)」という語源からきています。強く速い馬の血を残し、さらに強く速い馬をつくりだす。競馬がブラッド・スポーツと呼ばれるのは、こうして優秀な血統が受け継がれているからなのです。

サラブレッドの歴史は、17世紀の初めのころ、イギリス人が東洋種の牡馬をイギリス在来の牝馬に配合させたことではじまったといわれています。つまりサラブレッドには、300年以上もの歴史があるのです。血統を知ることは、競馬のおもしろさのひとつです。それは、血統から特徴や傾向を探ることがレース検討につながるだけでなく、血統というものが国境や時代を越えたネットワークになっているからです。

たとえば、1989年にアメリカの二冠馬となったサンデーサイレンスが日本にやってきて種牡馬となり、その産駒が90年代の日本の大レースで大活躍するといったことは血統の持つ醍醐味といえるでしょう。

競走馬がデビューする新馬(メイクデビュー)や、はじめての距離に挑むとき、両親の血統を探ることで距離などの適性を推測することができます。このほかにも、両親の実績から早熟タイプか奥手タイプかなどを推測することができます。また体型が父に似ているか母に似ているかということも、どのようなタイプなのかということを判断する材料になります。

競馬は父馬の遺伝によると言われていますが、父馬は、毎年複数頭に種付けするので、産駒の能力や血統的な傾向をつかむことができます。しかし母馬は普通、年間に1頭の産駒しか送り出せません。つまり父が同じという馬はたくさんいるということになりますが、母が同じという馬は限られているのです。母馬は生涯を通じて10頭ぐらいの産駒しか産めないので、その血統的な傾向を知るためには、その母馬の父の特徴をとらえることが目安となります。

ただし、優秀な血統の馬が必ずしも大きなレースを勝てるわけではありません。反対に、それほど優秀な産駒を出していない父馬と近親に活躍した馬がいない母馬との間からでも、後に名馬となる馬が生まれることもあるのです。これは、隔世遺伝などさまざまな要因が考えられますが、後天的なトレーニングなどもその馬の素質を開花させる要素であるといえます。

 人間も遺伝的要素の研究をおこないたいところですが、デビューが3歳、4歳で古馬といわれる競走馬に対して、ピークになるには陸上競技では20年~30年、さらにその子供が成長するまで20年となると、研究者の寿命や後輩の研究者たちの熱意など継続研究が難しい学問分野となります。国家200年の計画でデーターをとるしかありません。

ただし、研究を待たずに一つ言えることは、山縣亮太と福島千里が結婚し出産したら、「100mで日本記録を破る可能性が日本人の中で一番ある子」だ、ということです。ただし、マラソンで優勝することは絶対ありません。

当クラブにNという小6の男の子がいます。この子がある時遊びでハードルを跳びましたが、教えてもいないのに抜き足がすばらしかったので、ハードルをやってみよと最後の大会は80mHをやらせました。練習中に全力で9台跳んだことはありません。9台跳ぶのを怖がっていましたが、なんと大会では3歩ですべてクリアしました。練習時間はハードルを始めて10時間ぐらいだったと思います。小さい子ですがハードル技術が天性のものですねとお母さんに申し上げたら、お母さんがハードルの選手だったそうです。もちろんお母さんはお子さんをこちらに任せて頂き1回も教えたことがないそうです。ハードルのような技術性の高い競技は母親ゆずりが大きいと思います。

 蛇足ですが、身近なところの「身長」についてです。マサチューセッツ工科大学とハーバードの研究者が発表した最新の研究結果によると、約25万人分の遺伝データから、身長は親からの遺伝が80%、環境によるものが20%ということがわかっています。その中でも母親の身長の影響が強いという結果が出ています。

私も入会して頂く際にはお母さんの身長を見てこの子が大きくなるかどうか判断しています。もちろん私の家のように母親が小さくても、水代わりに牛乳を飲ませ、お肉を与え、椅子とテーブルでの生活をさせることにより子供は大きくなったと確信している者もいます。遺伝であきらめてはいけません。

長距離ではお子さんの気質によってレースの仕方が変わることがあります。これは遺伝が係ることの一つですが、次回、馬の「脚質」(レースでの馬が得意としている走り方)のところで述べたいと思います。

参考文献:ウイキペディア、JRAのHP、ゼロから始める競馬入門

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 第7回「チョウとカ」(2019年2月26日)

世の中で一番スピードの速い動作ができる筋肉は何だと思いますか?

