バンビーニ陸上クラブ

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インターバル 第99回「高知1枚」(2020年11月25日)

99回「高知1枚」(20201125日)

1125日は「憂国忌」、作家三島由紀夫を偲ぶ日である。この日になると三島事件(三島由紀夫の命日)を思い出す。思想的にではなく、私の「ああ勘違い」の1つを思い出すからだ。

1970年(昭和45年)1125日三島は楯の会のメンバーと自衛隊市川駐屯地(今の防衛省のあるところ)でクーデターを訴えたがかなわぬと悟って、割腹自殺をした男である。当時予備校生だった私は受験に出ない三島の本は読んでいなかった。受験に関係のない作家は全く知らない。新聞に載った三島の写真を見た時、当時はやっていた「松の木小唄」の演歌歌手「三島敏夫」と混同した。「なんであいつが自衛隊で割腹自殺するんだ。なぜマスコミはこんなに騒ぐのだ(朝日は床にあった三島の首の写真を1面に掲載した)」と不思議に思って予備校の友達に話をして、大いに笑われた。

大学に入って、大学の生協に行った。そこには今流行っている曲のベスト10が飾られ、そのトップが「小椋佳」だった。アルバムのジャケットには可愛い女の子が載っていた。こんなかわいい子が売れているんだと思わず買った。レコード盤に針を静かに置いた。イントロも何か切ない入り方で、女の子の美声が聞こえてくるだろうと期待した。ところが、低音の男の声が聞こえて来た。「何なんだ、これは。男か、シマッタ。天地真理にすればよかった」と後悔した。しかし、その後小椋佳にはまってしまった。

会社に入り、配属先は初めての大阪だった。ある日、商社の人に連れられて伊丹空港から高松空港へ行くことになった。切符は総務の女の子が手配してくれた。実を言えば、その日は商談というよりTV観戦が主であった。ちょうど春の高校野球がやっていて地元高松商業が頑張っていた。商社の人は部員の名前とこれまでの成績をすらすら社長と話をしていた。未熟な私は「へえ、高松商業は強いんだ」くらいしか言えなかった。

夏になり、またこの得意先に出張することになった。今度は私1人だった。総務の女の子は忙しそうだったので、自分で切符を買いに行った。旅行会社に行く途中で人だかりがあり、よく見るとTVで高校野球をやっていた。「打った!ボールは転々とフェンスへ。高知商業逆転サヨナラ 準決勝進出!」と興奮したNHKのアナウンサーの声がした。「おう、勝ったか。すごいな。明日の話題にしよう」と旅行会社へ行き、窓口で「高知1枚」

 

<顛末>

高知空港に着いても気づかなかった。当時の地方空港は同じような外観に思えたのだ。しかし、間違いに気づくポイントはあった。出発する伊丹空港では前回とゲートが違っていた。12回のフライト経験では「天候状態でゲートはちょくちょく変わるんだな」と勝手に解釈してしまった。高知空港に着く時、飛行機は一旦海に出てまた入りなおした。前回は海から直接空港に入ったのに「おかしいな?」でもこれも風のせいだと自分を納得させていた。高知空港に着いてトイレに行ったが、高松空港では曲がって右だったのに今日は左にある。しかも新設ではない。前回と違う。言い知れない不安が身体全体を覆ってきた。外に出ると全く違った景色があり、そこで自分の置かれている状況を理解した。「ここは高松ではない」高知駅から電車で高松まで乗り得意先に着いた時、もう甲子園は終っていた。

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98回「心理的限界」(20201118日)

ハンマー投げや重量挙げの選手が、大会本番に自己ベストをたたき出すケースがある。自分が思った以上の力、いわゆる「火事場の馬鹿力」が発揮された状態である。 もともと人間の脳は筋肉や骨の損傷を防ぐため、脳で意識的にコントロールして使える力を抑制するリミッター(安全装置)が掛けられている。通常時はどんなに頑張っても『心理的限界』とよばれる、『自分の意識の中での限界だと思っているところ』までしか力が発揮できないのである。しかしリミッターが外れた時は『心理的限界』を超えて普段は出せないところまで、筋肉の本来持っている力『生理的限界』と呼ばれるところまで、解き放つことが出来る。

人間はいくら火事が起こっても車を背負うことはできない。せいぜいタンスくらいだ。生理的限界は身体的限界と置き換えてもいい。

ちなみに『生理的限界』のおよそ70%~80%が『心理的限界』だと言われているが、こどもにおいてはもっと低いと思う。バンビーニ陸上クラブの低学年のこども達は、同じ練習をしても、高学年がヘトヘトなのに、休憩時間虫取りで遊ぶ全力走ができないこどもがいる。

生理的限界まで一時的に近づける方法の一つは、ハンマー投げの選手のように大声で叫ぶことである。叫ぶことによって脳の興奮水準が高まり、その瞬間に使いきれていなかった筋肉を動かすために必要な脳の一部が一気に覚醒して、無意識的に通常以上の力が発揮できる。

ただし、試験の時に大声で叫んでも「知識の馬鹿力」はない。つまみだされるのがオチだ。この場合は自分に暗示をかけるようにポジティブなイメージだけを持つ、これまで勉強したことで克服できると考え、『やればできる』と心のなかで言い聞かせるのが効果的である。

陸上競技でこども達の心理的限界を高めるためにはほめて育てるだけでは難しい。時には親に言われたことのないような叱り方も必要だ。この心理的限界を高めるだけでこども達の記録は20%も向上するのである。12月から日曜日に基礎クラスを設けるのはこの心理的限界を上げるためのもので、4年生になると始まる本格的練習に備える意味がある。全力で走ることを覚えるのである。

子ども同士のじゃれあいが狩りのテクニックを覚える場となる、ライオン世界をイメージして、クラス運営をしたいと思う。

 

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97回「やればできる」(20201111日)

昔流行った歌は、こどもには理解不能の歌詞も多かった。

♪ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団

勇気凛々 琉璃の色

望みに燃える呼び声は

朝焼け空にこだまする♪

(「少年探偵団」)

凛凛となんだろう、勇気は琉璃の色なのか、じゃあ琉璃色はクレヨンにあるのか、都心に声はこだまするのか、こどもには難しい歌詞だった。

♪どこの誰だか知らないけれど

誰もがみんな知っている

月光仮面のおじさんは♪

(「月光仮面は誰でしょう」)

こどもの時は「知らないのに知っているとはなんじゃこの歌は」と思っていた。

♪解けない謎をさらりと解いて

この世に仇なす者たちを

デンデントロリコやつける♪

(「七色仮面の歌」)

「あだなす」の言葉を「あだなのある者と」思っていたが、漢字がわかるようになって理解した。しかしながらデンデントロリコとやっつけるのはどういう状況を示すのだろうか。今もってわからない。

歌詞は大人が作るのだが、昔はこどものことは考えていないものが多かったし、それに対してこども達も深くは疑問に思わず、「ま、いいか」と歌った曲が多かったのである。

陸上の練習で「右足ケンケン」というと「右足で地面を蹴って走れ」という指示だが、「右足を上げて左足で地面を蹴って進む」子が20%いる。柔軟でも「足を開いて左から」というと右から行う子がいる。1人ではない。「左ってどっちよ?」という質問に、思わず「お茶碗持つ方だ」と言って苦笑してしまった。私の考えとこどものとらえ方が異なることが希にある。

こういうことがあると、こどもの世界と大人の世界の端境期とはいつだったのだろうかと考えてしまう。サンタクロースの正体を知った時だったのか、好きな子が出来て胸がキュンとした時からだったのか、大人になった私にはもうわからない。

明日昔の先輩に呼ばれて飲み会が開かれる。きっと病気と旅行と誰々が亡くなったという話しか出ないだろう。これまでもそうだったから。2時間の練習と2時間の飲み会ではその後の充実感が違う。さびしい時悲しい時には明るい曲は聞かない方がいい。失恋した時、水前寺清子の「365歩のマーチ」を聞いても何も癒されないのだ。余計に自分が疎外されてしまう。先輩たちの会合で私は今の仕事の話はしない。

「やってもできない」という言葉は受け入れられても「やればできる」という言葉はこの会合では禁句なのだ。大人とこどもの世界の境は分からないが、老人とこどもの世界の違いはこの2つの言葉で区別できそうだ。

やっぱり明日は行きたくないなぁ。

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96回「いじめ」(2020114日)

学童の話

Tという1年生の女の子は「ぼくね、漢字書けるんだよ」と自慢する。女の子で自分を「僕」と言う子は学童で3人いる。ただ、Tは変な言い回しで喋る癖がある。足し算カードをめくって足し算をやり始めた。「8+7=・・・」しばらく間を置き(本人わからないのだ)、ページをめくりながら15と答える。裏側に答えが書いてあるから絶対に答えを見てから答えているのだが、本人は認めない。「え~わかんな~い、ぼくね・・」と延々に舌足らずで言い訳をする。仕舞には私にからみついてくる。「おい、T、ぶりっこしてもダメだ」というと「ぶっりっこって何?」「可愛くなくても可愛いそぶりをする子を言うのだよ。大人では両手を口の前でグーして語尾がだらしなく伸びる女性のことだ」

これではこどもでも同性に嫌われる。1年生の女の子は5人いるがKという従順な女の子以外は遊んでもらえない。3人の小1の女の子は彼女が来ると立ち上がって他の場所に行ってしまう。ぶりっこは男性には通じても同性である女性には嫌悪の対象でしかない。小1でも女なのである。帰宅して母親に訴えているらしい。学童でいじめられていると。実態は本人が悪い。家でも同じような言い方をしているが、注意したことがないそうだ。容姿は残念ながらぶりっ子レベルであるため、今後学校でいじめられないように都度「ぶりぶりぶりっこ」と注意している。

Sという男の子がいた。宿題をやっていると寝てしまう子だった。水筒の紐をかじったり教科書のページの角を食べてしまう子だ。この子はふざけて怒られることが多いが憎めない子であった。そのためずっといろいろな先生に声を掛けられていた。自分でもそれは感じていたと思う。しかし、翌年Yが入って来てから学童の雰囲気はガラッと変わった。すべての先生の視線がYに向かったのだ。Yの家は母親の精神的問題から離婚し、女手1つでYを育てている。そのせいかYは場の雰囲気をわからず1人奇怪な行動をする。入会する前に情報が入っていたせいもあって、我々はYの行動に理解を示した上で対応した。Sはその方針のせいではじかれることが多くなった。今までゆるされた行動がゆるされなくなったのである。Sは私の態度の変化にいぶかしい気持ちでいたと思う。ひょうきんなSが大好きだったので、私にからんでくるとおじいちゃんと孫の関係になっていた。だからYさえいなければという感情からYに辛く当たるようになったと思う。Yは不思議に我慢強くつねられても泣くことも我々に訴えることもない。いじめは許さないのだが、本人がいじめと思っていないので対応が難しい。気づけば「何をするのだ。いじめるな」とSを叱っている自分がいた。

自分を指し置いていじめを主張する子もつねってきてもいじめと感じない子もいる。どちらも守ってあげないといけない。来春新しいこども達が入会するとYよりも同情する余地のある子が入ってくるかもしれない。そうなればYもSと同じ思いをするだろう。

 

私の注意力不足がなければSは学童を辞めることはなかったのだ。こどもにとっての教育の善し悪しは、人生のほんのわずかなタイミングによるのかもしれない。

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95回「鬼滅けの刃」(20201028日)

「入山さんってA型なんですか?信じられない、てっきりO型かと思っていた」「入山さんって、水瓶座なの?嘘!山羊座かと思っていた」といったように、人から勝手に血液型や星座を決めつけられたことがある。

決めつけとは、一方的なレッテル張りのことだ。そして、決めつけの内容は言われた側にとってだいたいは的外れなことが多い。決めつける側の頭の中には、「私」の固定化された像が映っている。その像は勝手に作り出したものなので、現実の私とは関係のないものだ。その「決めつける側の私」を現実の私自身と一方的に結びつけようとすることが、いわゆる「決めつけ」なのだ。

 困ったことに、決めつけは突き詰めれば「命令と同じようなもの」になる。たとえば、「あなたっておとなしい性格だよね」と言った場合、「あなたはおとなしいはずだ」という思い込みが前提となっている。言い換えれば、「あなたはおとなしい人で、ずっとそうあり続けるべきだ」と言っているのと同じだ。このように、決めつけられる側としては、唐突に、しかも心外な命令をされるわけだから、反発を覚えるのが自然な心理と言える。

 一方、若い人と話しをしていると、相手が「私って、いつも周りに気を配っているじゃないですか、本当に疲れるのですよね」(そうは見えないが)とか「僕って、小さい時からやんちゃだったじゃないですか」(そんなこと少しも知らない)と言って話を進めることがある。これは自分自身で自分を決めつけている例だと言える。

さらに、「思い込みが激しい」傾向のある人は、いったん「この人はこういう人だ」と思ってしまうと、その思考から脱却できないことが多い。このような上司に出逢った部下は一度過ちを犯すと、どちらかが転勤しない限り不幸な月日が続いてしまう。

決めつけの対処法は馬耳東風に対応すればいい。この点こどもは我々大人のように深くは感じず、あるがままの自分でいられるのだ。

 しかし、これまでの文脈と矛盾するが、バンビーニでは練習が進むにつれて、個々のこどもの理想の姿が私の頭の中で醸成されている。私がよく言うのは「好きな種目と適している種目は異なる」ということで、本人の希望に関わらず種目を100mから1000mに代えることがある。この場合コーチの言うことだからと反発せず、こどもはほとんどが応じている。時々不安になるのは、この指示が「決め付け」の刃(やいば)としてこども達を切り刻んでないかということだ。決め付けは避けたほうがいいに決まっている。しかし現場は理想通りには行かないものだ。だから、私は種目変更によりこども達が「無限劣者変」にならないよう常に気を配ることにしている。

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94回「逃げろ!」(20201021日)

小学生の長距離は1000mである。小学生の陸上競技では、スタート時肘や腕や脚がぶつかる唯一の「格闘技」となる種目である。気弱な選手ではすぐ後方に下がってしまう。

昨年チャレンジカップの600mでポケット状態となった苦い経験から、今回すべての長距離選手にスタートから飛び出すことを課題とした。今年初めての大会で確信したのは現在の高速レースではこのやりかたしかないということだ。

その理論的背景はこうだ。

(1)選手の不満

ある選手に2~3番手についていき、ラスト直線で抜けと指示したことがある。目標とした選手が不調だったのか「遅すぎて」こどもの不満が募り、自分からペースアップして集団から抜け出した。

(2)相手のリズムに乗ってしまう

後方で走るということは前方の選手を絶えず見ることになり、無意識に前方の選手のリズムに引き込まれてしまう。

(3)スピードのブレ

集団の場合手足がぶつからないように一定の距離を保たなければならない。一定の距離を保っていても、前の選手の小さなスピードの変動はある。トップの人間の小さな変動が集団の後方の選手に伝わるまでにはかなり増幅される。後方の選手ほどスピードのアップダウンで大きくペースを振られてしまう。

(4)水しぶき

1017日のような雨天時は、先頭の選手が走った水たまりの水を受けてしまう。先頭の選手は水たまりが見えるが、心構えができていない後方集団は急に水たまりに入ることになり、対応に慌ててしまう。

以上のことより、1000mでは集団で走るより集団から飛び出すことの方が有利である。

段々スピードをあげてゴール寸前相手を抜くことを競馬では「差し切る」というが、見ていて絵になる。しかし、本当に強い馬は「逃げ」なのだ。競馬ではタイムは参考であって日本記録云々と騒ぐ者はいない。いくら記録を破っても関係ない。順位戦だからだ。

埼玉の小学生の大会は記録戦である。強化指定選手の選考は指定試合で規定タイムを破ることにある。そのためにはバンビーニでは徹底した「逃げ」で勝負することにしている。

きっと他のクラブの指導者からは「馬鹿の一つ覚え」と笑われ、「頭を使え」と言われそうだ。しかし、愚直に繰り返すことによって何かが変わる、何かが生まれるのである。

コロナの影響で競技場では大声を出せないため、この作戦を行うたびに私は心の中で叫んでいる。

 (半沢直樹の伊佐山部長【市川猿之助】の口調で)「逃げろ!逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、○○!(こどもの名前)」と

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93回「ぼうず」(20201014日)

学童の話

大人が自然と身に着けた言葉がこどもの世界では通じないことがある。

月に1回の「お楽しみ会」で「ジェスチャー」をすることになった。28人が二組に分かれて速くお題が終ればいいゲームだ。あるいは10分間でいくつできたかを争うのだ。お題は各組14件ずつ28件用意してある。同じものだと別の組の答えを聞いてわかってしまうからだ。お題(141括り)はくじ引きだ。

A組で問題がすぐ生じた。お題の「チャンバラ」がわからない。今の子はチャンバラごっこをしないのだ。時代劇のTVがほとんどないからだし、時代劇のヒーローがいない。丹下左膳や白馬童子など時代劇のヒーローが今や一人もいない。チャンバラトリオというお笑いグループがあったのに・・・これは慌ててパスにした。

B組では「うなぎ」がお題であった。そこでジェスチャーマンは固まってしまった。後で聞いたのだが「うなぎ」は食べたことはあるが見たことがないと言う。だから鰻重の四角と四角に切られたうなぎしか思い浮かばない。うなぎを串に刺して焼くかっこうもできないし、ましてや落語の「鰻屋」や「素人鰻」のように、鰻をつかむ際、右手、左手を握りながら交互に手を上げて行くしぐさができない。また、できたとしてもそれを見ているこどもが何か判断できない。考えてみれば当然で親に連れて行かれても調理場まで見ないからだ。味はジェスチャーでは表現できない。

答えが違う場合は、両手で箱を示し右側に置くフリをすれば「その話は置いておいて」でもう関係ないことを示す。丸く円を描くと「ほぼ正解だが、もう少し違った言い方をすると」という意味を表すなど教えながら行った。

「鶏」のお題では、ひょうきんもののKが首を前後に動かして「鳩」、はばたくかっこうをして「白鳥」、卵を産む格好をして「ダチョウ」、頭を盛んに左右に斜めにするのを繰り返して「からす」など皆はKの思惑とは違った方向に行った。さかんに「両手で箱を示し右側に置く」しぐさをしながら彼の否定する顔が、また必死でさらに盛り上がった。

こんなのでどこがおもしろいのだろうかと思うくらい笑う。笑う声が部屋全体を包み、何か自分は幸せな気分になる。年寄の集まりだと面白いことを言っても、耳が遠いので一部の人間が怒り出し、その反応にさらに勘違いして他の人間までも怒り出し、しっちゃかめっちゃかになるのとは大違いだ。こどもを作るのは、子孫を残し遺伝子をつないでいくといった大袈裟なものでなく、こども達の笑いとこども達の行動によって明るくなることにあると思う。年寄夫婦で大笑いすることはあまりない。こどもがいれば毎日が大笑いだ。大人にとってのこどもの存在はそこにある。笑いは百薬の長だ。

 1人欠席の為1枚のカードが余った。それはA組、B組全員で当てようということになった。その最後のお題は、どの先生の作成したものかわからないが「ぼうず」。ジェスチャーマンはそのお題を見て私を指差す。「ハゲ!」「ツル!」「ハゲツルピッチャン」ジェスチャーマンは首を静かに振って、丸く円を描く。皆一斉に「ぼうず!」

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第92回「発芽」(2020107日)

スポーツの話

植物には「発芽の3条件」というものがある。タネは「酸素」「水」「温度」の3つが揃ってはじめて発芽する。たとえば、アサガオは発芽適温がおよそ20℃~25℃で、発芽には比較的高い温度が必要だ。もし、気温が10℃しかない時期にタネをまいても「酸素」「水」の条件が揃っていても「温度」が合わず発芽に至らない。逆に、発芽適温が18℃前後のパンジーを気温が30℃の時期にまいても「温度」が高すぎ、条件が合わずに発芽しにくい。

動物は寿命を操作することは殆んどできないが、植物は種子の中に生命の源と遺伝子を残していく。しかも、条件が整った時だけ発芽する。有名な大賀ハスは2000年の時間を有して発芽した。

子ども達を指導していて思うのだが、凄い子はたくさんいる。今までこんな凄い子はいないと思っていたら、まあびっくりするような子が翌年入ってくる。ただ、小学生のコーチはずっと育てることができない。塾や他のスポーツや手習いごとに取られてしまうからだ。受験だと言われればその子の将来がかかるため引き下がることにしている。子どもの人生を老人が左右してはいけない。また、バンビーニに入ってくる子にとって私は「路傍の石」だ。誰も今来た道にあった小石のことなど覚えていないように、10年後彼らには何も印象に残らないだろう。「なんだっけ・・・あの鹿のような名前のクラブで走ったことがある気がする」程度だろう。でも、私はコーチだったのだ。

発芽は条件が整った時だけ行われる。このことは子どもの能力の発揮でも言える。スポーツでの「発芽」の条件を3つに絞れば、1つ目は「子どもの負けず嫌いで辛抱強い性格」が必要だ。2つ目は塾や他の手習いごとに対し陸上競技を優先させる「親の寛容」さが大切だ。3つ目は「丈夫な体」を持っているかどうかだ。この3条件が揃った者のみが発芽できるのである。ただ、残念なことに植物と違ってタイムリミットがある。人間は動物だからだ。30歳以上を超えて発芽する人間はほとんどいない。30歳になって一年発起しても、羽生のような4回転ターンはできない。

チャンスに後ろ髪はない。人生の教訓でもある。私のような年齢になるとあああれがチャンスだったんだ後悔するが、現役の人にはわからない。言えることはチャンスは二度と来ないということだ。ワンチャンスをものにするのが大成する者だと思う。

自分が長距離が適しているのか、短距離がいいのかはコーチにしかわからない。短距離でも100mがいいのか400mがいいのかは総合的な面から判断すべきであり、好きな種目と適している種目とは別物だからだ。

コロナのせいで今年もあと2,3回の大会でシーズンが終わる。数少ない大会だが、その中でも発芽するタネを見るのがコーチの楽しみでもある。結果が伴えば自分が大賀博士になった気がする。それで充分。路傍の石にもいし(意志)がある。

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91回「なに~!」(2020101日)

営業の話

営業時代社内接待も仕事の内だった。納期管理をする部署のT課長は背が大きく腕っぷしも強いので工場も皆恐れていた。部下の女の子が困っていると工場に脅しの電話を入れる。ほとんどやくざの督促と同じ雰囲気となる。だから皆は寄り付かない。しかし、私とは妙に馬が合って時々飲みに行く。私が納期で困ってもT課長に頼めばいつも奇跡が起こるので、誰もが羨む仲と見える。「先生、そろそろ出番です」「おー」私にとっては用心棒みたいな人だった。

 飲みに行く時お金を出すのはいつも私だ。みかじめ料と言ってよい。ある時フグを食べての帰り、ヒレ酒を飲み過ぎてほとんどベロベロの状態のT課長。一人では帰れそうもないので、方向が違ったが自分が送ることになり、タクシーを呼んだ。

入山「Tさん、乗りますよ」

T課長「おー」

運転手「お客さん、どこまで?」

T課長「俺んちまで行ってくれ」

運転手「えっ、ちょっとわかんないですね」

T課長「なに~!お前、運転のプロだろう。わかんないとはなんだ」

入山「まあまTさん、運転手さんだってわからないこともありますよ。大体どのへんですか。たとえばいつも乗っている駅はどこですか」

T課長「千葉駅だ」

入山「運転手さん、じゃ千葉駅まで行ってください。近くなったらまた教えます」

イビキをかいて寝てしまったT課長を乗せ、千葉駅方面に向かった。

入山「Tさん、そろそろご自宅に近くなったようですが何か目印はありますか?」

T課長「う~ん、ダイエーのそばだ」

運転手「ダイエーてどの辺ですかね」

T課長「なに~!お前運転のプロだろう。なぜダイエーがわからない」

と運転席を蹴る。

入山「まあまあ、Tさん回り見て見覚えありますか」

T課長「おー、あの道を左だ」

運転手「お客さん、一通で入れないですが」

T課長「なに~!お前遠回りする気だな、善良な市民からぼったくろうとするんだな。表出ろ!」

入山「まあまあTさん、一方通行じゃ仕方ないですよ。警察に捕まったら運転手さん明日から商売できなくなりますよ」

T課長「わかった、じゃその先で曲がってくれ。・・・・ここが俺んちだ。いくらだ。」

運転手「12540円です」

T課長「なに~!地球1周したのか、なんでそんなに高いんだ」

入山「いや、Tさんここは私が払いますのでご心配いりません」

T課長「そうか、悪いな」

T課長を降ろし、千葉駅に行くように運転手さんに言った。

運転手「お客さん、助かりました。1人だったら殺されたかもしれません。千葉駅までメーター倒して送ります・・・・着きました」

入山「運転手さん、ありがとう。本当に12540円でいいんですか?はい、15000円出しますので、お釣りとレシートください」

運転手「いや、お客さん、さっき機械が壊れちゃってレシートが出ないんですよ」

 入山「なに~!」

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90回「あ~りが~とさ~ん」(2020924日)

アホの坂田(コメディNOの坂田利夫)を大阪のフェスティバルホールで初めてみた時、こんなアホなことを平気で出来る奴がいるんだと感心した。「あ~りが~とさ~ん」といって変な動きをして「ああ、こいつは常識人を捨てたな」とあっけにとられた。ところがその後「間寛平」が登場した。「かい~の」と言って物の角でお尻を上下させたり、お猿の物まねで舞台狭しと駆けずり回った。度肝を抜かれ「こんな男が世の中にいたのか」とただただ驚くだけだった。寛平はアホの坂田の上を行き「人間を捨てた」芸風だった。

他人より秀でる人間は出逢った時から何かが違う。そして不断の努力をしている。天才とはそういうものだ。

バンビーニ陸上クラブでも衝撃の出逢いの子ども達がいた。スーパー1年生だった男の子2人は先輩を抜くことに生きがいを感じ将来性を予感した。獲物をもてあそぶライオンの子どものようだった。手足が長いアフリカ人のような女の子も入ってきた。うちのエースはこの子だな、と直感した。しかし、彼らはここにきて練習をさぼることを覚えた。小学生にストイックなことを要求するのは無理なのは百も承知している。だが何度怒っても何度ペナルティを課しても、やれお腹が痛い、足が痛い、頭痛だ、最後はトイレで逃げられる。折角蕾が開きかけ花の色がおぼろげながらわかったのにまた閉じてしまった。一生懸命やっているとは思えないタイムで帰って来る。どんなに苦しい顔をしてもタイムがすべてを物語る。塾や他のスポーツを兼ねているので可哀想な気がするが、私は陸上競技のコーチであり、その才能は高く買っている。蕾はユリのように大きいのだ。しかしながら、「馬を川に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」という諺をいま身に染みて感じている。

 だが、私はあきらめない。懲りずに練習場で再トライしてみる。彼らがバンビーニをやめない限りストップウオッチが微笑むまで怒鳴り散らしてやるぞ、コーチに「あ~りが~とさ~ん」ではなく「ありがとう」と言える日まで。

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89回「まんずまんず分かった」(2020917日)

営業の話

安倍さんの後、菅官房長官が総理大臣になったが、出身が秋田と聞いて懐かしく思った。

以前勤めていた会社の工場が羽越線の仁賀保にあった。労使協定では秋田行きの夜行列車で行くのが暗黙の了解であった。あけぼの、天の川、鳥海、出羽と名前は変わったが、特に印象が強いのは寝台急行「鳥海」だった。この列車の寝台は3段式であった。寝ないと着替えられないくらい狭い。新潟過ぎると貨車の切り替えか何かで大きな音がして起こされた。羽越線は松本清張の「砂の器」でしか知らなかったし、入社するまで秋田には行ったことがなかった。その後30年秋田とは切っても切れない縁となった。

