バンビーニ陸上クラブ

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インターバル 第160回「私と一緒に逃げて!」(2022年1月15日)

160回「私と一緒に逃げて!」(2021115日)

学童でこどもと遊ぶ時、男の子は私に戦いを挑んでくることが多い。「ダブルキックアタック」とか「○*△÷♯▲?$」とか言って蹴りを入れて来るが、足の長さを考え一定の距離を設けていれば当たることはない。こどもに距離感はまだない。漫画チックだが頭を手で押さえていれば拳が私に当たることもない。だからこどもたちは私に勝てるわけがない。

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タイマンの時(対峙している時)、何も動きがないのに「今だ!」といってかかってくる。何が「今」なのか聞いたが、テレビでそう言っているからだと言う。

ドッヂボールの変形で、制限枠がなくどこまで追いかけてもいい“メチャぶつけ”をすることがある。この時は柔らかいボールでもあるので、こどもには思いっきり当てる。手加減はしない。跳ね返ったり外れたボールを私が取りに行くことはない。必ずこども達が走って取りにいく。そのうち僕の方が早く取った、いや僕のが先だ、ということでもめる。その時はボールを思いっきり高く上げて3度弾んだら取っていいことにする。2人は競うが、取られた方はぶつけられるから一種のチキンレースで、気の弱い方が負ける。

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ある時H子が「入山先生!私と一緒に逃げて!」と叫び、血相を変えて私の手を取り走り出した。その勢いは何か暴走車が来たのかと思うほどだった。「私が隠れるところを知っているから、早く早く」屋外バスケットコートのバスケ台まで連れて行かれた。「ここなら安心、R男らが入山先生を泥団子で攻撃しようと準備しているのを見たの。私から離れないで、私が入山先生を守るから。ずっとここにいてもいいのよ」

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H子だけが私を「イリ」と呼ばす、入会以来ずっと「入山先生」と呼んでいる。よく見ると砂場の砂を水で固めた泥団子を両手に持った悪ガキたちが私を探している。バスケ台には衝撃を緩和させるラバーで覆われているので方向によっては彼らからは見えない。H子はそこから離れて間合いを見ている。「入山先生、左から逃げて!」と叫ぶ。H子は一生懸命なので、寺田屋事件で襲われた坂本龍馬がお竜(りょう)に促され逃げているような気分になった。

 

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雨降りの時は室内でゲームやけん玉などをするが、それに飽きたR男が私に「イリ、何か遊ぼう」と言って寄ってくる。私はトランプのスピードやオセロが好きなのだが、こどもが寄って来ればまずはそちらを優先する。

静かにかつ動きのあるものといえば、「真剣白刃取り(しんけんしらはどり)」がいい。手刃をこどもの頭に振り下ろす、こどもは両手でそれを挟み込む。うまく挟めたらこどもの勝ち、頭に私の右手が当たったら私の勝ちだ。だいたいが私のスピードについていけない。手が間に合わないので、そのうち頭に手を置いてやるようになった。頭に当たっているのに事後手を添えることができるので、「イェイ」と言って勝ったつもりでいる。「お前、今頭に当たっただろう」「いや、当たってないよ」彼の頭に当たり続けるので逆に私の手が痛い。相当な石頭だ。何しろ私は手加減をしない大人なのだ。R男はその後も永遠にやろうとするが、18時だ、帰らなきゃ。

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翌日も雨だった。R男がニコニコしながら私のところにやって来てこう言った。

 「イリ、またやろうよ、あの『新年白髪取り(しんねんしらがどり)』」

 

159回「スポーツ選手は引き算が苦手」(202218日)

携帯電話は機能がたくさんあり決済機能も付くようになっては、手放せない存在となった。もう通話とメールだけでは売れないであろう。その点では携帯電話は足し算の産物であるといえる。

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一方で足し算ではなく引き算で成功した商品もある。

その筆頭はソニーのウォークマンであろう。

当時のテープレコーダーは、まず録音ができてそれを聴く、というのが常識だった。社内からは、録音機能の無いテープレコーダーは絶対に売れないと反発されたが、創業者で当時の名誉会長の井深大と会長の盛田昭夫が押し切る形で生まれた。

いざ販売してみると、不安の声に反して、ウォークマンは空前の世界的大ヒットとなる。1号機の発売後13年で累計1億台を突破した。

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顧客が求めた価値は「録音ができること」ではなかった。「外出中でも音楽を楽しむことができる」「いつでもどこでも好きな音楽を聴ける」という価値だったのである。

ポイントになるのは、引きをしたときに新しい価値が生み出されることにある。もし、新しい価値が生まれなければ、それは「引き算」ではなく、単に「無駄を省いた」ものに過ぎない。「機能」を引き算をしたが、これによって生み出されたのは「新たなライフスタイル」だった。

この他にも「アイスクリーム専用スプーン」「卵かけご飯専用醤油」のように用途の引き算が、商品の「価値」を高めたのである。

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陸上競技では、速くなる子の多くは自主練をしている。そうでないと速くならないのだが、問題点がある。スポーツ選手は引き算が苦手なのだ。調子が悪くなると練習量を落とすのではなく、逆にもっと増やしてしまう傾向にある。調子の悪いのは「走り込み」が足りないからだとか、ライバルに後れを取るのはスピードが不足しているからで、もっと「スピード練習」を増やさなければならないと思うのだ。小学生の場合、多くは保護者がストイックな性格をもっており、後押しをしているか、率先してやらせている。

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私も昔は365日走らないといけないと思っていた。ニュージーランドのリディアードやオーストラリアのセルッティの理論に心酔していたからだ。私もご多分に洩れず調子が悪いと練習量を増やした。そのため疲労が抜けないままシーズンが終わってしまった。毎日がだるかったのである。当時瀬古選手が1ヶ月1000km走っていた時代だった。

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成功した選手からすれば練習を重ねていたからだと声高に言うだろう。そうすると自分はまだ努力が足りないと思う。だから練習量を増やす。

今から思えば、毎日練習することが譲れないのなら、走り込みではなく短距離の練習でもよかったし、バスケや水泳でもよかったのだ。目先を変えた練習が必要だった。当時は「走り込み」という言葉が呪縛となっていた。

バンビーニには今故障で離れている有望な選手たちがいる。故障を見抜けなかった私の責任である。この子たちは思い切って練習を休んでいるが、そろそろ帰って来る。今度は、「走り込み」の呪縛から解き放し、引き算を取り入れた練習も実践していきたいと思う。つまり長距離だけでなく短距離的な練習も加えたい、と書くと「加えたい=増やす」と読み解かれてしまうので、正しくは「長距離練習の量を引き算し、その分走る距離は減るが、他種目の練習を取り入れることによって力をつける」ということだ。思い切って完全休養の日をつくり、怪我をさせずに育てることに心がける。実力が上がるにつれて第二コーチの保護者との連携がますます必要となってくる。力がついて来たこどもたちに引き算をしてあげるのは大人の責任である。

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158回「日の丸弁当」(202211日)

冬休み、学童のこどもらとお昼ご飯を食べる機会があった。私が違和感を抱いたのは、黙食もそうだが、問題はその食べ方だ。

ご飯とおかずを別々に食べる子が2/3を占めるのだ。私などはご飯におかずを乗せて一緒に食べるのが普通だと思っているので驚いた。おかずを先に平らげる派とご飯を先に平らげる派がいて、見ていると半分半分だった。両派ともその大きな順番は変わらない。ご飯だけでよく食べられるなと思う。しかし、おかずは残す子がいるがご飯を残す子はいない。

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私が小学生のころは給食制度が今ほど確立されていなかったから、お弁当になることも多かった。当時の児童の多くはおかずと一緒にご飯を食べた。私のお弁当箱は蓋を開けると蓋の裏側には赤いものがべっとりついていた。おかずのウインナーの着色料のせいだ。卵焼きは必須だが、野菜炒めも時々入る時がある。

コロナ時代の今では信じられないが大声でワイワイガヤガヤと食べていた。ご飯粒が飛んでくることはしょっちゅうだった。先生は注意することなくニコニコ笑いながら食べていた。

ふと左隣のT子を見ると、アルマイト製のお弁当箱の蓋を45度の角度で開けながら、隠すように食べている。何を食べているのだろうと見ると、白いご飯の真ん中に赤い梅干しがあるだけのお弁当だ。日の丸弁当だ。T子の家が貧しいことは薄々聞いていたので、お喋りで無神経の私も何も言わなかった。見て見ぬふりをしていた。しかし、ご飯だけで美味しいのかなぁと思いつつも、私はウインナーを美味しく食べた。「うまい、うまい」が当時の口癖であった。T子には酷な言葉だったに違いない。

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T子は貧しかったのかもしれないが、勉強はできた。ある時社会で先生が質問をした。アメリカの初代大統領は誰でしょうと。10人くらいが手を上げた。私は分からなかったが、知らないと思われるのはシャクだから、どうせ当てないだろうとあとから「ハイハイハイ」と手を上げた。誰よりも大きな声で、まるで俺は知っているから俺を指せば答えるぞとの勢いであった。先生はその勢いに負けたのか私を指した。いつもは指さないのになんで知らない時に指すの?勢いは急速にしぼんでしまった。「あの、その・・・」知らないのか思い出せないのか皆が判断するギリギリのタイミングで横からT子が「ワシントン」と小声でささやいた。T子は知っていても手を上げる子ではなかった。ワシントンかワトソンかわかないがとりあえず神の声と思い「ワシントン」と答え、なんとか笑われずに済んだ。

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その日のお弁当の時、T子に「礼だ」と言ってウインナーを1個上げた。T子は固辞したが「それじゃ、俺の気が済まない」とこれまた勢いだけで受け取らせた。T子は1個のウインナーをちょびりちょびり歯で刻みながらお弁当を食べていた。いつもに比べておいしそうな顔に見えた。

次のお弁当の日の朝「母ちゃん、ウインナー美味しいから4個にしてよ」とおねだりした。

弁当の時間、「T子、俺ウインナー嫌いなのに、俺の母ちゃん好きだと勘違いして4個も入れてきた。笑っちゃうよね。到底食べられないので、お願い、2個食べて」と今度はお願いの姿勢で受けとらせた。前の時と比べて歯で刻むウインナーの小片が倍になったように見えた。

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それからT子は休むことが多くなり、まもなくいなくなってしまった。夜逃げしたとの噂が立った。夜逃げとはどういうものかわからなかったが、決していいものではないことはこどもながらも感じていた。

いま学童のこどもが白いご飯だけをおいしそうに食べる姿を見て、T子に取った対応は間違っていたのではないかと思うようになった。あの時の家庭環境においては彼女なりに美味しいお弁当だったのかもしれない。

日の丸の国旗を見るたびにT子のことを思い出す。今頃は孫のお弁当作りに創意工夫していることだろう。

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 今年もよろしくお願いします。

 

157回「さよなら」(20211225日)

バンビーニでは6年生は12月でいったん卒業としている。大会もなくなり燃え尽き症候群の子もいるし、他の手習いに重点を移す子もいる。それでは、1月、2月の冬期トレーニングはこなせないだろう。これまで一緒に練習してお互いの熱いこころの状況から「やめます」とはいいにくいと考え、やめるキッカケになればと12月を卒業としている。8月の暑い時はまだまだこの子らと離れることは考えてもいなかったのに、もう12月。名残惜しいが「さようなら」だ。

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アメリカでは「さようなら」を表す言葉は「Good bye」で「God  be  with  you」(=神はあなたとともに)の短縮形だ。神に相手の無事を願う別れの言葉を意味する。

ヨーロッパの「さようなら」はフランス語の「アデュー」やスペイン語の「アディオス」があるが、二度と会えないような深刻な別れの時に使うらしい。語源が十字軍遠征の際に述べた「神のもとへ」だからだろうか。

 「さようなら」という日本語の語源は、実は世界中で珍しい「接続詞」だという。竹取物語や源氏物語では「さようならば」という接続詞は別れの場面で多く使われ、そこで、後世「さようならば」=別れの言葉というイメージが出来上がり、現代では「さようならば」の「ば」も省略され「さようなら」となり独立語になった、と鎌倉女子大学の竹内整一教授は、述べている。

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 日本人は神との関係からなどと大袈裟な観点からではなく、「別れ」を「いったん立ち止まって、今までのことを確認し、次のことへ進むための節目とする」と考えている。

状況や背景は個々によって異なるが、1例としてあげるなら、結婚40年、熟年離婚に至った夫婦の「さようなら」は、「いやいや何とかやってきたけれども、あなたは全く変わろうとしなかった。さよう(である)ならば、明日からはそれぞれに人生を楽しんでいきましょう。」という意味が込められている。もし、今家内に「さようなら」と言われたら、私はそれこそこの世と「さようなら」だ。だから、「ねえ、ちょっと!」と呼ばれるとギクッとする。おそるおそる居間に行くと、「ゴミ捨ててきて」と言われ、嬉々として捨てに行く。

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  今年は小6のこども達は9人卒業するが、何人が陸上競技を続けてくれるのだろうか。そして陸上を選んだ子も中学、高校と練習を積んで行くだろうが、そのうちの何人が大学まで陸上に専念してくれるのだろうか。

高校生になればスランプも経験するだろう、勉学に苦労し、恋愛に悩むこともあろう。自分でブレークスルーできない時はまたバンビーニにおいで、待っている。12月で「さようなら」だけど、二度と逢わないと言っているのではない。薬師丸ひろ子がかつて「セーラー服と機関銃」で「♪さようならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの 遠い約束♪」と唄っていた。私は気の利いた言葉もかけられないだろうが、人生の「雨宿り」の場所として、気が晴れるまでいていい。

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 皆が追いつき追い越せと目標にしてきた子がいた。2度も差し切られ涙の2位の子もいた。努力のカガミの子がいた。バンビーニの大黒柱として支えてくれた万能のキャプテンもいた。長くなるとさらに強くなる長距離馬がいた。勉強の合間に練習に来て強化指定をとった根性娘もいた。野球がうまいため陸上の大会に出なかった男の子がいた。短期間で強くなったうえ皆となじむのも記録的短時間で実現した子もいた。あと1ヶ月早く入部したら指定選手になれた超明るい6年生がいた。

君たちと練習した時間は楽しかった。

再び逢うまでの 遠い約束・・・「さようなら」

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156回「G線上のアリア」(20211218日)

ドイツの作曲家JS・バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲は、別名「G線上のアリア」(*)と呼ばれている。

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*)ドイツの作曲家JS・バッハの管弦楽組曲第3番の第2曲を、アウグスト・ヴィルヘルミがヴァイオリン独奏用に編曲したもの。原題《Air》。名称はヴィルヘルムが原曲のニ長調をハ長調に移調し、ヴァイオリンのG線(ヴァイオリンには4本の弦が張られていて、音の高い順にE線、A線、D線、G線と呼ばれる)のみで演奏できるよう編曲したことに由来する。アリア(叙情的なメロディーをもった歌の形式)をヴァイオリンのG線のみを使って演奏することが可能なため、こう呼ばれる。(ウイキペディアより)

先日の駅伝において、6人のこども達が一つの目標に向かって練習をし、レース後の一体感を味わったのは、「G線上のアリア」の演奏と同じようだった。

終わってみれば、学年も男女も異なる選手たちが、たった1本の弦(タスキ)の上に集まり、ひとつの曲(駅伝協奏曲)を奏でていくようなそんなイメージだった。指の押さえる位置によって圧力によってメロディーをG線上で表現していくのが「G線上のアリア」であるが、駅伝でも適材適所にこどもたちを配置すれば、ヴィルヘルミが意図したような旋律となり、ワクワクドキドキする。今回1秒差で逃げ切ったバンビーニの保護者の方は、胸が締め付けられるような最終楽章だった駅伝協奏曲を堪能してくれたと思う。

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 1870年代、この演奏方法(「G線上のアリア」)は、ヴァイオリンは4つの弦で弾くものと思っていた人達には目新しいものに映ったはずだ。

もし、強引にこども教育を4つの視点で考えるとすれば、次のようになるであろう。勉強をE線(Education)、自分で判断し行動できることをA線(Action)、しつけをD線(Discipline)、全力で物事に打ち込めることをG線(Gallop)とすることができる。

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教育はそれぞれの親によって微妙に重点の置き方が異なる。小学生の親なら、ヴァイオリンが美しく弾けるためにバランスよく各弦に通じた練習を行うように教育していることが多い。しかし、駄洒落ではないが、人生はG線だけで生きていくのでもいいのではないかと思う。私は子育てを卒業しているから無責任に聞こえるだろうが、経験上こういう結論になった。一つのことに打ち込めたらノーベル賞も獲得できるし、野球の大谷選手にもなれるのだ。中華も蕎麦もオムライスも寿司も提供できる食堂は便利だが、味はすべて並み以下であることが多い。

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大谷選手が野球でなくサラリーマンだったらまだ係長にもなっていないだろうし、藤井君が棋士にならなかったら、ボーとした大学生だっただろう。1本の弦(G線)だけでは人生は窮屈かもしれない。でも自分の好きなことに全力投球できる集中力があるならば他人よりすぐれた能力が開花し、大谷選手のように世界中から注目される選手となる。野球のように週5日できるものではないので、陸上競技はなかなかお金の面で魅力あるスポーツに発展しないが、オリンピックで金メダルをとるものなら一生歴史に残るだろう。野球において2015年のパリーグの首位打者の名前を言える人が何人いるだろうか。藤井棋士、羽生棋士以外の棋士の名前を何人の人がどれだけの名前をいえるだろうか。しかし、1964年東京五輪のマラソン金メダリストのアベベ(エチオピア)選手のことは、年配の日本人で知らない者はいない。

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 私がことあるごとに、陸上において才能があると言っても、保護者は半信半疑だし、「スポーツのコーチなら、大多数がこの子には野球より陸上競技を選ばせる」と言っても「本人は野球が好きだ」と言って陸上1本化に同意しない。

ハンカチ王子が絶頂の時に、彼とマー君を選ぶとしたらどちらがいいかと質問したアナウンサーに対して、間髪を入れずに「マー君」と答えたのは野村監督だった。野村監督を含めプロの評論家のほとんどがマー君であった。あれから15年、結果はご存知の通りとなった。

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もうバンビーニを卒業するので、インターバルにおいての彼女へのエールもこれが最後になるが、今一度「G線上のアリア」を聞いて1本の弦だけで演奏する価値を確認してもらえればと願っている。才能はなくならない。問題はある年齢までにその才能を発芽させられるかどうかだ。それを過ぎると人間の場合、才能が開花しないで一生を終わってしまう。

 

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155回「走れメロス」(20211211日)

 人間不信となり、こどもは皆サボるものであるとの偏見から過酷なトレーニングを課している暴君コーチ、ディオニス・イリヤマが、駅伝は8位入賞が精一杯と言っているという話を聞き、メロス・ワタナベは激怒した。あれほど練習して8位で終わるわけないと。

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メロスはコーチに意見を言うため、意を決して熊谷競技場に侵入するが、あえなく警護係に捕らえられ、ディオニスのもとに引き出された。

 人間など私欲の塊だ、他人の為に走るなんて信じられぬ、と断言するディオニスにメロスは人を疑うのは恥ずべきだと真っ向から反論した。当然反抗の代償としてのペナルティは2倍の練習量を課されることになるのだが、メロスは親友のセリヌンティウス・ヒデト・シノキを人質にし、シホ、ルイ、ウタ、イツキ、クルミにベスト記録を出させ、ディオニスが予想していない駅伝3位で帰って来るから、大会終了までのペナルティの猶予を願う。ディオニスはメロスを信じず、3位になるなど根拠のない自信に過ぎず、かつ通常の倍の練習ために再び戻って来るはずはないと考えた。セリヌンティウスを見せしめに400mx30を課して人を信じることの馬鹿らしさを証明してやる、との思惑でそれを許した。熊谷競技場に観戦に来ていたセリヌンティウスはメロスの願いを快諾し、縄を打たれる。

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 メロスは急いで練習場に行き、誰にも真実を言わずアップを行い、皆には全力を尽くすように声をかけた。シホからルイへ8位でたすきを渡し、ルイは強豪ひしめく中9位で戻り、引き継いだウタは前半を慌てることなく走り、後半一挙にごぼう抜きして3位まで順位を上げてイツキへ、イツキは激戦の中3位をキープしクルミへ、クルミは区間賞争いを繰り広げ、それぞれの役割をはたしてメロスにタスキをつないだ。

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アンカーとしてメロスは3位入賞に向けて走り出した。余裕で到着するつもりが、500mで足に痙攣、700mでは他の走者と接触事故が起きたり、折り返し地点では曲がる際捻挫をするなど度重なる不運に出遭った。足の痙攣を抑え、接触でのロスを取戻し、捻挫の痛みに耐え必死に駆けるが、無理を重ねたメロスはそのために心身ともに疲労困憊し一度は競技場に戻ることをあきらめかけた。このままセリヌンティウスを裏切って逃げてやろうかとも思った。しかし、コースにいる仲間の応援が背中を押してくれた。自分がここまで強くなったのにはシホの努力を見て来たからだし、練習ではクルミの後について行ったからだ。夏の暑さでふらふらになった時、ふと水を差しだしてくれたルイのやさしさがあったからだ。頭の中で走馬灯のように駆け巡った。ここで僕があきらめたらこの1年の皆の苦労がダメになる、そう思うと力が湧いてきた。すると、疲労回復とともに義務遂行の希望が生まれ、再び走り出した。人間不信のコーチを見返すために、自分を信じて疑わない友人を救うために、そして自分の身体を捧げるために。

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こうしてメロスは全力で、体力の限界まで達するほどに走り続けたが、競技場に入って4位の選手が迫って来た。4年生と5年生ではスピードの違いは歴然だった。北口ゲートから入ってきた時の30mの差が残り50mでは5mになった。誰もが抜かれることを覚悟した。悲鳴に近い叫びがあった。しかし、メロスはラスト50mからはその差を縮めさせなかった。彼の使命感が格上の選手に優ったのだ。

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 そして目標の3位を獲得し、サブグラウンドで今まさにセリヌンティウス・ヒデト・シノキが過酷トレーニングを課されようとするところに到着し、約束を果たした。

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メロスはセリヌンティウスにただ1度だけ裏切ろうとしたことを告げて詫び、セリヌンティウスも1度だけメロスを疑ったことを告げて詫びた。そして、走り終わった仲間たちもメロスが競技場に入った時最後に抜かれ、4位に落ちてしまうと疑ったことを詫び、泣いた。彼らの真の友情を見た暴君コーチ・ディオニスは改心し、2人を釈放したのであった。

 

154回「部屋とYシャツと私」(2021124日)

無くて七癖有って四十八癖と言われ、人は誰しも多かれ少なかれ癖がある。年端もいかない学童のこどもたちにも癖がある。

何か言われると涙目になる子がいる。

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K男はY男にいじられると涙目になる。これで感情が抑えられれば問題はないのだが、2人を引き離した後、Y男が遠目でちょっかいを出すと限界値を超えてしまう。嫌ならY男を見なけりゃいいのにと思うのだが、K男は何されてもY男が気にかかるようだ。限界を超えると、こころの抑制が効かなくなり自らの怒りを体全体で表してしまう。大人しいK男から激しく世の中を憤る姿に一変してしまう。高校生になってもこの傾向が残っていたら危険なタイプの男だ。普段はおとなしい良い子だった、と何かあった時の周りの反応につながりかねない。

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 そのY男には目線が飛ぶ癖がある。

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Y男は我々に怒られる時、目線があっちこっちに飛ぶ。その動きはマネジャーを探しているのだ。私は必要以上に怒らないし親に言いつけることはしないが、マネージャーは本人を叱るとともに情報共有として親に言うからだ。Y男はお母さんと2人暮らしで土日はお母さんの前ではいい子になっているから、月曜日はテンションが高い。悪い時は思い切り頭を叩く。彼はよけない。泣きもしない。しばらくすると「ごめん、さっきはイリを怒らせるようなことをしてしまって」と言ってくる。ほろっとする言葉だが油断してはいけない。心からあやまっているわけではない。「次もまた怒らせるけど優しく殴ってね」という意味だ。まったくもって懲りない。

 女の子の中には口が尖る子がいる。

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A子は外遊びの際私と一緒に鉄棒やろうねと言ってくる。ところがグラウンドに出ると皆が鬼ごっこや足踏みをしようとすると必ず私を巻き込む。だからA子の約束が守れないことがある。その時は皆の後ろから口をとがらせてこちらを見ている。彼女が不満のときに見せる癖だ。これをフォローしないと憎悪の顔に変わっていく。いつもはかわいい顔立ちなのに・・・こうなると何をやってもダメなのだが、高い高いとある子を抱え上げているとニコニコして「私もやって!」と近づいてくる。動物的行動に右往左往してしまう。要は約束を守らなかった私が悪いのだが。皆も心得ているので、A子の対応に私が抜けることは大目に見てくれる。

 自分で言って自分で空笑いする子がいる。

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お母さんとお姉ちゃんと3人暮らしのK子は無口でお母さんが迎えに来るまで1人本を読んでいる。私と目が合うとモミジのような手でおいでおいでをする。その時は何があっても彼女のところに行く。曲がったことが嫌いで、私がこどもたちにゲームでズルをされている時、私の味方になってくれる。そのせいか皆と遊ぶことが少ない。私と話をする際、自分の話に空笑いをすることがある。これが出る頻度が彼女のストレスの大きさを示している。その時は何でも言うことを聞くことにしている。

腕相撲しようという。彼女はぎっちょなので左手でやる時は負ける。必死の形相で負ける。得意げなK子、しかし右手は左手での勝利を引き立てるため必ず勝つ。手加減はしない。

K子は腕相撲の後、私の手を握りながら家庭内のことをいろいろと話をしてくれる。私のあぐらの上に乗りたがっているが、それは禁止になっているので手を握るだけだ。若い頃だったら恥ずかしさがあって手を握ることもできなかったと思う。今は酸いも甘いも嚙み分けた年齢になった。銀座のホステスの百戦練磨の手と比較すれば言葉に尽くせない純粋な手だ。私も手を放すことはしない。小さすぎて恋人握りはできないが、彼女の手を包むように握っている。しかし、時間が来ると私は手を放してさっさと帰ってしまう。子泣き爺になってはいけない、なぜなら家には砂かけ婆が待っているからだ。

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最後に、漫画のように眉毛の動く子供がいる。

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E男は普段眉毛は通常の位置にあり、違和感はないのだが、怒り出すと一変する。ふたつの直線が突端にへの字に変わる。外遊びではまとわりついたり蹴ったりするので、払い腰で地面に投げ倒した。E男の怒りが頂点に達したようだ。への字の角度がさらに鋭角になった。こんなにも心の動きがわかりやすい眉毛があったのか?

