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第357回「時をかける少女」(2025年11月2日)

第357回「時をかける少女」(2025年11月2日)

イギリスの科学者アイザック・ニュートンが「ニュートン力学」の基本として、「宇宙のどこに置かれていても、すべての時計は、無限の過去から無限の未来まで変化せずに同じペースで同じ時間を刻む」という「絶対時間」を主張した。後にアインシュタインによって否定されてしまうが、時間の概念を科学的に定着させる上では、最も有名な理論で、我々の時間観には、未だこの考え方が支配的だ。ドイツの物理学者アルベルト・アインシュタインの相対性理論は「時間は観測者の運動状態によって、遅れたり歪んだりして変化する」、という衝撃的な理論であった。

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人間は時間を計る時間細胞を持たない。体内時計などは脳がこれまでの体験から生活する時間を推し測っているだけだ(24時間、365日という時間はおおよそわかる)。ストップウオッチのようなひとかたまりの時間(2分38秒)を正確に計れるわけではない。

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大会では長距離で自己ベストを出すにあたって、ペースはコーチ・友人の声または、電光掲示板の数字によってわかることが多い。最近のこどもは親から買え与えられているので、練習中でも時計を見て走る。ある練習で最下位になっているこどもが時計を見ながら走っていた。練習中は私がタイムを読み上げている。何で私のタイムに耳を傾けないのか、最下位で何を確認しようとして時計を見るのだ。不思議な光景だ。脳の中にひとかたまりの時間を計る細胞がないのだから、身体全体で目標のタイムを覚えなければならないのだ。頭で判断するものではない。

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こどもにとって2時間の練習を長いと感じる者もいれば、短いと感じるこどももいる。800m2分50秒を速いと感じているこどももいるが、2分40秒を遅いと感じているこどももいる。人によって時間のとらえ方が違う。この点ではアインシュタインの理論が正しい。人によって時間は伸び縮みする。

さて、こども達の記録がどのような形で伸びていくか、バンビーニの中里はる香の例をとって説明したい。

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10月26日の大会で中里はる香が800m2分36秒で強化指定記録を切ったが、これまでのデータとあわせ4年生、5年生の記録を表にした。

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2024年度から1000mから800mに種目変更になったので、3年生以前は800mの大会記録がほとんどない(練習では記録は存在する)。2024年4月~2025年10月の記録をプロットしてみると次のようになる。

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まず、24年に関して1つの傾向がある。3年生の頃の記録(練習)では3月の2分54秒から30日で4秒05、さらに3ヶ月で3.78秒、その2週間後2秒14縮めたが、その後半年間はTTは自己ベストを切るものの1秒以内であった。

つまり彼女のタイム縮小は疎と密があり、実力がつくと記録は大幅に切れる(記録の間隔が「疎」になる)が、実力に見合った段階になると記録更新幅は縮小して「密」になる(何回走っても記録更新はさほど進まない)。まるで地震の初期の「カタカタ」という縦揺であるP波と同じ波動となる。

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今度は2年間のスパンに広げてみると「密」の状態で記録が伸び悩んだ後、急に記録が出るときがある。

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株式投資で見られる「窓を開けて」スタートすると言われる現象だ。通常は前日終値を基準にして徐々に株価が変動するが、土日に新製品の話題が出たりすると、月曜日に場が開くと同時に買い手が殺到して、買い一色になりこの現象が起こる。

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では、なぜ雲のように塊が重層構造になっているのだろうか。

はる香の記録は株式のように噂で上がるのではない。練習を重ねて上がるのだ。しかし、どんなに練習を重ねてもある期間「疎と密」は必ず生じる。疎の時間と密の時間の長さが選手によって違うだけだ。疎の時間が長ければ長いほどいいわけだ。

だから猛練習で「窓を開けた」記録が出ても、しばらく「疎と密」の時間が流れる。密になったら(記録の伸びが縮小したら)また練習すればいい。小学生の内はスランプはないと言っていい。時間が経てば「窓が開く」

だから、振り返ると彼女の雲が重層化しているのである。

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ここで「窓を開けた」陸上選手で有名なのはオーストラリアのロン・クラーク選手であろう。彼は1965年に10000mで27分39秒4という自己ベストを記録した。これは当時、初めて28分の壁を破る画期的な記録であり、自身の持っていた世界記録を34.1秒も更新するものだった。関連者は慌てて競技場を再計測したというくらいの衝撃的レースであった。残念ながら1968年のメキシコオリンピックでは高山病で決勝中に倒れてしまった。

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 中里はる香を見ていると、“疎と密の時間を突き進み、下層雲から上層雲まで自分のタイムを徐々に重層化している”彼女は、時空を自由に飛翔している「時をかける少女」に見える時がある。

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第356回「ゴーレム効果とピグマリオン効果」(2025年10月24日)