 その秋田の印象を思い出した。

社内の公用語は秋田弁だったが、なかなかわからなかったが、秋田の人とお酒を飲むと「秋田弁はフランス語に聞こえるだろう」と何人かの人に言われた。フランス語は習ったことがないのでそうなのかと思っていたら、口の悪い先輩が「秋田は寒いので雪が食道に入らないように、なるべく口を開かないでしゃべっているだけだ」という。

別の人は「秋田弁は世界で一番短いセンテンスがある。ギネス級だ」という。何かと言えば『「どさ」「ゆさ」』の会話だった。つまり、その意味は「どこさいくのさ(どこへ行くの)?」「湯さ(銭湯に行くのさ)」という文章で世界中でこの意味を文章にしたら、秋田弁より短い文章はないという。

そのくらいなら可愛いものだが、ある時秋田弁を甘くみて大失敗した。納期が差し迫っていて工場にお願いに上がった。すると生産担当者が「まんずまんず分かった」と言ってくれたので、その生産担当者を接待してその日の夜行で東京に帰った。お客に行き「工場を説得して納期通り入れると確約をもらいました」と報告。「若いのに頑張ったね」と得意先には褒められた。ところが納期が近くなって特便を手配するので納入日を確認したら、予定にないとのこと。慌てて先の生産担当者に電話した。「あなた、納期通り入れると言いましたよね」「なんだ、そんなこと言ってねぇ」「イヤ言いました。まんずまんずわかったと言ってくれましたよね」「ああ言ったよ」「じゃあ、なぜ守らないのですか」

その会話を聞いていた上司がいったん電話を切らせて私を会議室に呼んだ。「入山、いいか、秋田弁の『まんずまんず分かった』は『まんずまんず分かった』ではなく、『まんずまんず分かった』なのだ。アクセントが違うのだ。俺たち関東の人間はその言葉を『よーくわかった。後のことは俺たちに任せろ』と取る。しかし、工場の人間は『まあ、まあ、お前の言っていることは今わかった。別途考えておく』程度のものなのだ。決して前向きの回答ではない。何人の新人営業マンがその言葉に泣いたことか」と言われた。その時は上司が工場長にお願いして事なきを得たが、その後私は「日にちと時間」を聞くまでは帰らないしつこい営業マンとなった。

 秋田の人は1人の時はすごくいい人でほんわかするが、集団になると困ることが多い。市場で製品の不良が出、得意先と一緒に工場で会議を設けた。工場では「不良」という言葉は使わない「不具合」という。会議の途中どうも工場のミスでその不具合が発生したような空気が漂った。それまで標準語でやっていたのに急に事業部長が「これな○△%#・・・でな&$!@よって□▲◇」と喋り始め技術や品質保証の人間と話が10分くらい我々の前で行われたが、何の話かわからなかった。得意先の人も目をまんまるにするだけだった。

数年後にオランダのフィリップスの子会社の資材と話すことがあった。世界中のフィリップスの会社の資材が集まって国際会議が年2回開かれる。公用語は英語で行われるが、本社のミスでこうなったとある国の資材が発言したら、議事進行していた本社の人間がオランダ語で話し始めたという。何が起こったかオランダ人以外わからなかったという。私はすでに秋田で経験していた。

 コーチとして子供たちに教える場合、難しい言葉や曖昧な指示は混乱をもたらす。30分走をする際「歩く速度でいいが歩いてはいかん」と教えたことがある。ものの見事に子ども達は1周もしないうちに歩き出した。

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88回「猿の惑星」(202099日)

スポーツの話

職業柄ストップウオッチを押すことが多いが、短距離選手には「12秒という壁を意識して何度でもトライしろ。一度破ったら116までは簡単に行き、次に115の壁が待っている」と指導している。

1964年の東京オリンピックの頃、人類の100mの壁は“100”であった。ゴリラのような筋肉質のボブ・ヘイズが挑戦したが、準決勝で追い風参考ながら99を出し決勝での期待がかかった。しかし、金メダルは取ったが10秒は切れず、その後アメフトに転向した。人類が正式に10秒を切ったのは1968620日全米選手権でハインズ、グリーン、スミスの3人が準決勝で同時に99(手動計)を出したことによる。1960年に西ドイツのハリーが100を出してから8年がかかった。

トップニュースとなり、人類の進歩(逆の意味で人類の壁)を意識させた日でもあった。今では日本人も含め何百人も10秒を切っている。

壁には人類という大きな壁と日本人、埼玉県、○○学校という壁がある。自己ベストという小さいが確実に意識できる壁もある。特に陸上競技の場合はタイムや距離や高さという自己記録が厳に存在するので意識しやすい。柔道やレスリングの場合運不運がある。吉田沙保里の時代にプレーした同期生は絶対に優勝できないのだ。沙保里という壁は破れなかった。その点陸上競技は努力が報われるスポーツだ。たとえ桐生祥秀と走ることになっても、「自己ベストという壁を破る」という目標がある。陸上選手は対人競技の選手と比べれば幸せだ。

 時間については、アイシュタインの「特殊相対性理論」における時間の概念に従った情景を見ることが多い。

特殊相対性理論では「運動する物体の時間は静止しているものに比べて進み方が遅くなる」としている。これは映画「猿の惑星」のアイデアに引用されたように「ロケットに乗った宇宙飛行士と地球とでは、時間は宇宙飛行士の方が遅くなる」という考えで、宇宙飛行士が6か月の飛行から帰ってきたら地球は700年も経って猿に支配されていたというストーリーとなった。

年寄はアクセクしないが、子ども達はいろいろなものに興味があり動き回る。だから「運動している物体(子ども)は静止しているもの(年寄)に比べて時間の進み方が遅くなる。よって、コロナの影響で短くなったといっても夏休みが長く感じる」のである。(*これについては第6回「ゾウとネズミ」に別の観点からも記載した)

時間は伸び縮みするということもアイシュタインは言っている。急いでいる時、電車に乗り遅れると次の電車が来る5分間が10分間のように長く感じられる。彼女を送る際あと5分後に電車が来るのに1分で来てしまったような気がする。「困ったことや苦しい時は楽しい時よりも時間の進み方は遅くなる」のである。

時間は気の持ちようである。先述したような100mにおいて12秒を壁とするか115を壁とするかによっても違うと思う。115を壁と考えれば119は簡単だ。しかし、中学生に110が壁だと言えば11秒2は簡単だというほど物事はたやすくない。壁(目標)を心理的に到達できないほどに高くすれば、12秒も切れずに中学生活が終ってしまう。

 

 ヘイズ.jpg猿の惑星2.jpg

87回「時間かかったねぇ~」(202092日)

学童の話

学童は大人の世界の入り口のような気がする。子どもの世界と大人の世界の汽水域だ。子は親の映し鏡だと以前書いた(第46回「映し鏡」)が、大人の社会で使われる言葉使いや話し方をするのだ。また、その様子を見ていた1年生が上級生の真似をする。一人っ子で家から出ない子はずっと幼いのかもしれない。

 おやつを食べた後公園や学校に遊びに行く。列の前にはリーダーが立つ。リーダーが後ろを向いてはみ出している児童がいると「○○、列に戻って」との声を発する。ある時いつもリーダーに目をつけられてる△△はなんでもなくとも「△△」と言われる。名前を呼ばれたらアウトなのだ。△△の前に歩いていた児童が笑った。「△△、笑わないで」と指摘。後ろで見ていた私は「それは違う、濡れ衣だ」と訴えた。濡れ衣がわからないようなので説明したら「イリ、歩く時は口を開かない」と怒られた。帰りはリーダーが変更になるが、今度は前半のリーダーが後方から「△△」と指摘する。

というように言った者勝ちなので、名前を指摘することが自らを上位に位置づける方法なのだ。帰りの会でも「静かにするよ」「先生の方を向いて」という子が上位で、注意される子が下位に位置づけられる。年齢に関係ない。文字通り言った者勝ちだ。

 ある時子どもが私に問題を出した。「158215」はいくつだという。

入山「うんと紙がないから太変だけど・・・」

児童「言い訳は止めようね」

入山「ちょっと待ってね。わかった、373

児童「正解。でも、ずいぶん時間かかったねぇ~」

完全に上からの物言いいだ。

彼らの教師に対する見方は、マネージャーのS先生、ベテランのT先生、怖いI先生、そして私という順位づけである。何か許可がいる場合私より上位の教師に許しを請う。よって、私は下の下であるため教師として見ていない。

女の子が学校から帰ってくると汗びっしょりなので着替えをする。私を立たせカーテン代わりにして着替える。私を男としても見ていない。着替えがないと下着でいいかと聞くがどうみても色っぽい。女の先生に聞いてみる。案の定ダメだった。学童のTシャツを貸し出す。

 

女の子は髪の毛がうっとおしいのでゴムバンドでおさげにしてくれというが、女の子の髪を分けたことがない。二つに分けろと言うが髪の毛の目分量がわからないし、ゴムを二重にするのか三重にするのかがわからない。子どもにとって簡単なことと思われていた髪結びが私にはできない。「こりゃダメだ」がいつも聞かされる子どもの捨て台詞。学童での序列は当分変わらないようだ。

上から目線.pngおさげ0369-child-girl2-brown.png

86回「夏模様」(2020826日)

昔の話

コロナの影響で今年の夏はどこも盆踊りがない。盆踊りのない夏休みなんて、考えたこともない。

小学生の頃は自治会がしっかりしていた。毎年夏には自治会毎に順番に盆踊りが開催された。今は公園しかないが、昔は土地も余っており、盆踊りの開催場所に困ったことはなかった。

私の地元の盆踊りは足立区東和一丁目から始まり東和五丁目で終了する。毎週土日の2日間、雨天は順延だった。町内会ごとにお囃子と太鼓叩きがいた。祭りが近づくとどこかの家でお囃子の音が聞こえた。太鼓はうるさいので練習する場所がなく個人の経験に頼らざるを得なかった。そのため、一丁目から五丁目まで1人のおじさんが叩いていた。このおじさんの名前は知らないが、おじさんの太鼓は初めは踊りに合わせた静かなものだったが、休憩の際お酒を飲むと興に乗じて太鼓を乱打する。無法松の一生に出てくる「小倉祇園太鼓」の「暴れ打ち」が始まるともう舞台はおじさんのものとなった。皆がこのおじさんに集中し、踊りも放送も屋台もすべての音が止まった。夜空を見上げ、撥(バチ)を持った腕をまっすぐ伸ばして止め、しばしの間合いの後に叩く太鼓は、まるで広場の空気をすべて振動させたかのようだった。

 友達の岡部は盆踊りがうまかった。当時は東京音頭や炭坑節などが流行っていたが、彼はその他マイナーな踊りでも先頭に立つ。子どもだと馬鹿にしてはいけない。彼はすべての盆踊りを踊れるのだ。初心者は誰でも彼の動きを見ながら踊っていた。学校では目立たない存在で我々のパシリであったが、盆踊りでは大スターだった。真新しい着物を着て一丁目から五丁目まで踊りつくした。この時ばかりは彼には近づけなかった。

 私は他の友達と屋台巡りだった。昔は日立製作所亀有工場があり、日立の社宅の子ども達が多く50人クラスで6クラスあった。だから人出も多く、たかが盆踊りでも縁日なみの屋台が出た。お面や金魚すくいはどの盆踊りでもあったが、三丁目の盆踊りは「ひよこ売り」が出たのだ。ひよこ売りとは文字通り鶏のひよこを10円で売る商売だ。

ひよこ売りのおじさんには2度騙された。そこには通常の黄色いひよこの他に赤色や青色のひよこがいた。「これは珍しいひよこだよ」という。「これを下さい」と青色のひよこを選んだ。翌日暑かったので、ひよこが水飲み用のケースで水浴びをした。しばらくして、ひよこを出して拭いてあげると、拭いたタオルが青く染まった。

ひよこ売りのおじさんは「ぼうず、これ買って卵を産ませてお母さんを喜ばせてやれ」とも言っていた。しかし、ひよこは半年後「コケコッコー」と鳴き始めた。

 祭りが終わると翌日決まって子供たちの何人かは広場に行く。私もその一人だった。なぜ見に行くのかわからないが、柱や紅白の幕が片付けられるのを見ていた。一丁目の盆踊りの時はまだまだこの後も盆踊りはあると思っていたので何も感じなかったが、五丁目の時はもうこれで盆踊りも夏休みも終わりだと思うと言い知れぬ寂しさに襲われた。

ふとベンチを見ると、あの無法松のおじさんがいた。ビールの缶を片手に櫓(ヤグラ)が運び出されるのをじっと見ていた。豆腐屋がラッパを鳴らして通り過ぎた。帰ろうと広場を出たら、小走りに自宅に向かう岡部の後ろ姿があった。

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85回「名前負け」(2020819日)

営業の話

入山という名前は山に入るだから祖先は木こりか猟師だと思う。稲田は農夫、魚浜は漁師だったのだろう。名前にはそれなりの意味がある。

さて、私には営業をしていた時「名前負け」した男が2人いる。

1人は大王丸さんだ。

A社の営業部長だった彼は、得意先の協力会でも強烈なインパクトがあって得意先の担当者も名刺をもらったら絶対に忘れない。歌丸や金丸、五郎丸は有名だがこの人に比べたらインパクトがない。この名前を聞けば海賊の親分か山賊の大将か思い起こされ、少なくとも手下ではないはずだ。会ってみれば何か祖先の面影が出てくる人だった。同じ製品を競合していたが、彼が出てくると勝てない気がした。完全に名前負けした男だった。

2人目は高杉さんだ。

会社の上司だった高杉春正さんのことだ。私が逢った有名人の子孫はオリンピックで優勝した田島直人のお子さんが大学の先輩であったのが最初だったが、歴史上の人物の子孫としては初めての出会いであった。幕末の動乱期、長州藩の志士として活躍した高杉晋作の血を引く高杉家本家筋の14代目である。晋作の実名は「春風」で、高杉家では代々、長男の名前に「春」の字が付く習わしになっているそうだ。東京の祐天寺に大きな家を構えている。

かつてお父さんが長州(山口県)出身者の人間を書生として養っていた。

ある時B社の取引で電子部品の挿入機(5000万円)の商談があった。競合は3社である。ただこのB社は電々ファミリーのひとつで購入先はほぼ決まっていた。資料作り(比較検討用に)にうちの会社の製品を利用されていると思ったので上司の高杉さんと相談しB社に行ってもらった。比較だけに利用されるなら時間がもったいないので、入札に不参加することを高杉さんに提案したのだ。

選定責任者の製造部長のC氏と名刺交換すると、「高杉さん、祐天寺に住んでいる高杉さんですか」と聞いてきた。「はい・・・」「ぼん、私です。Cです。学生時代お父さんにお世話になったCです」そこから話が盛り上がり、最後は「私が応援します。このままだとあそこに決まってしまいます。いいですか、ぼん、私の言うように工場も対応するよう指示してください」と述べて別れた。その後週1で連絡があり、その都度改良して対応した。最後は価格だが高杉さんが工場を説得して競合を出し抜いた。こうして4500万円になってしまったが受注に成功した。機械に慣れると作業員は同じものを欲しがる。こうしてこの会社に私が担当の間、合計3台納入した。

高杉家が書生として同郷の人間の面倒を見たことと、春正さんの底抜けの明るさで受注できたビジネスに居合わせたのは営業冥利に尽きる。

「おもしろきなき世をおもしろくすみなすものは心なりけり」(晋作辞世の句)

 

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84回「大奥巡り」(2020812日)

昔の話

私の母校「足立区立東淵江小学校」の校歌は古関裕而の作曲である。朝の番組「エール」を見て、ふと思った。小学校か中学校か高校の校歌が確かこの人が作曲したのではないかなと思って調べたら、小学校校歌だった。校歌などはその学校を出てないと全く興味がないと思う。私などは今聞いても小学校の校歌なのか中学校の校歌なのかよく思い出せない。ただ、高校の校歌はわかる。学校体操というのがあって校歌に合わせて体操をした。これが高校1年生の体育の授業で実施され、評価の対象であったので今でも体が覚えている。

さて、その高校での話。

いたずら好きなのか目立ちたがりなのかよくわからないが、昔から人のやらないようなことをした。小学校以来「情緒不安定」の文字が高校卒業まで通信簿に記載されていた。小学校の時はなんと読むのかわからなかった。高校になってやっとわかった。しかし、その時はもう遅かった。

高校には誰が考えたのか誰も成功したことがない伝説の「大奥巡り」という度胸試しがあった。高校は1、2組が女子(就職組)、34組が大学進学文系、56組が大学進学理系というクラス分けであった。1クラス50人の大所帯。度胸試しとは「この1組または2組の教室を授業中1周してくる」という内容だ。前の扉から入り後ろの扉から出る。ゆっくりと歩き慌ててはいけない。過去挑戦してみた先輩の中には、扉を開けたはいいが足がすくんで動けなかったり、教壇付近で引き返してしまった人がいたようだ。数年前にある先輩が入室に成功したが数学のT先生だったので、入って10歩も行かないうち胸ぐらをつかまれぶん殴られて終わり、その後誰も挑戦しなくなった。今冷静に書いていると全くくだらない度胸試しだった。

4組にいた私はある時自習授業になって何のきっかけかこの伝説に挑戦することになった。成功したら皆が1100円くれるという。全員が賛成した。4900円は当時の私にしては大金だった。

1組は体操の時間でいなかったので、2組で挑戦するしかなかった。前の扉をノックし先生に頭を下げ、ゆっくりと先生の前を歩き窓際の机の列を通り後ろの壁にたどり着き皆を見ながら後ろの扉まで来た。入る時は張りつめた空気だった。「な、なんなんだ、こいつは」との雰囲気が蔓延していた。T先生だったら入ったとたんまた殴られて終わったのだろうが、女のS先生(おばあさん先生)だったので、何をしようとしているのかわかってゆるしてくれたのだと思う。窓際の列を歩いていた時皆は気づいた。これが伝説の「大奥巡りだ」と。ざわざわし始めた。一礼して扉を開けて出た時、拍手が起こった。扉を閉めると急に足がガクガクした。

一部始終を見ていた立会人のMたちからの情報で成功したことがわかると、クラスの皆からお金が集まった。数えてみると6000円は超えていた。

大奥巡りの成功はひとえに寛大で慈母愛に満ちたおばあさん先生のおかげだ。今日812日はおばあさん先生の命日である。献花

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83回「世にも奇妙な物語」(202085日)

スポーツの話

私には癖がないと豪語している人が、靴を履く時右足からいつも履いていることを本人は知らない。初耳の時に瞬きを激しくする人がいて、このことは知らないんだとわかってしまう。「無くて七癖あって四十八癖」とは、癖が無いように見える人でも何かしらの癖があるもので、癖があるといわれる人ならば、尚更多くの癖があるものだということである。

さて、当クラブにはいろいろな子が入ってくる。僕をもっと速くしてくれと言ってくるが、入会しなくとも“癖”をなくせば速くなる。これからご紹介するのは、本当はもっと速いのにサイドブレーキを引いて走っていた子どもたちの癖である。

 (1)窮屈なスタート

学校ではパンチスタートを教わったようだが、体が固い上、腕や脚の力が不足しているため彼には不向きなスタートだった。構えた時腕が真っ直ぐ伸びず(体を支えられないため)腰を高く上げた分足の出るのがかえって遅れていた。つんのめった走りでハイヒールを履いて走っている様なものだ。ミディアムスタートに変えてスムーズに出れるようになった。

(2)利き腕で字を書いていない

スタートの練習では「利き足で出なさい」と小学生に教えていた時、利き足をチェックする動作を中学2年生の男子がやってみたいというのでやらせてみた。なんと逆だった。この子は川口市の100mではトップクラスの選手だ。片岡鶴太郎じゃあるまいしわざと利き手でない方で絵や文字を書くべきではない。陸上では「器用」なスタートは要らない。選手に合った「綺麗」なスタートを旨とすべきである。

(3)地面を叩くような腕振り

腕振りができていないのは腕の振りを教えていないからだ。地面を叩くように拳を下ろし肘を引いて上にあげる。さすがに最近は100mではやらないがロング走では時々やる。かなり私に怒られるが言われるまで気づかない。

(4)幽霊走り

手の甲を上に向けて走る“うらめしや”の腕振りをする子がいる。保護者の間で「幽霊走り」と言われていると聞いて可哀想になり対策グッズをつくってみた。ポンチ絵を渡し製作はすべて妻がおこなった。これは腕に巻いた布が本人に見えたら幽霊走り、見えないように走れたら直っているから、時々自分でチェックしなさいと指示。これがうまくいったようで綺麗になった。今後このグッズなしで腕が振れたらいいのだが。もともと地力があり腕振りがきちんとできれば同学年の速い子と同じくらいになると思う。

このように当クラブに入会する児童・生徒の中には、摩訶不思議な癖がある者がいる。

 (「世にも奇妙な物語」のタモリの口調で)この事例を笑っているあなた、そういうあなたのお子さんにも妙な癖が・・・身に覚えがありませんか・・・(ガラモンソングの『テゥルルルルン テゥルルルルー』♪のピアノ曲が流れる)

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82回「エイトマン」(2020729日)

学童の話

おやつはじゃんけんで教師に勝った者から3人ずつ取りにいくことになった。今日のじゃんけんは私が担当である。「始めはグー、じゃんけんぽん」で4人が私に勝った。その中でまたじゃんけんして2人が決まった。あと1人だったが3年生と1年生だったので3年生の女子に「K、お前先輩だから1年生に譲れ」と言った。文句が出たがバンビーニと同じ調子で聞く耳を持たなかった。「さあ次行くよ」と進めたものだから女の子のKは泣き出してしまった。

そばにいたおせっかいのYが「イリ、謝りなさいよ」と言ってきた。こんなことぐらいで泣くなと思ったが、仕方ないので「ごめんね、ごめんね、ごめんね~」と漫才のU字工事の益子の口調で言ったものだから、火に油を注いでしまい、Kは号泣してしまった。優先させた1年生までがKの味方となり非難。他の先生に助けを求めたが、自らの仕事に専念し背を向けてしまった。「自分でまいた種だから、自分で始末しなさい」という無言の答え。完全に四面楚歌。「どうしよう・・・」と思った瞬間、口と体が動いた。

「すみません、これからは1年生と言えどもひいきしません。平等に対応します。・・・お詫びに歌を唄います。先生の子どもの頃流行った歌で『エイトマン』と言います。・・・では、いきま~す。*( )内は振付動作。

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし左手の輪が右手の輪の上に)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

光る海(右の手のひらを水平にしておでこに当てながら広田ひかるの方を見る)

光る大空(同様に大空こうきを見る)

光る大地(同様にあきやま大地を見る)

行こう無限の地平線(遠くを指さし、左手を添えた後両手を外に広げ地平線を示す)

走るエイトマン(膝を高く上げその場モモ上げ)弾よりも速く(右手親指と人差し指で楕円をつくり弾を連想させ、前から後ろに流す。相対的に自分が弾より速いことを示す)

叫べ胸を張れ鋼鉄の胸を(右手を広げて口元へ。胸を張り、ゴリラのように胸を叩く) 

ファイト(肘を曲げて右手前左手後ろ)

ファイト(肘を曲げて左手前右手後ろ)

エイト(右手で親指と人差し指で円を作り左手も同じようにし胸の中央で8の字を作る)

エイト(上記と同じ。ただし右手の輪が左手の輪の上に)

エイトマーン(両腕で輪を描き足は揃えてО脚にし全体で8を表す」

 途中から子どもが笑い始め、8の字を作る子、広田ひかるを見る者が出たりして大盛り上がり、ついにはKが机から顔を上げニコッとした。おやつがすべてに行きわたり「いただきます」の挨拶が終ると、Kから手でおいでおいでされ、行くといい子いい子され、おやつを分けてもらった。どっちが子どもかわからない。

 ここの児童3人の名前が歌詞につながっているのを心のどこかで引っかかっていたのだと思う。そうでないとエイトマンの歌は出てこない。私にとってエイトマンは宴会芸のひとつだった。ずいぶん久しぶりに唄い踊ったが不思議と体が覚えていたようだ。エイトマン、ありがとう!「やっぱり、君は正義の味方です」

 

ジャンケン.jpgエイトマン2.jpg

81回「オリエント急行殺人事件」(2020723日)

営業の話

30年ほど前、東京駅八重洲口の工事現場で人だかりがしていた。ふと覗いてみると将棋を指すお兄さんからハイと将棋駒を渡された。早指しの将棋だという。いや、将棋はそんなにうまくないので皆がやるのを見てからと言ったが、皆がやってみろと囃し立てた。本日はサービスだからとお兄さんが言ったので、それならとやってみた。

早指しはある局面から開始して持ち時間は2秒位で進める。3秒になると考えちゃいかんといって無理やり駒を進めさせられ1分間持たなかったように感じた。終わったので帰ろうとしたら「はい、本日は10駒で詰んだから13,000円合計30,000円、通常15駒なので5駒少なかったから加算料金15,000円でプラス25,000円、将棋連盟の指導料として130,000円、将棋駒の使用料20,000円、合計105,000円頂きます」「え、さっきサービスだって言ったじゃないですか」「だから通常の半分の値段にしてあげたんだ」「いや、サービスというのは無料だと思いますよね、そういってましたよね」と隣のお兄さんに助けを求めたら、対面のおじさんが「払えよ、見苦しいぞ」という。そのうち皆が「払えよ」の大合唱。私の後ろに若い衆が移動し逃げられないようにしていた。ここで気づいた。10人くらいの観客全員がグルだと。まるで映画のようだった。だが、もう遅い。仕方なく財布を出した。たまたま今日は給料日だったので財布に30,000円入れてあった。カード類はテレホンカードしかなかった。お金をすべて取り上げられて解放された。

現場から20m先に公衆電話があった。慌てずゆっくり歩いて電話ボックスに行き110番しようとして振り向いたらもう人っ子1人いない。どう逃げたか見届ければよかった。

 くやしいので中央警察署に行った。足取りは重くまるで奴隷が船に乗せられるようだった。「遅くまでお客と商談してたのに。なんで俺がこんな目にあうんだ。30,000円もあれば家族と旅行できたのに・・・なんとツイテない男なんだ俺は。日本で一番不幸な男だ」と心の中で繰り返し繰り返し後悔していた。警察署は20時を過ぎたせいか当直の刑事しかいなかった。背広を脱いでいたので、拳銃の入ったショルダーホルスターが印象的だった。調書は仕方なしに書いている感が強く誠意ある態度ではなかった。

「いや、旦那さん、あいつらは地域で3か所くらいやると逃げちゃうんだよ。真剣師(賭け将棋をして生計を立ててる者)はその都度変わるから特定できない。しかも、早指しと言っても絶対に勝てない局面図になっていない。大山名人が相手だったら真剣師が負けるかもしれない局面図になっているので、詐欺にもならない。お金がないと腹いせで殴ってくるがその時暴行罪として現行犯で逮捕するしかない。無料だとは言ってなかったでしょう、サービスするとは言ったと反論する。頭のいい奴らだ。警察官が最初から立ち会うなど特別なことがないかぎり立件は難しい」事実その後中央警察からの連絡はなかった。