世の中で一番スピードの速い動作ができる筋肉は、カやハエなど空を飛ぶ昆虫の筋肉です。カやハエが飛ぶときは「プーン」「ブーン」という高い音がします。音が高いということは、周波数が高いということ。つまり、それだけ速く羽を動かしているということになります。

どのくらい速く、高い周波数で飛んでいるかを調べた研究者がいますが、カの一種で最も速いものは、およそ2kHz(2000Hz)。これは1秒間に2000回羽ばたいているということになります。そのくらいのスピードで羽ばたくためには、0.5msec(ミリセカンド)というわずかな時間で仕事をしなければいけません。カやハエは、そういう筋肉を持っているということです。

もし人間が2kHzのスピードで脚を動かせるとしたら、時速500km、あるいはそれ以上のスピードで走ることができることになるでしょう。そこで、そういうスピードを出す秘訣やヒントのようなものが、カやハエの筋肉にないだろうか? と考えてみたくなります。

プリングルという研究者は、2kHzのスピードを生み出す飛翔筋が、どのくらい速く収縮するかということを調べました。昆虫から取り出した筋肉を刺激して、収縮速度を測ってみたところ……なんと決して速くないことがわかったのです。筋肉そのものが素早く収縮し、素早く弛緩するという予測があったわけですが、逆にゆっくりじわじわと力を発揮するタイプの筋肉だった。ヒトに例えると、速筋タイプではなく、常に緊張を保っているような遅筋タイプの筋肉であるということがわかりました。

これは、おかしい。なぜ筋肉のスピードは遅いのに、はばたきは速いのか? そこでさらに研究を進めると、昆虫の飛び方には2種類あることがわかりました。1つは、チョウやガのようにヒラヒラと音もなく飛ぶタイプ。もう1つは、カやハエ、ハチのようにブーンと音を立てて飛ぶタイプ。そして、ブーンと飛ぶタイプのほうが周波数は高いのですが、筋肉そのものの特性としては、ヒラヒラと飛ぶタイプのほうが速いことが判明しました。

続いて、飛翔する際の神経と筋肉の活動を記録したところ、チョウがヒラヒラと飛んでいるときは、まず羽を上げる筋肉が収縮して、羽を下げる筋肉が弛緩する。次に、羽を下げる筋肉が収縮して、上げる筋肉が弛緩する。それが交互に繰り返されていました。人間がはばたくまねをするときは、三角筋が収縮して腕が上がり、大胸筋や広背筋が収縮して腕が下がります。チョウなども、それと同じようにして舞っているというわけです。

一方、カやハエの類はそうではなく、羽を上げる筋肉も下げる筋肉も同時に収縮する。しかも、収縮しっ放しであることがわかりました。同時に収縮しているのに、なぜ羽が上がったり下がったりするのかを調べてみると、その秘密は、体表の硬い組織――クチクラにありました。

昆虫のクチクラには、石油缶の蓋がもっているクリック機構のような性質があります。押されるとパコッとへこんで安定するクリックの特性、プラス、ゆっくり収縮する筋肉の特性。それが2kHzのはばたきの仕組みだったのです。

昆虫工学は研究が進み機械工学に応用されています。それはあくまでも機械への応用です。スポーツにおいても昆虫工学を応用できたらと思っています。カのようなクチクラを持っていない人間がすばやく筋肉を動かすためには、まずはチョウのような動き、すなわち筋肉の弛緩→収縮→弛緩・・・を徹底させるのが早道ではないかと思います。また、遅筋がすばやい動きを導き出すとの分析は遅筋=長距離の発想にメスを入れることになるかもしれません。

当クラブにおいて、短距離でも400mをやらせています。また2000mくらいのロング走もあります。それで短距離が速くなると考えるのは長年の経験と実績からでした。理論的根拠はありませんでしたが、石井さんの本を読んで、「スピード持久力が最大スピードを導き出す」と結論できるのではないかと思うようになりました。これから練習で実践しその考えが正しいことを証明していきたいと思います。ダメなら、PDCAサイクル*でやり直します。

*)Plan(理論)・Do(実行)・Check(検証)・Action(改善)

参考文献:ウイキペディア、「石井直方の筋肉の科学」 

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第6回「ゾウとネズミ」(2019219日)

 入学式、運動会、夏休み、2学期、遠足、冬休み、卒業式、1年間の生徒・児童が経験する行事です。大人の我々は子供の頃、その時間は長く感じました。学期ごとの時間が長いし、夏休みがこれまた1年ぐらいあったのではないかという気がしました。ところが現実に戻ってみると、我々おとなはもう2月も終わりか、1年の内2か月もたってしまい時間の流れは速い、とぼやいています。これは、大人と子供の生きている時間に対する割合が異なるからなのです。つまり、60才の大人と10才の子供では1年間の割合は1/60と1/10なのです。すなわち1年間という時間はこれまでの人生において大人1.7%、子供は10%の割合なので、大人と子供の時間の長さは子供が6倍長いのです。だから我々大人は時間がなく子供は暇をもてあそんでいるようにみえるのです。