ゴーレム効果とは、周囲からの期待や評価を得られなくなると成果や成績が下がってしまう心理学的現象のことである。成果や成績が重視されやすいビジネスやスポーツなどの分野ではよく見られる現象である。

このゴーレム効果には「絶対的ゴーレム効果」と「相対的ゴーレム効果」のふたつがある。

まず、絶対的ゴーレム効果とは否定的な評価を受けたり期待されなくなったりしたときに、成果や成績が下がってしまう現象のこと。自分自身への失望や落胆などから生じる。こどもにおいては言葉に表されなくても雰囲気で期待されていないことを敏感に感じてしまう。

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次に、相対的ゴーレム効果とは優秀な人が評価や能力の低い集団に所属すると、優秀な人の成果や成績が下がってしまう現象のこと。自分ひとりががんばっても集団としての成果が上がらず、やる気を失ってしまうことで生じる。

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ゴーレムとはヘブライ語で「かたちなき者」という意味があり、ユダヤ教に伝わる泥人形の物語が由来になっている。ゴーレムは意思がなく、呪文を唱えると動き出すが、額に描かれている文字の一部を消すことでただの泥に戻ってしまう。この様子から、他からの言葉や態度で力を発揮できなくなってしまうというゴーレム効果に重ねられたのである。

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1969年にアメリカの教育心理学者ロバート・ローゼンタールによって提唱された。

ローゼンタールは、「成績のよい生徒」と「成績の悪い生徒」を選び、双方の成績について担当教師には逆のことを伝えた。教師は成績のよい生徒に期待や関心を寄せなくなり、成績のよい生徒の学力が低下し、逆に成績の悪い生徒の学力が上がった。

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たとえば上司が新人社員へ「あなたはまだ経験もないし、あまり期待していない」と発言した場合、新人社員は自信やモチベーションを失ってしまう可能性がある。ゴーレム効果を生じた社員が増えるほど、パフォーマンスや生産性が下がってしまう。

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恋愛で好きな相手から「あなたは私に合わない」と言われた場合、ゴーレム効果が発生する場合がある。「自分は愛される価値がない」と落ち込み、自尊心も傷つけられてしまうため、本来本人がもっている魅力(明るい性格や生真面目な性格)が失われてしまう。この状態で次の恋愛を始めてもメンタルを正常に保ちにくい。

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では、スポーツにおけるゴーレム効果をなくすにはどうすればいいのか。

陸上クラブのバンビーニでは

1.こどものレース展開がポジティブであれば評価し、自己肯定感の低下を防ぐことにしている。我々は強化指定の記録を目指しているので、失敗しても再挑戦できる機会を与えることで、選手のモチベーションを維持する。

800mレースは最初に飛ばして600mでバテても、

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次にその距離を700mまで伸ばそうと練習を重ねればいいわけで、積極的な走法で失敗しても責めない。

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ただ、最近は熱量のある保護者が、全力疾走して届かない残りの距離の走りをふがいないと思うらしく、こどもを責め立てるケースが出てきた。失敗は強化指定大会までは何度やっても次につなげればいい、と教えているのに困ったことだ。こどもは保護者に怒られないよう平均タイムか力を温存して走るようになる。

2.個人の能力や価値観を考慮し、達成可能でかつ成長を実感できる目標を設定すること(インターバルの設定タイム、種目の設定などを個々に決める)で、成功体験を積み重ね、自己肯定感を高める。練習のタイム設定は強化指定記録が目標だからといって、その記録を基に設定してはならない。いまのこどもの記録を基として1段階アップした努力をすれば手が届く記録に設定するのである。

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3.精神的・身体的な疲労が蓄積すると倦怠感からゴーレム効果が発生しやすくなるため、十分な休息を確保することが重要だ(大会を絞り間隔をあける、シーズン中はロード走大会を控えるなど)

ところで、さきほどのローゼンタールの実験のもう一方の「成績の悪い方」の成績が良くなった原因はなんなのだろうか

それが有名な「ピグマリオン効果」なのである。ピグマリオン効果とは、周囲から期待を寄せられたり、注目されたりするとパフォーマンスが向上し、よい成績を収められるようになる現象のこと。

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ピグマリオン効果の名前は、ギリシャ神話に登場するピグマリオン王の物語に由来している。ピグマリオン王が自らが彫刻した女性像を深く愛し続けたところ、その真心が神に届き、像が人間になったという話。この物語から、「心から期待すれば相手はいつかその期待に応えてくれる」という意味が込められている。

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中学生のヒロキ。この子は小学生の時はほとんどの友達が遠い存在(写真うしろから2番目)であったが、

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「地道に練習することが大切だ。ペースを覚えなければ飛び出すこともラストスパートもかけられない」とビルドアップを盛んに取り入れた練習をこなしていった。「記録という壁は何度も何度もたたいていくうちに壊すことができる。壊せればポーンと記録が伸びるが、また次の壁に当たる。そして新たな課題を持ってさらに練習する」と指導して彼は愚直に練習してきた。「君ならできる」と言われ続けていたが、最近では「僕ならできる」という雰囲気になってきた。これがピグマリオン効果だ。今では自信に満ちあふれている