 帰ろうとしたとき真っ青な顔して入ってきた者がいた。私より若かった。「い、今、将棋をしてお金をとられました」刑事「いくらですか」若者「10万円です」

 警察を出た時、何か幸せな気分になっていた。「俺より損をした奴がいる。俺は30,000円で済んだ。なんとツイテいるんだろう」繰り返し繰り返しつぶき、会社に戻る足が勝手にスキップした。

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80回「金魚」(2020716日)

昔の話

子どもの頃東京の足立区に住んでいた。海抜0m地帯だ。よく中川や綾瀬川が氾濫した。家には雨戸がないので、台風が近づくと親父は板を窓枠に打った。その槌音が子供心にもこれから台風が来るのだと身構えさせた。台風が来ると昔はよく停電したものだった。その頃の人たちは心得ており、ろうそく台にろうそくを置いてそれを待った。電気が切れて真っ暗になった瞬間、マッチの火でろうそくに点火すると言い知れぬ神秘さがあった。子どもは電気が来なければ寝るしかないが、大人は寝るには早い。しかし、やることが限られるからだろうか親父が包丁を研ぎ始めた。薄目で見ていると親父やお袋の顔がろうそくの火でゆらゆらと揺れている。お袋が山姥となり私を生贄とする儀式が始まるかのようだった。布団を慌てて被って寝た。夜中トイレで起きると、風の音が強くなっていてワクワクした。いま風が強いと言うことは明日の朝は台風が去るということだ、そうすれば・・私はどうやって遊ぶかを考えていた。

待望の筏(いかだ)を使う事だった。近くにはため池があり親父が以前小さい丸太を56本鉄線でくくりつけ筏を作ってくれた。ただ、この池は浅くすぐ池底について動けなくなるので、これまで開店休業であった。この台風で床下浸水となった。水かさが増し筏を動かせる。隣の家の清吉と50m先の一男を呼んで筏に乗った。深い所でこけたら泳げたかと言えば無理だったろうが、こけるなど考えたこともない。リスク管理などまったくできない年齢だ。長い棒で池底を押して動かすとロビンソン・クルーソーになった気がした。

別の台風の時、東京を過ぎ去ったのを見て親父が朝早く自転車で出かけた。それから1時間して親父が慌てて帰って来た。「政夫!起きろ!母ちゃんはバケツをできるかぎり用意して」との声。自転車のハンドルにバケツ2個、荷台に1個乗せて親父に連れられて綾瀬川に向かう。なぜ行くかわからないが、親父が行くぞといえばついて行くしかない。着いてみると綾瀬川は氾濫していて、そばにあった金魚の養魚所から金魚が逃げていた。池なのか田んぼなのか見分けがつかなかったが、魚がピチャピチャ跳ねているのがわかった。持ってきたタモですくうと20匹以上出目金が、他を探ると琉金が10匹、ランチュウが5匹ほどすくえた。普通の金魚は捨てても十分バケツは一杯になった。親父と合わせて6個のバケツが一杯となったので帰宅する。養魚場のおじさんが見ていた気がする。でもタモを持っていたのは我々だけではない。何十人の人間がいたのでどうしようもなかったと思う。泥水では金魚は死んでしまうので家ではタライに水を入れてそこに金魚を入れた。金魚でタライは一杯だった。両手ですくうとたくさんの金魚がこぼれ落ちた。一生に1回だけの経験だった。だから金魚を見るとこの日のことが浮かんでくる。

しかし、翌朝水道水の塩素のせいで金魚は全滅した。そして養魚場のおじさんも死んだ。自殺だったと風の便りで知った。

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79回「ああ、勘違い」(202079日)

学童の話

歳を取ると耳が悪くなる。冷めた珈琲を電子レンジに入れてTVを見ていると、温まったことを知らせる「チーン」が聞こえない。妻に何度も怒られる。外の雨音も聞こえない。学童に行くときに「雨大丈夫かな?」と聞いて呆れられる。最近スーパーのレジで支払う際従業員の言葉がマスク越しのため言っていることがわからない。面倒くさいのでうなづくしかなく、折角袋をもっているのにレジ袋を買わされてしまう。

 さて、私にとって周波数が高くその上ぼそぼそと話す子どものいうことを聞き分けるのは至難の業だ。時々勘違いして思わず笑ってしまったり、笑われてしまうことがある。

 ある時、私がいつもと違ってジャケットを着て学童に行った時がある。午前中バンビーニ陸上クラブの商談に行っていたからだ。その時初めてジャケット姿を見た児童Aが「イリ、浮気してきたの?」と言う。「何?突然。私には怖い奥さんいるから浮気などしないよ」児童A「何言ってんの?僕は『上着着てきたの?』と言ったのだよ」入山「・・・・」

ある時、児童Bが女子Cのいたずらに堪忍袋の緒が切れたようで、喧嘩になりそうだったから仲裁に入った。児童B「Cにはムラムラするんだよね」入山「えっ、まだそんな気になるのは早いよ」児童B「前からそう思っていたのだが、生意気なのだ、女子のくせに。僕はCのいたずらに腹が立ってしょうがないのだ」ここで気がついた。入山「もしかしてそれを言うならムカムカしたと言うのだよ。ムラムラだと違う意味になる」児童B「・・・・」

 ある時、コロナで学校が休みの際、午後に児童Dが学童に入るなり「フラフラしてきたよ」と言う。「こりゃ大変だ。気分はどうだ?体温は?脈拍も計らないと。池田先生アイスノンを用意してください」児童D「何言ってんの?イリが午前中どうしてたというから何もすることがなく公園で遊んでいたので、フラフラしてきたと言っただけじゃない」入山「ばかやろう、それを言うならブラブラしてきたと言うのだ。心配掛けやがって・・・」児童D「・・・・」

 ある時、お母さんが迎えに来たら、家族でご飯を食べに行くと言うので、入山「児童E、今日はどこに行くの?」と聞いたら、児童E「これからサンマ食う」入山「ほう、しぶいね。苦いけどワタがうまいんだよね」児童E「苦いって?」入山「サンマ食べに行くんだろう?」児童E「何言ってんの。サンマルクに行くんだよ」入山「・・・・」

 

お後がよろしいようで。

浮気と上着.jpgムラムラとサンマ食う.jpg

78回「オルガナイザー」(202072日)

スポーツの話

高校の生物の教科書には、イモリやカエルの胚の実験から形成体という部位はその周囲の胚域に働きかけ器官の分化を誘導する、と教えている。Aのイモリの形成体をBのイモリに移植するとBのイモリの部位にAの器官(心臓や胃など)ができるため、器官は形成体によってコントロールされることがわかっている。

私にはここ8年間の小学生指導で感じ始め今では確信に変わった理論がある。

倫理上人間の身体の器官を司る形成体は操作できないが、能力(一定の課題を成し遂げることのできる力)は人為的に促進、強化、できると思っている。

身体の筋肉は誰もが生まれた時に持っている。しかし200kgのバーベルを持ち上げることは訓練をしなければできない。マラソンも2時間を切って走ることは普通の人間にはできないが、特殊訓練をすれば可能にするところまで人類はレベルアップしている。

こういうことから人間は通常生きるための生物的器官は生物的形成体のよってできあがるが、能力を高めるのは別の形成体として身体のどこかに存在している。この形成体をオルガナイザーと呼ぶことにする。

ここで能力とは運動能力だけではなく知能や芸術的才能、気配りなど「察する」能力も含む。このオルガナイザーは外的要因でスイッチが入るのであり、本能的に活発化するものではない。このオルガナイザーを刺激することによって通常の人間の能力の数百倍数千倍を持ち合わせることができる。

オルガナイザーと才能の組み合わせは多種多様だ。もしかすると才能のオルガナイザーはひとつでなくそれぞれに分かれた多数となって体の中に存在するのかもしれない。私が児童のオルガナイザーに刺激するのは陸上競技だが、もしかするとサッカーやラクビーのコーチの指導にあえばそのオルガナイザーが作動するのかもしれない。もっと飛躍した見方をするとその子が伸びるのは運動能力ではなく芸術面なのかもしれない。NHKの朝の番組の「エール」では蓄音機から流れた「威風堂々」の行進曲が主人公の作曲的能力を刺激したのを思い出した。

ただ、このオルガナイザーは目をつぶってしまうこと多々ある。スーパー1年生として期待していた児童が3年生になって普通の子になってしまったことは反省の余地がある。塾やコロナなど他の要因で走ることに興味がなくなったのかもしれない。また苦しいことから逃れる知恵がついたのかもしれない。

目をつぶるくらいならもっと大きな刺激を与えて目を覚ませればいいが、オルガナイザーには賞味期限があるようだ。小学生の頃は絵がうまくどのコンクールでも入賞していた私は、中学に入って陸上部になってからは絵と疎遠になり、今では学童の児童に笑われるくらい下手くそだ。

 

オルガナイザーはどの子どもでもある。どのオルガナイザーがあるのかをチェックすればいいのだが、お金も時間もない中、自分にあったオルガナイザーを見つけられる運のいい子が天才になるのだと思う。もしかするとオルガナイザーの上に「運」というウルトラオルガナイザーが存在するのかもしれない。

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77回「禁じられた遊び」(2020625日)

昔の話

私が小学生の頃(昭和30年代後半)「三度ぶつけ」という遊びがあった。ドッヂボールのコートがない遊びで、どこまで追いかけてもいいのだ。3回ぶつけられたらゲーム終了で、当てられた子は「死刑」で壁に後ろ向きに立たされ皆に1回ずつぶつけられる。2度当てられると死刑になりたくないので、一番弱い子を選んでその子を狙い3度当てて逃れる。今思うとちょっといじめに近いが、皆はいじめている、いじめられていると思っていない。戦略の一環だからだ。校庭を逃げ惑う子が多いが、運動神経のいい子は下がりながらボールをとって逆に追いかけてくる。そのため後ろは見ずにボールに相対して下がるからスピードも出ている。

不幸は突然襲ってくる。当時はバレーボールのネットの支柱が4本~6本くらい校庭内に立っていた。材質は木なのだが運悪く角にあたってしまい。頭がパクリと割けて大量の出血、救急車で運ばれた。それ以降「三度ぶつけ」は禁止となった。

 2B弾が流行った時代でもあった。2B弾はマッチでこすって煙が出ると約10秒後に爆発する。武器で言えば手りゅう弾のようなものだ。しかも威力もそこそこあり小さな蛙ならバラバラになってしまう。ある時度胸試しに2B弾をギリギリどこまで持てるかという遊びをした。マッチですったあと手に持ち9秒で投げられれば英雄だった。私などは臆病だったから8秒くらいで投げていたと思う。須賀という男の子は自分を紹介する時「須賀でガス」というので皆のマスコットだった。勉強は苦ってだったが度胸はあった。夏、私の嫌いな蛇を首に巻いて涼をとっていた男だ。その男が度胸試しでも本領を発揮し、90を出していた。正確な時間はわからないが投げた後爆発まで1秒くらいなので90としていた。

彼が95に挑戦するといって2B弾を持ち、まさにそれを投げようと耳元に右手が来た瞬間2B弾が爆発した。その時運悪く須賀は2B弾を至近距離で見てしまった。そのため右目が失明してしまった。見なければ耳がキーンとしただけだったろう。学校はそれ以降2B弾を禁止した。

 当時子供たちは大人は何でも禁止すると嘆いたものだが、今思うと「何か起こったら禁止だがそれまでは自由」の雰囲気の時代だった。「何でも禁止、何か要求があったら検討する」ような現代の空気とは大きな違いだ。教育方針の違いだからどちらがいいかはわからないが、菊地寛の「無事是名馬(ぶじこれめいば)」の考えでは明日の風雲児は生まれないような気がする。

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76回「本能児の騙」(2020618日)

スポーツの話

以前にもお話しした(第24回「女はいつだってアクトレス」(2019625日))ように、女性は有事の際も20%の力を温存している。それはお腹の中に赤ちゃんがいた場合その子を守らなければならないからだ。精根尽き果てても後50m行けば避難所にたどり着ける、10m走れば野犬から逃れられるとわかった場合、あれほど立てないと言った状態から突如立ちあがて逃げる。これは女性特有の本能である。子どもは男女問わず苦しさや困難さから逃げる本能がある。中学生以上の男子は戦う本能からそれこそ99%全力を尽くしてしまう。陸上競技の800mに見られるケツワレは男子に多く見られる現象である。

小学生や女子選手の練習のポイントはいかに余力を残さず力を100%出せるか、なのである。正確に言えば100%は無理なので90%に目標を置いている。

今回は小学生における90%発出方法を紹介する。

子ども達に練習メニューを見せると必ず規定タイムより遅くなる。インターバルの本数や種類を知るとそれに合わせて力をセーブする傾向にある。練習時間をつつがなく過ごすためにはどう力を配分すればいいかを心得ている。

練習が始まると「今日は長いのはやめよう」「スピード練習がしたい」と練習内容をまず否定する。やめる気がないことがわかると「10本はやめよう」「7本なら何とかできる」と条件闘争に持ち込む。「まずはやってみよう」と走らせると「足が痛い」「お腹が痛い」「気持ち悪い」「頭が痛い」と体調不良を言い出す。「気のせいだ」と続けると「トイレ」という印籠を出す。少なくともこれで1本は休める。2,3回言えないのは子供なりにもわかっている。最後は「コーチ、もう時間無いよ」と競技場に申請した練習時間を持ち出す。

あいにく耳が遠いのでその他の苦情は聞こえない。聞こうとしないから余計に聞こえないのでもある。ここまでは反乱ではなく、主張して少しでも楽になればいいか程度のデモだ。私にとっては適温であり、心地よい。

だから練習の内容は教えないようにしている。実は規定タイムもサボることを予想して高く設定してある。

 

かけっこ教室は、手を抜く“本能”をもった“児童”を“騙し”ながら練習をさせることがポイントである。私はこの方法を「本能児の騙」と呼んでいる。

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75回「ランドセルと体温計」(2020611日)

学童の話

新型コロナの影響で、1年生にとって登校した日は2ケタいくかいかないかの状況である。その中で急にこの暑さだ。通常は4月から涼しい時期にランドセルの重さに慣れ、徐々に暑さに対応していくのだが、入学と同時に30℃の暑さとランドセルの重さと闘うことになったので、1年生にとっては大変な状態なのだ。分散登校で2組にわかれて登室してくる1年生は汗だくだくだ。髪の毛がお風呂上がりのようでかつ顔が赤い子が多い。学校から登室するまでの距離は10分くらいかかる。学校の登校エリアの最南端にあたるところがこの学童なのである。この距離は年寄の散歩には快適な距離だが、ランドセルと宿題や副教材の入った袋を持って歩く1年生にとっては行軍のようなものである。

着替えをさせてからうがい手洗いをして検温である。着替えも男の子の1人はパンツまで替えるのだが皆の前で平気で脱ぐので困る。多くの子はそこまでしないのだが、この子はまだ廉恥心は芽生えていない。トイレで着替えさせるよう教育していくうちに恥ずかしさの感情が生まれるのであろうか。といっても昔の子はこの子のような子供が多かった。私は小5の時小学校の担任の家(我孫子市)に数人の友達と遊びに行った。手賀沼がまだ綺麗だったころだからパンツを脱いで泳いだ。友人2人も泳いだ。女の子たちはさすがに見ているだけだったが、先生たちがいなかったら脱いだと思う。昔はそんなおおらかな子どもが多かった。

コロナが流行り、より心配性や潔癖症な子が多くなった。検温をする際、子ども達は体温計の数字をじっと見ている。中には36.9℃になると取ってしまう子がいる。37℃になると要注意、37.5℃だと帰宅させられるからだ。ハラハラドキドキなのだろう。3つある体温計の中でAは低め、Bは高め、Cはほぼ正しい値が出る傾向にあるが、子ども達は経験上Aを選ぶ。平熱が低い子は速く値が出るBを選ぶ。Cは正しいが、値が出るのに5分くらいかかるので嫌われている。我々も杓子定規には子ども達を扱ってはいない。37℃の子には体温計を替えて2回計るし、2回目の間のインターバルは10分以上置いている。

陸上教室には体温計を1日中離さず1100回も自分で計っている子がいるという。その子はスタート練習でフライングすることが多い。今までせっかちかと思っていた。どうも心配性で遅れたらどうしようということでフライングになってしまうようだ。今からその性格を徐々に変えていかないと受験の時に困る。試験の前日、心配で眠れなくなってしまう。徹夜明けの状態で受験に臨んでも結果は予想できてしまう。スタートは私が治せても性格は治せない。これから新型コロナのせいで神経質な子が多くなるだろう。ズボラな性格がいいとは言わないが、精神的に弱いと社会に出た時に困る。

勤務を終え学童を出る時「イリ、バイバイ」と玄関まで送りに来た子どもに「ありがとう、また明日」と言ってその子と握手をした。ドアを開け振り向くとその子が右手をズボンで静かに拭いていた。

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74回「ゴルフ接待」(202064日)

営業の話

昔、ゴルフの接待をした。

ゴルフの接待は決して悪いことではない。コストパーフォーマンスから言うと、寿司―クラブ―タクシーのコースと比較すれば安く済む。また、お客との付き合う時間は夜の部が3時間とすればゴルフは少なくとも6時間は一緒である。必ずスコアを書く時に「入山、パーです」と言うので、名前を覚えてもらえる。その後得意先に行った際、一緒に回った得意先の事業部長や資材部長から声をかけられる、担当に注目される、といった具合に営業にとっては有利に展開するのである。

そのゴルフ接待にまつわるお話を2点ほど。

(1)思わず「足が出た」困った瞬間

1.部下の行為

ゴルフはボールが当たった時のショック緩和のため全員が帽子をかぶる。ゴルフでは風が吹くことがある。ある時風が吹きお客の帽子が飛んだ。私の部下は追いかけたが帽子は転々と転がる。風が弱くなったので取れると思った瞬間また風が強くなった。思わず部下は足を出し帽子を踏んでそれ以上転がることを防いだ。

残る3人はこれを見ていた。「馬鹿!」と心の中で叫んでしまった。いくら池に入る可能性があったのでやむを得ない行為だと思うが、「お客の帽子を見ている前で踏むな」池に入った方がましだった。クラブハウスに戻ってお客に帽子を買って詫びた。でも彼には直接叱らなかった。一連のお客に対する対応に同席させて暗に注意した。

2.見てはならないもの

お客のボールががけ下に転がった。崖下から打ったボールがどこにいくか見る為フェアウエイにいるがなかなか戻ってこない。おかしいなと思って見に行った。すると私が覗いた時、ボールが上がらずまた転がって行った。ボールが今打ったところより転がり、OBゾーンにいってしまう瞬間だった。お客は思わず足を出しボールを止めた。「こりゃ、まずい。もう何回打ったのだろうか」と見ないことにしてフェアに体を戻した。「○○さん、ここはローカルルールで無罰でラフに戻せるそうですよ」と嘘を言って崖下から上がってもらった。

(2)接待慣れ

1.ゴルフ接待が多いお客

8時集合なのに7時に来て朝からお酒を飲んでいた。昔はラウンドすれば帰りにはアルコールが抜けると考えていたのだろう、ゴルフ場にある一番高いお酒を飲んでいた。すべて費用はこちらもちだ。この人たちはスコア90で回る人たちなので練習もしない。ただただ接待されることを楽しんでいる。

2.せこいお客

清算する時ちょっと高いなと思って明細を見るとお客の1人がシャツとボール6個(1個800円)を買っている。我々が払うものと考えての確信犯だ。

3.ゴルフを要求するお客

「天気いいね」、「入山さん、やってる?」これで察しないと、「●●部長元気、この間2打差で負けたからね」それでも相手にしないと「ライバルの□□会社からゴルフ、ゴルフて言われてね。でも僕は入山さんたちと回るのが楽しいなぁ」となってくる。

新型コロナウイルスで夜の接待がなくなればゴルフしかないと思うが、石田純一がゴルフで感染したという。今の営業は辛い所がある。私の理想は子ども達にゴルフ場で走らせることだ。アップダウンが大きく、しかも走るところは芝生の上で膝に対する負担が少ない。かつて1500m世界記録保持者ジム・ライアンが練習していたのがゴルフ場だった。この人の練習方法がバンビーニの長距離練習の基礎となっている。

 

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73回「用心棒」(2020528日)

昔の話

男らしさとは何か、仕事とは何か、ということを考えると、昔の男は偉かった。

子どもの頃、親父から終戦後の話を聞かされるとき必ず出てきたのが「用心棒」の話だった。

終戦後の米兵は「ギブミーチョコレート」の世界だったから日本人をなめてかかかったフシがあり、一部無銭飲食する輩がいた。たらふく食べて英語でまくしたてて帰ってしまう。体が大きいのでおおくは泣き寝入りになってしまう。そこで一部の商店は用心棒を雇った。その手の輩が現れると控えの場所にいる男に連絡する。通常の日本人だし終戦直後の栄養不足から身体の大きさは大人と小学生ほどの差がある。しかし、この男はひるまない。親指と人差し指をあわせて丸にして示し、「マネー、マネー」と請求する。それでも行こうとすると軍服を引っ張って殴りかかる。米兵は笑いながら殴り返す。大きな拳にはひとたまりもなく飛ばされる。しかしこの男はひるまない。相手は大きいので顔をなぐるには跳びかからないと届かない。その間上から殴られる。しかし、顔が倍以上に腫れてもこの男はひるまない。殴られている間も「マネー、マネー」と親指と人差し指の丸のサインを出している。ついに米兵も根負けして払った。特攻崩れの元軍人だったというこの男は社会情勢が落ち着くと出番はなくなった。これが親父が目にした「すごい男」の1人だ。

翻って私。親父の話に比べるとスケールは小さいが、昭和40年代大学生になって初めて行ったストリップ小屋の「見張り役」の男衆についてである。

携帯電話がない時代、男衆は必ず2人以上小屋の前に待機している。小屋に近づくと鋭い眼で見るが、お客と判断すると愛想笑いをして中に案内する。万一あやしい動き(集団で来る、陰に隠れる者がいる)があれば、立ち上がって警戒する。その姿はミーアキャットに似ている。もし警察なら1人が小屋の中に駆け込み危険を知らせ、残された男は警察の突入を体を張って止めるのである。止める男は1分間頑張ればいい。それ以上の時間は必要ない。その訳はこうだ。

公然わいせつ罪の構成要件(罪が成立するための条件)は実行行為だ。踊り子が全裸になった瞬間成立するが、逆に全裸になっている現場を警察に押さえられなければ実行行為がなかったことになる(実際はお客の証言でもいいのだが、賭博と違って見ているお客は罪に問われないので、通常は好きな踊り子が捕まってしまうような証言しない)。だから警官がスットリップ小屋に入るのを阻止し、踊り子が服を着てしまえば公然わいせつ罪は成立しない。よって踊り子は罪をまぬがれるということになる。

警察に踏み込まれた場合、「公然わいせつ罪」は6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金で済むが、「公務執行妨害罪」は3年以下の懲役または禁錮もしくは50万円以下の罰金となる。踊り子は罰せられない逃げ道があるが、男衆は警官が中に入るのを邪魔した瞬間公務執行妨害罪が成立してしまう。逃げ道はない。警察が来たことを踊り子に知らせた男も、“公然わいせつの捜査”という「公務」を妨害したことで同罪となる。踊り子の無事と引き換えに、確実に逮捕され3年も刑務所に入る割が合わない仕事なのだ。

2つに共通しているのは「体を張って他人を守るビジネス」ということだ。

私はたくさんの子ども達と接する仕事(陸上クラブ、学童)をしている。そのため、子ども達の誰か1人でもコロナにかかれば高齢者の私は死ぬことになる(子供たちは平気だろうが)。コロナのせいで、最近命をかけて仕事をしている様な気がする。しかし、昔の用心棒たちのレベルにはまだまだ遠いのだ。

 

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72回「夢をあきらめないで」(2020521日)

スポーツの話

6や中3の子ども達へ

6や中3の児童・生徒のモチベーションを維持するのは難しいかもしれません。もう出られる大会がほとんど期待できないからです。最高学年になってトップになることが当クラブの計画でもありました。年初は新型コロナウイルスのために大会が中止になるなんて誰も考えもしませんでした。

しかし、君たちの人生がこれで終わりになるわけではないのです。来年中学生、高校生の生活が待っています。だが、ここで練習をやめたらすぐには通用しないレベルまで下がってしまいます。中学生や高校生になって入ってくる初心者の子どもと変わりありません。ただ、彼らは希望を持って陸上を始めるわけですから、やっと練習を再開する子どもらとの差が必ず1年後に出てしまいます。練習を明るくとらえる子と暗く考えてしまう子とでは伸び方が違います。小学生で優れていても現実はそう甘くはないのです。

1年間大会に出られなくても、長い目で見れば無念ではありません。あの織田信長の無念を考えたらたいしことではありません。あと少しで天下をとれたのに明智光秀の裏切でそれができなくなると観念した時の無念さです。その時潔く死ねるのだろうか、光秀に首を渡すなと森蘭丸に下知し火を放した潔さはすごいとしか言えません。私なら女装して逃げたか、襲ってきた兵士に対して皆に金10両をやるから助けろとか見苦しい態度をしたと思います。だってあとわずかで天下をとれるのですから、生きることに執着したと思います。

夢は実現可能性がゼロにならない限り挑戦してみるべきです。外交官試験を受けようとする30歳の学生や身長が165cmにならないで止まってしまったお相撲さん志望の子どもなどを除いては・・・

陸上競技では中学生がオリンピックで優勝することはありません。水泳のような浮力もないし野球のように魔球もないからです(第57回「横のスポーツと縦のスポーツ」を参照)。ただひたすら人類100万年の遺伝子をもって重力と闘う競技ですから、成熟した人間でないと記録は出ないのです。多くの種目のピークは20歳台なのです。今まで生きてきた分の年数を重ねなければ金メダルは狙えないのです。たった1年間ではありませんか。今はただただ我慢です。

君たちは知らないだろうが、岡村孝子の「夢をあきらめないで」の曲の一節に

「・・・あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ 負けないように悔やまぬように あなたらしく輝いてね」があります。

献詞

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71回「カラオケ」(2020513日)

営業の話

現在のカラオケは通信を使ったもので、いつでも最新の曲とどんな古い曲でも選曲できるが、昔は歌を唄うのは非常に不自由なものだった。昭和50年代カラオケがあるクラブは少なく、歌を唄う時は専属のギターの先生がいた。酔うと唄うのは演歌が多いのでピアノよりギターの先生が多かった。ところが専属の先生はいつもその店にいるわけではなく、30分もすると他の店に行ってしまう。1曲いくらの世界だったのだろう。客の少ない店に長居は無用だ。1時間もするとまた戻ってくるが・・・

唄いたい時に唄えない不便さはあるが、カラオケと違って唄っているお客のレベルでキーやテンポを調整してくれるので下手な人間には便利だった。

私は無類の音痴のため歌は苦手なのだが、営業上仕方ないと観念していた。だから決まって高低差が狭いフランク永井と石原裕次郎の歌しか唄わない。唄わないと言えば聞こえはいいが、唄えないと言った方が正しい。松山千春や平井堅のような高い音は不思議に夢の中でも出ないのだ。小田和正の夢も見るがあの澄んだ声は発声することすらできない。夢の中だけでいいからいつか彼らと同じように唄いたい。

カラオケが8トラックからレーザーディスクになった頃、工場にお客を連れて行き食事の後2次会でクラブに行った。舞台に上がって上司がシナトラのマイウエイを唄い始めたら、すでにここに来ていた事業部長が見つけて「おい、K君それは俺の持ち歌だ」といってマイクを取り上げて唄い始めた。頭をかきかき戻ってきた上司。昔は我儘な事業部長が多かった。

すぐ司会者になる先輩がいた。社員の女の子をつれてクラブに行くとヨイショも兼ねてホステスが女の子にマイクを向ける。初めは断っていてもアルコールが増えると唄いだす。するとここで先輩が出てくる。歌が始まる前に「では次の曲は渡辺真知子のヒット曲『迷い道』・・(前奏始まる)・・・曲がり角ひとつ間違えることによって迷い道にはいりこむのが人生です。彼女はどこで間違えてうちの会社に入ったのでしょう。唄うは○○会社のマドンナ□□です・・(□□唄い出す)」これを得意とする。いつも連れて行ってもらうのはありがたいが、女の子を誘うのはいつも私の役目。最後は皆に嫌われた。

その先輩のもうひとつの得技は「そんな夕子に惚れました」という相撲の増位山の歌。

「・・・・そんな夕子に惚れました」で終わるのだが、夕子という歌詞を連れてきた女の子の名前に置き換えるのである。「・・・・・そんな□□に惚れました」となる。女の子がどう思おうが、女の子にウインクして自分は大満足で終わり、皆のタクシーを呼んでくれたのである。

新型コロナ対策と思って「コロナビール」(*)を毎日飲みながら、昔をなつかしんでいる今日この頃である。

 

*)コロナビールはメキシコのビールだが、子どもの頃親父の目を盗んで飲んだあの苦いビールの味がする。なつかしい。3月までは金麦だったが、緊急事態宣言が出てから倍以上するコロナビールに替えた。再延長でさらに出費がかさむ。

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70回「子どもの目線」(202056日)

学童の話

4月第2週にイースターの遊びを行った。エッグハント(タマゴ探し)である。「子どもが隠すから先生は別の部屋に行って」ともう一つの部屋に追いやられる。5分位して「もういいよ」と声をかけてくる。学童なので隠すところがあると言えばあるし、ないと言えばない。なかなか難しいのだが、隠した場所に近くなると子どもの目が泳ぎ始め、違うとところを探していると安心したのか笑いながら隠している場所をチラチラ見始める。だから、見つける確率が高くなる。麻雀でテンパイタバコという言葉がある。テンパイすなわち上がる一歩手前になると安心感からか煙草を吸う上司がいて、その人が煙草を吸ったら気をつけろが合言葉になった。だから、その人はいつも負ける。上司の子どもの頃はここの学童の子どもと同じ行動をしたのだと思う。

 大人と子どもの身長差から来るのだろうか、上目づかいでこちらを見る子がいる。その癖が座っても継続されるため、時々色っぽく見えることがある。だから、妙にやさしくなる。女の子はこのことを敏感に感じ取って成長していくのだろう。上目づかいは女の武器となる。男の子は逆に「何だ、その目は」と怒られるから、高校生になると退化する癖である。

 子どもが悪いことをすれば怒られる。当たり前の話だが、皆でビデオを見ている時寝ながら見ていたので正座させて叱った。ところがトムジェリで皆の笑い声が聞こえると、TVを見せないように座っていた私を覆いかぶさるように頭が動く。それを邪魔するように私が動けば、目線が180度曲がって届くかのように目が動く。まったく怒られている自覚がない。本能的に目が動くのである。

ビデオの時は遊びたい人はトランプなどのゲームで別に遊んでもいいのだが、100%子どもはトランプに集中せず、笑い声に吸い込まれていく。子どもというものはそういうものだ、と思えば腹も立たない。それよりか何とかこの本能を邪魔してやれとほくそ笑んでしまう。

興味のあることはそれこそ目が開き瞳が輝く。疲れた時は瞼が重くなるためか薄目になり、生気がなくなる。子どもの目は心の窓である。いつもその窓を全開にしよと心がけている。しかし、現実に戻ると、新型コロナ感染予防のための換気で、窓という窓を開けっぱなしにしている学童は年寄にとっては寒い・・・・。

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69回「ブラックスワン」(202051日)

スポーツの話

ブラックスワンとい言葉を聞いたことがありますか?