E男に会うまで、私の知っている限り眉毛が動く男は平松愛理の歌に出てくる男だけだった。

♪「・・・いつわらないで 女の勘はするどいもの

あなたは嘘つくとき 右の眉が上がる

あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて

私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう・・・

もし私が先立てば オレも死ぬと云ってね

私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ

あなたの右の眉 見とどけたあとで・・・」♪

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この子らに幸多かれと祈る。

 

153回「駅伝ノススメ」(20211127日)

「駅伝ノススメ」という本の冒頭には「天ハ火トノ上ニ火トヲ造ラズ(炎)、卑トノ下二誹トヲ造ラズトイエリ」とある。

つまり駅伝選手はアドレナリンを出し過ぎて熱くなって炎のように飛ばし過ぎてもいけない、相手をなめたり、逆に根拠のない理由で自己を卑下してはいけないし、調子の悪かった選手を責めてもいけない、いうことが書かれている。

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埼玉県の小学生駅伝が125日に開催される。レース観戦の参考になればと思い、「駅伝ノススメ」の中から駅伝の魅力を紹介したい。

(1)息遣い

息遣いによってその選手が調子いいのか悪いのかわかってしまう。息遣いが荒くて調子のいい者はいない。大人になれば我慢して抑える練習をしなければいけないが、小学生では無理だ。よって1kmを過ぎたらこの息遣いに気を配るといい。息遣いの荒い者と並走してはならない。自分もその重力の中に引きこまれてしまう。目標がその選手だったら見捨てるに限る。

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(2)足音

追いつかれてくると、ある時点から足音が聞こえてくる。大会はアスファルトなので「ヒタヒタ」という表現がぴったりの音である。追いつかれる者にとってはシューベルトの「魔王」に怯えるこどもの様になる。

「魔王」では悲しい結末を迎えることになっている。

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(3)相手を抜く時

抜けるのに抜かないのはゲームで言う「舐めプ」状態だ。相手をいたぶってはいけない。それどころか、油断すると逆に疲れたライバルに塩をおくることになりかねない。寸前まで自分一人では諦めかけていた相手に元気を与えかねない。結果的に自分がそのライバルのペースメーカーになってしまう。抜く時は一挙に抜き去り、ライバルを絶望の淵に追いやるのである。

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(4)タスキを渡す時

渡す方は「まかせたぞ」、もらう方は「よしゃ」の言葉が自然に出てくる。外部から見ると、抜かれて来て「まかせたぞ」は無責任な言い方に聞こえるが、「俺は今日調子悪かった。申し訳ないが、俺の分も頑張ってくれ、頼む」という心の中に上の句があり、下の句の「(だから)まかせたぞ」の発言につながっているのである。渡す方は懇願の顔になっている。

逆に数人抜いてきてタスキを渡す場合、顔が険しくなり「俺がここまで頑張ったんだからお前も頑張れ!抜かれたら承知しないぞ」と恫喝の上の句に、念のための「(だから、後は)まかせたぞ」の下の句が続く。

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(5)南サブゲートから出てくる瞬間

これは熊谷競技場のコース独特の現象なのだが、入口正面を過ぎて競技場に入るまで200m位の距離があり、その間の争いは見えない。入口付近で応援してすぐ競技場に入っても、南サブゲートから出てくるまでの30秒間は期待の電界と不安の磁界とが入り混じる時間である。その見えない舞台裏での攻防で、ライバルを抜いて南サブゲートから現れることがある。チームとって大歓声が生じる瞬間だ。ローンレンジャーが愛馬「シルバー」に乗って崖の上に現れたのと同じだ。我々にとってはヒーローだ。この感動がたまらない。

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(6)戦友

同じコースを走り、頑張る姿を見てきたメンバーには自ずと一体感が出てくる。目的と努力が一緒で、さらに絆の象徴である1本の“タスキ”が神秘的な力をもたらす。最後の走者がゴールした時、皆が真の“戦友”となる。

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(7)ルール

こどもは何するかわからないので、犯しやすいルールを紹介する。

①中 継

1. 中継線は幅50㎜の白線で示す。たすきの受け渡しは、中継線から進行方向20mの間に手渡しで行わなければならず、中継線の手前からたすきを投げ渡したりしてはならない。

→通常は受けてはもらうまで動かないことが多い。リレーとは異なるので加速のための引っ張りは要らない。

→リレーの際のバトンパスはテークオーバーゾーンの外での受け渡しは(身体が中でも手が外だと)失格であるが、駅伝は身体が中であれば受け取る手は外でもいい。

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2. たすきを受け取る走者は、前走者の区域(中継線の手前の走路)に入ってはならない。

→前走者が中継点の手前5mで倒れても、その選手を思いやってもらいに行ってはいけない。あらん限りの声で励ますしかない。

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②たすき

1.たすきは布製で長さ1m601m80、幅6㎝を標準とする。

2. たすきは、必ず肩から斜めに脇の下に掛けなければならない。

3.たすき渡しに際して、前走者がたすきを外すのは中継線手前400mから、次走者がたすきをかけるのは中継後200mまでをおおよその目安とする。

③ 助 力

1. 競技者は競技中、いかなる助力も受けてはならない。

2. 人または車両による伴走行為は、いっさい認めない。

3. 正常な走行ができなくなった競技者を一時的に介護するために、競技者の体に触れるのは助力とはみなさない。

→プリンセス駅伝の脱水症状や箱根駅伝のような低体温症は考えられないので、転倒して骨折をしたとか、極度の緊張で気分が悪くなったとかが予想される。最悪の場合が起きた時躊躇なく潔く行動すること、その際の保護者、選手の決断は誰も責められない。

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ということで、8位入賞をめざしたい。

 

152回「日陰の女」(20211120日)

演歌やTVでは、妻帯者を好きになった女性が描かれることが多い。なぜなのか。それは、男も女もそんな立場にはなりたくないが、そういう状況が2,3日で終わるなら、一度は経験してみたいと思っているからだ。

またその悲しい結末を癒すのに、カモメの鳴き声を聞きながら1人港や海岸で歩くのがお決まりのパターンである。しかし、それは決して特異な行動ではない。普通の大人は失恋を癒すのに銀座を歩くことはしない。周りのにぎやかな話し声や銀座の華やかな雰囲気の中で歩くことは「雑踏の中の孤独」に陥ってしまうからだ。悲しい時落ち込んだ時に水前寺清子の「365歩のマーチ」を聞いても決して立ち直ることはできない。悲しい時は悲しい曲を聞いた方が回復は早い。人間は自分のテンションと同じ曲を好ましいと感じるものなのだ。だから失恋の時に歩く場所はうらびれた所と決まっている。

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バンビーニにはかけもちのこどもがたくさんいる。塾はもとより、サッカー、野球、空手、水泳、ラクビーなどのクラブにも入っている。最近の傾向はオリンピックのせいなのか空手が目立つ。対戦型のスポーツはおもしろいものだ。こどもの優先順位では陸上は最下位に近い。何かあれば他のスポーツを選ぶ。多くのこどもたちにとってバンビーニは大人の世界でいう「日陰の女」の存在なのである。

水曜日クラスはその典型だ。S男は才能があるが、大会に出てくれない。彼は川口では1,2番の野球クラブのエースで4番だ。日曜日の試合や練習があればそちらが優先だから陸上の大会には縁遠い。バンビーニのエースであるR子も小さいころからやっている野球が優先である。S男と違って大会には出てくれるが日曜日の練習では野球が優先になってしまう。H子は4年生だが、空手で全国大会の上位者だ。彼女と喧嘩しても上段廻し蹴りでのされてしまう。全国大会と埼玉県大会とでは比べようもない。でも走るのは速いし、なによりも根性がある。

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陸上のコーチとしてはジュクジュクした思いがある。他のクラブのコーチはこういう思いはないのだろうか。強く言えば彼らは陸上をやめる。遠い昔、女性に「だから、あんたは重いのよ」とまるで子泣き爺かのように言われたことがある。確かに若いころから物事に熱中してしまい思い入れの強い癖があった。OBとなって元いた会社の部下に電話した。新しい会社の仕事上元の会社の組織図が欲しかったのである。しかし、何度か居留守をつかわれ、諦めた。あれほど面倒をみたのに。バンビーニを作った時、教え子のオリンピック選手に電話をし、バンビーニ主催のマラソン大会に出てくれないかとお願いをしようとした。しかし、要件を伝える前に「長距離を教える小学生クラブに推薦状は書けない」と言われてしまった。「自分は陸連側だ」とも言っていた。タダとは言わないが安く出場を依頼しようと思っただけなのに、推薦状の話で電話したわけではないのに。

このことがあって以来、人との縁は線ではなく点であると思った。そう思ったら気が楽になった。しかし、最近優秀なこどもたちに出逢うようになり、また子泣き爺になりかけている。

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入会して来るこどもたちにはメインのスポーツや塾がある。ある子は入会しても都合で来れないことが多い。「今日も来てくれなかったか・・・」カラスがねぐらに飛び急ぐのを見ながら、見沼田んぼのあぜ道を涙さしぐみ帰宅する。しかし、会える時だけで満足しなければいけない。来てくれた時目一杯指導すればいいのだ、それ以上のことを期待してはいけない。彼らがこちらを振り向くまで待つだけだ。バンビーニは所詮彼らにとっては日陰の女なのだ。

 テレサ・テンは熱唱する。

「あなたが好きだからそれでいいのよ 

たとえ一緒に街を歩けなくても 

この部屋にいつも帰ってくれたら 

私は待つ身の女でいいの・・・」

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151回「あの、ハゲー!」(20211113日)

春先その日のR子は荒れていた。帰宅するなりタオルやスパイクの入ったリックを放り投げ、冷蔵庫からコーラを取り出し一気飲みをして、ソファに仰向けに倒れ込んだ。

「何なんだ、いつも私ばかり怒って。たまには他の子も怒ればいいのに、絶対私を嫌っている。教育委員会に訴えてやる。パワハラだ」

「何怒っているの?」

母親の質問にひとりごとのように答えた。

「あいつ、私を車にたとえやがって、『お前の走り方はポルシェが銀座を走っているようなものだという。ポルシェが信号で停まり、歩行者をよけながら走っている。ポルシェは速く走るために作られた車だ。銀座でちょこまか走るのではなく、ドイツのアウトバーンで200km以上で走るのがふさわしい。お前はただみんなに見せるために銀座を走っているのか、ドアホー』という。“ち〜が〜う〜だ〜ろ〜!”私が何で車なんだ。わけがわからない。私はディズニーの『カーズ』じゃないんだ」

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600m以上の練習になるとサボるというが、私だって一生懸命練習しているのに200mと600mとどう走り方が違うというのだ。具体的に説明しろ。きっと言えないんだ。嫌そうな雰囲気が顔に出ているとかK子ちゃんに抜かれても平気な顔をしているとか、顔なんかいくらでも演技できる!もっと科学的に指摘しろ!

ああ、そうですよ、私は野球が好きですよ。何も陸上を自分から好んでやっているわけではない、ママに『足が速くなれば野球クラブでより活躍できる』と言われたから入ったんだ。

何が将来だ、何が中学生になった時の準備だ、私は今の私でいい。キリギリスでいいのだ。それなのに態度が悪いからと練習を追加させやがって、私はもうクタクタ。コーチのせいだ。あの、ハゲー!」

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 まな板でニンジンを切りながら「まあまあ、いまカレーをつくっているから、もう少し待っててね。」という言う母親の声に応えることもなく、疲れのせいなのか涙のせいなのか、R子はそのまま意識が遠ざかってしまった。

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 秋、陸上の大会の表彰台にいた。「何だ、これは」アナウンスでは小学生女子の長距離で表彰されたらしい。

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 表彰式が終ってコーチのところに行ったら頭を叩かれた。そのせいでやっとレースのことが思い出された。コーチはバカの一つ覚えで「飛ばせ!」としか言わない。「飛ばしていけるところまで行き、ダメなら練習を重ね力尽きた地点をどんどん先に伸ばせばいい」と言っていた。

コーチは「いつも陸上競技は科学だ」と言っているのに、「残り50mは根性だ」と漫画の「巨人の星」の事を引き合いに出す。パパですら知らない漫画を引き合いに出すな!言っていることが首尾一貫していない。根性は科学じゃない! ただ今回はこころが身体を押してくれたようだった。最後までねばれた。これがコーチの言う「根性」なのだろうか

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 コーチがごほうびにキチンカーのカレーパンをおごってくれた。できたてのパンだ。食べようとしたら、ママの声が聞こえて来た。

「R子、カレーができたよ。さあ、起きて起きて」

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カレーを食べたら、なんだか怒るのがバカバカしくなってきた。明日から春合宿が始まる。長い距離のジョッグから始まるのだろうな、嫌だけどちょっとだけ頑張ってみるか。夏合宿やインターバルなど本当はやりたくないけど、何か表彰台に上がっていい気分だったことをR子は思いだした。

その時見た夢は、今秋正夢となった(第37回全国小学生陸上競技交流大会女子1000m第2位、第37回彩の国小学生クラブ交流大会女子1000m2位、第12回埼玉チャレンジカップ女子600m3位)。

 

 

150回「博士の愛した数式」(2021116日)

「博士の愛した数式」は第一回本屋大賞に輝いた小川洋子氏の作品。交通事故の影響で80分しか記憶が続かない天才数学者と一組の母子の心温まる交流を描いた小説である。しかし、老人の年代になると交通事故に合わなくても記憶障害に陥る。

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居間にミカンを取りにいった際、家内が明日買い物に付き合ってよというので取り合うとそのまま自分の部屋に戻ってしまい「いけね、ミカンを取りに行ったんだっけ」とまた居間に行く。するとテレビで漫才をやっていたのでそれを見て部屋に戻り、椅子に座って気づく・・・「ミカン」

今度は忘れないぞと居間のミカンを先に手に取る。効率よく行動しようと思い、コーヒーも入れる。部屋に戻り机の上にコーヒーカップを置くと肝心なミカンがない。コーヒーメーカーのところに置いてきた。家内が持ってくるだろうと思っていたが、それもしばらくすると忘れ、翌朝そのままの姿のミカンを見つけて、昨夜のことを思い出す。私は博士よりひどい。私の記憶は1分しか続かない。しかも天才ではない。

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お笑いのタケシとさんまが凄いのは話術だけではない。先輩、後輩芸人の名前をフルネームで覚えていることだ。だから話がスムーズにいく。聞いている方も耳に心地良い。家内との話ではそうはいかない。「何と言ったけかな、黒くて柔らかいやつ、あれあれ」「わかる、わかる、おいしいよね。でも名前が出てこないね」「わかる?よかった」会話はここで終わってしまう。

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学童では子どもを呼ぶとき下の名前で呼ぶ。「ゆう」とか「れん」はいいのだが、5文字以上のこどもになると、私には大変な負担となる。ランドセルやロッカーに書かれている名前はほとんどがひらがななで記載されているので記憶することが難しい。漢字はギザギザしているので脳に引っかかる。ひらがなは丸いボールのようなもので脳の中を転がって行ってしまい止まってくれない。

学童でも毎年長い名前の子が入って来るが、1人なら覚えられる。しかし、今年は数名いる上さらに難しくしているのは近似名なのだ。「そういちろう」「りゅういちろう」「こういちろう」この子たちが交互に寄って来るので混乱してしまう。こうなると苗字で呼ぶしかない。ところがこんどは苗字が長いこどもがいる。「えのきぞの」は舌がもつれる。あだなでは呼べない・・・

お迎え時には親子の組み合わせを判別するのにさらに苦労する。ましてやこの子らの祖父母が迎えに来る組み合わせとなるともうわからない。顔が似ていればなんとかなるが、しわの多さが遺伝的特徴を相殺する。もうマネジャーにお任せするしかない。

学童は学校内にあるが、先日出勤する際女の人とK男が一緒に立っていた。「お、K男、今日は休みか、いいね、お母さんと一緒か」「えっ、そうなんですか?」「・・・(はっと気づいた)いや、今日じゃなかった・の・か・な?」女の人は学校の担任だった。

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 バンビーニでは柔軟体操などで号令をかけている最中に、話しかけてくるこどもがいる。「俺が号令かけている時に話しかけて来るな、ややっこしい」といつも言う。説教しているうちにいくつまで数えたか忘れてしまい、少な目の数から再開すると皆から非難轟々となる。混乱の原因を作ったこどもにはペナルティとして「数字を言いながら途中で20人くらいの人数を数えさせる」ことにしている。つまり「1,2,3・・・・と言いながら5くらいから、人数を数えさせる」のである。ほとんどの子は きちんと数えられない。数字の数え方も条件を複雑にするとむずかしい。“コーチの愛した数式”はこどもたちとの心温まる交流とは決して言えないのである。

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149回「太陽がくれた季節」(20211030日)

大会に出かける時に必ずすることがある。それは“青い三角定規”の「太陽がくれた季節」のCDを聞くことだ。

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昔母校の後輩を指導していた時、練習の始まる前に強制的にこの歌を唄わせた。当時は後輩に対してものわかりがいいわけもなく、上下関係も堅固なものであったから、誰も文句を言わない。毎日、1ヶ月間唄わせた。文句は言わないが、さりとて誰も喜んで唄ってはいなかった。しかし、それから半世紀も経って皆と逢うと「この歌を聞くとあの時のことを思い出す」と口々にいう。私もそうだ。大雨でも強風でも練習をした。むしろ水たまりを走るのが快感だった。練習を休むことに罪悪感を持つ年齢でもあったし、曲がったことや女々しいのが大嫌いな頃だった。妥協が一切ない青臭い時代だ。当時現役で走っていたので、「俺について来い」式だから規定タイムに誰も文句が言えなかった。ただついていくしかない。教えられた方は辛かっただろうと思う。小1の女の子に「コーチもやってよ」という私へのからかいに対し、「神様が走っちゃいけないという」との言い訳をする自分など、当時は想像もしていなかった。

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歌というものは過去の記憶を掘り起こす力がある。しかし、サザン・オールスターズのようにヒット曲が多いと記憶はもつれる。彼らの歌を聞いていると確かに懐かしいのだが、すべて同じメロディーで同じ唄い方だから聞いたことはあるが、いつの時代かわからなくなる。サザンの「いとしのエリー」の音楽が流れた時、家内に「あの頃が懐かしいね」といったら「ちょっと待ってよ、あの曲は私が会社に入った頃よ。あんたとつきあってないじゃない、誰と聞いたのよ」と余計なトラブルを引き起こす。

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 その点青い三角定規は「太陽がくれた季節」しかヒットがないから、思い出すのが簡単だ。青春真っ只中の頃の歌と断言できる。この歌を聞いて競技場に行くことによって、私は今人生2回目の青春を味わっているようだ。まさか、今のこども達にこの歌を強要することはできないので、CDを聞くことによって自分だけが若返るのを大会当日の秘かな楽しみにしている。そいえば、その日は老人ではなく20歳になっている私であることを、こども達は誰も気付いていない。

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会社を定年で辞める頃になると、多くのサラリーマンはサミュエル・ウルマンの「青春」の詩を声高に言うようになる。ウルマンは次のように謳いあげた。

「青春とは人生のある時期を言うのではなく、心の様相を言う。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言う。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。・・・」

男というものは10代後半から20代前半のあの青臭い時代をもう一度味わいたいが、それはかなわぬことだと悟っている。しかし、心の奥底では、もう一度と言う願望は捨ててはいない。ウルマンの詩は、年寄になりたくない男たちがすがりついた宗教的な「教え」ともいえる。

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「太陽がくれた季節」の歌詞も最後はこう結ばれている。

「青春は太陽がくれた季節

君も今日からはぼくらの仲間

燃やそうよ 二度とない日々を」

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青春とは人生の中で何事にもまぶしく見える時期だ。目を細くし手を額にかざさないと見えない時すらある。バンビーニに入ることは強化指定選手をねらわされることになる。1人で練習するより皆でねらうことが全体のレベルを上げ個の力を強くする。仲間となった皆と一緒に燃えて励まし合って、二度とない小学生時代の思い出づくりをしよう。

 

148回「シートート」(20211023日)

学童では学校から帰って来るとランドセルをロッカーにしまう。その際、いろいろな物が飛び出す子どもがいる。不審者対策のブザー、毎日体温を記載する月間シートなどが飛び出す。ある時1年生のM男に「出ているぞ」と注意したら、ランドセルを動かして対応しようとするので、一つのものをかたづけているうちに他の物がまた出てしまう。いたちごっこなのだが、その都度注意していると、

「注文の多い人だなあ」

「・・・お前な、お前が悪いから指摘しているのだぞ」

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こどもをからかうときは、膝の上にうつぶせにさせ「お尻ペンペン」と言ってお尻を叩くか、後ろから足を持ってこどもの腰を浮かして「はい、おしっこしましょうね、シートートー」と言っておしっこの真似に持って行く2つのやり方がある。「シートートー」とは外でおしっこをさせる時の母親の言葉だった。60年以上聞いていない言葉が咄嗟に出た。こども達は初めて聞く言葉のようだったので、ウケた。最近の親は言わないのだろうか。それもそうだ。野外でおしっこさせるような時代ではなくなったのだ。帰宅して家内に「シートートーって言葉知っているか」と聞いたら「ああ、SEAのトートバックね」「?????」

 

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外遊びの際、鬼ごっこの鬼がゾンビに替わった日があった。R子は眠りから覚めたゾンビとなって追いかけて来る。隠れていると、「ふん、ふん、何か人間のにおいがするぞ」といって薄目を開けて迫ってくる。加齢臭じゃないだろうなと心配しながら逃げる。

吸血鬼とゾンビの違いはゾンビは腐りかけた死体のはずだが、そんな細かいことはこどもにとってどうでもいいことだ。手を前に上げ目をつぶればそれがゾンビとなる。それよりも何よりも自分で「ゾンビだぞ」と言いながら来るのでわかる。モノマネが似ていない芸人が「芦田愛奈だよ」というのと同じだ。言わないとわからない。

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意識的に私を捕まえずに他のこどもを捕まえ、こども達が全員ゾンビになる。その後唯一の人間である私を皆で追いかけるというのがいつものパターン。壁際に追い込まれ1人のこどもは私の足に絡みつきさらにもう1人が反対の足に絡みつく。これ以上は力を入れるとこどもがケガをするので抵抗しないでいると1人が背中に乗ってきて思いきり体を傾けるので耐え切れず倒れる。シマウマがライオンに倒されるシーンと同じだ。そこにゾンビの女王になったR子様に首をかまれることになるが、首は跡が付くとまずいので腕にしてもらったが、本気で噛むので痛い。