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この欄で何度も書いているが、連合艦隊司令長官山本五十六は

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

と語った。

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第355回『塀の中の懲りない面々』(2025年10月17日)

お役所専門に狙う大泥棒、堂々と脱獄した赤軍派兵士、短歌を詠むだけが楽しみの殺人犯、手形、借用証等ヨロズ消化する紙食い男、腕前は日本一を誇るニセ外科医等々、刑務所を出てはまた戻ってくる「懲りない面々」たち。そんな犯罪のプロフェッショナルばかりが集められている府中刑務所での、人間への限りない好奇心と巧みな観察眼で描いた安部譲二の自伝的ベストセラー小説が「塀の中の懲りない面々」(1986年)である。

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学童においても犯罪のプロフェッショナルのような実におもしろいこども達が集まってくる。読者の皆さんは知る由もないでしょうから、今日は「塀の中の懲りない面々」のようなユニークなこども達を紹介しましょう。

居場所事業と称する学童は、塀や門に閉ざされこどもにとっては自由に行き来できない上、学童に入室したら最後、玄関は施錠されまったく出られない。入室後3時50分までは宿題または読書、4時には校庭に駆り出され運動をさせられる。5時には早帰りのこどもは玄関に移動させられ、残りのこどもはおやつとなる。夕食が食べられないといけないので、お菓子の数は4個と決められている。お迎えは18時前後がピークとなる。

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この生活に窮屈な思いをしているこどもはたくさんいる。3年生以上は自分のペースを守りながら唯々諾々と学童のやり方に従っている。本当は家にいる方がいいのだろう。同じ思いを持つ1年生もいるのだが、実はこのこども達こそ“懲りない面々”なのだ。

まず、教師の言うことを聞かない“一刻者の鉄”ことT男がいる。

自分の考え、行動に自信があり、他人の意見に耳を傾けず、自分の意見を強く主張する。喧嘩をしても屁理屈で押し通す。友達の机の上にある教科書を通りすがりにわざと落とす。落とされたこどもが頭に来て文句を言っても、教科書が斜めにあったのでぶつかって落ちたという。「嘘だ!手でわざと落とした」“家政婦が見た”ではないが、市原悦子のような気持ちで見ていた。私が見ていたと言っても、間違いを認めない 。

自分の信じたこと(たとえ嘘でも5秒後には信念に変わる)に縛られ、「絶対に○○だ」と決めつけ、反対意見を受け入れない。教師の注意や叱責を聞かない。

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一言「ごめんなさい」と言えば、その場の気まずい雰囲気から逃れられるのに、顔をあっちの方向に向いて教師と正対しない。こどもは相手が怒りだすとさらに口をつぐんでしまう。それが一番自分を守る最善の方法だと心得ているかのようだ。刑事事件でも厄介なのは政治犯だ。刑法に抵触してもその行動は信念でおおわれているから罪の意識がない。だから、どんなに威圧をかけても泣き落としをかけても、饒舌に語るか、完全黙秘するのである。政治犯は検察泣かせなのである。“一刻者の鉄”はこれと同じタイプで時間切れ釈放が多い。

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“ルールブックの女”と呼ばれる自己中心のK子が遊びを仕切っている。

アメリカのギャング“アル・カポネ”の時代にいるようだ。トランプなどゲームをする際、K子が取り仕切る。いつぞやはババ抜きをやって私が彼女のカードを抜くときに気が付いた。お互いカードが後2枚になった。1枚を引いたら持ち札と同じカードを引き当てた。残りは彼女1枚、私が1枚となった。「???」私が引いたら彼女のカードがなくなり引いた私もなくなった。先になくなったのは彼女だから彼女の勝ちだが・・・「おい、ババはどこに行った?ババがないじゃないか」「だって、私ババ嫌いだもん」最初から入れてなかった。ババのいないババ抜きだった。

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神経衰弱で自分の番が終わったら、トランプのカードをまたぐちゃぐちゃにする。私の脳は退化しているので、やっとのことで覚えている残像が粉々に崩れてしまう。神経衰弱が記憶の勝負でなく、“偶然の繰り返し”の運勝負になる。いつ迄たっても終わらない。

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プライドがあるから“ブラックジャック”をやりたがる。

これは、カードの合計点数が21点を超えない範囲で、ディーラーよりも高い点数を目指す。カードの合計点が21点を超えると、その時点で負けとなる。2から10のカードはその数字通りの点数で計算する。絵札(J、Q、K)はすべて10点と数える。A(エース)は1点または11点のどちらか都合の良い方として数えてよい。