ブラックスワン(Black Swan)とは、マーケットにおいて事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象のことです。従来、すべてのスワン(白鳥)は白色と信じられていましたが、1697年にオーストラリアで黒いスワンが発見されたことにより、鳥類学者の常識が大きく覆されました。このことから確率論や従来の知識や経験からは予測できない極端な事象が発生し、それが人々に多大な影響を与えることをブラックスワンと呼んでいます。具体例としては2008年のリーマンショック、最近では20166月の英国EU離脱、12月のアメリカのトランプ大統領当選などが挙げられます。

 投資家は一般的に先行き不透明な状況に恐怖を感じるため、金融市場・株式市場で事前に予測していなかったブラックスワン的なイベントが起こると、相場が大きく変動しやすくなります。また、資産を守るためにリスクを取らないリスクオフの状況に陥り、株式などのリスク資産は売られやすくなります。

 1月の段階では新型コロナウイルスがここまで大ごとになるなんてWHOだって思わなかったのです。ところが日本で緊急事態宣言を発出してからブラックスワンが現れたとして、すべての日本人がリスクオフになってしまいました。時々湘南やパチンコ屋に行くリスクオンの人間が出ますが、世論の圧力にはかなわずすぐいなくなります。

ワクチンができるまでは仕方ないと思いますが、スポーツ界では今の状態は困るのです。

3や小6の子ども達は大会がなくなり、モチベーションが下がっています。他の学年の子ども達も練習場所がなく、系統だった練習ができていません。集団で走っていると警察に訴えられます。警察も罰することはできませんが、道徳に訴える「教育的指導」を行います。新型コロナウイルスはスポーツ界のブラックスワンなのです。

 私が憂うのは、子どものゴールデンエイジが失われるのではないかということです。子どもにはゴールデンエイジという時期が必ず来ます。個々人によってゴールデンエイジの時期がずれますが、少なくとも小学生の内のどこかで一生に一度訪れる神経系が著しく発達する時期が来ます。よく、運動神経は遺伝であると勘違いをしている方も多いのですが、運動神経は遺伝しないのです。運動神経は、このゴールデンエイジといった時期にいかにさまざまな運動体験をしたかによって決まるからです。

つまり、このゴールデンエイジの時期にチャンピオンやスーパースターがつくられるといっても過言ではないのです。

当クラブの人員構成は小1~中3です。同じ年代だけではなく年上のお兄さんお姉さんと練習するのですから、低学年の子どもは体内にある「まねっこ細胞」によって運動神経を大きく高めているのです。まさにゴールデンエイジをつくりあげるのに集団は役立っているのだ思います。決して自主練だけではゴールデンエイジは見過ごされて終わってしまうのです。

自粛は十分理解しますが、子どもたちに勉強だけでなく、みすみすゴールデンエイジを逃すことは断じて避けなければなりません。勉強は大学に行くまでに取り返せます。また自習だけでもある程度の知識吸収はできます。しかし、ゴールデンエイジに後ろ髪はありません。

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68回「ホステスさん」(2020424日)

営業の話

コロナウイルスの問題でナイトクラブやキャバレーなどが休業に追い込まれている。困っているのは経営者だけでなくそのビジネスを支えているホステスであろう。営業をやっていた頃の話をシーリズに加えたい。

 クラブ経営は美人ママだからといって成功するわけではない。

もちろん若い時はバイトに徹すれば、座っているだけでもお金はもらえる。あとはママたちが段取りしてくれる。問題は座っているだけでチーママやママになれるかということだ。「ナイトクラブで成功するホステスの秘訣は何か」を今回のテーマとしたい。

 社会人になって部長らにクラブに連れて行ってもらった。そこのママやチーママのすごさに唖然としたものだ。

一つはその記憶力だ。いきつけのクラブならまだしも、2、3年ぶりで行くクラブでのこと。

年数回しかいかないで3年後に久しぶりに行ったようだが、ドアを開けるとこちらを見て「あら、○○会社のT部長さん、お久しぶり」と挨拶。ボトルもとってあった。この店には2年後仲間と行ったら「あら、入山さん、出世した?」とT部長のボトルを出してきた。どういう覚え方で2年間も会っていない顔を覚えていられるのだろうか。名刺の裏に似顔絵を書いて備忘録にしているのか。中にはフルネームで覚えている猛者もいる。フルネームで呼ばれると妙にくすぐったくて、どんな子でもかわいく見えてしまう。

 やり手のママは「入山さん、私が1人で接客しようとしたら何人出来ると思う?」「そうだな、3人かな?」「ううん」と言って右手の指が5本、左手の指が2本立っていた。

「部長さんの横に座り膝に手を置き、対面の課長さんに軽く会釈、係長さんに元気?と声をかけ、一般社員には軽く視線を万遍なく送る。会話が始まったら係長さんに目で指示してカラオケを操作させ歌に持ち込む。うぶな新人には『私の好み』と言えばいい。トイレから帰って来た社員には途中まで迎えおしぼりを渡す際、流し目で『今度1人で来て』といった雰囲気を浴びせればいいのよ。これで7人までは私1人でオーケー。でもこれは20分間くらいしかもたないので、早く若い子が来てくれないとね」

この話をなぜ私にしたかというとT部長はクラブに行くのが他社より早いからだ。もっと遅く来るようにT部長に言いなさいという暗示だったと思う。T部長は18時から寿司屋で飲んで20時前にクラブに行き、21時にはタクシーで帰る人だった。

 「男という動物は不思議なもので細い子がいいという殿方もいるけど、反対に太った子でないとダメだという人もいるの。バタ臭い顔を好む男は多いけど和風顔を贔屓にする人間もいるわ。だから人材をたくさんプールしていて、予約のお電話いただければT部長さん好みの太めの△△ちゃんをご用意したのに。こう見えて私も大変なのよ」

これも「T部長に言っておきなさい『予約して来い』」というサジェションだ。

 現在こんな賢いホステスはもう銀座・新宿にはいない。したたかなホステスは盛岡や長野など休業要請が甘い所に出稼ぎに行っているに違いない。東京の半分くらいしか稼げないが、地方に行き細々生計を維持する。彼女らには全国にネットワークがあるのだ。そして、彼女らが東京に戻り始めたら、近いうちにコロナの終息が予見されるのである。

 様々なやり方で賢く強く生きている彼女らを、敬意をこめ私は「ホステスさん」と心では呼んでいる。

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67回「ピカピカの1年生」(2020417日)

学童の話

卒業生が出ると新1年生が入ってくる。これが通常の流れだ。41日から続々新人が登室してきた。

 弥生子という子が入ってきた。最近は男の子に●●男、女の子に○○子とついた名前をとんと見ない。久しぶりの○○子という名前だ。1年生の愛くるしさもあってか「やえこ!」と妙にかまいたくなる。ゲームをしているのを脇で見ている。ちょこんと座ってうなずきながらニコニコしている。後ろに尻尾があったらびゅんびゅん動いているのではないかと思う。これではどんな子犬でも勝てない。

生意気な子もいる。勉強を見回っていると「イリ(早速先輩たちの言い方を真似る)、ここがわからない」「足し算だから自分でやってみて」「? あなたはね、あなたは先生でしょう。先生が子どもに教えなくていいの?」同時に右手の人差し指が天井に向かってそそり立っている。でも憎めないのだ。この子はクオーターできっとこの調子で一生男をリードしていくことが予見される。末恐ろしい。

男の子では「たもん」が久しぶりの坊主頭だ。子どもが私を「ハゲ」と言った時「俺はハゲではない坊主だ」と反論してきたが「たもん」が入ってきてその頭髪の多さに理論的主柱を折られた。土地で例えると「ハゲ」は「砂漠」で、私は木のあるところとないところがある「山を守るために間伐した里山」風だが、毛を短く刈り込んでありこれを坊主といっていた。ところが「たもん」はぎっしりつまった短い毛でおおわれた頭、つまり「芝生」だ。「たもん」を坊主としたら私は安いゴルフ場だ(一部芝生がなくなって地肌が見えている)。もう「ハゲ」と言われても何も反論できない、正真正銘の「坊主」が来たのだ。

これから楽しい1年が過ごせそうだ。ただ、この子らは卒園式も入学式も正式なものがない世代として今後語られる。この子らの為にも早くコロナ騒動が終息してくればと祈る。

 一方で他の子ども達がそれぞれ1学年昇級した。しかし、急にやめる子が出てきた。引越しのためだと子ども達には説明するが、実は離婚が決まって母親が実家に連れて行くからなのだ。子どもたちの中では離婚は決して暗い事ではなく案外あっさりしている。離婚または離婚協定中の家は31人中5家族ある。しかし、子どもは離れる方の親に対して悪口は言わない。母親が「あの飲んだくれが」と言っていても私にはいいお父さん(またはお母さん)と言う。子供なりの見栄なのか、虚勢なのか。今はいないあの問題児のA男ですら、別れたお父さんの悪口は言わなかった。もちろん語りたくないほど嫌っていたのかもしれないが、表面上はけなげなほどかばう。それが私にはたまらなく切ない。「イリがお父さんだったらなぁ・・・いやおじいちゃんか」とぼそぼそと言われる私は、他人という気楽さとアルバイトという無責任さからか、肩から力が抜けていて、彼らにとっては適温な人間何だろうなあと思う。

やめる子が出てきたので待機児童の1人が繰り上げ当選で入って来る。どんな子なのだろう。3年生が離婚で学童をやめなければ、入会することなく決して会うことはなかった子なのだ。この出会いも運命と言える。どうか普通の子であるように。

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66回「気合いだ、気合いだ!」(2020410日)

スポーツの話

 昨年、日大アメフト部で無防備の相手にレイトタックルで怪我をさせた事件がありました。ラグビーやアメフトではレイトタックルやアーリータックルという反則は厳罰です。

なぜなら受ける方はタックルされるとは思っていないから、心の準備がなく大怪我する可能性が高いのです。

相手がタックルしに来た時やこちらがタックルにいく場合、緊張が生じます。相手がタックルしてくる時はこちらが倒されることを念頭に「来るぞ、来るぞ」と心の中で叫びながらいくのです。もちろんタックルしに行く場合は相手が当たってくるので「痛いぞ、痛いぞ」と思いながら行くのです。そうするとコンタクトしても不思議に痛くないのです。

私はタックルに行って相手の膝に当たり鎖骨を折りました。しかし、その後終了まで5分間ぐらい試合に出ていたと思います。終了のホイッスルでロッカールームに戻りシャワーを浴びようとユニフォームを脱ごうとした際、手が上がらないことに気付いたのです。脳の信号が身体の部位に伝わらないのはまことに摩訶不思議な体験でした。仲間は鼻の骨が折れ曲がっているのに自分で直してテーピングをして再びコートに戻っていきました。気合を入れていればできるのだと思います。

昔レスリング協会には八田一朗という会長がいて、合宿中に電気をつけた部屋で寝かせる、ライオンの檻の前でにらみ合い眼力を養うなど奇抜な練習をさせました。その甲斐あってたくさんのメダルを獲得させた実績があります。心の弱さを克服させるためなのですが、今の子は敬遠するでしょうね。

 公園での練習は競技場と違って凸凹があるので、捻挫しないか心配です。そのため子ども達には「いいかここは地面が凸凹して捻挫しやすい、穴は気を付けろ。くじくことがあると思って走れ」といいます。それは無防備な気持ちではなく緊張した気持ちで走れば怪我をしないと思っているからです。

 新型コロナウイルスについてはどう対応したらいいでしょうか。

コロナウイルスは目に見えません。これにむやみやたらに突っ込んでいくのはいかがなものかと思います。しかし、手を消毒し換気をよくしマスクをすることをルーティン化することで、見えない敵にも身構えることができます。非科学的なことかもしれませんが、できることをすべて実行した後は「気合いだ、気合いだ」

 

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65回「卒業」(202043日)

学童の話

3月も終わりに近づき今日で最後という男の子がいた。頭がいいわけではないが人柄がいいので気になる子であった。他の子とくらべて雰囲気を察することに長けていて、場を和ませようとか盛り上げていこうとかを意識している子どもである。時には異常なくらい盛り上がる子なのでうるさいので叱るほどだ。

連絡帳返しという1日の最後のセレモニーの時に、手を挙げて皆にお礼を言いたいとして挨拶を始めた。小学2年生の男の子である。3年間勤めて初めての光景である。私がいつもの時間になったので帰ろうとした時、その子が手紙をくれた。「学どうの人へ」という表題だったのだろうが、「学童の入へ」と書いてあった。あまり漢字は得意ではないので「人」と「入」を間違えた。皆は「学どうの入(山先生)へ」と思ったのだろう(通常子どもたちは、自分と同等以下という位置づけなのだろうか、私を『入(イリ)』と呼ぶ)。読んで読んでとせがまれた。

「そうか、面倒みたからなぁ」と思い、封筒を開けて読んでみた。「学どうの入へ。2年間ぼくのめんどうを見てくれてありがとう(そりゃそうだ、お前が2番目に手がかかった。:カッコ内は私の心のつぶやき、以下同じ)。ふな木先生、つのせ先生、池田先生、名くら先生、ぼくとあそんでくれて楽しかったです(私の名前は後で出てきて他の先生より一番お世話になったという、よくある修辞方法だ)。けんかもしました。公園にも行きました。きっとぼくの思い出としてのこると思います。(おいおいそろそろ私の名前を出さないと文章終わっちゃうよ)・・・(略)・・・お元気で」

(便箋は2枚ない、裏も見たが書いてない)これで手紙は終わってしまった。

何か“森の石松”の話(*)のように自分の名前がいつ出るか出るかと引っ張られた挙句、無い。「お~い!俺の名前がないぞ!」先生方は大笑い。その子はやっと気づいて「ごめんなさい」と小さな声で謝ってきた。

小学3年生の女の子は甘え上手だ。容姿は十人並みだが小学3年生とは思えない、笑い方やしぐさに大人っぽさがある。他の女の子には絶対にマネできない。同学年の女の子には嫌われるタイプなのだろうな。校庭で遊ぶとき「私を追いかけて」と促して逃げる。無視したらかわいそうだよなと思って追いかけていると、それを冷静に見ているもうひとりの自分がいた。「これじゃ『大きく年齢の離れた女(ひと)と再婚した小金持ちのじいさん』みたいで恥ずかしい」と思いながら追いかけている。この子も3月一杯であった。私の手をとったり後ろから平気で抱きついてくるこの子でも、半年後には道で逢っても無視されるのだろうな。それが学童という世界の宿命だ。

博打打みたいな子もいれば数学や絵の天才的な子もいる。また学力などは平凡だが周りに気を配る天才もいる。甘え上手な子もいる。学童は千差万別な子どもの集団と言える。

*)浪曲に「石松三十石船」という演目がある。大阪の八軒家から淀川を遡上して京都の伏見へ渡す三十石船(米を三十石積める大きさの旅客船)に乗り込み、石松は寿司を肴に酒を飲んでいると、乗合衆の噂話が聞こえてくる。海道一の親分は誰かという話題に神田生まれの江戸っ子が次郎長の名を挙げたのがうれしくて石松は彼に酒と寿司を勧めた。この場面は「江戸っ子だってねえ」「神田の生れよ」「寿司を食いねぇ」のセリフと共によく知られている。清水次郎長が海道一の親分でいられるのはいい子分が揃っているからだという江戸っ子に石松は子分の中で誰が一番強いのか尋ねる。一番は大政、二番は小政ときて、大瀬の半五郎、増川の仙右ヱ門、法印の大五郎となかなか自分の名前が出てこないのに石松はだんだん不機嫌になっていく。しつこく尋ねる彼に「下足番じゃあるまいし」と素っ気なく答える江戸っ子にとうとう堪忍袋の緒が切れた石松は振る舞った酒と寿司を取り上げて「誰か一人忘れちゃいませんか」と大騒ぎ。江戸っ子が再度暗誦すると「大政、小政、・・・そうだ遠州森の石松」。やっと自分の名前が出てきて大喜びの石松に江戸っ子が「強いにゃ強いがあいつは馬鹿だからなぁ」というのがこの浪曲のオチである。

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64回「免疫力」(2020328日)

昔の話

昭和30年代東京オリンピックをアジアで初めて開く五輪として日本中が盛り上がっていた頃、我が家もたくましく生きていた。

私が小学生の頃はビー玉遊びが全盛期だった。このビー玉遊びは相手のビー玉を当てるのであり、当たれば当たった方がその対角線上に飛ばされる。するとビー玉はドブに落ちる(当時のドブは排水を目的とした溝状の水路である)。とぎ汁やニンジンなどが流れてくる。家の前のドブ浚い(どぶさらい)は各家の責任なので、無責任の家の前のドブはヘドロ状になっている。そこに相手のビー玉が落ちても自分のビー玉となるので平気で手を突っ込む。それをポケットに入れてまた遊ぶ。せんべいをばあちゃんが持ってくると皆で食べる。手を洗う暇などない。食べたらまたビー玉。ポケットの周りは泥だらけ。ばあちゃんはそれを見ても怒らないし注意もしない。よくもまあ病気にならないで済んだものだ。

転んで傷ができてもばあちゃんが唾をつけて終わりだった。白い泡をふくオキシドールより効果ありと教えられていた。喉が痛ければうがい薬ではなくネギを首に巻いて寝かせられた。風邪をひいてよかったと思うのは、ばあちゃんがりんごを布巾で絞って作ってくれたりんごジュースを飲めることだった。

ばあちゃんは明治の女なので強かったが、お袋は戦争をくぐりぬけた女だったからもっと強かった。戦争でアメリカのグラマン戦闘機が川崎に墜落した時、低空を滑走する際、ほうきをもって追いかけたという女だ。

ある時食事中にゴキブリが出た。当時のゴキブリは図々しく明るい所でも出没した。新聞紙をまるめてやっつけるのが常識だが、そんなゴキブリにとっての常識は我が家では通じない。新聞紙を丸めているうちに敵は逃げてしまう。子ども達が騒いでいる時にお袋は素手でゴキブリを叩きつぶした。唖然として見ていた我々の前でごみ箱までゴキブリを運んで捨てた。さすが戦争を経験した女だ。問題はその後だ。当時はティッシュというものがないので、ティッシュで手をふくこともなく、ただゴミ箱の上で手を叩き敵の残骸を散骨しただけで、その手で私の茶わんにご飯をよそった。いまでこそぞっとする光景だが、当時はすごいなぁと感心するだけだった。

当時の家は長屋を改造したもので屋根裏は通じている。ネズミの運動会が毎日行われている。あの音は実際に聞いてみないとわからないと思うが、トムとジェリーの世界だ。猫いらずなどの対策はしていたようだが、どこでどう察するのかなかなか食べない。やはりネズミ捕りが一番だ。捕獲した後の処理はご存じだろうか。100%水死である。近くに用水があるのでそこにネズミ捕りごと紐をつけて沈めるのである。5分間くらいつけたらネズミは死ぬ。そしてゴミと一緒に捨てるのである。当時は分別の必要はなかった。

子どもの頃はドブ、ゴキブリ、ネズミなど非衛生的な世界が広がっていた時代だった。だから我々の時代の子ども達は少しくらいのバイキンなら自然治癒の範囲だった。

 インフルエンザの遺伝子異常であろうコロナウイルスに戦々恐々としているのは、人類が弱くなったのだろうか、それともウイルスが強くなったのだろうか。考えさせられる今日この頃である。

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63回「ケガの予防には」(2020321日)

スポーツの話

先日の練習で転んで足首を痛めた選手がいました。後続ランナーとぶつからないようにダッシュの後、急な角度でフィールドに入ったことによる転倒です。翌日の病院では靭帯損傷とのことで3週間の安静が必要とのことでした。

 今回はスポーツ選手のケガについてお話ししたいと思います。ケガについては以前お話ししました(第19回「ケガ」)が、今回の件からもう一度お話ししたいと思います。

一般にスポーツのケガには今回のケースのように1度で大きな力が加わる事で起こるものと小さな力が繰り返し加わる事で起こるものがあります。前者は一般的にスポーツ外傷、後者はスポーツ障害と呼ばれます。

 では、スポーツ障害とはどんなものでしょう?

それは、スポーツをする人なら当たり前のように繰り返す動作によって加わる力です。

 1.野球選手が何十回・何百回と繰り返すボールを投げると言う動作。

 2.バレーやバスケの選手が何百回・何千回と繰り返すジャンプと着地動作。

 3.サッカー選手が何百回・何千回と繰り返すキック動作。

 4.陸上競技ならランニング動作、つまり何百回・何千回・何万回と繰り返す、地面を蹴って身体を前に運ぶと言う動作。

これらを繰り返す事でケガが起こるのです。これだけを聞くとスポーツ動作自体がケガの原因? と言う事になります。では、スポーツをしている人がみんなケガをしていますか? 答えはNO です。

ケガをするには繰り返し行う動作の中にちょっとした問題がある場合が多いのです。

 走ることを指導されてない子はちょっとしたクセや個性を持っています。それは身体の負担のかかる場所の違いとなり、積み重なる事でその部位の痛みやケガの原因となります。

このちょっとしたクセや個性を形づくっているものは、関節の硬さや柔らかさ、微妙な骨の配列の違い(O脚やX脚など)、筋力の強さや弱さ、それまでの運動経験、育ってきた生活環境……と様々です。

 同じチームで同じ練習をしていても、痛みの出る選手・痛みの出ない選手がいます。どこのチームにも必ずと言っていいほど故障の多い選手がいると思います。ケガの多い選手・ケガの少ない選手 この違いは何でしょう?