この考えは昔読んだ「ゾウの時間、ネズミの時間」の影響が強いと思います。

その本の要旨は

動物によって「時間」というものもそれぞれ違うということです。それは心臓が1回打つのにかかる時間、呼吸するのにかかる時間、物を食べてからそれらが排泄されるまでにかかる時間、それから寿命にしても、動物によって異なるからなのです。

例えば、心臓が1回ドキンと打つ時間を心周期と呼びますが、ヒトの場合はおよそ1秒です。ところが、ハツカネズミなどは、ものすごく速くて1分間に600回から700回です。1回のドキンに0.1秒しかかかりません。ちなみに普通のネズミは0.2秒、ネコで0.3秒、ウマで2秒、そしてゾウだと3秒かかるのです。

こういった時間を計り、体重との関係を考えてみると、どれも体重が重くなるにつれ、だいたいその4分の10.25)乗に比例して時間が長くなるということのようです。つまり、体のサイズの大きい動物ほど、心周期も呼吸も筋肉の動きなんかもゆっくりになっていくということなんです。それで、我々らみるとネズミはチョロチョロ、ゾウはのっしのっし、という動きになるわけです。

時間が体重の4分の1乗に比例するということは、体重が2倍になると時間が1.2倍長くゆっくりになる関係です。体重が10倍になると時間は1.8倍になるんです。例えば、30gのハツカネズミと3tのゾウでは体重が10万倍違いますから、時間は18倍違い、ゾウはネズミに比べ時間が18倍ゆっくりだということになります。例えてみるとネズミからゾウを見たら、ただ突っ立っているだけで動かない、これは果して生き物だろうか、逆にゾウからネズミを見たら、ピュッっといなくなるわけですから、ネズミなんて果してこの世にいるのか、気にもしていないのかもしれません。

 実は哺乳類の場合、いろんな動物の寿命を心周期で割ってみますと、15億という数字が出ます。つまり、哺乳類の心臓は一生の間に15億回打つという計算になるわけです。ハツカネズミの寿命は2−3年ですし、インドゾウは70年近くは生きますから、ゾウはネズミよりずっと長生きなのですが、心拍数を時間の単位として考えるなら、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生きて死ぬことになるわけです。

ランニング学会初代会長の山地啓司さんは、心臓についてこうお話ししています。

我々が寝ている間も心臓は休みなく働き続けている。正確には休みながら断続的に働いている。というのは、心電図にはPQRSTと符合が打たれているが、T波が終了してから次のP波が現れるまで(心臓が収縮を終えてから次に始めるまで)心臓は休んでいることになるからだ。

ハーバード大学のW.キャノン博士は1分間70/分の場合には、心臓は1日当たり合計約15時間休んでいると推定している。この休息時間が長ければ長いほど1分間の心拍数が少なくなり、寿命が長くなる。例えば、からだの小さいハツカネズミの1分間の心拍数はおおよそ600/分であることから、休息時間は著しく短くなり、最長寿命は2~3年と短い。

それに対して、ゾウやクジラの心拍数は1020/分と少ないため心臓の休息時間も長くなり、最長寿命も70~100年と長い。このように、心拍数が少ない動物ほどTP波間が長くなり、休息時間が長くなるため最長寿命も長い。従って、動物の種間では、1分間の心拍数と寿命とは反比例するという法則性が成り立つ。

かつて心臓学者の間では、「ヒトの生涯に打つ心臓の鼓動の回数(心拍数)はすべて等しく15億回が与えられている」、とまことしやかに語られていた。これが事実と仮定して単純計算すると、1分間の心拍数が50拍、60拍、70拍、80拍の者の寿命はそれぞれ95歳、79歳、68歳、59歳となる。仮に、定期的に運動することによって心臓が肥大化し、1回の収縮で心臓から送り出される血液量が多くなると、当然心拍数は少なくなる。従って、寿命は長くなる。

例えば、1150/分の強度の運動を1時間することによって、心拍数が70/分のものが60/分に低下したと仮定すると、トレーニング前の1日の心拍数は100,800/分(70/分×60分×24時間)であったものが、トレーニング後は91,800/分(60/分×60分×23時間+150/分×60分)となる。

すなわち、例え11時間の運動中の心拍数は高まっても、安静時の心拍数が減少するため、1日のトータルの心拍数は約8,200/分少なくなる。従って、運動によって安静時の心拍数が10/分少なくなり、寿命が約6.7年長くなることになる。この計算は仮説に仮説を重ねた後、心拍数から割り出したヒトの推定寿命である。勿論、寿命は心臓だけで決まるわけではないのでこんな単純な計算が成り立つ訳がないが、動物の種間の心拍数と寿命との比例関係が同一の種のヒトに限定しても当てはまると考えると、このような計算になるという仮説である。