K子は3つ以上の数字の足し算が苦手のようで、カードを追加すると何点になるかわからないようだ。始まる前に友達のU子を指して「この子算数が苦手だから教えてあげてね」と言ってきた。ところが、始まると質問するのはK子だけであった。ディーラーの私に「いりやま先生、キングは何点だっけ?キングと6と5が来たのでいくつになる?」「おい21点だよ。最高得点だよ」「そう、やっぱり」そう言うものの20分間私はK子の足し算を手伝わされた。ブラックジャック特有の勝負の駆け引きはまったく失われた。

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器物損壊罪の常習犯は“壊し屋の源”ことM男だ。

せんべいを粉々に壊して食べる。完成品をせんべいの製造ラインの始め迄まで戻している。亀田製菓の社員が見たら泣けてくるであろう。掃除するのが大変だからやめろと言っても翌日やはり壊す。手で壊すのが難しいもの(あられなど)は水筒で壊す。食べ方も最後は犬猫のように舌で皿を舐め回す。

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最後は“チクリの銀次郎”ことT男である。

すぐに仲間の行為をマネージャーに言いつける。「先生、R男とY男が喋っています」に始まり「R男は宿題をしていません」と言いつける。言われた方はいい迷惑だ。

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おやつの時間はこども達がそれぞれ勝手に喋っていてなかなか始まらない。こどもはその雰囲気がわからないのだが、一瞬誰もしゃべらずにシーンとなる時がある。我々はこの瞬間を「天使が通る」と呼んでいる。その時も最後まで喋っているのがT男だ。さすが気まずくなったのだろう、「静かにして!」「静かにするよ」と皆に呼びかける。「お前が一番うるさい」と思う。声掛けすると自分が優等生に早変わりし、自分からこれまで騒いでいたこども達にマネージャーの目線が移ることを心得ている。「おやつ前に3分静かにすれば点呼が終わるのになぜそれができない。できないからおやつが始まらないのですよ」

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こども達は毎日同じ注意を受ける。もしかすると、こども達全員が「懲りない面々」なのかもしれない。

こども達は小説とは違い、一度退会するともう2度と学童に戻ることはない。これからそれぞれの人生を歩むわけだが、大人になるまでにいろいろなことに遭遇し丸くなっていくと思う。ちょうど上流の石が下流に流れ着くまでに丸くなるように・・・ただし、丸くなるが石そのものは小さくなっていくのが人の定めである。

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 第354回「壁」(2025年10月10日)

社会を見渡すと、どこにでもどのようなものにも「壁」というものは存在する。それは自分が進む道に存在すると厄介である。

物理的な壁は、「ベルリンの壁」という戦後のドイツの東西分断を象徴した壁があった。

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現在は、収入の大小で起こる税金の問題や、子どもの成長段階で直面する課題や変化を「壁」と表現することもある。

主にパートやアルバイトで働く人が、税金や社会保険料の負担が増える年収の境界線を指すことがある。たとえば、「103万円の壁」である。所得税が課税され始める年収の目安で、配偶者が配偶者控除を満額受けられる上限でもある。これらの壁を超えると、手取り収入が減少する可能性がある。

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また、こどもの成長に伴う「小1の壁」というものもある。子どもが小学校に入学することで生じる、学童保育や働き方などの変化に関する課題のことだ。

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陸上競技にも「壁」がある。

短距離では「10秒の壁」であり、長距離では「2時間の壁」である。

「10秒の壁」は、陸上競技の男子100メートル競走において、9秒台の記録を達成することの難しさを示す言葉となり、この壁を超えることは、偉大な短距離走者であることの証とされていた。しかし、今では日本選手でも易々と出せるタイムとなり、壁はなくなったといってよい。

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では、9秒5の壁ができたというべきなのか。そうではない、10秒というのは100m走における象徴的数値だったから、あえて言うなら、100m走の次の壁は「9秒」である。

オリンピックの歩みは、人類の限界への挑戦の歴史ともいえる。“より速く、より高く、より遠くに”である。どんな競技でも50年前、100年前の映像と比較すると、スピード感、力強さ、躍動感など、現代の方が格段に優れている。ただ、その進化はアスリートの生身の身体能力や技術の向上だけでもたらされるものではない。科学の進歩や用具や環境の変化が大きな影響を及ぼしたと考えられている。

(1)科学的トレーニング

1991年世界陸上競技選手権大会では50台以上のビデオカメラが使用され、選手のフォーム、スピードの変化、ストライド、が計測された。このような計測結果をもとに科学的な研究が進み、トレーニング方法は改良されてきた。東京大学大学院の深代千之教授が2008年6月24日付毎日新聞で、1991年世界陸上競技選手権を分析した結果、股関節周辺の筋肉の重要性と脚全体をしならせる動きが速く走るために必要な条件であると解説した。その結果、今では小学生まで“ドリル”という運動が普及した。