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折角のスチュエーションなので私もゾンビになる。マイケル・ジャクソンのスリラー風にやると、もうこどもの笑いは止まらない。30秒ほどやって疲れたのと恥ずかしくなってきたのでやめようと思った。しかし、ここからがこども達の真骨頂だ。「やって、やって」の大合唱。飽きない。やりたくなくないので、もうひたすら逃げるしかないがすぐ捕まる。

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この光景は羨ましいと思う人がいるかもしれないが、こどもの期待に応えようとするのは疲れるものだ。このこども達が親や先生に期待され、いい成績を残さないといけないと思う日が何年かすると来る。その時私の苦労がわかる。

 

147回「細かいところが気になるのが僕の悪い癖」(20211016日)

TV「相棒」の主人公杉下右京の口癖である。私も右京と同じ気持ちになることが時々ある。出勤から帰宅までのある日の出来事である。

(以下『  』は杉下右京の口調を思い浮かべてお読みください)

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 改札を通る時、今ではほとんどの人がSuicaを利用する。

『おや?』『妙ですね』

スイカをタッチしようとすると、すぐ前の人の残額が23秒ほど表示され続けているので私の目に残像として焼き付き、自然と私の残額と比較してしまう。前の人の残額が1992円だとして私の残額が2014円だと私の勝ち、逆なら負けである。勝てば「生活に困っているのかな?」「苦学生かな、母子家庭かな、頑張れよ」との発想になり、逆だと「きっとスイカでコーヒーやパンなんかを買っている輩だな」高額な残額の相手が女性だと「どこかにパトロンがいるに違いない、いいなぁ、女って」と妄想が構内を駆け巡ってしまう。

『僕としたことが・・・あの人と同じ発想をするなんて』

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 さいたま新都心の駅の男子トイレは小便器が20基ある。たまに入ると誰もいない時間がある。ここぞとばかり左から10番目のところで用を足していると見知らぬ男が右から10番目のところにやってきた。そう、私の隣だ。誰もいなんだから他でやれと叫びたい。なんでここに来るのだ。そこの便器に愛着があるのかこだわりがあるのか

『たとえどんな理由があろうと、この状況下でこんなに近くに寄るのを、正当化することはできませんよ!』

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 電車が目的地の駅に入り、自分の乗った車両が階段付近で停まるようで停まらず、数メートル先まで行きそうになると、私の足の裏には力が入る。そうなのだ。私は無意識に自分の足の力で電車を停めようとしているのに気づいた。

『君の馬鹿げた発想が時として僕の脳みそを刺激するので助かります』

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 出張かけっこ教室のお昼は、マクドナルドの「ビックマックセット」(690円)と決めている。もう3年ほど続けている。その日の列は20m位になっていたが、習慣(週間)なので我慢して並んだ。あと3m位に来た時ふと後ろを見た。

『はぁい??』

なんと私の後ろに人がいない。17m並んだ忍耐は何も役に立たなかったのだ。いつもは並ぶ店は嫌いで避けるのだが、その健気な気持ちを逆なでするかのように私の後ろに人がいない。もうマクドナルドと言えども二度と行列には並ばない。

『もしも人に限界があるとすれば、それは諦めた瞬間でしょう』

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 帰りにスーパーのライフに寄った。100円のクーポンがあったのでビール6680円を580円で1セット買うことにした。家内には缶ビールは1本100円以下で缶コーヒーより安い、とビールを飲むことを正当化してきた。ところが店員のおばちゃんはクーポンの有効期間を見て「お客様、このクーポンは有効期限を過ぎていますので使えません。この券は破棄させてもらいます」と手をお大きく掲げ私のクーポンを引き裂いてしまった。「103日と108日を見間違えただけじゃないか。そこまでしなくとも・・・払いますよ、定価で。しかも現金で。たかがクーポンと言えども、先日ライフからもらい私の所有物になったのだ。それを私に断りもなく公衆の面前で破り捨てるとは・・・」

『あなた、人間として恥を知りなさい!』

『僕はね、穏やかな人間ですよ。でも、売られたケンカは買いますよ。そして必ず勝ちます』

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1日の出来事を最後まで読んで頂き

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146回「名探偵コナン」(2021109日)

タイムを狙うスポーツに従事しているせいか、時間について“こだわり”がある。

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まず、一つ目は「時は流れるものか刻むものか」のテーマである。

病院などにある壁掛け時計で「秒針が流れる様なものは」は嫌いだ。時は刻むものだと思う。小さい時から家にあったぜんまい時計のせいかもしれない。流れるような時計はせかされているようで落ち着かない。1秒の心の余裕は必要だ。

忙しい時は、大きな川に流されている様な気がする。時におぼれている自分がいる。暇なときや平和なときは浮き輪に乗ってゆったりとした川に身を置いている気分になる。その時は「時は流れている」ように思える。しかし、自分を真剣に直視している時、これから大事を成そうとするとき「時は刻む」と思う。

ロケットを打ち上げる時は「1098、・・・321」と数える。また、よく映画で時効が迫った犯人の気持ちを表現するために時計が出てくるが、かならず235955秒から始まり、56575859と時計の針が「カチ」という音とともに進み、000分を指すと安堵感が画面一杯に表れる。時は心に刻むものなのだ。

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ストップウオッチはデジタル式が多いが、数字が動くので1秒刻みの時計と同じと考えていい。ただ、競技場にある電光掲示板もデジタル式だが、100mのタイムは観客席から見るのとゴールした時の電光掲示板の結果表示がいつも違っている。ゴール手間で見た数値から予想するゴールタイムと電光掲示板の結果表示が異なるのは、そこに無意識に加わる「期待」というバイアスがかかるからだ。私から見るとうちのD男はいつも12秒台だし、A子は13秒台でゴールしているはずなのだが・・・

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もうひとつのこだわりは「時間は相対的なもの」ということである。

子どもと大人では時間の長さが異なり、大人にとって時間の進み方は速い。こどもが10歳、大人が50歳としたら、こどもの1年は1/10、大人は1/50にあたり、同じ1年でもこどもと大人では感じ方が異なるからだ。また、恋人といる時の時間は短く、教師に叱られている時は長い。このように時間は相対的なものだ。

科学でも時間は相対的なものだとしている。「時間は観測者ごとに異なり、光速で宇宙旅行をして戻ってくると、地球の方が早く時間が過ぎて、自分の子供が自分(宙旅行者)より年寄りになっている」と唱えたのがアイシュタインである。

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この理論をバンビーニのこども達に当てはめると、バンビーニで練習をし「走ることが速くなる」と、“光速で動いているこどもたち”から平穏無事な生活をしている“止まっている友達”は「早く年取っている」ように見える。陸上競技をやめて普通の生活に戻った時、そこはタイムマシンに乗ってたどり着いた未来の地球となる。時間的余裕があるため「年取った同級生」と比べ好奇心が旺盛で、かつ勝負勘、心構え、礼儀、同じ目的の友達や大人との付き合い、スランプの脱出法などをバンビーニで会得しているため、人間的な余裕もある。まるで名探偵コナンだ。楽しいだろうな。

 

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145回「百日紅」(2021101日)

スポーツ選手を花にたとえた話として有名なのが、野村監督が現役選手だった頃「王と長嶋はひまわり、俺は日本海の海辺に咲く月見草」いつもマスコミの注目は王と長嶋で自分が活躍してもほとんどとりあってくれないことを嘆いた言葉だ。

王.jpg 左から王、長嶋、野村

さいたま新都心の通りには季節ごとに楽しませる街路樹がある。春には「桜」の優雅さが街をきらびやかにし、その後、はにかむように咲く「花水木」が落ち着きのある街に変える。しかし、夏になると「百日紅」が赤や白の花を咲かせ、他に花々がない季節にその華やかさが街の活気を支えてくれる。

近年の日本の酷暑の中にあっても、「百日紅」は暑さに負けずに長期間、次から次へと開花し続ける。漢字で書く「百日紅」は、初夏から秋までほぼ3ヶ月間、つまり100日間も咲き続けていることからつけられた名前だ。

バンビーニも74日の全国大会埼玉予選が終了して9月末までの3ヶ月よく練習をした。「百日紅」の開花と同じ期間、こども達は文句は言うが、やることはやった。たぶん一人で練習をしようとしたらできなかっただろう。920日には長距離はクロスカントリーコースでたっぷりと走った。脱落者は出なかったのは集団の効果だと思う。長距離はここに参加した者全員が指定選手になろうとしていたからだ。

「百日紅」の花は、一つひとつは小さくて縮れているが、これらがまとまって房状になり、豪華な咲き姿を見せる。バンビーニも同じように、1人が調子悪くても他の選手を目標に走れば知らず知らずのうちに調子は戻る。大会で1人が活躍すれば「あの子があのタイムを出せるなら、練習では私の方が前にいつも行っていたので、私でも出せる」と思う。

「百日紅」の花言葉は、「雄弁」だ。真夏の暑さに弱ることなく、枝先に花を密生させて堂々とした咲き姿を見せることから、「雄弁」という言葉が与えられたという。そういえば以前はほとんどの選手は無口で不愛想だったが、自信がつくにつれてうるさいことうるさいこと幼稚園児並みだ。本来の雄弁には程遠いが、おしゃべりを彼らの自己主張と捉えればこれも雄弁と言っていいだろう。

「百日紅」は放任してもよく育つ。そうでなければ街路樹にならない。こどもたちの多くは練習はガンガン行ってもなんでもない。体調に気を遣う必要がないのだ。もちろん若干暑さで参る子がいるが、まだまだ百日紅の領域まで育っていないからであり、指定選手を狙う子は酷暑にも強い。

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もし秋の大会でたくさんの指定選手を輩出できたら、この鍛練期である3ヶ月の練習期間を「百日紅トレーニング」と称して、来年以降の計画に位置付けていきたい。

「百日紅」は別名「サルスベリ」という。その名はあの樹肌がツルツルしていて猿も登れないので「サルスベリ」という名がついた。「猿も木から落ちる」を連想してしまうので、この練習を実施しても大会当日病気や怪我、転倒などミスのないレースを心がけなければいけない。いよいよ、大会の10月が始まる。

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144回「トムとジェリー」(2021925日)

こどもの人間関係は難しい。本当に仲がいいのか、虚構なのか、よく見ないとわからないことが多い。

学童でもいくつかの「仲良し組み」がいる。

Y男とK男はケンカばかりしている。多くの場合Y男がK男にちょっかいを出し、室内では執拗な攻撃にK男が耐え切れず泣き出すパターンが多い。Y男は懲りないこどもでしつこい、K男は自分の感情が抑えられないタイプで、その様子をみれば絶交してもおかしくない関係なのだが・・・校庭で遊んでいる時はY男を追っかけるが、Y男はすばしこいので捕まらない。血相変えて追っかけているので最初は止めに入ったが、それから12分経って彼らの方を見ると、もう肩を組んで歩いている。そのうち2人で私に絡んでくる。これも毎回同じで、学童版「トムとジェリー」と言える。

 Y男は毎日来る。K男はたまに休む。K男が休むと「おい、K男がいなくて寂しいか?」と聞くと「いや、別に」とうそぶく。他に友達はいそうにない。Y男は1人で本を読んでいることが多い。ちょっかいをだしてもつきあってくれるのはK男と私だけだ。私にちょっかいを出すのはいいが、度が過ぎるので頭を叩かれる。浣腸をやるのでその痛さによって頭を叩く度合いが異なる。「いいか、頭叩かれた痛さが私の痛さだ。わかったか」とすごんでも決して泣かないし懲りない。泣くのは私がK男に味方して責められた時だけだ。「なんで、僕だけ・・・」と泣く。ちょっと言い過ぎたかなと思うと、K男が「そうだよ、Y男だけが悪いんじゃないよ。イリが悪い」という。「なんで俺が悪いんだよ。俺はお前の味方じゃないか」「ううん、僕はY男の味方」なんだかわけがわからなくなる不思議な関係だ。

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女の子になると少し様相が異なる。2年生のM子とU子はいつも一緒で、周りから見ていても仲がいい。

「ねえ、イリ。M子ちゃんと遊んであげてよ。M子ちゃんイリと遊びたいんだって」

「・・・うん、遊んでもいいのだけど、『あやとり』以外にしようよ。私は男の子だったから『あやとり』をしたことがないのだよ」

ある時今度はM子が私のところに来て

「ねえ、U子ちゃんの髪の毛三つ編みにしてあげて」

「・・・うん、してあげてもいいんだけど、私は三つ編みをしたことがないのだよ」

「じゃ、やってみたら。お父さんは簡単にやっているよ」

「わかった・・・やってみる。・・・お~い、髪の毛の分量がわからないよ。どこで半分にしたらいいの?こんなものか。髪の毛を編むのは紐と同じように結んでいけばいいのかな?・・・こうかな?」

「痛い、イリ、痛いよ」

「ね、やっぱり私じゃダメでしょ」

その後、2人は二度と髪の毛を編めとは言わなくなった。

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もう一組、2年生でT子とE子という子の組み合わせが問題だ。

E子はT子を支配下に置いている。E子はいつもT子と一緒に座り他のこどもの接近をゆるさない。T子はE子がいなければ誰とでも遊ぶ、明るく楽しい子だ。ところがE子が来ると従属的関係に甘んじている。遊びも宿題もE子に指示される。もっといえば外遊びから帰って来ると「あなた、濡れているからお着替えしたら」といって着替えまで指示される。T子が宿題の答えがわからないと聞いてくるので教えようとすると、E子がしゃしゃり出てくる。学力はE子とT子ではT子の方が上なのだが・・・

以前は私とトランプのスピードをやるのが常だったが、「おい、T子、スピードやるぞ」と声をかけても、最近はE子が出てきて「ダメ、私と遊ぶのだから」と目をつりあげて言う。怒っているのだ。T子はあきらめ顔で従う。E子は自分の思い通りの子をつくりあげていこうとするママのようだ。

2人に何があったかわからないが、家が同じマンションというのもつらいだろうな。自分の母親にも言っていないようだが。困った関係だ。

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そんな悩んでいる私の後ろで、いつものようにトムとジェリーが仲良くケンカしていた。

 

 

143回「記録」(2021918日)

陸上競技の成績は「記録および順位」で表すことができるが、バンビーニでは特に「記録」を重視する。

吉田沙保里の全盛期時代にいた選手は彼女の出る大会では絶対に優勝することはできなかった。女子レスリングでは吉田沙保里を破らなければ正しい努力評価をしてもらえなかった。陸上競技でもこれから2,3年は田中希実がいる限り、他の選手は1500mで日本一になれないと思う。しかし、幸にも陸上競技や水泳競技には日本一という順位だけでなく、自己記録という目標がある。日本一が無理でも自己記録が更新できればこれまでの努力は報われる。ここが陸上競技と対戦型競技の違いである。

陸上競技の「記録」は時間とともに進化するので、その価値は時間と共に劣化するといえる。例えば、半世紀前には高校女子800m222秒で走れば関東大会で3位に入賞しインターハイに行けたが、今では入賞どころか予選通過もできない。冷静に言えば、バンビーニの女子(小6)でもこの記録を出す。「俺について来い」と先頭になって走っていたあの時の練習(青春)はいったいなんだったのだろう、と自問してしまう。

ただ、誤解しないでほしい。当時の記録を出した選手自身の価値を否定しているのではない。あの頃、我々は青い三角定規の「太陽がくれた季節」を聞いて頑張ってきたのだ。その価値は今もっても輝いている。

現在の選手が過去の選手以上の記録を出せるのは、栄養学やトレーニング方法の進化ばかりだけでなく、タータントラックの開発、それに伴うシューズの改良がおこなわれたからだと言ってよい。もし、1964年東京オリンピック100mで優勝した(タイムは1000)ボブ・ヘイズがいたらボルトに勝っていたかもしれない。ボルトの方がヘイズより環境条件は格段恵まれているからだ。

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人類の記録の更新はこれからも続くだろう、しかし、決して平等ではないと言うことを忘れてはならない。オリンピックが常にアフリカのサバンナで裸足で行われ、それで記録が更新されたなら絶対評価をしてあげるべきだが、ペースメーカーがいる時代で厚底シューズを履いたキプチョゲと給水もままならない時代の裸足のアベベ(ローマ五輪マラソン優勝者)を単純に比較はできない

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記録の面白さは絶対値だけではない。伸び率という相対値にも目を向ける必要がある。

素人がハイレベルの選手に追いつくのは並大抵の努力では追いつけない。練習中に挫折するかもしれない。伸び率はそれを乗り越えた努力の表れとして評価されるべきだ。

ただし、100m1200から0.1秒縮めるのはそれほど難しいことではないが 1100から同じ0.1秒縮めるのは難しい。すなわち、陸上を始めた時の記録が高いほど記録の改善(伸び率)に難易度(価値)が生じる。その価値は認めるが、「伸び率の絶対値」も評価してほしいと思っている

人類の記録は限りなく発展するのかいつか限界が来るのか、この命題はたくさんの異論があり結論を出すのは難しい。なぜなら、我々は人類の限界を予想する術がない。歴史や科学そしてスポーツは異端児によって未知の世界を切り開いてきた。いつ現れるかわからないがいつか現れる異端児(例:走り高跳びの背面跳びを考案したフォスベリーなど)により記録は伸び続けると考えられる。

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それはあくまでも人類としてであり、個人記録は確実に限界がある。長年トレーニングを続けていると記録は徐々に伸び率が小さくなり、やがて一定の状態となる。どんなに頑張っても越えられない壁にぶつかる。自己記録は停滞し、そして低下に転じる。自己の限界は誰にでも訪れる。陸上を継続するかの判断をする時がやがてやって来る。本人には残酷だが、決断は自分自身で行なわなければならない

だが、小学生については何の心配もいらない。小学生の段階では記録の限界はない。興味があり続ける限り伸びる。魚の一生にたとえるならば、サケが川を下って海にまさに出ようとしている瞬間である。遡上のことなど考える必要はまったくない。大海原で大きく育っていってほしい。

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第142回「天国に一番近い男」(2021911日)

こども達にキツイ練習を課すと必ず言われる言葉がある。

「コーチもやってよ」

200mのインターバルや110m加速走などは中学、高校、大学といやっというほどやってきた。その経験も踏まえての練習計画だ。以前こども達の煽りに乗ってしまい300m走をやったらお尻の筋肉を痛めてしまい、2度とこどもの挑発には乗らないことにしている。だから、こどもに言われたらこう答えている。

「コーチはね、こどもの頃、人一倍練習をしてきたので、神様が『入山、お前は十分努力してきた。もうこれ以上やる必要はないよ。よくやった』とおっしゃるのだ。もう神様と仲良くしなければならない年頃になった。神様のいうことは聞かないといけないから、やらないのだよ」

「・・・・」

「だから、神様とお友達である私の言うことを聞け、さあさあ始めるぞ」

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 学童では私が床屋に行くと必ず寄ってくる連中がいる。頭が坊主だからだ。肌触りが良いのだろうか、すぐ頭をいじりにくる。ある時2年生のY子が私の頭をさすりながら

「ねえ、ねえ、イリは学童に来ない時は何しているの?仏様をしてるの?」と尋ねてきた。

「?・・・Y子、それは『お坊様』というのじゃないのかな?仏様だと私はもう死んでいることになるからね」

「・・・」

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入会したこどもには最初に「もし君がオリンピックに出て金メダルを取ったら、1度でいいからNHKのテレビの前で『今あるのは小学校時代に教わったバンビーニの入山コーチのおかげです』」と言ってくれ、約束だよ」と言うことにしている。

 ある時この話をした小1の女の子が

「コーチ、今何歳?ちょっと考えてみて、私が大人になってオリンピックで活躍できるのは20年後だよ。その時、コーチ生きてる?」

「・・・う~ん、難しいかもしれないね」

「でしょう、じゃ『テレビの前』でなく『お墓の前』で言ってくれ、が正しい言い方じゃないの?」

「・・・」

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 学童では17時頃から保護者が迎えに来る。顔が似ている親子なら○○お迎えに来たよと言えるが、おじいさんが迎えに来るともう私には誰を迎えに来た人かわからない。そこで「お帰りなさい、お~い、お迎えに来たよ」と大声を出すと、腰を上げた子がおじいさんのお目当ての孫だ。こども達が少なくなると私に寄って来る子がいる。消毒作業の邪魔になるので時々「S男、お迎えだよ」」と言うと、私から離れて身支度をする。そして虚言だと知るとブーたれる。何回か引っかかったS男は、ある時意趣返しとばかり玄関付近から私に向かって「イリ、お迎えが来たよ」と言い放った。居合わせたこども達の目はすべて玄関に注がれた。

それにしても、言葉というのは不思議なものだ。今まで何気なく使っていた言葉も自分が言われてみると、妙に嫌な響きに聞こえる。私のお迎えはまだ早い。

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 141回「水を飲ませることはできない」(202194日)

「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」

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この言葉はイギリスの諺で、英語表記では「You  can  take  a  horse  to  the  water, but  you  cant  make  him  drink.」と書く。馬が水を飲むかどうかは馬次第なので、人は他人に対して機会を与えることはできるが、それを実行するかどうかは本人のやる気次第であるという意味だ。

うちのクラブにはかつてスーパー1年生と呼ばれた男の子が2人いる。入って来た時は先輩たちを抜くことを楽しんでいた。まるでチーターのこどもがガゼルをもてあそんでいるようだった。2人を見ているだけでワクワクした。しかし、練習に対する取り組みがなぜか年々後ろ向きになってきて、今では普通の4年生になっている。1人は勉強で、もう1人は水泳で頭角を現しているためだ。バンビーニの長距離女子は精鋭がいるが、不思議と長距離男子は5,6年生が1人も入会していない。クラブ運営の点からも男子4年生に期待がかかる。3年前はこの子らがバンビーニを背負うと思っていた。しかし、時の流れに押し流されてしまった。1年生で指定タイムがあったら即切っていた逸材なのだが、3年の時間は長すぎた。成果を出すには無理強いするのではなく、根気よく指導するべきなのだが、「水は飲ませることはできない」

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 途中で入ってきた野生児の3年生がいるが、この子はこの子で裸馬のように乗りこなすのが難しい。乗るというよりいつも抑え込んでいることの方が多い。何しろ目の付け所が違う。走ることより足元の昆虫や手元の新しい道具に関心がいってしまう。鞭を入れようが餌をやらないようにしようがめげない。これはこれでたいしたものだと思うが私のストレスはたまる。首を振ったりペースが上下するのを直せば、5年生で指定タイムをクリアできる力があるのに「水を飲ませることはできない」

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6年生のR子については、長い距離の練習が嫌いで何度も「これを克服しないとラストで逃げれないよ」と言うのだが、400mまでの練習は楽にこなせるのに、600m以上の距離になるとまったくふがいない。脅してもすかしてもダメだ。600m以上の練習に真剣に取り組まないからそれまでの「逃げ」が活きない。だから同じ過ち(ゴール直前で差される)を繰り返す。305秒は切れる実力があるのに「水を飲ませることはできない」

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この子が卒業するまで毎回声が枯れてしまうのかと思うと、「喉頭がん」が心配になる。

 4年生にはもう1人問題児がいる。その子が問題なのは、練習態度ではない。練習は一生懸命なのだが、「走り終わっても決して息が上がってない」ことが問題なのだ。たぶん全力走をしていない。いや、できないのだと思う。大人は全力で走ってくださいと言えば速い遅いは別にして全力で走れるだろう。ところがこどもは走れない子がいる。いつもいう自己防衛反応が働くのだ。しかし、「野良犬に追っかけさせれば全力で逃げる」と思う。私が彼に小言を言っているのはタイムではない。練習の時全力で走れ、ということだけなのだ。しかし、それができない。何度も怒るのだが、「水を飲ませることはできない」

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この子らは才能がないのではない。才能は有り余るほどある。後は気持ち次第だ。今からでも十分間に合う。「上昇意欲は人一倍あったが才能がなかった」私からすれば見過ごすことができない存在なのだ。「才能があるのに努力しない子には、クラブにいる限り喉頭がんを恐れず叱り続けて行く。水を飲まないなら馬面を水に浸けても飲んでもらう」