練習で心臓の筋肉を鍛えることによって、長生きすることにつながるわけです。現在行っている厳しい練習は記録向上の為ですが、今の子供たちが将来人生を振り返える時に、同級生より長生きしていることに気付く事でしょう。その時私はいませんが・・・

 

参考文献:ウイキペディア、「ゾウの時間、ネズミの時間」、ランニング学会

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5回「マグロとヒラメ」(2019212日)

 回転寿司屋に行くと流れてくるお皿にマグロなど赤身の魚と共にヒラメなどの白身の魚があることに気づきます。なぜ魚のお刺身は2種類なのでしょうか。

マグロのように、休むことなく海面の浅い部分を一生泳ぎ続けている魚は、身が赤いのです。赤といえば血液の色であり、血液は酸素を運びます。つまり赤身の魚は酸素と脂肪を燃焼して有酸素運動をしているのです。だから脂ものっています。マグロやカツオのように遠海まで泳ぐ回遊魚は、瞬発力より持久力に優れています。遠くまで長い時間をかけて泳ごうとすると、大量の酸素を取り込み、エネルギーを長く生みだし続けることが必要です。その際、酸素は「ヘム」という鉄入り色素と結合して供給されますが、この「ヘム」が赤い色をしているため、マグロやカツオの身は赤く見えるのです。

反対に、タイやヒラメのように近海を泳ぐ魚は、獲物を追いかけたり、敵から逃げるため、瞬発力が発達しています。普段は海底でジッとしていても危険が迫るといち早く逃げたりすばやく動き回ってエサを獲るタイやヒラメなどは白身の魚なのです。

瞬発力を生むのに重要なのは効率よくエネルギーを生みだすことで、酸素を大量に取り込む必要はありません。そのため、筋肉に色がつかず、白く見えます。

ヒラメやカレイなどの白身魚のエネルギー源は、脂肪ではなくグリコーゲンという糖質です。だから、白身魚をよく噛んでみると、脂はのってないけど甘みがあります。 糖質はあまり体に蓄えられないので、瞬発力はあるけど持久力はありません。白身の魚は無酸素運動をしているのです。

 さて、我々人間の筋肉にも赤身と白身があるのをご存知でしょうか。

 そもそも人間は、走る・跳ぶ・投げるといった運動ができるのは、身体を支持する骨と自由に動かせる筋肉があるからなのです。この筋肉は骨格筋といい、胃や腸などで自動的に収縮し食物を細かくし後ろに送っている筋肉や、血液を全身に送っている心臓の筋肉とは違い、自分の意志で動かすことができる筋肉です。随意筋といいます。

おもしろいもので、人間の体には魚の赤身と白身のように2種類の筋肉があって、それらを“赤筋”と“白筋”と呼びます。赤筋は別名“遅筋”、白筋は“速筋”とも呼ばれています。マラソンやジョギングなど、長時間継続して有酸素運動するときには酸素と脂肪を燃やす赤筋が使われます。そして短距離走や砲丸投げなど、瞬発的に大きな力を出す無酸素運動をするときにはグリコーゲン(糖)を燃やす白筋が使われます。400m800mを全力走すると、疲れて立ち上がれなくなることがあります。専門用語で言うと「ケツ割れ」です。その理由は、糖分は体内に少量しか蓄えられないからで、糖分は、燃焼効率が悪く、1g燃やしても4kcalにしかならない。しかも、糖分をたくさん体に蓄えようとすると体がすごく重くなってしまうから、糖分はあまり蓄えられません。

 一方、長距離走などの持久系のスポーツに使われる脂肪は、1g9kcalにもなるから非常に効率がいいうえに、体に蓄えられやすいという性質があります。だから、人が太るときは、脂肪が増えていきます。

人間はどちらの筋肉が多いかによって“私は長距離が得意”、“私は短距離が得意”という個人差が生まれるのです(精神的なものや友達などの人間環境にもよりますが)。

 人間の体には約500の骨格筋があり、骨格筋を虫眼鏡で見てみると細い糸のような線維が束になっています。この繊維の事を筋繊維といいます。筋繊維は2種類の繊維で構成されています。

①白色筋線維(白筋)

繊維は太く疲れやすいけれど素早く収縮でき、速筋とも呼ばれています。酸素の使用量が少ない筋肉です。

②赤色筋線維(赤筋)