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(2)全天候トラックの導入

1968年メキシコシティーオリンピック以降は表層にポリウレタン舗装が施された全天候トラックが採用された。ウレタン素材は弾力性に富み反発が得られるために選手のストライドを広げることに貢献し、これまでのアンツーカートラックと比較して記録が2%向上したと言われる。

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(3)選手のプロ化

1970年前後からスポーツ界のアマチュア規定の議論が進むとともにこれが緩和された。最大の陸上競技大会の1つであるオリンピックの商業化とともに1984年ロサンゼルスオリンピック前から選手のプロ化が容認され、広告収入を得た選手でもオリンピックに出場ができるようになった。

それまでは100m金メダリストであっても職業として陸上を続けることは不可能だったが、商業化に伴いスポンサーを得ることによって陸上に専念できる環境が整うようになった。

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(4)シューズの改良

1960年ごろから選手専用のスパイクシューズが開発されはじめ、記録の更新に貢献した。1960年代後半以降の全天候トラックの普及に伴い、スパイクピンの形状変更などウレタン素材に対応する改良が施され、選手に合った素材・形状の追求が進められた。

カール・ルイスはスパイクの軽量化にこだわり、115gまで重量を落としたシューズを使用し、世界陸上競技選手権東京大会で9秒86の世界新記録を樹立している(その日その会場でルイスの走りを私は観戦していた。その時の興奮はいまだに忘れられない)

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マラソンや箱根駅伝でナイキ社製の厚底シューズ「アルファフライ」の効果はすさまじいものがあった。しかし、カーボンファイバーを挟んで推進力を増すのはルール違反だという意見から規制がかかった。メーカー各社はこれまでも反発力があって推進力を生み、かつ軽量で足に負担をかけないランニングシューズを提供するために素材や構造で工夫を続けてきた。その競争で画期的な成果が生まれたということであって、決してズルしたものを開発したのではない。ただ、あまりにも効果があり過ぎて、走る選手よりシューズに注目が集まり過ぎた。写真はキプチョゲが2時間切りを達成した特別レース(シューズはアルファフライ)

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だからといってこのシューズを無視してはいけない。こども達が練習で履くことで大きなストライドを体験したり、怪我の防止にもいいのだから、練習の補助用具として存在を認めてもいいのではないか。

記録は異なる時代に活躍した伝説的なアスリートの能力を比べるもの差しになると考えがちだ。1964年東京オリンピックの男子100mで圧倒的な走りをみせたボブ・ヘイズ(米)とウサイン・ボルトを記録で比較すればボルトがはるかに速い。だが、用具の進化を知れば、そんな比較は意味がないと分かる。スパイクが違うし、現代のトラックは反発力が増している。一方で、足には負担がかかる。最も力を発揮できる走り方の技術も違っているはずだ。

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 用具の進化が記録や選手のパーフォマンスを高めているのは事実だが、道具や用具を使いこなすのは鍛え上げた人間の体力と技術であり、その進化を導くのは限界を超えようとする人間の意思である。できないと思ったときに限界が生まれる。アスリートが可能性を信じている限り、記録や技の進化は止まることがないだろう(1964年の今日、10月10日は東京でオリンピックが開催された。当時中1の昔である)。

 

第353回「不良設定問題」(2025年10月3日)

問題というものは、それを解くのに必要なだけの情報がそろっていて、初めて解くことができる。数学において、解くのに必要な情報が与えられている問題のことを良設定問題(well-posed problem)と呼ぶ。一方で、それを解くのに必要な情報が一部欠けている問題のことを不良設定問題(ill-posed problem)と呼ぶ。不良設定問題はもちろんまじめに解こうとしても解くことができない。

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 短距離に向いている児童を見つけ出すのは比較的簡単である。身長と体重および足の長さ、新体力テストの握力と反復横跳びがすぐれているこどもに可能性がある。

ところが、小学生の長距離走の優秀なこどもを割り出すことが経験上難しい。たとえば身長や体重から長距離走のタイムを予想することは不可能であり、さらに新体力テストのシャトルランが持久力のバロメーターではあるが、これがたけているこどもが長距離が得意だとは限らない。

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バスケやサッカーの選手は切り返しの筋肉が優れているので、陸上部の長距離選手よりシャトルランの回数が多くできるからだ。

私が高校時代体育の先生に実験台(陸上の長距離選手がすべての種目において持久力がすぐれているわけではない、という研究テーマ)としてバスケの練習に参加させられたが、バスケの友人と比較して大変きつい思いをした。

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逆に秋にバスケの友人が駅伝に駆り出され一緒に練習したが、彼は非常に辛そうだった。まるでイソップ童話「キツネと鶴のご馳走」のようなイメージであった。