こう書くと「ほめて育てる」教育者からは非難されるだろう。しかし、私はこどもを無責任にほめない。結果的には「水を飲ませることはできない」だろうが、彼らを放っておくことはもっとできない。

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140回「集団免疫とラクチン」(2021829日)

 バンビーニは会員3名で始まった。クラブ運営は手探りで、1クラス1人の時もあった。そのうち数人がまとめて入会してくれたが、目標が違っていた。私は埼玉陸協の指定選手に育てたいと思っていたが、「とある大会で入賞することが目的」と言われ、3km用の練習がメインになった。練習にもどんどん割り込んできてインターバルの途中でこどもが疲れているからと子どもと一緒に帰ってしまうこともあった。やめたらどうしようという恐怖心があったのだろう。黙って見ているだけだった。

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道具の後片付けも、大会の準備も1人でやった。当時の保護者の方たちが冷たいというのではなく私が他人を受け付けない雰囲気だったのかもしれない。無償の方が楽かな、とも思った。しかし、昔有望なこどもに無償で練習をしたことがあるが、その時は相手がいいかげんになり遅刻したり休んだりで心が折れてしまった。

そのうち家内がクラブ運営を本格的に手伝ってくれるようになって気が楽になった。人は増えなくてもいいから強い選手「埼玉陸協指定選手」をつくることに専念できた。とある大会は優勝してもその後の面倒は見てくれない。埼玉陸協は認定後1年間指導してくれる。中学生になって私の手から離れても安心だ。また、強化指定選手のTシャツは強化指定選手しか買えない。こどもにとってステイタスそのものだ。強化指定選手はバンビーニの黄色いTシャツは着てくれないが、それでいいと思っている。

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指定選手の保護者からの情報がクラブ内に浸透し共有化され、段々と共通目的が形成されていった。そのため皆が誰々の記録は○○秒とか△△秒とか理解するようになった。親が関心あるのだから子どもにもその効果が及んだ。すると集団内で競争が起きた。サボっている子には皆で叱って励ますようにもなった。

集団(チーム)には、必ず「チームがどこに向かっていくのか」「チーム目標は何か」という、共通目標や目的が存在する。陸上クラブのバンビーニではやっと「埼玉陸協の指定選手記録」が共通目標として定着し、練習内容も1000mに絞れることになった。

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バンビーニの一定割合以上の人が強化指定をめざすと、他の目的の人が入って来ても影響が少なくなり、ふざけたりサボったりすることが流行せず、上昇志向の高い選手を守ることができた。

強化指定の記録もかつては1000320秒を切ることが大変であった。しかし、バンビーニではN子が初めて切った後、彼女を目標として練習してきた34人の選手が切るようになり、今では320秒は練習を重ねれば必ず切れるものと誰もが思うようになった。そのため「320秒」というウイルスに対して、ほぼすべてのこども達は免疫となった。

また、最近では後片付けや大会役員も自主的にやっていただけるようになり、気持ち的に楽になった。保護者の方とのコミュニケーションに努める家内の情報(家庭内のこどもの状況)は、練習計画にも指導方法にも大変役に立つようになった。こうしてバンビーニが集団として動き出せ、クラブ運営を楽にさせてくれたのである

ここまでお読みになった方は、「あれぇ」表題と違うじゃないか、と思ったことでしょう。コロナの話じゃなかったのかと。

申し訳ありませんが表題を今一度見直して頂きたい。皆さんがイメージした「集団免疫とワクチン」とは書いていません。今回は「集団免疫(がある)と(クラブ運営が)ラクチン(楽ちんになる)」というお話でした。

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*)参考

感染症は、病原体(ウイルスや細菌など)が、その病原体に対する免疫を持たない人に感染することで、流行します。ある病原体に対して、人口の一定割合以上の人が免疫を持つと、感染患者が出ても、他の人に感染しにくくなることで、感染症が流行しなくなり、間接的に免疫を持たない人も感染から守られます。この状態を集団免疫と言い、社会全体が感染症から守られることになります(厚生労働省のHPより)

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139回「転倒と落雷」(2021822日)

子どもが転んだときに、親が慌てて駆け寄れば子どもは過剰に泣くようになる。「早くしなさい」くらいの対応にしておけば、こどもは何事もなかったように、泣くこともなく平然と立ち上がる。年寄が転べば骨折が心配されるが、こども達にとって「転ぶ」ことは「大したことではない」と認識さていく。

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親には「いい親でいなければならない」という強迫観念のようなものがあるようだ。だから、どうしてもこどもをかばいすぎる傾向にある。

練習が乗り気でないこどもの保護者(その時はおじいちゃん)に「おじいちゃんからも何か意見言ってくださいよ」といっても「いや、私はM子に嫌われたくないから言えませんよ」

また、あきらかに自分の子供以外まったく興味がない人もいる。他人のこどもに対して悪口も言わないけれど気にもしない。自分のこども命である。思春期になって「うるせえなー」と言われたらどのくらい落ち込んでしまうのだろうか。今から子離れの準備をしておかないといけませんよ。

バンビーニでは口数の少ない子が多い。では、本当に無口なのかというと、事実はそうではないようだ。春合宿で何がキッカケかわからないが喋り始めたことがある。1人が喋ると皆が口を開いた。今までが猫をかぶっていたのかと思うほどだ。

保護者は自分の子どもが心配なあまり、子どもが傷つかないようにさまざまな場所で「この子は家では喋るのですが、コミュニケーション能力が低いので外ではしゃべらないのです」といっている。

しかしそうすると、子どもにどんどんその言葉が刷り込まれていき、自分はコミュニケーション能力が不足しているのだと認識するようになる。子どもは、大人が気にすることを気にするので、段々としゃべらなくなる。

最近は練習量が増えてきているので、足が痛かったり気持ち悪かったりすることが多くなったが、私からやめろとは言わない。だから自分から訴えるしかない。といっても、訴えてくるのはいつも決まった子で、入会が浅い子はめったに言わない。常連者の訴えはまず拒否する(この輩は申告して認められればもうけものとしか思っていない)が、初めての子はほぼ認めている。最初に拒否すると次に言ってこなくなるので怪我や熱中症などにつながってしまうのが怖いからだ。

無口は1人で参加しているこどもの傾向だが、3姉妹となると真逆になる。バンビーニの水曜日クラスは3姉妹が2組いる。そのうるさいことうるさいこと。アブラゼミとミンミンゼミが一つの木で鳴いているようなものだ

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「今日は200mx10をやりますが、まるお(大人のランニング集団)が来る前に終わらせるので、時間通り行かない場合、残りは400m走または600m走としてまとめておこないます。よって、必ず全部行います。覚悟してね」

「なにそれ、意味わかんない」(K家次女3年)

「ねえ、休み時間何分、まさかジョッグじゃないよね」(I家三女2年)

「コーチ、私は何本走ればいいの?皆と一緒というわけにはいかないよねぇ。私1年だよ」(K家三女1年)

一度落雷があって中止にしたことから「雷は練習中止」との刷り込みで、雷鳴が聞こえたり遠くの空が点滅すると「コーチ、雷だよ」(I家三女2年)と騒ぎ始める。

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わざと知らないふりをすると「コーチ、今の聞こえなかったの?補聴器付けた方がいいよ」(K家次女3年)

「コーチ、今空が光ったよ」振り向くと消えている。わざと反対方向を向いて時間を稼いでいると

「コーチ、動作が鈍いよ。何で反対方向向くかな。・・・歳には勝てないか」(K家三女1年)

この喧騒は延々続く。

しかし、私はセミたちに対して「話は聞くが言うことは聞かない」ことにしている。

 

138回「正解!よくわかったね」(2021815日)

学童でM子が「今日は誰の誕生日でしょうか」と聞いてきた。

「う~ん、待ってね。よく考えてみる・・・M子の誕生日かな?」

「正解!よくわかったね」

T男は「ミッケ!」という視覚探索絵本に載っている「●○」はどこにあるかと聞いてくる。彼はすでにクリアしている。案外難しいのですぐにはわからない。

「え、わからないの?教えてあげようか?」(ニコニコしている)

「いいよ、自分で探すから。おお、●○はもう見つけたよ」するとT男の目が本の左下隅に動く。私は彼の目の動きを見逃さない。

「ほら、見つけた」

「正解!よくわかったね」

 帰り際、F子が「イリ、問題出すよ。できるまで帰っちゃだめだよ」

「うん」

「問題、●●●。答えは1番□□、2番△△、3番●○、それに、えーと、4番□◆、答えはどれでしょうか」

「えーと、4番□◆」は答えから外せる(えーとで付けたしにすぎないことがわかる)。

「もう1回問題言って 」と言うと

1番●○、2番△△、3番□□」

と前と違った順番になると、もう答えは2番△△と判断できる。

2番かな?」

「正解!よくわかったね」

こどもの言動は慣れれば理解するのは簡単だ。社会に出て複雑怪奇な言動をする大人と長い間接してきたせいか、学童はゾウガメやイグアナたちがいるガラパゴス島に来た気がする。若干小賢しい者もいるが、多くは粘土のように自由自在に形を変えることができる。

この子らがこのまま大人になったらと期待するが、このままでは他人に騙されてしまうだろう。純粋な心のままで大人の世界に入れば到底生きていけない。その世界に順応するため姿かたちはおろか性格までかえなければならない。それをしないで生涯を全うできるのは天皇家と大谷翔平しかいない。

だから、私はゲームをやる時は手加減しない。オセロはどんなことがあってもコーナーを狙う。4つのコーナーをとれば勝てるからだ。トランプも真剣にやる。こどもが泣いても勝つ。大人げないと言われても勝つ。それがこどもたちのためになると信じている。UNOという遊びでかっこつけて「上がり!」とカードを叩きつけたら、こども達の順番を待っている間カードを伏せていたせいもあって、色も数字も上がりに関係のないカードであった。途中で思い込みがあったのだろう。「あっ」と慌てて戻したら、皆はその動作に腹を抱えて笑った。例のR男がいつもより激しく涙流して笑っていた。ヒール役の悲しい末路だった。

学童には4月から1年生が入会してきたので、K子という同じ名前のこどもが2人いるようになった。4年生の仕切り屋のK子とあどけない1年生のK子である。

落し物があったので「おい、K子」と呼びかけた。

「どっちのK子よ!」と4年生のK子が語気強く答える。

ちょっとムカッと来たので

「可愛い方のK子だ」

「・・・・」

4年生のK子に気を使ってか、皆下を向いた。普段低学年の多くは気遣いなどできないのに、このケースだけは無言で通した。このような場合、大人の世界でも同じような対応をすることが多い。

「正解!よくわかったね」

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137回「届かぬバトン、つながらないタスキ」(202188日)

陸上競技の多くは個人種目だが、短距離ではリレー、長距離では駅伝が唯一チーム種目として存在する。ただ、サッカーや野球のように毎日練習をするのではなく、通常は個人練習が主体で、大会が近付くとチームとしてバトンやタスキの受け渡しの練習となる。だから、チームプレーに慣れていない多くの陸上選手には大きなプレッシャーとなる。

東京五輪の400mリレーは夜の1050分スタートで、金メダルを取って幸せな気分で寝る予定だった。しかし、まさかの棄権。走り続けてもテークオーバーゾーン外での受け渡しとなり、失格だっただろう。寝苦しい夜となってしまった。

リレーは1走以外はスタートがない分速くなる。できる限り加速してバトンをもらえば記録はあがる。前走者がここまで来たらスタートするラインを歩数で計り、テープで印をつける。メンバーは何度も練習をしてきているのでスタートの位置の狂いはない。多田選手が急激に遅くなったとは思えないので、力の入った山縣選手がいつもより早く飛び出してしまったのだろう。オリンピックの雰囲気がもたらす過剰アドレナリン効果だ。

小学生のスピードでは通常はオーバーゾーンの失敗は少ないが、バトンパスについては渡す際の「はい」の他に、選手間の詰まりは「行け!」「速く!」、離れていると感じたら「待て!」「落として!」と声を掛けろと言ってある。次走者は目印のテープを超えたら飛出し後ろを見ないからだ。前の走者は次走者をコントロールする立場にある。多田選手が「待て」とか「速い」とか言葉をかけていればオーバーゾーンはなかったかと思う。これまでの練習ではあまり経験がない上、多田選手が山縣選手より4歳も年下だったので言葉が出なかったのかも知れない。自分で何とかしようとしたのだろう。しかし、言葉が出てもオリンピックのレベルではもうこの段階で入賞はなくなったといえる。

一方長距離では駅伝がある。大学では箱根駅伝が有名で、関東にある大学は箱根駅伝の優勝を目指す。しかし、ここでも悲劇を見てしまう。「繰り上げスタート」である。関東学連の規定では

①往路の鶴見(2区)・戸塚(3区)中継所は10分遅れたチーム。

②往路の平塚(4区)・小田原(5区)中継所は15分遅れたチーム。

③復路すべての中継所は20分遅れたチーム。

はすべて繰り上げスタートで、関東学連から与えられた繰り上げスタートのタスキ(白色と黄色のストライプ)で走らなければならない(繰り上げスタートは駅伝が一般公道を使うため交通規制の関係で設けられている)。

渡す相手がいない中継点にたどり着いた選手は事の顛末を知る。虚無感に襲われ自責の念にかられてしまう。これは仲間の実力から積り積もって行った遅れなのだ。決して君一人のせいじゃない、といっても長距離はストイックな人間が多く、自らを責めてしまう。伝統のタスキの重みで押しつぶされてしてしまう。まさに「車輪の下」だ。

ただ、このような過酷な環境の中に一筋の光明がある。関東学連では繰り上げスタートの際のタスキに関する特例がある。

往路のフィニッシュ地点である5区と、復路のフィニッシュ地点である10区に限っては、「チームのタスキを使用する」としている。自校のタスキへの思いを配慮し、戦い抜いてゴールをしたことに対する敬意がこの特例に込められている。粋な計らいである。

(関東学連には大会前に2つの自校タスキを預けることになっている。1本はスタート時にもらう。残りは関東学連が保管し、特例の場合に使用する)

一方バンビーニの小学生はバトンを落とそうが転倒しようがめげない。レースが終わればバッタを追いかけてキャキャ言っている。そこがこどものいいところで、一つの失敗でくよくよしない。「届けたよバトン、つないだよタスキ」と、結果はともあれルンルンしている。

メダルばかり追いかけるのではなく、たまにはバッタでも追いかけてみたらどうだろうか。そして気分転換出来たら、3年後のパリ大会で「頑張れ日本!」

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136回「神経質な男」(202181日)

学童には神経質な男の子がいる。3種類の色の積み木で遊んだあと片づけをするのだが、私は適当に箱の中にしまうが、R男は必ず青色、黄色、赤色の順番に入れる。信号の色の順番に入れているようだ。でも信号は赤から始まっているのかもしれないよと茶化すが、自分の信条があるようで、意に介さない。

そういえばバンビーニでもマーカーを片づけるのに青、黄、赤、緑・・・ごとに集める子がいる。その点、私は全く気にしない。マーカーは直線又はエリアを示すものと考えているから、位置がずれてなければ何でもいい。ウエーブ走の時は「1個目まで全力、2個目まで80%で流し、3個目からまた全力で・・・」と指示する(青色まで全力、黄色まで80%で流し、次の青色からまた全力で・・・のがわかりやすのだと思うが)。

最近、ストライド走の練習は走路に目印の意味で細長く切ったマットを置く練習をしている。だが、その目印のマットの切り方がバラバラで太かったり細かったり、曲がっていたり、ギザギザになっていたりで、こどもらに指摘された。少しは失敗かなと思ったが、いつものように「ま、いいか」で使用することにした。こどもらの悪評にもめげない。

家内からはいつも「あんたは本当にA型か?」と言われる。人間77億人いるのに4つの型に分けるのは暴論だが、よく考えると家内の言っているのは間違ってないのかもしれない。親父がA型でお袋がO型だから必然的に私はAO型なのだ。そのO型が無神経な性格を構成しているのかもしれない。

普段はO型が支配している私の身体だが、もう一方のA型の因子も時々顔をだすことがある。これが出てくると平穏無事に過ごせない。バンビーニ創設以来、いつもナーバスになることがある。こどもの記録ではない。こどもは練習をこなしてくれれば記録は出る、とO型の因子が勝手に判断してくれる。記録ではなく、「大会に申し込むこと」が最大の心配ごとなのだ。昨年足立区の大会に申し込んだら開始1分で一杯になったと言う。前日の2359分だと受付前だからと拒否されるのも嫌だったので、受付日の001分に送ったら、23日して「お申し込み多数で締め切られた後なので受け付けられません」とのメールが来た。夜中だよ。たったの1分遅れだよ。

これ以降トラウマとなり、メールでの申し込みの際、漏れはないか、メールが届いているのか、選手名は間違っていないか、種目は正しく入っているかなど心配事が津波のように襲ってくる。最近も締め切りまで5日以上もあるので全員の回答を待って申し込んだら、なんと一杯で締め切られていた。じゃあ、他の大会では申込み初日に申込したら、大事な小2の男の子の名前を書き忘れた。いや、心臓がバクバクした。幸い保護者のご厚意でゆるしてもらったが、急いでいたせいか二重チェックをしていなかった。強化指定選手の最後の認定大会で6年生にこれをやってしまったら一生後悔してしまう。また、うまく申し込みが終っても今度は大会に出る時、ゼッケンが間違ってないか、安全ピンを忘れてないか、これまた心配事が絶えない。

私はこのようにA型人間、O型人間の二重人格なのだが、今後の人生うまく折り合っていかなければならないと言い聞かせている。しかし、A型人間が出てくると、臆病で神経質な自分に向き合うため、私はとたんに憂鬱になる。

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135回「Dr.スランプ」(2021725日)

アンドロイドの「アラレちゃん」を作った則巻千兵衛は天才発明家と言われていたが、長い間売れる製品を出せずに悩んでいた。そのため別名「Dr.スランプ」と呼ばれている。

このよう心身の調子が不安定になって「記録の停滞」「技術の伸び悩み」などが起こることをスランプという。競技キャリアが長く、ある程度の実力を持った選手であれば、どんなスポーツにも一時的に伸びが停滞する時期がある。

こどもの停滞はこの他にこども特有の「成長期における身体の変化」がきっかけとなる場合(クラムジー)もある。まずは子供の気持ちや状態をしっかり把握する必要がある。変な走り方をしているのでこどもに聞いたら、「靴が小さくなって痛いので、痛くない走り方をした」という。帰る時お母さんに報告し、次の週は伸び伸び走っていた。

保護者からスランプのことを聞かれるが、小学生の「記録の停滞」はスランプ(いつもの調子が出せず「通常以下の状態」)ではなくプラトー(調子は通常通りだが成長を感じられない、練習などの成果が表れない停滞期のこと)のことが多い。

プラトーは悪い事ではない。ほとんどが“伸びるために停滞している状態”で、 その時期は“力を溜めている状況”だと思った方が良い。ジャンプするためには寸前で一瞬縮む行為をするのと同じだ。特に陸上競技を専門にやり始めるのは4年生くらいからで、さほど競技期間は長くないし、練習時間も限られるからだ。スランプは中学生以上になってからだと言ってよい。

陸上を始めてしばらくの間は、初めてのことが多いし、今までできなかったことができるようになり、記録も伸びる一方のためこどもは貪欲に練習をこなす。しかし、ある程度のレベルや年齢に達すると自然に「好きな練習」と「苦痛な練習」が発生し、コーチから言われた「するべき課題」を避けてしまうことがある。

バンビーニのR子は抜群の才能があるのに、練習に好き嫌いがあり、短い距離のトレーニングは好きだが長距離走は嫌いで手を抜く。これを繰り返すと「苦痛で地道な努力」ができなくなる。鍛練期の練習が始まると、とりあえず「何らかの練習」をやっておけば、努力を怠っていない気になったり、練習をちゃんとやっている気になる。その結果「頑張っているのに結果がついてこない」「努力をしているのに自己ベストが更新できない」と嘆くようになる。

それがスランプかと聞かれれば、答えは「否」で、それは「プラトー」と言える。プラトーならば、するべき課題を見つけだし「自分の苦手を克服する努力」を怠らなければいい。前半から飛ばして追いつかれたら「そこから引き離す力と精神力」を持て、というこの夏の課題を克服できれば、もっと記録は伸びるし、もう誰にも負けなくなる。こちらもゴール前でやきもきしないで済む。

R子の跡を継ぐと思われる女の子も今「プラトー」に陥っている。「最初に飛び出してもいいが、後半抜かれたらどうしよう」ということで、彼女の心の中には不安が広がっている。スピードもあり根性もあるのにいつも第2集団にいるから、折角のラストスパートも無駄になりメダル圏内からはずれる。「1年かけて500m、600m、800m・・・と、追いつかれるまでの距離を延ばす」という課題を与えることにした。飛ばしてその結果ヘトヘトになって抜かれるなら何も言わない、今のようにやさしい顔で走り終わるのはダメだと言っている。

元々美人顔だが「苦痛に悶える」顔が現れた時、本人も予想をしなかった記録が生まれる。「んちゃん砲」を繰り出し「地球わり」のパンチをお見舞いする「アラレちゃん」こと「則巻アラレ」が暴れるような姿を、大会で是非見たいものだ。

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 134回「衣食足りて礼節を知る」(2021718日)

他のクラブでは帰る時にグラウンドに向かって礼をする。「ありがとうございました」の声をかける。うらやましい限りの光景だ。私はこの礼儀作法に憧れることはあっても反対するつもりはない。だが、幼稚園児までいる当クラブでは徹底させるのは無理だと思っている。ただ単にやらされているあるいは真似している限りでは、ぎこちなく、外人の神社参拝と同じ姿となるからだ。

礼儀というものは人間関係をスムーズにするために欠かせない作法のひとつだが、この礼儀を重要視しているのが剣道や柔道などの「武道」だ。

武道で礼儀が必要とされる理由のひとつとして、相手への敬意を表すことによって自分をコントロールできるからだ。剣道や柔道などの武道は一対一での対戦となり、技の未熟さや心の未熟さがケガやトラブルの元ともなりかねない。礼というものは形式的なものだが、その型に自分を押し込むことで、ややもすると失いがちな理性を取り戻すことができる。

また、武道の稽古や試合において、道場や試合場に入るとき礼をするのは、「道場を使わせて頂きます」という感謝の気持ちからでるものだ。稽古を付けてくれる指導者や先輩、自分を向上させてくれる対戦相手に「お願いします」と敬意を表し、終わると「有難うございました」と感謝し、頭を下げる。 

羨ましいならお前のクラブもやれ、と友達の武道家に言われる。 

コロナのせいで、あれほど当たり前に使っていた陸上競技場が使えないことが、どれほど不便なものか身に染みた。使える日、グラウンドに入る際自然と頭が下がる。

しかし、現状が当たり前の小学生には無理だ。小学生のこども達に礼儀作法を説いても翌週には忘れる。すると、友達の武道家からは根気よくやれとさらに言われる。

小学生では剣道の先生に勝つことは絶対にない。だから先生は神様に近い。その威厳で礼儀作法を徹底させることができるかもしれない。絶対的な存在は信仰に近くなる。

陸上においては逆に私の年齢ではこどもに絶対勝てない。インターバルをやるぞというと「じゃ、コーチやってみてよ」とよく言われる。その時私は即座に「うん、しないよ。私は小さいころからよく練習をしていたので、神様がね、『入山、もうお前は十分頑張ったから走らなくていいよ』とおっしゃる。そろそろ神様と仲良くしないといけない年齢になった。だから神様の言うとおりにしようと思っている」と答える。幸いこどもたちはここまででそれ以上私を追いつめはしない。威厳がないのでこどもたちを誘導することができないが、人柄もさほどいいわけでもないので自然に従ってくれることもない。困ったものだ。

バンビーニでは昔の言葉の「衣食足りて礼節を知る」というのが現実的で、私はそれでいいのかなと思っている。すなわち、「衣服や食糧といった生きるために必要なものが十分にあるようになって初めて、礼儀や節度といった、社会の秩序を保つための作法・行動が期待できる」ようになると思っている。

写真の女の子は3月の越谷カップに出た時の写真である。この子は本当に素人の選手だったが、普通の女の子でも努力次第で指定選手になれるという見本だ。この子にグランドに対して頭を下げろ、と教えたことは一度もない。なのに、ゴールした後グランドに自然と頭を垂れた。これが真の礼儀であり感謝の気持ちの表れだ。「衣食足りて(自分が指定選手を狙えるようになって)、礼節を知る(この機会を与えてくれたグランドにライバルの同級生に感謝したくなる)」のだ。