筋肉・腱・骨・靱帯など組織の強さの差は1つの要因として考えられます。少々の力を加えても平気な関節や・筋腱を持つ選手もいるでしょう。長時間走るとふくらはぎが疲れる人がいれば、向うずねの前側が疲れる人もいます。脚よりも先に腰が辛くなる人もいます。腰よりもう少し上の背中が辛くなる人もいます。

ただ、走ると言う運動だけでも、人それぞれ負担のかかる場所は違ってきます。

だから、バンビーニ陸上クラブでは入会してすぐに腕振りや前傾姿勢や膝の上げ方などを徹底的に直します。正しい姿勢が体に優しいのです。速い選手に奇抜なフォームで走る人はいません。愚直に正しい姿勢で走ることがケガをしない面でも重要です。

以前ドナルドダックのようなガリ股で走る選手を指導したことがあります。静止の状態でつま先が外を向いているのです。空手をやっているためガリ股になっているとのことでしたが、指導困難な選手でした。基本のモモ上げができないし、ストライドを伸ばせないのです。あのままやっていたらいつかケガをしたでしょう。お母様に報告するのは辛かったのですが、空手に専念してもらうことにしました。

 スポーツ障害はスポーツ外傷と異なり予防が可能です。ランナーの場合には、いつも履いている靴を見ただけで、どこに障害が現れているかがわかるのです。障害を予防するには、インソールを作ることが一番です。靴の外側が減っている人には外側のアーチを、内側が減っている人には内側のアーチを高くすれば、地面に対して足がまっすぐに着くので障害を減らせるのです。偏平足の子には真ん中にアールをつくってあげるのがベストです。

 ケガで泣いた選手を多く見てきました。せっかく才能があるのに残念でなりません。でも、大人になって開花するのが陸上競技です。焦らずゆっくり体を鍛えて私の目が間違ってないことを証明してください。

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62回緊急報告「コロナウイルス下の学童の状況」(2020314日)

学童の話

いま話題の学童について実態を報告する。春休のシフトは先月決定していたが、今回の休校につては他の学童と同じく準備していなかった。緊急事態なのでスケジュールについてはすべて対応すると学童には申し上げ、国家存亡の時だと意気込んでいたが、実際は拍子抜けだった。

実際に対応した32日~13日については、児童の出席率が思ったほど高くないのだ。普段だと定員31名のところ2430名が出席するが、今回の休校対応においては12名が平均の出席数である。

子どもを学校が預かる場合でも通常の学童の登室時間(だいたい14時頃)には子供を帰す。この14時過ぎに来る子をあわせても1415名ほどにしかならない。

この会社の他の児童クラブ(5つくらいあるが)はもっと少なく、それぞれの平均出席数は310名である。

これは親が学童での感染を嫌って親戚に預けたり自ら対応していることが主な理由である。

確かに学童では2m間隔で生活するのは無理だ。また、自由時間では子ども達がストレスのせいか私にまとわりついてくる。すくなくともこの学童で感染者が出たら「高齢で持病あり」の私が真っ先に重篤な患者となるであろう。

 1日の流れはこうだ。開室まえにドアノブなど子どもの触れるところをアルコール消毒する。8時開室、登室と同時に検温。37.5℃以上は親に連絡して帰宅させることになっている。9時まで自由時間(長期休みの際は子どもは自分のおもちゃを持って来ていい)、9時~9時半まで勉強。9時半から自由時間(トランプ、曼荼羅、将棋など学童の玩具で遊ぶ)通常の長期休みは午前中に散歩に行くのだが、今回は外出禁止。彼らのエネルギーの発散の場がないので時間的やりくりが難しい。12時に昼食、その前に検温。全員が食事を終えるとお腹休めでDVDを見る。13時半くらいまで見るのだが、毎回来る子が替わるため、いつも「トムとジェリー」だ。他のものを見ればいいのだが、DVDの中身を決めるのが昨日見ていない子なので、皆大好きなトムジェリにする。しかもここの学童ではトムジェリは1つしかない。時間は決まっているからいつも同じところまでしか見れない。毎日来る子もいるのだが、誰も文句を言わない。子どもは同じ内容でも飽きないのである。私は続きが見たい。15時半までは自由時間。15時半から16時までおやつ。その前に3度目の検温。16時から17時まで自由時間。17時に連絡帳返し。17時から17時半まで勉強。17時半から19時まで自由時間で、卓球など午前中とは違った遊びができる。18時からお迎えが来て段々人数が減ってくる。なお、今は児童および教師全員がマスク着用を義務付けされている。

 今回は教師の数は普段より多く4人で15名を見ている。検温や消毒など普段の業務以外の仕事がありかつロングになりやすいため、正社員の人の負担が大きいからだ。普段は子ども10名ごとに1名の教師対応が基本で、かつ子どもが1人の場合でも2人は確保している。以前に事故があり、救急車の手配と看護および児童クラブの鍵かけなど1人で同時にできないためだ。

 

今週でイレギュラーシフトは終わりかと思ったが、また来週も続く。昼間は室内をアルコール消毒、帰宅したら胃の中をビールやウイスキーでアルコール消毒。アルコール漬けの毎日である。困ったものだ。

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61回「昭和の音色」(20203月7日)

昔の話

昭和(30年代)には音が織りなす世界があった。

「あっさり、死んじめぇ」としか聞こえない売り声は朝の定番(本当は「あさり、しじみよ」)。味噌汁に入れる具を売りに来たのだ。夕方はプープー♪と鳴る豆腐屋のラッパが「トーフー」と聞こえ、決まって2丁の豆腐を買いに行かされた。夏の日には「キンギョ~~やキンギョ(金魚や金魚)」の声が聞こえる。金魚屋はリヤカーにたくさんの金魚を積んで自転車で引っ張ってやって来る。その際水がバシャバシャと動いていた。あんなに水が動いたら金魚死んじゃうよと思っていた。後でわかったのだが、このおかげで空中の酸素が水の中に入ってポンプなどの高額装置が不要だったのだ。

 子どもがワクワクする音が聞こえてきた。

ボンという爆弾の音が聞こえると、爆弾屋というポン菓子職人が来た証だ。爆弾屋のおじさんがリヤカーを引いてやってくる。子どもにとっては物々しい装置が荷台にある。荷台の真ん中に鎮座した大砲のような物がまさしく爆弾あられを作る機械なのだ。荷台にはその機械と大きな網(針金の網で出来ている)と薪、材料や色々のものが積まれていた。当時あられの購入方法は変わっていた。支払いはお金ではなくお米であった。まさしくそこは「米本位制」の世界だった。お米を持っていくとそのうち何割か取られて残りをポン菓子にしてくれる。おじさんの目分量だから2割から4割とられる。いいかげんなのだが、子どもはお菓子が食べれればいいので気にしない。味付けはサッカリンだけだった。しかし、甘い物のない時代のおやつには持ってこいだった。親もお金ではなく家にあるお米でいいので気軽に子どもに渡した。

 カチカチと拍子木が聞こえて来た。待ちに待った紙芝居屋がやってきたのだ。決して役者顔とは思えないおじさんは、紙芝居を始めるととたんに絵と一体となって芝居を演じる役者となる。音楽の先生がモーツアルト物語を子ども達にみせるような絵語りでなく、1人で演じる芝居・演劇なのだ。おじさんはどんな場所でも演劇空間に変えるのだった。その語り口に、黄金バットが自分の目の前にいるかのようだった。

しかし、いくら存在意義や文化の担い手と持ち上げようとも、おじさんにとって紙芝居はあくまでも飴や駄菓子を売るための道具にすぎなかった。紙芝居を見る前に飴かソースせんべいを買う。口の中で飴を転がしている子どもかソースせんべいを食べている子供以外はそばに寄せない。「シッシー、あっち行け」なのだ。お金のない子は遠くからかあるいは斜めから見るしかない。誰も同情はしない。自分だけがよければいいのだ。子どもはとかく残酷だ。

三橋美智也や三波春夫といった演歌歌手が多かった時代だった。子ども用の曲として三橋美智也は「快傑ハリマオ」を歌っていたので彼のレコードが流れると何はともあれ飛出しって行った。 当時はレコードをかけてスピーカーで曲を流していた。詐欺まがいの型屋というおじさんが来たのだ。

この型屋というのは、粘土を型に押し込み型から取り出し、色のついた粉をつけて出来バイを競うのだ。いいか悪いかはおじさんが決める。これは5点、これは10点、として今でいうポイントがもらえる。紙におじさんが赤鉛筆で書いたそのポイントを集めると、100点はAという型を、200点だともっといいBという型をもらえる。ポイントを貯めるためには何回も粘土と変な粉(金色や銀色などキラキラしたものだ)を買わなければならない。1回毎に申請でき、その作品におじさんがポイントをくれるからだ。高いポイントをもらうには大きくデザインのいい型が必要であった。タコやねずみのような単純な型では芸術点は5点が精一杯だった。やっと100点貯まったので、今度おじさんが来たときにポイント分の型と取り換えてもらおうと公園で待っていたが、もうそれっきりおじさんは来なかった。毎日毎日「岸壁の母」の気持ちで待っていたが、いつしか自然にあきらめた。

 楽しくも切ない昭和の路地裏物語があった。

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60回「子どもごころ」(202031日)

学童の話

ママゴトの話の中でいつも犬役の子(第46回「映し鏡を参照」)に「なぜいつも君は犬役をするの?」と尋ねた。すると「だって、先生、犬になるとママが優しくしてくれるからだよ。僕には勉強だとか躾だとかで厳しいのに犬のキャンディにはいつも優しいんだ。怒ったことがないのさ。だから僕はママゴトの時はキャンディになりたいの」という答えが返ってきた。なるほどそうか、彼はママゴトで犬に成り下がったのではなく犬に成り上がったのだった。

 ママの愛情が欲しいのは彼だけではない。もう来なくなって久しいがA男の噂が聞こえてきた。ここの学童は親切で、来なくても権利のある3月末までは1日でも来れば受け入れることになっている。ただし、問題は月謝が半年間未納だ。規約ではとうに除籍になってもおかしくない。それでも杓子定規に拒否するなとの指示があった。立派な教育方針だと思っていた。ところがどうも勝手が違うようで、A男の学費が未納でも彼が在籍している限り補助金が出るので、省けるおやつ代や教員の精神的疲労から考えて今の状態は経営者側にとってベストの状態なのだ。しかも、A男は通っている学校とここの学童との共通問題児ということなので、情報交換は頻繁に行われていたから行政も簡単には除籍できないのだ。

 最近は学校にも行ってないようなので、学校側がお母さんに電話をするが、電話に出ない。連絡帳を出していないので、学童もどうせ来ないとは思いつつ、登室するかどうかの確認を毎日している。しかし、やはり出ない。そこで学校は学童と合同で家庭訪問をした。家にはA男が1人でゲームをしていた。彼は決して内向的ではない、できれば皆と遊びたいし目立ちたい性格なのだ。話をしたら、「学童も含めて男の先生は暴力教師だ、だから行きたくない」とのことだった。学童にはもう一人男の教師がいて、熱血漢でA男の行為に時々我慢できないことがあった。よく散歩に行く当中で1人残して怒っていた。素直にごめんなさいが言えるタイプではないので、我々の見ていないところで手を上げていたのかもしれない。女教師が叩いてもさほど問題にならないが、男教師が叩くと暴力になるのはいかがなものかと抗弁したくなるが、イメージとはそんなものだ。だからライオンの世界になってしまう(第33回「ねえさん先生」参照)。

 学校からのレポートを見せてもらった。「・・・クラスの皆は『A男が来ないのはさびしい』とか『A男はどうしているの』」と書いてあった(そうか学校では少しは人気あるのだなと見直した)。しかし、レポートの1枚目の文章がここで終わり次のページをめくったら、「という言う子は1人もいない。それよりか『授業が途切れることがない』、『遊びがルール通り行われて楽しい』という意見の子がたくさんいた。・・・」となっていた。

人が遊んでいると割り込んでかき回してどこかに行ってしまう。学校の先生に悪態をついて授業が進まないことを決して子供たちはゆるしていないのだ。

 でも、日本の教育は見捨てない。家庭訪問の後、学校の教師と学童の責任者がA男と一緒に母親の職場に行ったのだ。しかし、思惑と違い、ずいぶん怒鳴れたらしい。「シングルで働いているのだから子どものことは学校で考えてよ。子どもが学校に行かなくなったのはあんたらのせいだ」そこに話し合いの余地はなかった。A男を家まで送った時、彼は「ママと一緒の部屋に寝ていたのに、今は別々の部屋になった」と話し始めた。「昼食はスーパーのお弁当を買って食べている。学校に行かないことも怒られないし、かえって時間つぶしにタブレット端末を買ってくれた。でも楽しくないのだ、何かが違うのだよね」

 A男を家に入れドアを閉める時、片隅に大きな男物の靴が置いてあるのをねえさん先生は見逃さなかった。

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59回「Simple is best」(2020223日)

 陸上競技、特に100mで速くなるための理論は単純で、「足の速さ=ストライド(歩幅)xピッチ(足の回転数)」の式であらわせます.

長距離は心肺系の強化やレースの戦略、ラストスパートなど様々なファクターがこの公式にプラスされるため、簡単には表現できませんが、100mにおいてライバルに勝つ方法は単純に「歩幅を大きくして、回転数を多くする」ことなのです。

野球や柔道など対戦するスポーツと違いあまりにも単純な理屈のため、「じゃどうするのよ」といった疑問が出ます。単純明快な理論には地道な基本練習が重要なのです。短距離の練習の中で基本中の基本は「モモ上げ」です。

 モモ上げ練習が重要なのはそれによって二つの効果が期待できるからなのです。

 一つは足の切り替え動作をスムーズに行えるようにするためです。

モモ上げの練習というのは大腰筋を鍛えることができ、スタートダッシュの動きをスムーズにするために必要な筋肉の一つになります。大腰筋というのは足の骨から背骨のあたりをつなぐ筋肉で、足を上げる際に重要な筋肉でもあります。モモ上げをすることによって、片足を地面に接地している際に逆足を上げる動作がより動かせるようになるため、ストライドが伸びやすくなります。また、走る際に重要な要素の一つであるピッチを高めるのにもモモ上げは有効です。これはより速い動作でモモ上げを行うことにより、より高い効果が期待できます。モモ上げを高速でできるようになると両足それぞれの動きが速い動作に慣れていきます。そうすると、それぞれの足で地面を接地する際に、無駄な力が抜けたような、より地面を捉える感覚が洗練されていきます。結果、ピッチが速くなりやすくなるのです。

 二つ目は、地面反力を得るためにモモ上げをするのです。

モモ上げは地面を捉える際に必要な感覚である地面反力を鍛えるのに有効な手段なのです。地面反力とは地面に力を加えたことに対する反発のことです。私たちは走るという動作に限らず、歩くなど、日常生活の中でも常に地面に力を加えながら生活しています。そして、考えてみれば単純な話ですが、重い物体は軽い物体よりも地面に落ちた際の地面へ加えるパワーが大きくなります。また、その分だけ地面から反発する力も大きくなり物体も大きな力をもらえます。速く走るためにはより大きな力を地面に加えただけではダメで、その加えた力の反発を地面から上手くもらうことで、走りは加速していくということです。モモ上げという練習は地面に加えた力を、反発力という推進力の形で体に受ける感覚を身につけるための練習なのです。おデブちゃんはガリちゃんよりはやく走れるはずなのです。

 基本をきちんとこなすことが重要なのですが、小学生特に低学年は単純なことに飽きてしまうというこれまた児童心理学の基本がデーンと構えています。飽きないように工夫して練習させることがこれまたコーチの基本です。陸上競技の練習は基本の複合体と言えるでしょう。

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58回「テレビ」(2020217日)

昔の話

インターバルの話は古いと家内に言われ、しょげてしまいました。でも、時が経つにつれ「俺が昭和の語り部になる」と思うようになりました。時々昔の話をしたいと思います。内容が思い出話ですので「である」調で語っていきたいと思います。お聞き苦しいと思いますが、よろしくお願いします。

 昭和36年、手塚治虫作品「ふしぎな少年」を原作としたTV番組が始まった。主人公サブタンは時間を止められる能力があり、そのおかげで交通事故を防いだり犯罪を未然に防いだりすることができた。しかし、当時の番組は大部分が生放送で行なわれたため、サブタンが時間を止めたり動かしたりする場面を表現するのに、サブタンが「時間よ止まれ」と言った瞬間に、周囲のすべての演技者が直前の姿勢のまま動きを止めるのだが、片足立ちのまま静止した登場人物が、次第に足をぐらつかせる場面や瞬きをしてしまった俳優などがいたりした。生放送だからどうしようもないのだが、その失敗を見つけるのが楽しみのひとつだった。

 「金曜10!うわさのチャンネル!! 」に和田アキ子がゴッドねぇちゃんとして登場した。デストロイヤーやせんだみつおのカラミがおもしろかった。この番組のおかげでその後和田アキ子が姉御歌手としてのイメージが定着してしまった。ある時特別番組で「ローマの休日」を9時から妹2人が見ていた。10時になったのでいつものように1階に下りチャンネルをカチャカチャと替えた。当然妹たちからは猛抗議。「俺は1週間これを楽しみにしてきた」「私たちは1ヶ月も前から楽しみにしてきた」と。結局力づくでチャンネルを4番に替えてしまった。ただ、喧嘩してバラエティー番組を視ても全然面白くないことに気付いた。妹に声をかけたが15分も過ぎたら筋が分からないと拒否された。私は2階に上がり居間には誰も視ていない「うわさのチャンネル」がむなしく流れていた。

 昔のTVはお化け番組が多く、その視聴率と同じくらいの割合で子供たちはTV番組を見ていた。月光仮面は平均視聴率40%最高67.5%、紅白歌合戦においては平均70%以上、最高81.4%、レコード大賞も沢田研二が大賞を取った時は50.8%であった。つまり、この時代はお化け番組が多く、友達が見るのは私とほぼ同じTV番組だった。だから話題が無くなれば昨日のTVの話をすれば盛り上がった。

「大正テレビ寄席」という番組では三遊亭歌奴がお客と喧嘩したのが映っていた。ビデオ撮りではない生放送だからどうしょうもないのだが、お客が歌奴の人気ネタ「授業中」(これについては第17回「山のあなた」をご参照ください)について「同じことばかりやるなよ」とヤジを飛ばしたことによる売り言葉に買い言葉的喧嘩であったが、歌奴は怒って帰ってしまった。TVの編成局はあわてただろうな。週刊誌もとりあげなかった。おおらかな時代だった。 

TVの操作について。昔はリモコンなんかなかった。チャンネルを回すしかない。寝ながら見ているとチャンネルを替えるのに起き上がっていかなければならないから、妹がテレビの前を通るのを待って声をかける。人間リモコンだ。入山家ではチャンネルの回し方も決まっていて常に右回りだ。1チャンネルのNHKを見て10チャンネルのテレビ朝日をみるのには時間がかかるのだ。左に回せばすぐなのに、日本のネジは右ネジだからチャンネルを回すのに右回りならはずれないという教えがあるからだ。理屈など関係ない。親父が右と言えば右なのだ。今から思うと可笑しくなる。しかし、親父の教えでも、このチャンネルはよくはずれるのだ。妹が大きくなると私と喧嘩した時はこのチャンネルをはずして部屋に持っていってしまう。仕方ないので残ったネジをペンチで回してチャンネルを替えた記憶がある。

 カラーテレビが出てくると白黒しか視ていない家に対するPRなのだろう、カラー番組になると画面の右下に「総天然色」という文字が出る。この番組はカラーだからカラーテレビを買いなさいとの暗示である。すぐに買えない私の家では吸着盤で付くスクリーンを画面にかぶせた。セピア色とか靑色とかがあり、結局1色なのだが何かカラーTVを見ているような錯覚に陥った。日本中に子供だましの商品が氾濫していた。

 昔のTVは故障もかなりあった。砂嵐のような画面の時は親父が出てきてTVを叩くと直った。なぜだか理由はわからない。故障の理由はわからないけど、結果的に直せる親父は偉いと思った。3Dテレビなど考えもつかない時代であった。

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57回「横のスポーツと縦のスポーツ」(2020211日)

 バンビーニの他に水泳クラブに入っているお子さんのお母さんから聞きました。「うちの子は他のお子さんと比べて背が小さいので、最近伸び悩んでいる。水泳は背の大きさが記録に関係し、ひとかきで差が出てくる」と。

 水泳と陸上競技の違いをデフォルメしてみますと、前者が「横のスポーツ」で後者が「縦のスポーツ」と言えます。

水泳はスタートと同時に横になります。スタートの脚力が同じなら水に入った瞬間から身長差分の差が出ることになります。さらに自由形なら手の長さも効いてきます。女性で170cmの人と150cmの選手では身長差が20cmでも、横のスポーツである水泳をすれば手の長さの差7cmが加わり27cm差となります。*)資料1

 一方陸上競技は「縦のスポーツ」ですから、身長の差は関係ありませんが、股下の差が関係してきます。通常身長170cmの人と身長150cmの人の股下はそのまま計れば5cmの差があります。足が前後45度ずつ広げて走ると仮定すると、ストライドの差は12cmの差になります。*)資料2

 腕のひとかきを伸ばすのは至難の業ですが、ストライドを伸ばすのは努力すればできます。小学生の頃の身体的差は水泳の方が大きいのです。

 また、横のスポーツである水泳は浮力があるため、中学生でも活躍できます(当時中学生だった岩崎恭子さんがバルセロナで金メダルをとりました)が、若い人がどんどん出てくるため、精神的な強さがつく前に「燃え尽き症候群」になる場合が多いのです。陸上競技では地面を蹴る力や腕振りの筋肉をつけるのには時間がかかるため、高校生以下がオリンピックで優勝したことはありません。強くなるためには長い年月が必要で、その間に精神的なタフネスさが身についてきます。水泳より陸上の方が、努力が報われるスポーツと言えます。陸上に専念すべきです。

 <資料1>

身長170cmの女性と身長150cmの女性では平均肩幅に差があります。

身長170cmの女性は肩幅38cm、身長150cmの女性は肩幅33cmです。一般的に両腕を広げると身長になると言われていますので、身長から肩幅を引くと、

①身長170cmの人は132cmですから2で割って66cmが腕の長さになります。

150cmの人は同様に考えると117cm÷259cmが腕の長さに なります。

すると、身長で20cmの差が水の上では20cm(170cm-150cm)+7cm(68cm-59cm)=27cmとなります。

参考データ

身長(㎝)肩幅(㎝)

150        33.0

155        35.2

160        36.3

165        37.3

170        38.0

kirari「肩幅の平均サイズ」より

 <資料2>

股下のデータは日本人女子の平均である45%として計算しました。

身長      股下     

150cm   68.0cm 

155cm   69.8cm 

160cm   72.0cm

165cm 74.3cm

170cm   76.5cm

Celestia358「股下座高の平均」より

蛇足ですが、藤原紀香さんは 身長 171cm 股下 88cm、ローラさんは 身長 165cm と小柄ながら 股下は 83cm あるそうなので、彼女らが陸上競技をやっていたらと面白かったと思います。

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56回「九九と漢字」(202021日)

学童の話

小学2年生になると掛け算が始まる。学童では勉強については深くは追及しない。勉強は学校と塾に任せこちらは宿題のお手伝いだけだ。新人の教師は肩に力が入ってしまい遊ぶ時間に食い込んで教えている。ここはアメリカと同じくチャイムが鳴ったらあと少しで終わるところでも、終わりにしないといけない。もっともこの学童ではチャイムなどはなく、できる子の「時間だよ」の一声がその代りとなる。

掛け算で気づいたことがある。九九の勉強は、1~9まで言うのを間違ってないか聞くだけだが、8x5=40、8x6=48、8x7=56・・・に違和感があり、咄嗟に答えが出てこない。どうも私は5x8=40、6x8=48、7x8=56と覚えているようだ。調べてみると九九は前の数字が小さく掛ける数字は大きくないとできないようで、無意識のうちに数字を入れ替えていることに気付いた。特に6の段以上は必ず入れ替えている。だから早口で6の段以上を言われると無意識に入れ替えているうちに子どもの九九が終ってしまい、正誤の判断ができなくなってしまう。

さらに、私には大きな欠点があった。子どもの頃のいいかげんさから、日本語の基礎ができていない。書き順がデタラメで黒板で書くのが恥ずかしい。今ではもう何が何だかわからない。まだ小学生低学年では指摘されないが、自分の姓名が出てくるとうるさく言われる。皆に大声で「イリ、田邊の邊の書き方が間違っているよ!」と言われる。冗談じゃない「田邊」の字は難しくスラスラ書けるわけがない。そう言えば、家内が旧姓濱田なので手紙を送る際「浜田」と書いて、何度も指摘されたのを思い出した。

漢字で大人になるまで勘違いしていたのが「自暴自棄」という言葉。ずっと「自爆自棄」と思っていた。もちろん発音も文字通りの発音をしていた。その他「止血」を「とけつ」と読んでいた。学童に勤務するようになって、急に恥ずかしくなってきた。いつか時間が取れたら漢字を勉強しよう。

親父ギャグについて子どもからお説教された。地球儀でいろいろなところを説明する際「マダガスカル島でまだ助かるどう」「ロシアの殺し屋は恐ろしあ「これ誰の?おらんだ(オランダ)」と言っているうちは良かったが、「御食事券の汚職事件」とか「厚揚げをカツアゲ」や「草刈ったら臭かった」「卓球で脱臼」と調子になったら、小4の女の子から指摘された。「だから年寄りはダメなんだよ。親父ギャグばかりでつまらない」「・・・じゃお聞きしますが、親父ギャグと子どもギャグの違いって何なの?教えてよ」「それは、聞いてすぐ笑えるのがギャグ。親父ギャグは説明を聞かないとわからない。解説付きのギャグではつまらない」そうかと納得。そう言えば初代林家三平が、笑い話がウケないと「今何がおもしろいかというと・・・」と解説して大笑いしたことを思い出した。時代の流れかな?