繊維は細く疲れにくく、その収縮はゆっくりとしていて遅筋とも呼ばれます。酸素を使用しながら収縮する筋肉です。

赤筋・白筋の割合は遺伝と言われていて、何もしなければ生まれたときから変わりませんが、トレーニングや生活環境などで割合が変わることが証明されています。

トレーニングではやり方は2通りあります。

(1)バランスよく伸ばす

瞬発系の種目をしてきた人は、白色筋繊維の割合が多い可能性がある為、トレーニングに有酸素運動を取り入れ長時間動き続ける身体を作っていきます。

逆に持久系の種目を取り組んできた人は、赤色筋繊維の割合が多い可能性がある為、無酸素運動を取り入れる事で身体を作っていきます。これら赤筋・白筋の割合をバランスよくする事で、パフォーマンスを向上していく事ができます。

(2)種目に特化して伸ばす

マラソン等、持久力の必要なスポーツは遅筋(赤筋)を、スプリンター等、瞬発力が必要なスポーツは速筋(白筋)を鍛えることで、種目に特化した筋肉がつくられます。短距離は速いが1000mを超えるととたんにダメになる子どもがいます。たぶんその子は遅筋の量が極端に少ないと思われます。

指導者としては、バラスよくトレーニングするか長距離、短距離で赤・白に重点を置いたトレーニングをするか悩むところです。当クラブでも2月の基礎体力トレーニングでチューブ引きを行っていますが、回数やチューブの太さなど、特に小学生の場合は悩んでしまいます。しかも小学生は筋肉がないから余計にどう調整していいか・・・ 保護者の方の「強くしてくれ」との要望に応えるには特化すべきなのでしょうが。

参考文献:ウイキペディア、女性セブン、順天堂大学論文

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第4回「ケニア選手」(201924日)

前回「人間が動物界の長距離王」ということを書きましたが、資料調査中に初代ランニング学会会長の山地啓司さんの論文を見つけました。第3回「人間」と相通じるものがありましたのでご紹介します(一部加筆)。

類人猿とヒトの最も古い祖先(ホモ・エレクトス)の比較から、人類は歩行や走行に都合のいいからだに進化してきたことが2004年BrambleとLieberman(Nature誌)によって発表された。それ以降人類学の分野でさらに興味深い研究が報告されている。それらを加味して、ケニア人の歴史的発育・発達や伝統的生活習慣からみたケニア選手の強さの秘密を見てみよう。

ケニアで発見された1,500万年前の人骨はエレクトスから進化し、さらに現代のケニア人と著しく酷似したことから、ケニア人の先祖の進化の過程が浮き彫りにされてきた。類人猿は1日3㎞歩くのがやっとであったが、エレクトスは10~15㎞/日歩いていた。それは、脚が長くなり、足の指が短く、しかも足の裏に土踏まずが形成されたこと、さらに脚の骨と関節が著しく発達したことよって、安定した、力強く、しかもコストが少ない直立二足歩行が可能になったおかげである。

 ケニアは赤道直下の高所地帯に位置するため、暑く空気がいつも乾燥している。その気象条件の下、ケニア人は狩猟採集民族として進化してきた。ケニア男性の主な仕事である狩猟法は「残り肉漁り」と「持久戦狩猟」で、前者は夜、肉食獣が食べ残した肉をハイエナやハゲワシが見つける前の早朝に素早くとって逃げる狩猟法である。後者は汗腺の発達していない小型の主に草食動物を疲れと熱中症(4つ脚動物は直射日光が当たる面積が大きく、汗腺が発達していないため、浅速呼吸を行い、暑さに弱い特徴がある)で倒れるまで追い詰めるものである。そのために狩猟者に求められる能力は、長距離(最長約30㎞)を歩いたり走ったりしながら踏破できる能力と、他の獰猛な肉食獣を巧みに避けながらあきらめずどこまでも追跡する強い精神力と賢さ、狩猟前後に飲み水を確保する準備を怠らないなどの豊富な経験である。

 ケニア人のからだは暑くて乾燥した大地で伝統的な狩猟採集する生活に適応するように進化を遂げてきた。例えば、熱の発散を容易にするため身体の表面積の比率が大きくなるように、背が高く、手足が長くほっそりした体型を形成してきた。さらに、温かく乾いた空気を鼻から吸い込むと鼻腔内の粘膜に触れてできるだけ湿気を帯びた空気が肺に入るように適応した。

 さらに、開けたサバンナで狩猟するためには捕食動物を長時間追い求めるだけでなく、時には大型の肉食獣から逃げるために走る能力もまた大きな武器であった。従って、狩猟民族として発達したからだは、形態だけでなく機能的にも長距離を走るために都合よく進化してきた。例えば、狩猟民族が疲労をできるだけ少なくして長く走ることを可能にしているのは、一歩一歩得られる弾性エネルギーを蓄積、放出しながら走る能力に長けていることである(伸張-短縮サイクル:SSC)。その動きを可能にしているのが長く強靭なアキレス腱である。さらに、腰、膝、足首の関節を鞭のようにしならせながら足を大地に振出して着地し、しかも、着地の衝撃を和らげるために土踏まずが著しく発達している。