今、私がこどもたちに厳しく説いているのは、「競技場のトラックの中から外に出る時は、右側を見て走って来る人がいないことを確認してから、渡れ」だけである。

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133回「そうだ、いいこと考えた」(2021711日)

 こどもの「そうだ、いいこと考えた」という言葉はろくなものではない。

学童の時の鬼ごっこはなんだかんだで私が鬼になる。「イリから逃げろ!」という鬼ごっこは文字通り私が最後まで鬼だ。交代がないので「やらない」と言うと、「そうだ、いいこと考えた。氷鬼にしよう。皆捕まったら交代ね」氷鬼はくせもので、捕まえたこどもはその場で氷になって動けなくなるが、残りのこどもが2手に別れて行動するので、すぐに氷は解けて捕まったこどもは開放される。「交代」という言葉があるからとりあえず私の要望には応えたわけだが、「皆捕まったら」という条件付きのため、実際はこれもエンドレスになる。

トランプの神経衰弱をやると「そうだ、いいこと考えた。こどもたち対イリでやろう」5人のこどもと私1人だから、順番が回ってこない上こどもたちの暗黙の協力があって、根こそぎ取られてしまう。

シルバニアファミリーをやっても「そうだ、いいこと考えた。今日のイリは犬ね」「いやだ、パパがいい」「パパはT男に決まっているので、イリは強そうだから犬ね。何かあったら私たちを守ってね」といいながら、シルバニアファミリーは一家団欒の楽しい場面が進行する。だから私が登場する余地がない。「ワンワン」「ワオーン」と吠えても「今日はうるさいわね」で終わり、家に入れてくれない。

つまり、こどもたちの「そうだ、いいこと考えた」は「そうだ、いいこと(こどもたちにとって得になること・都合のいいことを)考えた」のである。決して私を含めた全体最適を考えたのではない。

バンビーニにおいても、実際にその現象がおこる。

時間が押していて2時間の練習の中で計画したインターバルが全部できないことがある。有料のグラウンドを使っている時はこどもたちも時間内で練習は終わることを知っている。

あと30分しかない時に400mx5200mx5が残っていると、まとめ役のS子が私のところに来て「コーチ、時間がないですよね。どうでしょう、いいこと考えたのですが、200mを7本でどうでしょうか。そうすれば時間通りに終わりそうです。400とか200の組み合わせに固執していると時間が無くなるのです。善は急げです」「・・・・」「いや、ダメなら20010本までなら何とか頑張れると思います」

「・・・・そうだ、いいこと考えた。400mと200mに分けるので休みの時間が多くなり時間が足りなくなるのだ。S子に言われなきゃわからなかった。400mと200mにこだわるからいけないんだ。あわせて600にすればいいんだ。よしそうしよう、善は急げだ」

「・・・・・」

急遽残りは600mx5の練習に替わった。ダウンは外になったが無事予定の距離は走れた。その後、S子らの「そうだ、いいこと考えた」発言はなくなった。

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132回「同期現象」(202174日)

長距離は個人で練習するよりも集団で練習する方が伸びる傾向にある。

では、なぜ集団だとこどもたちは伸びるのであろうか。

①ランナーは1人で走るよりは数人の集団の中で走る方が楽に感じる。

単独走よりも能力の拮抗した複数走の方が速くなる。これは複数走では自然に心理的にやる気が高まっているからである。酪農家は1匹で飼うよりは群れで飼う方がエサをよく食べ、早く成長することを経験的に知っている。個別には無口な子が多いバンビーニだが、集団になるとよく喋る。だから練習の合間の休みは笑顔が絶えない。それは疲れを癒す。

②同期現象

ランニングは単調である。それだけ走るリズムは大切であるが、ランナーが集団の中で走ると、相手を見るともなく見ているため自然に前の選手のリズムに引き込まれる。こうして個々のリズムが失われ、後続のこどもには坂道の下りを走るようなもので、通常より走る回転数は多くなってくる。

これは、同期現象というもので、例えば、2台の振り子時計を1枚の薄い板を挟んで背中合わせに吊るすと、何日かすると2つの時計の振り子の振れる方向が一致してくる。すなわち、同期現象が現れる。生物学では、蛍やコオロギを虫かごに入れると同時に発光したり鳴いたりする。集団に1,2名の速い選手がいれば同期現象が起きる。

③ペースの変化に対する対応力

集団の中で走ることは集団のペースが変化するたびに前走者にぶつからないようにしたり、追いつこうとしたり、スピードの調整をしなければならない。丁度高速道路が渋滞している時に加速や減速を繰り返すことによって走行効率が低下する状態である。レース中では避けるべきことだが、通常の練習に対して過負荷として選手を鍛えることになる。

④ライバルに勝つという意欲が強くなる

力がある者にはトップである自覚を持てといつも言ってある。そのためインターバルの最後の1本で後続の選手が抜こうものなら(逆に後続の選手には最後の1本くらいはトップの選手を抜こうとする意欲が必要だと、これもいつも言ってある)、集団の雰囲気は一変して順位争い・記録争いに転じる。すなわち、持ちタイムの差があるためこれまで不本意にも耐えてきた“共存”ムードが“競争”ムードに変る瞬間である。ここに新たな闘争エネルギーが生まれる。ラストスパートの練習にもなる。これが最後の1本だけではなく、徐々に競争本数が増えてくるようになる。練習が終われば親友だが練習ではライバルだ。バンビーニでは複数人がライバルとして交錯している。今はいい方向に進んでいると言える。

 

さて、74日の大会で試合期は終わった。明日からまたしばらく鍛練期に入るし、あと半年でシーズンも終わる。ステップアップでなくステージアップして終わるために、皆でもう少し頑張ろう。

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131回「命の恩人」(2021627日)

学童の散歩(4月より小学校内に移転したため、散歩といっても校庭に遊びに行くこと)の時、小学1年生の女の子が私のところに来た。

「イリ、何か胸のあたりがおかしいの」

「気持ち悪いの?」

「ううん」

「頭は痛くないのか?熱は?」手をH子の額に当てたが、熱はない。

「熱中症ではないようだが」

「違うの、胸がドキドキ言うの」

「えっ、・・・」

H子の様子が落ち着いてきたのに連れて、いたずら心が湧いてきた。

「H子、それもしかしたら恋かもしれないよ」

「こい?」

「ある人の前に立つと胸がドキドキするのは、その人に恋した証拠だよ」

「こい?」

「その人を大好きになることだよ」

「だって前にいるのはイリしかいないよ」

「おいおい、私には妻も子供もいる。君が大人になる頃には私はこの世にいないよ。やめておきなさい」

「???」

そばでこの話を聞いていたおばあさん先生が笑いながら

「この子は鉄棒で連続逆上がりをやって目を回しただけですよ。私達だったら心筋梗塞じゃないかと心配するけど、ねぇ入山さん(お願いだから何かに連れてあなたの世界に引きずり込まないで・・)」

 

以前「スケベ」と言ってきた小2のR男は性格が真面目で探究心もある。室内ではよく歴史の本や科学の本を読んでいる。校庭で遊んでいる際、アザミの花に触れたようだ。私のところに来て

「イリ、あの花のトゲには毒があるの?」

「ああ、あれはアザミと言って猛毒の植物だ。まさか触ったんじゃないだろうね」

「触った」

「そりゃ大変だ。血は出たか?」

「ううん、痛かっただけ。僕死んじゃうの?」

「うん、可能性は高い。腫れてこなければ命は助かるのだが。家族を呼ぼうか?」

「・・・イリ、何か腫れてきた気がする」

「どれどれ、わかんないな。君は体全体が腫れているからな」

ここまで来ると冗談もまったく通じなくなった。とぼとぼとベンチに向かって歩きはじめた。座ると同時に泣いているようだ。空を見上げたと思えばとげが刺さった足を見る。その動作を何度も行っている。思い残すことがたくさんあるのだろうか。もっといじりたかったが、ここまでかなと思い、ベンチに救急箱を持って行く。

「R男、君は運がいいよ、救急箱にマキロンというアザミの毒に効く特効薬があったよ」「特効薬?」

「ああ、毒消しの薬のことだよ。これを塗れば毒は消えていく。毒が心臓にいくまでに塗らなければならない、急ぐぞ」

病は気からとはよくいうもので、

「イリ、段々腫れが引いて来たよ」

「おお、効いてきたか。よかった、よかった」

「うん、僕今度の土曜日にお父さんにゲームのソフトを買ってもらう約束をしたんだ。そのゲームをやらないで死ぬのは嫌だから、治って良かった。イリは命の恩人だね」

涙の跡がある顔にはいつもの笑顔が戻った。

生死をさまよった散歩から帰り、宿題を終わらせて自由時間になったので、R男と積み木で城をつくる遊びになった。

「イリはやっちゃだめ。ここは僕が作るのだからイリは見張りをしてて」

「少しはやらせてよ」

「ダメ、イリはいい加減に作るから」

 

「おいおい、私は命の恩人じゃなかったの?」

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130回「ケツワレ」(2021620日)

陸上競技のケツ割れとは、400mや中距離競技で全力疾走した後に起こる尻から太もも裏の部位が痛む(筋肉が固まってしまう)症状だ。ひどい時は立てなくなる。日常生活にはない独特の違和感で、「ケツがいくつもに割れてしまうような痛み」と表現されることが語源だが、全力疾走しないと起きないのである。発生しても一過性なため、病院に行ったり治療をしたりする必要はない。5分もすれば元に戻る。

 ケツ割れが起こる原因は、短い間に全力を出し切ったことによって生じる疲労物質(乳酸)のせいだ。ケツ割れをする種目は、400m800m1500mなどの短中距離で、走っている時間が短い100mやペース配分を伴うマラソンなどではほとんど起こらない。

 ケツ割れをする場面は主にゴール直後だ。陸上選手はゴールするときには最大の力を発揮している訳だから、ゴール後力を緩めると同時に疲労物質が急速に増え、ケツ割れの激しい痛みとなる。ケツ割れは痛くて・苦しくて・二度と味わいたくないと感じるような辛いものである反面、自分が全力を出し切ったことを示す重要な証ともなる。

小学生は本能的に自分を究極まで追い込むことはしない。疲労がピークに達する前に自分を守る安全弁が作動してしまう。これは女性が「お腹の中にいる子を守るために体力を温存する」本能を持っているのと同じメカニズムだ。かよわいこども特有の本能で、非難しているのではない。小学生女子の1000mは「こども」と「女性」という2重の本能が重なりあい、安全弁が強固となりなかなか外せない。小学生のコーチの手腕は、どのようにしてその本能的安全弁を外すかということに尽きる。

埼玉陸協は強化指定制を布いて個人の記録の向上を狙っている。予選、準決勝があるわけではないので順位狙いは無用だ。「1周目飛出し2周目スピードを維持して残り200mをラストスパート」がバンビーニの1000m走の基本だ。

大会に出てくる選手でS指定を目指すこどもたちは記録的に拮抗している。これまでのような前半から中盤にかけた和やかな集団的雰囲気はもういい。前半から飛ばして集団のざわめき(位置に対する動き)を大きくする。600mで集団に飲みこまれたら次は800mまで持つ練習をこなせばよい。そして小学生最後の大会で誰も追いつけないようにすればいい。

最初のスピードについていけない子は取り残され、集団は最初から縦長型となって、離合集散を繰り返しながら、最後の第4コーナーを回る。そしてゴールするとお尻の筋肉が固まって立てなくなる。そう、それが「ケツワレ」というものだ。それを体験することによって、真の1000mランナーになったと言える。

 

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129回「お尻ペンペン事件」(2021613日)

大会を控えて5,6年生は厳しい練習を繰り返している。一方で、土曜日の出張かけっこ教室、日曜日の基礎クラスには幼稚園児ないし小1のこどもらがいる。彼らが相手だと5,6年生らとは違った世界がある。

<仰向けになって>

変形スタートという練習は、体育座りから始めていろいろなスチュエイションからのスタート練習である。ある日、順調に練習が進んでいたが「仰向けになって」という段階で、言葉の問題にぶつかった。「コーチ、仰向けって?」「天井を見ることだ」と言ったら全員天井を見た。しかし、立ったまま見るとは思わなかった。まるでミーアキャッツのようだった。「床に寝て天井をみるということだよ」「初めからそう言ってよ、わかんないじゃない」「ごめんごめん」

<左からだよ>

柔軟体操で足を揃えた前屈柔軟は何とかなるが、足を広げてV字開脚での柔軟は「左から始めるよ」と言っても1割の人間は右から行う。その時は直っても「左足からだよ」と毎回言っている。

ケンケンでは3割のこどもが右から始める子がいる。私が言う左ケンケンは左足で地面を蹴ることだが、3割は左足を上げて右足で地面を蹴る。「お前ら俺の言うことを聞いてるのか」と怒ると「左ってどっちの足からよ?」と言われ、完全に頭に血が上っていたせいか思わず「お茶碗持つ方の足だ」と言ってしまった。こども達は「????」

<目で訴える>

「ダッシュを10本する」と言っても、小さい子は「言えば何本か減るかな」と思うようだ。男の子は条件闘争に持ち込もうとして、まずは「5本にしてくれ」と言ってくる。無視していると、「ダメなら7本で手を打つ」と言う。ちょっと待ってくれ、私には君らと妥協するような弱みはない。一方女の子はとにかくお願いの戦略。ぶりっ子、お世辞、支離滅裂な幸福論を出してくる。態度が悪い時にはペナルティで本数を増やすことがあるが、その際はふてくされのポーズ。「ぐちゃぐちゃ言うと本数がさらに増える」と言うと「それは困る」とばかり走り出す。それで練習をやめてしまったら、私は困ってしまうが、幸いこれまでふてくされて練習をやめた子はいない。

<お尻ペンペン事件>

 自分が一番でないと気が済まない子がいるのが低学年教室の問題だ。「僕の方が速い」と言った瞬間、相手が「僕の方がもっと速い」ということでケンカになる。お互い妥協することはない。そばにいる間は何とか抑えられるが、ダウンに行って来いと送り出したそのダウンの際に起こった「お尻ペンペン事件」は防ぎようがなかった。指導をしている際、全力走をしない子に「おまえ、一生懸命走らないとお尻ペンペンするぞ」と言った。その時は皆がゲラゲラ笑ったが、それをダウンの際ある子が蒸し返した。言われた方はコーチが言うなら仕方ないがなぜ自分より年下の幼稚園児に言われなきゃいけないのだと怒り出し「お前の方こそ僕より遅いのだからお尻ペンペンだ」と「お尻ペンペン」をダウンで走っている間20回余りも幼稚園児に浴びせたようだ。当然幼稚園児は泣きだし私のところに戻った際、事の次第を訴えたのだが、泣きながら言うものだから何言っているのかわからない。小学生にも異次元の言葉を浴びせるものだから、その勢いに押されて小学生も泣き出してしまった。たかがこどものケンカだ。これからも起こる。殴り合いにまでに至らなければギリギリまで放っておくようにしている。私のこどもの頃のガキ大将は仲間のケンカを怪我しないギリギリで止めていた。こどもの世界はガス抜きが必要なのかも知れない。翌週、2人は笑いながら仲良く練習していた。

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128回「イタキモチイイ」(202166日)

 子どもたちは、それがサッカーでも、バスケットボールでも、野球でも、「このスポーツがやりたいから」、「このスポーツが好きだから」という純粋な気持ちでチームに入ってくる。その子たちにとって、スポーツをする場所は「楽しい」時間であるべき場所なのである。それを壊しているのは、多くは大人の都合だ。陸上道を説くコーチや支配的指導方法をよしとするコーチが犯す誤りかもしれないし、私のように自由奔放にやらせる自由主義者が陥る欠点かもしれない。

アメリカと日本のスポーツ指導法に大きな違いがあるのは「楽しむ」という観点だ。英語では○○スポーツをすることはplay tennisplay baseball,というようにplay(遊ぶ)がつく。日本では「修行」とか「極める」という意味が漂う。

水泳では日本はバタ足から始める。「顔をつけてはい上げて・・・」と。日本は苦しさが伴う。アメリカでは背泳ぎから始め、顔をつけないで水に慣れさせ、それから浮く感覚を身に着けて楽しく泳がせる。

スキーでも日本はブーツを1人で履く練習をさせ、ゲレンデに出ればまずガリ股で斜面を登らせる。アメリカではブーツは大人が履かせ、少しスキーに慣れたらすぐにリフトに乗って上から徐々に滑り降りスキーの楽しみを体験させる。

このようにこどもにとってスポーツはまず楽しむことが大切だ。

 とここまで書くとバンビーニの口うるさいR子やS子は「言っていることとやっていることが違う」と口をとんがらせて詰め寄ってくるに違いない。しかし、大人の世界では本音と建て前というものがあるのだ。さらに私には屁理屈という武器がある。

 陸上競技の楽しみは「苦しさを快感に変える楽しみ」なのだ。君たちにわかりやすく言えば「痛気持ちいい」ということだ。例えば足裏のツボを刺激するマッサージなどは、激痛を伴うが身体のコリがほぐれていく快感が得られる。バンビーニに入ってくるこどもたちの多くは困ったこと、苦しいこと、辛いことなどを味わったことがない。だから、日曜日のひとときの間、苦しい目にあうことは、君たちにとって知らず知らずの内に1週間の楽しみとなっているのだ。バンビーニに来なければ苦しいことは何一つ体験することはないからだ。

 その代り陸上競技は神様からのご褒美がある。野球やサッカーは大会に出場する人数に制限があるので、試合に出られない選手が出る。その点、陸上競技は人数制限がない競技だ。小学生のうちは希望者は誰でもどの種目でも出れるのだ。つまり「いつも君たちはレギュラー」なのだ。また、柔道のように組んだ相手が優勝候補だったら1回戦敗退で早々とお弁当を食べるはめになる。組んで5秒で負ければ1年間の練習は何だったんだろうとの気持ちが起きてもおかしくない。だが、陸上はたとえ最下位であっても「自己ベスト」という基準がある。他人にはわからない自分なりの満足曲線があるのだ。

そういう点で君たちはplay athletics を堪能していると言っていいだろう。

 大会の中止があってもめげてはいけない。一発で強化指定記録をクリアする「本番に強い子」になるための機会を与えられたと思いなさい。また、前述のように「イタキモチイイ」とは足つぼを押されている時に味あう感覚なのだが、押されなければ(厳しい練習をしなければ)快感(ベスト記録)は得られないということを意味する。

 頑張れ!こどもたち!

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127回「ババのいないババ抜き」(2021530日)

先日、運動会の振替で月曜日が休校、終日学童は開放された。春休みのように1日こども達と一緒だった。

学童の流れとして、1日の時はお腹休めと称し昼食後1時間DVDを見る。こども達の中では「トムジェリ」や「ドラえもん」が人気があるが、「シンデレラ」や「千と千尋の神隠し」も人気がある。多数決が原則なのだが主張の強い子もいる。皆は根負けして「千と千尋の神隠し」にするが、お腹休めはきっちり1時間で終わるのでいつも途中までだ。以前も1日開放の時にDVDを見たが、同じ手順で同じように「千と千尋の神隠し」に決まった。よって1時間経つと同じ画面で終わる。1日開放がたまになのでどこで終わったか覚えていないようだし、前に来なかったこどももいるからまた始めからDVDは始まる。私はもう何回も同じ画面(ハクが白龍となって千尋のところに来る場面)で終わるのを経験している。最近ではストレスになっている・・・・続きが見たい。しかし、私がここにいる間はこのDVDは終わりまで進むことはないようだ。

 オセロゲームをすると途中でこどもの形勢が不利になれば不正が起こる。2人でやっていると応援団が周りに集まってくる。途中、小1の男の子をトイレに連れて行って戻ると、白い石が増殖している。私の黒い石が少なくなっているのだ。周りの子に聞くと「いや、あっているんじゃない」「イリ、負けているよ。」「男らしくない言い訳するね」と相手の子に味方する。勘違いか、でもおかしいなと思いながらやっているうちに盛り返した。すると今度は「冷たいお茶下さい」という子が出て、一旦ゲームを止めてその子にお茶を出して戻った。「お待たせ、君の番だったね」と促した。相手の子は自分の石を黒い石として置いた。そして白い石を次々に黒い石にひっくり返していった。流れから、その後の私は白い石を置くことになった。普段の生活で時々健忘症が発症し自分の行動に自信のない私は、その時は言われるまま行ったが、何手か進むうちに気づき「おい、俺黒い石じゃなかった?」皆は「違うよ、イリは白い石だったよ」とニヤニヤ顔で答える。これじゃいつまでたっても勝てない。

 トランプをやると、「神経衰弱」では自分のめくった札をそのままにしておかず、私が札を脳に焼き付ける前にぐちゃぐちゃにする子がいる。私がめくった時はそのままなので、こどもはそろうことがたまにあるが、私は終わるまで「偶然の札めくり」が続き、いつも負ける。

「ババ抜き」の場合は、ババを持っている子はすぐわかる。違う札を引こうとすると強く握って引かせない。ババを中央に高くそびえさせて引かせようとする。他の子はそこまでひどくはないが、ババに触れるとニコッとする。他の札を引こうとすると顔がこわばる。だから答えはわかっているのだが、こども達の期待にも応えなければいけない・・・その結果「イリは弱いね」といつも言われ続けることになる。

M子がババ抜きをしようと友達をつれて私のところに来た。3人でやっていたが、終盤になって気づいた。「ねえ、おかしくない?」3人ともカードを2枚ずつ持っている。「いやおかしくないよ」と配ったM子が言う。じゃあ、最後までやってみようとやってみると全員のカードが2枚ずつ揃った。つまりババがいない。「M子、なんでババを入れないの?」「だって、私、ババ嫌いなんだもん」 

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126回「スプーン一杯の幸せ」(2021523日)

埼玉陸協で強化指定の標準記録が改訂となった。来年ならまだしも今年からなので、現場は混乱している。バンビーニは、HPにも謳っているのだが、強化指定選手になることを最終目的にしている。しかし、現実は中学受験などで5年生後半になると辞めていく子がいたり、大会とか記録にまったく興味を持たない子も入ってくる。経営的にはお客様のご意向に従うが、個人的にはこどもを強くしたいと願っている。

今度の改訂は女子1000mが少しだけ標準記録を下げて貰っており、女子の長距離にとって320秒を切らずに済むことは「スプーン一杯の幸せ」である。しかし、男子にとっては「スコップ一杯の不幸」となっている。

目標にあと少しまできてシーズンを迎えたので、選手ともども「えっ」と言った感じである。ただ、これはいつか来る日が来ただけであって、強化委員会の狙いは理解できる。結論は「対応しなければならない」のだ。

筑波山(877m)登山から赤城山(1828m)登山になったのだから、装備と登山計画を急きょ変更しなければならない。問題は時間だ。今シーズンで新標準タイムを切ることは、選手にとって目標タイムの大幅なアップを迫られることになる。男子1000mであと6秒でクリアと思っていた選手は12秒先まで引き上げられたのだから、選手によってはステップアップではなくステージアップとなった。神様は乗り越えられない試練は与えないと言われているが、自分だけが「スコップ一杯の不幸」を掘り起こしていると感じる子も出てきた。

 だが、晩年になって人生にはこういうことはよくあることに気づく。だからカール・ブッセが「山のあなた」の詩をつくり、多くの人たちがそれに共鳴するのだ。

『山のあなたの 空遠く

幸い住むと 人のいふ

噫われひとと 尋(と)めゆきて

涙さしぐみ かへりきぬ

山のあなたに なほ遠く

幸い住むと 人のいふ』

 口語体で書くと

「幸せってどこにあるの?」

「ずっと遠くの山の向こうよ」

「友だちと行ったよ。でもなんにもなかった」

「あんな高い山まで登れたの?すごいわね」

「だって、“幸せ”があるって言ったから」

「あの山のもっと向こうにあるのね。あなたがもっと大きくなったらきっと見つかるわ」

 目標としていた標準記録は山の向うに行ってしまったが、またそばまで一緒に出掛けよう。そして今度こそ君の「幸せ」を見つけよう。今後も「なほ遠く」に行ってしまうことがあるかもしれない。それでも落ち込むのはやめよう。君たちは「幸せ」があることはわかっている。問題は、いかに幸せのある所までに行く「体力と気力」を鍛えるか、ということに尽きる。

 周りをよく見てごらん。多くの友達は、「幸せ」が何であるかもわからないし、どこをさがせばいいかもわからないのだ。

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125回「言い訳」(2021516日)