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55回「歌は世に連れ世は歌に連れ」(2020127日)

 最近、紅白歌合戦を見ても、ミュージックステーションを見ても何も印象に残りません。歌が身に染みていないのです。ところが、ある時天地真理の「恋する夏の日」が聞こえてきました。するとその瞬間大学生で高校の後輩を指導していた頃がまざまざと思いだされたのです。当時インターハイ(三重県)に行くお金を捻出するため、夜北千住の緑屋の屋上でビアガーデンのアルバイトをしました。家庭教師のお金は月末のため、間に合わないのです。当時コーチにはインターハイ引率のお金は出なかったのです。ビアガーデンではこの曲が流れていました。その時は覚えようとも聞きたいとも思っていなかったのに、いまこの曲が流れるとこの頃を思い出すのです。

 「歌は世に連れ、世は歌に連れ」というのが「ロッテ歌のアルバム」の名司会者玉置宏のオープニングの言葉でした。そういえば時代の節々に歌がありました。昔は子どもには難しい歌詞も多かったのです。月光仮面では「どこの誰かは知らないけれど、誰もが皆知っている。月光仮面のおじさんは・・・」の冒頭の句は子どもながら「知っているのか知らないのか、どっちなんだ?」とイライラしました。少年探偵団では「ぼ、ぼ、ぼくらは少年探偵団 勇気凛々 琉璃の色・・・」という歌詞。「凛凛」って何?瑠璃の色ってどんな色?疑問に思ったけれどそんなもの一瞬であって、子どもには関係ないのです。歌えればいいのです。

「青春とはなんだ」「これが青春だ」などの青春ものは学生の頃です。そのシリーズものの主題歌で青い三角定規の「太陽がくれた季節」がヒットしました。その歌はまさに陸上部での思い出に他なりません。当時部員に歌わせました。絶対服従だから嫌という生徒はいません。今では考えらない世界でした。

 現在の歌は、私にとっては横文字が多く歌詞を覚えられない、速くて高くてリズムがとれず歌えないものばかりです。今の子ども達は大人になったら、どんな歌を思い出すのでしょうか。1964年の東京オリンピックの頃、私には夢、希望、そして無限の可能性がありました。植木等(クレージーキャッツ)のサラリーマンものを見て大人に憧れました。ネクタイを頭に巻いて飲んで騒いで・・・しかし、サラリーマンを卒業するまでその姿を見たのはたった1回だけでした。「サラ―リーマンは気楽な稼業と来たもんだ」という唄はサラリーマンをおちょくった唄でしたが、明るく楽しい雰囲気の歌でした。早く大人になりたかったのです。

 

現在子供たちは塾などに忙しく私の頃に比べ余裕がありません。その合間を見てバンビーニ通ってくれています。歌を聴くことは少ない中、思い出の曲は何になるのでしょう。また、その曲を聴いてバンビーニのことを思い出してくれるのでしょうか。いつの日か一緒にお酒が飲めるようになったら、聞いてみたいものです。

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54回「鶴の恩返し」(2020120日)

日本昔話

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

部屋の中には夫婦の着物や道具を風呂敷に包んで肩にしょった娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はサギです」と言って、両手を広げて鷺(サギ)の姿となり、呆然とする二人をそのままにして空へと帰っていきました。

 

 サギ(鷺)は詐欺にひっかけたもので意外な結末に驚かれたと思います。サギの恩返しは知人から教えてもらった落語のマクラのはなしですが、調べてみるとその後いろいろな創作落語家によって、このマクラは様々なバージョンがあることがわかりました。では、下線部を次にあげるバージョンに置き換えお読みいただき、出てくる鳥との関係でお考えください。

1.部屋の中にはやつれた顔で寝ている娘がいました。娘は「私はツルではありません。私はガンです」

2.娘は屋根伝いにピョンピョン走って逃げていきました。ツルだとおもったら娘はトビだったのです。

3.娘は箪笥や火鉢をドンドン運び出している、ツルだとおもったら娘はペリカンだったのです

4.パソコンでフェイクニュースを流していました。おじいさんは娘に問い詰めました。「お前はツルかい?」「いぇ ウソです」

 もう読者のみなさんは飽きてきたと思いますので、原作を記載し原作の良さを改めて味わってください。

 

おじいさんが山で柴刈りをした帰りに、沼の近くで猟師の罠にかかって苦しんでいる鶴を見つけました。おじいさんは鶴を罠からはずし逃がしてあげました。するとその夜、旅の途中で道に迷ったと言ってかわいい娘がやって来ました。おじいさんとおばあさんは困っている娘を家に入れてあたたかいお粥を食べさせました。娘はこれからどこにも行く宛がないというので、それならわしらと一緒に暮らそうと言うことになり、娘はおじいさんおばあさんの家で暮らすことになりました。

翌朝、娘は糸を持って機織り部屋に入り、しばらくするととても美しい布を織って出てきました。おじいさんはこれを町で高い値段で売ってお米や味噌を買うことができたのです。その晩もその次の晩も娘は布を織り、おじいさんは町へ売りに行ったのでした。

娘は機を織る間は覗かないでくれというが、日増しに娘がやつれていくので、おじいさんとおばあさんは心配してついに機織りしている娘を覗いてしまいました。

するとそこには一羽の鶴が自分の体から羽を抜いて布に織り込んでいたのです。

娘は二人に気がつくと、「隠していても仕方ありません。私はおじいさんに助けられた鶴です。ご恩を返したいと思い、娘になっていましたが、正体を見られたのでもうお別れのときです。」と言い、一羽の鶴になって空に舞い上がりましたとさ。

小学生のコーチに鶴の恩返しはないと悟っています。陸上競技で花開くのは高校大学に行ってからです。その時はその学校の監督やコーチに心酔しているでしょうから、きっと忘れ去られてしまっているでしょう。そんな殺生なと言っても「私はツルではありません。あなたのことは最初からひとつも頭に入っていません。なぜなら私はシジュウカラなのです」という答えが返って来るだけです。おあとがよろしいようで。

<解説>

 ガン(雁):癌、トビ(トンビともいう):鳶(とび職)は高所での作業を得意とする職人、ペリカン:引越しのペリカン便(日本通運)を指しています、ウソ(鷽):スズメ目阿戸理アトリ科ウソ属に分類される鳥類の一種、嘘にかけている シジュウカラ:始終空とかけている

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53回「だまされたぁ~!」(2020113日)

私が高校生の頃、新橋を歩いていたら、テキヤのおじさんから声をかけられました。「おい、あんちゃん、いいものあるから見て行け」と。そこには憧れのアディダスのバックがあったのです。当時5000円していたのが2000円でありました。安いなあと思ったが、手持ちはギリギリ2000円です。購入したら亀有駅まで帰れるかその時は不安でした。そのため、なかなか決断できませんでした。テキヤのおじさんはきっとイライラしていたのでしょうね、「おい、いくらあるんだ?」「1500円」「じゃ、いいよ1500円で」なんか得したような気がしてしまい購入してしまいました。

翌日学校に持っていき級友に自慢しました。何人もの友達が褒め称えてくれました。買い物上手だとか目の付け所が違うとか。しかし、冷静な1人が私に質問しました。「入山、それ本当にアディダスか?」「だって、三つ葉のマークも字体もホンモノじゃないか」「いや、俺にはアディドスとしか読めないのだが・・・」言われてみてよく見ると何と「adidas 」ではなく「adidos」とバックにはプリントされてあったのです。それに気づき皆は大笑いしました。私も笑うしかありませんでした。その時、テキヤのおじさんはアディダスとは一言も言ってないことに気付きました。よく考えてみると「いいものがあるよ」としか言ってないのです。捨てるほどの男気もなかったので、「ま、アディダスのバックと言わなければいいか」と卒業までひっそりと使いました。

中学生の頃は先生に騙されました。体育教官室に呼ばれ「入山、いいか水泳で黒人選手がいないのはなぜかわかるか」「わかりません」「黒人の選手は比重が大きい。だから水に入ると沈んでしまうのだ。メラニン色素が重いからだ。日焼けすると体重が増え、走りが遅くなる。だから夏休みプールは禁止だ」という指示に納得してしまったのです。野球部のエースも同じ内容で説得されてしまいました。こうして2人は中学3年生の夏、楽しいはずのプール遊びをしていないのです。

今、この恩師に抗議するつもりはありません。筋肉を冷やしていいものでもないし野球部のエースも私もすぐ木に登るタイプだから自制は必要だったと思いますが・・・・

さて、大人になった私は、今度は子どもたちを騙す場合がある、ことを事前に宣言しておきます。

1000m330秒が切れない子に対し、記録会で329秒8を作り出すことがあります。大会2週間前ではもう練習は限られ、あとは精神的なものしか残っていません。ならば気持ちよく大会に押し出すために1000mの記録会で私がストップウオッチを早く押すことがあり得ます。33023298では本人の心の響きが違います。たとえ3302が正しくても3298と錯覚して大会に出た方が、効果が大きいのです。通常は嘘や騙しはいけないことですが、時と場合によっては堂々と大胆に使わして頂きます。それで子供たちの記録が伸びるのならいつでもテキヤのおじさんになります。実際友達に指摘されるまでなんとツイテいる男だと思っていたのですから。

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52回「子どもの食べ方」(202016日)

学童の話

もう子育てしてずいぶん経つせいか(こう言うと、家内は「あんたは何もしていない」と冷たく言い放つので、家では決して言わない)、子ども達に驚かされることがある。今回はその食べ方について驚いた。決して全員がそうしているわけではないが、そういう子は確実にいる。

ケース1:せんべいの重ね食い

おやつで薄焼きせんべいが出る時がある。私の子どもの頃は1枚ずつ味わって食べたが、何人かの子どもたちは一度に薄焼きせんべいを重ねて食べる。一瞬でせんべいのおやつが無くなる。1枚ずつ食べることによって美味しい時間を伸ばそうという気持ちがないのだ。小学生の頃、友達とお好み焼き屋に行って延々2時間ねばったことがある。当時金属カップに1人前ずつ盛られたお好み焼きを水で薄めながらせんべい状態にして美味しい時間を延ばしていた。昔は子どもたちの魂胆を許容する土壌があった。

ケース2:最中の皮とあんこの別食い

子どもたちは最中が出ると皮とあんこを別にして食べる。表蓋を開けあんこだけをうまく食べる。と言っても皮を捨てることはせず、あんこを食べた後皮をゆっくり食べる。同じように饅頭の場合も皮とあんこを別々にして、皮は皮だけであんこはあんこだけで食べる。最中と違って皮が原型をとどめることは少ない。私が福島の柏屋の薄皮饅頭が好きなのは、皮が薄くあんこの量が多いからだが、あんこだけでは食べられない。黒糖の入った皮と一緒だからおいしいのだ。

ケース3:ご飯とおかずの別食い

御弁当の時に気づいたのだが、ある子どもはご飯とおかずを別々に食べるのだ。白いご飯を先に食べ、なくなってからおかずを攻略していく。私の子どもの頃は、食べものは寿司のように食べろと教わった。親父に言いたいのは寿司を食べさせてもらってないのに「寿司のように・・・」と言われても困った。親戚の葬式で食べたことはあるのでおおよそ言いたいことは分かったが・・・要するにおかずとご飯を一緒に食べろということだった。それの方がご飯が進むからだ。

若い時先輩に工場でご馳走になった時がある。その時食堂で頼んだのが「カレーライス丼」である。決して「カレー丼」ではない。つまり、カレーライスとご飯だけのどんぶりが出てくるのだ。カレーライスにあるルーをどんぶりにかけてまず食べる。どんぶりが終わったら、ルーが少なくなったカレーライスを念入りに混ぜドライカレーのようにして食べるのだ。(最初からカレーライスの大盛りにすればいいと思うのだが・・この先輩は他にもカツ丼ライスなるものも注文する時がある。カツ丼のカツを盛り飯の上に乗せて食べる。完食した後カツ丼のタレを利用してカツが1つしか残っていないカツ丼を食べるのだ。我々世代では常にご飯とおかずは対だった)。

ケース4:白いご飯は食べれない

ご飯が嫌いなのかと思ったら、白いご飯は嫌いだがその上にフリカケを乗せれば食べられる、チャーハンやカレーライスやオムライスなら食べるという子がいる。この子の苦手なのは旅行に行った際の朝食だ。旅行の朝食は焼き魚と卵焼きと味噌汁が定番である。これでは白いご飯となってしまうからだ。猫飯は我々世代の考えで決して彼はその行動に出ようとしない。ふりかけを要求するか、母親が事前に買っておくやり方でやり過ごすらしい。

食事の方法については家によって様々な違いがあり、正解は複数あるのだと思う。この子らも大人になったら講釈を垂れる私より必ず大きくなると思う。陸上競技とは違って私の意見が正しいとは限らないのである。

 

とは言うものの、子どもたちとワイワイガヤガヤ食べるのは楽しくまたおいしいものだ。冬休み子どもたちとお弁当を食べることによって、大家族主義のよさを満喫している。

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51回「宣言効果」(202011日)

あけましておめでとうございます。

 我が家では、毎年元旦に今年の目標を子ども達に書かせてきましたが、いつの日かなくなってしまいました。今では逆に、新しい遺言書は書いたかと子どもに言われています。財産はいらないから借金だけは残すなと諭されています。それはともかく、1年の初めに目標を設定することは有意義なことだと思います。

 これまで、皆さんが目標を掲げて挑んだことがあると思います。

しかし、実際は失敗や挫折してしまい、諦めたまま今まで来てしまった人が多いのではないでしょうか。続かない理由の一つに、モチベーションがあります。

モチベーションは徐々に下がるもので、失敗や停滞があると一気になくなります。そして、続かない理由を自ら作ってしまい諦めてしまいます。喫煙は実は思ったほど体に悪くないのだとか、12月は忘年会があったのでダイエットはできなくても仕方ない、等と。

 心理学でいう「宣言効果」とは、ある目標を達成するのにあらかじめ目標を周囲に宣言してしまうと達成率が上がるという現象のことです。自分の夢や目標を周囲の人に宣言してしまうと後に引けなくなり達成しないといられなくなり、その結果、その夢や目標を達成しやすくなるという効果があります。

例えば闘病している少年のためにホームラン宣言をし、実際にホームランを打ったベーブ・ルースの「約束のホームラン」などは、宣言効果によるものともいえましょう。

テスト前には「100点を取る」と宣言して自分を追い込むことによって、実際に100点を取るのはとても難しいかもしれませんが、言った手前後にはひけずに勉強をして、100点に近い点を取ることができるのではないでしょうか。

 目標を周囲に宣言をすることにより、やらざるをえないところまで自分を持っていき、

続かない理由を作れない状況まで追い込むことにより、成功率を上げ、達成できるようになる、これが宣言効果です。

 周りに宣言できないという人が多いのは、達成できなかった時、揶揄されるのではないかという不安があるからです。しかし、そういう不安を抱えた人のほうが、有言実行する可能性は高いです。それは、不安の大きさがモチベーションの後押しをするためであり、不言不実行の人が多い中、宣言効果に乗ると頭一つ抜けると思います。

また、自分はできるのだ、自分は夢をかなえる力があるのだと思うことは、自分に対するピグマリオン効果(第28回「ピグマリオン効果」を参照してください)を期待できるのです。

 末尾にイチローの卒業文集をアップします。結果的には、彼が小学生で掲げたのは「夢」ではなく「目標」であったのかもしれません。この目標に向かって彼は努力したのです。

 人生に夢があるのではなく、夢が人生をつくるのです。保護者の方はお子さんに夢を語らせ文章として残させ、苦しい時悲しい時に読み返す習慣をつけさせてください。何度も言うことになりますが、小学生のコーチ(陸上競技)の役割は、持っている種を発芽させることです。身体的ピークが遅い陸上競技では、大輪の花を咲かせるのは大人になってからです。それまでお子さんを陸上競技につなぎとめるのは保護者の方の役割です。

昨年は生意気なことばかり言ってきましたが、今年もよろしくお願いします。

 <参考文献>ウィキペディア

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 50回「サンタさんはいるのか」(20191228日)

学童の話

クリスマス会での話である。24日夜、子どもはサンタさんから自分のほしいものがもらえるが、そのことを事前にお願いしなければならない。七夕のように短冊に書く子もいれば、ただ念じる子もいる。願いの仕方は子どもによって千差万別だ。お願いポーズも合掌するもの、指を組むもの2種類がいる。

 学童ではサンタの存在について議論することはしない。学年が上の者が下の者に入れ知恵することもしない。信じる信じないは別に置いておいて、クリスマス会は年間行事に含まれる「学童行事の定番」なのだ。我々教師は12月下旬は飾り付けや買い出しで忙しい。

 Kという3年生の女の子が「先生、今日はね、サンタさんが来たらサインしてもらうようにTVの前にメモ用紙とサインペンを置いておくんだ。私の手作りのクッキーも一緒に置いて食べてもらうの」と内緒話をしてくれた。後日「どうだった?サンタさん来た?」と聞いたら、「うん、クッキー完食だった」「サインは?」もうこうなると教師ではなく興味津々の芸能レポーターになってしまった。「うん、サインもあったよ。『Thank You!』て書いてあった。プレゼントも私の思っていたように○○だった。サンタさんはなぜ私の希望がわかるのかな?」と楽しそうな顔をしていた。

 そういえば昔、我が家では何日か前にサンタさんにお願い事をしなさいと希望のものを書かせた。24日夜寝る時間に玄関前に希望の物を購入して置いておく。玄関には鈴をつけておき、糸を部屋まで延ばす。私が糸を引くとチリンと音がする。「おい、今音が聞こえなかったか?シー静かに」と発言。兄弟2人は「うむ?」と耳をそばだてる。もう一度静かに糸を引く。すると玄関の方から鈴の音が聞こえる。「サンタさんだぁ」と弟が反応し駆けていく。長男は恐る恐るついて行った。弟が「あ、僕の名前が書いてある」と言って、気が狂ったように家内が丁寧に包装した包み紙を引きちぎる。「あ!怪獣だ!」とすっとんきょうな声をあげソフビの怪獣を手に取った。兄は任天堂のゲームソフトを見つける。「サンタさんが来た!」と大喜び。この光景を見ると苦労して購入し演出した努力が報われる。子も親も「幸せ」を感じる1コマである。

 ところが、学童でいろいろな子どもの言動を垣間見ると、Kのような純粋な子ども達ばかりではないことに気づいた。中には知能犯的子供もいるのである。彼にとって、サンタさんは自分の欲しいものを手に入れるための都合のいい存在にしかすぎないのだ。

子どもがサンタさんにお願いしているのは、実はそのサンタさんの使徒である保護者に『こういうものが欲しいのだよ。違うものを間違えて購入しないように』と念をおしているのかもしれない。子どもの方が騙されているフリをして逆に保護者を操っているような気がしてならない。子どもは賢いのだ。保護者に直接言うのは懐具合も考えて言いにくい。サンタさんにお願いする形を取ることによって、心が痛まずにお願いできるのだ。ダメな場合は何らかの反応が保護者からある。その時は次善の策に切り替えればいいのだ。

 誰が純粋にその存在を信じ、誰がサンタの存在を利用しているか、外見上はよくわからない。子どもはいつも愛らしい純粋無垢の顔をしているからだ。しかし、プレゼントを手に入れ、「してやったり」という保護者の喜びから背を向けた瞬間、ニヤッとする子どもはいる。しかし、ここで保護者ががっかりする必要はない。低学年から高学年の端境期にはよくある現象なのだ。こうして子どもは大人になっていき、保護者は子離れしていくのである。

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49回クロストレーニング(20191222日)

バンビーニ陸上クラブに通っていた女子のNが強豪県である長野県のスピードスケートの大会で優勝しました。お母様からの電話では500mでは4位でしたが、1500mでは23289で優勝したそうです。スピードスケートは長野県、北海道がダントツでその中の長野県で優勝することは意義あることです。何しろ高梨、小平を生んだ県であり、幼児を含めた育成ヒエラルキーがしっかりしている県だからです。スケートのシーズンオフである4月から9月までの条件で通って頂いたのですが、少しはお役にたてたのかな?と思うとうれしい限りです。

スピードスケートでは自転車やローラースケートを取り入れた練習が有名です。橋本聖子選手は夏場の練習で自転車をこいでいました(実際橋本選手は自転車でもオリンピックに出たくらいです。今ではスケート連盟会長の他自転車競技連盟の会長も兼任しています)

今回はこの異分野のスポーツを積極的に取り入れようとする「クロストレーニング」について考えてみたいと思います。

 スピードスケート大会の会場に足を運んでみると、選手控え室付近にはサイクルトレーナーが整然と設置されています。このようにスケートと自転車は切っても切れない関係にあるのです。

サイクルトレーナーは主に筋力アップの他、心肺機能を鍛えたり、長時間身体を酷使することによって精神力を鍛えたりもできます。さらに大会中にはウォーミングアップやクールダウン時に使用されます。

スピードスケート選手はサイクルトレーナーに限らず、日頃の練習では選手の環境によって、自転車の種類は違いますがサイクルトレーナー、エアロバイク、ピストバイク、ロードバイクなどに乗ってトレーニングをしているのです。

 クロストレーニングとは、自分の専門種目以外のトレーニング・スポーツを行って、身体能力が偏らないようにするトレーニングのことです。ここではスピードスケートの選手が自転車で練習することをいいます。Nのお母様は先見性があり、今年の春先にご相談がありバンビーニに加入して頂いた次第です(第21回「スケートと自転車と私」をご参照ください)。

 クロストレーニングの効果

まず第一に、ケガの予防です。

専門種目ばかりやっていると同じ筋肉ばかりを使うことになり、オーバーワークになりやすいので、身体への負荷を抑えてフィットネスレベルを上げるという点に置いてもクロストレーニングは有効です。また、特定の動きが多くなるため、動きにも偏りが出てきます。

例えば野球のピッチャーは片手で投げる動作の繰り返し、サッカー選手は足をメインに使うので上半身より下半身の筋肉を多く使います。このように、一部の筋肉や関節に疲労がたまるとオーバーユース症候群や、じん帯の損傷・炎症などのスポーツ障害を引き起こすリスクが高まります。

 次にリハビリにも効果的です。

陸上選手でケガをした人が水泳や自転車練習に回されるのはそういった理由です。

専門種目で痛めた筋肉を使うわけにいきませんから、別の筋肉を使うトレーニングをするという至極普通の考えです。

 第三に普段使わない筋肉を鍛えることが出来るので、パフォーマンスは向上します。

ウエイトトレーニングなどの筋トレを行うことも正確にはクロストレーニングです。

専門種目でメインに使う筋肉でなくても時には集中して鍛えなくてはいけません。

例えば走り込み練習の翌日など、足回りに集中して筋肉痛がきても、腹筋や背筋などは筋肉痛にならない場合があります。だからと言って、走りに腹筋背筋を使っていない訳ではありません。高速で走るためには身体がぶれないよう強靭な体幹が必要です。

これらは走っていても鍛えられる筋肉ではありますが、集中して筋トレをした方が効果的に鍛えられるという理論です。

 最後に、練習のマンネリ化を解消できる点も挙げられます。

子どもですので、同じことを長期間にわたって繰り返せば、精神的な飽きがきます。また、技術的にも体力的にも上達が足踏みし停滞期に陥ることもあります。日本のスポーツは武士道的な精神修養の一面が強調されるあまり、一つのことに打ち込むことを良しとする土壌があり(第34回「陸上道」をご参照ください)、それは高いレベルの技術を生み出す場合があります。少年野球でもサッカーでも、世界的に見て日本の子供達の競技レベルは非常に高いです。その一方で、高校、大学と年齢が上がるにつれて、燃え尽き症候群やスポーツ障害などの弊害が数多く発生していることもまた否定できません。

 N選手がバンビーニの練習で長距離の呼吸法、腕振りの重要性、ペース配分、ラダーなどによる敏捷性など、スケート以外の練習を学んだことで今回の結果に結びついたと思います。N選手の今後のご健闘をお祈りします。

(写真左がN選手、右は自転車練習の小平奈緒選手)

<参考文献>

高橋大智氏のHP、FRAMEのHP、αランナーズHP、SPORTIEのHP

スケーター七海.jpg小平奈緒と自転車.jpg

 

 

48回「巣立ち」(20191215日)

学童の話

1122日までの新規応募(2020年4月から)に対し問題児のA男は申し込みをしなかった。猶予期間の1213日を過ぎたのでもう来期は来ないことが確定した。来年の3月末までは在籍の権利はある。ただ、月謝を持ってこなければその権利もなくなる。

彼の学童での姿を見たのはハロウイン前だったのでかれこれ2ヶ月見てなかった。先週子供たちを公園に連れて行ったとき、彼は友達と車座になってあぐらをかきながら、ポケモンカードをしていた。札の投げ方、札の取り方は堂に入っていた。たばこの吸い方の真似もうまいが、カードで遊んでいる姿は博徒の面影がある。学童で4時間拘束される窮屈さよりいいと思っているのだろう。

母親も女手一つで育てた子なので、我々が彼の所業を訴えても「うちの子は悪くない」の一点張りで、なおかつ最後は「学童の先生は何を見ているのですか、それでも教育者なのですか」と食ってかかる。学童内では悪いことをすれば怒るが、そのことは母親には言わない、が暗黙の了解となってきた(A男は怒られたことを自分からは決して言わない。母親に心配かけたくないからだ)。ウリ坊を見つけて「まあ、かわいい」と抱き上げると、母親のイノシシが猪突猛進してくるようなものだ。ウリ坊を見たら目をそらさずあとずさりして逃げるのが一番だ。見ていて可哀想なくらいの盲目愛はイノシシと同じで逃げるのが得策である。

A男は夏休みの朝母親に学童まで送ってもらい、その別れ際ちぎれんばかりに手を振り、「いってらしゃい」を連呼をする。この母子の固いきずなは永遠なのだろうなと思いつつ、彼の行動が演技でないことを祈っている。ただ、母親を見る限り、退室19時の約束なのに15分~30分の遅刻は平気、195分の場合は「セーフ」といって教室に入ってくる人なので、母親の態度や文句は何をか言わんや、である。学童では何回ももめ事を起こしてきたが、ついにそのA男も巣立っていく。

2年前1年生で入ってきたB男は宿題をやりながら寝てしまう子で、歩きながら寝る強者である。学童ではいろいろな子に逢ったが、彼はナルコレプシー(*)なのである。

学校でも寝ているらしい。学童では宿題の途中で寝たり、連絡帳を渡す際座って待っている間に寝てしまう。歩きながら寝たのは、おやつ後のお腹休めの時間に寝てしまい、散歩の時間になったので子供たちに起こされて、仕方なく外に出たのだ。様子が夢遊病者のようなのでおかしいと判断して、手をつないで出発したら10歩と歩かないうちに膝がガクンとしていた。明らかに寝たのである。公園に行くまで5回も膝を折った。

家で「お休みなさい」と言ってから自分の部屋で遅くまでYouTubeを見ているという。当時ニュースは北朝鮮のことが多かったので、朝鮮語が飛び交っているのを見たのだろう、朝鮮語を流暢に話す。正しい文章かどうかは問題ではなく、その話があたかも朝鮮語のように聞こえるのである。昔オヤジギャグとして「足臭せよ」→「アシクセヨ」→「아시쿠세요」と朝鮮語もどきを話してウケたことがあるが、そんなもんじゃない。本物のように1分間しゃべれるのだ。だから、可愛かったし、表情が豊かで愛着があった。学童内に白けた雰囲気が出た場合、B男に振ればおもしろい回答が返って来た。場をなごませる男として重宝していた。

しかし、1年前問題児のC男が入ってきてから雰囲気が変わった。C男はいろいろな事情があり、同情すべきことが多かった。だから、教員の間ではC男にエネルギーが偏り、B男に接する時間がなくなっていった。そのため、B男はC男に対し意地悪をしたり、中指を立てて侮辱したりするようになった。きっと、今までの自分に対する愛情を取られたような気がしたのだろう。自分にとって代わったC男のことは気に入らなかったのだと思う。ところが相手が悪い。C男は背も高く、頭もいい、さらに自己主張も強い(キレる傾向でもある)。意地悪されたり、物を壊されたりすれば、すぐ言いつけに来る。その度にB男は我々に呼び出され反省させられる。こうしてB男の反乱も3ヶ月で終わった。

その後にとった彼の行動は意外なものだった。連絡帳渡しや宿題の際、人一倍大きな声でかつわけのわからないことをつぶやき、ねえさん先生に怒られる。皆も「またか」とげんなり。彼は怒られることによって我々の歓心を買おうとしていたのである。大人しくすれば我々に怒られないが、声もかけられないより怒られても声をかけてもらいたいと思ったのだろう。彼のとった態度は涙が出るほどいじらしい行動なのだ。そのB男も親父さんの転勤で今月でやめる。

A男、B男が去っていく。教育現場ではよくあることだ。今度はC男が我々に立ちはだかる番かと思う。心しなければならない年を迎えることになりそうだ。

*)ナルコレプシーは、

日本語では「居眠り病」といわれる、睡眠障害の一つです。ナルコレプシーのいちばん基本的な症状は、昼間に強い眠気がくりかえしておこり、どうしても耐えられなくなってしまう「日中の眠気」です。

もちろん、日中の眠気は、前夜の睡眠不足のときや食後などの条件によっては誰にでも起こりますが、ナルコレプシーの場合、よく眠っていても空腹でも関係なく眠気がおそい、また毎日くりかえして眠くなり、しかも一日に何度もおこり、それが最低3ヶ月以上続くというものです。(認定NPO法人日本ナルコレプシー協会HPより)

イノシシ②.jpg夢遊病.jpg

 

 

47回「子どもの脚質」(20191210日)

43回「ヒーロー」でもお話しさせて頂いたように、2019年埼玉チャレンジカップで子ども達が1人を除いて全員「ポケット」状態になり、思い描いたレースにならなかったことがあります。子ども達は大人しく黙々と練習をするタイプのため(相手を押しのける気性ではないため)、600mではスタートの出遅れは致命的でした。改めて子供たちの性格を見極めたレース展開をすべきだと思いました。

*)「ポケット」:スタートで出遅れると前にも横にも動けずしばらく後方に位置する状態

 競馬では、競走馬がレース中どの位置にいると能力を発揮できるか、その位置取りでレースを進めることを脚質といいます(第9回「競馬その2」【脚質】に詳しく記載していますので、そちらもお読みください)。

脚質は大きく分けて

(1)逃げ

(2)先行

(3)差し

(4)追い込み

(5)自在

5種類です。

もう一度記述しますと、脚質を決めるのは、主に馬の精神面(気性)と走行能力(脚力)です。

1.精神面について詳しく見ると、

他の馬より前に出ようとする闘争心、最後まで諦めずに走る粘り強さ、騎手の指示に対する従順さ(折り合い)、馬群の中でレースをしてもひるまない図太さなどがあります。

2.走行能力について詳しく見ると、

脚の速さの他にスタート直後の加速力・瞬発力やレース終盤での瞬発力、持久力などがあります。

 小学生特に低学年はゴールしても力が有り余っていることが多いです。

精神面では、遅くなっても抜かれても「くやしくない」のです。まだ、他人と争うことを知らないのです。走行の能力の面では、驚くことに全力走ができないのです。脈拍を計ってもレース前とレース直後とダウン前と脈拍数が変わっていない子がいます。全力走とは何かを教えるということがまず必要です。極端なことを言えば、犬を子ども達の前で放して追いかけさせればきっと全力走をします。転んだり、動物に対する極度の怯えなど情操教育上よくないのでしませんが、やってみたい衝動に駆られます。