*)意地悪好きのキツネが鶴に「ご馳走するからいらっしゃい」と招待し、やって来た鶴にわざと平たい皿に入れたスープを差し出す。鶴はクチバシが長いため飲めない。それを見ながらキツネはおいしそうにスープを飲んだ。しばらくして、鶴はキツネに「先日はご馳走をありがとう、今度は私がご馳走するからいらっしゃい」と言って、訪れたキツネに細長い口の壷に入れた肉を差し出す。キツネはクチバシがないのでそれを食べられない。それを見ながら鶴はおいしそうにクチバシで中の肉をつまんで食べた。

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陸上部の選手とバスケット部の選手の違いが何なのかを分析すると長距離走のポイントがわかるような気がする。

身長と体重、シャトルランの数値が長距離に影響を及ぼす比率を20%とすると、根性は40%を占める。残りは肺胞数や汗腺数の内臓系のファクターであるが、これは個人間ではほぼ同じ数量である。つまり根性が長距離の能力の40%(内臓系のファクターが同じとすれば、比率は67%)を占めるのにもかかわらず、根性を測定する医療機器がない(断っておくが、比率の数値は私の経験上の“感じ”である)。

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だから、「長距離走に向いているこどもの見つけ方を答えよ」という問いは不良設定問題なのである。

我々がこの問題を解くにはこの命題に情報を付け加えて良設定問題に変換させなければならない。

 では、根性を計測するのにどう数値化すればいいのか。

 求人情報のindeedが次のような「GRIT」という概念について掲載している(2025年4月29日)。要約すると次のようになる。

 GRITは起業家やアスリートなどの成功者に多く共通している力として近年注目されている。

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 心理学者であり、ペンシルバニア大学で心理学の教鞭を取っているアンジェラ・リー・ダックワース氏(以下、A・ダックワース氏)は、「GRIT『やり抜く力』」理論を研究、提唱している。

 【Guts】(ガッツ)頑張る気力、

【Resilience】(レジリエンス)回復力、

【Initiative】(イニシアチブ)自発性、

【Tenacity】(テナシティ)粘り強さ、

上記の単語の頭文字を並べたものが「GRIT」だ。

GRITの測定方法

ダックワースは「グリットスケール」を開発し、やり抜く力を測定できるとする。

10項目において、5段階で該当すると思うところに丸をつけ、記載されている点数を合計する。それらの数字を10で割った数字が「グリットスコア」になりスコアが高いほど「やり抜く力が高い」となる。

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 ただ、これはビジネスマン用に作成されたもので、小学生の根性測定には向いていない。小学生には幸福度のような数値化はむずかしいのかもしれない。

しかし、経験則から言えば練習を途中でやめるとか大会でラストスパートが出ない選手は長距離は向かないことが多い。

バンビーニではハルカやユイナは与えられた練習はすべてこなす。苦しくても途中でやめたことがない。

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ヒナは泣き虫だが「泣くなら走らんでもいい」と言っても泣きながら設定タイムで走る。

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正しい目標設定を行い、失敗しても挫けずに努力を続けるのは容易ではないが、将来GRITを伸ばすことで「成功には情熱と粘り強さが重要だ」と気づくであろう。

さらに、自発的な取り組みだけでなく、周りの人々も個人のやり抜く力を伸ばすために重要な役目を果たしていることに気づく。

たとえば、友人など、近くにGRITが強い人がいると、そのような人から良い影響を受ける場合がある。昔バンビーニにはネネがいた。ウタがいた。タクがいた。彼らの練習に対する取り組み方や姿勢などが一緒に練習をして吸収できたのである。

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 また、自分に似ているところがある人なら「この人にできるなら、自分にもできるかもしれない」というように、挑戦する気持ちを持つことにも繋がる。今の中学生のエイジやヒロキは小学生の時は決して速い組ではなかった。だから、努力すれば成長することを皆は理解するようになった。

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根性は伝染する。これが集団で練習する最大のメリットである。

 バンビーニでは小学生に対し私流に“高慢と偏見”で根性を数値化し、「長距離走に向くこどもを見つけよ」という不良設定問題を良設定問題に変換している。検証が出来たらいつの日かこのコーナーで「根性の数値化」についてご報告したい。

 

第352回「タキサイキア現象」(2025年9月26日)

体内時計は、生物が本来持っている時間測定の仕組みで、生物時計とも呼ばれている。昆虫から植物、人間を含む哺乳類まで、地球上のすべての生物に備わっており、約24時間の周期で体の機能を変化させている。朝に目覚め、日中に活動し、夜に眠くなるという基本的なパターンも、体内時計の働きによるものだ。人間の体は地球の自転(24時間)および公転(365日)に合わせて調整されているといえる。

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しかし、おかしなことに人間には五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)はあるが、「時間に対する直接的な感覚器官」は存在しない。正確な時間の長さを「時間そのもの」で知覚することは難しいのだ。“2分24秒”(小6男子800m強化指定タイム)という時間を感知する特定の細胞や、特定の領域が今現在見つかっていない(今後の研究によっては見つかるかもしれないが)。放送も応援もなければ正確なタイムはわからないのだから、“2分24秒”という時間の塊は身体全体で覚えなければならない。だから長距離はインターバルやレペティーショントレーニングで走り込まないといけないのだ。