55日に新座市で記録会があった。ベスト記録を狙って参加したが、結果はあえなく全員討ち死に。その日は強風が吹き荒れていた。

長距離(1000m)のアップ前のミーティングでは「今日は風が強く(58/s)、記録は狙えない、よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないし120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」とアドバイスした。

しかし、結果は実力者3人に最初から離されラストスパートもかけられないくらいの差となった。レース後のミーティングで「なんで、最初からあんなに離されたの?あれだけ離されたらラストスパートなんか効きやしないじゃないか」と選手に聞いた。

「だって、風が強かったから」「昨日野球の大会があって疲れてたから足が思うように動かなかった」若いころだったら、こども達の発言は言い訳に聞こえたはずだ。

 これはアップ前のアドバスが私の意図と彼らの受け取った意味が違っていたことによるものと思われる。

私は「今日は風が強く(58/s)、記録は狙えない。よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないしは120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」と言ったつもりだが、

こども達は「今日は風が強く(58/s)、記録は狙えない。よって勝癖をつけるためいつもと違って後方待機だ。ラスト200mないしは120mでラストスパートをかけライバルに勝つ」と捉えた。このように私とこども達の間で同じ話でもアクセントの箇所が異なっていた。

 こどもが言い訳をする場合は多々あるが、大きく4つのパターンがあると思う。

一つは、自分が悪い割合を軽くしようという狙いがある。「悪いことはしたけれど、それは “誰か” あるいは “何か” のせいでもある。自分だけが悪いのではない」という人間の本能的な心理が働く。いわゆる自己防衛だ。

二つ目は、日ごろから周囲の大人に「いい子」と褒められている子どもは、「いい子でなければ、親や先生に認められない」といった不安を抱えている。そのため、叱られたり注意されたりする状況に直面すると、とっさに人のせいにしてしまう。

三つ目は、自分の可能性を残しておきたいからだ。

状況を限定的にすることで『本当はできる』という可能性を残しておきたいという意味がある。

たとえば、「時間がなかったからできなかった」は「時間があればできたのに」という可能性を、「風が吹いていたから」は「風がなければ記録は出たのに」という意味を含ませている。

コーチや親にがっかりされないように、自分への期待を持ち続けてもらえるように、子どもなりに考えた答えなのだ。

 四つ目は聞かれたから答えたという単純な理由だ。

コーチや親が発する「なんで○○なの!」という言葉は、彼らにとっていわゆる “質問”なのだ。「なんで」と聞かれているから、「だって(その理由は)……」と答える。子どもは単純に理由を述べているに過ぎないのだ。問題は、それを大人が言い訳と捉えているパターンが非常に多いということだ。そうなのだ。55日もレース後こども達は目を伏せ反省していたのだ。それを私が「なぜ」と聞いたから答えただけなのだ。

 さて、みなさん、ここでお気づきでしょうか。この文章そのものが私の「言い訳」であることを。

 

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124回「いいわね、最近の若い子は」(202159日)

「ねえ、最近の若い子は元気があっていいわね」「そうよ、私たちもあの子らに負けないようにしないとね」「若い子って、元気があるけど落ち着きがないのよね。私たちがあの子らと同じ頃あんなのだったのかな、いやね。」「でも半年もするとしっかりするものよ」「そうだね」

これはおばさんの会話ではない、小学2年生の女子の会話である。そばで聞いていた私は思わず顔を見てしまった。T子とU子はあまり騒ぐこどもではない。学年が上の子に言われれば反論せず従ってきた。その子らが今年入ってきた1年生の騒々しさに思わず発した言葉である。

 1年生のK男はすぐ学童の「言ったもん勝ち」という雰囲気を会得したようで、うるさいなと感じ始めマネージャーが注意する動きを見せると、真っ先に「静かにするよ!」と大声で発言。入学して1ヶ月、すでに先輩たちがマネージャーからほめられるのを見て真似している。ただ、個人的にはこの発言をほめることはあまり賛成できない。まず、自分がうるさくても「静かにするよ」と言えば形勢が逆転し、何かいつも自分は静かで義憤に駆られて発言したように感じるが現実は異なる。「○○、静かにして」と言えば○○が悪い子、自分は良い子になってしまう。SNSで発言者は匿名だが言われた方がフェイクニュースの被害者になるのと同じように思える。

 「M子、315分になったから宿題やめて、手を洗っておやつの準備をするよ」と1年生のK男が4年生の女子に言ったものだから、さあ大変。「そんなことわかっているわよ。私は3年間ここに通っているのよ。昨日今日入ったあんたに言われたくないわよ!」「でもルールだから」「わかっていると言っているでしょう!!」一番うるさい世話好きのM子を怒らしたので、こちらはヒヤヒヤだ。大人の世界ならM子に遠慮し誰もK男に声をかける者がいなくなる。でもK男はめげない。翌日もその次の日もバトルを続けていた。結局M子が根負けした。いっさいK男に反論しなくなった。

 K男は問題児だが悪い子ではない。最年長の男子にも遠慮がない。また屈託もないので自分がケンカをふっかけているということがわからず、最年長男子とのバトルから5分もしない内に一緒に遊ぼうとする。意地でも遊ばないと思ったA男もM子と同じように根負けした。K男はダンプに突っ込んでいく自転車のようなものだが、おじいさんの運転のようにチリンチリンとうるさいほどベルを鳴らせばダンプも避けるようだ。

 このようなこどもなので我々もK男に注意が行きがちだ。今年2年生のY男が1年の時2年のS男にいじめられたが、その際我々は全面的にY男を守った。母1人子1人で他にも事情があったので守らざるを得なかった。S男も1年生の時は超情緒不安定であったので皆から守ったのだが、Y男が入って来て以来S男に手が回らなかったせいで辞めてしまった。かわいそうなことをした。

 今年はY男に手が回らないだろう。Y男もきっと覚悟しているのだろうか、あれほどからみついてきたのに今は読書している。K男が早帰りでいなくなると本を急いでしまい私のところに駆け寄ってくる。「イリ、遊ぼう!」この時だけおじいちゃんと孫の関係になる。

 

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123回「幸福の黄色いTシャツ」(202152日)

バンビーニ陸上クラブを作った時、こどもたちはわずか3人だった。こども達が着る黄色いTシャツが競技場を跳ねまわっているのをいつの日か見たいね、と妻と話をしたことがあった。

 小1から出場できる大会は少ないが、越谷市陸協は小学生の育成に積極的だ。51日の大会が開催されることになってこどもたちと喜んだ。大会は冬の厳しい練習でどれだけ伸びたか結果が出るところだ。その結果はすべて私の責任だ。だから、私の臆病で弱虫の性格が競技場に入ることを躊躇させた。これまで一緒に練習してきたこども達への思いを考えると結果を見るのが怖い。人生では私の予想や期待は裏切られることが多かった。だから、結果を見るのに直前まで目をつぶり恐る恐る片目を開けそして薄目で見て、もう一つの目を開けずに帰ることが多かった。織田信長なら目をカッと見開いて戦を見るだろう、秀吉なら皆に声をあげさせニコニコして見るだろうし、家康ならどっしり構えて選手に圧力をかけることだろう。

その点、家内の方が度胸がある、ためらう私を競技場に押し入れた。「大会を見ないで今後こどもたちを指導できるの?」そこには先ほどまで一緒にアップをしていたこどもたちがいた。目立つ黄色いTシャツは善きにしろ悪しきにしろすぐわかる。D男がボールのように跳ねていた。練習では何度も怒られていたK子も、顔がすぐ上がるT男もベストだった。練習と大会では別人のようだ。こどもたちはやる時はやるんだ、彼らを信じてよかったと思う。練習の方法は間違っていなかったようだ。今日1日怒らなかった、いや怒れなかった。

 黄色いTシャツの躍動を目の当たりに見た私は、帰りの車の中、住宅地と畑の間にあった農家の鯉のぼりが目に入った。その瞬間、以前見た「幸福の黄色いハンカチ」のラストシーンがフラッシュバックした。

 高倉健扮する勇作はある日ケンカで人を殺めてしまう。刑務所で妻光枝に離婚を提案していた勇作は刑期を終え、「まだ一人暮らしで、俺を待っていてくれるのなら、鯉のぼりの竿に黄色いハンカチを吊るしてほしい、もし何も無かったら黙ってその場を去る」と書いた手紙を送ったことを旅の途中で知り合った鉄也と朱美に話す。それを聞いた2人は夕張に同行することにした。夕張に近づいて来ると、勇作が動揺し「やっぱり引き返そう」「どう考えたってあいつが一人でいるはずがない」「誰かと一緒になっているよ」と臆病になる勇作は、引き返すことを要求し一度はそうするが、朱美の「万一ということがあるでしょ、万一待っていたらどうするの?」という説得に応えて翻意し、再び夕張に向かう。

車が夕張の町に入ると、勇作が「自分では、ハンカチを確かめる勇気がない」と告げる。欽也と朱美が車から出て家を探すがなかなか家が見つからない。不安になっていると、欽也が声をあげた。欽也の指差す先にたくさんの黄色いハンカチが風にたなびいていた。力強く勇作の背中を押し出す二人。妻光枝との再会に、言葉は要らなかった。二人は見つめ合い、そして仲良く家の中に消えて行った。

 頭の中で鯉のぼりと黄色いTシャツが重なり合い「幸福の黄色いハンカチ」として思い起こされたのだ。黄色いTシャツを着たこどもたちが記録を出すことを信じ、練習してきてよかったと思う。人間ホッとしたらうれしくなるものだ。

 ラストシーンの勇作の気持ちとシンクロされる時が来ようとは、映画を見た時には夢にも思わなかった。

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122回「すけべ」(2021425日)

言葉はスチュエーションが変わると意味の取り方が大きく変わる。「馬鹿」という言葉も相手に「バカ」ととらえられれば、軽く怒った場合、注意した時などのワードとして有効である。「馬鹿野郎!」ではケンカになるが「ば~か♪」とか「おばかさん」では恋人同士の会話になる。また、地域によっては同じ言葉でも捉え方が違う。関西では「馬鹿」が、関東では「アホ」が地元の人間には侮辱的ワードとしてとらえられる。

関東では時間によって「おはよう」なのか「こんにちは」なのか、「こんにちは」なのか「こんばんは」なのか悩むが、関西では非常な便利な言葉がある。「まいど」というワードである。いついかなる時でも使用可、タイガーバームのような万能薬だ。一度会って時間がそれほど経ってない間に再び逢った時などはどんな声をかけたらいいか迷う時があるが、関西では何回逢っても「まいど」で済む。関東では「ごめんなさい」は深刻な意味がついてまわるが、「すんまへん」は自分としてはなにも間違ったことはしていなが、気まずいよりはいいかということで「すんまへん」である。関東人の「すんまへん」は関西の人は気を付けた方がいい。

学童の自由時間の時、R男と遊ぶ約束をしていた。この男の子は心の底から笑う。腹の筋肉が震えているし、時には目から涙が出ている。演技であんな笑いが出来るとは思えない。笑うきっかけの多くは私が失敗した時だ。大人はミスをしないと思っているらしく、お手玉やけん玉で失敗すればゲラゲラだ。なぞなぞで私が答えられないものなら、人類史上最低の人間と思うらしく、笑い声が震えている。

 この日はR男が野球盤をしようと言ってきた。準備にもたもたしていたので、小1の女の子と先に神経衰弱をやることにした。R男の準備が整った。「イリ、やろうよ」「ダメ、まだ途中だから」冷たくあしらった。彼は私と女の子の周りをゆっくりとまわり始め、催促しているようだった。しかし、かまわず女の子と興じていたら、しびれを切らしたのか、私に近づくなり耳元で小さな声で「す・け・べ」と言ってきた。彼が私のそばに来るのは催促であることはわかっていたが、まさか「すけべ」と言われるとは。3月までは1年生だったのに。

昔なら教師に「すけべ」などと言ったらその場で殴られていた。先生たちの野球大会で担任が大きな当たりを打った。「○○先生、いいぞ!給料もボールと同じようにどんどん上がるぞ。・・・・ああ、下がっちゃた」とセンターフライになった時にヤジをとばしたら、1時間後職員室に呼ばれて殴られた。

 しかし、その言葉は長らく言われていなかったせいか、私には新鮮に聞こえた。野球盤は1人ではできないので私がいないと遊べない。イライラしていたのはわかる。それをあの言葉一言で、抗議し催促してきたのだ。タイミングといい音量といい、声質といいドンピシャで、私の心に響いた。苦笑いするしかなかった。言葉はやはり言霊(ことだま)だ。どんな言葉にも精霊は宿る。すぐに神経衰弱を終わらし、彼と野球盤をしたことは言うまでもない。

ああ、また聞きたいなぁ、何か幸せな気分になるあのまろやかな言葉・・・「すけべ」

 

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121回「こどもの目線」(2021418日)

こどもとつきあう時には、大人とこどもの観点は異なることを肝に命じなければならない。大人では常識であってもこどもの世界では通じないことがある。また、大人ならうまくあしらえることもこどもの時はどうしていいかわからないことがある。

 学童のY男は思ったことを口に出すので女の子に嫌われている。鼻血を出した女の子に「なんで、なんで鼻血が出たの?教えて」としつこく、女の子が答えに窮していると「T子ちゃんね、鼻くそほじくって鼻血が出たんだって」と皆に聞こえるように言い、女の子は恥ずかしそうにしていた。「好きなんだろうがちょっかい出し過ぎだ。もう少し工夫できないか。今は対等であっても、顔立ちのいいT子には10年後口もきいてもらえないよ。大人の私が言うのだから間違いない。『恋に焦がれて泣く蝉よりも泣かぬ蛍が身を焦がす』という都々逸の意味が10年後わかる」と、ふと思った。

 バンビーニに入ってくる子のなかには不思議だが全力走が出来ない子がいる。練習量が多いので力の配分を考えているのかなと思っていたが、タイムを計っても全力疾走しない。いや、全力疾走できないのだ。大人にとっての常識が通じない一つの例だ。全力疾走させるのに1年半かかった。「犬に追っかけさせれば全力疾走させるのは簡単なのですが・・・」と保護者に話をしたことがある。長距離になればさらに該当者は増える。低学年は体力温存の防御システムが働く。賢い子は疲れた顔もつくることができる。この防護システムは強靭だ。だから、我々コーチはこの防御システムの破壊に日々余念がない。

 100mのタイムトライアルをしているとどうも人のコースに入ってくる子がいる。スターターを保護者にお願いしてゴールでタイムを計っているとおかしなことにゴールすると1レーンに2人いる場合がある。直線コースで何で2人になるんだと怒る。他人のレーンに入った子を叱ったのだが「僕は間違っていない。J君が僕の前に入ってきた」と主張する。2度目も同じように走ったので、検証をしてみた。

 驚いたことにH男の走りは決して間違いではなかった。我々大人がこのコースだと「破線が入った直線」と簡単に考え、かつ直線は疑いもない景観として見える。バンビーニではスタートして20mは下を向いて走れといってあるので、彼は忠実に実行していた。だがH男には実線しか見えないのだ。だから「なぜ僕が悪い」といわれて納得した。「指導方法が悪い」のだ。

 コーチはこどもの目線に立たないといけない。小さい子に対して上から物を言うことはそもそも目線が違う話なのだ。景観が違うのだから理解も異なる。我々コーチはひざまずきこどもの目線で説明しなければならない。そうでなければこどもにものを教えることはできない。

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120回「ねずみの恩返し」(2021411日)

学童では新1年生が入ってきた。しかも18人なので、この学童の主流派を占めた(40%)。学童は41日から学校内の施設に移転し、廊下から入れないようにして運営されるようになった。思い起こせば、ここに移転できたのはあいつのおかげだ。

 昨年の秋、学童に小ネズミが出た。大きな広間と小さな広間の2つしかない施設だ。食べ物と言えばおやつのお菓子しかないが、これまでネズミの被害が出たことはなかったし、フンも見たことがなかった。あるお母さんがお迎えに来た際にチョロチョロと出てきた。こども達が悲鳴を上げる中、小ネズミは行っちゃ止まり、行っちゃ止まりで、ぜんまいネズミのような動きで逃げた。

こども達と女先生たちの目線はすべて私に集まり、「あんたが何とかしなさいよ」との空気が漂った。「そうだよな、ここは俺しかいないんだよな・・・」仕方ないので棒で叩くか虫取り網で獲るかの選択だったが、棒だと血が出るといけないので、虫取り網に決めたが、夏も過ぎ押入れの奥の方にしまってあり時間がかかりそうだったので、ビニール袋で生捕ることにした。しかし、実際はビニール袋では動いているネズミを捕まえるのは無理で、外に逃げれば、それはそれでいいわけができたのに、あろうことか台所に逃げた。ところが今日に限って切れ端を集めた大きな袋が2個置いてあり、行き止まりになっていた。小ネズミのせいか2つの袋の間に頭を突っ込み動かなくなった。そこで持っていた袋をかぶせ生け捕りにしたが、噛まれると感染症にかかると思い慎重に行った。親父はかつてネズミは尻尾を持つと観念して動かなくなると言っていたが、嫌な予感がして尻尾を持つのは避けた。後日親父に尻尾を持ったら動かなくなる動物は何だっけと話を向けたら、「蛇」は尻尾を持つと観念して動かなくなると言い出した。ネズミの尻尾を持たなくてよかった。

 袋の中でもがいていたが、念のためもう一枚袋をかぶして二重にした。生ごみの日が翌日だったので、そのままゴミ収集場に持っていこうとしたら、こども達から拍手と「入山先生ありがとう」「ネズミを捕ってくれてありがとう」とのシュープレヒコール。女先生たちには「男手はやはり必要だね。うちの用心棒だね」とおだてられた。人生で唯一ヒーローになった瞬間であった。

 ネズミは小ネズミであったので殺すに忍び難く、ビニール袋を二重にしただけでゴミ収集場に置いた。「袋を噛み切ることは容易だ。噛み切ったらどこかに逃げろ。明日の9時までに噛み切れば逃げられる。逃げられなければゴミ収集車に入れられ殺されてしまう。しかも、早く脱出しないと袋を二重にしているので、空気もなくなる。後はお前の運次第、いや努力次第だ」と言い残して学童に戻った。

 その後ネズミの出る施設ではマズイと理事長が施設の移転を考え始め、内部では移転が決まった。学校の近くにいい物件があったようだ。そんな時に学校から教室を貸すから来ないかとの話が起こった。学童を希望する家庭が多くなったので管理上学校内のがいいと校長が判断したようだ。教育委員会もゴーサインを出し、入札の結果、うちの学童に決まった。

あいつはどこかで生きている。これがきっと「ねずみの恩返し」なのだ。小ネズミが出なければ移転を考えなかったし、入札の際、新施設のアピールもなく、決め手不足となり、他の大手学童クラブに仕事を取られたかもしれない。

おかげで「チョロチョロこども」を相手に、学校内の綺麗な施設で私は今勤務している。

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119回「お地蔵さまがしゃべった」(202144日)

 

むかし、むかし、ひと里離れた山の奥におじいさんとおばあさんが住んでいました。

おじいさんは毎日お地蔵さまにお水をやり、家内安全、村のこども達の無事をお願いしていました。でも、お地蔵さまは一言もお話になりません。

寒い日も暑い日も毎日通っていました。田んぼの世話がない時はイグサで編んだ笠を売って生活していました。

年も迫った大晦日、おじいさんは雪の中を笠を売りに町に出かけますが、ひとつも売れませんでした。おじいさんは吹雪になりそうな気配がしたので、笠を売ることをあきらめ家に帰ることにしました。

吹雪の中の帰り道、お地蔵様は真っ白に雪をかぶって、なんとも寒そうです。

「これはこれは、お地蔵様。こんなに雪をかぶってさぞ寒いでしょう。この笠をかぶってください。」

そういって、おじいさんは、売るはずだった笠をお地蔵様の頭にかけてあげました。

ところが6体ある最後のお地蔵様の分がひとつ足りませんでした。そこでおじいさんは自分のかぶっていた手ぬぐいをかぶせてあげました。

おじいさんはおばあさんにこの話をすると、おばあさんはとても喜び、

「おじいさん、いいことをしたね。」

その晩のこと、ズシン、ズシンという音が遠くから聞こえてきました。

おじいさんとおばあさんはそっと外をのぞいてみました。

すると、雪の中を、笠をかぶったお地蔵様が重そうな荷物を引っぱりながら歩いてきます。

一番後ろのお地蔵様はおじいさんの手ぬぐいをかぶっていました。

「親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。親切なおじいさんの家はどこかいな。笠をかけてくれてありがたい。」お地蔵さまがしゃべりました。6体のお地蔵さまが一緒になってしゃべりました。その騒がしい事、まるでこどもたちの遠足のようです。

声はだんだんと大きくなって、おじいさんの家の前まで来ると、田舎の子が初めて東京スカイツリーを見たように「ここじゃ、ここじゃ」と歓声を上げ、お地蔵様は大きな荷物をおき、また雪の中へ帰っていきました。

おじいさんとおばあさんは、お地蔵さまがいなくなると家の戸をあけてみました。そこには、米俵が六つ置いてありました。

こうして、二人は楽しいお正月をむかえることができました。

 329日から42日まで通い合宿をした。お弁当を一緒に食べた。いつもは練習内容を説明してもまるでお地蔵さまに話しかけているようで、一言もしゃべらない子が多い。本人から電話がかかって来ても誰だかわからない子が少なくとも6人はいる。声の印象がないのだ。ある子はいつもお父さんの後ろに隠れてしまうので、お父さんと話をするだけ。もちろん、練習はきちんとこなすので成長はしているのだが、私は嫌われている、練習の内容からして、さもありなんと思っていた。

それがこの合宿で何がきっかけなのかわからないが、ついに食いついてきた。サンジャゴが釣り上げたカジキより強い引きだった。1人食いついたことによって他の女の子も輪をかけて食いついた。まあ、そのうるさいことうるさいこと。私の家は男の子だけで女の子はいなかったが、きっと女の子だけの家庭はさぞ騒々しいだろうと思う。

でも、おしゃべりは周りを明るくし夢と希望をもてるような雰囲気となる。喋らないと本来と異なる性格像が私の中に形成されてしまう。それは避けたい。

バンビーニのお地蔵さまへ

 「米俵はいらないが、賞状とメダルをたくさん見せてほしい。そして、その感想をピーチクパーチクかしましいほどに聞かせてほしい」合掌

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118回「老人と海」(2021328日)

「老人と海」と書くと誰もがヘミングウエーの「老人と海(うみ)」を思い浮かべるであろう。

あらすじはこうだ。

キューバに住む老人サンチャゴは、漁師である。助手の少年と小さな帆かけ舟でメキシコ湾の沖に出て、一本釣りで大型魚を獲って暮らしを立てている。あるとき数ヶ月にわたり一匹も釣れない不漁が続き、両親から見切られ、少年は別の船に乗ることを命じられる。

ある日、助手なしの一人で沖に出た老人の針に、巨大なカジキが食いついた。

老人は魚のかかった糸を素手で操り、獲物が弱るのを忍耐強く待ちながら、昔船員だった若い頃にアフリカの岸辺で見たライオンの群れのこと、力自慢の黒人と演じた一晩がかりの腕相撲勝負のことなど、過ぎた昔のことをとりとめもなく思い出す。

3日にわたる孤独な死闘ののち、老人はカジキを仕留めるが、獲物が大きすぎて舟に引き上げられず、横に縛りつけて港へ戻ることにした。しかし、傷ついた魚から流れる血の臭いにつられ、老人の舟はアオザメの群れに追跡される。

舟に結びつけたカジキを執拗に襲い、肉を食いちぎるサメの群れと、老人は必死に闘う。しかし鮫がカジキに食いつき、老人が鮫を突き殺すたび、新しく流れだす血がより多くの鮫を惹きつけ、カジキの体は次第に喰いちぎられていく。望みのない戦いを繰り返しながら老人は考える。人間は殺されることはある、しかし、敗北するようにはできていないのだと。

ようやく漁港にたどりついたとき、仕留めたカジキは鮫に食い尽くされ、巨大な骸骨になっていた。港に帰ってきた老人の舟と横のカジキの残骸を見た助手の少年が、老人の粗末な小屋にやってきた時、老人は古新聞を敷いたベッドで眠っていた。老人はライオンの夢を見ていた。