 もう1つの特徴は、不整地での転倒やねんざを防ぎ、体幹の前後左右の揺れを小さくしている大臀筋(深層筋)の発達である。さらに、頭を安定させる項靭帯(「うなじじんたい」:首の後方に位置する靭帯)や内耳にある平衡感覚器官である三半規管の優れた働きによって、安定した視線が保障されている。(マラソンのレース中、石畳や不整地などに変わっても、東アフリカのランナーの身体(頭)動揺はほとんど変わることはないが、それとは対照的に日本人や欧米の選手の頭は大きく揺れる)。

 このように長距離を走るのに適したからだを長年遺伝的に受け継ぎながら進化を遂げてきたケニア選手の身体的・機能的特徴を凌いで、東京五輪マラソンに勝利を収める戦略があるのだろうか。ケニア人だけでなく東アフリカのランナーの共通点は暑さに強いことである。ただその強さは、乾燥した空気の高所での話である。日本の高温多湿の環境では彼らの適応能力は未知数である。我が国の女子の五輪メダリストの3人は暑さに強かった。

 暑さに対する適応能力はある程度トレーニングによって強化できるが、究極の暑さへの適応能力はトレーニングよりも素質である(1984年のロス五輪では当時の世界記録保持者のサラザール選手を暑さに強い選手に変革するため、暑さ対策の研究チームを作って改造を図ったが失敗に終わっている。その事実を拡大解釈すると、暑さへの適応能力はトレーニングよりも素質、と考えられる)。そのことを考えると、次の東京五輪の夏場のレースでは記録がよいだけでなく暑さに強い選手を選考することであろう。

 蛇足であるが、ケニアの男子の活躍に比べるとケニアの女子選手に優れたマラソン選手が多く育たないのは、女子は伝統的に長く走る狩猟を行わず植物の実を採集することが主な仕事であったことが影響しているのかもしれない。

(ランニング学会)

当クラブにNという選手がいます。この子の特徴はどんなに疲れていてもフォームが乱れません。足が長くスリムな体型の他体がとても軟らかい。さらに、長距離走で他の子がボタボタ汗をかく中、この子はほどよい汗をかきます。つまりジワーとかく汗です。汗を多くかくのは塩分濃度の濃い汗となるので、走るのには不適切なものとなります。残念ながら土踏まずは見てませんが、推して知るべしでしょう。この子の潜在能力は大変なものですが、これで背が伸びてくれば鬼に金棒です。

なお、山地さんの論文の中に出てきたSSCについては後日詳しくご説明します。

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3回「人間」(2019128

動物界での長距離ランナーはリカオンやハイエナでしたが、その上を行くのが実は人間なのです。今回は長距離ランナー「人間」についてです。もしもエリウド・キプチョゲと馬がマラソンで競い合ったら?

馬が全力疾走で移動するペースは時速約70㎞ですが、その速度を維持できるのは約10分間と言われています。その後も走り続けるとすれば命を落とす危険さえあります。炎天下であればそのペースはさらに落ちるでしょう。

しかしキプチョゲは時速21 kmの速さで2時間は走ることができますから、レース開始1時間後には馬を追い抜いてしまうでしょう。人間はさらに長く速く走ることが証明されています。100kmでは日本人の風見尚が6時間9分で走破し、48時間ウルトラマラソンではイアニス・クーロス(ギリシャ)が473kmに到達しています。これはリカオンやハイエナでもかないません。ただし、普通の人間ではハイエナに食べられてしまいますが・・・

動物界では、死に物狂いで逃げる草食動物の爆発的な加速力と瞬間最高速度は発達した大腿筋からもわかりますが、肉食動物も捕獲できなければ飢え死にしてしまいます。生きるために必死に狩りを行ってきました。そんなことを繰り返しながら、彼らは瞬発力を生み出す筋肉や心肺機能を高めていったのです。

そんな能力に特化した彼らはその速度を長時間維持することはできません。筋肉の燃焼で産み出されたエネルギーは効率の良いものではありませんからガス交換を頻繁に行わなければならず、また体温の上昇を防ぐためには呼吸で行わなければならない為、生物学的に長距離を走ることができません。

