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スライドショーの選手紹介(エリウッド・キプチョゲ)

選手紹介(731日アップ) 

エリウド・キプチョゲ(Eliud Kipchoge1984115 -

1984115日ケニアのナンディ地区カプシシイワにて生まれた。オリンピックでは男子5000 m2004年アテネオリンピックで銅メダル、2008年北京オリンピックで銀メダルを獲得、2016年リオデジャネイロオリンピックの男子マラソンで金メダルを獲得した。

高校卒業後にパトリック・サングコーチに見出され、陸上競技を始めた。キプチョゲはサングコーチに師事し続け、現在も休日に自宅で妻や子供たちと過ごす以外はケニアグローバルスポーツトレーニングキャンプで多くの選手達と共同生活を続けている。

クロスカントリー・トラック競技

20033月、世界クロスカントリー選手権大会ジュニアレースで優勝し、注目を集めるようになった。20038月、世界陸上の5000mでモロッコのヒシャム・エルゲルージを100分の4秒差の大会新で下し優勝を飾った。200612月、10kmロードでエチオピアのハイレ・ゲブレセラシェの世界記録を破り、2654秒の世界新記録を樹立した。2008年、北京オリンピックの5,000mで銀メダルを獲得した。20105月、IAAFダイヤモンドリーグカタールスーパーグランプリの5,000mで大会記録となる125121を記録した。

マラソン転向

2012年よりマラソン競技に転向、初マラソンとなる2013年ハンブルクマラソンで大会新記録となる2時間530秒で優勝すると、同年9月のベルリンマラソンではウィルソン・キプサング・キプロティチと終盤まで優勝争いを展開。結局当時の世界記録を出したキプサングに敗北し2位となったが、マラソン2度目にして2時間0405秒、世界歴代4(当時)の好タイムを叩き出した。翌14年にはロッテルダムマラソン・シカゴマラソンの2レースを制し、ワールドマラソンメジャーズシリーズで初優勝レースを達成した。

2015年ロンドンマラソンに初出場。このレースでは、前述のキプサング、後述のキメットと言う前世界記録保持者と現世界記録保持者の対決に注目が集まっていたが、キプチョゲは淡々と先頭でレースを進め、終盤先頭から脱落したキメットに代わってキプサングとの一騎討ちを演じると、残り1キロを切った所でスパートし、キプサングを5秒差で振り切り初優勝を果たした。同じ年2大会ぶりにベルリンマラソンに出走。このレースでは序盤でインソールがシューズの外に飛び出すというトラブルに見舞われながらも2時間0400秒と言う自己ベストを出して優勝し、話題になった。以降もワールドマラソンメジャーズシリーズで連戦に連勝を重ね、2019年現在1211勝、10連勝と言う圧倒的な戦績を残している。

2016年のロンドンマラソンでは、デニス・キプルト・キメットの世界記録に8秒に迫る世界歴代2位(当時)のタイムを記録。

マラソン世界最速記録(非公認)

201756日、イタリアのモンツァ・サーキットにて行われた、スポーツ用品ナイキ企画の「ブレーキング2」にゼルセナイ・タデッセ、レリサ・デシサと共に参加。キプチョゲは、当時の男子マラソン最高記録(2時間0257秒)を上回る2時間0025秒を記録し、史上最速でマラソンを走った選手となった。しかしこの企画は特別な環境下で実施されたものであったため、記録は国際陸上競技連盟が認めたものではなく、非公認記録である。この企画はナショナルジオグラフィックチャンネルのドキュメンタリー番組として放送された。

公認世界最高記録

2018年のベルリンマラソンにて従来の世界記録を1分強も縮める2時間0139秒と言う驚異的な世界新記録を叩き出して2連覇を達成した。これにより、初めて2時間1分台に突入した選手となった。

再びマラソン世界最速記録(非公認)、人類初のフルマラソン2時間切り

20191012日、ウィーンで行われたINEOS社主催の特別レース「イネオス1:59チャレンジ(英語版)」に出場し、1時間5940秒というタイムをマークした。今回のレースは国際陸連が非公認のため、世界記録には認定されなかったものの、これによって人類史上初めてフルマラソン2時間切りを達成した選手となる。

 

【ウイキペディアより】

 

2021.08.02 Monday