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 実際には、視覚情報などから得た情報を脳が工夫して、時間に関する情報を補完しているようで、脳はさまざまな情報と過去の経験を組み合わせて、時間の概念を形成しているものと考えられる。

有名な天才の時間観念がある。

アイシュタインは「可愛い人といる1時間は1分くらいに感じられ、1分間熱い石の上に座ると1時間より長く感じる。それが相対性というものだ。」と唱える

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このように「時間」という言葉で表す世界は2種類ある。一つは時計によって規則正しく進む客観的な「物理的時間」、そしてもう一つは我々の心の状態(感情)で、伸びたり縮んだりする主観的な「心理的時間」だ。

交通事故など、危険に直面した人が「景色がまるでスローモーションのように見えた」というエピソードをよく耳にするが、これは、人間が時計のように時間を正確に測る感覚器を持っていないため、“心の中の時間”と“物理的な時間”にズレが生じることで起こる。この現象を「タキサイキア現象」という。

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タキサイキア(Tachypsychia)という言葉は、ギリシャ語で「精神の速度」を意味し、感情の変化によって時間の感じ方が変動する現象とされている。

タキサイキア現象は脳が危険から身を守るために活性化し、視覚情報の処理速度が向上することで起こると考えられる。ゆっくり周りが動くように見えるため、たとえ衝突する場合でも咄嗟に自分の身を守る行動が取れるらしい。敵と戦う時も集中力のある方がタキサイキア現象が生じると言われている。

昔ボクシングでカシアス・クレイ(その後モハメド・アリに改名)は「蝶のように舞い蜂のように刺す」と言われた。ヘビー級なのにガードではなく上半身の動きだけで相手のパンチをかわしてしまうのだが、今思うとタキサイキア現象の中にいたのだろう。

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この現象は陸上競技の100m走でも起こる。さきほどのタキサイキア現象を“100m走”の文脈で考えると、スタートの瞬間の緊張状態や、ゴール直前の集中力が高まった状態で、ランナーが自身の感覚として周りの時間がゆっくりと感じられる、といった現象が起こる。これは、感情が時間知覚に影響を与えるというタキサイキア現象の特性と合致している。ウサイン・ボルトも究極の集中力でタキサイキア現象下にあったと想像できる。

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「打撃の神様」と呼ばれた巨人軍の川上哲治氏をはじめ、多くの一流選手が「ボールが止まって見えた」と語っている。これは、ボールに対する集中力が極限まで高まり、ボールを感覚的・視覚的に「捉えた」結果、止まって見えたのだ。

スポーツ界では、「ボールが止まって見えた」という現象は「ゾーンに入った」状態として説明されることが多い。これは、究極の集中状態を指す。

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千葉大学の一川誠教授は、中程度の感情喚起で約10%のスローダウンが確認されている。より強い感情が喚起される状況では、さらにスローモーションの度合いが高まる可能性もあると指摘している。

「時は刻むもので流れるものではない」

1秒未満の「コマ」と「コマ」の間は、実はパラパラ漫画のように非連続で、我々が1秒以上の連続として知覚すると、普通に「時間の流れ」としてとらえられるのだ。スローモーションに見えるというのはこのことを証明しているのではないか。

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スローモーション映像は、高速度カメラで撮影し、通常のコマ数で再生する方法が一般的だ。例えば、1秒間に24コマで再生される映像に対して、1秒間に1,455コマといった速い速度で撮影し普通に再生すると、動きが遅く見えるスローモーション効果が得られる。

事故や戦いなどの特殊な場面では、視覚情報の処理速度が向上し、通常24コマで見ている情景が1,455コマまで見えるのかもしれない。

大会に没頭したり、周囲のことが気にならなくなるほどの集中力を持てば、「時間の歪み」が起こる(時間の感覚が変化する)。周りがゆっくり進むということは、周りから見れば皆より速く走っていることになる。

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だから、100m走の選手には特別「集中」を強調し、そうすれば君はウサイン・ボルトになれる、と言ってレースに送り出すのが、バンビーニのルーティンである。

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第351回「ジゴロ―と嘘泣き女」(2025年9月19日)

学童は社会の縮図である。

ここの学童は居場所事業のため140名を超える児童がいる。入所希望者を厳正なチェックで受け入れるこれまでの学童ではなく、書類がそろっていれば誰でも入れるから、多種多様な児童が入って来る。そのため多少の“悪(わる)”がいる。まだこどもだから、この“悪(わる)”はかわいところがあるが、放って置くと将来が心配である。

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私はアルバイトだから前のめりで教育論をかざすつもりはない。