 このような初期的問題点を乗り越えた子供たちを対象にすれば、だいたい競走馬と同じタイプに子供たちは分けられます。

バンビーニ厩舎の牝馬たちの中では

「逃げ」で成功したのがIです。一人で抜け出しそのままゴールしました。1度もトップを譲りませんでした(越谷カップ)。勝ち気ですが優しいので競ったら押しのけるか譲るか微妙な動きをするので「逃げ」がよかったのでしょうね。

「先行」を得意とするのがNです。しかし、この子の真骨頂は「自在」です。「先行」は周りの子が遅いことが多いので仕方なく前に出てしまうからです。相手によって戦法を変えられる自由度があり、真に強い馬です(彩の国クラブ交流大会)。川口マラソンではRが先行の脚質を持っていました。先頭はあの田口倖菜さんなので、途中で2位狙いに変えました。

Sはスピードがあるため「差し」の脚質でうまく先頭集団についていけば成功することができます。先行する集団がスパートする前に、あるいはスパートする際に反応よく前に出れば勝てます。

一方、牡馬たちは全般的に気が弱く馬群の中でレースをするのを嫌うのが5年生のT,YやZです。気の弱い逃げ馬はペースの緩急をつけるのが苦手で単調なペースで走ることが多く、彼らに共通の課題でもあります。他の馬に追いつかれた途端に気力をなくしてしまうことも多く、今後の練習では先行の脚質練習をさせ、精神(気性)を変えさせていければと思います。

逆にKやTという子は低学年ながら根性があり「先行」タイプでもありますが、もう一度伸びる二の脚を使い、最後に後続を突き放して勝利することが多いのです(越谷カップ)。

先週、今年最後の大会である川口マラソンでは私が大ポカをやらかしてしまいました。

38回川口マラソンでNがずっと先頭を走り1位で競技場に入ってきましたが、最後に同タイムで差し切られました。ゴールの際、私はいつも胸を出してフィニッシュしろと教えています。ルールでは、頭でも足でもない、ゴールは胴体がゴールラインに到達した時だからです。ところが川口マラソンは足に記録用のチップをつけてこれがセンサーに感知された時がゴールなわけです(他の大会ではゼッケンにつけるタイプもあります)。

どういうことかというと胴体がゴールラインに到達しても足がゴールラインに届いていなければ(考えられる例としては倒れ込んだ時です)、まだゴールではないのです。このことをNに教えていませんでした。川口マラソンの「ゴールの仕方」はゴールの際足を前に出すことなのです。もう一つポイントがあります。チップは1つのため右足につけるか左足につけるかは個人の自由です。自分のつけた足を覚えていて、つけた足を前に出すのです。

Nにはかわいそうなことをしてしまいました。ルールを熟知することはコーチの責任です。またそれを伝えることもコーチの仕事です。反省の1年になってしまいましたが、来年はうちの子ども達が各部門とも最上級生になるので、この経験を生かし上位独占を狙います。

ポケット.jpgゴール.jpg

46回「映し鏡」(2019121日)

学童の話

勉強の時間(だいたい30分くらいだが)は本読みと計算カードをする。計算カードではズルする者が少なからずいる。計算カードはたとえば「57」のカードをめくると裏に「12」と答えが書いてある。それが30枚あり、何分で計算できるかという勉強の仕方だ。しかし、これには文字通り「裏」がある。「57」で答えを言ってから裏を確認するならいいが、早くめくろうとして「ごうたすななは」と言っているうちにカードをめくるので答えがわかってしまう。「お前、答えを見て答えているだろう」と言っても「ぼく、見てないもん」と言われればそれ以上は言えない。でも絶対見ている。もう一つはカードを順番に並べてあるのをシャッフルしないから、「57」の次は「58」の問題になるので、順に1を加えていく問題になるから、問題を見ずに答えていく不届き者もいる。自宅では親は忙しいし、面倒くさいから野放しなのかもしれない。しかし、そういうずる賢い子も1年たつとできるようになるので、目くじらを立てることはしない。

学童では、その後帰る時間まで遊び時間である。

小3の男の子(E男)が遊び時間にママゴトをする。小1の女の子(F子)に誘われるからだ。この子は私の「UNO」の遊び仲間で、ママゴトに彼を取られるのは辛い。仕方ないので、小3の女の子と曼荼羅をして遊ぶ。隣ではE男がシルバニアファミリーのママゴトに夢中だ。曼荼羅で相手が考えている間にE男の声が聞こえる。「ぼくね、ご飯がほしいなあ」「それはお父さんにいいなさい。今日の当番はお父さんですよ。まったく、私ばかり当てにしないでね」「はあ~い、お父さんは今日はどこかな?」「どうせパチンコですよ」「じゃあ、いつ食べれるの?ぼくお腹空いちゃった」と舌足らずの幼児言葉でE男は喋る。曼荼羅の相手の女の子に「E男はずいぶん赤ちゃん言葉で話すな。何歳の設定なのだ」と「聞いたら「ああ、E男は赤ちゃんではなく今日は犬だよ」「何、犬をやってるの?」、1年生がママで3年生が犬か、思わず笑ってしまった。シルバニアファミリーのママゴトセットは動物が主体だからやむをえないか。ママゴトは「飯事」だから自分の生活の一部が入ってくる。現実と願望が織りなす世界となる。F子はE男に「がまんできない子は家に入れませんよ」と答えている。きっと、ママゴトの世界はF子の家庭を反映しているのだろう。

問題児のA男はおやつのポッキーを食べる際、煙草を吸うマネをする。ところがこれがまたうまいのだ。ほっぺを少し凹ませて煙を吸い込み次に吐く。吐くのもゆっくりと恍惚の雰囲気を漂わせ、こいつ自分が吸ってるいるのではないかと思わせるほどの力量だ。

子は親の映し鏡、親は気をつけた方がよいのかもしれない。

写し鏡.jpgシル場ニアファミリー.jpg

 

 

45回「戦友」(20191125日)

昨日、第14回彩の国小学生陸上クラブ駅伝競走大会(熊谷陸上競技場)に初めて出場しました。結果は56チーム中真ん中くらいでした。1区女子2区男子3区女子4区男子5区女子6区男子の6人で1チーム、バンビーニは全員5年生での構成でした。

駅伝の魅力はいろいろありますが、早稲田大学スポーツ科学学術院の松岡宏高教授は、大学駅伝のおもしろさを次のように指摘しています。

 「『結果がわからないものを見る楽しみ』。襷をつないで走り、ときに何が起こるかわからない『ドラマ性』。今年はどこが強い、どの選手が楽しみかと頭をひねる『予想、予測性』、そして、自分自身や家族の出身校など特定の大学を応援する『カレッジ・アイデンティティ』がより顕著に現われている」

今回は初めてだったので相手の分析はしていませんが、優勝を争うなら相手のメンバーの1000mのタイムを調べ、バンビーニの子どもの持ちタイムと比較して、3区で30秒以内ならいける、6区で10秒差なら勝ったなどと計算する楽しみがあります。小学生は周回コースなので地形的、性格的なコースの得手不得手は考えませんでしたが、大学駅伝なら監督は選手が山登りが得意なのか、山下りがすぐれているのかも考慮します。

箱根駅伝では、意識がもうろうとして走る選手、実業団駅伝では怪我で走れずに這いつくばってタスキを渡す女子選手などに感動し、またそれを期待するスポ根(スポーツ根性物語)的興味が自分をTVに向かわせているようです。

もしうちの愛泉が這ってタスキを渡すことになったら、気が狂っちゃうほど動揺してしまうでしょうね。そのまま声を大きくして応援するか(きっと涙声で何を言っているかわからないでしょうが)、冷静に彼女を抱きかかえレースを止めるか、自分の行動がどうなるかわかりません。このことを書いているうちに想像して涙が止まりません。基本軸が定まらないのでは、指導者として失格かもしれません。

抜かれた時の罪悪感、順位を上げた時の高揚感、他人の頑張りを心底応援する期待感、子どもは今回純粋に体験しました。

南サブゲートから善が現れた時は(途中まで観戦できますが200mくらいはスタンドの裏に隠れたコースで南ゲートから出てくるまで見えません)、「海難事故で助けを待っていたら大きな日の丸をつけた捜索救難機が現れた」ようなもので、頼もしくまた仲間でよかった気がします。

今回お腹が痛いと手を斜めに上に上げたり下げたりする奇怪な動作をしたアンカーの奏冬が絶好調だったら10人抜きをして、それはそれは白馬の騎士が現れたように思うでしょう。子どもの頃TVで見た「ローンレンジャーが白馬シルバーに乗って崖の上で立ち上がる場面」が思い出されます。アンカーはおいしいところ皆持って行ってしまうのです。来年誰をアンカーにするか楽しみです。

友達を信頼すること、これは決して簡単なことではありません。人生において何人の人間にできるでしょうか。戦争は生きるか死ぬかの極限にあります。家族以外に命をかけて守る相手、また守られる自分、それが戦友でしょう。だから「戦友」は誰よりも絆が強いのです。4位で帰って来た寧々に対して2区の怜吾は「ワァー、何でこんなに速く来るの?責任が重大になってしまう」と思ったでしょう。逆に前の選手が順位を落として帰ってきても、タスキをもらったらあいつの分も取り返すと頑張る子も出てきます。「頼むぞ」と言ってタスキを渡す子ども達。こうして彼らは段々「戦友」になっていくのでしょうね。1人で戦う陸上競技に唯一仲間意識が出るのが短距離のリレーであり長距離の駅伝なのです。

今回は順位はたいしたことありませんでしたが、来年全員が最上級学年ですので、最後のレースとして入賞させてあげたくなってきました。力が入り過ぎるとろくなことがないのですが・・・

 

 たすき.jpg白馬の騎手.jpg

44回「天才」(20191118日)

学童での話

才能のある子が世にいる、ことを学童で教わった。

サヴァン症候群の子が実際にいたことだ。ある時、宿題を見るということで室内を巡回していた。その子は公文に行っており、公文の問題をしていた。もちろん我々が教える必要もないし、質問に答えることもない。ベテランの先生からはあの子に近寄らない方がいいと言われていた。なぜかはそのうちわかると言われた。その子と一緒に勉強していた友達が九九をお願いしますと言ってきた。九九の勉強とは、本人の九九を聞いていればいい。間違ってないか、何分でできたかをチェックすればいいのだ。つっかえ、つっかえ言うので、つい隣の件の子のやっていることを見てしまった。というより見えてしまった。彼女は何と積分をやっていたのだ。小2の同級生は九九で四苦八苦なのにこの子は数学の積分をしている。高3でやる積分、そう私が一番嫌いだった積分をいとも簡単に解いている。質問されても答えることができない問題をやっているのだ。これは近寄らない方がいいとベテランの先生が言うわけだ。女の子は、我々に聞いてもダメだろうという顔で質問をしない。他の学問たとえば国語などのレベルは高くない。自分からは仲間に加わらない。1人遊びが多い。しかし、数学においては天才なのだ。これじゃ算数の時間が馬鹿バカしいだろうな。

次に小1の男の子の描いた絵だ。何も見ずにすらすらと絵をかいた。ZOZOの前澤社長の購入した絵で注目されたバスキアの絵と比べてそん色がない。もちろん油絵とデッサンの差があり、単純な比較はできないが。この子は私の学童日記に出てくるC男である。鼻くそをほじくって鼻血を出した、と女の子をからかった男の子だ。場の雰囲気を察することができない生活における問題児だ。怒られた時はその時はシュンとするが、5分もしないうちに同じことを繰り返す懲りない男の子だ。いまはクレヨンだが、この子の才能に気づき、デッサンや色遣いの教育をすれば123億円の絵を描くことも可能なのではないかと思った。

子どもの能力は計り知れないのだ。この才能を生かすのも殺すのも我々大人の責任だ。

*)サヴァン症候群

知的障害や発達障害等のある者の内、ごく特定の分野に突出した能力を発揮する人や症状を言う。

 

 子どもの絵.jpgバスキアと前澤.jpg

積分.jpg

43回「ヒーロー」(20191112日)

先日の埼玉チャレンジカップでバンビーニの子ども達のほぼ全員がスタートでポケット状態となり、前にも横にも行けない状態となってしまいました。600mですので200mのスピード練習はしてきましたが、スタートから100mの練習はしていませんでした。うちの子は性格がやさしく他人を押しのけてまで前に行くようなタイプではありませんので、その差が1位との差になってしまいました(前半の差が心に諦めの気持ちを芽生えさせてしまいました)。完全に私の指導ミスです。

スポーツにおいて、性格は勝利を左右する大きな要因であります。戦闘的かつ英雄願望を持たなければいけません。子ども達がもっていなければ、無理やりにでも考えを変えさせる(性格的には納得できないがコーチの方針なら仕方がないと思わせる)ことが必要です。落語家は家に帰ると無口な人間に戻る人がいるようです。AKBのメンバーの中には内気な子がいるそうです。陸上の大会は舞台です。舞台に立った時は、落語家やAKBのように普段の自分を変えないといけません。ある面二重人格でいいのです。

行動心理学においては、人間の行動のベースに『何かを手に入れるためにリスクをとる』促進フォーカスと『リスクを避けようとする』予防フォーカスがあり、それぞれ別の神経系が関係しているとしています。この志向は試合中に『勝つためプレー』をするか『負けないようなプレー』するかの選択のベースとなります。

高梨選手は以前は圧倒的な力があり、他者を寄せ付けませんでした。適切なライバルが存在しない中、周囲のメダルへの期待とそのプレッシャーから目先の短期目標であるオリンピックで勝利することだけに意識が向いてしまい、予防フォーカスがかなり強く働いてしまったと考えられます。違う性格なら絶対優勝できたでしょう。

選手の心理がわかりやすいのはラグビーです。勝っているチームは残りわずかな時間になると反則をしないようにかつミスをしないようにと心がけます。負けているチームはミスを恐れず突き進むだけです。勝っているチームは時間が長く感じられ、負けている方は時間が短く感じられます。気持ちの持ちようなのです。

各国の国民性を表現するジョーク(エスニックジョーク)に「沈没船ジョーク」という有名なものがあります。

沈没しかけた船に乗り合わせる様々な国の人たちに、海に飛び込むよう船長が説得を行います。その時の決め台詞が次の言葉です。

アメリカ人に 「飛び込めばあなたはヒーローになれます」

イギリス人に 「飛び込めばあなたはジェントルマン(紳士)になれます」

ドイツ人に 「飛び込むのはルールです」

タリア人に 「飛び込めばあなたは女性に愛されます」

日本人に 「皆さん飛び込んでいますよ」

韓国人に 「日本人はもう飛び込んでいますよ」

アメリカ人アスリートが世界記録を出すのは「ヒーローになれると思う」国民性なのかもしれません。バンビーニの子ども達には大会で走る時だけアメリカ人になってもらいたいと思います。

沈没船.jpg

第42回「未来予図」(201911月3日)

学童での話

 ある日、鼻血を出した子がいた。服が血で汚れたため体操着で帰って来た。一年生のC男が盛んに何で鼻血出したの?と聞いていたが、答えたくなかったようだ。ずっと黙っていた。C男は業を煮やして「○○ちゃんは鼻くそほじくって鼻血出したんだって」と皆に聞こえるように言った。もちろんフェイクニュース。○○は驚いたように「ちぇ」とばかり嫌な顔をした。しかし、C男は全然空気が読めず大声で繰り返していた。○○は可愛い顔立ちで将来きれいな女性になると思われる。女の子というものは自分が可愛いとか綺麗とかを小さいうちからわかるのだろう。体操着で帰って来たことを盛んに悔いていた(体操着には大きく○○と書いてあった)。自分の名前が変な人に知れたのではないかと・・・名札は学校内だけで行き帰りははずすことになっていたことを最近知った。

B男は女の子にちょっかいを出すくせがある。女の子が泣きながら学童に帰って来た。B男がXXに手を上げたらしい。学童では暴力はゆるさないから、女の子の訴えを取り上げてB男に詰問した。するとB男は「XXちゃんが僕のことを気持ち悪いといったから」と反論。帰り道に女の子の耳のうしろからねこじゃらしを当てたようだ。女の子はねこじゃらしでくすぐられるのを「気持ち悪い」と言ったのだが、B男は自分が言われたと思ったのだ。普段からえげつないことをするので時々皆から総スカンをくっている。自業自得だ。手をあげたことはいけないことだからきちんと謝らせた。か細い声で「ごめんなさい」と。この言葉でXXのゆるしを得た。

 これで終わりかと思ったらB男が「僕にも謝って」という。何に?と思ったが、気持ち悪いと言ったことに対してらしい、大人の女の人なら「ふざけんじゃないわよ、自分が勝手に勘違いしたのでしょ、何で私が謝らなきゃいけないの?」と怒鳴られるところだが、長引くとおやつの時間にかかるため、強引に「そうだね、XXも誤解するようなことは言わないようにね。これでお互いめでたし、めでたし。はい、仲直り」という支離滅裂な言葉で喧嘩を終わらせた。結局XXは謝っていないが、私の言葉で、B男は謝って貰ったような気がして納得したようだ。

 XXは容姿は普通だが、姉御肌で将来面倒見のいい大人になると思う。飲み屋のママでもやっていける能力はある。

アルバイトで責任がない、孫のような年齢の子どもたちだが血がつながっていない、人生長く生きてきたが器用に生きることはできなかった、などのことから、個々の児童の未来予想図を書くことができると思う。すべての子の未来を当てることはできないだろうが、確実に言えることは、10年後この2人の男の子に口をきいてくれる女の子はいない。

鼻くそほり.jpg学童いじめ.jpg

 

 無視している女子高生.jpg

 

41回「ピア効果」(20191028日)

ローンウルフ(一匹狼)は気楽でしょうが、決して効率のいいものではありません。漫画のゴルゴ13(謎のスナイパー)はかっこいいが生きるのは大変だと思います。長生きはしないだろうと思います(といっても50年以上いまだに連載しているので、主人公デユーク東郷は単純に計算すれば80歳を超えています。普通なら老眼で300m先の相手など見えないはずですが・・・もう出生のいわれもグシャグシャになっているはずです)。

 さて、現実に目を向けると、1人で何かをやろうとするよりも、競い合いや切磋琢磨する仲間がいた方がモチベーションも上がるし、やる気も持続しやすいと思います。さらに、互いに励まし合うことができるために挫折しにくくなります。チーム、組織、集団による効率の向上を行動心理学では「ピア効果」といいます。

難関大学を目指す進学校のように、高い意識や能力を持った人間が集まりお互いを刺激・感化させることで、集団全体のレベルアップに加え個々の成長に相乗効果をもたらすのは、ピア効果を利用したものなのです。

企業では個人ではなくチームで作業する組織にしています。チームで生産を行うことによって、互いに補完的な生産活動をしたり、互いに教えあうことによって知識や技術が熟練されたものになったりするなどの効果があります。また、自分がサボることによって迷惑がかかる人がいる、という意識が社会的な規範やプレッシャーとなり、生産性が上がるのです。

陸上競技でも川内選手のように独自で考えたメニューを実践して力を付けた選手もいますが、オリンピック選手になれませんでした。独学はある面強いですが、体系的な観点が弱く、通常の学生が知っている基本知識が剥落しているところがあるのです。陸上界でも同じ現象が起きるのです。冷静に自分を分析して練習を課せないこともあります。

陸上競技それも長距離に当たっては協働の環境は必要不可欠です。

また、集団では協働ばかりではなく競争でも効率がよくなる場合があります。自転車の競争で、単独で走っている人と複数で走っている人の速さを比べた研究があります。その結果、複数で走っている人の方が単独で走っている人よりも速かったのです。目に見えるところに頑張っている競争相手がいることで、ピア効果が働き、自分も頑張ろうという意識が自然と強くなります。

しかし、競争相手のレベルによっては、ピア効果の大きさは変わってきます。例えば、相手のレベルが自分と比べて高すぎる場合、どう頑張っても相手には敵わないから、と力を出し切ることを諦めてしまうということが起こり得ます(中2男子Aの川口の短距離選手森本君に対する態度)

逆に、相手のレベルが自分よりも低い場合には、本気を出さなくても勝てる、と手を抜いてしまうのです(中2男子Aの学校のクラブの部員に対する態度)。よって、ピア効果が発揮されるためには、競争相手は互いに油断したら負けるくらいのレベルの人が望ましいことになります。だいたい同じレベルの相手であれば、ピア効果が存分に発揮されやすく、切磋琢磨して能力を高めていくことができるのです(中2男子Aの中1男子Bへの変化)。

競い合うことで人間は大きく力を発揮し成長します。まさに資本主義社会はそのように経済を発展させてきたわけですし、スポーツの世界もそうです。

フィギュアスケートのキムヨナ選手と浅田選手、羽生選手とチェン選手、競泳の萩野選手と瀬戸選手などがライバルとしてお互いにしのぎを削ったのです。その結果お互いにレベルが上がったのです。「あいつには負けたくない!」と強く思うことが必要です。「自分とあいつは条件が違うから、この先自分が劣ってしまってもしょうがない」などと言い訳を考えてはいけません。

ライバルに設定した相手には何としてでも勝とうと努力しなくてはいけません。

「ライバルを力にする」そんな雰囲気がバンビーニ陸上クラブで芽生えてきてくれればと願っています。

 *)ピア (peer) とは仲間、同級生、同僚、地位・能力などが同等の者という意味を持つ単語。

 参考文献:ウイキペディア、行動心理学におけるピア効果、ゴルゴ13(小学館「ビックコミック」)

 

 ピア効果.jpg

40回「ある女子選手の一考察」(20191022日)

33回彩の国小学生クラブ交流大会でバンビーニの5年生の女子選手が2位に入りました。1位の選手のスプリットタイムは20032秒、40072秒、600154秒、800236秒、100031966でした。一方バンビーニの子は20035秒、40075秒、600157秒、800238秒、100031987でした。800mの時点のタイムから予測するとラストでかわせたと思います。タイム決勝の綾ですね。

今回はこの子について考察してみます。

(1)記録の変遷

ベスト記録の更新は728日越谷カップ33306922日草加市選手権328941016日越谷市内小学校陸上競技大会32495102031987です。

この記録の伸びは私の指導の結果ではありません。3ヶ月で1000mのタイムを13秒以上縮めることは、指導の範囲を超えています。

彼女の抜群の素質によるものと思われます。

(2)個人分析

彼女をもう少し分析してみましょう。

①誰も彼女を脅威と思っていない。強いというオーラが感じられない。

②見た目も速いという際立った走り方ではない。

③本人は飄々としていて、かつお母さんがガツガツしていない。子供たちの自由にさせている。

④食事を好き嫌いなくたくさん食べる。

⑤骨太(体幹がしっかりしている)である

⑥もともと彼女の専門は水泳である。基礎体力を鍛えるつもりでバンビーニに入会した経緯がある。

⑦文科省の体力テストはダントツでAランク

⑧ゴールデンエイジに入っている

そのため、前回33秒で入ったため後半落ちてしまった経験から、200mの入りは若干遅くして入れというと、1,2回の練習でそれをこなせる(35秒~36秒)。今回同組の32秒で駆け抜けた先頭の子に左右されなかった。ラストスパートはラスト150mからというとそれを実行していた。くどい指導をする前にこなしてしまう。今回のレース展開は200m毎のラップタイムが200m:35秒、400m:40秒、600m:42秒、80041秒、100041秒で、練習で課題にしていた40/200mの平均タイムを意識して走れた。

(3)感想

クラブに在籍して練習してくれている中2の女子のように長距離に強い(200mインターバル20本を36秒で帰って来いといえば、ほとんど±1秒で全数クリア出来る)タイプでもなければ、中1の女子のように切れ味鋭いラストスパート力もありません。ただただレースが終わってみると前に誰もいないのです。

剣道で言えば、上手くも速くもないのに「構えが崩れず下がらず」、無理に崩そうとすると逆に自分が崩れて打たれてしまう相手なのです。

「うまい人は、試合にしろ稽古にしろ、終わったあとに相手に清々しい気持ちを残してくれる。試合で自分が負けた時は本当に負けたと言う気持ちを残し、後腐れがない。自然に頭が下がる。ところが、前述のタイプの人間と試合して負けた時には、もやもやした気持ちが残りすっきりしない。なぜ負けたのかわからない」

彼女は相手にそう思わせるタイプなのです。だから手ごわいのです。

(4)2020年の彼女

来年から小学生の長距離の全国大会が予定されています。これまで小学生のうちから長距離をやらせるのはどうかということで全国大会がなかったのですが、現実を調査しやっと認めたのでしょう。800mか1000mかまだ決まっていないのですが、どちらでも対応できるようにしたいと思います。ここで認められて中学では他のレベルの高いクラブに入ってもっと上をめざしてもらいたいと思います。それまでにバンビーニの他の選手の良い目標になってもらいたいと思います。

 参考文献:ウイキペディア、全日本剣道連盟HP

寧々.jpg剣道.jpg

 

 

39回「暗黙知」(20191012日)

「得られた客観的データ(数値)を統計的に処理し、結論を導き出す。さらに、多くの人に理解・応用してもらうために、他の研究者の研究結果と合わせて考察して客観的データを基に、言語や図表を用いて説明する」その結果人類に貢献したと認められる発見、応用や理論に対しノーベル賞はもらえます。

しかし、一般人である我々は「私たちは言葉にできるよりも多くのことを知っているが、それを言葉で相手に理解させるのは難しい」ことを知っています。マイケル・ポランニーは、知ってはいるが言葉で表現できない知識を「暗黙知」と呼びました。

巨人の長嶋元監督のように野球界でのスーパースターが少年野球教室で子供たちに「球がこうスッと来るだろ」「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」「あとはバッといってガーンと打つんだ」と教えたそうです。たとえ野球界で天才といわれた選手でも、自分が会得した技術を皆にわかるように教えることは難しいのです(別の話でも使いました。第31回「夜と霧」を参照してください)

運動会対策イベントなどで、初めての子どもを指導する時、ポイントは3つあります。一つ目は腕振り、二つ目はモモ上げ、三つ目はスタートの構えにあります。腕振りは、1.手を伸ばして走る、2.腕を体から離して振る、3.太鼓叩きのように振る 子が多いのです。腕を曲げて走れといっても、どうやら本人は腕を曲げて走っているらしい。確かに腕を前にあげて下ろす際、体に近くなるまでは、合っています。問題は体まで肘が降りた際、肘を後ろに突きあげれば問題ないのですが、肘ではなく前腕または手首を後ろに持っていくものだから、手が伸びてしまうのです。これを指摘しないで腕が伸びているというと子どもの気持ちでは「僕、ちゃんと腕を曲げているのに」との不満が出てきます。運動会対策イベントを催すと必ずこうなりますが、1時間のレッスンでスタートからゴール、カーブの曲がり方等を教えるため、腕振りだけに多くの時間はさけないので、ある時間経つとスルーしてしまいます。最後まで腕が伸びている子には申し訳ないと思います。

当クラブで腕振りが個性的だという子はいません。すべて入会して1ヶ月間たっぷりと時間をかけて直してしまうからです。紐を持たせて走らせるなど、これまでの経験で得た方法で強制的に直してしまうのです。そこには納得した説明にはならない場合がありますが、つい「習うより、慣れろ」方式を取ってしまうのです。