 サンチャゴがカジキと出会ったのは、数か月も魚が獲れないという「漁師としての名誉」をとりもどすチャンスだった。しかし、捕まえたカジキは港に戻る途中、鮫に食べられてしまった。それは人生の残酷さを象徴しているかのようだった。少年は彼から教えてもらった技術や経験を活かして、漁師として成長している。老人はすべてを失ってしまったが、少年に技術と希望を伝えることはできた。下の世代に価値あることを伝えられたことで、老人の人生は報われたのかもしれない。

 バンビーニ陸上クラブには優秀な選手がいる。少なくともその能力を持った子はたくさんいる。この子らの真摯な態度、向上心に出逢い、自分の生きているうちに彼らを強くしたいと思うようになった。例えば、5年生の男の子で「得田 海(かい)」と言う子がいる。長距離は苦手だが短距離では綺麗なフォームで走る。体格もしっかりしている。この子が6年になった時うちのエースになれるかもしれないと考えるとワクワクする。女子にも「海詩」という児童(初めての子は「うた」と読めず、必ず「かいし?」というので、あだなは「海(かい)」となっている)が練習をしている。跳びぬけた力を持つ同級生や埼玉県1位の先輩らにもまれるとさらに飛躍できる。

 このようなこどもたちに囲まれている自分は、彼らが記録を更新するたびに「ライオンの夢」を見るだろう。だから、2人が「やった!」と言う結果を出した時、その委細を書く小欄の表題は「老人と海(かい)」と決めている。

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117回「ちびっこギャング」(2021321日)

学童で決闘ごっこという遊びがある。ファイテイングポーズをとって好きなように戦っていい。Dという男の子が盛んに私を煽ってくる。「よし、やろう」と立ち上がるが、彼の目線がどうも低い。背の低い小2だから仕方ないと思っていたが、彼は最初から私の股間を狙っている。低い上に低い箇所を狙ってくるから防御がしづらい。また、江戸時代の敵討ちではないが、助太刀が多く現れ、彼らは背後からお尻の穴を狙ってくる。浣腸と称してやるのは私のこどものころからの遊びだから慣れている。しかし、こどもの指は細いためジーパンの時は問題ないが、ジャージの時は危ない。生地が軟らかいのでまさにヒットすれば大変なことになる。こどもはそんなこと何も考えないから「危険な遊び」となる。こどもの遊びは流行があるので、早くすたれてほしいと祈っている。

オニゴとは鬼ごっこの略である。しかし、この遊びも危険で、遊び時間中ずっと私が鬼になる可能性が高い。

皆で足を出して「リングリング、月火水木金土日曜日(に、ち、よ、う、び)」とリーダーの指先が日「び」で止まった人から抜けるわけだが、私の3つ手前から速度が遅くなったり早くなったり、調整して私にならないようにしている。「おい、いま俺の前で足踏みしただろう。ずるい」と怒るが「いや、してないよ」ととぼけ「ねえ皆、してないようね」と他のこどもに同意を求めると、全員「してないよ」と答える。結局私が鬼になる。

鬼になって捕まえようとすると、H男は「いま休憩しようと思ってたのよ」と水筒の水を飲む。学童では水分を取ることを第一に指導しているが、3度同じ手を使ったので、「わかった、じゃ俺のいる前で飲んでみろ。見てるから」もう無理やり飲んでいるのがわかる。口元から水がじゃあじゃあこぼれている。

ずる賢いY子は捕まる瞬間「バリアー」と言う。バリアーというとバーチャル防御壁が完成し捕まえることができない。理屈っぽいT男は「ちょっと待ってよ。あのね、僕はね・・・」と延々わけのわからない鬼ごっこの持論を語り始め面倒くさいのでパス。S男は気があっちこっち散るので「僕、オニゴやめたよ。ドッヂボールにいくよ」といってドッヂに行きしばらくしてまた戻る。M男は捕まりそうになると「ねえ、なんで僕ばっかり狙うの。そんなのずるい」といって切れる。こいつも面倒くさいのでパスすると、10秒もしないうちにお尻ぺんぺんして煽ってくる。

鬼返しなしだよといってある。捕まった子はすぐ直前の鬼(ほとんど私)をタッチしてはいけない。ところが捕まると瞬時に新手の仲間が現れ、わざとタッチされに行く。そしてすぐさま私を捕まえる。これは鬼返しにならないと彼らは主張する。

こうして公園や学校での鬼ごっこがほぼ最初から最後まで私の鬼で終わる。息が切れるし、アキレス腱を切らないよう気を遣い、こどもがぶつからないよう速度を加減するなどなど、肉体的にも精神的も辛い遊びとなる。

両方ともこども達のやりたい放題。まるで禁酒法時代のアメリカのギャングと同じだ。何度怒られても、しつこくつきまとう彼らを「ちびっこギャング」と私は呼んでいる。

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116回「子泣き爺」(2021315日)

高校生の頃から女性に「あんたは重いのよ」と言われた。メールなどない時代だったからよく手紙を書いた。投函すると数日後は家のポストが気になる。返信が来ればさらにまた書く。段々枚数が多くなり便箋が1回10枚以上になった。尽くしたがりで彼女を迎えに行ってあげたり喜ばせるための労力を惜しまなかった。何を言われても「だって好きなんだもん」これが男女関係の機微を知らない私の主張だった。だからつきあってしばらくすると「あんたは段々重くなっていくんだよ」と言われた。だんだん重くなるなんて、俺は『子泣き爺』か。

友達が入院した時、皆で病院に見舞いに行った。その時私は彼に「頑張れ」と言った。病院を出てから「病人に頑張れは言ってはいけない言葉だ。彼は十分頑張っているのだから」とお見舞い行った全員に非難された。「でも、頑張れとしか言いようがない」相手を本気で想ってのことなのだから、気持ちを込めて「頑張れ」と応援の言葉をかけても良いのではないかと心の中で叫んだ。でも、その場の険悪な雰囲気を収めるためには「ごめんなさい」と言わざるを得なかった。

だが、今でも「頑張れ」という言葉以外は浮かばない。私も私なりに頑張って生きているのだから「お前も頑張れ。そして生きろ。生きていれば何とかなる。家族も俺もお前の墓ではなく直接お前と話をしたいのだ。今頑張っているのだろうが、もっと頑張れ。どんな困難にも打ち勝てる気構えを持て。365日弱気なことを考えても何も起こらない。1日でも前向きに考えることが大事だ」と。

バンビーニでも才能のある児童にはその種を開花させるため水をかけ肥料をあげている。お世話しているうちに喜怒哀楽の感情は出る。自信のない子には褒め、自惚れた子はけなす。自分の気を注入したせいかそれなりに力はついてきたと思っていた。ところがある時中学進学を機に他の大手クラブに移動したいと数人の保護者が言ってきた。中学校3年間の計画が出来た日だったのでその衝撃は大きかった。家をやっとの思いで建てた日に離婚してくれと言われたようなものだ。しかし、よく考えてみれば大手クラブは事務能力も礼儀作法も徹底している。冷静沈着のコーチが一声号令をかければその通りこどもは行動する。1人怒鳴り散らしているのと比べ、保護者が安心できるクラブだろうと思う。それに改めて気づいたせいか、自信は崩れ落ち、その日は夜中の2時くらいまで飲んでいた。落ち込んだ時のお酒は決して自分を酔わしてくれない。

翌日二日酔いの中、意を決して家内に報告したら、「頑張れ」と言われた。「こんな時に何てことを・・・」でもきっと彼女はこう言いたかったのだろう。「私も私なりに頑張っている。あんたも頑張れ。そして気持ちを切り替えろ。切り替えれば何とかなる。私もこどもたちも弱虫なあなたでなくノー天気なあなたと夢を語り合いたいのだ。これまで頑張ってきたのだろうが、もっと頑張れ。どんな困難にも打ち勝てる気構えを持て。365日弱気なことを考えても何も起こらない。1日でも前向きに考えることが大事だ」と。

人間はあることが吹っ切れると強くなるようだ。正しいと思った練習をすれば強い子は育つ。以前は辞めはしないかと保護者の顔色を伺っていたようなフシがあった。今では埼玉県でトップクラスの子が育ってきた。そんな中、本日2人が中学校を卒業する。「小6と中3は12月にバンビーニを卒業」と規約に書いたのは、来るか来ないかわからない不安をこちらから断ち切るためだった。それにもかかわらず、2人の中学生は昨日まで休まず練習に参加してくれた。信じて貰えたのだと心底うれしい。可愛い孫のようでオリンピックに出るまで応援したい。しかし、「だからコーチは重いんだよ」と言われないよう、彼らが心地よく感じる絶妙な距離感を保たなければならない。人との関係は所詮難しい。

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115回「ホワイトデー」(202138日)

学童ではホワイトデーが近くなり騒々しくなってきた。

D男は

「イリ、僕ね、今度K子ちゃんに『仕返し』しようと思うんだ」

「おいおい物騒だな。何されたんだ」

「うふ、バレンタインでチョコレートもらったんだ」

「ん?・・・それなら『仕返し』じゃなくって『お返し』というんじゃないかな」

Y男は

「ホワイトデーで僕K子ちゃんに『ゴジラ』をあげるんだ」

「ん?何で?・・・そういうことか、それは『GODIVA』だね」

R男は

「僕ね、ゲーム買ってしまってお金持ってないから、K子ちゃんの『ボディーソープ』になるんだ」

「ん?・・・それを言うなら『ボディーガード』だね。ボディーソープだと風呂屋の三助(お客さんの背中を流す人)になっちゃうよ」

こどもは聞きかじりが絶えず、真顔で言うので思わず笑ってしまう。つい漫才のミルクボーイを思い浮かべてしまう。

 

 彼らがホワイトデーについて漫才をするときっとこうなる。

ボケ「うちのオカンがね 記念日の名前をちょっと忘れたらしくてね。でまあ色々聞くんやけどな 全然分からへんねんな」

ツッコミ「分からへんの? いや ほな俺がね オカンが思っている記念日を ちょっと一緒に考えてあげるから どんな特徴ゆうてたかってのを教えてみてよ」

ボケ「女の子にもらったチョコレートのお礼の日らしい。昔はマシュマロだったと言うねんな」

ツッコミ「おー ホワイトデーやないかい その特徴はもう完全にホワイトデーやがな」

ボケ「ホワイトデーなぁ」

ツッコミ「すぐ分かったやん こんなんもー」

ボケ「でもこれちょっと分からへんのやな」

ツッコミ「何が分からへんのよー」

ボケ「いや俺もホワイトデーと思うてんけどな」

ツッコミ「いやそうやろ?」

ボケ「オカンが言うには、それは不二家の宣伝から始まった日だったと言うねんな」

ツッコミ「ほなホワイトデーちゃうがなこれ 不二家の宣伝はペコちゃんポコちゃん、ポパイだもんな」

ボケ「そやねん」

ツッコミ「ほなもう一度詳しく教えてくれる?」

ボケ「バレンタインはじれったい男の子に女の子が催促する日だと言うねん。その日はそれに気づいた男の子が決意表明する日で、お返しであげるものは最近はチョコレートやアクセサリーなど何でもいいらしいねん」

ツッコミ「ホワイトデーやないかい チョコレートメーカーがバレンタインンとホワイトデーの2回稼ごうと言う魂胆や。俺の目は騙されへんよ 俺騙したら大したもんや」

ボケ「オカンが言うにはお葬式は招待状なしでも出れるが、その日は結婚式と同じで招待状がないと出れないものらしい。」

ツッコミ「ほなホワイトデーちゃうやないかい ホワイトデーに招待状は要らない・・・待てよ、女の子はどんな男の子にもあげあられるが、ホワイトデーはバレンタインでチョコレートをもらった男の子だけがあげられるという意味なんかな」

ボケ「分からへんねん」

ツッコミ「ホンマに分からへんがなこれ どうなってんねんもう」

ボケ「んでオトンが言うにはな」

ツッコミ「オトン?」

ボケ「ホワイトクリスマスとちゃうか?って言うねん」

 ツッコミ「いや絶対ちゃうやろ もうええわー」

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114回「走って走ってランランラン」(202131日)

表題だけ見ると何か楽しそうだが、「走って走ってRun Run Run」と文字を置き換えるととたんにこどもは嫌な顔をする。3月となり、12月~2月までの「走って走ってRun Run Run」の期間が終わり、スピード練習と持久力トレーニングとの汽水域の期間に入る。天気にも恵まれ今年の冬はよく走った。

当クラブは長距離は言うまでもなく短距離も走り込む。ドリルという練習は他のクラブに比べて少ない。多くのこどもは1週間に1回の練習なので指導の時間は限られているから、自ずと冬は「走り込み」中心の練習となる。走り慣れすることに軸足を置くが、ここが小学生トレーニングの問題点があり、走り過ぎ、過酷と言われる。しかし、ケニアやエチオピアのこども達が毎日10km以上離れた学校に走って通っているのに、1週間に1度の練習で10kmも走らなければ国際大会では勝てない。走り込みは陸上選手にとっての「走る場数」だ。

最近のこどもは取っ組み合いのケンカはしない。せいぜい小突く程度だ。これまでの経験から言えば、ケンカ慣れしている者の方がケンカは強い。ヤクザが強いのはケンカの場数を踏んでいるからである。普通の人は他人を殴らずに一生を終える。もしケンカすることがあっても殴るタイミングがわからない。ヤクザは自分より大きい柔道部やレスリング部の大学生にも立ち向かう。ヤクザにはルールがないから、急所蹴り、頭突き、こん棒での一撃など勝つために手段は選ばない。学生は競技ルールの下では強いが、ケンカの場数には負ける。

釣り師も場数を踏んでいる。同じ船に乗ってもなぜかビギナーズラックは少ない。必ずベテランから釣れる。しゃくりのコツなのか、タナ取りの妙味なのか、ベテランは経験でわかっているようだ。夏の三浦半島でタイを釣る場合は素人は「エビ」を用意するが、ベテランは「スイカ」を餌にする。夏の三浦海岸では海水浴客が食べ残したスイカが海に浮かんでいる。タイはこの時期このスイカを食するからだ。知識も豊富だ。

銀座のクラブのママはほとんどのお客の名前を憶えている。私は1度しか行ってないのにしかもお金は上司が払ったのに、2年ぶりに行っても「あら?お久しぶり、入山さん」と会社のボトルが出てくる。ママに秘訣を聞いたら「ヒ・ミ・ツ」だそうだ。これも場数を踏んだ結果だと思う。

場数を踏むことは何かを究める際の必要十分条件だ。1000mの強化指定タイムを切るためには1000mを何回も走らなければならない。100回で壊れる壁があっても、人は100回で壊れることを知らないから、99回叩いて諦める場合が多い。だからバンビーニでは「諦めきれない」ほどの練習をする。そのための「走って走ってRun Run Run」なのだ。時間は限られている。バンビーニでは「Time is money」は「タイム イズ もう、ねえ~」と読み替える。

 20kmラストスパート全員.jpg場数.jpg

 

 

113回「学校群」(2021223日)

226日埼玉で公立高校の受験がある。

半世紀前になるが、中3年になってすぐ受験の相談会に母親と一緒に出席した。東京では日比谷高校が一番であった時代だ。中学校の担任は「入山君の成績ではB高校ですかね」と母親に告げ、母親は反論もせず「先生のいうことに従います」

翌日職員室に呼ばれ「昨日はお母さんにB高校と言ったが、お前の英語の成績ではB高校もおぼつかないぞ。だが、これからいくら勉強しても英語の能力が上がるとは思えないから英語を捨てろ。他の教科で頑張れ。英語が0点でも他の8科目が80点なら平均70点となり合格する」と言われた。今から思うと乱暴な進路指導だった。でも、入山家は親子とも先生には従順だった。

ところが7月の学校改革で高校は“学校群”制度になり、しかも受験科目は詰め込み教育廃止で、それまでの9科目から3科目(英語、数学、国語)になった。その他内申点重視、学校に対する積極的行動重視という制度が今年からの実施が決まった。

学校の先生もどういうものか計りかねていた。しかし、その発表があってまもなく職員室に呼び出され「入山、ダメだ。作戦変更。英語は捨てられない。数学と国語が満点でも英語が0点なら平均70点に届かない。頑張って英語をもっと勉強せえ」受験まであと6ヶ月になって言わないでよ、と思ったが、先生には相変わらず従順だった。

塾に行くお金はなかったから、参考書を何冊か買ってもらい勉強した。おふくろは疲れていたのに11時頃夜食を作ってくれて「頑張って、もう寝るからね」その甲斐あって英語は奇跡的大勝利。翌日英作文が1か所間違えただけで95点だったと先生に報告したら「嘘だ」と職員室ですべての先生から笑われた。顔が赤くなって下を向いてしまったが、「・・・それでも95点」ガリレオの気持ちがよくわかった。

B高校に進学してすぐは同級生を見下していた。俺ほど英語のできる奴はいないと。1ヶ月くらいたって、担任が「クラス分けの際の書類」を教壇に忘れ、それを盗み見したら、50人クラスで40人が英語100点だった。新制度は記述式を取り入れた新しい試験方法でもあったので第1回目は難しくできなかったという。自信が大崩れした。

さらにこの制度はA高校とB高校が53群というグループの中に組み込まれたものだった。それまでは単願であったが、学校間の学力格差をなくすためグループ化された。当時はA高校がB高校よりレベルが高く全員A高校に行きたかった。A高校かB高校かは運不運の問題となった。

合格発表をA高校に見に行こうとワクワクドキドキして向かっていたら、発表を見て戻ってきた同級生に出逢い「入山君、B高校だったよ」と言ったため感動も何もなくなってしまった。時代の流れを受け数々の出来事のおこる高校に入学したことになろうとは、その時知る由もなかった。

 20年後会社で2歳下の同僚と偶然飲む機会があり、その際彼がA高校であったことを知った。彼は私がB高校であると知ったとたん態度が変わった。こどもの時の強く刻んだ誇りは大人になっても変わらない。あまりにも見下す態度に私は言った。「入試の成績順に1番A、2番B,・・・499番A、500番Bというように配分されるため、お前は499番でA高校、俺は2番でB高校だったんだ」真相は不明。

陸上競技は天候でタイムが左右される。埼玉県は強化指定選手制度でタイムによってA指定、B指定が決まる。その大会で優勝してもタイムが悪ければ選ばれない。2.26は雪のイメージがある。天候には左右されない受験だが体調には左右される。風邪もコロナにも負けず普段通りの成績を出せるよう、頑張って!

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112回「ねえ~、自己紹介してよ」(2021217日)

学童の話

おやつの後の散歩で、公園に行った。

鬼ごっこで木の陰に隠れていると、1年生の女の子がやってきて、ベンチの方に連れていかれた。そこにはお母さんと思しき人がいた。「ねえ~、自己紹介してよ」という。目の前で嫌だとは言えず名前と趣味だけ言う。お母さんは「いつもYから聞いています。よろしくお願いします」とニコニコしていた。

2週間後、私が帰る時Yのお母さんが迎えに来てYと一緒に学童を出た。すると、Yが私の手をとった。「イリ、一緒に帰ろう。お家まで来てよ」と言う。学童では絶対に見せない行動だった。翌日マネージャーに報告したら、「Yはいつも先生と遊びたがっているのに、他の子が来ると遠慮して身を引いているのですよ」マネージャーは見ていた。

1ヶ月後公園に行くと、また「ねえ~、自己紹介してよ」と言われた。よく見ると遠くのベンチに母親がいる。

「なんで自己紹介するの。前もしたじゃない?」と聞いた。 

「付き合う時は自己紹介するでしょ」

「???」

「お母さん昨日酔っぱらって言ってたよ。外見はどうでもいい、私はストライクドーンが広いからって」

「それはたぶんストライクゾーンだね」

「そんなことはどうでもいいの。お母さんはYの好きな人でいいって。Yのためなら相手は50歳まではオーケー、少々出ていても可。それ以上だと要相談だって。イリいくつ?」

常日頃、学童のこどもには30歳から60歳までその都度適当に言っているので、自分の学童における公式年齢がわからない。こどもは40歳以上の人物では年齢の見分けがつかないから、いくつと言っても信じる。

「あのね、Yがね、お嫁さんに行く前にたぶん私はこの世にいないと思う」

「探すから大丈夫」

「いや、探せないと思うよ。あの世にいるから」

「??? ところで奥さんいるの?」

「怖い人が1人いるよ」

「別れてよ」

「えー!!!これまで苦労ばっかり掛けてきたから、これからは奥さん孝行しなければいけない。夫婦って、友達と違う、磁石のようにくっついて離れたくとも離れられない関係なのだよ」

 「ふ~ん。夫婦って磁石のようなものなの。じゃあ、なんでお父さんとお母さん別れたの?」

「・・・」

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111回「警察犬」(2021210日)

犬の特徴はその嗅覚にある。人間の100万倍の能力があるという。警察犬は犬の持っている嗅覚を利用した警察の武器である。しかし、普通の犬はその嗅覚の能力をまったく発揮していない。ただの玩具にしか過ぎないのだ。多くの飼主はそれで充分で、彼らにとって愛犬は癒しの対象でしかない。警察犬はすばらしい能力をもっているのではなく、犬の嗅覚という感覚を100%発出させた結果である。すべての犬は訓練すれば警察犬になれる可能性があるのだ。犯人確保を目的としたシェパードやドーベルマンの犬種は別にして、犯人追跡または不明者の捜索に適した能力はどの犬でもある。実際、警察犬の中には追跡・捜索部門でチワワやトイプードルも採用されている。ただし、嗅覚に優れていると言ってもどの動物でも“警察犬”になれるわけではない。犬の倍の嗅覚能力をもつ動物はゾウだが、移動に手間取る上狭い場所に入れない。そのため“警察象”は存在しないのである。

日本人の先祖はイノシシやシカを追いかけていた。またオオカミやトラなどから逃げ回っていたので、“速く走る遺伝子”は持っている。知能が発達し、走らなくても狩りはできるし難も逃れるようになったため、その能力は徐々に衰退している。しかし、まだ日本人は縄文時代から2800年しかたっていない。少なくともエジプト人や中国人より速く走る遺伝子が多く残っているはずだ。この遺伝子を100%発揮すれば、日本人は「速い」のである。しかし、塾に行ったりダンスをしたり、遺伝子から離れるにつれて「遅く」なってしまった。

我々陸上競技のコーチ達は児童が100%全力走ができるように指導している。たまにはキツイ練習もある。しかし、多くの人は別段辛ければクラブをやめさせてもいいと考えている。愛犬家と同じように明るく楽しい時間をこどもと過ごせればいい。こどもの隠れた能力を知ろうとはしない。自分の描いた人生像があり大学までのレールを敷いている。大学からこどもの望むように行動させても、こと陸上競技では遅い。「持っている嗅覚を研ぎ澄ます」ことで警察犬になれるように、「速く走る遺伝子を活性化させる」ことで日本一、いや世界一のランナーになれる可能性がある。我々は決して天才児を探しているのではない。

 得てして私は大上段に振りかぶる傾向にある。しかし、訓練によって犬の嗅覚能力が100%発揮できても、一般の家庭で何の役に立てるかを考えてみると、私の主張は急に怪しくなる。コロナウイルスに匂いがあってそれを犬が嗅ぎ分けることが出来れば話は別だが・・・

(蛇足:今回は第111回のため「ワンワンワン」で、犬について語りました)

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110回「おのぞみの結末」(202123日)

少年は悩んでいた。自分はスポーツ万能だが特に秀でたものがなかった。走るのも速いが、かといって11秒台を出すほどでもない。何か記録を出さないと高校からオファーがかからない。内心焦っていた。

 そんな日が続くある日、部活の帰り道、何やら怪しい古民家があった。「無料で悩み解決します。ココア付」との張り紙が気にかかった。こんなところに古民家などあったけと訝しんだが「ココアが飲めてただならいいか」と戸を叩いてみた。そこには老人がいて「いらっしゃい」と言った後は無言だった。

「あの、相談してもいいですか。僕、陸上部にいて速くなりたいんです。どうしたらいいでしょうか」

「わかった、占って進ぜよう。私の占いは珍しい『ココア占い』じゃ。ココアを飲み干した後、ソーサーをカップの上にかぶせ逆さにする。 すると残ったココアが垂れて、カップを持ち上げると、そのココアによって模様ができ、この模様がどのように見えるかによってお前の将来を占うのじゃ」

「飲んでいいんですか」飲み干すのにずいぶん長い時間がかかったような気がする。

「ああ、どれどれ、どんな模様になったかな? これは・・・鹿の絵柄になっている。鹿には角がある。角は神や宇宙からの交信を受け取るアンテナを意味する。さらに鹿は草を食べる時は悠然とし神からの指令があれば颯爽と走る、精神と肉体のバランスの象徴だ。鹿を見つけて鹿に乗れ」