私の姿勢は“ラグビーの審判”的教師である。一時停止の標識のそばに気配を消して立っている警官とは違い、オフサイドの位置にいる選手に注意し、モールやラックが止まりそうになるとボールを出してと促し、違反を待ってペナルティを課すのではなく、違反をしないように事前に警告してゲームがスムーズに進むように努めることである。あくまでもこどもの社会に深入りせずにギリギリのところで児童社会を維持することだ。

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学童にはジゴロ―みたいなこどもがいる。

ジゴロ―とは「年齢に関係なく、女性を支配下に置き、女性にたかったり、女性の収入に頼って生活する男性」を指す。S男はM子に対してジゴロ―の関係である。

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一般的にジゴロ―といわれる男の特徴は

・猛アプローチをかけてくる

・付き合うまでは短期決戦!(出会って数日で付き合うことに)

・女性の弱みをあおる

・将来は結婚を匂わせる、幸せな家庭に憧れていることをアピール(1度でも二人の将来のことを考えると女性はなかなか離れていかないことをわかっている)

などの行動をとる輩(やから)である。

M子は6月に転校してきたこどもだが、いち早く近づいたのがS男である。

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かいがいしく身の回りの世話をし、学童にいる時間すべてをM子に捧げているようであった。ところが夏休みが始まる頃、S男はM子の行動を縛るようになった。O君のところに行ってはダメ、Y子ちゃんたちと遊んではダメ、とM子の行動を縛り始めた。要するに自分のところから離れるなということらしい。M子はおとなしいこどもなので自分から友達をつくることは難しい。でも声をかけてもらった女の子と遊びたいのに、S男の監視がきつく遊べない。

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いつも男系の遊びばかりは嫌なんだろうな、それでも転校して初めて声をかけてくれて遊んでくれるS男の恩を忘れないようだ。健気な女の子である。思い通りにならないとすねて落ち込むS男。するとM子は慌てて慰める。

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他の女の子と遊べるのはS男が学童を休むときだけ。その時は満面の笑みで遊んでいる。でも翌日S男が来るとS男の支配下に入る。お金は取られていないが女の友達と遊ぶ時間はとられている。

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ほとんどのジゴロ―は罪の意識もなく無意識でこの手口を使う。だから、ジゴロ―からすると騙そうとしているわけでも、嘘をついているわけでもないのだ。地味で純情なM子が助けを求めてこない限り我々が手を出す場面ではない。ここで自力でS男の支配から脱しないと大人になったら、今度は本当のジゴロ―からお金を取られるよ。

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女子よ、この手の男子に気をつけろ!

涙は人の心を強く動かすため、時に意図的に使われることがある。それが「女の武器」だ。女性は年を重ねるにつれ、涙を男の拳より強力な武器として使う。

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私が仁王立ちして女性が涙を流して横たわっていたら、その場に出くわした民衆は問答無用で私を羽交い絞めにするだろう。暴力を振るったか、痴漢か、強盗かなど男の私が犯しうるあらゆる罪名を想像して・・・・

一見泣いているように見えても、実際に涙が出ていなかったり、化粧が崩れていなかったりする場合、これを“嘘泣き”という。本物の涙は量が多く、顔の化粧を崩すことが多いからだ。

昔松田聖子が嘘泣きの女王と言われた。1980年9月18日に『青い珊瑚礁』で初めて1位を獲得した際や、その2ヶ月後に日本歌謡大賞で放送音楽新人賞を受賞した際母親との対面で泣いたのだが、涙は出ていなかったというエピソードが有名だ。

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涙を出せるようになると、状況に応じて涙を「オン」にしたり「オフ」にしたりできるのが嘘泣きだ。悲しみや痛みの感情は持続するため、本物の涙はすぐには止まらない・・・

嘘泣きを常習的に行うこどもは、より泣いているように見せるためにオーバーな演技をすることがある。嘘泣きの回数を重ねるにつれて演技が重厚になっていくのだ。しかし、冷静に見ていると大げさにしゃくりあげたりすると小芝居のような不自然さが出ているのがわかる。

人が泣いているのを見ると、「助けなければ」とか「慰めなければ」という反応が自動的に引き起こされる。この反応は理屈よりも先に働くため、たとえ演技だと頭では分かっていても、感情が動いてしまうことがある。

H子は1年生だが、嘘泣きが男女の関係・大人とこどもの関係で「勝利の方程式」になると学習しているので、感情操作を行い自分の望む方向に持っていこうとする。何回か私も、そしてより若い先生も引っかかった。彼女が悪いことをしたので叱ったら、泣いた。「言い過ぎたかな?」「事実と違っていたのかな?」などと反省してしまう。自ずと叱る音量が小さくなっていく。マネージャーに報告しに10mほど歩いて振り向いたら、舌を出して立ち上がったのを見てしまった。成長するにつれてこの子はきっとこの武器をチューンアップして強力なものとし、純情な男たちを騙していくことだろう。

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男子よ、この手の女子に気をつけろ!

 

 

2025.11.04 Tuesday