一方、人間はそんな瞬発力のある動物に対抗する為に全く別の進化を遂げていったのです。

二足歩行になったことで得た特性は暑さに対抗するだけのものではなく、狩りをするためにも非常に優れたものでした。

まず、長いストライド。類人猿から猿人、原人、現生人類と進化していく過程で、どんどん足が長くなっていったのは、走るのに有利だからです。

猫背な猿人から比べて、現生人類は胸を張っていますが、これは長距離走を効率よく行うため、有酸素運動に必要な呼吸を行いやすいためと考えられます。四足歩行の動物では走るときに胸を縮めたり伸ばしたりするたびに呼吸しますが、人間は二足歩行なのでストライドと関係なく呼吸を行うことができるのも、持久走向きです。

 

動物は走ると体温が上昇し、体温調節を口だけで行うため、長距離は走れません。しかし人間は体毛が無く、全身に汗腺を持ち、汗をかくことで体温調整ができるため、オーバーヒートが起こりにくく、持久走に向いています。

口で呼吸できる動物は人間くらいのもので、直立姿勢で生活するようになった人間は首に対しての顔の向きが動物と変わってきます。そのため食べ物が通るルートが直角に折れ曲がって広がり、喉頭蓋と口蓋の距離が離れました。

二足歩行と言ってもいい鳥類はというと、彼らは爬虫類と同じく気道と食道とが独立している為、口で呼吸する事ができません。

人間にとって走るという行為は素早く動くことではなく、長く遠くへ移動することなのです。人間に近いチンパンジーと比較してみましょう。走る動物だけが持つ(走る際に頭部を安定させるために存在する)項靱帯はチンパンジーにはありませんし、大殿筋も全くと言っていいほどありません。走るために必要なアキレス腱も持ち合わせていないのです。人類の構造は持久走に特化して進化してきたといえるのです。

人間が狩りに弓矢を用いたのは約2万年前、槍を使っての狩りは50万年前の技術です。200万年前に誕生した人類は道具を持たず素手で狩りをしていました。獲物を追い立て走らせ、熱によるオーバーヒートを起こし倒れるまで執拗に追いかけまわし狩る方法で生きながらえてきたのです。

当クラブにRiという中学生がいます。足の長い点や引き締まった体は持久走向きですが、中学に入って急速に身長が伸び、勉強ばかりする子のせいか猫背です。もう猫背は治らないかもしれませんが、顔を起こす走法なので極力弱点を補強していきたいと思っています。もっと早い段階で気づいて人類の特徴を守るべきでした。彼に対して申し訳ないと思っています。

また、小学生のお子さんのお母さんから持久走の呼吸方法を聞かれます。昔は「スース―ハーハー」のリズムで鼻から吸って口で吐く方法がありましたが、今は口から自由に吸ってくださいとお答えしています。練習でマスクトレーニングを実施したことがあります。カラス天狗のようなマスクは呼気内の水分でビショビショになってしまい一工夫必要です。

参考文献:ウイキペディア、ペットショップチロルの息子、長尾周格氏のFacebook

 

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 第2回「リカオン」(2019年1月22日)

前回のテーマは最速ランナー「チーター」でしたが、今回は逆に動物界最速の長距離ランナー、卓越したスタミナを持つ動物についてです。

サバンナでの長距離ランナーは何と言ってもリカオンとハイエナです。トップスピードはチーターやトムソンガゼルに劣りますが、ずば抜けたスタミナの持ち主です。獲物の体力がなくなるまで追いかけ回す、彼らの狩りスタイルはチーターやライオンよりも高い成功率を誇ります。

最高速度60km/hですが、10km/hで何時間も追いかけるそうです。リカオンの4本の足は長く、走力に優れています。

リカオンが獲物を探して一日に移動する距離は、通常半径10キロ圏内といわれています。

ただし獲物が少ない場合には、平均時速10キロ程度の移動を2〜3日もぶっ続けですることもありますし、驚くほど広い生活域を持つのです。獲物の群れを追いかけながら幼獣や弱い個体を見つけ出し、ターゲットを絞りこみます。

リカオンの群れは社会性が高く、組織力に優れていますので、そのチームワークも抜群なのです。その上、スタミナがありますので、それを活かした持久戦が得意なのです。

群れを散開させながら狙った個体を群れから引き離すようにたくみに誘導して追い詰めていきます。

リカオンが嫌われる理由としてその食べ方です。通常チーターやライオンは獲物の首に噛みつき窒息させてから食べます。ワニは獲物を川の中に引きずり込んで水死させてから食べます。リカオンは獲物が完全に死ぬ前にすぐ食らいつきます。これは、ハイエナやライオンに横取りされる前に食べてしまわなければならない事情があるからなのです。