指導者は暗黙知ではなく形式知として指導すべきですが、言い訳に聞こえるでしょうが、たとえば自転車の乗り方を子どもに教える場合、皆さんは理論的に教えられますか?自転車の後ろを持ってあげて練習しているうちに、手を放し本人が持ってもらっているものとして一人で運転した後、後ろを振り向いて「できた!」、とお決まりのコースではなかったでしょうか。初めての自転車の乗り方は、ほとんどの人が言語化できないのです。

ラクビーや野球のように個人技の他に「作戦」がある競技は数量化と体系化が必要ですが、芸術(絵画、音楽、写真・画像、彫刻や陶芸、舞踏やダンス等々)や多くのスポーツ(柔道、体操、陸上競技など)では、視覚や聴覚などの感覚器官を通して教育されます。しかし、この分野の教育は、言葉では語り継げないもの「暗黙知の伝授」なのです。

つまり、この分野では師匠は何も教えない、ただ弟子は師匠のやっていることを見て自分のものにするというのが、教育であるとしています。「グッとラック!」の司会をしている立川志らくは立川談志(笑点の大喜利を企画した落語家で初代司会者)の弟子ですが、談志の物まねがうまい。きっと師匠の動きや語り口を一生懸命勉強したからだと思います。

先日当クラブに、小学生の陸上界では有名な4年生の女の子が練習に来ました。ところがその子には幼稚園の妹がいました。いつもセットです。一緒に走っていい?というので走らせたら、なんと速いこと速いこと。3年生以下は皆置いてかれました。幼稚園児で、しかも400m走のインターバルなのです。ところがよく見ると、その走り方は腕振りからモモの上げ方までお姉ちゃんそっくりなのです。顔も似ているので背の高さで判別しています。これなどは「門前の小僧」的教育だと思います。お姉ちゃんの練習や試合にいつもついていくから目でフォームができあがったのだと思います。「持久力も見るだけでアップするのか?」と言われると何も言えなくなりますが、少なくともフォームは見ているだけでよくなるのでしょう。

実験はしていませんが、もしかすると見ることが持久力をアップさせるのかもしれません、このテーマに興味が湧いてきました。そういえばバンビーニにも長距離クラスにキョウダイが3組います。姉弟2組、兄妹1組、このキョウダイも共に速い。妹や弟は姉、兄に比べて競技歴は短いのですが上の子の同学年時に比較して速いのです。3組に共通しているのは「いつも一緒に行動している」ことです。

自分の好奇心を満たすために、TDCAサイクルの手法を活用していきたいと思います。

Theory(理論):従来の実績や将来の予測などをもとにして理論を作成する(「仮説」を立てる)

Do(実行):理論に沿って練習を行う(練習のすべてのタイムを記録します。1人で来ている子との比較なども行います)。

Check(評価):練習の結果が理論に沿っているかどうかを評価する(実際の伸び率を計算する)。

Act(改善):実行が理論に沿っていない部分を調べてTを修正する(伸び率が他の子より小さいことが起きた。「やる気の問題」という仮説)。

改善したTをTDCAサイクルの中心に置き、再びTDCAサイクルを動かすのです。

このキョウダイの下の子が速いのはなぜか?まずは「速くなる理由は、上の子の練習を見てきたので、練習に関する不安も恐怖もない。そのため、すんなり練習に溶け込めるからだ。暗黙知の習得を自然にしている」という仮説を立ててみたいと思います。

参考文献:ウイキペディア、暗黙知の次元

 自転車.jpg立川志らく.jpg幼稚園児に抜かれる.jpg

38回「愛称」(2019105日)

学童では教師を愛称または短縮形で呼んでいます。私は「イリ」池田先生は「イケ」と呼ばれています。これは、子どもが上から目線の態度をとろうとしているからです。巨人の長嶋茂雄選手は同僚の王選手などからは「チョウサン」と呼ばれていましたが、監督の川上氏には「シゲ」と呼ばれて怒られていました。彼らは川上監督になろうとしているのです。

我々は子ども達に〇〇先生と呼びなさいなどと強制するつもりはありません。彼らは自分たちが困った時や負い目がある時は自然に○○先生と呼ぶからです。公園で怪我をしたり、水を床にこぼした時には我々に対して「イリ」とか「イケ」とは言わないのです。

 さて、その愛称または短縮形で思い出したことがあります。「ロシア文学に対する挫折」です。

若い時、有名作家の本を教養のひとつとして読もうと文学にのめり込んだことがあります。しかし、トルストイ、ドストエフスキーらのロシア文学に挑戦した時は読破どころか、50ページも進まないうちに心が萎えて断念してしまいました。まだ家に埃にまみれておいております。たぶん死ぬまで読まないと思います。家内は捨てろといいますが、学生時代食事をけちって買ったものだから、捨てられないのです。本を見ると、もう今ではすっかりなくなってしまった向学心に燃えた若い頃を思いだすのです(だからと言って、どうってことはないのですが)。

 ロシア文学は、人物の名前が長く、登場人物がやたら多い、なんだかわけのわからないサイドストーリーがいろいろとあってあらすじを追うだけでは理解が難しいのです。

戦争と平和では主な登場人物が559名いるらしいのです(47ページでやめましたから、ウイキペディアで知ったのです)。

さらなる問題は人物を愛称で呼ぶ場合と父称、正式名で呼ぶ場合とに作家は分けるのです。つまり、登場人物の名前が場面によって変化するのです。カラマーゾフの兄弟の一人に「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」という人物がいます。これが彼の正式名前ですが、小説の中では、ミーチャと呼ばれ、「ドミートリイ・フョードロウィチ・カラマーゾフ」と「ミーチャ」のどこをどうとったら同一人物になるのか、わかりません。日本語では久子、久男が「ちゃこちゃん」「チャ―ボー」と呼ばれます。ひさこは幼児や外人には呼びにくいらしく「ひさこ→ひちゃこ→ちゃこ」という変化で「久」のつく人は「ちゃこ」と呼ばれるとお袋に教わりました(お袋は久江でした)。

また、日本語でも官位がつく正式な呼び名は昔ありましたが、真田左衛門佐信繁(さなださえもんのすけのぶしげ)が真田幸村であることはすぐ覚えられます。

しかし、慣れないロシア語では発音するのも億劫になるため長く感じられるのでしょう、人物名が覚えられないのです。用事があって3日間放っておいてから読むと、もう誰が誰だかわからなくなり、始めに戻ります。これを繰り返すと47ページが我慢の限界となるのです。

愛称や短縮形の呼称において、日本人、日本語は世界一です。

 *)ロシア文学に挫折した頃、ロシア人の名前を挙げろと言われ「スケべビッチ・オンナスキー」と言ってウケていました。今から思うと挫折者の捨てゼリフでした。

 

参考文献:ウイキペディア、河出書房「世界文学全集」

 

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37回「嫌な上司」(2019101日)

 多くの保護者様は現在会社勤めしていると思いますが、定年まで嫌な上司と出逢うことは少なくありません。底意地の悪いのやパワハラは問題外ですが、普通のタイプと思われる上司の中でも嫌な上司がいました。

 私は現在陸上競技のコーチをしていますが、コーンやマーカーは直線やダッシュのゴールを示せればよいという考えで、色についてはバラバラでも全く気になりません。子どもの中には片付けろ!というと、きちんと色分けして持ってくる子がいます。几帳面な性格の子だと思います。しかし、可哀想に次に使う時は私はまた適当に置いてしまいます。もしこれが逆だったら、子どもは大変です。折角手伝ってくれたのに色が違うとお説教されていやな気分で終わってしまいます。

 そうです。まず1人目は性格が真逆な上司で、上司が几帳面である場合が困ります。皆で作った事業計画書を上司に持って行ったところ、内容ではなく、字は明朝体を使え、グラフでは減少は赤、増加は青、棒グラフは3D形にしろと言われ、嫌な顔をすると「ようござんすか、計画書というのはな・・・」と慣れない江戸弁を駆使して延々10分間言われ、参りました。私は資料をどういう形式にするかを気にしていないから納得しないのです。上司のお名前も「藤原さん」でしたが「ふじわら」さんというと怒るのです。俺は「ふじはら」なんだ、と。

 次に曖昧な指示をする上司です。「いいか、入山。今度の戦略は『たとえば』だな、○○というやり方がいいと思う。いいか、あくまでも『例えば』だが・・・云々」成功すれば「な、言った通りだろう」失敗すると「入山、あれは『例えば』と言っただろう、よく自分の頭で考え、臨機応変に行動するべきだったな。反省しろ」

 最後に、なんとでもなる指示をする上司です。業種によって違うので普遍的な事例で述べます。「入山、風邪ひくなよ」という指示です。

風邪を引いたら大変です。「あれほど、風邪ひくなと言っただろう。お前は俺の指示を全然守らない奴だ」風邪をひかなければ「な、お前は俺の指示を守ったから風邪をひかなかったのだ。風をひかなかったのは俺のおかげだ」というタイプです。

具体的に申し上げると「いいか、競合が安売り攻勢でくるかもしれない、皆気を付けろ」と言いながら個々の得意先の売価決定申請書(得意先に売る商品の値段)を提出すると「こんな値段で売るなんて、工場が納得するわけはないし、安ければ誰だって売れる。いい営業マンは不良品だって売って来るものだ」といってOKしません。そのうち競合にシェアを喰われる羽目となりました。「そらみたことか、あれほど競合の低価格攻勢に気を付けろといっただろう」と怒る上司です。

 翻って今の自分は子供たちに常に指示及び指導をしていますが、指示・指導は明確にかつ途中で変えないようにするべきだと考えています。

「今日はインターバル10本の練習だが、苦しければやめてもいいが、やり通すことが大切である。本数より規定タイムを守ることが必要だが、熱中症で倒れても困るから規定タイムをクリアできないのは仕方ない」という指示だけは出さないようにしています。

子どもが混乱するのはどうともとれる指示であり、優柔不断の態度です。

本日の練習は5本シリーズ(*)と言ったら、すべての練習項目は5本です。子どもの「くたびれたぁ!」圧力で3本に変えてはいけません。決めたことはやるのです。

どんなことがあっても変更しないので、最近はさかんに私に時間を聞いてきます。としのうでの練習の時は17時になると「蛍の光」が流れ、練習を止めなくてはなりません。逆算してあと10分しかない、もう終わりだと思うと、トイレとか水だとか時間稼ぎが始まります。賢い子どもたちとの駆け引きは今後も続きます。

子どもは素直ですが自分の判断では行動できないのです。そのため、コーチの役割は社会人の上司以上に重要だと思います。嫌な上司にならないよう肝に銘じて精進します。

 

*)バンビーニ陸上クラブの練習の本数は七五三シーリーズになっていて、内容によって7本の時や5本の時、負荷が大きい時は3本です。なぜ奇数かというと、7本やる場合4本をめざし、それをクリアすれば後半は半数未満です。そう思えば、気が楽になります。偶数だと終わってもまた同じ本数をしなくてはならず、精神的につらくなります。

怒る上司.jpg風邪.jpg

36回「頑張る心と頑張れる体」(2019924日)

体力を測る時、暗黙の了解として“全力を出し切る”ことが求められます。しかし本当に全力を出し切っているかを確かめる手立てはありません。苦しい顔をされれば全力を出しているように思えます。しかし、私の前を通った後ろ姿はサボっていることを示している時があります。私はサボれば怒鳴ります。言い返せば目をつりあげて怒ります。大人げないという方もいますが、相手は小学生なので決して長時間お説教をすることはありません。怒るのは祭りの合いの手みたいなものです。子どもはコーチの見えないところではゆるめることは本能だと思っています。子ども達は「我に艱難辛苦を与え賜え」と言ったという昔の武将ではないのです。

当クラブの1年生は全力走をやらせても全力で走っていないことがわかりました。というのもある時心拍数を計りながら練習した日がありました。練習前、100m走直後、3分後と3回計りましたが、心拍数はほぼ同じでした。彼は多分全力走を知らないと思われます。2月生まれだから体は普通の幼稚園児と同じと思っていいです。だが、私生活ではお父さんが厳しく育て練習にも車でなく自転車で来ます。練習は我々に預けて下さる。親を頼ることはできません。しっかりしている反面、生意気な物言いをするからいじられます。でも、めげないのです。私はめげない子が好きです。学童でよく登場するA男は決していい子ではありませんが、めげない子です。めげなければ明日が来るのです。目が覚めた時環境や本人そのものが変わっているかもしれないのです。当クラブはいじめはゆるしませんが、イジリは大目に見ています。

ある時ペナルティ(タイムが悪いとバービーをやらせる)を課すと言ったら、頑張りました。バービー20回は辛いことがわかっているのです。見ていても全力で走り規定タイムをクリアしました。やればできるのです。きっと犬を放し追っかけさせたら、子どもは全力で逃げると思います。それが大会だったらすごい記録が出るのです。

ここからが、私の理論の裏付けです。

スポーツ生理学の権威である猪飼道夫(元東大教授)は次のような実験を行いました。

「手の母指内転筋を支配する前腕の尺骨神経に50ボルトの電流を流すと(他の指を支配する神経と異なるため他の指は働かないが、念のため石膏で固めている)被験者の意志と無関係に母指内転筋が収縮し筋力を発揮する。電気刺激を与えて発揮される最大筋力(生理的限界)は自発的に発揮される最大筋力(心理的限界)よりも平均約31%大きい値であった。さらに精査すると被験者(10名)によって18%~48%と増加幅に大きな差があった。すなわち、頑張るこころと頑張れるからだに個人差が顕著であることが分かった」

 

猪飼はこのメカニズムを、「ヒトは平常“こころの殻”という(抑制)が本来の自由を奪っているが、外部からの気合いやかけごえ等の強い刺激がこころの抑制(無理をしない)に作用し脱抑制を引き起こすことによって、抑制が一時的に消退したものである。すなわち、大脳の運動野に対する抑制的作用が外からの刺激によって一時的に中断することによる」と説明しています。

簡単に言えば“火事場の馬鹿力”のメカニズムを説明するものです。普段は抑制がかかっているため子どもは生理的限界まで力を出すことが困難ですが、外的環境や、あるいは個人の強い意志によって生理的限界値近くまで力を発揮することが可能であることを示唆しています。恐らく、厳しいトレーニングによって自発的最大筋力を限りなく生理的限界まで近づけることができるでしょう。

ただ、口ばかりの私の姿はこれに逆行して、加齢に伴って生理的限界が限りなく心理的限界に近づき、少し頑張ると筋肉に異常をきたします。そのため、子どもたちの「コーチもやってよ、見本見せてよ」という挑発には決して応じないのです。

以前、米国でベストセラーになった一冊の本があります。それを野中さんが翻訳して『脳を鍛えるには運動しかない!』の刺激的なタイトルをつけ出版しています。

それはどういう内容かといいますと、イリノイ州ネーパーヴィルの中・高等学校へ一人の体育教師が赴任してから学校が大きく変わった話です。その教師の体育授業の特徴は、楽な楽しいことに流れる現代的生徒に対して、心拍計をからだに付け比較的高強度の運動を20~30分間頑張って走らせる厳しい授業を課したことにあります。

しばらくすると生徒たちが今まで味わったことのない達成感や爽快感、あるいは充実感や効力感(充実感)を体験するようになりました。その頃になると生徒の姿勢や行動にも変化が現れ、こころとからだに自信が芽生え、苦しいことにも積極的にも立ち向かう勇気、体力、忍耐力が強化され、物事を自発的・積極的に行おうとするエネルギーが高まってきました。その結果、肥満が米国の子どもの平均30%に対してわずかに3%まで減少し、かつて平凡な学校が全米有数の優秀校にのし上がったのです。

この訳本のタイトル“脳を鍛える”とは、“こころを鍛える”ことであり、高強度のランニングを比較的長い時間頑張ることによってからだの鍛錬にとどまらずこころの強化にまで好影響を与えた事例を紹介したものです。

バンビーニ陸上クラブの練習が小学生には過酷すぎるとの非難のメールがきたことがあります。しかし、私もめげません。以上の理論的背景によって、改めて思います。「頑張るこころと頑張れるからだは表裏一体をなす」と。

参考文献:ウイキペディア、猪飼道夫論文集、山地啓司(初代ランニング学会会長)評論集

 

 

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35回「水風船」(2019917日)

夏休みの終わりに、学童では水風船で遊ぶことになった。水風船は屋台のヨーヨーみたいなもので、それをぶつけあう遊びだ。暑い日には楽しいゲームとなる。制限時間は15分。ところが問題がある。予算の関係で12個までだ。だから、子ども達はなかなかぶつけない。投げるふりをしても投げない。なくなったら遊べなくなるのだから当然だ。追いかけても投げはしない。

5分が経過して、我慢できなくなった小1から投げ始めた。やっと開戦だ。なんだか関ヶ原の合戦で様子をうかがっていた西軍みたいだった。ラスト5分になったところで左手には1個残っている。どうするのかなと見ていたら、皆はそれぞれ右手に持ち換えて1人を見つめている。その瞳にはあのお騒がせ男のA男が映っていた。小3の男の子は自分の工作を壊され、小2の女の子はおはじき遊び中おはじきを足で引っ掻き回され、小1の男の子は彼のズルでいつもつまらないゲームをさせられていた。皆はそれぞれ普段から言い知れない恨みがあったのだろう。最後の1個は彼向けにとってあったのだ。

彼が走り回っているところへ小3の男の子が投げた。それを見て小2の女の子が投げた。皆それぞれの思いを持って投げた。ところがA男の悪運はたいしたもので、皆の水風船はある時は前にある時は後ろへある時は手前に落ちるなどして当たらない。農民が槍を持たされて敵将に攻撃してもへっぴり腰では刺すことができないのと同じだ。一騎当千とはこのことか。

同級生のY男がA男を公園の壁に追い詰めた。その時残り時間は1分。だが、A男の右手にもひとつの水風船が残っていた。A男はついに投げた。きっとY男をライバルとし彼を最大の敵と考えていたのだろう。Y男は男気があり時々A男の不正を正していた。喧嘩慣れしているようで、言われれば言い返すがA男もむやみには挑んでいかなかった。そのためA男の最後の1個はY男にとっておいたようだ。しかし、悪運もここまで。丸腰になった彼にY男の水風船が当たった。残り30秒、水風船が残っていた子供たちは一斉に彼めがけて投げた。いくら農民の槍でも数が多ければ敵将を刺す者も出てくるものだ。5個が当たった。服はびしょびしょ。

そこで、終了の笛の合図。時間には厳しい学童だ。一斉に引いて集合し点呼が始まった。そして、何事もなく学童に戻った。しかし、その帰り道、誇らしげな顔を見せた子、満足そうな顔をした子がいたことを私は見てしまった。教室では保護者のお迎えまでいつもと変わらない雰囲気。彼は気づいたのだろうか、皆が自分を狙っていたことを。たぶんA男は知っていたのだろう。でも、今が楽しければいいA男はめげない。彼はそういう男だ。30年後、日本経済がおかしなことになっても彼だけはたくましく生きているのだろう。そんな彼を私はあの世でじっくり見届けるつもりだ。

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34回「陸上道」(201999日)

 日本人は、「○○道」が好きです。武士道はもとより、茶道や華道、柔道や剣道など、日本古来のジャンルに多くあります。とりわけアスリートには「○○道」好きの人が多いのか、相撲道や野球道なんてことを言いだす人までいます。

 「○○道」の「道」は、一本道です。日本では「ひとつのことを続ける」ことに、「いろいろやる」ことよりも高い価値が置かれています。野村元楽天監督は、現役時代に自分のことを「生涯いち捕手」と呼んでいましたが、この「生涯いち○○」みたいな人生に対するスタンスは、今でも日本人の生き方として、あるいは職業倫理として、好意的にとらえられることが多いのです。諺にも石の上にも3年、嵐の後には凪がくる、牛の歩みも千里、待てば海路の日和あり、など辛抱して続けなさいというものが多いのです。

 「○○道」には、ひとつの重要な前提があります。「道」を極めた先には、「達人の境地」のような万事に通じる普遍的な世界が開けている、と言うものです。だから「道を知る者」同士は、たとえまったく違う世界の人間でも分かり合えると考えるのです。名人同士が対談して、「うん、わかる、わかる」みたいな話になるのです。大学の一芸入試も、メダリストの政界デビューも、そもそも日本ではこの「極めたる者の普遍性」のような観念を背景に成り立っているのだと思います。。

だからと言って、私は小学生、中学生に「陸上道」を勧める気はありません。

陸上は楽しくやりなさい、タイムが伸びていく喜びを感じなさい、将来人生で辛いことがあったら陸上を思い出しなさい。記録が伸びた過程を思い出す、それがきっと役に立つと思うからです。礼に始まり礼に終わるとか、直立不動でコーチの話を聞くことは求めていません。

そもそも陸上競技の練習に「うちの伝統は・・・」とする意思が私にはないのです。クラブは道場ではありません。個人の資質によっては今までのやり方を大きく変えた練習が必要になることがあります。私よりも経験豊富なコーチに預けることもやぶさかではありません。その子の将来のために、バンビーニという組織を超えた指導が必要な場合があるからです。

型にはめた教育をしても自然体のケニアの選手にはかないません。オリンピックで世界記録を出すためには、爆発的エネルギーを出すことが必要です。じわじわした力ではありません。すなわち、爆発するということは型にはまっていないことを意味します。

短距離は最大筋力を発揮する練習があるため休憩が長めのせいか、生意気なお子さんがたくさんいます。若い時なら生意気な子どもを怒鳴りつけたでしょうが、今は生意気なら生意気のまま育てようとしています。ただ、心底強くなりたいという気持ちがないといけません。ただの走り屋ではダメなのです。

一方長距離はほとんど走っているせいか、当クラブでは無口な子が多いのです。特に長距離は2時間の練習のうち会話は10分間、私が9分間を受け持ち10人全員で1分間の持ちタイムとなっています。しかし、無口の子ども達には「なにくそ」の雰囲気が漂っています。2つのタイプの子ども達に臨機応変に対応していきたいと思います。

もし、一生懸命陸上競技をやっていくうちに、自分なりの「陸上道」を見つけたら(その時は高校生以上だと思いますが)それはそれでいいと思います。その時は相当上のレベルになっているはずです。そのハイレベルの人の「陸上道」を否定することはしません。もう私の範疇を超えているからです。

この文章を読んでいる当クラブの子どもがいたならば、こう言いたい。「オリンピックで金メダルをとったら、インタビューで『今ある自分は、小学生の時に習ったバンビーニ陸上クラブの入山コーチのおかげです』と一言言ってください。TVを見ながらニヤッと笑って永久の眠りにつくでしょう」

参考文献:ウイッキペディア、石井 昌幸/早稲田大学スポーツ科学学術院准教授氏論文

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33回「ねえさん先生」(201991日)

学童における夏休みの極々些細なできごと。

夏休みも終わりに近づいたある日、1日子供を預かっているのだから、当然遊ぶ時間も増える。曼荼羅、オセロ、将棋、トランプ、あやとり、けん玉、おはじき、人生ゲーム、ツイスト等いろいろなゲームがある。近代ゲームでは私はすべて子供に勝つことにしている。それが教師の役割だからだ。ただし、ポケモンカードなど現代のゲームに関してはグリコ(お手上げ)だ。だから、見ているだけ。他の教師も同じだ。支配人の若い女の先生(ねえさん先生)を除いては。

私が曼荼羅を小1の女の子とやっている時、事件は起きた。「A男、あんたズルしたでしょ。○○君に謝ってよ」と件のねえさん先生の声。「僕ズルなんてしてないもん」といつもの会話が始まった。ところが今回は皆が見ていたためA男には断然不利な状況であった。監視カメラ5台作動中に万引きをやって捕まったようなものだ。逃げようがないのだが、ここからが意地っ張りの損なところが出る。「ごめんなさい」と一言言えば済む話なのに・・・段々お互いに引けなくなってきたのは声のトーンでわかった。

ねえさん先生はA男の身体を押さえ謝らせようとしたが、A男は興奮し、暴れる。上体は押さえられているため、足で蹴り始めた。少しひるんだ隙にA男は学童から逃げようとした。しかし、学童の鍵はその開け方にコツがいるため子供では開かない。その間にA男に追いついたねえさん先生はA男をつかんで「払い腰」で床に倒した。

後程聞いた話だが、子どもを迎え入れた後いちいち施錠するのは、こうしたケースで子供が学童を飛出し自動車や自転車、歩行者とぶつかるのを防止するためだという。それで合点がいった。子どもが学校から帰って来るたびに施錠するという面倒な意味が。それと、ねえさん先生は柔道をしたことがなく、咄嗟に出た技だといっていたが、見事な「払い腰」だった。

床に押さえて「謝れ!」と言っていたが、足をバタバタさせいたため、おばさん先生がさらに足を押さえた。我々男衆の教師は見ているだけ。男の教師がこれをやると思わず殴ったり蹴ったりすることが起きこるため、腕白どもを力でねじ伏せることは規則としてできない。なぐったら跡が残り訴訟になるという、辞職だけでは済まないのだ。見ているだけでは辛いものがあるが、雌ライオンの狩りを見ている雄ライオンみたいだった。

さて、A男は押さえられて身動きが取れないのだが、押さえている先生の手を押さえられた手の指の爪を立てて攻撃。「痛い」とねえさん先生、そのため押さえていた腕によけいに力が入り、「痛いよ」とA男。これからは売り言葉に買い言葉のラッシュ。「痛いよ、くそ婆」「うるさいわ、お前が思うほど歳とってないわ。くそガキ」「こんなところやめてやる」「ああ、とっとと出てけぇ」結局自由を奪われたA男が静かに流した涙がねえさん先生の心に触れた。柔道で寝技をかけられ負けを覚悟した選手の涙に通じるところがあったのかもしれない。

もう暴れることもなくなったA男は解放され、母親が迎えに来るまで隅でじっと耐えていた。私は時間が来たので帰ったが、その日はねえさん先生とおばさん先生の二人で話し合い、迎えに来る母親には話さないことにしたようだ。

翌日、私の目の前で、A男は元気よく「ただいま!」と言って学童に入ってきた。

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32回「スランプ」(2019828日)

スポーツをするうえで「記録の停滞」や「パフォーマンスの伸び悩み」など、一時的に調子が落ちて力を十分に発揮することができない状態を「スランプ」と言いますが、子供がスポーツをする中でスランプに陥ってしまった時に「手助けをしてあげたい」「支えてあげたい」と考える保護者の方も少なくないと思います。

保護者にとって、子供が苦しんでいる姿を見ることはとても辛いことです。「この子は自力でここから抜け出せるのだろうか」「このままでは辞めたいと言ってくるのではないだろうか」「このことをコーチに相談するべきか」などの「悩み」や「不安」と葛藤することもあるかもしれません。

しかし最終的にスランプを乗り越えるのは子供自身です。

そこで保護者としてするべきことは、転んでいる子供を抱き起すことでも、「立ち上がりなさい!」と叱咤することでもありません。

まずは「記録の停滞」の原因を分析し、子供が安心してスポーツに取り組める環境を整えてあげることではないでしょうか。

一般的にスポーツをする子供達がスランプへ陥る原因としては

1.過度の練習によって、身体的・精神的過労の状態に陥っているとき(疲労骨折など)

2.自覚しない栄養障害や慢性の病気である場合(甲状腺亢進症など)

3.フォームの修正など、練習によっていったん無意識化・自動化された動作に、さらに高度な技術を習得しようとして、意識的動作が加わったとき、

4.