「???」相談の趣旨には答えてないが、ココアを飲んだだけ得をしたような気分になった。翌日ここを通ったが、古民家はなくなっていた。

 それからしばらく経って、ネットで探した陸上クラブに入った。毎回、嫌というほど走らされた。小学生と走らされても少年は手を抜かない。コーチには「あほ、小学1年生に勝ったから喜んでいるなんて。お前は自分と闘っていない。精神と肉体のバランスが欠けている」どこかで聞いたことのある言葉だった。コーチは1年で結果を出すには時間がないから週3日来いと言う。クラブ活動で毎日走った上に3日来いと言うなんて1週間1日も休みがないじゃないか、こんなんで速くなれるのかよと思いつつ、100100位には入りたかった。

 そんな日が続くある日、帰り道ふと見ると前に見たココアを飲ませてくれた古民家があった。「無料で悩み解決します。ココア付」の張り紙がまたあった。一杯ココアを飲んで帰ろうと立ち寄った。

「この間の少年じゃな。鹿は見つかったか」と老人は問うた。

「はい、鹿らしき名前のクラブに偶然入りました」

言っている間に急に少年は思い出した。そのクラブの練習場のひとつに「としのう」があり、そのバス停が「鹿浜五丁目」であったことを。前と同じようにココア占いをした。

「おお、今度はキツネの形となったぞ。お前の中学校は確か十二月田中学校だったな。その地域は、昔飢饉の時きつねが田植えの真似をし豊作を祈願した十二月田(しわすだ)村じゃ、今度はキツネそのものになれ」

「???」

少年は何が何だか理解できなかったが、老人の勢いに押されその場を後にした。翌日そこを通ると古民家はなくなっていた。しかし、思いを巡らしていくうちに学校の近くに十二月田稲荷神社がありそこにキツネがいたことを思い出した。なんとなくお参りした。また、念のため「きつねうどん」を事あるごとに食べた。キツネが自分に何の関わりがあるかわからないが、たぬきはひょうきんなものに、キツネは妖しいものに化けるものだとバアチャンが言っていた・・・

 コーチから「持久力もあるからお前400mをやってみたらどうだ。そろそろ100mランナーから400mランナーに化けて見ろ」と400mの練習をさせられた。2年生の秋の大会では200mまでは1位だったが、残りの距離で失速し60秒を過ぎてしまった。それを見たコーチはその後さらに練習量を増してきた。しごきに近い。これじゃジイチャンの頃の野球部の監督だ。「そうだ、コーチの好きな大リーグのチーム名がWhite Foxだったな」と少年は急に思い出した。白狐は福を人間にもたらす動物だし稲荷神の神使だ。これも占い師のいうキツネに関係している。少年は運命を感じた。英語の苦手な少年の聞き違いで実際のチーム名はWhite Soxだが、そんなことはもう関係ない。信心は盲目的に何かに頼ることである。その後コーチの作る練習を完璧にこなした。すると春には57秒、そしてコロナや猛暑を乗り切った秋には535で埼玉県8位になった。キツネのように「大化け」した。

 その後はM-1で優勝した漫才師のように次から次へと高校から誘いが来た。

しかし、高校が彼をセレクションにかけるのは535の記録ではなく、彼の将来的可能性に魅力を感じたからだ。少年は自分の価値をまだ理解していない。強靭な筋肉、頑固なほど真面目に練習に取り組む態度、小学生のような純真さを評価したからだ。もっとも記録がなければスカウトマンは見過ごしたかもしれないが・・・

 少年は最初に声をかけてもらった高校に恩義を感じながら、124日憧れの高校に進学が決まった。本人がのぞんだ結末だった。

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109回「上を向いて歩こう」(2021127日)

学童の話

私と話をする時、四方八方に目を配る子がいる。目線があっちこっち飛ぶので落ち着かない。シングルマザーのせいか週明け月曜日は特にテンションが高く、大声でのお喋りが多い。マネージャーが、遊ぶ時間室内が騒々しくなってきたので「皆さ~ん、ちょっと聞いて下さい。大声出すと飛沫が飛ぶと学校で教わらなかったですか」場の雰囲気がわからないYはすかさず「先生は静かに話しなさいとは言っていたが、大声出すなとは言ってないよ」と大声で発言「それを大声出すというのだよ」「でもね、マスクしているとよく聞こえないからはっきり喋ろとイリが言ってたよ」(俺を引きずり込むな!)全体に対する訓話が個人的な説教になってしまった。

このように指導しづらい子なのだが、私を同級生と思っているのかおじいちゃんと思っているのか、妙に馴れ馴れしい。でも、時々「おまえ、誰に対して言ってるんだ。3尺下がって師の影踏まずだ」と小突く。「えー、イリ死んでるの?イリの影踏むと僕らも死んじゃうの?ワー大変、皆逃げろ」屁理屈というのか機転が利くというのかよくわからない男だ。時々さらなる悪態をつく時がある。しかし、その際は発言しているうちに気づくようでまずベテランのおばあちゃん先生見て、さらにマネージャーが見ているかどうかを確認してここまでは大丈夫か、と思いながら視線が私に戻り、それからさらに私につっかかてくる。私はどうしても発言が許せない場合頭を叩く。咄嗟の時はお尻より間近な頭に手がいってしまう。暴力教師と騒ぐが、Yはその痛さ加減で自分の行為の悪さの度合いを判断している。でも、「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」ではないが、叩いてもからみついてくる子はかわいい。この子が早お迎えの時は、その後の学童の時間は静かに流れ何の苦労もない。

いつものお散歩では殿をつとめるのが私の役目だが、今回はおばあちゃん先生がお休みのため私が先頭を歩くことになった。こどもにも先頭の当番がいて、今日はKという3年生の男の子であった。痩せているのに、この時期Tシャツである。以前記述したジャンケンで負けると瞬間的に泣く子である。その子が不思議なことに下ばかり見て歩く。しばらく見ていたが一向に頭をあげる雰囲気ではない。

「いいか、K、男は堂々と胸を張って歩け」と言うと胸を張るが、2,3歩歩くと下を見る。「K、乞食みたいに歩くな。さもしいぞ。上を向いて歩こうだ」すぐ頭を上げるが、また下を見て歩く。同級生の姉さん児童がしゃしゃり出る。「イリ、こいつね、登校中犬のうんこ踏んじゃったんだよ。それも2回続けて。今度踏んだら、うんこ野郎と言われるのが嫌で、踏まないよう気をつけて歩いているんだよ」「そうか、でも逆に運のいい奴じゃないのかなぁ」「うふ、オヤジギャグね。Kは間が抜けているだけだよ」女の子は辛辣である。でもKは反論もせず行き帰りとも下を見て歩き続けていた。

 こどものおかしな行動は、こどものこころの様相をあらわしているのかもしれない。

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108回「朝三暮四」(2021120日)

冬季練習は真っ盛りである。長い距離の練習をやる際、高学年と低学年で反応が異なる。低学年に「2000m走」というとブーイングが起こるが「2km走」というとさほど非難は起こらない。高学年は逆で、「2km走」というと嫌な顔をする。「2000m走」のが彼らの耳には心地良いようだ。

こちらも面白くなって「200,000cm走をやるぞ」「いや、やめて2,000,000mm走をやる」というと、さらに彼らの心を固くさせてしまったようだ。黙って立ち上がる子が多い

低学年は2000m走を2km走と言うと喜び、高学年は2km走を2000m走と言えば安心する様子を見ていると、ふと「朝三暮四」*の言葉を思い出してしまい思わず吹いてしまった(低学年と高学年の距離に対するニュアンスは数字で考えるか単位で考えるかの学習度合の違いによるものだと思う)。

 *)中国、宋の狙公(そこう)が、飼っている猿にトチの実を与えるのに、朝に三つ、暮れに四つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだという 目先の違いに気をとられて、実際は同じであるのに気がつかないこと

 他にも似たようなことがある。練習で400mx15というと騒ぎ出す児童が出てきて本数を減らそうとあらゆる手を打ってくる。やれ時間内に終わらないとか、トラックの1コースを独占して使うのは他のクラブに迷惑だとか、「そんなのあんたが心配することではない」と思いつつ、しばらくガス抜きしてから行う。基本的に主張は聞くが、それによって練習内容は変えないし変わることは絶対にない。毎回文句を言うので、最近は400mx20とまず言う。するといつもの児童がやはり一番にブーたれる。あと2,3人が追随して文句を言い、他の皆は目でエールを送っている。

「わかった、じゃあ10本規定タイムで還って来たなら5本減らして15本にしよう」というと歓声が沸く。実は前もって用意した私の記録表にはもともとタイムを記載する欄は15個しかない。ある時、自分の記録が気になるので表を見に来て、それに気づく女の子がいた。雰囲気でわかった。「よろしくお願いします」と「ありがとうございました」練習の途中に「トイレ行っていいですか」の3つのセンテンスしか言わない子だ。だから、私の言動を疑っても決して他の子には言わないと思うので安心している。

だが、これからは念には念を入れて記録表はいつも2倍近い欄を設けることにしよう。

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107回「あの人は今」(2021113日)

20159月大手スポーツクラブからの依頼で、千葉県南房総市のAKBの撮影に携わったことがあった。当時売り出し中の宮脇咲良のランニング指導の依頼であった。走り方が独特で、キモ可愛いが受けていたが、プロモーションビデオを「素人が練習を重ね陸上競技で活躍する」というストーリーにしたいとのことだった。

現場では咲良とその友人役の松井珠理奈の2人を指導した。咲良は決してわざと変な走り方をしていたのではなく、ただ単に走り方を知らなかっただけだった。珠理奈は陸上が好きなだけあって、走り方を修正する必要はなかった。咲良も30分ほど教えたらすぐ会得した。きっとずいぶん前からきちんと走れたのだろうが、キモ可愛いという流れで直さなかったのだろうと思う。顔かたちは綺麗な人たちだと思うが、どこでもいるような感じでもあった。バンビーニにも同じくらい可愛い子がいる(たぶん)。きっと化粧やステージなど環境を準備すると「お姫様」になるのだと思う。

1日目は10時半から15時まで拘束され、2日目は朝6時集合10時半まで拘束された。教えた時間は2日間で30分~40分くらいだった。特に2日目は指導のオファーがなかった。委託料以上に時間がかかり割が合わないビジネスだった。大手クラブはやはり賢い。

余談だが、AKBの偉いところはメンバーの仕事に対する厳しさである。私は15時に終わりホテルに戻ってゆっくり温泉に入ってビールを飲み夕食を食べ、ウイスキーを飲んでTVを見て寝てしまった。トイレに起きたら、バスがホテルに到着し彼女らが降りてきた。時計を見ると0時半であった。翌朝6時集合なので5時に起きたら彼女らはもう出発していた。挨拶もキチンとしていた。衣食住足りて礼節を知るのかもしれない。別の表現を使えば地位が人をつくるだ。AKBのことはよく知らないが、仕事人としてはやはり超一流だ。

 2017年の5月に今度は狭山スキー場でジャニーズWESTの指導を委託された。バラエティ番組で78脚をやることになったので、その指導をお願いしたいとの事だった。この程度の事ならわざわざお金かけなくてもと思ったが、監督にアドバイスをお願いしますと言われ「転倒の際、顔を守るために手は前の人の肩ではなく腰を触る」「用意ドンと言ってから『せーの1、2』というのはワンテンポずれているように感じる。すぐスタートできるようにすべき」と提案。縦一列から横一列に並びかえるやり方(途中でバレーボールが飛んできたりする)だけを指導した。後は撮影を見ているだけだった。朝の7時~1950分まで拘束。電車が事故で動かず帰宅は22時過ぎだった。ロケ弁はおいしかったが、やっぱり割が合わない。

バラエティ番組では大の大人がいろいろ工夫している姿を見て笑ってしまった。監督が真面目に鶏を追いかけて見たり、ほんの些細なことが気になりなかなか進まなかったりで、こういう仕事だったら毎日学芸会の練習みたいで楽しいだろうな、いやウケなかったら次に使ってもらえないから精神的にはしんどいのかな、と思いを巡らした。

気になったのが、主役のグループと争う偽グループたちだった。出番がない時は、ジャニーズWESTを見ず声がかかるまで体育座りで反対方向を見ていた。誰1人喋らず哀愁さが漂っていた。きっとそれが彼らのプライドなのかもしれない。無駄口はたたかない、監督の言うことには全力で挑む、それは簡単にはできないことだ。バンビーニの一部のこどもたちに見せてあげたい光景だった。

それにしても、名前も知らないし顔も覚えていないが、偽グループのメンバーは今どうしているのか、気になる。

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106回「体内時計」(202116日)

大人は月曜日から仕事始めだ。初日は朝起きるのが辛かった人もいただろう。先日新聞で「ソーシャルジェットラグ」という言葉を知った。「平日と休日の起床時間が異なることで、体内時計が狂い、体や精神に不調が出る状態を指す」ことらしい。「人間の体内時計は後ろの時間にはずれやすいが前には調整しにくい傾向があるからだ」としている。「ジェットラグ」とはそもそも「時差ぼけ」を意味するから、週末夜更かしをして土日に朝寝坊すれば、時差が大きい国に旅行するようなもので体は休まらない。増してやそれを習慣にしている人は疲れが蓄積していくに違いない。

バンビーニはこの体内時計を重視している。長距離のこども達にインターバルをするときには制限タイムは設けている。タイムを読み上げているだけが練習ではないとお叱りの指導者もおられようが、こども達の体内時計のスイッチを入れるにはこれしか方法がない。200m毎を40秒平均で走るには「40秒という時間」を計る体内時計が必要だ。距離が長くなればもっと正確な時計が必要となってくる。時計が曖昧であれば誤差が拡がりペース配分がガタガタになってしまう。こども達を見ると高学年になればなるほど、持ちタイムが速い選手ほど時間は正確だ。低学年は誤差と言えるレベルではない。赤ちゃんのように時計がないとは言わないが、日時計程度の時計だ。これをクオーツ時計にするには何回も何回もタイムを覚え込ませなければならない。

ジェット機が音速(340/秒)を超えると衝撃波が生じ、地上から遠ければ減衰して衝撃音として聞こえるが、近ければ家の窓ガラスを割ってしまう。飛行機も音速を超える直前に機体が揺れ操縦が困難になるが超えると安定する。パイロットはこのマッハ1に達する直前のマッハ0.9から音速の壁を体感するという。

短距離の100mでも壁はある。100の壁である。これを破る時選手は大きな衝撃波を受ける。この瞬間の達成感、マスコミの取材、周りの期待、オリンピックへの夢が押し寄せてくる。

小学生の時計には13秒の壁や12秒の壁がある。しかし、その程度の速度では衝撃波は起こらない。ただ、何かひとつのカーテンはくぐり抜けた感触は得られたはずだ。13秒を切った瞬間、風を感じると思う。12秒を切れば何か違う世界にたどり着く。あるいは逆に無音の世界になっているのかもしれない。君たちが本当の衝撃波を感じるのは、あくまでも100の時なのだ。飛行機は流体力学から衝撃波を説明できるが、100mの場合、選手の体内には、標準時間に対応した時計と身体に密接した速度計があると思う。測定可能な速度はマックス10010秒0なのかもしれない。それを超えた時機体が震えるような感触を得るのだ。人間の場合一度破るとその後突破しても衝撃波は起こらない。といってもこの感触を得たものは日本人で3人しかいない。しかも、私は10010秒を切ったことがないので、まことに説得力に欠ける話でもある。

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105回「ライバルは三浦友和」(202111日)

正月のゆったりとした時間の中で、山口百恵の「プレイバック」が入ったCDを聞いていた。懐かしい思いを抱きつつ、いつの間にか眠ってしまった。

<夢の中に大学生の自分がいた>(夢によくある「タイムマシン的話の展開」)

1974年、当時ブレイクし始めていた山口百恵初主演の映画「伊豆の踊子」の相手役募集が新聞に掲載された。誰もが応募できるものではなかった。条件が3つ、年齢:1723歳、身長:170cm以上、印象:「さわやかな感じ」で「大正時代の一高生の雰囲気」この条件に15000人が申し込んだ。当然その1人に私も加わった。私はチャンスがあれば挑戦する。しかし、4000人の1次通過者の中には私の名前はなかった。きっとこれは書類が郵便局の手違いで届いていなかったのだ。そうでなければ東宝から連絡が来ないわけがない。そうだ、きっとそうなんだ。なんてついてないのだろう。三浦友和が選ばれたのは私がいなかったからだ。・・・・ここから三浦友和とのライバル対決が始まった。

<急に結婚式の場面に変わる>(夢によくある「断続的な不調和」)

私の誕生日は123日、彼は私の後を追うように5日後128日に生まれた。その仕返しか、結婚式は1980119日、私より2週間早く赤坂の霊南坂教会であげた。生まれた日にちの遅れがそんなにもくやしいのか、意趣返しに山口百恵と結婚した。私の結婚式は、今はつぶれてなくなった麻布グリーン会館。そこから教会には23kmしか離れていない。その教会を見に行き、私の親戚は式に遅れた。親戚とは所詮そんなものなのだ。私の結婚式の出鼻をくじいたことで三浦友和とのわだかまりはさらに深まってしまった。

<時の流れに乗ってこども達の成長を俯瞰的に見ている>(夢によくある「時間の加速的進行」)

何か私を意識するかのように子どもも私のところと同じ男2人、しかも生まれた年が2人とも同じだ。ここまでぶつけてこなくてもいいのに。そんなに私の存在を消したいのか。もしかすると私の応募用紙を捨てたのは彼かもしれない。

中学受験がどうだとかマスコミが騒いでいた。私は地産地消で息子たちを地元の学校に進学させた。今はお互い大きくなった。TVに友和の息子が出ていたが、他人とは思えなかった。

<ここから手紙を書く場面に変わる>(夢によくある「幻覚的シーン」)

三浦友和君へ

君の髪は相変わらずふさふさしているね。剛毛だな。私は砂漠化してきた(笑い)。

百恵さんも元気か、私の家内も元気だ。今は一緒に仕事をして頼もしい存在だ。

君の家も離婚もせず病気もしていないようだね。

これまでのわだかまりはお互い捨てて、近いうちにさいたま新都心で飲まないか?

そしてお互い妻のことを語り合いたいものだ

 棚からDVDが落ちてきて目が覚めた。それは「赤い衝撃」だった。道理で痛いはずだ。気づくと音楽は最後の楽曲「夢先案内人」がまさに終わろうとしていた。

 今年もよろしくお願いします。

 

伊豆の踊子.png山口百恵駐車場他.jpg夢先案内人 (2).jpg

104回「お袋の言葉」(20201228日)

年末になると思いだすのが「築地の年末警備のアルバイト」だ。私が学生の頃築地のアルバイトがあった。夜の10時~翌朝6時までの警備である。それまでは様々な学校から学生が集められていたが、お互い面識がないので泥棒と善人の区別ができなかった。当時の築地市場の社長が大学の先輩だったため、私が通っている大学だけで警備することになり、100人が集められた。そのうちの1人だった。泥棒被害がゼロだった場合報奨金として別途3000円上乗せする条件がついていた。

しかし、30日の夜、泥棒は慣れたもので鯵や鰯などの安い魚を下ろし高額な魚(マグロなど)を持って行ってしまった。我々が警備していたのだが、一夜干しのイカなどを持参し「お兄さんら、お疲れさんだね。これでも食べてよ」と声をかけてくる。イカをくれる人はイカした人とばかりコロリと騙され「ありがとうございます」と礼まで言ってしまった。翌朝市場の人から詰問され、事の真実を知ったのである。そんな築地も今はない。豊洲は警備会社が守ってくれている。時代の流れかもしれない。いろんな輩のいる高度経済成長時代末期のことだった。

小学生の頃は家が雑貨屋だったので、年末29日から31日まで店でアルバイトをした。小学生だったのと買ってくれる客に帽子を脱いで最敬礼したのがウケて、お袋にはずっとそのやり方を強要された。一番売れたのは餅網、次に祝箸だった。1日千円もらった。3日間で3千円だ。当時伊藤博文の新札が出たときだったのでピン札でうれしかったのを覚えている。隣が鳶職でしめ飾りや門松を買いに来るお客さんが多く、そのついでもあったので繁盛した。餅網がなくなってきたので、お袋がダイエーに買いに行った。家の仕入れ値より安いと言って50枚ほど買い、うちの店の価格をつけても、それでも売れた。情報が少ない売り手市場の時代だった。しかし、時代の大きな流れには勝てず、10年後店を閉めることとなった。

お袋は用事で時々店を留守にするが、ある時しめ飾りを持ったお客が店に寄った。「お兄ちゃん、お母さんは?」「出かけてます」「そう、じゃあ、ここにあるやつ頂くわ。これはお母さんと約束しているので、お金は払ってあるからね」「はい」と言って茶碗と箸と餅網を包み最敬礼で渡した。お袋が帰ってきて説明したら「政夫、そんな約束をした覚えはない。それはお前が騙されているんだよ。顔を覚えているかい?」「いや、思い出せない」「詐欺師は堂々として、弱い者、知らない者を騙すんだ。人を見たら泥棒と思え、だよ。よく覚えておきなさい」「うん、ごめんなさい」

20年後お袋は布団詐欺にあった。

 

*)正月のしめ飾りは昔から鳶職が製作販売している。高い所で仕事をしている鳶は年初家に降臨する歳神様を迎える手助けをする役割だと考えれられていた。

 

*)布団詐欺:ティッシュや洗剤など無料商品を与えて客をセール会場のようなところに集め、集団催眠のごとくハイテンションにした上で、品質の悪い羽毛布団を高額で売りつける悪徳商法のこと。

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103回「型破り」(20201223日)

歌舞伎の世界で、こんな言葉がある。

「型のある人が型を破ることを『型破り』といい、型のない人が演技をすることを『型なし』という」

簡単に言えば、「型なし」とは基本がないもの、「型破り」とは基本をわきまえた上でそこから独自性を導き出したもの、ということである。一見すると、どちらも自由奔放で同じように見える。しかしながら、実体は似て非なるものだ。

「型ができていない者が芝居をすると型なしになり、メチャクチャな演技となることが多い。型がしっかりした者がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。」

陸上において、走る「型」は腕振りとモモ上げである。バンビーニでは腕振りを最初に覚える。入会する子で「幽霊走り」や「いや~ん、いや~ん」走りをする子は少なからずいる。大人の市民ランナーの中には膝の負担を軽減させるため忍者走りをする方がいて、こどもたちがまねるが、足の基本はストライドを広げるためのモモ上げが絶対条件となる。諸々の基本を覚えた上で骨格にあった腕振りやオーバーストライドに修正している。それをプチ「型破り」と呼んでいる。

戦法についても「型」がある。一般的に長距離では目標とする選手がいれば「後方待機でラスト50mで抜く」ということを指示する指導者は多いと思う。力を温存する方が得だと計算するからだ。ラグビーで言えば、早大の展開ラクビー並みの「かっこいい」戦法だ。しかし、私は最近このオーソドックスの戦法を「初めからどんどん飛ばせ」という戦法に変えた。この戦法は、まるで明大の重戦車フォワードで「前へ前へ」という戦法と同じだ。展開ラクビーはボールを回してもタックルされれば終わりだ。しかしスクラムやモールは強ければ防ぎようがまったくない。モール、ラック、スクラムは苦し紛れに故意に崩せばペナルティが待っている。

 最初から飛ばせば後は自分のペースで行ける、練習と同じやりかたでいい、ライバルとの駆け引きもいらないのである。この戦法は選手から教わった。ある時ライバルのいる大会で「後方待機の型」で行くことを確認したが、150mくらいでトップに立ってしまいそのまま行ってしまった。レース終了後「なぜ俺のやり方でいかないんだ」と叱ったことがある。その時選手は「コーチから言われた選手が遅かったので前へ出たかった。1000mだと200m通過の際電光掲示板でラップが見えるが400mはない。1位なら放送で通過タイムをアナウンスする。600mはまた電光掲示板を見ればいい。800mは電光掲示板がないが、1位ならラップタイムを放送するし、いいタイムが出そうだとそれなりの興奮がアナウンサーの声質でわかる。だからペースを知る上でも先頭がいい」という。その時は「型破り」の戦法だと思ったが、いくつかの大会での成果を見て納得。この歳で小学生に教わった。

しかし、型破りの戦法も何度もやればそれが「型」として定着する。「型破り」は新しい型の創造者でもある。

 

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