「ハイエナ」

一方ハイエナも獲物が疲れ切るまで執拗に追いかけまわし、最後は取り囲んで仕留めるのです。ハイエナは、他の肉食性の動物の後ろからコソコソと歩き横取りしようとする卑怯者のようなイメージを持たれていますが、その歩き方はハイエナの前後の足の長さが大きく異なるからなのです。前足が長いために、歩く姿がぎこちなく見えるのですが、実は持久力のある俊足ランナーなのです。また狩りの時には獲物を執拗に追跡していきますので、あとをコソコソついて行くというイメージが生まれたようです。

チーターがスピード能力に特化して進化したのでその速度を長時間維持することはできません。筋肉の燃焼で産み出されたエネルギーは効率の良いものではありませんからガス交換を頻繁に行わなければならず、また体温の上昇を防ぐためには呼吸で行わなければならない為、生物学的に長距離を走ることができません。

リカオンやハイエナは大きな耳を持ち体温調整に役に立っているため、長い距離を走りきる能力があると言われています。また、比較論になりますが長い脚を持っている為スピードもあり、一度狙われるとなかなか逃げることができません。

だから、狩りの成功率30%以下のライオンはハイエナやリカオンの仕留めた獲物を横取りするようになるのです。テレビでライオンがハイエナに横取りされているようなシーンが放映されますが、実際は逆にハイエナの獲物をライオンが横取りしていることが多いのです。

当クラブにRという選手がいます。小学生の大会では常に上位に入賞します。この子の特徴はレースでは絶対に諦めません。たとえレースの途中で抜かれてもラスト200m以内で抜き返します。逆に10mリードして第4コーナーを回ったら、他の選手は抜けません。普段のスピード以上にスピードが出るのかもしれません。根性で走りきる能力があります。リカオンやハイエナは生きるために「諦めない性格」を身に着け長距離ランナーになっていたと思います。そう考えると長距離ランナーの素養とはR選手のような諦めない性格でないとダメだということなのかもしれません。ただ、Rという選手は単調さが嫌いでインターバルトレーニングでは普通の選手以下です。長距離の練習でインターバルトレーニングは避けられません。ペースが体得されてなければレースの組み立てができないからです。彼が積極的にこの単調さに耐えることができればもっと伸びると思います。

参考文献:ウイキペディア、ニコニコ大百科

 

第1回「チーターについて」(2019年1月14日)

チーターの速さで、とくにすばらしいのはスタートです。出発してから2秒後には、時速72kmにもなります。これは、レーシングカーでさえ不可能なことなのです。しかも、これ以上にすごいのは止まるときです。全力で走りながら、ほぼ瞬間的にその場に止まることができるのです。自動車の場合、時速100kmのスピードなら、止まるまでに100mは必要です。チーターのブレーキの力が、どんなにすばらしいかがわかります。

このチーターのスピードのひみつは、まず第一に、スピードの王らしい体つきをしているということです。小さな頭、細くて長い足、引きしまった胴体で、「流線形」の体をしています。つまり、頭部が小さく空気抵抗が少ない、長い胴体はバネの様なしなやかさを持ち、

爪を収納せずスパイクの様に地面を掻く事ができるのです。

ウサイン・ボルトの体つきを見てください。小さい頭と長い脚、まるでチーターが人間になったようです。速い人間はこのような自然の真理に近いのです。当クラブにSという中1の女の子がいます。彼女もボルトのように小さい頭と大きな体をもっています。何より

もストライドを大きくして走ることができます。ハムストリングを鍛えて腰高にすればすばらしい選手となります。昨年は怪我のせいで14秒台後半でしたが、6月までには13秒台が出てもおかしくありません。中3で12秒そこそこの記録を狙えます。

さて、これほどのスピードで走るチーターですが、長距離走は苦手です。全身をバネにして走るため、すぐに疲れてしまい長い距離は走れません。動物のエネルギーは糖質と脂質から得られますが、チータの体脂肪は限りなく0に近く、糖質に頼るしかありません。しかし、体内にある糖質は少なくすぐ消耗してしまいます。よってエネルギーの源のATPが枯渇し、筋肉を動かすことができなくなります。

そのため、獲物を狙うときは、そっと30mほどの距離まで近づいてから、一気にダッシュして100~200mの間に勝負をつけなければなりません。どんなに追いかけても500mが限界なのです。獲物の動物の中には、時速80~90km近くで走るものもいます(インパラなど)から、チーターの狩りはよく失敗に終わります。狩りの成功率は50%以下なのです。

 残念ながら前出のSも長距離は苦手です。せいぜいもって1kmで、川口マラソンのような2kmでは平凡な記録しか望めません。今彼女に課題とさせているのは柔軟性(しなやかさ)と脚力(強力なバネ)です。よりチーターに近づくためです。1月、2月で習得してくれればと期待しています。

 

参考文献:ウィキペディア

 

 

 

 

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2022.09.27 Tuesday